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Home >  News >  RIP > R.I.P. Sophie - 追悼 ソフィー

RIP

R.I.P. Sophie

R.I.P. Sophie

追悼 ソフィー

野田努、小林拓音野田努、小林拓音 Feb 01,2021 UP

野田努

 スコットランド出身のエレクトロニック・ミュージッシャン/DJのソフィー(Sophie Xeon)が2021年1月30日、事故によって亡くなった。アテネの自宅で満月を見るため手すりに登った際、バルコニーから滑り落ちたという。没年34歳。なんということか。
 ソフィーの並外れた才能はひと言で言い表すことができるだろう。オウテカと〈PCミュージック〉の溝を埋めることができるおそらく唯一の存在だったと。トランス・ジェンダーの彼女は10年代におけるクイア・エレクトロニカ(アルカないしはロティックなど)を代表するひとりでもあったが、同時にヴェイパーウェイヴと並走していた、“楽器としてのPC” を使う世代によるエレクトロニック・ポップ・ダンス・ミュージックにおけるもっとも前衛的なアーティストでもあった。
 アンダーグラウンドにおける彼女の最初の名声は、グラスゴーのダンス・レーベル〈Numbers〉のシングルから来ている。「Bipp」は東京でも話題になったEPで、この過剰な人工的音響、甲高い女性ヴォーカル、遊び心たっぷりのべたべたにキャッチーすぎるメロディのレイヴ・ポップ・ソングは、当時はダブステップ以降のハウスやテクノに力を入れていた同レーベルのなかでは言うまでもなく浮きまくっていた。また、もうひとつ初期の代表曲 “Lemonade” にいたっては、もう、狂った機械によるポップスの再利用ないしは早送りしたR&Bによるダンス・ミュージックと言えばいいのか、ポップスの楽しい解体と言えばいいのか……、後に彼女はアヴァン・ポップと括られもするが、レイヴからラップ/R&Bを吸収した〈PCミュージック〉世代によるキャンプ趣味の入ったバブルガム・ポップのもっとも急進的な展開であったことはたしかだった(聴き方によってはエイフェックス・ツイン風にも聴ける)。その最初の成果はシングルを集めた彼女の最初のアルバム『Product(製品)』(2015)となっている。
 続く2018年の『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』はポップと電子音楽の実験がみごとに交流する娯楽性豊かなエレクトロニカ・ポップ作品で、彼女の世界的な評価をものにした正式なデビュー・アルバムだが、そのなかの代表曲のひとつにマドンナの(80年代半ばのリリース時は伝統主義的な男から批判された曲) “マテリアル・ガール” のリフを使った “Immaterial” があるように、彼女の音楽には男性中心社会への批評も含まれていたのだと思う。とはいえJポップにもアプローチしたのは、それが一概にフェミニンな文化とは思えない日本人としては複雑な思いも正直あるけれど、土台を持たない根無し草なところはソフィー作品と共通するのかも……、いや、彼女にはダンス/レイヴ・カルチャーがある。
 だとしても、そのイマジネーションはひとつのスタイル、ひとつのカテゴリーに収まるようなものでもなかった。10年代の若く新しい感性を象徴する存在だったし、まさにこれからが期待されていた人だけに、本当に残念でならない。

小林拓音

 追悼の声が鳴りやまない。最初に訃報を伝えたのは〈PAN〉だった。以降リーフルニスガイカアルカジミー・エドガーといった彼女とコラボ経験のあるアーティストはもちろん、批評家サイモン・レイノルズが「コンセプトロニカ」というくくりで彼女と並べて論じたホーリー・ハーンダンチーノ・アモービリー・ギャンブル、さらにはRP・ブーマイク・パラディナスフライング・ロータスハドソン・モホークニコラス・ジャーズリザ・ブラック・ドッグジェイリンイグルーゴーストエンジェル・ホパテンまで、数え切れないほどの音楽家たちがそれぞれの想いを吐露している。これほどアンダーグラウンドから愛されたポップ・スターはそうそういないのではないだろうか。
 そう、彼女はスターだった。ソフィーの音楽が持つキャッチーさは多くの大物たちをも惹きつけ、2013年の “BIPP” や翌年の “Lemonade” のヒット以降、彼女はマドンナやチャーリー・XCX、カシミア・キャットやヴィンス・ステイプルズといったメインストリーム陣営のプロデュースを手がけていくことになる。対象はJポップにまで及び、きゃりーぱみゅぱみゅのために曲をつくったりもしていたらしい(未発表)。それら大きめの仕事のなかでとくに印象に残っているのは、安室奈美恵&初音ミクの “B Who I Want 2 B” だ。擬似デュエットのために空間を調整しながら、ピキピキとバッシュのようなエフェクトで疾走感を演出していくさまは、いま聴いても唸らされる。
 このころまでのソフィーはまだ素性を明らかにしていない。匿名的ないし記号的なスタンスで活動していた彼女は2017年の “It's Okay To Cry” で初めて自身がトランス女性であることを公表。そのセクシュアリティは2018年のファースト・アルバム『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』において全面展開されることになる。
 以前この作品のレヴューを書いたときは、テーマよりもサウンドのほうに引っぱられていた。トレードマークだった「バブルガム・ベース」の衣装を脱ぎ捨てアヴァンギャルドなテクノ~エレクトロニカの手法をふんだんに導入、モノマネに陥らぬよう独自に改造を施しながら、しかしポップな部分も大いに残存させた『Oil Of~』が、彼女のベストな作品であるという認識はいまでも変わらない。その圧倒的な音の強度は今日でも他の追随を許さない。
 ただ、あらためて聴きなおしてみて、このアルバムが持つコンセプトにももっと注目すべきだったと反省している。タイトルからして意味深だ。「すべての真珠の内側じゃない部分(=外側)の油」とは、いったいなんなのか? ひとはたいてい、見た目ではなく内面を重視すると、口ではそう言う。けれども外の油こそ、真珠を輝かせるものなのではないか──そんなメッセージとしても受けとれる。スコットランドはとくに保守的だとも聞くが、内と外とで異なる性を生きねばならなかった彼女にとってそれは、非常に切実な問題だったにちがいない。
 サード・シングルとなった “Faceshopping” では、「わたしの顔はショップの正面/わたしの顔は実店舗の正面玄関/わたしのお店はじぶんが向きあう顔/じぶんの顔を買うとき、わたしは本気」と、謎めいたことば遊びをとおして、アイデンティティの問題と消費社会の問題が同時に喚起される。この曲のMVではNYのドラァグ文化から影響を受けた目のくらむような光の点滅が多用され、型にはめられた彼女の顔が粉砕される。この、ことばと映像(=油)が共犯して音(=真珠)の射程を広げるありさまは、総合芸術的な試みとも言えるだろう。
 このようにサウンドの冒険とセクシュアリティの表出、深いコンセプトを一緒くたにして、メインストリームめがけてぶん投げたこと。それが『Oil Of~』の要であり、ソフィーの独創性なわけだけど、もうひとつ忘れてはならないポイントがある。随所で顔を覗かせる、レイヴ・カルチャーの断片だ。
 翌年リリースされた同作のセルフ・リミックス盤もぜひ聴いてみてほしい。ことばは相対的に後景へと退き、フロアを意識した機能的なビートが導入され、さまざまな電子音が縦横無尽に空間をかけめぐっていく。ミックスCDのごときシームレスな展開も含め、これは、『Oil Of~』がそのテーマを展開するために縮減させていた、ダンス・カルチャーにたいする敬意の表明だろう。ここには総合芸術としてのコンセプトロニカから切り落とされる、躍動と快楽がある。彼女の敬愛するオウテカがどれほど尖鋭的な試みを為そうとも、けっしてダンスから離れようとはしないのとおなじだ。
 たしかに、オウテカとの奇妙な巡りあわせに想いを馳せるといたたまれない気持ちになってくる。つい先日、長い長いときを経てようやく念願のリミックスがリリースされたばかりだったのだから。生前に完成型を聴けたことがせめてもの救いかもしれない……と思う一方で、しかしヒーローからの贈り物を受けとった直後に、月を眺めようとして落下死するというのは、物語としてあまりにできすぎではないだろうか。

野田努、小林拓音

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