ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  2. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  3. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  4. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  5. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  6. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  9. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  10. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  11. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  12. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  13. 『成功したオタク』 -
  14. Politics なぜブラック・ライヴズ・マターを批判するのか?
  15. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  16. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  17. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  18. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  19. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  20. Royel Otis - Pratts & Pain | ロイエル・オーティス

Home >  Reviews >  Album Reviews > 二階堂和美- にじみ

二階堂和美

二階堂和美

にじみ

Pヴァイン/カクバリズム

Amazon iTunes

E王

タラ・ジェイン・オニール、二階堂和美

タラ・ジェイン・オニール、二階堂和美

タラとニカ

SWEET DREAMS

Amazon iTunes

松村正人   Jul 14,2011 UP

 いうまでもなく声は楽器であるのだけれど、ことさらにそのことを発見するときそこには、誰もが声は歌になると楽器よりもっと直接、具体的に感情に訴える働きがあると思いこんでいるからに相違ない。節があり抑揚があり言葉がある。楽器にも節も抑揚もある。言葉はないが、音が声と同じように語り得ないとどうしていえよう。両者に隔たりはいない。二階堂和美を聴いて、私はつとにそう思ってきたのは彼女が楽器のように声を自在に操るからではなく、彼女の声が音楽(言語)だからだ。そこには簡易娯楽である以上にコミュニケーションの装置だったカラオケ文化が日常の風景を共感とともに浸食した90年代から外れるようにと個人の体験の影を色濃く落としたフォークが復権した2000年代を過去に置き去りにする言葉とは別の場所からくる、くっきりした、しかしなつかしい「ヴォイス」がある。
 ここでいう「ヴォイス」は彼女の声というよりも、種々雑多な-音楽的な意匠を歌いわけた『にじみ』の休符と行間に聞こえる二階堂和美の考えの痕跡のようなものをさす。『にじみ』にはまだ歌謡曲と呼ばれていた時代の歌があり、演歌があり唱歌があり音頭がある。ブルースとジャズのフィーリングがみちており、サンバをやっている。記号的に分析すれば、ひばりやピアフの影をみるかもしれない。いま聴いているのはCDなのに、LPにもひょっとしたらSPとも思えなくもない。繰り返しになるが、それがなつかしいのは喜怒哀楽をくまなくあらわしているからです。そう思わせるのが二階堂和美のテクニックであるとあなたはいうだろう。ところがそうではない。『にじみ』の多幸感――を感じさせるとは資料にも書いてある――は彼女の歌い手としての万能感に由来すると私は思う。それは『二階堂和美のアルバム』『ニカセトラ』との経験が培ったヴォイスの力であるのはまちがいないが、二階堂和美は万能感を意識しながらも、音楽をあらたに作りあげる過程にうまれる発見がそれを崩すことを期待しているにちがいない。音楽の至福は音楽の終わりとともに去ることを見越した無常観にもちかい透徹した視点があり、同時に、その無常観は私の歌なんて、という音楽への畏怖と無縁ではないし、結局のところ、どんなにプリプロをちゃんとしてもすごいテクニックがあっても、日々の悲喜こもごもに音楽は左右されてしまうという無力感 さえほのめかすようである。それこそが強さだというとバカの強弁だというひとがいる。ところが私はバカだからくりかえす。それは強さである。そうでなければ、強さに負けないしなやかさである。そのしなやかさの中から、『にじみ』はスタジオ盤なのに、再生するたびにそこにあたらしい歌がうまれる。何気ない日常の雑感と愛情を描いているのに、私たちはそれらの歌の中の平凡ともいえるものを貫く二階堂和美のヴォイスを発見しておどろかざるを得ない。きのうも家でかけていたはずなのに、流れ出すとはじめて聴くような気持ちになる、良質の即興みたいに先の読めないフレッシュな音楽。
 ......が『にじみ』であるなら、2ヶ月前にリリースしたアメリカのマルチ・インストゥルメンタリストであるタラ・ジェイン・オニールと二階堂和美の共作『タラとニカ』はふたりの即興を記録したアルバムである。ともにシンガー・ソングライターであるタラとニカはときに間合いをとり、あるときはそれを約めながら相対的な関係性を織りあげていく。チャントのような清澄さと(具体音をふくむ)ノイズを散りばめる手法はフリーフォーク以後の即興の態度といえるものだが、彼女らの時間と空間をそのまま切りだした東岳志のフィールド・レコーディング的な録音はこのアルバムをあたかもそこで歌がうまれる場面に立ち会っているような、おどろきを禁じ得ないものに仕上げた鍵になっている。

松村正人