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カクバリズム

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竹内正太郎   Mar 01,2012 UP
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E王

 聴いていると耳が忙しくなる音楽、というのがある。いち時期流行った言葉を使えば、要は情報量が多い、ということだが、イルリメの場合、エレクトロからヒップホップ、ハードコアまでをも自由に乗りこなすそのアヴァンな音楽性はもとより、躁的ともいえるラップがそのせわしなさを加速させていた。筆者が初めてイルリメの音楽に出会ったころ、ECDとの共作『2PAC』(2005)、あるいは『www.illreme.com』(2004)のせわしなさを前に、思わずたじろいでしまったことを覚えている。それは、ラップ・ミュージックの人力性におけるひとつの達成だったといまでは思う。
 しかし、同作収録の"トリミング"が放った異彩を、私は忘れることはなかった。写真の切出し加工をモチーフに、胸いっぱいの愛を、言葉にも音にも落とし込めないもどかしさを、だからこそ肯定するような、メランコリックなエレクトロ・ポップ。それは紛れもなく、先のディケイドに産み落とされたJ・ポップのひとつのクラシックだった(同曲を『360°SOUNDS』(2010)に再録したイルリメ自身も、相当の感触を得ていたのだろう)。

 そして、おそらくは多くの人と同様に、私が彼に対する認識をほぼ完全にあらためるのは、『二階堂和美のアルバム』(2006)での全面的な楽曲提供、プロデュースであった。そこで、私はイルリメを鴨田潤として、覚え直すことになる。
 とはいえ、表面的なイメージでしか彼のことを知らない私のような人間からすれば、それは、結ばれるはずのない二点が、隠されたたくさんの補助線で知らぬ間に繋がれてしまったような気がして、いまひとつ納得できないのもまた事実であった。が、それが決して大掛かりなトリックではなかったことが、その後、"トリミング"の変奏ともいえる"さよならに飛び乗れ"(2009)、イルリメが変装を忘れて鴨田潤の楽曲を歌ってしまったような"たれそかれ"(2009)、そして、鴨田潤名義での小細工なしの弾き語りアルバム、『』(2011)で少しずつ明かされていくことになる。鴨田は、そこで歌っていた。「思い出のあの場所は今も残っているだろうか/明日、春の風が吹いたら/久しぶりに帰ってみようか」"はるいちばん"

 そんな風にして、やや無軌道に蛇行しながらも、アッパーなヒップホップから、人懐こいポップスの保守本流へとじょじょに旋回していったイルリメは、本作『(((さらうんど)))』において、新たなキャラクターの獲得を果たしている。彼はイルリメとしても、鴨田潤としても振る舞い、過剰なアッパーさも、対極にある無装飾も、結局は1枚のコインなのだと受け入れ、そのギャップを最高のかたちで埋め合わせているのだ。両者のあいだを取り持つのは、端的には80年代のシティ・ポップであり、シンセサイザーであり、山下達郎のロマンティシズムである。K404とCrystalによるエイティーズ・マナーのプロダクションは、決して作りこまれ過ぎることなく、音のニュアンスが読み取れる程度の干渉にとどまり、クリーントーンで鳴るキーボードやシンセサイザーは、透明度の高いアンビエンスを提供している。
 資料なし・目隠しの状態で聴いたとしたら、どの曲も古いアニメ・ソングに思えるほど、言い様によっては馴れ馴れしいまでの親しみを携えている。アルバムのハイライトである高城晶平(cero)との共作"タイムリープでつかまえて"は、時を遡る能力を手に入れ、人生を自由に微調整しながら、だからこそたくさんの人と、そしてかけがえのない"あなた"ともすれ違っていく少女の、二度と訪れることのない夏を描いた『時をかける少女』(細田守監督、2006)に捧げられたかのよう。

 ほかにも、すでに配信・公開済みである、本作の名刺代わり"サマータイマー"、もっとも歌謡テイストの強い"冬の刹那"、暖かいアルバムのムードを引き締めるアンビエント・バラード"Gauge Song"、そして、佐野元春の打ち込みカバー、"ジュジュ"(1989)も最高の仕上がりだ。さらには、いまどき珍しいほどに吟味された(であろう)完璧な曲順からは、3人がこのアルバムにかける思いを想像することができる。
 また、プロモーション用のCDをこの1ヶ月アイフォーンに忍ばせ、日々の生活のなかで繰り返し聴いていたのだが、ふと、すべての曲のすべての歌詞が無理なく聞き取れることに、驚いた。もちろん、イルリメ時の高速ラップでもその滑舌の良さは際立っていたが、とにかくいち音にいち字、メロディに丁寧に言葉を乗せ、ときに軽いビブラートを利かせながら、きわめて中立的な発声で淡々と歌うこの男を、きっとあなたは知らないと思う。その分、リリックの内容は、リスナーが言葉を無意識に追いかけても決してプロダクションの景観が損なわれない、人工的な、一人称の主語に負荷をかけないフィクショナリー・ポップとなった。

 そう、彼ら(((さらうんど)))は、ポップのクラシックスが保証する伝統の半径を一歩も侵していない。全10曲、ランニングタイム40分で駆け抜ける『(((さらうんど)))』は、批判を恐れずいえば、新たなディケイドにおけるポップ・ミュージックとして、なんらスリリングではない。ラディカルさをあらかじめ放棄した、とも言える。それを、居直りや開き直りと切り捨てるのは簡単だ。が、おそらくは彼らが思春期の原体験として持つポップ・ミュージックの残像を、なんとなくいちど、真心でもって直視してみたかった、という気持ちが、私はわからないでもない。
 本作は3月7日にリリースされるが、初めて聴く際、隅々にまで調整が行き届いたある種の潔癖さを前に、なにか警戒してしまう人もいるだろう。が、ポップ・メロディに対するこの実直さは、並大抵ではない。言うなればこれは、ポップスの馴れ合いに対する愛ある警告だ。それは、単なるノスタルジー以上の価値を持つ。気付けば繰り返し聴いてしまうよ。なんの皮肉でもなく、『ミュージック・マガジン』では10点でないとおかしいと思うが、内容的にも、過干渉なメッセージがますます氾濫するいま、こうしたポップスの人工性、虚構性は貴重だ。ますますイルリメのことがわからくなったよ。

竹内正太郎