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Live Reviews

PeaceMusicFesta!辺野古2010

PeaceMusicFesta!辺野古2010

~辺野古の海から世界が見える~

@名護市辺野古ビーチ

日時:2010年10月30日(土)、31日(日)

二木 信  
photos by Shinjo Shinichiro   Nov 18,2010 UP
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 10月29日の夜、〈リキッドルーム〉でのSEEDAのライヴを観終わったあと、興奮冷めやらぬまま急いで家に帰り、荷造りをして、慌しく早朝の飛行機に乗って沖縄に向かった。那覇空港に着くと、僕はまずパーカーを脱ぎ、Tシャツになった。沖縄に来るのは5年ぶりと久々だが、陽光の眩しさと南国の熱気には、否応なく気持ちを上げられる。睡眠不足の疲労などあっという間に吹き飛んでしまった。さあ、ビールでも飲みながら、流浪のロックンローラー、ヒデヨヴィッチ上杉の借りたレンタカーで、いざ辺野古へ! と言っても、ただ浮かれているわけにはいかない。今回の、4泊5日の旅の目的ははっきりしている。やることはたくさんある。そのひとつがここでレポートする〈PeaceMusicFesta!辺野古2010〉(以下、PMF)の取材である。

 PMFについて簡単に説明しておこう。今年で5回目を迎えるこの音楽フェスは、2006年に沖縄のレゲエ・ミュージシャンがスタートさせ、2007年からソウル・フラワー・ユニオンの伊丹英子と沖縄のミクスチャー・ロック・バンド、DUTY FREE SHOPP.の知花竜海が実行委員に加わり、規模を拡大していく。昨年は宜野湾市で開かれ、UAや加藤登紀子やオゾマトリらが出演している。

 今年の会場は、沖縄本島北部の東海岸に位置する名護市の辺野古である。周知のとおり、普天間飛行場の移設候補地だ。小さな漁村のすぐ隣には、米軍の海兵隊基地、キャンプ・シュワブがある。会場となったビーチには、驚くほど低い、乗り越えようと思えば乗り越えられるほどの有刺鉄線が張られ、そこから向こうはアメリカ領だ。この国でいまもっとも政治的にデリケートな集落のひとつである。会場近くの電柱には、幸福実現党による「賛成!! 辺野古移設」のポスターの下にPMFの案内が貼ってあって思わず立ち竦んでしまったが......それはひとつの例としても、地元住民のなかに基地移設をめぐって賛成派と反対派が混在する一筋縄ではいかない土地である。そこで平和を訴える音楽フェスを果敢にも開催してしまう気概にまず率直に恐れ入る。しかも、今回の出演者はフェスのコンセプトに賛同して基本的に渡航費含めすべて自腹だったという。
 実際に現地で、「基地の移設の問題が先にあって、音楽は二の次でしょ」という主張を僕に力説する若い女性と出会った。少なくない時間と情熱をこの問題の解決のために傾け、最前線である辺野古の浜辺で座り込みをしたり、辺野古移設反対を訴えている人たちの切実さを考えれば、(それがすべての意見ではないにしろ)当然の主張だろう。それはリアルな政治の話である。僕はその話を真剣に聞き、受け止めていた。しかし、心のなかで、「音楽にしかできないことがあると信じているから東京からここまで来ているんだよ」と呟いていた。「とにかく観てみようよ、彼らのライヴを!」ということなのだ。ここで伝えたいのは、PMFでいくつもの素晴らしいライヴがくり広げられたということである。そう、PMFは熱気に満ちた素晴らしいフェスだったのだ!

 台風も過ぎ去り、天候にも恵まれた1日目。まず驚いたのが、ステージの音響設備の充実ぶりと、屋台や本部やPAブースに使われているテントに沖縄各地の地名が記されていたことだ。おそらくあちこちからかき集めたのだろう。そして入場料が安いこと。大人で前売り2500円、当日3000円、高校生は前売り1000円、当日1500円、中学生以下は無料である。こういうところから主催側の熱意とインディペンデント・スピリットは伝わってくるものだ。
 この日の空気を最初に変えたのは、昼の早い時間にアコースティック・ギター1本で登場した元・犬式の三宅洋平だった。彼の虚飾のないストレートなギター・プレイとヴォーカルは、まだ人がまばらな会場を静かに扇動していた。フェスの宣言のようなメッセージを勇ましくラップした沖縄のラッパー、カクマクシャカも砂浜の温度を上げていた。1日目のトリのソウル・フラワー・モノノケ・サミットの祝祭的なライヴは老若男女のオーディエンスの期待に文句なしに応えるものだったが、僕にとって最大のハイライトであり、喜ぶべき発見はRUN it to GROUNDという沖縄のスクリーモ・ロック系のガールズ・バンドだった。ギター・ヴォーカルの女性の、地獄の底から発するようなシャウトに、泡盛を飲んで夕涼みをしていた僕はびっくりしてステージに駆け寄った。彼女たちをもっと早く知っていれば、ele-kingの執筆者らと着手している『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』(仮)でなんらかの形で紹介したかった。数十分のライヴを観ただけだが、そう言いたくなる特別な何かを感じた。

 ところで、僕がPMFのどのライヴにもっとも注目していたか。その答えは、2日目に登場したMISSION POSSIBLE(THA BLUE HERB×OLIVE OIL×B.I.G. JOE)と七尾旅人のライヴである。残念な話だが、いまだに「音楽と政治を結びつけるな」という野暮な難癖をつけてくる心の狭い音楽リスナーに対しては、「どーも、すいません! 俺は音楽オタクじゃないんでね!」と仕方なく答えるようにしている。まあ、ともあれ、彼らがこの状況、この現場にどのように切り込むのか、どんなパフォーマンスを見せ、どんな音と言葉を発するのかを楽しみにしていた。結論から言うと、彼らのライヴは会場に集まった多くの人が見過ごすことのできないものだった。詳しくはあとで書くが、いまのこの国の音楽シーン......、いや、音楽に"音楽以上の何か"を求めている人びとから信頼されている意味がさらに深く理解できる素晴らしいライヴだった。

 1日目のプログラムが20時過ぎに終わったあと、体の熱が冷めない僕は沖縄市まで足を運び、嘉手納基地の近くにある通称・ゲート通りにくり出すことにした。少し話は横道に逸れてしまうが、その町の夜の猥雑さは凄かった! 車で送ってくれた地元の女性も「外国じゃん!」と驚くほどだった。ハロウィンというのもあって、路上ではど派手な仮装をして酔っぱらった若い米兵らが大騒ぎしていた。爆音のヒップホップに釣られて、ふらっと入ったクラブはさらに異世界だった! 白人、黒人、スパニッシュ、日本人、韓国人らしきグループが入り乱れて、乱痴気騒ぎの真っ只中だった。バー・カウンターにはポールがあって、そこではセクシーな格好をした......というか半裸に近いあられもない姿の日本人の女性たちがポールに食いつくように腰をくねらせ、足の踏み場もないフロアではファンキーな黒人のカップルがエロティックにダンスしているではないか! 目を丸くする僕に、隣に座った常連らしき日本人のお姉さんは「毎週末、これなのよ」と呆れ顔で呟いていたが、そこでかかっていたドレイクやR・ケリーは、間違っても"聴く"ためではなく、もちろん踊るための、もっと言えば、男と女の出会いを演出するボディ・ミュージック以外のなにものでもなかった。
 僕は異文化が衝突することで生まれる乱痴気騒ぎを大いに楽しみ、「これも沖縄の魅力なんだよなぁ」と興奮していた。4、5日いただけでわかったようなことを言うつもりはないが、夜の歓楽街の熱気や息遣いを肌で感じてしまうと、基地の問題が一筋縄ではいかないことにまた別の角度から思いをめぐらしてしまう。"沖縄"や"基地"という単語を聞いたときに、本土の人間は必要以上にびびったり、怯んだりしてはいけない。ポスト・コロニアリズム的観点から真剣に物事を考えることだって大切だけれど、沖縄をロマンティックに語ったり、ナイーヴに受け止めたりするところから離れて、もっと無邪気に考えたり、行動することもときには必要だろう。妖しさ、下品さ、猥雑さがぐちゃぐちゃに混在する悪場所に人間は吸い寄せられ、そこでなにかしらの行動と思索の契機を掴むことだってあるのだ。僕はビールを飲み、屈強な米兵の集団にちょっかいを出されてもめげずに、まあ性懲りもなくそんなようなことを頭の片隅で考えていた。そして深夜、僕は敗残兵よろしく、ひとりゲスト・ハウスに帰って寝たのだった......。

 PMFの初日のステージには、実際に70年代前半のコザ(現・沖縄市)のライヴ・ハウスでベトナム戦争の過酷な戦場に送られる米兵たちを相手に過激なパフォーマンスを展開した、伝説のロック・バンド、コンディション・グリーンの元ヴォーカル、通称・ヒゲのかっちゃん(川満勝弘)が立っていた。南国のジョージ・クリントンのようなワイルドな風貌の彼は、"ホテル・カリフォルニア"のむちゃくちゃな日本語カヴァーを酔狂に演じ、笑いと歓喜の風を運んでいた。あとから考えれば、ヒゲのかっちゃんの年季の入ったトリックスター的な振る舞いも沖縄の混交的なアンダーグラウンド・カルチャーで鍛え上げられたものなのかもしれない。僕は彼を観ていてとても愉快な気持ちになれた。

MISSION POSSIBLEのライヴで会場は最高潮を迎えた。


 そんなこんなで、初日にバカみたいに飲んでしまった僕は、次の朝を二日酔いで迎えた。前日より晴れ渡った天気のなか、夕方まで波と戯れたりしてのんびりと過ごしていた。僕を最初にステージに向かわせたのは、美しくメロウなアコースティック・ギターの調べと夕方の空気を包み込むふくよかなヴォーカルをそっと差し出してくれた直江政広(カーネーション)だった。ああ、なんて素敵な演奏だろう。大それたメッセージなどなかったが、彼の音楽は雄弁に平和への祈りを奏でているように思えた。それまで我慢していたコロナ・ビールを買ってしまった。そこから、沖縄民謡とロックを力強くシェイクする知花竜海×城間竜太、ファンキーでソウルフルなレゲエ・バンドを従えて大御所の貫禄を見せるPAPA-U GEEが、解放的な雰囲気を作り出していく。この時間帯の流れはフェスのひとつのハイライトだった。そして、ここで登場したOLIVE OILのDJが一気に音圧を上げた。

 贔屓目に見なくとも、MISSION POSSIBLEのライヴの注目度は高かった。B.I.G. JOEがステージに勢いよく現れると、そこはもう彼らの独壇場だった。彼は挨拶代わりに自身のドラッグ・ディーラーとしての過去を物語化した"D.D.D. -DRUG DEALER'S DESTINY-"をやった。夕方の黄昏時にこんなハードボイルドな曲からはじめるなんて! しかし、僕の目の前では仮装したジャージ姿の女子高生たちがラップの真似をしながら大騒ぎしているではないか。僕は彼のちょっとした遊び心にニヤニヤしていた。が、B.I.G.JOEが「基地の米兵に届けるつもりでやる」というようなMCから、"WAR IS OVER"を英語でラップすると会場からは大きな歓声が上がった。座り込みの現場で見かけた女性たちも体を揺らし、たしかに声を上げていた。なんというか、それは理屈ぬきに美しい光景だった。そして、ILL-BOSTTINOがステージに登場して、"MISSION POSSIBLE"のファンキーなビートが疾走しはじめると、彼らの凄まじい説得力にやはり圧倒されてしまった。
 THA BLUE HERBのライヴの頃には、砂浜に弧を描くようにその日いちばんの人だかりができ、ひとつの小宇宙が完成していた。普段、ビールや焼酎ばかり飲んでいる俗の極みのような自分が柄にもなく、そんなスピリチュアルな気分に浸ってしまうほどだった。ILL-BOSTTINOは リリックにアレンジを加えながら、"ILL-BEATNIK"や"未来は俺等の手の中"をその場に確実に届く言葉でラップしていた。ILL-BOSTTINOは辺野古でライヴをやることの意味を魂の深いレヴェルで感受して、政治的領域ではなく人間の領域でオーディエンスのひとりひとりに向けて全力投球していた。コモンのソウルフルなトラックを使っていたのも印象的だった。これまで何度かTHA BLUE HERBのライヴを観ているが、それまでにない種類の、崇高な魂の叫びを感じる思いだった。勇敢な愚直さだけが切り拓ける領域とでも言えようか。彼は最後に、「沖縄のことを全世界に伝えてください」とオーディエンスに丁寧な口調で語りかけ、帽子を取り、深々と頭を下げた。そして、拍手の嵐が吹き荒れた。

熱い演奏を繰り広げるソウル・フラワー・ユニオン。

 さすがの七尾旅人も彼らのライヴのあとではやりにくかったんじゃないだろうか。しかし彼は嵐のあとの静けさと暗闇が覆いはじめた海辺の幻想的なシュチュエーションを味方につけて、これまた素晴らしくコズミックなライヴを見せてくれた。僕は喫煙所の椅子に腰掛けて、じっと音に耳を傾けた。七尾旅人は最近ではお馴染みのアコースティック・ギターとサンプラーによるライヴを披露していたが、いつもと違ったのは虫や波や木々の織り成す自然のハーモニーが彼をバックアップしていたことだ。そんななか、七尾旅人は"どんどん季節は流れて"や"Rollin` Rollin`"をやった。どこかエロティックで魅惑的な演奏に多くの人が酔い痴れていた。いつもより冗談も少なかった気がする。彼は多くの言葉を語らなかったように思えた。それで充分だった。その頃には、何か濃密な空気が会場を覆っていた。
 そしてフェスのクライマックス、ソウル・フラワー・ユニオンから沖縄の陽気なサルサ・バンド、KACHIMBA DXへと続く有機的なリズムの渦のなかで、僕はアホみたいに気持ちよくなっていた。ピース系のイヴェントにありがちな、ある種の品行方正な平和の訴えに流れず、最後を情熱的なダンス・ミュージックでぶち上げる精神に僕は共感した。ここでこれ以上あれこれ書くのはとりあえず止めておく。来年もあれば、行きたいと思わせるフェスだった。そう、あそこに集まった1000人近くの人たちはわかっている。PMFにはたしかに音楽のマジックがあったということを――。僕はそのあと、沖縄でやることをやって、飲んで遊んで、心地良い余韻に浸りながら帰路についたのだった。

二木 信