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Home >  Columns > AFX──『サイロ』から3作目の正直- 対談:佐々木渉 × 野田努

Columns

AFX──『サイロ』から3作目の正直

AFX──『サイロ』から3作目の正直

対談:佐々木渉 × 野田努

Aug 17,2015 UP

機材の名前が曲というか。1曲のタイトルのなかに下手をしたらふたつくらい機材の名前が入っているんですが(笑)。──佐々木

ついに出ましたね、佐々木渉の機材話(笑)! ──野田

野田:『サイロ』のすごいところはあの完成度の高さなんですけど、では『サイロ』というタイトルにはどんな意味があるのかというと、人生を読み解くような意味はない。ラヴだとかハッピーだとか、なにかそういったメッセージもない。でも、音楽に叙情性があったから、リスナーの内面に喚起させるものはあったと思うんですね。しかし、今回の『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、そういうものがない。エイフェックス・ツインらしさがひとつ極まったというか……

佐々木:少なくとも、機材と音響周りの独自のロジックを極めていたというか。他にない方向にいっていたので。

野田:去年のドミューンでの佐々木さんの『サイロ』の解説がほんと面白かったんですよね。使われた機材のなかでトピックとなりえるものをひとつひとつ説明してくれたんですけど、あれは聞いててとてもタメになりました。

佐々木:ぼくは機材の収集家ではなくて……仕事柄、様々なハード機材をサンプリングしたシンセサイザー・ライブラリのマーケティングをしていた経験だけですが、リチャードの機材のラインナップが、異様だったんですよね。とくに、使い難くてマイナーな初期デジタルシンセやサンプラーの比率が多かった。
どうしてもエレクトロニカとの対比になってしまいますが、大きな流れとして、池田亮司さんとかカールステン・ニコライとか、シンプルで純粋な音波があって、それで構成された音楽がアートであるとかデザインに近いものであるっていうアプローチがあったと思います。2000年代以降の純粋で音が良いイメージって、ああいうクリーンでコンセプチュアルな方面にも引っ張られていたと思うんですよ。『サイロ』の音の良さってそういうものに真っ向から対峙するものだったといいますか(笑)。いわゆる純粋できれいな音じゃなくて、初期デジタル機材の音信号を制御しきれていない故のノイズ、ダーティなアナログ感、ひとつひとつ違う回路を通ったエレクトロニクス・サウンドの絡み合いだったり、質感のもつれ合いだったりを、自分は全部を把握していて絵の具のパレットのように使い分けられるんだよねっていうアピールそのもので、そういう方向を極めているアーティストって他に全く思い当たらないんですよね。
昔の現代音楽の人であれ、エレクトロニクスのインプロヴァイザーであれ、ひとつの機材を掘り下げることや、ある特定の範囲で決められたセットアップを極める傾向がありますが、リチャードはひとつの脳みそや部屋に収まりきらないぐらいのいろいろな機材にそれぞれ思い入れを持って、それを繋ぎ合わせて使おうしていますよね。それにはものすごい時間と労力と頭の切り替えが必要で、それがものすごく好きじゃないとできないことなんですよ。一番はっきりわかるのが、リチャード・D・ジェームスの集中力だったりとか機械に対する特別な思いだったりとかの度が過ぎていて、尋常じゃない執念とか精神があるんだなと(笑)。

野田:なんだろうね。機材が自分の神経系と繋がってるんですかね(笑)。

佐々木:「自分の音響テクノロジーへの執着と経験自体が一番SF的だったんだよね~」って言いはじめちゃってるんだなという感がします。

野田:初音ミクってメタ・ミュージック的なものかもしれないけど、リチャードは古典的な送り手なわけですよね。テクノ・ミュージックって、多かれ少なかれテクノロジーによって規定されるものですけど、リチャードは、それを越えているということですか?

佐々木:えーと……。初音ミクもリチャードも超変態ですよね、イメージも、認識のレベルで特異な存在。でもリチャードの思考回路は彼のなかで閉じてるわけだから、唯一性が凄い。

野田:とにかくあの人の機材の選び方が、いわゆる古今東西とか常識的なベッドルーム・ミュージックからは並外れているというか、境界がないじゃないですか? とりあえず電流を流して、音が出るものであれば全て使うでしょう? 

佐々木:エピソードでいくつか言うと、昔のインタヴューで取材中の空調の音が気に入ったらしくて、これを録音してシンセの音として使いたいと言っていたりするんですけど、たぶんそれを読んだときに、パフォーマンスかと思ったのですが、いま思うと、境目がないんでしょうね。気になった音や気に入った音は、全部、気になる体質みたいな。

野田:ジョン・ケージっぽいというか。

佐々木:ジョン・ケージというよりは、良い音だからそこに耳がいっちゃうっていう意識のレベルというか。もっと変な……楽音と環境音、電子音を区別しない意識みたいな。

野田:コンセプトを言っているわけではなくて、本当に音が良いと言っていると。

佐々木:そうですね。リチャードの自作シンセの話だったり、同郷のスクエアプッシャーだったりもアリの足音をサンプリングしようとしたとか逸話がありましたけど、既存の枠組みと違うことを音響的に意識したり解釈することを是としている。日本だと竹村延和さんだとかが音の意味そのものを考えるって方向にいきましたよね。それもけっこうコンセプト的な方向にひっぱられちゃうわけですけど、リチャードは最後の最後まで音にしか引っ張られていない感じがします。音以外のことを気にしていたら、こんな音の積み上げ方はできないだろうなというか。
機材リストにしてみても、あれをシンセサイザー好きに見せても「なんじゃこりゃ?」って言うようなリストなんですよね。いわゆる名器の割合は多くなくて、不均衡な状態を保つかのように、時代の狭間に置き去りにされたものや、置き去りにされそうなものが多くを締めているんですよ。「なに基準でこれを選んだの?」っていうのが2、3割ぐらいあって(笑)。

野田:エレクトリックギターで有名なフェンダー社のアナログシンセとかすごかったもんね。あと軍事用途のテープレコーダーとかね。

佐々木:本当に時代背景がバラバラな機材を集めてこういう風にリストしちゃう人がいるんだなっていう感じが強かったですよね。「どうすんだろこれ?」っていう(笑)。

野田:使い終わったあとね(笑)。

佐々木:使い終わったあとというか、まとめられてる気がしない。エンジニアの視点だったらエンジニア視点で……やっぱり、こういうラインナップはレア過ぎるなと。

野田:やっぱりイギリス人気質みたいなものを感じませんか? 自己パロディのセンスも含めて。

佐々木:アメリカじゃないですよね。

野田:ベーシック・チャンネルのアプローチともぜんぜん違うし。

佐々木:比較もできないんじゃないかと。

野田:まあ、昔のアナログ機材やモジュラー・シンセに行く人はけっこういて、もっとマニアだとクセナキスやシュトックハウゼンが使っていたような機材を使おうとする人もいるんですけど、リチャードの場合は、機材の選択においては、あまりにも脈絡がないわけでしょう?

佐々木:わざわざ操作が面倒くさいのを選んでるのが多いし、TX16WとかASR10とかOSを書き換えられるサンプラーも多いし、最新の機材も微妙に含んでいて、どこまでカスタムかどうかはみんなわからない。このリストはポップな感じがなくて面倒くさい(苦笑)。昔のインタヴューとはまた違う意味で本当かどうかがわからないものを今回提示してきていますね。

野田:たとえばいまグライムで売れているプロデューサーのマムダンスっているでしょ。彼が『FACT MAG』の取材で自分のベッドルーム・スタジオを見せていたんですが、絵に描いたようなイクイップメントでね、909やアナログシンセがあり、サンプラーがあり、PCがあり、しっかりしたミキサーがあるんです。とても綺麗に並んでいてね、機材好きが真っ当に憧れている機材ががっつり揃っているわけですよ。リチャードは、そういう感性とは全然違っているわけですよね。

佐々木:リチャードの機材リストであるとか、音に対するアプローチっていうのは、たぶんリチャードしかやらないだろうから、ジャンル的な広がりも横の広がりもできないだろうから、これはもうリチャードでいいんじゃないかなという気になってしまうところはありますね。本当にリチャードが唯一無二の感じといいますか。たとえばジャズのジャンルですが、〈ECM〉的な独自のサウンド・カラーがはっきり主張し過ぎていて、あるジャンルに属しながら孤立する感じというか……、そういうものとしてリチャードが出てきちゃったというか。安心して今後死ぬまでリチャードの作品を聴ける感じがするというか、またPCとかシンプルな機材に戻るっていうのもあるのかもしれないですけど。

野田:『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、アシッド・ハウスですよね。これを聴いて、AFX流のアシッド・ハウスの最新版だとぼくは思った。リチャード・D・ジェイムスには、牧歌的な顔ともうひとつの顔があって、それはコースティック・ウィンドウ名義で見せていた、大のアシッド好きの顔でね……ちょっと話逸れちゃうけど、石野卓球もアシッド・ハウスが好きでしょ。意味のないことをやり続けているという観点で言えば、電気グルーヴとエフェックス・ツインって似ているよね。ただ、エイフェックスは、さっきも言ったけど、ものすごくイギリス的、ひねくれ方がイギリス的だよ。イギリス人的なアシッド・ハウス解釈のものすごく極端なカタチっていうかね。

佐々木:アシッド・ハウスというか、アシッド感そのものへのフォーカスというか……。よくこんなに粘着質な音楽を作れるよなくらいにグニョグニョしていて。機材リストを見た割と多くの人が「303を使ってないんだ」って言っていたんです(笑)。303の神話から脱却しながら、アシッドなことを求めていく流れは有ると思いますが、ぞれをこの人はずっとやっていたんだなっていう(笑)。

野田:初期の頃、303と606だけで作っている盤もあるけど、そういうすごくフェティッシュ的なところもあったとは思うのね。でも、やっぱりシカゴのアシッド・ハウスのとことんDIYであるがゆえのくだらなさ、あの爆発力をいかに継承するのかってことですよね。あの感じを継承するってけっこう難しいと思うんですよ。一発芸で終わってしまいかねない。
あとアシッド・ハウスって、たとえば“アシッド・サンダー”とか“アシッド・オーヴァー”とか、アシッド何とかとか、多くの曲にとって曲名なんかどうでもいいんですよね。少なくとも“ストリングス・オブ・ライフ”と名付けるのとは違う情熱なわけですよ。
同じように、リチャード・D・ジェームスにとっても曲名なんかはどうでもいい。たとえばAFX名義の最初の「アナログ・バブルバス Vol.3」(1993年)の曲名は、全部数字です。しかも6桁以上の数字なんで、覚えられるわけないっていう(笑)。その次の「アナログ・バブルバス Vol.4」(1994年)にいたっては曲名がないんだけど、佐々木さんはリアル・タイムで聴いていたから知っているだろうけど、声が入る曲があるじゃないですか?

佐々木:ええ。あの象の鳴き声が入るものとか。

野田:あの曲は日本のフロアでもヒットしたよね。あの曲がかかるとみんな笑うっていう。曲名がなくても曲がヒットするって、すごいよね。それって、音そものものでしかないんだから。『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、間口の広かった『サイロ』を自分で解体しているっていうか、なんかそんな感じがします。

佐々木:解体というのはどういう方向の解体ですか?

野田:さっぱりわからんない(笑)。とにかく、『サイロ』のようなアプローチではないよね。『サイロ』と同じように、この音楽に感情移入できる人もそういないと思うし、でも、実はこの新作こそがリチャードのもうひとつの本質ってことですよ。だから、『オーファンド・ディージェイ・セレク』を好きな人は本当にエイフェックス・ツインの音楽が好きな人だと思う。

佐々木:このタイトルにある「2006 - 2008」っていうのは、一応『サイロ』よりも前に作っていた暗示なんですよね。だからこの頃には骨組みは完成していたんだよねっていう意図はわかるんですけど、それにしても4曲目の“ボーナスEMTビーツ”とか、シンセの音は最後の40秒でちょろっと入るだけなんですよね(笑)。あとは全部ドラムマシンが鳴っているだけっていう(笑)。ぎりぎりの線で、トレンドを振り払って、ただドラムマシンを鳴らしてますみたいな印象なんだけど、音はとんでもないみたいな。凄い自己アピールだなと思います。

野田:この『ディージェイ・セレク(DEEJAY SELEK)』っていうタイトルのいい加減さも良いよね。「セレクテッド」じゃなくてね(笑)。もうそのあとの言葉すら、めんどくさいんでしょうね。

佐々木:はははは。シンプルなものばかりを集めたってことですよね。なんでそれをいまになって(笑)。

野田:でも、この「2006 - 2008」っていうのは意外と真実かもよ。基本的には誠実な人だとは思うし。ハッタリをかますようなタイプではないと思うんです。ジャーナリストに対して若気の至りで言ってきた部分もあるんですけど。

佐々木:まあ、インタヴューの前後に『アンビエント・ワークス・vol 2』やポリゴン・ウィンドウみたいな音楽を作っていたら、変な言葉も吐きますよね(笑)。

野田:インタヴューとかめんどくさかったと思うんですよ。でもだからと言って悪意がある感じではなかったので。

佐々木:若干分裂気味だったり、思考が一度途切れて持ち直しているんだろうなみたいな瞬間はインタヴューを見ていても思いました。

野田:まあ、『アンビエント・ワークス・vol 2』のときの「夢を見ながら作った」というのは「本当かよ?」と思いましたけどね。でも本当なんじゃないかと思えてくるところが彼のすごいところですよね。そういう意味でいうと、「2006 - 2008」というのはそうなんだろうなとは思うんですけど。

佐々木:僕もそれは同感です。最近になってシリアスに本当だと思えてきてます。

野田:で、〈ワープ〉的には、いきなりこれを出すわけにはいなかっただろうし。「リチャード、これはさすがに……」ってね(笑)。やっぱ、『サイロ』が成功したから出せたと思うし。

佐々木:『サイロ』があって『コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ Pt.2』があって、本作。リチャードがすることが分裂したようで、作家性への信用が固まっていく感じ。作風が違うようでリチャードでしかない感じは、本人の調子の良さの現れだろうっていう(笑)。彼が、溜め込んできたものまでサウンドクラウドでも垣間見られて、いろいろと選択肢があったなかで、次はこれか、『ディージェイ・セレク』かっていう(笑)。気持ち良い裏切り感。でも『サイロ』と同じで、やっぱり機材の名前が曲というか。1曲のタイトルのなかの下手をしたらふたつくらい機材の名前が入っているんですが(笑)。

野田:出ましたね、佐々木渉の機材話が(笑)! それを聞きたかったんです。

佐々木:最初の曲の“セージ”ってモジュラーシンセと2曲目にある“DMX”のリズムマシンは有名ですよね。3曲目の”オーバーハイム”も“ブラケット”もシンセメーカーの名前です。次の“EMT”もエフェクターの名前ですし、 “ミディ”も規格名、“SDS3”はドラムマシンの名前です。で、最後はローランドの“R8M”とかドラム音源の名前で締めると。「シンプルな機材で遊んだんだよね」って言っているみたいです(笑)。それで音数少な目にまとまっていて勢いがある。
ビートのパターン自体は結構、誰でも鳴らせられるものなんですよね。でも、勢いとか音の粘りだとか、粒立ちの立体感だとか、やっぱり聴いたこともないものになっている。誰でもやれそうで出来ない感じ。リチャードのファンって音楽を作ったことがある人や機材に興味がある人が多いと思うんです。『サイロ』は割と色んな機材を使っているんだけど、音源という意味で「実はドラムマシン一台で俺はここまでいけるんだぜ? すごいだろ」みたいな。
最近ネットで流行っているゲーム実況という、ゲームをやっているところを録画して、それを視聴者が見るってやつがありますけど、これはリチャードなりの作業風景が見える、テクノ実況というか。
ドラムマシンを立ち上げます、3分で打ち込んでスタート・ボタンを押して、テンポをいじって、形ができたらいきなり5分くらいでいろんな機材のバランスをとって、パッと作って、「はいっできました。でも、この機材の組み合わせだとか勢いって俺にしか作れないでしょう?」ってというのを感じる。職人的というか(笑)。そういうテクノロジーを応用しているリチャード自身の凄みを少なからず感じるところがあって。最後のR8Mみたいな機材を使ってこういうビートを作るって、いまこういうことをやる人っていないですからね。最初期のオウテカとかが使ってたような機材ですけど、これをいま使うんだ、リチャードっていう(笑)。

野田:機材がわからない人に解説すると、たとえばどういうものになるんですか?

佐々木:ヴィンテージでもなければレトロでもない。いまその辺のリサイクルショップに行けば、これが数千円以下とかで売っていてもおかしくないんですよね(※オークションの動作確認品でも2500円から1万円前後ぐらいの落札価格)。そういう機材が主役としてピックアップされる不思議、これがすごい評価されている機材ばっかり並んでいたら、ああ、そうだね。すごいね。で終わるんですけど。この機材の今、誰も着目しないポテンシャルを、質感くわえて歪ませて、こうやって引き出すのか……というのが凄い。

野田:そうなると、意味がないと言ったけど、別の意味が見えてきますね(笑)。

佐々木:テクノロジーとの関わり方だったりとか。

野田:それは何なんですかね。ざっくり言ってしまえば機材に対する批評性みたいなものというか、そういう捉え方もできるのかな。それはあると思いますか?

佐々木:ちょっとリチャードのことを考えると頭が痛くなっちゃって、日本語がうまくなくて申し訳ないんですけど(笑)。たぶん世のなかの人は次のタイミングに使う機械ってキューベースとか、FLスタジオとか、エイブルトン・ライブとか、もしくはエレクトロンのハードウェアだったりとか、ヒップホップのプロデューサーで昔はMPC3000やSP-1200を使っていた人がiPadだけで曲を作っていたりする時代に、リチャードが曲作りにコミットするときに使う機材というのが、時代性も存在意義もすごくランダムなもので、いまラックマウント型のR8Mと、最新の機材のMProsser、APIのハードウェアエフェクターとパソコンのレコーダーを繋げられるという状況が、世のなかにはあんまりないはずなんですよ。その接続の妙を楽しんでいる感じといいますか。
スクエアプッシャーとかもインタヴューで、テクノロジーとの関わり方について発言が激しいですけれど、リチャードは行為の規模が激しいなという感じがすごいして、さすが親分みたいな(笑)。むかしのリチャードの作品を聴いても、そういう楽しそうにいろんなテクノロジーと戯れて楽しそうみたいな。

野田:それはむちゃくちゃあった。初期の頃は雑誌にベッドルームの写真が載っていたりしたけど、部屋が機材とシールドだらけで、自分で作ったエフェクターととかね。本当に機材が好きなんでしょうね。

佐々木:機材が好きというよりも、機材同士を繋げるのが好きなのかもしれないですね。

野田:なるほどね。

佐々木:普通の人は機材が好きで、808が好きな人は808の素の音の質感や揺らぎが好きだから、それをどういう風に生かすかを考えるんですけど、リチャードはいろんな機材を繋げて、で、また繋げて、歪ませて、サンプリングして、同時に走らせて、混ぜて変な音が出たら喜ぶみたいな(笑)。そういう処理するルーティンに遊びがある故の偶然性というかなんというか。

野田:いいですねー(笑)。

佐々木:スマートフォンなどによってテクノロジーの存在が日常的でハードとしての挙動が画一的なものになっていて、古いテクノロジーは新しいフレーム内に置き換えられていく。逆に、古いテクノロジーの応用の可能性が広がるにつれて、リチャードがどんどん自由になっているというか。いろんな時代背景の異なる機械を組み合わせる価値とか意味とかがリチャードには見えているというか。異なる年代のテクノロジーの組み合わせで、独自の世界観を作るというのはロマンティックですよね。機材のなかで、ヴィンテージらしいシンセは少ないのですが、音の質感を作る、プリアンプなどはビンテージものが多くて、心地よい歪に歪みに覆われているのもそのせいも大きいと思います。こういう様々な機材を個人スタジオでレイヤーしていく感じは、新しい。いまは、ハードの質感はUAD社とかのPCのシミュレーションもので済ませる人が多いなかで、なかなか、追いつけないサウンドだと思いますね

野田:なるほど。しかも『サイロ』みたいな金字塔を作っておいて、新しいのがいきなりコレかよみたいな。ロックやジャズじゃこんなことできないでしょうね。どこまで自由なのかという。

佐々木:自由というより、むき出しでスカスカ。音はなんだかんだでチューニングされていて、とくに音の粒がユニークに飽和させられて、歪んでいる方向性があって、〈モダン・ラヴ〉とか日本でいえばフードマンとか、あの辺のある種、新しい感覚で歪んでいてインダストリアルでみたいなものを、エイフェックス・ツイン流に昇華している感じが『サイロ』とこのアルバムからは感じるところがあるんですよ。

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