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Columns

AFX──『サイロ』から3作目の正直

AFX──『サイロ』から3作目の正直

対談:佐々木渉 × 野田努

Aug 17,2015 UP

これはいわばリチャードのもうひとつの本質、アシッド・ハウスへの偏愛の具現化ですね。 ──野田

ヴィンテージでもなければレトロでもない。その辺のリサイクルショップに行けば数千円以下で売っていてもおかしくない機材が曲の主役なんです。──佐々木

野田:インダストリアルは、エイフェックス・ツインの真逆だよね。いまの社会は暗いからそれを反映した暗い音楽を作らなければいけないみたいな。だから自分たちのやっていることには価値があると。エイフェックス・ツインはそういった意味づけすべてを放棄するものであって(笑)。でも、佐々木さんの言っているリチャードのインダストリアルぽさって、音の歪みというところだよね? “クォース”みたいな曲に象徴されるような。“ヴェントリン”(1995年)も、インダストリアル調だったもんね。

佐々木:あの頃はストレートに歪みすぎてる感じがありますが、いまのは“エクスタル”のある種ピュアだった方向性で、かつ音の厚みが増して、周波数的にも上下に情報量が増えた感じ。音のクオリティっていうところで、歪に定評のある、アンディ・スットトやハドソン・モホークと比べて「エイフェックスも全く負けていない」っていうか。リチャードは最新の音楽はほとんど聴いていると言ってましたよね? だから意識的にやっているのかもしれませんね。グライム以降の歪み感だとかうねり感だとか。シリアスなアンビエント感みたいなものを内包していてかつエイフェックス・ツイン流に自由にっていう(笑)。

野田:今回の『ディージェイ・セレク』は、「2006 - 2008」を信じるのでであれば、インダストリアルが流行る前だよね?

佐々木:その頃には彼のなかでのかっこいい歪んだっぽい音ができていたんですかね。その可能性は大いにありうるなと。ルーク(・ヴァイバート)のリミックスを名前を伏せてやっているみたいなところも要素としてあるんですけど、試していたんでしょうね。すごいのが’できたから、ライヴでちらっとみんなに聴いてもらってその反応を見てみたりだとか、ネットで名義を変えて出してみたりっていうテストを経て、「これはいけるぞ」というところで『サイロ』でガシッとしたものを出した。さらに今回はスカスカにして「骨組みだけでもカッコいいでしょう?」みたいなものをと。自分の都合のいい妄想的な捉え方ですけど、事情がどうであれ「かっこいいな」っていう(笑)。

野田:本当にスカスカだよね。ロンドンで見たリチャードのDJがまさに今回の『ディージェイ・セレク』のような曲ばかりかけていたけど、客がまったくいなかったね(笑)。しかも隣のメインルームでロラン・ガルニエがやっていたら、普通ガルニエに行くよね(笑)。

佐々木:音楽的に人間っぽくないですよね(笑)。

野田:独特としか言いようがない。骨組みだけのアシッド・ハウス……それをリチャード・D・ジェームスはまだまだ好きなんですよ。今回のデザインは、1989年頃の、初期の〈ブリープ〉時代の〈ワープ〉のロゴをモチーフにしているんだけど、これも深読みするとアシッド・ハウス時代へのオマージュとも受け取れなくもない。実際に“アシッド・テスト”って曲もあるし。

佐々木:思いっきり言っちゃってますよね。

野田:リチャード・D・ジェームスの存在っていうのは、つくづく別格なんだなと思うけど、まあ、しかしふざけ過ぎじゃないですか?

佐々木:純粋ではあると思うんですよね。テクノである以前に、マシン・ミュージックというか、シーケンシャル・ミュージックというか。音の流行がリバイバルを重ねたことで、テクノもエレクトロニカも気にしなくても、こういう機械の音でシンプルにできている作品が出てくる余地が出来たのは良かった。いきなりこれにぶち当たった人は刺激的に「何これ?」と感じると思うんですよね。

野田:『ディージェイ・セレク』は、しかし、いまこんな時代だからこそ聴くと最高ですよ。本当に、こういう空っぽの音楽を作れる人はすごい。

佐々木:そうですね。でも、何かが引っかかるとは思うんですよ。

野田:結果論というか、当たり前だけど、この順番のリリースでよかったですね。最初が『サイロ』、続いて「コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツpt2 EP」が来て、で、今回の『ディージェイ・セレク』という順番で。

佐々木:いきなりこれだったらびっくりというかね。

野田:誰も聴かなかったかもしれないよ(笑)。でも、『サイロ』はどのメディアも好意的だった。しかし、その次の「コンピュータ・コントロールド~」から評価が分かれていくところもエイフェックス・ツインらしくて良いですね。

佐々木:今回はライナーを書いたので、そこでちらっと触れたんですけど、そのメディアの「好き」や「評価」のポイントが全部ズレているんですよ(笑)。それも面白かったですね。

野田:ぼくと佐々木さんが、同じ好きでもこれだけ違うもん(笑)。佐々木さんはいま35歳で、リチャードがデビューしたのが91年とかだから、当時は10歳くらい?

佐々木:ぼくは『テクノ専門学校 Vol.2』(1994年)に入っていたエイフェックス・ツインの“デジリドゥ”からで、聴いてすぐにポリゴン・ウィンドウを買いました。

野田:じゃあ、中学生くらいのときだ。

佐々木:そうですね。

野田:やっぱりショックでした?

佐々木:ショックでしたね。“デジリドゥ”は、めっちゃアシッドじゃないですか(笑)。「アシッドとかテクノってシンセのグチョグチョした音の全開のはずなのに、アボリジニの民族楽器由来ってどういうこと?」みたいな。

野田:こんなものが世界で聴かれて、これから世のなかはどうなっちまうんだろう? ぐらいな衝撃ですよね(笑)。

佐々木:それこそ本当に電気グルーヴがいて、みんな電気のことは好きでしたが、そこからテクノも掘っていけばいくほど、よくわからないアンビエントやインダストリアルみたいなものが出てきた。“デジリドゥ”は民族楽器を使っている曲として意識して聴いていて、このオーガニックなのかアシッドなのかわからないサイケデリックなものは何だろうと思っていたんです。そしたら、ソニー・テクノのシリーズでエスニックなベドウィン・アセントが入っていて、ああいうものまで聴いちゃったときに、テクノとかエレクトロ・ミュージックと言うよりも、やっぱり自分のイメージの向こう側に怖い世界が待ているんだなぁというか(笑)。

野田:アナログ盤を買いはじめたのはいつなんですか?

佐々木:その2、3年後くらいですね。最初はソース・ダイレクトでしたね(笑)。

野田:懐かしいね(笑)。

佐々木:学校が終わったら札幌のシスコに自転車で行ってました(笑)。タワーに通って視聴期のコーナーにかじりついたりとか、そういう時代もありましたね。実際にすごい時期だったような気がしますけどね。レコード屋の風景が変わっていく感じというか、1週間毎にプッシュされるものが変わって、サイケデリックなものからフロア向けなものまで、ぶわーっと壁を覆い尽くしていて。
ウータンみたなドロドロしたヒップホップから、ピート・ナムルックの気持ち悪い3DCGジャケットまでぐちゃぐちゃにあるなかで、リチャードの笑顔が並んでいたときの衝撃はたしかにこの目で見ていたので、世のなかはどうなっちゃうんだろう? とは思いました。これを全部信じちゃいけないとも思いましたね(笑)。テクノとかじゃなくて、自分の生きている状況をリアルに信じちゃいけないんだと。海の向こうのこれが普通ならどうしようと(笑)。

野田:テクノというタームでひと括りにされるけど、エイフェックス・ツインはクラフトワークやYMOといったテクノの王道とは断絶がありますよね。それは、繰り返しにしなるけど、アシッド・ハウスってことだと思うんだけど。今日、佐々木さんが教えてくれたように、機材へのアプローチの仕方にもそれは表れていると思う。リチャード本人は、もちろんクラフトワークもYMOも通っているんだろうけど、LFOのような影響のされ方はしていない。『アンビエント・ワークス』のアンビエントという言葉で、ようやく過去のエレクトロニック・ミュージックと繋がった感じはあったけど。

佐々木:自分のなかでは『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』を聴き過ぎたんですよ(笑)。なんの音楽知識もなかった頃にあれをループ再生していた自分っていま考えると怖いなって(笑)。

野田:明らかに、次世代の感性を解放したよね。その功績はすごく大きいですよ。不格好の自作の機材も、機材という名のブランド志向からの解放だったとも言えるわけだし。でも、たとえば、エイフェックスとオウテカって、似ているようで全然違うよね。オウテカは、すごく批評的に機材を選択するよね。ソフトウェアで作って、みんながそれをやりはじめるとアナログに戻ってっていう感じで。

佐々木:オウテカはいまのエイフェックス・ツインがどう見えるでしょうね? エイフェックス・ツインもPCだけで音楽を作るのが簡単過ぎると言ってましたが、オウテカは批評性が強いですよね。昔、ファンクストロングの制作システムを批判していたのとか思い出します。

野田:スクエアプッシャーの『ダモジェン・フューリーズ』は、誰もが同じ機材でつまらないから、自分でソフトウェアを作ったという作品だったけど、それも批評性だよね。

佐々木:リチャードの場合は、楽しく機材をいじりたいし、それで興奮をしたいというところがすごく強いというか。

野田:変態ですね。

佐々木:でも、インターネットで世の中がこれだけパロディ化というか、デフォルメ化された情報が飛び交っているなかで、ここまで精神性の通った意味のないパロディというか………。変わっていない感じしてすごい安心感があるんです。だからCD買っちゃうんですよね(笑)。

野田:佐々木さんは、タス(2007年)が最高だって言っていたくらいだからなぁ。タスこそ世間的にリチャードが難しかった時期ですよね。そろそろ話を締めたいんですけど、さっきの機材の話で、「R8Mなんてみんなは使わないよ」って話が面白かったので、他にも「この機材は!」というものがあったらぜひ教えて下さい。

佐々木:4曲目の“ボーナスEMTビーツ という、ドラムだけの曲なんですけど(笑)、タイトルの真んなかにある“EMT”って鉄板なんですよね。この会議室がいっぱいになるくらいの大きさの鉄板のリヴァーブなんです。鉄が音を反射して、その音が入っているっていう(笑)。

野田:電流を流すものではないんですね(笑)。

佐々木:電源入りますけどね(笑)。スプリング・リヴァーブの鉄板みたいなものですね。プレート・リヴァーブと呼ばれるものの実物を持っているようで、それをこれだけシンプルな曲のなかでこうやって主役のように使うという(笑)。しかも曲名のなかの“EMT”っに下線が入っているから、それを強調しているんだなと(笑)。しかも曲名が“ボーナスEMTビーツ”とあるように、ボーナスのビーツということになりますね(笑)。

野田:それを家のどこに置いておくんだろうな。

佐々木:きっと家が広いんでしょうね。しかも、いまはソフトでそれが再現できるので、わざわざそれをリアルで持っているということは、実際の機材とコンピュータが違うということなのか、あるいは「持っている俺、すてき」というか(笑)。それはわからないですね。

野田:こうして話していると、話が尽きないんですけど、ますますリチャードっていったい何なのかがわからなくなってきますよね(笑)。ただ、リチャードの機材に対する執着心というか偏愛というかね、並々ならないものがあるわけですけど、それはiPad一台で作ってしまうような現代のトレンドには思いっきり逆らっていますよね。少なくとも、便利さのほうにはいかないでしょ。

佐々木:関わり方が違いますね。リチャードは、操作が直感的かどうかもあんまり気にしてないのかもしれない。

野田:ぼくはPC一台で音楽を作っても、iPad一台で作っても、ぜんぜん良いと思うんです。機材が必ずしも音楽を決定しない、音楽の価値は機材によって決まらないという立場にぼくはいるんですね。でも、今日の佐々木さんの話を聞いていると、リチャードみたいな機材のアプローチの仕方っていうのは、ある意味では音楽の価値に明らかに影響してくるんだなとは思いました。機材の選択というのは……、よく取材で、アナログシンセは音が良いっていうのがあって、けっこうそれを言う人は多いんですけど、リチャードの発想力は、そんなものではないと。

佐々木:リチャードがテクノロジーを制御している感じがすればイイというか、リチャードが作ったフレーズだったり、リチャードが付けた曲名、選んだテクノロジーがあったりするんですが、何を使ったって良い曲は作れると思うんです。でもそこにさらに彫り込みを入れていっているような感じで痕跡が良い。デジタル配信とかプレイリストって、逆に言うとちょっとしたことで消えちゃうというか。消えちゃったら忘れちゃったりするわけじゃないですか? そうすると自分に何も残らない感じっていうのがありますよね。リチャードの場合はあの顔は忘れられないし、音楽へのアプローチも手あかだらけというか、リチャードが籠めたものというのが、音源も機械もスタンスも発言も全部が消えそうにないものだなという感じがありますよね。

野田:まあ、これだけの人が数千円で売っているような機材を使って、これだけユニークな音楽を作って、新作を出していることが良いですよね。しかもそれが純粋に楽しんでいるっていうね。

佐々木:ジョン・ケージの時代ならいざ知らず、このひと通りやり尽くされた時代に、こんなアプローチをやり続けて……、しかも自分自身の意味性に消費されずに残っていることは、つくづくすごいと思います。

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