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Fennesz Becs P-Vine |
途轍もない傑作である。「電子音響のロマン派」とでも形容したい『ブラック・シー』(2008)から6年の月日を経て、クリスチャン・フェネスが放つ待望の新作ソロ・アルバム『ベーチュ』には、90年代後半以降の電子音響/グリッチ・ミュージックの歴史をアップデートしてみせたような圧倒的な音のきらめきが満ちている。
前作『ブラック・シー』は名門〈タッチ〉からのリリースであったが、本作は『エンドレス・サマー』(2001)以来の〈メゴ〉(現・〈エディションズ・メゴ〉〉からの発表だ。その全体を包みこむようなエモーショナルな曲想は明らかに「アフター・エンドレス・サマー」といった趣。私は先に6年ぶりと書いたが、『エンドレス・サマー』から13年ぶりとでもいうべきかも知れない。そう、「永遠の夏」はまだ終わっていなかったのだ。デジタルなレイヤーの層に圧縮された記憶が、ギターの響きとデジタルなノイズの交錯によって解凍されていく。
だが、急いで付け加えておかなければならないが、この作品は断じて「続編」ではない。音響的精度や密度は驚くほどにアップデートされているからだ。さらに強靭になった電子ノイズの奔流が渦巻き、フェネスのギターはより生々しく、感情的に耳に迫ってくる。
さらに注目すべきゲスト・ミュージシャンだ。マーティン・ブランドルマイヤー、ヴェルナー・ダーフェルデッカー、トニー・バック、セドリック・スティーヴンスの演奏・音色がアルバムの色彩を、さらに特別にしている。フェネスのギターとともにデジタル・プロセッシングと拮抗するような演奏が楔のように打ち込まれているのだ(しかもマスタリングは、話題のラシャド・ベッカー!)。
本作において、2000年代中盤以降、いささか停滞してきたグリッチ・ミュージックが、いままたアップデートされている。音。構造。音響。空間性。音楽。誰の「記憶」も刺激する誰も聴いたことのない音響空間。
今回、この『ベーチュ』を生み出したフェネスから貴重な言葉をいただくことができた。彼の簡潔な言葉にはアーティストの思考と決意と自信が圧縮されている。ぜひ『ベーチュ』を聴きながら、フェネスの言葉を何度もたどっていただきたい。『ベーチュ』をより深く知る=聴くためのキーワードがここには埋め込まれている。
■Fennesz(フェネス)
1995年にオーストリアの電子音響レーベル、〈ミゴ〉から12インチ「インストゥルメント」でデビュー。ギターをコンピューターで加工し、再/脱構築した綿密なスタジオ・ワークで注目を集める。1997年のデビュー・アルバム『ホテル・パラレル(Hotel Paral.lel)』(ミゴ)以降も順調にリリースを重ね、2001年のサード・アルバム『エンドレス・サマー』(MEGO)は、ジム・オルークの〈モイカイ〉からのシングル「プレイズ」(99年)をさらに発展させたサウンドで各方面から絶賛された。コンピューターで加工したアコースティック・ギターの音色と、温もりのあるグリッチ・ノイズを絶妙のバランスで編集/ブレンドして叙情感溢れるサウンドスケープを完成させている。ほかにデヴィッド・シルヴィアンとの仕事のほか、ジム・オルーク、ピタことピーター・レーバーグとのトリオ、フェノバーグや、キース・ロウのエレクトロアコースティック・プロジェクト、MIMEOへの参加などのコラボレーションなども評価されている。今年2014年、新作『ベーチュ』を〈エディションズ・メゴ〉からリリースした。
レーベルを変えたわけじゃないんだ。僕たちはみな友人だし、僕が『ベーチュ』を〈エディションズ・メゴ〉からリリースすることは、〈タッチ〉にとって問題じゃなかった。
■新作アルバム『ベーチュ』のリリース、おめでとうございます。その圧倒的なクオリティに心から感激しました。
CF:ありがとう。
■前作『ブラック・シー』より6年ぶりのアルバムですが、フェネスさんはその間も、EP『セブン・スターズ』(2011)やサウンド・トラック『アウン』(2012)をはじめ、坂本龍一さんやYMO、デイヴィッド・シルヴィアンさん、フェノバーグとしての活動などなど、さまざまなアーティストとコラボレーションを活発に行ってきました。それらの多彩な活動やリリースが、本作の制作に与えた影響などはありますか?
CF:そうとは言えないな。ソロの作品とコラボレーション作は分けて考えるようにしているんだ。でも、ミュージシャンとしてどのコラボレーションからも影響を受けているよ。
■『ヴェニス』(2004)、『ブラック・シー』、『セブン・スターズ』は〈タッチ〉からのリリースでしたが、今回のリリースは〈エディションズ・メゴ〉からですね。
CF:レーベルを変えたわけじゃないんだ。僕たちはみな友人だし、僕が『ベーチュ』を〈エディションズ・メゴ〉からリリースすることは、〈タッチ〉にとって問題じゃなかった。2002年に〈メゴ〉が経済的な問題に直面したとき、おそらく3枚めのアルバムを作ることはできないだろうなと思っていたんだ。そのうちに、ピーター・レーバーグがすばらしい方法でレーベルを建て直して、3枚めのアルバムを作る機会が巡ってきたんだ。
■今回〈エディションズ・メゴ〉からのリリースということもあり、『エンドレス・サマー』の間に何か繋がりのようなものを考えていますか? そして『ブラック・シー』と本作の違いなどは?
CF:思うに、僕のレコードはそれぞれちょっとずつ違う。『エンドレス・サマー』を作ったとき、僕のスタジオはとてもシンプルだった。ラップトップと数本のギター、いくつかのペダルと小さいミキサーがあるだけだったんだ。いまのスタジオはずっと広いところで、プロダクションもより複雑なものになった。サウンド・デザインとミックスの手法に関しては、おそらく『ブラック・シー』がもっとも複雑な作品だね。一方、『ベーチュ』ではよりダイレクトなアプローチを取ったんだ。
■アルバム名『ベーチュ』は、ハンガリー語で(フェネスさんの故郷でもある)「ウィーン」を意味する言葉ということですが、なぜハンガリー語を用いたのでしょうか?
CF:『ヴィエナ(Vienna)』はすでにウルトラヴォックスに取られていたからね。
サウンド・デザインとミックスの手法に関しては、おそらく『ブラック・シー』がもっとも複雑な作品だね。一方、『ベーチュ』ではよりダイレクトなアプローチを取ったんだ。
■マーティン・ブランドルマイヤーさんとヴェルナー・ダーフェルデッカーさんが参加されています。1曲め“スタティック・キングス”の冒頭で、突如として鳴り響いた彼らの音に驚愕しました。また、ドラムとしてザ・ネックスのトニー・バックさんも参加されていますね。
CF:うめくようなサウンドは、オシレーターが内蔵されたカスタムメイドのディストーション・ボックスを使ったものだよ。3人とも前に共演したことがあって、長い即興のセットをいっしょにやったから、お互いのことがとてもよくわかっていた。彼らにベーシック・トラックを渡して、そこに音を重ねてもらったんだ。すばらしい結果になってとてもうれしいよ。
■同じくゲストに、セドリック・スティーヴンスさんがモジュラー・シンセで参加しておられますね。“Sav”で共作もされています。
CF:セドリックはブリュッセルのいい友人で、このアルバムには彼にどうしても参加してほしかったんだ。彼自身、すばらしいレコードを作っているけれど、より多くのオーディエンスに聴かれるべきだと思っている。彼は僕のスタジオに自分のモジュラー・シンセサイザーをすべて持ってきて、2日間、ジャム・セッションしたんだ。
■今回、特徴的な方法でベースとドラムスを取り入れたことによりご自身のサウンドは変化したと思いますか?
CF:このアルバムには少しロックンロールな感じを入れたかったんだ。
■フェネスさんにとってビートとは?
CF:アブストラクトなビートを持った曲が好きなんだ。その曲が呼吸しているときがね。
■“ザ・ライアー”の冒頭のシンセ(?)によるリフはまるでブラック・メタルのように聴こえました。ブラック・メタルなどをお聴きになりますか?
CF:ブラック・メタルはあまり聴く方じゃないね。でも、スティーヴン・オマリー、KTL、ウルヴェルといった人たちは好きで聴くよ。
■近年のドローン・ブームを、どう捉えていますか?
CF:どうだろう? おそらく、すぐに変化がやってくるんじゃないかな。『ベーチュ』はドローンだとは思わないよ。『ブラック・シー』はそうだったかもしれない。
デンシノオト(2014年5月30日)
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