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interview with Takashi Hattori

interview with Takashi Hattori

コンポーザーよ大志を抱け

──服部峻、インタヴュー

文:細田成嗣    取材:細田成嗣、松村正人   Nov 13,2015 UP

西洋のテクノロジーと東洋のテクノロジーの衝突がインドを舞台に起こっている、というような内容なんですが、「これはインドに行かないとわからない」って言われて、それにはぼくも納得したんです。すぐビザを申請して、飛びました。

遠藤麻衣子さんとはどこで知り合ったんですか?

服部:バンドで知り合ったんです。自分がリーダーだったわけではなくて、シンセノイズで参加していたバンドがあって。高円寺の〈円盤〉では10代のときにちょいちょいライヴしてました。でもバンド自体はぼくも遠藤もそんなにやる気がなくて。だからそこで知り合ったけどバンドはすぐ辞めて、二人でよく遊んだりしてたんです。で、そんな彼女の頼みだから、2作目の映画音楽の話も引き受けたんですけど、最初はなかなかうまく曲が作れなかった。
 インドを舞台にした『TECHNOLOGY』という映画なんですけど、実験的な内容で、プロトタイプの映像を見て、反応に困ってしまったというか。ストーリーがあるわけでもないし、セリフもあまりなく、結末も「ヌヌ~ン……」みたいな映画で。だからどういう音楽をつけたらいいのかアイデアが浮かんでこなかった。それで遠藤にあれこれ問いただして、最終的に喧嘩みたいになっちゃったんです。自分としては、本当は協力したいけど、内容が内容なだけにやりたくないって。彼女がどんな曲を求めているのかスケッチされたノートも送ってもらったりしたんですけど、そこには「全てを超越した音楽」とか「神が眠る音楽」とか抽象的なことしか書いてなくて、その文章がまた映画の内容とも乖離してる。それでスカイプでまたミーティングして、最終的には口論になり、終いには「ほんとバカ」みたいな悪口の言い合いになってしまった(笑)。そのときに「そんなにできないんならお前、インドに行ってこい!」って言われて、その時はインドなんて本当に行けるとも思っていなかったので、「行ってやらぁ!」って言っちゃったんですね。それがトントンと話が進んで、9月に本当に1週間だけインドに行けることになったんです。遠藤は、今回の映画で「西洋と東洋の文明衝突」みたいなものをテーマにしていて、西洋文明が最近うまく機能しなくなっていて、それを東洋の文明が飲み込みかけている、その西洋のテクノロジーと東洋のテクノロジーの衝突がインドを舞台に起こっている、というような内容なんですが、「これはインドに行かないとわからない」って言われて、それにはぼくも納得したんです。すぐビザを申請して、飛びました。
 ぼくは海外には、いままでニューヨークとかオーストラリアとかコペンハーゲンには行ったことがあったのですが、アジアには行ったことがなかったんです。だから初めてのアジアで、インドの下調べもせずに、ツアーでもなく。とにかく現地で見るもの見てこなきゃ、という状況。何が何でもインスピレーションを得ないといけない。それで、一週間しかないし、ぼくは英語も話せないのでやっぱり本当に大変でしたね。最終的にニューデリーとアーグラとワーラーナシの、北インドの3都市を回ったんですけど、やっぱり刺激的で、これはオリジナル・アルバムとしても作れるかも、という今回のサントラ兼オリジナルアルバムという複合コンセプトも浮かんできて。それに原点の映画音楽の製作も、インドを巡って見聞きしたものを、そこから出てきた激しいアイデアをとにかく形にすれば遠藤監督の映画にも合うんじゃないかとも思って。

ニューデリーとアーグラとワーラーナシの、北インドの3都市を回ったんですけど、やっぱり刺激的で、これはオリジナル・アルバムとしても作れるかも、という今回のサントラ兼オリジナルアルバムという複合コンセプトも浮かんできて。

それで帰ってきてすぐ楽曲制作に着手しようとしたらぶっ倒れてしまった。約3ヶ月間、耳も聞こえなくなってしまったんですね。帰国直後は、鼓膜が詰まってしまったのと、副鼻腔炎っていうのを発症してしまったのと、あと肺もやられて喉もやられて。熱も出てお腹もこわして。皮膚まで膿んできたんですよ。全身ダウン状態でした。だから曲を作り始めたのは2015年になってからなんです。トップバッターでデリーをイメージした“Old & New”っていう曲がすぐにできたんですね。これは映画のためというよりも自分がインドで体験したことをもとに作ったんです。でもそれを監督に送ったらとても気に入ってもらえて。そこから他の曲もどんどん作っていきました。映画のほうも第2稿第3稿と映像が送られてきて、それを見ているとだんだん言いたいこともわかってきた。で、“Old & New”で使ったフレーズを別の曲にも使ったりして、他の曲に広げていくと、こんどは広がりすぎて映画の中で使いきれないほどアイデアがどんどんできてきて。映画のオーダーにはないけど気に入った音の素材ができたとき、それを発展させて一曲に仕上げて送ったり。『MOON』は最初はサントラとして引き受けて、予定では6曲くらいの感覚だったのですが、インドから帰ってきてどんどん構想が膨らんで、これはフル・アルバムにできると確信して、最終的には12曲になった。実際の映画に使われているのは曲のほんの一部分だったりが多いので、『MOON』は純粋なサントラとは言えないし、でもオリジナル・アルバムとまではいかないし、だからとても特殊な作品に仕上がったと思います。音楽的にもヴァラエティ豊かでエキセントリックなものになりました。

『MOON』はアルバムの冒頭からサックスがフィーチャーされているのがとても印象的なのですが、それには何か意味があるんですか?

服部:『TECHNOLOGY』に出てくる男の子がサックスを吹くんですよ。なので映画を観ていただけたらアルバムの楽しみ方も広がってくると思います。たとえば他にも、5曲めの“Rickshaw”っていう曲は、映画でも使われているんですが、アルバムに収録されている音源とはちがっていたり。だから映画で使われている音源と『MOON』というアルバムのなかに収録された楽曲との差異も楽しんでもらえたら、と思います。

インドの楽器を多用しているのも映画との関連からなんですか?

服部:そうですね。やっぱりオーダーがあるので、それは参考に作っています。あと高校生のころにタブラ・マシーンを渋谷の楽器屋さんで買って、それを録音して使ったり。ほとんど使っていなかったんでやっと日の目を見ることができました(笑)。

ふだんインド音楽を聴いたりはしていたんですか?

服部:はい、もともとワールド・ミュージックが好きだったのでけっこう聴いてはいました。もしも映画にストーリーがあって、ドラマがあったりしたら、曲もそれに寄り添ってインド音楽のようにしようと挑戦したかもしれないですけど、そこまでオーダーもなかったですし、実験色の強い映画なので、音楽も好き放題にできました。遠藤監督もその方向を求めていたと思います。

仲直りはできたんですか?

服部:喧嘩はいまだに根をひいていますね……。

(笑)

服部:映画が完成したら「よかったね」ってなるかもしれないですけど。

じゃあ来年になるんですかね。

服部:そうですね。当初の予定では今年中の完成を目指していたんですけど、映画の製作はやっぱり資金面が大変みたいで、来年完成、公開予定です。

ぜんぶ打ち込みで作ってます。打ち込みというのもアレだし、本当は「魔法です」って言いたいところなんですけど。既存のループを貼りつけているわけじゃなくて、フレーズは細かいところまでひとつひとつ作曲してピアノロールに打って作ってます。

『UNBORN』と比べて、『MOON』では制作手法を変えたりはしましたか?

服部:インドに行って自分のなかで浮かんできたものなんですけど、今回は主旋律をあまり使わないようにしました。『UNBORN』はほぼ全曲に主旋律があるんですよ。でも『MOON』では“Pink”っていう曲以外はほぼ主旋律がないんです。これは映画の中で結婚のテーマみたいな感じで使われる曲なんですけど。今回はループ・フレーズを多用してますね。

サンプリングした音源を貼り付けたりしているんですか?

服部:いや、「Logic」を使ってぜんぶ打ち込みで作ってます。打ち込みというのもアレだし、本当は「魔法です」って言いたいところなんですけど。既存のループを貼りつけているわけじゃなくて、フレーズは細かいところまでひとつひとつ作曲してピアノロールに打って作ってます。なので音程を微妙に上げたりとかできるんですよ。アーティキュレーションを変えたりとか。

それは何かの生演奏を参照してそういうニュアンスを付け加えていくんですか?

服部:うーん、というよりは頭の中でできることを何でもやってしまいたいと思っていて。とにかく細かいところまで作り込みたいので。ちがうアーティキュレーションを何回も書き出して、それで上手くいくのを採用したりしているんです。シンセとかでもランダマイズさせて10回ほど書き出して、同じフレーズでも10通りの波形ができるので、ポイントポイントでいちばんいい瞬間っていうのを切り抜いて、フェードで繋げてひとつの音にするのがぼく得意なんです。ずっとエレクトロニカを作っていたからそういう波形編集が十八番なんですね。ぐにょぐにょって変化する音が得意というか。ひとつにつながっているんだけど、ぐにゃぐにゃ変わってくみたいな。なので音色的には楽器なんですけど、生音を目指しているというわけではなくて、どっちかというとむしろパソコンを使った制作でしかできないような表現をやりたいと思っています。だから実際のアーティキュレーションを忠実に再現させたいかというとそういうわけでもない。実際の楽器にはあり得ないオクターブの飛び方とか、息継ぎのない木管系のグリッサンドとか、ユニークなほうが聴いてて面白いし、自分も作ってて面白いと思える。バンドでの活動だったりすると、ミュージシャン同士のセッションで次にどうなるかわからない、何が起こるかわからない要素を楽しみながら作り上げていけるじゃないですか。ひとりでの制作の場合、とくにインストって精神世界そのものみたいな感じで、とにかく浮かんでくるものをできるだけ形にしようと思っています。

実際のアーティキュレーションを忠実に再現させたいかというとそういうわけでもない。実際の楽器にはあり得ないオクターブの飛び方とか、息継ぎのない木管系のグリッサンドとか、ユニークなほうが聴いてて面白いし、自分も作ってて面白いと思える。

服部さんの音楽を生演奏で実現させたいと思うことはないんですか?

服部:ありますあります。むしろ理想はぜんぶ生演奏というか、実演したいですよね、曲のとおりに。ただ実際にやるとなると難しすぎて弾けないんですよね。早すぎて。だから困っていますが、いつかオーケストラを使って本当にやれたらなと思っています。

生演奏を参照していないだけに、実現困難なアーティキュレーションを施したりしていますよね。

服部:そうなんですよ。自由に作っているので。あとスケールも頻繁に変えてしまうので、実際にやるとなると、たとえばピアノだと1小節ごとに4回チューニングを変えなきゃならなかったり。だからまずはそれを演奏できるピアノを開発しないと駄目ですね(笑)。

電子楽器だったらできそうですけどね。

服部:そうそう、電子楽器だったらできるんですけど、とにかく実演したいです。

生音と電子音というと、たとえば最近は初音ミクに代表されるボーカロイドを使って、デスクトップ上で「声」を生成することもできるようになっています。服部さんはご自身の楽曲制作にボーカロイドを取り入れようと思ったことはありませんか?

服部:現状としてはあまり好きな音ではないですね、でもやっていることはじつは自分といちばん近いと思っていて。曲作りのやり方が。ノートを振って指令を出すわけじゃないですか。こういう歌い方でここを曲げてとか。でもボーカロイドを使った優れた作品はどんどん出てくると思う。いまはまだ音がガビガビというか、いかにも「機械」な感じで、その感じがむしろ好まれている節もあると思うんだけど。今後技術的にも確実に進歩していくだろうし、たとえば忠実にマライア・キャリーみたいな声質で、しかも張りあげ声からホイッスルヴォイスから、デスヴォイスやウィスパーヴォイスだったりが、ぜんぶ再現できるようになっていくと思うんです。それで椎名林檎みたいな歌詞を歌わさせられる。そうなったらぼくもボーカロイドに手を出すと思います(笑)。そういうことができるようになると、そうとう面白くなってくると思う。あれも究極のひとりミュージックじゃないですか。ぼくもひとりで作る音楽というのを突き詰めていきたいので、ボーカロイドを使った作品にはつねに注目はしています。

クリス・ブラウンとか宇多田ヒカルとかが大好きなんです。だからそういう音楽もやりたいんですよね。でもそれと並行して自分の表現も続けていきたいですね。ひとりでやる音楽だと、じつはもう次にどんなアルバムを作ろうか考えているんです。でも完成させるのに10年くらいかかりそう。

お話をうかがっていて、服部さんにとっての「電子音」は、「生音」に対立する別のものというよりも、「生音」の概念を拡張していくものとして捉えられているように感じます。

服部:やっぱり生の魅力っていうのはあるわけじゃないですか。たとえばデジタルと言われるものはつねにアナログの技術に押されてきたっていう側面がある。そういうアナログの魔力とか、生音の魅力にはどうやったって勝てない時代がずっと続いていたと思うんです。でも最近になってよくやく、デジタルでしかできない表現もどんどん増えてきて、ぼくはそれを追求していきたいし、それが面白いんです。いまだにアナログ至上主義者みたいな人たちはいて、そういう人たちはCDでさえ許せなかったりしますよね。レコードじゃないとダメっていう。でもデジタルの世界でも、ハイレゾ音源までいくと、そうでないと注ぎ込むことのできない情報量と、伝達の早さの魅力がある。アナログとデジタルはそれぞれ良さがあって、どちらかに甲乙つけるのはもはやナンセンスだと思います。
 音楽的にもデジタルでの作曲は、リアルでは再現できない領域の演奏が試せる。曲の小節間でチューニングを変えたりとか、フレーズごとにインストゥルメントを変えてフェードで繋げたりとか。生の楽器って、楽器そのものがもつ制限のなかで人間がどうやって演奏するのかという問題がある。でも機械のなかではそういった制限はないから、より自由な作曲ができる。そこは大きな魅力だと思います。ぼくはべつにアナログや生音のアンチなのではなくて、生音でもデジタル・ミュージックでも、どちらの世界も分け隔たりなく聞ける、リスペクトできる、純粋に楽しむことのできるような音楽シーン作りに貢献したいです。

ご自身の楽曲を生演奏で実現することのほかに、今後やりたいことはなにかありますか?

服部:さっきも言ったのですが、ぼくクリス・ブラウンとか宇多田ヒカルとかが大好きなんです。だからそういう音楽もやりたいんですよね。〈エイベックス〉とかそっち系で楽曲を提供する仕事をしたい。でもそれと並行して自分の表現も続けていきたいですね。ひとりでやる音楽だと、じつはもう次にどんなアルバムを作ろうか考えているんです。というかずっと前から考えていて、タイトルも曲順も決まっていて。でもそれは超大作というか、完成させるのに10年くらいかかりそう。本当はそれをデビュー作にしたかったんですけどね。でもそれがなかなか難しいので、『UNBORN』のなかにその伏線を張った曲を3つ入れたんです。とはいえ、とてつもなく時間がかかりそうなので、それを完成されられるかどうか、いまはまだなんとも言えません(笑)。

その構想しているアルバムは、実際に曲作りをはじめたりしているんですか?

服部:まだ着手はしていないんです。ライフワークじゃないですけど、ゆっくり作っていきたいと思っていて。そう考えるとやっぱり10年くらいかかるんじゃないかなぁ。でも、最近曲を作るスピードがどんどん早くなっているんですよ。『MOON』の最後に“Forgive Me”っていう曲があって、あれは映画のエンドロールに使われているんですが、15日間で完成させて、自分としては相当早かったんです。むかしは、たとえば“Humanity”なんかは1年くらいかけて作っていたので。だからこのまま曲作りのスピードが上がっていけば、10年も待たずにでき上がるかもしれないですよね。まぁ、いまはまだなんとも言えません(笑)。

文:細田成嗣(2015年11月13日)

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