「96 Back」と一致するもの

Flying Lotus - ele-king

 チル・ウェイヴが16ビートを取り入れるようになった→ダフト・パンクがブラック・ミュージックに近づく→ジェイ・ポールがソウル・ミュージックの文脈でそれをやったとき、「ジャスミン(デモ)」は2012年のベスト・シングルになることは決まっていた......のではないだろうか。

「ジャスミン(デモ)」はデビュー前から期待されていたシングルだった。昨年、プロモーションで撒かれた「BTSTU」をドレイクがさっさとサンプリングし、タナソーのように『テイク・ケア』を評価したリスナーには彼の名前は早くから浸透していたはずである。僕のようにドレイクはウェットでもうひとつだな......と、オッド・フューチャービッグ・クリットを好んだリスナーにもそれは伝わってきた。もうひとついえば、そんなことは何ひとつ知らなくても、どこからか「ジャスミン(デモ)」が耳に飛び込んできたリスナーにももちろんダイレクトにアピールしたに違いない。プリンスのファンであれば、それはもう、間違いなく。

 ドレイクの名前は意外なところでも目にした。ドミューンでもすっかりお馴染みになったオンラのレーベル、〈キャットブロック〉から「プレイグラウンド」でデビューしたフランスのビート・メイカー、アゼルのデビュー・アルバム『ザ・ロスト・テープス』でも彼はラップを披露している。
 アゼルのビートはどちらかというとデリック・メイを思わせる情熱的なもので、泣きのメロディに沈みたがるドレイクの趣味ではないと思えるものの、すけべの波長でも合ったのだろうか、2曲でさらっとしたフローをキめ、大物気取りのような嫌味は感じさせない(ドレイク以外にはイブラヒムが"ディス・イズ・ドープ"でふわふわと歌うのみ。ストリングスを厚く走らせたり、様々なメロディを細かく絡ませたがるアゼルもドレイク以外にMCを起用する気はさらさらないといった風情である)。

 基本的には淡々とビートが刻まれるだけ。ほかに特記できることはない。"アイズ・イン"でも"シチュエイション"でもデリック・メイを遅くして聴いているようなもので、スローモーションでスウィングしていく感じは古典的なメロウネスにも直結するものがある。それが夏のダレきったムードに合ってしまうことこの上なく、この夏はけっこう重宝した。フランスのヒップホップというと、基本的にはユニオンのような(二木好みの)古くさいファンク趣味や、デラのようなラウンジ系がほとんどで、アゼルのようなタイプは珍しい。そう、フランス文化にはそぐわないストイックな作風は、おそらくフライング・ロータスの影響によるもので、ハウスではシカゴ発のディスコ・リコンストラクションからダフト・パンクがブレイクするまでに4年ぐらいはかかった計算だとすると、ここでもフライング・ロータスがセカンド・アルバム『ロス・アンゼルス』で注目を集めてからも同じく4年が経過し、フランス人が手を出すにはちょうどいい頃合ともいえる。続くフースキースクラッチ・バンディッツ・クルーといった変り種も控えているけれど......(フランス人のヒップホップに興味が湧いた方はぜひ、ドッグ・ブレス・ユー『ゴースツ&フレンズ』のジャケット・デザインもチェック→)。

 世界中のビート・フリークが注目するフライング・ロータスことスティーヴン・エリスンの4作目は、しかし、かなり方向性を修正してきた。『ロス・アンゼルス』から『コスモグランマ』への発展を歓迎した人は腰が引けるかもしれないし、『ロス・アンゼルス』では過剰に封印されていたジャズを前作で解き放ったことの意味が明快になったと感じる人もいるだろう。「静けさが戻るまで」というタイトルから察するに、自分の身に起こったことがいかにも騒々しいことで、自分のペースを取り戻したいという願いから導き出された音楽性なのかもしれないし、「騒々しいこと」を正確に映し出したものとも考えられる。そのときにつくられたものが一大トリップ絵巻のようなストーリーテリングのそれであったことは、やはりレイヴ・カルチャーの渦に呑み込まれた90年代初頭のフランクフルトからスフェン・フェイトが『アクシデント・イン・パラダイス』でチル・アウトを希求したことを思い出させ、ほんの数ヶ月前にシャックルトンがやはり似たような組曲形式のものに『ミュージック・フォー・ザ・クワイエット・アワー』というタイトルを与えていたことを連想させる。いずれにしろ尋常ではないスピードで動いているものがなければ、それとは反対の概念に価値が求められることはない。きっと......嵐の中心は静かだということなのである。

 僕が『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』を聴きながら頻繁に思い出したのは90年代にラウンジ・リヴァイヴァルの先頭に立ったジェントル・ピープルである。オープニングから数曲はそれこそイージー・リスニングじみたフュージョンを思わせるテイストにまみれ、あまりに素直なバリアリック・モードにはしばらく不可知の未来に置き去りにされてしまう。すっかり陽気になり、ときにボトムが弱く、ティンバランドのようにハイハットで手繰り寄せていくビートはオフ・ビートが効きまくったエレクトロニカにも聴こえるし、『コスモグランマ』からの脈絡を重視していると、マジで時間軸を見失いかねない。『パターン+グリッド・ワールド』のスリーヴ・デザインで全開になっていた世界最強のドラッグとされるDMTを扱ったらしき曲はまさにジェントル・ピープルそのままに聴こえてしまうし......(DMTに関してはサイエンティック・アメリカンの副編集長だったジョン・ホーガン著『続・科学の終焉-未知なる心』を読むしかない!)。なぜかトム・ヨークがドラッグのディーラーについて示唆する曲もエアリアル・ピンクやコーラと同じくノスタルジックな意味合いでシクスティーズが裏側にべったりと貼り付いたようなところがあり、ロング・ロストのローラ・ダーリングトンによる艶かしいヴォーカルが聴こえてくる頃には、あたりの景色はすっかり『バーバレラ』のセットに様変わりしている(橋元さんがモバイル・スーツに着替えるタイミングですね)、エンディングはまさしく「空飛ぶ蓮」である。この陶酔感は実に純度が高い(古代ギリシャでは、想像上の植物であるロートスの実を食べると、浮世の苦しみを忘れて楽しい夢を見ると考えられていた)。

 フライング・ロータスの変化のスピード感は、現在のLAの様相をそのまま反映しているのだろう。それは内容的なものと同時に消費の速さでもあり、ムーヴメントの常識として荒廃の予感が押し寄せてくるという時間感覚との闘争でもある。それを単純にどこまで先延ばしにできるか。60年代のビートルズや90年代のジ・オーブに課せられたものと同じものに追いかけられるという幸福感が『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』には漲っている。さらなる飛躍をもたらすかもしれないし、たった1作で崩壊してしまうかもしれないLAの現在。あれが「終わりのはじまりだった」といわれる可能性だってあるし、そのすべてを左右する1作になる可能性は高い。フライング・ロータスは少なくともそれぐらいの冒険はしている。ジミ・ヘンドリクスやジーザス&メリー・チェインはあの後、どうすればよかったのかということでもある。現在のLAからは次から次へと才能が出てくるし、ジェレマイア・ジェイのように〈ブレインフィーダー〉と契約したミュージシャンだけでなく、同じシカゴからアン・アッシュやメデリン・マーキーまでがカリフォルニアに移住してくるなど、全米からミュージシャンが押し寄せているような印象があるなか、そのなかの誰かがフライング・ロータスの位置に取って代わってくれるわけではない。フランクフルトのレイヴ・カルチャーはスフェン・フェイトの失速とともに一度は崩壊している。それでも彼は静けさが回復することを願って、このような作品をつくった。ジェントル・ピープル版『アクシデント・イン・パラダイス』を。そして、それはエミネムがMDMAを摂りはじめたあたりからヒップホップ・サウンドが辿り付くべきものだったのかもしれない。カレンシーもウィズ・カリファも皆、そのための通過点だったと思えてくる。 

 同時期のリリースとなった『マーラ・イン・キューバ』は聴くたびに印象が二転三転した。ダブステップという明確な落としどころがあり、しかもオールドスクールの実験であることに思い至れば難しいことはなかったのだけれど、そのような基本を忘れてしまう仕掛けがあのアルバムには張り巡らされていた。『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』にも同じことがいえる。ヒップホップ・ミュージックで『サージェント・ペパーズ〜』をやろうとしたプロデューサーがいなかったのだから、梯子から落ちやすいのも仕方がないけれど、何よりも重視されているものが「流れ」であり、その強さに負けて、ほかのファクターが頭や耳からは抜け落ちやすい。かつてデイジー・エイジと称揚されたデ・ラ・ソウルにしろ、かのクール・キースにしろ、効果として狙ったものはあったかもしれないけれど、ヒップホップのグラウンド・デザインに深くメスを入れて、ここまでトリップ性を優先させるものはなかった。クリシェに倣っていえば「こんなものはヒップホップじゃない!」し、そう言わせるための作品だとしか思えない。面白いというか、『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』にもっとも似ていると思うのは、LAがまだ「静か」だった時期にダブラブが同地のプレゼンテイションとしてまとめた『エコー・イクスパンション』(07)というエリア・コンピレイションで(09年に曲を増やして再発)、カルロス・ニーニョにはじまり、フライング・ロータスやラス・Gを経て、デイダラス、ディムライトと続く「流れ」はなぜかラウンジ・テイストのものが多く、クートマやテイクを経て、クライマックスはマシューデイヴィッドによる強烈なアンビエント・チューンになっている。フライング・ロータスが考えている「静けさ」がここで展開されているサウンドを想定しているのなら、彼はまさにこの時期に戻りたいと(無意識に)願っていると考えてもいいのかもしれない。
 
 アトム・ハートに背後から膝カックン(=Using your knee to kick someone else in the back of their knee)をやられたようなフライング・ロータスに代わって、かつてのフライロー・サウンドを引き継ぎ、そこにワールド・ミュージックの要素を豊富に放り込んだのがガスランプ・キラーことウイリズム・ベンジャミン・ベンサッセンのデビュー・アルバム『ブレイクスルー』だろう。僕は発売前の音源を法律的に貸与されてレヴューを書くことはあまり好きではないのだけれど、そうはいってられない場合も増えてきて(つーか、そのような制度を採用しているのは日本だけらしいんだけど)、毎月2周目などはそういったものばかり聴かなければならないし......ということはさておき、そのようにして同時に手渡されたフライング・ロータスとガスランプ・キラーの音源がもしも入れ替わっていたら、後者を聴いて前者が『コスモグランマ』から『ロス・アンゼルス』に揺り戻す際にワールド・ミュージックやホラー・テイストを加えたものだと判断したのではないかという可能性がなかなか捨て切れない。ひとつにはフライング・ロータスにはどこか重厚なイメージがあって(多分に「テスタメント」のせい?)、それが『ブレイクスルー』にはあるけれど、『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』にはほとんどなく、どちらも華やかな印象にあふれているのは現在のLAのムードが反映されているからだとは思うけれど、それでも少しは引いた部分が『ブレイクスルー』にはあって、それもフライング・ロータスに(勝手に)投影していたイメージに近いからである。それだけ『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』が飛躍しているということでもあり、かつてのデトロイト・テクノのような通奏低音が現在のLAには流れているということでもあるだろう。

 最初期からロウ・エンド・セオリーのレジデントを務めていたというベンサッセンは、ゴンジャスフィのプロデューサーとして知名度を上げたのもなるほどで、似たようなカップ・アップ・サウンドをやらせても如実に都会的なリー・バノンとは違って、どこかヒッピー的なところである。『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』と同じく、トリップ・ミュージックとして構想されていることは明らかだけど、フライング・ロータスが執拗にシクスティーズをリファレンス・ポイトにしているのとは違って、時間軸はむしろイメージを混乱させるために悪用され、それこそウイリアム・バロウズの「時間旅行で乗り物酔い」を思わせる。アトラクションは次から次へと入れ代わり、デイダラスと組んだ「インパルス」など、いまのはなんだったのだろうとトリックめいた印象を残す曲が多く、『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』のように全体で何か訴えかけるような性格は持たされていない。ディムライトとはトラン・ザム以上バトルズ未満みたいなマス・ロックもどきに仕上がっているし、カルロス・ニーニョ率いるビルド・アン・アークからミゲル・アトウッド-ファーガスンとの"フランジ・フェイス"などはイタリアのホラー映画みたいだし......。

 ただし、サーラ・クリエイティヴからフサインとキースをフィーチャーしたボーナス・トラック「ウィッスル・ブロウアー(=内部告発)」は(紙エレキング6号にも書きましたけれど)国連がサラエボで傭兵のために売春婦を斡旋している組織と裏でつながっていたという史実を扱った映画『トゥルース 闇の告発』の原題と同じだったりするので(主演がレイチェル・ワイスだったにもかかわらず日本未公開。アメリカでも国連が圧力をかけたのかほとんど公開されず)、「サラエボ」とか「内部告発」といった歌詞が断片的に聞き取れたので、それについてのものだということはすぐにわかるし、これは、現在のLAを支配している気分やトリップ・ミュージックとはかなり異質のものである(だから、日本盤のみのボーナス・トラックなのだろう。それとも、これが現在のLAと何か関係のある曲だというなら、ここまで書いてきたことはすべて崩壊するしかない)。

 レイヴ・カルチャーが社会の表面に姿を現した当時、イギリスのマスコミがそれにセカンド・サマー・オブ・ラヴという呼称を与えたことを受けて、それをいうならアメリカで起きていることはセカンド・ロング・ホット・サマーと呼ぶべきではないかと書いたことがある(いまだにひとりも賛同してくれた人はいません~)。つまり、80年代後半のダンス・カルチャーはヨーロッパの白人とアメリカの黒人には正反対とまでは言わないけれど、社会的な意味はけっこう違ったということで(何度も書いたようにボム・ザ・ベースのように連想ゲームのようなことが起きた例もあるし、ア・ガイ・コールド・ジェラルドやチャプター&ザ・ヴァースのように裏目に出た例もある)、しかし、それが、現在のLAでは、白人にも黒人にも少なからず同じ意味を持つ音楽になっているのではないかということを『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』からは感じ取れるのではないかと。マーティン・スコセッシ監督『ヒューゴの不思議な発明』とともにどうしてアカデミー賞を取れなかったのか不思議でしょうがないテイト・テイラー監督『ヘルプ』のような映画を観ると(『ハート・ロッカー』に続いて『アーティスト』の受賞は本当にナゾでしかない)、60年代にもそのような事態は実際には部分的にしか存在しなかったのだろうということも想像はつくけれど、それでもモンタレー・ポップ・フェスティヴァルにはオーティス・レディングが出演し、聴衆に向かって「愛し合ってるかい?」と問いかけたことは、セパレーティスム(分離主義)を掲げていたパブリック・エナミーとは異なるヴァイブレイションの産物だったはずで、そのような融和が少しでも現在のLAには存在しているのではないかということが『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』と、そして、マシューデイヴィッド『アウトマインド』という2枚のトリップ・アルバムによる響き合いのなかから聴き取れるのだと僕は思いたい。そして、その青写真を与えたのはザ・ウェザーの3人だったのではないかと。デイダラス、バスドライヴァー、そして、レイディオインアクティヴの3人がはじめたことがここまで来たのではないかと。

 デイヴィッド・ベニオフの原作に同時多発テロを背景に加えたスパイク・リー監督『25時』はニューヨークを舞台にしながら、最終的にはLAを目指す心性が描かれていた。ブロークン・ウインドウズ理論を振りかざしたジュニアーニによるジェントリフィケイションも少なからず影響はあっただろう。それまでは、アメリカの各州から夢を抱いた若者が出てくる都会といえば、圧倒的ニューヨークだったのに、スティーブ・アンティン監督『バーレスク』でも、デヴィッド・フィンチャー監督『ソシャル・ネットワーク』でも、目指す都会はLAであり(かの『ボラット』も!)、あっという間にエレン・ペイジを過去に押しやったクロエ・グレース・モレッツがついに初主演を演じたデリック・マルティーニ監督『HICK ルリ13歳の旅』も最終目的地はLAに設定されていた。シリコンヴァレーからはじまる物語は音楽文化だけの話ではない。フランク・ダラボン監督『マジェスティック』やガス・ヴァン・サント監督『ミルク』は過去のLAを検証し直し、F・ゲイリー・グレイ監督『ビー・クール』、リサ・チョロデンコ監督『キッズ・オールライト』、アレクサンダー・ペイン監督『サイドウェイ』、中島央監督『Lily』......と様々に夢が語られる。いまさらのように『ランナウェイズ』の伝記映画までつくられ、もちろん、マーク・クラスフェルド監督『ザ・L.A.ライオット・ショー』やジョー・ライト監督『路上のソリスト』のようにダークサイドを描いた作品も力作が多い。

 そんな気運のなか(?)、信じられなかったのは2008年にLAタイムズが発表した「LAを舞台にした映画ベスト25」である。

1位「L.A.コンフィデンシャル」(カーティス・ハンソン監督)
2位「ブギーナイツ」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
3位「ジャッキー・ブラウン」(クエンティン・タランティーノ監督)
4位「ボーイズ'ン・ザ・フッド」(ジョン・シングルトン監督)
5位「ビバリーヒルズ・コップ」(マーティン・ブレスト監督)
6位「ザ・プレイヤー」(ロバート・アルトマン監督)
7位「クルーレス」(エイミー・ヘッカリング監督)
8位「レポマン」(アレックス・コックス監督)
9位「コラテラル」(マイケル・マン監督)
10位「ビッグ・リボウスキ」(ジョエル・コーエン監督)
11位「マルホランド・ドライブ」(デビッド・リンチ監督)
12位「ロジャー・ラビット」(ロバート・ゼメキス監督)
13位「トレーニング・デイ」(アントワーン・フークア監督)
14位「スウィンガーズ」(ダグ・リーマン監督)
15位「青いドレスの女」(カール・フランクリン監督)
16位「friday」(F・ゲイリー・グレイ監督)
17位「スピード」(ヤン・デ・ボン監督)
18位「ヴァレー・ガール」(マーサ・クーリッジ監督)
19位「L.A.大捜査線/狼たちの街」(ウィリアム・フリードキン監督)
20位「L.A.ストーリー/恋が降る街」(ミック・ジャクソン監督)
21位「To Sleep with Anger」(チャールズ・バーネット監督)
22位「レス・ザン・ゼロ」(マレク・カニエフスカ監督)
23位「フレッチ/殺人方程式」(マイケル・リッチー監督)
24位「Mi Vida Loca」(アリソン・アンダース監督)
25位「クラッシュ」(ポール・ハギス監督)

 『サンセット大通り』も『チャイナタウン』も『ブレードランナー』もなければ『エリン・ブロコビッチ』もないし、『モーニング・アフター』も入っていないではないか......。『ハードコアの夜』も『奥さまは魔女』も......どういうことなんだろう......

パブリック娘。 - ele-king

hi ele-king

「あっ、ども。はじめまして。」パブリック娘。です。
https://lyricalgarden.web.fc2.com/publickmusume/
橋元遊歩さん(原文ママ)から、THE OTOGIBANASHI'Sだけではライヴレヴューとしてなんだからと、ついでに大絶賛をいただいたラップ・グループです。
https://www.ele-king.net/review/live/002309/

1から3が清水大輔、4から6が斎藤辰也、7から10が文園太郎による選曲です。メンバー3人のうちまともにDJをしているのは文園のみですが、橋元さんへの感謝状の意も込めまして3人揃って選曲させていただきました。リストを眺めますと、目立つのはアーティスト本人によるアップロードですね。これもナウなヤングのひとつのリアルでございます。そうそう、Tokyo No Waveなるシーンが東京のライヴハウス(主に高円寺二万電圧でしょうか)で盛り上がりつつあるようですが、ぜひエレキングにも分析してもらえたら面白いに違いないと思っています。

私事になりますが、夏風邪をガツンとひいてしまい、目覚めたら39.8度なんてことが2週にわたり断続的に起きています。熱いです。ホット・チップです。みなさんのご健勝となによりご健康を心よりお祈り申し上げます。

best wishes.
tatsuya


1
moscow club - jellyfish - Bandcamp

2
ミツメ - fly me to the mars!!! - Mitsume

3
ユームラウト - マイライフ・イズ・エンド - Myspace

4
Dro Carey - Venus Knock - The Trilogy Tapes

5
Chrome Sparks - Still Sleeping (Feat. Steffaloo) - Zappruder/Bandcamp

6
kyu-shoku - New Song - Soundcloud

7
Rhymester s/w Wack Wack Rhythm Band & F.O.H - ウワサの真相 featuring F.O.H」- Ki/oon Music

8
Buddha Brand - 人間発電所(ORIGINAL '96 VERSION) - Cutting Edge

9
tengal6 - Put Ya Hands Up!? (You Know What Time Is It!? Mix) by BeatPoteto - Soundcloud

10
You The Rock - Back City Blues - Cutting Edge

Your Favorite Summer Song - ele-king

 「夏が来た、路上で踊るには良い季節」......こう歌ったのは1960年代のマーサ&ザ・ヴァンデラスでした。彼女たちがデトロイト市内のホールでこの曲を歌っているときに、町では暴動が起きていたという話は有名です。
 さて、梅雨が明けて、夏到来です。スタンダード・ナンバーの"サマータイム"にたくさんの名カヴァーがあるように(ジャニス・ジョップリン、ニーナ・シモン、ブッカー・T&ザ・MG'S、サム・クック......)、この世界には夏をテーマにした名曲がたくさんあります。ビーチ・ボーイズは夏だらけだし、マーサ&ザ・ヴァンデラスには他にも"ヒートウェイヴ"があります、エレクトロニカ/IDMには『エンドレス・サマー』があるし、ハウス・ミュージックにもベースメント・ジャックスの「サマー・デイズEP」があり、チルウェイヴにはウォッシュト・アウトの「ライフ・オブ・レイジャー」があります。あるいはドナ・サマーやメキシカン・サマー......芸名やレーベル名が"夏"であるケースもあります。
 
 夏の音楽は多くの場合ロマンティックですが、セックス・ピストルズの"ホリデー・イン・ザ・サン"を聴いたら怒りがこみ上がってきて、ザ・ドアーズの"サマーズ・オールモスト・ゴーン"を聴いたら夏が終わってしまった気持ちになるかもしれません。そしてジミ・ヘンドリクスの"ロング・ホット・サマー・ナイト"を聴けば、あたり一面は燃え上がるでしょう。
 MFSBの『サマータイム』のアートワークに使われている写真も素敵ですね。熱波で焼けた路上でひとりの女性が水浴びしている姿にグッと来ます。
 日本の音楽にも多くの夏の曲があります。曽我部恵一"Summer '71"、フィッシュマンズの"夏の思い出"や"Sunny Blue"......RCサクセションなどはホントに多くの夏の曲を作っています。
 
 以下のチャートを見て、自分の「Favorite Summer Song」が入ってないじゃないかという方は、コメント欄に書いてください!


1
Martha And The Vandellas - Dancing In The Street

2
Miles Davis - Summertime

3
Jimi Hendrix - Long Hot Summer Night

4
Fennesz - Endless Summer

5
Sex Pistols - Holiday in the Sun

6
The Associates- Fire To Ice

7
The Ramones - Rockaway Beach

8
RCサクセション - 海辺のワインディイングロード

9
Alice Cooper - School's Out

10
The Beatles - Mr. Moonlight

11
RCサクセション - 楽しい夕に

12
Eddie Cochrane - Summertime Blues

13
The Style Council - Long Hot Summer

14
Best Coast - Summer Mood

15
The Doors - Summer's Almost Gone

16
Sly And The Family Stone - Hot Fun In The Summertime

17
The Drums - Saddest Summer

18
Pub - Summer Pt 1

19
MFSB - Summertime

20
The Beach Boys - All Summer Long

21
RC サクセション - サマータイムブルース

22
Girls - Summertime

23
Yo La Tengo - Beach Party Tonight

24
Bruce Springsteen - Backstreets

25
Pink Floyd -Summer '68

沢井陽子

The Beach Boys - Endless Summer

サマーソングといえば、いまのタイミング的にも真っ先にビーチ・ボーイズ。イメージが先行しているのですが、こちらは、1966年前のヒットソングのコレクションで、初心者も十分楽しめる内容。ロスアンジェルスにいた頃、ジョニー・ロケットというレトロなハンバーガー・チェーン店に行って、ハンバーガーとフライズを食べながら、ジューク・ボックスに"サーフィンU.S.A."を入れて、パーフェクトな夏を満喫した思い出があるので、曲も素敵だが、そのときのイメージも多々影響。楽しい出来事ばかりでなく"イン・マイ・ルーム"で、もの悲しい夏の残骸を胸に抱え、自分の心の中にグッとしまっても、最後に"グッド・ヴァイブレーション"が流れると、ドラマチックな夏物語を「まあ、いいか」とまるく収めてくれる。全体が、夏のさまざまなシチュエーションに当てはまり、イメージが膨らむが、サマーソングって、結局それが楽しいのです。

DJ Yogurt(Upset Rec)

RCサクセション - サマータイム・ブルース

"サマー・マッドネス"、"サマー・イン・ザ・シティー"、"サマー・ミーンズ・ファン"、etc...
いろいろな曲が頭に浮かんだけど、2012年の日本の夏にハマっているのは、エディ・コクラン作の名曲に、いまは亡き清志郎が日本語の歌詞をのせた"サマータイム・ブルース"ではないかと。「電力は余ってる、いらねー、欲しくねーー」。

大久保潤 aka junne(メディア総合研究所/大甲子園/Filth)

SxOxB - "レッツ・ゴー・ビーチ"("ドント・ビー・スウィンドル")

ハードコア・パンクはナパーム・デスなどにより"速さ"という点において90年前後にネクスト・ステージに進み、90年代半ばにはファストコアとかパワー・バイオレンスとか呼ばれる激速なバンド群がシーンを席巻した(あの頃はそういうバンドの7インチが毎週のようにリリースされて本当に楽しかったなー)わけだが、そのルーツのひとつが初期S.O.Bである。大阪ハードコア・シーンから現れた彼らは「世界最速」と謳われ、日本にとどまらず世界のハードコアに多大な影響を与えた。
そんな彼らの初期の代表曲のひとつが"Let's Go Beach"で、歌詞はただ「Hot Summe soon comes again.
Let's Go Beach. Let's Go Surfin」だけ。ハードコア・パンクとサーフィンという組み合わせ(当時はまだ日本ではハードコアとスケートの関係もあまり一般的じゃなかったはず)、そしてファスト・パートから後半はキャッチーなシンガロング(♪レッツゴサマービ~~~チ!)に移行するポップなセンスもおそらく当時は斬新だったろうし影響力もデカかったんじゃないかな。ポップに始まって一転して激速! みたいなのって90年代には(たぶん今も)本当にたくさんありましたからね。
この曲と、ハノイ・ロックスの"Malibu Beach Nightmare"とラモーンズの"ロッカウェイ・ビーチ"を「新・三大ビーチソング」とさせていただきます!(全然新しくないけど)

DJ Hakka-K (Luv&Dub Paradise)

Baiser - Summer Breeze

夏といえばレゲエやその他大好きな曲はたくさんあるのですが、僕がいちばん最初に影響を受けたDJ Soneが夏になると必ずかけてたのが、83年に発表されたこの曲。いまでも夏になるとレコード・バッグに入れておく想い出がたくさん詰まったDISCOの隠れた名曲です。

[[SplitPage]]

山田蓉子

ピーナッツ - 恋のバカンス

言わずと知れた昭和歌謡の大名曲。中学生の頃からカラオケで必ず歌っているのだが、気持ちよくハモりながらひたすら「そっかーバカンスってのは、金色にかがやく熱い砂の上で裸で恋をするのねー。素敵」と思い続けてきた。全国民が一年中バカンスのことばっかり考えて暮らしているフランスで生活するようになったのも、そんな刷り込みのせいなのだろうか。でもまだ金色にかがやく熱い砂の上で裸で恋なんかしたことない。バカンスのために生き続ければいつかできるんだろうか...。
合掌。

why sheep?

私見ですが、夏は24,25と2日で勝負のクリスマスと違って日本人にも長丁場ですので、一曲に絞るのはむずかしいのです。

というわけで、アルバム単位で失礼します。これは、僕のサマー・ソングのオールタイム・フェイバリットで、オールタイムというからには理由があって、日本がどの季節であっても、暑くてビーチのあるところになら、僕が必ず持っていくアルバムだからでもあります。実家のある茅ヶ崎に帰郷する際はどんな季節であっても必ずです。

ちなみにわたくし、渋谷区神宮前生まれ、現住所湘南というプレミアムな、昔なら免許証だけでナンパできると言わましたがそれは昔の話で、もし免許証に写真を載せなくて良かったら、人生は今とずいぶん違ったことでしょう。さて、

閑話休題、

神奈川県茅ケ崎市の出身であればだれもが知ってることですが、
茅ヶ崎市民=サザン・オールスターズ・ファン
というのが公理となります。
茅ヶ崎市民≒サザン・オールスターズ・ファン
は許されませんし、
茅ヶ崎市民なのに≠サザンオールスターズ・ファン
はばれたらその場で公開処刑されます。

しかし、どんなところにも反逆者はいるもので、江戸時代の隠れキリシタンのように
そんな中でサザンを崇拝しなかったのがこの私です。もちろんサザンの曲も大好きですが、神宮前の生まれの私にはあまりにも野暮ったすぎました。

長くなるとあれなので順不同ということで三枚選ばせていただきますと、

Boz scaggs - Down To Then Left

もちろんbozの名盤といえばsilk degreesですし、一枚後のmiddle manは東海岸AORあげての名盤ですが、その中庸にあるこのアルバムなぜか期待されていたほどに売れませんでした。だからこそぜひ聴いてみてください。超ゴールド・ディスクのsilk・degreesの直後になんでこんなアルバム作ったのかと俄ファンは首をかしげたかもしれまえんが、ルーツと言えばパンクと忌野氏の話しかしない三田格が即座にこのアルバムの名前を言えるということだけお伝えすれば、ele king読者は気持ちは動くことでしょう。三田さんが好きかどうかは知りませんが。

Bobby Caldwell - Carry On

アルバムのすべての曲が珠玉としか言いようががありません!
邦題は原題とまったく関係ない「センチメンタル・シーサイド」と付けられてましたが、その心は当たらずとも遠からず。。
1980年代、日本のサマーリゾートの代表である湘南は傍目はアメリカ西海岸、(実情はサザン=茅ヶ崎駅南口)だったのですが、桑田圭祐もその音楽的ホームグラウンドであるという茅ヶ崎の現存するレコード屋さん「CHIYAMA」(桑田さんが青学に通ってる頃厨房の私が通っていた)につつましげに張ってあったポスターが忘れられません。
「マイアミの蒼い風」
そこにはそう書いてありました。
当時の日本の理想とするカリフォルニアでもなく、はたまた湘南の実情ださいヤンキー文化でもない、架空のビーチがあった!そこはマイアミ(本当のマイアミは行ったことないので知りません。。)
あぁ...哀れなるかなbobby caldwell。3枚目にして自身のもてるすべてを注ぎ込んだ、そして当時のレコード会社も起死回生を図って宣伝したこのアルバム、期待ほど売れませんでした。当然です。日本人はカリフォルニアしか頭になかったのですから。

長々と前節書きましたが、この感傷性の至高とも言えるアルバム。アラサー独身男子の方ならきっと理解してもらえることでしょう。はまっちゃったら一生結婚できないこと請け合いです。

さて最後、

J.D.Souther - You're Only Lonely

あぁ、このメロディーにこの歌詞に極め付けのこの声。同胞のイーグルスのほうが100倍有名ですが、彼はイーグルスの第五(第六だったかな?)のメンバーと言われるほどイーグルスに貢献したソロ・シンガー・ソングライターです。(名曲"New Kid In Town"は彼の曲)
一聴したら単なるアメリカの野暮ったいカントリー&ウエスタンの歌手と間違える人もいるかもしれませんが、よく聴いてくださいこの声。
現代音楽の大家メシアンは音を色に例え、詩人ランボーは言葉を色に例えたそうですが、わたしに言わせればJ.Dの声は「いぶし銀の声」と呼んでいます。
それをもっとも感じるのはこの前のアルバムの『Black Rose』収録の"Silver Blue"ですが、夏の間聴くべきはこのアルバムです。
とくに一押しは彼の出世曲の"You're Only Lonely"ではなく!!!!"If You Don't Want My Love"、このモラトリアムから抜け切れないガキっぽい歌詞が胸をえぐります。しかしなんといっても必聴すべきは、彼の声もさることながらハモンド・オルガンB3の旋律というかその音色!!!
はっきり言って"Let It Be"のBilly Prestonを軽やかに凌駕しています。その名はJai Winding。ちょっと調べた限りでは往時の人気スタジオ・ミュージシャンということですが、実際のところよくわかりません。"My Funny Valentine"のときのJimmy.Smithぐらい良い!!!知ってる人いたら情報求む!!!

それでもどうしてもと野田努に一曲選べと言われたらこの曲、

佐野元春
Heartbeat』収録 "Interlude"~"Heartbeat"
↑ここには私の少年ゆえの切ない恋愛体験がすべて詰まっております。くれぐれも("Interlude"から聴いてください)

他にも山下達郎の"Big Wave"(口が裂けても『Beach Boys』の"Pet Sounds"とか言いたくない)とかあるんだけど、この企画が来年も続いたらその時にでも。

おやすみなさい。みなさん家のエアコン止めてビーチでセンチメンタル・シーサイドしようぜ!

summer, 2012
why sheep?

[[SplitPage]]

三田格(e-Busters...)

Wham! - Club Tropicana

なんてな

竹内正太郎

□□□ - 渚のシンデレラ

夏、夏か、、、。この、永遠に思わせぶりで無責任な季節は、これからもギリギリのところで前向きな予感たりえてくれるのだろうか? いや、しかしこうも明らかな異常気象が続き、つい先日も日本国内の最高気温都市の上位三位を独占したような場所に住んでいる身としては、サマー・ソングを悠長にセレクトするにも体力を使って仕方がない。しかし橋元優歩に催促され、限られた時間内に直感で選ぶとしたら、("真夏のラストチューン"も捨てがたいが)やはりこの曲になるだろう。クチロロがバンド編成時代に残したきらきらのクラシック。超多層構造のトラックをハイパーなまでに軽く聴かせるその手さばきは、今なお並々ならぬセンスを見せつけている。それはもう、嫌らしいほどに。ヴォーカル/大木美佐子の安定しない高音域もいい。夏は楽しく充実しているべきか? この疑問自体、広告業的な価値観に刷り込まれたちゃちな不安でしかないわけだが、優れたサマー・ポップは何度だってその空虚さを上塗りする。とても鮮やかに。パルコの広告にほだされ、私は今年も嫌々と海に出掛けるのだろう。一年に一度くらい、まったく見当違いの恋をしてみるのもいいものだ。それがどれほど軽薄なものであっても。「ここから物語は続く/忘れたものもあの角を曲がればきっと思い出すさ」!!

松村正人

XTC - Summer's Cauldron

私は夏が大好きなので、好きな曲はビーチの砂の数ほどありますが、そのなかでもこの曲は、陽がのぼるとすぐにうだるようで、退屈で、楽しくないので、どこかに逃げたいがまわりは海ばかりで、しょうがないと諦めつつ、それもそう悪くないかと思いはじめたころ、暑気がひけて、虫や鳥の声が際だちはじめた、島に住んでいたころの夏の日の宵の記憶をくすぐるようでとても甘美だ。

水越真紀

戸川純 - 隣りの印度人(玉姫様)

21世紀の日本の夏、80年代に比べて湿度は低くなった。絶対なったと思うのだ。数年前、そのことを示すグラフをネットで見つけたのだけど、二度と出会えないでいる。
ともあれ、目の前の暑さをどうにかして「涼しぃ?」と断言する、言いくるめる、歌い上げる姿勢に私は共感するのである。ポストモダンな感じがする。人間の知恵、つー感じだ。しかし、現実逃避の知恵ばかり身につけてしまうのもどうかとも思う。
私は冷房を使っていない。本当に暑いには空気がゆらゆら揺れているのが見える。汗が吹き出しては乾いて皮膚を冷やす。
去年の夏は2時間置きに猫を冷やす保冷剤を取り替えていた。濡れたタオルで拭いてやり、耳を氷で冷やしたりした。今年こそ冷房を入れてやらねばと思っていたが、それを待たずに彼女は逝った。今年、冷房を入れる理由はなにひとつなくなった。

橋元優歩(e-Busters...)

Animal Collective - Fireworks
Photodisco - 盆踊り

わたしも夏が大好きです。黄色といったときに山吹からレモンとかまでいろいろあるように、夏というのもいろいろあって、お盆とかかなり好きです。"Fireworks"は詞に夏が明示されているわけではないのですが、わたしには幻想的なお盆メンタル・ソングとしか考えられません。海外にお盆はないでしょうが。

木津毅

R.E.M. - Nightswimming

 昔から自分が惹かれてきたのは、夏の盛りよりも夏の終わりの歌でした。それは青春そのものよりも終わっていく若さ、すなわち中年に惹かれるのと似ている......かもしれません。真夏を謳歌するのと同じくらい、夏を無駄にした......という感覚をポップ・ソングは拾ってきたようにも思えます。
 R.E.M.のこのナンバーは彼らの代表曲のひとつで、もう去ってしまった誰かのことを思いながら、晩夏の夜にひとりで月に焦がれながらプールで泳いでいるという、「夏を無駄にした」度では抜きん出た名曲です。リリカルな風景描写はマイケル・スタイプの詩人としての才能を見せつけ、それ以上にこのポップ・ソングに美しいフォルムを与えています。「君のことを、僕は知っていると思っていた」......悲しすぎますが、それがとても穏やかに歌われることで、夏の終わりの感傷が許されるようでもあります。「9月がじきにやって来る」......。

國枝志郎

Chapterhouse - Summer Chill

俺と言えばシューゲイザー、シューゲイザーと言えば俺(反論上等)なんで。チャプターハウスが1stアルバム『Whirlpool』と2nd『Blood Music』の間に発表した神シングル「Mesmerise」(俺的にはスロウダイヴのシングル「5 ep」と並ぶ究極ロッキン・チルアウト)収録の1曲。2ndアルバムにはもうひとつサマーネタで「Summer's Gone」というナンバーもあるけどやっぱりこっちでしょう。タイトルも最高!!!!!!!!!! あーチルりたい。

Photodisco

H Jungle with t - GOING GOING HOME


夏といえば、やっぱりこの曲ですね。お盆に帰省した際、実家でビールを飲みながら聴きこうと思います。

オノマトペ大臣(Maltine Record/TJNY)

Phillis Dyllon - Nice Time

夏になるたびに学生時代を思い出します。

白い太陽、青い海、赤く日焼けしたあの子の細い腕
楽しいはずなのに何故だか寂しい、いつか終わってしまう刹那的な煌めく青春の夏。。。

どこかの誰かが過ごしているそんな極彩色の夏を尻目に、マジで永遠に続くんじゃないかと思うような怠惰な余暇を、クーラーガンガンの部屋でカーテンを閉め切り、ゴローンと横になって手に持った黒い文字の羅列を追うことでやり過ごしていたしょっぱい夏。
ベッド横に置かれたローテーブル上に、氷が沢山入った透明なグラスが置かれ、カナダドライのジンジャーエールがパチパチとはじけると、西宮の六畳間にも、にわかに夏の気配が漂います。
近所の外資系CDショップで買ってきた3枚組3000円ちょっとのTrojanのCalypso Box Setをミニコンポにセットすると、いよいよ目の前に常夏のトリニダードトバゴが広がるのでした。
内容の薄っぺらい新書を読み進め、40ページぐらい行ったところでPhillis Dyllonの歌声が響き渡ると、心は完全に夏の夢の中。
新書をベランダから捨て去って、背中の羽をパタパタとして舞い上がり、ヤシの木の上の方に座り心地よく揺られたものでした。

それから4年が過ぎた、2012年の夏。
永遠に続きそうだった怠惰な夏は、心のアルバムの中で色褪せるどころか、それなりに輝いて見えます。

今年の夏はどのように過ごそうか、とりあえずPhillis Dyllonを聞いて、西宮のトリニダードトバゴで考えようと思っております。

(最近サンクラに上がってたCoconuts Beat Clubによるmoombahton editもすごく好きです。https://soundcloud.com/coconuts-beat-club/nice-time-coconuts-beat-club )

赤塚りえ子

Brian Jones Presents the Pipes of Pan at Joujouka

44年前の7月29日、ブライアン・ジョーンズは真夏のジャジューカ(モロッコ)に行きMaster Musicians of Joujoukaの演奏を現地で録音した。
彼の死の二年後にリリースされたこのアルバムでは、ブライアン・ジョーンズというフィルターを通したジャジューカを体験できる。
今年6月、ついにそのMaster Musicians of Joujoukaの生演奏を現地で体験してきた。
全身にものすごいグルーヴ浴びて、何本もの生ガイタ音が立体的に脳を直撃、そのまままっすぐに脳ミソを突き抜けた。
ブライアン・ジョーンズがなぜジャジューカにハマったのか?一瞬にして体でわかった。
来年の夏もまたジャジューカで、4000年のダンスミュージックで踊りまくってくるゼィ!

Yuji Oda (The Beauty/Cuz Me Pain)

No Joy - Negaverse

カナダの男女3人組バンドNo Joyが送り出す12インチシングル。
全てが正しいと思わせるオルタナギターと儚いボーカルが夏の荒野を駆け抜け交差する疾走シューゲイズ。
2012年の夏はこれ。

YYOKKE (White Wear/Jesse Ruins/Cuz Me Pain)

Junei - You Must Go On

夏はこんな涼しげな曲を何も考えずにずっと聴いていたいです。

Nobuyuki Sakuma (Jesse Ruins/Cuz Me Pain)

Prurient - There Are Still Secrets

夏に熱いものを食べる的な感じで暑苦しい曲も聴きたくなります。

寺尾紗穂

サニーデイ・サービス -"海岸行き"
saigenji - El Sur

夏の終わりを歌う以下の二曲が好きですが、youtubeにはあがっていないようです。

サニーデイ・サービス「海岸行き」
サニーデイの曾我部さんのさらりとした感触の歌詞は自分にはなかなか書けないもので、よく羨ましく思います。いつかカヴァーしたい曲。

saigenji「El Sur」
「El Sur」はサイゲンジさんと歌ったことがありますがもう一度歌いたいです。
「南へ帰るなら僕のさみしさもその翼に乗せていっておくれ」とツバメに語りかける歌詞が切ないです。サイゲンジさんのライブというとアップテンポの曲でノセたりアゲたりしてくれるイメージがありますがスロウで穏やかな曲にも名曲が多いです。

洋楽で好きなJudee Sillの歌詞を読み直したら「Jesus Was A Cross Maker」がちょっと夏の気配でしたので挙げておこうかと思います。
クラシック的な手法を織り込むというのは色んな人がやっていることなのだろうと思うのですがこの人の場合、その織り込み方がとても大胆で生き生きとしていていつ聞いても新鮮な感じを受けます。


Chart by JET SET 2012.06.11 - ele-king

Shop Chart


1

Bepu N'Gali - I Travel To You - Todd Terje Remix (International Feel) /
幼少期を南アフリカにて過ごしたという経歴を持ち、同時に収集していたカセット音源からアフロ・ビートやカルチャーを習得していったというボツワナ出身のニューカマーBepu N'Galiをフックアップ。

2

Bottin - Lust (Tin) /
Bear Funk、Eskimo、Italians Do It Betterといった人気ディスコ・レーベルからリリースを重ねてきたヴェニスの気鋭プロデューサー、Bottinによるスペース・ディスコ最新トラックを渾身のワンサイデッド・プレス。

3

Janka Nabay & The Bubu Gang - An Letah (True Panther) /
DeloreanやLemonadeらのリリースでお馴染みUsレーベルTrue Pantherから、500年の伝統を持つ西アフリカ/シエラレオネ共和国発のアフロ・グルーヴをモダンに蘇らせた衝撃盤が到着です!!

4

Lord Finesse - Pull Ya Card / Check Me Out Baby Pah (Slice Of Spice ) /
クラシックとして名高い95年リリースの3rdアルバム『Awakening』に惜しくも収録されなかった楽曲がコチラ。2003年にレア音源集としてコンパイルされましたが、インスト収録は本盤のみとなっています!

5

Anthony Valadez - Just Visiting (Plug Research) /
2009年にDublubからKutmahとのスプリットも印象的だったLaの新鋭ビートメイカー=Anthony Valadez。SonnymoonのAnna Wiseや、Miles Bonny, Damon Aaronらと共に美しくまどろむ世界を形成した全11曲!

6

Hot Chip - In Our Heads (DOMINO) /
2010年の世界的ヒット作『One Life Stand』に続く2年ぶり5枚目のアルバムは、名門Dominoに移籍してのリリース!!Us盤アナログ2枚組、ダウンロード・コード封入。

7

The Saint Petersburg Disco Spin Club & Lipelis - I Need It (Teardrops) /
Shanti~"Tusk Wax"といった要注目レーベルのコンピレーションに参加してきたThe Saint Petersburg Disco Spin ClubとLeonid Lipelisのロシアン新鋭コンビによるデビュー作。

8

Tyrone Evans / Greenwood Rhythm Coalition - Rise Up (Names You Aan Trust) /
'70~'80年代にかけて活躍したジャマイカのシンガーTyrone Evansが"Wackie's"から'83年にリリースしたアルバム『For Lovers Only』に収録されたレア・パーカッシヴ・ブギー「Rise Up」を復刻。

9

The Backwoods - Cloud Nine (Esp Institute / Ene) /
躍進が続く国産インディペンデント・レーベル"Ene"とLovefingersが指揮する"Esp Institute"による話題沸騰コラボレート・リリース第一弾、FonのDj Kent A.K.A. The Backwoodsによるデビュー傑作アルバムからのリミックスEpが遂に入荷しました!!

10

V.A - Oh Everywhere! (Love Edits) /
Miami Sound Machine「Dr. Beat」ネタのフロア・ライク・エディット前作も素晴しい一作だったミステリアス・エディット・シリーズ"Love Edits"からの最新作。引き続き大推薦!!

Shop Chart


1

J.M.F.G.

J.M.F.G. #2 J.M.F.G. / FRA / 2012/5/9 »COMMENT GET MUSIC

2

Los Miticos Del Ritmo

Los Miticos Del Ritmo Los Miticos Del Ritmo Soundway / UK / 2012/5/11 »COMMENT GET MUSIC
QUANTIC指揮の元、現地凄腕ミュージシャンからなる"QUANTICと神話の打楽器隊"、待望のフル・アルバム!伝統的な演奏形態を踏襲し つつも豊潤な音楽観と洗練のアレンジでアップデートした2012年型ハイブリッド・クンビア極上盤◎

3

Vedomir

Vedomir Vedomir Dekmantel / NL / 2012/5/9 »COMMENT GET MUSIC
圧倒的リリース量とそのクオリティから一躍ハウス・シーンの最前線へ躍り出たウクライナの天才VAKULAによる別名義プロジェクト VEDOMIR、ヴォリューミーな2LPフルアルバム!

4

Unknown

Unknown Black Boxx EP Ferrispark / US / 2012/5/9 »COMMENT GET MUSIC
首領SCOTT FERGUSONを中心にKDJ/THEOの流れからポスト・ビートダウン的アプローチの作品まで多彩なラインナップでリリース展開されるデトロイトの良質<FERRISPARK>から、00年代初頭の初期レーベル作品を彷彿とさせる黒光スモーキー・ディープハウスが詰まったノーインフォ/謎の4 トラックスEPが到着。

5

Kelenkye Band

Kelenkye Band Jungle Funk Cultures Of Soul / US / 2012/5/9 »COMMENT GET MUSIC
推薦盤!快挙!ド級のアフリカン・レアグルーヴ古典"JUNGLE MUSIC"で有名なKELENKYE BANDの未発表音源(!!)が発掘&音盤化!内容はやはり最高スギル2枚組7"。

6

Koko Edits

Koko Edits Stay With Me / Burning Up Basic Fingers / GER / 2012/5/8 »COMMENT GET MUSIC
好調リリースの続く<G.A.M.M.>傘下のディスコ・エディット専科<BASIC FINGERS>第8弾!賞味期限無し定番的に使えるため、是非とも持っておきたい一枚!

7

Joaquin Joe Claussell

Joaquin Joe Claussell Unofficial Edits And Overdubs Disc One Of Four Sacred Rhythm Music / US / 2012/5/3 »COMMENT GET MUSIC
LTD.400pcs!!一連の「UNOFFICIAL EDITS AND OVERDUBS」シリーズも遂に最終章!先日の2CDアルバムから12"用にさらにリエディットし全4部作にてアナログ・リリース!こちら第1弾。

8

Joaquin Joe Claussell

Joaquin Joe Claussell Unofficial Edits And Overdubs Disc Two Of Four Sacred Rhythm Music / US / 2012/5/3 »COMMENT GET MUSIC
LTD.400pcs!!一連の「UNOFFICIAL EDITS AND OVERDUBS」シリーズも遂に最終章!先日の2CDアルバムから12"用にさらにリエディットし全4部作にてアナログ・リリース!こちら第2弾。

9

Joaquin Joe Claussell

Joaquin Joe Claussell Unofficial Edits And Overdubs Disc Three Of Four Sacred Rhythm Music / US / 2012/5/3 »COMMENT GET MUSIC
LTD.400pcs!!一連の「UNOFFICIAL EDITS AND OVERDUBS」シリーズも遂に最終章!先日の2CDアルバムから12"用にさらにリエディットし全4部作にてアナログ・リリース!こちら第3弾。

10

Insideman a.k.a. Q-Bo

Insideman a.k.a. Q-Bo Back In The Dayz (G-Luv Classics Vol.1) Blacksmoker / JPN / 2012/5/10 »COMMENT GET MUSIC
東高円寺の音楽酒場GRASSROOTSの主Qさんニュー・ミックスはまさかのGラップ縛り!from <BLACKSMOKER>★特典で<BLACK SMOKER>からのリリースを予定している、狂気に満ちた妖しいG-LUV謎の一族総本山、D.M.F. (DA MASK FAMILY PRODUCTIONS)のスペシャルSAMPLER CD付き!★

interview with Kan Mikami - ele-king

 明日で世界は終わるだろう
 明日で世界は終わりさ
 けれど誰がそれを信じるだろう
 誰がそれをきくだろう
"アンコ椿外伝"(2011)

 ディストピアを声高く歌うひとを、昨年の11月、麻布の〈新世界〉で見た。「カモメよカモメ~、この世の終わりが~」、彼は未来のなさを、海の荒々しい彼方の情景を、独特の節回しの唄とギターの演奏のみで、これでもかと言わんばかりに展開した。東京という街がとにかくナイーヴで、相変わらずの励ましソングか、口当たりの良いヒューマニズムを繰り返すしか脳のないときに、1960年代末に青森からやって来て、寺山修司と精神的に結ばれながら、放送禁止用語集のような楽曲を発表していた三上寛は、いまも堂々と、そうした甘い感傷を吹き飛ばす、荒波のような唄を歌える。演奏が終わったあと、しばらく席から動けないほどに打ちのめされた。それが今回の超ロング・インタヴューの動機だ。

 さて、今日のポップ・ミュージックでは、「ちんこ」「まんこ」「うんこ」といった言葉は、文脈によっては品性を欠いた挑発(からかい)、あるいは使い方によってはダダイズムの延長、ときにはずばりそのものの猥褻な名詞として、たとえばジョージ・クリントンのファンクないしはパンク・ロックを起爆剤としながら、表現の自由という大儀のもと、道徳的な見地からの批判をとうの昔に抑え込んでいる。セックス・ピストルズでもエミネムでも、彼らのこうした言葉づかいは、学校から与えられたボキャブラリーの外側へと受け手を連れ出すがゆえにときとして爽快な気持ちにさせる。
 三上寛が1970年代初頭に試みた実験にもそれがある。"ひびけ電気釜!!"は、彼のけしかける無秩序の、もっとも有名な曲のひとつである。「飛んでいくのか片目の赤トンボ/キンタマは時々叙情的だ/泥沼の奥底はペンペン草の肉欲だ/赤いまむしはあみだくじだ/生命は神の八百長よ/希望の道は下水道だ」

 手短に言おう。フリー・ジャズやアヴァンギャルドを取り入れた『Bang!』(1974)、死と隣り合わせの美しいバラード集『負ける時もあるだろう』(1978)といったアルバムは、日本のロックの急進派における古典としていまでは広く知られている。そして、いっさいの新曲を作らなかった10年を経て、1990年代以降の三上寛は、〈P.S.F. Records〉から怒濤のリリース・ラッシュを開始している。それら近年の作品には、1970年代の三上寛を特徴づけていた猥褻さと敵対心ないしは俗悪な描写はない。その代わりに、詩的な描写と唯一無二のギター演奏による独創的な音楽性は着実に磨かれ、光沢を増している(ブルースと講談と演歌のブレンド、津軽三味線とジャズの混合など、いろいろな説があるが、どうやら自然の成り行きで定まっていったスタイルのようである)。
 多くの犠牲を払って手に入れた豊かさもぐらつき、我々は、恐怖と不安のなかでびくびくしながら生きている。学歴の高いひとの言葉ばかりを鵜呑みにしたり、金持ちに媚びてしまったり、他人の目を気にしたりする。そんなこと、まっぴらごめんだ。三上寛の音楽は我々を自由にするだろう。第三者的な良心よりも優先すべきことがあるんじゃないかと思わせる。たったひとりで行動するひとに勇気をもたらすだろう。教育システムの埒外にころがっている人生を差し出し、我々の生活をタフにする。
 取材は、アンダーグラウンドの巨匠(......この巨匠という言葉は三上寛という筋金入りの反権威主義者には失礼だろうけれど、敢えていまそう記したい)がいま住んでいる津田沼のサンマルクの小さなテーブルでやった。あっという間の3時間。以下、そのほぼ全記録である。

お茶の間のヒューマニズムというのは大嫌いでしてね。「かわいそうだな、がんばれよ」っていうひとはね、どこからも突っ込まれないわけじゃないですか。世界的なレヴェルで良いことになってるわけですから(笑)。ところがね、「いちどでもそう言われたひとの身になって考えたことがありますか?」っていうね。

津田沼にはどんなきっかけで住みはじめたんですか?

三上:津田沼はね、うちの奥さんが西千葉のひとで、それで子どもが生まれたときに実家に手伝ってもらったりで近くのほうがいいだろうということで住みはじめましたね。それで、1987年に来たからもう25年になりますね、千葉はね。

ああ、そうですか。

三上:それが幕張だったんだけど、そこを越さなきゃいけなくなって、ひと駅こっちに出てきたって感じですね。それでこっちに出てきて6年かな。

千葉自体は長いんですね。

三上:長い。

90年以降の大量リリースに入る頃には、もう千葉に住まわれていたんですね。

三上:千葉にいたわけです。ですから「Jan Jan サタデー」()が終わったときに引っ越してきたんですよ。1986年までやりましたからね、わたしはね。あとはバトンタッチして。だからちょうど静岡に通ってたころは、阿佐ヶ谷から通ってました。そのときはまだ阿佐ヶ谷に。千葉はなかなか面白いですよ。何もないけどね。

千葉に住まわれたことと、三上さんの音楽性に何か関連性はありますか?

三上:あるね。

どういったところでですか?

三上:こういうことがあったんですよ、自分のなかでね。18のときに東京に出てきて、それで18年いたなあと。それで東京と青森にいた年数が同じになっちゃったなあと。そういう自分なりのある種の物語みたいなものもあって(笑)、それでどっかへちょっと行こうかなっていうのが先になったんですね。だからちょうど良くて。
 そこで自分の音楽性に関係するのはね、そこは江戸川と利根川にちょうど囲まれててね、橋が両方ぶっ壊されると無法地帯というか(笑)、独立国みたいになっちゃうんですよね。水に囲まれてるっていうのが、ちょっとこう浮世離れした感じがあって。千葉に来ていちども気持ちが落ち込むということがなかった。これはびっくりしましたね。結局ね、漁師町なんだね! なんかこうね、ほかと違いますよ。だからみんな中津川ですね、ある意味で。

ああー。天然の。

三上:天然の。

それはいいですね(笑)。

三上:それは住んでみて初めてわかりましたね。まあむろん人間としては浮き沈みはありますよ(笑)、気持ちの上でね。ところがね、まず最初ここで暮らして「変に落ち込まないとこだな」っていうのはありましたね。そういう意味でね、土地柄と言いますかね、原始的と言おうか......自分たちから「わたしは漁師でございます」なんて言わないけれども、江戸時代はほとんど完全に漁師町だったでしょ。浦安とかあの界隈。だから染み付いてますね、漁師の感覚が。それも東京湾の豊かな漁師。それは海外に行ってた横浜と違って、ほんとに江戸のための漁師だったんじゃないですか。

出ましたね。漁師という言葉は、"海男"であるとか、三上さんの音楽のなかでひとつ重要なキーワードですよね。

三上:ほんとにそうですね、漁師と海の歌っていう。たとえばリバプールなんかもね、ほんとに漁師町ですよ。わたしたまたま4、5年前にちょっと行ってきたんだけどもね。ほんとにもう、「あ、小泊だ」って思うぐらい(笑)、景色が似てて。カモメは飛んでるわ。まあもちろん、いまは漁業はなくて観光中心みたいになってるけれども。
 そういう海どころって感覚の音楽が生まれるじゃないですか。アメリカ西海岸でも、東海岸でも。日本だけ海イコール演歌っていうことでね、そういう意味である種――まあ古い言い方かもしれないけれども、サブカルチャーというか、我々がやってきたようなことで海をテーマにしてるって意外とないんですよ。音楽で。

ポップスで海が出てきても南国的な海だっりしますよね。

三上:湘南だったりね。わたしは北の海だったり、そうそう、働く海っていうんですか。

そうですね、漁師がいる海っていう。

三上:意外とないんですね。 それは北島三郎さんと鳥羽一郎の特許みたいな感じでね、ふたりが歌ってればいいっていう。だから演歌がそれを示してましたわな。だから必然的にわたしの歌い方もどうしたって演歌、ってふうになるだろうし。環境もそうでしたね。海の町で聴いた音楽でしたからね。漁師が好きな音楽ばっかり聴いてましたからね。


(注)「Jan Jan サタデー」
静岡市の第一テレビ局にて1981年の春からはじまったヴァラエティ番組で、筆者は高校生のときにこの番組を通じて三上寛を知った。ロック・バンドが静岡に来ると紹介してくれたので、よくVHSに録画した。そのテープはいまも実家にある。

[[SplitPage]]

漁師と海の歌っていう。たとえばリバプールなんかもね、ほんとに漁師町ですよ。海どころって感覚の音楽が生まれるじゃないですか。アメリカ西海岸でも、東海岸でも。わたしは北の海だったり、働く海っていうんですか。漁師が好きな好きな音楽ばっかり聴いてましたからね。

三上さんにはあまりにも訊きたいことがたくさんあって、演歌(怨歌)というのもそのうちのひとつなんですが、ほんとどこから話を切り出せばいいのか、すごく迷ってたんですけれども(笑)。

三上:それで、もうひとつ付け加えたいのがね、漁師の連中から話を聞くとね、いまみたいにネットとかもないので、彼らは3ヶ月同じ曲を聴かないといけないんですよ、1回陸(おか)で買ったら。だから相当チョイスするらしいんだよな。そういうものも、意外に自分のなかにあるのかもしれないですね。1曲の完成度と言うとちょっとおこがましいけれども、暮らしと本質的に結びついているっていうのは無意識にあるのかもしれない。すいません、挟んじゃって。

いえいえいえ。あの、すごくざっくりした質問なんですけれども、三上さんが青森から出てきて、で、板前やられて、そして板前の寮を抜け出してギターを抱えて、そこからデビューして活動はじめられて、およそ40年くらい経ってると思うんですね。この40年っていうのは日本は、世界は、とにかくまあ、破壊的なまでに変化しましたよね。この40年の日本の変化というものに三上さんはどういう思いを持ってらっしゃるんでしょう?

三上:そうですね、まずひとつが若い世代がですね――若い世代っていうのはわたしたちの世代を言ってるわけです、いわゆる世に言う団塊の世代ってわけですけども。そういう日本の若いひとたちが戦争以外で――まあ戦争はちょっと違うかもしれないけれど、まさにざっくり言ってしまうと、最初に挫折したところからはじまってますよね。若者が挫折するってところから。学生運動におさらばして、髪を切って会社に勤めなきゃいけないってところから日本の文化ってはじまってますよね。戦後のというか、いまに繋がるものが。
 だから彼らの失敗からはじまっている、失敗というか挫折ですよね。わたしもデビューしたときは、このままいけるんじゃないかと思いましたもんね。つまり中津川()で歌ったときに、このまま世のなかにばっと広がっていくんじゃないかと思いましたよ。で、3年ぐらいその気でいたら、まわりを見たら誰もいなかったっていうのが(笑)、まあ現実でしたね。それはものすごくショックだったですね。

たとえば、60年代を生きた方々の本なんかを読みますと、やっぱり岡林信康さんという方がいかに影響力が大きかったか、ということを言われてるんですね。喩えの言葉はともかくとして、「神様」とまで呼ばれた方が、どうして失速――という言葉が合ってるのかわからないですけれども――居場所を失っていってしまったんでしょうか?

三上:それはね、個人的な情報というか、彼を大変知っている人間ですから、わたしの立場で言えるならば、やっぱり彼個人の考え方っていうのが結局あったんだと思います。彼はほら、牧師のせがれでしょう? わりとそのほら、平等意識というか、日本の風土に似合わないと言いますか、それほどアクの強い男じゃなかったんだよね。日本的なある種のミュージック・シーンのトップになっても、ある種育ちがいいというか。
 しかし当時(60年代)は日本中から百姓の子どもたちが集まったわけですよね。それまでは東京に来るってことはないわけですから。たとえば地元で家業を継いで百姓をするとか。それが、「いやこれからは学問だ」つうんで、みんな田畑を売って、いままで学問を身につけたことのない人間が日本中から集まってくるわけですからね。元々は百姓ですからね、まあ言い方はそれでいいと思うんですけどね。その波で岡林みたいな、ある種西洋の教養を受けた流れがあって。それはやっぱり分離していくでしょうねえ。わたしの個人的な見方ですけれどもね。もっとアクの強いやつじゃないとだめだったんじゃないですかね。だから親分がこけたからみんなこけちゃったわけですよね。そのなかで親分が唯一生き残っていたのがね、内田裕也ですよ(笑)。彼はやっぱりちゃんと親分してたんですよ。だからここまでロックっていうのはこれたわけで。だから不思議なもんですよ、ひとりの力っていうのは。

なるほど。

三上:だから求心力を失ったわけですよ、我々もね。〈URC〉も、なくはならないけれど、まあ終わっていってしまう。で、彼自身はそんな意識はあんまりなかったんじゃないかな、自分がトップだ、とかっていう。

なんかこう、もっと時代的な風向きが変わってきたみたいな......。

三上:そうですね、いまの話は音楽ってことに限定して言ってるわけで、もっと大きいことで言うならば、なんて言うんでしょうかねえ、あの当時我々が影響を受けた波というんですか、1969年から世界的な流れでしたよね。まさにビートルズが来たりとか、まあ「革命」という言葉が合言葉のようになってた時代ですよ。すべてのことにおいて。音楽を変えよう、演劇を変えよう、映画、もちろん政治っていう。とくにやっぱりアメリカの――というか世界的な大きいうねりのなかでね、取り残されたと思うんですよね。つまりその、まだ機が熟してないと言おうか、まあいまだに熟してないんだろうけど日本の場合は(笑)。
 つまりそういう、日本中から集まった百姓のせがれたちの感覚じゃあ、無理だったんじゃないでしょうかねえ、うん。つまり世界の動きっていうのは、ある種まあインテリ指導と言いますかね、そこそこ毒を持ってた連中ですよね、ヨーロッパでもアメリカでも。そういう連中が起こしたムーヴメントに、やっぱり格好だけじゃついていけなかったっていう。スタイルだけじゃだめだったんじゃないかな。ほんとにやる気があったらそりゃね、大学終わったぐらいでやめませんよ。社会に対するアプローチとか。やっぱり親から「いつまでそんなことしてんだ」とね、「田畑売ってお前を大学に入れさせて、せっかく公務員にしようと思ってたのに」とか、「いまだにヘルメットかぶって三上寛とだなんて、やめなさい」ですよ(笑)。
 だからあっという間に消えたと思いますよ。あと下地がなかったんだと思いますね。これは明治維新とかああいうひとつのムーヴメントにはなり得ない。明治維新とかその辺はもっと切羽詰った想いがあったでしょ。流行とかそういうことだけじゃなくて。スタイルなんかじゃ全然相手にならなかったぐらい、まさにあの頃は似たような激動でしたよね。それにやっぱり耐えられなかった、つまりその、ひとが好すぎた、村社会に戻っちゃったんですよね。だから一瞬垣間見た世界ですよ、おそらくいま思うと、きっとね。70年代というのはね、きっと。

たとえば、田川律さんなんかの日本の音楽の歴史を書かれている本を読みますと、フォークの時代からニュー・ミュージックの時代っていう言い方をされるじゃないですか。荒井由美とか吉田拓郎みたいなひとたちが出てくることによって、文化がどんどん変わっていったという。ああいうのはご自身現場にいらして、ある種価値観が揺らいでるような感覚っていうのはあったんですか?

三上:もちろんありましたよ。つまり過激なことはもうやめようっていうものですよね。それはやっぱり浅間山荘が大きいですよね。つまり最終的には、お互い殺し合うんだっていうとろこまで追い詰められるという。
 だからいま思うと戦略も何もないよね。いま思うとですよ、精一杯だったとも思うから。お上っていうものに対する、なんて言うんでしょう、やり方が結局同士討ちなんだっていうことがショックで。それでもう誰もがやめようと思った、「あんなことになるんだったら」っていうね。それはやっぱりそこまで追い詰められたんだと思いますけどね。それもやっぱりある意味で、格好だけでいった部分も大きいんじゃないかな。本気でやろうと思ったら違ったんじゃないかなと思いますね、いま思うとね。

だからそのやっぱり、60年代的なものを忘れたかったっていうような世のなかの風向きみたいなものがあったんですか?

三上:そうですね、それは「もういやだ」って言おうか、脈々と続いてきたお上に対する奴隷根性と言いますかね。ずっと虐げられてきたでしょ、日本人って。百姓も、侍もそうだと思うんですよね、実はね(笑)。そういうことに対する1000年にいちどあるかないかのチャンスにビビったっていうのがほんとのとこじゃないかなー。そこそこだったらいけるけれども、変えようと思ったらほんとに変わっちゃったんだから。しかも世界一のレヴェルでね。

って言いますよね。すごかったってね、当時の日本の学生運動っていうのは。

三上:ええ、ええ。マイク・モラスキーっていうジャズ評論家のアメリカ人で、サントリーの賞もらったぐらい日本語の文章が上手いひとがいて。そのひとが書いた本の一節で引用がありましてね、オランダのある学者によると日本の70年代はルネッサンスよりもすごかったっていうことを言ってますね。あの当時アングラから発生した文化っていうのはルネッサンス以上だって外国の学者が言ってるぐらい、まあチャンスだったんですな。それを逃してしまった脱力感というのは非常に大きいと思いますよ。

たしかにそうですよね。寺山修司さんや唐十郎さんの演劇もあったし、若松孝二さんがやっていたような前衛映画もありましたし。

三上:前衛もありましたし、フリー・ジャズもそうだし、それから舞踏なんかそうですよね、

土方巽さんをはじめとする。

三上:彼らはまさに生き残った、生き残ったっていうのはおかしいけれども、立派に外で花咲かせてるわけですよね。舞踏なんて、あんなもの世界を見渡したってなかったわけですからね。

すさまじいエネルギーがあった時代なんですね。

三上:だから面白いじゃないですか。津軽から出てきたですよ、漁師の末裔の、まあ勤め人の人間がですよ、ぽっと東京に出てきてその中心にいれるっていうかね、みんなをとらえたって言いますかね。それはやっぱり、それだけでもすごい話ですよね。

それがね......三上さんは、1978年に『負ける時もあるだろう』というアルバムを出されてますけれども、あの「負ける時もあるだろう」という言葉はどういうようなところから出てきたものなんですか?

三上:あれはね、種明かしをしますとね、これはふたりしか知らないですけれども。あるとき新聞を見ましたらね、東映のヤクザ映画のね、たしか77年ぐらいかなあ......わたしがちょうど東映に出入りしていたときに、鶴田浩二のね、何ていう作品だったかな、最後のほうの作品だったと思うんだけどもね、それのキャッチだったんですよ。「負ける時もあるだろう、わたしは」って、「あ、これいただき」っていうね。それであの曲ができて。そしてね、実はあのキャッチを作ったのが深作欣二なんですよ。夜中に電話来ましてね、「三上、お前も売人だな」って。つまりあの「商売人だな」って(笑)。

はははは。

三上:「見ただろう」、「はい、いただきました」っつって(笑)。「じゃあいちどどういう内容か教えてくれ」と言われて。それは曲を作った直後でしてね、30分ぐらい監督がチェックしましてね、それで向こうは何も言いませんでしたけどね。あのキャッチはわたしと彼しか知らないですね(笑)。

でもその『負ける時もあるだろう』という言葉がピンときたっていうのはやはり時代のにおいのようなものを嗅いだっていうか......。

三上:だと思います。それはもうある種の世のなか全体を覆っていた、我々のようにいろいろなことをやっていた人間の、敗北感と言おうか、「もうダメだな」感ですよね。

あの歌のなかで、「夢にまで見た不幸の数々が今目の前で行われ様としている」っていうね。あれは心に刺さる言葉なんですけれども。あの「夢にまで見た不幸」というようなフレーズは、当時の三上さんの気持ちとしては何を指していたんですか?

三上:それはまず、具体的に何だっていうのはないと思うんですよね。それは、いわゆる芸術家と言いますか、歌い手、ものを作る人間の予感ですよ。予感のないアートはダメですよ。
 それは分析するとこういうことになるんじゃないかと思うけど、つまり、それで新しいアルバム(『閂』)でわたしは「みんなこのことを知ってた」って歌ってるんですよね、実はね。要するにね、ひとびとの無意識っていうのはね、迫りくる危機っていうものに対してね、直観ってものがあるはずなんですよ。それは著名な文学者であるとか占い師だけじゃなくてね、普通に生きているひともまるで獣のごとく来たるべき危機に対しても備えてるわけですよ、いまこうやってる時点でもね。
 ミュージシャンはやっぱりそこに反応すると思うんです。そうしないとわたしはダメだと思っているんだけども。それでほとんど無意識の状態で、そこそこの詞を書くテクニックがあって、その当時ある種のこだわりっていうのかな、自分のスタンスっていいますかね、それを考えて見つめてあの歌は自然にできたんだと思うんですよ。きっとそうなんだと思いますよ。アートはね、後付けじゃダメ。政治とかジャーナルは後付けだけどね、アートは先に行ってそこで「まさか」って言われるんだけども(笑)。誰でもみんなそうですよね。

たぶん、おっしゃる通りだと思います。でも、またその言葉を繰り返し歌わなければならないっていうのも、宿命的とはいえ非常に重たいものを感じます。

三上:そうですよね。だから「ミュージシャンって何なんだろうな?」っていうことになりますよね、私なんかは。あれだといまから30年前に作ってるわけでしょ。それでいま......何て言うんでしょう、現実が追いついてきてるわけじゃないですか。自分が作った曲にね。極論するとね、三島(由起夫)はこういうこと言ってるんですよね。「自然は芸術を模擬する」。つまり芸術のほうが先だっていう。「地震が来る」って言ったら地震が来るっていうのはこれはもうね......。

三上さんはあるインタヴューのなかで「三陸のひとたちはDNAのレヴェルで津波が来ることをわかっていた」っておっしゃってます。三上さんにとっての三陸は『怨歌に生きる』という著書のなかでも書かれていますけれども、長年ツアーで行かれていた場所でもありますよね。

三上:行きましたねえ。しらみつぶしに、なぜかね、それもね。ほかの県でも良かったはずなのに。きっかり10年やりましたね。80年代ね。
 だから振り返って、80年代、わたしは曲も1曲もできなくてね、東芝に行ったり大手に行くのもダメになったりして、それで世のなかデジタルになったりして......っていうようなことで、あの頃は自分の音楽の経験のなかでもどん底だったんじゃないかとしばらく思い込んでたんだけれども、「えっ、俺、そう言えば80年代ってオール三陸だったよな」っていうね。ええ。それは東京にいなかっただけで、まあいなかったって言うとおかしいけれども。だから静岡で「JanJanサタデー」やって、それで1年に2週間のツアーをやって、それは大変なツアーでしたよね。10年間やり続けました。
 それでねえ、岩手っていうのはですね、四国より面積が大きいんだから。移動が大変だったり、あの狭い道だったり(笑)。あるときなんて洞窟でまでやったことあるんだな、なんかやるとこなくなっちゃって。自然に開いてる洞窟がありましてね、みんなロウソク持ってやったり。まあつまりね、ありとあらゆることをしたんですよね、三陸で。わたしの答が出るまでやってみたいっていうことを、受け入れてくれたひとたちもすごいと思うし。

それは三上さんがご自身で企画されて?

三上:企画して。もちろん受け入れるひともいるわけですよね。三陸のひとたちも受け入れるわけですから。で、あんまり知られてないんだけれどもね、三陸岩手っていうのは大変な音楽王国でしてね、ジャズ王国ですよ。そこのジャズ喫茶の連中は、ちょっとずつ金出して、カウント・ベイシーを直接呼んで直接返すってことをやってるようなひとたちなんですよ。だからものすごく音楽が好きなひとたち。音楽もわかる、まあわかるって言ったらあれですけれども。ただ意外とフォーク・シンガーが生まれてないんですよ。ロック・シンガーも生まれてない。聞き手のプロって言いますかね。

それこそ宮沢賢治なんかは、生前、仙台までレコードを買いに行ってるんですよね。盛岡から汽車に乗って。

三上:だから賢治っていうパブリシストがいるっていうことで安心してそういうことにハマれるっていうのもあるかもしれない。宮沢賢治ってものすごく大きいですからね、岩手のひとたちにとっては。

我々にとってもでかいひとですからね。で、『怨歌に生きる』には、はからずとも陸前高田の写真が見開きで載ってらっしゃる。写真を見ていても、物凄い盛り上がりを見せていますよね。

三上:要するに三陸に行くきっかけっていうかね、『おんなの細道』っていう日活ロマンポルノの最後のオールロケ作品で、その後日活が潰れるんですけど、たまたまわたしも準主役でやって。それが物凄い厳しい撮影でね、神経が参りそうになった瞬間っていうのがあったんだな。あまりにも寒くて。あの寒い冬のロケで、ロマンポルノですから8割裸になってないといけなくて(笑)。いちいち着てたら余裕ないですしね。まあ裸ってわけじゃないですけども、何か羽織って待ってるという状態で。この年ではとてもできないけれども、20代でまだ丈夫だったからできたんですね。
 で、神経しかないなっていうときに、人間ってああいう状態だと何か見るんですよ、幻ですわな。三陸っていうのは景色がいいんですよ。それが津波だったんでしょうね、いま思うと。それが後で"大感情"って曲になるんだけども。その縁で行くようになったんですよ。「何だろう? これ見たことのない景色だな」っていう。「感じたことのない予感だな」という。それでこだわっちゃったんでしょうね、いま思うとね。それがこの前の津波に繋がるんだと思いますね。きっとね。30年前に「えっ、何これ」というような感情があったんじゃないでしょうかね。
 これは意外とわたしのなかでは繋がってることでね、そしてその去年の3月の16日にメキシコシティでアンダーグラウンドのアート・フェスティヴァルがあったんですよ。まあアンダーグラウンドだけじゃなくて、メキシコシティ挙げての祭で、ハービー・ハンコックも出てたぐらいの祭だから。1ヶ月ぐらい、ロンドンからパリから、世界中からミュージシャンが来て。それが3月の16日だった。それでわたしは、予感というかいんでしょうか......ヨーロッパでもアメリカでもなくてメキシコか、どんなところだろうなっていう、ある種の期待と不安のなかでどーんと来ちゃったんですよね。行く4日前に。
 だから去年のいまごろはずっとメキシコ行くこと考えてましたよ。津波とか関係なくね。ところがメキシコっていうまだ見知らぬところに行くっていうある種の期待と不安が、それとも繋がってた気がする、予感で言えばね。だから物語がすっきり終わっちゃったような感じがあるよね、そういう意味では。だから車も全部止まってて、必死で羽田まで行って。なんか自分のなかでね、物語っていうか......だからあのとき見た「これは何だ」っていう景色はもしかしたら遠くメキシコを見てたのかもしれないし。だから初めてこう裏側から見たわけだよな。メキシコ行ってね。それでメキシコにもちょうど10年前に大きい地震があって15000人ぐらい死んだらしくて。物凄かったらしいんですよ、10年前ね、ちょうどね。そういう縁で行ったのかなと思ったりしましたけれども。だから、三陸、津波、いまの音楽、自分の立場っていうのはきれいには整理されてないけれども、きっと何かあるんだと思いますね。


(注)中津川
ウッドストックに触発された日本で最初の音楽フェスティヴァル「全日本フォークジャンボリー」。1969年8月、3千人規模ではじまったそれは1971年には2万を超える規模へと発展した。1回目には遠藤賢司、岡林信康、ジャックス、高田渡、田楽座、中川五郎など出演。三上寛は3回目に出演している。

[[SplitPage]]

三上は学生運動を挑発してああいう時代の華だったいう、そういう捉え方もあるかもしれないけれども、「冗談じゃないよ」っていうね。それもあったんですよね、わたしのなかで。そんなことよりも、永山則夫、中卒でひとを殺した男のほうが俺は大事だっていうスタンスでしたからね。

では、震災がありまして、今度は福島の原発の事故がありましたよね。あれに関しては三上さんはどのように思われましたか?

三上:これはね、筋違いというかびっくりしたといいますかね。あれは地震だけだと、そこそこ災害ということでわかりやすかったと思うよね。ところが、いまは事故のほうが中心になっちゃってますよね。
 結局、何て言うんでしょう、津波が教えたと言いますか、日本の現実を。「お前たちはその上で暮らしてきたんだよ」ってことを。だから神の声ですよね、津波っていうのはある意味でね。死んだ方には申し訳ないけれども。人間の仕事っていうと非常に冷めた言い方かもしれないけれども、役目を果たして死んでいったんだと思いますよ、それは遺族の感覚ではもちろんないけれども。福島というものがあったおかげで、結局世界の問題になっちゃったんですよね。日本も、三陸も。日本の現実が世界にバレちゃった。日本人というのは覆い隠してここまで来たわけですよ。こんな小さい国がね、どこにも攻められずに。
 海というものがあるとはいえ、イギリス見ればわかりますけど、海なんてあんなもの国境だなんて生易しいもんじゃないと思いますね。日本人は、いかに大きく見せるかっていうことに関してスーパー・テクニックがあった。日本には天皇がいて、その天皇がいかに大きい力を持ってるかとか、日本人が隅々までそういう能力を持っていて。物語として世界に向かうときに、数倍大きく見せてるはずなんですよ。それで世界の一番や二番にもなるわな、って話ですよ。それがバレたんじゃないでしょうか、世界中に。

それで昨年、3.11以降は2枚連続で去年出されていますね、『』と『』。

三上:あれはね、自分のなかでは説明できない、ある種の勘と言いますかね、ガガガッと。音楽って、漁師に喩えたりしますとね、魚ってプランクトンを食べてるわけですよね。プランクトンって海のなかに平等にあるんですよ。ところが潮の流れであるところにぶつかって、そこだけに溜まっちゃうんですよね。それで魚が集まってくる。音楽もそうだと思うね。音がぶつかっちゃってるっていうかね。四国のあの場所(高知の)、井上(賀雄)くんたちがやってるあの場所に世界中の音が集まってきちゃってるな、っていう感覚があったんだと思う、わたしのなかで。

四国の井上さんというのは?

三上:(『閂』と『門』の)リリース元の、小さいショップとライヴハウス(CHAOTIC NOISE)を兼ねたところなんだけども。なんかこう、あくまでも感覚なんですけれどもね、「ここに音が集まってきてるな」っていう感覚があったんですよ、わたしのなかで。じゃあタモですくっちゃえっていうか(笑)、いま捕らなきゃていう。だからあそこでコンスタントにするかどうかはわからない。ほんとに漁師の感覚で、いけるときにゴンゴンっていくっていう。その上でまた今月レコーディングですからね。だからほとんど半年の間で。

では、そこで2枚続けて出したっていうのは、とくに3.11と関係があったわけではない?

三上:とくに関係ないですね。3.11からの1年というのは早い者勝ちでやったわけですけれども。もしかしたら、3.11の関係があるとすれば、四国もね、高知も丸亀もものすごく地震にいじめられたところですからね。城がすごく地震に対応するようになってるでしょ、まあ城っていうのは元々そういうものだけど。やっぱり大地震がいっぱいあったとこでしょ。そういうのもあるのかもしれないね。

去年の秋でしたか、新世界で三上さんがライヴやられたときに、観に行ってとても感動したんですね。3.11直後の日本っていうのは、最初は音楽なんて不謹慎だって声もあったり、あるいはひとびとが落ち着きを取り戻して音楽が聞こえてきた頃には、「がんばろう日本」みたいなね、口当たりのいい言葉でもってまとめられてたりとかね、そういうなかで、三上さんのライヴでは「この世界は終わる」とか、いわゆるマスメディアで流れてる言葉とは正反対の言葉を歌われていて、逆に勇気付けられたっていうのがあるんです。みんなが「悲しいよね」とか「頑張ってほしいよね」とかそんなことを言ってるなかで、「この世は終わる」と歌うことはすごく勇気があることだというか......。

三上:それはだからその、厳密に言うならばね、こうやって何年も経つとね、三上は学生運動を挑発してああいう時代の華だったいう、そういう捉え方もあるかもしれないけれども、実際70年代の頃もわたしは実はそうだったんですよ。要するに岡林たちとの学生運動にしてもそうですけど「冗談じゃないよ」っていうね。それもあったんですよね、わたしのなかで。そんなことよりも、永山則夫、中卒でひとを殺した男のほうが俺は大事だっていうスタンスでしたからね。そういう意味じゃ慣れてると言おうか(笑)、それが俺のやり方なんだろうなと思ってると思うんですよね。
 わたしはお茶の間のヒューマニズムというのは大嫌いでしてね。その「かわいそうだ」とか「がんばろう」とかいうのはいちばん無責任だと思うんですよね。世界中のヒューマニズムが戦争を起こしているって言ってもいいぐらいなわけでね、それは寺山さんがよく言ってましたよね。理性が戦争を起こすんだ、感情なんかじゃケンカは起こらない。ああいう世のなかのひとが同じ方向を見てるときってね、こう胸くそが悪いんですよね。

やはり意識されて歌ってたんですね。

三上:もちろんです。

......そっか、それは素晴らしいですね。

三上:そういうことをしていかないとね、気がついたら何も残ってないんですよ。やっぱりね、「冗談じゃねえよ」っていう。「ボランティアなんかやる暇あったら自分で仕事したらどうなんだ」っていうのがいまだに自分のスタンスですし。それとまったく同じように、三陸の漁師たちはね「俺たちといっしょに悲しもうとなんて思うなよ、てめえらはてめえらの仕事をすることが俺たちを元気にするんだから」って言ってて、ものすごくよくわかりますよ。
 要するにね、「かわいそうだな、がんばれよ」っていうひとはね、どこからも突っ込まれないわけじゃないですか。世界的なレヴェルで良いことになってるわけですから(笑)、人助けっていうのは。ところがね、「いちどでもそう言われたひとの身になって考えたことがありますか?」っていうね。「がんばれよ、大変だな」って言われることほどつらいことはないんですよ。自分が同情されるっていうね。それはプライドを拒否することでしょ、そのひとの。わたしはメディアがやってることは、ぜんぜん筋が違うと思いますよ。

あのヒューマニズムは、ほんと胸糞悪いですからね。

三上:迷惑してる。ひとを馬鹿にしてる感じがする。そりゃあ「ざまあみろ」と言う必要はないですよ。ところがね、形だけじゃ何にも進みません。何にも進んでないわけじゃないですか。つまりボランティアをやってるってことで少しずつ動いてるっていう社会的な風評があるだけで、ゴミひとつ取り除けてないわけでしょ。だからこの前総理官邸に三陸の小学生が5人ぐらい訪れて、ひとりがこう言ったそうですよ、「ほんとにやる気があるんですか?」、そういうことですよね。
 原発もそうですよ。わたしなんかも原発反対の運動もやってきましたけどね、それは何かおかしいんじゃないかって気がつくまでそれほど専門的な知識もないわけですし。いまごろになってね、雁首揃えたようにね、知識人たちやある種のひとたちが一生懸命署名してやりましょうっていうのはね、「じゃあいま働いてるやつはどうすんの?」とか、そういうことがまずないですよね。頭のなかに大きい流れっていうものがね。

ただ、いまこれを契機にして、三上さんの言葉を借りれば津波のおかげで、またいちど潰された市民運動がまた再生しようとしている機運も僕は感じているんです。

三上:それは絶対しないといけないですよ。こんなチャンス逃したらもうちょっとダメだと思うよ(笑)。

そういえば、永山則夫をテーマにした曲がファースト・アルバムに入っていますけど、三上さんは永山則夫のどこに共感するものがありましたか?

三上:まあ何て言うんでしょうかね、人を殺した男と同じ景色を見たっていうことでしょうな。

それはやはり津軽の。

三上:ええ、同じ環境にいたっていうね。

北の生まれっていう?

三上:ええ、もうすぐそばですし。彼の同級生とわたしが同級生だったり、そんなとこのやつか、っていうところじゃないですかね。だからね、市民運動でいまやらなきゃいけないことはね、「市民とは何か」なんだよ。
 日本のなかの市民意識っていうのはね、俺さっき言ったけれども百姓根性とかね、奴隷根性っていうもののね、それの反対ですよ。だからまだ市民になってないんですよね。市民っていう概念がまず日本にはないですよ。何となく、「いまやっとこう」なんだろうな、ってことになっているわけで。
 国民なんていうのは天皇しか使えないじゃないですか(笑)、大きい意味で言うならね。だから市民運度のトップに立った菅直人ってやつが何もできなかったわけですからね。考え直すべきですよね。政治にもプロがあっていいんじゃないかって。そして市民っていう概念は日本人の場合どうなんだっていうね。キリスト教の文化だったら神と自分ってことでわりと簡単に決められるでしょ。日本の場合は天皇と自分ってことで日本人の市民って概念を作っていくのか、「それもあんまりパッとしねえな」、とかね。いったいこれから日本人は市民とか個人とかいうものをね、どうやって確認しあうのか。もちろんわたしはうっすら感じてますよ、やっとできつつあるなっていうのはありますけれども、やっぱりそれは、そういう市民像っていうのがしっかりあって、「日本人にとって市民とは何か」って誰か作ってほしいぐらいだけれどもね(笑)、それではじめて運動になったり、改革になったりすると思うんですよ。まだ選挙民でしかないですから(笑)。

[[SplitPage]]

つまり中津川で歌ったときに、このまま世のなかにばっと広がっていくんじゃないかと思いましたよ。で、3年ぐらいその気でいたら、まわりを見たら誰もいなかったっていうのが、まあ現実でしたね。それはものすごくショックだったですね。

で、もうひとつ今日テーマにしたかったのが、三上さんが「田舎」というものをどのように考えてらっしゃるか、っていうのを聞きたかったんです。というのは、たとえばいまのミュージシャンの音を聴きますとね、シティ・ポップスが多いんですよね。シティ・ポップスが悪いとはべつに思わないんですけれども、たとえばアメリカだとカントリーという田舎の音楽が若いひとたちにいまも支持されている。ブルースなんていうのはまさにメンフィスの音楽であって、僕はデトロイトの黒人なんかと話す機会が多いんですが、彼らは北部の工業都市で暮らしていてもいつかはメンフィスの田舎に戻りたいという気持ちを持っているんですね。あるいは、イギリスだったらアイリッシュ・トラッドとかケルト文化が、ビートルズの曲にもレッド・ツェッペリンの曲にも、いまのテクノにも出てくるわけです。つまり権力に対抗するときに、欧米の音楽はいまも田舎を持ち出すんです。それが日本で「田舎」というと、「田舎もん」という言葉が侮蔑の言葉として使われているように、いっぽうで田舎は美化されながら片方では否定されているような、奇妙な意味を持ったものになってます。三上さんの音楽は、そういう意味では、日本が隠蔽したがる田舎を物凄く開放しているというか、さらけ出している。さっきも漁師っていうものが自分にとっては重要だからとおっしゃっていましたが、漁師が重要だというミュージシャンに初めてお会いしました(笑)。とにかく、三上さんには周縁化されてしまった「田舎」というものに対する何か強い気持ちを感じるんですよね。

三上:ありますね。その、何て言うんでしょうかね......。まず「田舎もん」というのはだんだんなくなりましたよね。要するにイギリスで「ジェントルマン」っていうのは「田舎もん」って意味らしいのよ。要するに3代も前のじいちゃんの三つ揃えを着て、こんな帽子かぶってるっていう(笑)。まあそれはいいとして、ミュージシャンにとってそれはいますごく重要な話ですよね。要するにね、ロックっていうのはほとんど田舎もんですよね。まずエルヴィスがそうでしょ、ジョン・レノンもそうじゃないですか。イモなんですよ。イモのパワーなんですよね、音楽って。

ハハハハ(笑)。

三上:ええ。土着のパワーなんですね。というのは音楽っていうのは元々作物ですから。やっぱり土地がないと生まれないんですよ。音楽って大根と同じですよ。それがいちばん顕著なのが声質でしょ。これは田舎の声なんですよ、わたしの声は。ジョンはね、アイリッシュとかケルトとか、あの声なんですよ。

イギリス人ではじめてロックを歌うときに、アメリカ訛りでなくイギリス訛りで歌ったひとがジョン・レノンって言いますよね。

三上:そうでしょ。あれも完全に田舎ものの声なんですよ。あの潮枯れしたようなね。エルヴィスなんかも南部の畑のなかで、音楽でカッコつけてたやつの声ですよ。よくいるじゃないですか、田舎で音楽でカッコつけるやつが(笑)。

黒人のブルースもまさに黒人訛りなわけですよね、南部の訛り。

三上:だって黒人の声なんていうのは完全にアフリカの作物でしょう。

ははははは!

三上:そうだと思うんですよ、わたしは。

たしかに(笑)。レゲエに至っては完全にジャマイカ訛りでね、ほんと堂々としてますよね。

三上:そういう意味で言うとね、音楽は都会からは生まれないですよね、だって作物ないわけですから。消費文化でできてるわけですから。でしょう? 世界に話広げなくたって、日本でもそうですよね。わたしのような声、それから九州の連中のような声。わたしはああいう甲高い声出ませんし、これはもう声聞いただけでわかるっていうぐらいですよね。どこの出かっていうのはね。だからわたしは「あんたどこ出身?」っていうのはね、声で想像を巡らすっていうのがあるぐらいですよ、ええ。
 田舎っていうことで言えば、それはねえ、どうなんですかねえ。結局日本はみんなね......わたしなんかも最近ふと気づいたことなんだけれども、やっぱりそれはあれでしょ、近代化っていうことでしょ。要するに明治維新が起きて、それまでは藩っていうものが、田舎がそこのポップだったわけですよね。標準語も何もない。
 そうじゃなくて、近代的になるっていうことは、なるべく同じヨーロッパ・スタイルと言いますか――まあヨーロッパだって普通に田舎だけどね、ほんとはね(笑)――そういうものにしようじゃないかっていうことで、自らが田舎を否定しようっていう流れに乗ってしまったんですよね。もっと詳しく言うならば、田舎にはね、死があるんですよね。ひとの死があるんですよ。近代化っていうのは死から遠ざかることだって言ったひとがいますけれども、死人からつき離れていく状態ですよね。田舎イコール死人ですよ。父が死に、母が死に、兄弟が死に、っていうね。都会ではやっぱり、そういう意味では死はないですよね。養老孟司も言ってたけれども、都会とは言ってないけれども、いまある死はただの「数」だってね。死ぬのは他人ばかりですよね。今日何人死んだって新聞に出ているのが死であって、あのおばあちゃんが、俺と同じ景色を見た母親が死ぬっていうのとは、死の概念がぜんぜん違いますよね。

たとえばイギリスなんかはね、アイルランド人とかってイギリスでは下層階級なわけですよね、白人でもね。主流では差別されてる。しかし、アイルランドとかスコットランドとかみたいなイギリスの上流階級が馬鹿にするようなひとたちを、「あいつらこそ最高だ、あのアイリッシュ・ソウルの素晴らしさを見ろ」っていう風にむしろ言うひとが同時にいるわけですよ、とくに音楽のシーンには。三上さんの音楽っていうのは、日本の近代化のなかで周縁に追いやられてしまったものを同じように取り戻そうとしているように感じるんです。

三上:これもっと話を広げるとね、結局東洋と西洋っていうものになっていくと思うんですよね。つまり仏教国とキリスト教みたいなことになっていくんじゃないかと思うんですよね。ていうのはアイリッシュなんかでも、元々は発祥はインドのほうですよね。東洋人なんですよ。これはヨーロッパのひとなんかもびっくりして。あの文化っていうのはやっぱりインドのどっかから発祥してる。ケルト民族なんていうのは、だから我々も不思議とわかるヴァイブレーションっていうものがありますし。日本の唱歌なんていうのは、ほとんどアイルランド民謡ですよね。

ああ、そうですよね。スコットランドも多いですよね。

三上:何でアイルランドなんだろうと考えたら、血が呼び合うっていうんですか(笑)。結局我々はいま、どっちを選ぶべきかになってるんですよね。いま田舎ってものをもういちど見直そうってなるってことは、大きい意味ではヨーロッパ的な洗練された文化っていうものの反対を見ているわけですよね。反対ですからね、都市と田舎っていうのはね。田舎っていうのは土着的であり......もっと言うと、科学なのか自然なのかですよ。簡単に言うと。

しかもまた都会っていうことで言っても、三上さんが住まわれた60年代や70年代の東京といまの東京ではまるで違いますからね。

三上:そう、そう。ただわたしは、土着がサイエンスだと思ってるんです、わたしはね。それは無知なだけで、我々が。
 わたしが田舎に帰りまして非常に面白いこと発見しましたのはね、青森津軽町にイタコっていうのがいるんですよね。シャーマニズム的な。わたしはそういうものが嫌いで東京に出てきたわけですけれどもね、ところがあるとき何かの取材でそういうことをしたら、イタコが何かこういうことをやってるわけですよ。ひとがこういっぱいいて、で、わたしの隣にね、50ぐらいのひとかなあ、まあ百姓の親父が寄ってきましてね、「どうやってやるもんですか、どうやってイタコの話を聞けるんですか?」と。だからちょうど5~60代のひとはやり方がわからないんですよ。昔のばあさん連中は行って、イタコの前にいくらか出して「お願いします」って言えばやってくれるんだけど、そのひとは知らないわけだな。そういう文化にいないし、また忌み嫌ってたっていう。その男にですね、ばあさんの前に行っていくらか出せばやってくれるんじゃないのって言ったら、「ああそうですか」って言って、イタコのところに座って千円札かなあ、それを出して、座ったと途端に「わー」っと泣き出したんですよね。その親父がね。そのときにね、これはある種天然の都会だなって思ったんですよ。
 要するに、想像するに彼は百姓の長男で母親を亡くしてるわけですよ。ところが百姓のうちっていうのは個人の部屋がないんですよ。ひとりだけでこもるなんてことがないんですよ。ガラガラなわけでしょ。で、長男は泣いちゃいけないんですよ。田舎の長男は母親が死んでも泣いちゃいけない。泣く場所がなかったんですよ。だからやっと泣けるわけだ。だから、イタコの前で泣くことには誰も後ろ指を指さないわけね。要するに気持ちの便所ですよ。それは音楽と同じですよ。音楽聴いて泣くのはいいんですよ。ところが一歩外に出たらね、泣いたら負けるんですよ。弱みと受け取られますからね。ちゃんと都会で音楽があるように、田舎には泣いてもいい場所がちゃんとあるんだっていうのは、これは非常に合理的ですよ。

ゴスペルと同じような社会的な機能をしているんですね。

三上:でしょ? 泣いてもいいんだと思うんですよ。決してそれは人生に負けたことでもないし、闘いを放棄したわけでもない。

行き場をなくした感情を開放してるんですよね。

三上:そういうことですよ。つまり、ガス抜きですよね、ある種のね。

なるほどね。で、そういうことで言うと、三上さんがよくシュールレアリスムという風に昔おっしゃられてますけど、それこそ初期の頃の曲には、それこそ、「チンポ」「まんこ」「センズリ」......。

三上:近親相姦。何でもあり。さすがにカニバリズムはね、あれは都会のもんですから。うちらは畑に撒くものですから(笑)。

はははは(笑)。とにかく夥しい放送禁止用語のリストがあるわけですけれども、これも田舎と同じように、タブーに挑戦していたというか、表現における自由の限界を試していたようにも思うのですが。

三上:そうですね。まあ......シュールでもダダでもね、要するにヨーロッパのああいう芸術運動ってのはね、ほんとに土着みたいなところから出てるんだよね。日本に来たりすると何かカッコいいものに見えたりしちゃうけれども、ああいうある種のデタラメって言うんですか、起爆力って言おうか、新しいものが。で、俺が使ったのもスラングでしょ。つまり日常会話じゃみんな言ってるわけですよ。

そうですよね。しかもこれだけ時間が過ぎたいまでもパブリックになると包み隠されてるっていうね、おかしな話で。

三上:そうですよ。だからそれは自負がありますね。わたしからだろうな、こういうことをやったのは。それまでは、音楽の作詞っていうのはちゃんとありましてね、まず「センズリ」なんていうのは歌詞じゃないっていうね(笑)。わたしが歌う前はそうでしたよ、ちゃんと歌詞の作り方があるんだみたいなね。それが寺山さんの一言でね、「いや、いいんだ」っていう。そういうスラングでいいんだっていう。それはほら、寺山さんなんかが洗礼を受けたビートニクなんかがちょうどね、アメリカ60年代であって。それまでもギンズバーグ以前でも、ファックだのプッシーだのやってませんよね。それもわたしのあれも外来なんですよね。いきなりじゃなくて。筋というか流れで言えば(笑)。

それにしても「キンタマは時々叙情的だ」は名文句ですけどね(笑)。

三上:それはまあそうですよね(笑)。だからあの当時の現代詩なんかは、「キンタマ」でも「女陰」でもそういったものがアカデミックな使い方をされてたんで、そこでああやって金玉を叙情的にしたんでしょうね。まったく遠いものを。

ははははは。何でしたっけ......「荒波や 佐渡に横たふ わがチンポ」とか、最高っす(笑)。

三上:ひどい歌だよね(笑)。

僕、すごく感心するんですけど、あれだけ「オマンコオマンコ」っていう、「女なんてやっちまえばいいんだ」っていう。ああいうのもひとつの逆説なわけじゃないですか。

三上:まあそうですわな。

パラドックスですよね。日本社会の封建的なものに対する逆説的な表現としてあって、で、ちゃんと三上さんは中山千夏さんという、あの当時のフェミニストの代表格のひとりにもちゃんと理解されてるんですよね。中山さんのアルバムに参加してますもんね。

三上:だから千夏なんかにもさ、「結局寛しかいないね、女のことちゃんと考えてくれてるの」なんて言われて。わかるやつにはそうなんだよな(笑)。わかるやつって言っちゃあおかしいけれども。

それを考えると、いま大衆文化の空間で話されているボキャブラリーっていうのは、ずいぶん見事にまた統制されてきてしまってるんじゃないかっていうね。

三上:そうですね。いまのポップスがこういう風にちゃんとなっていけばいくほどね、結局、「いったい何が失われていくんだろうな?」っていうのを考えるとね、意外とね、本当の意味でのエンターテインメントっていうのがなくなっていくんですよ、これが。不思議なことに。わたしはアンダーグラウンドっていうかサブのほうでやってきた立場なんでしょうけれども、わたしはエンターテインメントの視点っていうのは忘れてないんですよ。あれはあれでまた、狂気っていうものがないといけないし、やっぱりこのままだと第二のマイケルなんて生まれないだろうっていうぐらい。マイケルだって相当おかしいやつですからね(笑)。

黒人音楽の芸当に対する思いはすごいものがありますからね。

三上:でしょう。それが表現以前に、何て言うんでしょうかね、エンターテインメントってことは、わたしももちろん他人事じゃ言えませんけどね、我々との結びつきって言いますか、アングラとの太い絆って言いますか(笑)、あるんですよ、これが何となく。

たしかに三上さんのステージを観ると、エンターテインメントってことをすごく意識されている。

三上:意識しますよ。そこがギリギリわたしがノイズ・ミュージックと離れる部分でね。やっぱり完全なアートになりすぎないっていう。それはやっぱり街のもんだっていうのがありますよね。エンターテインメントっていう考え方がこれを支えてくれてるっていう、どこかでね。オールアートって行くとあれはやっぱりどこか閉じこもって、2、3年かけてCD1枚作ってさ、「どうだ」っていうので気が済むわけですよね。それはちょっと違うんですよね。やっぱり自分を支えた言葉っていうのは、全部エンターテインメントのひとたちですよね。わたしを支えてくれたのは。

寺山さんも歌謡曲やってますしね。

三上:寺山さんもそうですしね、モハメド・アリの「チャンプ、次はいつの試合だ?」って「町のひとと相談する」というのも「いいなあ」って。アリが「次のボクシングの試合はいつだ」っていうのを聞くのはプロモーターじゃないっていう。町のひとに聞くっていう、「これは何だろう、町のひとと相談するのか」って。「そうか、町でいいんだな」って思ったり。それはいろいろありましたね、エンターテインメントとかそういうものに支えられたっていうものはありますよね。

なるほど。そのエンターテインメントの変遷で言いますと、三上さんは「ストリッパーはいない」と歌われてますけど、やっぱりストリッパーとAVとの確固たる違いっていうのはあると思いますか?

三上:そうですよ、それは手書きとワープロの違いみたいなもんじゃないでしょうか(笑)。

ははははは。

三上:要するにストリップにはほら、死があるじゃないですか。バッと開いてさ、あそこで生まれるものはエロスっていうか、死があって。AVには想像力とかね、そういうものが必要でしょ。死っていうのはまたちょっと違うよね。だからエロスつうもんでもないような気がしてますけどねえ。うん。あれはある種こちら側の想像力で成り立っている世界であって、そのものがどうのっていうもんじゃないですよね。まあもちろんストリップもたしかにそうだけれども、ストリップはもっと強引でしょ。想像を拒否するわけじゃないですか、だって、バカッと開くわけですから(笑)。「参りました」しかないわけでしょ(笑)。

ハハハハ! ほんとそうですよね(笑)。

三上:そういう部分かもしれないですよね、エンターテインメントっていうのはある種強引に語りかけていくっていうのがあるんじゃないですか。観客を圧倒しちゃうってことじゃないですかね、おそらく。独裁ですよね。

はははは。三上さんの音楽っていうのは「怨歌」という言葉で形容されてますけれども、そもそもその言葉はどこから出てきてるんですか? 

三上:その論争が起きたのがちょうど70年代ぐらいなんですよね。「演歌とは何か?」みたいな。誰もそんなものを一流誌で議論する以前の歌だったわけでしょう、あれは民衆の歌、まさに漁師だったり百姓だったりが聴く音楽であって。もちろん都会のひとも聴く。そこにインテリたちが入り込んできたわけですわな。「演歌とは何だろう?」、「怨みなのか? 演ずるなのか?」と。それは五木寛之さんなんかが入ってきたことで。ヤクザ映画なんかもそうですよ。何かいままでサブカルチャーというか、下々のものだったものが、さっきの質問の通り「この力は何か?」ってことですよね。みんな気になっちゃったんだと思いますよね。
 で、あの当時それからだけども、大衆演劇なんて観に行くやつをみんな馬鹿にしてたものでしょ。つまり、踊って村祭で行くひとたちを。いまやもう歌舞伎座で公演やるぐらいになるわけじゃないですか。インテリがやって来るわけですからね。それは嗅いでるわけですよね、力をね。きっと。だからいまの話が全部繋がると思うんだけれども、パワーだったり、死だったり、自分の遠い遠いルーツだったり。つまりひとっていうのは自分のなかに物語がないと生きていけませんよ。どんなひとでも。そのネタがないんだよ、いま。それが「田舎」だったりね、そういうもののなかにあるんですよ。いままで差別したり軽蔑したり蔑んできたもののなかに自分たちの物語があるんですよ。それらを無視してきて、物語を作れなくなって、それで占いブーム宗教ブームでしょ。代わりにストーリーを作ってくれたものに黙って入っていけばいいわけですから。そしてそれも崩壊するわけでしょ。そうすると、もちろんコンクリートの上でも物語ははじめられると思うけれども、人間ってもっとヤワですから。だって我々の腹を切ったらもう臭いんですから。ただの糞の塊ですよ。だからそういうことに気づいてきたっていうことですよ。でないと物語を作れない、自分を成立できないんですよ。

[[SplitPage]]

日本中から集まった百姓のせがれたちの感覚じゃあ、無理だったんじゃないでしょうかねえ。世界の動きっていうのは、インテリ指導と言いますかね、そこそこ毒を持ってた連中ですよね、そういう連中が起こしたムーヴメントに、やっぱり格好だけじゃついていけなかったっていう。

なるほど。で、そこにその「怨み」という字を乗せられてるわけですけども、作者自身として自分の音楽を形容するのに当たっていると思いますか?

三上:これは自分でつけてないですよ。自分から言うとね、これは「怨歌」どころじゃないね。つまり怨みどころじゃないですよ。

ははははは。

三上:それは誰かが言ったんですね。誰も彼もが演じてるんじゃない、怨み歌であるであるっていう。もしかしたら深沢七郎さんかもしれないですね。深沢さんがね、わたしが初めて本出したときに、帯にこう書いてくれたんだよ。「この三上の歌は、怨みの歌である。これはいままでの文学にはない世界だ」と。おそらくそこで初めて三上は怨みだってそういうことになったんだと思いますよ。

深沢七郎さんと三上さん、土着的な文化を使って権力に抗するというか、すごく共通してると思います。

三上:そうです。わたしの心の師ですよ。

とくに1990年以降の三上さんの作品に感じるんですけど、やはりそのブルースやジャズなんかに混じって、仏教の声明であるとかね、浄瑠璃みたいなものとか――声明が日本の音楽のはじまりだって説がよくありますけれども、ああいうものとのブレンドっていうものを感じるんですけど、それは意識されてるんですか?

三上:それはもちろん。わたしはブッディストというか仏教を信じてる立場としてもそうなんですけれども、ただ、声明やあの辺との自分との接点っていうのはまずないですね。もしあるとするならば、万葉集とかのほうが、勉強はしてないけれどもあるかもしれないですね。要するにあれ全部歌ですから。あれは字ではないですから、みんな声に出して歌っている。そういう意味で、ヴォーカルってヴォイスっていうことであれば、万葉のひとたちの作品とは通じているけれども、仏教のああいうものっていうのは全然あの......まあ声仏事をなすって言葉があるぐらいで、声も生き物であるってことから来てるんでしょうけれども、あまり詳しいことはわからないにしろ、形作られるところではね、わたしはむしろそっちに歌を感じる。音楽的に聞くと。

でも演歌の節回しは声明から来てるってよく言われるじゃないですか。

三上:そうですかねえ。それはまあ、そうだと思いますよ。要するに仏教で言うね、妙音菩薩っていうのはどもりっていう意味ですからね。要するに汚い声っていうのが仏になるわけですから。仏教ってみんなそうじゃないですか。泥のなかに咲く花があるとか。美は乱調にあるとか。要するにダメなものがいいっていうのが仏教でしょう。西洋音楽の教会音楽みたいに、「あー」ってまっすぐ行かないんですよ。必ず「あーあーあーあー」ってどもらなきゃダメなんですよ。

なるほどなるほど。

三上:汚い声じゃないとダメなわけですよ。十分そこでロックじゃないですか。わたしは釈迦なんてのは一世一代のロック・スターだと思ってます。あれは不良ですから。

空海はヒッピーですか(笑)。

三上:空海だとあの辺だと多少エリートの匂いがしますけどね。まあわたしは創価学会でも何でもないですけど、わたしは日蓮が好きでしてね、あのひとだってまさにエタの子ですからね。だからいちばん下のひとですよ。そこでしびれるわけですよね。

なるほど。いま仏教の話が出ましたけれども、90年代以降の三上さんは、やはり独特のスタイルを作られたと思うんですけれども、何をヒントに、どのようにあれは生まれたものなんですか?

三上:あれはね、結局ね、80年代、三陸のライヴ盤っていうのはやりましたけどね、80年代にほとんど曲もできてなかったんですよね。実際新曲がないわけで。ところが何かの拍子でね、80年代後半からいわゆるオタクというものがわたしの前にも現れるわけです。レコードおたくというか、コレクターと言いますかね。
 70年代というのは同じような世代のやつらと同じような空気を吸って、作ったやつを聞かせてっていう、まあ丸ごとそれでいってたんですよ。ところが10年から20年近く経って、まったくわたしの知らない少年が、いちどに全部にわたしのことを知るわけですね、音楽で。わたしが研究されてるんですよ。癖とかをね。「あ、これはもうバレてるな」っていう感じでしたね。いままでのわたしの曲の作り方が。「こう来るか、じゃあもう1回わからなくしてやろう」っていうのがありましたね。

ほおー。じゃあまあそれが最初にあったんですね。

三上:それが最初。いままでのように物語性もないし、キーワードもすごく個人的なものになるし、それはもう賭けでしたよ。「絶対あるはずだ」っていう。さっきの市民意識じゃないけれども、「ひとりをどこまで深めるか」ですよ。音楽を聴くリスナーと、一対一ですよ、ですからね。わたしが90年代でやったことは。たったひとりのため、あるいはたったひとりの歌い手でいるため。もちろん客は何人かいるとしても。90年代はそれでずっとやってきましたね。一対一でどこまで音楽が力があるのかという。どの領域まで詰め込んでいけるのかというね。音と言葉で。
 いま一対一って言ったけれども、それも前フリがちょっとあってね。それはね、ちょうど90年代に入る前ぐらいにね〈曼陀羅II〉でライヴをずっとやってましてね、そのときに親子で来た客がいたんですよ。つまり70年を生きてきたお父さんと、17歳の子がお父さんの書斎からたまたま俺を発見して「このひと聴きに行ってみたい」っていう。親子で来たことがあるんですよ。そのときにね、「俺はどっちを向いて歌えばいいのか」っていうような感覚だったんですよ。だからつまり、「70年代の空気を吸ったやつらの多少の思い出の苦味を含めて歌うべきなのか?」、まあ言い方でいうならばね、「それともいま俺が感じてることを17に向かって歌うべきなのか?」という、迷ったんです。で、そういうことが何回か続いて、俺は誰に向かって歌うかっていうことに迷っちゃったのね。つまり、70年代は70年代で良くて、そのままテレビやったりいろんなことして、ちょっと変えていこうかなと思っていた矢先にそれでしょ。それでね、結局考えて、「あっ血だな」と思ったんだよね。この親と子どもと同じものに訴えかければいい。それは血というものだなと。
 それは80年代に意識としてありましたね。だから三陸なんかに行ったのも多少ありましたし。それで90年代以降のアルバムっていうのは全部北海道で作ってるんですよ。アイヌ民族のわたしの友人と。自分の血のルーツ、行き着くところはどうしたってアイヌですよね。
 アイヌっていうのも元々はヨーロッパのひとたちなんだけれどもね、調べると。だけどそのなかに、早い話「俺の血」があるんですよ。親がいて、じいちゃんがいて、そのじいちゃんがみんな漁師だったと。みんな北海道にいた。で、みんなアイヌと暮らして、ばあちゃんがハーフと結婚して。だから俺も何十分の一か入ってるわけですよね。そういうものを探していって、あのとき見た津波の不思議な景色であるとかも、そういう能力なのかもしれないし。そういう予知するような能力。っていうものかもしれないし。それは北海道に行って、70年代に作ったものっていうのを再認識というか、はっきりわかったんです。だからいまは意外とそういう迷いはないですね、自分の居場所として。

じゃ特別なトレーニングとか研究とか、そういうことじゃなしに――。

三上:なしですなしです。

いまのスタイル、あのギターのフレーズから――。

三上:フレーズから、言葉の選び方とか。だからそれは全部ステージの上で作ったんです。いちども練習はしなかった、わざと。もうとにかく、そのときわかるものを身体に覚えさせなきゃいけないっていう。だからお客さんに喜んでもらったっていうのは救いだけれども、「何だこりゃ」でおきゃくさんが非常に離れた部分もあるんですよ、最初はね。
 だいたいアコースティックで曲を書いたでしょ。すると電気っていうものがどういうものかわからなくなっちゃって。だから「電気っていうのはわからないけれど」って歌ってるわけですからね。ちょっと待って直すからっていう。だからそういうことにお客さんも付き合ってくれたのはすごいと思うんですよね(笑)。それは前の世代だと「何やってんだ三上、ひっこめ」で終わるんだけれども、若いリスナーって――。

三上さんは、まあ、CDやデジタルに対しても相当警戒心を抱かれたようなので(笑)。

三上:ありましたね(笑)。(音楽が)「信号なわけねえだろ」っていうね。

ははははは。

三上:だから「信号じゃねえだろ」と思いつつも、「狼煙かよ、じゃあ俺の十八番じゃねえか」っていうことになっちゃうんだな、デジタルっていうものにものに対して、0101ですからね、元々。こういうものはさ。

狼煙?

三上:狼煙でしょ。消えるか落とすかで昔は連絡取ってたんですから(笑)。いま狼煙ですよ、携帯も何もかも全部。そういう意味じゃかなり「わたし寄り」になってるというか(笑)。

なるほど(笑)。

三上:ということは十八番じゃない、原住民としては(笑)。

[[SplitPage]]

歌い手、ものを作る人間の予感ですよ。予感のないアートはダメですよ。アートはね、後付けじゃダメ。政治とかジャーナルは後付けだけどね、アートは先に行ってそこで「まさか」って言われるんだけども(笑)。誰でもみんなそうですよね。

なるほど(笑)。ところで三上さんの歌には、多くの固有名詞が出てくるじゃないですか。木下明夫とかね。古谷くんとか弥吉とか落合恵子とか(笑)。あれはどういうような意図なんですか?

三上:要するにね、固有名詞ってね、ある種浄化みたいなものでね。ある種リスナーに対する拒絶ですよね、ええ。つまりテクニックとしてはね。ただね、リスナーに対しての拒絶なんだけれども、そこで諦めないんですよ、いまのリスナーっていうのは。その固有名詞にあるね、まあ三上なら三上の等身大の見方を想像していくんですよ。
 だから日本のお客さんがいないとあれできないですよね。俺のいまのやりかたって。固有名詞がいままで拒絶していままで使われてたんだけれども、放射能じゃないけど、そういうものを乗り越えていく感覚っていうのが日本人はあるし。また俺本来言葉ってね、固有名詞の羅列なんじゃないかと思うんだよね、意外と。

あの、外国の歌って固有名詞が出てくるじゃないですか。ひとの名前が。でも日本の歌でひとの名前が出てくることってあんまりない。まずありえないですよね。

三上:そして、アメリカの映画でもヨーロッパの映画でも、我々が観るでしょ。すると字幕があるけど、ヒアリングが優れてるひとはどうか知らないけれども、わたしなんかだと何言ってるのかほとんどわかりませんよね。全部ひとの名前ですから。ジョージが何したとか、ジャックが何したって話でしょう。あと行くか行かないかぐらいは小学生でもわかるから、あと80パーセントぐらいはひとの名前呼び合ってますからね。ジョージがどうしたとか、あいつがどうしたとか、どんなギャング映画でも。それと同じですよね。だから結局無意識にでも想像してるわけですよ。固有名詞の意識でね。

外国の方って、知らない分サウンドとして聴くからわかるんですよね。

三上:そうなんですよ。固有名詞を使えば使うほど、外人には伝わるっていうのはこれも不思議なんだよなあー!

ゆらゆら帝国っていうバンドをやっていた坂本慎太郎くんっていますよね。彼と昔飲んだときに「三上さんは海外ですごいんだよ」ってことを僕に教えてくれたんですね。それを聞いたときは意外に思ったんですね。三上さんは言葉が面白いから。でも、実際、海外からも作品を出されているし、よくよく考えれば、三上さんの好きなコルトレーンなんかもそうですけど、ものすごく土着的なものを追及していくとユニヴァーサルになっていくっていうか、そういうことなんだろうなと思ったんです。海外に関しては意識されたんですか?

三上:うーん、意識したのはねえ、昔は何と言いますか、文化的なナショナリストと言おうか、「てめえらにわかるわけねえだろ」っていうのがスタンスだったんですよね。

はははは。

三上:「わかってたまるか」っていうね。それが70年代ごろの私のスタンスで。実際あの当時はドラッグ・カルチャーっていうか、アメリカのインテリたちがみんなインドに行ってた時期で。そこそこレヴェルの高い連中は一回新宿にいたんですよね。だからそういう外人を見てきてるから、「てめえらにわかるか」っていうね。あるときね、ピンク・レディーの振り付けか何かでたまたま俺のライヴ観に来たやつがいて、「お前、いますぐニューヨークへ行こう!」って(笑)。それが24~5のときですからね。そういう意味では、なめてかかってたっていうか。それでずっといたんですけれども。
 ですから最初にヨーロッパに来ないかって言われたときも、破格のギャラをね提示するくらい思い上がってたっていうかね(笑)。意識も何もあんまりなかったんだけれどもね。ところがね、アイヌ民族と自分の血のルーツってことを考えていろいろ部落を回ってみたり話を聞いたりして、それでネコヤナギっていうのが物凄くキーワードになってるんですよね。

ネコヤナギ?

三上:はい。ネコヤナギってアイヌ民族のキーワードになってるんですよ。なぜかと言うとね、川端に咲くんですけれどもね、キラキラとパール上に光るんです。それが大きくなるとネコヤナギの木を5センチぐらい切りましてね、それを乾かして、イナウっていうのを作るんですよ。だから日本で言うと何て言うんですか、神社にこうついてるのがあるじゃないですか。あれと同じようなのでイナウっていうのがあって、それをネコヤナギの木で作るんですよ。ナイフを曲げてきゅうっと縮れさせて、作るんですよ。
 ネコヤナギのツアーを10年北海道で毎年やりまして。そのなかでぜんぶ曲を考えて。で、やっていくうちにそういう話が来て。「じゃあヨーロッパにネコヤナギ見に行く」っていう。どうせアイヌなんてヨーロッパから来たんだからね。それがあったんですよ。そして初めてパリに行くと、あのセーヌ川の領域っていうのは、もうわーっとネコヤナギだったんですよ。

へえー。

三上:それで筋が通ったの。だからそれが自分のなかで10年間の遠心力ですよね。ぐーっと置いてどーんと行った感じですよ。だからアイヌ民族の血の流れですよ。そういう意味じゃ、きっと。流れで言うならばね。戦略的なものも多少あったにしろ、自分のなかじゃそういうことになってますね。で、向こうのひとなんかネコヤナギなんてまったくみないですからね。「ネコヤナギ? 何だその木は?」って全然興味ないですけど(笑)。

ハハハハ。

三上:そういう導きみたいなものがありましたけどね(笑)。

ちなみにパリで出したアルバム......2004年の『Bachiー撥(ばち)』ですか、あと、2009年にも出してますよね。『Nishiogi No Tsuki』とか。

三上:うんうん。2枚出しましたね。

現地でライヴもやられてるわけですよね。

三上:やりました。

どのようなリアクションなんですか?

三上:だから最初にね、レコーディングしたときに......『撥』のときですね。録音するじゃないですか。するとね、いままで聞こえていなかった音がいっぱい入っているわけよ。ていうことは、エンジニアが聴いたとおり録音されているわけじゃないですか。たとえばその「青い空」って歌ったときに、意味の分だけ音が引かれてるんですよね。「青い空」ではわかっちゃうわけですから。ところが「青い空」っていう意味を知らないと、「あ」「お」「い」「そ」「ら」っていう音になるわけじゃないですか。しかし我々は、無意識に意味の部分でまとめてるんですよ、輪郭をつけてですよ。意味がないと、「あおいそら」ってこんな声を出してるんだな、ってことに物凄くびっくりして。それでさらにさっきの固有名詞に対する自信もそこで深めたんですよ。

なるほどね。

三上:「やまだひろし」、「きのしたあきお」、微妙に違うわけじゃないですか。それでこっちが固有名詞だと言わないにしろ、絶対薄く匂ってるはずですよね、名前から。
 これも非常に感覚的なことかもしれないけれども、わたしは物凄くひとの名前を覚えにくいんですよ。だから自分の言葉にするまで、たとえば「山田一郎」でも半年ぐらいかかっちゃうんですよ。これは変な感覚で。やっぱり最初からそういうものとして捉えてるのかもしれないですね。ひとの名前が一番ねえ......一度覚えたら自分のなかにぱっと入ってきて、物語の仕組みを作ってくれるひとっていうと変なんですけれどもね(笑)。

なるほどねえ。

三上:これはだからまあ......謎っていうか、隠してるわけでも何でもないんですけれども。不思議ですよね。たとえば人名でも土地の名前でもいいから、固有名詞に力があるんだったら全部羅列でラップでもやってみようかっていう。でもこれはまったく違う話ですよ。それを「固有名詞でございます」って周りで仕掛けてやらないと、固有名詞にならないですよ。ばーっとやったからって、誰も固有名詞と思わない。いかに固有名詞で、そこを浮かせないとね(笑)。
 だからこういうことかもしれないね。拒絶させたと見せかけて、入り込む、あるいは入ってもらうっていうね。これは隠しですよね。意外と。だからね、音楽には絶対隠しがないとダメ。

トリックみたいなものですよね。

三上:ええ。でないと、風化しちゃうんですよ。つまり権力、お上、既成事実に吸い込まれちゃうんですよ。だからわかるやつにしかわからない部分がないと。

隠語みたいなものですね。

三上:隠語がないと。ちゃんと「訓練がいる」っていう風に緊張感を持ってないと、音楽っていうかありとあらゆる芸術はここまで伸びてこなかったと思うんですよね。力のあるものは壊すことができるわけですから。

それこそ日本の大衆音楽に「うたごえ運動」()があったことを忘れちゃいけない、ってことをおっしゃられてましたけど。

三上:それだよ。だって全部バレちゃったらさ。

とは言え僕は、三上さんの言葉からはこう漠然としたイメージというか、「どうとでも取れる」ってものではなく、ある方向性というものはすごく強く感じまして。近年の作品に。たとえばまあ、それこそ「丘の上で転んで乞食に笑われる」とかね。あるいは「覚えたての英語を忘れる」とかね。何かを失っていく感覚。それは先ほどから言われている死っていうことに繋がるのかもしれないですけれども。

三上:100パーセント伝わってるっていうかね、お互い入れ替わることができるんならそうですけど、それはないですよね。音楽っていうのは完全に入れ替わることはできない。それはありますよね、おそらくはね。

入れ替わるっていうのは?

三上:要するにつまり、わたしはね、人間のなかにある語彙っていうものはね、同じだと思ってるんですよ。わたしが知らない言葉をみなさんがいっぱい持ってるだけでね。言葉の仕組み、ひとのDNAを支える言葉のロジックというものは、それを支えている言葉っていうものは、まず立って歩いている限り、みんな同じだと思ってるんですよ。
 大学の先生が多いっていうわけではなく、たとえばうちのじいちゃんなんて本なんか読んだことあるかっていうか、まず字が書けるのかよっていうまさに無学なひとだったですけれども、それでも何万という言葉を持ってるわけですよね。魚の動きから、風の流れ。それはわたしがわからないだけで。で、残る言葉、自分を支えているっていうか気になる言葉っていうものが同じではないにしろ、配置が同じだから気になるんじゃないですか。この言葉を歌ったとか、あるいは「何でここにこういう言葉があるの?」とか(笑)。で、「何でここにこういう言葉があるのか」っていう、自分の番号とあってるんじゃないですか? そこに反応してるんじゃないでしょうか。


(注)
「うたは闘いとともに」、1950年代に日本で大きく展開された、おそらく唯一の政治的な大衆音楽のムーヴメント。三上寛は自分の音楽の源流のひとつをこのうたごえ運動にも求めている。

[[SplitPage]]

田舎にはね、死があるんですよね。ひとの死があるんですよ。近代化っていうのは死から遠ざかることだって言ったひとがいますけれども、死人からつき離れていく状態ですよね。田舎イコール死人ですよ。父が死に、母が死に、兄弟が死に、っていうね。

ある種の虚無であったりとか、うまくいかなさ。たとえば寺山修司さんはね、ニヒリズムってことをよく言ってますけれども、そういうニヒリズムみたいなものっていうのは、三上さんのなかで意識されてるんですか?

三上:それはあります。いや、わたしはニヒリズムありますよ。スイスのジュネーヴにね、わたしはライヴでそこに寄るんですけれどもね。そこの連中がネットで配信するわけですよ。わたしの音楽はね、彼らにとってはね、究極のニヒリズムなんですよ。ジュネーヴとかね、いろんな人間見てるでしょ? いろんな人種がいて。でね、説明を見ますとね、「究極のニヒリズム」だって。

ああ、書かれるんですね。

三上:それは実際わたしの出発はそこなんですよね。それはね、本に書いたんじゃないかと思いますけどね、15歳のときに父親が死んだんですよね。そのときちょうどいまごろ、雪が降っていて。15歳ですよ。父親が死んだ、って聞いて、死んだんだなあって。病院の外行ったら雪が降ってて、何も変わってなかったんですよね、世界は。わたしにとって父親が死ぬってことは全部の崩壊ですよ、価値観から何から。死ぬと思ってなかったですから。それはね、まさに恐ろしいまでの虚無感ですよね。ニヒリズムですよね。
 ただわたしはニヒリストではないかもしれないけれど、わりとその虚無からはじまってますよ。わたしの音楽的な出発点はまずそこで、それはトラウマじゃないけどそういう風にまず感じてしまったから。それを超える思想にも哲学にも会ってますね。それを受け入れながらいきてますよ、いまはもちろんね。うん。
 だから「もっとも行動的なやつはもっともニヒリストだ」って言葉があるんだよね。これはまさにそのとおりだよね。何か欲があったらね、行動って限定されますよ。ニヒリストっていうのは行動が無限ですよね。変な話はじめからやる気ねえんだから。

ハハハハ!

三上:変なことになっちゃったけど(笑)。だからいつでもね、やる気ができると言おうか、さっきの話じゃないけど、「何か落ち込まないなあ」っていう。それは最初から落ち込んでるのかもしれない(笑)。
 だからニヒリズムってね、もうちょっと馬鹿らしいですよね、ある意味ではね。いまの子たちはね、あれですよね、答え探しですよね。世界中のあらゆる情報があるのに、自分ひとりのたったひとつの言葉を探せないで悪戦苦闘しているんだと思いますよ。要するにね、思い込めない世代ですよね。たとえば僕らは何もなかったから、答がなかったらてめえで勝手に答を作って思い込むんですよね。そういう処理の仕方ができたんですよね。ほとんど思い込みでオーケーだったわけですよね。ところがいまは情報でその思い込みが、自分の思い込みとまったく違うっていう裏がちゃんと出てきたりする。これも違う、あれも違う、だけど答は探しているからあるんでしょうね。疑問と答っていうのは、脳のなかでは同じらしいじゃないですか。ぽーんといっしょにはじまって真んなかで繋がるっていう。だから物凄く複雑で、さっきのデジタルの話みたいに、狼煙なんていちばん単純な伝達方法なんだけれども。だから選択する、チョイスするっていう新しい革命っていうか、頭のなかで。だから何でしょう、誤訳・誤読・思い込み、そういうもので伝達したほうがまだわかりやすいって気がしますけどねえ。でもそれが作れない。もっとも核になる言葉が作れないっていうか。だからインスピレーションがなくなるんですよね、情報があるから。考え込んじゃうんですよねえ。だからインスピレーションって非常にわがままなものでしょ? 

いまはみんな何が怖いかって言うと、貧乏が怖いんじゃないのかなって思うんですよね。

三上:わたしなんかはね、まあ極貧だったからね。貧乏って言ったらね、いまの若い世代について言うならばね、消費社会のなかで育ってるわけでしょ。ものを買わなきゃいけないっていう半分強迫観念っていうか。ものを買うっていうことで自分を作ってきたわけじゃないですか。わたしはね、むしろ「いつか反乱を起こせ」って言ってるんですよね。

ああ......UKの去年の暴動がまさにそうですよね。

三上:そうですそうです。みんなね、欲しくて買ってんじゃないんだよな。あれは自分の呼吸と同じように、ものを買うっていうことで自分の暮らしが成り立ってる。だから金が欲しいんでも、貧乏が怖いんでもないんだと思うんですよ。そういう風に改造されちゃってる。完全にダメにされてる。ロボコップじゃないけど(笑)。「買いなさい」っていう。

でもそれがいま行き着くところまでいって、消費社会の暴走した結果が、たとえばUKの暴動なわけですよね。

三上:そうだね。俺はだけど、人類は突然変異っていうのが出てくる可能性があるからね。まったく違う観念っていうか。それで人類がここまで来てるわけだけれども。だから期待しているって言うとちょっと何だけれども、やっぱり180度転回するような、ショックなことがあるかもしれない。
 まだ震災から1年も経ってないんであれだけど、これがじわじわと来れば。いま、「結婚なんてどうでもいいや」っていう若いひとたちが、結婚しはじめたりしてるじゃない。ああいうものを見ちゃうと、「何だろうなこれは?」と思いますよね。だから「ものを買うだけじゃない」「何か変だ」ってことをみんな目の当たりにしたでしょう。多少意識は変わるんじゃないかなと思うけどね、うん。
 だからあの、きっとこの意識の変化っていうのは確実に起こってるはずなんだけれども、まだ世のなかにそういう意識が変革するよっていうことがね、現れていないのはね、いままでのように「せーの」の意識革命じゃなくて、まったく違う個人的な革命が同時に起きてるっていうわけで。全世界的に。だからマスでは捉えられないと思ってる。マスメディアは。そういう意識が変革されているのに、大きく変わっていないっていうのは捉えられないですよ。だってひとりずつインタヴューしなけりゃいけないわけじゃん。そういう風になったら。実際はそれぐらい意識は変わってると思うんですよ。ひとりずつ変わってるから。だからますますマスっていうのは気づかなくなっていくというか。

そういう意味で、原発の話にもいかがわしさもあるんですよね。

三上:だからあれがなければ、マスメディアはものすごく非難されてましたよね。こういう津波とか災害みたいなものを、これだけ無視してきたある種の精神構造にいろいろ問題があるんじゃないかとか。ほんとはある種の哲学的な議論っていうのができるはずなのに、原発一個のことを言ってれば、ジャーナリストは仕事してるっていう気分になってるから。まったく進んでないですよ、逆に。
 つまり、人間の若い子たちの「ものを買う」っていうところから少しずつ目覚めて、世界同時に個々のなかでものすごく意識が変わってきているんじゃないかと。それをマスメディアを捉えることはできないだろうってことで話をしてたんだけども。結局そのひとりずつ聞かなきゃいけないわけじゃないですか、要するに「せーの」の革命じゃないでしょ。災害に対する意識って物凄く意識が違うわけですよ。見るひとによって。確実に若いひとたちのなかで結婚するであるとか、意識の変化が起こっているのは事実なんだけれども、それが大きいムーヴメントとして、世のなかに出てくることはないけれども、しかし、変わっているだろうという。でもマスメディアはそれを捉えきれないから、原発をとりあえず取り上げておくとテレビにはニュース流せるなと、いうことじゃないかという話をいましてたんですけど。でも確実に意識変わってますよ、確実に。

なるほど。

三上:ただね、さらにね面白いのがね、意外にこれでも変わらないっていうのが、この日本の極東の小島のね、いちばんすごいテクなんじゃないかっていうね(笑)。

テク(笑)?

三上:テクですよ、これは! 津波もあと5年したら忘れるだろうなみたいなね(笑)。

なんでしょう、ある種の無常観、これは三上さんの音楽のなかにあると思いますか?

三上:無常観はないですね。それはね、無常の反対の言葉何て言うか知らないけれどもね、無常って「常が無い」でしょう? わたしは常はあるっていう考え方なんですよ。いまここでこうしているじゃない。またいつかこうなるだろうな、永遠にこうだろうなっていう。わたしが死んでもまた生まれ変わってきて、またこうやってコーヒー飲んでるだろうな、とか。それは無常じゃないですよね、わたしの場合は。常常ですかね(笑)。

常常(笑)。それはどういうところからなんでしょうかね?

三上:どうだろう、仏教的なものかわからないですけれども。子どもの頃からわたしは何となくそういうことを考えるやつでしたね。子どものころはそこそこ普通だったけれども、まあ性格っていうのはあるからね、考え方だったりね。どうなんでしょう、どっちかって言うと楽天的なんですかね。性格で言うなら。

「落ち込まれたことがない」って言っていたように(笑)。

三上:究極の落ち込みを経験してるからね、それは恐ろしい世界でしたよ。

そこでやめなかったっていうのは? 

三上:そこでやめるひとはもちろんいるし、ほかのやり方に向かうひともいるけれども。どん底までいちど落ちないと......何て言うんでしょうかね、いちど負けなきゃね、相手の奥の手がわかんないんですよね。わたし自身にも敵がいますよね、自分の歌をやめさせようとする力。それは70年代にじゅうぶん感じてきましたからね。そのときにやっぱり若いながらも直観力で、ギリギリわざと負けるしかないって。何が俺の歌を潰そうとしてるのか、っていうのは身体で何となくわかってますよ、いまは。それはもう寸前に見たっていう瞬間はありますから。

生きるか死ぬかみたいな。

三上:そりゃそうですよ。負けた瞬間に相手の顔を見てるわけですから。奥の手を使ったみたいな。そういう部分はありますよね、命がけと言いますかね。

[[SplitPage]]

わたしはね、人間のなかにある語彙っていうものはね、同じだと思ってるんですよ。大学の先生が多いっていうわけではなく、たとえばうちのじいちゃんなんて無学なひとだったですけれども、それでも何万という言葉を持ってるわけですよね。魚の動きから、風の流れ。それはわたしがわからないだけで。

なるほど。だいぶ時間も経ってますが、まだ訊きたいことがありまして(笑)。90年代以降は吉沢元治さんや石塚俊明さんなどとのコラボレーション、とくに灰野敬二さんとのバサラ(Vajra)とか、いろんなインプロヴァイザーと共演されてますね。

三上:灰野からはいろいろと学びましたしね、もちろん吉沢さんからも。勉強って言っちゃあれだけれども、やっぱり自分のいないところでやってるひとたちっていうのからはね。だってえ灰野なんかは、(ライヴの最中、歌が)全然聴こえてないわけです、爆音すぎて。それでもね、一緒に歌って、演奏できる、何か伝わるっていうことが、さっきの話じゃないけれども、驚きというか、音楽っていうのはこういう力があるんだなと思ったり、「耳ってすげーな」と思ったりね。最近では、そのことをさらに教えてくれたのはね、古澤良治郎さんだよねー。まったくわたしが歌っている音楽と違う解釈で叩いて、わたしの歌を変えちゃうわけですからね。

ドラミングで変えてしまう。

三上:変えてしまう。最初に驚いたのはね、高校の先生に呼ばれて高校生の前で歌ったことがあるのね。そしたらわたしの歌が彼らには難解っちゅうか、言葉が。それを古澤さんのドラムで翻訳してみせたんだから。だからね、そのときはね、「音ってなんだろう?」ですよね(笑)。

なるほど、伝わってしまう。

三上:だからコラボレーションはそうですよ、わたしは。そういうのに限らずね、いまの若いひとたちとやるのもそうだし。「この子たちって何だろう」っていうね。テクニックや年齢は関係ないですよ。だって同じステージに立ってるってことはそこでタメですからね。どっちを聴いてるかっていうのは感じたりするし。これはもう、いつも驚きですよ。何気にやってることだけれども、スケベ心っていうか欲ですよね。物好きっていうと失礼だけども(笑)。やっぱり必ずもらうものがあるんですよね。まあわたしが与えたものもあるでしょうけれど。

最後に、あともうひとつ訊きたかったことがありまして、三上さんにとって寺山修司さんからの影響とは、どういうものだったんでしょう?

三上:いちばん大きい影響ですか、それはやっぱり家を出たことですね。それは昔で言うなら出家ですよね。そこでカタギじゃなくなるわけですから。やくざものになるわけですからね。言うならば、素人じゃないわけですから。曲がりながらも家を捨てたっていうことは、自分の好きなように生きるってわけで。好きなようにって言うと格好いいですけど、まあ世間じゃなくなるってことですからね。家にいて世間じゃないっていう。だからわたしを取り出してくれたっていうか。頭剃ってくれたようなもんですわな。

ははははは(笑)。なるほど。

三上:やっぱりね、大きいことをやっていけばいいと思うんですよね、若いひとたちが。プロとしてのシニカルってあるんだよね。素人とは違って。わたしが世界に行ってわかったのは、要するに「世界には二種類しかいない」ってことで、カタギかやくざか、プロかアマチアか、ふたつしかない。だから若いひとたちがいま置かれているなかに、情報だけじゃなくてある種のやる気、一歩踏み出す感じをい持ってほしい。我々のときはそういうものがありましたからね。「一歩前へ」とか「やっちゃえ」とかね。身体が動いちゃう感じっていうかですね。いまそういう文化がなくなってるよね。みんな同じで、そこがちょっと足りないところじゃないですか。

一線を踏み越えられなくなってるってことですか?

三上:そういうことでしょうね。そしてまず一線を踏み越えるという感覚がまずないですよね。ただね、要するに権力そのものもいま(一線を踏み越えることが)できてないでしょ。意味わかりますか(笑)。権力そのものも同じ飽和状態なんですよ。だから、要するに反権力ってものもないんですよ、若いひとにとっては。同じなんですよ、情報社会のなかで。「あいつらは違う」って感覚ていうのがないんだよ。
 要するにあれでしょ、昔は孤立・孤独っていうのは自分は選んだもんだからね、そこにこそ自由があったんですよ。進んで孤立したわけでしょ。俺なんかは先頭きって孤立してたし、俺は自由だったわけですよ、ある意味では。そういうセンスはいまないかもしれないですね。それは何て言うのかねえ、孤立が怖いっていうのとか、ひとりぼっちになるのが怖いっていうのと違うと思うんだよね。
 要するにね、わたしはですよ、なんで若いひとたちに興味持ってるかっていうとね、やっぱり俺たちよりレヴェルが上だと絶えず思っているわけ。これはほめ言葉でも何でもなくね。後から生まれてきたやつはやばい、といつもわたしは思ってるわけね。というのはこの一瞬でわたしの人生が終わっても、そいつらはその先を経験してるわけじゃないですか。それはおそらくその先と繋がってるわけですよね。ていうことは、俺が見たことのない世界を見る能力が備わってるってことでしょ? それはすごいと思ってますね。
 そうすると、いまのように喋っている孤立・孤独ってものに対する防衛、あるいは利用の仕方っていうのは、我々のときの孤独感や孤立感というものと比べることはできないと思うんです。別の能力で通じ合ってるんじゃないかなと思うな。たとえば若いひとたちが仲がいいって言っても、話聞いてるとそれともちょっと違うんだね。だから40年前の感覚とは違うあり方っていうんでしょうか、人間関係なんじゃないかなあ、きっと。うん。それはまさにその場の連中じゃないと確認できないことだと思います。

でも三上さんの歌には、それこそさっきの17歳とお父さんの話じゃないですけれど、若いひとたちにも強くアプローチできるものがあると信じてますけどね。それでは、いま録音されてるアルバムについて、がんがんプロモーションしてください(笑)。

三上:ありがとう(笑)。わたしは韓国のキム・ドゥスとすごく友人になって。たまたま去年遊びで「ちょっと行ってみようかな」ってなって。韓国のフォーク・ソングの親分みたいなやつだけどね。やっぱりあの、行ったら行ったで、「どうせ来たんなら歌っていけよ」ってことになって(笑)。楽器持って行ってなかったんですけれども、ギターを用意してくれて。で打ち上げかなんかでみんなでガンガン飲んで、朝起きて、フラーっとしてたらね、さっきの津波じゃないけどインスピレーションが沸いてきてですね。古い古い農家からね、いかにも死にそうな真っ白い大きな犬が出てきたんですね。で、犬はその何十年前にも捨てられたガチョウの小屋を守ってるんですよ。ガチョウも逃げちゃったわけ。でもそのガチョウを守ってるんだよね。「これはちょっと、歌だよなあ」っていう(笑)。それが、今度も来ちゃったんですよね(笑)。そういう韓国でのこともあって......まだ全然固まってませんけどね。

リリース予定とかは?

三上:まだないけど、秋頃になりますかねえ。

じゃあ、目先のことで言うと、3月20日の62歳を迎える、生誕記念ライヴ(@西麻布「新世界」)ですね。

三上:そのための話だった(笑)!


私は黙って下を向いたままで
彼らの話を聞かないように
下を向く
"冬の午後"(2010)

三上寛 生誕記念 スペシャルワンマンLIVE
『まだ解らないのか!』




今回の生誕記念ライヴはサプライズとして、三上寛をリスペクトすべくDJ 2741も駆けつけて来てくれる!"ふなよい"っていうだけに、あのお方が? リキッドルーム以来の顔合わせ、万感胸に迫る!

●日時:
3月20 日(火・祝日)
開場18時30分 / 開演19時30分

●出演:
LIVE:三上寛 (Vocal & Guitar)
DJ:DJ 2741

●会場:西麻布「新世界」https://shinsekai9.jp/

●料金: 前売予約:¥2,700(ドリンク別) / 当日券: ¥3,000(ドリンク別)

※〔インフォ・チケット予約・お問い合わせ先〕
西麻布「新世界」
https://shinsekai9.jp/2012/03/20/mikami/
https://shinsekai9.jp/
TEL: 03-5772-6767 (15:00~19:00 )
東京都港区西麻布1-8-4 三保谷硝子 B1F

Chart by STRADA RECORDS 2012.03.06 - ele-king

Shop Chart


1

STING

STING INSIDE-TIMMY REGISFORD & ADAM RIOS REMIXES TIMMY ADAM / WHITE (US) »COMMENT GET MUSIC
昨年度よりTimmy Regisford自身がプレイを重ねてきた話題作が日本先行でヴァイナル・リリース!2003年リリースのアルバム「Sacred Love」のリード・トラック「Inside」をハウス・リミックスした本作、StingのパワフルなヴォーカルとShelter直系のシンセが絡み合う強力なピークタイム・チューン!世界に先駆けて日本先行リリースとなりますので是非この機会をお見逃しなく!

2

STEVIE WONDER

STEVIE WONDER LATELY-TIMMY REGISFORD & ADAM RIOS REMIXES TIMMY ADAM / WHITE (US) »COMMENT GET MUSIC
昨年度よりTimmy Regisford自身がプレイを重ねてきた話題作が日本先行でヴァイナル・リリース!Stevie Wonderの言わずもがなの超名曲「Lately」をハウス・リミックス!パーカッシヴなトラックにメロディアスなピアノ&ヴォーカルが最高で、中盤以降の盛り上がるパートには新たにシンセが加わり、これまた強力なピークタイム・アンセムに仕上がっています!世界に先駆けて日本先行リリースとなりますので是非この機会をお見逃しなく!

3

ACOUSTIC HIGH-END RESEARCH

ACOUSTIC HIGH-END RESEARCH STRADA PROFESSIONAL SOUND EFFECTS RUNNING BACK(GER) »COMMENT GET MUSIC
【500枚限定再プレス!】2005年に当店制作にて超限定リリースしたサウンド・エフェクトの決定版「STRADA PROFESSIONAL SE VOL.1」が2009年にRUNNING BACKからライセンス・リリースされるもおかげさまで即完売。たくさんのwantを頂いておりましたがこのたびジャケット等の仕様を若干変更し、ようやく再プレスしてくれました!雨や風、波、街の雑踏などの環境音に加え、各種シンセ・スィープ音を多数収録!しかもサイレンや笑い声などの一部の周期的な効果音はBPM125に同期する世界初の仕様となっています!SIDE A、Bともに同期用のBPMガイド・クリック音も収録!AME、DERRICK MAY(←ミックスCDにも収録!)、DIXON、QUIET VILLAGE、DPLAY、EFDEMIN、国内ではALEX FROM TOKYOやEMMAらも絶賛!

4

KEN ISHII pres. METROPOLITAN HARMONIC FORMULAS

KEN ISHII pres. METROPOLITAN HARMONIC FORMULAS MUSIC FOR DAYDREAMS EP UNKNOWN(JPN) »COMMENT GET MUSIC
Ken Ishiiのニュー・プロジェクトMetropolitan Harmonic Formulasの限定プロモ12インチが入荷!ナントMr.Fingersのハウス・クラシック「Can you feel it」の良質なカヴァーを収録!オリジナルに忠実なトラックに名門 Impulseからも作品をリリースするジャズ・アーティスト菊地成孔のサックスをフィーチャー!これは見逃せない!

5

DAZZLE DRUMS

DAZZLE DRUMS ROUND MIDNIGHT GREEN PARROT(JPN) »COMMENT GET MUSIC
強力盤!】Dazzle Drumsによる自主レーベル第1弾!Joe Claussellが来日時に東京で3回もプレイ、Danny Krivitが自身のTop10チャートにもランクインさせていたピアノのソロが印象的なジャジー・インスト・ハウスの「Round Midnight」と、Aril Brikha「Groove La Chord」を更にエキセントリックに進化させたようなテック・トラック「Falling Up」をカップリング!

6

MONODELUXE

MONODELUXE CHANGE(feat.JAIDENE VEDA) SOPHISTICADO/SACRED RHYTHM MUSIC(US) »COMMENT GET MUSIC
Sacred Rhythm Musicが配給を手掛けた大注目盤!イタリアのプロデューサーMonodeluxeと、Nick Holder、Rurals、Todd Omotaniらの楽曲でもヴォーカルを務めていた女性シンガーJaidene Vedaによる作品で、ディープで超心地良い女性ヴォーカル・ハウスに仕上がっています!可憐なヴォーカルにピアノのソロやエレピが最高!B面にはオルガン・ソロがメインとなったヴァージョンをカップリング!

7

EDDIE PALMIERI

EDDIE PALMIERI MI CONGO TE LLAMA-SACRED RHYTHM MIX SACRED RHYTHM MUSIC (US) »COMMENT GET MUSIC
【強力盤!】名門Faniaレーベルの音源をJoe Claussellがリミックスした企画盤『Hammock House : Africa Caribe』に収録されていたEddie Palmieriの作品が新たなミックスで12インチ・カット!グルーヴィーなベースにギターのアルペジオやホーン、シンセが絡む極上ラテン・ジャズ・ハウスに仕上がっています!

8

RON TRENT

RON TRENT DEEP DOWN(feat.ROBERT OWENS) FOLIAGE(FR) »COMMENT GET MUSIC
Ron TrentのレーベルFuture Visionから2008年にリリースされていた「Deep Down」が、今回新たにLarry Heardによるリミックスをカップリングし人気レーベルFoliageから登場! Ron Trent、Larry Heard、そしてRobert Owensといった独自の美学&世界観を確立している各人の持ち味が見事にミックスされた大人のヴォーカル・ハウスです!

9

ROXY MUSIC

ROXY MUSIC LOVE IS THE DRUG-TODD TERJE DISCO DUB THE VINYL FACTORY(UK) »COMMENT GET MUSIC
数回入荷したものの全て瞬殺で売り切れたBryan Ferryの限定シングルに引き続き今度はRoxy Musicの限定リミックス盤が登場!グルーヴ感やファンキーさを高めたTodd Terjeによる「Love Is The Drug」、ディープなシンセ系のバレアリック~チルアウト・チューンに仕上がったLindstrom & Prins Thomasによる「Avalon」ともに◎!プライスがお高いですが質の良いアートワーク・ジャケにインナースリーヴまでアートワーク・プリント、さらにやたら重い重量盤仕様(計ってみたら190g!)ということで納得の高品質盤です!

10

QUANTIC & ALICE RUSSELL WITH THE COMBO BARBARO

QUANTIC & ALICE RUSSELL WITH THE COMBO BARBARO LOOK AROUND THE CORNER(10inch) TRU THOUGHTS(UK) »COMMENT GET MUSIC
Tru Thoughtsレーベルを中心にNinja TuneやFreestyleといった個性的なレーベルでの仕事で知られるクリエイターQuanticがBah SambaのヴォーカリストArice Russellとタッグを組んだ注目盤! 4Heroやここ最近のJazzanovaあたりにも通じるアーリー70'sな極上ソウル・サウンド!限定盤なのでお見逃し無く!

Chart by STRADA RECORDS 2012.02.07 - ele-king

Shop Chart


1

GEOFFREY ORYEMA

GEOFFREY ORYEMA KEI KWEYO-JOAQUIN JOE CLAUSSELL REMIXES ROBIN HOOD/SACRED RHYTHM MUSIC(US) »COMMENT GET MUSIC
Peter Gabriel主宰のワールド・ミュージック系レーベルReal World Recordsからもアルバムをリリースしていたウガンダ出身のアーチストGeoffrey OryemaをJoe Claussellがリミックス!野太いベースに怒涛のパーカッション類が独特のグルーヴ感を醸しだすディープなアフロ・ハウス!B面のダブも圧巻です!

2

DAVID GRAY/TRACY CHAPMAN

DAVID GRAY/TRACY CHAPMAN THE OTHER SIDE/CROSSROADS-NK RMX WHITE(JPN) »COMMENT GET MUSIC
【今回も限定プレス!】Dazzle Drumsによるリミックス・シリーズ待望の第2弾が入荷!UKの人気シンガー・ソングライターDavid Grayの大ヒット曲「The Other Side」と世界的フォーク・シンガーTracy Chapman「Crossroads」を見事ハウス・リミックス!どちらも極上なヴォーカルを最大限に生かしたパーカッシヴ&グルーヴィーな仕上がり!既にBody&SOULにてJoe ClaussellやDanny Krivitもプレイ!

3

DJ GARPHIE AND DIVINITI

DJ GARPHIE AND DIVINITI COULD YOU BE MINE SEASONS LIMITED(FR) »COMMENT GET MUSIC
人気女性ヴォーカリストDivinitiをフィーチャーした強力盤!パーカッシヴで走ったビートに温かみのあるシンセを配した上質なトラックに、彼女の可憐なヴォーカルがバッチリ合った文句ナシの一品!ドッシリとした雰囲気に仕上げたPirahnaheadによるリミックスもグッド!

4

VA(JOE CLAUSSELL)

VA(JOE CLAUSSELL) UNOFFICIAL EDITS AND OVERDUBS PROMO SAMPLER SACRED RHYTHM MUSIC (US) »COMMENT GET MUSIC
【限定プロモ200枚のみのプレス!】JOE CLAUSSELL自身がリエディット~ヘヴィ・プレイしてきたキラーな作品をコンパイルしたCDからの先行12インチ・カット!長らくリリースが待たれていたRADIOHEAD「EVERYTHING'S IN ITS RIGHT PLACE」のJOE CLAUSSELL EDITもようやく登場!

5

HELIUM ROBOTS

HELIUM ROBOTS JARZA EP-THEO PARRISH TRANSLATIONS RUNNING BACK(GER) »COMMENT GET MUSIC
UKの2人組ユニットHELIUM ROBOTSがRUNNNING BACKから12インチをリリース!注目はなんと言ってもB面に収録されたTHEO PARRISHによるリミックス!2ヴァージョン収録されており、いずれも実験的でぶっ飛んだ展開予測不可能なTHEOならではのエレクトリック・ハウスに仕上がっています!

6

TODD TERJE

TODD TERJE SNOOZE 4 LOVE-VERSION(10inch) RUNNING BACK(GER) »COMMENT GET MUSIC
【限定500枚のみのプレス!】人気シングル「RAGYSH」のB面に収録されていたディスコ・チューン「Snooze 4 Love」のアンビエント・ヴァージョンを収録!グルーヴィーなあの曲が極上のアンビエント・チューンになっています!B面には84年産エレクトロ名作Son Of Sam「Nature Makes A Mistake」のリミックスを収録!こちらも今っぽい仕上がりでグッド!

7

PATRICE RUSHEN

PATRICE RUSHEN MUSIC OF THE EARTH-DANNY KRIVIT EDIT ELEKTRA (US) »COMMENT GET MUSIC
【限定300枚のみのプレス!DANNY KRIVIT EDIT!】Patrice Rushenの1978年リリースのアルバム「Patrice」収録の「Music Of The Earth」を長尺化!、4分に満たないオリジナルを曲のメインリフでもあるストリングス・フレーズやギター・カッティングを多用し7分オーバーに!カップリングは同じく1978年リリースのTony Orlando「Don't Let Go」で、こちらはヴォーカル・パートをばっさりと削除し、コーラス部分を残しながら再構築したほぼインスト仕様の極上リエディット!

8

CUTTLEFISH & ASPARAGUS

CUTTLEFISH & ASPARAGUS VOLUME ONE BUOYANCY(GER) »COMMENT GET MUSIC
人気リエディット・レーベルGAMMからのリリースでもお馴染みのDJ Asparagusも絡んだ注目のリエディット作品が新レーベルBuoyancyから登場!D-Train「Tryin' To Get Over」そして再発12インチが出て話題のConnie Case「Get Down」等を収録!

9

THE BURRELL BROTHERS

THE BURRELL BROTHERS THE NU GROOVE YEARS RUSH HOUR (EU) »COMMENT GET MUSIC
伝説のNY地下レーベルNuGrooveで活躍していたThe Burrell Brothers関連の音源が正規復刻!90'sハウス・リヴァイバルな今、本物の当時のサウンドが堪能できる貴重な1枚!当時同じくNuGrooveで活動していたBobby Knodersがエンジニアとして参加したクールなトラックに男性のファルセット・ヴォーカルが配されたB1が特にオススメ!

10

ART DEPARTMENT

ART DEPARTMENT TOUCH YOU GENTLY CROSSTOWN REBELS(UK) »COMMENT GET MUSIC
DJ Harveyリミックスを収録した「We Called Love」も記憶に新しいArt Departmentが、今度はBrennan Greenによるリミックスを収録した12インチをリリース!ディープ&ダビー なオリジナルに対しBrennan Greenはピアノのリフも軽快な走ったビートのストレートなハウスをクリエイト!これはピーク時にも対応したナイス・ミックス!

Chart by UNION 2012.02.06 - ele-king

Shop Chart


1

V.A.

V.A. Altering Illusions (5 Years of Echospace) ECHOSPACE / US »COMMENT GET MUSIC
レーベル5周年を迎えるECHOSPACEから届いた全曲未発表ヴァージョンという160グラム、ミックスド・カラー・ヴァイナル4枚組。CV313の大ヒットトラック"SECONDS TO FOREVER"のINTRUSION'S LOST DUB、DEEPCHORD PRESENTS: ECHOSPACE "SPATIALDIMENSION" のINTRUSIONによる2テイク、また、STEPHEN HITCHELLのドローン/アンビエント名義VARIANTによる3トラック、そして本作の中でもハイライトといえるダブテクノ傑作DEEPCHORD "ELECTROMAGNETIC DOWSING" のCV313 LIVE REWIREで、ボンゴがダブテクノへ溶け込んだニューミックスで、フロアへのアプローチを強めた抜群の仕上がり!

2

JOE CLAUSSELL

JOE CLAUSSELL Trembling Sending Space By Lidy Six (+Book) SACRED RHYTHM MUSIC / US »COMMENT GET MUSIC
2009年、アムステルダムのパフォーマンス・アーチストLIDY SIXとJOE CLAUSSELLがダンスフロアから離れた地下空間で、インスタレーションの世界へ向け楽曲を製作したスピリチュアルな実験的作品がDVD & ブックレット付きで到着!テーマとなるカラーに合わせ緩やかに変化する音色、プログラミングからピアノ、パーカッション、サウンドエフェクトをJOE CLAUSSELLが手がけ、幻想的な空間演出を行なっています。CDには今回のインスタレーション用に製作されたアンビエントアルバム、DVDにはアムステルダムで行なわれたインスタレーションの模様及びメイキング映像を収録。

3

REGIS

REGIS 1994-1996 DOWNWARDS / UK »COMMENT GET MUSIC
UKハード・ミニマルのリビング・レジェンド、REGISの初期~中期音源をまとめた3部作第1弾!15年以上に及ぶキャリアの中で12"のみで発表したトラック及び別ヴァージョン、更に未発表音源までをもまとめた3部作の第一弾となる本作は、彼の活動最初期の2年間に焦点を絞った作品で、世界中にフォロワーを生み出した名作M-1"Speak To Me"からスタート、同じくEP「Montreal」に収録されていたM-2"Model Friendship"、未発表曲で押し潰されそうなほど重くゴツゴツとしたキックがすさまじいインダストリアル・テクノM-5や1stアルバム収録の"Keep Planning"の別ヴァージョン、コンピレーションLP「HARD EDUCATION」収録のM-15等重要作目白押し!

4

DEMDIKE STARE

DEMDIKE STARE Elemental Part Three:Rose MODERN LOVE / UK »COMMENT GET MUSIC
ANDY STOTT、DEEPCHORDなど底なしにディープなサウンドを送り出しているマンチェスターのMODERN LOVEから、DAMDIKE STAREの限定盤が登場! 本作は"Elemental"と題された4部作のPART 3。ずぶずぶと地底深くのめり込むようなドープ極まりないエクスペリメンタル・ダブテクノ!

5

RAYKO

RAYKO Rayko's Doo Doo AMERICAN STANDARD / US »COMMENT GET MUSIC
RARE WIRIレーベルを主催しスペインを拠点に活動するRAYKOがAMERICAN STANDARDに初登場!80sモダンブギーを調理した本作は2種のエレクトロベース・レイヤーを軸に、哀愁漂うキー・コードとオールドスクールなシンセ&クラップで絶妙で心地良い横揺れのグルーヴを演出!全体をうまく纏め上げた、深くもクリアな鳴りを奏でるリヴァーヴ使いはフロア映え必至でしょう。リプレス無しの完全限定300枚プレス!

6

SHAMBHU & THE TRUE LOVE HEARTS/RUMMELSNUFF

SHAMBHU & THE TRUE LOVE HEARTS/RUMMELSNUFF Sadness/Machen Wir Den Tanz! OSTGUT TON / GER »COMMENT GET MUSIC
OSTGUTの記念すべきカタログ50番は、ベルクハインのバーテン&セキュリティのレーベル過去タイトルを大胆カバー...というジャケット込みで異形の7インチ&スプリット怪盤。SHAMBHU AND THE TRUE LOVE HEARTS名義で音楽活動も展開する(女装で)SHAMBHUによるどブルージーなSTEFFI"Sadness"、ドイツ弁丸出しのヴォーカルが乗ったNW全開のPROSUMER & MURAT TEPELI"Makes Me Wanna Dance"と、共に相当アクの強い内容に...。

7

LADY BLACKTRONIKA

LADY BLACKTRONIKA Ghost Spell According To...Fred P Rmx SOUND BLACK / US »COMMENT GET MUSIC
FRED Pリミックス収録!SOUND BLACKレーベルを主宰するLADY BLACKTRONIKA待望の新作が登場!!JENIFA MAYANJA主宰のBU-MAKOや、KINDA SOUL、DEEP EXPLORERといった気鋭レーベルからリリースする次世代アーティスト。オーガニックなウワモノに自身の??ソウルフルなVoフレーズが絡む"Lil Re Re"をFRED Pがダビーにマナー通りにReshape、フリーキーな展開を見せるB-1や漆黒のディープトラックB-2と濃厚な内容の間違いない1枚。

8

LOOPS OF YOUR HEART

LOOPS OF YOUR HEART And Never Ending Nights MAGAZINE / GER »COMMENT GET MUSIC
老舗KOMPAKTファミリーの実験的レーベルMAGAZINEが送る最新アルバムは、最新アルバムも大きな話題を集めるKOMPAKTの代表アーティスト・FIELDとして絶大な人気を誇るアクセル・ウィルナーが送る新プロジェクト・LOOPS OF YOUR HEARTのデビュー・アルバム。FIELDよりも実験的且つアンビエントなサウンドにフォーカスをあてたこのアルバムは、なんと彼の敬愛するCANのホルガー・シューカイやクラスター等、クラウト・ロックの偉大なる先人達に捧げられた作品集。FIELDよりもエクスペリメンタルなサウンドを展開していますが、彼ならではの独特な浮遊感が漂うシンセ/ループ・サウンドはここでも心地よくその音を鳴らしています。

9

JARAMILLO & BASTIAN

JARAMILLO & BASTIAN Candombe/Los Locos LIMONDA / FRA »COMMENT GET MUSIC
前作をVILLALOBOS、LUCIANO等がスピンし注目を集めるフランスLIMONDAレーベルの第四弾リリースは超ワイルドな強力トライバル・テック!南米エクアドル出身のJARAMILLO & BASTIANコンビによる本作はチリのバンドMATENLOをフィーチャーし、かなり肉感的な本格トライバル・ビートを展開したリミックス込みでパーカッションまみれの1枚。ブレイクのラフなビート乱れ打ちの展開等構成もかなり格好良く強烈なフロア・トラックです!

10

HELIUM ROBOTS

HELIUM ROBOTS Jarza EP RUNNING BACK / GER »COMMENT GET MUSIC
THEO PARRISHリミックス収録。DJ HARVEYやPRINS THOMASのプレイリストを賑わせたロンドンのレーベルDISSIDENTからのリリースの諸作がカルト的に支持されたHELIUM ROBOTSの新作がRUNNING BACKから登場!色鮮やかなシンセチューン"Jarza"を、B-サイドでTHEO PARRISHが2リミックス!荒々しくウネリをあげるベースラインにチープでスカスカのフレーズを絡めて展開されるマナー通りのスリージーなアシッド・トラック。

Chart by JET SET 2011.12.28 - ele-king

Shop Chart


1

MUNGOLIAN JETSET

MUNGOLIAN JETSET SCHLUNGS »COMMENT GET MUSIC
大反響に終わった"Smalltown Supersound Japan Tour 2011"では、フロアに渦巻く宇宙を構築した圧巻のライブ・セットも最高だったノルウェー・ディスコ・シーンの重鎮、Mungolian Jetsetによる1stオリジナル・アルバム。待望のアナログ盤が到着です!

2

WELCOME BACK TO THE UNDERGROUND

WELCOME BACK TO THE UNDERGROUND WBTTU ANTHEMS »COMMENT GET MUSIC
デトロイト・ハウス調のスモーキーかつエッジーなミニマルハウス・ツールのA面2作品に加え、St. Echo Mixの爆発的ヒットでも御馴染みとなったAfrican Head Charge "Stebeni's Theme"ネタのミニマルハウス・エディットB-1、大名盤「Perfect Angel」の翌年'75年にリリースされたMinnie Riperton傑作アルバム表題作"Adventures In Paradise"をスローモー・ディスコ化したB-2と、4作品いずれもDJ/フロア・ライクに仕立てられたブラックネス・トラックス。見逃せない一枚です。

3

LINKWOOD

LINKWOOD SECRET VALUE »COMMENT GET MUSIC
Vakulaによる3作連続のリリースに続く"Shevchenko"新作4番は、本家"Firecracker"オーナーによる珠玉のディープ・ナンバー3作品。クリアヴァイナル/重量盤にて限定リリース!!

4

DJ JUS-ED

DJ JUS-ED VISION DANCE »COMMENT GET MUSIC
USアンダーグラウンドシーンの重役、DJ Jus-EdによるMule Electronicからの2011年発世界デビュー・アルバム"Vision Dance"。自身が運営する"Underground Quality"から8楽曲を抜粋したファン待望となるアナログ2枚組(クリア・ブルーヴァイナル仕様)がリリース。

5

OLIVIER DAY SOUL & KRYSTAL KLEAR

OLIVIER DAY SOUL & KRYSTAL KLEAR NEVER THOUGHT YOU WOULD GO »COMMENT GET MUSIC
『Tried For You Love』が各所で絶賛のアイルランド新鋭Krystal Klearと、ワシントンDCのソウル・スターことOlivier Day Soulがまさかのタッグ! 美麗な音色とボーカルに骨抜きにされます!

6

MURO

MURO DIGGIN' HEAT WINTER FLAVOR 2011 »COMMENT GET MUSIC
過去の名作タイトルが続々とリマスター化されコンパイルされたかと思いきや、何と! ファン念願のシリーズ新録ミックスが登場です!

7

CMT

CMT OMA »COMMENT GET MUSIC
チル・アウト色強めの前作『ZONAZONA』から相反する本作はDJ、CMTの真骨頂ともいえるエグいくらい強力なグルーヴを携えた60分強のミックスを収録。

8

5LACK

5LACK BLACKSMOKECAR »COMMENT GET MUSIC
スムースでメロウな選曲はナイト・クルーズを促進させ、夜霧のような煙を纏いながらアスファルトの上を流れる。都市生活者のためのサウンドトラック。

9

STUPID HUMAN

STUPID HUMAN STAR IN THE GHETTO / SOMETHING SPECIAL »COMMENT GET MUSIC
Bill Brewster(DJ History.com)、DJ Cosmo等が絶賛した前3作もカルト・ヒット。大好評を博したUKからの新たなるリエディット達人、Stupid Humanによる待望の新作4番が到着。

10

ONUR ENGIN

ONUR ENGIN EDITS VOL.6 »COMMENT GET MUSIC
好感のネタ捌きとフロア・ライクなエディットで毎リリースが爆発的ヒットを記録している、イスタンブールのOnur Enginによるセルフ・レーベル第6弾。山下○郎ネタの前作5番、"Summer Madness"ネタのG.A.M.M.新作に続くグレイテスト・リエディット3楽曲収録!!
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19