「Noton」と一致するもの

井上鑑 - ele-king

 シティポップやアンビエント(環境音楽)をはじめとして、かつて日本で生まれた音楽が後追い世代の国内外リスナーから熱い注目を浴びるようになって久しい。既に色々なところで語られている通り、こうした状況を用意したのには、ディスコ/ブギー・リヴァイバルを経由した「和モノ」再発見であったり、世界的なニューエイジ音楽への関心の高まりであったり、従来の「バレアリック」という概念を特定の聴取感覚としてライトに再解釈していく流れであったり、YouTube のすぐれたオートレコメンド機能であったり、多層的な要因があった。
 昨年 ele-king books より刊行された『和レアリック・ディスクガイド』は、まさしくそういった流れのひとつの極点を画するものだったと言えるだろう。各DJやディガーによるブログやSNS、あるいはレコードショップの商品紹介ページなど、様々に散らばっていた、「和モノ」への関心が、ついにひとつの刊行物として集約されたという意義は実に大きかったように思う。ある種、旧来のレアグルーヴ・ムーヴメントの末裔にして深化形のようでいながら、そこには明らかに10年代を通して育まれてきた新たな聴取感覚が横溢していた。リアルタイムにひっそりとリリースされながら、永く忘れられてきたレコードの数々が、2019年という時代に向けてオブスキュリティの虹彩を興味深く投げかけてきたのだった。
 数々の「隠れたる」盤の中には、一般のオリジナル作品として流通することのなかった教則/劇伴作品なども多く含まれている。それらがいまや平等な「ディグ」の審美眼のなかで、今日的評価を冠されているわけだが、なかでも、いかにも「あの時代」的な意匠をまとったパッケージ形態である「カセットブック」が放つ魅力は特殊めいている。

 冬樹社によるカセットブック・シリーズ『SEED』は、細野晴臣『花に水』、矢口博康『観光地楽団』、ムーンライダーズ『マニア・マニエラ』、南佳孝『昨日のつづき』といった刮目すべきラインナップを誇る、かねてよりその手のマニアの収集欲をそそってきたシリーズだ。YouTube 上にアップロードされた音源によってワールドワイドに「再発見」され、ついにはヴァンパイア・ウィークエンドの直近作にサンプリングされるに至った細野晴臣『花に水』をはじめとして、各刊、同シリーズのために録り下ろされたオリジナル音源入カセットと、関連するテキストを冊子として同梱するという豪奢な仕様だ。浅田彰らが責任編集を務めた季刊誌『GS たのしい知識』の版元である冬樹社のカラーを反映した “知識を軽くポータブルにする” というテーマの同シリーズは、その濃密なニューアカデミズム色が相対化された現在においては、当時の文化/思想界を知る資料としても大変貴重だといえる。
 昨今、各作のオリジナル・カセットブックを求めるリスナー/DJ諸氏も増加するなか、細野作と並んで後年世代から特に人気の高い、井上鑑による『カルサヴィーナ』が今回CD再発されることになったのは、誠に慶賀すべきことだ。

 井上鑑は、1953年9月8日チェロ奏者井上頼豊の長男として東京に生まれた作編曲家/ピアノ、キーボード奏者。桐朋学園大学作曲科にて三善晃に師事、その後大森昭男との出会いから在学中よりCM音楽界で活躍してきた早熟の才人だが、一般的には寺尾聰 “ルビーの指環” などをはじめとする数々のヒット曲を手掛けた編曲家としてその名が知られているだろう。大滝詠一との邂逅を通じてマルチトラック・レコーディングへの関心を育み鍛錬を積んできた彼は、82年のデビュー・アルバム『預言者の夢』をはじめとして、単独作にも非常に優れたものが多く、ジャズやAOR、現代音楽を含むクラシック、ニューウェーヴ、民族音楽などを取り込んだそのサウンドは、近年のレコード市場で大きな人気を集めている。この『カルサヴィーナ』は、『SPLASH』(83年)と『架空庭園論』(85年)という充実作の間に挟まれる形で発表されたもので、同時代の先鋭的な音楽要素を貪欲に取り込みオリジナル作品を創出していた彼が、わけても鮮烈な作家性を発揮した作品といえる。
 タイトルの『カルサヴィーナ』とは、20世紀初頭に国際的に活躍したセルゲイ・ディアギレフ主宰のバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)に所属した花形ダンサー、タマーラ・カルサヴィナのこと。カセットブックという形態ゆえ、音楽とテキストを貫通するなにがしかのモチーフ設定を求められた井上自身が挙げたのが、このタマーラ・カルサヴィナと、同じくバレエ・リュス所属の不幸のダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーだったという。特に、後年狂気の淵に陥ったニジンスキーが記した『ニジンスキーの手記』における錯綜した文章表現に強い刺激を受けていたようだ。そのため、音楽自体も架空のバレエ音楽とでもいうべき、「ダンス」を大きなテーマとしたものとなっている。往時、西洋音楽界に大きな物議を醸したストラヴィンスキーのバレエ曲とバレエ・リュスの浅からぬ関係性に思いを馳せるなら、このテーマ設定がいかに野心的なものだったかがわかるだろう。

 井上をはじめとして、今剛(ギター)、高水健司(ベース)、山木秀夫(ドラム)、浦田恵司(シンセサイザープログラマー)という当時日本セッション・ミュージシャン界の最高峰というべき面子で作りあげた本作を聴いてまず驚嘆するのが、その奔放な実験精神の噴出ぶりだ(いまでは想像し難しい話だが、カセットブックというニッチなプロダクトのために、国内随意の録音環境を誇っていた一口坂スタジオにて時間制限を気にせず連日作業をおこなっていたというのだから、当時の音楽産業の資金的充実と長閑さに感じ入ってしまう)。編曲家や演奏家としてのプロフェッショナルな仕事の傍ら、単独作においては常にほとばしるクリエイティヴィティを鮮烈なままに叩きつけてきた彼ではあるが、これほどまでにいわゆる「アヴァンギャルド」な作風に挑めたというのも、この「カセットブック」という特殊な形態とそのテーマ性ゆえだろう。ときに海外ミュージシャン(ベラフォン奏者のカクラバ・ロビ)を交えたそのサウンドの新奇性は、世界的な地平で考えてみても明らかに当時最高峰のものだと断言できる。
 浦田恵司(この人こそはある意味で本作の影の主役であるともいえるかもしれない。彼の仕事の偉大さはまだまだ一般的に知れ渡ってはおらず、いずれどこかに寄稿したいと思っている)のセッティングを経た各種シンセサイザーや、サンプラー、ドラムマシンを駆使し、アナログとデジタルのあわいを貫くループ構造が敷かれるなかで練達のミュージシャンの生演奏が炸裂していく様子は、DAWでの音楽制作が完全普及した現在だからこそ、その魅力をよりよく伝えるだろう。同時代のヒップホップのビート感覚や、テクノポップからテクノの時代へと変遷していく先端音楽シーンの揺籃と呼応しながらも、アカデミックな見識もふんだんに投げ込まれている作曲/編曲術も一級品というほかない。一方で、ピーター・ゲイブリエルやジョン・ハッセルらに通じるような、品の良い(文化収奪的な手付きを慎重に避けようとする)民族音楽嗜好も色濃く、様々な角度から今日的興奮を焚き付けてくれる。またもちろん、ピアノフォルテ奏者としての非常な卓越を聴かせる井上独奏曲の美麗な味わいも特筆しておくべきだろう。

 ちなみに、本再発CDには、上述の『和レアリック・ディスクガイド』監修者である松本章太郎氏によるライナーノーツの他、井上自身による「断章」と名付けられた最新書き下ろしエッセイや今作の録音/マスタリングエンジニアを務めた藤田厚生氏の解説が収録されたライナーノーツと、オリジナル・カセットブック版コンテンツたる井上鑑と佐野元春による「踊り」についての対談(めっぽう面白い!)や、舞踏評論家:市川雅による小伝「ニジンスキーとカルサビナ」をweb上で読むことのできるアクセスコードも付属しているので、購入の後には是非チェックするとよいだろう。本作が生まれた背景や、ダンス音楽としての本作の本質に迫る、大変興味深い内容となっている。

 さてはて、今回のリイシューを機会に、今後も様々な「和モノ」の秘宝が世に再び出ることになるのかどうか。今作のように、その文化的文脈にまで切り込みながら現代的価値を世に問う「丁寧」な再発が続けられていくことを願っている。

 1980年代はいわゆるインディ・ブームがあり、楽器なんて弾けなくたって音楽は作れるというわけで、パンクやニューウェイヴに影響を受けたバンドが日本列島津々浦々、無数に存在し、たくさんの音源を残しては消えていったのではないかと推測されるわけだが、この度、ノイエ・ドイチェ・ヴェレの再発で知られる〈Suezan Studio〉がその時代の新潟の音源を発掘し、編集して1枚のコンピレーションとしてリリースする。
 『フロム・バックサイド・ジャパン:アンダーグラウンド・ミュージック・シーン・イン 新潟 1980's-90's』には20組による20曲が収録。J・ニューウェイヴというか、まさにあの時代の音。新潟以外にもこんなシーンありました。90年代に入ってDIYシーンもどんどん洗練されていく前夜です。
 はからずともCOVID -19は、日本における“ローカル”に目を向けてさせている。多くの音楽ファンが、自分の“ローカル”なヴェニュー存続のために寄付したりしている、地方自治体がもう中央の言うことを聞かなくなったことと似ているかもしれないし、それは新しい日本の姿をもたらすかもしれない。
 とまれ。発掘モノのインディ音源をお探しの方は必聴でしょう。丁寧に作られたブックレットには新潟文化論が展開されており、そっちも一読の価値ありです。

https://suezan.com/newrelease#4000

Horatio Luna - ele-king

 昨年末にアルバム『フルイド・モーション』をリリースしたばかりの30/70だが、それ以降はメンバーのソロ活動や別プロジェクトがはじまっていて、ドラマーのジギー・ツァイトガイストはツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジの新作をリリースし、サックスのジョシュ・ケリーはJKグループという新しいバンドでアルバムを発表している。一方、ベーシストのホレイショ・ルナことヘンリー・ヒックスもソロ・アルバムの『イエス・ドクター』を出すと同時に、フォシェというユニットと一緒に『ナイス・トゥ・ミーチャ』を作るなど精力的に動いている。
 ホレイショは30/70のコア・メンバーのベーシストで、ジギー・ツァイトガイストと共に彼らの有機的でヴァイタルなリズムを司ってきた。ビート的に見ると、30/70にはジャズ、ファンク、ヒップホップ、ハウス、ブロークンビーツなどが混じり合っているのだが、そうした要素を繋ぐにはホレイショのエレキ・ベースを欠くことはできない。そして彼のベースはおとなしくリズムやグルーヴをキープするだけでなく、ときにギターのように雄弁にソロやインプロヴィゼイションを展開し、サイド・ギターがリズム楽器の役割を果たすということも少なくない。古くはジャコ・パストリアスを彷彿とさせ、現在であればサンダーキャットスクエアプッシャーのようなタイプのベーシストの彼は、ジャズやファンクという領域を飛び越えるフットワークの軽さも持っている。さらに彼はビートメイカー/リミキサーとしても活動していて、そうした点ではマーク・ド・クライヴ・ローなどに近い立ち位置とも言える。

 ホレイショ・ルナはこれまでオーストラリアの地元メルボルンのレーベルである〈ワックス・ミュージアム〉から、『ローカル・ハニー』(2017年)というミニ・アルバムをリリースしている。30/70がジャズ・ファンクとネオ・ソウルの中間的な方向性で、アリーシャ・ジョイのヴォーカルを持ち味のひとつに打ち出しているのに対し、この『ローカル・ハニー』はよりクラブ・ミュージック的な方向性を持つインスト・トラック集で、ハウス、テクノ、ビートダウンなどを咀嚼したサウンドとなっていた。〈リズム・セクション・インターナショナル〉におけるヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムズ)あたりに非常に近いサウンドで、そうした方面からホレイショの音楽に触れたファンも多いだろう。
 ほかにも数枚のシングルやリミックス集をリリースし、ジャイルス・ピーターソンによるオーストラリア産アーティストを集めたコンピ『サニー・サイド・アップ』(2019年)にも、ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ、アリーシャ・ジョイと並んで楽曲提供をおこなった。そして今年に入って、ファースト・アルバムとなる『イエス・ドクター』を〈ワックス・ミュージアム〉と同じくメルボルンの新興レーベルの〈ラ・セイプ〉からリリースした。
 参加するミュージシャンは30/70のメンバーではなく、ソロ・アルバムもリリースしているフィル・ストラウド(ドラムス)、これまでホレイショのシングルやリミックスに参加してきたデュフレーヌ(シンセサイザー)、アイキー(ギター)を軸に、ゲスト・プレイヤーでセットゥン(ギター)、マンゴ(キーボード)、スローン・ボーイ(ヴォイス)などがフィーチャーされる。フィルとデュフレーヌはそれぞれ『サニー・サイド・アップ』にも楽曲提供をおこない、またホレイショはこの中の何名かとイースト・コースト・コレクティヴというユニットも結成して楽曲リリースをおこなっているが、彼らはメルボルン、シドニー、ブリスベンなどオーストラリア東海岸の主にクラブ~エレクトロニック・サウンド方面で活動する人たちだ。『イエス・ドクター』リリース後にはこのバンドでライヴ・パフォーマンスもおこなっていて、現在のホレイショの主軸プロジェクトと言えるだろう。

 モー・カラーズレジナルド・オマス・マモード4世などに通じる、スモーキーなダブとヒップホップが結びついた “サム・ライク・イット・ホット” にはじまり、ホレイショの本領は続くタイトル曲 “イエス・ドクター” で全開となる。粗削りなジャズ・ファンクとディープ・ハウス~ブロークンビーツが一体化したようなこのナンバーは、地響きを立てるホレイショのベース、デュフレーヌのコズミックなシンセ、フィル・ストラウドのトライバルなパーカッションによって漆黒のグルーヴを作り出していく。ユセフ・カマールの名作『ブラック・フォーカス』(2016年)を彷彿とさせるような世界を持つ曲だ。
 ホレイショ自身の言葉によると、いろいろな音楽が融合する彼の中でも、『イエス・ドクター』は特にハウスにフォーカスしたアルバムとのことで、“ルナ・ランディング” のしなやかなハウス・ビートと律動的なベース・ランニングの融合が彼の理想とするものだろう。ゴリゴリとしたベース・ラインを刻む “バブリー” にしても、見事にダンス・ミュージックとしてのグルーヴを持続しつつも、そこにベーシストとしてのスキルを遺憾なく発揮しているところがホラシオの魅力と言える。エキゾティックなラテン・テイストの “ゴールデン” は、やはりモー・カラーズのように民族音楽的な趣味が伺え、パーカッシヴなビートとダンス・グルーヴが眩暈のように交錯していく。ボッサ・リズムが哀愁を誘う “ノーザン・ビーチズ” ではキーボードと一緒にベース・ソロが展開され、夕暮れどきのバレアリックな風景を生む。深みのある音色のピアノを配した “ブランズウィック・マッシヴ” は人力ブロークンビーツ的な楽曲で、同曲のパート2では強烈なダブ・ヴァージョンへと転じるなど、ジョー・アーモン・ジョーンズらサウス・ロンドンのアーティストたちにも繋がるようなところも見せる。

 もう一枚の『ナイス・トゥ・ミーチャ』のほうは、ジギ・ブラウ(キーボード、シンセサイザー)、マイク・ベントレイ(ドラムス)によるフォシェというユニットとの共演で、よりインプロヴィゼイションに重きを置いたジャム・セッション的な作品である。エクスペリメンタルなジャズ演奏を基調にポストロックなども交えた濃密な演奏を展開しており、不調和で急速なリズム・チェンジもあったりと、『イエス・ドクター』のようなハウスをはじめとしたダンス・サウンドとはまた異なるベクトルを持っている。3人の即興演奏のみで構成されて多重録音や編集は一切おこなっていないが、生まれてくるサウンドは極めてダビーでエフェクティヴであり、ホレイショの実験性が色濃く反映されたアルバムだ。30/70のアルバムと『イエス・ドクター』、そして『ナイス・トゥ・ミーチャ』はそれぞれ異なる性質のものであるが、そうした幅広い音楽性やいろいろなタイプの演奏もこなす技量をホレイショが持つことを見せてくれる。

Laurine Frost - ele-king

 エディプス・コンプレックスとは男の子が母親との仲を裂かれまいとして無意識に父を敵視することで、フロイトはこれを誰にでもある普遍的な概念として定義した(女の子と父親の場合はエレクトラ・コンプレックス)。しかし、子どもが(年齢とは関係なく)そうした感情を自覚できないうちに父が病気になったり、死んだりすると、父が倒れたのは自分自身の敵意が原因だという罪悪感を持ってしまったり、悪くすれば「対象喪失」という感覚に陥るなど場合によっては生きる意欲を失ってしまう可能性もある。自分を「完璧な子ども」に育てようとした「父」を題材に、初めて本人名義のアルバム制作に乗り出したローリン・フロストはその途中で実際に父を失うこととなった。「半分まで完成したところで父が自殺した。このプロジェクトのことは知らずに」。死後ではなく、その前から制作を進めていたことで、彼は「対象喪失」に陥ることはなく、むしろ完成度の高いアルバムに仕上げられたのだろう。ヒーローだった父親が日に日に信念や尊厳を失っていく──その姿を描こうとしたのだから。

 ペトレ・インスピレスクがルーマニアン・ミニマルの「表の顔」ならローリン・フロストは「裏の顔」だろう。ルーマニアで〈オール・イン・レコーズ〉を立ち上げ(後にハンガリーに移動)、ロシアや東欧のプロデューサーを広くフック・アップし、〈オール・イン〉を逆から読んだサブ・レーベル、〈Nilla〉でもフランスのアフリクァ(Afriqua)や最近ではスウェーデンのアルカホ(Arkajo)など素晴らしいリリースを続けている。フロスト自身は13年にコールドフィッシュ名義でリリースしたアルバム『The Orphans』がブレイク作となり、同じ年に本人名義のシングル「Metafora Of The Wolves」や、とりわけ「Swings Of Liberty」では作風もミニマルにジャズを取り入れるなど『Lena』への大いなる助走は早くから始まっていた(『The Orphans』は孤児という意味で、やはりチャウセスク政権下で軍事訓練を受けていた子どもたちのことなのかしらと思いながら、いまだにどうなのかわからない。険しい表情で何かを睨みつけている少年の表情が印象的なジャケット・デザイン)。

 父を題材にするといいながら『Lena』のコンセプトはかなり複雑である。ベースとなっているのはドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」で、自殺しようとしている男を彼の父に置き換えたという。男は夢を見る。そして、「真理を発見」して自殺はやめにするというストーリーで、実際には起きなかったことがシュールリアリスティックに展開されている。これを音楽に移し替えたとフロストは解説している。現実には父は自殺しているわけだから「起きなかったこと」とは、父が夢を見て啓示を得ることである。そのようにして父に生きていて欲しかったということかもしれないし、あくまでも弱さを認めなかった父の存在を否定しているとも考えられる。どちらの解釈であれエディプス・コンプレックスの克服を通り越して作者が「成熟」に至ったことは確かである。テクノに美学が持ち込まれることは頻繁にあったかもしれないけれど、ここまで文学趣味を作品に押し被せた作品は珍しい。うがった見方をすれば、父はソ連(現ロシア)で、連邦体制が崩れなかった場合の東欧がフロストたちルーマニアン・ミニマルとして投影されていると見なすことも可能だろう。ルーマニアン・ミニマルの異常なまでの暗さは「対象喪失」に由来し、それは計画経済が破綻したという「歴史」を受け入れるプロセスだというか(いつのまにか話がユング的になってしまった)。

 ここまで書いたことは忘れて虚心坦懐に『Lena』を聴いてみよう。ドラムン・ベースを簡素化したようなジャズ・ドラムとヴィラロボス流ミニマルの衝突。ハットとベースが絡みつき、ドラムでアクセントをつけた退屈ギリギリの2コード・ミニマルと獰猛なベース・ライン。不協和音を響かせるピアノのループと緊張感のあるホーンに無機質なダブと、フロストが醸し出す雰囲気にはいつも「余地」が確保され、それこそ息がつまるような交響曲の暗闇へと引きずりこむペトレ・インスピレスクとは対照的である。「このアルバムはクリシェに逆らい、単なる過去の再生産に抗っている」「最も大事なことは過去に学び、未来へ繋げていくこと」とフロストは力強く書き記し、ポップ・カルチャーにおける歴史意識を強調する。そう、できることなら彼にザ・ポップ・グループ『Y』のリミックス・アルバムをつくらせてみたい。

R.I.P Florian Schneider - ele-king

談:ダニエル・ミラー

 クラフトワークがいなければ、いま巷で聞かれるようなタッチのサウンドや音楽はなかっただろうし、彼らなしにはMUTEも存在しなかったでしょう。彼らは単に私にインスピレーションを与えただけでなく、エレクトロニック・ミュージックを生み出すプロセスそれ自体を理解させてくれたのです。
 私はここ数年、フローリアンと数多く会うことが出来てすごく幸運でした。彼と最後に会ったのはデュッセルドルフで、彼が持っているスタジオ近辺を熱心にしかも面白おかしく案内してくれたのでした。例えば彼が見せてくれたのは戦前に作られた電子機器で、それは当時ひと山幾らといったガラクタのなかから買ったそうなのですが、結局一度もちゃんと動かなかったそうです。
 また私がフローリアンからオリジナルのクラフトワークのヴォコーダーを購入したのも、とても幸運な出来事でした。実は、そのヴォコーダーはイーベイを通して購入したのですが、私たちがお互いの存在に気づいたのは、なんと購入が成立した後だったのです! 彼はそのヴォコーダーは一度もきちんと機能したことがないんだけどそれでもよければ、と説明してくれたのですが、その説明はさらっとお茶でも飲むみたいに簡単に済ませたかったようです。普段の私たちの間では、そんな大事なことを簡単に済ませることなど絶対になかったので、その後私たちが会うときには当時の話が必ず会話のネタとなりました。

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野田努

 クラフトワークのオリジナルメンバーとして、1970年から2008年までの長きにわたって活動したことで知られるフローリアン・シュナイダーが5月6日ガンのため73年の生涯を終えた。
 著名な建築家を父に持つシュナイダーと、医者の息子として生まれいまでもクラフトワークとして活動するひとつ歳上のラルフ_ヒュッター──自らを(メタファーとして)父無し子であると公言することになるふたりが出会ったのは1968年だとされている。面白いことにそこはデュッセルドルフ音楽学校のジャズ・インプロヴィゼーション・コースだった。彼らはフルクサスの影響下で、ヨゼフ・ボイスの生徒たちやのちにクラウトロックのシーンに関わることになるミュージシャンたちとセッションしている。ヒュッターがオルガンを弾いて、シュナイダーはフルートを演奏した。
 さて、今日我々が使う「クラウトロック」なる、主に70年代西ドイツで生まれた実験的なロックを意味するジャンル用語を普及させた第一人者にジュリアン・コープというUKのロック・ミュージシャンがいる。この男は裸のラリーズ神話を欧米に広めた人物としても知られているが、コープによればクラフトワークでもっとも良かった時期は1stから3枚目の『ラルフ&フローリアン』までとなっている。つまり『アウトバーン』以前の、彼らがマンマシーンとなるより前のクラフトワークこそ真のクラフトワークというのである。現在、廃盤となっている3枚のアルバムこそが最良の作品だというのだ。
 ぼくはこの意見に大いに賛成していた時期があった。ヒュッターがいうところの〈クラフトワークの初期段階〉、すなわちまだほぼすべての演奏をエレクトロニクスで統一する以前の彼らの音楽の初期にはやがてノイ!を結成するふたり(M.ローターとK.ディンガー)が関わっていたこともあるし、生演奏が楽曲における重要な成分として機能していた。いまとなっては公式には聴くことができない〈初期段階〉はまさに失われた宝であり、この眩しい喪失における楽曲たちの魅力を演出していたひとつの(そして極めて印象的な)要素にシュナイダーのフルートがあることは、“ルックツック(Ruckzuck)”や“クリングクラング(Klingklang)”のような曲を100回以上聴いている人には痛いほどよくわかる話だろう。〈初期段階〉を喩えるなら、それこそ広がる田園地帯にそびえる発電所であり、シュトックハウゼンからイーノへの橋渡しであり、美しい軌道を描きながら旋回する惑星であり、ワクワクする未来そのものだった。そして〈初期段階〉の最終章となる『ラルフ&フローリアン』(1973)は、戦略性を欠いたもっとも純粋な形での実験が反映されたエレクトロ・ポップとしてのマスターピースである。いまならIDMの最初期の作品として位置づけることもでるだろう。
 クラウトロックを研究しているUKの音楽ジャーナリスト、デヴィッド・スタッブスによれば、フローリアン・シュナイダーは、クラフトワークのメンバーにおいてもっとも洗練されたファッション・センスがあって、明らかにステージのうえで存在感をはなっていたという。とはいえ、マンマシーンと化してからのバンドでは、そうした外見的な個性は削除されてしまったのだが、クラフトワークのエンジンがシュナイダーとヒュッターのふたりであったことは言うまでもないことである。
 アメリカの高名なロック・ジャーナリスト、レスター・バングスは初めて会ったシュナイダーについてこう表現している。「コンピュータを作ることができ、ボタンを押せばわずかな感情表現だけで世界の半分を吹き飛ばすことができるみたいだ」
 半分どころか、世界のほとんどがクラフトワークが創出したエレクトロニック・ポップ・ミュージックないしはテクノというジャンルの恩恵に授かっている。旧来のロックの概念に真っ正面から対抗する未来の価値観、その創造過程においてもっとも貢献したひとりがこの世を去った。しかし、ボタンを押せばたったいまだって彼の演奏が聴ける。なので大丈夫、どうか安らかに。

vol.126 NYシャットダウン#4 - ele-king

 5月になった。3月中旬から始まったコロナヴァイラス隔離生活も1ヶ月半になリ、朝起きなくて良い、何もしない生活がデフォルトになった。

 天気が良くなってきたので、人は外に出ているし、マスクをしているだけで、あまり普段と変わりがなくなってきた。バーのカクテル、ビールなどのテイクアウトも流行っていて、週中、週末関係なく昼から列ができている。買っても店内で飲めないので、結局外で飲むのだが、警察に止められることはないらしい。この状況なので、警察も見て見ぬ振りなのか、ニューヨークもニューオリンズみたいになってきた。

 バスは無料になり、地下鉄は15ヶ月かかると言われていたLトレインのトンネル工事が12ヶ月で終わり、夜中1時から5時にサニタイズをする為に、24時間営業が一時停止になっている。
 学校からは月曜日から金曜日まで食事が支給され、$1200のチェックが送られ、失業保険にはプラス$600が毎週支給されている。アンチボディ(抗体)テストも無料でできるようになった。お金を使う所がない。

 というわけで、ニューヨーカーたちはグローサリーショッピングに精を出し、料理の腕を上げ、パンやケーキなど、ベイキングする人が増えた結果、小麦粉が品切れ状態。私はたこ焼きの小麦粉を買いに行こうとしたら、どこのスーパーも売り切れていて、はてと思ったのであるが、私も最近パン作りにはまり、毎日のように酒粕ミルクパンを焼いている。知人が、ブッシュウィックに酒ブリュワリーをオープンし、よく酒粕を分けてもらっているが、オープンしたとたんにこの状況。が、最近デリバリーを始めたところ結構オーダーが入っているらしい。近くのファンシーなペイストリー屋さんは普段より忙しい、と言っていた。買いに行ったら、そこだけ行列ができていたし、自分のためというより、お土産や人に送るものが売れているらしい。公園に行くとお花見しているグループもいたし、そろそろ自炊に飽きてきた人が外に出始め、ちょっとファンシーな食べ物やカクテルに、お金を使うようになってきたようだ。

 音楽ライヴは今年はお預けという噂が流れるなか、ミュージシャンはライヴストリームをしたりインスタをあげたりしてはいるが、それがオンラインの売り上げにつながれば良し。毎日のように新作はリリースされているが、ライヴ活動はできないので、オンラインだけでの売り上げとなる。バンドキャンプは3月20日に手数料を無料にする日を設けた。ここでは430万ドルを集め、プラットフォームの歴史上最大の販売日となった。 音楽、商品からの収益は、24時間でバンドキャンプの通常の15倍になり、1秒間で11アイテムが販売された。これを受けて、5、6、7月の第一金曜日も、手数料を無料にする日を設けた。このように音楽プラットフォームも少しずつ動き始めている。
https://techcrunch.com/2020/05/01/bandcamp-is-waiving-fees-today-in-support-of-artists/

 普段に近づいているようだが、人に会えないのが辛い。アパートの前で6フィート離れて話したり、窓越しに話したりはするが、一緒にジャムしたり、遊びに行くのはまだ遠い。外に出る時は、マスクやフェイスカバーをつけ手袋をしている。マスクも無料で配られている。

 5/2現在でのコロナウイルス統計:ニューヨークでの流行の追跡

 ニューヨーク市では17万人が感染して2万人弱が死亡している。私の周りにはかかっている人はあまりいないが、病院には霊柩車がいつも止まっているし、先日ユダヤ人の大規模なお葬式がウィリアムスバーグであり、ソーシャルディスタンスが守られていない。ということで、デブラシオ市長が怒っていた。
https://gothamist.com/news/crowded-hasidic-funeral-williamsburg-coordinated-approved-nypd

 またニューヨーク図書館が「失われたニューヨークの音」というサウンドトラックをリリースした。
 アンダーグラウンド・ショーを見に行く音、ラッシュアワーの音、公園の音、夜のバーの音、タクシーを呼ぶ時の音、近所の音、図書館の中の音などなど。普通な音が懐かしいと思うのもこういう時だからこそ。
https://gothamist.com/arts-entertainment/nypl-has-released-album-nyc-sounds

Purity Ring - ele-king

 だいぶギスギスしてきた。「あつまれ どうぶつの森」もいいけれど、こういう時は音楽なら「声」に着目したい。各国の感染症対策を見ると、メルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、ツァイ(台湾)と女性リーダーの国が比較的うまくいっているという報道が多い。北欧もスウェーデン以外は女性がトップで(ゲイが首相を務めるアイルランドとともに)やはり評価が高い。ウイルスから身を守る時に「女性の声」で自粛を要請された方が国民も受け入れやすいという分析があり、ということは男性の声で「打ち克つ」とか「戦争だ」と勇ましいトーンで呼びかける国はあまり穏やかな気分にならず、実際、リーダーに対する評価も低い。うぐいす嬢が駆り出されて「選挙戦に勝とうとする」構図が繰り返されていると考えればいいだろう。「声」には「顔」や「思想」に匹敵する情報が含まれ、その効果は侮れない。ヴァリエーションもDNAの数だけ存在する。

 とはいえ、自分の「好きな歌声」を正確に把握することはは意外と難しい。言い方は悪いかもしれないけれど、「いい音楽」というファクターに騙されやすいのである。サウンドもある程度はいいものでないと音楽を聴いている意味がなくなってしまうので、そこは自分なりに線引きをすべきだろうけれど、「声」が前景化しているという意味ではラップがいい検討材料となる。去年、湯山玲子とヒップホップについてダラダラと話をしていた時に、サウンドに対して興味がなくても「好きな声」ならいつまででも聴けるという、身もふたもない結論に達してしまった。このサイトに掲載されたリトル・シムズの記事を読んでドハまりしたという湯山さんは『Grey Area』ばっかり聴くようになってしまったそうで、それだったら自分はなんだろうと考えた時に、自分の頭に浮かんだのはエミネムやスラッグ(アトモスフィア)といったハリのある声や、ちょっと変わった声、とくに鼻声ではないかと思い当たった。

 思想家の内田樹はかつてアメリカのポップスには「鼻声」が許容されていた時期があり、それは1977年でピタリとなくなったと書いていた。大国としての自信を失ってしまったアメリカはニール・ヤングやジェームス・テイラーの「鼻声」を受け入れる強さを失い、歌声は怒りや無機的な声に取って代わられたと氏は論じていた。「強い人間だけが、平気で泣くことができ」たし、そういう時代は終わってしまったのだと。世代が違うので、こうした考察を実感として受け入れるのは少しハードルが高いけれど、いわゆる「昔の曲はいい」という意見を聞く時に「昔の曲には現代に特有の感情が歌われていない」とはよく思うことだし、喜怒哀楽が他人事のようにしか感じられないとも思うので、僕がニール・ヤングやジェームス・テイラーの声に物足りなさを感じるのであれば、表現される「弱さ」の質も変化しているということが考えられるから、「怒りや無機的な声」の後で「鼻声」はどう変わったかを追ってみれば、内田樹の理屈にのることも可能になるだろう。そして、実際、僕が1977年以降、最もインパクトを感じた「鼻声」は戸川純とギャビン・フライデー(ヴァージン・プルーンズ)だった。彼らの声は明らかに「怒りや無機質を含んだ鼻声」であり、その延長線上にはビヨークがいたのでる。それこそ音楽はそれほど好きでなくても、僕にとっては「ついつい耳がいってしまう声」の持ち主がビヨークであり、その影響も世界規模に及ぶものだった。さらにいえば、先週、ブレイディ『Exeter』のレビューで、偶然にも書いたように僕が好きなラップはサイプレス・ヒルとTTCだった。声のことなど何も考えていなかったけれど、彼らも見事なほど鼻声である。僕は無意識に「鼻声」ばかり追いかけていたらしい。

 ピュリティ・リングのシンガー、ミーガン・ジェームズも最初から僕の耳を捉えて離さなかった。彼女の場合は「怒りや無機質を含んだ鼻声」ではなく、またしても時代が変わったのか、「甘えを含んだ鼻声」である。去年、繰り返し聴いたベイビーゴスもまったく同じくで、ウィズ・カリファをフィーチャーした“Sugar”は舌ったらずで甘えの要素をさらに強調するような鼻声である。ここまで来ると歌声を聴くためにしか聴いていないことは確かで、「鼻声」に興味がない人は……とっくに読んでいないだろう。ミーガン・ジェームズの歌声はかけらもアホっぽくなくなったというか、多少の無邪気さは失ったかもしれないけれど、軽く詰まったような鼻声はまったく変わっていない。コリン・ロディックによるグリッチを通過したシンセ~ポップ・サウンドも、以前の曲でいえば“Cartographist”を受け継ぐように重々しさを加え(ベースが太くなり、アウトロがしつこくなったかな)、暗くて巨大なものに押しつぶされながら小さなものが光っているという切ない存在感を以前よりも際立たせ、物悲しさやむせび泣くような哀愁をみっちりと伝えてくる。簡単にいえば、たくましくなっている。そして映画『シャイニング』を思わせると評された歌詞は、それこそ戸川純「赤い戦車」や「肉屋のように」とイメージがダブルほど生理的かつ内臓的で、アルバム・タイトルもずばり『子宮』となった。そう、ブレンダ・リー“The End of The World”やジュリー・ロンドン”Cry Me A River”にはない現代的な感情がここにはしっかりと刻み込まれている。

 同じ曲が人によっては違う効果を与えるということもあるだろう。新型コロナウイルスはDNAによって症状が変わるという仮説も浮上しているし、歌声に対する好みが千差万別であることは疑いがない以上、自分が好きな「歌声」は(サウンドとは分けて)自分でしっかりと探した方がいい。ソーシャル・ディスタンシングが叫ばれるなか、セクシャリティを有効に保つためにも(つーか、アベノマクスがまだ来ない〜)。

 毎年恒例のバースデイ・ライヴを自粛のため延期にした戸川純が「なにかしなくては!」と動画配信を始めました。しかも内容は得意の人生相談と本職の歌! 早くも第1回配信がゴールデンウィークから開始されています。ツイッターで募集した深刻な悩みに次から次へと意味不明の解決法を持ち出していきます。


戸川純の人生相談 令和弐年 第一回 前半


戸川純の人生相談 令和弐年 第一回 後半

Dominic J Marshall - ele-king

 現在のUKのジャズではサウス・ロンドン・シーンが注目を集めるが、その中にもいろいろなミュージシャンがいるわけで、すべてをシーンの一言で括ってしまうことはできない。たとえばドミニク・J・マーシャルもロンドンで活動するミュージシャンだが、シャバカ・ハッチングスモーゼス・ボイドらがいるトゥモローズ・ウォリアーズ周辺のサークルとは異なる出目である。そもそも彼はスコットランドのバンノックバーン出身のピアニスト/キーボード奏者で、2010年にリーズ音楽大学を卒業してプロ・ミュージシャンとなってからは、オランダのアムステルダムで始めたドミニク・J・マーシャル・トリオ(DJMトリオ)で活動してきた。このピアノ・トリオはその後ロンドンへと拠点を移すのだが、ジャズとインストゥルメンタル・ヒップホップの中間的なことをやっていて、『ケイヴ・アート』というシリーズ(2014年と2018年にリリース)ではJディラ、MFドゥーム、マッドヴィラン、フライング・ロータス、スラム・ヴィレッジ、9thワンダーなどのヒップホップ・トラックを人力でジャズへ変換した演奏をおこなっている。こうしたスタイルの作品自体は珍しいものでもないが、ジャズの緻密な演奏力とヒップホップ・センスの高さはなかなかのもので、同世代のアーティストではゴーゴー・ペンギンとかバッドバッドナットグッドあたりに比するものを感じさせた。

 ドミニクはソロでもいろいろ作品を作ってきて、そちらでもインストのヒップホップ的なことはやっているが、よりビートメイカーに近い作風となっている。2016年リリースのソロ名義作『ザ・トリオリシック』は、現DJMトリオのサム・ガードナーとサム・ヴィカリー、オランダ時代の旧DJMトリオのメンバーであるジェイミー・ピートとグレン・ガッダム・ジュニアも加わったトリオ編成を踏襲する部分もあるが、アコースティック・ピアノだけでなくシンセやいろいろなキーボード、そしてサンプラーやエレクトロニクスまで駆使し、全体としてはビート・ミュージックやエレクトロニカ的な方向性となっている。ロンドンを拠点とするピアニスト兼ビートメイカーではアルファ・ミストが思い浮かぶが、彼に近いセンスを持っているだろう。さらに2018年のソロ・アルバム『コンパッション・フルーツ』では、アナログ・シンセやビート・マシンを軸としたエレクトリック・サウンドの比重が増しており、ジャズとヒップホップの融合という世界からさらに進化し、1980年代的なエレクトロとフュージョンが結びついたシンセ・ウェイヴ~ヴェイパーウェイヴ的な新たな展開も見せていた。

 トリオとソロ活動以外でもドミニクの交流範囲は幅広く、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ベンジャミン・ハーマン、スチュアート・マッカラム、タウィアーらと共演している。スチュアート・マッカラムとの交流がきっかけになったのだろうか、近年はザ・シネマティック・オーケストラでも演奏していて、最新作の『トゥ・ビリーヴ』(2019年)にも参加していた。そして『コンパッション・フルーツ』から2年ぶりの新作ソロ・アルバムとなるのが『ノマズ・ランド』である。『コンパッション・フルーツ』の世界を発展させた作品と言えるだろうが、前回は元DJMトリオのジェイミー・ピートが1曲にフィーチャーされる程度で、ほぼひとりで作り上げたアルバムだったがゆえの一本調子な面も否めなかったけれど、今回はヴォーカリストや楽器プレイヤーなどいろいろな手助けを借りている。メンバーはジェイミー・ピート(ドラムス)のほか、同じく新旧DJMトリオのハンローザことサム・ヴィカリー(ベース)とグレン・ガッダム・ジュニア(ベース)、エレクトリック・ジャラバやフライング・アイベックスなどのロンドンのバンドで活動するナサニエル・キーン(ギター)、アムステルダムの新進R&Bシンガーのノア・ローリン(ヴォーカル)、ドラムンベースのプロデューサーとしても活動するセプタビート(エレクトリック・ドラムス)で、彼らの参加によってオーガニックなサウンドとエレクトリックなサウンドの融合が増え、音楽的にもより広がりと深みを感じさせるものとなっている。

 冒頭の “コールドシャワー(Coldshwr)” から驚かされるのだが、今回のアルバムはドミニク自身が全面的にヴォーカルをとっている。ノア・ローリンもデュエットというよりバック・ヴォーカルに近く、あくまでドミニクの歌が主役という感じだ。どのような理由からドミニクが歌を歌うに至ったかはわからないが、サンダーキャットが単なるベース・プレーヤーから脱却して、近年はシンガーとしても新境地を開拓している姿に重なるものだ。“ハーブ・レディ” での歌はヒップホップのラップからネオ・ソウル調へと遷移するもので、トム・ミッシュとかロイル・カーナーなどロンドンのシンガー・ソングライターにも通じる。全体的にはソウルフルな曲であるが、中盤以降はガラっと様相を変えてフライング・ロータスのように幻想的でコズミックな世界となる。ラップ調のヴォーカルをとる “タイム・アンリメンバード” は、シンセウェイヴとビート・ミュージックが融合したような曲。温もりのあるピアノやキーボードがエレクトロなサウンドやビートとうまく一体化していて、最近の作品ではカッサ・オーヴァーオールのアルバムと同じ感触を持つ。“ライオネス” とかもそうだが、ラップ・スタイルの歌が多い点や、自身の生演奏や歌をサンプリングして変化させたりループさせている点もカッサと重なる。

 “DMT” はセプタビートのエレクトリック・ドラムスが織りなす有機的なビート上で、ドミニクが美しいピアノ・ソロを展開する。ヴォーカルのテイストも含め、ジャズとソウルとヒップホップの中間的な作品だ。“フィーリング” はウーリッツァー・ピアノがどこかレトロなムードを奏でるインスト主体の曲で、ハービー・ハンコックやチック・コリアなどの1970年代前半のフュージョンにも通じるが、終盤でヴォーカルが入るあたりではロバート・グラスパー・エクスペリメント風にもなる。そして浮遊感に富むコズミック・ソウルの “オン・タイム” や “イニシエーション”、ティーブスジェイムスズーなど〈ブレインフィーダー〉勢やLAビート・シーンにも繋がるような “ストーリーライン”、ジャズ・ピアニストとしての神髄を見せるスピリチュアルな “ハイパーノーマライズ”。ロバート・グラスパー、フライング・ロータス、カッサ・オーヴァーオールなどいろいろなアーティストからの影響や通じる部分を感じさせるものの、それらを単なる模倣や物真似でなく自身の音楽にまで高め、オリジナルな世界を作り出した非常に密度の濃いアルバムだ。

Rainbow Disco Club 2020 - ele-king

 リボ核酸(RNA)、それ自身では生きられないが生き物に寄生することで生きる新型のウイルスの影響によって、ことごとくライヴおよびクラブは休止を余儀なくなされている。この状態は永遠に続くわけではないが、しばらくのあいだ(ワクチンが普及するまでは)以前のようには行動できないだろう。こうしたシビアな状況のなかで海外でも国内でも「じゃあ、いまこの条件でできることをクリエイトしよう」という前向きな動きが出て来ている。ぼくはもう歳が歳なので夜更かしはできず、RDJのライヴもNOのライヴも見逃してしまったが(NOはあとから見ました)、RDCは国内イベントなので、しかとリアルタイムで楽しませていただきました。

 Rainbow Disco Club、通称RDCは、日本がほこるDIYフェスティヴァルのひとつで、音楽もさることながら環境のクオリティをふくめ海外でも評価が高く、またele-kingでもかねてからリコメンドしているのだけれど、今年は周知のように早々と開催を断念し、配信による開催に切り替えていた。
 とはいえ、RDCにリピーターが多いのは、なんといってもあのロケーションであり、あの場のヴァイブなので、ぶっちゃけ言えば、試みは素晴らしいが実際どうなんだろうと訝ってはいた。ドネーション感覚で、というのはある。あれだけ楽しい思い出を作らせてもらったフェスに対して感謝があるし、少しでも赤字の足しになってくれればという思いもある。
 しかし、である。ぼくのように妻子がいる立場の人間が、そして土曜日の昼から家でダンス・ミュージックを浴びながらひとりでダンスするというのは、これ簡単そうに見えて難儀なことなのだ。ただでさえ自粛生活のなかで家人のストレスは上昇している。「土曜日ぐらい、家の掃除を手伝えや」というオーラが午前中の段階ですでに発せられているのである。これが日常生活のなかで“体験する”ことの難しさだろう。いきなり自分ひとりだけ非日常化するわけにはいかないし、じゃあ、家族全員で楽しめば良いという意見もあるろうが、世界はピースな家庭ばかりではないということだ。

 そんなところに長年の友人である弘石雅和からショートメールが届く。「いま瀧見さんですよ~」、時計を見るとすでに14時過ぎ。外は暴風雨で、寒い。だが、ぼくはいよいよ覚悟を決めた。コンビニでビールを買い込み、部屋を閉めて、チケットを購入しチューンイン。弘石君にメール。「パーティに間に合ったぜ!」
 こうして長い1日がはじまった。


(こんな感じの画面です。瀧見憲司には間に合ったぜ~)

 弘石雅和からメール。画面では「俺を見ろ」と言わんばかりに、すでにクラフトワークのTシャツを着て部屋のなかで踊っている(笑)。すげー、この男もうすっかり入っていやがる。最初ぼくは、DJのプレイするダンス・ミュージックを部屋で鳴らしながら(PCをDJミキサーに突っ込んでオーディオ装置で聴いてました)、ただぼんやりと座っていた。音質はかなり良かった。ちゃんとPAの方がミキシングしているのがわかる。また、当たり前かもしれないが、やはりどうしても画面を見てしまう。画面では、すべて録画だが伊豆稲取の山の中腹になるいつもの場所でDJたちがプレイしている。いつもの山、空……もっと山とか空とか写してーと思いながら椅子に座ってダンス・ミュージックを聴いていると、いつの間にだんだん気持ち良くなっていった。で、ここあたりで弘石雅和とZOOMで話すことに。


(自室でひとり踊っている弘石氏。U/M/A/A主宰、ケンイシイやジェフ・ミルズなんか出してます)

 「けっこう良いね」「いま何飲んでるの?」「俺レモンサワー」「俺ビール」といったどうでも良い話からコロナのシリアスな話、いつの間にか最近の身の上話までして、「ちょっと冷蔵庫までビール取ってくるわ」などと言ってまた音楽に集中したり、「こりゃ、ヴァーチャルなフェス空間作れるかもな」なんて言い合ったりして、どんどん時間が過ぎていった。DJがWATA IGARASHIからNOBUのあたりで、それまでの寒々しい暴風雨から一転、空から晴れ間が見えはじめ東京地方はいっきに青空。「うっひょー」「やっぱ天気って重要だね」
 やがてあたりは暗くなり、さらにパーティのテンションは上がっていく。「弘石君、この画面に出ているチャットに書き込みたいんだけど、どうすればいい?」「ツイッターのアカウントで書けますよ」「俺、ele-kingの公式アカウントしかない」そんな会話をしながら、どうしてもチャットに書き込みしたい衝動が抑えられなくなってきた。これは、クラブやライヴハウスでテンションが上がると叫んだり奇声を上げたくなるあの衝動と同じだ。いまの思いを伝えたい──我慢できずにele-kingの公式アカウントで書き込みと、「弘石君もチャット書き込めよな」と思いきり同調圧力を加える。ノリの良い彼はしっかりと書き込み、「もっと場を盛り上げようぜ」と逆に煽ってくる。「場って何だよ、場って(笑)」「この場ですよ」「ああこの場ね」……
 すっかり夜で、DJはLICAXXX。「おお、テクノだねー」「テクノだねー」……、ホントにどうでもいい会話(酔っぱらいトーク)をしつつ、我々はお互い踊り続けている。


 こんなシチュエーションもいまだけなのだろう。いや、意外とこれはこれで面白いし、パンデミックが収まっても根付く可能性だってある。そう、実際体験してみて思ったのは、それだった。いや、もちろんこれを伊豆の稲取の山の中腹の芝生の上での経験と比較してはダメです。やっぱダンス・ミュージックはダンスフロアでしょうとか、そういう話ではない。これはそれとは別モノとしての楽しさがあるということを発見したと。そう、いまこの条件のもとでもできることはある。不安は星の数ほどあれど、使い慣れたフレームがいま使えないなら新たなフレームをクリエイトすればいい。それがアートってもんだ。ブライアン・イーノがそんなようなことを言っていた。

 さて、弘石雅和はすごい男だ。夜も深まりはじめた頃、その日の夜同時にやっていた「BLOCK. FESTIVAL」に行ってみないかと誘ってきた。「ちょうどいまチャラが歌ってるんだ」という彼はすっかり家でトランスしている。(失笑しながら)「ごめん、俺は腹減った。風呂に入って、風呂でトランスさせてもらうよ」「そうか、わかったよ、いつか野外でトランスしよう」「それまで感染しないように気をつけよう」
 そんなことを言いながら弘石君と別れて、ぼくは夕食を食べて風呂に入った。それからベランダに出て外気浴をしつつ、PCの画面のなかのCYKを見た。夜の22時過ぎ。楽しい1日だった。ありがとう弘石君、そしてRDC。可能性を見せてもらいました。


(LICAXX、盛り上がりましたね~。隣にはチャットが書き込めて、みなさんと一緒にいるような気持ちになります)

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