「CE」と一致するもの

The Comet Is Coming - ele-king

 昨年私たちが年間ベスト・アルバムの1位に選んだのはアースイーターでした。では、2位は? はい、読んでくださった方はご存じですね。サンズ・オブ・ケメットの『Your Queen Is A Reptile』です。アフロ・カリビアンからサウンドシステムまで横断する同作はまさに「ブラック・アトランティック」を体現する1枚で、いまのUKジャズのエネルギーを凝縮したじつに魅力的なアルバムでした。中心人物であるサキソフォニストのシャバカ・ハッチングスは、他方でザ・コメット・イズ・カミングというプロジェクトにも参加しており、そちらではポストパンクやエレクトロニック・ミュージックからの影響を強く打ち出しています。そんなTCICの新作が3月に〈Impulse!〉からリリース! まずは先行公開された“Summon The Fire”を聴いてみてください。めちゃくちゃかっこいいコズミック・ジャズ・ロックです。去年に続いて今年もシャバカがジャズ・シーンを席巻するのでは――そんな気がしてなりません。

現行UKジャズ・シーンの中心人物シャバカ・ハッチングスの大本命ユニットが、遂にメジャー・ファースト・アルバムをドロップ!

●2018年、サンズ・オブ・ケメットで米国〈インパルス〉からメジャー・デビュー(アルバムは英国マーキュリー・プライズにノミネートされる快挙)を飾った、現行UKジャズの中心人物シャバカ・ハッチングス(キング・シャバカ)率いる大本命ユニット、ザ・コメット・イズ・カミング。

●サックスのキング・シャバカ、シンセサイザーのダナログ、ドラムのベータマックスによって2013年に結成。2015年末に12インチとデジタル配信のみでリリースされたデビューEP「The Prophecy」は英 DJ Mag 誌で10点中9.5点の高評価を獲得し、ジェイミー・カラムも自身のラジオ番組で「最高のニューカマー」と絶賛。翌2016年にはデビュー・フル・アルバム『Channel The Spirits』を発表。そして今回、満をじしてメジャー・デビュー作をドロップ。

●エレクトロニカやポスト・ロック色の濃厚なスペーシーなサウンド・プロダクションとシャバカが奏でるキャッチーなメロディはトリップ効果絶大!

THE COMET IS COMING
TRUST IN THE LIFEFORCE OF THE DEEP MYSTERY

ザ・コメット ・イズ ・カミング
『トラスト・イン・ザ・ライフフォース・オブ・ザ・ディープ・ミステリー』
2019. 3. 1 ON SALE
UCCI-1045
¥2,700 (税込)
impulse! / Universal
全世界同時発売
日本盤ボーナス・トラック収録

【収録曲】
01. ビコーズ・ジ・エンド・イズ・リアリー・ザ・ビギニング
  Because The End Is Really The Beginning (4:49)
02. バース・オブ・クリエーション
  Birth Of Creation (5:04)
03. サモン・ザ・ファイアー
  Summon The Fire (3:55)
04. ブラッド・オブ・ザ・パスト feat. ケイト・テンペスト
  Blood Of The Past feat. Kate Tempest (8:15)
  (Danalogue/Betamax/Shabaka Hutchings/Kate Tempest)
05. スーパー・ゾディアック
  Super Zodiac (4:02)
06. アストラル・フライング
  Astral Flying (4:44)
07. タイムウェーヴ・ゼロ
  Timewave Zero (5:21)
08. ユニティ
  Unity (4:14)
09. ザ・ユニヴァース・ウェイクス・アップ
  The Universe Wakes Up (5:25)
10. クロッシング・ザ・リヴァー(ジャーニー・オブ・ザ・デッド)*
  Crossing the River (Journey of the Dead) (6:22)

All tracks written by Danalogue, Betamax, & King Shabaka
except where noted.
Arranged by Danalogue, & Betamax

* 日本盤ボーナス・トラック

【パーソネル】
キング・シャバカ (ts, bcl)
ダナログ (key, synth)
ベータマックス (ds, per, programming)
ケイト・テンペスト (vo) on 4
グラニー (vln) on 4

Recorded by Kristian Craig Robinson at Total Refreshment Studios, Dalston, London, February 20-22, 2017 and August 3, 2017
Mixed by Danalogue & Betamax at Total Refreshment Centre, Dalston, London & The Shard, Forest Gate, London, Oct. 2017 - Aug. 2018
Mastered by Daddy Kev

Produced by Danalogue & Betamax

Amazon / Tower / HMV / iTunes

https://www.thecometiscoming.co.uk/

 しぶや花魁を拠点にローカルからワールドワイドまでクオリティーの高いアーティスト / DJを招き、毎週日曜日18:00~21:00にライヴ・ブロードキャストを行うTSUBAKI FM。昨年は京都八坂や加賀山代温泉などの出張放送の実績もあるラジオ局が、東京、京都、福岡、広島にて初のジャパンツアーを行う。
 ツアーでは京都を代表するJAZZ / CROSSOVERイベント〈Do it JAZZ!〉を主催し、現在は Gilles Petersonがスタートしたオンライン・ラジオステーション〈Worldwide FM〉の京都サテライト〈WW KYOTO〉のDJも務めるMasaki Tamura。
 アンダーグラウンドディスコを軸に長年に渡り茶澤音學館のクルーとしてSadar Baharの来日サポートを務め、毎週火曜日のAoyama Tunnelをレギュラーに都内を中心にDJとして活躍中のSouta Raw。
 そして東京ハウス・ミュージックシーンの人気パーティー / レーベル〈Eureka!〉を仕掛け、TSUBAKI FMの発起人でもあるMidori Aoyamaの3人を中心に、特定のジャンルに縛られない様々なジャンルを発信するTSUBAKI FMとリンクした「音」にこだわりのある4会場のローカル・アーティストがコラボレーション。
 現地でのライヴ配信とイベントが融合したツアーショーケースを1ヶ月通して開催する。

Sauce81 & Shing02 - ele-king

 現在、ハワイを拠点に活動しているシンゴ2が、年末から年始にかけて2枚のアルバムを立て続けに発表した。まず、昨年12月25日にリリースされたのが、ソース81が全曲プロデュースを務め、シンゴ2が全編英語でラップしたコラボレーション・アルバム『S8102』で、この作品のBandcampのページ上にも記載された「キャプテンS81と副操縦士S02によるS8102号は、冒険心に満ちた乗組員達と共に宇宙空間に飛び出した~」で始まるテキストが物語るように、壮大なスペースオペラが全12曲の中でコンセプチュアルに繰り広げられていく。プロデューサー/DJとして活動する一方で、自らのソロ名義やグルーヴマン・スポットとのユニットである77カラット・ゴールドなど多方面で活躍しているソース81だが、本作でも彼特有のエレクトリックかつオーガニックなファンク・サウンドが様々なヴァリエーションで展開している。そして、ソース81のもうひとつの持ち味でもある歌声も絶妙なスパイスとして機能し、さらにギターなどの生音やスクラッチも盛り込みながら構築されたスペーシーな空間のなかで、シンゴ2が縦横無尽にライムで飛び回る様(さま)は実に痛快だ。前半部分の見事にまとまった流れも素晴らしいが、個人的な好みで言えば中盤の“Sponge Monsters”のどこか2000年代のウェストコースト・アンダーグラウンドを彷彿させるグルーヴ感や、“Star Dance”でのPファンクにも通じるヘヴィーなサウンドに強く惹かれる。彼らふたりの相性の良さは疑いようがなく、今回限りのプロジェクトではなく、このコンビネーションでの楽曲をもっと聴いてみたいと思うのは筆者だけではないだろう。

 続いて、今年1月11日にリリースされたのが、現在、シンゴ2のライヴDJも務めているスピン・マスターA-1とのコラボレーションによる、日本語ラップのみで構成されたアルバム『246911』(=西向く士(さむらい))だ。アルバムのタイトルおよびジャケット・カヴァーからも分かるように、こちらは完全に“和”で統一されており、スピン・マスターA-1がプロデュースを手がけたトラックにも琴や尺八、鼓など和楽器が大胆にサンプリングされるなど、コンセプチュアルという意味では『S8102』よりもさらに濃い作品に仕上がっている。とは言え、収録されているトラックはただ単に和楽器を取り入れられただけではなく、アンダーグラウンドなテイストのものもあれば、トラップに通じるようなスタイルもあったり、実にバラエティに富んでいる。そんなトラックに乗って、シンゴ2は自らのストーリーテラーとしての才能を遺憾無く発揮しており、なかでも『まんが日本昔ばなし』的なおとぎ話が展開される“Tanuki / 狸”などは、その真骨頂とも言えるだろう。なお、スピン・マスターA-1の“和”ビートおよびターンテーブリストとしての一面も持つ彼のスクラッチをより濃密に堪能したい人には、本作リリースの10日後に発表されたインスト・アルバム『246911 Instrumentals』もお薦め。
 ちなみにシンゴ2は《A Tribute To Nujabes US Tour 2019》と題した全米14都市を巡るツアーを今年春に予定しているが、ヌジャベスはJ・ディラとともに Spotify でも注目のジャンルであるローファイ・ヒップホップの生みの親とも言われており、ヌジャベスからの繋がりでシンゴ2を知った若い海外のリスナーも多いという。そんな新たなファンにとっても今回の2作品『S8102』と『246911』は刺激的に響く作品に違いない。

interview with Mark Stewart - ele-king

当時初めてマーク・スチュワート+マフィアでブリストルでライヴをやったことは、ブリストル・シーンが生まれるきっかけになった。このアルバムはバンクシーがいちばん好きなアルバムだし、ダディーGのお気に入りでもある。

 ただ生きるのに、なぜこうも金がかかるのだろう……。いや〜、きつい。だれにとってもこのきつい新自由主義しか生きる道はない、ひとびとにそう信じ込ませるリアリズムを分析し描いたのがマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』という本で、その副題は「ほかに道はないのか?」だ。本当に、ほかに道はないのか? ぼくたちはこの終わりなき倦怠感のなかでじたばたするしかないのだろうか? 
 音楽ファンであるフィッシャーが、そうしたやっかいな資本主義リアリズムにおける外部の可能性について思考をめぐらせるとき、レイヴ・カルチャーやダブに行き着くのは納得のいく話ではあるけれど、それは過ぎ去った昔のことではないのかという声もあろう。が、「ほかの道」は意外なことに、いちど殺され死滅したものたちこそがしめすかもしれない。死者が無言であるとはかぎらないのである。

 1970年代なかばのリー・ペリーがジャマイカで繰り広げた音響実験は、UKに渡るとパンクを通過して、エイドリアン・シャーウッドによってさらに拡張された。そのクライマックスのひとつに数えられる1983年の『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス』は、味気ない灰色の街の抑圧のなかにさえも「ほかにも道はあるだろう」と言っているようだ。バンクシーがこのアルバムを好きなのはなんとなくわかるような気がする。ここには抵抗とともに至福の王国(=エルサレム)も描かれている。熱狂的でもあるのだ。マッシヴ・アタックのダディーGがこれをいちばん好んでいる理由は明白だ。『ラーニング・トゥ〜』は、マーク・スチュワートの数あるアルバムのなかでもっともレゲエ寄りだからだろう。
 とはいうものの、ルーツ・レゲエ・バンド、クリエイション・レベルあるいはダブ・シンジケートのメンバーたち、そしてエイドリアン・シャーウッドといっしょに作り上げた『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス』は、初期の〈On-U〉におけるダブの冒険が次のステージ(=オールドスクールのヒップホップ・ビート)へと進む手前の作品である。以下のインタヴューでマーク・スチュワート自らが言っているように、ザ・ポップ・グループのジャズ・ファンク路線からレゲエへとシフトするちょうどのその真っ直中を通過したあたりにドロップされている。なるほどそのサウンドは、たしかにのちのBurialにも繫がっている。

 マーク・スチュワートは読書家で、博識である。そしてその表現が頭でっかちにならないのは彼が本当にいろんな音楽を愛しているからで、たとえばこのインタヴューでいうと、それはスキンヘッドの話に垣間見れる。政治的な人間は、とかく右だ左だと分ける。しかしよく行くパブにはスキンヘッドもいる。自分と同じように、このきつい社会を生きている人間のひとりとして。だから意見はちがっても、マーク・スチュワートは彼らと対話する。そうした人間的な泥臭さは、音楽ならではのものである。

マーク・フィッシャーと同じくらいパンクでワクワクさせる理論を提唱したのがすでに他界したフランスの哲学者のジル・ドゥルーズで、彼に関する展示会を今年の終わりにゲントで企画しているんだ。ジャン・ボードリヤールやジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ。彼らの執筆は、それこそジョー・ストラマーが描く歌詞の世界と同じくらいクールだった。

こんにちは。今回は野田努さんというジャーナリストからの質問になります。これまで何度も取材を受けていると思いますが、よろしくとのことです。

マーク:俺からもよろしく伝えてくれ。日本には数人クールなジャーナリストがいるから顔を見たら誰かすぐにわかるだろう。

ありがとうございます。で、早速ですが、最初にまず、お元気ですか? 

マーク:元気にやっているよ。ありがとう。君の方はどうだ? 

はい、元気です。

マーク:お願いがひとつあるんだが、彼から質問されているって雰囲気を出す意味で、低い声で話してもらえるかな。

(笑)かなり無理がありますが、できる限り頑張ります。で、パリの黄色いベスト運動をどのように受け止めましたか? 

マーク:正直多忙過ぎて状況を詳しく把握できてないから答えるのは難しい。言えることは、同じベストの括りで違う内容の抗議運動が多発しているということだ。政治的な質問ばかりになるのかな。取材を受けると政治のことばかり聞かれるもんだから。

政治の質問ばかりではありません。

マーク:俺をマーガレット・サッチャーと勘違いしているのだろうか。

そんなことはありません。

マーク:それが俺からの答えだ。

フランスでは68年の5月革命以来のできごとだと解釈している向きもあるようです。だとしたら、その影響、余波はUKにもおよぶはずですが、じっさいのところいかがでしょうか?

マーク:どうだか。もしいま君と俺が地元のパブで話をしていたとしたら、一緒に(黄色いベスト運動について)グーグル検索してそれを元に話ができただろう。でも俺は限られた情報しか持ち合わせていない。フランスに住む友人も大勢いる。彼らからそれぞれ違う視点からの話は聞いている。町ごとに抗議内容が違うんだ(※UKではむしろ右派が黄色いベストを着て、EU離脱に向けてのデモ行動をしている)。
 フランスは元々抗議活動が盛んな国だ。農家でさえ地元の自治体に肥料を遺棄して抗議運動をするくらいなんだから、そういった抗議活動は伝統的に存在する。それがいま組織化されつつあるようだ。発端になったのはどうやら燃料費の増加か何かのようで、消費者による抗議デモのようだ。でも詳細は知らないからコメントは避けたい。

まあ、これがまた信じられないような話でね。まるで『レイダース失われたアーク』のようだったよ。エルサレムのソロモン王の神殿の地下を一生懸命掘って聖なる埋蔵品を発掘したテンプル騎士団そのものだ。

マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』は読まれましたか?

マーク:もちろん読んだよ。マーク・フィッシャーは親しい友人でもあった。彼は何年もの間俺の音楽を応援し続けてくれた。ミドルセックス州から多くの理論家が出てきた時期があった。〈Hyperdub〉所属のKode9を含む、素晴らしく頭脳明晰な連中だ。urbanomics (都市経済学)についての考察だ。マークの提唱は、パリに住む俺のかつてのシチュアシオニストの友人たちを彷彿とさせる。それと記号学(semiotics)も。今回の再発に辺り、マークの志を継承するイタリアの理論家(※おそらくフェリックス・ガタリのこと)たち、Obsolete Capitalism(※ガタリを使った12インチをリリースしている!)と組んで、エッセイを書いてもらった。当然、マーク本人にエッセイを執筆して貰いたかったが、彼は自決してしまった……。
 マークの頭のなかは輝くダイヤのようだった。彼は音楽を愛した人でもあった。彼の葬儀では俺も弔辞を述べた。彼の兄弟にも声をかけてもらった。頭脳明晰な連中が俺の音楽から様々な思想を見出していることに俺自身が驚いている。(自分の作品に)そんなものが存在していたなんて俺自身も知らなかった。驚きでしかない。このアルバム(『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス(Learning To Cope With Cowardice)』)がきっかけでインダストリアル・ミュージック、トリップホップが生まれたと言われるけど、何故なのか俺にはわからない。俺はいまでも無邪気に、子供のように、いまだに好き勝手実験を繰り返している。なぜかはわからないけど、柔軟な考えを持てば、周りも柔軟な考えを持つようになる、ということなんだろう。質問に戻ると、マークは素晴らしい。原稿を集めた本が再発されたようだ(※k-punk: The Collected and Unpublished Writings of Mark Fisher 2004-2016)。
 個人的には彼と同じくらいパンクでワクワクさせる理論を提唱したのがすでに他界したフランスの哲学者のジル・ドゥルーズで、彼に関する展示会を今年の終わりにゲントで企画している。ジャン・ボードリヤールやジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ……。彼らの執筆は、それこそジョー・ストラマーが描く歌詞の世界と同じくらいクールだった。本当に素晴らしい。人びとはもっと彼らのような人たちの書物を読むべきだ。俺にとってのきっかけはシチュアシオニストやダダイズムだった。俺はそういう原稿をハイパーテキストと呼んで魅力を感じているし、アイディアを拝借することもある。おっと、ここではそんなこと言っちゃだめだな。

なぜ上記の質問をしたかというと、〈ミュート〉から送られてきた資料に、マーク・フィッシャーが『ラーニング・トゥ〜』への讃辞を送っていたという旨が記されていたからです。じつは今月末、マーク・フィッシャーが『ラーニング・トゥ〜』について触れている原稿も収録した『Ghosts of My Life』の日本版『わが人生の幽霊たち』を刊行します。

マーク:彼は本も出すのか。

はい。

マーク:最大の敬意を送るよ。俺からも日本で出してもらいたい本があるかもしれない。ところで誰が翻訳をしているんだ?

翻訳者までは把握していないです。すみません。

マーク:ぜひ、同じ理論家の人に訳してもらいたいものだね。俺自身ボードリヤールやボードレールの訳書も多く読むからわかる。その筋の人にしかわからない行間の意味などがちゃんと汲み取れる人でないとなかなか訳すのは難しい。(※訳者の五井健太郎はシュルレリスム研究が専門)

わかりました、そのように伝えておきます。それでは、アルバムについて伺っていきたいのですが、言うまでもなく、『ラーニング・トゥ〜 』は、あのポストパンク時代においても、もっともインパクトの強い作品の1枚であることは、リアルタイムで聴いたこの質問者にはよくわかります。革命的なサウンドからアートワークにいたるまで、あなたのソロ・キャリアにおいてももっとも素晴らしい1枚に挙げられる作品だと思います。その名盤にヴァージョン違いをふくむとはいえ10曲もの未発表音源「The Lost Tapes」が残っていたことがまずは驚きでした。これはいったいどういうことなのか、あらためて説明をお願いします。

マーク:まあ、これがまた信じられないような話でね。まるで『レイダース失われたアーク』のようだったよ。エルサレムのソロモン王の神殿の地下を一生懸命掘って聖なる埋蔵品を発掘したテンプル騎士団そのものだ。今回のプロセスを説明するなら、超自然な考古学だ。『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade』のアルバムでも同じことが起ころうとしている。発売から何年も経っているにも関わらず、再発を考えはじめた途端に、どこからともなく人が現れて、「こんな音源がありますけど」と言ってくるんだ。世にも不思議な物語さ。
当時、このアルバムを完成させてから数年経った後にロンドンのエイドリアン(・シャーウッド)の家を訪ねたとき、雨が降っていたんだけど、マスターテープを詰め込んだ箱が外に置いてあったんだ。で、「これどうするつもり?」と聞いたんだ。当時は経費節約のためにマスターテープをそのまま再利用することが多かったからね。例えばリー・ペリーなんかは同じテープを何度も何度も使っていたよ。前に録音したものの上から上書きしてしまうんだ。で、エイドリアンは「家に置き場所がなくてね」と答えたんだ。これは「荷物を減らせ」って奥さんから言われるようになる前の話だ。友だちはみんな持っているCDを処分されないように隠すのに必死だよ」。

日本でも「断捨離」って言うんですよ。

マーク:(笑)女性がハマるんだよね。君の旦那さんも気の毒に。

で、マスターテープの話の続きをお願いします。

マーク:そうそう。で、てっきりマスターテープはすべてなくなってしまったと思っていたんだ。でも、当時から俺はなんでもすべて録音していた。何をやるにもエンジニアに「これを1/4インチテープに録音しておいてくれ」とお願いしていた。というのもマルチ・ダブ、マルチ・テ-プの手法をとっていたから。俺がとったアプローチは、曲を構築する際に、違うテープから一番いい部分をつなぎ合わせたというもので、タイトル曲の“Learning To Cope With Cawardice”なんかは1曲だけで87のエディットがあった。細かいテープの切れ端を壁に全部貼り付けて、「ああでもない、こうでもない」と、まるでシュールレアリズムのモンタージュのようにつなぎ合わせていったんだ。
で、これらの元ネタになった音源、つまり、我々が切り刻んでしまう前のちゃんと楽曲の形をしていた音源が収められていたテープがあって、俺はてっきりそれもすべて処分されてしまったとものだと思っていた。それがいきなりだ。何年も活動していると世界中でコンサートに何度も来る客と親しくなるわけだけど、俺もエイドリアンも親しくしている医者で〈On-U〉の熱狂的ファンがいて、その人から「マーク、古いマスターテープを大量に修復したんだ」と連絡があった。だから「へえ、『ラーニング・トゥ〜』からは何かある?」と聞いたんだ。ちょうど〈Mute〉から再発の話をもらっていたから。そしたら「いくらでもあるから送るよ」と言ってくれたんだ。
というわけで、エイドリアンとふたりで彼のスタジオで修復された当時のマスターテープを全部聴き直す作業をした。なかには30分間ひたすらハイハットとスネアにいろんなエコーを試しに掛けているだけのテープもあった。ルー・リードの『メタル・マシン・ミュージック』ではないが、変わった音を出そうとしてね。俺とエイドリアンが聴く分には面白いけど、〈On-U〉以外の人間が聴いて面白いとは思わないような(笑)。
今回再発盤を出すにあたり、俺もエイドリアンも深く関わっていて、きちんとした物語を伝えたかった。掘り出した音源をラジオ番組のような形で公開することにしたんだ。「これは流石に退屈だろう」という部分だけを除いただけで、他は当時のものをそのまま残している。これらのマスターテープはどういうわけだかポルトガルに流れ着いて、それをオランダに住む俺の友人が、ポルトガルにいる持ち主とファンが集まるチャットで知り合って、オランダで修復作業をして我々に送ってくれたんだ。
他にも似たようなことがあった。アメリカに住むファンがThe Mafiaでのライヴ音源を送ってくれた。そうやって音源を大事に持っていてくれる人たちが世の中にはいるもんだ。
俺もかつてロキシー・ミュージックで同じことをやっていたけどね。我々がまだ子供だった頃、ロキシー・ミュージックのコンサートにカセット録音機をコートに隠して内緒で持ち込んだものだった。今回にしても、レコード会社の倉庫にあった単なるデモ・テープの寄せ集めにならなくて本当に良かったと思っている。
個人的にはいつだって未来のものを発信したいと思っているよ。過去の作品を再発をするのであれば、絶対にクールなインディ・レーベルから、自分たちがすべて監修をおこなう形でしかやりたくない。アートワークから使う紙の材質に至るまですべてに関わっている。実際俺とエイドリアンは今回の「The Lost Tapes」をまとめるのに、オリジナルのアルバムよりも多くの時間を費やしているんだ。

未発表音源の「The Lost Tapes」のクオリティも申し分のないものでした。これらの曲をお蔵入りにした理由は、当時のあなたとエイドリアンが求めていたサウンドには達していなかったからなんでしょうか?

マーク:いや。単に実験的なことがしたかったんだ。美しい曲を書いたら、まずはそれを壊すところからはじめるんだ。つまり、できた曲を録音して、そのテープを切り刻んで、風変わりなものにする。なぜなら、そうしたいと思ったから。それがこそが自分の表現方法だと思ったから。それだけだ。

“Conspirasy”のような曲にはジャズへのアプローチも見られますが、これなんかはシャバカ・ハッチングスをも彷彿させるというか。ほかにも“May I”にしても、とても実験的なサウンドですよね?

マーク:いまも昔もそう。いまも何時間分もの新しい楽曲の音源に囲まれている。さらには近所のスタジオの仲間が一緒に取り組んでいる新しい曲を10曲届けてくれたところだ。常日頃から楽曲を多く作っていて、そのなかから、そのときどきで選りすぐったものだけが作品として世に出る、ということだ。「作りたい」という衝動が絶え間なく押し寄せる。マーク・フィッシャーも同じだっただろう。彼も絶えず書き続けていた未発表の原稿が何箱もベルリンの自宅にあるだろう。創造を止めることはできない。いざ作品を出すときにはそれらから抽出して、ひとつの声明としてうまく組み合わせて形にいく。
よく質問されるんだけど、自分の制作プロセスを言葉で説明するのは難しい。でも、今度の「The Lost Tapes」も、ひとつの声明として満足しているね。いま考えると、当時マフィアとしての最初のコンサートとザ・ポップ・グループとしての最後のコンサートは同じ日に行われたんだよ。ちょうどそのころ、核軍縮キャンペーンに深く関わっていて、ロンドンで行われた核兵器に反対する大きなデモに参加したんだ。団体のトップに「音楽があった方がいい」と言われて、「ちょうどいい。自分もバンドをやっているし、友人のキリング・ジョークなんかにも声を掛けてみるよ」と言った。
そこで俺は古いプロテスト・ソングを歌いたかったんだ。集まった群衆の年長者たちも共感できるような曲を歌いたかった。トラファルガー広場に50万人も集まったんだよ。ライオンの像の内側がステージだった。で、アメリカでいうところの“ウィ・シャル・オーヴァーカム”のイギリス版となるプロテスト・ソングと言えば、ウィリアム・ブレイクによる“ジェルサレム(エルサレム)” (※1804年の作品でユートピアとしてのイギリスを歌っている愛国歌)だった。社会主義的アンセムだった。デモでどうしてもその曲を歌いたいと思った。でも当時のザ・ポップ・グループはフリー・ジャズっぽい方向性に行っていて、それに対して俺は“ジェルサレム” のレゲエ・ヴァージョンがやりたかったんだよ。だから、ザ・ポップ・グループが演奏した数時間後に俺はまたステージに戻って、そのときに一緒に演奏したのが、ジャマイカ生まれでイギリス育ちのラスタファリアのマフィアの連中だった。まったく同じ日にふたつのグループで入れ替わるようにライヴを行ったんだ。
あのときのデモに参加したことがきっかけで社会活動や抗議運動の精神が芽生えたし、いまでもそれは変わらない。今回の再発にあたっても、イギリスのあるチャリティーと手を組んでいるんだ。古い流し釣り漁船を何隻も改装して、水上の診療所に変貌させて、世界各地の戦地に送り込んで、地雷などで負傷を負った子供たちを治療する活動を支援している。

今回のリリースに際して、あらたに手を加えたのはどんなところでしょうか?

マーク:新たに手を加えた部分はない。

そうなんですね。

マーク:さっきも話したように、どの曲も10ヴァージョンほど録音して、それらをバラバラに切り刻んで、違うテイクを組み合わせて構築していくんだ。重ねて録りも多用している。だから「The Lost Tapes」に入っている曲にしても、“Conspirasy”のようなジャズっぽいものから、“Paranoia”、“Vision”といった曲はどれも、アルバムに収録する曲のために切り刻む前の元ネタ音源のようなものなんだ。“Jeruselum”はサウンド・エフェクトを乗せる前のプロトタイプのようなものだ。これらはすべて当時録音したものをそのまま収録している。劣化部分を修復したマスターテープを何時間分も聴き返して、これ、というものを選び出したんだ。もうあんな高音は出せないよ。

じっさいのところ、このアルバムはどのくらいの期間で制作されたものなのでしょう?

マーク:制作をどこからどこまでって考えるかにもよるけど。歌詞のアイディアの話をし出したら、例えば“Liberty City”なんかはタイトルのヒントになったのはマイアミ近郊の人種暴動が起きた町だった。ちょうど自分が当時住んでいたブリストルのセイント・ポールズでも同様に暴動(1980年)が起きていた。“The Paranoia of Power”はロンドンの地下に眠る秘密のシェルターについての本がヒントになった。アイディアはいつ何時どこからでも湧いてくるものだ。歌詞に関してはそれこそ9歳にまでさかのぼることだってある。その一方でレコーディングに関しては、かなり短時間で作った。その頃にはエイドリアンが〈On-U Sound〉でいろいろなクールな作品をすでに手がけていたから面白いミュージシャンたちが大勢溜まっていた。サックスのデッドリー・ヘッドリーはプリンス・ファー・ライと組んでいて、彼はもともと多くの素晴らしいホーン・プレイヤーを輩出しているジャマイカのAlpha Boys School出身だ。ザ・ポップ・グループのジョン・ボティングトンも何曲かにギターで参加してくれている。オリジナル・アルバムはじつは制作にあまり時間がかかっていないんだ。実際スタジオを使った日数で考えるとね。ただし、夜通しの作業だった。当時は深夜の方が料金が割安だったからね。

アルバム・タイトルにある「Cowardice(卑怯者)」はどのような意味で使われたのでしょうか? その意味を21世紀のいま再解釈するとどんな風になりますか?

マーク:基本的に俺は当時もいまも変わっていない。むしろより無邪気で子供のようになったくらいだ。当時と比べて多くを学んだ。再発は来週発売だけど、これまで話をした人からよく言われるのは、この作品の歌詞がいかにいまの時代にぴったり当てはまるか、ということだ。難民問題、暴動、パラノイヤ、はいまの時代も健在だ。俺はある時代に特化した歌詞は書かない。自分なりの意味付けはあるけどね。
 最近もザ・ポップ・グループの古い音源を掘り起こしていたんだけど、こういう古い作品をあらためて聴き返してみて面白いのは、──『ラーニング・トゥ〜』を作ったときに自分が何歳だったか忘れたけど、例えば22歳だったとして──、22歳の自分が年月を超えて語りかけてきて、アドヴァイスをくれている感覚になる。交霊会みたいな感じさ。俺はまだ死んでいないけど(笑)、上手く説明できないな。
 基本的に俺は説教師ではない。人に何かを説き勧めようとしているわけじゃない。俺がやっていることというのは、アイディアの断片を、ちょっとした情報や面白いサウンドとともに全部鍋に投げ入れてごった煮にして世に出すんだ。「俺は面白いと思って作りました」って感じでね。そこからまた誰か他の人が断片を組み取って何かを生み出すかもしれない。大きな壊れたジグソーパズルみたいになることがある。原理原則があるわけじゃない。もっと開けたものなんだ。道教にも「the path of the open hand」という教えがあるように。

数年後にはジーザス&メリー・チェインがレコーディングを行っていた。CRASSもいて、FUGAZIもいた。アメリカのハードコアの創成期だった。素晴らしかったよ。そこで出会ったジャマイカ生まれのミュージシャンたちとレコーディングしたことと、ザ・ポップ・グループで訪れたアメリカで耳にしたヒップホップからの影響がこのアルバムの礎になっている。

それにしても“Liberty City”は、ジェントリフィケーションによって高級化された世界の都市、ロンドン、NY、パリ、ベルリン、そして東京もそうですが、ネオリベラリズム支配によって灰色と化した都市においてはあまりにもハマリすぎの鎮魂歌として聴こえます。

マーク:当時何が起きていたかというと、ちょうどこのアルバムの曲作りをしていた頃、俺が生まれ育った街でいまでも頻繁に行くブリストルで、UKで初めて黒人居住区で暴動が起きたんだ。俺の母親が生まれ育った地域で、俺もレゲエ・クラブに良く通っていた。警察があるカフェを強制捜査しようとして、セイント・ポールズの街全体が暴徒化したんだ。ちょうどこのアルバムを作っていた頃だ。ちょうど同じ頃にテレビのニュースでマイアミで起きた暴動が報道されたのを見たんだ。そしたら、その町の名前がLiberty Cityだという。その名前をそのままタイトルに拝借させてもらった。これは当時のでも、いま起きていることでもない。これから起きるかもしれないことかもしれない。詩(Poetry)という言葉はあまり使いたくないけど、自由に解釈できる限定されないモチーフなんだ。それは、支配や洗脳という発想だ。カルト教団についての面白いドキュメンタリーを見てたんだけど、消費主義も同じで、消費主義が横行しているあまり、人びとは現実に目を向けないような仕組みになっているという発想。言葉で説明するのは難しい。だから俺は歌詞を書く。歌詞は音楽と組み合わさったときに大きな影響力を持つ。そういう発言をすると、まるでスティングになったような気分になる(笑)。
 今度マークの本を出すという話があったけど、いまのジェントリフィケーションの話にしても、俺は永遠の楽観主義者だ。俺の友人の多くは不満ばかりを口にする。俺はFacebookで世界中のアーティストや執筆家、活動家と繋がっている。なかには頭脳明晰なのに、「昔は良かった」というような愚痴ばかりこぼす連中もいて、たまにうんざりしてしまう。変化には新しい可能性がついてくるものだ。だから俺の哲学は、明日の世界に目を向けて、新しいテクノロジーや発明をすべて、自分たちのために使いこなすということだ。そうやって物事を自分流にアレンジして利用すればいい。何もせずに「最悪だ。お先真っ暗だ」と不平を言ってても何もはじまらない。諸刃の剣なんだ。インターネットにしても最初に考案したティム・バーナーズ=リーの当初の発想は非常に理想主義的だった。欲しい情報が自由に何でも得られる、と言う。それがいまではいろいろ規制しようと言う動きになっている。そのこと自体はこのアルバムとは関係ないかもしれないけど、そういった不都合なことは常にいろいろ起きるものなんだ。トランプ政権のことにしても何にしても文句ばかり言って、まったく行動を起こそうとしない友人たちには呆れるよ。it only takes for good people to do nothing for evil to prevail (善人が何もしないことが悪を蔓延らせる要因だ)という格言があって、いま、何が問題かというと、意識の高い人たちが、どちら側の思想だろうと、みんな文句う言うだけで、何もしてない。前向きな提案や、次の選挙に向けた準備をすればいい。
 俺は永遠に楽観主義だ。いまの世のなかにも素晴らしい理想を掲げた素晴らしい人材は多くいる。民主主義に則った選挙で誰かが当選したということであれば、それは文化を反映している。人びとの考えを変えるには、その文化、そして思想を広めることだ。パンクが起きるまで、小さい地方都市には何もなかった。でもいまではアート・センターやユース・センターができている。そういう地元レヴェルでは確実に積み上げられているんだ。

ちなみにあなたはインターネットやスマートフォンとどのように付き合っていますか?

マーク:テクノロジーは人びとを解放する、という概念を持っている。現代ではパンクもデジタル化が進んでる。インターネットが文明開化に拍車をかけている。いまではアフリカの砂漠の真んなかでヤギ使いが衛星電話を使って子供に助けを呼ぶことだってできる。世界は確実に変化している。最近他界した俺の父親はイカれた科学者だったのだが、研究開発の分野での進化発展は想像を超えるほど凄く先をいっていて、スマートフォンといった消費者向けの製品でさえ、AIやアルゴリズムといった技術は開発者たちでさえ全貌を把握しきれていない。我々が生活しているのはまだ中世かもしれないが、画面の向こう側の光ファイバーの先の世界はまるで違う。それらのゲートウェイを支配する人たちこそが世界を支配する人たちなんだ。
 支配の話は別にして、こういう技術を恐れるのではなく、積極的に利用するべきだと俺は思う。ティム・バーナーズ=リーは非常に理想主義的な意図でインターネットを発明した。『ラーニング・トゥ〜』の頃からすでに人びとは自由な電子の領域について話をした。報道の自由、検閲反対と言った議論はいつの時代もある。中世にも活版印刷の登場で同じことが起きた。いつでも対応できるように、新しい技術に関しても常にアンテナを張ってないといけないと思う。

あなたたちとCRASSのようなアナルコ・パンクとは当時どのような結びつきをされていたのでしょうか?

マーク:不思議な縁があって、いま元フガジのイアン・マッケイと組んで何かやろうとしているんだ。彼のことはすごく尊敬している。当時もだし、いまもそうだけど、俺が〈Mute〉と契約しているのには理由がある。自分たちのレーベルもある。ディストリビューションの政治から自分たちを切り離し、独立してDIYですべてやることで検閲に対抗することが、音楽そのものと同じくらい重要だった。インディ・レーベルという発想だ。〈ラフ・トレード〉、〈Mute〉、〈Soul Jazz〉、〈On-U Sound〉といったレーベルとは深い関わりがあった。つまりは、チャンネルを開けておくための手段だった。
 〈Mute〉のダニエル・ミラーがインディであることの重要性を語っている。君はマークの本を出すと言うが、日本でそんなことをしようとする出版社は他にそうそういないだろう。そういう人たちの存在が自由を支えているんだ。CRASSのディストリビューションにしてもCRASSのスタジオにしても、非常に開放的で社会主義的だった。そんな彼らの思想に敬意を持っていた。それと、その場に集まる人たちも魅力だった。数年後にはジーザス&メリー・チェインがレコーディングを行っていた。CRASSもいて、FUGAZIもいた。アメリカのハードコアの創成期だった。素晴らしかったよ。そこで出会ったジャマイカ生まれのミュージシャンたちとレコーディングしたことと、ザ・ポップ・グループで訪れたアメリカで耳にしたヒップホップからの影響がこのアルバムの礎になっている。彼らはみんな同志だった。いまでもそう。ペニー・ランボー(CRASSの創始者)は俺の大事な友人だ。

あなたから見て、『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カウアディス』においてもっとも重要な点はなんだと思いますか?

マーク:俺にとって意義深かったのは、ザ・ポップ・グループはまだ若くて、一緒に楽器を覚えて、誰の靴がいちばん尖っているかって言うようなパンクの影響が強かったのに対して、大のレゲエ好きだった自分が何度も聴いた作品で実際に弾いてるミュージシャンたちとプレイできたのが大きかった。プリンス・ファー・ライやジュニア・デルガードやリー・ペリーは俺にとっての英雄だ。そんな彼らの作品に参加していた大物ジャマイカ・ミュージシャンたちが俺を認めてくれたことが嬉しかった。ぶっ飛んだアイディアを抱えたまだ若造だった俺に。
 それからエイドリアン・シャーウッドの柔軟な姿勢が俺を成長させてくれた。お互い切磋琢磨して影響し合ってともに成長した。いまでもしょっちゅう仕事をしている。何かお互い感じ合うものがあるのだろう。なんだか涙ぐんできたよ(笑)。
 そこには魔法があった。過去を振り返ることは葬式までとっておけばいいと思っているから俺はしないんだけど、当時のセッションを思い起こすと、ひっくり返すと魔法が起きていた。「現実をひっくり返す」という発想で、何か「ここだ」って思ったときに「ひっくり返してみよう」と言うと、何かが起こるんだ。シャーマンに近いものがあった。音楽の世界にはもっとジャニス・ジョップリンやジム・モリソンのような別次元に行っちゃう人がもっと必要だ。パティ・スミスもそうだった。彼女と仕事をしたとき、別次元に行っていた。シャーマンのようにね。でも周りに支えてくれる人も必要だ。ビジネス面を見てくれる人、プロデューサー、ミュージシャンたち。彼らがいてくれるから安心して途方もないことができる。「何をやってるんだ」「こんなのはナンセンスだ」と言わない人たちだ。「精神病院に入れるぞ」とかね。

(笑)あなたは数年前はスリーフォード・モッズを誉めていますが、彼ら以降であなたが共感するアーティストはいますか?

マーク:イギリスにOctavianという素晴らしいラッパーがいる。彼は3、4年ホームレスだったんだけど、素晴らしい作品を次々と出している。あとは、ハンズというアーティストがいて。昔はゲットーテックと呼んでいたんだけど、マイアミ・ベースっていうのか、いま、ベース・ミュージックがまた面白い。あとブリストルも、いまでも自分の誇りだ。友人がバンクシーと仲が良くて彼についての本を書いたんだけど、当時初めてマーク・スチュワート+マフィアでブリストルでライヴをやったことは、ブリストル・シーンが生まれるきっかけになった。このアルバムはバンクシーがいちばん好きなアルバムだし、ダディーGのお気に入りでもある。
 いまのブリストル・シーンも、Giant SwanやKahn、Young Echo Collectiveといった若手が素晴らしい作品を出しているのがとても嬉しい。あの街の何かがそうさせるのだろう。いつの時代も刺激的だ。いま世界中で起きているポスト・パンク・リヴァイヴァルのお陰もあって、若手のアーティストが、我々が当時やっていたのと同じような実験を無邪気にやっている。フリー・ジャズやダブ・レゲエを、いまは機材もすごく進化していて、ブーティー・ベース・サウンドといったいまならでの音と融合させていて、当時我々がやっていたのと同じような精神で変形が生まれる。彼らにとって『ラーニング・トゥ〜』を聴くことは、例えば我々がサン・ラーを聴いてた感覚に近いのだろう。彼らの創造の泉の源泉になれることは嬉しい限りだ。

ブレグジットをめぐる議論が白熱していますが、いったいどうなのか誰にもわからないのが現状だと思いますが、あなたはどうなって欲しいと思っていますか?

マーク:ひと言で答えられるものではない。政治の話題を取り上げるのであれば、答えはマーク・フィッシャーの著書くらい長くなる覚悟が必要だ。問題は、みんなが本質を見失っていることだ。ニュースはこの話題をばかりを取り上げているが、肝心なことが議論されていない。本当に何が起きているのか、俺にもわからないし、誰にもわかっていない。しかも、今後の経済の動向を予測して金儲けをしている連中もいるそうだ。一体どうなっているんだか。俺自身は「◯◯反対」とか「△△反対」という明確な姿勢をとっていない。でも、みんながこれまでにない形で政治に関心を寄せていることは興味深い。
 もし受け入れられない意見に直面したとき、必要なのは対話だ。昔パブでつるんでいた頃を思い出すと、友人のなかにはスキンヘッドになって馬鹿げた活動をしはじめた奴らもいた。右翼で暴力的なこともした。でもブリストルは小さい街だからパブの数も限られている。彼らにしても、夜遊びに行く場所といったら、ブラック・ミュージックを流している店に来て踊るしかなかった。ただ無視するのではなく、対話が重要だ。俺は親戚ともちゃんと話をする。母方の家族は普通のワーキングクラスのブリストル人たちだ。みんな違う意見を持っている。それぞれが自分の考えを示して対話ができれば、その対話を通じて、彼らも自分も何かを学ぶことができる。そうやってコミュニティーはひとつになれるんだ。ただ反対するばかりで「それは間違っている。自分が正しい」としか言わないようだといつまでも溝は埋まらない。そして一般市民は自分たちの声を誰も聞いてくれない、と思ってしまう。
イギリスには根深い階級問題がある。俺がしばらく住んでいたドイツのベルリンにはあまり階級問題がなかった。日本もそうではないだろうか。工場で働く人たちも、それなりの賃金が与えられる。イギリスでは金持ちが労働者をクソみたいに扱う。これは中世の時代にまで遡る。一般労働者、さらには職人たちへのリスペクトがまったくない。いまは少しでも多く賃金を削り取ろうと必死だ。なぜか労働者を下に見ている。でも一概に労働者の方がいいとも限らない。ただ羨ましいと思っているかもしれない。事情はいろいろ入り組んでいる。最悪なのはスケープゴートを見つけ出して責任をすべてなすりつけることだ。それこそが本質を見失っている。
 人は目の前の現実に責任を取らないといけない。俺は敢えて結論を出さないように努めている。今朝のニュースだと、メイ首相は国会で通そうとした法案を棄却された。どうしてそういう話になったのかはわからない。保守党を支持する人たち、労働党を支持する人たちはそれぞれの言い分がある。他の角度からも見てみようと思って新聞の経済欄を見てみると、ポンドが上がっているんだ。市場に投資している人たちは、この混乱に乗じて儲けているんだ。マルコム・マクラーレンがかつての言っていたように「混乱は金になる」んだ。
例えば戦争なんかも、当初国民に伝えられていた理由とはまったく違う背景があったことを20年後に知る。今度のEU離脱の件も20年後に振り返ったときに、まったく違う力が動いていたって明らかになるかもしれない。それが良いとか、悪いとか言っているのではなく、それが現実だって話で、その現実をできるだけ把握して、参加することが大事なんだ。
なかなか面白い時代だと思う。新しい時代を切り開くチャンスであり、新しい取り組み方というのも生まれるだろう。過去ばかり振り返っていても駄目だ。なかには冷戦時代を「良い時代だったと」目を潤ませながら懐かしむ人がいる。理解に苦しむよ。最近書いた曲があって“Forever Now”という曲なんだけど、最低でも「いま」に目を向けて生きる。仏教徒の教えにもあるように。でもできるなら「未来」に目を向けて生きようよ。「未来」を我々の手で築くんだ。だって、「未来」はそこにあるのだから。ジョー・ストラマーの言葉にもある。「未来はまだ書かれていない」って。これが結びだ。

今日はありがとうございました。

マーク:ジャーナリストの彼に伝えてくれ。なかなか良い思想を持っていると。応援してくれてありがとう。マーク(フィッシャー)も感謝しているだろう。

FEBB - ele-king

 昨年2月15日、不慮の事故により亡くなったラッパー/プロデューサーのFEBB。STRUGGLE FOR PRIDE の『WE STRUGGLE FOR ALL OUR PRIDE.』や Gottz の『SOUTHPARK』にもそのラップやプロダクションがフィーチャーされていたけれど、24歳の若さで逝去してしまった彼の一周忌となる今年2月15日に、追悼イベント《STILL SEASON》が開催されることが決定した。彼と同じく Fla$hBackS のメンバーだった KID FRESINO や JJJ をはじめ、B.D.、DMF、DOWN NORTH CAMP など、多くのアーティストが出演する。会場は渋谷 WWW X。詳しくは下記をご確認ください。

2018年2月15日に逝去したラッパー/プロデューサー/DJの FEBB AS YOUNG MASON (享年24歳)の一周忌に、追悼イベント《STILL SEASON》が渋谷WWW Xで開催される。

JJJ、KID FRESINO と共にFla$hBackSのメンバーとして活動、唯一のアルバム『FL$8KS』が高く評価され一躍シーンの重要人物となった。
ソロ・デビュー・アルバム『THE SEASON』の発表、SPERB とのユニット CRACKS BROTHERS、A-THUG、KNZZ らとの DAWG MAFIA FAMILY など精力的に活動をしてきた。2017年10月に GRADIS NICE & YOUNG MAS 名義によるアルバム『L.O.C -Talkin' About Money-』を発表。
《STILL SEASON》の出演者には、JJJ、KID FRESINO のほか、B.D.、DMF、DOWN NORTH CAMP、MIKI&KIKUMARU (KANDYTOWN)、SPERB によるライヴ、ETERNAL STRIFE、日本横町 (Marfa by Kazuhiko Fujita) のDJが決定している。
SPACE SHOWER TV Black File によるドキュメンタリー番組『look back to FEBB AS YOUNG MASON』の上映のほか、Banri Kobayashi (Diaspora skateboards)、Daiky As Tosatsuma、Goro Kosaka によるギャラリーも併設。ROCCO'S NEW YORK STYLE PIZZAの出店も予定している。
1月26日(土)午前10時より前売券が発売される。

タイトル:STILL SEASON
日付:2019/2/15(金)
OPEN / START:18:00
会場:WWW X
前売券 / 当日券:3,000円+1D

LIVE:
B.D.
DMF
DOWN NORTH CAMP
JJJ
KID FRESINO
MIKI&KIKUMARU (KANDYTOWN)
SPERB

DJ:
ETERNAL STRIFE
日本横町 (Marfa by Kazuhiko Fujita)

上映:
Black File : look back to FEBB AS YOUNG MASON

GALLERY:
Banri Kobayashi(Diaspora skateboards)
Daiky As Tosatsuma
Goro Kosaka

FOOD:
ROCCO'S NEW YORK STYLE PIZZA

前売券(発売日:1月26日(土)午前10時):
e+、ぴあ、ローソン、トラスムンド店頭

Phony Ppl - ele-king

 先週初の来日を果たし、熱気あふれるパフォーマンスを披露してくれたブルックリンの新世代5人組ソウル・バンド、フォニー・ピープル(Phony Ppl)。「西がジ・インターネットなら、東はフォニー・ピープルだ!」と、大きな注目を集めている彼らのニュー・アルバム『mō zā-ik.』が、本日ついにCDでリリースされる。マーヴィン・ゲイやスティーヴィーなど70年代黄金期のソウルを彷彿とさせるその新作は、古き良きブラック・ミュージックの魂が現代においてもしっかり息づいていることを教えてくれる。聴かないと単純に損しちゃいますよ。

現代最高のヒップホップ~ソウルを響かせるフォニー・ピープルによる最新作『mō zā-ik.』が遂に本日リリース! KANDYTOWN の MASATO、KIKUMARU からの推薦コメントも到着!

これが現代最高のヒップホップでありソウルだ! 歌姫エリカ・バドゥとの共演も果たすブルックリンのヒップホップ・ソウル・コレクティヴ=Phony PPL(フォニー・ピープル)による最新作『mō zā-ik.』が念願の世界初CD化! さらに KANDYTOWN の MASATO、KIKUMARU からアルバムへ対する推薦コメントも到着!

https://www.youtube.com/watch?v=ri_3z0l1HMI

■MASATO(KANDYTOWN)
ジャンルに縛られないメロディとドラミングが Phony Ppl のオリジナルさだと感じる。
曲の展開はいい意味で期待を裏切ってくる。特に、“Move Her Mind.”がHookに入る前の引き的な感じでずっと進んで、気持ちよく終わって行くのがいい。アルバム通して聴ける作品。

■KIKUMARU(KANDYTOWN)
Phony Ppl は何よりもライブが良い。New Yorkでドラマーのマヒューと出会い、Blue Noteでの公演を見たあの日から完全に彼等のファンになってしまった。
何処と無く感じるNYのGroove。“Way Too Far”から“on everytinG iii love”までのSmoothな流れに誰もが心を踊らされるだろう。
今後の Phony Ppl に期待せざる得ない。


◆これまでに届いた豪華推薦コメントの数々も必読!

■DJ JIN(RHYMESTER, breakthrough)
連綿と続くソウル・バンドの系譜を思い起こしながら、いまの極上グルーヴをシミジミと味わう。やっぱ音楽最高。個人的には、あのヒップホップ・レジェンド、DJジャジー・ジェイの息子=マフューがドラムを務めていることにグッとくる。

■小渕 晃(元bmr編集長、City Soul)
ロスアンジェルスの The Internet、ロンドンの Prep、それに Suchmos らと同時進行で、いまの世界的なソウル・バンド・ブームを牽引するニューヨークの注目株の、注目しないわけにはいかない新作。
ポップさと、コンシャス具合のバランスがオリジナルで、繰り返し聴きたくなる1枚です。

■末﨑裕之(bmr)
西がジ・インターネットなら、東はフォニー・ピープルだ!
ジ・インターネットが「仲間」だと認め、マック・ミラーやドモ・ジェネシス作品に関わるなど西海岸からも支持を得るだけでなく、チャンス・ザ・ラッパーとも共演したブルックリンの音楽集団がさらなる成長と深化を見せるマスターピース。
メンバー個々の才能が混ざり合い、R&B、ファンク、ジャズ、ラテン、ヒップホップが自在に組み合わさった、ひとつのユニークなモザイク画として完成した。
フォニー・ピープル。彼らは間違いなく、知っておくべき“ホンモノ”だ。

■OMSB(SIMI LAB)
あらゆるジャンルを飲み込みながらも、絶妙で軽やかなポップセンスで、どこかレアグルーヴ的な懐かしさも残す本当の意味での王道neo soul。
恐らくそんなジャンル分けにも固執せず、純粋に phony ppl 式の心地良い音楽を作ろうと言う気概を感じます。
信頼のド直球なフリをして程よく裏切るフレッシュなバランス感が最高!
全曲心地良いですが、一押しはビートレスのアコギ一本にハスキーな子供の声風ピッチチェンジが効いたM7 “Think You're Mine”! 兎に角楽しんで!

【アルバム詳細】
PHONY PPL 『mo'za-ik.』
フォニー・ピープル 『モザイク』
レーベル:Pヴァイン
発売日:2019年1月23日
価格:¥2,200+税
品番:PCD-22412
[★解説:末﨑裕之 ★世界初CD化]

【Track List】
01. Way Too Far.
02. Once You Say Hello.
03. somethinG about your love.
04. Cookie Crumble.
05. the Colours.
06. One Man Band.
07. Think You're Mine.
08. Move Her Mind.
09. Before You Get a Boyfriend.
10. Either Way.
11. on everythinG iii love.

The 1975 - ele-king

 音楽においてはときに、そのサウンド以上にテーマやリリックが重要な役割を担う場合がある。去る2018年はコンセプチュアルな作品が目立つ年だったけれど、それはなにもアンダーグラウンドに限った話ではなくて、たとえばメインストリームのど真ん中を行くUKのバンド、ザ・1975のこのサード・アルバムも、そのような傾向のひとつとして捉えることができる。

 邦題は『ネット上の人間関係についての簡単な調査』。テーマは明白だ。イントロを聴き終えると、なんともご機嫌なポップ・チューン“Give Yourself A Try”が耳に飛び込んでくる。「近ごろ(modern)の議論では文脈が無視されて発言が取り上げられる」という印象的なフレーズ。続くシングル曲“TOOTIMETOOTIMETOOTIME”では軽快な4つ打ちに乗って「泣き」のコードがぐいぐいと進行し、SNSにおける恋人とのすれ違いが描写されていく。
 タイトルが端的に表しているように、オンラインで交わされるコミュニケイション、そしてそれによってもたらされる疲労やもろもろの弊害がこのアルバムの切りとろうとしている現代性である、とひとまずは言うことができる。テーマのうえで核となるのは9曲目の“The Man Who Married A Robot / Love Theme”で、Siri が「インターネットは彼の友達だった」と、ある孤独な男にかんするテキストを淡々と読み上げていく様は、すでに多くのメディアが指摘しているようにレディオヘッドの“Fitter Happier”を想起させる。一度この語りを耳にしてしまうと、一見ごくありふれたラヴ・ソングのようにしか聞こえないほかの楽曲も、すべてネットやPCについて歌っているように思えてくる。
 歌詞だけではない。イントロや4曲目の“How To Draw / Petrichor”、合衆国を諷刺した“I Like America & America Likes Me”では、昨今のオートチューンの流行に目配せするかのように加工されたヴォーカルが強調されていて、やはり今日的=モダンであろうと努めることがこのアルバムのリアリティを担保しているようだ。どこでどう繋がったのかわからないが、昨秋亡くなったロイ・ハーグローヴのトランペットがジャジーな装飾を施す“Sincerity Is Scary”では「人は極めてポストモダンな方法で自らの苦悩を隠そうとする」と歌われており、この曲からも彼らがモダンにこだわっていることがわかる。では彼らが追い求める「モダン」とは、いったいなんなのだろうか。

 ファンキーなムードが強めに打ち出されていた前作では、随所で80年代メインストリームのポップ・ミュージックを想起させる音作りが為されていたけれど、本作でもたとえば11曲目“It's Not Living (If It's Not With You)”や14曲目“I Couldn't Be More In Love”のように、レトロな音の構築が目指されている。なかでも注目すべきは5曲目の“Love It If We Made It”だろう。ここでも「誤解にもとづいたポジションを強固なものにする/あらゆるアプリにアクセスできる」と、スマホ文化から材を得たフレーズが登場するが、他方でブラックライヴズマターに感化されたと思しき言葉も顔を覗かせていて、「現代(Modernity)は俺たちを見捨てた」との歎きを経たリリックは、背後の80年代的なサウンドとは裏腹に、リル・ピープの追悼やカニエ~トランプの諷刺へとなだれこんでいく。興味深いのはその途中で「リベラルなキッチュ」という言い回しが差し挟まれるところで、これは人種差別のような深刻なテーマを、あたかも検索に引っかかることが目的であるかのように軽く歌詞のなかに滑り込ませてしまう、自分たち自身のことを揶揄した表現だと考えられる。

 ザ・1975がこのようにメタ的な態度を見せるのは今回が初めてではない。彼らはセカンド・アルバム制作時にボーズ・オブ・カナダからインスパイアされたことを明かしているが、しかしじっさいにはBOCを思わせる箇所などまったくなかったわけで(シューゲイズの要素はあったけど)、つまり彼らが参照したのはBOCのサウンドそれ自体ではなかったということになる。では彼らがBOCから受け取ったものとはなんだったのか。ずばり、ノスタルジーだろう。80年代的な音作りやアートワークのネオンサインはその何よりの証左である。ようするにザ・1975は前作において、10年代の音楽、とりわけメインストリームのロックやポップがレトロを志向せざるをえないことをメタ的に表現していたのだ。
 そう考えながら今回の新作を聴くと、いま彼らが何をやろうとしているのかがクリアになってくる。本作で聴くことのできるサウンドはそのほとんどが、合成音声など一部の例外を除けば(いやもしかしたらそれでさえ)、すでに80年代や遅くとも90年代の時点で出揃っていたアイディアに範をとったものだ。新しさはない。では既存の手法の組み合わせ方が斬新かというと、そんなこともない。このアルバムのおもしろさは、そのように懐古的なサウンドが「オンライン上のコミュニケイション」という今日的なテーマと組み合わせられるという、その不均衡にこそある。
 いまでもポップ・ミュージックにおいて、言葉の面でみずみずしいテーマを追求することはじゅうぶん可能であるが、他方サウンドの面でそれに見合う新しさを生み出すことはきわめて困難になっている──まさにそのような昨今の状況こそ、彼らが肉迫しようと試みているモダニティなのではないか。入念に練られたザ・1975のこのアルバムを聴いていると、強くそう思わずにいられない。

On-U Sound - ele-king

 いやー、嬉しいニュースですね。かなり久びさな気がします。〈On-U〉がそのときどきのレーベルのモードをコンパイルするショウケース・シリーズ、『Pay It All Back』の最新作が3月29日に発売されます。
 最初の『Vol. 1』のリリースは1984年で、その後1988年、1991年……と不定期に続けられてきた同シリーズですけれども、00年代以降は長らく休止状態にありました。今回のトラックリストを眺めてみると、ホレス・アンディリー・ペリーといった問答無用の巨匠から、まもなくファーストがリイシューされるマーク・ステュワートに、思想家のマーク・フィッシャーが『わが人生の幽霊たち』(こちらもまもなく刊行)で論じたリトル・アックスなど、〈On-U〉を代表する面々はもちろんのこと、ルーツ・マヌーヴァやコールドカットやLSK、さらに日本からはリクル・マイにせんねんもんだいも参加するなど、00年代以降の〈On-U〉を切りとった内容になっているようです。これはたかまりますね。詳細は下記をば。

Pay It All Back

〈On-U Sound〉より、《Pay It All Back》の最新作のリリースが3月29日に決定! リー・スクラッチ・ペリーやルーツ・マヌーヴァらの新録音源や未発表曲を含む全18曲入り! 日本からはリクル・マイ、にせんねんもんだいが参加!

ポストパンク、ダンス・ミュージックなど様々なスタイルの中でダブを体現するエイドリアン・シャーウッドが率いるUKの〈On-U Sound〉より、1984年に初めてリリースされた《Pay It All Back》シリーズの待望の最新作、『Pay It All Back Volume 7』のリリースがついに実現! リリースに先立ってトレイラーと先行解禁曲“Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich”が公開された。

Pay It All Back Volume 7 Trailer
https://youtu.be/Ro8QcLi5azg

Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich
iTunes: https://apple.co/2W5AA6l
Apple: https://apple.co/2R36YD1
Spotify: https://spoti.fi/2DmeqW0

今回の作品にはルーツ・マヌーヴァ、リー・スクラッチ・ペリー、コールドカット、ゲイリー・ルーカス(from キャプテン・ビーフハート)、マーク・スチュワート、ホレス・アンディといった錚々たるアーティスト達の新録音源、過去音源の別ヴァージョン、そして未発表曲などを収録した、まさにファン垂涎モノの内容となっている。また、日本からはリクル・マイ、にせんねんもんだいが参加している。

LPとCDには〈On-Sound〉のバックカタログが全て乗った28ページのブックレットが付属し、デジタル配信のない、フィジカル限定の音源も収録されている。また、アルバム・ジャケットにはクラフト紙が使用された、スペシャルな仕様となっている。

〈On-U Sound〉からのスペシャル・リリース『Pay It All Back Volume 7』は3月29日にLP、CD、デジタルでリリース。iTunes Storeでアルバムを予約すると、公開中の“Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich”がいち早くダウンロードできる。

label: On-U Sound / Beat Records
artist: VARIOUS ARTISTS
title: Pay It All Back Volume 7
cat no.: BRONU143
release date: 2019/03/29 FRI ON SALE

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10072

TRACKLISTING
01. Roots Manuva & Doug Wimbish - Spit Bits
02. Sherwood & Pinch (ft. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich
03. Horace Andy - Mr Bassie (Play Rub A Dub)
04. Neyssatou & Likkle Mai - War
05. Lee “Scratch” Perry - African Starship
06. Denise Sherwood - Ghost Heart
07. Higher Authorities - Neptune Version*
08. Sherwood & Pinch ft. LSK - Fake Days
09. Congo Natty - UK All Stars In Dub
10. Mark Stewart - Favour
11. LSK and Adrian Sherwood - The Way Of The World
12. Gary Lucas with Arkell & Hargreaves - Toby’s Place
13. Nisennenmondai - A’ - Live in Dub (Edit)
14. African Head Charge - Flim
15. Los Gaiteros de San Jacinto - Fuego de Cumbia / Dub de Sangre Pura (Dub Mix)
16. Little Axe - Deep River (The Payback Mix)
17. Ghetto Priest ft. Junior Delgado & 2 Bad Card - Slave State
18. Coldcut ft. Roots Manuva - Beat Your Chest

Paulius Kilbauskas - ele-king

 まるでスティーヴ・ライヒとデリック・メイを同時に聴いているみたいだ。ガムランの響きに始まり、トライバル・ドラムが絡み、以後も同様な曲が続くものの、ところどころでクラブ・ミュージックのクリシェが面白いようにミニマル・ミュージックに加えられ、ライヒとは異質の高揚感が湧き出してくる。リトアニアにニュー・ウェイヴを紹介してきたゾーナ・レコーズから1年前にリリースされたエディションにオープニング曲を加えた8曲入りがライセンス盤として出回り始めたようで、シンプルな“Space”から始まる構成が余計にそうした演出度を高めてくれる。どこまでいっても低音は響かず、ガムランの音が密度を変化させながら空間性を担保していく。ブラシの抜き差しはどうしてもデリック・メイを強く想起させ、これで影響を受けていないといわれたら嘘でしょうとしかいえない。正月からデザイナーの祖父江慎がデリック・メイで朝の5時まで踊ったというから、余計にそう思えてしまうのかもしれない(なんて……しかし、祖父江さん、何歳よ~)。

 後半はデリック・メイをまさにガムランでカヴァーしていると捉えた感じになっていく。チャカポコという響きがほんとにそれらしく、デトロイト・テクノをここまでオーガニックに聴かせた例はないのではないかと思ったり。“Seven”にはハープ奏者も加わり、瑞々しさは一層増していく。“Space”と”Fire”にはゴングとメタロフォンという楽器で実際にインドネシアのガムラン奏者である通称バロットも参加し、とくに”Fire”は華やかで音が自由に乱舞しまくり(イントロとアウトロでポクポクと打ち鳴らされるのは木魚だろうか)。ぜんぜん知らなかった人なので、調べてみるとパウリウスはどうもリトアニアのギタリストで、リトアニア語をグーグル翻訳で読んだのではっきりしたことはわからなかったけれど、小学校もロクに行かなかったらしく、4弦ギターと出会うことから彼の人生は変わり始めたらしい。93年に結成されて、ドラムとキーボードが死んだために01年に解散せざるを得なくなったエンプティ(Empti)というバンドでプログラムなども手掛けていたそうで、それまではアシッド・ジャズの流れでトリップホップとかブロークン・ビートとカテゴライズされる音楽性を追求していたという(フェスティヴァル・オブ・ワースト・グループで優勝したとも)。ソロ活動は07年に『バンゴ・コレクティヴ』と題されたダンスホールとブレイクビーツを組み合わせたようなアルバムからスタート(これがまたなかなか)。続く『ペピ・トゥリー』(09)ではゲーム音楽、マリウスくんたちと取り組んだ『スタジオ・ジャム』(09)はいわゆるインプロヴィゼイション・ジャズと、音楽的にはなんの脈絡もない。2014年には2枚のサウンドトラック・アルバムを手掛け、それらがロックンロールだったり、現代音楽だったりするのは映画の種類に合わせたものだから仕方がないとしても、ダブリケイトの名義ではハードコアから発達したジャンプスタイルにもチャレンジしているらしく、これは昨年、イタリアのアドヴァンスド・オーディオ・リサーチが『ファースト・グレード』で極めて面白い展開を見せたジャンルとしても気になっていたので、がぜん興味が増してくる。これを2013年にはすでにやっていたとは。『Elements』に通じる作品としては09年の『スケッチ・トゥ・ペインティング』やマーク・マッガイアーをユルくしたような3枚のライヴ・アルバムがオーガニックなギター・アンビエンスを展開していて(『LRTオーパス・オーレ・ライヴ』“Part 2”の前半はベイシック・チャンネル風)、この辺りから少し『Elements』へと通じるものが見えてくる。しかし、決定的だったのは1年間、家族4人でバリに住んだことらしい。それはゴミが燃え、犬が飛び、色が現れる世界だたっという。

 バリで受けた影響は曲名が地水火風に基づいていることや「空気を吹き付けるような音楽を探していた」という表現などニューエイジに向かってもおかしくはないはずなのに、時間がなくてガムランをベースに音楽を組み立てるまでには至らず、ガムランに多大なインスピレーションを受けながらも伝統音楽との間に距離を感じたままのレコーディングとなったらしい。そのことがむしろ幸いしたのだろう。中途半端にクラブ・ミュージックの要素が残ったことが新たな道筋を切り開いたという気がしてしまう。彼はすでに次のアルバムのことも考えていて、ニューエイジに近づきかねない「軽くて明るい音楽」というヴィジョンを語っているから、良かったのはここまでだったということになりかねない恐れはあるものの、この瞬間が素晴らしいことはとにかく間違いがない。

interview with Gang Gang Dance - ele-king

 いまから振り返って、ゼロ年代に盛況を見せたブルックリン・シーンはブッシュ政権に代表されるような強くて横暴なアメリカに対する意識的/無意識的な違和感や抵抗感を放つ磁場として機能していたのではないだろうか。古きアメリカをサウンドや音響の更新でモダンに語り直そうとしたアメリカーナ勢が注目されるいっぽうで、ブルックリンのエクスペリメンタル・ポップ・アクトたちは「非アメリカ」を音にたっぷり注ぎこむというある種わかりやすくアーバンなやり方で旧来的な「アメリカ」に抗したと言える。だとすると、トライバルなリズムと異国の旋律や和声を生かしながら、それをミックスしグツグツと煮詰めてポップにしたギャング・ギャング・ダンスは、ブルックリン・シーンにおける「非アメリカ」を象徴する存在だった。ブルックリンの街の風景がそうであるように、「アメリカ以外」が当たり前に混ざっていることこそが現代の「アメリカ」なのだと。いまでこそ多様性という価値観でマルチ・カルチュラル性を標榜することは浸透したが、当時の内向きな情勢にあって、外の世界を積極的に見ようとした彼らの功績はいま振り返っても大きい。
 10年代に入るとブルックリン・シーンは次第に拡散し、ニューヨークの地価と物価は上がり続けた。金のないアーティストたちはブルックリンを離れ、そして、ギャング・ギャング・ダンスも11年の充実作『アイ・コンタクト』から沈黙した。それぞれソロや別名義の活動を続けつつ、中心メンバーのブライアン・デグロウは山に住居を移して瞑想をしていたという。ニューエイジを聴きながら……。

 ブルックリンという地域性はなくなったものの、当時そこで活躍したインディ・ロック・アクトが近年再び活躍を見せはじめているのは、アメリカの社会情勢の混乱と無関係だとは思わない。他国の音楽をその境界がわからなくなるまでリズムや和声に溶けこませたグリズリー・ベア。あるいは、(現在はブルックリンを離れているという)ダーティ・プロジェクターズの前向きな気持ちが詰まった新作『ランプ・リット・プローズ』も、現在を覆い尽くす恐怖や不安に対抗するものだったという。ブライアン・デグロウはニューヨークの街に戻り、そして、ギャング・ギャング・ダンスは2018年に7年ぶりの作品をついにリリースした。
 そのアルバム、『カズアシタ』はGGDらしいトライバルなリズムとエキゾチックな旋律を持ついっぽうで、ニューエイジ色を非常に強めたものとなっている。近年の都市部でのマインドフルネスの流行を一瞬連想するが、サウンドはもっと深いところで、アルバムを通して瞑想的な平安を希求する。リジー・ボウガツォスの湿り気のある歌が陶酔的な響きを持つ“J-Tree”や“Lotus”、“Young Boy”などには現行のオルタナティヴなR&Bとシンクロするようなポップさがあるが、それも全体の一部として溶けこませるようにサウンドの統一感が演出されている。いくつかのアンビエント・トラックを通して内的世界に潜りこみ、『カズアシタ』は“Slave on The Sorrow”の壮大なサウンドスケープに包まれて何やらエクスタティックに終わりを迎える。
 怒りと怒りがぶつかり合う時代にこそ、GGDはスピリチュアルな探求を選んだ。越境する音が混ざり合うことで得られるピースフルな精神。来る日も来る日も報じられ続ける狂ったニュースに我を失いそうになったら、テレビを消して、インターネットの画面を閉じて、『カズアシタ』の音の揺らぎに身を任せるといいだろう。

※ 以下のインタヴューは、昨年のアルバム発売時におこなわれたものです。

アーティストとか、あんまり金のないひとたちにとっては住みにくいところになったし、すごく金に動かされてる。居住空間が高くなったしね。生活が維持できなくなったんだ。これってニューヨークだけの話じゃなくて、あらゆる場所で起きてることだけど(笑)。

前作『アイ・コンタクト』から本作の間、ブライアンさんがソロを出すなどメンバーそれぞれで活動をされていましたが、あらためてギャング・ギャング・ダンスのアイデンティティについて考えることはありましたか? だとすると、それはどのようなものですか?

ブライアン・デグロウ(Brian Degraw、以下BD):ふむ。僕らは自分たちのサウンドがどんなものか、ある程度意識してると思う。僕らが集まると何をするのか、どういうことが可能なのか。つまり、僕ららしさはつねにあるものなんだ。でも、僕らがそれに頼ってるとは言えない。音楽を作るとき、そういう思考プロセスに頼っているとは思わないからね。より自然なもので、逆にそこに頼らないようにしてるんじゃないかな。たとえば、今回のアルバムはこれまでに比べて前もって考えた部分が大きかったんだけど、とくにこういうサウンドはキープしようとか、そういうのはまったくなかった。たしかに僕ららしいサウンドというのはあるんだろうけど、意図的なものじゃない。だからこそ、それが何か説明できないしね。ギャング・ギャング・ダンスのサウンドの定義なんて絶対できないよ(笑)。

ギャング・ギャング・ダンスとして7年ぶりのアルバムを制作するにあたって、はじめに設定したゴールのようなものはありましたか?

BD:これはきっとほかのどのレコードより、青写真的なものがあったレコードだろうな。普段はそういうものはまったくなしに、そのままスタジオに入って音を鳴らして、何が起こるか見てみようって感じだから。でも今回はそうしなかった。あらかじめどういうレコードにしたいか、よりクリアなアイデアを持っておきたかったんだ。もうちょっと空間があって拡張的なもの、ある意味、よりシンプルなレコードにしたかった。簡単な言い方になっちゃうけど、カオス的なサウンドというよりは、シンプルなレコードだね。そう……落ち着いた、平静なサウンドというか。

本作はリズムよりもサウンド・テクスチャーやメロディに重点があったということですが、逆に言うと、ギャング・ギャング・ダンスにとってリズムのボキャブラリーはすでに身についたという自信の表れでしょうか?

BD:BD:うん、だと思う。あと、いまの音楽のほとんどがリズムをベースにしてる、っていうのとも関係してる。ラジオで流れるようなポピュラー・ミュージックでさえ、多くがリズム中心、ビート・オリエンテッドの曲だったりするよね? ビートを起点にしたエレクトロニック・ミュージックとか。で、僕らには、そのときの流行りがなんであれ、その正反対に行こうとする傾向がある。だから、それも前もって決めたことにかなり関係してると思う。

“( infirma terrae )”や“( birth canal )”のようにインタールード的なアンビエント・トラックが入っている狙いは何でしょうか?

BD:このレコードは、全体をひとつの曲として聴くように作られてるんだ。だから、そういうトラックもレコードのほかの曲と同じくらい重要で。でも、いまの音楽やレーベルのあり方というか、音楽をどう提示するか、っていうところで、レーベルには「レコードとして出すなら、曲を分けてほしい」って言われてね。そうやって見ると、分けるのも可能ではあったし、いくつか独立した曲として出せるものもあった。ただ、君が挙げたようなアンビエントなトラックもあるし、僕にとってはそういう部分こそ、このレコードでいちばんエキサイティングなところなんだ。いつ聴いても僕自身興奮する。まあ、ある意味では曲と曲を繋ぐような役割とも言えるんだけど、僕としてはいちばん聴いてて楽しいんだよね。

アルバム全体で流れがあるいっぽうで、“J-TREE”、“Lotus”、“Young Boy”辺りは独立したポップ・ソングとして完結した強度があるトラックだと思います。ギャング・ギャング・ダンスならいくらでも長尺のジャム・ナンバーが作れると思うのですが、完結したポップ・ソングを作るというのは本作にとって重要でしたか?

BD:僕らはああいう曲、よりポップな曲を作るのも好きなんだ。2005年からはそういうこともやってきたと思う。その頃からはじめたんだけど、それ以前はまったくそういう曲を作ろうとしたこともなかった。純粋に即興で、サウンド・ベースの音楽をやってたから。曲を構築したり、作曲しようとしたりはしてなかったんだ。だから2005年くらいから徐々にはじまって、あるレコードのある部分ではかっちりとした曲を作ろうとしたり、でもほかの部分ではそんなアイデアは捨てて、そうならなくても構わない、って感じだったんじゃないかな。うん、僕らはずっと、いわゆる「ポップ・ソング」を作ることに興味はあった。それがいまのところ、どこまで達成できてるかはわからないけど、ずっとトライはすると思うよ。

そうしたことと関係しているかもしれませんが、“Lotus”や“Young Boy”からはこれまでよりR&Bの要素が聞きとれます。近年のR&Bから刺激を受けるようなことはありましたか?

BD:僕らはこれまでもずっとR&Bに影響されてきた。きっと……90年代あたりからかな。実際、僕ら全員に大きな影響を与えてきたんだ。多くの場合、ある音楽からの影響はメンバーの誰かにはあっても、ほかのメンバーにはなかったりするんだけど、R&Bとヒップホップは僕ら全員が影響としてシェアしてる。ずっと僕らの音楽に影響を与えてきたひとをひとり挙げるとしたら、ティンバランドかな。いっしょに音楽をはじめて以来ずっと彼について話してきたし、リファレンスになってる。ティンバランドと、J・ディラもそう。僕らの話題にずっとあがってきた、ふたりのプロデューサーだね。アリーヤの話もよくするよ。

いっぽうで、“Snake Dub”は本作でももっともエクスペリメンタルなトラックのひとつですが、とくにエディットの緻密さと大胆さに驚かされます。本作のトラックのエディットにおいてもっとも重要なポイントはどういったものでしたか?

BD:“Snake Dub”はかなり最後のほうでできたトラックで。実際、レコード全体の順番、流れを作ってるときだった。その時点で、ほかにもいくつか、レコードに入れるかどうか迷ってるトラックがあったんだ。で、結局、より曲らしい曲を2、3、削ることにした。僕からすると、その時点でレコードとしてのバランスが、ちょっと「曲」、ソングに偏りすぎてたから。もっとルースな抽象性が足りなかった。どんなレコードを作るにせよ、やっぱりそういう部分は欲しいんだよね。だから、レコードの曲順を作ってるとき、最後の段階であのトラックをまとめたんだ。それまでにやってたいろんなインプロヴィゼーションを繋いで、コンピュータでエディットした。それもやっぱり、レコード全体のバランスを考えてやったんだよ。だからエディットの重要性というより、全部をひとつのものとして考えることが第一だった。

よりフィジカルで、ほとんど血管のなかに入って、身体のなかを循環するような感じ。僕にとっては時折、ドローンやアンビエント・ミュージックは僕の体のなかに存在するような気がするんだ。

現在は山のなかで暮らしているということですが、山の暮らしからもっとも学んだことは何でしょう?

BD:いまはまたニューヨーク・シティに戻ってきてるんだ。どうかな、ほんとにいろんなことを学んだから。ひとつだけ挙げるのは難しいよ。僕はたくさんのことを学んだんだ(笑)。そのほとんどは……うまく言えないけど、いまの僕が生活に対してどうアプローチするようになったかに関わってる。いろんな点で前とは違うんだ。山で暮らすことで、自分の優先順位について考える余地ができたから。僕自身や自分のアートにおいて、何にフォーカスしたいのか。生き方そのものについても考え直したしね。振り返ると、そういうことを僕は一度も考えてこなかったんだよ。長く街中で暮らして、とにかく前に進むことばっかり考えて、立ち止まることがなかった。「何が自分を幸せにするのか」さえ考えてなかったんだ(笑)。ちゃんと自分のこともケアしなかったし、健康にも気をつけてなかったし。だから、音楽やアート以外のこと、それまでネグレクトしてたことを考えられる機会になった。料理やサステイナブルな家、サステイナブルな生活みたいな、ほかの興味にもゆっくり時間をかけられたし、ガーデニングにもかなり夢中になった。だから、いまの僕には音楽やアートの領域以外にも、大事なことがたくさんできたんだ。

いっぽうで、ニューヨークの街はどうでしょう? 前作『アイ・コンタクト』の頃からとくに変わったと感じられることはありますか?

BD:実際、また街に戻って適応するのがかなり大変だったんだよね。最初は時間がかかった。いまはだいじょうぶだけど。前といちばん違うのは、いまは自分のアート・スタジオがあること。長い間住んでたのに、ずっとアート・スタジオを持ってなかったんだ。でもいまはアート・スタジオも音楽スタジオも持ってる。そういう空間があると、僕はずっとクリアにものが考えられる。でも最初に都市を離れて田舎に住もうと決めたときは、そういう場所がなかったんだ。だから、心の平安を見つけるのが難しかった。いまは自分がそこに行って、ちょっとしたものを作れるような空間があれば、街でももっといい生活が送れるんだ、っていうのを発見してるところ。以前はそういう場所がなかったからね。前の僕は小さなアパートメントで暮らして、落ち着かなくなって外に出たら、街中はもっとクレイジーだったりした。でもいまはスタジオ用の部屋があって、そこで落ち着いて考えたり、何か作ったりできる。実際、静かだしね。

通訳:街のほうも変わりましたか?

BD:うん。前とは違うタイプのひとたちが住んでる。ニューヨークはアーティストとか、あんまり金のないひとたちにとっては住みにくいところになったし、すごく金に動かされてる。居住空間が高くなったしね。もちろん、よくなったところもある。ある意味クリーンになったし……まあ、僕はときどき、30年前のクリーンじゃないニューヨークが懐かしくなるけど。でもやっぱり、一番変わったのは物価やコストだろうな。それでアーティストが押し出されて、僕を含め大勢が北部や田舎のほうに引っ越していった。生活が維持できなくなったんだ。とはいえ、これってニューヨークだけの話じゃなくて、あらゆる場所で起きてることだけど(笑)。

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いまってものすごくクレイジーな時代だから、みんなネガティヴになりがちだし、すぐ「もう希望なんてない」って考えてしまうだろう? でも僕は、希望はあると思うんだ。

最近は瞑想に使われるアンビエントやニューエイジ、インド音楽などをよく聴いていたということですが、これらの音楽のどのようなところが面白く感じられたのでしょうか?

BD:まあ、僕としては瞑想するために聴いてたんだ。で、うまく言えないけど、僕にとっては音楽というより非音楽的なものになったっていうか、感覚に訴えるフリーケンシー、周波数になったんだよね。よりフィジカルで、ほとんど血管のなかに入って、身体のなかを循環するような感じ。僕がそれほどアンビエントじゃない音楽、たとえばポップ・ミュージック寄りの音楽を聴くときには、必ずしもそういうふうには消化しない。全然受け入れ方が違うんだよ。そういうタイプの音楽は、自分の外側にあるように思い描く。僕にとっては時折、ドローンやアンビエント・ミュージックは僕の体のなかに存在するような気がするんだ。

『カズアシタ』にはスピリチュアリティが入っていると言えますか?(通訳註:スピリチュアリズムは英語で心霊主義の意味になるので、こう訊きました)

BD:僕としては、聴くひとがそう解釈するなら嬉しいけどね(笑)。僕にとってはスピリチュアルなレコードだから。僕が聴く音楽のマジョリティは、ニューエイジ音楽と分類されるような音楽だったりもする。だから、そういうふうに聴いてもらえるのはポジティヴだと思う。スピリチュアルな効果があるといいよね。それは、さっき言った「自分の体のなかにある音楽」ってことでもあるし。あと、このレコードのナラティヴがそうなんだ。僕にはほかのレコードよりスピリチュアルっていうか……いや、違うな。いまのは言うべきじゃなかった。どのレコードも僕にとってはスピリチュアルなんだけど、今回はナラティヴがよりスピリチュアルな領域に入っていく。ほかのレコードよりね。とくにエンディングがそうなってると思う。

印象的なジャケットのアートワークについて教えてください。SF映画のヴィジュアルを連想させますが、これは本作とどのように関わっているのでしょうか?

BD:あの写真は友人のデヴィッド・シェリーのイメージなんだ。彼は素晴らしい風景写真家で、あれはアメリカの北西部、オレゴンの沿岸で撮った写真なんだよ。うん、僕があのイメージを好きなのは、SFというよりは、世界の終わりであり、世界のはじまりでもあるようなところ。あのイメージには二重性がある気がするんだ。世界の終わり、もしくは始まりであって、同時にその両方でもあるような。その意味で奇妙なフィーリングがある写真なんだよね、僕にとっては。うまく説明できないんだけど……自分でもそのどっちかがわからない。そこが好きなんだ。

サウンド的にもSF映画のスコアを連想させる部分があると感じましたが、『カズアシタ』にSF映画やSF小説からの影響はありますか?

BD:サイエンス・フィクションではないけど、このレコードを映画のスコアとしては考えてたよ。作ってるときには、僕自身ずっと「映画」として話してたんだ(笑)。僕には映画として見えるレコードだから。聴いてると、映画のなかにいるのが想像できる。実際、いまもこのレコードに合わせた長編映画のプロジェクトを手がけてるところなんだ。そういう意味でも、これはとても映画的なレコードだね。

『カズアシタ』というアルバム・タイトルは(元メンバーの)タカ・イマムラの子どもの名前にちなんでいるそうですが、曲単位では“Kazuashita”や“Young Boy”に子どもが登場します。子どもの存在はこのアルバムのテーマに関係していますか?

BD:それも、この映画のナラティヴに関係してる。いくつか理由はあると思うけど、ひとつは僕らの年齢だよね。僕らの友人がみんな親になった。子どもを持つようになったんだ(笑)。だから周りに子どもたちがいて、それがレコードに影響を与えてる。周りで次々赤ん坊が生まれて……僕ら自身には子どもがいないんだけど、ここ数年で周りの友人に子どもが生まれたんだよ。で、周りにいる小さい子たちのことを考えるようになった。レコードのナラティヴに関して言うと、曲の“Kazuashita”はタカの子どもがこの世界に生まれたことであり、最終的にはいまのクレイジーで混乱した世界を指し示してる。彼がはじめてその世界を旅してるんだ。だからこそあの曲は“Kazuashita”っていうタイトルだし、“birth canal”っていう曲は彼が生まれる直前、母親の胎内から産道(birth canal)を通ってるところを描いてる。カズアシタが外界に出てこようとしてるんだ。で、“Young Boy”はまた別の話で。あれはリズが書いた曲。ここ数年アメリカで、若者たちに沈黙が向けられてることについて彼女が書いたんだ。

みんなに落ち着いてほしかったんだよ(笑)。攻撃に対して、さらなる攻撃で返したくなかった。むしろ静かな感覚を作り出すことで、カオスに対抗したかったんだよね。聴くひとを助けるっていうか、激しさを鎮めて、混乱を少なくしたくて。

ラストの“Slave on The Sorrow”は非常にスケール感の大きなナンバーで、歌詞も希望を暗示するものになっていると思います。この曲を最後に置いたのはなぜでしょうか?

BD:それはやっぱり、希望があるからだよね。僕はこのレコードをネガティヴな感じで終わらせたくなかった。また別のレイヤーが次に開かれていくような感じにしたかったんだ。世界の次のフェイズにね。だから希望があるし、ポジティヴだし。というのも、いまってものすごくクレイジーな時代だから、みんなネガティヴになりがちだし、すぐ「もう希望なんてない」って考えてしまうだろう? でも僕は、希望はあると思うんだ。僕はこのレコードで、いま起こっていることのあらゆるネガティヴな側面に目を向けたかった。でも最後に希望のある形で締めくくるのは、僕らにとってすごく重要だったんだ。「このフェイズを乗り越えるんだ」って感じられるようにね。この政治的な混乱やドナルド・トランプを乗り越えて、最後には光が見えてくる──っていうフィーリングにしたかった。新しい考え方や、新しい空気が開けてくるんだよ。

ギャング・ギャング・ダンスの音楽はつねに、さまざまな地域の音楽性を越境し、ミックスするものでした。『カズアシタ』にも、そうした多様な音楽性が前提として共存しています。いっぽうで現在、トランプ政権に代表するように、世界が内向きになっている傾向がありますが、そんななか、越境的な音楽はそのような(内向きの)ムードに対抗する力を持てると考えますか?

BD:持てればいいよね。そうあってほしい。これまで僕が話してきたいろんなひとたち、インタヴュアーやこのレコードについて書いてくれたライターのひとたちに関して言えば、そういう効果があったみたいだし。僕にはそう感じられる。それに、そこは僕らのゴールのひとつでもあったんだ。ある意味、落ち着いた感覚を作りだすことがね。このレコード全体がひとつの曲、ひとつのピースである理由もそこにある。アイデアとしては「我慢強くあること」っていうのかな。途中で気を逸らすことなく、最後まで見通すこと。少なくとも、そういうふうに聴いてほしいんだ。何かほかのことをしながら、次々早送りにしたりするんじゃなくて、ちょっとくつろげる場所を見つけて、最初から最後まで聴いてほしい。映画を観るようにね。映画観るときって、みんな途中で別のこと始めたり、バックグラウンドで映画を流したりすることってあんまりないだろう? だから、このレコードもみんなリラックスして聴いて、自分の中に取り込んで、ちょっとした旅に出るような気持ちになってほしい。そう、このあいだ別のインタヴューでも話したんだけど……ちょっと似たような質問が出て。そのときに言ったんだけど、いまみたいな政治的、社会的な状況下だと、音楽もそれと同じリアクションになってしまうことが多いよね。「これだけ社会が怒りに溢れてるんだから、こっちも怒りのある音楽、攻撃的な音楽を作るべきだ」みたいな。でも、僕はそうしたくなかった。そういうとき僕が聴きたかったのは、それとは正反対の音楽だったんだ。みんなに落ち着いてほしかったんだよ(笑)。攻撃に対して、さらなる攻撃で返したくなかった。むしろ静かな感覚を作り出すことで、カオスに対抗したかったんだよね。聴くひとを助けるっていうか、激しさを鎮めて、混乱を少なくしたくて。そういうふうにこのレコードが作用するといいなと思う。

通訳:毎日の生活でもそうですよね。私もニュースを見てものすごく怒ったりするんですけど、それがどんどんエスカレートするような感覚があります。

BD:そう、怒りって伝染するんだよ。怒ったひとたちはそのエナジーを君に投げつけて、怒りやすい環境を作りだす。それは、まさに君を怒らせるためだったりもするんだ。だからこそ、それを思い出して、まったく逆の方向に進まなきゃいけない。他人の攻撃に対抗するタイプの攻撃、アグレッションでは何も成し遂げられないからね。

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