ポスト・パンクの草分け、ザ・レインコーツのジーナ・バーチが来年の2月、ソロ・デビュー・アルバムをリリースすることを発表した。アルバムのタイトルは『I Play My Bass Loud』、レーベルはジャック・ホワイトの〈Third Man Records〉。「長年にわたる自分の音楽的、政治的、芸術的人生を抽出したもので、音と言葉の、楽しさと怒りのストーリーテリングによる個人的な日記になる」と彼女は声明を出している。
なお、サーストン・ムーアをフィーチャーしたリードトラックが公開されている。
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〈ブラウンズウッド・レコーディング〉を主宰するDJのジャイルス・ピーターソン、インコグニートのリーダーとして活躍するブルーイことジャン・ポール・マウニックのふたりが手を組み、周囲のミージシャンを巻き込んで結成したプロジェクトのSTR4TA(ストラータ)。1970年代後半から1980年代初頭に勃興した英国のファンク・バンドやジャズ・ファンク・バンド、通称ブリット・ファンクと呼ばれるムーヴメントにインスパイアされたのがストラータで、実際にブリット・ファンクの時代から活躍するブルーイや彼と交流のあるミュージシャンたち、さらにアシッド・ジャズのころから一時代を築いてきたミュージシャンも参加し、2021年にファースト・アルバムの『アスペクツ』を発表した。アルバム・リリースに際してジャイルスへインタヴューをおこない、ストラータ誕生の話などを聞いたのだが、タイラー・ザ・クリエイターのブリット・アワードにおける「ブリット・ファンクから影響を受けた」というスピーチがひとつのきっかけになり、改めてブリット・ファンクを世に知らしめ、いまの時代にリアルタイムで表現しようというのが結成に理由だったそうだ。
『アスペクツ』ではブリット・ファンクを下敷きに、そこにディスコ/ブギー、アシッド・ジャズ、クラブ・ジャズといったジャイルスが通過してきたエッセンスも加えつつ、あえて現代的な補正や加工を加えたりすることなく、サウンドが生まれたままの粗削りさをそのまま提示し、そうしたところがカッティング・エッジな音楽性も作り出していた。インコグニートのような洗練された音楽とは真逆をいくスタイルで、そこがストラータの魅力のひとつでもあったわけだが、そんな彼らが一年半ぶりとなるニュー・アルバム『ストラータスフィア』を完成させた。セッション・ミュージシャンが主となり、いわゆるゲスト・ミュージシャンの参加がなかった『アスペクツ』だが、今回はオマー、ロブ・ギャラガー、ヴァレリー・エティエンヌなど、かつてのアシッド・ジャズの時代からジャイルス主宰の〈トーキン・ラウド〉で活躍してきたヴェテラン・ミュージシャン、そしてエマ・ジーン・サックレイ、シオ・クローカー、アヌーシュカといった、ジャイルスやブルーイよりずっと下の若い世代のミュージシャンなどが幅広く参加する。そんな若い世代のアーティストとのコラボにより、『アスペクツ』からさらに進化した世界を見せてくれるのが『ストラータスフィア』である。今回のインタヴューにはジャイルスとブルーイの両名が揃い、そんな『ストラータスフィア』の世界についてじっくり話をしてもらった。
日本は70年代に誕生したジャズやフュージョン、ジャズ・ファンクなど、特別なシーンがあるから、それを記念するようなプロジェクトを僕たちでやろうと考えていた。今後やるかもしれないし、いまでもやりたいと思っているよ。(ジャイルス)
ミュージシャンというのは不思議なもので、特別な何かができあがったとしても、その特別さを忘れてしまって、次なる特別なものを求めてしまいがちだ。(ブルーイ)
通訳:こんにちは! 今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。通訳のエミです。ジャイルスさんとは以前、日本でお会いしたことがありますが、ブルーイさんは初めてです。今日はエレキングという雑誌のインタヴューで質問原稿をジャーナリストの方からお預かりしているので、それを読んで進めていく流れです。よろしくお願いします!
ブルーイ(以下B):こちらこそどうぞよろしく、エミちゃん¬♡
■昨年ファースト・アルバム『アスペクツ』を発表したストラータですが、このたびセカンド・アルバムの『ストラータスフィア』がリリースされます。ファースト・アルバムの後にリミックスEPもリリースされ、それからさほどインターバルを置かずにセカンド・アルバムのリリースとなるわけですが、ファースト・アルバムに対する世間やリスナーからの反響はいかがでしたか? いい手応えや反響があったからこそ、こうしてセカンド・アルバムへ繋がっていったのかと思いますが。
ジャイルス・ピーターソン(以下GP):このような流れでブルーイと一緒に制作ができたことに正直驚いているんだ。僕とブルーイは以前から一緒に作品を作りたいと思っていたんだけど、これだと思うプロジェクトになかなか出会わなかった。プレス・リリースを読んでもらったらわかると思うけれど、僕たちは何年も前からずっと一緒に仕事をしてきた仲なんだ。そしていつだったか、日本でアルバムを作ろうという話をしていた時期があった。その話は実現に至らなかったんだけど、日本は70年代に誕生したジャズやフュージョン、ジャズ・ファンクなど、特別なシーンがあるから、それを記念するようなプロジェクトを僕たちでやろうと考えていた。今後やるかもしれないし、いまでもやりたいと思っているよ。とにかく、(プロジェクトの成り立ちとして)僕たちはロンドンにいて、お互いに近いところに住んでいるという状況だった。そしてふたりとも、イギリスのグラミー賞に値するブリット・アワードを見ていたんだけど、タイラー・ザ・クリエイターが特別功労賞(ライフタイム・アーカイヴメント・アワード)を受賞したときに、彼はスピーチでブリット・ファンクが大好きだということを述べたんだ。そこで僕はブルーイに電話して、「ブリット・ファンクのレコードを作ろう! タイラーのようなアーティストも好きだと言っているし、音楽界という広い領域でブリット・ファンクが評価されているんだよ」と彼に伝えた。これが僕たちの機動力となり、プロジェクトをスタートするきっかけになった。ロックダウン中という奇妙な時期に誕生したプロジェクトだったけど、素晴らしいプロジェクトになった。
ファースト・アルバムの反応にはものすごく驚いたよ! だからすぐに次のアルバムを作りたくなった(笑)。でも今回のアルバムでは、後で詳しく話すけれど、ブリット・ファンクの域を超えて、それがどのように進化していったのかというのを表現したかった。だからアシッド・ジャズやストリート・ソウル(*1980年後半から1990年代前半のUKのクラブ・シーンや海賊ラジオなどで用いられた用語。ヒップホップやエレクトロの影響下にある80年代前半頃のソウルを指し、ドラムマシーンによるエレクトリックなビートやダブを取り入れたベースライン、ロー・ビットなアナログ・シンセの音色が特徴)を経て、シオ・クローカーやエマ・ジーン・サックレイといった最近のアメリカやイギリスの新たなジャズ・ムーヴメントを代表するアーティストたちまで包括されたものになっているんだ。
B:ファースト・アルバムは驚きだったね。私にとっては旧友を訪ねるような感覚だったから。同じような会話がなされると思っていたから。しかもレトロな感じで。つまり過去のことについて話すのかと思っていたんだ。でもこのプロジェクトでは、その古い言語を使って新しい音楽を作ったんだ。ミュージシャンというのは不思議なもので、特別な何か(この場合はブリット・ファンク)ができあがったとしても、その特別さを忘れてしまって、次なる特別なものを求めてしまいがちだ。それが成長の一部なんだがね。そして成熟とともに洗練さも増してくる。あの音楽(ブリット・ファンク)は当時の無垢な感じがあって、洗練さは欠けていた。ジャイルスはそれを見抜いていて、それを再現するのが上手だった。ジャイルスは私に「いったん俯瞰して、このテイクを使おうじゃないか」と言った。私はサウンドを洗練させようとしていたけれど、ジャイルスはあえてそれをしたがらなかった。彼は洗練度を取り除こうとしたんだよ。そのおかげで私は物事を考えすぎないで楽しむことができた。昔は時間がなかったり、資金がなかったりしたけれど、若さというエネルギーがあった。それらの要素が融合して音楽ができていた。今回は私と一緒に作品を共同プロデュースしてくれる人がいたということが重要だったと思う。そうでなければインゴグニートのアルバムがもう1枚できてしまっていたかもしれないからね(笑)。ジャイルスはインコグニートとこのプロジェクトの見分けがはっきりついていたから、その点が素晴らしかった。
■ファーストのリリース後、ジャイルスが主催する「ウィ・アウト・ヒア」ほか、スペインの「プリマヴェーラ・サウンド」といったフェスティヴァルに参加し、「ジャズ・カフェ」などでライヴ・ステージも披露していますね。ライヴ・アクトとしてのストラータはどんな方向性を持つのですか? 以前のインタヴューではブルーイたちの生演奏を軸に、そこへジャイルスがDJミックスやエフェクトを加えていくということを伺ってましたが。
B:アルバムの音を荒削りにしたのと同じように、生演奏も荒削りな感じにしようとした。即興演奏をしたり、サウンド・エフェクトを入れたり……もっとジャズっぽい感じにしたんだ。私たちのバンドはライヴではより一層ジャズ色が強まる。
GP:フェスやライヴに出演するのは最高だったよ。あれ以来たくさんの出演依頼が来た。「プリマヴェーラ」は観客が僕たちのことをあまり知らないという、新しい層の人たちだったから面白かった。テストとして良かったと思うし、エキサイティングだった。「プリマヴェーラ」はナイトライフという文脈で行われているイベントだから、僕たちのバンドもクラブに近い状況でライヴをやったし、DJの存在も重要だった。そういう新しい領域でライヴをやり、熱狂的な反響を得られたことは、僕たちやバンドのみんなにとっても新鮮な体験だったと思う。「ジャズ・カフェ」でのライヴは、「プリマヴェーラ」よりもずっと安心感があった。「ジャズ・カフェ」は昔からある会場だから。日本(の東京)で言うと…「ブルーノート」みたいなところかな。あと、もうひとつのところ……なんだっけ?
B:「ブルーノート」はむしろ「ロニー・スコッツ」(訳注:ロンドンにある老舗のジャズ/ブルースのライヴ・スポット)に近いと思うな。ジャズ・カフェは……あれとあれの間だよ。えーと……
GP:「ビルボード」?
B:いや、「ブルーノート」と昔の(東京・新宿にあった)「リキッド・ルーム」だ。
GP:ああ、そうかもしれないね。ロンドンでは会場のチケットが即時で完売する。そしてチケットを買う人たちは昔からファンだった人たち、つまり年齢層が少し高めなんだよ。だからライヴも少し違ったものになる。最近は自分の音楽をさまざまな文脈に置き換えて、さまざまな空間に当てはめていくということをしていかないといけない。今回のストラータというプロジェクトに関しては、ストラータを従来の文脈、すなわち人びとが聞いたことのある会場や想定できる観客から取り出して、真逆の文脈(「プリマヴェーラ」など)に当てはめたりすることに楽しみを感じている。ストラータはそういう表現方法にとても適しているんだ。
B:ストラータの来日という目的だけのために(かつて東京・西麻布にあったクラブの)「イエロー」を再開させないとだな。
通訳:それは最高ですね!
GP:本当に最高だね。「イエロー」だったら完璧だ!
素晴らしいレコード・コレクションがあることはひとつの資質だが、レコードを2、3枚選んで、「これを参考にしてほしい。でもこれと同じ音楽は作りたくない。新しい音楽を作りたいんだ」と私に伝えられるということは、また別の資質なんだよ。(ブルーイ)
僕が15か16歳のころ、いろいろなレコード会社に手紙を書いていたんだ。「自分はDJで、大勢の前で音楽をかけている」って嘘をついてね(笑)。そしたらアンディー・ソイカはプロモ用の12インチを僕に送ってくれたんだ。(ジャイルス)
■『ストラータスフィア』の制作に入るにあたり、次はこうしようとか何か話し合いましたか? 基本的にはファースト・アルバムの延長線上にあるもので、1970年代後半から1980年代前半のブリット・ファンクを下敷きにしたプロジェクトということに変化はないと思いますが。
B:ジャイルスのブリット・ファンクに関する知識と、私がそういう音楽を作ってきたという経歴は、この音楽を再び作るにあたり最高のコンビネーションだった。ファースト・アルバムで作ったのは1970年代後期の音楽だったんだが、『ストラータスフィア』は1980年代に踏み込んでいる。最初のトラックをいくつか作る前に、私はジャイルスに「80年代前半から中旬までの音楽を聴いてくれ」と言われた。ドラムマシーンやプログラミングを使い、そこにライヴの要素を加えるような音楽だよ。私は当時(80年代前半~半ば)その道を行かなかったから、今回はその旅路をすることができて興味深かった。当時は多くのバンドがその道に進んでいたけれど、私はそっちには行かないと決めていた。80年代の話だよ。私はインコグニートの活動でファンクをやっていて、その炎をまだ掲げていた。プログラミングとライヴの音をミックスする方向には行きたくなかった。ジャイルスは私にレコードを持ってきてくれた。自分の活動で忙しかった当時の私が体験しなかった時代の音楽を聴かせようとしてくれたんだ。私はジャズ・ファンクをやっていて、その流れから離れたくないと思い、80年代はレゲエの方向性に進み、マキシー・プリーストとアルバムを5枚作った。その後はアメリカに渡り、マーカス・ミラーと仕事をした。マーカスと一緒に音楽をやっていた時期は、クラブで80年代の音楽を聴いて踊ったりしていたよ。TR-808などの機材を使った80年代初期の音楽だ。ジャイルスはそういうレコードを私のために選んでくれた。私の家にレコードを持ってきてくれたんだが、ジャイルスが自宅に戻る前に、私はすでに新しいトラックをひとつ作っていたよ。ジャイルスも絶対気に入ってくれると思った。私たちのように音楽に対する認識が通じ合っていると、細かいことを話し合わなくても、完璧な曲が作れるんだ。ジャイルスにアイデアがあって、俺にアイデアがあったら、完璧にこなすことができるのさ。
GP:とても自然な流れでできたよ。ブルーイはご存じの通り、素晴らしいエンジニアで、素晴らしいミュージシャンだ。だから、非常にいい基盤があるし、スタジオでもリラックスして作業できる。僕がアイデアや考えを持ち込んでも、バンドがすぐに対応してくれるんだ。時間のプレッシャーもなく、数週間くらい時間をかけて、ブルーイは僕からの情報をゆっくりと消化して、音楽へと変換する。それを後で聴かせてくれて、僕が「イエス」とか「ノー」とか「素晴らしい!」とかコメントする。
B:私がジャイルスにミュージシャンを紹介するときもある。
GP:参加してもらいたいミュージシャンがロンドンに滞在中だと聞けば、その人たちをスタジオに呼ぼうという話になる。「エマ・ジーンにはこのトラックに参加してもらおう」とか「オマーも入れたらいいんじゃないか」とか「ピアノ演奏者のピート・ハインズにも再び参加してもらおう」など。ファースト・アルバムの要素を引き継ぐ形で今回のプロジェクトも進めた。とてもイージーで素敵なプロセスだったよ。僕とブルーイは昔からの仲だから、お互いのことも理解し合っている。僕の役割はA&R(訳注:レコード会社における職務のひとつ。アーティスト・アンド・レパートリーの略。アーティストの発掘・契約・育成とそのアーティストに合った楽曲の発掘・契約・制作を担当する)に近い感じだったね。でもA&R以外のこともやった。A&Rとプロダクションの間を担当する役割の名前があるとしたら、そういう役職だったね。
B:プロダクションA&Rだよな。
GP:まあ、そうだよね。でもA&Rは何でも屋みたいなところもあるから……紅茶を入れるのが仕事のA&Rだっている(笑)。
B:A&Rのきめ細かさというのを私は昔から評価してきた。インコグニートの時代の当初、私はジャイルスにインタヴューされたことがある。そのときからジャイルスの音楽に対する理解というか認識は素晴らしいものだと思ったよ。ジャイルスは素敵なレコード・コレクションの持ち主だけど、同時に音楽を介して私たちとコミュニケーションが取れるんだ。素晴らしいレコード・コレクションがあることはひとつの資質だが、レコードを2、3枚選んで、「これを参考にしてほしい。でもこれと同じ音楽は作りたくない。新しい音楽を作りたいんだ」と私に伝えられるということは、また別の資質なんだよ。ジャイルスは音楽に対する理解や見解が明確なんだ。わかりやすく伝えることができる。普通だったら、「このレコードのベースラインを使えばいいのか?」とか、「このドラムを使いたいのか?」とか、「これと同じキーボードのサウンドを入れたいのか?」などと考えてしまいがちだ。でも私にはわかる。ジャイルスが言いたいのは、「このレコードの素晴らしい要素を取り入れたい。その素晴らしい要素が何かというのは自身で聴きとってほしい」ということなんだ。曲の全体的な要素やフィーリングを感じてほしいということなんだよ。
[[SplitPage]]80年代初期のレコードが再び人気を博している。ストリート・ソウルと言われる音楽をいまかけている若い世代の人たちがいるということなんだ。だからいま、リイシュー盤が出ているんだよ。(ジャイルス)
計画なんて全くなかった。ファーストでもなかったし、今回もなかった。これが私たちのコミュニティであり、私たちの世界なんだ。周りの環境なんだ。近所に住んでいる仲間もいるし、仕事仲間もいる。みんな私たちの知り合いであり、私たちの世界の人間なんだ。(ブルーイ)
■『ストラータスフィア』というタイトルは、ブリット・ファンクの代表的アーティストであるアトモスフィアからインスパイアされているのでしょうか? ストラータに参加するピーター・ハインズもアトモスフィアのメンバーでしたし、ブルーイも近い位置にいてライト・オブ・ザ・ワールドなどで活動していました。もちろんジャイルスにとっても、かつてアトモスフィアは大好きなバンドでしたし、ストラータとアトモスフィアはいろいろ関係が深いのかなと。
GP:そのとおりだよ。『ストラータスフィア』の綴り(STR4TASFEAR)はアトモスフィア(ATMOSFEAR)と同じで最後が「FEAR」となっているだろう? それがひとつのヒントだよ(笑)。
B:当時はライバル関係にあったバンドもいて、セントラル・ラインやハイ・テンションなどはインコグニートのライバルだった。だがアトモスフィアは違って、私たちにインスピレーションを与えてくれる存在だった。そのおかげで、アトモスフィアに対してはいまでも親愛なる感情を抱き続けている。
GP:ブリット・ファンクについて語るとき、忘れてはならないのは最近亡くなってしまったアンディー・ソイカだ。彼がDJとしての僕に初めてタダでレコードを送ってくれたんだ。僕が15か16歳のころ、いろいろなレコード会社に手紙を書いていたんだ。「自分はDJで、大勢の前で音楽をかけている」って嘘をついてね(笑)。そしたら(レーベルもやっていた)アンディーはプロモ用の12インチを僕に送ってくれたんだ。レヴェル42の “サンドストーム” とパワー・ラインの “ダブル・ジャーニー” という曲が入った両A面のシングルで、とても良いレコードだった。レーベルは〈エリート・レコーズ〉。僕にとっては嬉しくも、懐かしい思い出がある。それに、彼とはサッカーをやる機会もあったんだ。アンディーはミュージシャンたちが作るアマチュア・サッカー・リーグの審判を務めていたから、そのときに彼と初めて会った。僕は当時、自分のレーベル〈トーキン・ラウド〉のチームでサッカーをしていたんだ。とにかくアンディー・ソイカのレガシーは素晴らしいもので、彼はアトモスフィアのバンド・リーダーだっただけでなく、〈エリート・レコーズ〉を運営していたから、レヴェル42とレコード契約をして、彼らのファースト・アルバムのプロデューサーも担当していたと思う。それから、エキサイティングなストリート・ソウル系のレコードも数多く出していた。実はちょうど昨日、ストリート・ソウルのリイシュー盤が届いたところなんだ。ビヴァリー・スキートの7インチだよ。
B:彼女はインコグニートでもヴォーカルを務めてくれた。
GP:このような80年代初期のレコードが再び人気を博している。ストリート・ソウルと言われる音楽をいまかけている若い世代の人たちがいるということなんだ。だからいま、リイシュー盤が出ているんだよ。そういう形でアンディー・ソイカの輝かしいレガシーが受け継がれている。アトモスフィアは、フリーズと同様に普通という枠からはみ出ていたという印象があったね。アトモスフィアは比較的エレクトロニックで、実験的で、ダークで、それはそれで面白かった。その一方でフリーズはニュー・ウェイヴ色が強かった。アトモスフィアとフリーズは、従来のブリット・ファンクとは少し違う感じがあって、そういうところが僕には魅力だった。もちろん従来のブリット・ファンクも大好きだけどね。
B:アトモスフィアはピーター・ハインズがメンバーだったし、フリーズは私も結成に関わったバンドだよ。初期のメンバーだったんだ。そして今は、ピーターも私もストラータにいる。
GP:ハインズが一緒にステージで演奏してくれたら最高なんだけどな。彼はやってくれそうかい?
B:いや……
GP:スタジオでの演奏を好むほうか。
B:そうだな。ステージだと疲れるかもな。
■ブルーイを軸に、ピーター・ハインズ、マット・クーパー、スキ・オークンフル、フランセスコ・メンドリア、リチャード・ブル、フランシス・ハイルトンなど、ファースト・アルバムの面々がそのまま参加していますが、今回はゲスト・ミュージシャンが多くフィーチャーされている点が特徴です。まず、オマー、ロブ・ギャラガー、ヴァレリー・エティエンヌと、アシッド・ジャズ時代から長い付き合いの友人たちが参加していますが、彼らにはどのように声をかけたのですか?
GP:最初から計画されたものではなかったよ。
B:計画なんて全くなかった。ファーストでもなかったし、今回もなかった。これが私たちのコミュニティであり、私たちの世界なんだ。周りの環境なんだ。近所に住んでいる仲間もいるし、仕事仲間もいる。みんな私たちの知り合いであり、私たちの世界の人間なんだ。だからさまざまなミュージシャンが自然に思いつく。このプロジェクトの話をしているときだけでなく、日常生活でも彼らの名前が出てくるからね。たとえばクラブに遊びに行ったときや、フェンダー・ローズのプレゼンテーションを「ロニー・スコッツ」でやったときでも、私が例として名前を挙げたミュージシャンが実際に5、6人くらいクラウドのなかにいるとか……そんなことがしょっちゅうあって、彼らと現場で話したりする。それがロンドンの素晴らしいところなんだ。このレコードは、さまざまなミュージシャンたちのハブであるロンドンで作られたものなんだ。ロンドンはいまでも才能ある人たちが世界各地から集まる坩堝なんだよ。シオ・クローカーが今回のアルバムに参加することになったのは、シオがロンドンでギグをやったときに観に行ったことがきっかけだった。ジャイルスにそのライヴに誘われるまで、そんな会場がロンドンにあることさえ知らなかったよ。あのころはコロナの真っ最中だったけど、私たちはライヴに行ってパーティーを楽しんだのさ。
GP:今回はアヌーシュカも参加していて、彼らは当時のフリーズを彷彿とさせるから面白い。僕は彼らのアルバムを〈ブラウンズウッド〉からリリースしたことがあるし、彼らの最近のアルバムは〈トゥルー・ソウツ〉から出ている。そのアルバムにお気に入りの曲があって、僕はその曲をラジオでかけていたから、曲のリミックスをしてくれないかとアヌーシュカに頼まれたんだ。そこでブルーイと僕でリミックスを作った。良いリミックスができたから、ストラータのアルバム用のヴァージョンをもうひとつ作ろうということになった。そこでアヌーシュカの曲のストラータによるリミックスではなく、ストラータがアヌーシュカをフィーチャリングする曲を作ったんだ。違うヴァージョンなんだけど、アヌーシュカの曲を使っている。それも自然な流れで思いついたことだけど、今回のアルバムに入れたらいいと思った。アヌーシュカはブライトンを拠点にしているミュージシャンなんだけど、とてもクールで、感じのいい人たちなんだ。
ヴァレリー・エティエンヌが参加してくれたのも素敵だった。彼女はブルーイのシトラス・サンというユニットでヴォーカルを務めていたし、いまではジャミロクワイのシンガーのひとりとして活躍しているなど、素晴らしいキャリアの持ち主だ。彼女も……
B:すぐそこに住んでるんだよ。
GP:そうなんだ、ご近所さんなんだよ。そして、ロブ・ギャラガーと結婚している。ロブはストラータのアルバムのアートワークもやっているんだ。“ファインド・ユア・ヘヴンズ” という曲では、彼は歌詞も担当している。非常に素晴らしい詩人であり作詞家だからね。ロブは作詞家としても幅広く活躍していて、エヂ・モッタなどにも歌詞を提供している。
B:スキ・オークンフルにも歌詞を提供していたよ。
GP:そうだったね。それからエマ・ジーンが参加してくれたことも良かった。彼女はアーティストとしても特異な存在だからね。彼女がどのように貢献してくれるのかわからなかったけど、僕たちが用意した音源にヴォーカルだけでなく、トランペットなどを加えたりして素晴らしい曲を作り上げてくれた。
B:私たちの音楽に花とキャンドルと紅茶を加えてくれたのさ(笑)。
GP:とても素敵だったよね。オマーの参加も良かった。周りの人は「オマーには何を歌ってもらうんだい?」と聞いてきたけど、オマーにはヴォーカルじゃなくて、シンセを弾いてもらいたかった。
通訳:ちょうど次の質問がオマーについてです。
■“ホワイ・マスト・ユー・フライ” でのオマーはてっきりリード・ヴォーカルをとると思ったのですが、そうではなくシンセサイザーを演奏していて驚きました。どうしてこの起用になったのですか?
B:この曲を作っているときに、何か要素を加えたいと思っていて、私たちで「ファン・ファン・ファーン♪」みたいな変な音を口から出していたんだ(笑)。それでお互いを見て、「なんでこんなことやってるんだ!? オマーにやってもらおう!」と言って、変な音を出すことが得意な彼に連絡を取ったんだ。
GP:オマーの全体的な音楽性は賞賛に値するし、〈トーキン・ラウド〉からリリースした作品も最高だ。その後はアメリカのシーンでも活躍して、エリカ・バドゥやコモンなどと共演したりして、素晴らしいキャリアを築いている。アメリカでも大人気だ。スティーヴィー・ワンダーとも共演したよね。しかもオマーはものすごく優れたプロデューサーでもあるんだ。
B:ミュージシャンとしても卓越している。腕の良いミュージシャンという枠を超えている。私が知っているなかで最も才能のあるミュージシャンのひとりだと思っているくらいだ。作曲も譜面に起こしてできるし、ストリングス向けの作曲もできるし、ブラスのアレンジもできる。彼のアレンジ能力はまるでチャールス・ステップニーのようなんだ。彼は真の逸材だよ。
GP:いまはイギリスのテレビ番組にも出演しているよ。「イースト・エンダーズ」という有名なテレビ番組に出ているんだ。
通訳:それは知りませんでした!
GP:イギリスでいちばん有名なソープ・オペラだよ。僕はまだ観ていないんだけど、出ているらしい。ブルーイは見たかい?
B:ああ、知ってるよ。オマーが殺されたかどうかまでは知らないが。ソープ・オペラは酷い結末じゃないと意味がないからな(笑)。
■一方で “トゥ・ビー・アズ・ワン” ではあなたがヴォーカルを披露していますね。これも意外でしたが、どんなアイデアから歌おうと思ったのですか?
GP:僕は強制的に歌わされたんだ(笑)。
B:バック・ヴォーカルに、「作業中の男」の荒っぽい声を入れたくてね(笑)。
GP:とても楽しい経験だったよ。歌が下手な人でも、まあまあ上手いように聴こえさせることのできるとても良いツールがエンジニアのためにあるなんて、いままで知らなかったよ! だから僕の声も悪くなかった。でもライヴではできない。絶対に失敗する(笑)! でもレコードを聴くと、自分の声だと認識できるよ。
通訳:私もあなたの声だとわかりましたよ!
GP:そうかい、なら良かった。エンジニアの人たちはいい仕事をしてくれたよ。あれが最初で最後の機会だね。いや、じつは以前にも一度ある。これはジャーナリストの人がディグったら面白がるかもしれない。僕の別名のひとつにアンジェロ・へクティックというのがあるんだが、その名義で “フォー・オール・ザ・ガールズ・アイヴ・ラヴド” という名の曲を7インチで出している。(ロブ・ギャラガーが運営する)〈レッド・エジプシャン・レコーズ〉からのリリースとして入手可能だよ。最近ではかなり値が上がってるみたいだけどね(笑)。
通訳:それは貴重な情報ですね。ありがとうございます!
■オマーらヴェテランの一方で、エマ・ジーン・サックレイ、シオ・クローカー、アヌーシュカといった若いアーティストも参加しています。特にエマとシオはジャズの新しい世代を牽引するアーティストとして注目を集めているのですが、彼らをゲストに迎えた意図はどんなものですか?
GP:僕はシオのことをけっこう前から知っていて、僕が日本に行くときは上海にも寄って、上海でDJをやっていたことがあったんだけど、そのときに彼と会ったんだ。シオは上海に何年か住んでいたんだよ。不思議な出会いだった。彼は僕がDJしているクラブに来て、一緒にジャムしていたんだ。毎回とても楽しいセッションだったよ。その後、 彼はディー・ディー・ブリッジウォーターと仕事をすることになって、彼女は彼のメンターになった。しかも彼の曾祖父はめちゃくちゃ有名なジャズ・トランペット演奏者なんだよ。名前が……なんだっけなあ。ルイ・アームストロングとかそれクラスの人だよ。そうだ、ドック・チーサムだ! だからシオはすごい血統から来ている。スタジオでの彼を見ても一目瞭然だよ。ワンテイクで済ませたからね。
B:しかも頭も相当キレる。ロサンゼルスのライヴでは、その場でラップもしはじめて……シオというアーティストにはものすごい尊敬の念を抱いているんだ。
GP:シオはJ・コールなどの大御所ラッパーたちとも一緒に仕事をしているよね。エマ・ジーン・サックレイも興味深い人物だ。彼女はこないだ日本でライヴをしていたよね。彼女のアルバムを買おうと、日本人のお客さんが長い列を成している画像を見た。あんな光景は初めてだよ! 彼女は唯一無二の存在で、彼女のようなアーティストはほかにいない。ジャズ・シーンに属してもいない。属してはいるんだけど、属してもいない。独自の道を歩んで、自分でなんでもやってしまう。仕事としてクラシックの室内管弦楽団のストリングスの演奏も引き受けられるし、クラシックの作曲もできる。ポップ・ソングを作ることもできるし、本当にさまざまな領域で才能を発揮できる人だ。それが彼女をとても刺激的なアーティストにしていると思う。
B:自由奔放という印象があるね。それに彼女のキャラクターも大好きなんだ。ずっと一緒にいたいと思うような人なんだよ。ジャズ・アワードに出席したときも、彼女の隣に座ってずっとおしゃべりしたいと思った。
偉大なジャズ・ミュージシャンはルールに従わなかった奴らばかりだ。ファラオ・サンダースが登場したときも、彼はルールに従わなかった。他のミュージシャンが出しているサウンドと同じようなサウンドを出したくなかったんだよ。(ブルーイ)
“ファインド・ユア・ヘヴンズ” はディスコ・ブギー調の曲で、ストラータとしては、多少は新しい領域だと思われるかもしれない。でもそのシーンも当時は人気で、ディスコ・ブギーとブリット・ファンクは密接に関連していたんだ。(ジャイルス)
■アヌーシュカをフィーチャーした “(ブリング・オン・ザ)バッド・ウェザー” やエマ・ジーン・サックレイをフィーチャーした “レイジー・デイズ” など、今回のアルバムはヴォーカル面にも重点を置いたメロディアスな楽曲が目立ちます。ある意味でインコグニートにも通じる楽曲だと思いますが、ファーストからセカンドに向かう中で歌について何か意識した点はありますか?
B:俺はまさにそういう理由(インコグニート風になってしまう懸念)から、ヴォーカル面に関してはプロデューサーとして一切関与していないんだよ。ヴォーカルに関しては、ヴォーカルを担当した人自身にプロデュースを任せたんだ。そのほうが、私がプロデューサーやアレンジャーとして、自分のアイデアやヴォーカルやメロディや歌詞の方向性を持ち込んで作り上げるヴォーカルよりも、彼ら自身のヴォーカルが作れると思ったから。彼ら自身にメロディを作曲して歌を歌ってもらい、彼らの考えやサウンドを表現してもらうようにした。だから今回のレコードは特別なものに仕上がっていると思う。
GP:たとえば “ファインド・ユア・ヘヴンズ” はディスコ・ブギー調の曲で、ストラータとしては、多少は新しい領域だと思われるかもしれない。でもそのシーンも当時は人気で、ディスコ・ブギーとブリット・ファンクは密接に関連していたんだ。シェリル・リンなどのレコードは当時のDJがよくかけていたからね。
B:この曲を初めて聴いたときには少し戸惑ったよ。ロブとヴァレリーがまとめていたものだった。ロブが作曲してヴァレリーが歌っていたからね。ジャイルスとスタジオに入るとき、じつは私にはすでに自分でイメージしていたヴォーカルの方向性やメロディの方向性があった。だが、そういう案は彼らに送ったり聴かせたりしないで、彼らのやりたいようにやらせることにした。だから彼らのヴァージョンを聴いたときには、想定外のものができていて、少し驚いた。でも曲を聴いていたら、曲の終盤には「これは特別な作品ができたな」と確信に変わっていたよ。
GP:エマ・ジーンの “レイジー・デイズ” に関しては、デモがすごくエキサイティングで僕は大好きだった。あれはマット・クーパーが主に作曲したものなんだよ。
B:ああ、彼がバック・ヴォーカルの大部分を作曲した。
GP:とても良いデモができたから、これをエマ・ジーンに渡そうということになった。そして彼女がさらに曲を展開して全く違う、素晴らしい曲に仕上げてくれた。あの曲は面白いフェイズを経て完成したよね。
B:そうだったな。
■“ヴァージル” はヴォーカル・ヴァージョンとありますが、これはもともとインストのヴァージョンがあったのですか? なお、この曲に見られるようにホーン・セクションの人数が増えて、ファーストよりさらに分厚く、ゴージャスなサウンドになった印象があります。
GP:そうかもしれない、インストのヴァージョンがあるなあ! それは近日リリース予定。まだはっきりとは言えないけど、ボーナス・トラックとしてあるんだよ(笑)。
■今後もサード・アルバムなど継続的にストラータは活動していくのでしょうか? 今後の展望や計画などを教えてください。
B:じつを言うと、私はジャイルスとスタジオに行くのが恐ろしいんだ。スタジオに行ったらサード・アルバムの制作がはじまってしまうからな(笑)。
GP:僕はジャパニーズ・ヴァージョンのアルバムを作りたいな!
B:もし私にロサンゼルスで2、3曲作らせてくれるならやってもいいぜ。ロサンゼルスで一緒に仕事をしたいミュージシャンを何人か見つけたんだ。
GP:それはまた別のプロジェクトだよ。
B:本当にすごいミュージシャンたちなんだ。君も絶対に惚れ込む。シオと一緒に演奏しているミュージシャンたちだよ。
GP:それもやろうじゃないか。でも、ジャパニーズ・アルバムも作るべきだよ。
B:ジャパニーズ・アルバムか、よし。
GP:僕は絶対にジャパニーズ・アルバムを作りたい。
通訳:それは素晴らしい企画ですね。日本のファンは大喜びしますよ!
GP:日本にはレジェンドがまだ何人か健在だからね。若手もいるし。
B:でもジャイルスは焼酎を飲みすぎるから、そこだけ気をつけてもらわないと(笑)。
GP:お行儀良くしますよ(笑)。
通訳:その企画が実現したら最高ですね! 今日はおふたりともお時間をありがとうございました。
B:年末にインコグニートで来日するから、そのときに会えるのを楽しみにしているよ。
通訳:そうなんですね。では日本でお待ちしています。ありがとうございました!
これまで〈Mexican Summer〉などからリリースを重ねてきたニューヨークのプロデューサー、フォテー。9歳の若さでエイフェックス・ツインの音楽と出会いながら、その後ギニアへの旅を経てアフリカン・パーカッションとフィールド・レコーディングに目覚めたという、興味深い経歴を持つプロデューサーだが、その彼がLAのキーパーソン、カルロス・ニーニョをフィーチャーした2作、『An Offering』と『More Offering』が特別仕様のCDとしてリリースされることになった。環境音に電子音、サックスやハープなどが交錯する美しいサウンドスケープに注目したい。
Photay with Carlos Niño
『An Offering & More Offering Special Edition』
2022.12.14(水) 2CD Release
天才ビートメイカーとも評されるフォテーと、現代スピリチュアル伝道師カルロス・ニーニョによる共演作『An Offering』と『More Offering』が、2枚組のスペシャル・エディションとしてCDリリース!! 水に反射する様々な色彩や風景から、レイヤーや奥行きを感じさせる視覚的な体験をサウンドスケープとして聴かせる。豪華ミュージシャンも多数参加した、強力なコラボレーション作品の完成!!
西アフリカのギニアへの旅を経て、サンプリングとフィールド・レコーディングの可能性を拡げる実験へと乗り出した早熟のプロデューサー、フォテーが、カルロス・ニーニョやミカエラ・デイヴィスらを招いて作ったサウンドスケープを、どう表現してよいかまだ言葉が見つからないでいる。だが、そのことがとても心地よく思えるほど、何度でも繰り返して流しておきたい音楽がここにある。(原 雅明 ringsプロデューサー)
参加ミュージシャン:Photay - Synth、Mikaela Davis - Harp、Randal Fisher - Tenor Saxophone、Mia Doi Todd - Voice、Carlos Niño - Percussion、Natt Ranson - Trombone、Aaron Shaw - Tenor Saxophone、Diego Gaeta - Keyboards、Nate Mercereau - Guitar Synth、Iasos - Voice

【リリース情報】
アーティスト名:Photay with Carlos Nino(フォテー・ウィズ・カルロス・ニーニョ)
アルバム名:An Offering & More Offering Special Edition(アン・オフアーリング・アンド・モア・オフアーリング・スペシャル・エディション)
リリース日:2022年12月14日(水)
フォーマット:2CD(一部店舗にて、Tシャツ付き限定バンドルあり)
レーベル:rings / International Anthem
解説:原 雅明
品番:RINC97
価格:3,000円+税
【トラックリスト】
《 An Offering 》
1. PRELUDE
2. CURRENT
3. CHANGE
4. EXIST
5. PUPIL
6. MOSAIC
7. HONOR
8. ORBIT
9. EXISTENCE (feat.Iasos)
《 More Offering 》
1. ECHOLOCATION (featuring Randal Fisher)
2. PUPIL (Photay's Tributary Mix)
3. EXISTENCE (Photay's Infinite Mix)
4. EXISTENCE (Photay's Infinite Mix)(Club Diego Version)
5. FLOATING TRIO PART 3 (Photay Carlos Niño and Randal Fisher)
6. QUARTET IMPROVISATION 053021 (Carlos Niño & Friends)
7. FEELING NOW
8. NOW FEELING
9. PHASES (Solstice Mix)
販売リンク:https://photay.lnk.to/Ob68Z6Kx
オフィシャルURL:https://bit.ly/3WD9KSx
コロンビア出身、ベルリン在住の音楽家ルクレシア・ダルトの新作を繰り返し聴いている。この幽霊的な魅惑に取り憑かれてしまったようだ。夢の迷宮に入り込んでいくかのごとき魅惑に満ちている。
前作『No Era Sólida』と作風がまったくことなっていたので最初こそやや戸惑ったものの、そのアヴァン・ラテン・ミュージックとでも形容したいような妖しくも深淵なムードと曲にしたたかに打ちのめされてしまった。まるでかすかな光をたよりに闇のなかをヒタヒタと彷徨うような聴取体験であった。
ルクレシア・ダルトにとって音楽の「深淵さ」は、見かけの表面上の形式ではなく、その音が放つムードに他ならない。だからこそルクレシア・ダルトは、『No Era Sólida』などにあったような幽霊的な音像のエクスペリメンタルな作風から、ノイズ・エクスペリメンタル作家のアーロン・ディロウェイとの共作、さらには低予算映画のサントラからHBO制作のシリーズ作品の劇伴まで多様に手がけつつも(そしてその都度、音のフォームを変幻させながらも)、音のムードがまったく揺らいでいないのだと思う。
それはラテン・ミュージックのリズムと曲調を全面的に取り入れた本作でも変わらない。近作との関係でいえば本年リリースされた低予算映画『The Seed』の映画音楽と、HBOのドラマシリーズ『The Baby』の劇伴という、サントラ二作からのフィードバックもあるように感じられた。また2014年という初期のEP「Lucrecia Dalt」にもじつはこのアルバムにあるようなムードがあった。
ともあれ『¡ay!』を聴いて、その魅力に取り憑かれてしまった方で、このサントラ二作を未聴の方はぜひとも聴いて頂きたい。
アルバムは全10曲が収録されている。曲調は先に書いたように彼岸からのラテン音楽のような不可思議にして魅惑的な音楽が、アルバム一枚にわたり展開されていく。ボレロからマンボ、さらにはサルサやメレンゲまでさまざまな音楽的要素が、彼女の声とモジュラーシンセなどと交錯して、独創的な音楽世界を構築しているのだ。どうやら彼女が子どものときに接した音楽(の記憶?)がベースとなっているようである。まさに記憶を遡るかのように、音楽が展開されているのだ。
じじつ、アルバム冒頭の “No tiempo” はまるで60年代、70年代のムード音楽で鳴っていたようなオルガンの音からはじまる。彷徨するようなベース・ラインに牽引されるように楽曲は進む。ルクレシアのヴォーカルもシルキーでいながらもどこか彼岸からの声のような幽霊的な質感で聴くものを掴んで離さない。続く “El Galatzó”、“Atemporal” もまた怪しい魅力に満ちた音楽性といえる。
様相が変化してくるのは、5曲目 “Contenida” からである。静謐なアンビエンスのなか、黄泉の国から聴こえるラテン・ミュージックとでもいうような奇妙にして深淵な音楽を奏でるのだ。電子音による真夜中のカーテンのような音響処理には『No Era Sólida』の影もちらついてくる。リヴァーブの強い音響処理が耳に刺激的だ。
続く6曲目 “La desmesura” から9曲目 “Enviada” は、リズムの音色もいささか金属的に強調され、不可思議な音楽性へと変化を遂げていく。ルクレシアの声が異界への案内人のように響くだろう。
アルバム最終曲 “Epílogo” は、1曲目 “No tiempo” のオルガンのような音を反復する。それは円環というより、螺旋階段のようにぐるぐると回っていく感覚に近い。
このアルバムの世界に浸っていると、この音楽はいつの時代の音楽なのか、いつの時代をモデルにしているのか、しだいにわからなくなってくる。現在か。過去か。その交錯か。実に不思議な魅力に満ちているアルバムだ。
リリースは『No Era Sólida』と同様に、ブルックリンを拠点とする〈RVNG Intl.〉だ。このレーベルがニューエイジやアンビエントの文脈に収まりきれない本作のような作品をリリースするようなレーベルに変化を遂げている点も、2022年現在のエクスペリメンタル/インディペンデントな音楽を考える上で、とても重要なことではないかと思った。
「あ、畜生、夢かよ。」
アンビエント・デュオ、Salamandaのレギュラー・アルバム第三作目となる『ashbalkum』。この得体不明なタイトルはいわゆる「夢オチ」展開を指すネット・ミームを発音ごと英字化したものだ。いや、なんで? 確かにリード・シングルでオープナー “Overdose” のビートはだんだん深海のように変わっていく周りの響きと合って、まるで階段を降りていく脚の動きのように聞こえて、夢に入り込むイメージがきちんと浮かぶ。けど、ただ夢うつつに落ちる(もしくは起きる)のでなく、なぜ「畜生」な状態なのか? 正直いまでもこのアルバムを、いや、彼女らの音楽を前にするたび、ますますわからなくなるばかりだ。
SalamandaのメンバーであるUman Therma (a.k.a. Sala)とYetsuby (a.k.a. Manda)のDJふたり組は、10年代末からソウルのアンダーグラウンドなクラブやイベントで活発にDJingをしている。そしてプロデューサーとしても個人・チーム両方にかけて持続的に良質な作業の結果を出すことで、ローカルのアングラ界隈だけでなく、世界のレフトフィールド・ファンからも注目を集めている。個人名義の活動はより電子的なダンス・ミュージックに近い様子だ。彼女らの運営する小規模のダンス・レーベル・プロジェクト〈Computer Music Club〉のコンピレーション・シリーズを見ると、Umanは打撃強めで波形の尖ったテクノ曲を中心に提出する。クラシックを専攻して電子音楽に移ったと言われるYetsubyも同じく〈CMC〉と唯一のソロ・アルバム『Heptaprism』(2019)などでサンプルとグリッチの複雑な絡み合いを得意に見せる。
このようにダンスフロア・ミュージックを中心に奏でる彼女らがチームSalamandaとして見せる音楽は、ミニマル/アンビエント色がさらに濃くなる。この激変(?)に関してふたりは即興演奏(improvisation)への興味などで意気を統合し、生活のなかの騒音を活かしたミニマル音楽のマスターピースを作りたいという目標を共有すると明かす。ガチャガチャとする土俗的なリズムの運用がさらに強調されてなおチームの色として成り立つと私は感じている。が、ダンサブルな感覚を捨てるわけではない。本作の場合、“Rumble Bumble”でアフロなビートの逆再生と見られるレコードは、まるでヒップホップのようにも聞こえる。“Coconut Warrior”の規則的なリズム、“Hard Luck Story”の分厚いベースはまさにバンガーと言っても良いくらいだ。
今作を前作群から区分づけられるところは、アルバム全曲にかけて「声」を利用することである。全曲にかけて、だ。エレクトロニック楽曲でヴォイス・サンプルを使うことはごく自然なことだが、作法そのものをコンセプト化するのは確かに興味深い。その特徴が最も突出するところは“Mad Cat Party”で猫—Ringo the Cat—の鳴き声を用いる様子だろう。このリンゴ・ザ・キャット公の声に魅入っていると、いつのまにか遠景からはファンファーレを知らせるシンセ音が通り過ぎていく。
『Pitchfork』誌のフィリップ・シャーバーンが記したように、“Coconut Warrior”と“Catching Tails”の赤子じみた声のサンプルはボーズ・オブ・カナダを連想させるし(BoCもサンプルデリア的ヒップホップとみなせることを踏まえるとさらに興味深い)、同題材をシェアする“Melting Hazard”と“Living Hazard”がパーカッションを排除して、それぞれブライアン・イーノ的、エイフェックス・ツイン的なアンビエント質感のなか、オルガンや声で宗教的な残響を奏でる意味深なシーケンス、そしてフィールド・レコーディングからはじめて声をグリッチのようにばら撒く“Kiddo Caterpillar”と実際にグリッチを使って声みたいに演出する“Stem”の対比的反復など、これまた何かしらコンセプチュアルだ。
これら全てを「夢みたい」と一言で片付けるのは簡単だ。私も早くそうさせたいし、実際そうするつもりだ。そして未来から聞こえてくる読者の声、「おい、こん畜生、まーた夢オチかよ!」
夢オチがミームな理由は、物語内で論理的に完結しないままこれまで積んできた物語の展開を無効化する虚しさによるもので、何より夢オチはもう陳腐になってしまい、そこから意義を見出しづらいからだ。
アルバムというメディアから人びとはだんだん何らかの統一性・凝集性を求めるようになった──私もそのひとりだ──が、一次的に意味を発さない音を紡いでナラティヴを貫通させるのは決して簡単な作業ではないだろう。特に言語を載せなかったりそれが主ではないジャンルに関してはなおさらだ。『Tonplein』誌のチョ・ジファン(조지환)はSalamandaの『Our Lair』(2019)の評にて「反復中の変形を方法論として多彩な印象を時々刻々と新しく塗り加えていく」と描写し、「勤勉に動くアルバム」だと評した。本作においても、言える言葉はあまり変わらないだろう。そう、変わらないのだ。
だからこそ私はここでコンセプトに注目する。本作は声をサンプリングする作法を軸に、はっきりと約束された意味が通用しない音の動きを一作品として凝集し、かつ前作たちと差別化を図る。「あまり変わらない」音を使って、だ。陳腐性を逆利用するそのアイデアに感嘆し、また本作を流してみる。畜生、わかった気でいたのに、夢かよ。
インディ・シーンはロンドンだけのものではないぞ。6月にEP「SAKANA e.p.」をリリースし、今年はフジロックフェスティバルの”ROOKIE A GO-GO”ステージへの出演はじめ各所夏フェスへも出演し、その存在感を徐々に増して来た目下注目のインディ・バンド、downt。
来年2023年からは、新たに自主企画「Waste The Moments」をスタートさせる。 第一回目は、1/15(日)下北沢SHELTERにて、ゲストアクトに"明日の叙景"を迎えて、ツーマンにて開催。ヤングな君たちは集まれ!
downt presents “Waste The Moments”
2023.01.15.sun OPEN / START:OPEN 18:30 / START 19:00
会場:下北沢SHELTER
出演:downt、明日の叙景
Ticket: avd¥2,500 door¥3,000 *without 1drink Ticket
Info:LivePocket https://t.livepocket.jp/e/9nwgn
Total Info:下北沢SHELTER
TEL 03-3466-7430 https://www.loft-prj.co.jp/SHELTER/
【downt profile】
2021年結成。富樫(Gt&Vo)、河合崇晶(Ba)、ロバート(Dr)の3人編成。東京をベースに活動。 同年10月に1st「downt」をungulatesからリリース(CD&CT共に完売)。 6月22日に新作EP「SAKANA e.p.」をリリース、そして7月21日より東・名・阪のリリースツアーも決定。7月22日には1st ALBUMと新作EPの編集盤レコード「Anthology」もUK/EUのレーベルDog Knights!よりリリース。 この夏は、FUJI ROCK FESTIVAL ’22 ”ROOKIE A GO-GO”のステージをはじめ各地の野外フェスへも出演。 緊迫感のある繊細且つ大胆な演奏に、秀逸なメロディセンスと情緒的な言葉で綴られ、優しく爽やかな風のようで時に鋭く熱を帯びた歌声にて表現される世界観は、風通しよくジャンルの境界線を越えて拡がりはじめている。 来年2023年1月より自主企画「Waste The Momonts」をスタートさせる。第一回目は1/15(日)下北沢SHELTERにて、明日の叙景を迎えて2マンにて行う。
downt official:
https://twitter.com/downtband https://www.instagram.com/downt_japan/
これほど歌詞を知りたくなるバンドはそうそういない。絶賛ばかりの英語圏のレヴューを読めば読むほど、いったいどんなことを歌っているのか気になってくる。そのダンサブルなパンク・サウンドだけでも十分ひとを惹きつけるスペシャル・インタレストの新作『Endure(耐える/存続する)』は、大変なことがつぎつぎと起こる2022年にこそふさわしい、きわめて時代的なアルバムになった。
彼らの音楽はひと言でいえば、パンクの鋭利さをディスコやハウスの歓喜へと接続するものだ。両者を結びつけるスペシャル・インタレストのセルフ・プロデュース能力は、この3枚めのアルバムにおいてかつてない高みに達している。
冒頭の “Cherry Blue Intention” とつづくシングル曲 “(Herman's) House” の昂揚はそうとうなもので、とりわけアリ・ログアウトのヴォーカリゼーションは素晴らしく、(おもにノイズを担当するギターにかわって)メロディアスにグルーヴを紡ぎだすベースは、それぞれの曲で決定的な役目を果たしている。
パンクとエレクトロニックなダンス・ミュージックの結合それ自体は新しいものではない。ポスト・パンクの時代からあった発想だし、LCDサウンドシステムが注目を集めた、00年代前半に起こったリヴァイヴァルを思い出すひともいるかもしれない。『Loud and Quiet』が指摘しているように、スペシャル・インタレストの特別さは──パンクやハウスが既存の支配的な価値観に対抗的だったように──ストレートに、今日の世のなかに対してメッセージを発しているところにある。
クィアネスは彼らの音楽の要素のひとつだ。けれども彼らはそれを表看板として掲げることはない。多様性の称揚が企業にとって都合のいいものであること、アイデンティティ・ポリティクスが資本主義を補完するものであるかもしれないことに、彼らは気づいている。『Endure』とは、このきつい時代をなんとか生き延びようということであって、言いたいことを我慢することでなないのだ。彼らは、冷静なまなざしで、現代社会が抱えるさまざまな問題に容赦なく切りこんでいく。
うまく歌詞が聞きとれているわけではないので間違っているかもしれないが、ぼくがリサーチしたかぎりにおいては、たとえばパンク・チューンの “Foul” は低賃金労働者の惨状を歌っていたり、“Kurdish Radio” はアメリカと中東の非対称な関係を浮き彫りにしたりしているようだ。上述の “(Herman's) House” は冤罪で40年以上も収監されていたブラック・パンサー党員についてのものだし、BLM蜂起の直後に書かれたという “Concerning Peace” では、おなじく元ブラック・パンサーのストークリー・カーマイケルや思想家のフランツ・ファノンが参照されたり、殺される人間よりも割れた窓ガラスを気にする良識派が揶揄されたりしているらしい。
ともすれば重くなってしまいがちなメッセージを搭載しつつ、しかしスペシャル・インタレストは誰の耳にも親しみやすいサウンドとして飛翔する。彼らの音楽は、ポップ・ミュージックとしての吸引力も持っている。朝の6時にクラブを出ても孤独を感じている女性に捧げた、ラッパーのミッキー・ブランコをフィーチャーした曲 “Midnight Legend” は、クラブ・カルチャーの痛々しいリアルな場面への愛の籠もったオマージュである。
闇雲に怒り狂うのでもなく、ペシミスティックにふさぎこむのでもなく、喜びに満ちた時間を演出する──無実の罪で放りこまれたハーマン・ウォレスが獄中にあっても活動をつづけたように、スペシャル・インタレストもまた前向きに、現代社会の「外部」を探求しているのではないか。別の世界を想像することはまだ十分可能なのだと、そして──パンクやいくつかのダンス・ミュージックがそうであるように──ポップ・ミュージックのなかにもラディカルな可能性が潜んでいるのだと、そう彼らは素朴に、心から信じているのだろう。
状況が困難であればあるほど、絶望するのはたやすい。スペシャル・インタレストがやっているのはその絶望を踏まえたうえで明日を生きる活力を醸造し、ぼくたちがついつい忘れがちになってしまう「前向きになること」を思い出させてくれる。
Low(ロウ)のドラマー兼ヴォーカリストであるミミ・パーカーが55歳で亡くなったことを昨日の6日、海外のメディアが報じている。2020年より患った子宮癌が悪化しという。
1994年にデビューしたLowは、最初はスローコアと括られ、数少ない熱心なファンに支えられながら、しかし90年代を通じて、アメリカにおけるもっとも重要なオルタナティヴなロック・バンドへと発展した(最初の3枚はじつに素晴らしい)。途中から〈Kranky〉を拠点として、素晴らしい作品を何枚も発表している。とくに近年の『Double Negative』と最新作『Hey What』は傑出していた。
ミネソタ州ベミジー郊外の小学校で出会い、高校時代から交際していたという、パートナーでありバンドメイトのアラン・スパーホークは次のようにコメントしている。「友よ、宇宙を言語化し、短いメッセージにするのは難しいけれど、彼女は昨夜、あなたを含む家族と愛に囲まれて亡くなりました。彼女の名前を身近に、そして神聖に感じてください。この瞬間をあなたを必要とする誰かと分かち合ってください。愛はたしかに、もっとも大切なものです」
サウス・ロンドンのジャズ・シーンで活動するミュージシャンの多くは音楽家育成機関のトゥモローズ・ウォリアーズ出身者で、なかにはエズラ・コレクティヴやネリヤといったトゥモローズ・ウォリアーズ内のメンバーで結成されたバンドもある。エズラ・コレクティヴは2012年に結成され、いまのようにサウス・ロンドン・シーンが注目を集める以前からこの界隈を牽引してきた存在だ。フェミ・コレオソ(ドラムス)とTJ・コレオソ(ベース)の兄弟を中心に、ジョー・アーモン・ジョーンズ(ピアノ、キーボード)、ディラン・ジョーンズ(トランペット)、ジェイムズ・モリソン(サックス)からなる彼らは、まずライヴ活動で評判を呼ぶようになり、2016年に初のEP「チャプター7」をリリース。バンド活動と並行してメンバーのソロ・ワークや別プロジェクトでの活動などもあり、バンドとしてのレコーディングの時間を確保することが難しく、ファースト・アルバムの『ユー・キャント・スティール・マイ・ジョイ』をリリースしたのはようやく2019年に入ってのことだった。
アフリカ系のコレオソ兄弟、ラテン系のジェイムズ・モリソン、アングロ・サクソン系のジョー・アーモン・ジョーンズ、ディラン・ジョーンズという多民族集団である彼らの特徴は、ジャズを基調とした上でルーツである民族音楽を融合している点。サウス・ロンドンにはこうした民族的なカラーを反映したミュージシャンが多く、アフロ、カリビアン、インド、中近東などさまざまなルーツとジャズを結び付けた音楽が生まれているわけだが、エズラ・コレクティヴの場合はリズム・セクションがアフリカ系のコレオソ兄弟ということもあり、アフリカ音楽のビートが骨格となることが多い。アフリカ音楽を取り入れたサウス・ロンドンのジャズ・バンドやミュージシャンではココロコやシャバカ&ジ・アンセスターズなどもいるが、エズラ・コレクティヴは純粋なアフリカ音楽やアフロ・ジャズというより、そもそもアフリカ音楽とファンクを結び付けたアフロビートが基盤となっていて、すなわち雑食性の高いミクスチャー・バンドである。
その雑食性の高さからアフロビート専門のバンドとも異なって、アフロ以外の音楽やリズムもふんだんに取り入れている。『ユー・キャント・スティール・マイ・ジョイ』においてはラテンやブラジル音楽、そしてヒップホップやブロークンビーツなどクラブ・サウンドも幅広く融合し、極めてダンサブルで明解なサウンドを見せていた。ダンサブルで明解というのはシャバカ&ジ・アンセスターズなどとは対極にあるもので、フェスやライヴなどで観客が踊ることを予め想定したような曲作りをおこなっている。生粋のダンス・バンド、クラブ・ジャズ・バンドと言えるのがエズラ・コレクティヴなのである。
そんなエズラ・コレクティヴが約2年半ぶりのセカンド・アルバム『ホェア・アイム・メント・トゥ・ビー』をリリースした。今回メンバー変更があり、トランペットがディラン・ジョーンズからイフェ・オグンジョビへ変わっている。イフェはナイジェリアをルーツとするミュージシャンで、モーゼス・ボイドの『ダーク・マター』(2020年)などに参加してきた。エズラ・コレクティヴには2019年6月のグラストンベリー・フェスの時点で既に参加しており、〈ブルーノート〉の企画作品『ブルーノート・リイマジンド』(2020年)でエズラが演奏したウェイン・ショーターの “フットプリンツ” のカヴァーから正式に加入した模様だ。
なお、ディラン・ジョーンズの方は現在、Pyjean(パイジャン)というグループで主に活動している。前作では5人のメンバー以外に楽曲によってココロコがコラボし、ロイル・カーナーとジョルジャ・スミスのゲスト・シンガーを迎えて歌モノのヴァリエーションも見せていたが、今回はゲスト・シンガー、ゲストMCの数も増え、サンパ・ザ・グレイト、コージェイ・ラディカル、エミリー・サンデー、ネイオが参加している。ちなみに、メンバーが部屋でセッションする光景を収めたジャケット写真は、セロニアス・モンクの『アンダーグランド』(1968年)の構図をモチーフにしたものだ。
アルバムの冒頭はヒップホップMCのサンパ・ザ・グレイトをフィーチャーした “ライフ・ゴーズ・オン”。アフロ・サンバを軸とした曲調で、アフリカのザンビア出身のサンパはこうしたトライバルなグライム調の楽曲にマッチしている。“ヴィクトリー・ダンス” は「勝利の舞」というタイトル通りアッパーでダンサブルな楽曲。アフリカ音楽というより、サルサのようなラテン音楽をベースとした楽曲で、ジョー・アーモン・ジョーンズのピアノ、イフェ・オグンジョビのトランペットもラテンの奏法である。レア・グルーヴとしても名高いハー・ユー・パーカション・グループの “ウェルカム・トゥ・ザ・パーティー” を彷彿とさせる楽曲で、“ライフ・ゴーズ・オン” での冒頭のざわめきもハー・ユー・パーカション・グループ風である。何せ50年以上も前のバンドなので、エズラ・コレクティヴがどこまでハー・ユー・パーカション・グループのことを知っているのかわからないが、どこか参考にしているのではないかと勘繰りたくなる。
コージェイ・ラディカルが「ジャズ・イズ・マイ・ウェイ」とMCする “ノー・コンフュージョン” は、アフロビートとグライムをミックスしたエズラ・コレクティヴらしい楽曲。ナイジェリア警察の腐敗や暴力を題材にしたフェラ・クティの “コンフュージョン”(1975年)を下敷きとしたような曲調である。収録時間は3分ほどと短く、途中で終わってしまうような展開だが、ライヴなどでは10分以上も続いていくようなグルーヴを感じさせる。
なお、リリース元の〈パルチザン〉はフェラ・クティのリイシューをおこなったり、息子と孫にあたるフェミ・クティ/メイド・クティの『レガシー+』(2021年)をリリースしていて、エズラ・コレクティヴのようなバンドをリリースするのも何かの縁かもしれない。
“ウェルカム・トゥ・マイ・ワールド” もハー・ユー・パーカション・グループの “ウェルカム・トゥ・ザ・パーティー” と繋がりがあるのか、アフロビートとラテン・ジャズがミックスしたような楽曲。ジェイムズ・モリソンのメランコリックなサックス・ソロがあり、エズラ・コレクティヴの売りのひとつであるホーン・セクションの魅力が大きくフィーチャーされている。“トゥゲザーネス” はレゲエ/ダブの色合いが濃く、同じサウス・ロンドンではサンズ・オブ・ケメットに共通するような楽曲だ。続く “エゴ・キラー” はスカ調の楽曲で、このあたりはロンドンを拠点とするダンス・バンドらしいところだ。
一方、メロウなホーン・アンサンブルを聴かせる “スマイル” は、グレン・ミラー楽団によるジャズ・スタンダードの “ムーンライト・セレナーデ” のテーマを基に、ジャズ・ヒップホップ的なアレンジを施したナンバー。ジョー・アーモン・ジョーンズのピアノ・ソロも聴きどころで、全体的にはムーディーなスイング・ジャズを下敷きとしながら、ピアノ・ソロだけは新主流派時代のハービー・ハンコックを思わせる感じとなっていて面白い。前述の『ブルーノート・リイマジンド』におけるウェイン・ショーターの “フットプリンツ” でピアノを演奏するのはハービー・ハンコックで、実際そこで聴くことのできるフレーズにもかなり似ているので、ジョー・アーモン・ジョーンズのなかに何らかの意識があったのかもしれない。
エミリー・サンデーをフィーチャーした “シエスタ” は、哀愁に満ちたスパニッシュ風味と透明感溢れる歌声により、かつてのクァンティックとアリス・ラッセルのコラボを思わせる。ストリングスとホーンのコンビネーションでメランコリックな旋律を奏でる “ネヴァー・ザ・セイム・アゲイン” も、ラテンやスパニッシュのアクセントを感じさせるナンバー。ゆったりとしたムードから一転して急速テンポへ移行し、イフェ・オグンジョビのトランペットが高らかなフレーズを奏でる。
ネイオのネオ・ソウル調のヴォーカルをフィーチャーした “ラヴ・イン・アウター・スペース” は、たとえば1970年代にディー・ディー・ブリッジウォーターが歌った “ラヴ・フロム・ザ・サン”(自身のソロ・アルバム、ノーマン・コナーズ、ロイ・エアーズのアルバムでもそれぞれ歌った)あたりを彷彿とさせる。スピリチュアル・ジャズとコズミック・ソウルの蜜月的なナンバーだ。今回もジャズ、アフロ、レゲエ、スカ、ヒップホップ、ソウルなどさまざまな要素が結びついたアルバムだが、そのなかでも特にラテンからの影響が印象深い内容となっている。
ヘヴンリー・ミュージック、そんな言葉が相応しいライヴだった。アンビエントと呼ぶには、あまりにも繊細で美しい音楽に思えた。この人は、なんでこんなにも美しい音楽を作ることができるのだろう。その美しさは、いったい彼女のどこから来ているのだろう。彼女の内面からわき上がる何か、希求してやまないもの、もしくは本当に桃源郷。
ひとまず通り一遍のことを書いておくと、まず、クラブにおけるライヴで、派手なリズムを入れないアンビエント・スタイルをもって1時間のあいだオーディエンスを釘付けにすることは、難易度が高い。期待に満ちた満員のフロアなら、キックの音でも連打すればそれなりに盛り上がりもする。そしてそれをついついやりたくもなる。だが、ロレイン・ジェイムスのワエヴァー・ザ・ウェザー(WTW)のライヴは、そういう安易なのせ方をしなかった。前半で演奏したビートレスのピアノ・アンビエント“14℃”で愕然とするほどの崇高さを表現し、最高の見せ場としたことが、昨晩のライヴを象徴している。(ダンス・ミュージックに特化した前の晩の演奏もすこぶる良かったそうだが、ぼくは行っていない)
ロレイン・ジェイムスが夢見人であることは、彼女の諸作から充分にうかがえる話だが、“17℃”のような曲で時折入る細かに分解されたジャングルのリズムは、かろうじてこの音楽の出自を仄めかしてもいた。とはいえWTWは、こうした分析が無駄に思えるほど、ただただ美しかった。そう、涙が流れるほどに……前から言っていることだが、年を取ると涙もろくなるのだ。さらに言っておくとオーディエンスの多くは若く、この手の音楽のライヴにしては女性は多かったし、アフリカ系の女性もいた。
そんなわけで、ロレイン・ジェイムスの初来日は、後ろを振り返るものではなく、未来に開けていたと言えよう。アンコールもあって、終わったのは10時過ぎ、渋谷の外の気温は15℃くらいだった。
なお、彼女へのインタヴューは紙エレキング年末号にて掲載(インタヴュアーはジェイムズ・ハッドフィールド)。

