「PAN」と一致するもの

CEDEC AWARDS 2023 サウンド部門優秀賞受賞

40年以上の歴史のなかから選び抜かれた名盤950枚を紹介

好評につき在庫切れ状態がつづいていた一冊が
絶えることなき需要に応えるべく新装版として復活!

監修者にしてゲーム音楽研究の第一人者、田中 “hally” 治久によるロング・インタヴューを追加掲載。この5年の変化を語りつくす。
現状に合わせ一部のレヴュー内容をアップデイト、柱や索引も読みやすく再レイアウトした決定版。

「日本のゲーム音楽は、この国が生んだもっともオリジナルで、もっとも世界的影響力のある音楽だ」と『DIGGIN'』のプロデューサー、ニック・ドワイヤーは言う。これは、長年ゲーム音楽を研究し続けてきた本書執筆陣が、それぞれに思い続けてきたことでもある。ゲーム音楽は単なるゲームの付随物で終わるものではなく、かけがえのない価値を様々な形で具有している。〔……〕本書はゲーム音楽の歴史に散らばる何万枚ものサントラ盤やアレンジ盤から、これはという名盤たちを「音楽的な」観点から選び抜いた、ありそうでなかったディスクガイド本である。 (本書序文より)

監修・文:田中 “hally” 治久
文:DJフクタケ/糸田屯/井上尚昭

A5判並製/304頁

目次

新装版の刊行に寄せて──田中 “hally” 治久インタヴュー

序文
凡例

第1章 試行錯誤の黎明期

ゲーム音楽レコードの胎動 | ヒア・カムズ・マリオ! | アレンジの模索 | 声なき時代のゲーム歌謡

第2章 サウンドチップの音楽

任天堂 | ナムコ | コナミ(アーケード) | コナミ(家庭用) | タイトー | セガ | カプコン | データイースト | アイレム | SNK | アーケードその他 | 家庭用その他 | 古代祐三 | 崎元仁・岩田匡治 | 日本ファルコム | 日本テレネット~ウルフチーム | パソコン系その他 | 海外 | リバイバル

第3章 ミニマムサンプリングの音楽

スクウェア | コナミ | タイトー | ナムコ | セガ | カプコン | ソニー系 | 任天堂 | 家庭用その他(SFC) | 家庭用その他(PS・SS・N64ほか) | アーケードその他

[コラム] インターネットミームと非公式ゲーム音楽リミックス ~All Your Base are Belong to Us~ (糸田屯)

第4章 ハード的制約から解放された音楽

最初期(カセットテープ~CD-ROM初期) | 劇伴作家の仕事 | シンフォニック | シンフォニックロック | アコースティック~ニューエイジ | プログレ | フュージョン | ジャジー | シンセロック | ハードロック/ヘヴィメタル | ロックその他 | アンビエント~エレクトロニカ | クラブミュージック | ディスコ~ダンスポップ | ポスト渋谷系 | 音楽ゲーム | ヴォーカル | ジャンルミックス | その他 | CD-ROMから聴けるゲーム音楽

シリーズ作品や関連作品をまとめて聴ける「CD BOX系サントラ」リスト

第5章 ダウンロード配信世代のゲーム音楽

エレクトロニカ | エレクトロニック・ダンス | 80sリバイバル&ウェイヴ系 | レトロモダン(チップチューン進化系) | ロック | シンフォニック | アコースティック | ジャジー | ジャンルミックス | 民族音楽

シリーズ作品や関連作品をまとめて聴ける「CD BOX系サントラ」リスト2

第6章 アレンジバージョン

第一次バンドブーム | フュージョン | プログレ | ロック | 管弦・器楽 | アコースティック | シンセ | ダンス&クラブ | ジャンルミックス | ヴォーカル | その他

シリーズ作品や関連作品をまとめて聴ける「CD BOX系サントラ」リスト3

第7章 アーティストアルバム

日本(バンド) | 日本(ソロ/ユニット) | 海外

索引
あとがき

田中 “hally” 治久(たなか・はりー・はるひさ)
ゲーム史/ゲーム音楽史研究家。チップ音楽研究の第一人者で、主著に『チップチューンのすべて』、共同監修書籍に『ゲーム音楽家インタヴュー集──プロのベテラン18人が語るそれぞれのルーツ』『インディ・ゲーム名作選』ほか。さまざまなゲーム・サントラ制作に携わる傍ら、ミュージシャンとしても活動しており、ゲームソフトや音楽アルバムへの楽曲提供を行うほか、国内外でDJ・ライブ活動も展開している。

DJフクタケ
90年代よりDJとして活動。95年に世界初のGAME MUSIC ONLY CLUB EVENT「FARDRAUT」開催に関わるなど最初期から活動するVGMDJであり、ゲーム音楽関連アナログ盤のコレクターでもある。2014年より歌謡曲公式MIX CD『ヤバ歌謡』シリーズをユニバーサル・ミュージックよりリリース、2017年には自ら企画した玩具・ゲーム関連タイアップ楽曲集CD『トイキャラポップ・コレクション』シリーズを発表。『レコード・コレクターズ』、『昭和50年男』など雑誌連載の他、書籍『アニメディスクガイド80’s』や各種WEB媒体への寄稿なども精力的に行う。

糸田 屯(いとだ・とん)
ライター/ゲーム音楽ディガー。本書以外の執筆参加書籍に『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DUBOOKS)、『ハヤカワ文庫JA総解説1500』(早川書房)。共同監修書籍に『ゲーム音楽家インタヴュー集──プロのベテラン18人が語るそれぞれのルーツ』(ele-king books)。『ミステリマガジン』誌にてコラム「ミステリ・ディスク道を往く」連載中。

井上尚昭(いのうえ・なおあき)
2001年、ウェブサイト「電子遊戯音盤堂」を開設。“レコード会社別で捉えるゲーム音楽レビュー” を主旨とし、当時はrps7575というペンネームを用いていた。洋邦・映画・アニメ・実写問わずサウンドトラック全般が守備範囲で、別名義でDJプレイなども行う。商業誌初寄稿となる本作を機に、リアルサウンドやIGN Japan、CDのライナーノーツなど、執筆領域を伸長。 本業はサウンドデザイナーで、TV・映画・広告・イベントなどを主とし、ゲーム関連ではeスポーツの大会映像や、開発会社のCI、プロモーション動画の為のサウンド制作歴がある。

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アリス・コルトレーン - カーネギーホール・コンサート

 365日かけて元の位置に戻るこの地球という美しい岩の上では、作品を聴き、理解し、前日とは違った見方ができる日が365ある。私たちは、地球上の多くのひとがアリスやジョン・コルトレーンのステージを見たことがないであろう時代を迎えようとしている。コルトレーンは2人とも、やがてモーツァルトのように男女の神話のような空間に住むことになるだろう。幸いなことに、私たちには写真があるし、アーカイヴ映像も少しはある。今後新しい世代がこのコンサート、ファイアー・ミュージックとスピリチュアル・ジャズの両方を、そしてアリスとジョン・コルトレーンの一期一会のみごとな融合を解釈し、再評価することになるだろう。

 本作『アリス・コルトレーン~カーネギー・ホール・コンサート』は、ノスタルジアの魅力が二重に構成されている。アルバム・タイトルには「アリス コルトレーン」の名前だけが反映されており、初心者にとっては、そこで聴ける音楽への期待を膨らませることになる。 ただし、実際の録音は追悼と祝福だ。アリスとジョン、2人のアーティストは2024年現在では故人だが、これが録音された1971年当時においては、ジョン・コルトレーンはその4年前に他界しており、依然としてジャズ界のヒーローだった。私たちはまずここで、アリスがジョンのライフワークのなかに創造性と愛を見出していることを知る。そしてまた、アリスが自分の種を植え、宇宙の木々に囲まれているのを聴くことができる。このコンサートは、ある伝説的な人物の出発が、別の人物の上昇の夜明けを始めるという、彼らの芸術的パートナーシップの図式なのだ。

 本作では、スピリチュアルな瞑想やヴァイブに満ちたリラクゼーション集中法からフリー・ジャズ世代の衝撃的なカオスの叫びまで、レコーディングのバランスはシーソーのように変化している。この音の組み合わせが当時どう捉えられ、いまどう捉えられるかは興味深く逆説的だ。往年のジョンの『アセンション』(1965)の爆音をまだ渇望している聴衆にとっては、アルバムの後半はカタルシスだったろう。しかし、それはアリスが必ずしも望んでいた姿ではない。本作において彼女は、 『ジャーニー・イン・サッチダーナンダ(Journey in Satchidananda)』(1971)に収録された表題曲と “シヴァ・ロカ(Shiva-Loka)” で自分自身とその正体を示している。1968年から1973年にかけて、アリスは4人の子供を持つポスト・ジョンの世界での大きなプレッシャーにもかかわらず、信じられないほど多作で、作品のなかで東洋(インド)のスピリチュアリティを探求することに熱心だった。同世代の他のアーティストとは異なり、アリスはそれから何十年も経った2007年に他界するまで、彼女のスピリチュアルな旅から離れることはなかった。ゆえに1971年以降のアリス・コルトレーンの音楽が具現化していった芸術的ヴィジョンの息吹を考えると、このレコーディングには必ずしもアリスの世界すべてが録音されているわけではない。

 しかし、本作を歴史のない音楽として、ジャズの長大な理念のなかに漂う音として受け止めるなら、味わうべきものは多い。アリスがハープという楽器を選んだことは、彼女がジョン以降をどのように歩みたいかを表現する上で重要な意味を持っている。ハープにはジャズの歴史がない。つまり、典型的なヴィルトゥオーゾ(名演奏家)的ジャズの装飾を忌避する、記憶のないサウンド・クリエーターとして機能できる。ジョンもそういうアーティストだった。ハープによってアリスはムード、質感、感情、純粋な表現、メロディ、瞑想、そしてもっとも輝かしいに悟りに集中する。歴史の重みを軽やかに避け、アーティストたちは新しいものの先駆者として自由に表現する。

 アルバムの後半の、獰猛な “アフリカ(Africa)” と “レオ(Leo)” に近づく前に、アリスが選んだ “ジャーニー・イン・サッチダーナンダ” と “シヴァ・ロカ” は、夜の闇と昼の明るさの完璧なコントラストであり、東洋のスピリチュアリティと自由な表現のユニークな融合を示している。アメリカがまだベトナム戦争という失敗に膝まで浸かっていた頃、アリスのゆらぎのあるハープ・フライトのクレッシェンドは、その世代で誰もが苦しんでいた不安に対する治癒として機能したのだろう。

 そして、ノスタルジアへの頌歌として、アリスは楽器をピアノに替え、ジョンがそばにいた時のポジションを再現した。“アフリカ” と “レオ” におけるエネルギーの放出は、グループがどれだけ爆発を起こせるかの耐久テストとなった。ジョンは不在だったが、代わりにファラオ・サンダースアーチー・シェップ、セシル・マクビーなど、ジョンがもっとも信頼したコラボレーターたちが参加している。感動的な音のカデンツは、幸運にも彼らに導かれた聴衆に畏敬の念を抱かせた。音楽はインスピレーションを与え、自己発見へと駆り立てる力を秘めている。そのエネルギーは決して衰えることはない。最後の音が鳴りやむのを心いっぱいの拍手で祝福する聴衆に温められている。

 

Alice Coltrane - The Carnegie Hall Concert

written by Kinnara : Desi La

  On this beautiful rock called Earth, that takes 365 days to return to its original position, there are 365 different days to listen and understand a work or see it differently than the day before. We are coming at a point in time where no one on Earth will have seen Alice or John Coltrane on stage. Both Coltranes will soon inhabit a space like Mozart as a myth as much as a man and woman. Luckily we have pictures. And a few bits of archival footage. Each following generation will from now on interpret and reevaluate this concert, both fire music and spiritual jazz, and the unique once in a lifetime union of Alice and John Coltrane.
The allure of nostalgia is two fold in this release, Alice Coltrane - The Carnegie Hall Concert. The title reflects only Alice Coltrane’s name and to the uninitiated, that would be their expectation of the music contained. The actual recording though is a reflection and/or a celebration. Both artists, Alice and John are now deceased as of 2024 but at the time of recording in ’71, John Coltrane was a not so distantly deceased hero of the jazz world having passed away almost 4 years previously. We see Alice view the love of her life’s work within herself and creative work. In the same concert we hear Alice plant her own seeds and surround herself with cosmic trees. This concert is a diagram of their artistic partnership with one legend’s departure initiating the dawn of another’s ascent.
The balance in this recording is a seesaw from spiritual meditation and vibe-filled relaxation concentration techniques to the shock chaos screaming of the free jazz generation. How this sound combination was viewed at the time and could be viewed now is intriguing and paradoxical. For the audience still craving the sonic blasts of yesteryear ASCENSION, the latter half of the recording was catharsis. But that isn’t who Alice necessarily wanted to be. She showed herself and what she is with “Journey in Satchidananda” and “Shiva-Loka.” Between 1968 and 1973, Alice, despite the immense pressures of a post-John world with 4 children, was incredibly prolific and intent on exploring eastern (Indian) spirituality within her work. Unlike other artists of that generation, Alice never left that spiritual journey until she passed away many years later in 2007. Given the breath of artistic vision that Alice Coltrane`s music would come to embody after 1971, the recording in a way robs us of completely experiencing Alice’s world.
If we take the album as just music without history, as just sounds floating in the lengthy ethos of jazz, there is much to savor. Alice’s choice of instrument in the harp is instrumental in expressing how she wished to navigate post-John. The harp has no real history with jazz. So it operates as a memoryless sound creator avoiding the trappings of typical virtuosic jazz. The type that John was clearly known for. The harp allowed Alice to focus on mood, on texture, on feelings, on pure expression, on melody, on meditation and most gloriously enlightenment. Without the weight of history, artists can embrace freedom maneuvering as vanguards of the new.

  Alice’s choice of “Journey in Satchidananda” and “Shiva-Loka” before approaching the ferocious “Africa” and “Leo” were perfect contrasts of the darkness of night and brightness of day displaying her unique blend of Eastern spirituality and freeform expression. As the US
was still knee deep in the failure that was the Vietnam War, Alice’s fluctuation crescendos of harp flight acted as band aids to the anxiousness everyone suffered from in that generation.
Then in an ode to nostalgia, Alice switched to piano refilling the position she held with John by her side. Here the burst of energy with both tracks “Africa” and “Leo” became endurance tests for the number of explosions the group could launch. John was absent but supplanted by some of his most trusted collaborators like Pharoah Sanders, Archie Shepp, and Cecil McBee among others. Cadences of sonic emotion left a sense of awe for those in the audience lucky enough to be initiated by them. The music is inspiring and holds the power to nudge towards self-discovery. The energy never wanes, cherished by an audience that blesses with heart filled applause as the last sounds die off.

JULY TREE - ele-king

 レゲエ好きにはすでに有名な、神泉のギャラリー「JULY TREE」(ロゴは坂本慎太郎)。1周年を記念して3月27、28、29日の3日間で「JULY TREE 1st Anniversary Pop Up」が開催される。
 カメラマン石田昌隆の格好いい写真をデザインした「Masataka Ishida Photo Exhibition RELAXIN’ WITH LOVERS ~photographs~」Tシャツ、また日本のレゲエの名コンピレーションとして名高い『RELAXIN' WITH JAPANESE LOVERS VOLUME 8』、石田昌隆のサインとシリアル・ナンバーを記したシルク・スクリーン・プリント(残部僅少)などの販売を予定。ぜひ足を運んでみて。
 ちなみに現在、同ギャラリーでは、大盛況を博しているパンク、レゲエ等の音楽やファッションの影響のもとステンシル、ドローイング、コラージュを駆使しストリートで支持を得るアーティスト、タナカシュウヘイ a.k.a Rebelman★ArmyによるTHOUGHT(思想)をPROVOKE(挑発)する超刺激的な作品展『“THOUGHT PROVOKING”~think outside the box 』を開催中です。

▼展覧会名:JULY TREE 1st Anniversary Pop Up

 坂本慎太郎がロゴ・デザイン!昨年、神泉にオープンした音楽をテーマとし小さなギャラリーJULY TREE(ジュライ・トゥリー)! ギャラリー名のJULY TREEはポール・トーマス・アンダーソン映画『リコリス・ピザ』の冒頭で使用されていたニーナ・シモンの同名曲に由来。
 “7月には大きく育った木に真実の愛が花開く”というリフレインの歌詞は当時の60年代の黒人や女性を取り巻く状況のおそらくメタファーであり、いにしえのフォークソングのような美しさを持つ『JULY TREE』は、ニーナのために進歩的な二人の女性が書き下ろした新曲だったそう。
 不安や絶望、憤りを感じる事が多い今日この頃、静かに厳かに、真実の愛、希望が時間をかけて7月には実る様子を描き出すこの楽曲のような思いを託した命名。
 いわゆるアートの展示のみならず、フリー・スペースとしてレコードやCD、本、アパレル、雑貨等スタッフが愛してやまない音楽をテーマとした様々な発信にご利用頂ける多目的スペースをイメージしてこれまで数々の企画を行ってきた。
 そんなJULY TREEがこの3月25日で早くも1周年を迎えるという。そこで周年を記念したJULY TREE 1st Anniversary Pop Upが現在展示中の『“THOUGHT PROVOKING”~think outside the box 』の1コーナーを借りて3月27、28、29日の3日間でにの開催が決定した!
 周年記念アイテムとして同ギャラリーのこけら落とし展示として好評を博した世界各国の様々なミュージシャンの写真を撮り続けているフォトグラファー石田昌隆(いしだ まさたか)による「Masataka Ishida Photo Exhibition RELAXIN’ WITH LOVERS ~photographs~」のニュー・ヴァージョンTシャツ3色と、同展示時に販売された石田昌隆のサインとシリアル・ナンバーを記したもはや残部僅少のシルク・スクリーン・プリント『Sound System1984』、更に同じくカメラマン石田昌隆の写真を使用した奇しくも同日発売となるネットで争奪戦となっているアナログLP『RELAXIN' WITH JAPANESE LOVERS VOLUME 8』を限定販売!アナログLPとTシャツのセットでの販売も予定されている。
 現在、同ギャラリーで大盛況開催中のパンク、レゲエ等の音楽やファッションの影響のもとステンシル、ドローイング、コラージュを駆使しストリートで支持を得るアーティスト、タナカシュウヘイ a.k.a Rebelman★ArmyによるTHOUGHT(思想)をPROVOKE(挑発)する超刺激的な作品展『“THOUGHT PROVOKING”~think outside the box 』と同時開催というまたとない機会を是非、お見逃しなく!

■展覧会情報
『JULY TREE 1st Anniversary Pop Up』
会期:3月27日(水)〜3月29日(金)
会場:JULY TREE(ジュライ・トゥリー)
*『“THOUGHT PROVOKING”~think outside the box 』と同時開催!
アナログLP、Tシャツ等周年記念アイテムの取り置き及び通販は現時点では受け付けておりません。
営業日等お問い合わせについてはJULY TREE 公式Instagramにてお願いいたします。

『“THOUGHT PROVOKING”~think outside the box 』Rebelman★Army Art Exhibition
会期:3月15日(金)〜3月29日(金)
会場:JULY TREE(ジュライ・トゥリー)

■JULY TREE 1st Anniversary Masataka Ishida photo collections T-Shirt (skateboard boy version)
・Tシャツ(白、黒、グレー):価格6,000円(税抜)6,600円(税込)
・Tシャツ(白、黒、グレー)+レコード・セット:価格 9,000円(税抜)9,900円(税込)

■石田昌隆『Sound System 1984』シルクスクリーン・プリント
・シートのみ:価格25,000円(税抜)27,500円(税込)
・額装込み:価格40,000円(税抜)44,000円(税込)

■『RELAXIN' WITH JAPANESE LOVERS VOLUME 8
OLD TO THE NEW JAPANESE LOVERS SELECTIONS』

2003年のVOL. 1から20年。『RELAXIN' WITH JAPANESE LOVERS』から 和物LOVERSブームがはじまった、まさに出発点となるシリーズ最新盤VOL. 8のCDがアナログでもリリースされることが決定した。ジャンル、新旧問わず、メジャーからインディーズまで未配信楽曲を含んだ初CD化となる音源を多数収録CDから10曲をセレクト。こちらもきっちり目配せの効いた最高の1枚が完成。ライター、DJとしても知られ、名著『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』も話題の松永良平の書き下ろしライナー・ノーツと『渋谷系狂騒曲』を編集したことで知られる望月哲(音楽ナタリー)によるシリーズ生誕20周年を記念した読み応えたっぷりな主要スタッフの対談掲載もアナログ盤でも完全掲載>恋人たちを彩るラブリーな内容がアナログでも楽しめる。和物ファン、LOVERSファン垂涎、店頭から即完売必至。急いでお求めを。
                  
・詳細はこちら。
『RELAXIN' WITH JAPANESE LOVERS』特設サイト

・アナログ盤商品内容
2024年3月27日(水)発売
MHJL-319
定価  \4,000(税抜)\4,400(税込)

【SIDE-A】
01 永遠の詩 
中島美嘉
02 花瓶に花 
Love Letter Revue feat. ARIWA (ASOUND)
03 HUSH 
FRISCO feat. Tatsuyoshi Kida (TOREMONO)
04 Promise (Dub's Sentimental dub Remix) Remixed by Dub Master X 
玉置成実
05 OLD FASHIONED LOVE SONG 
SHEENA & THE ROKKETS

【SIDE-B】
01 Citypop Lullaby feat.Keitaro Takanami (mad FPU Lovers Rock Remix) 
am8
02 リキの電話番号 
大村憲司
03 LIVING IN A TOWN 
SHOTS
04 白い花と赤い花 
門あさ美
05 天気になあれ 
りりィ

■石田 昌隆(いしだ まさたか)/ PHOTOGRAPHER:プロフィール
1958年生まれ。たくさんの国を旅行して音楽関連の写真を撮影してきた。著書、写真集は、『1989 If You Love Somebody Set Them free ベルリンの壁が崩壊してジプシーの歌が聴こえてきた』、『JAMAICA 1982』、『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』、『オルタナティヴ・ミュージック』、『黒いグルーヴ』。毎日インスタグラムに写真を出している。 

■タナカシュウヘイ (Rebelman★Army):プロフィール
‘77 年富山生まれ、現在も富山在住。ステンシル/ドローイング /コラージュ を駆使する野良作家。 rebel musicの匂いを濃厚に感じさせるアブストラクトでサキャスティックなアーティストとして知れらる。
パンク、レゲエ等の音楽やファッションやアートワーク、浮世絵、DADA、60,70 年代 日本のハイコントラストな モノクローム写真やデザイン図絵に強く影響を受け、その興味は多岐に渡る。
‘02 年からステンシルで T シャツ制作を始め、全国各地のフェスやイベント会場で販売、ライブペインターとしての出演も多数。
‘14 年頃よりキャンバス作品などの平面作品も制作し、東海、北陸、関東、関西地方のギャラリーや飲食店で個展を開催。
‘17 年、’19 年には、オーストラリア シドニーで開催された STENCIL ART PRIZE にて作品が入賞。
固定の技術や概念に縛られることなく、あらゆるジャンルの歴史、カルチャーやソースを吸収しながら制作を展開。 進化の過程か、永遠の未完成か。やってくるのか、もうきてるのか。刺激を求めては刻み、その思考空間を拡張し続けている。
‘23 年、東京 kit gallery、広島 bridge book store、飛騨高山 yamanomimi gallery、大阪 odd numbers と音楽とファッションの匂いがプンプンする箱で個展を開催。

〈店舗情報〉
JULY TREE(ジュライ・トゥリー)
住所:153-0042
東京都目黒区青葉台4-7-27 ロイヤルステージ01-1A
HP
Instagram
Twitter
営業日: 不定期での営業となります。
*営業日等お問い合わせについてはJULY TREE 公式Instagram、Twitterにてお願いいたします。

Groove-Diggers Best of 2023 Second Half of the Year - ele-king

--山崎: 今回は、Pヴァインのレアグルーヴ・リイシューシリーズ、Groove-Diggersの2023年の下期のベストをMomoyama Radioでまとめましたので、軽く解説ができたらと思います。

--水谷: 去年も色々とリイシューさせて頂きました。


□ Clifford Jordan Quartet - John Coltrane

--山崎: オリジナル盤は最近は高額になってしまい、なかなか入手できなくなりました。

--水谷: ストラタ・イーストからリリースされているもう一つのアルバム、Clifford Jordan名義の『Clifford Jordan In The World』は一般的なジャズ界でも非常に評価されているアルバムです。

--山崎: 50年代以降からブルー・ノートやリバーサイドなどでリーダー・アルバムを残している人なので、ストラタ・イーストの中でもレアグルーヴ的ではなくストレートなジャズというイメージですね。

--水谷: この『John Coltrane』はこの盤にもメンバーとしてクレジットされているビル・リー(映画監督スパイク・リーの父)が作曲で、彼の他のグループ、The Descendants Of Mike And Phoebeの『A Spirit Speaks』でも演奏されています。レコーディングはどちらも1973年で、Clifford Jordan Quartetの方が2ヶ月早いくらいですね。

--山崎: The New York Bass Violin Choirの1978年のアルバムにも収録されていますね。

--水谷: Museからリリースされている、Clifford Jordan Quartetの『Night Of The Mark VII』にも収録されています。

--山崎: Bill Leeは自身のリーダーアルバムはこれまでに無いのですが、その作曲が評価されている彼ならではのスピリチュアル・ジャズ名曲ですね。


□ Weldon Irvine - Mr. Clean

--山崎: Weldon Irvineの記念すべきデビュー・アルバムから。

--水谷: やっぱりWeldonはかっこいいですね。作曲センスが抜群です。

--山崎: この曲はFreddie Hubbard – Straight LifeやRichard Groove Holmes – Comin' On Homeでもカバーされています。どちらもWeldonからしたら大先輩にあたる人物に取り上げられるという、当時はまだ新人であったWeldonの作曲力がシーンでは評価が高かったことが伺えますね。

--水谷: Weldonが自主制作で出した最初の2枚、昔(90年代)はこのアルバムとTime Capsuleを比べるとレア・グルーヴの文脈で最初に再評価されたTime Capsuleの方が派手でポップな印象でした。どちらかというとこの1stアルバムは地味に感じた。ただ今は世の中のムードはどちらかというとこっちの1stな気がします。
アンビエント再評価の流れからフリージャズも聴かれるようになっていますし、今は他ジャンルがクロス・オーヴァーされた楽曲よりも硬派でよりストレートなジャズ色が強い方が時代にフィットしているかもしれません。

--山崎: 70年代当時はサウンドが新し過ぎて評価されず、90年代にアシッド・ジャズ・ムーヴメントやレアグルーヴにより発掘、評価された曲が、その後のネオ・ソウルなどの影響で2000年代以降に一般的になり、2020年代以降はむしろ70年代の王道ラインの方が評価されている再逆転現象が起きている。今のソウルやジャズの中古市場ではみんな定番系を漁っていますからね。レコード屋もマーヴィン・ゲイとかダニー・ハサウェイが壁に面だしになっています。


□ Phil Ranelin / Sounds From The Village

--水谷: Tribeってスピリチュアル・ジャズの中でもStrata Eastやブラックジャズのなどと比べて最初は好きになれない感じはありました。Strata Eastの方がグルーヴあったりポップだったりして聞きやすかったので。
好きだったのはマーカス・ベルグレイヴくらいですかね。Wendell HarrisonやPhil Ranelinはフリーな印象が強かったです。でものちに改めて聴くとジャズ・ファンクとしてかっこいい。Farewell To The Welfareとかもあとでいいなと思いました。

--山崎: 僕もTribeを理解できるようになったのはアシッド・ジャズやレア・グルーヴの流れではなくて、ハウスやテクノを聴くようになってですね。
90年台中盤頃にSpiritual Lifeとかカールクレイグの作品に漆黒のグルーヴを感じるようになってから最初にwendellの『An Evening With The Devil』を買って「Where Am I」を聴いたときに「これってテクノだ」と思って。


□ Wendell Harrison /Ginseng Love

--水谷: 僕はこの辺を「聴きづらい音楽ではないんだ」って思うようになったのは、どちらかというとこのWenhaとかRebirth Recordsなど80年代の方が先でした。爽やかな楽曲が多くて聴きやすかった。Tribeの本道はこっちじゃないんだろうなとは感じつつ。でも今はまわりまわってこっちに注目が注がれているのも面白いなと思います。

--山崎: 僕は逆に80年代のものはあまり買わなかったかもしれないですね。Wendell Harrisonの「Reawakening」くらいしか持ってなかった。でも70年代のものも滅多に市場に出なかったので買えなかったですが。


□ Rick Mason And Rare Feelings / Dream Of Love

--山崎: オリジナルはかなりレア盤です。

--水谷: 僕が買った当時はYouTubeにもなかったですね。でもこれは相当な奇盤です。

--山崎: そうですね。歌い方がだいぶ変ですね。
こういう奇盤って当時は誰が買ってたんだろうとか、どうやってお金を捻出してレコーディングしてリリースまで漕ぎ着けたのか不思議だなといつも思います。でもやっぱり今、人気のある盤は曲がいいんですよね。だから70'sブラックは面白い。

--水谷: レアグルーヴで評価された人ってこういうカチっとしていない人が多いですよね。
いわゆるヘタウマ系なのですが味わい深い。こういう人を評価していきたいです。

--山崎: これオリジナル盤は今いくらくらいするんですか?

--水谷: 僕は自分が買った時しか見たことないです。

--山崎: 今、Discogsで売ってるのは50万円超えですね。中間点も15万円くらいします。

--水谷: 「欲しい人」は748人もいる。こんな奇盤なのにすごいですね。


□ Three Of Us / Dream Come True Part 1

--水谷: Hilton Feltonによるグループ、Three Of Usのアルバム『Dream Come True』からの一曲です。

--山崎: Hilton FeltonをピックアップするのはLuv N' Haightが早かったですね。1993年にコンピレーション『What It Is!』に「Be Bop Boogie」が収録されています。

--水谷: 昔の話ですけど、その頃は月に一度仕事で大阪と京都に行っていたのですが、もちろん行く度にレコード屋さんを回るじゃないですか。それで大阪のとあるレコード屋さんにこのアルバムがレジ裏の壁に飾ってあってジャケを見ると写真も無しでDREAM COME TRUEという文字だけあって「ドリカムのなんかなのかなぁーと(そんなのが売ってるレコ屋じゃないのですが・・・)」。しかもしばらく売れていなかったんですね。毎月、そのレコード屋に行っては壁のこのレコードを眺めていたんですが、ある日、店員さんに勇気を出してあのレコードはなんですかって聞いたんです。そしたら聴かせてくれて、とても良かったので買いました。これが僕の最初のHilton Feltonとの出会いですね。そこからです、Hilton Felton関連は全部買おうってなったのは。

--山崎: その時はいくらだったんですか?

--水谷: あんまり覚えてないですが、べらぼうに高い金額ではなかったと思います。1万円はしたと思いますが3万円のレコードはなかなか買わない時代でしたので。

--山崎: それはすごいですね。このレコード見たことないですし、Discogsには販売履歴ないですね。そんなにバカみたいに高いレコードではないと思いますが珍しいかもしれないですね。

--水谷: Hilton Feltonがやっていることも知らない人が多かったと思います。


□ Hilton Felton / Never Can Say Goodbye

--水谷: ジャクソン5の曲のカバーですが、なんかこの人の鍵盤の手癖がいいんですよね。

--山崎: こっちの盤は近年、本当に中古市場が上がっていますね。「Be Bop Boogie」が収録されている『A Man For All Reasons』と共に人気盤です。

--水谷: Hilton Feltonはゴスペル出身なのですが、たくさん作品があるんですけどこの3枚が圧倒的にいいですね。
ただE.L. Jamesというボーカリストの『The Face Of Love』っていうアルバムはHilton Feltonが全曲アレンジしていてこのアルバムもすごく良いです。


□ Main Source / Time

--山崎: Diggersではないですが、昨年の目玉です。メインソースはなんだかんだやっぱり人気がありましたね。

--水谷: これ90年代のお蔵入りで出なかったトップ・クラスですから。
ブートやなんだでほぼ出てましたけど、でもちゃんと正規で発売されるとみなさんちゃんと買ってくれますね。

--山崎: このネタはMUROさんの「真ッ黒ニナル迄」でも使われているRoy Ayersの「Gotta Find A Lover」ですね。


□ A.P.G Crew / Daily Routine

--水谷: ディガーズでもヒップホップをやりたいと思っていて、なんかないかなって探した時にこれが出てきたんですけど。オークランドのギャングですね・・・契約するの苦労しました・・・。

--山崎: ネタはRoy Porter Sound Machineの「Panama」ですね。

--水谷: こういうヒップホップのいいとこでもあるんだけれど、かなり雑なんですよ。
A.P.G CREWのアルバムって収録曲中の3曲でRoy Porter Sound Machineの『Inner Feelings』収録曲をサンプリングで使っている。Roy Porterと同じ西海岸なので地元のレコ屋でLP見つけてサンプリングしがいのある曲がたくさんあるので摘んだのかと想像しますが、的確にチョイスしてサンプリングしてますね。

--山崎: 「Panama」に「Jessica」、「Party Time」と使いすぎですね。

--水谷: でもちゃんと91年当時にこの3曲をセレクトしてそのまんま使ってるけどポイントを的確に使っていることに評価。Vistone盤の再発が90年にリリースされているので、こっちらかもしれませんが。DJ Spinnaの「Rock」よりも全然早いですから。


□ Funkgus / Memphis Soul Stew

--山崎: シンガポールのサイケ・バンドですね。この曲はキング・カーティスのカバーです。

--水谷: こういうファンキーなサイケデリックは日本のサイケに通じるところがありますね。
70年代のアメリカの黒人でサイケな人ってあまり多くないイメージですが、アフリカやアジア・モノを掘っているとサイケ色強いバンドが多いです。Numeroが2007年にアイランド・ファンク系のコンピレーション、『Cult Cargo: Grand Bahama Goombay』を出しているんですけどサイケ感が出ている曲が多かったです。

--山崎: アメリカからサイケ・ムーブメントが日本やアジア、アフリカ、カリブ諸国に流れつくと同時にジェームス・ブラウンを筆頭としたファンクの波も押し寄せたから、それを融合したようなサイケファンクが多いのではと話を聞いていて思いました。

--水谷: 一理あるかもしれないですね。でもサイケ入ってるとあんまり今のトレンドに乗らないんですよ。だからアフロ・レアグルーヴも一部熱狂はありましたがあまり広がらず、ここんところのDIGマーケットでは少し落ち着きましたね。

--山崎: レアグルーヴの人はロック嫌いだし、ロックのひとは暑苦しいファンクを嫌いそう。狭間ですね。
でもサイケなファンク、これから人気出るかもしれないですよ。聴き方次第では今っぽい気もします。


□ Ernie Story / Disco City

--山崎: この人はインプレッションズとかにも参加している白人ミュージシャンです。
やっぱりロックっぽいですね。こういう盤、どこで見つけてくるんですか?

--水谷: この辺のPRIVATE盤もdiscogsをはじめ、今や情報が氾濫してるのでとても高くなりましたが、個人間でネット売買が始まった2000年代後半〜2010年代前半は比較的にモノもあったし買いやすかったと思います。ただ、こういった無名盤は一部のコレクターで止まっており、レアグルーヴの定番としての人気と評価は今だに90年代から2000年代前半のライナップで止まっている気がしますので、我々ももっといろいろなものを紹介していきたいですね。


□ The Mighty Ryeders / Let There Be Peace

--水谷: 僕は昔からこの曲が「Evil Vibrations」の次に好きでした。

--山崎: この曲は当時7インチも出ていますね。

--水谷: CDアルバムのライナーにも書きましたが、アルバムとシングルではバージョンが違うんです。
今年はこのシングル・バージョンも7インチで再発します、

--山崎: 裏面はMUROさんによる「Evil Vibrations」のエディットですね。

--水谷: でもこのアルバム、本当に全体的にいい。「Evil Vibrations」が突出しているので目立っていますが、どの曲も洗練されているけどファンキーでソウルでもあるレアグルーヴ王道な盤ですね。

--山崎: リーダーのRodney Mathewsさんはアルバムはこの作品のみですが、才能があったんでしょうね。


□ The Turner Brothers / Sweetest Thing in the World

--山崎: この曲もとてもいいですよね。楽曲自体がしっかりしている。
マイナー系でここまでクオリティ高いのも珍しいかもしれません。ソウル・ファンからは昔から評価が高い盤ですね。

--水谷: それにしてもこの盤も1999年に再発させているLuv N' Haight (Ubiquity)は早熟でしたね。先ほどのHilton Feltonしかり、91年にRoy Porter Sound Machineを12インチでリリースしたり、Weldon Irvineも1992年にはStrata East盤と『Weldon & The Kats』を再発している。

--山崎: Weldon Irvineの1st、2ndの2枚を最初に再発したのはPヴァインですね。1996年です。

--水谷: あの頃はまだまだ未発掘なものがたくさんあってよかったですね。

--山崎: ただ、先程もおっしゃってたように、無名盤はまだまだあるので新たなライナップを我々も提示していきたいですよね。


□ Joyce Cooling / It's You

--水谷: これはみんな好きですね。こういうのが今また売れるならもっと色々ありそうですが。

--山崎: 須永辰緒さんが2000年にカバーして有名になった曲であの頃は流行りましたね。
こういうブラジリアン・クロスオーヴァーが全盛期でした。

--水谷: この頃はPヴァインでもブラジリアン・クロスオーバーものはたくさん出してました。

--山崎: でも今、この辺のオリジナルの中古盤安いですよ。Joyce Coolingのオリジナル盤はそこそこしますが、昔は高かったのに今、こんなに安いんだっていうのをよく見かけます。またそのうち高くなるんですかね。


□ Cantaro Ihara / I love you

--山崎: イハラくんのいいとこって自分のエゴを出しすぎないからこれはオリジナルに忠実ですね。
とても良い仕事だなと思います。バランスがいいんでしょうね。

--水谷: うまく日本語にしてくれたと思います。こういうのは流行り廃りがないので、これからクラシックになっていくんじゃないでしょうか。


□ Southside Movement & Jackie Ross -- You Are The One That I Need

--山崎: この曲は素晴らしいですね。

--水谷: 1991年にPヴァインからSouthside Movementの『Funk Freak』というアルバムをCDでリリースしておりまして、1995年にはLPもリリースするんですが、これは未発表曲集という形でリリースされているんですね。そこに「You Are The One That I Need」が収録されているんですけれど、でもこれらの曲が含まれている盤がもっと昔にあるんですよ。おそらく80年代初頭ですかね。ジャケットもないプロモ盤で超レア盤なので滅多に出ないんですけど。

--山崎: なので今回はその盤にさらに曲を足してリリースに至ったんですね。

--水谷: 前述の『Funk Freak』って中古市場でも昔から高くならないんですね。「You Are The One That I Need」を手に入れるのってオリジナルはまず難しいので、『Funk Freak』しかなかったと思うんですけど。でもこれ誰も知らない曲だなって思っていたらMUROさんが2010年にMIX CDに入れていました。この時はさすがだなと思ってシビレましたね。

--山崎: 先ほどからの繰り返しになりますが、こういう曲こそ広がって定番のライナップに入ってほしいですね。

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--水谷: エンドロールはレアグルーヴ好きならピンとくる方も多いと思いますが今の時点ではシークレット・トラックとしておきましょう。

--山崎: 2024年もP-VINE GROOVE DIGGERSとVINYL GOES AROUNDチームではたくさんの面白い企画を考えておりますので引き続きよろしくお願い致します。

interview with Mahito the People - ele-king

自分の作品ではあるんですけど、自分という範疇を超えてるものでもあるので。映画って、コントロールできない部分がすごく大きいと思うんですよ。

 胸にずしんと響く映画だ。
 ママチャリに乗って愉快に声をかけあう若者たち。楽器を背負った彼らは海の見える坂道を駆けのぼっていく。舞台は明石。それまで味気ない日々を送っていた主人公のコウ(富田健太郎)は、強烈な個性を放つバンドマン、ヒー兄(森山未來)と出会ってから、その弟キラ(堀家一希)たちとともに自身でもバンドをはじめていたのだった。そしてそれはいつしかコウの居場所のようものになってもいた。一般常識に縛られないヒー兄の存在はそんなコウたちに刺戟を与えつつも、なにかと目立つその行動は種々の問題を引き起こしていくことにもなる──
 かつてどこかで起こったのかもしれない出来事。あるいはもしかしたらいまも列島のいずこかで繰り広げられているのかもしれない光景。何度も登場する「赤」のモティーフが象徴するように、青春映画でありながら幻想的な演出やメタ的な挿入を退けない『i ai』は、現代を舞台にしたおとぎ話のようにも映る。
 バンド GEZAN はもちろんのこと、小説の執筆や入場フリー/投げ銭制の大胆なフェス《全感覚祭》の開催、反戦集会の決行など多面的な活躍を見せ、ここ10年ほどで日本のオルタナティヴな音楽シーンを担うひとりとなったマヒトゥ・ザ・ピーポー。今度は、映画だ。初監督作『i ai』は、たとえば「汚い」ものや「危ない」ものが排除されるクリーン志向の今日、もしくは人びとが電子上のコミュニケーションによってホルマリン漬けにされているような現代日本にあって、見過ごせないヒントを多く含んでいる。あるいはこう訴えかけているとも言えるだろう。株式会社に就職したり起業したり、逆に引きこもってモニターを眺めつづけたりすることだけが人生ではないのだ、と。
 これまでのマヒトゥ・ザ・ピーポーを知るひとはむろんのこと、いろんなことに悩んでいる20代の方たちにこそ、『i ai』はぜひ観てもらいたい映画だ。(小林)

なんの映画なのかってカテゴライズするのはけっこう難しいかもしれない。ただ、アートの映画にはしたくなかったんですよ。

もういろんなところで喋っているとは思うのですが、まず、そもそもなぜ映画を撮ろうと思ったのでしょうか?

小説や音楽はひとりでもやろうと思えばできるけど、映画は予算も人員も規模がまったく異なるよね。

マヒトゥ:まあ、映画の神様に肩を叩かれた、みたいな。

神秘主義者だよね、マヒトゥ・ザ・ピーポーは(笑)。

マヒトゥ:冗談です(笑)。全感覚祭をやったりして、もうBPM250くらいの勢いでエンジンがかかった状態だったときに、ちょうどコロナのタイミングになってしまって。ライヴも映画館も止まっちゃってなにもできないし、ひとにも会えない状態が続いてくなかで、エネルギーの出し方を探さなきゃエンジンが焼き切れると思ったのがはじまりです。全感覚祭は祭りですが、そのとき祭りにいちばん近いと思ったのが映画だったんですよね。個人の力だけではなく、役者も裏方も、関わるいろいろなひとのエネルギーが立体的に集まってひとつのかたちになっていく点で、映画と祭りは似ているな、と。

全感覚祭をとおして得た集団作業の経験が大きかったんだ。

マヒトゥ:やっぱり大きいですね。ぜんぶ自分の作品ではあるんですけど、自分という範疇を超えてるものでもあるので。映画って、コントロールできない部分がすごく大きいと思うんですよ。たとえばフィクションだと、その日の天候だったり役者が背負ってきた歴史だったりが反映されるわけじゃないですか。逆にノンフィクションでも、音楽をつけたり都合の悪いシーンをカットしたり演出が入るから、フィクションの要素があるし。その境界って曖昧だと思っていて。そういうふうにコントロールできないもの、自分が自分の外側に広がっていくことに興味があったからかな。

もともと映画自体を観るのは好きだった?

マヒトゥ:そうですね。総合芸術としてのパワーがありますよね。もちろん音楽もですけど。

とはいえ映画って気軽に撮れるものではないじゃない?

マヒトゥ:だから、俺けっこう映像作家の友だちとかに嫌われてますよ。普通は、たとえばMVをいっぱい撮ったり、助監督とかでいろいろ経験を積んでから初監督、って流れですけど、スキップしちゃっているから。正面からウザいって言われましたよ(笑)。

愛情表現じゃないの(笑)。

マヒトゥ:いや、目が笑ってなかった(笑)。

経験がないからこそできる表現っていうのもあるから。そういう意味でいうと、『i ai』は音楽家っぽいやり方だなと。

マヒトゥ:フリーインプロの衝突を記録するという意味ではそうなんですかね。音楽でも、やっぱファースト・アルバムを出したころには戻れない。経験を積んで知識が増えると成長っていわれがちだけど、それが意外と制限になったりもするじゃないですか。だから映画も、この先絶対ここには戻れなくなるだろうなって思って、ルールでがんじがらめにするようなチームではやらずに、最初はバンド・メンバーや〈十三月〉のチームではじめていった。撮影の佐内正史さん含め、「映画とはこう撮るものだ」っていうルールを持たないひとたちとつくろう、っていうのはありましたね。

ホームレスもスケーターも街の観察者で、ほんとうはそういういろんな視点があることは豊かさなのに、対話に自分のエネルギーを割くのを省いて、楽に自分の欲しい情報だけをいかに早く手に入れるか、みたいな状況が加速している。

この映画が具現化される、最初の一歩はどこだったんですか?

マヒトゥ:最初にヴィジュアルを撮りました。この(ポスターやチラシに掲載されている)炎のやつ。クラウド・ファンディング用に佐内さんが撮ってくれて。そのあと1か月後くらいに佐内さんから電話がかかってきて「ぼくがムーヴィーまわそうかな」って。その唐突な電話が映画のはじまりです。

映画を撮るのにどれくらいの期間をかけたんですか?

マヒトゥ:どうだったかな。1年かな。脚本の書き方とか映画監督がなにをやるのかとかは一応わかっていたけど、現場はほぼ見たことがなかったので。豊田利晃監督の『破壊の日』(2020年)って映画に出演したときに現場を見たのが初めてだった。豊田組の「ヨーイ、はい!」の怒号の出し方みたいなのだけはっきり影響受けてます。細胞を起こすための怒号。

さきほど祭りの延長という話がありましたけど、じっさいに映画をつくってみて、フェスや音楽との違いや新しい発見はありましたか?

マヒトゥ:世に出る速度がぜんぜん違いますよね。ラッパーとかって有事のときの反応がすごく早いよな、って震災のときに思いました。そういうふうに思ったことにすぐリアクションできるのが音楽なんですけど、この映画は公開までに3年ぐらいかかってます。そもそも映画って時代をとらえるような感覚より、もっとプリミティヴな題材に合ってるんだろうなと思ってて。もちろんそれにも時代の空気感とかは含まれるんですけど、『i ai』をつくるときはコロナがいつ明けるかもわからないタイミングだった。だから、もうちょっとそういうものに接近した題材にするっていう手もあったのかもしれないけど、時代の最先端のものって一瞬で過去になって、タイムラインで流されていくじゃないですか。そういうことよりも、永遠に古くならないもののほうがたぶん映画の持ってる資質のなかで重要なんじゃないかな、と。

ちなみに舞台を兵庫県の明石市にした理由は?

マヒトゥ:俺というより俺らが音楽をはじめるときにいろいろな影響をくれたひと、ヒー兄のモデルになったひとがいた場所だから。自分たちにとっては今回こういうかたちになったけど、それぞれの場所で挑戦してるひとってだれかしらいると思うんですよ。ライターさんでも、自分の前を走ってるひと、かつて見上げてたひとっているだろうし。だからやっぱ、はじめるならこの原風景からかな、っていうので明石に。

これはもう、下津(光史)君の青春を描いているものとばかり……

マヒトゥ:いや、違う(笑)! それ言うのは野田さんだけ。

はははは。観ていてすごくメッセージを感じた。要所要所でどちらかといえば映像よりもマヒトくんの言いたいことが前に出てるんじゃないか、ぐらいに思ったんだけど、それはここで繰り広げられているライフスタイルや人間像みたいなものが、現代に対する批評にもなっているからじゃないかな、とぼくは思ったんだよね。さっき「時代性をとらえることはできない」と言ってたけど、ひょっとしたら地方都市のどこかにいまでもああいうやつらがいるかもしれない。

マヒトゥ:いるでしょ。

ね。そういうライフスタイルって表に出てこないけど、ああいうところにいるんだと。『i ai』には不器用な、世の中とうまく折り合いをつけられないひとたちに対する愛情をすごく感じたんだよね。

マヒトゥ:そこを奪い取られたら、もう自分の軸がわからなくなりますよね。世の中でいう成功とされるものだとか、あるいは逆に自殺しちゃうとかもそうで、「あの人は負けた」「人生だめだった」って烙印を押されることがあると思うんですけど、それでいえばみんな最後は死ぬし、ひとが何人集まったとかCDが何枚売れたとかで数字が積み上がったところで、いったいなんなんだろう? って疑問はつねにありますよ。なんて言ったらいいんだろ……生産性のあるものには価値があって、なにかを生み出せないものには価値がない、みたいな。けど、ヒー兄のモデルになったひとは、自分たちに映画を撮らせるところまでいかせて、いまだに影響を与えていて。それってやっぱ力があるってことだと思うし、数字でいえばただの「一」、たったひとり動かしただけなんだけど、その「一」が横の広がりだけじゃなくて縦の深いところにまで潜っていく。そういうことってメディアに載るときはないものにされてる気がするんですよ。ひとりのひとが感動したっていうことは一万人が感動したことより数は小さいかもしれないけど、ひとりの深度はたしかに存在していて。それは電子の海には乗らない、まだ翻訳しきれないものだと思ってて。それはひとが生きる上での営みにとってはすごく重要で、もちろんAIでは代替できないことだと思う。その愛おしさは、けっして器用・不器用の軸では測れない。そういうものが無価値なものだ、っていう行為を俺は全身全霊で軽蔑します。

きれいなモデルを見て「わたしもキレイになって、自分に自信を持たなくちゃ」って服を買って真似をして、でもその主導権は事務所側にある。自分がそこにいることを否定させて、資本主義と結びつけてよりお金を生み出すような流れだと思うんですよ。

印象に残っているシーンのひとつに、ヒー兄がるり姉とつきあうきっかけになった回想の場面があります。ヒー兄は初めて出会ったるり姉を前にして、ケータイもお金も海に投げ捨てる。いまの数字とか価値の話につうじるというか、型にはまらない生き方の体現ですよね。ヒー兄のモデルになった方にも、そういうところがあったんでしょうか。

マヒトゥ:ありましたよ、イーグルから聞いた話ですけど六甲山っていう山があって、心霊スポットなんですけど、そこで夜遊んでて石を持って帰ってきたんです。三日後ぐらいにそのひとと歩いてたら、ぜんぜん知らないおじさんにポンと肩を叩かれて、「石、返せよ」って言われてて。だれもいない真っ暗ななかで遊んでたのに。ヒー兄の説明にはならないけど、そういう引き寄せがたくさんあったひとでしたね。

ぼくはこの映画を一種のゲットー・ファンタジーだと思ったのね。もちろんリアリズムもありつつ、全体としてはある種のおとぎ話としてもつくられているんじゃないかなと。

マヒトゥ:なんの映画なのかってカテゴライズするのはけっこう難しいかもしれない。ただ、アートの映画にはしたくなかったんですよ。佐内さんとも最初に話したんですけど、「俺らはただ普通に撮ってもねじれるから、まっすぐつくろう」って。みんな奇をてらって、新しいカメラの技法とかいろいろトライしてると思うんですけど、そういうのは他人に任せて、自分たちは気配を撮ろうよ、と。

役者さんたちもすごくよかったです。みんな素晴らしくて、とくにK-BOMB(笑)。あの演技力!

マヒトゥ:野田さん、K-BOMB好きっすね(笑)。

(笑)いや、K-BOMBが映画デビューしたってだけでもすごいよ。

マヒトゥ:でも、森山未來さんもすごくて、「あのひとは何者なんだ……」みたいな感じで。俺はああいう「たゆたっている」ようなひとが街にとってすごく重要だと思ってて。たとえばグラフィティもただ街になにか描けばいいわけじゃなくて、あれは視点のゲームなんですよ。「こいつ、こんなところにいたんだ」っていう、「was here」のゲーム。でもグラフィティやってる友だちは最近むなしいわ、って言ってて。みんな携帯ばかり見てて街を見てない。たとえば俺の家の前にもホームレスのおじさんがいるんですけど、街の経過をずっと見てるのってそういうおじさんか、あとはカラスとかネコとかしかいないんですよ。いまはみんなノイズキャンセリングのイヤホンつけて音楽聴いて、移動中もみんな携帯を見てる。その一方で、街の観察者であり定住しない「たゆたう」存在が異なる世界へのレイヤーをまたげることは実体験としてある。だからあの役はK-BOMBさんにやってほしいなと。ただ、たまにクレームがあって、「セリフが地鳴りのように低すぎてなに言ってるか全然聞きとれない」って(笑)。俺はK-BOMBさんの声に耳が慣れすぎてるから全然聞こえるんですけど。

その話に通じるんですが、ぼくがこの映画でいちばん印象に残っているのが、商店街の入口にある道でヒー兄がおかしくなってふらふらしているときに、カップルが通りかかるところです。女性のほうが心配そうに声をかけようとしたら、男性のほうが「こいつヤバいから」みたいな感じで止める。それに対してヒー兄が「コミュニケーションとろうや」って繰り返す。そういうふうに現代では「普通」から外れた相手とのコミュニケーションを避ける状況がある一方で、逆に現代はものすごくコミュニケーションにあふれた時代だとも思うんですよ。固定電話の時代や手紙を書いて送っていた時代と違って、ケータイや電子メールがあって、さらにスマホが出てきてからはSNSがありソシャゲがありストリーマーもいて、だれもがスマホをいじっていて、コミュニケーションが多すぎる。あのヒー兄のセリフには、そういうコミュニケーションのいろんな層が重なっているように感じたんですよね。

マヒトゥ:ちなみにこの男のほうは神戸薔薇尻っていう、小林勝行というラッパーです。おもしろいひとですよ。コミュニケーションが多いっていうのはそのとおりだと思うんですけど、SNSなんかに溢れてるのは対話ではないと思ってて。対話っておなじ線上で話すことだと思うんですが、いまあふれているコミュニケーションは無数の飛び交う一方通行。俺はどちらかというと、ノイズに感じますね。SNSなんかは顕著ですけど、みんな自分が対話すべき相手のテリトリーみたいなものに自覚的で、線を引いているようなのが多い気がする。対話ってわかりあえないところからはじまるのに、カルチャーの趣味とか政治的な方向性とかでバイアスがあって、自分に都合のいいシーンがつくれる。そういうものに警鐘を鳴らす存在として、以前は街の異端がいたと思うんですけどね。絶対にわかりあえないひとがちゃんといること。政治的に押さえこめるわけではない感じのひとがいること。(『i ai』に)ヤーさんが出てくるのもそういう風景のひとつなんですけど、いまはそういうものが均一に慣らされてる感じを整頓と呼んでる。ホームレスもスケーターも街の観察者で、ほんとうはそういういろんな視点があることは豊かさなのに、対話に自分のエネルギーを割くのを省いて、楽に自分の欲しい情報だけをいかに早く手に入れるか、みたいな状況が加速している。やっぱりみんな疲れてるんだろうな。ある程度はそれでもいいとは思うんですけど、いちばん手放しちゃいけない叫びとか、人間が持ってる存在の揺らぎとか、そこまで省いていっちゃうと人間がデータになっちゃう。それらへの反逆は『i ai』に限らず、俺の全部の表現にあって。

むちゃくちゃ詰まっているよね。それをちゃんとフィクションで伝えようとしていることはすばらしいと思う。メッセージではなく、物語で伝えようとすることが。

マヒトゥ:壁にぶつかっていくというか、俺はカウンター側じゃないですか。もしかしたらもっと説明的に、もっときれいに筋を立てられるひとがいたらまた違ったのかもしれないけど、そこはべつにいいっすね。

不完全であることの生々しさもあるよね。

マヒトゥ:そうですね。いまってほんとうにみんなキレイになりすぎてて。写真とかもレタッチが施されてるし。雑誌とかでも、ここのホクロはとるけどこっちは残すとか(笑)。たとえば、すごくきれいなモデルを見て「わたしもキレイになって、自分に自信を持たなくちゃ」って服を買って真似をして、でもその主導権は事務所側にある。自分がそこにいることを否定させて、資本主義と結びつけてよりお金を生み出すような流れだと思うんですよ。でも俺は表現の目的って、そのひとがそこにいることがすべてで、それを肯定することだと思ってて。不完全な気持ちを持っていていいし、不完全であることが許されるような。それが映画や音楽、フロアに求めることでもあるし、自分がそういうものに救われてきたから、完璧を達成することにはあまり興味がないんですよね。広告っぽい映画とか広告っぽい音楽は、だれか他の広告っぽいひとがやればいい。バンドも、俺は隙が残ってる音のほうが好きですね。「こうすべきだ」っていう軸に寄せれば寄せるほど、機械がつくったものと変わらなくなるというか。「生産性だけじゃないんだ」って言ってるやつの音が嘘をついてることもよくあるじゃないですか。そういうのは俺はわかんないです。

やっぱり現代への批評性があるよ。

マヒトゥ:ムカついてるだけですよ(笑)。

だからこそ『i ai』は観てほしい映画ですよ。とくにいまの20代には観てほしい。こういう生き方も全然やっていいんだよ、アリなんだよ、ってことを言っている映画じゃないですか。しかも武骨なパンク・バンドが。あと、みんなママチャリで移動するところもいい(笑)。

マヒトゥ:あれはもう、ほんとにイーグル・タカが中学のころから使ってるママチャリで。東京にまで持ってきて使ってるやつをまた向こうに戻して使って。すごい執着があるんですよ。GEZANにはママチャリしかダメってルールがあって。バンドのルールはそれだけで、ほかはなんでもいいんですけど、チャリはカッコいいのに乗っちゃダメっていう(笑)。タイヤ太いのとかも。2ケツできるのが重要なんじゃないですか、ママチャリって。

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無音になったクラブにいる幽霊たちのステップを、コロナのときに思ったんです。そいつらの今が気になって浮かんだことばですね。それはだれかがすくいとらないと、そいつらの衝動が昇華されない。そういうイメージが “Third Summer of Love” で。

そういえば、登場人物が音楽をやっているところ以外をあまり描かなかったじゃない。一瞬、アルバイトをしてるところとかはあるけど。

マヒトゥ:アルバイトもそうですけど、じつは「家族の匂いがない」ところはこだわってます。子どもが生まれたりとかは作中にありますけどね。みんな友だちはいるけど、基本的にみなしごが集まって、新しいコミュニティをつくっているというベースがあるんです。ある種の孤独の集団というか、露骨にそれを打ち出すわけじゃないんだけど、家族の匂いはあまり出さないようにして。

ちなみに、赤に対するオブセッション、強迫観念的なこだわりはどこから来ているの?

マヒトゥ:赤には煽られつづけてるっすね。理由はわかんないけど、でもそんなもんじゃないですか? たとえば野田さんも、カレーとシチューだといまはなんとなくカレー食べたいな、みたいな自我があるわけですよね。どっちが好きかと聞かれたら、やっぱ赤かなってなる。スタイリストさんが「このシーンに、こういう服を用意しました」ってハンガーで20着くらいかけてくれるんですけど、やっぱり赤を選んじゃうんですよ。好きだから。

GEZANも昔から赤色が印象的で。

マヒトゥ:血の色でもあるし、遊廓のひとも赤いものを着ていたりするじゃないですか。やっぱなにか感情を沸騰させるような、情熱の色なんだろうなと思う。

信号のように、警告や注意喚起の色としても使われますよね。

マヒトゥ:信号も、ずっと赤ばっか見ちゃうときありますね。青になったらまた赤を待つ。

そういう格好で街を歩いているとよく見られるでしょう。声とかはかけられない?

マヒトゥ:かけられますね。あと、渋谷でタバコ吸ってぼーっとしてたら、知らない女の子が電話で「いま赤いひとの近くにいるから」って、目印にされて(笑)。「俺ここから動けねー」って、しばらくそこで待ったり(笑)。俺、GEZANをはじめる前の大阪時代に、灰野敬二さんの付き人をやってたんですよ。16、7くらいのときで、そのころも赤かったんですけど、灰野さんに見た目のことを聞いたら、「自分という現象が外の世界からどういうふうに扱われるかの実験なんだよ」って言ってて。そのときは聞き流したけど、いまなら理解できるかもしれない。だれかと対話するときって、鏡のように自分を突きつけられるじゃないですか。ポジティヴな場合もあるし、目が合わせられないこともあるし。そういう自分がいることによる波紋とか揺れみたいなものを見て、「ああ、俺の現在地ってここなんだ」って感じることはありますね。そういうものを赤が手伝ってくれてるかもしれない。

ヒー兄もその対のように描かれる久我も、子どもを残して死にます。ひとは死んでも子どもは残る、なにかが受け継がれていく、というようなメッセージを感じました。

マヒトゥ:まあ多少は輪廻の話でもあるというか。そのひとがいた形跡がいろんなものに形を変えて手渡されていくと思うんですよね。たとえば野田さんが書いた文章を、野田さんが死んだあとにだれかが読んで、べつにそのひとは野田さんの墓へ祈りに行ったりはしないけど、でも読むことで一瞬だけでも時間を共有するわけじゃないですか。それってすごくスピリチュアルなことでもある。肉体はもう介在していないのに、肉体が持つ情報以上のものがあって。とくに表現だとそれはある。自分が死んだとしても、音楽や映画とか本とか、墓よりもそっちのほうが祈りの対象になるというか、祈りたいならそっちに祈ってくれと思うし。そういうことって意外とみんな自然とやってるんですよね。そういうものが受け継がれて、身体の有無にとどまらない時間の流れがたくさんあって、それに関わることができるから俺は表現が好きだし。時計の針が一分一秒を刻んでいくわかりやすい時間もあるけど、生きてるなかではたくさんのリズムが同時進行で起こっていると思うんです。なんとなく雨が降って、なんとなく春が夏に向かっていくように、だれかが思い出になっていったり、そういうものが並走していると思うんですよ。だからその子どものことも、すべてが受け渡されてそこで終わりじゃなくて、次のチャプターに入っていくようなイメージがありますね。

主題歌が “Third Summer of Love” で、アルバム『あのち』に入っていた曲ですよね。「サード」ということはファーストとセカンドがあるわけですが、歌い出しが「拝啓 UNHAPPY MONDAYS」で、途中でイアン・カーティスも出てくる。セカンド・サマー・オブ・ラヴ~マッドチェスターに継ぐものを自分がやる、あるいはこの映画をそう位置づけたい、というような意図でしょうか。

マヒトゥ:映画のはじまりがコロナのタイミングで、ダンスが奪われた時期だったので。クラブやライヴ・ハウスのような場所にはゴーストがたゆたってると俺は思ってて。そこの照明のなかにしかいられないというか……たくさんひとがいるときは紛れ込んだその隙間でステップを踏めるけど、だれもいなくなって、音も鳴っていないしライトもついていない、どこへ行けばいいんだろう、みたいな。そういう無音になったクラブにいる幽霊たちのステップを、コロナのときに思ったんです。そいつらの今が気になって浮かんだことばですね。それはだれかがすくいとらないと、そいつらの衝動が昇華されない。そういうイメージが “Third Summer of Love” で。でも自分にとってのゴーストってダークなものではなくなってきていて、歌詞にも「天国はにぎやかそう」って一節があるけど、ほんとうににぎやかそうだなって思います。いまはまだこっちにいたい理由を増やしている最中ですけど、そっちもそっちで楽しそうじゃんって気持ちもありますね。

いまはなにかをはじめるスタートの時点でインターネットがあって、答えみたいなものもウェブ上に落ちてるんですよ。ほんとうは自分の肉体を使って、時間をかけて、自分自身で答えにたどり着いて、でも自分だけの身体でたどり着ける答えなんてたかが知れてるってことに気づいて、っていうプロセスが重要なんだけど。

『i ai』はとくに若者に観てほしい映画だと思いますが、マヒトさんにとって現在の、自分よりも年下の世代はどう見えていますか?

マヒトゥ:俺は平成元年の生まれなんですけど、学校でパソコンの授業がはじまったり、みんなが携帯を持ちはじめたり、2ちゃんねるが流行ったり、デジタル化が進むちょうどあいだくらいの過渡期を過ごした世代なんですけど、いまはやっぱりインターネットが基本だから、音楽も時系列で変化していくというより、並列化した状態でウェブ上にあるというか、流れがほとんどないというか。いまはなにかをはじめるスタートの時点でインターネットがあって、答えみたいなものもウェブ上に落ちてるんですよ。ほんとうは自分の肉体を使って、時間をかけて、自分自身で答えにたどり着いて、でも自分だけの身体でたどり着ける答えなんてたかが知れてるってことに気づいて、っていうプロセスが重要なんだけど、あまりに答えが多すぎて答え自体もほとんど意味をなさず、ただの情報になってる。時間の経過がなくて全部が並列化されてるから、答えも問いかけもデマもすべて等価値な情報として充満しているから、ものをつくったり感動したりする、そのペースが自分とはまったく違うなと思ってますね。だからこの映画もそうですけど、なにか明確な答えを提示するというよりは、揺れを大事にしてるんですよ。もちろん2時間のなかでエンディングに向かっていく流れはあるんだけど、瞬間瞬間の振動でいいというか。アートの映画にはせず青春映画でそれをやるっていうのはテーマだったかもしれないです。

いまは情報がありすぎて、ぼくからすると気の毒だと思うんだけど、でもそういうなかでみんな器用に生きてるんだろうし、嗅覚があるやつはこういうものにたどり着けるだろうし。だからマヒトくんがこういう映画をつくることはすごく意義があると思う。

マヒトゥ:逆張りですよね、それはある種の。情報が多くなってサイクルが速くなればなるほど。

こういう生き方があるということを打ち出しているのはすごくいいですよ。

そうだね、いま時代はマヒトだから(笑)。ジブリの『君たちはどう生きるか』の主人公も「眞人」だったでしょ。映画館で観てて、ここまで来たのか! って驚きました(笑)。

マヒトゥ:初日に観に行ったけど全然ストーリー入ってこなかったです(笑)。「眞人がセキセイインコになっちゃった!」ってセリフが強すぎて(笑)。

マヒトゥ・ザ・ピーポー初監督作
新星・富田健太郎に、森山未來、さとうほなみ、永山瑛太、小泉今日子ら
実力派俳優陣が集結した新たな青春映画の誕生!

GEZANのフロントマンで、音楽以外でも小説執筆や映画出演、フリーフェスや反戦デモの主催など多岐にわたる活動で、唯一無二の世界を作り上げるマヒトゥ・ザ・ピーポーが初監督を務め、第35回東京国際映画祭<アジアの未来部門>に正式出品され話題を呼んだ映画『i ai』。マヒト監督の実体験をもとに、主人公のバンドマン・コウと、コウが憧れるヒー兄、そして仲間たちが音楽と共に過ごした日々が綴られていく青春映画が誕生した。
主人公コウ役には、応募数3,500人の大規模オーディションから抜擢された新星・富田健太郎。そして主人公の人生に影響を与え、カリスマ的な存在感を放つヒー兄役には、映画だけでなく舞台やダンサーとしても活躍する森山未來。さらに、コウとヒー兄を取り巻く個性豊かな登場人物たちに、さとうほなみ、堀家一希、永山瑛太、小泉今日子、吹越満ら多彩な実力派が顔をそろえた。
マヒト監督の紡ぐ“詩”と、キーカラーでもある“赤”が象徴的に使われる、寺山修司を彷彿させる独特の映像美が融合した本作。この純文学的な味わいの作品を撮影カメラマンとして支えたのは、木村伊兵衛写真賞受賞の写真家・佐内正史。そして、美術に佐々木尚、衣装に宮本まさ江、劇中画に新井英樹など、監督の思いに共鳴したカルチャー界の重鎮たちが集結。また、ヒー兄がフロントマンを務める劇中バンドのライブシーンで、実際の演奏を担うのは、監督をはじめとするGEZANのメンバーたち。ライブハウスの混沌と狂乱が臨場感たっぷりに描かれる。

7回連続満席で大ヒット上映中! SNSでも話題で小沢健二もXで称賛
パンフ購買率、驚異の50%!グッズも売れ行き好調

3月8日(金)渋谷ホワイトシネクイントで映画が封切られると、7回連続満席を達成するロケットスタート。しかもチケット販売開始から1日も経たずに完売するほどの注目を集めている。SNSでも、マヒト監督と親交のある小沢健二が「現実とファンタジーと言うけれど、現実「も」巨大なファンタジーであること。それをご存じだから、マヒトさんとぼくは同期するのだなと思いながら、赤色と「亡くなること(ほんとうに?)」をめぐる映画を観ました。SNSの短文の不明瞭さに紛れて、重奏する、重走する時間を祝っております」と称賛の声を寄せたほか、観客からも「見て見ぬふりをしてきたいくつかの感情が剥き出しになった」「自分の過去を思い出して堪らない気持ちになる瞬間や 観てきた映画や出会った作品が必然だったと感じる作品」「またヒー兄に逢いに行く」など、単なる映画の感想にとどまらない、それぞれが“自分ごと”として語る熱量の高いコメントが続出している。また、マヒト監督監修の72ページにおよぶパンフレットは、購買率50%を記録。そのほか、TシャツやサウンドトラックCD、ステッカーなどの売れ行きも好調だ。


撮影:水谷太郎

3月9日、大強風のなかの限定ライブでは、
小泉今日子の生歌と森山未來のパフォーマンス、さとうほなみの演奏に観客涙

公開2日目の3月9日(土)、富田健太郎、森山未來、さとうほなみ、小泉今日子、そして監督であるマヒトゥ・ザ・ピーポーやバンド・GEZANが出演する公開記念ライブイベントが、渋谷PARCOの屋上広場“ROOFTOP PARK”で開催された。SNSキャンペーンの参加者から抽選により選ばれた限定120名のためのスペシャルライブ。風が吹き荒ぶなか登場したマヒト監督は、「『i ai』は、見えなくなったものとか、これから見えなくなるものについての映画です。撮影中もたくさん風が吹いていたんですが、途中から見失ってしまって。そうして風のしっぽを追っていたら、映画ができていました。『i ai』は風と海が作った映画です」と話し、「Wonderful World」と「待夢」を弾き語りで披露。
続いてライブハウスの店長役で出演した小泉今日子が登場。小泉は「私が演じた店長は、昔、バンドをやっていたという役どころ。昔のカセットテープが出てきて、この曲が流れるシーンがあるんです。映画のために作った歌です」と明かし、劇中歌「AUGHOST」をマヒト監督と共に披露した。階段上からは、シャボン玉を飛ばす森山の粋な演出も。
そして映画のエンディングを彩る楽曲「i ai」では、ドラマー(ほな・いこか名義)でもあるさとうほなみ(るり姉役)がパーカッションで参加&GEZANメンバーが演奏する中、ダンサーとしても活躍する森山未來(ヒー兄役)がダンスパフォーマンスを披露。青空に向かって手を広げ、天国から舞い降りたかのように階段を降り、圧巻の存在感とパフォーマンスでその場を掌握していくその姿は、カリスマ的な存在だったヒー兄を彷彿させる。
曲の終盤には、コウ役の富田健太郎が現れ、森山を見つめながら「わからないまま滑走した日々へ。わからないまま詩に抱かれた日々へ。わからないままコウになろうとした日々へ。『お前はエンドロールまで見ておけよ』と言った、夏のあの人へ」と渾身のひとり語りを見せる。マヒト監督が映画に込めた「エンドロールが終わっても共に生きよう」というメッセージをなぞるかのようなイベントの終幕に、観客の中からはすすり泣きの声も聞こえた。なお、この日の模様は3月20日(水・祝)にDOMMUNEでの『i ai』特別番組で初お披露目されるのでぜひチェックしてみてほしい。

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【STORY】
兵庫の明石。期待も未来もなく、単調な日々を過ごしていた若者・コウ(富田健太郎)の前に、地元で有名なバンドマン・ヒー兄(森山未來)が現れる。強引なヒー兄のペースに巻き込まれ、ヒー兄の弟・キラ(堀家一希)とバンドを組むことになったコウは、初めてできた仲間、バンドという居場所で人生の輝きを取り戻していった。ヤクザに目をつけられても怯まず、メジャーデビュー目前、彼女のるり姉(さとうほなみ)とも幸せそうだったヒー兄。その矢先、コウにとって憧れで圧倒的存在だったヒー兄との突然の別れが訪れる。それから数年後、バンドも放棄してサラリーマンになっていたコウの前に、ヒー兄の幻影が現れて……。

【CREDIT】
富田健太郎
さとうほなみ 堀家一希
イワナミユウキ KIEN K-BOMB コムアイ 知久寿焼 大宮イチ
吹越 満 /永山瑛太 / 小泉今日子
森山未來

監督・脚本・音楽:マヒトゥ・ザ・ピーポー
撮影:佐内正史  劇中画:新井英樹
主題歌:GEZAN with Million Wish Collective「Third Summer of Love」(十三月)
プロデューサー:平体雄二 宮田幸太郎 瀬島 翔
美術:佐々木尚  照明:高坂俊秀  録音:島津未来介
編集:栗谷川純  音響効果:柴崎憲治  VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
衣装:宮本まさ江  衣装:(森山未來)伊賀大介  ヘアメイク:濱野由梨乃
助監督:寺田明人  製作担当:谷村 龍  スケーター監修:上野伸平  宣伝:平井万里子
製作プロダクション:スタジオブルー  配給:パルコ
©STUDIO BLUE(2022年/日本/118分/カラー/DCP/5.1ch)

公式サイト:https://i-ai.jp
■公式X:https://x.com/iai_2024
■公式Instagram:https://www.instagram.com/i_ai_movie_2024/

渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開中!

る鹿 - ele-king

 モデルとして活動する一方、ゆらゆら帝国 “空洞です” のカヴァーで歌手としてもデビューを果たしている「る鹿」。昨秋リリースされたその最新シングル「体がしびれる 頭がよろこぶ」の7インチが7月17日に発売される。
 作詞は坂本慎太郎、作曲とプロデュースは山本精一という、豪華2名による書き下ろしの1曲。10月に出た12インチ・シングルには岡田拓郎食品まつりによるリミックスが収録されていたけれども、今回の7インチのB面ではなんと、いまぐんぐん注目度を高めている広島のエレクトロニック・プロデューサー、冥丁がリミックスを担当している。興味深い組み合わせによる化学反応、これは期待大です。

坂本慎太郎作詞、山本精一作曲・プロデュースによる、る鹿の3rdシングル曲「体がしびれる 頭がよろこぶ」と、世界のエレクトロニック~アンビエント・シーンで注目を集めるアーティスト、冥丁による同曲のリミックスをカップリングした7インチ・シングルのリリースが決定

モデルとして活動しながら、ゆらゆら帝国「空洞です」のカヴァーで2021年に歌手デビューしたる鹿。彼女が、真島昌利の楽曲提供による「遠い声」(21年)に続き、23年10月にリリースした3rdシングル「体がしびれる 頭がよろこぶ」。坂本慎太郎と山本精一という、日本のオルタナティヴ・シーンを牽引してきた二人の共作による書き下ろしで、キャッチーでダンサブルでありながらもサイケデリックな楽曲と、深遠でミステリアスな詩世界が絶妙に絡み合い、る鹿の新たな魅力を引き出している。その日本語ヴァージョンと、かつて存在した日本の情景をエレクトロニック、アンビエント、ヒップホップ、エクスペリメンタルを融合させたオリジナルな音楽で表現する広島在住のアーティスト、冥丁による同曲のリミックスをカップリングし、7インチ・シングルとしてリリースする。ホルガー・シューカイ「Persian Love」にも通じるねじれた浮遊感がたまらない冥丁のリミックスが含蓄に富んだ詩世界を増幅し、“頭がよろこぶ”こと必至。12インチに引き続き、アートワークには、1960年代からアートの最前線で作品を発表しつづける巨匠、沢渡朔による撮り下ろし写真を使用。また、4月3日より冥丁リミックスの先行配信も予定されている。

■る鹿(るか)
中国出身。2015年にスカウトされモデルとしてのキャリアをスタート。ファッション雑誌でモデルとして活動する傍ら、2021年にはビクターエンタテインメントより歌手デビュー。各界クリエイターも注目する話題曲のリリースが続き、唯一無二の存在としてアーティストとしての活動にも注目が集まる。また一児の母として、仕事と子育てに奮闘中。
https://www.instagram.com/luluxinggg

《商品情報》
アーティスト:る鹿
タイトル:体がしびれる 頭がよろこぶ
商品番号:P7-6612
フォーマット:7 INCH SINGLE
価格:定価:¥2,475(税抜¥2,250)
発売日:2024年7月17日(水)
初回生産限定盤

収録曲
A) 体がしびれる 頭がよろこぶ (Japanese)
B) 体がしびれる 頭がよろこぶ (冥丁Remix)

《ライブ情報》
UNION SODA “7th Anniv” Live
公演日:2024年4月5日(金)
会場:UNION SODA(〒810-0041 福岡県福岡市中央区大名1-1-3-201)
ACT:荒谷翔太(solo set)、る鹿
FOOD & DRINK:出張ほぐれおにぎりスタンド / cocoperi(今泉スパイスカレー)/ Hobo Beer Store / UNION SODA
時間:OPEN 19:00 / START 20:00
チケット:前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,000
※1 drink order 600円 / 全席自由 / 並び順入場 / スタンディング / ドリンク&フード持込み不可
※店頭での販売なし / お一人様2枚まで購入可
https://t.livepocket.jp/e/r1f6y
問合せ:070-5270-3937(平日11:00~18:00)
協力:bud music / Herbay / Luuna management / Cloudy

都内屈指の繁盛店の店主がその半生と裏話を惜しみなく公開!

セブン・イレブンやハウス食品など数々の企業コラボ、「情熱大陸」をはじめメディアでもつねに注目を浴びる都内屈指の繁盛店の女性店主がその裏側を惜しみなく公開!

これは飽くなきパッションと、探究心と好奇心と食欲とを持ちあわせ、どこまでも人懐っこくてやさしい1人の女性がカレーと共に駆け抜けた青春物語であり、令和の細腕繁盛記!
読んだ後は魯珈のスパイシーなカレーを食べた後のようにスッキリ。
そして活力がどんどん溢れてくる。
さあ、読むべし!
──黒沢 薫(ゴスペラーズ)

2016年大久保にオープンし、瞬く間に都内有数の行列店に上り詰めたスパイシーカレー専門店〈魯珈〉。
スパイスカレーと台湾料理の「魯肉飯」のあいがけを看板メニューに掲げ、毎回工夫を凝らした週替りメニューで人気を集める。
2023年6月に店舗移転した後もますますエネルギッシュにワンオペで店を切り盛りする女性店主がその半生を振り返り、繁盛店の裏話やノウハウを惜しみなく語り尽くします!

目次

はじめに~開店日の話~
第1章 カレーとの出会い
第2章 修行時代のこと~エリックカレーとエリックサウス~
第3章 独立へ!~「魯珈」誕生前夜~
第4章 人気店への道、あるいは行列との闘いの日々
コラム 齋藤絵理の日常
第5章 「限定カレー」という戦略
コラム 私のセルフ・メンテナンス方法
第6章 コラボは踊る1~レトルトカレー、パン、ラーメン~
コラム お店を始めて「やめた」こと
第7章 コラボは踊る2~イトーヨーカドー、そしてセブン・イレブンへ~
コラム インドで学んだこと
第8章 お店を始めたい人に伝えたいこと

[著者]
齋藤絵理(さいとう・えり)
東京・八重洲の名店「エリックサウス」にて7年間の修行ののちに、2016年に大久保に魯珈をオープン。2017年『Japanese Curry Awards』で新人賞を受賞し、開店からわずか2年で名店の仲間入りをする。「ミシュランガイド東京」にて、2020〜2023年で4年連続でビブグルマンを獲得。2019年には人気ドキュメンタリー番組「情熱大陸」で取り上げられ、注目を集める。カレー店を経営する傍ら、コンビニ商品や大手スーパー取り扱いのレトルト商品の監修も手掛ける、カレー業界が生んだスパイスの女神。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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* 発売日以降にリンク先を追加予定。

“JAPANESE DUB” Talk&DJ - ele-king

 ダブの時代です。みんなでダブを聞きましょう。というわけで、タイムリーなイベントがあります。日本を代表するレコーディング&ライヴのダブ・エンジニア、内田直之。活動開始から30年を超えて今もなお進化を続ける内田のDUBミックス、その創作の秘密を紐解くイベント。2時間に及ぶロングトークでは内田がミックスを担当した音源を聴きながらこれまでの活動を振り返る。また、DJタイムでは内田が自身の音源のみでセルフミックスを行う大変貴重な機会となる。元浅草(稲荷町)にある上質な音響空間として定評のあるミュージック・バー&カフェの102で、内田の奏でるDUBの響き、その真髄に迫る。

Motoasakusa102 3rd Anniversary
“JAPANESE DUB” Talk&DJ vol.1 内田直之編

出演:内田直之(LITTLE TEMPO,OKI DUB AINU BAND)
会場:Motoasakusa102 
   東京都台東区元浅草4-4-15
日程:2024年3月13日(wed)
開場:18:00/開演19:00(終演22:00)  
料金:¥2500- (1drink)/¥3200-(1drink+カレーセット)
チケット購入方法:完全予約制(igaken102@gmail.comへイベント参加記載の上、メールにてお申し込み下さい)

Schedule
19:00-21:00 内田直之Talk&Interview
21:00-22:00 DJ Time
23:00 Close

Presented by: Motoasakusa102


内田直之
1972年埼玉県出身。1992年よりレコーディングスタジオに勤務し、録音技術を学ぶ。その傍ら日本のRoots Rock Reggaeバンドの草分けであるDRY & HEAVYのDUBエンジニアとして活動を始める。メンバーとしてバンドに参加しライブを重ねていく中で、独学でライブPA技術を身につける。LITTLE TEMPO、OKI DUB AINU BAND、FLYING RHYTHMS 等、複数の国内DUBバンドにメンバーとして参加し、日本のDUB MUSICを発展させるべく、日々研鑽を重ねている。

攻めの姿勢を見せるスクエアプッシャー - ele-king

 スクエアプッシャー4年ぶりのオリジナル・アルバム『Dostrotime』はだいぶ破壊的だ。高速かつアシッディなブレイクビーツが爆発する先行シングル曲 “Wendorlan” が好例だけれど、アナログ機材を使用し原点回帰的な側面をもった前作『Be Up A Hello』(2020)における、素朴に音と戯れるような楽しみからは一気に反転、「電子音の暴力」なんてことばさえ思い浮かぶ。この激しさは前々作『Damogen Furies』(2015)と近い。ブレイクコア・リヴァイヴァルが起こっている昨今、こうしたアグレッシヴなスタイルはタイムリーではあるものの、彼はなぜあらためてこのような方向性を選びとったのだろうか。

 近年、アーティストの口からスクエアプッシャーの名が発せられるのをときおり見かけるようになった。筆頭は、エレクトロニックなダンス・ミュージックの分野で今日もっとも注目すべき存在といえるほどの活躍をみせているロレイン・ジェイムズだが、エレクトロニックの領域のみにとどまらず、モーゼス・ボイドJD・ベックといったジャズ・ドラマーまでもが彼の名を口にするようになっている。
 スクエアプッシャーはエイフェックス・ツインマイク・パラディナス同様、90年代のアンダーグラウンドなUKレイヴ・カルチャーから生まれたジャングル~ドラムンベースのスタイルに触発されたひとりなわけだけれど、その最大の個性は本人が凄腕のベーシストでもある点だろう。生楽器を軸にしたジャズ作品『Music Is Rotted One Note』(1998)はじめ、彼はその特技を活かしこれまでじつに多彩な音楽をつくりつづけてきた。そうした演奏家ならではの独特のセンスがもしかすると今日のジャズ・ミュージシャンたちに刺戟を与えているのかもしれない。
 吹き荒れる『Dostrotime』の電子の嵐のなかには、プレイヤーとしてのジェンキンソンの存在を随所で感じとることができる。たとえば疾走するビートのうえで彼らしい泣き節が炸裂する “Enbounce” では、ギターによるものとおぼしきフレーズがねじこまれてもいる。似た発想は “Holorform” でも試みられているし、アシッドぶりぶりの “Stromcor” でうなりまくる低音はジェンキンソンのプレイヤーとしての力量をあらためて見せつけるものだ。ドリルンベース・タイプの曲も気を吐いていて、“Duneray” や “Domelash” からは彼のルーツともいうべきジャングルへの愛を再確認することができる。振りかえれば一昨年の来日公演時、彼はデジタルなサウンドでさえもベースを用いて鳴り響かせていたのだった。あの日の曲目は未発表のものが多かったけど、ひょっとするとそのとき披露されていたのが本作のプロトタイプだったのかもしれない。
 全体的にアグレッシヴであるからこそ、逆に、もっとも耳に残るのは冒頭・中盤・最後に配置されたギターの独奏だったりもする。こちらは技巧の披露というよりも聴き手の感情に揺さぶりをかける、穏やかでセンティメンタルなタイプの演奏だ。この手の曲が収録されるのはたぶん、ベース1本でステージに立つ様をとらえたライヴ盤『Solo Electric Bass 1』(2009)以来、オリジナル・アルバムとしては『Just A Souvenir』(2008)以来ではなかろうか。戦闘的な曲と心休まる曲とのこうした同居は、まもなく20周年を迎える00年代スクエアプッシャーの代表作『Ultravisitor』(2004)を想起させもする。

 しかしまあなんでこれほど荒々しいのだろう? おなじく凶暴だった『Damogen Furies』には、当時の世界情勢にたいする怒りがこめられていた。では新作『Dostrotime』はなににたいして腹を立てているのか。
 ここ10年ほどに限ってみても、スクエアプッシャーはアイディアやコンセプトの面においてさまざまな試行錯誤を繰り返してきた。架空のバンド(2010/2017)、ロボットによる演奏(2014)、ソフトウェアの開発(2015)、ブレグジットにたいして世界各地のアーティストたちとの連帯を試みる「国境なきMIDI」(2016)、睡眠導入ヴィデオのサウンドトラック(2018)、クラシック音楽家への楽曲提供(2019)、レイヴ・カルチャーがふたたび注目を集めるようになった時代に実体験者として当時の気持ちを振りかえること(2020)、あるいはファースト・アルバムのリイシュー(2021)。
 新作のもうひとつのポイントは、リリース形態がCD、LP、ダウンロード販売のみである点だ。今回ジェンキンソンはみずからアートワークやTシャツのデザインまで手がけている。だからストリーミング・サーヴィスの排除をメッセージとして受け止め、深読みすることも可能だ。たとえばワン・タップ/ワン・クリックで音楽を流しっぱなしにすること。アルゴリズム(それは大企業の利益最大化に貢献する)による誘導に身をゆだねること。どの曲をいつどのタイミングで再生しどこで止めたか、監視されること。『Dostrotime』がもつ破壊的パワーはそうした聴き方にたいする考察をリスナーに促しているともいえるのかもしれない。
 かつて「テクノロジーに使われてしまう」ことを懸念していたジェンキンソンだ。このアルバムで彼は、音楽を聴くことが能動的な行為でもあることを思い出させようとしているのではないか。スクエアプッシャーのサウンドや演奏力が幾人かの後進たちのインスピレイション源となったように、『Dostrotime』の問題提起もまた、よりよい未来をのぞむ新たな世代への遺産となっていくにちがいない。

スクエアプッシャー自身による『Dostrotime』各曲解説 >>

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スクエアプッシャー自身による『Dostrotime』各曲解説

 トム・ジェンキンソンみずからによる『Dostrotime』の解説が到着しました。アルバム収録の12曲すべてについて本人が説明してくれています。以下、特別に日本語訳を掲載。読みながら聴いて理解を深めましょう。[編集部・3月8日追記]

1) Arkteon 1
この曲はロングスケールのエレクトリック・ギターを使って演奏した。僕は、より明瞭で伸びのある音が出る、レギュラー・タイプのエレクトリック・ギターの方が好きなんだ。サウンドは、ピエゾ・ピックアップ(※1)とマグネティック・ピックアップをミックスしたもので、Eventide H8000(※2)を使ってカスタム・プロセス録音したんだけど、今回はイコライザーとリヴァーブを少し加えた。

(※1)「ピエゾ・ピックアップとは、圧電素子を使ったピックアップのこと。エレクトリックアコースティックギターに多く使われている」(出典:https://www.digimart.net/spcl/agwords/piezo_pickup.html
(※2)Eventide H8000:「長年の実績からなるベストアルゴリズムを、高いオーディオパフォーマンスで提供するEventideのフラッグシップモデル」(出典:https://shop.miyaji.co.jp/SHOP/ka-r-072716-wa03.html

2) Enbounce
このトラックは、ヤマハCS-80やローランドV-シンセXT、ローランドTB-303のベースライン、そしてローランドTR-909とTR-707のパーカッションなど、さまざまなハードウェアのライヴ・ミックスダウンからはじまった。ギターはディストーションを与えるため、“Arkteon 1” と同じセットアップを使ってオーヴァーダブされ、一方で弦の曲がったところにリング・モジュレーション(※3)を加えるカスタム・モノシンセを作動させた。このマテリアル(素材)は、元々BBC『Daydreams』(※4)のサウンドトラックのために作られたものから引用された。

(※3)「主にシンセサイザーやエフェクターにおいて、金属的な非整数次倍音を含むサウンドを生み出すセクション(または機器)のこと」「2種類(以上)の入力に対しそれぞれの周波数の和と差を生み出すことで、ベルなどの金属的な非整数次倍音を含むサウンドを生み出すことができる」(出典:https://info.shimamura.co.jp/digital/support/2019/04/130104
(※4)BBC、子ども向け番組『CBeebies』のコーナー。

3) Wendorlan
“Wendorlan” は、2014年に『Damogen Furies』を制作するために使用したシステム4(と僕が呼んでいる)(※5)を進化させた、デジタル・システムで制作された。「Wendorlan 10月16日、日曜日」のヴォーカルは、1993年に放送されたロンドン・アストリアでのレイヴのための海賊ラジオ広告からとったもの。映像の終わりには、「“タリスマン・レッドはそれが未来への突破口だと思ったと言った” と沈むイカダの上でデヴィッド・ボウイが歌った」というテキストが流れる。これは、このビデオが完成する少し前に見た夢の中の出来事を描写している。

(※5)システム4:編集を一切おこなわずにリアルタイムでオーディオを生成すること、オーディオのマルチトラッキングも、ステムも、編集も、素材の手直しもない独自のソフトウェア・パッチのこと。

4) Duneray
この曲は『Be Up a Hello』の制作中に作ったカスタム・ゲート・リヴァーブを使っている。これは言うまでもなく、“Vortrack (Fracture Remix)” で聴くことができるんだけど、この曲はそのすぐ後にローランドTB-303(ここでは音色の多様性とポリフォニー(※6)のためにRoland SH-101と組み合わせている)を使って録音した。パーカッションが止まると、コンプレッション・スウェル(※7)がシンセ音の減少とともにバックグラウンド・ノイズを浮かび上がらせ、音源のハードウェアな側面が最後にはっきりと聴こえる。

(※6)「ポリフォニーは、複数の独立した声部(パート)からなる[……]多声音楽を意味する」(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ポリフォニー
(※7)「真空管(特に整流管と出力段にあるもの)が高い出力レベルで動作中に大きな負荷がかかった際に、回復しフルパワーに戻るのにかかる時間を指」す(出典:https://line6.jp/model-citizens/dave-hunter-whats-behind-the-sag-bias-and-bias-x-controls-in-helix-amps/)。

5) Kronmec
このトラックではメロトロンのサンプルが使われ、交互コードは微分(微調)音程(※8)でピッチアップ(調整)されている。モノシンセのベース・サウンドは、TB-303のコピーをプログラムするために僕がパートタイムで続けている取り組みの最近のイテレーション(反復)(※9)で、明らかに柔軟性を高めている。これを試したことのある人なら誰でも、矩形波に近似させるのが難しいことに同意すると思うが、パルス(波の)幅でピッチに相関したヴァリエーションを使うのは有効だ。これは、オリジナルの機械では不可能だが、ここではパルス幅が0%に向かってプッシュされているのを聴くことができる。

(※8)microtonal interval:微分音(びぶんおん)とは、音楽において半音より小さな音程を用いることで、「微小音程」とも呼ばれる。また、西洋の慣習的な調律である、1オクターブあたり12等分された音程以外の音程を使う音楽も含まれる。言い換えれば、マイクロトーンは、平均律で調律されたピアノの「鍵盤の間」にある音と考えることができる。
(※9)イテレーション:「プログラミングで終了条件に達するまで一定の処理を繰り返すこと」(出典:http://pubspace-x.net/pubspace/archives/9447)。「一連の工程を短い期間で何度も繰り返す、開発サイクルの単位」(出典:https://lychee-redmine.jp/blogs/project/tips-iteration/#:~:text=イテレーションは、「一連の工程,がしやすくなります。)。

6) Arkteon 2
この曲は “Arkteon 1” と同じセットアップを使用しているが、ギターは違う方法でチューニングされている。規則的なE-A-D-G-B-E(標準的なチューニング)を基本としており、トップのEは規則的なピッチ(音の高低)でチューニングされているが、そこから下に続く弦は微分音程(前述)を増やしてチューニングされている。特定の陽性波のところで強制的に静止させるため、トレモロ・ブリッジにGクランプを付けることにより実現した。演奏には不便だが、効果はあった。

7) Holorform
このセット(アルバム)で最も古いトラックで、オリジナル・ヴァージョンは2018年に録音され、その後昨年リミックスされた。例えば『Just a Souvenir』収録の “The Coathanger” と同じアプローチでまとめられている。基本的な手法は、インストゥルメンタルの演奏(この場合はギター・ソロ)を取り込み、段階的に処理を加え、調子を合わせて進行させることで、ライヴではありえないほど複雑かつ正確にエフェクトをコントロールするというものだ。このアプローチを推し進める確固たる意志は、僕がどのようにある種の未来的なSF音楽性(どのように音楽を作るか)を思い描いているかである。

8) Akkranen
この曲の出発点は、〈No U-Turn〉レーベルの『Torque』に収録されている “Droid” でデチューン(離調)(※10)された形で使われている有名なレイヴスタブ(※11)だが、エド・ラッシュやその類のミュージシャンが作るミニマル・アプローチを踏襲することはできなかった。他のハードウェア・ベースの作品と同様、2トラックに直接録音したので、リアルタイムの調整を一発でうまくまとめる必要があった。“Duneray” と同じゲート・リヴァーブ(前述)とTB-303の組み合わせを使っていて、特に、適切な瞬間にリヴァーブが際立つようにフィルターを正しく微調整することが不可欠だった。

(※10)デチューン:「電子音楽で、音高を微妙にずらした音を重ねて響きにふくらみを持たせること」(出典:https://eow.alc.co.jp/search?q=デチューン
(※11)「単一のスタッカート音符やコードで形成された、音楽に強いエッセンスを加えるサウンド。特にレイヴスタブとは、KORG M1のピアノ音源など著名なシンセサイザーの音色をサンプリングした、レイヴ・ミュージックに特有のもの」(出典:https://raytrek.net/dtm/voices/10min_dtm/03/

9) Stromcor
この曲はライヴで演奏するのがとても楽しくて、ベース・シュレッドが恥ずかしげもなく多少施されているが、スタジオ・レコーディングにはライヴ演奏とは異なる部分がある。“Arkteon 1” のギターに使用されたのと同じH8000のセットアップで処理され、独自に修正したMusic Manの 6弦ベースを使って録音されたのだけど、今回はH9ペダルによるリング・モジュレーション(前述)とワウペダルがフィーチャーされている。イントロではTR-909が外付け振幅エンベロープを通して処理されているのが聴こえる。

10) Domelash
“Akkranen” と同様、〈No U-Turn〉のパラノイド・ミニマリズムのヒント(影響)がこの曲をスタートさせるが、最終的にはマキシマリズムに辿り着く。“Wendorlan” と “Stromcor” にも使われている、僕が数年かけて少しずつ作り上げたカスタム・シーケンサーを使用している。とりわけこのシーケンサーは、メイン・テンポからシーケンスを切り離すことができ、その間もその切り離しをコントロールすることができるのだが、それは、冒頭部分のブレイク・プログラミングではっきりと聴くことができる。さらにカスタムのゲート・リヴァーブも全体を通して使われている。

11) Heliobat
“Arkteon 1” のロングスケール・ギターもフィーチャーされているこの曲のために、さまざまなハードウェアが少しずつ慎重にチューニングされ、プログラムされた。メロディの一部にSH-101が聴こえ、ヤマハFS1Rがポリフォニックのかなりの部分を生み出している。イントロ部分では、メジャーサード(長3度)が(イコール・テンペラメント(等分調律 、平均律)ではなく)対応するルート音(根音:コードの土台となる音)の整数比になるようなピッチ・イントネーション(※12)の形式が使われている。

(※12)ピッチ・イントネーション:「基準の音の音程の高低のことを「ピッチ」というのに対して、それぞれの音の音程の高低のことは「イントネーション」とい」う(出典:https://suiso-gaku.com/ピッチとイントネーションの違い/)。音楽におけるイントネーションとは、ミュージシャンや楽器の音程の正確さのことである。

12) Arkteon 3
この曲は、チューニングも含めて “Arkteon 2” と同じセットアップを使っている。当初はギター演奏の伴奏用に他の楽器を使うつもりだったが、最終的にはソロ曲としての方が理にかなっていると思った。“Arkteon 4” という曲もあるのだけれど、どういうわけかこのアルバムには合わなかった。何時間もかけてシグナル(信号)ルーティングやケーブルの配置、演奏ポジションなど、邪魔になるような原因を排除したにもかかわらず、ポーズ(休止)では50hzメイン(主電源)のハム(ズーという音)が聞こえる。他の “Arkteon” 曲とともに、この曲はライヴで忙しかった夏の後、22年秋に録音された。

翻訳:近藤麻美

interview with Tei Tei & Arow - ele-king

 いわゆるコロナ禍が一旦の終わりを迎えた2023年以降、ここ日本においてもナイト・ライフは復活を果たし、東京という手狭な都市には平日・休日を問わず多種多様なパーティが溢れかえっている。ただし、その姿形は2019年以前のものとは一変したようだ。

 2020年──世界中のクラブ、ライヴ・ハウスが閉鎖され、ほとんどの人が自室に縛り付けられていた、パンデミックの時代。しかし、そんな苦況でもアンダーグラウンドの水面下では新たな動きが同時多発的に発生していた。それこそがいま、2020年代の新たなクラブ・シーンを形成した発端であり、抑圧されたユースの底知れないフラストレーションと真っ直ぐな音楽愛を熱源に燃え盛っている「クラブ・オルタナティヴ」ともいえるムーヴメントなのだ。

 ラッパーが、DJが、バンドが、ひとつの空間上で交差し連帯する。シーン、ジャンル、界隈、リアル、フェイク、そんなしがらみはどうでもいい。とにかく、見たこともない景色と聴いたことのない音楽を浴びよう、場所がなければ作ろう、場所が失われることを食い止めよう。そうやって自然なクロスオーバーが各所で発生していった。そんな流れも2024年のいま、さらなる変容を遂げつつある気配がする。

 吹けば飛びそうな小さな火種をアンダーグラウンドで守り続けた立役者は枚挙に暇がないが、今回はコロナ前夜にコレクティヴ〈XPEED〉を立ち上げ、現在は(こちらもコロナ禍に誕生した)新宿のクラブ・SPACEでスタッフを務めるDJ/オーガナイザーのAROW亜浪(CCCOLECTIVE)と、中国から日本に移り快活にサイケデリック・ワールドを探検するTEI TEI(電気菩薩)の2名を証言者として迎え、コロナ禍のこと、それ以前のこと、そして未来についてざっくばらんに語った。聞き手はNordOst名義で2021年にDJとしてのキャリアをスタートしたパンデミック世代の音楽ライター・松島です。

どんどん自分でヤバいパーティ作ってみよっかな~って! 見たことないパーティ作りたいよ。(TEI TEI)

改めて振り返ると、TEI TEIちゃんは2021年のシークレット・パーティ「愛のテクノギャルズ」でデビューしてから大活躍ですね。

TEI TEI:2021年の6月ね!

TEI TEIちゃんが主催してるパーティ〈電気菩薩〉をはじめたのはいつのこと?

TEI TEI:2022年の終わりごろぐらい。だからいま1年ぐらいやってきた感じになるかな。

亜浪:1年しか経ってないんだ! スピード感ヤバいね。

サイケデリック・トランスから入って、いまはミニマル・テクノ的なアプローチになってるのもTEI TEIちゃんの面白いところで。

TEI TEI:でも、サイケから入って別の感じになっていったDJって多いと思うよ?

亜浪:その印象はあるかも。〈Liquid Drop Groove〉っていうレーベルをやってるYUTAさんのDJが好きなんだけど、インタヴューを読んでると「最初はトランスから入って、そのあとヒプノティック・テクノやミニマルに移ってった」って話をしてたし。

なるほど、そうなんだ。「サイケデリック」って冠してないジャンルにサイケ感を見出して、そっちに行くようになるってことなのかな? よりトリッピーな音を求めて。

亜浪:ちょっと大人になって……みたいなね。

2020年から今年で4年目になって、3年以上経ってるわけで。そうすると自然とみんな大人になってくだろうし、趣味も変わるしね。亜浪も、いまもう一度2020年11月に主催したシークレット・レイヴ〈PURE2000〉をやるのは難しいでしょ、初期衝動的なヴァイヴスのままだと(笑)。

亜浪:そうだね、絶対無理(笑)。

やっぱりあのレイヴに自分はすごく影響されて、DJやってみようかなと思ったきっかけでもあったし。TEI TEIちゃんはその頃からもう日本にはいたんだっけ?

TEI TEI:私、けっこう日本に来てから長いよ。もう8年ぐらいかな。最初は全然音楽のことわからなくて、「愛のテクノギャルズ」に出る前もそんな感じで。ageHaのサイケのパーティとか、富士山の麓のレイヴとかでなにも知らないけど遊んでて、誘われたからDJやってみたの。もう、本当に運命だと思う、私と音楽って(笑)。

ジャンル問わず、アンダーグラウンドと呼ばれるシーンで連帯が生まれやすかったのがコロナ禍だったよね。バンドとかラップのフィールドで活動してる人もそうだし、同じようなことがダンス・ミュージックの場でも起きていたなっていう。(亜浪)

コロナ禍で生まれた新しいクラブの動きを「ハイパー」みたいな言葉で総括することもあるけど、TEI TEIちゃんと電気菩薩はそういうシーンとは近くて遠い、よりアンダーグラウンドな場所にいたってことなのかな。僕らはあの時期、限られた遊び場を求めて自然と合流していった、というか。パンデミックがなければ、いまこうして3人で座談会をするなんて機会もなかったと思うし。具体的には2020年から2022年ぐらいまでかなと思う、シーンに点在してた人が一箇所に集まってた時期っていうのは。

亜浪:ジャンル問わず、アンダーグラウンドと呼ばれるシーンで連帯が生まれやすかったのがコロナ禍だったよね。それはライヴ・ミュージック、つまりバンドとかラップのフィールドで活動してる人もそうだし、同じようなことがダンス・ミュージックの場でも起きていたなっていう印象が強いかな。

いまはもうみんな、古巣とか実家みたいなところに戻っちゃった印象もあるけどね。

亜浪:でも、一度できたつながりが完全に消えるっていうのは、やっぱありえないからさ。たとえばシーンは全然違うけど、バンドのAge FactoryとラッパーのJUBEEがAFJBってバンドをはじめたりとか。あれはコロナがなかったら実現されなかった動きだと思うし、そのタイミングでメンバーもDJやビートメイクをはじめたりしてて。ああいうタイプのバンドがここまでミクスチャー的に動いていく、っていうのはほぼなかったんじゃないかな? もちろん、その背景にはオカモトレイジ君の〈YAGI〉みたいなパーティが入口の役割を果たしてくれてる、っていうのもあるだろうけど。

コロナ禍の時期ってとにかく表現の場が失われてみんな追い込まれてたから、既存のこだわりとか固定観念を超えた違う手段を見つける必要もあったしね。遊びに行く側も音の出る場所がなくて飢えてたところがあるし。亜浪が最初に〈XPEED〉を立ち上げたのは2019年ぐらい?

亜浪:うん、19年の10月ぐらい、コロナ前夜だね。幡ヶ谷のForestlimitからはじまって。

幡ヶ谷Forestlimit、中野heavysick zeroとかの、ライヴ・ハウス性も持ったクラブではじまったんだよね。

亜浪:そうだね、でも次第にクラブのなかだけでやるのも違うな、って思って野外でやったのが2020年の〈PURE2000〉だった。

〈PURE2000〉は、その前に同じ川崎のちどり公園でやってた〈SLICK〉の初回で体験したことに感化されて開いたレイヴだったんだよね。

亜浪:そう、〈SLICK〉の初回にめっちゃ感動して、「これを俺らでもやりたい!」って気持ちだけで動いてた(笑)。〈SLICK〉の7eさんたちに「どうやってここを借りたんですか?」とか、ゼロから質問させてもらったりして。本当に初期衝動的な感じ。

だからこそ今年の5月に電気菩薩が川崎・ちどり公園でレイヴをやるっていうのは結構感慨深いものがあって……(笑)。

亜浪:たしかにね!

TEI TEI:ありがと(笑)。そろそろDJのブッキングもしようと思ってる。やるのは24時間!

24時間やり続けるんだ!(笑)。

TEI TEI:フロアは2個ね。海側のエリアは使えないみたいなんだけど、見るだけの休憩スペースみたいにしようかな。まだ細かいことは決まってない、これからね。


2月、club asiaでおこなわれた〈電気菩薩〉のパーティ。提供:電気菩薩


2023年ごろからはベッドルームでDJソフトを触ってた子たちが集まる場としてのクラブ、っていう小さなパーティが急増した印象があって。「クラブの文脈を知らずに、フレッシュな感じでクラブを使って遊んでる」みたいなね。(亜浪)


電気菩薩のメンバーってどうやって増えていったの? TEI TEIちゃんのほかにインドネシアから来たDIV☆ちゃんと日本人のzoe、ハイテックやダーク・サイケのDJをやってるMt.Chori君、あとはダウンテンポで渋めのプレイをするOwen君(Beenie Pimp)と、パーマネントなDJは5人ぐらいだけど。

TEI TEI:メンバーは……じつは私、めちゃくちゃ適当な人だから、最初は友だちの感じで誘ってた(笑)。DIV☆ちゃんとは最初そんなに喋ってなかったけど、私のパーティに毎回来てくれてたから。zoeちゃんは私のすっごい仲いい友だちで、Chori君とはめちゃ会うんだけど、実はいまでもそんなに喋ったことなくて。Owenは私が派手なルックの子が好きだから誘ったの!(笑)

Owen君はドレッドで不良っぽいスタイルだけど選曲のセンスとかが激渋で、そういうギャップも込みでカッコいいよね。一周して、「派手さ」よりも「渋さ」をカッコいいと考えてそうな人もクラブには増えてきてる気がする。

亜浪:たしかに。新しいものは一旦拡がるところまで拡がったかな、って感じもあるし。ハイパーポップを飲み込んだ新しい音楽の流れにはまだ新しい余地はあるんだけど、もうすぐ天井が見えそうな雰囲気っていうかね。

トラップやドリル以降、日本語ラップのシーンがものすごく大きくなったのとかも関係してそうだよね。草の根的なクラブ文化と交わらなくても独立して存在できちゃうから。

亜浪:あと、コロナが明けたと言われてからすごく感じたのが、クラブの健全なイメージがさらに色濃くなったな、ってこと。自分がちゃんと東京のシーンを観測できてるのはここ7、8年ぐらいのことだけど、最初ヘルシーな感じで遊びに行けてたのが〈CYK〉のパーティとか〈YAGI〉とかで、そのあたりが入口として機能してた印象。行ってなかったけど〈TREKKIE TRAX〉とかもそういう感じだったんじゃないかなと思う。で、2023年ごろからはベッドルームでDJソフトを触ってた子たちが集まる場としてのクラブ、っていう小さなパーティが急増した印象があって。「クラブの文脈を知らずに、フレッシュな感じでクラブを使って遊んでる」みたいなね。これはこれでめちゃくちゃ面白い状況だな、とも思うけど。

一回コロナでそれまで続いてた流れが断絶したから、また新しい文脈がゼロからでき上がりはじめてるってことだよね、いまは。

亜浪:〈みんなのきもち〉とかにもそういう感じがあるかも。

彼らには独特のテック美学みたいなものがあって、先にブレインダンス的な快楽性があってから身体性にアプローチしてくような感じが強いからね。

亜浪:歴史のなかで見ていくと、縦の流れから生まれたというよりは横のつながりから自然発生的に生まれたような動きだよね。

ある種のデジタルな価値観って、いまのメインストリームな感覚になってってる気がする。だから逆にそうじゃないものを求めて、よりアンダーグラウンドで渋い感覚のあるところに向かっていくような動きもカウンター的に生まれてるのかな?

亜浪:まあ、パンデミックを経て明らかに絶対数も増えたからね。海外の人がまた入ってこられるようになってからは本当に爆発的な増え方をして、無数のパーティが毎週、毎日いろんな場所で開かれるようになったし。(コロナ期の)パーティへの飢餓感みたいなものは薄れたような気がするけどさ。


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CCCOLECTIVE #7 AROW open to lastにおけるアニメーション作家/イラストレイターのZECINによるライヴ・ペインティング。提供:CCCOLECTIVE


私たちを支えてくれたのは、もちろん日本のみなさんもそうだけど、やっぱ中国の子たち。小紅書(RED)っていう中国のインスタグラムみたいなアプリにめちゃ載せてたら、中国には電気菩薩みたいなレベルのテクノ~トランスのパーティが全然ないみたいで、文化服装学院とか東京モード学園に来てる留学生がめっちゃ多くて。(TEI TEI)

コロナ禍を経てTEI TEIちゃんとか僕とか、フレッシュな感じでクラブに面白さを見出していろいろとやってたら知らない間にDJになってたようなタイプも結構いるしね。まだ初心者マークが付いてるつもりだったけど、そうじゃなくなったのかも。単純にこの3人とも出演機会が増えたし。

TEI TEI:でも私、そんなにやってないよ。去年は66本ぐらい?

亜浪:いや、それも多い部類に入るんじゃない(笑)。

TEI TEIちゃんはとくに、一回一回がすごく大規模だったりしそうだし。

TEI TEI:野外とか多いし、そうかも。

亜浪:1回の出演で2、3日とか拘束されるわけだし、自分の持ち時間とかも多いだろうしね。

持ち時間でいうと、やっぱり東京のクラブの場合、文脈と一度切り離されたからこそショート・レングスのセット、40分以下みたいなスタイルが増えたっていうのはありそう。

亜浪:その辺の動きをSPACEのスタッフとして見てて思うのが、短いスパンでタイムテーブルを詰め込んでいくようなスタイルには課題もあるなってことで。もともとは箱ないしオーガナイザーからブッキングされて、フロアにいる人たちを楽しませて、お酒が出る雰囲気を作るような「職業としてのDJ像」があったと思うんだけど、ショート・レングスなパーティだとそこの部分が欠けてることもあるじゃん、ホームパーティ的なものの延長にあるコミュニティ的な動き方というか。コミュニティが大きくなるにつれて、それなりにしっかりした規模感のヴェニューでも通用するようになっていくと思うんだけど、そういうアプローチが通用する場っていうのはやっぱり限られるから、中の人たちのライフステージが変わっていくなかでプレイヤーの人口もまたグッと落ち込むんじゃないかな、って危惧してる。

結局のところ、現状遊びに来てくれてる人たちが飽きてしまったら終わる動きではあるし、それはたしかに課題かもね。

亜浪:もちろん否定するわけじゃないんだけど、それで経営的に成り立っているヴェニューもいまは少なくないわけで、縦の歴史的な結びつきが希薄だといつか破綻しちゃうんじゃないか、っていうのが心配。だから、さっき言ってた「渋い」じゃないけど、職人的な感じの強度にもフォーカスしていって、どちらも横断できる感性を育める土壌が作れたらクラブの経済圏と一緒に発展していけるんじゃないかな、って思うんだけど。

自分がまさに、最初期は過去育まれてきた文脈に一切目を向けないような感じだったからわかるなあ……いまは考え方を変えて、料理人とか職人みたいな気持ちでDJに臨むようになったけど。

亜浪:たとえばVENTなんかわかりやすいけど、あそこには下手なことができない空気感があるじゃん、出る側もやる側もテクノやダンスフロアの美学を尊重してるっていうか。撮影禁止だったり、一応ドレスコードがあることもあったり、と。雰囲気へのフィット感って、やっぱプレイヤー側はある程度意識すべき要素だよね。

最初はしがらみにしか感じられなかったんだけど、1~2年ぐらい経ってやっとTPO的なものがいかに大事か気づいた、遅すぎたけど。遊びに行く側としても、やっぱりそういうこだわりとか美学みたいなものが強く伝わる場所にいたいなって思うし。電気菩薩はそこのこだわりがすごく強そう。

TEI TEI:最初は西麻布のTrafficぐらいの規模でやってて、けどもうひとつ違う道を歩きたいな、って思ってclub asiaやWOMBを貸してもらったりして。私たちを支えてくれたのは、もちろん日本のみなさんもそうだけど、やっぱ中国の子たち。小紅書(RED)っていう中国のインスタグラムみたいなアプリにめちゃ載せてたら、中国には電気菩薩みたいなレベルのテクノ~トランスのパーティが全然ないみたいで、文化服装学院とか東京モード学園に来てる留学生がめっちゃ多くて。その子たちの友だちもいまは旅行でめっちゃ日本に来てるから一緒に遊びに来てくれるし、メッセージもめっちゃ来るの、「最近おすすめのパーティはある?」って。小紅書の私のフォロワーはそんなに多くないんだけど、中国のクラバーの子たちはみんな電気菩薩を知ってくれてたの。先週上海のPLAYGROUNDってクラブが私を呼んでくれたりもしたし、アジアではフレッシュなものとして見られてるのかなあ。

つまり、中国ではいま、まさにコロナ禍真っ只中の東京みたいな感じでみんな音に飢えてるような感じなのかな。熱気がすごそう!

TEI TEI:中国、実際いま電子音楽みたいなものがすごく流行ってると思う。ちょっと遅いけど、波が来てる感じ。中国で有名な『NYLON CHINA』って雑誌も、私たちのことをインタヴューしてくれたし。こういうことをやっている人は、まだ中国にはいないみたい。

亜浪:日本のDJも中国、台湾あたりにガンガン行ってるし、そういうアジアとの繋がりも今後強まっていけばいいね。

もしかするとこれから、2年半前のTEI TEIちゃんみたいに電気菩薩とかのパーティに感化されて、新しくDJになったり、音楽を作ったりする人もどんどん増えそうかなと。ただ楽しく遊んでただけなのに、そうやって道ができていくっていうのは嬉しいことだし、希望ですね。

亜浪:そういう動きはいろんなところで起き続けてそう。音楽に限らず、東京って狭くて広い街だから。クラブ・シーンってひとくくりにするにはあまりに広大すぎるし。

そのなかでも、よりアンダーグラウンドで音楽とクラブを本当に好きな人が集まってる場にやっぱり惹かれるよね。コロナ禍の異様な熱量ってやっぱり、現場への飢餓感があったからだと思うし、逆にいまは飽食の時代というか。これだけパーティが増えたのは素晴らしいことだけど、その分いろいろな場所を足で探さなくても自分にフィットする環境がすぐ見つかっちゃうから、広すぎるシーンの一角しか捉えられなくなっていくのかな、とか懸念があって。

亜浪:飽食の時代か(笑)。そういえば、自分の周りのクラバーは今年カウントダウン・イベントとかにも全然行かず思い思いに過ごしてたし、ある程度遊んできた我々世代はもうお腹いっぱいって感じなのかもね。

今年を堺に次のタームに突入しそうだよね。好きなものに飽きてきたら自然と自分で作ったり、別の場所を探したりするようになると思うし、ここ数年のトレンドが肌に合わなかった人は流れを変えたいと思ってるはずだし。

TEI TEI:私も、ちょっと飽きてきた(笑)。でも飽きたから、どんどん自分でヤバいパーティ作ってみよっかな~って! 見たことないパーティ作りたいよ。

そういえば、亜浪は新宿のSPACEで働いてどれぐらい経つんだっけ? 2021年のオープンから今年で3周年になるけど、新宿二丁目エリアに近くて繁華街と少し距離がある立地の感じとか、流れる音楽の多様性とか、ポップなデイ・パーティとディープなナイトタイムが共存してる感じとか、個人的には幡ヶ谷のforestlimitの次ぐらい好きな場所になりつつあるんだけど、そんなクラブでスタッフとして過ごしてみてどうだったかな。

亜浪:もうちょいで1年かな。感想か……疲れた!(笑)。単純に夜勤って体力的な消耗がヤバくて、遊びに行く感じとはまた違う話でさ。もちろんやりがいはあるけどね。あと、パーティを観るときの視点が良くも悪くも変わったかな。裏方の人の表情とかを観てその日がどういう雰囲気かを察せるようになったり、パーティの構成要素を隅から隅までチェックするようになったり。いままではタイムテーブルとかフライヤーの質感とかがパーティを構成する主要素だと思ってたけど、PAのオペレーションや箱の導線とか、いろんな物事が複雑に混ざりあってムードができてるんだな、ってことも知れた。

オーガナイザーがこだわってる部分が人それぞれで異なるからこそ、同じクラブでも日によってまったく違う景色が広がってるっていうのはあるかも。もちろん統一感がある場も最高だけど、同じ空間でおこなわれる表現で空気が一新されるような場所ってやっぱ好きだな。電気菩薩はその点、世界観づくりにすごくこだわってる印象なんだけど、どうでしょう。

TEI TEI:電気菩薩は、もう本当に出てくれる人が自由にやりたいことをやってほしい感じ。私、すごく適当な人だよ(笑)。毎回いい空間ができてることにすごいびっくりしてるぐらいだし。前回はSMパフォーマンスのお姉さんが出てくれて、私はどんなパフォーマンスなのかあんまり知らなかったんだけど、ロウソクを垂らしたりとかしてて(笑)。でもなんか、それも電気菩薩っぽかった。不思議!


2月、club asiaでおこなわれた〈電気菩薩〉でのダンス・パフォーマンス。提供:電気菩薩

電気菩薩は、もう本当に出てくれる人が自由にやりたいことをやってほしい感じ。前回はSMパフォーマンスのお姉さんが出てくれて、ロウソクを垂らしたりとかしてて(笑)。(TEI TEI)


電気菩薩に誘われた人たちが、無意識的にその空間に寄り添うようなパフォーマンスを寄せるでもなく自然体でやってくれてる、ってことなのかな。それってすごく理想的なパーティでカッコいい……。

TEI TEI:ね(笑)。いい空間が毎回ちゃんとできあがってくれて、ほんとにすごいなって思う。最初のころから出てくれてる友だちとかも、どんどんいい感じになってくれてるし。すっごい嬉しい!

パンデミックが一応終息して思ったのが、配信イベントとかの時期を経てVJや映像みたいなヴィジュアル面での表現とか、音以外のクラブを構成する要素の地位が上がったかもな、ってことで。アーティストと音が絶対的、みたいな力関係が崩れたような気がするんだよね。

亜浪:それは良いことだったかもね。フライヤーデザインだったり、会場のポップアップとか展示だったり、いままでサブ扱いされてた要素とその作り手も出演者だよ、ってパーティは少しずつ増えてってるような気がする。というか、そもそもDJも裏方であって、空間それ自体をみんなで作り込んでく、っていうのがクラブ像として昔からあったわけだし、若い世代のシーンも徐々に然るべき形に洗練されてってるのかな、とも。

尊重されるべきはフロアそのもの、というかね。自分含め、ライヴがなくなったからクラブに行きはじめたって感じのお客さんが多かった時期は、やっぱりDJもライヴ・アクトのような感じで観に行く人が多かったと思うんだけど、それだけじゃないっていうのは多くのユースが理解しはじめたのかな。

亜浪:いま(2023–2024)の感じがクラブ原体験になってる人たちが長く遊び続けてくれるかどうかの分かれ目って、自分の好きな物事以外の領域に、いかに興味を持ってもらえるかってことだなと思ってて。私がSPACEで毎月の最終水曜にやってる〈CCCOLECTIVE〉のブッキングは、とにかく人を見て決めてるところがあるんだよね。「この人とこの人がいたらこういうお客さんが楽しんでくれそうだな」っていうのをなんとなく予想して、そこと交わってないけど相性が良さそうなアーティストたちを違うフィールドからそれぞれ呼んでみて、出演者にもお客さんにも刺激を与えられたらいいな、って感じで。ただオルタナティヴな場所を目指すんじゃなくて、未来に繋がっていくようなパーティにしたい。


CCCOLECTIVE #7 AROW open to lastにおける空間演出。提供:CCCOLECTIVE

ただオルタナティヴな場所を目指すんじゃなくて、未来に繋がっていくようなパーティにしたい。(亜浪)


本当の意味でハブになるような場所を作ってくれてるわけなんだ。

亜浪:うん、交わってなさそうで交わってなかったところを繋いでいきたい。

いま各シーンで起きてることは、距離こそ近くても足がかりがないから今後ますます離れ小島みたいな感じになっていくんじゃないかな、ってちょっと心配してて。だから、そこに橋を架けてコミュニティ同士に連帯が生まれていけばいいな、と願うばかりです。音楽が好きで、クラブが好きなのはたぶんみんな同じだし、別に現場的な物事が好きじゃなくても、「ちょっといいかも」って思ってもらえたらいつかは合流できるはずだよね。

 

プロフィール

AROW 亜浪(CCCOLECTIVE)

DJ/オーガナイザー。新宿SPACEスタッフ。旧名Ken Truth時代にはSUPER SHANGHAI BAND、Usのフロントマンとして活動し、ロックとクラブ/レイヴ・カルチャーを横断するコレクティヴ〈XPEED〉を2019年に立ち上げ、2020年代の新たなオルタナティヴを創り上げた。2021年に改名し、現在はDJを主としたパフォーマンスを展開する。
2022年末に始動した〈CCCOLLECTIVE〉は、有機的な繋がりを持ったオープンな共同体を通じ、参加者に精神の自由をもたらすことを目標として掲げている、自由参加型のクリエイティヴ・プラットフォーム。これまで『Orgs』と題したパーティを昨年12月に下北沢SPREAD、今年4月には代官山SALOONにて開催。また、2023年8月からは毎月最終水曜日の深夜に新宿SPACEにて同名を冠したパーティを定期開催中。シーンを牽引するアーティストらを招き、実験と邂逅の場の構築を試みている。
https://www.instagram.com/917arow/
https://www.instagram.com/cccollective22/

TEI TEI(電気菩薩)

中国・北京より日本・東京にやってきたヒプノティック・サイケ・ギャルDJ。サイケデリクス表現を通過し、現在はテクノを主とした先鋭的でディープな音楽をジャンルレスにプレイ。母国文化や仏教的な美学など、汎アジア的な感覚をカオティックに表現するパーティ〈電気菩薩〉主宰。Re:birth、Brightness、EN Festival、ZIPANG Festival、和刻など全国各地の大規模野外レイヴに出演する傍ら、日々首都圏のディープなクラブ・シーンに硬質な華を咲かせている。
https://www.instagram.com/teitei08056/
https://www.instagram.com/denki.bodhisattva/

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