「S」と一致するもの

Sequoyah Murray - ele-king

 アトランタといえばいまじゃトラップのいわば聖地だが、セコイア・マーレイ(Sequoyah Murray)を虜にしたのはグライムスだった。そして彼はエレクトロニック・ミュージックに興味を抱き、地元のDIYコミュニティや即興/ジャズのシーンに出入りした。マーレイが今年の5月に〈スリル・ジョッキー〉からリリースしたデビューEP「Penalties Of Love(恋の罰)」は、“黒いアーサー・ラッセル”としてこぞって評価されているが、22歳になったばかりの若者の才能には、もっとさまざまな感覚が詰まっているという点において自由で、魅惑的かつ新鮮であることが先日リリースされたばかりのファースト・アルバム『Before You Begin』によって明らかになった。
 3オクターヴほどの音域を行き来しながら、バリトンヴォイスを自在に操るマーレイのヴォーカリゼーションは、ありし日のビリー・マッケンジーのようである。たしかにアーサー・ラッセル風だった「Penalties Of Love」とはまた違って、『Before You Begin』はグライムスの影響から来ているのであろうシンセポップ風の曲もあることも一因となって、色気と荘厳さを兼ね備えたマッケンジーを彷彿させる。つまり、イヴ・トゥモアがデヴィッド・ボウイならこやつはロキシー・ミュージックだ。恋がはじまったら、やがて終わりゆくであろうその甘美な時間は、しかし終わってはならない、断固として。

 両親ともに音楽家で、家にはプロのドラマーの父が作ったスタジオがあるという恵まれた環境で育ったセコイア・マーレイはポップスも大好きで、とくにビヨンセのファンであることを公言している。終わってはならない甘美な時間はポップスの本質でもあり、本作においてはミルトン・ナシメントとトロピカーナからの影響もあるそうだ。色気に満ちた声と実験性のあるポップ・サウンド(ゴスペル、アフロ、ラテン的サイケデリア)との素晴らしい結合は、この先大きな舞台にも昇りそうではあるが、ある記事によると今年ベルリンでマイク・バンクスに感銘を受けたというから、この若者はまだまだいろんなものを吸収していきそうである。
 近年はOPNであるとかローレル・ヘイローであるとか、ドレイクやジェイムス・ブレイクもしかりだが、ゼロ年代後半に脚光を浴びはじめた人たちもすっかりベテランと呼べるような年になって、そして同時に今後10年に重要な働きをしそうな若い世代が出はじめている。が、それにしても“Penalties Of Love”はキラーすぎる。

プライベート・ウォー - ele-king

 国境なき記者団(RSF)の発表によるとシャルリー・エブド襲撃事件が起きた15年に世界中で殺害されたジャーナリストの数は110人に及び、紛争地以外でジャーナリストが殺されるという傾向はこの年から強くなったという。昨年はトルコの領事館でサウジアラビアのジャマル・カショギや、ブルガリアでEUの不正会計を調べていたビクトリア・マリノバと同じくスロバキアのヤン・クツィヤクが殺され、アメリカでもキャピタル・ガゼット紙が襲撃されるなど殺害されたジャーナリストの数でアメリカが世界第5位に入るという現象まで起きている。それ以前はやはり戦場や紛争地帯が主な殺害場所であった。世界中で88人のジャーナリストが犠牲になったという12年は圧倒的にシリア、そして、ソマリアとパキスタンでジャーナリストの多くが亡くなり、そのなかのひとりである英サンデー・タイムズの特派記者メリー・コルヴィンがシリアで死亡するまでを追った伝記映画が『プライベート・ウォー』である。彼女は明らかに戦争中毒だった。レバノン、イラク、チェチェンと紛争地帯を渡り歩き、86年と11年にはカダフィ大佐への取材に成功している。

 タミール・タイガーと接触するところから話は始まる。MIAの父親が指導層にいたことで知られるスリランカの武装グループであり、この時、銃撃戦に巻き込まれたことでコルヴィンは左目を失う。なかなか痛ましい始まりではあるものの、カメラが彼女の内面や葛藤に踏み込んでいく気配はない。コルヴィンに引っ張り回されて、いつのまにか自分も戦場に立っているような気がしてくる撮り方が続く。それこそキャサリン・ビグローがアカデミー賞をゲットした『ハート・ロッカー』(08)がイラク戦争を批判する目的で戦争中毒を扱ったのに対し、戦争そのものに深く考察を加える様子はなく、映画の主題はあくまでもジャーナリズムの意義に当てられている(監督自身は「ジャーナリズムへのラブレター」とコメントしている)。そして、それも、哲学や思想が彼女の戦争中毒を飾り立てるわけでもなく、なんというのか、「こんな女性がいたよ」といったクールな捉え方で、良いも悪いもなく、必要以上に心を揺さぶろうとする場面も差し挟まれない。メリー・コルヴィンの行動を広くパブリックに問うものではないという意味で『プライベート・ウォー』というタイトルにしたということなのだろうか。だとすれば、それこそ安田純平を巡って激しく巻き起こった自己責任論に直結してしまうタイトルである。

 2年後、コルヴィンはイラクにいる。大勢の人々がクエート人の遺体を掘り返している。サダム・フセインが処刑を実行したかどうかを確かめるためで、予想通り遺体は発見され、遺族たちは大きく泣き崩れる。これもコルヴィンのスクープとなる。ロンドンに戻ったコルヴィンはPTSDと向き合うことになり、治療のために入院するものの、作品のトーンは変わらない。戦場にいる時とまったく雰囲気が切り替わらない。マシュー・ハイネマン監督は「彼女の人生はゆっくりとコントロール不能なスパイラルに陥ってしまった」と表現している。そして、それは監督自身が麻薬カルテルや戦争ドキュメンタリーなどを重ねて撮ってきたことで「奇妙なスリルを感じ、心に闇が宿るような体験をしたこと」に通じるものがあると話している。そう、ハイネマンはシリア内戦を扱った『ラッカは静かに虐殺されていく』(17)というドキュメンタリー映画で大きな注目を浴びた監督であり、同作はハリウッド・セレブたちにある種の熱狂を呼び起こしたと伝えられている。そして、そのハイネマンが初めて手掛ける劇映画のプロデューサーに就任したのがシャーリーズ・セロンと、主役のメリー・コルヴィンを演じたのはロザムンド・パイクだった。セロンがフュリオサ大隊長の役で砂漠の大戦闘を繰り広げた『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(15)はいまだ記憶に新しい。パイクも『ゴーン・ガール』(14)のことばかり言われるけれど、『プライベート・ウォー』の前には『ベイルート』(18)でやはりレバノン内戦を扱った映画に出演し、ヴァニティ・フェアに『プライベート・ウォー』の元になる記事が掲載されてから、コルヴィンにずっと興味を持っていたというのである(またしてもヴァニティ・フェア!)。ハイネマンも、セロンも、パイクもいわばコルヴィンと同じ「コントロール不能なスパイラル」に足を踏み入れているのだろう。彼らだけではない。コルヴィンが再びアフガニスタンの地を踏んだ時、観客も少なからず気分が落ち着いたのではないだろうか。戦場が非日常には感じられない空気があるとしたら、この作品は少なくともそれを表現することには成功している。戦場が怖くなくなってしまう感覚はクライマックスをクライマックスと感じさせない流れをつくり出していく。

『プライベート・ウォー』とは関係なく、続けて『ハミングバード・プロジェクト』を観に行った。監督のキム・グエンは題材の見つけ方がユニークで、彼の名前だけで僕はいつも観てしまう。とくに『魔女と呼ばれた少女』(12)は近年、アフリカを舞台にした映画ではベストに思えた作品である。ゼロ年代と比べて大作も減り、アフリカに対するヘンな幻想が再燃しているなか、同作が運んできた現実とファンタジーの融合は実に斬新だったし、続いて北アフリカのパイプラインをデトロイトの管理会社がモニターで監視するという『きみへの距離、1万キロ』(17)にはグローバリズムを生々しく体感させられ、奇抜な設定だけで呑み込まれてしまった。遠い距離を移動することがグエンの作品に共通するテーマのようで、それは『ハミングバード・プロジェクト』でも順当に繰り返されている。今度はニューヨークからカンザスまで地下ケーブルを引く話である。実話を元にしていて、それだけといえばそれだけ。株取引のために通信の速度を上げるのが目的で、「0.001秒の男たち」という副題は、観ていると、あーなるほどと思えてくる。ジェシー・アイゼンバーグ演じるヴィンセント・ザレスキは証券会社で働きながら地下にケーブルを引くことで飛躍的に株取引のスピードを早められると考え、アレクサンダー・スカルスガルド演じるシステム・エンジニアや投資家の大御所を口説いて大掛かりなプロジェクトを秘密裏にスタートさせる。この計画にサルマ・ハエック演じる社長のエヴァ・トレースが気づくかどうか。株取引のスピードを上げることに関してはトレースもかなり汲々としたものがあり、彼女は終始一貫、鬼のような経営者ぶりを見せる。『プライベート・ウォー』が戦争中毒なら『ハミングバード・プロジェクト』はまさに資本主義中毒である。戦争中毒と違って、資本主義社会に生きている者なら誰もがコントロール不能なスパイラルの入り口には立たされているわけで、その果てにいる人間たちを『ハミングバード・プロジェクト』は映し出していく。

 原作は、『マネー・ショート』(15)や『マネー・ボール』(11)を書いたマイケル・ルイス(今度はヴァニティ・フェアではなかった)。高速取引の実態を暴いた『フラッシュ・ボーイズ』(文藝春秋)がアメリカで刊行されると、株の高速取引は違法になったといい、これはこれでジャーナリズムのパワーを再認識させられるエピソードといえる。株の高速取引というのは、誰かが株を買おうとして発注をかけると、その株を買い終わる前に、対象となる株と同じ株を安く仕入れて、その株を掴ませてしまうことである。いってみれば時間を止める薬を手に入れて、自分の都合のいいようにパッパと株の配置を替えて、利益を上げるようなものである。それを回線の速さとアルゴリズムで実現していく。『ハミングバード・プロジェクト』が描くのはそのようなインフラ・マジックで、法律ができる前に新たな稼ぎ方をひねり出すという意味ではフロンティアの開拓である。日本の新自由主義者たちは既得権益を攻撃し、政府に規制を緩和させてビジネス・チャンスを得ようとするものが大半だろうけれど、この作品で展開されているのは誰かの分け前を分割して自分のところに引き寄せるのではなく、何もなかったところからお金を生み出そうという精神といってもいい。そして、キム・グエンが果たして、彼らをどのように描いているかというと、ハイネマンが描いたメリー・コルヴィンと同じように「この人は生きた!」という満足感を伴ったものになっている。彼らのやっていることにまったく否定的ではないし、ある種の青春映画のようなムードさえ漂わせている。そう、『プライベート・ウォー』と『ハミングバード・プロジェクト』を2本立て続けに観て、何かの中毒ではない僕はまるで「生きていないのではないか」という思いが残るほどであった。なんというか、自分を見失いそうである。

 ちなみに『プライベート・ウォー』の主題歌はアニー・レノックスが手掛けている。この作品を観て。彼女は8年ぶりに曲を書いたという。


『プライベート・ウォー』予告編

『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』予告編

Telefon Tel Aviv - ele-king

 なんてエモーショナルなエレクトロニック・ミュージックなのだろうか。悲しみがある。希望を求める感情がある。夢の中を生きている浮遊感覚がある。現実の都市をスキャンするような緊張感も漲っている。死がある。そして再生がある。

 テレフォン・テル・アヴィヴ、10年ぶりの新作アルバム『Dreams Are Not Enough』を聴いたとき、私はそう感じた。『Dreams Are Not Enough』は壊れかけた電子音とビートとヴォイスによる都市と人のいまと心を彩るサウンドトラックであり、「夜」のムードが濃厚なアルバムである。われわれは、いま、喪と悲しみが横溢する「夜の時代」を生きている、とでも告げるように。
 もちろんかつてのテレフォン・テル・アヴィヴも十分にエモーショナルだったわけだが、本アルバムではさらに深まった。10年という歳月は大きい。ジョシュア・ユースティスの盟友チャールズ・クーパーの死が深く関係しているのかもしれない。

 2009年にチャールズ・クーパーがこの世を去って、ジョシュア・ユースティスひとりとなったテレフォン・テル・アヴィヴは活動を停止した。最後にリリースしたアルバムは2009年のサード・アルバム『Immolate Yourself』だった。
 2001年、ニューオリンズ出身のジョシュア・ユースティスとチャールズ・クーパーは、テレフォン・テル・アヴィヴのファースト・アルバム『Fahrenheit Fair Enough』を、シカゴの〈Hefty Records〉からリリースした。細やかなグリッチと電子音響による00年代以降のサウンド・プロダクションと、デトロイト・テクノのエモーショナルさ、ハウス・ミュージックのエレガントさを併せ持ったトラックは、世界中のIDMファンの耳を虜にし、彼らは一躍、ゼロ年代初頭=「エレクトロニカの時代」を象徴するユニットになった。ちなみに『Fahrenheit Fair Enough』がリリースされるまでの経緯は2016年に〈Ghostly International〉からリイシューされた『Fahrenheit Fair Enough』のライナーノーツに詳しい。
 2004年、〈Hefty Records〉からセカンド・アルバム『Map Of What Is Effortless』をリリースした。ヴォーカル・トラックを中心としたシルキーなIDM/R&Bといった趣の曲を収録し、このアルバムも多くのファンから愛されている名盤である。
 2009年、チャールズ・クーパー存命時のラスト・アルバムにしてサード・アルバム『Immolate Yourself』を発表する。アナログ・シンセサイザーの音などを盛り込み、新たな可能性を模索しだ意欲作だった。しかしその直後、チャールズ・クーパーが亡くなった。テレフォン・テル・アヴィヴは活動を停止した。

 むろん、ジョシュア・ユースティスは音楽活動を停止したわけではない。ソロ・ユニットであるサンズ・オブ・マグダリーン、2013年のナイン・インチ・ネイルズのツアー参加など積極的に動いていたように記憶する。近年もヴァチカン・シャドウとのコラボレーションやビロングのターク・ディートリックとのユニットであるセコンド・ウーマンなど、インダストリアル/テクノ以降ともいえる10年代の先端音楽の領域に介入するなど、その手を休めたことはない。
 特に〈Spectrum Spools〉からリリースされたセカンド・ウーマンの二枚のアルバムは、グリッチ以降の電子音響をモードなムードの先端音楽へと変換させた決定的な作品であった。テレフォン・テル・アヴィヴ『Dreams Are Not Enough』のサウンドには、どこかセカンド・ウーマンのサウンド・マテリアルを継承する面があるように感じられる。セコンド・ウーマンの活動がテレフォン・テル・アヴィヴ再起動に影響を与えているのではないかとも推測してしまうほどに。
 じじつ、セカンド・ウーマンのファースト・アルバム『Second Woman』が〈Spectrum Spools〉からリリースされたのは2016年で、廃盤になっていたテレフォン・テル・アヴィヴのアルバムが〈Ghostly International〉からリイシューされ、テレフォン・テル・アヴィヴ復活へと動き出した時期も2016年だ。2017年もセカンド・ウーマンは新作アルバム『S/W』をリリースし、テレフォン・テル・アヴィヴはライブ活動をおこなう。このふたつのプロジェクトは10年代後半において並行して走っていた。共通するサウンドを感じられるのは当然かもしれない。

 ではなぜテレフォン・テル・アヴィヴなのか。盟友がこの世から去り、ひとりとなったテレフォン・テル・アヴィヴは「テレフォン・テル・アヴィヴ」として存在できるのか。2014年にリリースしたチャールズ・クーパーと亡くなる直前に完成させた曲も含まれていたサンズ・オブ・マグダリーン『Move To Pain』は、テレフォン・テル・アヴィヴを継承するサウンドを展開していたがテレフォン・テル・アヴィヴ名義ではない。となれば10年代中盤以降のテレフォン・テル・アヴィヴの復活は、ジョシュア・ユースティスが死という喪失を受け入れ、テレフォン・テル・アヴィヴを再生するための儀式といえなくもない。
 つまり『Dreams Are Not Enough』の収録曲はソロ作品や他ユニットのものではなく、テレフォン・テル・アヴィヴの作品なのだという確信にジョシュア・ユースティスが至ったのではないかと想像するのだ。ゴーストのようにトラックの中を徘徊し浸透するヴォイス(極端に加工されている)と幽玄な電子音の交錯を聴くとそんなことをつい考えてしまった。

 アルバムには全9曲が収録されているが、どの曲も亡霊が真夜中の都市を徘徊するような緊張感が漲っている。中でも M2 “a younger version of myself,”と M3 “standing at the bottom of the ocean;”は本作を代表する曲だ。クラッシュするような電子音と透明なヴォイス、断続的に鳴らされるビート、全体を包み込む密やかな刺激と静かなアンビエンスのバランスが奇跡のように美しい。“a younger version of myself,”はリード・トラックでありMVも作られた。エドワード・ホッパーの夜の街を思わせる映像も本作のムードをよく表現している。

 M4 “arms aloft,”も軋むようなグリッチ・ノイズと霧のようなヴォイス/ヴォーカルにアトモスフィアなアンビエント/アンビエンスが交錯する。曲の終わりではすべてが溶け合ったようにアンビエント/ドローンへとカタチを変えていく。
 M5 “mouth agape,”では前曲を継承するようにアンビエント/ドローンで幕を明けるが、うっすらとした声が重なり、サウンドもまた闇から光が溢れるように変化する。この流れが非常にエモーショナルだ。M6 “eyes glaring,”と M7 “not seeing,”もさまざまなサウンド・エレメントが融解したようなアンビエントな曲。ここでは声がまるで讃美歌のようにサウンドが溶け合っている。おそらく“arms aloft,”、“mouth agape,”、“eyes glaring,”、“not seeing,”の4曲は組曲的な扱いではないか。アルバム冒頭で提示された“a younger version of myself,”と“standing at the bottom of the ocean;”のサウンド・フォームとエレメントが融解し、聴き手の意識の深いところで音が作用するような感覚を覚えるのだ。まるで瞑想への誘いのように。
 続く M8 インダストトリアルな“not breathing,”で、リスナーは心地良いインナースペースから目を覚まさせられることになるだろう。このハードなエレクトロ・トラックを経てアルバムは再び現実へと回帰し、穏やかにして不穏な M9 “still as stone in a watery fane.”で、終局を迎える。

 こうしてアルバムを聴き進んでいくと、『Dreams Are Not Enough』は、この10年あまりにジョシュア・ユースティスが経験したふたつの死(親しい友人と父親の死)への思いが込められているように感じられた。喪失と再生のように。そんなパーソナル/エモーショナルさゆえに本アルバムの曲たちは、セカンド・ウーマンでもなく「テレフォン・テル・アヴィヴの曲」である必要があったのだろう。個人的であることは大切な他者を心の中に思い続けること意味する。そう、『Dreams Are Not Enough』には、ひとりの音楽家の新たなはじまりが刻み込められている。

Looprider - ele-king

 『バンドやめようぜ!』でお馴染みのイアン・F・マーティンのレーベル〈Call And Response Records〉の新たなリリースは、東京ストーナー・ロックの新世代、Looprider(ループライダー)が待望の新作『Ouroboros(ウロボロス)』。ベースレスの3人編成となったLoopriderの新境地は、メロディアスな側面が際立っており、Borisの面影もちらほら。ぜひ注目して欲しい。
 なお、アルバムのリリースにともない、9月22日(日)に東高円寺二万電圧でリリース記念イベントの開催も発表。ゲストアクトとして Melt-Banana、GROUNDCOVER.、P-iPLEが出演。東京のアンダーグラウンドなノイズ・ロック・シーンを体験しよう。

アーティスト: Looprider
タイトル: Ouroboros
発売日: 2019.10.02 on sale 品番: CAR-49
価格: 2,000円 (税抜)
レーベル:C​all And Response Record
https://callandresponse.jimdo.com/
https://looprider.com/


リリースイベント

2019.9.22 (Sun)
東高円寺二万電圧

Call And Response Records presents Looprider “Ouroboros” Release Party
Open: 18:00
Start: 18:30
Adv: 2,500円+1 drink
Door: 3,000円+1 drink
Acts: Looprider, Melt-Banana, GROUNDCOVER., P-iPLE

Have a Nice Day! - ele-king

 Have a Nice Day!のライヴはすごい。“FOREVER YOUNG”であらゆる場所をパーティ・フロアに、“FAUST”でオーディエンスを昇天させる。2011年新宿のアンダーグラウンドを拠点に活動を開始、数年のうちにわずか数人のフロアからZEPPまで駆け上ったHave a Nice Day!の原動力となったそれら代表曲が新録音でアナログ発売。
 カップリングは日本のパーティ・シーンにおけるバレアリック・スタイルのオリジネイター、YODATAROと東京のハウス・シーンを20年渡って牽引してきたSugiurumnによる本格的フロア・リミックスを収録。世代を超えて、ダンスしよう。
 

7インチの先行予約受付中!
FOREVER YOUNG
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国府達矢 - ele-king

 前作『ロックブッダ』(2018年)が、あのすばらしい『ロック転生』(2003年)のその先を見つめた身体のアルバムであったならば、この『スラップスティックメロディ』と『音の門』は精神のアルバムである。もちろん、心身二元論をうんぬんしたいのではなく、ひとつのたとえであり、整理のしかただと思ってほしい。

 「コブシを回して歌ったほうが身体が喜ぶ」「頭の中が真っ白になった時に、アジア的な旋律が突然生まれた」「意識していないところでそうした音楽が肉体に刻み込まれていたのかもしれない」「アジア的なものに立脚して音楽を考えてみようと思い付いた」と、『ロックブッダ』の制作について国府達矢は語っている(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/17323)。BAD HOP が言うところの「内なるJ」ではないけれど、国府はおそらく、それよりもべつの視点と深度で自身の身体に埋め込まれた非意識的なものへと向き合った。極東の島国にうまれ、生きる者として避けがたくある、なにかに。そうした対峙が、独自のグルーヴと奇妙な拍節感をともなったリズム、旋律、節回しであらわされたロック・ミュージックへと、13年がかりで実を結んだのが『ロックブッダ』だった、と。

 対して、この『スラップスティックメロディ』と『音の門』は、『ロックブッダ』の制作過程で「廃人」となり、完全なる「鬱」状態のなかで副産物のように生まれたアルバムだという(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/22921)。

 うつ、ひいてはメンタルヘルスの問題というのは、いま、とにかくトピカルで、アクチュアルなものだ。(ある種の映画や小説とはちがって)音楽の世界では、どうも作り手がそれをオープンにし、共有することで聞き手を勇気づけよう、エンパワメントしよう、という論調になりがちで、それが求められているきらいさえある。それを否定したいわけではないけれど、それに窮屈さを感じる瞬間もある、とわたしはおもう。なにもやる気が起きない、だるくて起き上がれない、ねむれない、食事をする気力さえない、なにもかもがどうでもいい……。もちろん、手助けも社会的包摂も必要だ。それでも肯定的なものに、どうしてもインクルードされえないネガティヴィティというものがあるとして、それをそのままのものとして、ただあるがままに受け入れ、提示できるうつわや表現というものも、あってはいいのではないか。

 今回のふたつの作品についてミュージック・マガジン誌に語ったインタヴューで国府は、自身の父親について言及している。ギャンブル依存の父によって国府の家庭は壊れ、その父はいま、生活保護によって暮らしている、と。「そういう人とか、路上で生活をしている人を見ると、他人事だとは思えないんですよね」。社会に、ぎりぎりのところでインクルードされている者も、セーフティネットからとりこぼされてしまった者も、国府はじっと見つめる。そして、網の目のほつれから転がり落ち、路上にねそべる自身の姿を幻視する。彼は歌う。「だれにもなれず どこへもいけず/なんにもできずに/ただ ただよう だけのもの」(“日捨て”)と。あるいは、「あんまり かんじないから/ぼんやりとしてたから/きょうも いきていられた」(“うぬボケ”)と。

 『スラップスティックメロディ』と『音の門』での国府の歌、詞、音は、自身のネガティヴィティを認め、それをただそのまま素描しているかのようだ。わたしも抑うつ状態におちいったことがある、そのなかでこんな歌が生まれた、それによってわたしは回復した、あなたもこれを聞いてがんばってほしい、わたしもがんばるから、応援する、と言うのではない。スナップショットや記録映像のような、ただただこうだった、という、むきだしのなまなましさがここにはある。それ以上でも以下でもなく、なにかを考えることでさえおっくうだ、といわんばかりの歌がレコードとして定着され、音楽としてかろうじてつなぎとめられている。シンプルなメロディとふくよかなリズムで語られるロック・レコードの『スラップスティックメロディ』よりも、まるでデモのようなざらっとした音質の弾き語りを中心とした、アシッド・フォーキーでさえある『音の門』のほうに、とくにそれは顕著である。とはいえ、世を捨てつつも、『スラップスティックメロディ』の“not matter mood”や“fallen”といったエレクトロニックなプロダクションの曲では、ハイハットのあつかいかたなどに現代的な音と向き合う姿勢が感じられる点もまた、おもしろい(制作中にドラムを生に差し替えた、ということも国府は語っているので、おそらく、これらはそれ以前のなごりではないかとおもう)。

 曲を書く、つくる、歌う、吹き込む、という行為が自己治癒になりうることは、フランク・オーシャン(あるいは、兄が刑務所で受けたセラピーに着想を得て『Psychodrama』をつくりあげたデイヴ)などを参照せずとも、これまで多くの音楽家から語られてきたことではある。だが、国府の『スラップスティックメロディ』と『音の門』はセラピー的ではない。彼は自身の内側にびっしりと生えた、ざらざらとした表面の襞にひっかかったままの、どろどろとした言葉や音をそのまま吐き出している──二作を聞いていると、そんなふうに感じられるのだ。パーソナルだの、内省的だの、闇をさらけだしただのという粗雑な形容でこれらふたつのレコードをかたづけてはいけない、とわたしは感じている。重みを重みとしてそのまま引き受けること。否定性を否定性としてそのまま受け入れること。こぼれたもの、あぶれたものを、そのままのものとしてただ見つめること。国府が聞き手に手渡したこのふたつのアルバムは、そんなことを提示しているようにおもう。

アス - ele-king

 タイトルだけを観て最初に考えたことはダヴィッド・モロー監督『正体不明 THEM』(06)と何か関係があるのかなということ。ルーマニアの初代大統領チャウシェスクは国の人口を増やすために堕胎と離婚を国民に禁じ、結果、ルーマニアの人口は増え、GDPを上げることに成功する(日本会議や安倍晋三には教えたくない政策だなあ)。しかし、無理に子どもを産ませれば歪みが出るのは当然で、子どもを育てられなくなる親はもちろんいるし、ルーマニアではストリート・チルドレンが社会問題化していく。そうした子どもたちのエイズ感染率の高さや、政府の特殊部隊として孤児たちが戦闘訓練を受けていたことも明るみに出るなど独裁政権の末路は壮絶なものとなる(本誌でも話題になったクリスティアン・ムンジウ監督『4ヶ月、3週と2日』(07)はチャウシェスク政権下で堕胎を試みることがどれだけ困難であったかを扱ったルーマニア映画)。『正体不明 THEM』はそうした史実を背景に持つ地味なフランスのホラー映画で、スパニッシュ・ホラーの評価を高めたアメナーバル監督『アザーズ』(02)の世界的なヒットを意識した演出だったことは明らかだった。「THEM」というタイトルがそもそも『アザーズ』を言い換えたとしか思えないし、少女とゾンビばかりでなく、「誰のことを怖がるか」ということがこの時期はホラー映画のトレンドになっていた。カメラに映っていたあれや『ミスト』のあれ、外の世界は放射能か化学兵器で全滅してしまったと言い張る農夫とか(あれはもっと後か……)。ちなみに僕がその当時、一番怖かったのはパク・チャヌク『Cut』(04)に出ていたエキストラ役でした。あの男は……怖かった。

「この世で一番怖いモンスターは自分自身ではないか」とジョーダン・ピール監督は考えたという。恐ろしいのは「THEM」ではなく「US」だと。海沿いの遊園地に遊びにきた黒人一家はそれなりに裕福な暮らしをしているようで、休みには別荘に出かけていく。別荘地には知り合いの白人一家もいて、彼らはビーチに寝そべり、裕福な人たちが言いそうな悪態をつき、この人たちは誰の役にも立っていない人たちなんだろうなということが印象づけられる。夜になると、家の外に誰かが立っていることに家族は気がつく。父親のゲイブ・ウイルソン(ウィンストン・デューク)は自分たちの家の敷地内から出て行けと彼らに向かって怒鳴るが、彼らは一向に立ち去る気配を見せない。それどころか、彼らは玄関を壊し始め、家の中へと押し入ってくる。それはウィルソン一家とまったく同じ4人家族。つまり、自分たち自身だったのである。監督のジョーダン・ピールが一昨年、『ゲット・アウト』でいきなりビッグ・ヒットをかましたことは記憶に新しい。(以下、ネタばれ)『ゲット・アウト』を観て、ジョン・フランケンハイマーが66年に撮った『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』が下敷きになっていると思った人は多いことだろう。カリフォルニアのヒッピー・カルチャーを変な角度から眺めることのできる『セコンド』は個人とアイデンティティの結びつきを絶対のものとしてではなく、最近でいえば『殺し屋1』のように書き換えることが可能だという認識のもとにつくられた作品で、キャリアの初期に『影なき狙撃者』(62)という大作を撮ったフランケンハイマーがさらにテーマを深めた傑作であった。僕が驚いたのは、『ゲット・アウト』だけでなく、『US』もまた『セコンド』にインスピレイションを得ている作品だということで、1粒で2度おいしいというか、カニエ・ウエストが単純に自分を黒人と同定できない時代につくられたブラック・ムーヴィーとして、奇妙なシンクロニシティを感じてしまったことである。マイケル・ジャクソンのように白人と黒人を対立項として扱えば議論が成立するという土壌の上にはもはやいない。『US』ではとにかく自分が襲ってくるのである。

 ジョーダン・ピールは映画のプロパーではなく、アメリカではむしろ『キー&ピール』というコメディ番組の製作者として知られている。『キー&ピール』の持ちネタにバラク・オバマが世界情勢について何かコメントすると、隣でオバマの本音が炸裂するというコントがあり、オバマがしたたかだったのは彼らをホワイトハウスに呼んで、このコントを一緒に演じてしまったことである(安倍晋三にはとてもできない芸当!)。ジョーダン・ピールはここでもひとりの人間を相反する要素に分解して見せている。カニエ・ウエストが何を言っているのかまるで一貫性がなく、全体としては整合性がないように、ジョーダン・ピールが描き出す人物像も統一された人格からはほど遠い。しかも、一方はかなり暴力的である。『US』は中盤以降、そうした自分への暴力行為の範囲がどんどん拡大し、別荘仲間であるタイラー夫妻の家にウィルソン一家が駆けつけたところで最初のクライマックスに達する。スマート・スピーカーを使ったギャグや軽妙洒脱なヴァイオレンスなど、このパートには見どころがたくさんあるのだけれど、このところどんな作品に出ても絶賛されるエリザベス・モス(映画『ザ・スクエア』でのコンドームの奪い合いとか)がここでも素晴らしい演技を見せ、鏡を見てニヤリとするシーンはトラウマ級のインパクトに感じられた。本当は主演のルビタ・ニョンゴを絶賛してしかるべきなんだろうけど(実際、熱演ではあった)、しかし、個人的にはモスに全部持っていかれちゃった感じです。ああ、モスちゃんに噛まれてみたい……なんて。

 ひとりの人格をふたつに分けて扱うのとは対照的に、この作品には一卵性双生児のタレント、タイラー姉妹が起用され、ふたりなのにひとり分の役割しか与えられていない。これもかなり意図的な演出なのだろう。また、この作品にはアメリカ大陸を横断する人間の鎖が登場するなど格差社会を批判する要素が持ち込まれているのは確かだけれど、そうなると最後のオチも複雑な入れ子構造になっていて、どこがどういう批判になっているのかすっきりはしなくなってくる。それこそカニエ・ウエストが「黒人は自ら奴隷になったとしか思えない」的な発言と重ねて考えると映画的な主体がどこにあったのかは少し混乱してくるし、説明的なところも気になり始める。問題意識は十分に伝わってくるし、ひとひねり加えたい気持ちはわかるけれど、最後は少し面白くし過ぎたのではないだろうか。そして、エンドロールにスティーヴン・スピルバーグの名前があったことはジョーダン・ピールがどこに向かうかを示唆していたようで、ある種の不安がこっそりと忍び寄ってくるのであった。

『アス』予告編

Bon Iver - ele-king

 2010年代は幾多のアイデンティティが衝突したディケイドだった。人種、宗教、ジェンダーやセクシュアリティ、国籍、あるいは政治の左右、経済格差の上下……人びとは断片化し、対立していった。もう二度と出会うことがないかってぐらいに……いや、その代わりにわたしたちは夜毎、インターネットで憎悪をぶつけ合った。お互いの顔は見えない。意見の違いや出自の違いは愛すべきものではなく、たんなる攻撃対象になり下がった。なにか建設的な意見が出ても、そのリプライ欄にはそれをはるかに凌ぐ量の罵詈雑言で溢れていることをわたしたちは知っている。だけど、クリックするのをやめることもできない。そんなことをもうずいぶん長く繰り返して、みんな疲れ果ててしまった。
 だから僕は、アメリカという国で何度も何度も使い古された〈PEOPLE〉という言葉をジャスティン・ヴァーノンがいまこそ掲げることを、素朴で能天気な理想主義とは思えない。祈りのようなものである。「人びと」……それは、個人と個人が集まって生まれる。タイトルの『i, i』の小文字は頼りなげに立つひとりひとりそのもので、コンマを挟んで、「わたし」と「わたし」はお互いを信じていいかわからずに震えている。そして、ゆっくりとゴスペル音楽が流れ始める。

 『i, i』はジャスティン・ヴァーノンという才能と理想に溢れた男の、あるいはボン・イヴェールという共同体のひとつの到達点である。

 前作『22, A Million』の時点で彼は、あらゆる断片化したものをかき集めようとしていた──エレクトロニカの抽象性、アンビエントの音響、インダストリアルのビート、ジャズ・セッション、昨今のヒップホップ由来の声の変調、そういったものを彼が信じ続けたフォークとゴスペルのもとで繋ぎとめようとしていた。だがそれらは激しくクラッシュし、けたたましいノイズを上げることとなった。それに、中心に立つべきヴァーノン自身も混乱していた……声はエレクトロニックな加工で乱れ、言葉は不安で満たされた。世に放たれたのは2016年。世界中が不安で覆い尽くされた年である。そのカオティックな様相こそ、あのアルバムの凄みでありアクチュアリティだった。
 それから3年を経て、本作はヴァーノンが地元ウィスコンシンで所有しているスタジオ〈エイプリル・ベース〉だけでなく、テキサスのだだっ広い土地に赴いて制作された。ヴァーノンはそこで、メキシコとの国境を前に立ち尽くしたという。いままさに日々憎悪が生み出されている現場、人間が築いた境界の上を鳥たちが飛び交うのを眺めながら。そして、そこに前作を凌ぐ人数の「人びと」が集められた。演奏のためだけではない。共同作曲やプロデュースの楽曲が明らかに増え、さらにたくさんのアイデアが激しく求め合われたことがわかる。

 これまでボン・イヴェールやヴァーノンの作品群を聴いてきたひとなら、ここに特別新しい何かがあるわけではないことに気づくだろう。前作同様にエレクトロニックとオーガニックの混淆であり、ジャズとアンビエントとエレクトロニカがフォーク・ロックとゴスペルに支えられつつ出会っている。そもそもすでにボン・イヴェールは様々な音楽要素が交錯する実験場と化しており、その方法論を発展させたアルバムである。けれどもそのなかで耳を引くのが、そのオーガニックな質感だ。エレクトロニックな音処理はじつに細かく施されているが、であるがゆえに、生音の柔らかさが疎外されていない。ホーン・セクションと弦のアルペジオが官能的に絡み合う“iMi”、エレクトロニクスの和音が弦の響きに溶けていく“Holyfields,”。中盤のハイライトは清潔なピアノのイントロが温かいコーラスを導いてくる“U (Man Like)”、そしてヴァーノンの絶唱がある種のアメリカン・ロックのカタルシスとともに解放されていく“Naeem”だ。曲ごとの個性が際立っているのもあるが、一曲のなかでも様々なサウンドが混ざり合っている。その手際は過去最高に巧みになっていて、前作の烈しさとは対照的な穏やかさがここにはある。
 その“U (Man Like)”でピアノを弾いているのはブルーグラス畑のブルース・ホーンズビーである。アメリカ音楽の歴史の一部を担った人間が、そこでは新世代R&Bを鳴らしているモーゼズ・サムニーと同座している。ノア・ゴールドスタインのようなラップ周りのプロデューサーもいれば、デジタルの複雑な音処理で知られるBJバートンといった馴染みのメンバーもいる。“iMi”ではジェイムス・ブレイクがコードを書いたそうだが、そこで声を聴かせるのはボン・イヴェールの最初期からのメンバーであるマイク・ノイスだ。ヴィジュアル表現にはインディペンデントのダンス集団 TU Dance のメンバーも集められている。ここにはいろいろな立場のひとがいて……そして、ヴァーノンは飾らない声で告げる。「I like you(きみが好きだ)」。

 ボン・イヴェールはいまアメリカで……あるいは世界のあちこちで危機に瀕している民主主義というコンセプトを、音楽というフォーマットでやり直そうとしているように僕には思える。それは多数決のことではない。文化を分け合い、アイデアやエモーションをぶつけ合いながらなんとか調和する場所を目指すことだ。ここにはまだ、ノイジーな響きや衝突の跡もある。だがそれは、これまでに得てきた技術や経験によってより優しい響きとなる。ヴァーノンの声もいつになく丸裸で、恐れを懸命に振り払うようだ。“Salem”で突き進むタフで力強いメロディ、“Sh'Diah”のアンビエントの美。それを過ぎれば、終曲“RABi”ではなかば冗談めいたエフェクト・ヴォイスが「待てば取り返しがつかなくなる」と告げる。『i, i』には経済格差や気候変動を思わせる、いまそこにある危機を指し示す言葉が散見されるが、それに立ち向かっていくためにこそ「わたし」と「わたし」は同じ場所に集まることができる。

だけどいま思うのは
僕らは恐れているんだ
だから走り隠れている
確実で小さな平和のために
(“RABi”)

 バンドは来年のエレクション・イヤーに向けてツアーを続けるという。そこではこれまでも訴えてきたジェンダーの平等や気候変動に対する対策といったメッセージが掲げられるだろう。そうしたプラクティカルな行動を示しつつ、しかし、何よりも音でこそ「人びと」の融和を表現しようとし続けている。「小さな平和」を守るために……。それが彼の、彼らと彼女らの祈りであり、美しき架空のゴスペル・ミュージックだ。ここには次の10年への覚悟に満ちたまなざしがある。

日英世間話あるいはブレグジットの憂鬱 - ele-king

(某日日本時間18時、英国時間その8時間前)

野田 ういす。(ビールを飲みながら)

高橋 あー、もしもし。(シラフで)

野田 聞こえる?

高橋 はい。

野田 デヴィッド・スタッブス(※『フューチャー・デイズ』の著者)の講義はどうだったの? 

高橋 まあ、そんな新しいことは喋ってないですよ。講義のタイトルは「BURIAL Leaving The 20th Century」で、いわゆるレイヴ・カルチャーからの繋がりを考えた上でベリアルがなんでそれまでのアーティストと違うのか、マーク・フィッシャーの論に沿って言ってるんで。ベリアルをもってして20世紀の音楽は終わった、もしくは新しい時代に突入したとスタッブスは言ってましたね。彼が新刊の『Mars By 1980』で書いていたように、宇宙を目指すような進歩的な未来像が20世紀の電子音楽には共有されていたけれど、フィッシャーが指摘したように、ベリアルの音楽はそれとはまったく別のことをしている、といった内容でした。

野田 あー、その感じはわかるな。

高橋 野田さんは共感できるでしょう(笑)?

野田 そりゃあ、ベリアルは20世紀最後のムーヴメント(=レイヴ・カルチャー)へのレクイエムなわけだから。

高橋 ところで、いきなりどうしたんですか?

野田 いや忙しくて書く時間がないんで、こうして喋って……。ネット時代といいながら、昔よりもイギリスの本質的な情報が日本に伝わってこない気がしてさ。ブレグジットの問題だって、ボリス・ジョンソンを批判すれば済むってほどそう単純な話じゃないでしょ?

高橋 単純な話じゃない……ですね。労働党党首のジェレミー・コービンも、ここまで来たら良い方向でブレグジットをやろうと言ってますからね。批判すべきはブレグジットそのものではなく、それをやみくもに推し進めようとするやからですよ。

野田 もともとコービンはブレグジット賛成だったじゃない?

高橋 いまもそうでしょ。彼には国内に解決しなきゃいけない課題がたくさんあるのに、ブレグジットにだけ論点を集中させている場合じゃないっていうか。それに、フランスに別荘を持っているような階級の人たちが「ブレグジット反対」と言ってるような感じになってきちゃってるし。この前、反ブレグジッドの大きなデモがロンドンであったじゃないですか? あのなかのプラカードに、「このままじゃ私の犬が来年からフランスのスキー場に行けなくなる」的なやつがあって、なんかもう……という感じでした。だから野田さんがイギリス人だったら、ブレグジットに賛成してますよ(笑)。

野田 ううう。

高橋 賛成っていうか、ここまで来たらどうしようもないしょ、選挙でみんなで一度決めたことだし、っていう立場かな。日本から見ると意外に思われるかもしれませんが、ラディカルな左派のひとたちでもそう思っているひともいますよ。EU経済でスペインやギリシャがぐしゃぐしゃになってしまったことを見ているから、もっと違った経済体制でイギリスは国際社会に貢献するべきだという意見だってあります。

野田 なるほど、決して20世紀初頭に戻るって意味ではないのね。しかしこと一刻と状況は変わっているんだな。

高橋 これはつい先日決まったことなんですが、EU圏外からの留学生にとっては大きな発表があって。2012年にデイヴィッド・キャメロン政権下で内務大臣だったテレザ・メイがEU圏外からの留学生が学校が終わったら数ヶ月で自国に帰らなければならない法律に変えたんですよ。それで、その改正前では学校が終わっても1年はイギリスに滞在できたんですけどね。その間に留学生はヨーロッパで就活をしたり、進学の準備をすることができたんです。いま思い返せば、2011年に、学部生だった僕はグラスゴーへの留学の準備を日本でしていたんですが、あの時も留学で使用できる語学テストの変更があったりして留学生を混乱させる出来事があったけれど、あれもテレザ・メイの政策の一環だったんですね。でも留学生のビザなんかはじつは氷山の一角で、当時のテレザ・メイはイギリス国内の移民や難民を可能な限り減らそうと、いろいろ法をいじってます。違法移民の強制送還が過激になってきたのもこの頃です。最近では、ジェイムズ・ブレイクのパーティ/レーベル〈1-800 Dinosaur〉のクルーとして知られるクラウス(Klaus)が、移民の強制送還への抗議運動に参加していましたね。

野田 ほぉ。

高橋 そんな背景があって、当時国内の移民を減らそうと躍起になっていたテレザ・メイがはやく帰れということにしたんですけど、ボリス・ジョンソン政権の新しい法案だとコースが終わったあとの2年間ビザが支給されることになったんですよ。これはけっこう重要な変革で、ぼくは内心嬉しいんですけど、この7年、ビザが切れて帰国を余儀なくされた人や現地の人と結婚してまでも滞在した人とか、大きな選択をした人をいろいろ見てきてるんで、政府の意向によって人間の自由が左右される現実はどうなんだろうかと思いますね。

野田 え、しかし、なんでそんなことをしたの?

高橋 ブレグジット以降のEU圏外の諸外国との関係を強化するためじゃないですか。留学はひとつの市場でもありますからね。ブレグジッドがどういう形で施工されるのかは不透明な部分も多いんですけど、EUからの人の流れは確実に変わります。現時点でも、イギリスに住んでいるEU出身者は、新たに身分証明書のコピーの提出を義務付けられたり、将来的に移民法が変わってもイギリスに住み続けられるように、いまのうちに永住権を申請する人びともいたり。そんな具合に近隣諸国との関係の雲行きが怪しくなるなか、その他の遠方の国との関係を変えるための政策の一環としても今回の改正は捉えられます。そういえば、日本の首相は、この前のプーチン大統領との会談でも、ロシア人の学生にビザを出しやすくするとか言っていましたよね。「学生は外交の道具じゃねぇ!」って話ですよ。

野田 じゃ、音楽の話をしよう。どうよ?

高橋 まあ、今年はヒップホップが強いですよね。

野田 やっぱデイヴって言うんだろ(笑)?

高橋 やっぱデイヴの年でしょうね。今年出たデビュー・アルバムの『Psychodrama』はマーキュリー・プライズを受賞したし。あれこそ現代のジョイ・ディヴィジョンですよ(笑)。彼が描くブラック・ブリテンのリアリティも共感を呼んでいます。デイヴは最近、ネットフリックス製作のドラマ『TOP BOY』の新しいシーズンへの出演も話題になりました。

野田 時代はブルーだしな。『Psychodrama』は、うつ病がテーマにあるってことも重要だよね。

高橋 イギリスではいま若者のうつ病を含めたメンタル・ヘルスがイシューになってますからね。アルバムで表現されていたようなカウンセリングに通うことが、若い世代ではとても一般的になっています。NHSを利用すれば、無料で診断を受けられますからね。

野田 メンタル・ヘルスの認識に関しても日本は後進国だから。デイヴの赤裸々な告白が良い刺激になって欲しいな。

高橋 デイヴがああやって自分の葛藤をラップすることによって、救われた若者たちは多いんじゃないかなぁ。うつ病についてずっと考えていたマーク・フィッシャーが生きてたら、デイヴについてなんて書いてたのかな、っていう人が僕も含めてちらほらいますね。

野田 人種差別とうつ病もじつは切り離せない問題ではあるし……。しかしな、俺もシンタのように歌詞がわかれば、もっと入っていけるんだけどな。

高橋 そんなこといったらイギリスのロックだって(笑)。

野田 もちろん声と音だけでも良いと思うけどね。91年にマッシヴ・アタックが出て来たとき、ジョイ・ディヴィジョンみたいだって言われたけど、マッシヴ・アタックやトリッキーとも通底するセンスも感じるし。ストリングスの感じとかとくに。いずれにしても20歳ぐらいとは思えないなんか毅然としたものがあるよね。

高橋 ラップでいえば、あとはやっぱりストームジーですね。グランストンベリーのステージが最高だった。イギリスの黒人がヘッドライナーを飾るのが初めてというのも本人は自覚的で、ステージ上でワイリーやディジーにはじまるグライムの先人たちの名前を読み上げる姿は感動的でもありました。デイヴがステージに出てきたのもよかったなー。

野田 高橋はすっかりイギリスに馴染んでるんだな。

高橋 Tohji も好きっすよ。この前にダブル・クラッパーズのシンタくんやボーニンゲンのタイゲンさんも出てた、くだんのロンドンのライヴでは、僕も前の方でケータイ片手に“Higher”でジャンプしてましたよ(笑)。

野田 楽しそうだな。じゃ、またスカイプするわ。

vol.120:私たちの親がしたことと反対のことを - ele-king


Via gothamis

 先週の金曜日(9/20)、ブロードウェイを歩いていると若者ばかり、すごい行列が出来ていた。またアイドルか何かのサイン会か、シュプリームかキースが新しいアイテムをリリースしたのかぐらいにしか見ていなかったのだが、後で聞くと、クライメート・ストライクのデモ行進だった。


Via gothamis

https://gothamist.com/news/liveblog-nyc-students-go-strike-demand-action-climate-crisis

 オーストラリア、インド、ドイツ、イギリスなど全世界150カ国で行われるクライメート・ストライクのひとつで、NYの生徒たちはこの日はストライクに参加するため、クラスを休むことが許されている。

 12時にバッテリーパークのフォーレイスクエアからスタート。16歳のスウェーデン人のアクティヴィスト、グレタ・トゥーンベリも参加し、「天候は、私たちが思うよりはやく変化している。私たちの親がしたことと反対のことをしなければならない。いまアクションが必要なのだ」とプラカードを掲げ、NYの道を練り歩く。

 すでにヒーロー扱いのグレタ・トゥーンベリは、9月上旬に二酸化炭素を排出しないヨットに乗り、2週間かけてヨーロッパからNYに到着した。主張するために、わざわざ大西洋を渡らないといけないなんて狂っている、という声もある。しかいま若者は、ソーシャル・メディアとテックツールを使いつつ、真剣に物事を捉えている。彼らには前世代のように夢を見ている暇はなく、恐れも知らない。親たちの尻拭いをしているとも言うが、ゆっくり考えるより行動するしかない。NYにいると、こういったデモ行進によくぶつかり、彼らのなんとかしなければ、と言う訴えが、突き刺さる。


Via gothamis

https://gothamist.com/news/photos-greta-thunberg-nyc-climate-strike

https://globalclimatestrike.net/

https://actionnetwork.org/event_campaigns/us-climate-strikes

 今日イーストハンプトンに住んでいる友だちから、いまNYにいると連絡が入った。仕事を休んで、UNのクライメートウィークに参加しに来ていたのだ。彼はとても興奮していたし、手応えを感じると言っている。


Via gothamis

https://www.climateweeknyc.org/

 トレーダージョーズやホールフーズではプラスティックバッグはもうないし、スターバックスではストローもない。大多数のマーケットはプラスティックの容器は廃止し、すべて紙になっているし、意識の高い人が多いNYは、これが普通なのだろう。ちなみみに、私がたこ焼きパーティを毎月やっているブッシュウィックのバーのストローはパスタだし、たこ焼きのお皿は竹である。

 普段の生活からこうなので、道を歩いているとデモにぶち当たり、いま何かが変わろうとしているのだなと、いやでも気づかされる今日である。ベネフィットショーが行われ、たくさんのサミットやイベントがあり、今週はますますNYがひとつになるのが見えた。

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