「PAN」と一致するもの

Overmono - ele-king

 少しでもUKのダンス・ミュージックに関心のある方なら、今年はオーヴァーモノのアルバムをチェックすべし。エレキングでもかれこれ10年ほど前からレコメンドしてきたTesselaとTrussのふたり(兄弟)によるユニットで、この名義でのシングルもまず外れがなかった。エレキング的にはTesselaによる2013年の「Hackney Parrot」という、ジャングルをアップデートさせた12インチが最高なんですけどね。
 とにかく、彼らはそれこそジョイ・オービソンと並ぶUKダンス・シーンの寵児であって、ここ数年はディスクロージャーバイセップなんかと並ぶ、ポップ・フィールドともリンクできるダンス・アクトでもある。90年代世代には、かつてのケミカル・ブラザースやアンダーワールドに近いと説明しておきましょうか。
 まあ、とにかくですね、最新のビート搭載のオーヴァーモノがついにアルバムをリリースします。タイトルは『Good Lies(良き嘘)』で、発売は5月21日。楽しみでしかないぞ!


Overmono
Good Lies

XL Recordings / Beat Records
release: 2023.05.12
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13234

国内盤CD
XL1300CDJP ¥2,200+税
解説+歌詞対訳冊子 / ボーナストラック追加収録
限定輸入盤LP (限定クリスタル・クリア)
XL1300LPE
輸入盤LP(通常ブラック)
XL1300LP
 
 以下、レーベルの資料から。

 UKベースやブレイクビーツ、テクノの最前線に立つトラスことエド・ラッセルとテセラことトム・ラッセルの兄弟によるデュオ、オーヴァーモノが名門レーベル〈XL Recordings〉から5/12(金)に待望のデビュー・アルバム『Good Lies』をリリースすることを発表。同作より先行シングル「Is U」を公開した。

Overmono - Is U (Audio)

https://youtu.be/monJkVSJUQ0

 デビュー・アルバム『Good Lies』は、オーヴァーモノのこれまでの音楽キャリアが凝縮されており、新型コロナの規制撤廃とともにクラブ・シーンで大ヒットとなった「So U Kno」や昨年リリースされた「「Walk Thru Water」」などダンス・フロアの枠を超えた12曲を収録。彼らの定番と言ってもいいアイコニックなボーカル・カットを織り込み、マルチジャンルのエレクトロニック・サウンドに再構築している。
 先行シングル「Is U」は、長年のコラボレーターである写真家、映像作家のロロ・ジャクソンが撮影、監督したシネマティックなイメージや映像とともにビジュアルと同時に本日リリースされた。「Walk Thru Water」と合わせて、ダイナミックで複雑なプロダクションと印象的なビジュアルとなっている。

Overmono - Is U

https://youtu.be/8WomErURVb8

Overmono - Walk Thru Water feat. St. Panther

https://youtu.be/L3jfTb9cb1k

 トラスとテセラはそれぞれ〈Perc Trax〉や〈R&S〉、兄弟自身が主宰する〈Polykicks〉から次々と作品をリリースし、お互いのプロジェクトに邁進する中で新たな一歩としてオーヴァーモノを結成。2016年に〈XL Recordings〉からデビューEP『Arla』を突如リリース、2017年にかけて『Arla』シリーズ3部作をリリースし話題を集めたほか、ニック・タスカー主宰の〈AD 93(旧:Whities)〉からも作品群を世に打ち出してきた。これまでにフォー・テットやベンUFOなど名だたるDJたちがダンス・フロアでヘビロテし、デュオとしての名を確固たるものとして築き上げていった。

 同じくUKダンス・シーンを牽引するジョイ・オービソンとのコラボも精力的に行い、中でもシングル「Bromley」は数々の伝説的クラブ・イベントを主催するマンチェスターのThe Warehouse Projectで“5分に一回流れた”という逸話も流れるほどの話題作となった。また、彼らはリミックスにも積極的に取り組んでおり、ロザリアやトム・ヨークなどのリミックスも手掛けている。

 2020年と2022年に〈XL Recordings〉からリリースされたEP『Everything U Need』と『Cash Romantic』は、エレクトロニック・ミュージック界で最も権威のあるオンライン・メディアResident AdvisorやPitchfork、DJ Mag、Mixmagなど各メディアの年間ベスト・ランキングに選出された。また、グラストンベリーや電子音楽のフェスDekmantelなどのフェスやツアーも積極的に行い、DJ Magのベスト・ライヴ・アクトにも選ばれるなどオーヴァーモノは結成以来UKで最もオリジナルなライブ・エレクトロニック・アクトとしてもファン・ベースを着実に築き上げてきた。

 待望のデビュー作『Good Lies』は、5/12(金)に世界同時発売!本作の日本盤CDには解説が封入され、ボーナス・トラックとして未発表曲「Dampha」を特別収録。輸入アナログは通常盤に加え、数量限定クリスタル・クリア・ヴァイナルがリリースされる。

この2年間できる限り音楽を作りながら、多くの時間をツアーに費やしてきた。常に移動することは本当に刺激的で、たくさんの実験をして、コードを作ったり、ボーカルを刻んだり、ピッチを変えたりして楽しんでいた。このアルバムは、これまでの旅に捧げる愛の手紙であり、私たちがこれから進むべき道を示してくれているんだ。 ——トラス / テセラ (Overmono)
 

東金B¥PASS - ele-king

 ヒップホップ/ラップ・ミュージックが大衆音楽の中心を占めるようになってひさしい。国内外問わずものすごいスピードで新人が登場し、中堅・ヴェテランたちも活躍をつづけている。日本ではかつての KOHH ほどの求心力を持った存在はいまだ見受けられないように思えるが、逆にいえばまさに百花繚乱、全国各地で多くのチャレンジャーたちが頭角をあらわしている。千葉を拠点とするデュオ、東金B¥PASS (とうがねバイパス)も看過すべきではない存在のひと組だ。
 ラッパーの DF¥ とビートメイカーの sostone からなる彼らが活動をはじめたのは2015年ころ。2017年にはファースト・アルバム『DA THING』を送り出している。ストリート出身らしく、当時はスケートボードばかりの生活を送っていたという。
 レーベルのサイトに公開されているインタヴューを読むと、しかし、今回のセカンド・アルバムは、車を乗りまわす日常生活が創作の源泉になっているようだ。
 試しに検索窓に「東金バイパス」と打ちこんでみる。マップを開き写真を眺めると、どこまでもつづきそうな平野を覆うアスファルトの脇に、かつ丼チェーン店やラーメン屋、ファミレスなどが映りこんでいる。とにかく駐車場が多い。JR東金線と交差するように走る、国道126号。自動車がないとどうにも立ちいかない景色が広がっている。ある意味、日本の田舎を代表する風景ともいえよう。ここが彼らの音楽が生み出されることになった「ホーム」なのだ。

 運転中に夢を見ると大変なことになるからだろう、かわりにドリーミーな感覚を請け負ってくれる2曲目 “Raders” について DF¥ は、「車から見る景色がある」「DRIVE SONGではない」が「ドライブしてる時に湧き出たもの」と説明している。「lights 監視カメラ action」と監視社会にたいする風刺を盛りこんだこの曲には、「俺は希望しか持てない非力」なるキラーなフレーズが登場する。ともすれば閉塞的なイメージでとらえられかねない無限の道路の風景から、ペシミズムとは真逆のことばが出てくるところに東金B¥PASS の魅力がある。
 その姿勢は「残酷な世界からlog out」や「必至に未来に戻る感覚」といったラインを含む “Elevation” にも共有されている。昨年の tofubeats を思わせる、悲観主義との決別だ。この曲がアルバムのクライマックスなのは、CB$ (東金B¥PASS のふたりが所属するコレクティヴ。「田舎最高」を掲げる)の発起人たるラッパー MIKRIS をフィーチャーしているからというだけではない。プロデューサーには RAMZA が起用されている。彼は Campanella などのトラックを手がける名古屋の俊英で、通常ヒップホップとは異なる場所にあると思われているアイディアを持ちこむ才に長けた、個人的にもイチオシのビートメイカーだ。ここでは sostone と共同で、パーカッションの鳴りが独特の音響をつくりあげている。

 ジャジーなサンプルがシネマティックな雰囲気を醸す “Empty cans” を筆頭に、どの曲も基本的にはワン・ループで、分類するならブーンバップということになるだろう。リリックは一見コラージュ風で抽象的だが、ストーリーがあるように感じられなくもない。いずれにせよ、ハスリングやブリンブリンの類からは距離をとった詩作だ。
 これまた催眠的な反復が印象的な “Innocense” では「田舎の野良犬は肝が座ってる」というパンチラインが繰り出される。どこまでも広がる道路の街をホームとする、彼らの本質が凝縮された一節だ。すなわち、 資本力のあるメジャーの業界戦略とも、顔の見えないSNS上でのウケ狙いとも、あるいは素朴なヤンキー賛美とも異なる、地に足のついたサウンドのみが持つことを許される強度が、東金B¥PASS の音楽には具わっているということ。

Josh Johnson - ele-king

 これまでジェフ・パーカーやマカヤ・マクレイヴン、マーク・ド・クライヴ=ロウといった才能たちを支えてきたサックス奏者にしてキーボード奏者、シカゴ出身で現在はLAを拠点とするジョシュ・ジョンソンのデビュー作『Freedom Exercise』がCD化されることになった。
 もともとは2020年にリリースされていたアルバムで、やはりシカゴの感覚というか、西海岸ともロンドンとも異なる独特の雰囲気が特徴の作品だ。ときにシンセも交えたクールな演奏をぜひこの機に。

ジェフ・パーカーやマカヤ・マクレイヴンといった、現在のジャズ・シーンを代表する様々なミュージシャンを支えてきた、シカゴ出身、LAを拠点に活動するサックス/キーボード奏者、ジョシュ・ジョンソン。名盤と評されたデビュー・アルバム『Freedom Exercise』がボーナストラックを加え、待望のCDリリースが決定!

ジョシュ・ジョンソンのデビュー・アルバムはもう2年以上前のリリースになるが、今以て瑞々しく美しい。ハービー・ハンコックとウェイン・ショーターから学ぶためにシカゴを離れてLAに移住した彼が、その地でジャズ/非ジャズを問わず様々な音楽家と交わり、学び、経験したことの全てがこのアルバムに表れている。「音楽的雑食性」を愛する友人であるグレゴリー・ユールマン、アンナ・バタース、アーロン・スティールと作り上げた本作は、レコードでも丁寧にリプレスされている。ジェフ・パーカーの『The New Breed』や『Suite for Max Brown』も、マカヤ・マクレイヴンの『Universal Beings』も、ジョシュ・ジョンソンがいなければ生まれなかった。そう言っても決して過言ではないほど、その存在は大きい。真に流動的な音楽を探求したこのアルバムが、何よりもその価値を教えてくれる。(原雅明 ringsプロデューサー)

ミュージシャン:
Josh Johnson (sax,key)

Featuring:
Gregory Uhlmann
Anna Butterss
Aaron Steele

Produced by:
Josh Johnson
Paul Bryan

Mastered by:
Dave Cooley

[リリース情報]
アーティスト名:Josh Johnson (ジョシュ・ジョンソン)
アルバム名:Freedom Exercise(フリーダム・エクササイズ)
リリース日:2023年03月22日(水)
フォーマット:CD
レーベル:rings
解説:原 雅明
品番:RINC98
価格:2,500円+税

[トラックリスト]
01. Nerf Day
02. 856
03. Western Ave
04. Bowed
05. Eclipsing
06. New July
07. False Choice
08. Punk
09. Simple Song
10. Return Recoil
11. Western Ave Mix (Extended Play) [Japan Bonus Track]

販売リンク:
https://rings.lnk.to/FdjWuuJX
オフィシャルURL:
https://www.ringstokyo.com/items/Josh-Johnson

audiot909 & Vinny Blackberry - ele-king

 南アフリカ生まれのダンス・ミュージック、アマピアノはこの2年でいろんなところに拡散し、世界中で愛されているダンスの一種となった。そしてここ日本にも、アマピアノに感化されたDJがいる。もともとハウスDJだったaudiot909がアマピアノに衝撃を受け、「Japanese Amapiano」を発信しはじめたのは2020年のこと。そんな彼がラッパーのVinny Blackberryをプロデュース。去る1月6日にデビュー・シングル「Willy Nilly」をリリースした。カッコいいので、ぜひ聴いてみて。


audiot909 & Vinny Blackberry
Willy Nilly

https://linkco.re/GUvPu8Se

■audiot909
元々ハウスDJだったが2020年正月に南アフリカ発のダンスミュージックAmapianoに出会ったことにより元々行なっていたトラックメイクを本格的に再開。 日本人によるAmapianoの制作は可能か否かの命題に真っ向から取り組み、2020年12月にリリースされた「This is Japanese Amapiano EP」(USI KUVO)はタイトル通り日本人で初めてEP単位でリリースされた作品となり話題になる。 
2022年にリリースされたラッパーのあっこゴリラをフィーチャーしたシングルRAT-TAT-TATはSpotifyの公式プレイリスト+81 Connect、Tokyo Rising、Electropolisなど複数のプレイリストに組まれるなど自主リリースながら異例のヒットを飛ばす。並行して執筆や対談、現地のプロデューサーへのインタビュー、J-WAVE 81.3 FM SONAR MUSICへのラジオ出演など様々なメディアにてAmapianoの魅力を発信し続けている。

R.I.P. Alan Rankine - ele-king

 昨年のウインブルドンではニック・キリオスが大活躍だった。全身に刺青が入った黒人のテニス・プレイヤーで、ショットが決まるたびに客席の誰かに大声で話しかけ、勝っても負けてもオーストラリア本国に戻ればレイプ疑惑で裁判が待っていた(精神障害を理由にいまだに裁判からは逃げている)。大坂なおみが開いたエージェント・オフィスが初めて契約した選手であり、日本に来た時はポケモンセンターの前に座り込んで「絶対にここから離れない」とSNSに投稿していた。僕の推しはカルロス・アルカラスだったんだけれど、昨年は早々とキリオスに負けてしまったので、そのまま惰性でキリオスを追っていた。そうなんだよ、危うくカルロス・アルカラスのことを忘れてしまうところだった。それだけインパクトの強い選手だった。僕がカルロス・アルカラスを応援し始めたのはピート・サンプラスに顔が似ていたから。90年代のプレースタイルを象徴するテニス・プレイヤーで、あまりにもプレーが完璧すぎて「退屈の王者」とまで言われた男。W杯のカタール大会でエンバペがゴールするたびにマクロンが飛び跳ねていたようにサンプラスが00年の全米オープンで4大大会最多優勝記録を打ち立てた時はクリントンも思わず立ち上がっていた。試合でリードしていても苦々しい表情だったサンプラス。内向的で1人が好きだったサンプラス。僕がピート・サンプラスを応援し始めたのはアラン・ランキンに顔が似ていたから。僕はアラン・ランキンの顔が大好きだった。セクシーでガッツに満ち、野獣に寄せたアラン・ドロンとでもいえばいいか。初めて『Fourth Drawer Down』のジャケット・デザインを見た時、この人たちは何者なんだろうと思い、どんな音楽なのかまったく想像がつかなかった。

The Associates – The Affectionate Punch(1980年)

 なんだかわからないままに聴き始めた『Fourth Drawer Down』はなんだかわからないままに聴き終わった。朗々と歌い上げるビリー・マッケンジーのヴォーカルと実験的なのかポップなのかもわからないサウンドは現在進行形の音楽だと感じられたと同時に「現在」がどこに向かっているかをわからなくするサウンドでもあった。その年、1981年はヒューマン・リーグがシンセ~ポップをオルタナティヴからポップ・ミュージックに昇格させた年で、シンセ~ポップのゴッドファーザーたるクラフトワークが『Computerwelt』で自ら応用編に挑むと同時にソフト・セル『Non-Stop Erotic Cabaret』からプリンス『Controversy』まで一気にヴァリエーションが増え、一方でギャング・オブ・フォー『Solid Gold』やタキシードムーン『Desire』がポスト・パンクにはまだ開けていない扉があることを指し示した年でもあった(タキシードムーンはとくにベースがアソシエイツと酷似し、アラン・ランキンは後にウインストン・トンのソロ作を何作もプロデュースする)。『Fourth Drawer Down』はそうした2種類の勢いにまたがって、両方の可能性を一気に試していたようなところがあった。それだけでなく、グレース・ジョーンズ『Nightclubbing』に顕著なファッション性やジャパン『Tin Drum』から受け継ぐ耽美性も共有し、オープニングの“White Car In Germany”では早くもDAF『Alles Ist Gut』を意識している感じもあった。混沌としていながら端正なテンポを崩さない“The Associate”を筆頭に、PILそのままの“A Girl Named Property”、物悲しい“Q Quarters”には咳をする音が延々とミックスされ、あとから知ったところでは“Kitchen Person”は掃除機のホースを使って歌い、“Message Oblique Speech”のカップリングだった“Blue Soap”は公園のようなところにバスタブを置いて、その中で反響させた声を使っているという。まるでジョー・ミークだけれど、ジョー・ミークにはない重いベースと破裂するようなキーボードが彼らをペダンチックな存在には見せていない。

 これらが、しかし、すべて助走であり、アラン・ランキンとビリー・マッケンジーが次に手掛けた『Sulk』はとんでない方向に向かって華開く。昨年、同作の40周年記念盤がリリースされ、全46曲というヴォリウムに圧倒されながらレビューを書いたので詳細はそちらを参照していただくとして、ここではスネアをメタル仕様に、タムを銅性の素材に変えたことで、インダストリアルとは言わないまでも、全体に金属的なドラム・サウンドが支配するアルバムだということを繰り返しておきたい。『Sulk』はパンク・ロックのパワーを持ったグラム・ロック・リヴァイヴァルであり、ニューウェイヴの爛熟期に最も退廃を恐れなかった作品でもある。あるいは15歳のビョークが夢中で聴いたアルバムであり、彼女のヴォーカル・スタイルに決定的な影響を与え、イギリスのアルバム・チャートでは最高10位に食い込んだサイケデリック・ポップの玉手箱になった。『Sulk』はちなみにイギリス盤と日本盤が同内容。アメリカ盤とドイツ盤がベスト盤的な内容になっていた。ジャケットの印刷技術もバラバラで、リイシューされるたびに緑色が青に近づき、裏ジャケットのトリミングも違う。オリジナル・プリントはイギリスのどこかの美術館に収蔵されているらしい。

 ビリー・マッケンジーが『Sulk』の北米ツアーを前にして喉に支障をきたし、アメリカで売れるチャンスを逃したとして怒ったアラン・ランキンはアソシエイツから脱退、『Sulk』に続いてリリースされたダブルAサイド・シングル「18 Carat Love Affair / Love Hangover」(後者はダイアナ・ロスのカヴァー)がデュオとしては最後の作品となってしまうも、『Fourth Drawer Down』以前にリリースされていたデビュー・アルバム『The Affectionate Punch』のミックス・ダウンをやり直して、同じ年の12月には再リリースされる。元々の『The Affectionate Punch』はなかなか手に入らず、その後、イギリスでようやく見つけたものと聴き比べてみると、ミックス・ダウンでこんなに変わってしまうものかと驚いたことはいうまでもない。たった2年でアラン・ランキンが音響技術の腕を確かなものにした自信が『The Affectionate Punch』の再リリースには漲っていた。同作からは“A Matter Of Gender”が先行カットされ、結局、デビュー・シングル“Boys Keep Swinging”(デヴィッド・ボウイの無許可カヴァー)などを加えて元のミックス盤も05年にはCD化される。『Sulk』に続く道も感じられはするけれど、オリジナル・ミックスはまだシンプルなニューウェイヴ・アルバムで、この時期は〈Fiction Records〉のレーベル・メイトだったキュアーとヨーロッパ・ツアーなどを行なっていたことからロバート・スミスがギターとバック・コーラスで参加、ベースのマイケル・デンプシーはその後もアソシエイツとキュアーを掛け持っていた。ロバート・スミスは後にビリー・マッケンジーが自殺する直前、キュアーのライヴを観に来てくれたのに声をかけ損なったことを悔やんで「Five Swing Live」をリリースしたり、“Cut Here”をつくったりしている。

The Associates – Sulk(1982年)

 バンドを脱退したとはいえ、『Sulk』の名声はアラン・ランキンにプロデュース業の仕事を舞い込ませる。ペイル・ファウンテインズ“Palm Of My Hand”は“Club Country”で用いたストリング・アレンジを流用しながら彼らのアコースティックな持ち味を存分に活かし、反対にコクトー・ツインズ“Peppermint Pig”はあまりにもアソシエイツそのままで、これは派手な失敗作となった。彼らのイメージからは程遠いインダストリアル・ドラムに加えて近くと遠くで2本のギターが同時に鳴り続けるだけでアソシエイツに聞こえてしまい、ノイジーなサウンドに尖ったリズ・フレイザーのヴォーカルが入るともはやスージー&ザ・バンシーズにしか聞こえなかった。そして、アンナ・ドミノやポール・ヘイグのプロデュースから縁ができたのか、アラン・ランキンのソロ・ワークも以後は〈Les Disques Du Crépuscule〉からとなる。アソシエイツ脱退から4年後となったソロ・デビュー・シングル“The Sandman”は幼児虐待をテーマにした静かな曲で、カップリングは戦争を取り上げた暗いインストゥルメンタル。続いてリリースされたファースト・ソロ・アルバム『The World Begins To Look Her Age』はアソシエイツのようなエッジは持たず、80年代中盤のニューウェイヴによくあるAOR風のシンセ~ポップに仕上がっていた。これはランキンを失ったマッケンジー単独のアソシエイツも同じくで、マッケンジーもまた気の抜けたアソシイツ・サウンドを鳴らすだけで、2人が離れてしまうと緊張感もないし、いずれもメローな部分ばかりが際立つ自らのエピゴーネンに成り下がってしまったことは誰の耳にも明らかだった。2人がそろった時の化学反応はやはり1+1が3にも100にもなるというマジックそのものだったのである。しかし、2人は93年まで再結成に意欲を示さず、とくにビリー・マッケンジーはイエロやモーリツ・フォン・オズワルドといったユーロ・テクノの才能と組んでサウンドの更新に勤め、それなりに意地は見せていた。アラン・ランキンは『The World Begins To Look Her Age』の曲を半分入れ替えて〈Virgin〉から『She Loves Me Not』として再リリースした後、〈Crépuscule〉から89年に『The Big Picture Sucks』を出して、まとまった音源はこれが最後となる。

Alan Rankine – The World Begins To Look Her Age(1986年)

 93年に再結成を果たしたアソシエイツは6曲のデモ・テープを製作するも94年からアラン・ランキンは地元グラスゴーのストウ・カレッジで教鞭に立ち、それほど頻繁に作業ができなくなった上にビリー・マッケンジーが97年1月に自殺、新しいアルバムが完成されるには至らなかった。そのうちの1曲となる“Edge Of The World”はその年の10月にリリースされたビリー・マッケンジーのソロ名義2作目『Beyond The Sun』に“At Edge Of The World”としてポスト・プロダクションを加えて収録され、さらに3年後、キャバレー・バンド時代のデモ・テープなどレア曲を37曲集めた『Double Hipness』には6曲とも再録されている。6曲のデモ・テープは『The Affectionate Punch』に戻ったような曲もあれば、新境地を感じさせる“Mama Used To Say”にドラムンベースを取り入れた“Gun Talk”など完成されていれば……などといっても、まあ、しょうがないか。ザ・スミスがビリー・マッケンジーを題材にした“William, It Was Really Nothing”に対する10年越しのアンサー・ソング、“Stephen, You're Really Something”も週刊誌的な興味を引くことになった。アラン・ランキンが残した音源は少ない。ビリー・マッケンジーと組んだアソシエイツとその変名プロジェクトにソロ・アルバム2.5枚とソロ・シングル3枚、クリス・イエイツらと組んだプレジャー・グラウンド名義でシングル2枚のみである。また、2010年まで大学教員を続けたランキンは大学内に〈Electric Honey〉を設け、ベル&セバスチャンのデビュー・アルバム『Tigermilk』など多くのリリースにも尽力している。

 ビリー・マッケンジーがソロでつくった曲は間延びした印象を与えることが多かったけれど、アラン・ランキンが加わるとそれがタイトになり、まるで伸び伸びとは歌わせまいとしているようなプロダクションに様変わりした。アソシエイツはそこが良かった。歌が演奏にのっているというよりも声と演奏が戦っているようなサウンドだったのである。まったくもって調和などという概念からは遠く、ビリー・マッケンジーがどれだけ気持ちよく歌っていてもアラン・ランキンのギターは容赦なくそれを搔き消し、いわば主役の取り合いだった。“Waiting for the Loveboat”も脱退前にアラン・ランキンが録っていたデモ・テープはぜんぜん緊張感が違っていた。アラン・ランキンはおそらくせっかちなのである。彼らの代表曲となった“Party Fears Two”がトップ10ヒットとなり、トップ・オブ・ザ・ポップスに出演した時もランキンは同番組が口パクであるのをいいことに鳴ってもいないバンジョーを弾いたり、ピエール瀧の綿アメみたいに客にチョコレートを食べさせるなどふざけまくっていたのは、たった1曲のために2時間以上も拘束されるため「飽きてしまったから」だと答えていた。『Fourth Drawer Down』も実はそれまでがあまりに狂騒状態だったので、少しは落ち着こうとしてつくった曲の数々だったというし、それがまた再び狂騒状態に戻ったのが『Sulk』だったから、あそこまで弾け飛んだということになるらしい。自分の人生を何倍にも巨大なものにしてくれる人との出会いがあるということはなんて素晴らしいことなのだろう。2人合わせて103歳の人生。短い。あまりに短いけれど、『Sulk』はこれから先、いつまでも聴かれるアルバムになるだろう。R.I.P.

interview with Pantha Du Prince - ele-king

 2022年はビヨンセが高らかに、ハウスがもともとブラック・ミュージックでありゲイ・コミュニティから生まれた音楽であることを訴えた年だった。テクノでいえば、2018年からディフォレスト・ブラウン・ジュニア(スピーカー・ミュージック)が「テクノを黒人の手にとりもどせ(Make Techno Black Again)」を掲げて活動している。そういった動きを受けこの見出しをつけたわけだが、ホワイトウォッシング(白人化:詳しくは紙エレ年末号の浅沼優子さんのコラムを)が問題の時代にあって、いわゆるミニマル・テクノ~ハウスにくくられる音楽をやっているパンサ・デュ・プリンスことヘンドリック・ヴェーバーが、それらのルーツを忘れていないことは重要だろう。
 最新作『Garden Gaia』のサウンドや彼の来歴については、先日のアルバム・レヴューを参照していただきたい。今回は《MUTEK.JP》出演のため初の来日を果たした彼に、清らかで逃避的なあの音楽がどのように生まれたのか、その背景を探るべくいくつかの質問を投げかけている。サウンドから予想されるとおり感じのいい気さくな人柄で、好きな音楽から環境問題まで、大いに語ってくれた。

都会からちょっと離れたところに行くと、いきなり手つかずの自然が広がっていたりするんです。そのぶつかり合いみたいなところが好きなんです。たとえば東京も、すごく都会なんですけど、少し歩くだけで田舎のようなところに出たり、みんなが知らないような自然があったり。

今回が初来日ですよね。どこか行かれましたか? 気になるものはありました?

ヘンドリック・ヴェーバー(以下HW):じつは日本に住んでいるインテリア・デザイナーの友人がいるんです。彼に渋谷とかを案内してもらって、カフェとか、「COSMIC WONDER」というブランドのストアに連れていってもらいました。月曜日(12月12日)からは「Sense Island」という島(横須賀市猿島の無人島)のエキシビションのようなイヴェントに行く予定です。まだそれほど観光できていないので、ほかにもいろいろ見てまわりたいなと思っています。ドイツにも日本人の友人がたくさんいるんですよ。竹之内淳志さんという日本のマスターから舞踏を習っていて。だから日本とは強いつながりを感じています。

現在の拠点はベルリンですか?

HW:エリア的にはそうですね。ベルリンの郊外に住んでいます。

あなたの2004年のデビュー作はミニマルなダンス・ミュージックにフォーカスするベルリンのレーベル〈Dial〉から出ていました。今年は〈Perlon〉からメルキオール・プロダクションズ15年ぶりのアルバムが出て話題になりましたが、現在でもベルリンのミニマルのシーンは勢いがあるのでしょうか?

HW:わかりません(笑)。以前と比べて、わたし自身変化したし、スタイルも少しずつ変わってきました。いまでもクラブでプレイしますが、自分のジャンルはどんどんちがう方向へ向かっているし、コンパクトさやミニマルさは薄れて自分独自のジャンルを確立できてきていると思うんです。いまはクラブだけでなく、クラシック音楽やアンビエントのフェスティヴァルでも演奏しますし、ほんとうに幅が広がったんです。最近はモダン・アートやヴィジュアル・アート、サウンド・アートの場で演奏することもあります。わたしの音楽はひとつのセッティングだけで完結するものではありません。オーディエンスのひとたちが座って聴くこともできれば、パーティでダンスしながら聴くこともできるし、あるいはふつうのコンサートのように楽しむこともできる。時間帯や場所もさまざまで、幅広い層に聴いてもらえる音楽に変わってきていると思います。

そのようにご自身の音楽が変わっていくきっかけになったことはありますか?

HW:やっぱり自分自身が変わってきて……たとえば自分の身体やフィーリングについて知るようになっていったことが、ひとつのきっかけとしてあるように思います。それともうひとつ、「音楽はつねにすべてのひとのものである」という意識が自分のなかにあって。夜クラブに来るひとたちのためだけではなく、あらゆるひとに届けられる音楽をつくることに興味がありました。それで、みなさんが家で聴いても楽しめる音楽をつくりたくて、自然と変化していったのかなと。あと、自然環境とのつながり、植物や動物と人びととのつながりを表現したいというのもありますし……まわりのひとたちにも自分自身について知ってもらうことで、自分たちが周囲とどうつながっているかを追求できますし、それにともなって音楽も変わっていくんだと思います。わたしはアルコールも飲まないしドラッグもやらないので、まわりの人たちや環境から影響されて変わっていったんだと思いますね。

自然とのつながりというお話が出ましたが、あなたの音楽にはよく鳥の鳴き声と水のフィールド・レコーディングが導入されています。「自然」のなかでも、とりわけ「鳥」と「水」にフォーカスするのはなぜですか?

HW:わたし自身がもっとも多くの時間を過ごすのがそういう場所なんです。もちろん東京みたいな都会も好きですよ。人びとが集まっているエナジーを感じますが、でもやっぱり自分は自然のなかでインスピレイションをもらったり、自然とつながりを感じることが多いんです。リラックスできますし、身体的にも精神的にも癒されますし。健康を保つためにはとてもたいせつな場所なんです。だからよく森に行って鳥の鳴き声を聴いたり、海辺に行ったり、あと南スペインやハノーファーに行ったり。今回のアルバムはじっさいにそういう場所でレコーディングしました。都会からちょっと離れたところに行くと、いきなり手つかずの自然が広がっていたりするんです。それがとてもおもしろくて、そのぶつかり合いみたいなところが好きなんです。たとえば東京も、すごく都会なんですけど、少し歩くだけで田舎のようなところに出たり、みんなが知らないような自然があったり。
 鳥にかんしては……鳥ってもっとも古くから存在する動物なんです。恐竜が鳥になったんです(※鳥は恐竜の一種だと考えられている)。だから鳥の鳴き声を聴くと、人生や歴史、いろんなものが混ざりあって考えさせられるんです。テクスチャーも、フリークエンシーがとても複雑で、それがすごくおもしろい。小さい動物なのにあんなにインパクトのある大きなサウンドをつくりだすことができるのはすごいと思います。水も、ヴァラエティ豊かですばらしい。速い流れと遅い流れで音がぜんぜんちがうし、山からちょっと流れてくる少量の水でも地面や草に流れる音がありますし、アグレッシヴで強い音が出たと思いきや、アンビエント的でハーモニーのような美しい音も出るし、ラウドな音も出るし。美しい音がいきなり強い音に変わったり、ちょろちょろした小さな音でも奇妙に、危険に感じられることもある。そういった水の音の幅広さはすばらしいです。だから鳥と水が多いんです。

自然への関心は幼いころから抱いていたのですか?

HW:そうですね。もちろん小さいころから興味はありました。自分は都会のそばに住んでいて、都会と田舎のあいだで育ったんですが、どちらも孤独を感じます。

都会の孤独というのは、「ひとがいっぱいいるけどだれも知り合いじゃない」みたいな感覚でしょうか?

HW:そうです。逆に田舎の場合は、文化や文明が恋しくなる。自分のまわりにその両方があることが当たり前の環境で育ったんです。

病気になることは必ずしもダメなことではありません。それによってからだがバランスをとれるようになり、もっと強くなる。メンタルヘルスについてもおなじだと思います。なにかよくないことがあっても、それはよりよい方向へ変化するためのステップだと思うんです。

新作『Garden Gaia』の制作は、パンデミック中ですか? ウイルスも自然から発生するものですが、人間たちに壊滅的な状況をもたらしました。先ほど自然と都会のバランスについての話がありましたけれど、今回の新型コロナウイルスについてはどう思いましたか?

HW:非常に複雑な状況だったと思うんですが、人間が変化するべきだという警告だったような気もします。もっとサステイナブルに生きよう、自分の健康にも気をつかおうと思いましたし、コミュニティでひとと一緒になにかをやることのたいせつさにも気づきました。そして自分にとってなにが幸せなのか、なにが自分を幸せにしてくれるのか考えさせられました。多くを学べるいいレッスンだったと思っています。自分たちの人生においてなにがたいせつかという問いを持ち、自身の心をより深い部分まで掘り下げるようになりましたし、起こっていることと自分とのつながりについても考えるようになりました。コロナって、みずからそれを受けいれないといけないんですよね。それによって自分の体も変化していくと思うんです。ワクチンもそうです。もしかしたらもうみんなに抗体ができているのかもしれない、わたしのなかにも存在しているのかもしれない──そうやってひとのからだも、なにかがあるたびにそれを受け入れることで変化していくんだなと感じました。これはわたしたちにとって新しいチャレンジだと思います。どう受けいれ、どう付きあっていくか、どう変化していくかがたいせつです。あと、ひとりではなにもできないこと、すべてがつながっていることにも気づかされましたね。パンデミックが起こったら、日本だけではどうすることもできないし、ドイツだけでも中国だけでもダメだし、やっぱり世界じゅうのみんながつながって、みんなでなにかをしないと乗りこえることはできないんです。
今回のパンデミックでは、ガイア(※大地、地球)という大きなもののなかでみんながつながってシステムを形成し、それが機能していることのバランスを強く感じました。そのバランスを表現して、世界に発信したいと思いました。たとえば、病気になることは必ずしもダメなことではありません。それによってからだがバランスをとれるようになり、もっと強くなる。メンタルヘルスについてもおなじだと思います。なにかよくないことがあっても、それはよりよい方向へ変化するためのステップだと思うんです。受けいれて、変化していく。まわりとバランスをとりながら、乗りこえていく。そういったつながりとバランスを感じる機会が今回のパンデミックでした。

わたしはエレクトロニック・ミュージックが好きでよく聴くのですが、ときどきエレクトロニック・ミュージックが電気を使わざるをえないことについて考えます。クラブのサウンドシステムもそうですし、ヴァイナル・レコードやCDの生産もそうで、石油由来のものをいっぱい使わなければいけない。と同時にわたしたちは、気候や自然について考えることを避けて通れない段階にきている──そういったテクノロジーと自然の関係についてはどう思いますか?

HW:じつはわたしは、テクノロジーと自然を分けて考えていないんです。文明が生まれたことにより、自然も人類も発達してきたと思っています。わたしにとってより重要なのは、いかにテクノロジーを使わないかではなく、どのように使うかです。じっさいテクノロジーはすばらしいものですし、それを利用することで自分たちの人生をエンジョイすることも、とても大事なことです。飛行機に乗ってもいいし、パーティをしてもいい。ただ、それらを楽しむなかで、どのようにテクノロジーをとりいれ、有効活用できるかを考えることがいちばん大事だと思います。使うだけなら簡単ですが、すべてにノーと言うのでもなく、どのようにとりいれて使うか。テクノロジーが生みだすエネルギーはすばらしいものなのだから、その使い方を考えていくべきだ、と。そこがテクノロジーと自然を分けて考えるよりもたいせつなことだと思いますね。

デトロイトのすべての音楽もそうです。セオ・パリッシュや友人になったマッド・マイクからは強く影響を受けています。それらすべてが、自分の音楽からは聞こえてくるんじゃないかなと思います。

もっとも影響を受けた音楽や作品はなんでしょう?

HW:すごくたくさんの音楽から影響を受けましたね。うーん……まず、ドイツのクラウトロックからは大きな影響を受けました。ハルモニアやクラスター、もちろんノイ!も。80年代後半のイギリスのインディ・ミュージックからも大きくインスパイアされましたね。あとたとえばパン・ソニックだったり、日本のノイズ・ミュージック。すごく好きなのは……カールステン・ニコライ、〈Mille Plateaux〉、池田亮司。とくに〈Mille Plateaux〉からは特別な影響を受けました。〈Mille Plateaux〉と、〈Mego〉ですね。フロリアン・ヘッカーだったり……あとはフランシスコ・ロペス。もちろん、リカルド・ヴィラロボスやベーシック・チャンネルもですし、ハウスだとハーバートですね。デトロイトのすべての音楽もそうです。セオ・パリッシュや友人になったマッド・マイクからは強く影響を受けています。それらすべてが、自分の音楽からは聞こえてくるんじゃないかなと思います。子どものころはクラシック音楽をよく聴いていたので、その影響も大きいです。バッハやリスト、シューベルト。とくにシューベルトは自分にとって大きな存在です。それと、リゲティの影響も大きい。……まだまだ出てくるんですが、このあたりにしておきます(笑)。いま挙げたひとたちは自分にとってとても大事なエッセンスになっていますね。

マッド・マイクと友だちになったというのはすごいですね。デトロイトに行ったんですか?

HW:ツアーで会って、いっしょに時間を過ごすことができました。アンダーグラウンド・レジスタンス・ミュージアムに行ったんですが、なんとそこに彼がいて、自分のところに来てくれて、歓迎してくれました。魔法のような体験でした。スペシャルなエディションのレコードを全部くれたりして、とても友好的で、すごくクールないいひとでした。

アンダーグラウンド・レジスタンスのベスト・レコードはなんですか?

HW:フーッ! ……うーん、答えられないな(笑)。……DJロランドの「Knights Of The Jaguar」かな。大きなヒットですけど、自分はヒットが好きなので。いまだに大好きです。ご存じのとおり、わたしの音楽はとてもメロディックだと思うんですが、やはりデトロイトのああいう感じとメロディが合わさることで、よりダークでアップリフティングな感じのサウンドをつくりだすことができていると思います。みんなが知らないようなものを挙げられなくて、アンダーグラウンド・レジスタンス・ファンの答えじゃないですね(笑)。でも、デトロイトのあのコミュニティが世界的な大ヒットを生みだすことができたということがすばらしいですよね。とても賢くて、シンプルなライフのなかで可能性を活かして、規模の大きいものをつくっているところが魅力だと思います。

あなたの音楽には、いい意味での逃避性があると思います。気候危機だけでなく、近年は大きな戦争などいろいろなことが起こり、暗い時代がつづいています。とくに2022年はそうでした。そういったなかで、音楽にできる最良のことはなんだと思いますか?

HW:つねに音楽はそういう役割を担ってきたと思います。たとえばナポレオンの時代にしても、乱世から美しい音楽が生まれています。社会にエネルギーをもたらすのも音楽だと思いますね。そこから生まれるダークでアグレッシヴな音楽にも希望が見えたりするでしょうし。あと、アーティストや音楽それ自体は政治的になってはいけないと思っています。やっぱりコミュニティが大事なんです。先ほども話したように、この地球でどうバランスをとり、どうみんなでひとつになって生きていくかがたいせるだと思います。政治的になりたければ政治家になればいいんです。音楽をつくって届ける身としては、他人とは異なる見方をして、なにが大切か、どんな可能性があるのか、どのような美しさが存在しているかを見つけだして、それをみんなに届けることで、人びとがつながってコミュニティを形成できるようにしたい。それが自分たちアーティストにできることだと思います。たとえばウクライナでも、レイヴ・ミュージックによってみんながひとつになってエネルギーを生みだすことができています。なにがたいせつか、人びとが心でなにを感じているか、そういうものを伝えあって広げていくのが音楽にできることだと思います。

interview with Nosaj Thing - ele-king

 取材に入る直前。インタヴュー・カットを撮りたいので、最初の数分だけ照明を落とさせてもらいますと、そう伝えた。「大丈夫、暗いほうが好きだから。暗いのはいい」。その返答は、まさに彼の音楽を体現していた。どこか内省的で、しかしけして感情を爆発させることはない音楽。映像喚起的で、光よりも影のほうを向いてしまうタイプの、マシン・ミュージック。
 バックグラウンドは00年代後半の西海岸にある。いわゆるLAビート・シーンが彼のスタート地点だ。当地のDJ/プロデューサー/エンジニアであり、レーベル〈Alpha Pup〉の主宰者でもあるダディ・ケヴが、ビートメイカーにフォーカスしたパーティ《Low End Theory》を開始したのが2006年。そこでケヴがノサッジ・シングの(のちにファースト・アルバム『Drift』に収録されることになる)“Coat Of Arms” をヘヴィ・ローテイションしたことが、彼のその後の飛躍につながった。
 とはいえデイダラスフライング・ロータスティーブスといったあまたの才能ひしめくムーヴメントの渦中、やはりノサッジ・シングの音楽はどちらかといえば控えめに映るものだったのではないだろうか。以下に読まれる「日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる」との本人の弁は、まさに彼の音楽の特徴をよくとらえている。間を活かし、表面的な華やかさよりも、ある種の静けさや落ち着きのなかに独自の雅を展開していくこと。2010年代に入りチャンス・ザ・ラッパーやケンドリック・ラマーといった大物をプロデュースしたり、トラップの感覚とエレクトロニック・リスニング・ミュージックを折衷する『Fated』や『Parallels』といったアルバムをつくり終えた今日でも、その軸はまったくブレていない。

 むろん、変化している部分もある。この秋リリースされ、年明けにアナログ盤の発売を控える5枚目のアルバム『Continua』に色濃くあらわれているのは、マッシヴ・アタックやトリッキーといったブリストルのサウンド、かつてトリップホップと呼ばれた音楽からの影響だ。
 最たる例はジュリアナ・バーウィックを迎えた “Blue Hour” だろう。この曲がまたとんでもなくすばらしいのだけれど、驚くなかれ、ふだん声をあくまでひとつのサウンドとして利用している彼女が、ここでは歌詞を書き明瞭に歌っている。ゲストに新たな試みを促す力が、ノサッジ・シングの「暗い」トラックには具わっているにちがいない。
 バーウィックはじめ、ほとんどの曲にゲストが招かれている点も大きな変化だ。サーペントウィズフィートトロ・イ・モワパンダ・ベアなどなど、多彩かつジャンル横断的な面子が集結しているが、なかでも注目しておきたいのは今年素晴らしいデビュー・アルバムを送りだしたコビー・セイと、ele-king イチオシのラッパー=ピンク・シーフ。ここでもまたノサッジ・シングは、普段の彼らからは得られない、声の抑揚やムードを引きだすことに成功している。
 ほの暗く、静けさを携えながらも、内にさりげない光彩を潜ませた音楽──それは、激動の一年を締めくくろうとしているわたしたちリスナーが、じつはいちばん欲しているものかもしれない。間違いなく、すごくいいアルバムなので、ぜひ聴いてみてほしい。

マッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。

NYにいる友人から聞いた話では、いま物価の上昇がすごいらしいですね。レストランにふたりで入ると以前は50ドルで済んだところが100ドルはかかるようになったそうです。LAはどんな具合でしょうか? NYはパンデミックで仕事を失った人も少なくなく、さらに追い打ちをかけるように物価高になり、ホームレスや精神不安を抱えるひとも増え、治安も悪くなったと聞いています。

NT:やっぱりLAも同様にインフレがひどくなりました。とくにガスの料金がすごく上がっていてみんな苦しんでいます。ホームレスにかんしては、LAはここ10年くらいずっと問題視されてきていましたので、パンデミックの影響というよりも、ひとつの社会問題としてつねに存在していました。個人的には、パンデミックのときはたまにゴッサム・シティ(『バットマン』で描かれる、荒廃した治安の悪い都市)に住んでいるような気分になりましたね。

新作は最終的にはとてもムーディーで、ある意味では心地よい音楽にまとまっていますが、背景には気候変動など未来への不安や、あなた個人の家宅侵入被害といった、いくつかの重たいテーマが潜んでいるようですね。今回は5年ぶりの新作で、12人ものゲストを迎えたアルバムです。どのようにこのプロジェクトがはじまり、進んでいったのかを教えてください。

NT:前のアルバムを2017年にリリースしたんですが、そこからどういう方向性にいくかを考えるのにしばらく時間を要しました。どのように自分の次のアルバムをつくりあげていくか、すごく悩みましたね。パンデミックは世界じゅうの人びとにとって難しい時期だったと思うんですが、自分にとってその時間は貴重なものだったと考えています。というのもこの数年間、5~7年はずっとツアーをしたり、他のアーティストのプロデュースを手がけたりしてきて、そういった経験を自分の世界にどのように落としこむかを考えていたので、自分にとってはある意味とてもポジティヴな時間でした。
 今回のアルバムそのものは、とてもシネマティックなものだと思っています。僕は85年に生まれたんですけど、90年代半ばの音楽をとくによく聴いていたので、そういった音楽を自分なりに解釈して取りこむことにチャレンジしました。たとえばマッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。とはいえ、ノスタルジックになりすぎないよう、細心の注意を払いました。
それと、今回のアルバムはこれまででもっともコラボレーションを全面に打ちだしたものになっています。ぼくはもともとすごくシャイな人間ですが、今回参加してくれたアーティストたちには個人的に知っていたわけではないひとも何人かいて、そういうひとたちにも連絡をとって参加してもらうようにお願いしました。だからさまざまなスタイルをうまくミックスすることができたアルバムだと思います。

日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。

あなたの音楽はビート・ミュージックでありながら、ある種の静けさや暗さを携えていて、アンビエントにも通じる部分があるように感じます。過度にハイテンションになる音楽ではなく、こういったサウンドができあがるのには、あなたの性格や生い立ちも関係しているのでしょうか?

NT:LAで育って、さまざまな音楽やカルチャーに触れる機会があったことは大きかったと思います。東京も同じような感じですよね。自分の世界をクリエイトするなかで、アンビエントをつくることは一種のセラピーのように感じています。これまでいろんなアーティストとセッションをしたり、プロデュースをしたりしてきましたけれど、たとえば日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。それこそブライアン・イーノがさまざまなジャンルの音楽をプロデュースしていて、ロックからアンビエントまでいろいろやっていましたが、歳を重ねるうちに彼のようなことをやりたいと思うようになりましたね。

エレクトロニカ的だけれどもヒップホップやR&Bでもあり、新作にはあなたが好きな音楽がいろいろ詰まっています。なかでもやはりヒップホップの要素は大きいように感じましたが、いかがでしょう? とくにピンク・シーフはエレキングが好きなラッパーのひとりですので、参加しているのが嬉しかったです。彼の魅力はどういうところにあると思いますか?

NT:ピンク・シーフには、とても新鮮で近未来的な印象を抱きました。彼のレコーディングは私のスタジオでおこなったんですが、とても面白かったことがあって。アルバムのアートワークに使われている写真はエディ・オットシェールというロンドンの写真家によるものなんですけど、この写真には両面があるんです。表に「両面を見て」と書いてあるんですよ。表では、道の真ん中に人が座っています。裏返すと、その道の反対側も写されているんです。ひとつの作品で道の両面を写したものなんですね。
 その写真をスタジオでピンク・シーフに見せたところ、彼は「わかった」と言って20~30分でリリックを書き上げました。そして彼はレコーディングをはじめて、楽器も演奏したんですけど、すごく長いテイクをひとつだけ録って、「できたよ」って言ったんです。追加で録音することもなく、ほんとうにワンテイクで終わらせちゃったんです。スタジオで彼に初めて会って、いきなりレコーディングがはじまって、すぐに終了したというそのプロセス自体が、自分にとってはかなり衝撃でしたね。
 その後「足すものはほとんどないけど、スクラッチだけ足したい」と伝えると、Dスタイルズの曲をスクラッチしてくれました。自分が10代の頃によく聴いていたDJグループで、当時はスクラッチにハマっていたので、とても嬉しい経験でした。

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ジュリアナ(・バーウィック)の最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。

先ほどマッシヴ・アタックやトリッキーの名前が挙がりましたが、まさにその影響を大きく感じさせるのが “Blue Hour” です。この曲にはジュリアナ・バーウィックが参加しています。彼女もわれわれのフェイヴァリットで、当然あなたも大好きなアーティストだと思いますし、彼女のアンビエントが素晴らしいことをあなたの前でことさら言う必要はありませんが、このアルバムにおける彼女の起用法はとても気に入りました。

NT:この曲はそもそもインストゥルメンタルからはじまったんです。ぼくは画像や映像からインスピレーションを受けることが多いんですが、この曲もガールフレンドが撮った短いビデオをスマホで見ていたらコードが浮かんできて、そこから作曲しました。ぼくはジュリアナの最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。彼女はいつもコーラスのような歌い方で、歌詞を書いたことがありませんでした。今回初めてちゃんと歌詞を書いて歌ったんですね。そういう感じでコレボレーションしつつ曲をつくったんですけど、じっさいに彼女と一緒に作業をしたのは2回だけです。

“Grasp” に参加しているコビー・セイもわれわれのフェイヴァリットのひとりなのですが、彼とはどうやってつながったのでしょう? 彼のどんなところを評価していますか?

NT:この曲は個人的にもとくにお気に入りなんです。最初は自分でドラムを叩いてプログラミングをして──という感じで、この曲も最初はインストゥルメンタルにしようと考えていました。それからギター・リフを弾いたり、なんとなくつくってはいたんですけど、そのまま数か月放置していたんです。でもずっと気にはなっていて、この曲をどう練りあげていくか頭の片隅で考えていて。
 そこでサム・ゲンデルに「アイディアを足してくれない?」と頼みました。そしたら彼がサックスのパートを送ってくれたので、インストにサックスが載った感じの曲にしようと思ったんですが、それでもどこか完成していないように感じていました。どうしようか悩んでいたところ、〈Lucky Me〉のダンというひとがコビーを紹介してくれて、「彼にやってもらったら?」と言ってくれたんです。
 それでコビーに連絡をとって、「こんなアイディアがあるんだけど」と4つ5つほどアイディアを出したところ、彼がそのうちひとつをピックアップして、ヴォーカルやベースをやってくれました。何千ものパズルがひとつにまとまるようにしてできあがった感じです。自分にとっても彼は特別なアーティストだったから、一緒にできたことはいまでも信じられないですね。

あなたは00年代後半に、《Low End Theory》を中心とするLAのビート・シーンから登場してきました。現在でもその「シーン」のようなものは続いているのでしょうか? もしそうであれば、そこに属しているという意識はありますか?

NT: 2005年か2006年だったか、かなり昔の話ですからね……。みんなそこから進化して、新しい道を歩んでいって、2012年か2013年くらいになんとなく空中分解したような感じではあるんですけど、いまでもみんな友だちだし連絡もとりあっていますよ。みんな成長して大人になって、子どもがいるひともいます。たとえばティーブスはアート・シーンに向かったり、フライング・ロータスは映画監督をやったり。みんな多様な活動をするようになりましたが、互いにサポートしあっています。

日本語には「地味」という言葉があります。あえて飾り立てないことのカッコよさについて言うことばですね。たとえば江戸時代は、着物を羽織ったときに、生地の表面に色味を使うのは「粋=クール」じゃないという大衆文化のなかで芽生えた美意識がありました。鮮やかな色彩は、着物の裏面に使うんです。それが歩いているときや風で少しめくれたときにちらっと見える。それが「粋」です。あなたの音楽にもそういうところがあるように思いましたが、いかがでしょうか?

NT:そういうふうに思ってもらえるのはすごくありがたいですね。それがひとつの個性だと考えられたら自分でも嬉しいです。自分としては、このアルバムで表現したかったことは、映像的なものに近いんです。
 これまでの自分のミュージック・ビデオは、ちゃんとしたチームがいるわけではなかったのであまり冒険せず、実験的でもなかったと思うんですが、ぼくの頭のなかにはつねに実験的なアイディアがありました。だからいま、ヴィジュアル・アルバムを作成していているんです。それはひとつの長い映画のような作品になりそうです。ぼくのアルバムのアートワークは全部モノクロなんですけれど、そのヴィジュアル・アルバムはとてもカラフルなものになるので、いまおっしゃっていたような感覚もあるのかなと思います。1月末にリリースする予定です。

Oli XL - ele-king

 2017年に〈PAN〉のアンビエント・コンピ『Mono No Aware』に参加、2018年には北欧エレクトロニカの牙城のひとつ、ローク・ラーベクが主宰する〈Posh Isolation〉のコンピ『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』にも名を連ね、じわじわと存在感を増していったストックホルムのプロデューサー、オリ・エクセル。
 2019年にはファースト・アルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を発表、昨年〈Warp〉との契約がアナウンスされた彼の、初来日公演が決定した。1月14日(土)@渋谷WWW、1月15日(日)@京都METROの2都市を巡回する。新時代のエレクトロニカの担い手として期待大の逸材、そのパフォーマンスを目撃しておきたい。

北欧のスターOli XLジャパン・ツアー東京&京都!
ハイパーポップからのエレクトロニカ新時代、
名門WARPからアルバムも期待される最新鋭が初来日★

Oli XL JAPAN TOUR 2023

1/14 SAT 23:30 at WWW Tokyo
https://t.livepocket.jp/e/20230114www
*限定早割12/29まで販売

1/15 SUN 18:00 at METRO Kyoto
https://www.metro.ne.jp/schedule/230115

tour artwork: sudden star
promoted by melting bot / WWW

Oli XL [SE]
ストックホルムのOli XLは、プロデューサー、DJ、ビジュアルアーティスト、アンダーグラウンドなクラブ・ミュージック界隈で最も魅力的な新人アーティストの一人として頭角を現している。19歳の若さで最初のレコードをリリース、現在3枚のEPとLPをリリースしているOli XLはUKの名門〈WARP〉とも契約を交わし、シングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリースした注目のアーティストである。ベルリンのレーベル〈PAN〉から2017年に新世代のアンビエント・コンピレーションとして名高い『Mono No Aware』のトラックや、同年のベルリンAtonalでのVargのNordic Floraショーケース(Sky H1、Swan Meat、Ecco2k、そしてVarg自身を含む他のアーティストと共に)、2018年1月にリリースされた〈Posh Isolation〉のコンピレーション『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』が大きな反響を呼び、2019年にデビューアルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を自身の新レーベル〈Bloom〉からリリースし、その際立ったサウンドスケープは瞬く間に広がりを見せる。

型破りでありながらファンキーなリズムとポップなセンス、これまでのリリースで示唆されていたサウンドが結晶化した2018年のEP『Stress Junkie』のリリースはSource DirectとBasement Jaxxの間のようなものだと本人は表現している。「クラッシュするようなシンコペーションのドラムと、静謐でリバーブのかかったアンビエンスの間のスイートスポットを突く」スペキュラティブなクラブ・ミュージックと呼ぶこともできるだろう。DJとしては、UKのハードコアの連続体への親和性とともに、そのニュアンスをすべて取り込み、時代性のある美学によってフィルターにかけ、多彩なダンス・フロアのサウンドを生み出している。UKのFACTは〈W-I〉をレフトフィールド・クラブ界隈の重要な声として取り上げている。そのレーベルにおいてCelyn June、Chastic Mess、Lokeyといった友人のリリースをディレクションし、音楽の物理的な新しいリリース方法を模索、Relicプロジェクトでは、安価な家電製品からパーツを集め、3Dプリントされた形状に埋め込み、Celyn JuneのEP『Location』を音楽プレイヤーとして機能する彫刻としてリリースする。〈W-I〉をクローズした後は新レーベル〈Bloom〉を立ち上げファースト・アルバム、続いてInstupendoとのコラボ・シングルやプロダクション・ワーク、最近ではWarpとの契約を発表後最初のシングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリース。UKクラブ・ミュージックの連続体のリズムを解剖したフリーハンドのアプローチで、断片的なサンプリング・テクニックにパーソナルなフィールド・レコーディングと加工されたボーカルを組み合わせ、ユーモアのないグリッチと並行してにBasement Jaxxの遊び心を想起させる奇妙だが感情豊かな音楽世界を実現している。

https://x-l.love
https://www.instagram.com/oli.xl/
https://twitter.com/oli_xl
https://www.youtube.com/channel/UCnNcOJlxRqrd7Lq49H0M_KQ
https://soundcloud.com/oli_xl

MURO × VINYL GOES AROUND - ele-king

 VINYL GOES AROUNDが監修した別エレ・レアグルーヴ特集号(おかげさまで大好評!)で、巻頭インタヴューに応じてくれたMURO。両者のコラボ企画第三弾が発表されている。
 今回VGAがフォーカスするのは、1940年代バップ期から活躍しパーカーなどを支えたドラマーのロイ・ポーター。70年代には「ロイ・ポーター・サウンド・マシーン」として作品を発表、90年代以降はレアグルーヴの文脈で評価され、『Inner Feelings』(1975)所収の “Panama” はDJスピナがサンプリングしたことで注目を集めた。
 そんなポーターの代表作、『Jessica』(1971)と『Inner Feelings』をモティーフにしたTシャツが発売されることになった。どちらも、デラックス・エディションのヴァイナルを付属した豪華セットが用意されており、前者にはケニー・ドープのリミックス、後者にはMUROのリエディットを収録した7インチが付属する。
 今回も限定品なので、お早めに。

MUROとVINYL GOES AROUNDのコラボレーション、第三弾!
ロイ・ポーター・サウンド・マシーンのオリジナル・ロング・スリーヴ Tシャツが発売されます!

ビッグ・バンド、スウィング、ビ・バップ、ジャズファンク各カテゴリーで光り輝いたドラマー、ロイ・ポーター。90年代以降は上質なサンプリング・ブレイクを叩く一人としてもヒップホップやレアグルーヴ・シーンで人気を博しました。
VGAでは彼が率いるロイ・ポーター・サウンド・マシーンの代表的なアルバム2作品をモチーフにしたロング・スリーヴ Tシャツを発売します。今回も受注生産につき、色を選べるのは受注期間のみ。

またセットでロイ・ポーター・サウンド・マシーンのデラックス・エディション・ヴァイナル付きも販売。
デラックス・エディションはゲートフォールド・ジャケットの片側にカラー・ヴァイナルのLP、もう片側にはスペシャルな7インチが専用のボードに固定されて収納。7インチのそれぞれの収録曲は『Jessica』には “Jessica” のKenny Dopeによるリミックスと “Jessica Vocal Version”。『Inner Feelings』には “Panama” のMUROのリエディットと “Panama Vovcal Version” がカップリング。どちらもデラックス・エディションにふさわしいレアなアイテムです。

伝説的なドラマーのロンTとプレミアムなアイテムでもあるデラックス・エディションのヴァイナルをこの機会に是非。

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□VGA-1024
Jessica Original Long Sleeve T-Shirt

GOLD / BLACK / WHITE
S/M/L/XL/XXL

¥6,000
(With Tax ¥6,600)

□VGA-1030
Inner Feelings Original Long Sleeve T-Shirt

BLACK / WHITE
S/M/L/XL/XXL

¥6,000
(With Tax ¥6,600)

□VGA-1031
Jessica Original Long Sleeve T-Shirt
With Deluxe Edition Vinyl

GOLD / BLACK / WHITE
S/M/L/XL/XXL

¥11,000
(With Tax ¥12,100)

□VGA-1032
Inner Feelings Original Long Sleeve T-Shirt
With Deluxe Edition Vinyl

BLACK / WHITE
S/M/L/XL/XXL

¥11,000
(With Tax ¥12,100)

※期間限定受注生産(~2023年1月31日まで)
※商品の発送は 2023年2月下旬ごろを予定しています。
※Tシャツのボディはギルダン 2400 6.0オンス ウルトラコットン Tシャツになります。
※レコードは他店にて流通するアイテムとなります。
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。

Shovel Dance Collective - ele-king

 伝統的なフォーク・ソングは、上手く演奏されると尋常ではないクオリティーの高さを発揮する。空気中の何かが変化したかのように、演奏者もオーディエンスも、その会場にいるのが自分たちだけではないことに気付くのだ。シャーリー・コリンズが、かつてインタヴューで「私が歌うと、過去の世代が自分の背面に立っているように感じる」と語ったように。
 これは、現代のフォーク・アンサンブル、Shovel Dance Collectiveの音楽を特徴付ける性質のひとつである。ロンドンの9人組は、いわゆるフォーク・ソング歌手のようには見えない。まずほとんどのメンバーがまだ20代であり、ドローン、メタル、アーリー・ミュージック、そしてフリー・インプロヴィゼーションなどの異端なジャンルへの愛着を公言する。数年前の結成以来、まるで歴史修正主義者のような熱意でフォークの正典に向き合い、労働者階級、クィア、黒人、プロト・フェミニズムの物語を前面に出してきた。その切迫感が音楽にも乗り移り、生々しく、土臭く、非常に生き生きと感じられる。端的に言えば、存在感があるのだ。
 2021年のクリスマスにShovel Dance CollectiveのYouTubeアカウントに投稿された動画は、まさに彼らの典型的なアプローチの仕方といえる。ヴォーカリストのマタイオ・オースティン・ディーンが、がらんとした工業用建物に独り佇み、19世紀の哀歌“The Four Loom Weaver”を歌う。労働者階級の失業と飢餓についての苦悩の物語だ。荒涼としたセットの感じが、ディーンの、首を垂れ、目を閉じてトランス状態にあるかのように切々と歌うパフォーマンスにさらにパンチを加えている。

 これまでのShovel Dance Collectiveのレコーディングの多くは、洗練よりも即時性を重視している。彼らの最初のリリース、2020年の『Offcuts and Oddities』は、手持ちのレコーダーや携帯電話で収録され、しばしばハープ奏者のフィデルマ・ハンラハンのリビング・ルームで録音されているのだ。彼らが従来のスタジオ録音を行うことは想像しにくく、これまででもっとも充実したリリースとなった『The Water is the Shovel of the Shore』(水は岸辺のシャヴェルである、の意)も、勿論そうではない。
 アルバムは4つの長尺の作品(シンプルにIからIVと番号付けられている)で構成され、ヴォーカルとインストゥルメンタルの演奏に、ロンドンのテムズ川とその近辺の水路などで収録された環境音がブレンドされている。マルチ・インストゥルメンタリストのダニエル・S.エヴァンスにより継ぎ合わされたこれらのメドレー/サウンドコラージュは、存分に感情に訴えてくる。
 そこかしこに水が在る。激しく流れ、足元を跳ね上げ、天上から滴り落ちる。たくさんの声が、溺れた恋人や海で遭難した船員、捕鯨船団や、海軍の遠征の話を語り、亡霊のように霧の中から浮かび上がる。しかし同時に、観光客がカモメに餌をやる音、艤装の際の軋む音、そして聖職者が毎年行う川への祝福の音なども聞こえてくる。過去が現在と共存している。歌と、歌に込められた物語は、街そのものから切り離せないものとなる。
 このアルバムは、エヴァンス、ディーンと同じくヴォーカルのニック・グラナータが、ロンドン南東部のかつては水車で埋め尽くされていた地帯であるエルヴァーソン・ロードDLR駅地下を走るトンネルで録音したセッションに端を発する。航海にまつわるテーマの“Lowlands”や“The Cruel Grave”といった曲ではディーンとグラナータの声が幽霊のように空間に轟く。
 他のメンバーたち(彼らのことをショヴェラーズと呼んでもOK?)も水にまつわるテーマを取り上げ、ヴァイオリン、ハンマー・ダルシマー(訳注:イギリスの伝統音楽で多用されるピアノの原型の打弦楽器)、そして私のお気に入りであるバスハーモニカなどの楽器で、バラッドやジグやシーシャンティ(船乗りたちの労働歌の一種)に貢献している。多種多様な録音の忠実度が、hi-fi/lo-fiがブレンドされたcaroline(キャロライン)の自身の名を冠したアルバムを思わせる、ある種の面白いコントラストを生み出している。実際、「The Rolling Waves」の美しいヴァージョンを演奏しているヴァイオリニストのオリヴァー・ハミルトンとロー・ホイッスル奏者のアレックス・マッケンジーは、両方のグループに共通のメンバーだ。
 アルバムに付随するエッセイでは、テムズ川の象徴性と一般的な水について深く掘り下げている。「土地と人々の支配に欠かせない水は、土地の文化とは一線を画した、植民地化、奴隷制度、人種差別、資本、商品や人々の移動の過程で形成された独自の文化を持っている。」という認識は、選曲や演奏のスピリットにも反映される。それは決して騒々しいものではないが、ブリティッシュ・フォークと聞いて多くの人が想像するような気取った田園風のものでもない。
 複数の民族の血を引くこの集団のメンバーと同様に、音楽は特定の国や地域に限定されておらず、イングランド、スコットランド、アイルランドにガイアナの歌がある。アルバムはガイアナ人の母親を持つディーンが歌う「Ova Canje Water」で幕を閉じるが、この曲は旧イギリス領ギアナで逃亡した奴隷が、新しく手にした自由について思いを巡らせながら、タイトルにもなっているカンジェ川の水を振り返って見渡すと言う内容だ。
 荒涼とした話になりがちなこのアルバムのなかでは、希望のある終わり方だ。特に第2部の冒頭を飾る悲痛なバラッド“In Charlestown there Dwelled a Lass ”(チャールズタウンに一人の小娘が住んでいた)がそうで、ハンラハンのハープをバックに、グラナータがアノーニのような情感豊かな震える声で、悲運のロマンスを表現している。衝撃的だ。
 全員によるアンサンブルを聴けるのは、冒頭の“The Bold Fisherman”の1曲のみであるにも関わらず、このレコードにみる団結力のすごさは印象的だ。個々の声が組み合わさり、何よりも大きな物を創造する、真の意味での集団的な仕事なのである。曲の多くが断片としてしか聴こえてこないのも、生きた伝統に触れているという感覚を高めてくれる。人から人へと受け継がれるもの、時が止まっているのではなく、常に動いているもの。過去から未来へと流れる共同体のようなものを。

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Shovel Dance Collective

The Water is the Shovel of the Shore

Memorials of Distinction / Double Dare

James Hadfield
 
Performed well, traditional folk songs can have an uncanny quality. Something in the air seems to shift, as players and audience alike become aware that they’re no longer the only ones in the room. As Shirley Collins once told an interviewer[1] : “When I sing, I feel past generations standing behind me.”
This is a defining quality of the music made by contemporary folk ensemble Shovel Dance Collective. The London nine-piece don’t look like your typical folkies: most of the members are still in their twenties, for starters, and they cite an affection for such heterodox genres as drone, metal, early music and free improvisation. Since forming a few years ago, they’ve been tackling the folk canon with the zeal of revisionist historians, foregrounding working-class, queer, Black and proto-feminist narratives. That sense of urgency carries over into the music itself, which can feel raw, earthy, and very much alive. Simply put, it has presence.
A video[2]  posted to Shovel Dance Collective’s YouTube account on Christmas Eve in 2021 is typical their approach. Vocalist Mataio Austin Dean stands alone in a vacant industrial building and sings the 19th-century lament ‘The Four Loom Weaver’, a wrenching tale of working-class unemployment and starvation. The starkness of the setting gives added punch to what’s already an impassioned performance – which Dean delivers with his head bowed and eyes shut, as if in a trance.
Much of Shovel Dance Collective’s recorded output to date has prized immediacy over polish. Their first release, 2020’s “Offcuts and Oddities,” was captured on handheld recorders and phones; they often record in harp player Fidelma Hanrahan’s living room. It’s hard to imagine the group making a conventional studio record – and “The Water is the Shovel of the Shore,” their most substantial release to date, certainly isn’t it.
The album comprises four lengthy pieces (simply numbered ‘I’ to ‘IV’), in which vocal and instrumental performances are blended with environmental recordings captured along London’s River Thames and nearby waterways. Spliced together by multi-instrumentalist Daniel S. Evans, these medley/sound collages are richly evocative.
Water is everywhere: flowing in torrents, sloshing underfoot, dripping from the ceilings. Voices emerge like revenants stumbling out of the fog, telling stories of drowned lovers and sailors lost at sea, whaling expeditions and naval campaigns. But we also hear tourists feeding gulls, the creaking of rigging, and clergy conducting their annual blessing of the river. The past coexists with the present. The songs, and the stories they contain, become indivisible from the city itself.
The genesis of the album was a session recorded by Evans, Dean and fellow vocalist Nick Granata in a tunnel that runs under the Elverson Road DLR station in south-east London, a site once occupied by a watermill. Dean and Granata’s voices resound through the space, haunting it, as they perform nautically themed fare including ‘Lowlands’ and ‘The Cruel Grave.’
The other members (is it OK to call them “shovelers”?) pick up the aquatic theme, contributing ballads, jigs and sea shanties on instruments ranging from violin to hammered dulcimer and – my personal favourite – bass harmonica. The varying fidelity of the recordings makes for some delicious textural contrasts, redolent of the hi-fi/lo-fi blend on caroline’s self-titled album. Indeed, the groups share a couple of members – violinist Oliver Hamilton and low whistle player Alex Mckenzie – who do a beautiful version of ‘The Rolling Waves’ here.
An accompanying essay delves deeper into the symbolism of the Thames, and water in general: “Vital in the control of lands and people, water has its own culture, distinct from land cultures, formed by processes of colonisation, slavery, racialisation, movement of capital, goods, people.” This awareness informs both the choice of songs and the spirit in which they’re performed. It isn’t raucous, exactly, but nor is this the kind of genteel, bucolic stuff that most people think of when you mention British folk.
In keeping with the mixed heritage of the collective’s members, the music isn’t restricted to any one country or region. There are songs from England, Scotland, Ireland and Guyana. The album concludes with Dean – whose mother is Guyanese – singing ‘Ova Canje Water’, in which an escaped slave in what was then British Guiana looks back across the waters of the titular Canje River, contemplating his newfound freedom.
It’s a hopeful finish to an album whose tales tend to be bleaker in nature. That’s especially true of ‘In Charlestown there Dwelled a Lass’, the heartbreaking ballad that opens the second part. Accompanied by Hanrahan’s harp, Granata delivers a story of doomed romance in a quavering vocal with the emotional intensity of Anohni. It’s a stunner.
Only once – on the opening performance of ‘The Bold Fisherman’ – do we hear all of the ensemble together, yet it’s impressive how cohesive the record is. It’s a collective undertaking in the truest sense, in how the individual voices combine to create something greater than all of them. The way many of the songs are only heard as fragments heightens the sense of tapping into a living tradition: something passed on from one person to the next, in constant motion rather than fixed in time. Something communal, flowing from the past to the future.

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