「Man」と一致するもの

Derrick May - ele-king

子供の頃からずっと人種的不正と共に生きてきた。二等市民として扱われたことのある人間ならば、人種差別・偏見は心に永遠に消えない傷を刻むことを知っているだろう。このようなメンタリティを持つ人たちの憎悪と無知は、恐怖と愚かさによるものだ。これからも、この惑星には常に人種差別主義者は存在するだろう。だから、人種差別を撲滅・根絶しなければならない! この社会から差別を時代遅れにしてしまおう。(デリック・メイ)

I have lived with racial injustice my entire life since I was a young boy, such as anyone who's ever been treated as a second-class citizen knows Racisim and bigotry leave painful deep permanent scars and injuries to the psyche that never go away! The hate and ignorance that lives in this mentality is due to fear and stupidity! There will always be a racist on the planet, our job is to eliminate and eradicate them! Make them obsolete to our society. (Derrick May)

Wire - ele-king

 パンクが大衆の認識に与えた衝撃が完全に浸透するよりも前に、ワイアーはすでにパンクを弄び、嘲笑い、その限界を超越していた。新興のパンク世代が、より純粋であると思われる1950年代のロックンロールの価値観を称揚し、1970年代のプログレッシヴ・ロックの大仰さを軽蔑して根絶を望んでいたのをよそに、ワイアーは〈Harvest Records〉と契約を結んでピンク・フロイドと同じレーベルの所属となり、伝統的ロックンロールに残るブルース・ロックの影響を自分たちのサウンドから排除しようとした。パンク・ムーヴメントの中核に残された者たちは、パンクの限界をより深く突き詰めようとしたが、それがあまりにもあっさりと超えられたことに、ほとんど気づいてさえいなかった。

 それから40年以上が経ったいま、ワイアーの音楽が反ロックの衝撃をもたらすことはなくとも、その栄誉の一部はワイアー自身に与えられるべきだろう。彼らが短期間で鮮烈にロックの形態を歪め、解体したことによる影響は長くくすぶり続け、ここ数十年に渡ってロックを再構築しようとする動きに力を与えており、状況は1970年代の終わりに彼らが目指した方針に近づいている。一方でワイアーが少なくとも2008年の『Object 47』以来切り開いてきた道は、ロックとの和解を目指しているかのようであり、ロックの構造に対する遠回しでぎこちない攻撃は健在ながら、自分たちの言葉で曲作りの方法論を探求することで、以前より遙かに心地よい状態に繋がっている。

 また現在のワイアーは、過去の自分たちとの対話にますます没頭しているように見受けられる。ロックの既成概念を解剖するアイデアと、ほとばしるポップスの輝きを組み合わせるスタイルは当初から変わっておらず、バンドは過去の自分たちを折に触れて肯定することを厭わない。コリン・ニューマンが皮肉とともに“Cactused”の切迫感のあるサビに込めたメッセージは、バンドによる1979年の珠玉のポップ・ソング“Map Ref. 41 Degrees N 93 Degrees W(北緯41度西経93度)”と同じ無味乾燥なほのめかしを表している。それでもワイアーが現在のロックのあり方を受け入れるなかで辛辣さはわずかに鳴りを潜め、うまくいっているときに得られる純然たる喜びも多少は感じられるようになってきた。

 そこには以前に比べて少しだけ緩さも生じているのかもしれない。1970年代のワイアーの楽曲は槍のように脳をきつく刺激するもので、リリース時点ですでに彼らのミニマリズムは完成されており、バンドはそこにさらなる活力を与えて展開させることは望んでいないように見受けられたが、現在、その音楽のなかに新たな活気が生まれる余地が徐々に認識できるようになっており、とくに『Mind Hive』ではその狙いが見事に開花している。“Unrepentant”や最後の“Humming”のような曲では、ブライアン・イーノ風と言ってもいいほどの広大なアンビエントの流れができており、一方“Hung”は、8分近くにおよぶ曲の中で核となるグルーヴを乗りこなせるという自信に満ちている。そうしたエネルギーは、新たに加入したギタリストのマシュー・シムスが持ち込んだ幻惑的な色合いにもたしかに受け継がれており、彼の存在感はますます高まっているが、それはまたバンドが少なくとも過去12年間で辿ってきた進化の道筋に欠かせないものでもある。

 ワイアーが変わらず妥協のない挑戦的なワイアーらしさを保っていることは、歌詞に現れている。その歌詞は、現在のインディ・ロック・シーンで彼らの影響を受けているどの若手バンドと比べてもなお、鮮烈で鋭く、謎めいていると言っていいだろう。多くの楽曲では、オンライン空間のまとまりのない空虚な世界観が断片的な形で漂っており、“Humming”では謎めいたロシア人の存在に言及し、喪失感やうまくいかないものごとや頭をよぎる失われた自由について述べていて、“Hung”においては混乱のなかで制御を失われる感覚や「一瞬の疑念」から生まれた些細な混沌がひたすら描かれる。『Mind Hive』全体を貫いているのは、現在まさに動揺し崩壊しようとするこの世界に対する明白な意識だが、それぞれの歌が具体的な何かから引き出されたものだとしても、その直感の閃きを歌詞から辿ることはできない。歌詞に唯一残されているのは、断片的な糸口と脅迫めいた暗示であり、それは力強く感情を込めた、憂鬱と偏執からなる筆致で描かれている。これはおそらくロック・ミュージックに限らず、世界の全体が、ようやくワイアーに追いついたということなのかもしれない。

訳:尾形正弘(Lively Up)


Ian F. Martin

Before punk had even fully made an impact on the public imagination, Wire were already kicking it around, mocking it, transcending its limitations. As the emergent punk generation championed the supposedly purer values of 1950s rock’n’roll and sneered the pomposity of 1970s progressive rock into what they hoped was oblivion, Wire signed to Harvest Records as label mates to Pink Floyd and set about expelling the blues-rock influences of classic rock’n’roll from their sound, leaving the core of the punk movement digging deeper into its own limitations, mostly not even aware of how swiftly they’d been surpassed.
Now, more than 40 years on, Wire’s music doesn’t land the anti-rock impact, but part of the credit for that should probably go to Wire themselves. The slow-burning influence of their short, sharp distortions and deconstructions of rock forms has helped rock music over these past few decades to reassemble itself in a way that brings it closer to the path that Wire had begun charting in the late 1970s. Meanwhile, the path Wire have carved themselves, at least since 2008’s Object 47, feels like a sort of reconciliation with rock, retaining the band’s oblique and angular attacks on its structures but combining that with a greater comfort in exploring its songwriting conventions on their own terms.
The Wire of today also seem to be increasingly engaged in a dialogue with their own past selves. The combination of ideas that dissect rock conventions and bursts of glorious pop has been there since the beginning, and the band aren’t averse to the occasional nod to their past selves. Colin Newman’s irony-laced announcement of the impending chorus in Cactused directly references a similar dry aside in the band’s 1979 pop gem Map Ref. 41 Degrees N 93 Degrees W. Still, there’s a little less sarcasm in Wire’s nods to convention nowadays, a little more comfort in the simple joys of what works.
There’s perhaps a bit more looseness too. Where Wire’s songs in the 1970s were tightly-wound lances to the brain, already at such a point of minimalist completion by the time of release that the band seemed to feel no need to let them breathe and develop, there’s increasingly a sense of breathing space to their music now that is in particularly full bloom on Mind Hive. Songs like Unrepentant and the closing Humming have an expansive, almost Eno-esque ambient drift to them, while Hung has the confidence to ride its central groove for nearly eight minutes. Some of this must surely be down to the psychedelic tint brought by new guitarist Matthew Simms as he increasingly makes his mark, but it’s also part of an evolutionary course the band have been on for at least the past twelve years.
Where Wire are still uncompromisingly and defiantly Wire is in the lyrics, which are still fresher, sharper, more cryptic than nearly any of the younger bands that carry their influence in the contemporary indie scene. The disconnected, spectral presence of the online world haunts many of the songs in a fragmentary fashion; references to an ambiguous Russian presence, a sense of loss, of something gone wrong, of freedoms lost flicker through Humming; the sense of something spinning out of control, of mere chaos born out of a “moment of doubt” pounds its way through Hung. There’s a definite sense running through Mind Hive of our current shivering, crumbling world, but if the songs are drawn from anything specific, access to that spark of inspiration is closed off by lyrics that leave only fragmentary evocations and menacing hints, painted in powerfully emotional strokes of melancholic paranoia. Perhaps it’s not just rock music but the whole world that has only just caught up with Wire.

interview with Laurent Garnier & Eric Morand - ele-king

僕たちの野心は慎ましいと言えるものではなかった──なにしろそれは、パリを叩き起こすことなのだ。
ロラン・ガルニエ『エレクトロショック』

 パリのレーベル〈F Communications〉、通称Fコミ。テクノDJのロラン・ガルニエ、レーベル・マネージャーのエリック・モーランの2人によって、1995年からはじまっている。つまり今年で25年。
 ロラン・ガルニエは、たとえばデリック・メイやウェストバムのように、シーンのないところにシーンを切り拓いたフランスにおけるテクノの開拓者で、情熱がそのまま歩いているような人物である。なにしろこの男ときたら、1998年パリの路上のテクノ・パレードにおいてマイクを握り「テクノはバスティーユを奪った」と高々と宣言したほどなのだ。
 そう、たしかに革命は果たされ、〈F Communications〉は多くの名盤をリリースしていった。彼の自伝『エレクトロショック』はフランスではベストセラーとなり、映画化されることになっている。テクノに関しても、パリで大がかりな展覧会が開催されるほど文化としての評価を固めている。

 いま世界はコロナウイルスによって甚大なダメージを受け、変化を強いられている。「DJの仕事とは、場所がどこであろうと、ギャラがいくらであろうと、客を踊らせること」、『エレクトロショック』においてこう記したロラン・ガルニエをはじめ、世界中のDJたちはオーディエンスを前にブースに立つことはできないでいる。つい数か月前まであったクラブ・カルチャーがいつ戻ってくるのかいまの時点では見えていない。5月21日の時点でのフランスでの死者数は2万8千人、イギリスとイタリアに次いで多いことになる。
 以下は、そんな渦中でのインタヴューである。

僕にとってもっとも重要なことは、人びとを踊らせるためにタンテーブルの後ろに立つことだ。それが僕の使命だ。

私たちはいま、歴史のただならぬ雲行きの渦中にいるわけですが、この状況をどのように捉えていますか?

エリック:まずはその質問に対して、いま私はじっさいどのように答えられるのだろうか? つまりこの瞬間は、そしてその次の瞬間には、さらに多くの質問を引き起こしているのだから。より一般的に言えば、この地球上のすべての人間と他の生命体がどのようにして、私たちが変化とともに、たしかな進化とともに生きなければならないかということだろう。
 もうひとつ言えるのは、西洋の文化は人生、変化、未知のサイクルとのつながりを失っていると私は見ている。18世紀の「啓蒙運動」以来、フランスではより(それまで恐れていた)科学を推奨し、むしろ精神や神聖さを排除しようとしてきた。「科学的」な時代においてはすべてを明晰に説明し、すべてを制御し、すべてを計画できるという盲信がある。しかし、高度に組織化された現代の社会は、その適応能力を失っている。生命はつねに適応する方法を知っていると私は深く感じているが、おそらく現在の社会のシステムではそれができないのだろう。未知なるものに対応する私たちの能力とは、つまりそれらを制御するのではないはずだ。これらの変化において踊ること。人生の一部であるものをコントロールできると盲信するのではなく、生、死、病気とともに生きること。そういうことについていまは考えるべきではないだろうか。

なるほど。それは興味深い話です。ところで、パリはどんな感じなのでしょうか?

ロラン:状況は非常に複雑で、とても大きな不安を引き起こしている。政府からの支援もあったけれど、多くの人びとはロックダウン以来収入がないからね。特定の商業分野──たとえば旅行、ホテル、ケータリング、エンターテインメント、映画館、バー、ナイトライフ──は、この夏またはこの秋までに再開することができないかもしれない。すべてのフェスティヴァルとスポーツ・イベントはキャンセルされているし、さらに多くの失業者が出る可能性がある。経済的に見れば状況は壊滅的であり、ロックダウンの延長は僕たちの多くにとってさらに事態を複雑にするだろう。特定の都市での門限、ロックダウンを強制するための警察のパトロール、スーパーマーケットでの特定の食料品──卵、パスタ、小麦粉など──の欠如などがあって、まったく、僕たちは「戦争の時代」を生きているようでもあるんだ。
 が、その一方フランスでは現在、並外れた連帯が生まれてもいるんだよ。介護者、ホームレス、高齢者、経済的に不安定な人々ための連帯──地域社会は、もっとも弱い立場の人たちを助けるために組織している。毎晩のことフランス全土が窓やバルコニーに集まり、仲間の市民の世話をするために毎日命を危険にさらしている医師や介護者、そして働き続けているすべての人びとを称賛しているんだ。
 いまのフランスは、介護者、レジで働いている人たち、ごみ収集人、配達人、宅配便業者、ホームヘルパーが僕たちの国を回していることに気づいている。銀行員ではなくね。マクロン大統領も、それ以前にくらべてはるかに謙虚さを示しているようだけど、フランス人は本当にこの危機を契機に、より良い世界を構築すんだろうか? それはまだわからない。

ロックダウンされた状況下で、人びとはどんな風に過ごしているんでしょうか?

ロラン:できる人は在宅勤務している。多くの人はかなりの時間を掛けて子供たちが何とかうまく授業を受けらるように手伝っている。人びとは本を読んだり、音楽を聴いたり、料理したり、スポーツをしたり、ドラマ・シリーズを次々と見たりしているね。
 僕たちは皆、電話で多くの時間を過ごしたり、愛する人、友人、家族からのニュースを受け取っている。Skypeで友人と食前酒を飲んだりね! 片付けをしたり、ガーデニングをしたり、初めて絵を描くことをしたり……
 僕は、家で息子とたくさん話しているよ。ロックダウンによって僕たちは考えたり、話し合ったり、たくさんのことを共有したり、たくさんの音楽を聴いたり、クラシック映画を見たり、ボードゲームをしたり……。実際、僕たちはこの休憩時間を利用して、家族で一緒に良い時間を過ごすようにしているんだ。

そういうポジティヴな側面もあると。しかし、それにしてもFコミ25周年の年にこんなことが起きるなんて……。

エリック:現在(4月末)のロックダウンにより、フランスでは窒息について話す人もいるね。自由の欠如。音楽で逃れる人もいる。そして、それは私がフランスに住んでいる80年代の終わりに感じた感覚を直接思い出させるんだ。あの頃も音楽シーン、クラブ、レコード業界が本当に行き詰まっていた。イギリスまたはベルギーに行くとすぐに私は新しいエネルギーとすべてのダイナミックを見た。当時の私にはイギリスやオランダに住むという誘惑はあった。でも、私はフランスに残って物事を起こしたいと思った。それがロラン・ガルニエと私がパリで立ち上げたパーティ〈Wake Up〉なんだよ。そしてこれが、フランスのエレクトロニック・ミュージック・レーベルを設立する契機を与えてもくれたと。周りの人に「目を覚ませ」と伝えるというね。そのコンセプトはこうだ。つまり「別の人生は可能である!」と。「あなたには踊るし、あなたには夢を見る権利がある!」と。もしロックダウンの終わりに、物事を変えるのと同じエネルギーがあれば、ふたたびマジックが起きるかもしれない!

Fコミは25年ですが、〈Fnac〉時代から数えるともっと年数はいくんじゃないですか? 「A Bout De Souffle EP」が1993年ですし。

エリック:今年はFコミの25年だけれど、それ以前の歴史もある。たしかに1991年11月にロラン・ガルニエの最初の12"のリリースが〈Fnac Music Dance Divisio〉であった。しかし、その〈Fnac Music Dance Division〉は1994年2月に終了した。
(※Fnacとは当時のフランスにおけるもっとも大きなレコード・チェーン店で、当初はその店の事業部がダンス・ミュージックの12インチをリリースした)

これまでの25年のあいだの、とくに思い出深い出来事はなんでしょうか?

エリック:その質問に答えることができるとしたら、パリのクラブ〈La Locomotive〉で、月曜日の夜にクリシー大通りの交通を遮断して開催されたレーベルの1周年パーティになるんだろうな。でも、私個人にとっては、1995年のベオグラードでのFコミのパーティが一番の思い出だよ。

 ちょうどのそのときは、ユーゴスラビアでの戦争が数か月前に終わってはいたものの、ユーゴスラビアはまだ封鎖されていた。で、1人のプロモーターがFコミのパーティをベオグラードで開催したいと、そのために我々を彼の地に連れていきたいと言ってきてね、彼はその数ヶ月前は戦地で戦っていた。
 ロランはエレクトロニック・ミュージックが存在しなかったり、そのジャンルに対して決して好意的とは思えない国でプレイすることが大好きなDJなんだ。だから、私たちはこのクレイジーなプロジェクトに乗り出した。フランスからの直行便はないので、ブダペストに着陸し、ミニバスで移動したんだけど、軍隊がいる国境を越える瞬間が思い出深い。ロラン、Shazz、Scan X、私、プロモーター、ドライバーとライヴセット用の機材で満たされたミニバスをじっと見つめる機関銃と不吉な顔をした税関職員の顔を想像してみて欲しい。やっとの思いで通過して、ベオグラードに到着した。市長との式典に招待されて、 そのあとすぐに古いベオグラード空港でのパーティーがはじまった。戦後初のパーティでね、2000から3000人の興奮された人びとがやって来た。とても素敵な人たちだった。まさに私たちが好むクレイジーな冒険であり、素晴らしい思い出だ!

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なにもライヴ体験に取って代わることでは決してない。音楽は「その場で」体験できること、それはDJの本質でもある。瞬間を理解し、捉え、人びとと交流すること。

あなたのなかのFコミのベストな5枚は? 選ぶのはたいへんでしょうけど、ぜひ!

エリック:はい、レーベルの280枚のリファレンスから選択するのは非常に困難だ! これだけ異なる音楽ジャンルから選択するとなるとなおさらね!
 この多様性のなかで、私は常にA Reminsicent Driveのアルバム『Mercy Street』に大きな愛情を持っている。Ludovic Navarre(St Germain / Deepside)の「French」、もちろんLaurent Garnierの「Crispy Bacon」、アルバム『Unreasonable behaviour』の「Communications from the lab」、Aqua Bassinoの「Milano Bossa」、またはAvrilの「Velvet Blues」、Del Dongoの「Samiscience」の完全にサイケデリックなハイパー・グルーヴ、いまでは廃盤になったけれど、1996に再発したDJ Kudoの「Tiny Loop」もある……あ、5タイトルを大幅に超えたね(笑)!

コロナによって、音楽ファンの嗜好は変化すると思いますか?

ロラン:人びとの好みが変わるかどうかはわからないけど、ロンクダウンしている現在、人びとはより多くの音楽を聴いている可能性があるだろうね。多くの人びとが音楽を聴いている。音楽はより強く、よりそのひと個人の味方となって、内面や恩恵になるだろう。「私たちを慰めるためにそこにいる親友」のようにね。外界との接触の欠如により、おそらく現在の一部の人びとの人生のなかには音楽は別の意味を示しているかもしれないね。
 僕の場合、それは指数関数的で、いまは以前よりも多くの音楽を聴いている。もちろん以前もたくさん聴いていたけれどね。しかし奇妙なことに、新しいもの、新譜を聴くのはとても難しい。目の前を見るのに苦労しているような感じだね。
 ロックダウン以来、僕は自分のレコード・コレクションを再発見しているんだよ。完全に忘れていたアルバムを何時間も聴いている。自分はノスタルジックな人間ではないんだけれど、でもいまは、自分を形成してきた音楽を評価をする必要があるような気がする。これはおそらく、今後数週間で実際に何が起こるかについての情報がないことに関連しているのだろうけれど。
 もうひとつ少し奇妙な発見があって、それは僕はいま(ハード)テクノを絶対に聴くことができないということ。僕にとって、この時期この手の音楽を聴くことにはまったく向いてない。テクノは僕にとっての心臓の一部のはずなのに、いまはまったく無理なんだよ!

そうですよね。5年前の『La Home Box 』はテクノ、ハウスに向き合ったあなたの原点回帰とも言える内容でしたもんね。ところで、あれからアルバムをリリースしていませんよね。ご自身の制作はいまどうなっているんでしょうか?

ロラン:僕にとって、いま音楽を作ることは楽しみではあるけれど、絶対ではない。僕は自分をホンモノのミュージシャンだと思ったことはないからね。アーティストとして僕にとってもっとも重要なことは、人びとを踊らせるためにタンテーブルの後ろに立つことだ。それが僕の使命だ。
 それに……音楽を作るには時間がかかる。緊急時に作曲するのも悪いことではないだろうけどね。ただ、僕のDJツアー+毎日新譜を聴く時間+ラジオ番組の制作+僕がギャビン・リヴォワールと4年間取り組んできたドキュメンタリー・プロジェクトの制作+家族生活とすべて……以上の他に皆さんがあまり知らない小さなプロジェクトを数えると、制作に割ける時間は決して多くないんだよ。

なるほど。

ロラン:『La Home Box』以降でいえば、〈Kompakt〉のEP「Tribute EP」とRekidsのEP「Feelin' Good」があったね。Madbenと共作した「MG’s Groove」、〈Skryptom records〉のアニヴァーサリー・コンピ用に1曲提供したし、Roneもリミックスしたよ。ロック系ではフランスのバンドThe Liminanasをリミックスしたし、Steeple Removeのリミックスもやったよ。
 それから、フランスのドラマ長編映画「Paris est a Nous」のサウンドトラックの50%を作曲したし、フランスのテレビ局のドキュメンタリー番組の音楽も担当したね。僕のドキュメンタリーでは、一部のKickstarter参加者のために超限定アナログ盤企画用に新しい12分のダンスフロア・トラックも作曲したな。そして、この夏はツアーができないので、フランスのロック・バンド、The Liminanasと一緒にアルバムを共作するプロジェクトが予定されてるよ。

いろいろやることがあるわけですね?

ロラン:その他、僕が住んでいる村で毎年ポップ/ロック・フェスティヴァル(YEAHフェスティヴァル)を共催している。フェスティヴァルの傍で、僕たちはより多くの社交的な目的──刑務所、家、障害者の家、学校、大学など──のために、年間を通してたくさんのミニイベントを企画しているんだ。
 執筆にも多くの時間を費やしているよ。僕は自伝『エレクトロショック』の映画化企画に10年以上取り組んできているし。こんな感じで、あまり自分の音楽に時間をかけることができないんだけど、ずっと忙しいんだよ。ちなみに来週引っ越しをするので、新しい場所、新しいスタジオに引っ越すことで、また音楽を作る気になるかもしれないね!

いま言ったドキュメンタリー映画プロジェクト#LGOTR Laurent Garnier: off the recordについて教えてください?

ロラン:ギャビン・リヴォワール監督は4年以上も僕をフォローしている。ドキュメンタリーのアイデアは、テクノについて少し語りながら、僕のキャリアのある局面、瞬間をさかのぼってかなり親密な肖像画を作ること。実際、僕たちが興味深いと考える特定の主題、場所、瞬間に立ち止まりながら、僕が歩んで来た道をフォローしている。ドキュメンタリーの目的は、この音楽(テクノ)の全体像を伝えたいと思って教訓を示すことではない。もしそれをやるなら、25時間のドキュメンタリーを実行する必要があるだろうし。ここではむしろ、この音楽(テクノ)の歴史にとって僕にとって重要であった場所、人びと、または瞬間によって区切られた一種の個人的な歩行としての体験が強調されているんだ。だからすべては主観的だね。

長年ナイトライフの世界が維持してきた経済モデルを劇的に変化させなければならないだろうし、それが論理的に重要に思える。少しの謙虚さと親切さが僕たちに最大の益をもたらすんじゃないだろうか。

いまこういう状況のなかフランスの音楽シーンで、なにか新しい取り組みなどありますか?

ロラン:現時点では、Covid-19の影響で、今後数か月の間に何が起こるかについて明確なヴィジョンを持つことは不可能だよ。すべてのクラブは閉鎖されていて、フェスティヴァルは禁止されている。僕たちは国境を越えて隣国に行くことさえできない、現状は非常に深刻だよ。ロックダウンの開始以来、誰にも何の収入が入っていない──0セントもね! この危機が長続きすると、僕たちの多くは間違えなく職を失う。DJ、クラブ、コンサートホール、フェスティヴァルなどなど。
 リニューアルについて考える前に、このシーンが今後に単純に生き残ることができるかどうかについてまず知る必要があるんじゃないのかな。もし生き残れるのであれば、どのように、誰が? たしかなことのひとつは、フランスのテクノ・シーン──他のすべての国のシーンと同様──がこの前例のない危機から多大な影響を受けることだ。残念なことに多くの人が姿を消すことを僕たちは認識しなければならない。何が起こるかがわかるまで、しばらく待たなければならないだろうな。
 僕たちみんながいままでの職業を守り続けるためには、長年ナイトライフの世界が維持してきた経済モデルを劇的に変化させなければならないだろうし、それが論理的に重要に思える。少しの謙虚さと親切さが僕たちに最大の益をもたらすんじゃないだろうか。
 あるいは、この危機が音楽よりもお金が好きな連中、日和見主義者的DJ、無能なマネージャー、変態ツアーマネジャー、不正なプロモーターを排除することができたら、それはそれで僕たちにとってとても良いことだろうけれど。

コロナ渦においてはストリーミングはひとつの手段だけど、ほかにどんなことが考えられると思いますか?

ロラン:人びとは現在、僕たちが以前知っていたのとは非常に異なる状況で音楽を聴いている。たぶんストリーミングでのDJセットで特定の経済が発展するだろうね。
 でも音楽がそこにあっても、同じダンスフロアで一緒にいるとき、DJセットやコンサートを一緒に楽しむ体験に勝るものはないよ。いまはストリーミングも良いと思うよ。ストリーミングは人と人との間に何らかのつながりを保つから。しかし、ライヴ体験に取って代わることでは決してない。音楽は「その場で」体験できること、それはDJの本質でもある。瞬間を理解し、捉え、人びとと交流すること。

とにかく、お互い無事生き延びて、いつかダンスフロアでお会いしましょうね。

ロラン:僕も心からそう願っている。僕たちみんなが愛する音楽は、それが同じダンスフロアで一緒に聴けて、体験できるときにだけ本当の価値があるんだ。そしてそれが日本のダンスフロアでもあるとすると……僕にとってそれは本当に世界でもっとも美しいものなんだよ。

最後に、25周年ということで特別に企画していることがあれば教えて下さい。

エリック:最近になってFコミを発見し、そしてフランスの音楽の歴史において私たちがどのような役割を果たして来たかを理解したいと思ってる20〜25才くらいの若いオーディエンスから多くの要望があった。こうしたインターネットでの連絡があって、私はこの25年間を祝いたいと思ったんだよ。今日では、1991年以前にフランスのハウス/テクノまたはエレクトロニック・ミュージックのアーティストについて誰も知らなかったことを想像することは難しい。しかしじっさいは、フランスのインディペンド・レーベルがフランス国外でレコードを販売することすらなかった。Gypsy Kings(ジプシー・キングス)やMory Kante(モリー・カンテ)などのワールド・ミュージックのアーティストを除いて、フランスのアーティストはフランス国外でコンサートを行うことはほとんどなかった。
 FnacとFコミでひとつのドアを開くことができたと思っている。だからこそ、すべてのレコードを復活させる必要があると思っているんだ。25年の祝いとして、元のDATマスターから完全にリマスターされた25枚の名盤、そしてあまり知られてない作品まで25枚の12"を選択した。アナログ盤とデジタルで5回に渡って5枚づつリリースするよ。今年の終わりには、アナログ盤2枚でMegasoft Officeの特別ヴァージョンもリリースする。また、デジタルで利用可能なタイトル数も増やそうと思う。デジタルで利用できなかったタイトル、宝物がまだたくさんあるからね。

──────

 個人的なよき思い出としては、2006年に『エレクトロショック』の日本語版を出せたことと、ゴダールの映画『勝手にしやがれ』でジャン・ポール・ベルモンドが最後にぶっ倒れる道路を明け方よれよれに酔っぱらいながらいっしょに歩いたことだ。その『勝手にしやがれ』のフランス語の原題「A Bout De Souffle」が、彼の最初の出世作だった。1993年のEPでその1曲目は『勝手にしやがれ』の英語タイトル“Breathless”。彼がエリック・モランとはじめたパリで最初のアシッド・ハウス/テクノのパーティの名前となった“Wake Up”も、その「A Bout De Souffle EP」に収録されている。
 このEPはFコミからではなく〈Fnac〉からのリリースで、当時は〈Warp〉にもライセンスされている、時代を切り拓いた決定的なシングル。その筋で重要なもう1枚は、同じく1993年にデリック・メイの〈Fragile〉と〈Fnac〉からリリースされたChoice(ロランとサンジェルマン=ルドヴィック・ナヴァールによる)の「Paris EP」で、収録された“アシッド・エッフェル”は永遠のクラシックである。

Alex from Tokyo Pratによる〈F Communications〉25枚

(年代順))

St Germain-en-Laye - Mezzotinto EP
D.S. – Jack On The Groove
Shazz – A view of Manhattan EP
Nuages – Blanc EP
Juantrip – Switch out the sun
Nova Nova – Nova Nova EP
St Germain – Boulevard LP
Laurent Garnier – Club Traxx EP
Various – Musiques pour les plantes vertes CD
Nova Nova – Tones
Scan X – Earthquake
DJ K.U.D.O – Tiny Loop
Laurent Garnier – Crispy Bacon
Aqua Bassino – Deeper EP
Various- Megasoft Office 97 CD
A Reminiscent Drive – Mercy Street LP
Jii Hoo – Let me love you
Frederic Galliano – Espaces Baroques LP
Jori Hulkonen – You don’t belong here
Various – Live & Rare 3LP
Mr.Oizo – Flat Beat
Laurent Garnier – The Man with the Red Face
Frédéric Galliano with Hadja Kouyaté - Alla Cassi Magni
Avril – French Kiss
Laurent Garnier - Retrospective LP

【元F Communications日本大使としての思い出】

 文:ALEX FROM TOKYO PRAT

 1991年9月、大学のために東京から出身地のパリへ。ダンス・ミュージックに関しては東京での高校時代にからすでに心酔、フランスに来てからパリのアンダーグランド音楽とクラブ・シーンを発見しました。
 まずは毎週木曜日、伝説のRex ClubでLaurent GarnierとDj DeepがレジデントDJを務めていたフランス初のアンダーグランド・テクノ・ハウス・パーティ〈Wake Up〉に通う。そして、Gregory(グレゴリ−)とDj Deepと親しくなって、Dj Deep通して〈Fnac Music Dance Division〉のレーベル・マネージャー、Eric MorandとFnacのアーティストSt Germain(サンジェルマン)やShazz(シャズ)等と知り合いました。
 1993年にDj DeepとDJ Gregoryと共にDJユニット「A Deep Groove」を結成します。伝説的なRadio FG 98.2fmのランチタイムに放送された「リアル・アンダグランド・ダンス・ミュージック」ラジオ番組が、St. GermainやShazzなどの初期シーンのディープ・ハウス・アーティストに初めてスポットライトを当てます。
 1995年、東京に帰還しました。テクノとエレクトロニック・ミュージックが日本で爆発してるなか、来日するフランスやヨーロッパのレーベル、DJやアーティストたちの橋渡し役として活動。そのなかで、パリで仲良くなったLaurent GarnierとEric Morandのレーベル〈F Communications〉の日本大使役を1996年から2002年まで務めることになりました。
 1995年の秋、King Recordとのレーベル契約に合わせて新宿Liquid Roomで〈F Communications〉のパーティが開催されました。Fumiya TanakaがオープニングDJでしたが、そのときのLaurent Garnier, Scan X, Lady Bらが出演したパーティはいまでも鳥肌が立つほど感動的でした。
 1996年には西麻布のクラブ〈Yellow〉でレギュラー・パーティをはじめました。日本のエレクトロニック・ミュージックDJの立役者のひとり、DJ Kudoが〈F Communications〉から12”「Tiny Loop」をリリースします。日仏関係がさらに結ばれるようで、嬉しかった!
 1996年にはP-VineからSt Germainのデビュー傑作アルバム『Boulevard(ブルヴァード)』が日本盤でリリースされます。普段限られた状況だけでしかDJプレイしないSt.Germain本名Ludovic Navarre(ルドヴィック・ナヴァール)がわざわざ来日し、Yellowで2公演を披露しました。そして、美しいディープ・ハウスをプロデュースするスコットランドのAqua Bassinoとの出会いと東京と大阪での日本ツアーがありました。Scan Xが1997年に「攻殻機動隊-Ghost In The Shell」のゲーム・サウンドトラックに参加したことも忘れられません。
 1998年からは、Toys Factoryとのレーベル契約から数々の素晴らしい日本特別企画アーティスト・アルバムを発表&ツアー。2000年のLaurent Garnierのアルバム『Unreasonable Behavior』のリリースに合わせて『ele-king』ではパリの現地取材をしましたが、これはとても思い出深いです。
 1998年から2002年頃までに掛けては、Frederic Galliano(フレデリック・ガリアーノ)のジャズ&アフリカ音楽の企画が日本でも注目されました。Fredericが〈F Communications〉を通して担当していた、マリ音楽の再発/リミックス特別企画レーベル〈Frikyiwa〉では、井上薫ことChari Chariが参加しましたが、自分もTokyo 246 Ave. Project名義でAbdoulaye Diabateのリミックスを手掛けました。青山CAYでFredericがフル・バンドと女性ヴォーカリストAfrican Divas(アフリカン・ディヴァーズ)と来日ライヴを披露したときは本当に感動しました!
 それから、70年代から活動している作詞/作曲家と写真家であるJay Alanskiのエレクトロニカ/アンビエント・プロジェクト、A Reminiscent Drive(ア・レミ二セント・ドライヴ)の美しい桜の写真のアルバム『Mercy Street』も日本でとても人気がありましたよね。また、北海道、札幌のTha Blue HerbがライヴでNova Novaのピアノ傑作“Tones(トンズ)”をバックトラックに良く使っていたことを初めて聞いた時はビックリしました。
 最後に、2006年にはロラン・ガルニエの自伝『エレクトロショック』を日本語に訳して、野田努さん監修のもと河出書房から出版しました。自分が学生の頃に通っていた東京の日仏学院でロラン、野田さんと三田さんとトークショーをやって、その後日仏学院をクラブ・パーティにしたことはとくに自分の人生のなかでは重要な素晴らしい出来事でした。その後、ロランとは一緒に、日本の数々の素晴らしいパーティ&ツアーでプレイしてます。〈F Communications Japan〉では日本のミュージック・ラヴァーと感動的で楽しい思い出深い時間を共有することができた。実に素晴らしい体験でした。
 いままでサポートをしてくれた日本の音楽&クラブ業界のパートナーの皆さんや日本のファンには本当に感謝してます!
 この25周年を祝って、日本の新世代にもここで〈F Communications〉レーベルの魅力を知ってもらいたいです。
 Tres bon 25eme anniversaire F Communications!

Moses Sumney - ele-king

 パレットの片方には真っ黒な絵の具、もう片方には真っ白な絵の具をたっぷり出して、それらをゆっくりと混ぜていく。できるだけゆっくり、ゆっくり、もう少しゆっくりと……。そうやって出来上がった「グレー」は単色ではなく、無限のグラデーションを生み出している。
 モーゼス・サムニーのセカンド・アルバム『GRÆ』は黒と白が混ざった色としての「グレー」を巡るコンセプト作だが、それはちょうど彼自身の存在への問いでもある。ガーナ系アメリカ人としてのアイデンティティを持ち、ニーナ・シモンとよく比較される「フェミニンな」ハイ・トーン・ヴォイスで、ソウルとインディ・ロックとチェンバー・ポップが入り混じった音楽のなか、ロマンスとエロスの境界が溶けた地点の情動を歌う……。それは彼のなかにある多層性や複雑さをさらに撹拌する作業であり、ブラックの男性であることから世間に貼られるレッテルを丁寧に鮮やかに剥がすことでもある。個々のアイデンティティが強く問われたことで2010年代なかばに生み出された傑作がケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』のような「黒い」アルバムだったとすれば、黒人男性のアイデンティティの揺らぎを音楽に白い絵の具を混ぜることで繊細に封じこめたフランク・オーシャンの『Blonde』を通過し、2017年にデビュー・アルバム『Aromanticism』をリリースしたモーゼス・サムニーはさらにその先を模索しようとしている。

 ごく初期にグリズリー・ベアのクリス・テイラーのレーベル〈Terrible Records〉から7インチを出していたり、スフィアン・スティーヴンスと共演したりしていることが象徴的だが、インディ・フォーク/ロック界隈との繋がり、なかでもオーケストラル・ポップや室内楽の要素がその音楽に入っていることがモーゼス・サムニーの個性であり強みだ。それらは一般的に「白い」とされているものなのかもしれないが、あらかじめ彼のソウル・ミュージックと溶け合っていた。そもそもがとてもマージナルな存在で、たとえば音楽性は異なれど、ンナムディと並べてみると現代的なムードが感じられるのではないだろうか。
 『GRÆ』はそんなモーゼス・サムニーの抽象的な折衷性の奥ゆきを深めたアルバムで、前作からもっとも洗練されたのが「ゆっくり」という感覚、そのスローなタイム感であるように思う。ダブル・アルバムとなった本作は、室内楽フォークやソウル/ゴスペルの要素が基盤になっているのはこれまでと同様だが、ジャズ、エレクトロニカ・ポップ、オーケストラル・ポップ、さらにはノイズ・ロックを取りこみ、それらを余裕のある間合いで扱うことによってスムースに聴かせる。アルバムのオープニングにおいて、荘厳なストリングスとスポークン・ワードとスペーシーなシンセ・サウンドが重なる “Insula” から “Cut Me” へとイントロダクションがまず見事で、けっして性急なテンポにならない “Cut Me” はフレーズの細やかなクレッシェンドやコーラスとアンサンブルの重なりの妙味で魅せるチェンバー・ソウルである。ジャンルを折衷するために異なる要素を無理にぶつけず、丁寧に並べてしなやかな歌声で繋いでいく。メロウかつ甘美にドリーミーな “In Bloom” を挟んでシングル “Virile” に至るころには、インディ・シーンの要人ロブ・ムースが手がけたストリングスとパワフルなバンド・アンサンブルによってダイナミックなサウンドの広がりを聴かせるが、あくまで余裕のあるスピード感でじっくりとエモーションを高めている。2枚組といえど通して1時間少しとじつはそんなに長いアルバムではないのだが、1枚聴き通すころには壮大な音楽トリップをしたような充実感を味わえるのは、この、ゆったりとした展開によるところが大きい。

 その “Virile” では「男らしさを誇張しろ/お前は間違った考えを持っている、息子よ」とある種反語的に繰り返されるが、典型的な男性性の抑圧のモチーフがアルバムには散見できる。黒人男性にかかる男らしさのプレッシャーはアメリカにおいてとりわけ強く、それは白人目線からの性的な期待を内面化したものであることが昨今指摘されているが、モーゼズ・サムニーは黒人男性である自分の男性性と女性性の「グレー」なゾーンを探求しているようだ。アメリカで生まれた彼は幼少期に一度ガーナに家族とともに移住し、しかしそこでのコミュニティに馴染めなかった経験があるというが、したがって彼のなかにあるアンビヴァレントな感覚はルーツと現在という点にも及んでいるだろう。『GRÆ』にはダニエル・ロパティン(ほんとにどこでも名前を発見できますね)をはじめジェイムス・ブレイクサンダーキャット、ジル・スコット、FKJ などなど30名以上のゲストが参加しており、それが本作の音楽性の拡張に貢献していることは間違いないのだが、それでも中心として表現したかったのはモーゼス・サムニーそのひとのなかの複雑さだったように思う。(サムニーも参加した)レーベル・メイトのボン・イヴェールによる『i, i』がやったような異なるアイデンティティ(人間)の共存と融和ではなく、個人のなかに潜っていくことでひとりの人間のなかに宿っているはずの多様性を発見するというあり方だ。だから、とろけるようにジャジーなソウル・ナンバー “Colouour” も、それこそグリズリー・ベア的にフォークとクラシックが熱狂的に交わる “Neither/Nor” も、淡いコーラスがひたすら心地いい室内楽フォーク “Polly” も……すべて、サムニーのなかにあるグレーのグラデーションなのである。
 2枚目にあたる “Two Dogs” 以降はとりわけフルートやハープの調べによって天上的な響きを増していき、その陶酔感を高めている。そこではサムニーの存在を通してルーツと現在、男性性と女性性、アヴァンとポップ、肉体と精神、黒と白……の境目がなくなっていく。そしてその「なくなっていく」ことが聴く者の快楽になるのである。「二面性」などというものはないと言わんばかりに。弾き語りフォークの小品 “Keeps Me Alive” やジェイムス・ブレイク参加の “Lucky Me” のミニマルなアンサンブルを通過したあとにやってくる、“Bless Me” のクライマックスはただただ圧倒的だ。
 ブレス・ミー、わたしを祝福せよ。『GRÆ』のまばゆい美しさと甘美な陶酔は、単純に切り分けることのできない人間の内面の複雑さや、そのグラデーションのなかを変容していくことを祝福していることによって生まれている。

Black Atlantica Edits - ele-king

 ダニエル・ハークスマン、ベルリンを拠点に南アメリカおよびアフリカのリズムを調査し続けるこのDJ/プロデューサー/ジャーナリストによる新しいプロジェクトは『Black Atlantica Edits』、もちろんポール・ギルロイの1993年の著作に由来する。
 『Rio Biaile Funk』によってブラジルのバイレ・ファンキの紹介者として知られるハークスマンは、自身のレーベル〈Man Recordings〉からアフリカおよび南アメリカにおける雑食性豊かなダンス・ミュージックをすでに100作以上リリースしている。そしていま彼は〈BBE〉から彼が蒐集したビート・コレクション──カメルーン、ブラジル、ガーナなどなど、南アメリカおよびアフリカの古いのから新しいモノまで──を自らのエディットによって紹介する。すべてがダンスホール音楽、つまり踊るための音楽で、いや、もうこれはいまは家の中で踊るしかない。黒い大西洋から生まれた面白いリズムが揃っている。ちなみに、ダニエル・ハークスマンは故・飯島直樹さんがイチオシだったアーティストでもある。

https://www.bbemusic.com/downloads/black-atlantica-edits/

Powell - ele-king

 本人の作品はご無沙汰だったけれど、レーベル〈Diagonal〉の主宰でその存在感を放ちつづけてきたパウウェル(つい先日もラシャド・ベッカーマーク・フェルを迎えたソウト『Parallel Persia』のリミックス盤がリリースされたばかり)が、新たなプロジェクトを始動させている。
 サウンドを担当するパウウェルと、ノルウェイの映像アーティスト Marte Eknæs、スイスのアニメ作家 Michael Amstad の計3人からなるマルチメディア・プロジェクト「a ƒolder」がそれで、「より柔軟かつ自然発生的な表現の形式を増殖させるためのプラットフォーム」なのだという。
 同プロジェクトの第一弾としてパウウェル名義による2枚のアルバムがリリースされており、それぞれ『aƒ 18 - Flash Across The Intervals』『aƒ 19 - Multiply The Sides』と題されている。
 意味深な文字列や手の込んだ公式サイト、公開された18分弱の映像を観ればわかるように、視覚・聴覚ともに強烈な刺戟を与える、野心的なプロジェクトのようだ。要注目。

artist: Powell
title: aƒ18 ➜ flash across the intervals_lp
label: Diagonal
release date: May 13, 2020

1. transkak, flow1
2. performance to a harsh critic
3. multi-mendy 1-3, recombined
4. the bells, mosaic

https://odbpowell.bandcamp.com/album/a-18-flash-across-the-intervals-lp

artist: Powell
title: aƒ19 ➜ multiply the sides_lp
label: Diagonal
release date: May 13, 2020

1. transposer, 2
2. difference, mosaic 2
3. ☆ difference, for nik ☆
4. into a fold, 1
5. into a fold, 2
6. into a fold, 3
7. all speeds
8. transfer, ceaseless rumble

https://odbpowell.bandcamp.com/album/a-19-multiply-the-sides-lp

Knxwledge - ele-king

 〈Stones Throw〉の所属アーティストであるプロデューサー/ビートメイカー、Knxwledge (ノレッジ)が、彼自身の生まれた年をタイトルに掲げた5年振りのソロ・アルバム『1988』をリリースした。LAビート・シーンの次世代を担うひとりとして徐々に存在感を示し、Anderson .Paak とのユニットである NxWorries としてのブレイク。その後、プロデューサーとして Kendrick Lamar のアルバム『To Pimp A Butterfly』への参加も話題となり、以降、Knxwledge は Action Bronson など様々なアーティストへビートを提供してきた。Knx. などの別名義も含めて様々なレーベルからソロ作品をリリースし、『To Pimp A Butterfly』の直後には〈Stones Throw〉からの初リリースとなった前作『Hud Dreems』を発表しているが、彼のリリース活動の基盤となっているのが、Bandcamp からいまもコンスタントに発表している膨大な量のアルバムやEPだ。2009年からスタートし、この約10年の間にオンラインにてリリースした作品数は優に100を超えており、なかでも90年代を中心としたR&Bチューンを(勝手に)リミックスした『Hexual.Sealings』シリーズは、彼の代名詞とも言える存在になっている。

 改めて、本題である今回のアルバム『1988』だが、冒頭の “dont be afraid” では90年半ばに1枚だけアルバムを残している女性R&Bグループ、Kut Klose の “Surrender” からサンプリングされたヴォーカルが実に印象的な一曲であり、このテイストは当然、『Hexual.Sealings』シリーズを強くイメージさせる。サンプリング・ソースが判明しているものとしては、5曲目の “listen” では Miki Howard “Love Under New Management” のコーラス部分が使われていたり、他にもR&Bチューンからの引用の割合が、前作『Hud Dreems』と比較しても多いように感じられ、結果、アルバム全体の印象としては非常にメローだ。それはおそらく Knxwledge 自身の現在の精神的なムードも強く反映されているのであろう。ちなみに本作の曲タイトルは、1曲目からそのまま順に辿ると文章になっており、例えば「Don’t be afraid, because tomorrow’s not promised. Do you. ~」のようになる。その中にはいまの世の中の流れに疲弊しながらも、ポジティヴに進んでいこうという彼の意思が伺え、そのメッセージはそのまま本作のサウンドからもダイレクトに感じ取れる。

 アルバムの目玉となっているのは間違いなく Anderson .Paak がゲスト参加した、NxWorries リユニオンとも言える “itkanbe[sonice]” であるが、Durand Bernarr と Rose Gold という男女ふたりのシンガーをフィチャーした “minding_my business” も『Hexual.Sealings』的なイメージとも見事にハマって、ラスト・チューンとしては完璧だ。例えば、様々な現役のシンガーだけで構成した純粋なR&Bアルバムを作っても、Knxwledge ならではのカラーが出た素晴らしい作品が生まれるに違いない。

 ちなみに4月上旬にレーベルメイトである MNDSGN と共に来日ツアーを行なう予定であった Knxwledge であるが、残念ながら新型コロナウイルスの影響によって全公演が中止となった。新曲を引っさげて、彼が再び来日する日を心待ちにしたい。

pararainy - ele-king

 いまもっとも勢いに乗るラッパーのひとり、釈迦坊主の主宰する《TOKIO SHAMAN》にも出演を果たすなど、じょじょに知名度を高めつつある仙台のラッパー/シンガー pararainy が、本日5月13日に初めてのミニ・アルバムをリリースする。すでに20万回以上の再生数をたたき出している “rainy HANABI” をはじめ、先週ドロップされたばかりの新曲 “約束” も収録。叙情的な旋律とギターを武器に、現行ヒップホップ・シーンに新たな風を吹き込むか? 注目です。


Shabaka And The Ancestors - ele-king

舞い戻ってくる過去、そこから想像されるオルタナティヴな現在

髙橋勇人

 本作『We Are Sent Here By History』は、バルバドス/イギリス出身でロンドンを拠点に活動するサックス奏者シャバカ・ハッチングスが率いるバンド、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ(以下、ジ・アンセスターズ)による、2016年作のファースト『Wisdom of Elders』に続く二枚目となるスタジオ・アルバムである。タイトルを直訳すれば「我々は歴史によってここに送られる」となる。ハッチングスの思想的探求が結実した作品となっている。
 これは、現在において途方もない問題に直面している我々とは誰なのかを、アフロ・ルーツへと立ち返り、それを人類規模で思考する壮大なサウンド・プロジェクトだ。合評ということなので、僕のテキストは今作の思想的な背景に焦点を絞って読み解いていきたいと思う。

 今作に関するインタヴューでハッチングスが述べるように、西アフリカ文化に伝わるグリオ(Griot)と呼ばれる、物語の語り手や音楽家が主にその役を担う存在が、今作に着想を与えている。グリオは国家の歴史や教訓を切り取り、それを楽曲や物語のなかに生きながらえさせ、人々に伝える。ハッチングスはそれに着想を得て、過去の一部分を違った角度から語り、それを保存していくことの意義を今作で示しているのだという。
 また、『CRACK』などの媒体で引用されているように、ハッチングスはこのアルバムを以下のようにも説明している。「(今作は)我々がひとつの種として絶滅しかかっている事実に関する熟考である。それは、廃墟からの、あるいは燃え盛るものからの内省だ。もしその終焉が悲劇的な敗北以外の何かであるとしたら、個人的な、あるいは社会的な我々の転換において取られるべき方向への問いだ」。経済的、環境的、パンデミック的な災害は、惑星規模で人類を蝕んでいる。ジ・アンセスターズは、そこに希望を見出すために歴史の概念にアフリカを経由して向かっているのだろうか。そして、「歴史によって我々はここに送られる」とはどういうことなのか。

 この点を考えていく上でヒントになるのは、ハッチングスがインスタグラムで最近読んでいる一冊に挙げていた、ロンドン拠点の地理学者カトリン・ユゾフの2018年発表の著書『十億の黒い人新世たち、もしくは無(A Billion Black Anthropocenes or None)』である。
 人類が地球環境に甚大な影響を及ぼす時代区分を示す人新世という地質学的な時代区分に対して、賛否を含めて多くの議論がある。そのなかでもひときわ重要なのは、人新世における「人間」とは誰なのか、という問いである。種としての人類はたしかにひとつかもしれないが、そこで文化的にも形成される「人間」の定義はひとつではありえない。その形成過程は文化が生じる歴史の経路によっても多元化しているからだ。
 「人新世」というタームが西洋のアカデミズムから出てきていて、その論理の根拠となるデータがそのコミュニティから派生しているのならば、その時代における「人間」とは西洋白人というカテゴリーに限定されてしまってはいないだろうか? その場合、地球規模の問題として人類が直面する天候クライシスなどのイシューに関わる主語としての「人間」の定義は、そんな狭義でよいのだろうか?
 ユゾフの『黒い人新世』は、そういった観点から、地球環境を把握する地質学(geology)という手法が、どのように特定の「人間」、あるいは「人種」に作用しているかを、ポストコロニアリズム研究などを経由して発展したブラック・スタディーズを武器に、果敢に切り込んでいく。先行する研究が説いてきたように、近代化の過程において、特定の他者を排除する奴隷制や、植民地主義といったシステムが、そういった「人間」のあり方を規定してきた。
 その文脈において、現代において惑星規模で危機に直面する者たちが誰なのかを、そして、その存在が活動する場所について考えるためには、現代のグローバルシステムにおいて形成される単一的な「白」ではなく、その歴史的な背後にうごめく制度によって除外されてきた数十億の「黒」を含めた「人間」を描かなければいかない。ざっくりいえば、それがユゾフの主張である。

 このクリティークがハッチングスの基本姿勢に通底している。彼が『The Quietus』に語っているように、アフリカの宇宙論において、時間は直線的にではなく、循環的に存在している。冒頭で引いたように、グリオたちを経由して過去が現在に舞い戻ってくる歴史観がまさにそれである。すでに起きてしまったことも、グリオたちの焦点の当て方によって変化していく。ハッチングスが参照する歴史観において、過去とは一様のものではなく、このようにして、いく通りにも変化していく潜在性の貯蔵庫のようなものだ。
 「我々は歴史によってここに送られる」。つまり、「ここ」を形作るのは歴史である。そして、「ここ」に問題があるならば、それを形成する歴史という潜在性に目を向け、その問題を打ち消すようなべつの「ここ」を想像しなければならない。
 ジ・アンセスターズは「ここ」を生きる「人間」の概念にも焦点を当てている。8曲目の “We Will Work (On Redefining Manhood)” のタイトルにある「Manhood」は「男らしさ」とも解釈できるが、この文脈では「人間としてのman」の再定義としても理解することができるだろう。
 サウンドにもこの思考は顕在化している。ジ・アンセスターズはクラブ・ミュージックのように、しばし反復的なメロディを刻む。加えて、今作で歌唱を担当する詩人のシヤボンガ・ムセンブが、消えゆく人間の末路が歌われている冒頭曲 “They Who Must Die” で最初に口にする「We are sent here by history」というラインは、二曲目 “You’ve Been Called” でメロディとともに現れ、その旋律が終曲の “Teach Me How To Be Vulnerable” で、哀愁を帯びたハッチングスのテナーから溢れてくる。言葉とサウンドで自己参照を繰り返し、ジ・アンセスターズは事象の多元性を描いてみせる。
 冒頭のハッチングスの言葉にあるように、語り部は、歴史のタイムラインを複数化させ、来るべき未来の可能性を示すことができる。この意味において、去年日本版が出た『わが人生の幽霊たち』でマーク・フィッシャーが描いた、息が詰まる資本主義リアリズムの現実の外側から「ノイズ」として到来する、別様の未来の可能性を内包した希望としての幽霊たちとも、『We Are Sent Here By History』のテーマは重なると言ってもいい。彼らはサウンドを通して、「ここ」と、その場所を生きる者たちの別の姿を、歴史的な潜在性に立脚し描こうとしている。

 ジ・アンセスターズが横断するジャズの地平線において、このアプローチは全く斬新なもの、というわけではない。2019年に再発された数あるジャズの名作のなかで、ひときわ注目された一枚は、サックス奏者ジョー・マクフィーの1971年作『Nation Time』だった。アミリ・バラカに触発され世の中に送り込まれたこの起爆剤は、当時のブラック・ムーヴメントに共振したものである。
 そこでは「time」は「時代」を表している。そのダブル・ミーニングでマクフィーが冒頭で叫ぶ「いま何時だ!?(What time is it!?)」という問いは、いまは奴らのじゃない、俺たちが作る国の時代なんだぜ、というアジテーションだった。観客はそのコールに「Nation Time!」とレスポンスし、マクフィーの怒涛のサックスが鳴り響く。
 『We Are Sent Here By History』は、異なる現実を示唆/提示するという意味ではマクフィー的なブラック・パワーともオーバーラップしている。しかし、ジ・アンセスターズの射程はそれだけではない。焦点の当て方で変わる過去の事象と現在、という歴史のシステムにも向かっている。この、現実を作り出すシステムを鳥瞰図的に描くと言う意味で、彼らには形而上学的なユニークさがある。
 ジャケットのヴィジュアルにも、それに通じる点がある。黒い四角形の後方部には、歴史の存在容態とその複数性を表しているであろう円形の模様が蠢いている。その前方に位置する、ひとりの黒人の姿。その歴史/人間が放つアフリカ時間と視線を合わせ、現在から我々の視点は、数十億の黒がひしめき合う過去へと引きずり込まれていく。そのようにしてしか、過去と未来が到来し続ける現在を考えることができない。身体は斜め前に向かいつつも、その眼光は力強く、こちらを向いている。

髙橋勇人

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口述的/非筆記的な「グリオ」というテーマに映る英国自由即興音楽の経験

細田成嗣

 英国現代ジャズ・シーンの中心的存在として活躍するサックス/クラリネット奏者シャバカ・ハッチングスが率いるシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ(以下:アンセスターズ)による4年ぶり2枚めのアルバムが発表された。リリースもとは〈インパルス!〉で、これでサンズ・オブ・ケメットザ・コメット・イズ・カミングに続き、シャバカが現在取り組んでいる3つの主要プロジェクトすべてが米国の名門ジャズ・レーベルからデビューを果たすこととなった。

 アンセスターズはシャバカが南アフリカのジャズ・ミュージシャンとともに2016年に結成したグループである。以前よりエチオ・ジャズの巨匠ムラートゥ・アスタトゥケとコラボレートするほか、南アフリカ出身のドラマーであるルイス・モホロと共演するなど、シャバカはアフリカをルーツに持つミュージシャンと関わりを持っていた。モホロといえば、かつて1960年代後半に南アフリカ出身のピアニスト/作曲家クリス・マクレガーが英国の先鋭的なジャズ・ミュージシャンらと結成したビッグバンド、ブラザーフッド・オブ・ブレスのメンバーとしても知られている。むろんアパルトヘイトによって祖国を追われた当時の南アフリカのミュージシャンと英国の関係をそのまま現代に置き換えることはできないものの、少なくとも英国と南アフリカのつながりから生まれたジャズの系譜は長い歴史を経て現在のアンセスターズへと流れ着いたと言うことはできる。ただしシャバカはアフリカを唯一のルーツとして考えているわけではない。1984年にロンドンで生まれながらも少年時代をカリブ海の島国バルバドスで過ごした彼は、アフリカン/カリビアン・ディアスポラとして自身の音楽活動を捉えている。

 シャバカが推し進める主要3グループのなかで、アンセスターズは編成も内容もいわゆるジャズにもっとも近しいプロジェクトだと言っていい。それも執拗に反復するベースラインと力強く詩を叫びあげるヴォイス、そして陶酔的/祝祭的なサウンド・メイキングは、サン・ラやファラオ・サンダースをはじめとしたスピリチュアル・ジャズを彷彿させる音楽性となっている。今作は西アフリカにおいて物語や教訓などの口頭伝承を担う演奏家を意味する「グリオ」およびカリブ海でカリプソをもとに時事問題を歌いあげる即興詩人を意味する「カリプソニアン」になることを目し、人類の絶滅をテーマに制作したというものの、そのサウンド面に着目するだけでも前作からの音響的変化を聴き取ることができる。

 真っ先に耳が引かれるのは、前作において複数の楽曲でシャバカがメインのサックスを朗々と吹いていたのに対し、今作ではアルト・サックスのムトゥンジ・ムヴブとともに対位法的に2管の旋律を絡み合わせていく演奏が主体となっていることである。前作の4曲め “The Sea” の方向性がより洗練されたかたちで前景化したと言ってもいい。さらに今作ではシャバカ自身による不定形な即興性が前作に比して抑えられている。言い換えればコンポジションの比重が高まったということでもあり、それは2管が絡み合う旋律を構築的に聴かせるということとも無縁ではないだろう。そしてこうした諸々の変化は、グループにおけるシャバカの演奏家としての立ち位置が突出することなく、あくまでも他のメンバーと共同でアンサンブルを編み上げていくことを重視するようになったと受け取れるとともに、その表面的な構築性とは裏腹に、口述的で非筆記的な「グリオ」や即興歌唱を行なう「カリプソニアン」をテーマとして取り上げたことを考え合わせるならば、記譜作品とは異なる快楽を求めてきたシャバカのもうひとつの顔、すなわち即興演奏家としての経験がリフレクトされた音楽としても聴き取れるように思う。

 シャバカ・ハッチングスは2007年にロンドンの芸術大学ギルドホール音楽院を卒業後、一方では英国カリビアンの先達でもあるサックス奏者コートニー・パイン率いるジャズ・ウォーリアーズに参加しつつ、他方ではいまや英国即興シーンの拠点のひとつとなっているロンドンのカフェ・オト(2008年設立)周辺のミュージシャンたち、たとえばエヴァン・パーカーやスティーヴ・ベレスフォード、アレキサンダー・ホーキンス、ルイス・モホロらと共演することで即興音楽の世界との関わりを深めていった。のちにサンズ・オブ・ケメットで活躍するドラマーのトム・スキナーらとその頃に結成したトリオ・Zed-Uでは、こうした自由即興の文脈を取り入れたアルバムも制作している。

 即興演奏家としてのシャバカの足跡を辿るうえでひときわ注目に価するイベントがある。2011年10月6日から8日にかけてドイツ・ベルリンを舞台に開催された《Just Not Cricket!》という音楽フェスティヴァルである。テーマは他でもなく英国自由即興音楽だった。当日の模様は4枚組のレコードとしてアーカイヴされている。ドキュメンタリー映画も製作が進められていたものの、現時点ではまだ完成していないようだ。同映画は仮の副題として「英国自由即興音楽のマッピング」を掲げており、ジョン・ブッチャー、スティーヴ・ベレスフォード、ロードリ・デイヴィス、アダム・ボーマンの4人をシーンの主要人物として捉え、四世代にわたる英国自由即興音楽の担い手たちをカメラに収めているという。そのうち最も若い世代にあたるのが、当時20代のシャバカ・ハッチングスだった。

 英国は自由即興音楽が盛んな土地としても知られている。かつて60年代にはリトル・シアター・クラブを拠点に多くのミュージシャンが新たなフリー・フォームの音楽を探求し、デレク・ベイリーやエヴァン・パーカー、ジョン・スティーヴンスらを輩出した。なかでもスティーヴンスはスポンティニアス・ミュージック・アンサンブル(SME)を組織しつつ、さらに即興演奏のワークショップを行なうことで後進の育成にも貢献した。ベイリーとパーカーはトニー・オクスリーらとともにミュージシャンによるレーベル〈インカス〉を創設したことでも知られている。
 またこうした交流とは別の文脈で、キース・ロウやエディ・プレヴォらによるグループ・AMM も活動を行なっていた。70年代半ばからは、のちにオルタレーションズとしても活躍するデイヴィッド・トゥープやスティーヴ・ベレスフォードらが参加したロンドン・ミュージシャンズ・コレクティヴ(LMC)が始動し、コンサートやワークショップが継続的に開催された。トゥープやベレスフォードに加え、ジョン・ブッチャー、ジョン・ラッセルらを含めたミュージシャンが第二世代と言われている。90年代終わりにはコンダクションを用いた即興アンサンブルのロンドン・インプロヴァイザーズ・オーケストラ(LIO)が組織され、数多くのミュージシャンが去来した同グループにはのちにシャバカも参加している。90年代後半からゼロ年代にかけてはベルリンやウィーンにおけるリダクショニズム、あるいは東京の音響系/音響的即興と同時代的な潮流もあらわれ、ロードリ・デイヴィスやマーク・ウォステルら第三世代の立役者たちは「ニュー・ロンドン・サイレンス」という言葉とともに語られた。

 シャバカはそのような英国即興音楽の系譜のなかではゼロ年代後半からテン年代にかけて頭角をあらわした第四世代に位置している。レコードとしてリリースされた『Just Not Cricket!』で彼は3つのトラックに参加しており、なかでも同じく第四世代にあたり、ジャズ・グループのほかヴァンデルヴァイザー楽派をはじめとした現代音楽作品を再解釈する試みを行なっているセット・アンサンブルの一員でもあるコントラバス奏者ドミニク・ラッシュと、第三世代のハープ奏者ロードリ・デイヴィスとのトリオ・セッションで顕著なのだが、点描的な弦楽器のサウンドに対してシャバカは流麗なメロディをクラリネットで淀みなく演奏していく。それは特殊奏法を駆使した音色の探求や力強い咆哮によって生じるノイズ、あるいはメロディやリズムを巧妙に避けるノン・イディオマティックなアプローチといった自由即興の文脈とはやや異なるサウンドであり、クラシックとジャズをバックグラウンドに持ちつつ背後に仄かにグルーヴが流れ続けているような演奏とでも言えばいいだろうか。いずれにしてもこのように活動領域や文脈が大きく異なる3人がセッションを行なうことができるのは、英国においてミュージシャン同士を結びつける自由即興音楽のコミュニティが強く根づいていることの証左でもあるのだろう。

 アンセスターズの作品、とりわけこのたびリリースされたセカンド・アルバムでは、こうしたシャバカの即興演奏家としての側面は明示的なサウンドとしてはあらわれていない。もとより即興セッションにおいても構築的な演奏を重視していたと言うこともできる。むろんなかには深い残響処理が施されたアコースティック・ピアノのアブストラクトな響きから幕を開ける2曲め “You’ve Been Called” や、激しく飛び交うトランペットの即物的かつストレンジな音色が印象的な7曲め “Beast Too Spoke Of Suffering” といった楽曲も収録されている。だがいずれもその裏では骨子となるようなポエトリー・リーディングやテーマ・メロディが奏でられており、演奏全体が音響的にカオティックな状態に陥ることはなく、かえってそのコンポジションのありようを際立たせている。このことはしかし本盤が固定された構築美を示しているというよりも、むしろ「グリオ」のように口述的/非筆記的に、すなわち即興的にさまざまな変化を遂げていくことの原型となり得ることを示唆している。そこにはシャバカが自由即興の世界で幾度も出会ってきたはずの、音楽における記譜の伝統とは別種の快楽に対する志向がうかがえる。

 そしてそのような音楽へと赴くことができた背景には、ミュージシャンが修練を積むためのさまざまなコミュニティが、誰でも参入可能な開かれたかたちで存在しているという英国ならではの土壌があることを見落としてはならない。英国において自由即興音楽は特権的で閉鎖的なものではなく、おそらくミュージシャンを志す誰もが小さなきっかけから自然と触れることができ、学ぶことができるようなものとしてある。少なくともこれまで見てきたように、英国には即興音楽を実践するためのコミュニティが歴史的に数多く存在してきたのである。ジャズに目を転ずれば、若手ミュージシャンの育成機関であるトゥモローズ・ウォーリアーズがそのような役割の一端を担っており、他でもなくシャバカはそこでも音楽を学んでいたのであった。彼の音楽はこうしたさまざまなコミュニティのアマルガムとして産み落とされている。それはアフリカン/カリビアン・ディアスポラとしての音楽を模索する彼が、一方では英国という土地で歩んできた固有の経験を自らの音楽に刻んでいることを意味しているとも言えるのではないだろうか。

細田成嗣

VirtuaRAW - ele-king

 これはすごい試みだ。沖縄のクルー「赤土」の呼びかけによる企画、50組以上の出演するオンライン・フェスティヴァルが5月3日から5月6日にかけて開催される。その名も「VirtuaRAW」。北海道から沖縄まで、全国15のクラブやライヴハウスが協働した取り組みで、合計40時間にもおよぶ配信を決行する。一度チケットを購入すれば、開催中いつでも閲覧可能とのこと。出演者などの詳細は下記を(すごいメンツです)。危機に瀕しているクラブやライヴハウス、アーティストたちによるすばらしい連帯、果敢なチャレンジを応援しよう。

VirtuaRAW (バーチャロー)
~ 40時間配信!音楽フェスティバル ~

日時:
2020/5/3 (日) 13:00 〜 5/6 (水) 5:00

視聴(チケット)料金:
[前売] ¥567- [当日] ¥1,000-

★チケット購入・イベント詳細はこちらから★
https://akazuchi.zaiko.io/_item/325705

北は北海道から南は沖縄まで、全国15会場のクラブやライブハウスが連動し、50組以上の豪華出演者を迎えて40時間に及ぶライブ配信を行います。

現在日本全国のクラブやライブハウスが自粛により存続の危機に直面している状況の中、それに直結するアーティストやクリエーターも窮地に追い込まれています。

また、音楽に関わらずさまざまな業種や人々が危機に直面している中でも創造的なモノを共有し、皆んなで協力してバトンを繋ぎ、家に居る時間はみんなで楽しんでほしい、という思いから「VirtuaRAW」と題して、オンライン音楽フェスティバルを3日間に渡って初開催いたします。

各地に居るアーティストが配信という形で集結する事が可能となり、視聴者もチケットを一度購入すれば開催中はいつでも閲覧可能となっています。

離れていても、きっと音楽やカルチャーを共感できる事を信じ、未知なる未来へのチャレンジへと一歩足を踏み出すため、今回の初開催にとどまらず、今後も開催していく予定です。

[会場一覧]

北海道旭川 / Club Brooklyn
東京 / Dommune
東京中野 / heavysick ZERO
東京町田 / FLAVA
神奈川江の島 / OPPA-LA
山梨 / 一宮町特殊対策本部
名古屋 / TRANSIT
京都 / OCTAVE KYOTO
大阪 / TRIANGLE
岡山 / 三宅商店
山口 / のむの
福岡 / Kieth Flack
沖縄 / output
沖縄 / 熱血社交場
石垣 / GRAND SLAM

[出演者 (A to Z)] ※追加出演者発表あり

■LIVE
赤土・伊東篤宏・孫GONG・鶴岡龍 a.k.a. LUVRAW・三宅洋平・B.I.G.JOE・BUPPON・Campanella・CHOUJI・cro-magnon・DAIA・DLiP RECORDS・electro charge・FUJIYAMA SOUND・HIDADDY・HIDENKA a.k.a. TENGOKUPLANWORLD・HI-JET・HI-KING TAKASE・I-VAN・ifax!・J-REXXX・K-BOMB・KOJOE・KOYANMUSIC & THE MICKEYROCK GALAXY・KURANAKA a.k.a.1945 feat. Daichi Yamamoto. Ume・LibeRty Doggs・MADJAG・MAHINA APPLE & MANTIS・MONO SAFARI・m-al・NORMANDIE GANG BAND・OBRIGARRD・OLIVE OIL & POPY OIL・OMSB & Hi`Spec・OZworld a.k.a. R`kuma・RICCHO・RITTO・RHIME手裏剣・SHINGO★西成・SMOKIN`IN THE BOYS ROOM・stillichimiya・Tha Jointz・U-DOU & PLATY・Zoologicalpeak

■DJ
光・BIG-K・Daichi・HI-C・K.DA.B・SINKICHI・SYUNSUKE・POWBOYZ・YASS fr POWER PLAYERZ・UCHIDA ・VELVET PASS ・4号棟

[INFOMATION]
Instagram @virtuaraw
Twitter @RealVirtua
Facebook https://www.facebook.com/events/2871947506225903/

ハッシュタグ
#VirtuaRAW #バーチャロウ #オンラインフェス #生配信

主催:AKAZUCHI

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