「MAN ON MAN」と一致するもの

Freddie Gibbs & Madlib - ele-king

 これまで自らのグループであるルートパックやJ・ディラとのジェイリブ、MFドゥームとのマッドヴィレインといったユニット、さらにタリブ・クウェリ、パーシー・P、ギルティ・シンプソン、ストロング・アーム・ステディといった様々なアーティストともタッグを組んで、数々のアルバムを生み出してきたマッドリブ。そんな彼にとって、史上最もハードコアなヒップホップ作品となったのが、“ギャングスタ・ギブス”の異名を持つラッパー、フレディ・ギブスと組んで2014年にリリースしたアルバム『Piñata』であり、本作は通称“マッドギブス(MadGibbs)”とも呼ばれる、このふたりのユニットによる第二弾アルバムだ。ちょうどこの原稿を書いているタイミングに、ヨーロッパにてツアーをおこなっている彼らであるが、マッドリブ自ら、フレディ・ギブスとの相性の良さについて、たびたびインタヴューで語っており、このユニットに対する彼らの力の入れようは、そのサウンドにも強く表れている。

 日本の某バラエティ番組のナレーションでも聞き覚えのある音声アプリを使ったと思われるイントロ“Obrigado”にまず驚かされるが、タイトル通りのフリースタイル曲“Freestyle Shit”を挟んでの“Half Manne Half Cocaine”は、本作でも最も注目すべき一曲であろう。この曲で何とマッドリブは、おそらく彼にとっては初となるであろうトラップを披露している。細かい部分にマッドリブならではの感触を残しながらも、そのサウンドはハードなトラップ・ビートそのものであり、フレディ・ギブスのギャンスタ・スタイルなライムとも最高のマッチングで、さらに曲後半での非トラップ・ビートへの切り替えも、絶妙なコントラストになっている。実際、トラップ・ビートはこの曲だけなのだが、マッドリブがフレディ・ギブスと組んだことによって、新たなスタイルへ挑戦するというのは、個人的にも驚きであり、同時にその探究心には恐れ入る。トラップは極端な例にせよ、本作でのマッドリブのサウンドは前作『Piñata』の流れの延長上にあり、サンプリングを全面に押し出したソウルフルなビートが核になっている一方で、フレディ・ギブスのラップにもより強く引っ張られて、間違いなく前作以上にハードコアな作品になっている。また、“Palmolive”でのキラー・マイクとプッシャ・T、“Education”でのヤシーン・ベイ(モス・デフ)とブラック・ソートなど、参加ゲストも前作以上に充実しているのだが、中でも飛び抜けているのがアンダーソン・パークをフィーチャーした“Giannis”だ。NBAプレーヤーの名前からタイトルが付けられたというこの曲だが、不穏な空気が充満したドラマティックなトラックに、フレディ・ギブスとアンダーソン・パークのコンビネーションが見事にハマっており、マッドギブスが描こうとしている世界観のひとつの完成形がこの曲に詰まっているように感じる。

 今後もマッドギブスとしての活動は継続していく予定で、すでに次作には、これまでの2作品と同様にギャングスタ・カルチャーとも結び付いた『Montana』という仮のタイトルが付けられているという。ギャングスタをテーマにした壮大なサウンドトラックというイメージさえも湧き上がってくる、彼らのプロジェクトのさらなる展開に期待したい。

interview with Dai Fujikura - ele-king

 ときは2007年。それは偶然の巡り合いだった。もしあなたがクリストファー・ヤングの書いた評伝『デイヴィッド・シルヴィアン』を持っているなら、15章と16章を開いてみてほしい。ご存じシルヴィアンという稀代の音楽家と、若くして次々と国際的な賞を受け高い評価を得ていた新進気鋭の作曲家・藤倉大との出会いが鮮やかに──そして通常はコレボレイションと呼ばれる、しかしじっさいには互いの情熱をかけた音楽上の熾烈な闘いの様子が──じつにドラマティックに描き出されているはずだ。『Manafon』(2009年)とそれを再解釈した『Died In The Wool』(2011年)、あるいはそのあいだに発表されたコンピレイション『Sleepwalkers』収録の“Five Lines”(2010年)。それらがふたりの友情の出発点となった。
 クラシカルの分野で若くして才能を発揮──なんて聞くと、「さぞ裕福な家庭で英才教育を施されたエリートにちがいない」と思い込んで身構えてしまうかもしれないが、藤倉大はいわゆるエリーティシズムからは遠いところにいる。「じつはぜんぜんクラシック育ちという感じではないんですよ。むしろクラシックのことはぜんぜん知らない」と彼は笑う。「10代や20代のときに聴いていたアルバムを挙げてくださいと言われても、クラシックは1枚くらいしか入らない」。そんな彼が少年時代に何よりも夢中になっていたのは、デイヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一だった。それが後年、じっさいに共作したり共演したりすることになるのだから、運命というのはわからない。
 ともあれ、音楽的なルーツがそこにあるからだろう、藤倉大の作品には、現代音楽にありがちな人を寄せつけない感じ、理論をわかる人だけが楽しめるあの閉じた感じが漂っていない。彼は近年、笹久保伸との共作『マナヤチャナ』を皮切りに、『世界にあてた私の手紙』『チャンス・モンスーン』『ダイヤモンド・ダスト』と立て続けに〈ソニー〉からソロ名義のアルバムをリリースしているが、そのどれもがアカデミックな堅苦しさとは距離を置いている。
 この6月に発売された新作『ざわざわ』もじつにエキサイティングなアルバムで、たとえば最初の3曲の声の使い方には、ふだんいわゆるエクスペ系の音楽を聴いているリスナーにとっても新鮮な驚きがあるだろうし、後半のコントラバスやホルンの曲も、最近エレクトロニック・ミュージックの分野で存在感を増してきているイーライ・ケスラーオリヴァー・コーツロンドン・コンテンポラリー・オーケストラあたりが気になっている音楽ファンにはぜひとも聴いてもらいたい楽曲だ。
 現代音楽の作曲家であるにもかかわらず、クラシカルについてはよく知らない──その不思議な経歴と背景に迫るべく、ロンドン在住の彼にスカイプでインタヴューを試みてみた。


じつはぜんぜんクラシック育ちという感じではないんですよ。むしろクラシックのことはぜんぜん知らない(笑)。10代や20代のときに聴いていたアルバムを挙げてくださいと言われても、クラシックは1枚くらいしか入らない。

藤倉さんはロンドンのどのエリアにお住まいなのですか?

藤倉大(以下、藤倉):グリニッジほど遠くはないですが、南東のエリアです。たぶん昔、デヴィッド・シルヴィアンやジャパンのメンバーが高校に通っていて、バンドを結成したエリアじゃないかな。

それが理由でそのエリアを選んだというわけではなく?

藤倉:ちがいますね。たんに家賃が安いところを探して選びました。ここはもともとドラッグの売人とかが歩いているような治安の悪い、荒れた地域だったんですよ。それで家賃が安かったから、あえてここを選んで引っ越したのに、2012年のロンドン・オリンピックの影響で、電車とかがものすごく便利になってしまった。それで一気に家賃が高騰して、住んでいる人たちも変わりました。それでも僕がそこに住み続けられたのは、家主が牧師だったからなんです。大家から電話があるたびに、「人間として最悪の罪は欲望ですよね」と言って、そしたら向こうも「そのとおりだ」と言う。聖書にそう書いてあるわけですし、当たり前ですよね。それをずっと言い続けていたら、うちだけ家賃が上がらなかったんです(笑)。

すごい裏技ですね(笑)。

藤倉:そうでもしないと住み続けられなかった。その後、近くに引っ越したんですが、そこも信じられないくらい小さなところで、家の状態もよくなかった。だから高くなかったんです。ちなみにチェルシーはお金持ちが住むところなんですが、僕らが住んでいる地域もいまや「東のチェルシー」と呼ばれるくらいにまでなってしまいました。人種も変わりましたね。以前は白人があまりいなかったんですが、いまは白人やお金持ちの人たちばかりです。

お金のないアーティストたちが住めるような街ではなくなってしまった。

藤倉:そう。ただ、イギリスには不思議な制度があって、売れない画家を装っていても、じつはその両親がお金持ちというケースがあります。譲渡税というか、そういう税があまりかからないらしいんです。だから、親の稼ぎがあるとか、あるいは代々受け継がれてきた家があるとかで、画家としては売れていなくても、ふつうに生活できるんですよ。ここにはそういう人たちが多く住んでいますね。現代美術の画家のような、一見どうやって生きているんだろうと思うような人たちが、このエリアにたくさんスタジオを持っていたりする。たぶん家賃を払う必要がなかったり、親から譲ってもらった家を貸し出してそれで生活したりしている人も多いと思います。イギリスってそういう国なんです。大金持ちではなくても、財産を受け継いで生活できちゃう人たちが多い。
 ちなみに僕は日本人で、妻はブルガリア人なのですが、そういうふうにどちらも外国人だとかなり不利ですね。イギリスはふつうの家でも築100年とか200年とか経っていて、そんなぼろぼろの家でも高額で売れちゃう。そういうおじいちゃんやおばあちゃんの家を売って、孫の数で割って入ってきたお金を頭金にして、みんな20歳くらいでローンをはじめるんです。外国人にそれは難しい。だから、小林さんもイギリスの人にインタヴューする機会があると思いますけど、貧乏っぽく装っていてもけっこう良いところに住んでいたりするような人たちは、そういうことなんですよ。

なるほど。ちなみに、ロンドンへ渡ったのは10代のときですよね?

藤倉:留学するためにイギリスに渡ったのは15歳のときですが、そのときはロンドンではないんです。ドーヴァーの高校にひとりで入って、そこで3年間寮生活をして、ロンドンの大学に行った。ロンドンはそのときからですね。

クラシック音楽はヨーロッパ、大陸のイメージがありますが、イギリスに行ったほうが良い理由があったんでしょうか?

藤倉:ほんとうはヨーロッパに行きたかったんです。ドイツでクラシックをやりたいと言っていたんですけど、まずは英語を喋れるようになってから、そのあと大学でドイツに行くなりなんなりすればいいじゃないかと親に言われて、まずはイギリスに留学することになった。結果的にそのあとも住み続けているという流れですね。
 ちなみに、僕がまだ日本に住んでいたとき、子どものころに聴いていた音楽って、デヴィッド・シルヴィアンとか、坂本龍一さんだったんですよ。『未来派野郎』とか。おそらく僕より10くらい上の人たちがリアルタイムで聴いていたものだと思いますが、そういう音楽に中学生のときにハマって、ひとりで聴いていました。そのままイギリスに渡って、ドーヴァーのCD屋で作品を買い漁ったりして、いまの僕がある。だから、じつはぜんぜんクラシック育ちという感じではないんですよ。むしろクラシックのことはぜんぜん知らない(笑)。10代や20代のときに聴いていたアルバムを挙げてくださいと言われても、クラシックは1枚くらいしか入らない。でもまわりにいるのはクラシックの方が多いから、ふだんこうやってインタヴューを受けるときも、デレク・ベイリーがどうだとかジョン・ハッセルのトランペットが良くてといった話ができなくて残念なんです(笑)。あとは映画音楽かな。ホラーの映画音楽が大好きだったので、中学生・高校生のころは聴きまくっていました。当時日本ではミスチルや小室哲哉が流行っていて、イギリスでは2 アンリミテッドとかもいましたけど、そういうのにはあまり興味がなかったな。当時のチャートに入るようなポップスっていまはもう聴いていられないですよね。でも、80年代のデヴィッド・シルヴィアンの『Gone To Earth』とかは、いま聴いてもものすごくミックスも編集も素晴らしいと思える。

デヴィッド・シルヴィアンとはその後じっさいに共作することになるわけですが、それはどういう経緯ではじまったのでしょう?

藤倉:もともと僕はたんなる彼のファンだったんです。作品はぜんぶ持っていましたね。その一方で、僕は大学2~3年生くらいから現代音楽の作曲コンクールとかで優勝するようになったんですけど、それはもともと賞金が目当てだったんですね。その賞金で家賃を払ったりしていた。僕は外国人だから働く時間が制限されていたというのもあり、賞に応募しまくってその賞金で生活していたんです。
 そうすると、BBCだとかオーケストラの人たちが僕の名前をよく見かけるようになって、それで僕の曲がラジオで流れるようになったりもして、演奏するようになったのが大学3年くらい。そういう感じでゆるやかにキャリアを積んでいったんですが、そんなときにすごくパワフルなおばさまに出会って、彼女が僕にチャンスを与えてくれた。そのおばさまが僕の作品を名門のロンドン・シンフォニエッタに送ったんです。
 そのころ、ロンドン・シンフォニエッタでビートボックスとオーケストラを融合させて曲を書くというプロジェクトの話が持ち上がった。そういうことに関心のある作曲家を探しているから、ワークショップに来てくれと連絡があって、それでそのワークショップに行ったんですけど、それじたいはぜんぜんおもしろくなかったんです。で、「行ってみた感想はどうだった?」と訊かれたので、素直に「つまらなかった」と伝えました。「そういうものよりも僕は、デヴィッド・シルヴィアンと一緒に何かをやるのが夢なんだ」って話したんです。
 そしたら、「デヴィッド・シルヴィアンなら来週オフィスに来るよ」と。それで彼と会うことになって、作品の交換をしたりしました。そのとき彼はちょうど『Manafon』の録音中だったんですが、僕が自分の音楽を送ると、ぜひ参加してほしいと言われて、そこから仲良くなりましたね。

きっかけは幸運な偶然だったんですね。

藤倉:そうですね。デヴィッド・シルヴィアンはめちゃくちゃプロフェッショナルで頑固で、自分が納得しない音楽は絶対に許せないという感じの人なんですが、僕も若かったので、彼のほうから誘ってもらったのに、自分が参加した音の使われ方に文句を言ったりしていたんです。なんて失礼なやつだと思いますが(笑)、でもデヴィッドも不思議な人で、投げやりな人だったりギャラを貰ったからやるというような人よりもむしろ、こだわりがあって譲らないような人のほうがいいみたいなんです。それで、口論したりもしましたが、いまも仲は良いですね。現代音楽の作曲家よりも彼のほうがずっと芸術家っぽいですよ。絶対に譲らないし。マスタリングが気にいらないとか、デヴィッド以外の人には聞こえないレヴェルでも。

その後、坂本龍一さんとも一緒にやられていますよね。それはどういう経緯で?

藤倉:坂本さんがロンドンでコンサートをする機会があったんですが、そのときはチケットを買い逃してしまったんですよ。それで完売しちゃったという話をデヴィッド・シルヴィアンにしたら、どうも彼が僕を紹介するメールを坂本さんに送ってくれたようなんです。あとで坂本さんから、すごく美しいメールだったと聞きました。それでそのコンサートに行けることになり、知り合うことになりましたね。
 ちなみに僕は坂本さんの音楽を聴きまくっていたので、日本のアルバムと海外のアルバムとでマスタリングのバランスが違ったりするんですが、知り合いになってからそれを指摘すると、「たしかに違うはずだ」と。「そこまで聴かれているんだ」と驚かれました。「あそことあそこのピアノの音がちょっとだけちがいますよね」みたいな話をしたら、「それはエンジニアが変わったからだ」とか。デヴィッド・シルヴィアンとおなじで、もともとそういうふうなたんなる聴き手だったので、まさか一緒に仕事をできるとは思っていませんでしたね。

作曲コンクールとかで優勝するようになったんですけど、それはもともと賞金が目当てだったんですね。その賞金で家賃を払ったりしていた。僕は外国人だから働く時間が制限されていたというのもあり、賞に応募しまくってその賞金で生活していたんです。

先ほど少しロンドン・シンフォニエッタのお話が出ましたけれど、彼らは〈Warp〉の作品を演奏したことがあって、テクノの文脈とも関わりがあるんですが、藤倉さんの作品もよくとりあげていますよね。

藤倉:昔はそうでしたね。24歳か25歳くらいのころ、僕は大学院生で、そのときにデヴィッド・シルヴィアンに引き合わせてくれたのとおなじ方から、「メンターをつけて進めていく新しいプロジェクトをするんだけど、ダイはつきたい先生はいるか?」と訊かれたんです。それで、せっかくだから手の届かない人の名前を言ってみようと思って、そのときハマっていたペーテル・エトヴェシュという有名な指揮者であり作曲家の名前を挙げたんです。そしたら、一応聞くだけ聞いてみるね、ということになった。
 すると、そのペーテル・エトヴェシュから、「楽譜と音源を送ってくれ」というメールが届いたんです。次にイギリスに行くのは8か月後になるが、そのとき20分だけロンドンのスタジオでレッスンをしてもいい、と。彼は超スーパースターだから、こちらはもう棚からぼた餅のような感じで、言われるままに楽譜と音源を送りました。そしたらそれ以降、奇妙なメールが届くようになったんです。スイスやドイツ、フランス、オーストリアから、ときには添付ファイルしかないような怪しげなメールが送られてくるようになって、これ絶対ウイルスだろうと思いながら開封してみると、どれも「ペーテル・エトヴェシュがあなたのことを知れと言っているが、君はいったい何者なんだ」というような内容で。名門オケからのメールだったんです。とにかく楽譜や音源を送ってくれ、と。それで、まだデータでやりとりする時代ではなかったので、郵送でCD-Rを送ったりしましたね。
 そうすると、運がいいことに「この作品を演奏したい」とか「一緒に新作をつくりたいのでベルリンに来てほしい」とかいう話になって。ルツェルン音楽祭のブーレーズのプロジェクトに応募したのもそれがきっかけでした。それからもロンドン・シンフォニエッタとも仕事はしましたが、ヨーロッパのプロジェクトが多くなっていって、イギリスは減っていきましたね。

こうしてあとから話を伺うと、ものすごくとんとん拍子のように聞こえますね。

藤倉:僕にとって嬉しかったのは、人柄を気に入ってもらって紹介されたのではなかったというところですね。あくまで曲を聴いて判断してもらった。ロンドン・シンフォニエッタとの関係もそうです。大学2年の年末テストのときに、大学とは関係のない外部から審査員としてロンドン・シンフォニエッタのメンバーの方が来たんですが、面接のまえに先に作品を聴かせるんですね。それでいざ面接のときにその人が、テストのことなんか忘れてしまって、「この楽譜を持って返ってもいいか」と言い出して。その横では、僕の先生がニコニコ笑っている。
そして次のシーズンが発表されたときには僕の作品がプログラムされていました。そんな感じで関係がはじまりました。それが大学生2年生のときですから、シルヴィアンと会うのはもっとそのあとですね、20代後半か30歳くらいのころ。

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デヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一さん、ペーテル・エトヴェシュとブーレーズ、この4人が僕にとっていちばん重要な人たちです。その4人全員に会えたというのはすごいことでした。僕の人生の財産ですね。

ブーレーズの名前も出ましたが、晩年の彼とも親しかったんですよね。

藤倉:それもペーテル・エトヴェシュが僕の話をしてくれたおかげですね。スイスのルツェルン音楽祭が若い作曲家を探していて、推薦された大勢の作曲家のなかから何人かを選ぶという流れでした。さらにそのなかからブーレーズ本人がふたりを選んで、そのふたりの作品を2年後の同音楽祭でブーレーズが指揮をする、というプロジェクトです。それでルツェルン側から「君が誰だかは知らないけれど、エトヴェシュから名前が挙がっているので応募してくれ」と言われて、そのとおり応募しました。オーケストラの作品をふたつ送らなければならなかったんですが、クラシックの世界ではオーケストラ作品が演奏されるというのはすごく大変なことなんです。4人のバンドで弾くのであれば4人集めればいいわけですけど、80人のオーケストラに曲を弾かせるというのはそうとうなことがないとできない。しかも若い作曲家にはぜんぜんチャンスもないから、貴重な体験でした。それで僕は最後のふたりまで残ることができたので、そのとき初めてブーレーズに会ったんです。もともと僕は彼のただのファンだったんですが、それから2年後のルツェルン音楽祭で自分の作品がブーレーズ指揮のもと演奏されることになって、そこからかなり親しくなりました。28歳のときですね。
 彼はすごく厳しい人として知られていますが、じっさいに会うとぜんぜんそんなことはなくて、ニコッとして「ミスター・フジクラ」とか「ダイ」って呼ぶときもあるし、ほんとうにふつうに接してくれた。この後、もう1曲指揮してくれたこともありましたし、もっと僕の作品を指揮する予定もあったんですが、そのころから体調が悪くなってしまったので、残念ながらそれはなくなって、彼も観客として見守るみたいな感じで、僕の作品が演奏されるときにはブーレーズが観客にいたりしたしたことはけっこう何回もありましたね。当時もう85歳くらいでしたからね。

すごく出会いに恵まれていますよね。

藤倉:デヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一さん、ペーテル・エトヴェシュとブーレーズ、この4人が僕にとっていちばん重要な人たちなんです。じっさいに会うかはべつにしても、この4人から学んだことはすごく大きかった。ずっと彼らの作品を聴いて学んできたので、その4人全員に会えたというのはすごいことでした。しかも、みんな長く関係を続けてくださっている。たとえばペーテル・エトヴェシュは去年、僕の作品の世界初演をやってくれたんですが、そんな感じで10年以上経ったいまも良い関係で、それは僕の人生の財産ですね。お金では買えないですから。

2年前には《ボンクリ・フェス》という音楽フェスを起ち上げていますが、そのとき大友良英さんの曲も取り上げていますよね。

藤倉:今年もやりますよ! 今年の《ボンクリ・フェス》は9月28日です。大友良英さんも出ます。坂本龍一さんの日本初演もあります。「デヴィッド・シルヴィアンの部屋」というのもあります。そこでは、《ボンクリ》のためだけにデヴィッド・シルヴィアンが作業してくれた作品も発表するので、ぜひエレキングの読者の方がたにも来てほしいですね。しかも1日3000円ですから(※《ボンクリ・フェス》の詳細はこちらから)。

大友さんの良いところは?

藤倉:もう僕はたんなるファンですね。大友さんもデヴィッド・シルヴィアンの『Manafon』に参加していて、「キュイーン!」みたいな音ばかりの大友さんのトラックがたくさんあったんですよ。僕がそれを加工させていただくことになって。シルヴィアンからも、大友さんがいかに素晴らしい人かという話も聞いていましたし。デヴィッド・シルヴィアンは誰でも褒めるような人ではないですから、彼が言うならそうとうすごい方だろうと思って、じっさいそのあとに出た水木しげる原作のNHKのドラマの音楽なんかもすごく良かったですし、そうこうしているうちに大友さんからSNSでフレンド申請が来て、それですぐに《ボンクリ・フェス》のお話をさせていただいて。出演してもらうなんてめっそうもない話だから、「演奏させていただける曲はありますか」ってお尋ねしたんですが、そしたら新曲をつくってくださり、出演までしてくださることになって。それが1年目ですね。それで去年も出てくださって、今年も出ていただくことになった。
 でも大友さんは、毎回、どういう音楽になるか前日までわからないと言うんです。譜面をほとんど書かずに、リハーサルを1時間半くらいやって決めて、音楽を作っていくというやり方は、僕みたいに何ヶ月も時間をかけて楽譜にしている立場からするとうらやましいですね。僕もああいうふうに曲ができたらいいのになっていう憧れがあります。

まだ《ボンクリ》には出演していない人で、今後出てほしい方、何か一緒にできたらいいなと思う方はいますか?

藤倉:〈ECM〉から出している(ティグラン・)ハマシアンですね。僕はとにかく熱狂的な彼のファンなんです。彼のアルバムも好きでよく聴いています。

彼はほんとうに試行錯誤して、デザインから何からすべて、隅から隅までこだわる。それをみて、「やっぱりアルバムを作るというのはこういうことだな」というのがわかった。中身は妥協できない。そういう姿勢はデヴィッド・シルヴィアンから学びましたね。

新作の『ざわざわ』についてお尋ねします。再生して最初がいきなり強烈な“きいて”だったので、驚きました。続く“ざわざわ”や“さわさわ”も声を効果的に用いていますし、今回「声」にフォーカスするという、テーマのようなものがあったのでしょうか?

藤倉:それはぜんぜんなくて。僕は基本的に、リリースできる音源が集まったら出すというかたちでやっているので、とくに今回「声」にしようというテーマがあったわけではないんです。日本では〈ソニー〉から出ていますが、もともとは自分でやっているレーベルの〈Minabel〉から出していて。それで、僕は貧乏性なのか、CDを1枚出すのにもいろいろと費用がかかりますから、いつも、出すならぎゅうぎゅうに詰め込んで出そうと思っていて。なので今回も70分以上あるはずです。それでたまたま集まったものに声の作品が多かったというだけの話ですね。ただ、曲の並べ方は毎回かなり悩みますよ。あと、僕はマスタリングも自分でやっているんですが、それもすごくチャレンジですね。たとえば“きいて”なんかはいじりまくっています。モノラルみたいな感じではじめて、途中から広げたり。

ご自身で編集やミックス、マスタリングまでこなすのは、そこまでやってこその音楽家だ、というような矜持があるんでしょうか?

藤倉:人に任せるとお金を払わなきゃいけないというのもありますね。しかも、お金を払わなきゃいけないわりには、僕が納得するマスタリングとかミックスだったことはほとんどなくて。なので、よく素材だけもらって、僕なりにミックスして、友だちのアーティストに送ったりするんですが、そういうときも「こっちのほうがいいじゃん」と言われることが多い。だから何十時間という時間をかけて自分でやるほうが、金銭的にも気分的にもいいなと思っているんです。僕はサウンドエンジニアとかプロデューサーの友だちがけっこう多いんですけど、みんな親切で、丁寧にいろいろ教えてくれるんです。それでどんどん上達したと思います。今回は冒頭が“きいて”で、そこから“ざわざわ”に移るので、最初は眉間の部分を小突く感じではじまって、“ざわざわ”でうわっと世界が広がるという感じかな、とか考えてやっていましたね。あと、僕の場合ライヴ録音がほとんどなので、(オーディエンスの)咳をとり除いたりするのには時間がかかりますね。

“きいて”は小林沙羅さんの息継ぎ、ブレス音も絶妙で。

藤倉:ちゃんと残っていましたよね? あまりにもなくしちゃうと変になっちゃうから。小林沙羅さんはいわゆる正統派のオペラ歌手なんですが、それをこういうふうに遊びで、ちょっとグロテスクな曲にしてしまう。ひどいですよね(笑)。彼女から委嘱されたのに。でも、そういう曲を書いたり変なミックスをしても沙羅さんはおもしろいと言ってくれるんですよ。そういうところが一流のアーティストはちがいますよね。ふつうは守りに入りますから。彼女は気に入ってくれたみたいで、いろんなところで歌ってくれているそうです。しかも毎回ちがう演出らしい。そういうふうにおもしろがってくれるのは、ホルンの福川伸陽さんもそうなんですよ。ホルンで曲を書いてくださいと言われたんですが、じつは僕はホルンが嫌いなので、ホルンっぽくない音を探しましょう、と。これも失礼な話ですよね。でも彼もそれをおもしろがってくれて、何曲も委嘱してくださって。それで“ゆらゆら”という、最初から最後までホルンの変な音が鳴り響く曲ができた。

まさに“ゆらゆら”は音響的におもしろい曲だと思いました。

藤倉:ふつうではない奏法なので。ふつうのホルンのサウンドは嫌ですから。

そして、その前後にはコントラバスのこれまた変な曲(“BIS”、“ES”)が並んでいて。

藤倉:弾いている佐藤洋嗣さんもおもしろいことをやるのがお好きな方で。アンサンブル・ノマドの佐藤紀雄さんのご子息なんですが、アルバム後半のこのあたりの曲は僕が自分でマイクを立てて録っているんですよ。

レコーディング・エンジニアのようなこともされているんですね。

藤倉:でもやり方を知らないから、ぜんぶ見よう見真似です。前のアルバム『ダイヤモンド・ダスト』でヴィクトリア・ムローヴァさんというめちゃくちゃ有名なヴァイオリニストの方に参加してもらったんですが、そのときも彼女の家までマイクを持っていって、自分で録音したんです。6チャンネルで録ったんですけど、そのうちのふたつはムローヴァさんの旦那さんが良いマイクを持っていたのでお借りして。でもヴァイオリンを録るときのマイクの立て方がわからない。そしたらムローヴァさんが、彼女は小さいころからレコーディングしているから、「ふつうはもうちょっと上だね」とか教えてくれる。そういう感じで録っていきましたね。時間があればエンジニアリングも習いたいです。

そういうチャレンジ精神は何に由来するのでしょう?

藤倉:僕の最初のアルバム『Secret Forest』は、芸術のために活動しているイギリスの小さな〈NMC〉というレーベルから出たんです。そこはすごく良心的な現代音楽をやっているところで、売るためにやっているわけではない。そこから出すことになったときに、デヴィッド・シルヴィアンのアルバムのつくり方をずっとみていたんですよ。彼はほんとうに試行錯誤して、デザインから何からすべて、隅から隅までこだわる。それをみて、「やっぱりアルバムを作るというのはこういうことだな」というのがわかった。それで自分のレーベルもはじめようと思いましたし。隅から隅までやって、「これだ」と思えるものしか出さない。ちなみに僕の場合は、助成金とかをもらって作っているわけではないので、ぜんぶ自分の生活費から出ています。いま借りている家には3人で暮らしているんですが、寝室がふたつなんです。仕事するのに自分の部屋がないんですよ。こんなアルバムを出していなかったら、もう一部屋借りられていたかもしれない。それでも出したいということですよね。ほかの人が聴いてくれるかどうかはわからないけど、中身は妥協できない。そういう姿勢はデヴィッド・シルヴィアンから学びましたね。それだけこだわったアルバムなら、好き嫌いはべつにして、出す価値があるって。1トラックに20時間かけるなんてどう考えてもバカじゃないですか(笑)。妻は元音楽家なので耳が良いんですけど、その妻も「そんなもの誰も聴かないんだからもういいじゃん」「でもその音、狂っているよね」とか言って部屋を去っていきます(笑)。

職人ですよね。

藤倉:やっぱりアルバムを作っていると、最後のほうはもう精神病棟に行かないといけないんじゃないか、というくらいになっちゃいますよ。以前、チェロ協奏曲の作業をしていたときに、チェロってそもそも弓が弦に擦れて音が出るものなのに、そのこすれる音が気になりはじめちゃったりして。でもそのこする音がなかったら、それこそサンプラーのチェロみたいな音になっちゃう。そういう感じで、編集とかミックスをしているととまらなくなるんですよね。だから、どこでとめるかというのが問題ですね。

では最後に、ふだんテクノを聴いているような人におすすめの、現代音楽やクラシカルの作品、あるいは演奏家を教えてください。

藤倉:悩みますね。ポーリン・オリヴェロスのディープ・リスニングはどうでしょう。


PRINS THOMAS ASIA TOUR 2019 - ele-king

 今年アルバム『AMBITIONS』をリリースしたノルウェーのベテランDJ、プリンス・トーマスが来日する。東京を皮切りに、いまもっとも熱いという噂の名古屋、そして大阪、札幌と日本をツアー。まだまだ遊び足りないダンサーは、北欧仕込みのハイセンスなハウスで汗を流しましょうや。

9.14(土)東京 VENT
9.15(日)名古屋 CLUB MAGO
9.16(月/祝) 大阪 CIRCUS
9.20(金) 札幌 PRECIOUS HALL
9.21(土)SEOUL MODECi

■Prins Thomas (Full Pupp, Smalltown Supersound - Norway)

北欧ノルウェーのDJ/プロデューサー、プリンス・トーマス。レーベル〈Full Pupp〉と〈Internasjonal〉を主宰。前者がノルウェー国内のアーティストを、後者は国外のアーティストを紹介する。
2005年、盟友Lindstrømとの共作アルバム『Lindstrøm & Prins Thomas』をリリースし、世界中の音楽シーンに新しい風を吹きこんだ。Remixerとしても数多くの作品をてがけ、また、Noise In My Head,『Cosmo Galactic Prism』,『Live At Robert Johnson』,『RA.074』,『FACT MIx 130』, 『Rainbow Disco Club vol.1』,『Paradise Goulash』などのDJ MIXからうかがえるように、DJとしてのその実力とセンスが評価されている。2019年、細野晴臣、ダニエル・ラノワ、シンイチ・アトベやリカルド・ヴィラロボスにインスピレーションを得て作られたという最新アルバム『AMBITIONS』をリリース。

■ツアー各公演詳細

9.14(土) 東京 @VENT
- DISKO KLUBB -

=ROOM1=
Prins Thomas
MONKEY TIMERS
Mustache X

=ROOM2=
DISKO KLUBB
JITSUMITSU / YAMARCHY / GYAO / TAGAWAMAN / KAZUHIKO

CYK
Nari & Kotsu

Open 23:00
Advance 2500yen (RA 7/17 12:00より販売開始)
Door 3500yen

Info: VENT https://vent-tokyo.net
東京都港区南青山3-18-19 フェスタ表参道ビルB1 TEL 03-6804-6652


9.15(日) 名古屋 @Club Mago
- OSKA -

feat DJ:
Prins Thomas

DJs:
hiroyuki (STOMP!)
CHOUMAN (The Sessions)
PePe
Shoino

OSKA LOUNGE:
UTSUNOMIYA (AJITO)
Tamachanmann (NOODLE)
YoshimRIOT (RIOT girls)
konma

Sheesha:
blanc lapin

Open 22:00
Advance / With Flyer 2500yen
Door 3000yen

Info: Club Mago https://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818


9.16(月/祝) 大阪 @Circus
Happy Monday Special!!
- Prins Thomas Japan Tour 2019 in Osaka -

DJ: Prins Thomas, YAMA (PRHYTHM), STEW (TUFF DISCO), DJ Ageishi (AHB pro.)

Food: SETSUKO -極楽肴nd-

Open 17:00 - 23:00

Advanced 2000yen + 1Drink
Door 2500yen +1Drink

Info:
Circus Osaka https://circus-osaka.com
〒542-0086 大阪市中央区西心斎橋1-8-16-2F TEL 06-6241-3822
AHB Production https://ahbproduction.com


9.20(金) 札幌 @Precious Hall
- JOY -

Featuring Guest: Prins Thomas

TSUJI (polan)

Open 23:00
With Flyer 3000yen
Door 3500yen

Info: PRECIOUS HALL https://www.precioushall.com
札幌市中央区南2条西3丁目13-2 パレードビルB2F TEL 011-200-0090


9.21(土) SEOUL @MODECi

DJ: Prins Thomas, FFAN

Open 22:00 Till 6:00

More info: https://www.facebook.com/events/500092080741276/

Undefined - ele-king

 いま日本の地下ではダブがおもしろい動きを見せている。そのひとつが〈newdubhall〉だ。同レーベルを主宰する Undefined は、The Heavymanners に参加していた Sahara と、Soul Dimension のドラマーも務める Ohkuma によって結成されたダブ・ユニットで、2017年に初のシングルを発表、その後こだま和文との共作などを送り出している。そんな彼らの最新作がポートランドの7インチ専門ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉からリリースされることとなった。タイトルは「Three」で、ヤング・エコーのライダー・シャフィークをフィーチャー。600枚限定で再プレスはなし、配信もなしとのことなので、なくなる前に急ごう。

先進的ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉から
ダブ・ユニット Undefined が日本人初となる7インチをリリース

キーボード/プログラミングの Sahara とドラムの ohkuma によるユニット、Undefined の3 作目となるレコードが、アメリカはポートランドの先進的ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉から8 月下旬にリリースされる。世界各地で繰り広げられているダブの冒険を70 枚以上の7インチで紹介しているレーベルではあるが、日本人では初のリリースとなる。前作ではこだま和文と共作、宇宙とブルーズを深い音響の中に描き上げた彼ら。今作「Three」では、ブリストルを中心に活動し、参加した Swindle の楽曲“What We Do”がアップルUKのキャンペーンに使用され注目を集める詩人/ラッパー Rider Shafique を迎え、覚醒した浮遊感を我々に知覚させる。
通常のダブ・レコードでは、ヴォーカル入りの楽曲がA面に、それを素材にダブ・ミックスを施したものがB面に収録される。しかし今作「Three」は、最初に完成したインスト曲(今作B面収録)のダブ・ヴァージョン(未発表)に Rider Shafique がヴォーカルを乗せたトラックを制作。そのヴォーカルをエディットし、元のインスト曲に乗せ直したものが今作のA面に収録されている。そうした結果、ドラムとヴォーカルのリズムが、録音時には想像していなかった別のグルーヴを創り出している。Can のドラマー Jaki Liebezeit のプレイを連想させるドラミングと、“ヴォイス・オブ・サンダー” Prince Far I の影響が伺えるヴォーカル、そしてその言葉に呼応するように飛び交う音の断片が描く“来るべき変革の前の静けさ”──緊張と希望の波動。機会があれば、ぜひサウンドシステムで感じてほしい。
これまでのリリース「after effect」(7"/2017 年)、「new culture days」(10"/2018 年)、dBridge×Kabuki×itti とのコラボ企画「Chatter」(12"/2019 年)は全て完売。寡作ながら確固とした音空間を残している Undefined は、国内外を問わず現在最も注目すべき才能のひとつだ。
7インチは、デジタル・リリースおよび再プレスなしの限定600枚リリース。〈ZamZam〉のアイデンティティとも言えるシルク・スクリーン・プリントが施されたスリーヴに収められている。

麻芝 拓 (ライター)

type:7inch
Undefined feat. Rider Shafique
a. Three / b. Three - dub -
released from ZamZam Sounds (U.S) / 価格: 未定

New Order - ele-king

 『アンノウン・プレジャー』から40年。ジョイ・ディヴィジョン本の決定版、ジョン・サヴェージ(坂本麻里子訳)による『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも』(原題:This searing light, the sun and everything else)、お盆前に校了しました。今月28日には書店/レコード店/amazon等に並ぶ予定です。
 この本は関係者による証言を編集したオーラル・ヒストリーなので、当然、もっとも多くの発言が見られるのは、バーナード・サムナー、ピーター・フック、スティーヴン・モリスの3人(そしてトニー・ウィルソン、ピーター・サヴィル、マーティン・ハネット、マーク・リーダー、デボラ・カーティスなど)です。けっこう珍しい写真も掲載されているし、音楽のこと以外に、デザインや写真の話なんかも盛り込まれていて、ある程度のことは知っているひとが読んでも楽しめる内容になっています。物語はイアン・カーティスの死とニュー・オーダー始動の直前で終わるわけですが、ニュー・オーダーのその後についてはバーニーの自伝をどうぞ
 で、先頃ライヴ・アルバムをリリースしたニュー・オーダー、来年の3月に来日することが決定しました。すでにこのニュース、話題になっているようで、さすがニュー・オーダー、衰えぬ人気ぶりです。

東京 3月3日(火) 新木場 STUDIO COAST
東京 3月4日(水) 新木場 STUDIO COAST
OPEN 18:30/ START 19:30
TICKET スタンディング¥10,000 指定席¥12,000(税込/別途 1 ドリンク)
※未就学児入場不可 一般プレイガイド発売日:9/7(土) <問>クリエイティブマン 03-3499-6669

大阪 3月6日(金) Zepp Osaka Bayside
OPEN 18:30 START 19:30
TICKET 1F スタンディング¥10,000 2F 指定¥12,000(税込/別途 1 ドリンク)
※未就学児入場不可 ※未就学児入場不可 ※別途 1 ドリンクオーダー
一般プレイガイド発売日:9/7(土) <問>キョードーインフォメーション 0570-200-888

制作・招聘:クリエイティブマン 協力:Traffic
https://www.creativeman.co.jp/

Myele Manzanza - ele-king

 セオ・パリッシュのバンド、ザ・ユニットのドラマーであり、セオの主宰する〈Sound Signature〉やその姉妹レーベル〈Wildheart〉からリリースを重ねてきたマイエレ・マンザンザが、10月9日にニュー・アルバムを発売する。昨年末にセオのマイルス・デイヴィス・トリビュート曲“Love Is War For Miles”を巧みに再解釈して注目を集めた彼は、次にどんなジャズを聞かせてくれるのか。期待大です。

Myele Manzanza
A Love Requited

THEO PARRISH のバンド “THE UNIT” のメンバーとしても知られる、ニュージーランド出身のドラマー MYELE MANZANZA (マイエレ・マンザンザ)が新作をリリース!! アグレッシヴなドラミングから産まれるグルーヴに、壮大さとダイナミックな世界感を融合させた集大成となる一枚!!

Official HP: https://www.ringstokyo.com/myelemanzana

マイエレ・マンザンザを遂に紹介できます。エレクトリック・ワイヤー・ハッスルやソロ・デビュー作『One』の頃から気になっていたドラマーです。同じニュージーランド出身のマーク・ド・クライヴ・ロウや、セオ・パリッシュからも信頼を寄せられてきた彼の待望のフル・アルバムは、これまでの活動の集大成と言えます。洗練されたモダン・ジャズもスピリチュアルなジャズもアフロセントリックなソウルも、ラテンやアフリカのリズムも、コンゴのミュージシャンだった父との対話も融合させた、壮大でダイナミックな世界を楽しんでください。(原 雅明 / rings プロデューサー)

アーティスト : MYELE MANZANZA (マイエレ・マンザンザ)
タイトル : A Love Requited (ア・ラブ・リクアイテッド)
発売日 : 2019/10/9
価格 : 2,450円+税
レーベル/品番 : rings (RINC57)
フォーマット : CD

Jeff Mills - ele-king

 近年はオーケストラのための作品映画『光』のサウンドトラックトニー・アレン御大とのコラボスパイラル・デラックスなどなど、多方面で活動を続けているジェフ・ミルズだけれど、その次なる一手はどうやらコンピレイションのようだ。といってもたんなるベスト盤ではない。これまで発表されてきた膨大な作品のなかから、「視覚(Sight)」「聴覚(Sound)」「空間(Space)」という3つのテーマに合致する曲をセレクトし、50ページもの解説と考察を加えたものになっているという。きっとジェフの思想ががっつり込められた、特別な作品に仕上がっているにちがいない。9月25日、日本先行発売。

Jeff Mills(ジェフ・ミルズ)の心と頭を覗く。「視覚」「聴覚」「空間」がテーマの新『感覚』コンピレーションをリリース決定。

エレクトロニック・ミュージック、テクノ・シーンのパイオニアとして知られるDJ/プロデューサー、ジェフ・ミルズ。

近年ではオーケストラの為に作品を書き下ろした作品『Planets』を発表、また自身のルーツであるジャズ・フュージョンのプロジェクトとして、大野由美子(Buffalo Daughter)、日野賢二、ジェラルド・ミッチェル(UR、Los Hermanos)らとのグループ“SPIRAL DELUXE”としてライブやリリースを行うなど、その活動は多岐にわたります。

また音楽活動だけにとどまらず、近代アートとのコラボレーションも積極的に行っており、2017年にはその功績が認められ、フランス政府より日本の文化勲章にあたる芸術文化勲章、Officier de la Légion d'honneur Ordre des Arts et des Lettres を授与されました。

今年、長いキャリアの中で発表してきた数々の名作を、日々、進化を続ける音楽とリスナーに対して、ジェフ・ミルズ本人が向き合い、再編集をしてアナログ・レコードでリリースしていく、「ディレクターズ・カット・シリーズ」をスタートしていますが、このシリーズのCDコンピレーション版としてジェフ・ミルズ自らが編纂する作品『SIGHT SOUND AND SPACE』をリリースすることが決定しました。海外ではジェフ・ミルズ主宰の音楽レーベル〈Axis Records〉より10月4日に、日本では〈U/M/A/A〉より9月25日に先行リリースします。

『SIGHT SOUND AND SPACE』では、これまでリリースされた膨大な作品の中から、人間が持つ感覚、Sight『視覚』、Sound『聴覚』、Space『空間』という3つのテーマごとに楽曲をセレクション。さらに、ジェフ・ミルズによるこの3つのテーマについての解説と考察。そして、どの様な契機、思考、制作プロセスを経て作品となったのか、すべての収録曲について語った貴重なテキストが収録される約50Pのブックレットが、特別なハードカバーブックケースに収録。

ジェフ・ミルズが何にどのようなに影響され、どのような意図を持って作曲活動をしているのかをジェフの解説によって知ることが出来る。まるでジェフの心と頭の中を覗き見るかような作品となっています。

エレクトロニック・ミュージック・シーンのリヴィング・レジェンドとして尊敬を集め、音楽作品だけでなくその発言にも注目の集まるジェフ・ミルズが、人間の感覚をテーマに編纂するコンピレーション・アルバム。ジェフ・ミルズの新作『SIGHT SOUND AND SPACE』は、〈U/M/A/A〉より9月25日にリリースされます。

【商品情報】

Jeff Mills『SIGHT SOUND AND SPACE』
2019年9月25日リリース

仕様:CD3枚組、解説ブックレット(和訳入り)+ハードカバーブックケース
品番:UMA-1127~1129
定価:¥4,300+税
発売元:U/M/A/A Inc.

[CD 1] Sight

1.Perfecture – taken from “Metropolis” CD
2.Deckard – taken from “Blade Runner” EP
3.Le Mer Et C’est Un Caractere - taken from “Sequence” CD
4.Homing Device – taken from “2087” CD album
5.The Never Ending Study – taken from “Etudes Sur Paris” album
6.The Drive Home - taken from “Woman In The Moon”
7.Parallelism In Fate - taken from “And Then There Was Light” film soundtrack
8.Devices taken from “At First Sight “ CD
9.Transformation B (Rotwang’s Revenge) – taken from “Metropolis” CD album
10.Sleepy Time – taken from “Trip To The Moon” CD album
11.Multi-Dimensional – taken from “Man From Tomorrow” film soundtrack
12.Descending Eiffel Stairs – taken from “The Crazy Ray” film soundtrack

[CD 2] Sound

1.The Hunter - taken from “Free Fall Galaxy” Album.
2.The Bells
3.4Art
4.The 25th Hour - unreleased
5.Growth
6.Spiral Galaxy
7.Microbe - taken from “The Power” CD
8.Jade - taken from “Every Dog Has Its Day Vol. 2”
9.Where The Shadows Have Motives – taken from the Rembrandt Experience soundtrack.
10.Flying Machines - taken from “Sequence” CD compilation
11.Compression-Release – taken from “Emerging Crystal Universe”
12.Into The Body – taken from “Fantastic Voyage” Soundtrack
13.The Resolution - taken from “Actual” 12” EP (2)
14.Spiral Therapy – taken from “The Power” CD

[Booket] And

ジェフ・ミルズ本人による書き下ろし各曲解説。CD収録曲にまつわる解説やストーリーを収録。

[CD 3] Space

1.Introduction – Phase 1-3 taken from “Fantastic Voyage” soundtrack
2.Mercury (Residue Mix) - Unreleased – taken from “Planets” CD
3.Unreleased002
4.The Believers
5.The Industry Of Dreams – taken from “The Messenger” CD
6.Stabilizing The Spin – taken from “Moon: The Area Of Influence” CD
7.G-Star
8.Planet X – taken from “Lost In Space” 12” EP
9.The Worker’s Party – taken from Gamma Player Compilation “Niteroi’ collaboration project
10.Daphnis (Keeler’s Gap) – taken from “X-102 Re-discovers The Rings Of Saturn”
11.Outer Space – Unreleased
12.Unreleased005
13.Self-Portrait taken from “One Man Spaceship” CD
14.Aitken Basin – taken from “The Messenger” CD
15.Deadly Rays (Of A Hot White Sun) – taken from “Where Light Ends” CD
16.Medians – taken from “Free Fall Galaxy” album

interview with Yutaka Hirose - ele-king

1980年代の日本の環境音楽が国際舞台で再評価されていること自体はポジティヴな出来事に違いないが、その代表のひとつを芦川聡のサウンド・プロセス一派とするなら、やはり、ニュー・エイジと一緒くたにするべきではないだろう。というのも、彼らは環境音楽をジョン・ケージ以降の音楽として捉えていたからだ(つまり、感情や感覚ではなく、妄想や幻覚でもなく、極めて論理的に考察されている)。
しかしながら、海外メディアが80年代における日本のアンビエントの急速な展開を高度経済成長がもたらしたさまざまな害悪(都市生活のストレス、モルタルとコンクリートが引き起こす閉所恐怖症、自然破壊などなど)への反応と分析するとき、まあそれはたしかに遠因としてあるのだろうと認めざるえない側面に気が付く。細野晴臣のアンビエントはYMO以降における心の癒しでもあったし、実際、疲れ切った都会人の心に吉村弘の透き通ったアンビエント・サウンドが染みていくのも、自分も疲れ切った都会人のひとりとしてわからなくはない。
とはいえ、80年代日本のアンビエントにおける重要な起点となったサウンド・プロセスが、“風景としての音楽”、“音楽が風景となること”を感情や感覚、あるいは幻覚ではなく、極めて論理的に考察していったという史実は知っておいてもいいだろう。
1980年代、ジョン・ケージに強く影響を受けた組織〈サウンド・プロセス・デザイン〉を拠点に、吉村弘、芦川聡といったメンバーを中心としながらリリースされていったアンビエント作品は、最初は超マニアックなコレクターたちが火を付け、現在ではさらにもっと広く聴かれはじめている。そんな折りに廣瀬豊が1986年に残したアルバム『Nova』が再発された。しかも2枚組で、環境音楽の“その後”を知るうえでも興味深い未発表音源が収録されているという、世界中が待っていた待望のリイシューである。
以下、現在は山梨で暮らしている廣瀬さんが東京に来るというので、新宿の喫茶店で2時間ほどお時間をいただいた。はからずとも、その数時間後にはれいわ新撰組が最後の街頭演説をすることになる、そのすぐ近くの喫茶店だった。

じつをいうと、『Nova』という作品の存在をほとんど忘れていたんです。言われてみればそんなこともやったなと、しかしそれが何でいまなんだろう? という感じです。

ご自身が1986年に発表した作品が何十年というときを経てこのように評価されている現状に対して、どのような感想をお持ちですか?

廣瀬豊(以下、廣瀬):まずは驚いているという感じです。変な話なんですけど、(J・アンビエント再評価など)いろんな話が出てくる前は、個人的にはちょうどフェイスブックをはじめたころで、そのとき作っている作品をアップしていました。どんな反応が来るのかと。そうしたら、「『Nova』という作品はもしかしてあなたですか?」という質問がいろんなところから来たんです。

それは何年ですか?

廣瀬:2012年~2013年あたりでしょうか。台湾から来たり、アメリカから来たり、フランスから来たり。最初は何のことかわかりませんでしたね。じつをいうと、そのときの自分は『Nova』という作品の存在をほとんど忘れていたんです。言われてみればそんなこともやったなと、しかしそれが何でいまなんだろう? という感じです。
しかし、いったん『Nova』のことを思い出すと、やり残したことが多かったことも思い出して。じっさい、もっとできただろうという少し悶々とした気持ちもあったんです。当時はプロデュースされる側だったし、20代前半で若かったので。

『Nova』を作られたときはおいくつですか?

廣瀬:『Nova』が1986年、私は1961年生まれなので、この話をもらったのが24歳のなかばから25歳に入るくらいでした。血気盛んな頃というか(笑)。

そもそも廣瀬さんは、どのような歴史をお持ちなのでしょうか? どんな音楽を聴いていて、どうしてアンビエント・ミュージックにアプローチしたのでしょう? プロフィール的なことを教えて下さい。

廣瀬:生まれは山梨県甲府市です。中学生のときにロックを聴きはじめるんですけど、プログレから入っちゃったんですよ。最初はUKのプログレを聴いて、そのあとすぐに〈ヴァージン〉からマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が出て、これこそ聴きたかった音楽だと思いました。それをきっかけにヴァージン系の音ばかり聴いて、そのあとジャーマン系のプログレも聴いて、あとはなしくずしでいろいろな方向の音を聴きはじめました。

電子音楽というか、シンセサイザーという要素は大きかったんですか?

廣瀬:シンセサイザーの音もそうなんですけど、ミニマル的なものとか音楽的ではない感覚、コードがあって歌があって盛り上がってという感じではない、空間的、空気的なことをイメージする、その当時からアンビエント思考みたいなものがあったのかもしれません。なのでそういった音楽を中心に探していきました。ゴングやファウストのシンセの使い方と他の楽器による反復、そしタンジェリンドリームのシンセだけの反復は自分の体感に合っていた感じています。
音を作りはじめたのは……、いろいろな音を聴いていくうちになぜかだんだん聴くものがなくなっていって、だったら自分で作っちゃえというのがことの発端です。家にあったカセットのテープレコーダーと鍵盤楽器を使ってテリー・ライリーみたいなことをはじめたり、フィリップ・グラスみたいなことをはじめたりしました。大学に入ってからマルチのカセットを買って、多重録音みたいなこともはじめました。アンビエントに関してもっとも影響を受けたのは、アンビエント・シリーズよりも〈オブスキュア〉シリーズです。こっちのほうが自分の感覚に合っていた。環境音楽なんだけど、どこか尖っている、デイヴィッド・トゥープとかに興味を感じましたね。

ギャヴィン・ブライアーズとかジョン・ケージとか?

廣瀬:まさにそうです。ジョン・ケージもジャン・スティールと一緒にあのシリーズから出ていましたね。そういったぎすぎすな音(反復みたいなもの)が好きだでした。

イーノがアンビエントを定義しますよね。注意して聴かなくてもいい音楽であると。それはエリック・サティに遡ることができると。ああいうイーノのコンセプトというよりも〈オブスキュア〉で彼がやっていたちょっと実験的なことのほうがお好きだったということですか?

廣瀬:〈オブスキュア〉の方が自分に合ってました。もちろん『Music for Airports』も好きで聴きますし、ハロルド・バッドも好きなんですけど、しかし自分のなかでもっとも大きかったのは〈オブスキュア〉シリーズでした。ギャヴィン・ブライアーズの「タイタニック号の沈没 / イエスの血は決して私を見捨てたことはない」とか。ジョン・ホワイトとギャヴィン・ブライアーズがやったマシーン・ミュージックなんかもすごく好きでしたね。イーノに関しては、(アンビエントというよりも)ソロになってからの4枚、『Here Come the Warm Jets』、『Taking Tiger Mountain』、『Another Green World』、『Before And After Science』といった作品が強烈なイメージとしてまずあったんです。
イーノを語るうえでもおもしろいのはロバート・ワイアットです。ロバート・フリップとの共作についてはあとで話しますが、ロバート・ワイアットの『Ruth Is Stranger Than Richard 』のA面の4曲目、“Team Spirit”という長い曲があるんですけど、ワイアットがイーノと一緒にやっているその曲がほんとうに素晴らしいんです。ワイアットはその後、『Music For Airports』でもピアノを弾いています。それも素晴らしい音色だと思います。
イーノとロバート・フィリップに関して言うと、『 No Pussyfooting』と『Evening Star』の2枚は私にとって宝物みたいなものです。こんなに歌っちゃっていいのかというくらいギターが歌っているというか、アンビエントなんですけど歌っているんですよ。あの2枚にはロバート・フィリップのベスト・プレイが随所に現れて気持ちが良いです、そして、その後のフリッパートロニクスのざらついたテープエコーの音は自分にとって肌の一部みたいな感じです。

リスナーとして、いろいろな音楽をかなり貪欲に聴かれていたんですね。

廣瀬:それが土台になっています。大学最後の年の1983年にハロルド・バッドが来日するんですけど、そのイベントを通して芦川(聡)さんとお会いしました。遊びにいってもいいですか? という話になって、芦川さんのサウンド・プロセス・デザインの事務所に自分のテープをこっそりもっていったんですね、こうして芦川さんに自分の作品を聴いてもらったんです。芦川さんは良いところも悪いもところも言ってくれて、こうしたほうがもっとおもしろくなるよ、というようなアドヴァイスまでくれました。それ以来、週に2日くらいのペースで夕方になると事務所に行って、いろんなことを話しました。

芦川聡さんはどういう方だったんですか?

廣瀬:芦川さんは最初はアール・ヴィヴァンというもと西武にあった現代音楽を専門に扱っていたお店で働かれていました。その当時はまだ芦川さんとは知り合ってないんですけど、とにかく私は通いまくっていましたね。レコードだけではなく、譜面もごそっとあったんですよ。ジョン・ケージの楽譜、シュトックハウゼンの楽譜その他もろもろの楽譜とか。なけなしの小遣いでとにかく買い集めていました。
あるときアール・ヴィヴァンで、今度ナム・ジュン・パイクとケージが来るという話を聞いたんですね。それでケージをはじめて体験したのが軽井沢の公演でした。これがまたすごいパフォーマンスで、会場はひとつの部屋なんですけど、その部屋を出て、いろんなところで演奏をやられていました。どこから音が出ているかわからない状態でした(笑)。

サウンド・プロセス・デザインはどんな組織だったんですか?

廣瀬:当初はアール・ヴィヴァン関係の方を中心にひとが集まって、イベントをやったりというような感じのところでした。じつは私は、大学を出たらサウンド・プロセスに入りたかったんです。しかしまだ設立されたばかりで、ひとを雇用するという感じではなかった。だから仕方なくほかに就職しましたね、3ヶ月で辞めちゃうんですけど(笑)。その頃に吉村さんにもお会いしました。サウンド・プロセス・デザインの事務所で、吉村さん、私と、あと何名かで飲んだり……。そういう時期でした。
サウンド・プロセスは、芦川さんが不慮の事故でお亡くなりになってからは田中さんという方が引き継がれて、博物館とか科学館とか、当時流行っていたカフェバーとかに音空間の概念を提案しサウンドデザインを行うということを具体的に仕事として成立させてましたね。また、公共施設、公園にさまざまな音具やサウンド・スカルプチャーを用いた音環境の提案もはじめられていました。
私自身はアスキーという会社に入って、Z80というチップでどんな音ができるかということをやってみないかと誘われました。当時その部署には使えるお金があったので、とにかく最新の音楽の機材がバンバン入ってくる。日々使い放題でした(笑)。この機械にはこういう可能性がある、ローランドのこれにはこういう可能性があるとか、いろいろ試しながら自分の新しい音楽を探していったんです。その間も様々なデモ音源の制作は続けていました。
その後しばらくして、ミサワホームからサウンド・プロセス・デザインに住宅環境における環境音楽を作って欲しいという話がきました。そこでまずは吉村さんが1枚制作されました。あともう1枚作って欲しいというときに、私に話が来たんです。自然音を取り入れたものにして欲しいと、それが『Nova』になるわけです。

影響を受けたのは、アンビエント・シリーズよりも〈オブスキュア〉シリーズです。こっちのほうが自分の感覚に合っていた。環境音楽なんだけど、どこか尖っている、デイヴィッド・トゥープとかに興味を感じましたね。ジョン・ケージもジャン・スティールと一緒にあのシリーズから出ていましたね。そういったぎすぎすな音が好きだでした。

自然音についてや風景としての音楽に関する考察は、『波の記譜法』のなかで芦川さんがけっこう書かれていますよね。弁証法的な書き方で。サティはまず音楽そのものの在り方を疑った。ジョン・ケージがさらにまたそこに疑問符を投げかけた。音が風景になることや環境音楽に向かうプロセスについての考察がなされていたと思いますが、じっさい当時はそのような議論が活発にあったわけですよね?

廣瀬:無音の曲と言われている“4分33秒”という曲があって、でも実際はまわりの音自体がサウンドになっていくというひとつの考え方もあるけど、別の側面では“4分33秒”は休符のみでされた休符の音楽という意味もあり、まわりの音(自然音)を音楽として捉えることのできる可能性と、音楽がまわりの音(自然音)の一部になる可能性についていろいろと思考していました。そんななかテーマとして要求される自然音を取り入れた音楽は何なのかと、自然音はあくまで自然音でありその自然音で音楽を構築するのかと、当時私自身はすごく悩んだのを覚えています。
たとえば吉村さんの『Surround』にしても、あれを聴いて思うのはあれ自体でもう自然音だと。自分の想像のなかで、波の音がそこにあったり、水滴のがそこにあったり、音楽から自然音というものは聴こえてくるような素晴らしい作品だと思う。僕に与えられた命題は、自然音を取り込んだ環境音楽を作りましょうということだったので、テーマとしてはものすごく難しかったんです。じゃあ果たしてどうやればいいのかというところからはじまったと思います。

そういうふうに命題を投げられるんですね。

廣瀬:投げられました。吉村さんには吉村さんとしてのすごい名盤がある。芦川さんは芦川さんとしての名盤がある。それを模倣するだけではダメだし、命題から外れてしまう。じゃあどうするかというところで、とにかくすべてをサンプリングしていこうと。それをフェアライトに全部押し込んでいった。それを全部プログラミングしながら音を作っていくという作業、ものすごく細かい作業をはじめました。

サンプリングって当時どういうふうな?

廣瀬:フィールド・レコーディングしたサンプリングだったり、映画とかラジオドラマとかでSEを作られている会社から頂いた音を入れ込んでいったんです。そうして作ったのが“Epilogue” です。“Epilogue”では水滴の音と、氷のような音など、鍾乳洞のなかの音環境はもしかしたらこういう感じかなと思いながら作りましたね。それが一番最初に作った曲なんですけど、あまりにも時間と労力がかかりすぎました。たった7分半くらいを作るのに神経がズタズタになるような感じでしたね。プログラムしていって、結局スコアを書かなければいけないことになるんですよ。

スコアと言っても普通のスコアではないですよね。

廣瀬:そうです。当時は音の持つパラメータすべてを数字で入力してましたから、普段でインプロで弾いた内容に対してあれこれと手を加えて形にするの違い、ミスも許されずに、全部入れ込まなければならく大変でした。

当時プログラミングしていくのは、いまとはまたやり方が違いますもんね。

廣瀬:違いますね。いまみたいに楽譜での入力やループの素材をコピペするのと違い、先ほどもお話しましたが音のパラメータを数字を打ち込んでいくのですが、いろいろな打ち込み方があり、それを試していると時間もかかるし、お金もかかるし、そして僕自身も辛くなるなと思いましたね。それで方向転換しなくてはいけないなということになったんです。そこからはじまったのが、残りの曲です。“Nova”という曲はまた新たに作りました。それ以外の曲は以前に作っていた曲でした。『Nova』のために作ったわけではないんだけど、『Nova』のために編曲し、『Nova』のひとつひとつの個性として形を変えました。

元の曲があったんですね。

廣瀬:自分が持っていたものに対して、どういう考え方に変わったかということなんです。だったらミニマルもそうですけど、自然音に対して逆に音楽的なものをぶつけたらどうだろうと。『Nova』は1曲目の“Nova”と最後“Epilogue”を除いて、わりと音楽的なんですよ。逆に言うとアンビエントになっていないのかもしれない。しかし、アンビエント・ミュージックを考えるのであれば、吉村さんの『Surround』がすでにある。それとの違いを出すためにはどうしたらいいかというと、あえて自然音に対して音楽をぶつけていくことによって新たな空間ができるんじゃないかなと私は考えました。
映画のサウンドトラックはおおいにヒントになりましたね。映画って、音楽が入っていてそのうえに自然音を被せている。たとえば、黒澤明の雨のシーンで、太鼓が鳴りながら雨が降っているみたいなものがありますよね。つまり、それもまた自然かなと。そういう結論になったんです。
1曲目の“Nova”では水滴、川の流れにはじまって、鳴りものが入って、ピアノが入ってストリングスが入っていくという音風景を作っています。この曲を最初にしたのは、アルバムの最後で鍾乳洞に行き着くというプロセスを表現しようと思っていたからです。2曲目は朝の感じをもった曲を想定して、それに合ったを音を自分のライブラリーのなかから探しました。そのなかに鳥の鳴き声なんかもあって、風景の音像を作っていく。そうして完成したのが“Slow Sky”ですね。その次はじゃあ昼だとしたら、ノスタルジックな昼がいいと思って、虫の鳴き声が入っている“In The Afternoon”ができた。あの曲ではミニ・ムーグを手で弾いているんですよ。

制作はたいへんでしたか?

廣瀬:苦労して泣きそうになりました(笑)。

どのくらい時間がかかったんですか?

廣瀬:かなりかかったと思います。ある程度自宅でデータを作ってきました。ただ、データを作って音にした後も、どうしてもニュアンスが違うところは手で弾きました。

当時作ったデータを保存するというと、オープンリールですか?

廣瀬:16トラックのオープンリールでした。それと5インチのフロッピーディスク。

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吉村さんには吉村さんとしてのすごい名盤がある。芦川さんは芦川さんとしての名盤がある。それを模倣するだけではダメだし、命題から外れてしまう。じゃあどうするかというところで、とにかくすべてをサンプリングしていこうと。それをフェアライトに全部押し込んでいった。

海外で日本の80年代のアンビエントが非常に評価されるなかで、アンビエントではなくて、環境音楽というのが英語化してKankyo Ongakuなんて呼ばれたりしていますが、廣瀬さんご自身はEnvironmental Musicという言葉をどう思っていますか? 自分達がやってきた、吉村さんや芦川さんと一緒にやられてきたことというのは、やはりEnvironmental Musicみたいなものでしょうか?

廣瀬:イメージとしてはEnvironmental Musicからアンビエントまでという感じだと思います。だから決してニューエイジにはなっていないと思います。そもそも『Nova』をやっていたときは、アンビエントのこともあんまり意識していなかったんです。サウンドスケープというコンセプトのほうを意識していました。『Nova』は当時のアンビエントからはずれているんじゃないかと思います。だから逆に(近年になって)みなさんに興味を持っていただいたのかなと思ってます。

しかし日本には独自のアンビエント的なフィーリングがあるとよく海外のひとが言いますよね。空間とか、間とか。

廣瀬:とくに“間”についてはかなり意識しました。『Nova』の最終的なミックスのときに、たとえば水滴からほかの音に移り変わるときのどこか、ピアノの移り変わるときの音の幅。どれだけその幅をとって、緊張感を持たせるのかというところはかなり意識しています。他の曲に対してもなんであんなにテンポが遅いのかという話になるんですけど、それはそういうテンポが必要だったんです。とても遅いテンポ感とギリギリまで間延びさせた音の作り方。“Slow Sky”なんかすごく間延びしたような感じがするんですけど、それがないと自然音が落とし込めない。

『Nova』に関する当時の反応はどんなものでしたか?

廣瀬:『Nova』が出て半年くらいしてからアメリカに行って、帰国してサウンドプロセスに入りました。いまはSNSで反響がわかるけど、当時はまったくで……どれだけ売れたのか、どういう評価が得られたのか、まったくフィードバックがなかった。これってもしかして世のなかから無視されているのかなと思いましたね(笑)。『Nova』がなぜそれほど自分のなかに残らなかったのかというと、当時フィードバックが何もなかったからなんです。

雑誌のレヴューもなかったんですか?

廣瀬:まったく見ていなかったです。そう言えば吉村さんの作品レビューも見たことが無かったと思います。

話が逸れますけど、吉村弘さんはどういう方だったんですか?

廣瀬:吉村さんは1940年生まれで、早稲田を卒業されてタージマハルにちょっといて、そのあとは芦川さんと一緒に制作をされていました。『Music For Nine Post Cards』という外国の方とフレーズを送りあいながら作った作品が最初ですね。82年だったと思います。『Music For Nine Post Cards』が出て、吉村さんという方がブライアン・イーノみたいな作品を作っているという評判があって、それで私も聴いてました。吉村さんはすごくおしゃれなんですよね。ごっついんですけど、おしゃれで温和で優しい方だったんですよ。何に対しても怒った感じは示さない方でした。
尾島(由郎)さんや吉村さんはファッションショーか何かのカセットも出されていたんです。吉村さんの『Pier & Loft』なんかそうですね。おしゃれだな、うらやましいなと思っていました(笑)。
私のほうは、サウンド・プロセスでいろいろなことを試みていました。三上靖子さんのサイバーパンク・アートにちょっとインダストリアル風の音を付けたこともありした。ほかにも少し毛色の変わったアンビエントを出したりしていたんですが、CDの2枚目にはその頃の未発表曲が入っています。イノヤマランドさんと仲良くなったのはその頃でしたね。井上(誠)、山下(康)さんにはお世話になりました。
イノヤマランドさんとは一緒にパビリオンの仕事をしていました。場所ごとに担当が分かれていて、たとえば、イノヤマランドさんがここを受け持ったら、私は別の場所を受け持って、吉村さんはさらにまた別のところ受け持つといった感じです。私とイノヤマランドさんと吉村さん、だいたいこの3人がどこかをやるという感じでした。
そういえば、川崎市市民ミュージアムに地下の断層、東京都の地下を断面だけ切り取ったブースがあったんですけど、そこの音も作りました。そういうアプローチでしたから自分的にはアンビエントというよりかは、どうしてもサウンドスケープとして自分の音を認識していました。

音の風景。

廣瀬:音の風景をどういったふうに作るか、いかに音の彫刻を作るのかというイメージです。だからノイズであろうと、心地よい音であろうと、もう使い方次第なんです。未発表音源ではコンピュータは一切使っていません。ちょうど『Nova』のカセットテープ・ヴァージョンの一番最後の曲が、今回発表する未発表曲のはじまりです。オープンリールを前にして、とにかくあるトラック数に入れ込むだけ自分の想像するものを入れ込んでしまう。あとから引いていけばいいし、また足していけばしい。最終的にイメージするサウンドスケープの姿を想像しながら音を構成する、そういう作り方でした。それがCDの2枚目にある未発表曲集です。

未発表音源はいつぐらいの制作なんですか?

廣瀬:『Nova』のほぼあと、『Nova』と同時期に作っていたものもあります。ミックスダウンしたのは少しあとになります。

今回ここに収録された曲以外にもたくさんあるんですね。

廣瀬:実はあります。いま1983年から1992年まで制作した音源だけで手元にCD24~25枚あると思います(笑)。選りすぐればたぶんCD2~3枚は作れるんじゃないかな。

出しましょう(笑)。

廣瀬:少しずつ(笑)。サイバーパンク系統からはじまった地下の断面とかは自分としても面白いですし。それ以前にやっていたもっとインダストリアルというか、ジャーマン・ロックに影響された音も興味深い内容だと思います。いま、自分のフェイスブックで毎月ふたつずつくらい昔の曲をあげているんですよ。

いまはSNSで反響がわかるけど、当時はまったくで……どれだけ売れたのか、どういう評価が得られたのか、まったくフィードバックがなかった。これってもしかして世のなかから無視されているのかなと思いましたね(笑)。『Nova』がなぜそれほど自分のなかに残らなかったのかというと、当時フィードバックが何もなかったからなんです。

いまアンビエントが環境音楽として再評価されていくなかで、ぼくなんかが思うのは日本はすごくアンビエント・ミュージックが得意というか。

廣瀬:私もそう思います。雅楽におけるあの間とか、そういったものが心のなかに沁みついている部分が日本のもつ空気感ですね。

ジョン・ケージは松尾芭蕉が好きだったし、俳句は風景を、音を描写するようなものが多いですし。

廣瀬:ジョン・ケージにもメシアンにも“七つの俳句”という曲もがあります。それは行間を読むみ、音の間を読むという感じに聞こえます。その音に込められたのは日本の俳句による音の描写への敬意だと思います。そういう意味で日本のおとの感覚から生まれた日本のアンビエントが世界中の人の注目を集めているということはよく分かります。
私自身が高校生くらいのとき、とくに好きだった日本人の作家は富樫雅彦さんの『Spiritual Nature』、『Guild For Human Music』、『Essence』は70年代半ばからジャズから離れて、アンビエントに近いようなことをすごくやられているんです。パーカッションがぽこぽこなりながら雅楽の様なサウンドが入り込んでくる、まさにいま和モノと言われているサウンドの先駆けと感じます。僕のなかの和モノは何だろうなと考えると、武満さんは当然として、やっぱり富樫雅彦さんのこの時期の作品は捨てがたく再評価されて、ボックスでも出ないかなと思っています(笑)。

曲を作っていてはいたけれど、『Nova』のようにアルバムとして発表しなかったのは、音楽がその場のためにあるみたいな作られ方をしていたからでしょうか?

廣瀬:そうです。当時は建物の基本設計の段階から、どこにスピーカーを置いて、じゃあどういった音場にするかを検討していました。そこに作られる音場は音楽というよりは音の空間構成みたいな手法で、ほとんどがマルチで音を構成するようにしていました。1のユニットとして音(曲)を作っているんですけど、それをトラック単位で分割し曲の長さを変えランダムに流して行くという感じです。たとえばAという音源が10分という尺にしてあったらBは9分にする。それをループにすることで、流しながら自動的にミックスされるので同じ構成には絶対にならない。だからどうしても最初の段階で音楽的な音作りではなくサウンドスケープを意識した音作りに特化していったのです。
そういった意味から既存LPやCDの概念では収めることはできないと思っていました。だから『Nova』がわりと固定化されている音楽に対して、ディスク2は自由度が高い音の作り方をしたサウンドスケープ(アンビエント)が意識できると思います。

芦川聡さんが『波の記譜法』で書いていますが、吉村さんの作品にはちょっとオルゴールのような、ある種メルヘン的な魅力がある。そこへいくと、廣瀬さんの音楽はアブストラクトですね。メロディになるかならないかのギリギリみたいな響きがある。

廣瀬:メロディが出てきてしまうと音の空間構成ができなくなってしまう。メロディがあると、メロディに空間がとられちゃうんですような意識があったと思います。

廣瀬さんは、しかし東京から甲府に帰られてしまいます。

廣瀬:花博のパビリオンをやっているころから体調を悪くして、その仕事が終了したあと身体を壊し甲府に帰りました。その後、北巨摩(現在北杜市)の清里にあるヨゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、フルクサス系統の作品を中心展示していた清里現代美術館で、1992年にジョン・ケージの追悼展覧会があり、そこで音のことをやらせて頂いたのが音の仕事としては最後でした。 (了)

Félicia Atkinson - ele-king

 ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは、さまざまな心地よい音をヘッドフォンやイヤフォンで聴くことで「脳が溶けるような」感覚を得ることを指す。たとえばタッピング音、囁くようなヴォイス、雨の音、川の音、水の音、紙を丸める音、炭酸水の音、エアコンの発する音、工場の音などなどASMRで摂取される音の種類はさまざまだ(なかには咀嚼音や髪を洗う音まである)。ユーチューブにはそれらの音・動画が無数にアップされていて、自分の好みの音(動画)をみつけることで、たとえば就寝時などに摂取・聴取することで快楽を経て安眠を得たりするらしい。さらにはスマートフォンのアプリにもASMRを摂取/聴取できるアプリがある。ASMRが人気のいま、「どんな音楽を聴いているのですか?」という質問に、「ビリー・アイリッシュです」ではなく、「チョコレートを食べるときの咀嚼音です」とかいう返答も帰ってきても不思議ではない。つまり一音へのフェティシズムを喚起することで快楽を得る聴取行為なのだ。エクスペリメンタル・ミュージック・ファン/リスナーであれば、例えばフィールド・レコーディングやアンビエント、ノイズなどの聴取を思い浮かべるかもしれない。音それ自体への快楽である。
 しかしエクスペリメンタル・ミュージックが「意志と方法論と技法の結晶」=「音楽作品」として流通していることに対して、ASMRはそのような「音楽」ではない。ASMRの聴き手はただ脳が溶けるような音の快楽を求めている。おそらくスマートフォンの普及により(ということはネットのイヤフォン聴取の普及)、ノイズやエクスペリメンタル・ミュージック・リスナーではない層が、「音の快楽的摂取」に接する機会が増えた結果と思うのだが、同時に現代のリスナーのサウンド嗜好や音響の聴取に対する重要なヒントがあるような気がする。(私見だが)ビリー・アイリッシュ(ばかり例に挙げてしまって恐縮だが)の囁くようなヴォーカルとミニマル・トラックにもイヤフォンで聴くことから生まれる音の気持ちよさは、つまりASMRからの影響もあるのではないか、とか。

 トーマス・アンカーシュミットイーライ・ケスラーKTLJABブラック・ゾーン・ミス・チャントなどのエクスペリメンタル・ミュージック・アルバムをコンスタントにリリースし、まさに現在絶好調ともいえるフランスの電子音楽/エクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Shelter Press〉だが、同レーベルの中心的アーティストであり、かつレーベル・オーナーでもある電子音楽家フェリシア・アトキンソンの音楽作品は電子音響の現在形だが、ときに「ASMR的」とも評される(じじつレーベルもそう紹介している)。その音は囁き声や細やかなノイズ音が交錯するものだが、ASMRと関連付けられていることは興味深い。
 そんなフェリシア・アトキンソンの『Hand In Hand』以来、2年ぶりのソロ・アルバム『The Flower And The Vessel』がリリースされた(2018年〈Shelter Press〉はジェフリー・キャントゥ=レデスマとのコラボレーション・アルバム『Limpid As The Solitudes』をリリース)。本作はレーベルにとって重要作であるだけではなく、音響音楽の現在形を考える上で極めて重要なアルバムだ。理由はノイズとミュージックの交錯と融解と聴取の快楽性の問題である。

 実はフェリシア・アトキンソンの経歴は長い。2008年にシルヴァン・ショヴォーとの共作『Roman Anglais』、2009年に〈Spekk〉からソロ・アルバム『La La La』をリリースして以来、ジェフリー・キャントゥ=レデスマとのコラボレーション作品を含めてコンスタントに9枚のアルバムをリリースしてきた。本作『The Flower And The Vessel』は記念すべき(?)10作目のアルバムである。じっさい本盤『The Flower And The Vessel』には、フェリシア・アトキンソンの音楽技法の粋を集めた傑作に仕上がっていた。声、電子音、ピアノなどが端正に、かつ逸脱的に重なりあい、それぞれが別の時空間から呼応しているようなサウンドを生成・構成しているのだ。
 前作『Hand In Hand』よりも、2015年の『A Readymade Ceremony』的な音に思えるが、その音響はさらに繊細になりつつ、ミュジーク・コンクレートを継承するような大胆なコンポジションも同時に展開する。エレガントなムードのなか不穏さすらも感じさせるサウンドは見事の一言。しかも今回はピアノが大きく取り入れられており、電子音とノイズとピアノの静謐なレイヤーはとにかく美しい。またゲストに『Life Metal』をリリースしたばかりである Sunn O))) のスティーヴン・オマリーが19分におよぶ“Des Pierres ”に参加。まるで KTL にフェリシア・アトキンソンが参加したような硬質かつ静謐な音響作品になっていた。本作の重要曲だ。
 ほかにもピアノの断片的な旋律と高音の電子音が絡み合う“Moderato Cantabile”、アンビエンスなギターとヴォイスが白昼夢のようにレイヤーされる“Shirley To Shirley”、砂時計のごとき電子音の粒子と声が流れ落ちる“Un Ovale Vert”、繊細なエレクトロニクスと不協和音を奏でるピアノに、童謡のような不安定な声が重なる現代音楽的な“Linguistics Of Atoms”、ライヒ的なミニマルなマリンバ音と細やかに蠢く“Lush”、複数の声と言葉がエディット/レイヤーされるサウンド・アート的な“L'Enfant Et Le Poulpe”など、アトキンソンは独自の音響美学と方法論によって、美麗かつ逸脱的なサウンドを繊細に組み上げらる。中でも“Un Ovale Vert”は、声と電子音とミニマルなフレーズが揺らめく光のカーテンのようにレイヤーされ、本作を代表する曲に思えた。

 本作『The Flower And The Vessel』で展開されるサウンドの緻密さ、繊細さ、運動性、多層性、そして気持ち良さは、2000年代以降のコンピューター内でノイズやサウンドを生成する電子音響作品の系譜を継ぐものだ。電子音響などのコンピューター生成音響音楽は00年代以降のもっとも革新的な音楽のひとつだが、それらがいわゆるエレクトロニカとして大衆化した現在、ゼロ年代初頭の革新性を継承するアーティストは稀になった。
 アトキンソンの音楽はピエール・シェフェール~リュック・フェラーリの音を継承するフランスのミュジーク・コンクレートの現在形だが、00年代以降のコンピューター生成の電子音響、10年代的な音の快楽的(ASMR的)聴取という二つのモードもレイヤーされているのだ。彼女の音響音楽の重要性はそこにある。音楽が音響のなかに融解する感覚が横溢している。
 この00年代から10年代は、インターネットによって情報量が増大化きた結果、音楽とノイズとの境界線が少しずつ溶けていっていった時代であった。ASMRの人気もそれに付随するものだろう。フェリシア・アトキンソンの新作『The Flower And The Vessel』は、そんな現代のリスニング・モードに呼応するアルバムに思えてならない。

Bon Iver - ele-king

 先日新たに“Jelmore”と“Faith”の2曲が公開され、ますますニュー・アルバム『i, i』への期待が高まっているボン・イヴェールですが、なんと、新作の全世界同時先行試聴会が催されることになりました。日本では渋谷 Galaxy - Gingakei にて8月7日に開催。2019年の代表作になりそうな1枚をいち早く試聴する絶好の機会です。予定の空いている方はぜひ足を運んじゃいましょう。

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