「AY」と一致するもの

Jun Togawa - ele-king

「戸川純です。11月末のチッタに、意気込んでます! 久々のワンマンですが、歌の訓練を欠かさず続けてきたので、そこらへんと 演奏をご堪能くださいませ。楽しみです!」

JUN TOGAWA BIRTHDAY LIVE 2020 *振替公演

11/30 (mon)
川崎CLUB CITTA’
open/start 18:00/19:00
adv/door 5000円/5500円+1D
*枚数限定。全席自由。

-Live-
戸川純(Vo)
中原信雄 (B)
ライオン・メリィ (Key)
矢壁アツノブ (Dr)
山口慎一 (Key)
ヤマジカズヒデ (G)


e+ イープラスでチケット発売中!
URL:https://eplus.jp/togawajun/
※未就学児入場不可

入場順
1、プレオーダー A1~
2、一般 B1~3、当日券 C1~

会場の新型コロナウイルス感染予防の取り組みについて
https://clubcitta.co.jp/content/counterplan

Laura Cannell - ele-king

 相変わらず美しく、そして深みのある音楽だこと。心が嬉しくなるとはこういう音楽のことだろう。
 ローラ・キャネルはイギリスのヴァイオリン奏者であり、インプロヴァイザーである。オリヴァー・コーツの新作のように、キャネルの作品もまずはその音(トーン)によって決定する。それは忘れがたいトーンで、あまりに独自なトーンと響きゆえに、一瞬にしてその場の空気を変えてしまう。あるいはまた、静かで情熱的で、ぎょっとするような強度のある倍音を有している。それはまるで、彼女が自然界と話しているかのような、ある種の言語に思える。
 曲のなかには、ヨーロッパ各処の中世の音楽、スティーヴ・ライヒ風のミニマリズム、レデリウス的な室内楽が混ざっている。とくに近代以前の古いもの──国家がとくに誇りとしていないような、中世の旋律や民謡など──を掘り起こすことは、キャネルのおそらく全作品に通底するコンセプトだ(松山晋也氏なら、この曲は地中海のあのエリアで、この曲は東欧のどこそこで、などと言い当てられるかもしれない)。
 そして場所。
 2014年の実質的なソロ・デビュー作『Quick Sparrows Over The Black Earth』によって注目された彼女は、場所を選んで演奏し、録音している。どこでもいいわけではない。2016年の『Simultaneous Flight Movement』は海沿いの灯台で、2017年の『Hunter Huntress Hawker』と前作『The Sky Untuned』は小さな村の古く荒廃した教会で、今作『The Earth With Her Crowns(彼女の冠をした地球)』は水力発電所で演奏し、録音した。場所もキャネルの作品においては、いわばメタレベルでの楽器である。
 
 クワイエタスはキャネルの音楽を“エイシェント・フューチャリズム(古代・未来主義)”と呼んでいる。以前書いたことの繰り返しになってしまうが、最近は、アイルランド出身のアーニェ・オドワイアー(Áine O'Dwyer)、あるいはアースイーターなんか、エイシェント・フューチャリズム的なアプローチをする人が目につくようになった。自然現象と過去への畏敬の念、そこに未来(それは手法的な未来でもあり、必ずしも楽天的ではない未来である)が絡み合う、強い主張のこもったヴィジョンが空の彼方まで広がる。ちなみに、エイシェント・フューチャリズムの始祖をひとり挙げるとしたら、ぼくはサン・ラーだと思う。

 『The Earth With Her Crowns』はリリースされてからすでに数か月が経っているのだが、初夏、真夏、そして秋から冬へと、ぼくは前作同様このアルバムを部屋のなかでなんども聴いている。彼女の高度な演奏技術ゆえに、曲はオーヴァーダブしたかのように聴けてしまうけれど、すべては彼女ひとりによる即興で、驚くべきは、すべては一台のヴァイオリン(そしてリコーダー)によって演奏されている。
 ローラ・キャネルの演奏は、そしてきわめて詩的で、記憶を反響させ、閉ざされた思いを解放するかのようだ。そう、だからためしに空を眺めながら聴いて欲しいですね。胸の奥から得も知れない感覚がこみ上げてくるだろう。

BES & I-DeA - ele-king

 日本のブーンバップ・ヒップホップを代表するラッパー BES による人気ミックス・シリーズ最新作は、おなじく SCARS勢の I-DeA とがっつりタッグを組んだ注目の1枚。キモを押さえた選曲に加え、エクスクルーシヴな新曲も4曲収録されている。現在そのなかから D.D.S & MULBE を迎えた “SWS”(プロデュースは DJ SCRATCH NICE)が先行配信中なので、チェックしておこう。

SWANKY SWIPE / SCARS のメンバーとして知られるシーン最高峰のラッパー、BES による人気ミックス・シリーズ『BES ILL LOUNGE』の最新版は盟友 I-DeA とのジョイント! 新録音源として B.D.、BIM、MEGA-G らとの各コラボ曲を収録し、D.D.S と MULBE が参加した “SWS” が本日より先行配信開始!

◆ SWANKY SWIPE / SCARS としての活動でも知られ、SCARS『THE ALBUM』(06年)、SWANKY SWIPE『Bunks Marmalade』(06年)、ファースト・ソロ・アルバム『REBUILD』(08年)といった日本語ラップ・クラシックな作品を次々とリリース。2007年には ULTIMATE MC BATTLE - GRAND CHAMPIONSHIP に出場して準優勝を果たし、その実力をシーン内外に強くアピールして人気/評価を不動のものに。少しのブランクを経て2012年には自身のかかわった楽曲に新曲/フリースタイルを加えたミックス・シリーズ『BES ILL LOUNGE: THE MIX』をリリースして完全復活を果たし、以降は自己名義の作品のリリースのみならず ISSUGI とのコラボレーションでも『VIRIDIAN SHOOT』、『Purple Ability』と2枚のアルバムをリリース。さらに近年では SCARS としても再始動するなど、活発な活動を続けているシーン最高峰のラッパー、BES(ベス)。

◆ 故D.L(DEV LARGE)のもとで D.L や〈EL DORADO RECORDS〉作品などの制作を手掛け、SEEDA や BES を始めとする SCARS勢、NORIKIYO や BRON-K ら SD JUNKSTA 周辺、さらには MSC や JUSWANNA など00年代中期以降の日本語ラップ・シーンにおける重要アーティスト/作品にことごとく関与しており、そのプロデュース/ディレクションの凄まじさは「I-DeA塾」とも称されるほど多くのアーティスト/関係者から畏敬の念を抱かれ、一方、SCARS のメンバーとして、またソロとしても自己名義で作品をリリースするなど多岐に渡ってディープ・エリアで活動してきたシーンを代表するプロデューサー/エンジニア、I-DeA(アイデア)。

◆ これまでにも前述の SCARS『THE ALBUM』や BES『REBUILD』など随所でリンクしてきた BES と I-DeA が再びガッチリと手を組むのは、BES のミックス・シリーズの最新となる第3弾『BES ILL LOUNGE Part 3』! BES がこれまでに関わってきた膨大な楽曲の中から I-DeA らしい切り口でチョイスされており、BES~SWANKY SWIPE 楽曲だけでなく JUSWANNA~メシア THE FLY、MEGA-G の楽曲、さらには TEK of SMIF-N-WESSUN とのコラボ曲など渋いラインもセレクション!

◆ そして! 本シリーズのキモとも言えるエクスクルーシヴな新録音源では、サシで楽曲を制作するのは初となる B.D. や同じく初顔合わせな BIM、D.D.S & MULBE、MEGA-G との各コラボ曲を収録! プロデュースは DJ SCRATCH NICE が2曲、そしてK.E.M、BES & I-DeA が担当。さらには SCARS の名曲 “MY BLOCK” の BES によるリミックスも収録!

◆ 11/18(水)のリリースを前に、新録音源の中から D.D.S & MULBE をフィーチャーした DJ SCRATCH NICEのプロデュースによる “SWS” の先行配信が本日より開始!


アーティスト: BES
タイトル: BES ILL LOUNGE Part 3 - Mixed by I-DeA
レーベル: P-VINE, Inc.
仕様: CD/デジタル
発売日: 2020年11月18日(水)
CD品番: PCD-24994
CD税抜販売価格: 2,400円

[トラックリスト]
01. BES / BES ILL LOUNGE Pt'3 Intro
02. BES / SWS feat. D.D.S & MULBE *新曲
 Prod by DJ SCRATCH NICE
03. GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE / DAYS feat. BES & ISSUGI
04. MEGA-G / HOW HOW HIGH PART.2 feat. BES (REMIX)
05. HIMUKI / G.E.N.S.E feat. BES
06. BES / 美学、こだわり feat. MEGA-G *新曲
 Prod by BES & I-DeA
07. BES / MY BLOCK REMIX *EXCLUSIVE
08. SWANKY SWIPE / Feel My Mind feat. メシア The Fly & 漢
09. SWANKY SWIPE / Breathe In Breathe Out
10. BES / 勘ぐりと瞑想と困惑
11. SWANKY SWIPE / 東京時刻
12. dubby bunny / Narcos feat. A-THUG & BES
13. BES & ISSUGI / BOOM BAP
14. BES / Make so happy feat. BIM *新曲
 Prod by K.E.M
15. ONE-LAW / I DON'T CARE feat. BES
16. メシア THE FLY / No More Comics feat. BES (MASS-HOLE REMIX)
17. BES & ISSUGI / HIGHEST feat. MR.PUG, 仙人掌
18. owls (GREEN ASSASSIN DOLLAR & rkemishi) / Lonely feat. BES & MEGA-G
19. DJ FUMIRATCH / 刻一刻 feat. BES & 紅桜
20. 鬼 / 僕も中毒者 feat. BES
21. TEK of SMIF-N-WESSUN / Cold World feat. BES (SO COLD REMIX)
22. BES / 表裏一体 feat. B.D. *新曲
 Prod by DJ SCRATCH NICE
23. JUSWANNA / Entrance feat. BES & 仙人掌
24. SHIZOO / たしかに feat. BES
 Mixed by I-DeA for Flashsounds

[BES / PROFILE]
SWANKY SWIPE / SCARS としての活動でも知られるラッパー。SCARS『THE ALBUM』(06年)、SWANKY SWIPE『Bunks Marmalade』(06年)、ファースト・ソロ・アルバム『REBUILD』(08年)といったクラシック作品をリリースして人気/評価を不動のものとし、近年はソロだけでなく ISSUGI とのジョイントでの BES & ISSUGI として、また復活した SCARS として活発に活動している。

[I-DeA / PROFILE]
故D.L(DEV LARGE)のもとで D.L や〈EL DORADO RECORDS〉作品などの制作を手掛け、SEEDA や BES を始めとする SCARS勢、NORIKIYO や BRON-K ら SDJUNKSTA 周辺、さらには MSC や JUSWANNA など00年代中期以降の日本語ラップ・シーンにおける重要アーティスト/作品にことごとく関与しており、そのプロデュース/ディレクションの凄まじさは「I-DeA塾」とも称されるほど多くのアーティスト/関係者から畏敬の念を抱かれている。一方、SCARS のメンバーとして、またソロとしても自己名義で作品をリリースするなど多岐に渡ってディープ・エリアで活動してきたシーンを代表するプロデューサー/エンジニア。

Today’s Latin Project - ele-king

 昨今は「和モノ」がひとつのブームである。「和モノ」と言っても「和ジャズ」から歌謡曲にニュー・ミュージック、アニソンなど幅広いが、ここのところは1980年代のシティ・ポップやAOR系にはじまり、アンビエントやニューエイジ系などにも注目が集まっている。このあたりの作品は日本国内でも中古盤市場で人気となっているが、さらに海外からも注目され、モノによっては海外レーベルからリイシューされることもある。細野晴臣、井上鑑冨田勲、久石譲などは以前から評価の高い音楽家であるが、こうした「和モノ」の視点で再び作品が脚光を集めている。「和モノ」の中古レコードが人気となるにつれてディスクガイド本もいろいろ出てきているのだが、昨年に松本章太郎氏監修のもと『和レアリック・ディクガイド』という本が出ている。
 「和レアリック」とはバレアリックと「和モノ」をかけた造語だが、デジタル化が進んだ1980年代のフュージョンやニューエイジ系サウンドには、いまでいうところのバレアリックなムードと通じるものがあったということだ。『和レアリック・ディクガイド』は本から派生してレコードのリイシューも行なっており、第一弾の井上鑑の『カルサヴィーナ』に続き、1983年にリリースされたトゥデイズ・ラテン・プロジェクトのアルバムがCDにて復刻された(1983年当時はレコードのみのリリースで、今回が初のCD化でもある)。

 ラテン音楽はもともと日本発祥の音楽ではないがゆえ、「和モノ」の中でも異色の存在ではあるが、そうした中で1949年の東京キューバン・ボーイズ結成以降、日本におけるラテンの第一人者として牽引してきた見砂直照を中心としたプロジェクトがトゥデイズ・ラテン・プロジェクトである。
 ラテン音楽が日本でブームとなったのは1950年代から1960年代頃で、そもそもダンス音楽として広まっていった。ルンバやマンボなど当時のダンス・ミュージックの主流はラテンであり、歌謡曲、流行歌、ジャズにもラテンは多く取り入れられた。ただし1970年代以降はロックやファンク、ソウルやディスコなどに押されて若者の聴く音楽ではなくなっていた。そうした中で若い人たちにいま一度ラテン音楽の魅力を伝えようと、トゥデイズ・ラテン・プロジェクトは生まれた。取り上げる作品は “エル・クンバチェロ” や “シボネイ” などラテン音楽の古典が多いのだが、ただそれを伝統的に演奏するのではなく、1983年当時の最先端のアレンジによって新しいラテン音楽として提示していくというのがこのプロジェクトのテーマである。
 楽曲によってアレンジャーがつき、元東京キューバン・ボーイズのピアニストの植原路雄のほか、新しいサウンドの担い手として選ばれたのが大谷和夫と清水靖晃である。大谷和夫もメンバーだったショーグンは松田優作の『探偵物語』や沖雅也らの『俺たちは天使だ!』の音楽でも知られる和製ロック・バンド。一方、清水靖晃は自身のバンドのマライヤでの活動が知られるジャズ・サックス奏者で、坂本龍一も在籍した渡辺香津美のKYLYNバンドや佐藤允彦のメディカル・シュガー・バンクなどにも参加して日本のフュージョン界を牽引したひとり。当時のジャズ~フュージョン界はデジタル化が顕著で、トゥデイズ・ラテン・プロジェクトはそうしたデジタル・アプローチによるアルバムとなった。参加ミュージシャンも納見義徳のようなラテン出身者がいる一方、向井滋春、ボブ斉藤、古城マサミなどジャズ、ロック、フュージョン、ポップス、ニュー・ミュージックと幅広い分野のメンバーが集まった。

 いわゆるラテン・フュージョン的な “ジャングル・ドラム” にはじまり、メロウなイージー・リスニングの “グリーン・アイズ” はいかにも1980年代らしいキラキラしたトロピカルな風景が浮かんでくる。“シボネイ” の透明感に満ちたキーボードも80年代らしいもので、クリア過ぎるがゆえのどこか作り物的な薄っぺらさがある。本物ではないイミテーションというか、そうした疑似ラテン的な世界がトゥデイズ・ラテン・プロジェクトである。マーティン・デニーやアーサー・ライマンなどのエキゾティック・サウンドにも共通するが、ラテン音楽は日本人にとってはあくまで外の世界の音楽であり、そうした未知なるものへの興味や憧れを具現化した音楽が疑似ラテンとなっている。
 “ヒンドゥ” や “ダンサ・ミルク” はニューエイジ的な要素も持つ楽曲で、和製バレアリック・サウンドと再評価できる楽曲だ。たとえば現在のデジタル・クンビアとかトロピカル・ベースなどと比較して聴いてみると、トゥデイズ・ラテン・プロジェクトのサウンドがいかに先を行っていたのかわかるだろう。これらバレアリック系の作品のアレンジは清水靖晃が行なっているのだが、本アルバム中の唯一オリジナル曲となる “ピグミー・ランド” も彼の作曲で、ラテン風味のニューウェイヴ・ディスコとでもいうような作品となっている。当時はUKのファンカポリタンやピッグバッグ、USのキッド・クレオール&ザ・ココナッツやコンクなど、アフロやラテン・ジャズと結びついたオルタナティヴ・ディスコやエレクトロ、ポストパンク~ニューウェイヴ・ディスコの中でも特にパーカッシヴでトライバルなサウンド、あるいはファンクとラテンが結びついたファンカラティーナなどが世界に広がっていたのだが、トゥデイズ・ラテン・プロジェクトはそうした切り口からも再評価できるのではないだろうか。

COMPUMA & 竹久圏 - ele-king

 これは珍しいテーマの作品だ。COMPUMAとギタリストの竹久圏による新たな共作は、京都の老舗茶問屋=宇治香園(創業155年)が掲げる「茶+光+音」のコンセプトに呼応している。
 5年前の共作『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』のその後を踏まえた内容のようで、なんでもふたりはこの5年で廃園と化してしまった茶園をじっさいに訪れ、着想を得たという。詳しい経緯は下記、宇治香園の茶師・小嶋宏一氏のメッセージをお読みいただきたいが、その根底には茶は光と音と同等か、それ以上のものだという考えが横たわっているようだ。
 アートワークは前回に引き続き五木田智央と鈴木聖が担当。ヴィジュアルにも注目です。

COMPUMAと竹久圏(KIRIHITO/GROUP)による5年ぶりの新作!
2020年11月11日(水)発売

今作は、京都の老舗茶問屋、宇治香園の創業155年の記念の年、同社が取り組んできた音と光で茶を表現する “Tealightsound” シリーズ最新作、大野松雄「茶の木仏のつぶやき」に続く「番外編」として制作されたもので、“Tealightsound” の原点ともなっている、COMPUMA feat. 竹久圏による前作「SOMETHING IN THE AIR ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」から5年を経て、廃園となりジャングルのように変貌してしまった茶園にふたりが再訪し、あらためてその茶園よりインスピレーションを得て「音を聴く」という行為を見つめ直して向かいあったサウンドスケープと心象風景を模索する意欲作となっている。アートワークは前作に続き、画家・五木田智央とデザイナー・鈴木聖によるもの。

アーティスト: COMPUMA & 竹久圏
タイトル: Reflection
レーベル: 宇治香園 / SOMETHING ABOUT
品番: UJKCD-5188
形態: CD
定価: ¥2200(税抜) / ¥2420(税込)
JANコード: 4970277051882

01. The Back of the Forest
02. Decaying Field
03. Nostalgia
04. Time and Space
05. Between the Leaves
06. Reflection of Light pt.2
07. Meguriai (An Affair to Remember)
08. Flow Motion
09. The Other Side of the Light
10. Shinobi
11. Enka (Twilight Zone)

Compuma: Electronics, Field Recording
Ken Takehisa: Acoustic and Electric Guitar, Kalimba
Hacchi: Harmonica

Mixed by Compuma and Ken Takehisa
Recorded and Mastered by Hacchi at B1 Umegaoka-Studio, 2020

Produced by Compuma for Something About Productions, 2020

Field Recording Captured at the Tea Plantation in the Mountain of South Kyoto in June 2020

Painting: Tomoo Gokita
Photographs: Koichi Matsunaga
Design: Satoshi Suzuki

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京都の老舗茶問屋〈宇治香園〉の創業150年を記念して、“Tealightsound” を掲げるシリーズの第1弾「SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-」を制作したCOMPUMAと竹久圏のコンビが、シリーズ第7弾のリリースを機に5年ぶりに帰ってきました。
COMPUMAによる様々な虫や気配を模したような電子音と、竹久圏が奏でる郷愁ギターに、廃園となった茶畑の時間経過フィールドレコーディング素材が様々な場面で立ち現れ、タイムトリップ感を誘発します。日常のリフレッシュとして役立ちそうな、良質サウンドスケープな内容です。
──山辺圭司/LOS APSON?

Silver ratio (白銀比)という言葉が浮かんだ。圏さんとCOMPUMA氏は直感的に銀色を想起させる二人である。しかしアルミとクロモリの自転車のように、材質も重量感もどっこい違う二人の組み合わせでもある。ギターの音が細やかな筋書きをつくっている。電子の粒子が水や草木の中をくぐって悠々と息をしている。物語が本格的に動き出しそうなところで、ぷつりと幕。こんな音楽が使われている映画を銀幕で観たいんだよな。
──威力

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Reflection に寄せて

こんにちは。私は京都南端の茶問屋、宇治香園で茶師をしております、小嶋宏一と申します。茶師とは、品種や標高で異なる茶葉の特徴を利き分け、組み合わせ、代々続く銘柄を作る、お茶の調合師のような職人のことです。私はお茶が大好きで、その魅力をさまざまな場面でお伝えしたいと考えています。

当園では毎年、創業を茶の起源再考の機会として、光と音で茶を表現する Tea+Light+Sound= “Tealightsound” というコンセプトのもと、茶を感じるクリエイターの方々に作品を制作していただいています。
茶のすばらしさ、魅力を体感していただくには、実際に茶葉にお湯を注ぎ、そこから滲み出した雫を口に含んでいただくのが一番です。しかしそこには、地理的、空間的な制約が生じます。光(アート、写真、デザイン、映像)や音(音楽)は、そうした制約を超え、その存在を伝えることができます。

また一方、茶は飲料、植物、精神文化の拠点となるような多面的存在ですが、日々茶づくりを行う中で、実はもっと巨大な何かなのではないか、と感じるようになりました。そうしたことを、茶と似た質を持つ光と音と共に伝える試みが "Tealightsound" です。

この "Tealightsound" という概念は、平成二十七年の創業記念作品、COMPUMA feat. 竹久圏 / 「Something in the Air ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」制作時にぼんやりと思い描いていたことを、徐々に言葉にしてゆく過程で生まれました。いわば「Something~」は、"Tealightsound" の原点なのです。
それから五年の歳月を経て、COMPUMAさんと竹久圏さんに、改めてその原点に向き合っていただく機会を得ました。「Something~」は、とある茶園に捧げるレクイエム、と当時のCOMPUMAさんは書いておられますが、実際その茶園は録音直後に放棄されて廃園となり、その言葉が(偶然)現実化しました。

今、茶業界では急須で飲むお茶離れから若い生産者が減少し、重労働を伴う山間茶園の手入れが難しくなって、放棄される所が急増しています。いったん放棄されるや自然の力はすさまじく、雑草が生い茂って以前の姿に戻すことは極めて困難です。このすばらしい力を秘めた茶の魅力をもっと広く伝えることで、茶に興味を持つ人が増え、茶園に若い力が戻ってきてほしいと、切に願います。

本作「Reflection」は、廃園と化して五年を経た茶園に再訪し、フィールドレコーディングを行うことから制作をスタートしました。かつて美しかった茶園がジャングルのように変貌した姿を前にして、お二人には様々な思いが去来したことと思います。そうした諸々を含めての「Reflection」。何が変わり、何が変わらなかったのか。ぜひ「Something~」と聴き比べていただきたいと思います。

また本年は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界を覆い、様々な価値観を塗り替えたことで記憶される年になろうかと思います。「Reflection」は、そんなコロナ禍のさなか、緊急事態宣言解除後の六月より制作が開始され、十月に完成しました。作品は、望むと望まざるとにかかわらずその時代を映し込みますが、今作は五年後、そして十年後に、どのように聴かれるのか、とても興味深いです。お茶にエージング(熟成)があるように、音楽にも別の形のエージングがあるのかもしれません。これから今作とともに歳月を重ね、それを味わい、確かめてゆきたいと思います。

この作品を、すばらしい音楽、アートワーク、写真、デザインの集まりとして体験していただくとともに、茶そのものにも興味をもっていただき、茶の世界に足を踏み入れるきっかけにしてもらえましたら、とてもうれしく思います。

令和二年十月二十二日
宇治香園 茶師
小嶋宏一

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COMPUMA (松永耕一 / KOICHI MATSUNAGA)
1968年熊本生まれ。ADS(アステロイド・デザート・ソングス)、スマーフ男組での活動を経て、DJとしては、国内外の数多くのアーティストDJ達との共演やサポートを経ながら、日本全国の個性溢れるさまざまな場所で日々フレッシュでユニークなジャンルを横断したイマジナリーな音楽世界を探求している。自身のプロジェクト SOMETHING ABOUT より MIXCD の新たな提案を試みたサウンドスケープなミックス「Something In The Air」シリーズ、悪魔の沼での活動などDJミックスを中心にオリジナル、リミックスなど意欲作も多数。一方で、長年にわたるレコードCDバイヤーとして培った経験から、BGMをテーマに選曲コンピレーションCD「Soup Stock Tokyoの音楽」など、ショップBGM、フェス、ショーの選曲等、アート、ファッション、音と音楽にまつわる様々なシーンと空間で幅広く活動している。Berlin Atonal 2017、Meakusma Festival 2018 への出演、ヨーロッパ海外ラジオ局へのミックス提供など、近年は国内外でも精力的に活動の幅を広げて
いる。
https://compuma.blogspot.jp/

竹久 圏 (KEN TAKEHISA)
ギタリスト兼ボーカリスト兼コンポーザー兼プロデューサー。10才の時にクラッシックギターを始める。12才でパンク・ニューウェーブに打ちのめされる。94年、DUO編成のロックバンド "KIRIHITO" を結成。ギター、ボーカル、シンセ(足)を同時にプレイするスタイルで、ハイテンションなオリジナルサウンドを構築。その唯一無比のサウンドとライブパフォーマンスは海外での評価も高く、現在までに通算4枚のアルバムをリリースしている。2006年にはソロアルバム『Yia sas! / Takehisa Ken & The Spectacrewz (power shovel audio)』を発表。ダブ、ハウス、ロック、ヒップホップ、エレクトロニカを竹久独特のギターリフで繋ぐ、あらゆるジャンルの才能とのコラボレーションとなる大作となった。繊細かつダイナミズムな音楽性のインストバンド "GROUP"、DISCOでPUNKな魅力溢れる "younGSounds" にもギタリスト兼コンポーザー、あるいはアイデアマンとして参加中。その他にも、UA、FLYING RHYTHMS、イルリメ、一十三十一、やけのはら、田我流 等のライブバンドや録音にも参加している。これら完全に趣きの異なる様々なバンド活動以外にも映画音楽の制作やバンドプロデューサーとしての顔も見せ始め、活動のフィールドを拡げている。
https://www.takehisaken.com/

R.I.P. 近藤等則 - ele-king

 近藤等則にインタヴューする機会はたった1度しかなかったが、その時の印象は今なお鮮烈に残っている。とにかく、目力の強い人なのだ。そして語気も荒い。会った瞬間に「極道」という文字が頭をよぎった。本人は普通にしゃべっているのだろうが、あの鋭い眼光と話し方は、傍から見ればケンカをふっかけているように思われるはずだ。私のひとつ前のインタヴュワーだった知人と後日会った時、彼は「ビビッちゃって何を話したのか全然記憶にない」と笑っていた。もちろん私も緊張マックスだった。この時の取材(2015年2月)は、“枯葉” や “サマータイム” といったお馴染みのスタンダード・ナンバーばかりを近藤のエレクトリック・トランペットとイタリア人トラックメイカーのエレクトロニク・サウンドでカヴァしたムーディーなアルバム『Toshinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない』に関するものだったのだが、私が開口一番「闘う男というパブリック・イメージからすると、意外ですね」と言い終わる前に「俺はこのアルバムでも闘ってるつもりだよ!」と語気荒く返され、冷や汗がタラリと流れたのだった。そう、実際、近藤等則は70年代のデビュー時から一貫して闘い続けた男なのだ。

 1948年12月15日、愛媛県今治市で生まれた近藤等則(本名は俊則)は京都大学(工学部に入学後、文学部に転部・卒業)在学中からジャズ・トランペットに本格的にのめりこんでゆき、やがて日米のフリー・ジャズ/フリー・ミュージック・シーンで頭角を現してゆく。その雌伏期──60年代末期から70年代半ばのことを、当時の近藤の盟友・土取利行(ピーター・ブルック劇団の音楽監督その他、世界的に活躍してきたパーカッショニスト)はかつて私にこう語ってくれた。いい機会なので紹介しておこう。
 「私(土取)はGSバンドのドラマーを経てジャズに転向し、70年に大阪にできたSUB(サブ)というジャズ喫茶で働き始めた。その頃、サブによくセッションに来ていた京大生の近藤等則と仲良くなったが、当時彼は、オーネット・コールマンに刺激されてフリーに傾きつつあった。間もなく私と近藤はベイシストを加えて、トリオでフリー・ジャズをやりだした。72年、近藤の大学卒業を機に、私たちは一緒に東京に出た。深夜バスに乗って。私は住み込みで新聞配達を始め、近藤は奥さんと一緒に幼稚園で住み込みの守衛をやった。私たちはその幼稚園や、多摩川の河原、鶴川の和光大学の軽音楽部などで練習を続けた。
 近藤と私は、新宿ピットインのそばにあった〈ニュー・ジャズ・ホール〉のオーディションを受け、デュオで昼間演奏するようになった。当時そこには、まだ無名の阿部薫、高木元輝、沖至、坂田明なども出ていた。私たちはすぐに『ジャズ批評』誌などで “山下洋輔を超えるフリー・ジャズの猛禽獣” などと紹介され、徐々に名前を知られるようになっていった。そして近藤は山下洋輔と、私は高木元輝と一緒にやり始めた。それが73~74年頃のことだ」

 75~76年にはレコーディングもスタート。近藤が録音に参加した最初の作品は、筒井康隆の小説をモティーフにした山下洋輔のアルバム『家』(76年)で、次が、同じく山下を中心とするユニット、ジャム・ライス・セクステット(Jam Rice Sextet)の『Jam Rice Relaxin'』(76年)。また、それらと前後して浅川マキのライヴ盤『灯ともし頃』(76年)にも坂本龍一などと共に参加している。ちなみに、盟友の土取も、76年に坂本との即興コラボ・アルバム『ディスアポイントメント - ハテルマ』をリリースしている。
 当時の近藤は、いわゆるフリー・ジャズ畑の新星トランペッターと目されていたわけだが、しかし彼は(そして土取も)60年代以降のある種のマナー(手くせ)が滲みついたフリー・ジャズには当時から息苦しさを感じており、その先にあるもっと自由な音楽を目指していたという。その思いを形にした最初の試みが、エヴォリューション・アンサンブル・ユニティ(Evolution Ensemble Unity)だ。これは75年、故・間章が組織したフリー・ミュージック・コレクティヴで、高木元輝、近藤等則、土取利行、徳弘崇、豊住芳三郎などのメンバーがデレク・ベイリーや小杉武久(タージ・マハル旅行団)などとも交流しつつ、“即興とは何か” という大テーマの下に新しい表現を探求した。


EEUの旗揚げコンサート(75年8月13日、青山タワー・ホール)から

翌76年に近藤(tp)、高木(sax)、吉田盛雄(b)のトリオ編成で制作されたEEU唯一のアルバム『Concrete Voices』では、隙間を意識した脱フリー・ジャズ的表現がより明確に志向されている。

 そして78年、近藤はよりヴィヴィッドなフリー・ミュージックの戦場を求めて渡米。80年代初頭までの数年間、ニューヨークのロウワー・イースト・サイドを拠点にたくさんの音楽家たちと共演を重ねていった。“マッド・ワールド・ミュージック” と呼ばれていたという当時の仲間たちのサークル──ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、ユージン・チャドボーン、ウィリアム・パーカー、ヘンリー・カイザー、トリスタン・ホイジンガー、ビル・ラズウェル、ジョン・オズワルド(プランダーフォニックス!)等々の顔ぶれからも、近藤が目指していた新しい世界が窺える。NY時代には、ジャズ・クラブよりもCBGBなどロック系のハコによく通い(スーサイドが一番のお気に入りだったという)、台頭しつつあったヒップホップ/DJカルチャーにも強く惹かれたという。この時期、近藤は自身で設立したインディ・レーベル〈Bellows〉を中心に、たくさんのアルバムをリリースしているが、ジャズでもロックでもない実験を通して、“フリー” であることの自由さと不自由さ、限界と可能性を体得していったのだった。


ジョン・オズワルド、ヘンリー・カイザーとのトリオによる『Moose And Salmon』(78年)から



スティーヴ・ベレスフォード+トリスタン・ホイジンガー+デイヴィッド・トゥープ+近藤のクァルテットが英Yレコーズから出したアルバム『Imitation Of Life』(81年)から “Whoosshh”

 その成果と新しいヴィジョンを具現化していくのが、82年の帰国後だ。83年には、豊住芳三郎やセシル・モンローらとチベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド(Tibetan Blue Air Liquid Band)を結成(渡辺香津美もゲスト・ギタリストとして参加)し、初のメジャー・アルバム『空中浮遊』を発表。NYロフト・ジャズやファンク、ニューウェイヴ/ノー・ウェイヴ、ヒップホップ、レゲエ、純邦楽など各種民族音楽を煮詰めたこのフュージョン作品によって、近藤等則という音楽家の名はジャズ・マニア以外のリスナーの間でも注目されるようになった。


チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド『空中浮遊』(83年)

 そして翌84年には、チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンドを発展解消して近藤等則IMA(International Music Activism の略)を結成し、アルバム『大変』を発表。フリクションのレック(ギターとベイスを随時スイッチ)、ドラムの山木秀夫、キーボードの富樫春生などの才人たちをメンバーに擁したこのパワー・ユニットは、10年弱の間に10枚のアルバムを発表し、商業的にもかなりの成功を収めた。日本や韓国などの伝統音楽家やDJをゲストに招き入れるなど、新しい才能、新しいモード、新しいテクノロジーを積極的に取り入れながら時代に対峙するその姿勢は、マイルズ・デイヴィスのエレクトリック・ジャズ・ロック期(60年代末~70年代半ば)を思い出させたりもする。というか、近藤自身もきっと意識していたはずだ。都市のコンクリートと共振するハイパー・モダンなサウンドとそれを支える広範な文化的視野を特徴とする近藤の表現は、YMOファミリーやムーンライダーズ、マライア/清水靖晃などと並び、80年代日本ならではの音楽文化遺産と言っていいだろう。


近藤等則IMA『Konton』から “Gan” (86年)


近藤等則IMA『Tokyo Rose』(90年)

 また、この時代の近藤は、TVの深夜番組の司会者をやったり、CMにも出演するなど、お茶の間にまで顔を売る一方、海外のミュージシャンとのコラボレイション(グローブ・ユニティ・オーケストラへの参加など)も積極的に続け、活動の幅を地球規模に広げていった。70年代からの仲間ビル・ラズウェルがプロデュースしたハービー・ハンコックの『Sound-System』(84年)などは、参加作品の中でも特に有名だ。


資生堂 CM(88年)


ハービー・ハンコック『Sound-System』の近藤参加曲 “Sound System”

 人気も金もあった近藤は、しかし93年に突然IMAを解散し、アムステルダムへ移住。そして〈地球を吹く〉という新しいプロジェクトを掲げて、大自然の中で空や山や海や砂漠や星に向かってラッパを吹き始めたのだった。件のインタヴューの中では、当時のことをこう回想している。
 「80年代にIMAを作った理由は、20世紀のすべての音楽を日本人の自分なりに統合してやろうと思ったからなんだ。フリー・ジャズ、ファンク、パンク、ロック、日本の民俗音楽……そういったすべての要素を混ぜ合わせて、我々日本人がどんなグルーヴの音楽を作れるのか、挑戦した。実際、その目論見以上の反響があったけど、それは元々俺にとっては最後のまとめだった。だからIMAも90年代初頭にはおしまいにして、次に行った。21世紀の音楽をイメージして」
 つまり近藤の中では、“21世紀の音楽をイメージする”=“大自然に向けて演奏する” ことだったわけだ。彼は「ねえちゃんからネイチャーだな」と笑いをとりつつ、こう続ける。
 「21世紀の音楽と20世紀の音楽の決定的な違いは何か……その一つは、ネイチャーだ。人類史上最大の都市文明が開化したのが20世紀であり、その音楽は都市の中で生まれ、消費された。音楽は人間どうしのコミュニケイション・ツールになった。99.9%の20世紀音楽は、客に聴かせるためのものだった。神に向かって演奏したり、火山に向けて祈るような音楽は、20世紀には誰もやらなかった。そこで、“自然との関係性を考えた音楽” というテーマが俺の中で出てきたわけだけど、それは、昔から目指していた “日本人ならではの音楽” というもうひとつのテーマとも矛盾することなく、そのまま〈地球を吹く〉プロジェクトにつながっていったんだ。当然テクノロジーの発達を認めた上でなくては新しい表現もないと思うので、トランペットもエレクトリックにしなくてはいけないし、デジタル・サウンドもはずせない」


〈Blow The Earth ~地球を吹く〉シリーズからペルー編

 ちなみに、〈Apollo/R&S〉からもリリースされ評判になったDJクラッシュとのコラボ・アルバム『記憶 Ki-Oku』(96年)や、端唄の栄芝師匠との共演作『The 吉原』(03年)なども、彼の中では何の違和感もなく「21世紀の音楽」として生まれた企画だったはずだ。
 こうして20年近く世界各地で大自然とひとりで格闘し続けた近藤は、2012年には再び東京に拠点を戻し、既に始めていた〈地球を吹く~日本編〉を続行。翌13年にはドキュメンタリー映画『地球を吹く in Japan』を発表した。


『地球を吹く in Japan』から

 近年は、アムス時代に録りためた膨大な量の音源を自身の〈Toshinori Kondo Recordings〉から次々とリリースしつつ、2018年にはIMAを再編(近藤等則IMA21)するなど、旺盛な活動を続けた。亡くなった2020年10月17日の翌日にも、イラストレイターの黒田征太郎、ドラマーの中村達也とのコラボでライヴ・ペインティング・パフォーマンスをやることになっていた。何の前触れもなく逝ってしまったのは悲しくはある。だが、その唐突さもまた、一瞬も立ち止まることなく走り続けた近藤らしい最期だとも思える。
 「俺は21世紀の音楽という自分のコンセプト、ヴィジョンを人に語ることはなかったけど、これからはしっかりと語りかけてゆきたい。ネイチャー、スピリット、テクノロジーという三位一体をベイスにして新しい音楽を作ろうと呼びかけてゆきたい」とギラついた目で語られた力強い言葉の先にどんな風景が現れるのか、見たかったけど。黙祷。

 90年代前半、レア・グルーヴのムーヴメントでジャズを聴きはじめた人たちは、まずはジャイルス・ピーターソンら元祖ジャズDJたちがヘヴィプレイしていた〈Prestige〉の10000番台(*1)や〈Blue Note〉のBNLA期(*2)からはじまり、さらに奥深く掘っていくうちに、この〈Black Jazz Records〉や、〈Strata-East〉というレーベルにたどり着くのがお決まりコースでした。

*1:60年代末、名門ジャズ・レーベル〈Prestige〉の品番10000番以降はオルガンを多用したグルーヴのあるいわゆるソウル・ジャズと呼ばれるサウンドが主流になる。
*2:〈Blue Note〉レーベルのBNLAから始まる品番の時期はエレクトリックな楽器が多用され、ソウル~ファンクの影響を強く受けたフュージョンの元祖的なサウンドで人気を博した。

 1969年にカリフォルニア(オークランド)で設立された(初リリースは1971年)〈Black Jazz Records〉。1971年にニューヨークで設立された〈Strata-East〉。同時代でその性格も非常によく似たアメリカ東西のこのふたつのレーベルは、レア・グルーヴ的にほぼ同時に再評価され、スピリチュアル・ジャズという新ジャンル(?)をDJたちがでっちあげるきっかけとなった2大レーベル。共に多くのタイトルがリアルタイムで日本盤もリリースされており、シリアスなジャズ・ファンから無視されていた90年代前半までは捨て値で日本の中古レコード店で容易に見つかったことがレア・グルーヴ好きやDJたちにおける、世界的にもいち早かった日本での人気に拍車をかけたに違いありません。

 〈Black Jazz Records〉と〈Strata-East〉とは、互いに強く影響し合ってはいたでしょうが関係のないレーベル。なのでいきなり長い余談から入ってしまいましたが、個人的に、いや一般的にも、少なくとも日本では上記の理由でこのふたつのレーベルは切っても切り離せないはず。長くなるので端折りますが、とにかく今回のリイシューで〈Black Jazz Records〉が気になったビギナーには、余計なお世話かもですが〈Strata-East〉もぜひ聴いていただきたいものです。

 キーボーディストのジーン・ラッセルと、パーカッショニストのディック・ショリーによって設立されたレーベル、〈Black Jazz Records〉。この「Black」とは人種のことであり、思想性が強いレーベルでありながら、そういったレーベルにありがちなフリー・ジャズに陥ることなく、タイトなドラム、地を這うようなベース、そのシンプルで強いリズム隊にフェンダーローズなどのメロウネスも加わったサウンドでファンクネスを体現。同時代の名門ジャズ・レーベルもファンク路線に走ったけど、その思想性からくる(?)暗さ、重さのレベルが全然違っていました。レア・グルーヴからジャズを聴きはじめて到達した人たちはそこにヤラれたに違いないです。暗くて重いのに踊れるサウンドは新しかった。

 1971年から1975年までに、パーカッシヴなピアノが特徴的なレーベル・オーナーのジーン・ラッセル、後のディスコディーヴァで讃美歌のように歌っていたジーン・カーン(アルバム名義は夫のダグ・カーン)、分厚く重いウッドベースを弾くヘンリー・フランクリン等のアルバムを20枚リリース。その統一されたアートワークもレア・グルーヴ好きの物欲はもちろん、サンプリング・ソースを探すヒップホップDJたちの琴線も刺激しました。

 これまた余談ですが、ディック・ショリーはイリノイ州シカゴ近郊を拠点とするレーベル、〈Ovation Records〉のオーナーでもあったので、〈Black Jazz Records〉もシカゴのレーベルだったっけな? と時々混乱するのは私だけでしょうか。

 〈Black Jazz Records〉と聞いてまず私の頭に浮かぶのが、いくつかのタイトルのオリジナル盤において、向こう側が透けて見えそうというか、ソノシートかと思ってしまうほどの薄い盤があるということ。「オイルショックによる原材料費高騰によって薄くなったのでは?」と90年代当時は言われていたけど、いまでは「RCAが開発した薄くて高音質なダイナフレックス盤と関係あるのでは?」説が強い。というのも設立者のディック・ショリーは音楽家でありながら、元々はRCAの技術者でもあった人で、60年代のRCA高音質盤であるダイナグルーヴ盤の開発にも関わっていたとか。〈Black Jazz Records〉、〈Ovation Records〉共に4チャンネル、クアドラフォニック盤が多く、オーディオへの強いこだわりが明らかなのはそういうこと。

 そこら辺の詳しいことはオーディオマニアに任せるとして、〈Black Jazz Records〉のオリジナル盤はその盤の薄さゆえに、中古レコード屋で見つけたときに、喜びながらも「これ、ジャケットだけで中身(レコード盤)が抜かれているんじゃないか……?」という不安をレコード・ディガーなら一度は持ったことがあるはずですよね。それを分かち合いたくて書いてみました。Black Lives Matter の時代に〈Black Jazz Records〉が再びリイシューされるのは非常に意味があることなのに、こんなどうしようもないあるあるネタ的なことに多くの字数を割いてしまいました。すいません。

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Gene Russell / New Direction (1971)
レーベル第一弾はレーベル・オーナー自らのリーダー作。ピアノ・トリオにコンガを加えた編成で、まだジャズ・ファンクというより、ヤング・ホルト的なジャズ・ロックな内容。“Listen Here” のヘンリー・フランクリンによるブンブンなベースはいかにも〈Black Jazz Records〉ですね。

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Walter Bishop Jr. / Coral Keys (1971)
タイトル曲は、6年後の1977年に〈Muse〉レーベルからリリースされた自身のアルバム『Soul Village』でも再演した彼の最高傑作のひとつ。ハロルド・ヴィックやウッディ・ショウ、イドリス・ムハンマドなど〈Black Jazz Records〉には珍しく有名どころのジャズマンが参加。

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Doug Carn / Infant Eyes (1971)
ディー・ディー・ブリッジウォーターのデビュー作『Afro Blue』のヴァージョンがDJ人気の “Little B's Poem” 収録。ディー・ディーよりこちらが先だし、個人的には断然こちら。実はこの曲、ヴォーカルのジーン・カーン名義で7インチ・シングルカットされております。コルトレーンの “至上の愛” のカヴァーも最高のアルバム。

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The Awakening / Hear, Sense And Feel (1972)
〈Black Jazz Records〉がリリースした唯一のグループ作。おまけに西海岸ではなく、AACMとも関わりがあるメンバーが在籍するシカゴのグループ。〈Cadet〉レーベルの多くの作品に関わり、シカゴ・ソウルを代表するアレンジャー、プロデューサーであるリチャード・エヴァンスがベーシストとして一曲だけ参加。という風にレーベルの中では特異な作品ながら、そのサウンドはまさしくドンズバな〈Black Jazz Records〉。

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Gene Russell / Talk To My Lady (1973)
個人的に〈Black Jazz Records〉で一番好きな曲 “Get Down” 収録のアルバム。これもヘンリー・フランクリンの極太ベースのイントロ、そこにこれまた極太ドラムが入る瞬間が最高なシンプルなジャズ・ファンク。この曲は違いますが、多くの曲でエレクトリック・ピアノを使用。その音色がまた、まさに〈Black Jazz Records〉。

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Kellee Patterson / Maiden Voyage (1973)
フリーソウルとしても紹介されたせいか、90年代の日本では本作が〈Black Jazz Records〉の中で一番人気でした。フリーソウル人気は “Magic Wand Of Love”。ジョアン・グラウアーのアップテンポなヴァージョンがDJには知られる “See You Later” はおそらく本盤が初出。

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Roland Haynes / 2nd Wave (1975)
本作しか作品が確認されていない詳細不明な謎のキーボーディストのリーダー作。レーベル・カタログの中でも特異な劇画調イラストのジャケットがさらに謎を深くさせている。謎ではないキーボーディスト、カーク・ライトシーとのツインキーボードにリズム隊という面白い編成。ふたりが奏でるキーボードの音色はやはりドンズバ〈Black Jazz Records〉。

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Cleveland Eaton / Plenty Good Eaton (1975)
ラムゼイ・ルイスやドナルド・バードのグループで活動したベーシスト。ヴォーカルやコーラス、ストリングスを多用したディスコ寄りのサウンドは〈Black Jazz Records〉の中でも最もゴージャス。まるでブラック・ムーヴィーのサントラのようでもあります。

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Calvin Keys / Shawn-Neeq (1971)
パット・メセニーが彼に捧げた曲を書いたことでも知られるギタリストのファースト。ジャケ写のツラ構えから聴かずして最高の内容だとわかる処女作にして最高傑作。ギターは言うまでもなく、アルバム通してラリー・ナッシュのエレクトリック・ピアノ(フェンダーローズ)も素晴らしい。エレクトリック・ピアノも〈Black Jazz Records〉のサウンドを特徴づける重要な楽器。

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Rudolph Johnson / Spring Rain (1971)
いわゆるスピリチュアル・ジャズというよりも、ファンク色も控えめのモダン・ジャズなサウンドで、そんなところが〈Black Jazz Records〉では特異な1枚。30年ほど前に、当時好きだった女の子のために作った初めてのミックス(テープ)に “Fonda” を入れたので、個人的にも超重要アルバム。

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Henry Franklin / The Skipper (1972)
ヒュー・マセケラやフレディ・ハバードなど有名どころのアルバムにも参加のベーシスト。〈Black Jazz Records〉特有の這うような重いベースは大抵、彼が担当。自身の初リーダー作である本作ではヘヴィなだけではないメロウな面を見せております。DJ Mitsu The Beats の人気ミックスに収録された “Little Miss Laurie” はまさしくそれ。

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現在、〈Black Jazz〉作品のリイシュー・プロジェクトが進行中です。2020年最新リマスター音源を使用、それぞれLP/CDの両フォーマットが用意されています。今後も続々とラインナップは増えていく予定とのことで、下記リンク先よりチェック!
https://p-vine.jp/artists/series-black-jazz-2020

former_airline - ele-king

 90年代後半より活動をつづける久保正樹によるソロ・プロジェクト、former_airline のニュー・アルバム『Postcards from No Man's Land』が、なんと、イアン・F・マーティン主宰の〈Call And Response〉より10月28日にリリースされている。フォーマットはカセットテープ(ダウンロード・コード付き)と配信の2種。バンドキャンプで買えます。パンデミックの最中に制作されたという本作、シューゲイズやポストパンク、クラウトロックから影響を受けたサイケデリック・サウンドをお楽しみあれ。

former_airline
「Postcards from No Man’s Land」
2020/10/28リリース

久保正樹によるソロ・プロジェクト。いくつかのバンド活動を経て、90年代後半よりギター、エレクトロニクス、テープなどを使用した音作りを始める。2000年代後半より former_airline 名義で活動開始。J・G・バラードにも例えられる音世界は、ときに「サイファイ・サイコ・エロチシズム」、「ディストピアン・スナップショット」などと称されたりもする。カセットテープを中心に、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスほか世界各国のレーベルより8枚のアルバムをリリースしている。
今回のフルアルバム『Postcards from No Man's Land』に収録された曲のいくつかは2019年に録音され、多くは2020年に新型コロナウィルスによるパンデミックのなか自宅にこもり録音されたもの。

久保は、この過渡的な状況において、アルバム制作を通じて表現をすることが重要だと語る:
「このアルバムは、何気なかった日常が遠い思い出と消え行き、新しい普通とともに世界が大きく変わってしまう前後の音の記録として、どうしても『いま』リリースしたかった作品で、そこに残されたいまだ知らない空虚を見つめ、したためた便りのようなものです」

former_airline の音楽は、21世紀のパニックと情報過多を表現しているが、それを超えて希望に満ち忘られている未来が、世界を悩ましている精神的な夢の空間へと導いているよう。アルバム『Postcards from No Man’s Land』では、閉所恐怖症的な感覚、モートリック、アーバン、インダストリアルな要素がドリーミー、サイケデリック、トランスの要素へ途切れなく溶け込んでいく。
ポストパンク、クラウトロック、ミニマルウェーブ、シューゲイズ、ダブ、アシッドハウスからの影響を受けていながらも、former_airline はそれらを受け入れて、楽観的で今のカオスに根ざした彼自身の音の世界を作り上げている。

Artist website: https://formerairline.tumblr.com
Artist Twitter: https://twitter.com/former_airline_
Label website: https://callandresponse.jimdofree.com

CAR-44
『Postcards from No Man's Land』
Side A
 In Today's World
 Geometries of the Imagination
 Insane Modernities
 On the Sea of Fog
 Dubby the Heaven
Side B
 Paint This December Blue
 Destroy What Destroys You
 Walking Mirrors
 S. Sontag in the Psykick Dancehall

Format: カセットテープ+DLコード / Bandcamp
Price: ¥1500+tax

11/8 (日) ONLINE RELEASE EVENT
スタート 20:00 JST
LIVE:
・former_airline
・Demon Altar
https://www.twitch.tv/callandresponse

Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra - ele-king

 今年出たジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』でも顔をのぞかせていたけれど、90年代からガスター・デル・ソルやトータスジム・オルークステレオラブらの諸作に参加し、トータスのジェフ・パーカーとはシカゴ・アンダーグラウンド・トリオ~クァルテットやアイソトープ217を組んで、ポストロックとリンクする活動をつづけてきたジャズ・コルネット奏者のロブ・マズレクが新たなアルバムをリリースする。先行公開中の下記 “A Wrinkle in Time Sets Concentric Circles Reeling” を聴けばわかるように、いまなお刺戟的なジャズに挑戦しつづけているようなので、ぜひチェックを。発売は12月16日。

Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra
Dimensional Stardust

ジェフ・パーカーやジョン・ハーンドン、チャド・テイラーらシカゴ音響派時代の朋友から、〈Blue Note〉より鮮烈なデビューを飾った新鋭ジョエル・ロスまで参加の、ジャズ・コルネット奏者ロブ・マズレク率いるエクスプローディング・スター・オーケストラ待望の新作!!
ハードバップからポストロックまでをプレイしてきたロブ・マズレクが到達した、前衛ジャズと現代クラシックも入り交じる壮大な音世界!! 日本限定盤ハイレゾCD「MQA-CD」仕様、ボーナストラックを加えてリリース!!

Official HP : https://www.ringstokyo.com/robmazurek

間違いなく、このアルバムはロブ・マズレクのキャリアの集大成であり、今も前進を続ける彼と仲間たちが生み出した驚くべき新作だ。シカゴ・アンダーグラウンド(デュオ、トリオ、カルテット、オーケストラ)、アイソトープ217°、サンパウロ・アンダーグラウンド、そして、このエクスプローディング・スター・オーケストラへと結実した軌跡が鮮やかに刻まれている。アルバムの何れの断片も美しい。(原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra (ロブ・マズレク・エクスプローディング・スター・オーケストラ)
タイトル : Dimensional Stardust (ディメンショナル・スターダスト)
発売日 : 2020/12/16
価格 : 2,800円+税
レーベル/品番 : rings (RINC69)
フォーマット : MQA-CD (日本企画限定盤)
バーコード : 4988044060678

* MQA-CDとは?
通常のプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティのハイレゾ音源をお楽しみいただけるCDです。

Rob Mazurek (director, composer, piccolo trumpet, electronic renderings, modular synth)
Damon Locks (voice, electronics, texts)
Nicole Mitchell (flutes)
Macie Stewart (violins)
Tomeka Reid (cellos)
Joel Ross (vibraphone)
Jeff Parker (guitar)
Jaimie Branch (trumpet)
Angelica Sanchez (acoustic piano, electric piano)
Ingebrigt Håker Flaten (bass)
Chad Taylor (drums, percussion)
Mikel Patrick Avery (drums, percussion)
John Herndon (drum machines)

Tracklist :
01. Sun Core Tet (Parable 99)
02. A Wrinkle In Time Sets Concentric Circles Reeling
03. Galaxy 1000
04. The Careening Prism Within (Parable 43)
05. Abstract Dark Energy (Parable 9)
06. Parable of Inclusion
07. Dimensional Stardust (Parable 33)
08. Minerals Bionic Stereo
09. Parable 3000 (We All Come From Somewhere Else)
10. Autumn Pleiades
+BONUS TRACK 追加予定

CAN:パラレルワールドからの侵入者 - ele-king

 映画『イエスタデイ』は、ビートルズのいない世界を想像してみろと、私たちに問いかける。リチャード・カーティスの、代替えの歴史の悪夢のように陳腐なヴィジョンのなかでも、音楽の世界はほとんどいまと変わらないように見え、エド・シーランが世界的な大スターのままだ。

 しかし、多元宇宙のどこかには、ロックンロールの草創期にビートルズのイメージからロックの方向性が生まれたのではなく、カンの跡を追うように出現したパラレルワールド(並行世界)が存在するのだ。それは、戦争で爆破された瓦礫から成長した新しいドイツで、初期のロックンロールがファンクや実験的なジャズと交わり、ポピュラー・ミュージックがより流動的で自由で、爆発的な方向性の坩堝となり、アングロ・サクソン文化に独占されていた業界の影響から独立した世界だ。

 カンのヴォーカルにマルコム・ムーニーを迎えた初期のいくつかの作品では、このような変化の過程を聴くことができる。アルバム『Delay 1968』の“Little Star of Bethlehem”では、ねじれたビーフハート的なブルース・ロックのこだまが聴こえるし、“Nineteenth Century Man”は数年前にビートルズ自身が“Taxman”で掘り起こしたのと同じリズムのモチーフを使った、拷問のようなテイクをベースにしている。

 カンの1969年の公式デビュー盤、『Monster Movie』のクロージング・トラック、“Yoo Doo Right”は、いかにバンドがチャネリングをして、ロックンロールを前進的な思考で広がりのあるものへと変えていったかがわかる小宇宙のようだ。ムーニーのヴォーカルが、「I was blind, but now I see(盲目であった私は、いまは見えるようになった)」や、「You made a believer out of me(あなたのおかげで私は信じることができた)」とチャントして、ロックとソウルの精神的なルーツを呼び覚ますが、それはベーシストのホルガ―・シューカイとドラマーのヤキ・リーベツァイトのチャネリングにより、制約され、簡素化されて、容赦のないメカニカルでリズミカルなループとなり、ミヒャエル・カローリのギターのスクラッチや、渦巻き、切りつけるようなスコールの満引きに引っ張られて、ヴォーカルから焦点がずらされる。

 カンが1960年代に取り組んでいたロックの変幻自在の魔術への、もうひとつ別の窓は、映画のための音楽を収録したアルバム『Soundtracks』で見ることができる。クロージング・トラックの “She Brings the Rain” などは、かなり耳馴染みのある1960年代のサイケデリックなロックやポップのようにも聴こえるが、このアルバムでは、それ以外にも何か別のものが醸し出されている。それは “Mother Sky” の宇宙的なギターとミニマルなモータリックの間に編まれた緊張感のあるインタープレイや、ヌルヌルしたグルーヴと新しいヴォーカリスト、ダモ鈴木の “Don’t Turn The Light On, Leave Me Alone” での不明瞭なヴォーカルでより顕著であり、おそらくバンドの最盛期の基礎を築いている。

 『Tago Mago』、『Ege Bamyasi』、『Future Days』といったアルバムは、現代のポピュラー・ミュージックの基礎となったカンのパラレルワールドが、我々の世界にもっとも近づいた所にあるものと言えるだろう。目を細めれば、異次元の奇妙な建築物と異界のファッションが、世界の間に引かれたカーテンをすり抜けて侵入しているのが、かろうじて見えるはずだ。それはポスト・パンク・バンドのパブリック・イメージ・リミテッド、ESG、ザ・ポップ・グループ他の生々しい、調子はずれのファンクのリズムや、ざらついたサウンドスケープ、あるいはマッドチェスター・シーンのハッピー・マンデーズやストーン・ローゼスといったバンドのゆるいサイケデリックなグルーヴのなかに、またソニック・ユースとヨ・ラ・テンゴのテクスチュアとノイズのなかに見ることができる。さらに1990年代初期のポスト・ロック・シーンでも、ステレオラブやトータスといったバンドの反復や音の探究を経て、おそらく21世紀でもっとも影響力のあるバンド、レディオヘッドにまで及んだ。カンは過去半世紀にわたり、ポピュラー・ミュージックの進化に憑りついてきた幽霊なのだ。

 カンの影響が長いこと残り続けるあらゆる“ポスト〜”のジャンル(ポスト・パンク、ポスト・ロック、そしてかなりの範囲でのポスト・ハードコアも)が、私にとって重要に思えるのは、これらはジャンルを超越したところにある、生来の本能的なジャンルだったからだ。ポスト・パンクは、パンクに扇動されて自滅したイヤー・ゼロ(0年)に、ファンク、ジャズ、ムジーク・コンクレート、プログレッシヴ・ロック他を素材として掘り起こし、自らを再構築しようとしていた音楽だ。一方、ポスト・ロックは生楽器をエレクトロニック・ミュージックの創作過程のループ、オーバーレイやエディットに持ち込んだ。それらは、従来のロック・ミュージックの世界での理解を超えた居心地の悪い音楽的なムーヴメントだったのだ。言うまでもなく、カンは最初からロックの接線上に独自の道を切り開いてきており、マイルス・デイヴィスが自身のジャズのルーツから切り開いた粗っぽいロックンロールのルーツと同じく、予測不可能なジャンルのフュージョンへの地図を描いていた──おそらくカンの爆発的なジャンルを超越した初期のアルバムにもっとも近い同時代の作品は、マイルスが平行探査した『Bitches Brew』 と『On the Corner』などのアルバムだろう。

 この雑食性で遊び心に満ちた折衷主義は、鈴木の脱退後のアルバムにおいても、カンの音楽の指針となっていたが、『Tago Mago』で到達した生々しい獰猛さを、1974年の『Soon Over Babaluma』の雰囲気のある、トロピカルにも響くサイケデリアのような控えめな(とはいえ、まったく劣ることのない)ものに変えたのだ。

 彼らはもちろん時代の先をいっていた。ロックの純粋主義者たちは、バンドの70年代後半のアルバムに忍び寄るディスコの影響を見て取り、冷笑したかもしれないが、グループの当時のダンス・ミュージックの流行への興味は、カンの幽霊の手(『Out of Reach』のジャケットのイメージによく似ている)に、彼らの宇宙的な次元と、報酬目当てのメインストリーム・ミュージックが独自の行進を続ける世界との間のヴェールを掴ませる役割を果たしていたのだ。カンは一度もロック・バンドであったことはなかったし、シューカイが徐々にベーシストとしての役割からリタイアし、テープ操作に専念するようになったことは、バンドの特異なアプローチが、音楽がやがてとることになる幅広いトレンドの方向性を予見させる多くの方法のひとつであったと言える。もっとも、カン自身はそれらのトレンドに対しては、斜に構え、独自の動きを続けた。

 そういった意味では、1979年の自身の名を冠したアルバムは、カンのことを雄弁に物語っている。10年に及ぶキャリアのなかで蒔いた種が、新世代の実験的なマインドを持ったアーティストたちに刈り取られ始め、カンの音楽とアプローチを軸にした作品が創られ始めたため、彼らはそういった作品に、“巨大なスパナを投げつけて”、妨害せずにはいられなかった。カン自身が創ったミニマリストのような、歪んだノイズのアトモスフェリックなディスコと、ファンクに影響されたサウンドは、キャバレー・ヴォルテールやペル・ウブ、ア・サートゥン・レシオなどと並べても違和感がなく、“ A Spectacle” や “ Safe” などのトラックは、彼らの技の達人ぶりを示していた。しかし決して安全な場所には留まらないのがカンであり、デイヴ・ギルモア時代のピンク・フロイド(1979年には絶対クールではなかった)のような世界にも喜んで飛び込み、SIDE2の大部分を躁状態のダジャレの効いたジャック・オッフェンバックの「天国と地獄」のダンスのテーマである“Can-Can(カン・カン)”の脱構築に費やし、間にはピンポン・ゲームまではさんでいる。言うまでもなく、彼らの最もバカバカしく、最高のアルバムのひとつだ。


 カンの影響下にあるパラレルワールドは、時に我々の世界の近くにありながら、その音楽はあまりにも多くの迂回路に進むため、ほとんどの場合、ぎりぎり手が届かないというフラストレーションを感じてしまう。我々は、次元の間に引かれたカーテンを完全に通過することはできないかもしれないが、隅々まで目をこらして、影や、我々の世界の亀裂を見ると、そこにまだ特異性が根付いているのを見出すことができる。そこには何かが存在し、他の場所からの侵入者が、我々が引いた線の間をぎこちないファンキーさで滑りこんできて、固体を変異可能にし、現実を異世界にし、異世界を現実にするのだ。

 ここに、バンドの面白さを象徴していると思う6枚のアルバムを挙げる。

『Soundtracks』──1960年代のロックから、より宇宙的なものへのバンドの変遷を示している。

『Unlimited Edition』──カンのもっとも折衷主義的で、実験的なアルバム。

『Tago Mago』 ──カンのもっとも極端な状態。

『Ege Bamyasi』──ダモ鈴木時代の、もっとも親しみやすさを実現した作品。

『Landed』──ポップ、エクスペリメンタル、アンビエントなアプローチをミックスするカンの能力を示す素晴らしい一例。

『Can』 ──バンドがバラバラな状態にあっても、常に自分たちにとって心地よいカテゴリーの作品を作るのを避けていたことがわかる。

(7枚目の選択として、『Soon Over Babaluma』は、もっとも繊細で雰囲気のある、カンの一例。)

Can: Intruders from a Parallel World

Ian F. Martin


The movie Yesterday asks us to imagine a world without The Beatles. In Richard Curtis’ nightmarishly banal vision of that alternate history, the music world seems much the same and Ed Sheeran is still a global megastar.

Somewhere in the multiverse, though, there’s a parallel world where the direction of rock emerged out of its rock’n’roll youth not in the image of The Beatles but rather sailing in the wake of Can. It’s a world in which a new Germany, growing from the war’s bombed-out wreckage, was the crucible in which the raw energy of early rock’n’roll merged with funk and experimental jazz, taking popular music in more fluid, free-flowing, explosive directions, independent from the hegemonic influence of the Anglo-Saxon culture industries.

You can hear this process of transformation happening in some of Can’s early work with Malcolm Mooney on vocals. On the album Delay 1968, you can hear warped, Beefheartian echoes of blues rock in Little Star of Bethlehem, while Nineteenth Century Man is based around a tortured take on the same rhythmical motif The Beatles themselves had mined on Taxman a couple of years previously.

On Can’s official debut, 1969’s Monster Movie, the closing track Yoo Doo Right is like a microcosm of how the band were channeling rock’n’roll into something forward-thinking and expansive. Mooney’s vocals summon forth chants of “I was blind, but now I see” and “You made a believer out of me” from the rock and soul’s spiritual roots, but it’s constrained, streamlined and channeled by bassist Holger Czukay and drummer Jaki Liebezeit into a relentless, mechanical rhythmical loop, the vocals dragged in and out of focus by the ebbs and flows of Michael Karoli’s scratching, swirling and slashing squalls of guitar.

A different window into the transformational witchcraft that Can were working on 1960s rock can be seen on the album Soundtracks, which collects some of their work for films. Some songs, like the closing She Brings the Rain, come across as quite familiar sounding 1960s psychedelic rock and pop, and yet something else is brewing in the album too. It’s there most clearly in the tightly wound, tense interplay between cosmic guitars and minimalist motorik rhythms of Mother Sky, as well as more subtly in the slippery grooves and new vocalist Damo Suzuki’s slurred vocals on Don't Turn The Light On, Leave Me Alone, laying the ground for what is probably the band’s most celebrated phase.

The albums Tago Mago, Ege Bamyasi and Future Days are really where that parallel world in which Can were the foundation of modern popular music moves closest to our own. Squint and you can just about see that other dimension’s strange architecture and alien fashions trespassing through the curtain between worlds. You can hear it in raw, discordant funk rhythms and harsh soundscapes of post-punk bands like Public Image Limited, ESG, The Pop Group and others; it’s in the loose, psychedelic grooves of Madchester scene bands like The Happy Mondays and The Stone Roses; it’s in the textures and noise of Sonic Youth and Yo La Tengo; it’s in the repetition and sonic exploration of the nascent 1990s post-rock scene, filtering through bands like Stereolab and Tortoise, eventually informing perhaps the most influential rock band of the 21st Century, Radiohead. Can are a ghost that’s been haunting the evolution of popular music for the past half century.

The lingering influence of Can on all the “post-” genres (post-punk, post-rock and to a large extent post-hardcore too) feels important to me, because these were genres with an innate instinct towards transcending genre. Post-punk was music trying to build itself anew after the year-zero self-destruction instigated by punk, mining fragments of funk, jazz, musique concrète, progressive rock and more as its materials. Meanwhile, post-rock brought the live instruments of rock into the loops, overlays and edits of electronic music’s creation process. They were musical movements uncomfortable in the world of rock music as conventionally understood. Can, needless to say, had been charting their own path on a tangent from rock since the beginning, approaching a similar slippery fusion of genres from the rough roots of rock’n’roll that Miles Davis had been charting from his own jazz roots at the same time — arguably the closest thing to Can’s explosive, genre-transcending early albums among any of their contemporaries can be found in Davis’ parallel explorations on albums like Bitches’ Brew and On the Corner.

That omnivorous, playful eclecticism remained a guiding feature of Can’s music in the albums that followed Suzuki’s departure, even as they traded in the raw ferocity that had reached its peak in Tago Mago for something more understated (but in no way lesser) in the atmospheric and even tropical sounding psychedelia of 1974’s Soon Over Babaluma.

They stayed ahead of the curve too. Rock purists may have sneered at what they saw as a creeping disco influence on the band’s late-70s albums, but the group’s interest in then-contemporary dance music kept Can’s spectral hand (much like the jacket image of Out of Reach) grasping at the veil between their cosmic dimension and the mercenary world where mainstream music continued its own march. Can had never been a rock band anyway, and Czukay’s gradual retirement from bass duties to focus on tape manipulation is another of the many ways the band’s idiosyncratic approach foreshadowed the direction broader trends in music would eventually take, even as Can themselves continued to move oblique to those trends.

In this sense, their self-titled 1979 album says a lot about Can. Just as the seeds sown by their then ten year career were starting to be reaped by a new generation of experimentally minded artists and the pieces were starting to realign themselves around Can’s music and approach, they couldn’t resist throwing a giant spanner in the works. The sort of minimalist, noise-distorted, atmospheric, disco- and funk-influenced sounds Can had made their own would have sat very comfortably alongside the likes of Cabaret Voltaire, Pere Ubu and A Certain Ratio, and in tracks like A Spectacle and Safe, Can showed they were masters of that craft. Can were never about being safe though, and they were just as happy diving down rabbit holes of Dave Gilmour-era Pink Floyd (desperately uncool in 1979) and devoting a large chunk of side 2 to a manic, pun-driven deconstruction of Jacques Offenbach’s “Can-Can” dance theme, interspersed with a game of ping pong. Needless to say, it’s one of their silliest and best albums.

The parallel world that lives under the influence of Can is sometimes tantalisingly close to our own, and yet their music pursues so many oblique detours that it mostly feels frustratingly just out of reach. We may never fully be able to pass through that curtain between dimensions, but look in the corners, the shadows and the cracks in our world where idiosyncrasies can still take root, and there is something there: some trespasser from elsewhere, slipping in their awkwardly funky way between the lines we draw, making the solid mutable, the real otherworldly and the otherworldly real.


Here are 6 albums that I think represent six interesting aspects of the band.

Soundtracks - Shows the band's transition from 1960s rock into something more cosmic.
Unlimited Edition - Can at their most eclectic and experimental.
Tago Mago - Can at their most extreme.
Ege Bamyasi - The most accessible realisation of the Damo Suzuki era.
Landed - A great example of Can's ability to mix pop, experimental and ambient approaches.
Can - Shows how even as the band were falling apart, they always avoided making anything that fit into a comfortable category.

(As a 7th choice, Soon Over Babaluma is a great example of Can at their most subtle and atmospheric.)

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