「IR」と一致するもの

Roedelius - ele-king

 1973年のことである。69年よりベルリンを拠点に、エレクトロニック・ミュージックにおいてフリー・ジャズにも似たアプローチで、名状しがたい嵐のような抽象的な音楽(ないしは非音楽、ないしはインダストリアル・ドローン)をやっていた元Kluster/Clusterのふたり──ハンス・ヨアヒム・ローデリウスとディター・メビウスは活動の場を西ドイツの片田舎、ヴェーザー高地のフォルスト村へと移した。グリム童話にちなんだ土地とも遠くはない。クラスターの『Sowiesoso』のジャケットにあるような、ドイツの田舎らしいロマンティックで美しいところなのだろう。とにかくふたりはその村にあった家をスタジオに改築し、そこから数々の名作を録音することになる。ハルモニアのアルバムがそうだし、よく知られるようにアンビエントを志したイーノがまず訪ねたのも森のなかの彼らのスタジオだった。つまりクラスター&イーノが生まれ、そして最初のローデリウスのソロ・アルバム(ないしは『Selbstportrait』の2枚の音源)も録音されている。クラスターにとっての黄金期はフォルスト時代である。
 本作『Tape Archive Essence 1973-1978 』は、タイトルがいうように黄金期におけるローデリウスのいままで表に出さなかった個人的な記録であり、音のスケッチ集で、それらはRevox-A77のテープマシン、Farfisaオルガン、エコー装置とシンセサイザー、4トラックのレコーダーによって描かれている。
 また、じつをいえば本作は、2014年に同レーベルから3枚組のボックスで限定リリースされた未発表音源集のダイジェスト盤なのだが、CANのそれと同様、本作はコアファン向けの商品なんかではない。オリジナル作品と並べても何の遜色ないどころか、ヘタしたらこっちのほうがいいのではないかと思えるほどの内容になっている。

 牧歌的で、穏やか(ピース)で切なく(メランコリックで)、控え目な実験と遊び心がある──レデリウスの作品の特徴を要約すればそんなところだが、しかしそうした陳腐な説明を越えたところに彼の音楽はある。モダン・クラシカルの先駆者なんていう評価もあるようだが、ぼくが彼の音楽を聴き続けているのは理由がある。極めて個人的な理由だが、ぼくはローデリウスによってシラフでいることの素晴らしさ、気持ちよさを教えられたと言っていい。まあ、これも陳腐な表現か(笑)。
 いいや、先に進めよう。このアルバム、1曲目“Nachtens in Forst'”の神秘的な静寂からして相当なものだ。そして2曲目には、彼らしい遊び心あるピアノ曲“Springende Inspiration”が待っている。
 ローデリウスの音楽は甘ったるくもなく、また夢幻的なところもない。それはリズムの入った“Lied Am Morgen”にも通じる。田園風で、曲はメロディアスなのだが、音楽はこの現実からどこにも連れていかない。エレクトロニックな反復であっても、クラフトワークのようにトランスさせることはない。口当たりばかりが良いニューエイジとも違う。それでいてこの音楽は、リスナーの気分を良くするのである。
 現在80代もなかばにいるレデリウスは、自らの音楽をいみじくも「荒れ狂う平和(A Raging Peace)」と形容している。戦争を経験し、壁が作られる直前に東から西へと身を移し、戦後ドイツの混乱のなかで貧困を経験し、さまざまな職(マッサージ師や看護師など)を長い間やりながら、運命というか何というか、よりによって天才コンラッド・シュニッツラーの導きによって音楽の世界に入っている。Klusterをはじめたとき、彼はすでに30代半ばである。
 そんな彼のタフな人生経験からすれば、穏やかさにはつねに痛みが隣接しているのだろう。楽天的ではあってもイージーではない感覚が、彼の牧歌的な音楽には通底している。
 “Rokkokko”はクラスターがもっともポップに接近した『Zuckerzeit』の頃の音源だろうか、ミニマルなピアノフレーズに無機質なリズムボックスがフィーチャーされているが、それでもこの曲が描くのはドイツのカントリーサイドであり、生い茂る緑や透き通った空気、こころ踊る田舎道だ。アルバム中盤の“Skizze 4 Von 'By This River'”と最後に収められている“Skizze 3 Von 'By This River'”は、『Sowiesoso』の写真で見られるような田園を流れる川へのオマージュだろう。そしてすべての音響には、当時の録音による独特のこもり具合の温かみがある。(アルバムのインナーにはフォルスト村の写真、そして当時の使用機材の写真も掲載されている)

 芸術の都ケルンのネルフェニッヒ城をスタジオにしたCAN、商業都市デュッセルドルフにおけるクラフトワークのクリングクラング・スタジオ、そして、ヴェーザー高地の田園のなかの一軒家を拠点としたクラスター。場と音楽性はやはり関係しているのだろう。エイフェックス・ツインの『セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92』がコーンウォールの彼の実家の部屋で作られたように、クラスターひいてはローデリウスは、エレクトロニック・ミュージックとは必ずしも工業都市や都会の音である必要はないという道を開拓した。

 (追記)なお、1934年生まれのこの長寿のエレクトロニック・ミュージシャンは、同時にまったくの新作『Selbstportrait Wahre Liebe』も発表しているが、これもまたお茶目で、穏やかで、切なく、しかし悲しくはない。

Aru-2 - ele-king

 ビートメイカーとしてキャリアをスタートし、ビートテープのリリースやプロデューサーとして様々なアーティストへのトラックを提供する一方で、Notology という名義でヴォーカル作品も発表し、さらに昨年11月にはラッパー/ビートメイカーの NF Zessho とジョイント・アルバム『AKIRA』をリリースするなど、実に多彩な活動を繰り広げてきた Aru-2。そんな彼がビートとヴォーカルという、自らのふたつの武器を見事に駆使して作り上げたのがこのアルバム『Little Heaven』だ。

 Aru-2 の作り出すサウンドはシンセ/キーボードが軸となって空気感を作り出し、さらに下地となるビートは実に不規則なパターンを描き、彼にしか作り得ない独特なグルーヴが完成している。また全体を通して、アナログ的なザラザラした感触が保たれる中で、音数も決して多くはなく、どこか引き算の美学というのも強く感じとれる。ジャンル的にはヒップホップというフィールドにいるのは間違いないのだが、ヒップホップという音楽だけを聴いていたら決して生まれないサウンドであり、それは彼のヴォーカル・スタイルにも共通している。ヴォーカルも楽器のひとつとして、他の楽器と見事に混ざり合い、心地良く耳に響いてくる。先行リリース曲の “Sen” などはその典型とも言えるが、曲の中でシンセとヴォーカルが並列に存在し、見事なアンサンブルを奏でている。そんな中、“Hentai NIpponjin” という曲に関しては、彼の言葉が実にダイレクトに届き、少々異彩を放つ。シンセベースが実にファンキーに響くトラックに乗って「現代日本人はみんな変態」というシンプルなメッセージにニヤリとさせられながらも、どこかふっと腑に落ちるような曲でもあり、不思議な魅力に包まれている。

 本作のもうひとつの目玉は、Aru-2 とも繋がりの深いラッパーのゲスト参加だろう。乗りこなすのは決して容易ではない Aru-2 のトラックであるが、全員がそれぞれスタイルの異なるビートに自らの個性をストレートにぶつけ、曲のグルーヴ感を最大限に引き出している。完成度が高いのは曲の構成が一番作り込まれ、展開も見事な JJJ とのタイトル曲 “Little Heaven” であるが、KID FRESINO、Campanella との “Go Away”、ISSUGI との “Bye My Bad Mind” も、甲乙つけがたい強い存在感を放っており、Aru-2 のヴォーカルとのコンビネーションも実に聞き応えがある。少々贅沢な願いかもしれないが、Aru-2 のビート&ヴォーカルを駆使した上で、さらにもっといろんなラッパーとの組み合わせによる楽曲を聞いてみたい。そんなことさえ思わせてくれる、無限の可能性を感じさせるアルバムだ。

interview with AbuQadim Haqq - ele-king

 「深海居住人(Deep Sea Dweller)」として、1992年にドレクシアは初めて世界にその存在を知らしめた。翌年には「あぶくのメトロポリス」(93)、そして「分子によるエンハンスメント(強化)」(94)、「未知なる水域」(94)、「水のなかの侵入」(95)、「帰路への旅」(95)、「ドレクシアの帰還」(96)、「探索」(97)……すべて12インチ・シングルだが、それの音楽においては、水歩行人、ロードッサ、波跳ね人、ダートホウヴェン魚人、ブロウフィン博士……といったキャラクターが登場する。16世紀の奴隷船において、海に落とされた病人たちが水中生物として変異し、生き延び、繁栄し、そこにユートピアを築いていたというのがドレクシアがレコードと音楽によって繰り広げた物語である。
 デトロイトのゲットーの地下室で変異したクラフトワーク直系のエレクトロによってファンタジーは語られ、主要な作者であるジェイムス・スティントンがこの世から消えてからはなおのこと、生前よりもいっそう広く、そしてむしろリアルタイムで知らなかった世代によって語り継がれている。ドレクシアほど、後からそしてまた後からと評価が高まっていったアーティストは珍しい。

 長年にわたってデトロイト・テクノのヴィジュアル面をになってきたアブドゥール・ハック(最近、アブカディム・ハックと改名)が、5年の歳月をかけて描き上げたのが、このたびベルリンの〈Tresor〉から刊行されたグラフィック・ノベル版『The Book of Drexciya Vol.』だ。編集部小林がなけなしの大枚をはたいて〈Tresor〉から直接購入したこの本は、いまなら多額の送料不要でディスクユニオンで購入できる。メデタシである。
 そんなわけで、日本のファンにはすっかりおなじみのハックの声をお届けしましょう。通訳を手伝ってくれたのは、日本のTVゲームやジャズ喫茶のドキュメンタリー映像作品を制作しているニック・ドワイヤー。14歳のときに聴いたジェフ・ミルズのミックスCDがきっかけてエレクトロニック・ミュージックを好きになった彼にとっても、ハックはヒーローです。

ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。

ハック、グッモーニン(笑)。

ハック:ヘイ! グッドイヴィニング(笑)!

いまそっちは何時?

ハック:朝の6時。

早いね。

ハック:オールウェイズ!

今日、通訳を手伝ってくれる友人のニック・ドワイヤーを紹介するよ。

ニック:お会いできて嬉しいです。いま東京に住んでいるけど、生まれはニュージーランドです。※この取材の1週間後にはビザの関係で帰国。

ハック:クール。

ニック:最後に東京に来たのはいつ?

ハック:2017年だね。

もう何回も来ているよね。ハックは日本に多くの友だちがいるから。

ハック:ハッハハハ、イエス。

じゃあ、質問しますね。このプロジェクトはいつ、どのように発展したんですか?

ハック:5~6年前に、キャラクター……まずは水中のキャラクターを使ってストーリーを考えはじめたんだよ。ドレクシアの王様というのが話の原点でね。

じゃあ、これはあなたのオリジナル作品とみていいですよね?

ハック:イエス。ドレクシアのコンセプトを元にした僕のオリジナルだよ。

これはシリーズになるんですよね?

ハック:ハイ。

では、もうすでにこの後の脚本もあるんだ?

ハック:いま2作目のシナリオを思案中。

ドレクシアはミステリアスで、ファンはそれぞれが自分のドレクシアのイメージを持っているでしょ? だからドレクシアの世界を具象化するのってリスキーでもあるわけだけど、そこはどう思う?

ハック:いや、そこまでリスキーだとは思わなかったな。むしろ、ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。

たくさんのキャラクターがいるけど、ハックのお気に入りは?

ハック:ドクター・ブローフィン(Dr. Blowfin/アルバム『The Quest』に登場)だね。

ニック:それはなんで?

ハック:知的で、ドレクシア文明を作ったひとりでもある。話を作っているうちにどんどん好きになったキャラクターだね。

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ジェイムス・スティントンはとても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。

ハック:ところで、いま(ZOOM画面に)新しい訪問者がいるけど誰?

編集部のコバヤシ。彼が〈TRESOR〉から直接本を買ったんだよ。

ハック:Arigatogozaimashita!

ニックは憶えてる? かつて君を取材したミスター・コバヤシ。

ニック:おー、コバヤシさん!

小林:イエス。

ニック:ハウ・アー・ユー!?

小林:アイム・ファイン。

じゃ、次の質問。ジェイムス・スティントンと初めて会ったのはいつ?

ハック:90年代初頭。いちばん最初のサブマージのオフィスで会った。あの建物はいまは駐車場になっているけど。そのときはあまり話さなかったね。挨拶したぐらいだった。

彼はどんな人だったの?

ハック:とても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。 ニック:どういうSF?

ハック:(ハックがアートワークを手掛けた)『Neptune's Lair』のときは『スター・ウォーズ』の話をしたのを憶えているよ。ちょうどシリーズが再スタートして『ファントム・メナス』が公開されたタイミングだったんだよ。あとは『スタートレック』とか。

ハック、その昔のサブマージの建物の駐車場の壁に、大きなタギングでドレクシアが描いた「ファック・メジャー・カンパニー」っていう言葉をよく憶えているよ。

ハック:おー、そうだったね。

彼にはすごく反抗心があったよね。

ハック:イエス。

『Neptune's Lair』のとき、アートワークについて彼となんか話しましたか?

ハック:あのアートワークを描く前に彼が僕に言ったのは、フューチャリスティックな乗り物が欲しいってことだったね。それと戦士のキャラクターも欲しいって言われた。あとは、彼らが住む場所、バブル・メトロポリスがどういうところか、“Aqua Worm Hole”(「Bubble Metropolis」収録)はどうするかとか、細かい話もしたよ。

ハックが描いたイカが好きなんだけど、あれはどこから来たの?

ハック:あれが(ドレクシアの)乗り物だよ。あの頃はよくディスカバリー・チャンネルを見ていて深海の番組があったんだけど、そこで泳いでいるイカを見ながら「これだ」と思ったね。

小林:佐藤大さんとはどういうやり取りで進めていったんですか?

ハック:とにかくストーリーを作るのに手伝ってもらった。僕が絵を描いて、彼が言葉を載せてくれて。基本的にはEメールのやりとりで進めていったね。

ニック:いつからの知り合い?

ハック:2000年代初頭、かれこれ15年以上は経つね。

ハックが考えるドレクシアとは?

ハック:音楽があり、コンセプトがある。そのコンセプトにはアフリカから連れ出されていった人たちが、困難を乗り越えて、新たに文明を作るという物語がある。そのためによりよい自分に変えていくっていうことが僕にとってのドレクシアだよ。

小林:あなたの描いたドレクシアの物語を見ていると、絵から古代を感じるし、過去と未来が両方混ざっていると思ったんですが、そこは意識したんですか。

ハック:おっしゃる通り。古代と未来を繋げるのはコンセプトになっている。武器もそうだし、いろんなものが古代や神話を参照しているんだよ。

ニック:日本のアニメは好き?

ハック:もちろん。

ニック:とくに好きなのは?

ハック:新しい『攻殻機動隊』のシリーズ。

ニック:今回のプロジェクトでなにがいちばん楽しかったですか?

ハック:完成させたことだね。ハッハハハ。いや、本当に時間がかかったし、何人も関わっているから、完成させるのにはけっこう努力が必要だったんだよ。

じゃあ、最後の質問です。あなたはなぜアイアン・メイデンが好きなんですか(笑)?

ハック:ギャッハハハ! 高校時代、僕はすごいオタクであまり音楽は聴いてなかったんだよ。ある日友だちがカセットテープをくれたんだけど、全曲ヘヴィーメタルだった。で、そのなかでいちばん気に入ったのがアイアン・メイデンだったんだ。いまでも大ファンです(笑)!

(7月8日、zoomにて取材)

Yunzero - ele-king

 コロナがもしもゾンビだったら。そんなことあるわけないと早々に逃げ遅れて死ぬのが安倍やトランプ。いち早く危機を察知して助かるのがアーダーンやメルケル。そんなもの叩き潰してやるといって向かっていくのがボルソナロやルカシェンコ。僕の母親の家族は5000人以上の死者や行方不明者を出した伊勢湾台風の時に「こっちに逃げろ」と行政が指導した方向とは逆の方向に逃げたら助かったそうで、行政の指示に従った人たちは全滅だったという。そう、リーダーの指導力がソンビ映画の脇役と同程度だと判明してしまった国の人々はマジでどんよりとするしかない。コロナ禍を受けたイギリス人のジョークに「ニュージーランドに宣戦布告をしてすぐに降伏し、アーダーンに英連邦を支配・統治してもらいたい」というのがあったけれど、日本も……いや。イタリアですらスペランツァ保健相がこの25日に危機的状況は脱したという認識を示したというのに……だらだらと……いつまでも……

 長引くステイホームがもたらしたものは、そして、IDMの充実だったかもしれない。ベッドルームが活気づけばIDMが勢いを増すか、子どもが生まれるか。それはつまり「新たな非日常」をどう構築するかということで、それはそれで異様なテンションに包まれていたのかもしれない。

 モスクワのinFXがまずは秀逸だった。オウテカをカジュアルにしてフレッシュにしたようなデビュー作『Consume Your Own Identity』〈Klammklang Tapes〉は思い切りよく叩きつけるビートが気持ちよく、ヒステリックな音使いが閉塞感とは対極にあった。マイナー・サイエンス『Second Language』〈Whities〉のデビュー・アルバムも期待通り。ベルリンのアンガス・フィンレイソンがボーズ・オブ・カナダをダンスフロアに引きずり出そうとして、そのアイディアをカール・クレイグに横取りされたようなサウンドはいまさら〈ワープ〉の「アーテフィシアル・インテリジェンス」シリーズに加えてもおかしくはない1枚と言える。アルカもポップになり、ローレル・ヘイローの弟子たち(?)が集まったらしき『Fossilized Air Bubbles Popped Themusicfire』〈CAMP Editions〉も聴き応えがあった。そして誰よりもメルボルンのジム・セラーズによる『Blurry Ant』である。ユーチューブやインターネットから集めてきた音で、つまり、本人いわく「家に居ながらにしてフィールド・レコーディングが可能だった素材」を元にグルーヴィーな現代音楽が窒息しそうな勢いで並べられている。冒頭からエレクトロアコースティックをスラップスティックにねじ上げ、つかみはOK。

 バックグラウドがどうにも見えづらい音楽だけれど、まあ、その方が当分、楽しめるともいえる。リズム・パートとドローンを自在に行き来し、既成のフォームよりも混沌とした世界観を優先し、「僕はそう簡単には汚れない(I Didn’t Smudge So Easily )」などというタイトルをつけてきやがる。で、確かにどこかピュアな感覚は保たれていて、何度聴いても嫌なところがない。デビュー作『Ode to Mud』〈.jpeg Artefacts〉よりも全体にかなり複雑で、ここ数年、ちらちらと見かけるようになったイルビエント・リヴァイヴァルにも分類される音響。イルビエントいうのは開放感のないダブというのか、DJスプーキーが『Songs Of A Dead Dreamer』(96)で編み出した都会の袋小路を表現したサウンドで、ケヴィン・マーティンやハイプ・ウイリアムズもその系譜に位置している。彼らに共通しているのは最初はわかりにくいけれど、キャリア的には長持ちしているということ。『Blurry Ant』にもそのようなポテンシャルはびしびし感じられる。

 リリース元はこれまでにスパークリング・ワイド・プレッシャーやエンジェル-1、最近ではテキサスのモア・イーズや日本のイナー・サイエンスをリリースしてきたレーベルで、収益のすべてを警察の暴力に抗議するシカゴの「Assata's Daughters」に寄付されるそうです。例の「こぶし」マークの団体で、アサタというのはブラック・パンサーのアサタ・シャクール。2パックの叔母さんです。

interview with Jaga Jazzist - ele-king

 ジャガ・ジャジストはノルウェーのビッグ・バンド、とにかく面白い音楽をやることで世界中にファンを持っている。2000年代初頭、IDMとジャズとの混合から成る彼らの音楽は、そのアイデアと優雅さ、そのダイナミズム、そのマイルドな人懐っこさによって注目された。以来、アルバムが出るたびに必ずreviewされ、取材されるような人気の国際バンドとして、いまもその活動は続いてるわけだが、5年ぶりの新作がこの度リリースされることになった……というか、本当はこの春に出る予定だったのだが。コロナパニックに巻き込まれてしまい、発売延期となった次第。じつを言えば、このインタビューは発売延期が決まる前の、2020年3月24日に収録されている。さあこれから世界がコロナで大騒ぎするぞという手前、その序奏とも言える期間における取材であることをご了承ください。
 輝かしい未来を想像することが困難な時代を生きる我々にとって、新作『ピラミッド』は現実を忘れることができるファンタジーである。ラーシュ・ホーントヴェット(*2004年のソロ・アルバムは必聴盤)を中心とする8人編成のこのバンドは、飽きっぽいリスナーを退屈させないようにと、あの手この手でアルバム毎に趣旨を変えている。じっさい『ピラミッド』に収録された長尺な4曲(日本盤には+ボーナストラック)には、このバンドの面白さが凝縮されている。マーティン・デニーのエキゾティカをポスト・ロック的に解釈したかのような洒落た演奏からはじまり、トランペットの調べに乗りながら気が付くと空の上を舞っているという具合だ。メロウなアルペジオのなかで、ジャズ、アンビエント、アフロ、ミニマルなど、いっさいがっさいが投げ込まれるが、曲はあくまで繊細でメロウな調和をもって展開される。
 これはまったくのエンターテイメントな音楽で、それも趣深い、じつに優雅な、きわめて現代的なビッグ・バンドによる音楽である。ぜひ多くの人に楽しんでいただきたい。

この作品を言葉で説明しようとするとどうもニューエイジっぽくなっちゃうけど(笑)、僕たちの目標としては、作品をひとつの旅のようなものにしたいと思っていて……まあちょっとありきたりな言い方だけど、でも実際そうなんだよ。

いま世界的にウィルスの恐怖、そして経済的な不安に晒されていますが、ノルウェーも感染者が増えて、最近はお店もクラブも閉鎖され、街にもひとがいなくなったそうですね?

ラーシュ・ホーントヴェット(以下、LH):そうだね、事態が日々エスカレートしてる。

あなたはどんな風に過ごされていますか?

ラーシュ:僕は隔離生活が12日目くらいかな。感染してるわけじゃないけど全員が外出をしないように要請されているからね。でも残念ながらこの状況を真面目に受け止めずに外出してパーティしてる人たちもいるから、罰金制度がはじまったところだ。とくに感染者が隔離制限を破ると確か米ドルで2,000ドルくらいだったかな。とにかくいまはひどく奇妙な状況だよ。

音楽産業はライヴ事業をひっとうに大打撃を受けてますが、あなたがたもバンドなわけだし、ライヴを控えていたのではないでしょうか?

LH:まず4月頭に出演予定だったノルウェーでのフェスティヴァルがキャンセルになって、5月のヨーロッパの公演予定も全部キャンセルで、それ以降の日程に関してはまだキャンセルされてはいないけど、開催されると思ってる人はあまりいないよねっていう状況。現時点ではこの事態を迅速に収束させる方法は見つかってないようだし、そんななかで自分たちがヨーロッパを移動してる図も想像できない。もちろんそうしたいところだけど、ワクチンもすぐには無理そうだしね。

気を取り直してアルバムの話をしましょう。新作が完成しましたね。落ち着きのある演奏で、いままで以上に、すごく聴きやすいアルバムだと思いました。前作までにあったクラブ・ミュージック的な要素も残しつつ、しかし控え目になって、よりバンドのアンサンブルや展開を重視した作りになっていると思います。その音楽は印象派的で、なぜか雄大な自然が目に浮かぶのですが、タイトルは『ピラミッド』なんですよね。あなたはこの『Pyramid』をどんな作品だと思っていますか?

LH:この作品を言葉で説明しようとするとどうもニューエイジっぽくなっちゃうけど(笑)、僕たちの目標としては、作品をひとつの旅のようなものにしたいと思っていて……まあちょっとありきたりな言い方だけど、でも実際そうなんだよ。作っていて何が興味深いかと言うと、どうペース配分して、どのパートをどのくらいの長さにして、いつどこに焦点を合わせるかといったことなんだけど、もし聴いていて雄大な自然が目に浮かんだのだとしたら、それは完璧だと思うよ。実際に曲のスケールは大きいし全然ミニマルではないしね。これもありきたりだけど、ある意味『ブレードランナー』的な80年代シンセを使ったSF世界という感じもあると思ってて、実際作っているときに思い浮かべる絵があったわけだよ。ただそれって単なるスタート地点だからね。もし君がこの音楽を聴いて雄大な自然を思い浮かべるなら、それで完璧だ。

なぜピラミッドなのですか? 

LH:まずヴィジュアル面で惹かれたというのがあった。しかも4曲という構成からしても通じるものがあるし、何だろう……シンボリックでいいなというのと、あとはすごくプログレ感があるところ。ほぼ見た目で決めたと言ってもいい。ただ実際にピラミッドに行ったわけではなくて。でもぜひ行きたいし、いつかは行かないとね。

“Spiral Era”もじつに悠々とした演奏ですね。こういう曲にはどんな主題があるのですか?

LH:最初はレディオヘッドの曲にインスパイアされたギター・パートからはじまったんだ。たしか『アムニージアック』か『キッドA』に入ってて、とにかく四拍三連符の曲なんだけど、なぜかそこからはじまったんだよ。それからその複雑なギターラインからメロディを捻り出すのにめちゃくちゃ時間がかかった。それでそのヴァース……まあそう呼んでいいかどうかわからないけどとにかくこの曲のメインのメロディは、これまでこのバンドとして作ったなかでもっともシンプルなメロディなんじゃないかと思う。よりシンプルなものを作ろうというのは今回自分たちがやろうとしていたことでもあったしね。よりシンプルで、あまりぎゅうぎゅうに音を詰め込まないっていう。音を詰め込んじゃう方が簡単だから大変だったけどね。あの曲が徐々に高まっていく感じは気に入っているんだ。そこは“ボレロ”のあの感じから影響を受けたものだ。もちろん“ボレロ”は史上もっとも素晴らしい音楽だから比較は到底できないし、自分たちの曲が匹敵すると言っているわけではないけど、でもああいうゆっくりと高まっていく感じがあると思う。あとはアルペジオのシンセの部分なんかはフィーバー・レイ、ザ・ナイフあたりを彷彿させるものがあると思うし、だからそういう影響が全部混ざり合ってると思うよ。

僕の日常生活においては、エレクトロニックあるいはハウスを聴く頻度は多くて、ジャズも多くて、ヴァース〜コーラス〜ブリッジといった明確な構造がない音楽が多いね。ニュー・ディスコ、リンドストローム、プリンス・トーマス、ジョン・ホプキンスあたりの、ああいったビートはよく聴いている。

前作は全体的にテクノというか、エレクトロニック・ミュージックの要素が大きかったと思いますが、今回は最後の曲“Apex”をのぞき、それを控え目にしたのはどんな理由からですか?

LH:いや、どうだろう。まあ打ち込みドラムが減ったのはたしかだけど、それ以外はどうかな。2、3、4曲目に関しては踊れるというか、グルーヴィーかつエレクトロニックだと思うんだよね。だから君の意見に同意できるかどうかちょっとわからないけど、君がそう思う理由は間違いなくあって、なぜなら実際そう聴こえるように作られているからね。前作は2年くらいかけて作って、僕がいろいろプログラミングして散々長いこと一人で作り込んでからメンバーに来てもらってレコーディングするといったやり方で、全部ノートパソコン上でやってたからあれはたしかにかなりエレクトロニックだったんだ。でも今回はちゃんとしたスタジオに入ってバンドとして一緒に音楽を作り上げたから、より温かみのあるサウンドになってるんだよ。ミックスも前作とは違ってギターのマーカスと僕とでやったんだけど、今回目指したサウンドはそういった温かみのあるものだったし、そういう意味でエレクトロニック度が減ったように感じられるんじゃないかな。

ちなみに1曲目の“Tomita”というのは富田勲だそうで、彼へのオマージュということだと思いますが、彼から受けた影響について教えて下さい。

LH:実は僕が彼を発見したのはそれほど昔のことではないんだよ。もちろん彼の作品は聴いていたけど、彼だとは認識してなかった。ただ僕自身かなりの数のシンセとキーボードを持ってるし、彼のサウンドの作り方にすごく刺激を受けた。本当に魅力的なサウンドなんだ。何というか、シンセを本物のアコースティック楽器のように鳴らそうとしているというか、例えばトランペットのように鳴らすとかさ。いっぽう僕がそれまで知ってたシンセはそういうものではなく、逆にいままで聴いたことがない音を出そうっていうものだったわけ。富田は、ある意味シンセに何ができるかっていう可能性を見せようとしてて、そこがすごく興味深いと思う。若干プロダクト・プレイスメントみたいな感じもあって(笑)。とにかくこの“Tomita”に限らずアルバムの多くのメロディでシンセをリード・メロディとして使っていて、フレージングにもかなり時間をかけたし、キーボード担当のオイスタインが素晴らしい演奏をしているんだ。シンセってボタンひとつ押しただけ、みたいなことになりがちだけど、でもその人の特徴を打ち出すこともできるんだ。例えばもしキース・ジャレットがピアノを弾いていたら、それはああ彼だっていうのが瞬時にわかるよね。それはスウェーデンのジャズ・ピアニストのヤン・ヨハンソンでも同じで、世界にそういう人が5人とか10人くらいはいると思う。聴いてすぐその人だとわかるっていう。それと同じアプローチで取り組んだのが今回のシンセサイザー・サウンドなんだよ。

“The Shine”ではフェラ・クティからの影響が聴けます。アフロ・ビートとあのブラスの感じを取り入れながら、ちゃんとジャガ・ジャジストらしさがあって、面白い曲だと思いました。こうしたアフロ・ビートへのアプローチは初めてかと思いますが、いったいどんなきっかけがあったのでしょうか?

LH:初めてってこともないと思うけど、そういったものはよく聴いてるし、もちろんフェラ・クティはあの類のビートのキングなわけだからね。ただ僕たちは誰かを真似しようっていうことで作ってないから、その影響にしてもそれほど明確にはなってないというか……だから僕らの方がもうちょっとヘヴィで、ベースラインもヘヴィで、さらにそこにエレクトロニックの要素もあるっていう。もちろん刺激は受けてるけど、そこからもう一歩踏み込んでいて、ホーンとシンセサイザーをオーヴァーダブした大胆なラインがあったりする。作ってて楽しかったし、挑戦でもあったね。楽しい曲であり、変わった曲でもあると思う。僕は気に入ってるよ。ただきっかけとしては、実は映画のために作りはじめた曲だったんだ。でもその映画には合わなくてさ。最初はイントロ部分を作って、メインのメロディはトランペットだったんだけど最終的にはそれがなくなりシンセサイザーになったというね。

最後の“Apex”はダンス・ミュージックですが、バンドにとって、やはりクラブ・カルチャーとの関わりは外せないようですが、いまでもDJやダンス・ミュージックをチェックしていますか?

LH:もちろん。僕の日常生活においては、エレクトロニックあるいはハウスを聴く頻度は多くて、ジャズも多くて、ヴァース〜コーラス〜ブリッジといった明確な構造がない音楽が多いね。ニュー・ディスコ、リンドストローム、プリンス・トーマス(*最近、新しいアルバムを出したばかり)、ジョン・ホプキンスあたりの、ああいったビートはよく聴いている。

今回は5年ぶりの新作になりますが、あなたのなかで音楽に対するアプローチにどんな変化がありましたか?

LH:その変化をピンポイントで特定するのはなかなか難しいと思う。ジャガではいつも音楽を作りはじめる前に何らかのドグマを掲げるんだよ。それと同時にジャガのそもそもの信条はいかなるドグマをも打ち破ることであって(笑)。そして流れに任せるという。だからもしそのとき作っている音楽に驚きがあったり、それが自分やバンドにとって興味深いものであれば、その流れについていけばいいと思ってるんだよね。このバンドはかなり長いから、やっぱりなるべく同じことを繰り返さないっていうのはチャレンジであって、いかに違うことができるかっていうのが目標でもある。25年やってる間にはけっこういろんなことを試してきたし、そのなかには録音されてないものもアルバムに収録されていないものもかなりある。だから驚きや面白いこと、新鮮なものが出てきたら、とにかくそれを追いかけるっていうことなんだ。

ラーシュさんは、いまのご自身のいまの年齢についてはどう考えてますか? 90年代から活動をしているし、ソロ・アルバムを含めるとすでに10枚以上のアルバムを出していますが、まだ40になったばかりなんですよね?

LH:自分が40歳になるなんてちょっと驚きだけど、とくに危機感はないよ。ちょっと変な感じはするけどね。自分は変わってないのに、いきなり別の年齢層に入れられるっていう(笑)。やってることも同じで、考え方も同じなのにさ。ただ僕はずっと前から、かなり年上の友だちもかなり年下の友だちも両方いるし、しかもミュージシャンとしては演奏や音楽への貢献が大事だから、年齢を重要なものとして捉える必要は全然ないんだよね。まあ、やっぱり少し変な気分でもあるけどさ。

今回は〈ブレインフィーダー〉からのリリースになりましたが、その経緯を教えて下さい。

LH:まず経緯としては、〈ブレインフィーダー〉を運営してるアダムやレーベルの人たちのことはもう何年も前から知ってるし、僕はLAに住んでいたから、ごく自然な流れでそうなったという感じだね。サンダーキャットやルイス・コール、デイデラスといった〈ブレインフィーダー〉のアーティストも好きだし、レーベルとしてのアティテュードやアプローチも好きだから、僕らの作品に興味があるかどうか彼らに訊いてみたというわけなんだ。レーベルの印象に関しては、 僕は彼らを個人的に知ってるからちょっと他の人とは違うかもしれないけど、でもそうだな、新鮮で、冒険してて、若手アーティストのリリースも多い。比較的まだ新しいレーベルだから、新鮮だしエキサイティングだし、幅広いタイプのアーティストがいるよね。

Kassel Jaeger - ele-king

 パリを拠点とするカッセル・イェーガー=フランソワ・J・ボネは、2010年以降、〈Senufo Editions〉、〈Editions Mego〉、〈Unfathomles〉などの名だたるエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルからアルバムをリリースしつつ、ジム・オルークオーレン・アンバーチステファン・マシューアキラ・ラブレースティーヴン・オマリーなどのアーティストと精力的なコラボレーションもおこなう気鋭のサウンド・アーティストである。フランソワ・J・ボネはフランスはGRMのサウンド・エンジニアとしても活躍し、〈Recollection GRM〉のディレクション、ジム・オルークの『Shutting Down Here』をリリースした新レーベル〈Portraits GRM〉なども運営をしており、いわば「いま」の時代にGRMの魅力を伝える伝道師のような役割を担っている。つまりは現代の電子音響/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンにおけるキーパーソンともいえる人物だ。

 そんなカッセル・イェーガーがモダン・エクスペリメンタル・ミュージック・シーンを代表するフランスのレーベル〈Shelter Press〉(https://shelter-press.com/)からソロ・アルバム『Swamps / Things』をリリースした。「沼/物事」と名付けられたこのアルバムは「言葉(テキスト)のみのオペラ」として構想され、彼の少年時代のお気に入りの場所であった永遠に続くかのような霧と清らかな水に満ちた「沼地」の記憶に基づいて制作されたという。じじつ、アルバムのそこかしこに「水」のサウンド/モチーフが繰り返し鳴っている。

 土、水、空気、そして霧。それらは土地と歴史のサイクルを表象している。いわば幼年期に見た不吉にして、しかし静謐で穏やかな場所である「沼」という灰色の記憶と、それへの親しみ、といったところか。2017年に〈editions Mego〉よりリリースした傑作『Aster』より本作のサウンドは丸みを帯び、環境録音や電子音、ミニマルな旋律らと渾然一体となって融合していく。一聴すると『Aster』のサウンドより刺激が少なく、つかみどころない、いわゆる地味な音に聴こえてしまうかもしれないが、しかし不思議と耳に残る音だ。繰り返し聴くと一音一音が非常に存在感を放ち、磨き抜かれた音であることがわかってくる。まるでサウンドアート/ドローンを基点しつつ、さまざまな音楽的な要素を重ね合わせた総合音楽作品のようなのだ(本作が「オペラ」である所以はそこにあるのかもしれない)。その意味で古いレコードからのサウンドコラージュとドローン、環境音、電子音な幽玄にミックスされるステファン・マシュー、アキラ・ラブレーとの共作『Zauberberg』と近い作風ともいえるだろう。『Zauberberg』は〈Shelter Press〉から2016年にリリースされた名作だ。

 本作『Swamps / Things』には全8曲が収められ、現代音楽的な弦の響きやミニマルなギターの音、ロマン派序曲を引き伸ばしたような電子音的弦楽などヴァリエーション豊かな曲/サウンドを展開している。彼の作品の中ではもっとも音楽的な要素が多いように聴こえるが、それら音楽的な要素はほかのサウンドと同様に音響作品としての本作を形成するひとつのマテリアルになっている。そしてそれらの音たちは、イェーガーの記憶と濃密かつ密接に繋がっているのだ。いわば物質と記憶の統合と融解から生まれる新世代のミュジーク・コンクレートの傑作とでもいうべきか(と、ここまで書いてふと思ったが音楽による総合作品という意味ではミュジーク・コンクレートとオペラには親和性が高いのかもしれない)。

 彼の音響音楽作品には、文学的なものへの希求を感じる。思えば『Zauberberg』はトーマス・マンの『魔の山』からインスピレーションを得たアルバムだった。私は本作の物質性と記憶が交錯し融解する作風にどこかル・クレジオ『物資的恍惚』を想起してしまった。記憶と音響、本作はそれらのアマルガム音による文学だ。「音による映画」は、リュック・フェラーリ以降、この種のミュジーク・コンクレート/音響作品によくあるものだが、「音による文学」というのは稀である。彼がリュック・フェラーリやピエール・シェフェールなど、20世紀フランスの電子音楽の系譜を継承しつつも、新世代の音響作家である理由はそこにあるように思える。「個」への接近だ。記憶と音響が交錯し、融解する。8曲めにしてアルバム最終曲の “Ré Island Fireflies (in a distance)” に至ったとき、これまで何度も立ち現れてきた水のモチーフが、虫の音や優美なドローンのなかに、アルバムの時間すべてが溶け合うように鳴り響く。なんと儚くも美しいサウンドだろう。記憶、音、融解、消失。沼というどこか暗いイメージをモチーフとしながらも、そのすべてを慈しむような感覚と時間の持続があるのだ。〈Moving Furniture Records〉から発表した『Retroactions』(2018)や、〈Latency〉からリリースされた『Le Lisse et le Strié』(2019)などの実験性を増したサウンドは興味深い出来栄えを示していたが、どこかで『Aster』以降の「中間報告的な」作品のようにも思えた。しかし本作は紛れもなく彼の新境地を実現した傑作である。大切な記憶の一瞬を永遠に引き伸ばしたようなこの曲に行き着くために、私はこれからも何度となくアルバムを再生することになるだろう。

 最後にカッセル・イェーガーは〈Shelter Press〉からフランソワ・J・ボネ名義で著書『The Music To Come』(https://shelter-press.com/francois-j-bonnet-the-music-to-come-la-musique-a-venir/)を刊行したばかりであることも付け加えておきたい。〈Shelter Press〉はレコード・リリースのみならず、書籍の刊行も精力的に行っている(音響論的な書物『SPECTRES』の1・2、ジュディ・シカゴ『To Sustain the Vision』なども出版)。まさにサウンドとアートとテキストを越境するレーベルといえよう。本年リリースのアルバムでは韓国出身、現ニューヨークを活動拠点とするチェリスト/インプロヴァイザーのオキュッグ・リー『Yeo-Neun』もエクスペリメンタルにしてクラシカルな傑作だった。本作『Swamps / Things』と共に聴いてみると、このレーベルの音楽的な豊かさが分かってくるのではないかと思う。

vol.129:PCRは陽性という結果だった - ele-king

 COVID 19がパンデミックになり4ヶ月が過ぎた。NYでは、人は普通に外に出ていて、マスクをしているだけで普段と変わりない。公園、ビーチには人がぎっしり、レストランやバーも、アウトサイドシーティングは人がぎっしり。
https://gothamist.com/news/coronavirus-updates-july-18

 地下鉄やバスも人はたくさん乗っていて、6フィートのソーシャル・ディスタンスが取るのが難しいときもたくさんある。が、COVID 19はまだ猛威を振るっている(夏になれば勢力は弱まる、という見解は大きく外れた)。7月上旬、アメリカ全土の感染者数はいままでになく上昇(1日に5万人!)。フロリダ、テキサス、アリゾナ州では、感染者が激増し、カリフォルニア州はレストラン、バーの営業を停止し、1ヶ月前に逆戻りした。ニュ-ヨークは感染率が高い州からの移動を禁止した。

 今日(7/19)のNY市のコロナウィルス感染者データ:感染者合計:221,419人、新感染者:298人、死者合計:23,400人、新死者:12人

 7/11、ニューヨークは3月以降初めて、コロナウィルスでの死者が0になったが、油断は禁物。大勢の若者たちがクイーンズのスタンウェイ・ストリートやロングアイランドシティなどでマスクなしでたむろっている。
https://gothamist.com/food/videos-astorias-steinway-street-has-become-party-street-queens

https://gothamist.com/arts-entertainment/we-all-want-pretend-isnt-happening-mask-free-pandemic-parties-are-popping-nyc

https://gothamist.com/arts-entertainment/profundo-ravel-covid-test-rooftop-pandemic-pool-parties-rage-lic

 自分は感染していないだろうと誰でも思いたいが、実際は無症状患者もたくさんいるはず、私みたいに。私は6月にアンチボディ検査、7月にPCR検査を受けた。アンチボディは陰性で、PCRは陽性という結果だった。ん、いまコロナにかかっているじゃないか! 
 とはいっても無症状だったので、まったく気がつかず。熱も無いし、味覚も嗅覚もあるが、かかっているというならそうなのだろう。慌てて隔離生活に入る。隔離生活は、基本家で隔離されるのだが、必要あれば、ニューヨーク市がホテルを用意してくれる(3食付き)。毎日(14日間)ニューヨーク市から電話がかかってきて「今日の調子はどうか」、「誰かに会ったか」、「どこにも外出しなかったか」などいろいろ質問される。「何かあれば、すぐこの番号に電話して」と緊急の電話番号を渡されるなど、いたれり尽くせり。だから、NYは感染者が減っているのだろう。
 私も家にいるしかない。やりたいことができないのは辛いが、いまはオンラインでミーティングしたり、友だちや家族に頻繁に電話したり、リモートでできることを探すしかない。バー経営者の友だちは2週間に一回テストを受けているという。人と顔を合わす仕事だから、自分がかかっているかどうか知っておく義務がある、と。自分がかかるのはまだいいが、周りの人に知らない間にうつしてしまうのが一番怖い。持病のある、年老いた親と住んでいる人に会う可能性もあるからだ。
 20日からニューヨークは第4段階に入る。動植物園の営業や映画・テレビ制作、無観客でのスポーツイベントが可能になる。一方で美術館や店内飲食など屋内の活動は引き続き制限する。その代わり、レストランの野外飲食はレイバーディから10月末まで延期され、テーブルを並べられる歩行者天国が、40ヶ所追加された。
https://gothamist.com/food/nyc-adds-40-new-open-streets-outdoor-dining-extends-open-restaurants-october
 チェルシーマーケットも木曜日から日曜日までと日程制限はあるが、先週末から再開し、ハイラインも予約制でオープンしている。ニューヨークは人が多いから、何かあれば、すぐに感染者は増えるだろう。みんなが自覚し、健全な世のなかになることを祈る。私も自宅待機を続けるしかない。

Miley Cyprus - ele-king

 マイリー・サイラス(Miley Cyrus)だと思って聴きはじめたら違った。よく見るとマイリー・サイプラス(Miley Cyprus)だった。「P」がひと文字多い。ジャケット・デザインもちゃんと見ると知的だし、マイリー・サイラスのわけがなかった。いや、マリー・サイラスもミシガン州の水道問題を告発した活動家をヴィデオに登場させたり、フェミニズムや人種問題に対する発言もかなりしっかりしている。それどころか素っ裸にペニスのおもちゃだけをつけた格好でライヴをやったり(客も全員、全裸)、フレーミング・リップスと“Lucy In The Sky With Diamonds”を録音したり、インスタグラムには野原で小便をしている自撮りをアップしたりと(女性です。念のため)、とてもディズニー・スターだったとは思えない活動の限りを尽くし、ひと昔前だったらどう考えてもアンダーグラウンドな存在だったはずで、カニエ・ウエストのようにいちいち騒がれないのが不思議なほどではあるのだけれど。しかし、マイリー・サイ「プ」ラスのそれは芸能界のそれではなく、V/Vmだとかハイプ・ウイリアムスと同じカテゴリーのもので、ポップ・アートそのものに対する批評性が内包されているタイプ。で、もしかしたら、本当にリーランド・カービーやディーン・ブラントが新たな変名を繰り出したのではないかと疑って調べてみたのだけれど、7月7日現在、何ひとつわからなかった。〈ピース・アタック〉という(ソニック・ユースの曲名からとったらしきネーミングの)レーベルはこれまでにカイル・ミノーグ(Kyle Minogue)だとかマッド・ドンナ(Mad Donna)といったふざけた名義のアルバムを乱発し、マス・コンフュージョンを画策する一方、今年の初めにはザ・ウィドウ(The Widow)による素晴らしいアルバムを世に送り出すなどグラウンド・デザインはちゃんとしたレーベル……だと思う(シンセポップを乱数表でこじらせたようなザ・ウィドウは不協和音の玉手箱のようで、短いながらもなかなかインパクトがあった)。

 厳かなパイプ・オルガンの演奏にリズムボックスを組み合わせた“Weasle(イタチ)”で『Telephone Banking』は幕を開ける。そのままオーケストレイションが加わり、“Danger in the East”でさらに重厚な演奏が続く。オルゴールやハープシコードを思わせる可愛らしい音を多用した前作『Space Pervert(宇宙の変態)』とはかなり趣が異なった導入部。“Luxembourg Lane”から少し雰囲気が変わり、静かだけれども油断のできない日常というのか、微妙な不気味さを讃えながら“Rene”ではその違和感が増していく。映画『MIB』のように周囲の人びとがみな宇宙人に思えてくる曲というか。さらにSFちっくな“Night Walk”へ。ここで初めて明確なビートが刻まれる。危険と美、あるいは恐れや魅惑といった正反対の概念が同時に聞き手を包みこんでくる。いつも見慣れていた景色がどんどん違って見えはじめ、続く“Hecque”ではその歩みに確信を持ちはじめる。なんというか、音楽に誘導されて次から次へと自由連想が働いてしまう。これこそ架空の映画音楽だろう。イメージ喚起力がとてつもない。実際にはブレイクビートと管楽器による控えめな不協和音が鳴っているだけなんだけれど……。“Checker”は優しげな響き、タイトル曲では導入の雰囲気に戻って世界を不安が覆い尽くす。これに「銀行の電話サーヴィス」というタイトルをつけるのはどういう意図があるんだろう。ゆったりと間をあけて刻まれるシンバルやハンドクラップ音が不安を倍増させる。そのまま“On the Line”でしつこく同じムードを厚塗りし、一転して虚無感を際立たせた“Beautiful Music ”ですべては終わる。この展開があまりにスピリチュアルで、この感覚を味わうためにすべてがあったと思うほど全体の構成はよくできている。曲を並べるとはこのことだなというか。ドローンのようにモノトーンの持続や徹底的に刺激から遠ざけることによって感覚を麻痺させ、いわゆる瞑想状態にもっていくこととは異なっている。あくまでも音楽による「物語」であり、言葉はないけれど、ロジカルな面白さなのである。トリップでもないし、不安や虚無を甘美なタッチで聴かせるという意味ではザ・ケアテイカー『A Stairway To The Stars」(02)にも匹敵するものがあるかも知れない。星の階段をのぼって壮大に昇天してしまうのが『A Stairway To The Stars」だとしたら『Telephone Banking』は世界の風景が一変し、どこかに放り出されるような経験といえ、世界は逃げ出すところではなく、見方を変えるものになっているという変化も感じさせる。“Danger in the East”というタイトルには東方の三博士が見え隠れし、虚無を美ととらえる感覚には禅のようなニューエイジも含まれるだろう。そこはしかし、稲垣足穂やエドガー・アラン・ポーを思考の補助線として、なんとかして俗流にまみれず、この瞬間だけでもスノッブとは切り離されていたい(そんなもの、いまはいくらでもあるし)。

 新型コロナウイルスが終息した武漢からライアン・ブランクリーによるアンビエント・ミュージックにもニューエイジとの綱渡りは感じられる。各曲のタイトルには時間を澱ませる表現がいくつか見られ、エンディングは近過去を表す“2017”で結ばれる。元々、武漢は地方都市として発展途上にあり、人口も北京や上海を抜きかねない勢いを示し、それまでは上海や北京に出て働くことが若者の主要な選択肢となっていたものの、この2~3年は武漢にとどまり、地方都市で働くことがクールになりかけていた刹那、新型コロナウイルスに襲われるというタイミングでもあった。「逆行」「一時停止した未来」「低速度進行」といったタイトルには急速に変わりつつある武漢に対する違和感がストレートに醸し出され、後ろ向きの情緒にはやはりニューエイジ特有の甘さが滲み出ている。ただ、これまで北京や上海、あるいは杭州の一部だけが目立っていた中国からの音楽発信に武漢も加わったという意味でスロット・キャニオンズが『Sketches』を送り出してきた意味は大きい。しかも、ザ・フィールドのようなアンビエント寄りのシューゲイザーだとか、その逆でもなく、アンビエントとシューゲイザーの割合がほぼ拮抗的に配分された音楽性にも見るべきものは多く、大陸的なおおらかさをあてどなく探求する姿勢も意外とレアだろう。一方で“An Ode To”のしめやかさや“Future Paused”の抑制と穏やかさは『Music For Films』(76)や『Apollo』(83)のブライアン・イーノを思わせ、“A Seagull’s Flight”もとても美しい。ステイホームを余儀なくされ、終わりのない孤独感と限られた機材のみでつくるしかなかったという制約が吉と出たのかもしれない(マスタリングは〈ホーム・ノーマル〉のイアン・ホーグッド)。「スロット・キャニオン」というのは峡谷の狭間のことで、ダニー・ボイル監督が『127時間』で題材にしたアレ。先も見えず、身動きもできない。コロナ禍を表現する時に、そんな巨大な比喩が出てくるところも中国ならではか。

John Carroll Kirby - ele-king

 早耳たちのあいだで話題となっているジョン・キャロル・カービー、ブラッド・オレンジ『Freetown Sound』(16)やソランジュ『When I Get Home』(19)にも参加していたこのLAのキイボーディストが、なんと〈Stones Throw〉より新作をリリースする。日本盤はハイレゾ対応のMQA-CD仕様とのことなので、嬉しさ倍増だ。クールで落ち着いたジャズのムードを心行くまで堪能しよう。

John Carroll Kirby
MY GARDEN

ノラ・ジョーンズ、ソランジュやフランク・オーシャン、シャバズ・パレセズともコラボレ ーションする大注目の伴盤奏者、ジョン・キャロル・カービーによる、名門〈Stones Throw〉からのファースト・ソロ・アルバム!! ジャズ、R&B、ソウル、アンビエントまで 取り込み、レコーディングにプロデュース、作曲の全てを自身で行なっている。ボーナストラックを加え、CDリリース!!

Official Release HP: https://www.ringstokyo.com/johncarrollkirby

冒頭の “Blueberry Beads” をまずは聴いてみてほしい。日本のジャズ・ベーシスト、鈴木良雄が80年代に作ったアンビエント・ジャズから多大なるインスピレーションを得て、カービーはキーボードを弾いている。謎めいていて、さまざまな記憶を弄るジョン・キャロル・カービーの音楽のエッセンスが、この曲に詰まっている。カービーの音楽は、LAジャズの遺産からソランジュやフランク・オーシャンのアンビエントにまで接続する。そして、反転させた美しい世界を描きだす。 (原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : JOHN CAROLL KIRBY (ジョン・キャロル・カービー)
タイトル : My Garden (マイ・ガーデン)
発売日 : 2020/9/23
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings・stones throw (RINC67)
フォーマット : CD (ハイレゾMQACD対応フォーマット)

Tracklist :
01. Blueberry Beads
02. By The Sea
03. Night Croc
04. Arroyo Seco
05. Son Of Pucabufeo
06. San Nicolas Island
07. Humid Mood
08. Lay You Down
09. Wind
10. Lazzara (Bonus Track)

amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B08C5CJT4W/

Kevin Richard Martin - ele-king

 ザ・バグキング・ミダス・サウンド、テクノ・アニマルのケヴィン・リチャード・マーティンによるアンビエント作品がリリースされた。リリースはケヴィン・リチャード・マーティン自らが主宰するデジタル・レーベル〈Intercrannial Recordings〉から。
 本作は三作の連作で、世界の終わりから再生を喚起するような壮大なアンビエント・サウンドとなっている。
 重々しいムードの音響だが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大によるロックダウン中に作曲から録音、マスタリングまでされたものらしい。まさに時代のムードをリアルタイムで反映した「コロナ禍のダーク・インダストリアル・アンビエント」といえよう。
 マスタリングを手掛けているのは世界湯数のドローン作家にして、現行エクスペリメンタル・レーベルの最高峰〈ROOM 40〉を主宰する
ローレンス・イングリッシュ

 思えばソロ名義の前作『Sirens』も、ローレンス・イングリッシュの〈ROOM40〉からリリースされた作品であった。『Sirens』は圧倒的なサウンドの強度とパーソナリティか交錯するアルバムだ。対して本作『Frequencies for Leaving Earth』シリーズは、『Sirens』の音響的な強度を継承しつつも、どこかSF映画の音響のような、地球規模のサウンド・スペースを形成している。

 まず『Frequencies for Leaving Earth - Vol.1』には長尺の3曲が収録されている。1曲め “i left my body” は唸るような重低音のドローンから始まるトラックだ。重力のしがらみからしだいに解放されるようにゆっくりといくつかのサウンドがレイヤーされていく。アンビエントへと引き延ばされた後期ロマン派交響曲の序曲のごとき楽曲に思えた。
 2曲め “i lost my miind” は重力から遠く離れていくような清冽なドローンから幕を開ける。やがて暴風のような、もしくは炎のようなノイズが鳴り始め、世界の事象を俯瞰するような音響空間を生成していく。
 3曲め “i became light” は波のように、もしくは静かに揺れるカーテンなように反復するミニマルなサウンドだ。重力から解き放たれ、天井にある静謐な場へと辿りついたかのごとき楽曲に仕上がっている。全3曲、それらは組曲のように有機的に構成されており(モチーフの変化と拡張など)、ドローン/アンビエントによる交響曲とでも称したいほどであった。

 長尺3曲を収録した『Vol.1』に対して、『Frequencies for Leaving Earth - Vol.2』は10曲の小品が収められているアルバムだ。サウンドトラックのように多彩な曲調が展開するが、全体を包み込むSF的かつ不穏なムードは共通している。
 加えて曲調にヴァリエーションがあることから、ケヴィン・リチャード・マーティンならではの電気/電子的自然現象のようなゴリゴリの音響工作も聴きとることができた。その意味でこちらはアンビエントというよりは、ビートレスのインダストリアル・サウンドに思える。キング・ミダス・サウンド『K.M.S. - Solitude Instrumentals』のオリジンのような音響といえるかもしれないし、テクノ・アニマルの『Re-entry』のディスク2を思わせるサウンド・スペースともいえる。

 そして『Frequencies for Leaving Earth - Vol.3』は全7曲を収録。前二作とは一変し、穏やかな、しかし人間以降世界のような、不穏な静けさを放つ音響世界が展開する。オルガンのようなシンセサイザーのゆったりと反復し、聴き手の意識を瞑想状態へと連れて行くような曲調はシンプルだが、絶大なアンビエント効果がある。
 特に11分に及ぶ4曲め “lost in you” は大変素晴らしい。静けさのなかに穏やかな展開があり、穏やかさのなかに不穏さがある。また乾いたノイズの向こうに微かな光を感じさせくれる5曲め “I will be your light” も卓抜なアンビエントを展開している。時代に闇夜から光が差してくるような構成も含めて、アルバムとしての構成は全3作中、もっとも完成度が高いと思う。

 全作、コロナ禍の地球全体に鳴り響くようなアンビエント/インダストリアルな音響空間を生成し展開している。〈ROOM40〉からリリースされた『Sirens』は極めてパーソナルなサウンドインスタレーション作品だったが、この連作は地球規模の危機を緻密にしてダイナミックな筆致で描き切る音響劇に思える。特に『Vol.2』の7曲め “Angel of Death” 以降の黙示録的な展開には圧倒されてしまった。

 神も天使もヒトも「地球」という巨大な自然に呑み込まれ絶滅していく黙示録的な光景と、しかし、その先にある再生の光を夢想すること。「個」のアンビエント・サウンドから「地球・天体規模」のアンビエンス/サウンドへ。想像力とリアルな感覚に満ちたアンビエントな電子音楽。これは紛れもなくレジェンド、ケヴィン・リチャード・マーティンの新たな挑戦である。

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