「KING」と一致するもの

Blawan - ele-king

 コロナ禍に入ってからのシングルがほぼすべて当たりだったベース系インダストリアル・テクノのブラワンことジェイミー・ロバーツによるセカンド・アルバム。タイトルは「病気になるための秘薬」とでも解すればいいのか、ボルヘスやトム・ロビンズの魔術的な小説みたいで、作品に迷い込む気を満々にさせる。ブラワンのダンス・ミュージックはいつも人間性のダークな面に焦点が当てられる。ファニーな側面はもちろんあるけれど、不必要にハッピーであった試しはない。13年前に彼の名を一躍有名にした“どうして僕のガレージに死体を隠すんだよ?(Why They Hide Their Bodies Under My Garage?)”も、母親のフェイヴァリットだったというフージーズの“How Many Mics”から「部隊を殲滅させて死体をガレージの下に隠すんだ」と軽くトーンを上げてラップされる歌詞に愚直なアンサーを返したもので、人間の不可解な行動を誇張して示すことに成功し、ジェフ・ミルズからスキルレックスまでノン・ジャンルでヘヴィープレイされる結果となった。くだらないベースラインの氾濫で多幸感に支配されたダンスフロアに異質な感触を持ち込むのがブラワンであり、『SickElixir』には“心配しないで、僕たちは幸せだよ(Don’t Worry We Happy)”と、ダークサイドに興味を持つ人々を否定しようとする動きにもあらかじめ楔は打たれている。ブラワンという名義はちなみにジャワ・コーヒーの銘柄で、ダンフロアに苦味を注ぎ込むのがロバーツの役割ということだろう。

 7年前に闇の中を突っ走っていくようなデビュー・アルバム『Wet Will Always Dry』でシンプルな力強さを見せたロバーツは(最近だと“Caterpillar”が素晴らしかった)パーリア(Pariah)ことアーサー・ケイザーと組んだカレン(Karenn)名義のジョイント・アルバム『Grapefruit Regret』(19)でテクノ以外の要素をすべて削ぎ落としたことが裏目に出たとしか思えず、無限に思えたポテンシャルももはや尽きたかと思われたものの、ソロでは再びダブステップやウォンキーのようなテクノ以外の要素も回復させ、『SickElixir』ではついに別人のような風格を伴って堂々たるリターンを果たしている。ケイザーとはその後も〈Thrill Jockey〉からパーシャー(Persher)名義でメタル系のアルバムを立て続けにリリースしていて、『SickElixir』にはあからさまにそのフィードバックも感じ取れる。最も特徴的なのはハード・ドラムの多用で、バーミンガム・サウンドと称されるイギリス流のポスト・インダストリアルがベース・ミュージックに埋め込まれた様は、それこそバーミンガム・サウンドを代表するサージョンがヒップホップをやっているように聞こえたりと、アグレッシヴな破壊衝動がダンス・ミュージックのフォーマットにがっちりと畳み込まれている。この4年間にリリースされた「Soft Waahls EP」「Woke Up Right Handed」「Dismantled Into Juice」といったEPはいずれも野心的で発想も多岐に渡っているのはさすがで、とくに「Bou Q」は素晴らしいのひと言だけれど、『SickElixir』に詰め込まれた曲の数々はそれらとも一線を画す強度があり、それこそリスナーを病気にしてやるという熱量が全編に漲っている。ここ数年、批評に熱量を求める声が高まっていて、論破を忌避する人たちがよりにもよって精神論に回帰していく感じはなんだかなーと思うのだけれど、音楽自体に熱量が宿ることはもちろん素晴らしいことである。

 基本的にはイーブン・キックだった『Wet Will Always Dry』とは異なり、『SickElixir』の基調をなしているのは広義のブレイクビーツ。全体にザ・バグがキャバレー・ヴォルテールをブラッシュ・アップさせたような響きに満ち、ディスコやハウスと出会ったインダストリアル・ミュージックがダンスフロアに感じた可能性や初期衝動を再燃させているかのよう。曲の長さも平均で3分ちょいと『Wet will always dry』の半分ぐらいになり、酩酊感よりもイメージの喚起が優先されている。BPM90~110に収まる曲が多く、これに80や130で緩急をつけ、アルバム全体の展開も迷宮的な構成を助長している(“Birf Song”はヘン過ぎてBPMがとれない)。何度聴いても頭にスヌープの“Drop It Like It's Hot”が浮かんでくる“NOS”や、空中分解したUKガラージを無理やり曲として成立させている“Creature Brigade”など、多種多様な曲のどれもが印象的で、好きな曲は人それぞれに異なることだろう。ノイズがねっとりと絡みつく“Sonkind”もクセになるし、アシッドヘッドには“Rabbit Hole”がたまらないことでしょう。今年はエレクトロが奇妙な変化を遂げた年で、その動きに反応したらしき“Style Teef”はシェレルばりにBPM160で展開される高速エレクトロ。リック・ジェイムズやMCハマーがてんてこ舞いで回転している姿が目に浮かぶ。

 実は、この夏に〈Planet Mu〉からリリースされたスリックバックのデビュー・アルバムに多大な期待を寄せていた。オフィシャルでは初となるアルバムであり、なによりも〈Planet Mu〉にレーベルを定めたという安心感もあったのだけれど、この5年間にアンフィシャルで8枚ものアルバムをリリースしてきたことが裏目に出たとしか思えず、皮肉なことに『Attrition(消耗)』と題されたアルバムは確かに疲れを感じさせるものがあり、〈Nyege Nyege〉から頭角を現してきた時のスリリングな響きには遠く及ばないものを感じてしまった。『消耗』というタイトルは、実際にはケニアからポーランドへ移住する際に、1年間にわたって国境付近で待機させられたことに由来し、音楽性と直接結びつくことではないらしいのだけれど、どうしてもこの5年間にやってきたことが悪い意味で投影されているタイトルだという印象を受けざるを得なかった。そこに、等しくデコンストラクテッド・クラブの要素としてハードコアやポスト・インダストリアルを取り入れた『SickElixir』が届けられたことで、肩透かしに終わってしまったスリックバックに対する期待感は見事なほどレスキューされてしまった。しかも、UKベースの文脈にポスト・インダストリアルを取り入れる手際がより巧みであり、ハードコアやポスト・インダストリアルといった荒々しいモードを現在の文脈で活性化させるにはこれ以上はないと思うほど『SickElixir』はよくできていると思う(もちろん、スリックバックにもまだまだ期待はしたい。それにしてもケニアからポーランドへと、どうして2次大戦中にナチスが支配していた国を渡り歩こうと思ったのだろう?)。

10月のジャズ - ele-king

Ruby Rushton
Legacy!

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 テンダーロニアスことエド・コーソーン率いるルビー・ラシュトンは2010年代初頭より活動しているが、当初はジャズにヒップホップやビートダウンなどの要素も交え、生演奏にエレクトロニクスも融合したグループだった。当時はメンバーも流動的なところがあり、テンダーロニアスのアイデアを具現化するプロジェクト的な色彩が強かったのだが、アルバムやライヴを重ねるにつれてグループを精査していき、2019年の『Ironside』ではテンダーロニアス(フルート、サックス、パーカッションほか)以下、ニック・ウォルターズ(トランペット、パーカッション)、エイダン・シェパード(フェンダー・ローズ、ピアノ、シンセほか)、ティム・カーネギー(ドラムス)に固定され、ジャズ・バンドとしての姿を完成させた。楽曲もクラブ・サウンド的なアプローチは後退し、より純粋なジャズ・ファンク、モーダル・ジャズ、スピリチュアル・ジャズなどの即興的な演奏が強まっていった。その後、グループとしてシングルやEPのリリースはあったが、テンダーロニアスとしての数々のプロジェクトが忙しかったり、ニック・ウォルターズもパラドックス・アンサンブルやソロ活動があったりで、ルビー・ラシュトンとしてのアルバムはしばらくお預けとなっていた。そうして6年の歳月が経過したが、ここにようやくニュー・アルバム『Legacy!』が完成した。

 ファースト・アルバムの『Two For Joy』のレコーディングから14年が経過した2025年初頭、英国ケント州にあるスタジオで4日間に渡って集中的にレコーディングされた。オーヴァーダビングを排した一発録音を基本とするルビー・ラシュトンだが、今回はテンダーロニアスとエイダン・シェパードが作曲した楽曲をメンバーで演奏し、それらのライヴ・テイクの上にホーンとフルートのメロディを重ね、最終的にテンダーロニアスによるスタジオ・ワークを交えて完成させている。“Charlie’s Way” は滑らかなエレピの上をピッコロが舞うムーディーな出だしから、6/8拍のアフロ風味のジャズ・サンバへと変化していく。“Walk to Regio’s” もモーダルな7/8拍のナンバーで、ルビー・ラシュトンにはこうした変拍子の作品が多い点が特徴的だ。“The Lighthouse” も3拍子のジャズ・ワルツで、エモーショナルなテナー・サックスもフィーチャーされたスピリチュアルなムードの作品。チップ・ウィッカムにも通じるタイプの作品でもあるが、1960年代後半から1970年代のヨーロッパに見られる硬質で洗練されたムードのジャズに近い。テンダーロニアスとチップ・ウィッカムには影響を受けたジャズ・ミュージシャンや作品に共通するところがあるのだろう。


Alfa Mist
Roulette

Sekito

 2025年のアルファ・ミストは非常に精力的に活動していて、リチャード・スペイヴンとのユニットである44th Move(フォーティーフォース・ムーヴ)のアルバム『Anthem』を春にリリースし、そして秋には新作の『Roulette』をリリースした。彼は昨年弦楽四重奏のアミカ・カルテットと共演した『Recurring』というライヴ・アルバムをリリースしているが、スタジオ録音盤としては2023年の『Variables』以来の作品集となる。『Variables』は「無限の可能性」をテーマとしており、自身が興味を持つさまざまな音やアートを具現化したものとなっていた。それ以外にもメンタル・ヘルス、家族コミュニティ、議論文化、個人的な成長など内面や精神にかかわることが、これまでの彼の作品のテーマや手掛かりとなってきた。今回は「輪廻転生」がテーマになっていて、夢の世界と前世を繋ぐものが輪廻転生であり、近未来へと想像を巡らせる旅がアルバムの底辺に流れている。参加ミュージシャンは長年のコラボレーターであるカヤ・トーマス・ダイク(ベース、ヴォーカル)に、ジェイミー・リーミング(ギター)、ジョニー・ウッドハム(トランペット、フリューゲルホーン)、サミュエル・ラプリー(サックス、バス・クラリネット)、ペギー・ノートン(チェロ)など、『Variables』にも参加していた面々が中心となる。そのほかゲストでアメリカからラッパーのホームボーイ・サンドマンと、2000年代からクラブ・シーンを中心に活動するソウル・シンガーで、シネマティック・オーケストラにも参加してきたタウィアがフィーチャーされる。

 テーマである「輪廻転生」を曲名とした “Reincarnation” は、ホームボーイ・サンドマンのラップをフィーチャー。楽曲自体は重厚なストリングスを用いた深みのある作品で、ホームボーイ・サンドマンの理知的なラップともうまくマッチしている。アルファ・ミストらしいジャズとヒップホップの融合で、彼がデビューの頃から一貫してやっているスタイルと言える。“All Time” はタウィアをフィーチャーし、ギターがダークでメランコリックな雰囲気を奏でる。こうした繊細でフォーキーな質感の楽曲もまたアルファ・ミストらしいもので、内省的なテーマの作品にぴったりである。“From East” はダビーでコズミックな質感のインスト曲で、エレピ、ドラムス、ギター、トランペット、サックスのインタープレイもディープで幻想的な世界を繰り広げる。ジョー・アーモン・ジョーンズなどと並び、いまのロンドンらしい現代ジャズと言えるだろう。


Matt Wilde
Find A Way

Hello World

 マット・ワイルドはマンチェスター出身のキーボード奏者/プロデューサーで、2021年頃から作品リリースを続けている。DJ/ビートメイカーからキャリアを始め、J・ディラマッドリブ、ピート・ロックなどの影響を受け、J・ディラがマイルス・デイヴィスをサンプリングしていたことからジャズそのものにも興味を持つようになった。そのJ・ディラへのトリビュートである “Dilla Impressed Me” という作品もリリースしているが、トロンボーン奏者のロージー・タートンなどジャズ・ミュージシャンと共演し、単なるビートメイカーではないピアニストへと成長を遂げている。こうしたDJ/ビートメイカーからミュージシャンになった人はアルファ・ミスト、テンダーロニアスなどいろいろいるが、マット・ワイルドは edbl やアメリカのキーファーあたりに近いタイプのミュージシャンで、ヒップホップと親密な結びつきを持っている。ファースト・アルバムは2023年の『Hello World』で、ジョー・ラッキン(ドラムス)、オスカー・オグデン(ドラムス)、スタン・スコット(ベース)、ナッティ・リーヴズ(ギター)、アーロン・ウッド(トランペット)などさまざまなミュージシャンたちとコラボしている。ヒップホップのビートを咀嚼したリズム・セクションに、マット・ワイルドによるメロウなエレピやホーンなどのフレーズを差し込み、生演奏とプログラミングやサンプリングを極めて精巧に融和している。

 新作の『Find a Way』はファースト・アルバムの名前をレーベル名にした自主レーベルからのリリース。今回は参加ミュージシャンを絞り、スタン・スコット、アーロン・ウッドと、一部オスカー・オグデンのドラムス・パターンを借用している。マット自身はキーボード演奏とドラム・プログラミングをおこない、複雑にプログラムされたドラムの上にピアノ、ベース、トランペットを重ねて全体構築している。『Hello World』をよりコンパクトにした形であるが、ヒップホップ色の濃かった前作よりサウンドの幅は広がっている。“It’s OK, Feel It” はブロークンビーツ的なビートで、ロニー・リストン・スミスやアジムスを想起させる1970年代フュージョンのエッセンスに包まれる。“Yellow Days” や “Everyday Words” もジャズ・ファンクとブロークンビーツをミックスしたような楽曲で、透明感に溢れたマットのピアノが印象的。“Windup” は変拍子によるミステリアスなムードで、ルビー・ラシュトンあたりに近い作品と言える。“Smile Today” はメロウなテイストの重厚なジャズ・ファンクだが、ビートの作り方など非常に凝ったものである。


Glass Museum
4N4LOG CITY

Sdban Ultra

 グラス・ミュージアムはベルギーのブリュッセルを拠点とするユニットで、2016年にアントワーヌ・フリポ(ピアノ)、マルタン・グレゴワール(ドラムス)によって結成された。方向性としてはゴーゴー・ペンギンに近く、コンテンポラリー・ジャズにテクノなどエレクトリック・サウンドやクラブ・サウンドのアプローチをミックスしている。これまでアルバムは『Deux』(2018年)、『Reykjavik』(2020年)、『Reflet』(2022年)とリリースしていて、『Deux』では一部にトランペット奏者を加えた作品もあったが、基本的にふたりのコンビネーションで楽曲を作ってきた。そして、新作の『4N4LOG CITY』では新たにサポート・ベーシストのブリュー・アンジュノを加えたトリオとなっている(ただ、アルバム・レコーディング後に正式なベーシストとしてイッサム・ラベンが加入し、現在はこの3名でライヴなどを行っている模様)。ほかにサックスやシンガーも加え、いままでに比べてより多彩な表現が可能となった。また、スイスのドラマー/作曲家/プロデューサーであるアーサー・フナテックとのコラボから始まって “Gate 1” という楽曲も作るなど、外部との交流や広がりが見られるアルバムだ。

 その “Gate 1” は電子音の反復によるミニマルな始まりから、パワフルなビートが前進していくテクノとジャズ・ファンクが融合したような楽曲。クラークフランチェスコ・トリスターノが共演したようなイメージというか、グラス・ミュージアムとしてもこれまで以上にエレクトリック・サウンドに振り切ったサウンドである。“Rewind” はドラムンベース的なビートを持つナンバーで、途中で半分のテンポのジャズ・ファンクへと変わる。ゴーゴー・ペンギンに近いイメージのエレクトロニック・ジャズだ。“Call Me Names” は新進気鋭のヴォーカリストである JDs を起用しているが、彼の歌声はスペイセックを思わせるソウルフルなもの。そして、少しレゲエ・シンガー風のアクセントを持っていて、ナイトメアズ・オン・ワックスのような独特のスモーキーな風味を出すナンバーとなっている。いままでの路線のジャズ的なナンバーとは異なるが、グラス・ミュージアムの新しい魅力を引き出す作品となっている。

 Hello Hello! hey hey! はろはろ! へいへい!
 今月からこの連載を書かせていただくことになりました、DJのheykazmaですッ!!

 普段は東京で高校一年生をかましつつ、experimentalを軸に、TechnoやHouse系のDJをしたり、ギャルマインド満載なトラックを作ったり、モデルをしたり、パーティを主催したり、遊びに行ったり……。アーティストとして、学業の傍ら、楽しく活動しています。

https://lit.link/heykazma

 この連載では、ワタクシことheyが制作した音源の話や、最近聴いてムネアツな音楽、日常のワラえることなど、みなさんと共有したいものをひたすら書いていく予定(キリッッッ)。ゆる〜く読んでもらえたら嬉しいhey!

 hey的にお気に入りのheyの現在地的なDJ Mixはこちら! 1億回聴いておくんなまし〜

 初回のテーマは……10/1にU/M/A/AからリリースされたRemix EP「Happy Halloween Remixes 2025 Curated by heykazma」について。
 この作品は、毎年10月になるとSNSでよく耳にするハロウィンソング定番曲!再生数がマジでヤバいJunkyさんのボカロ楽曲『Happy Halloween』をテーマに、heyがキュレーションを担当したEPです!

Junky- Happy Halloween (heykazma Remix)

 このお話をいただいたきっかけは、「Happy Halloween」の原曲をリリースしたレーベルのみなさんが、私が主催しているパーティ「yuu.ten」に遊びに来てくれちゃったことでした(感謝!!♡)

 「yuu.ten」は、2024年からスタートした“音に溶ける”をコンセプトにしたダンスパーティ\(^o^)/

 初回となるvol.1は、地元・仙台で愛しているお店「ファシュタ -Första-」で開催したの。東京から、普段一緒にユニットを組んだりしているマヴ・北村蕗をゲストに迎え、2人会をやっちゃいましたよ。

 そして、6月20日に開催したvol.2は下北沢SPREADにて。LIVE、DJ、アートパフォーマンス、似顔絵ワークショップなど、私の“好き”と“友人”をぎゅっと詰め込んだ内容に(((o(*゚▽゚*)o)))♡

 会場は満員で、来てくれたまゔたちからも「こんなイベント待ってた!」と言ってもらえて、本当に嬉しい夜だったよん˚ˑ༄

 後日、「heyちゃんにお願いしたいことがあったんだよね!」と、今回のリミックスEPの企画のお話をレーベルの方からいただきました。すごく光栄でテンション爆上がり!(わーーい

 今回私が担当したのは、いわばディレクター的な役割。
 リミキサーの選定、アートワークをお願いするアーティストの選定、MV監督の起用、リリースパーティの企画などなど…。

 特に最初に取りかかったのが、「誰にリミックスをお願いするか?」という部分。hey的に、原曲の“Happy Halloween”が持つ、ポップでキャッチーで、ちょっとホラーでかわいい世界観を、それぞれの解釈で楽しく再構築してくれそうなアーティストたちをピックアップ!

 結果、リミックスをお願いしたのが、Shökaちゃん、清水文太くん、バイレファンキかけ子さま、foodmanパイセンの4名! そしてアートワークを村田みのりせんせー、MVをALi(anttkc)っちにオファ〜しました!

 ジャンルも活動スタイルもバラバラだけど、それぞれの個性がピカピカで、hey的に「この人たちが並んだら絶対おもしろい!」と思える方々ばかり。
この選定には、これまでheyが遊びに行ったパーティや出会ったアーティスト、SNSで気になっていた方など、これまでの縁やつながりがめちゃくちゃ活きているchanょ。

 ここからは、今回リミックスをお願いした4組のアーティストについて、heyとその人たちとの出会いや制作までの流れを書いてみますっ!

Shöka (Remixer)
 Shökaちゃんとは、もともと共通の友人を通じて知り合いました。最初にちゃんと話すようになったのは、彼女が出演していたイベントに遊びに行ったときのこと。そこから、会ったり会わなかったりを何度か繰り返して、気づけば自然と仲良くなっていました。
 あるとき、「高校時代にボカロをよく聴いてた」って話をしてて、それを聞いた瞬間に「これはShökaちゃんにリミックスお願いしたいかも!」って直感で思ったんです。
 思い切ってオファーしたら快く引き受けてくれて、出来上がった曲を聴いたときは本当にびっくりしました。普段のShökaちゃんの独特なバイブスが音にも滲み出ている一方で、作品ではあまり見せていない音楽性もあって、すごくドープに仕上がっていて……不思議で、でもクセになるタッチの曲。何度も聴いては刺激受けまくりで、ひたすら最高!!

ライヴ観に行ったとき謎の遊びをしている写真...

清水文太 (Remixer)
 文太くんのことは、小学生のころハマっていた「水曜日のカンパネラ」のスタイリストをしていたり、私がずっと好きなクィア&フェミをテーマにした東京のDJパーティ「WAIFU」でライブ出演していたりと、名前を見かけるたびに気になる存在でした。
 ちゃんと話すようになったのは、実は今年に入ってから。私が出演したパーティにふらっと遊びに来てくれたのがきっかけでした。
 話してみたら、表現の幅広さとか感性の鋭さとか、想像以上で。彼の実験的かつ自由なバイブスにめちゃくちゃ惹かれて、今回のリミックスもぜひお願いしたいと!!!!
 実際に届いた音源は、まさに文太くんの空気感そのまま。“ハロウィン”というテーマに対して、甘すぎず、美しくて、でもちょっと毒もある。その微妙なバランスを取れるのは、やっぱり文太くんしかいないなって〜〜〜!♡

一緒に新宿御苑行ったら急にストレッチをし始める文太くん

バイレファンキかけ子 (Remixer)
 かけ子さまとは、クラブの現場で出会ったというより、SNSでかけ子様のDJ Mixや情熱大陸のBootlegを先に聴いて、「この人やばっ!」ってなったのが最初。
 初めて実際にお会いしたのは、上京してすぐ。かけ子さまが出演しているパーティに遊びに行って、フロア最前でマヴと爆踊りしてました(笑)。
 プレイ後に話しかけたら、めちゃくちゃ優しくて面白くて、バイブスが最高すぎて! かけ子様の音楽のお祭り感とハロウィンのお祭り感をMixしたら絶対最高になると思って、すぐオファーしちゃた! 結果、めちゃくちゃフロア爆発しそうなリミックスが届いて感動。安心信頼、安定のかけ子大先生!!

初めてお会いした時に撮ったツーショ!!

食品まつり a.k.a foodman (Remixer)
 食まつパイセンとも、かけ子様と同じく最初はSNSにアップされていた音源を聴いて強く惹かれたの.........!!!!!
 さらに、大好きな作家・アーティストのシシヤマザキちゃんと「1980YEN」というユニットを組んでいたこともあり、当時からすごく気になる存在。昨年の夏、下北沢SPREADで初めてライブを拝見したのですが、そのパフォーマンスが圧倒的で、やっと会えました!
 そんな中ふと!「ボカロと食まつパイセンの音楽が混ざったら面白いのでは!?」と思い、今回無茶振りオファーを〜〜〜〜(*´∇`*)
 そして生まれたのが、めちゃくちゃ異色でエグいサウンド。聴けば聴くほどクセになる、“スルメ楽曲”の極みです!! パイセン サイコー!

りんご音楽祭で会ったときの写真!!

村田みのり(アートワーク)
 みのり教授と出会ったのは6月。コムアイさんとみのり教授が主催する「おかしなおかね」に、参加したのがきっかけ。
 もともとインスタで作品を見ていて、「この世界観めっちゃかわいい!」って思ってたんです。
 実際にお会いしてみたら、テンションの波長がすごく合うし、初対面でもすぐに仲良くなれちゃた。
 そのあともイベントで何度か会ううちに、みのり教授の持つ柔らかさとか、アイデアの発想力にどんどん惹かれていって。今回のハロウィンのテーマを考えたときに、真っ先ににお願いしたい!って思いました。

はじめてみのりさんとbonoboでお会いした日
w/もりたみどりちゃん&Yoshiko Kurataさん

ALi(anttkc) (Music Video監督)
 ALiっちは、普段からよく遊ぶマイメンのひとりで、もう説明いらないくらい信頼しまくってる存在。私が主催している「yuu.ten」でもVJを担当してくれたり、彼が運営している神保町のイベントスペース「RRR」でブッキングしてくれたりと、お互いに呼び合ったり、遊びに行ったりな関係!映像制作に関しては本当に安心と信頼のクオリティで、今回も絶対にお願いしようって迷いなく思いました。打ち合わせではふわっと伝えただけなのに、彼が作ってくれた映像はPOPでかわいくて、動きもテンポも最高。本当に、ALiっちの映像が加わったことで、今回のEPやハロウィン企画全体の世界観が一気にぐっと立体的になったな〜と感じています。

りんご音楽祭で会ったときの写真!!

 そして最後に、hey自身が制作したRemixについて〜。
 heyはこの曲の「アゲな部分」にフォーカスして、Hard Technoでわっしょい感を大切に、数々の有名ダンスアンセムから影響を受けて、NEO盆踊りの極みmixに仕上げました! 500,000,000回聴いてくれ!

 今回の企画を通して、改めて「人と人とのつながり」や「音楽が持つ広がりの力」を強く感じました。heyがこれまで現場で出会ってきた人たちと、ひとつの作品を一緒に作り上げられたことが本当に嬉しい( ; ; )

 それぞれのリミックスが持つ世界を聴きながら、ぜひハロウィンという季節を自由に楽しんでほしいなと思うよんっ♪

 またリリースを記念して、日本橋にあるアートホテル”BnA_WALL”でhey主催リリパを開催します!!こちらも激アツな企画になってるので...絶対に来て欲しいです!!!!!!!!!!

 これからも私heyは己かましまくりで前に進んでいこうと思うよっ
 それでは次回の連載、どこかのパーティでお会いしましょう˖ . ݁

Happy Halloween Remixes 2025 Curated by heykazma
Release Party at BnA_WALL 日本橋

2025年10月31日(金)
18:00 Open
19:00 Start
22:00 Finish

■ DJ
heykazma
バイレファンキかけ子
カワムラユキ
CASE(Wangone)
■ Live
Shöka
清水文太

■チケット
¥3.500 当日(会場のみで販売)
¥3.000 前売り ※非売品ステッカー付 50枚限定
¥2.000 Under 25
※小学生以下のお子様のご入場は無料です。
※会場キャパシティの上限に達した際には当日券が販売中止となる場合があります。

Peatix | eplus

R.I.P Dave Ball - ele-king

野田努

 デイヴ・ボールは、ポール・ボールになったかもしれなかった。 彼が生まれた1959年5月3日、じつの母親はポールと名付けている。しかし未婚のシングルマザーは、1年間の貧しい生活の果てに我が子を養子に出すことにした。ポールを養子に迎え入れたボール夫妻は、ポール・ボールのような韻を踏んだ名前ではこれから学校に行ったときに問題になるかもしれないと、デイヴィッドに改名したのである。かくしてデイヴ・ボールは、イングランド北西の街、ブラックプール──サッカーファンからは、弱いけど人気があってサポーターが熱い(駿河湾のくぼみのどこかのチームのようだ)地元クラブのことで知られ、英国音楽ファンからはノーザン・ソウルの大いなる拠点のひとつとして記憶されている──で思春期を送ることになる。
 ボールが初めてディスコに行ったのは10歳のときで、のちに彼がマーク・アーモンドとともに結成するソフト・セルがカヴァーし、最初の、そして最大のヒットになった“Tainted Love”を初めて聴いたのは16歳のときだった。グロリア・ジョーンズがこの曲を吹き込んだのは1965年、しかもこれは不発シングルのB面曲、そもそもあまりよく知られていない曲だった。ノーザン・ソウルとは、このように、大勢がまだ知らない埋もれたアメリカのソウル——デトロイト、シカゴ、フィラデルフィア、LAなどのなるべくヒットしなかった曲——をディグするというレアグルーヴ的なアプローチによる選曲と、そしてDJは会場にやって来たダンサーのためにひと晩中踊る曲をかけ続けるというレイヴ的なアプローチを兼ね備えた、1970年代の、DJ/ダンス・カルチャーの初期段階だった。南部やロンドンの洗練された文化と違って、北部のいなたい労働者階級の若者が週末のダンスのために生きる刹那的なライフスタイルに根ざした巨大なアンダーグラウンド・ダンス・シーンである。

 デイヴ・ボールがポップ史において果たしたひとつの成果は、ソウルとパンクとクラフトワークを合体させたことだった。ソウルとスーサイドを合体させたことだった、とも換言できる。ひとりのヴォーカリストとひとりのエレクトロニック担当者のふたりでステージに立つことの先駆者にはスーサイドがいたし、第二期DAFもそうだったけれど、言うなれば彼らはアンダーグラウンドの脅威だった。1979年(ウィキペディアほかネット情報では1978年結成とあるが、本人の述懐によれば、サッチャー当選の1979年に結成。おそらく、アーモンドのパフォーマンスのバックに初めて音を付けたのが1978年なのだろう)に誕生したボールとマーク・アーモンドのソフト・セルは、チャートを賑わせ、トップ・オブ・ザ・ポップスに出演するようなポップ・ミュージックのユニットである。
 とはいえ、ソフト・セルがポップスとして聴かれるには少し時間が必要だった。だいたいポスト・パンク期からゴシック期へと(つまり70年代末から80年代へと)移行する時代における若きエレクトロニック・ミュージックは、いきなりMoogを買えるほど裕福ではなく、機材が日進月歩していたこともあって作品ごとサウンドが異なっている。初期のシンセサイザーと言えばモノフォニック(単音しか出せない)で、シーケンサーの代わりはテープデッキ、ドラムはBOSSのDr Rhythmとか、もしくはプリセットを使うことも珍しくなかったし、最初期のキャバレー・ヴォルテールのようにホワイト・ノイズをリズムの代わりに使っていたバンドもいる。しかしながらそうした制限が、創造的な音楽を促していたと言いたくなるのは、いま聴くと、今日のPC内でつくられた音楽にはない、それぞれ固有のテクスチャーや創意工夫に基づいた深みのある魅力を放っているからだ。

 ロックンロールが大嫌いだった父親のもとで、10歳から音楽オタクとなったデイヴ・ボールは、すべてのお小遣い/アルバイト代をレコードにつぎ込み、リーズ工科大学に進学する頃にはそれなりのレコード・コレクションを有していたという。ソウル・ミュージックからグラム・ロック、ディスコ、プログレからクラウトロックまで、横断的に蒐集していた彼が最初に天の啓示を感じたのは、高校時代にアイスクリーム屋でバイトしていたときにラジオから流れたクラフトワークの “アウトバーン” だった。それから、ブライアン・イーノの『アナザー・グリーン・ワールド』、そしてドナ・サマーの “アイ・フィール・ラヴ” ……。
 大学に進学するとリーズにやって来たパンク・バンド/ポスト・パンク・バンドのライヴ──オリジナル・ヒューマン・リーグ、キャバレー・ヴォルテール、ジョイ・ディヴィジョン、ACR、スピッツ・エナジー、スロッビング・グリッスル等々──を目撃している。在学中、学位取得のためしばらくマンチェスターへ移り住んだときは、2トーン・レコードのツアーやディーヴォ、YMOのライヴにも足を運んだ。そのころには、ボールの関心はエレクトロニック・ミュージックに絞られていた。在学中、ギターを売って得た金と300ポンドで、ふたつのオシレーターを搭載したKorgのデュオフォニック・アナログ・シンセサイザー、800 DVを買った(数年後にはソフト・セル・サウンドのトレードマークにもなる、もう一台のKorg、ベース・シンサイザーSB-100を手に入れる)。
 大学の同級生にはマーティン・ハネットの実弟がいて、最上級生にはフランク・トーヴェイがいたが、大学に入って最初に声をかけた相手が、ヒョウ柄のシャツを着てアイラインを入れたマーク・アーモンドだったのは運命的である。ジョン・ウォーターズの「ディヴァイン」シリーズやラス・メイヤー、ケネス・アンガー、ウォーホル等々、トラッシーなカルト映画好きという共通の趣味もあって意気投合したふたりだが、最初のボールの役目はアーモンドのパフォーマンスのためのBGMをつくることだった。そうこうしているうちに、ふたりの関心は音楽制作に向かったのである。歌と作詞はアーモンド、曲の担当がボール。そしてふたりがつくりあげたのは、ノーザン・インダストリアル・キャバレー・エレクトロとでも言いたくなるような独特の雰囲気をもった音楽だった。
 
 ソフト・セルは、ポスト・パンク時代のエレクトロニック・バンドの第一波(キャブス、ヒューマン・リーグ、TG、シリコン・ティーンズ、ファド・ガジェット等々)に続いた第二波(ほかにデペッシュ・モードやブランマンジュなど)に相当する。ボールはリアルタイムで、トーマス・リアの「Private Plane」、キャバレー・ヴォルテールの「Extended Play」、スロッビング・グリッスルの「United / Zyklon B Zombie」、ザ・ヒューマン・リーグの「Being Boiled」といった1978年の重要な7インチ・シングルに共感を寄せていた、つまり、その次のステージを狙っていたのである。
 最初期のソフト・セルにおいて——そしてエレクトロニック・ミュージック史においても——もっとも重要な曲、 “Memorabilia”(1981) は、ボールの憧れのひとり、ダニエル・ミラーのサポートを得て制作された。この曲の、反復的な四つ打ちのグルーヴ、フィルターをかけたシンセ、ダブ処理されたヴォーカルといった構成は、明らかに、ディスコのその先へと突き進んだサウンドで、のちに「ハウス・ミュージックの先駆け」と評価されることになる。また、世界初の「Eレコード」などと呼ばれてもいるが、それは誤認だ。ソフト・セルは当時まだエクスタシーの存在など知るよしもなかった。もちろん、それから1年後、この時代としては画期的なリミックス・アルバム盤 『Non Stop Ecstatic Dancing』(1982)に収録された同曲の別ヴァージョンをNYで録音する頃には、ふたりとも経験済みではあった。ちなみに言うと、当時はまだ、それは違法ではなかったのである。
 初期のソフト・セルでもう1曲重要なのは、もちろん──当然、オリジナルと違って──大ヒットした “Tainted Love”になるが、こちらのプロデュースはマイク・ソーン、それ以前はワイアーを手がけた才人である。1975年に〈スパーク・ノーザン・ソウル・レコード〉からもカヴァーEPが出ているほどノーザン・ソウル・クラシックたるこの曲のカヴァーの提案をアーモンドが受け入れた理由は、オリジナルでは彼のヒーローのひとり、マーク・ボランの妻=グロリア・ジョーンズが歌っていたからだった。シングルではこの曲からスプリームスのカヴァー曲 “Where Did Our Love Go” にミックスされる。Roland CR-78のリズム、 SB-100によるシンセベース、それから電子ドラムパッド、 電子クラップ──それらメタリックな響き(それは電子パンクと言える)のなかで歌われるソウル・ミュージック。こうしたある種の倒錯が、ジョン・ウォーターズの醜いものほど美しいと同様にソフト・セルの個性となった。

 モノフォニック・シンセが奏でる絶妙な音色のうつくしいメロディをもったソウル・バラード“Say Hello, Wave Goodbye”はソフト・セルの代名詞と言える人気曲だが、ファースト・アルバム『Non-Stop Erotic Cabaret』のなかでは、週末のクラブに勤しむ若者の孤独を歌った “Bedsitter” のようなダークな曲(MVのなかでアーモンドが読んでいる本はジョン・ブレインの『年上の女』である)も好きだし、彼らのカルト映画趣味がここぞとばかりに噴出した(そしてすぐに放映禁止になった) “Sex Dwarf” のMVにおけるTG的な恐れを知らぬ侵犯的タブーへの挑戦も興味深く思ったものだったけれど、リアルタイムでいちばんよく聴いたのはセカンド・アルバムの『The Art of Falling Apart』(1983)だった。
 ぼくはここで読者諸氏に言いたい。その曲を聴いてから、20年後も30年後も40年後もずっと好きでいられる曲があるということは幸せなことである。若い読者が、今年自分が好きになった曲をこの先もずっと聴き続けると思っているのなら、それでいい。音楽はファストフードになりつつあるかもしれないけれど、老兵としては、そうではない音楽もまだあると思いたいのだ。ぼくは『The Art of Falling Apart』(明らかに機材的にアップグレードされた、しかし全体としてはファーストよりも暗く重い作品)に収録された“Where the Heart Is” がいまでも、曲そのものもその歌詞も、大・大・大好きだ。モリッシーよりも数年早く、家族からつまはじきされた少年のよすがをなくした孤独な心を歌い上げるその曲に天使の羽を与えたのは、間違いなく、デイヴ・ボールのシンセサイザーである。
 しかしながら、このころすでにソフト・セルは友好的に分裂していた。アーモンドは、ニック・ケイヴ、リディア・ランチ、ジム・フォータスらアンダーグラウンドな人たちと交流しつつ、マーク&ザ・マンバス名義でソロ・アルバムをつくっている(それもまた、とてつもなくすばらしいアルバムだ。なにしろ、あのアノーニに決定的な影響を与えたのだから)。ボールもまた、ジェネシス・P・オリッジやヴァージン・プルーンズのギャヴィン・フライデイ、コイルのジョン・バランスらアンダーグラウンドな人たちと交流し、最初のソロ・アルバム『In Strict Tempo』(1983)を制作する。そしてボールは憧れだったキャバレー・ヴォルテールのアルバム『The Crackdown』(1983)に参加もしている( “Just Fascination” と “Crackdown ” の2曲である)。ソフト・セルの最後のアルバムはいまひとつの内容だったが、彼らにはこんなエピソードがある。あるとき、ソフト・セル宛の郵便物がレーベルに届いた。分厚い写真集が入っていて、そこには、「あなたたちの音楽が大好きです。ポール&リンダ・マッカートニーより」とつづられていた。

 とはいえ、ソフト・セル解散後の80年代なかば以降のボールは、物事がうまくいっていたとは言いがたい。好転したのは、ジェネシス・P・オリッジがアシッド・ハウスに心酔し、彼が自分でもアシッド・ハウスをつくろうとJack the Tab名義で『Acid Tablets Volume One』(1988)を企画し、そこに参加してからだった。P・オリッジから紹介された『NME』のライター、リチャード・ノリスといっしょにM.E.S.H.名義で “Meet Every Situation Head on ” をつくると、それに反応し、サポートしたDJのひとりにアンドリュー・ウェザオールもいた。
 ノリスとのコンビが、ザ・グリッドへと発展することはよく知られている。この時期、UKのダンス・ミュージックを聴いていた人なら、ザ・グリッドによるリミックス──ハッピー・マンデーズの「Loose Fit」やペット・ショップ・ボーイズの「DJ Culture」、イレイジャーの「Am I Right?」、ブライアン・イーノの「Ali Click」,デイヴィッド・シルヴィアン「Darshan」等々──を少なくとも5曲以上は聴いているだろう。
 ボールが初めて日本の地を踏んだのも、1995年のザ・グリッドとしての来日公演だった。 “Crystal Clear” や “Swamp Thing” といったソフト・セル以来のポップ・ヒットが続いていたころで、場所はたしかリキッドルームだったと思う。ライヴに駆けつけたオーディエンスのなかにはソフト・セルのファンも少なくなかったけれど、ぼくがそのとき取材したのは複数のメディからインタヴューされたボールでもノリスでもなかった。同じく初来日で、そのときはぼく以外の誰も取材しなかったアーティスト、前座を務めたオウテカのほうだった。

 リアーナが “SOS”(2006) でソフト・セル版“Tainted Love”をサンプル・ネタとして使ったころ、かつてはチープなソウル・エレクトロで一世を風靡したふたりは、再度タッグを組んで精力的な活動をしていた。2002年には1984年以来の4枚目のアルバムをリリースし、2003年にはハイドパークで開催された6万人規模のゲイ・プライドのヘッドライナーを務めたソフト・セルだったが、ボールにはこんなエピソードもある。彼が恋人とNYのゲイ・バーに入ったとき、まったくの偶然だが、カウンターの隣にはフレディ・マーキュリーが座っていた。マーキュリーはボールの顔を見ると、「デイヴィッド、教えてくれ。君とマークは恋人同士なのか?」と訊いた。ボールは自分がストレートでガールフレンドがいると説明すると、マーキュリーは黙ってその場を去ったという。このことが、ボールが髭を剃るきっかけとなった。

 それはさておき、長年にわたるあらゆる依存症がボールを蝕んでいた。1990年代後半には、飲酒と喫煙、ドラッグの乱用で精神的にも身体的にも、そして日常生活に支障がでるほど窮地に追い込まれていたボールは、なんとかしようと一時期はアルコール依存症匿名会と薬物依存症匿名会に通ったほどだった。ドラッグと煙草を断ったデイヴ・ボールは新生ソフト・セルを始動させると、先述の通りアルバムを発表し、大きなライヴもいくつかこなし、2020年には自伝『Electronic Boy』も上梓している。2022年の『Happiness Not Included』が比較的高評価だったので、翌年にはその姉妹作『Happiness Now Completed』もリリースした。2025年10月22日自宅で亡くなったというボールだが、ソフト・セルとしての新作『Danceteria』の制作を終えたばかりだった。そういえば、つい先日ラスト・アルバムを出したセイント・エティエンヌの『International』にはザ・グリッド・リミックスがあったけれど、ボールはまだぜんぜんやる気だったのだろう。

 ほんの数年前、石野卓球とのメールで、あのころ自分が好きだったのはクラフトワークの “Numbers” よりもソフト・セルの同名曲のほうだった、というやりとりをしたことがある。そうしたら、あの曲をエイフェックス・ツインがサンプリングしているの知ってた? と卓球から教えられた。自分としては、あの時代の人たちがここにまたひとりといなくなるのはとても寂しい。先週末は多くのファンが “Say Hello, Wave Goodbye” を聴いたのだろうけれど、あらためてあのころのボールの音楽を聴いていると、良い曲ばかりで、やはりすごいことをやった人だったんだなと思った。

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三田格

 9年前、デイヴ・ボールは(ジャーナリストではなくピアニストの)ジョン・サヴェージと『Photosynthesis(光合成)』と題されたアンビエント・アルバムをリリースしている。どちらがイニシアティヴを取ったのかはわからないけれど、『Photosynthesis』はダーク・ドローンに分類され、ひと言でいえば不気味な作品に仕上がっていた。その当時はまだL.A.から解き放たれたベルリン・スクール・リヴァイヴァルの余波がニュー・エイジのポテンシャルを増幅させていた時期で、簡単にいえばアッパラパーな雰囲気のなかで、どんよりとした『Photosynthesis』には出る幕がないと感じられた。そして、無意識のうちに僕にはデイヴ・ボールに期待する、ある種のムードがあることを自覚した。それはやはりソフト・セルやザ・グリッドといったキャリアの初期に展開されていたポップでカラフルな響きであり、重苦しい曲調のなかにもどこか抜けのある軽妙洒脱なセンスだった。『Photosynthesis』にはあまりにもそれがなかった。しかし、デイヴ・ボールの訃報を聞いて僕が最初に聴いたのは、なぜか『Photosynthesis』だった。暗く、のったりと蠢くシンセサイザーに哀悼の気持ちは少しずつ吸い込まれていった。

『Photosynthesis』から5年後にソフト・セルは再-再結成を果たす。そして、3枚のアルバムを完成させている。彼らにとってファイナルとなった7thアルバム(発売は来年)を完パケた直後にデイヴ・ボールは亡くなり、ヴォーカルのマーク・アーモンドは「2026年はデイヴ・ボールにとって高揚感に満ちた年となるはずだった」と饒舌な追悼文で嘆いている。「僕たちの50年を一緒に祝えたらよかったのに」と。その追悼文によると、ソフト・セルはロンドンというよりもN.Y.のディスコ・カルチャーに属すると彼ら自身は考えていたようで、ラスト・アルバムに『Danceteria』と名付けたことは、ガビ・デルガドーが最後に残した曲のタイトルが“Tanzen(ダンス)”だったことと共鳴している。そう、1981年は彼らがイギリスでダンス・カルチャーを爆発させた年だった。ニュー・ロマンティクスやブリティッシュ・ファンクも呑み込んで「メソッド・オブ・ダンス」を合言葉に。

 ソフト・セルがN.Y.のディスコ・カルチャーに属すると考えるのはとても納得のいくことである。実際にN.Y.のディスコでMDMAを経験したことが彼らの音楽性に影響を及ぼしたこともそうなら、マーク・アーモンドの変態的な歌詞はルー・リードの強い影響下にあり、性的マイノリティが集まるN.Y.のディスコ文化とは親和性が高かった。ルー・リードと世代的な差を感じるのはユーモアの質で、「自動車の後部座席でセックスをしているとシートに張り付いていたガムが背中でくちゃくちゃと音を立てている(大意)」といった発想はやはりルー・リードのそれとは距離を感じさせる。大学生の頃、単純な手作業のアルバイトをしている時に退屈なのでニューウェイヴの曲を集めたテープを作業場で鳴らしていたら一緒に作業をしていたカナダ人のモナちゃんが、ジョイ・ディヴィジョンがかかると「辛すぎる……」といって作業の手を止めてしまい、ソフト・セルがかかると笑いが止まらなくなって、やっぱり仕事にならなかったことがある。なるほど、ソフト・セルというのはそういう風に聞こえるのかと思ったものである。

 シンセポップというのはどれも極めてチープで、ソフト・セルも例外ではなかった。先行したパンク・ロックの影響もあるのだろうけれど、「極めてチープなサウンド」で表現される世界観は普通の生活様式からは逸脱した人間性や、人間の隠された一面を戯画化して取り出す傾向があった。ヒューマン・リーグやザ・ポリスがストーカーを題材にして人間のファナティックな行動を通して時代を照射するのとは異なり、ソフト・セルは背景としての社会に目を向けることはなく、彼ら自身がどのように生きているかを切々と歌い、その核心は多様なラヴ・ソングに結実していった。人間の性を支配や消費という観点からドライに歌ったことで大きな論争を呼んだ“Sex Dwarf”は極端な例だけれど、彼らの曲の多くは強く変態性を帯び、ノーマルな人々にとっては気持ち悪いものにしか映らなかったことだろう。愛を歌い、その姿がどれだけ無様でも取り繕う様子もないどころか堂々としていたところは、日本だと戸川純が立っていた場所を想起させる。エロ・グロ・ナンセンス全開で好きなことをユーモアたっぷりに歌っていた戸川純がそれでも新曲を出せばTVに呼ばれていたという「社会的な評価」は、おそらくイギリスでソフト・セルが置かれていた位置に通じるものがある。がんばろうとか人にやさしくといった表面的な言葉ではなく、人が人を強く求める思いが彼らの表現の中心にはあり、時に人間の弱さを受け入れてくれることがない社会派の音楽よりも彼らの方が愛されていたとしたら、それはやはり制度よりも彼らの心が人の方に向けられていたからだろう。

「正しいことをするのに、僕の力はもういらないんだね」(“Tainted Love”)
「僕たちは初めて会った見知らぬ他人さ、そうだろ?」(“Say Hello, Wave Goodbye”)
「バカすぎて君にはヒドいこともできない」(“Torch”)

 ソフト・セルにとって最大のカヴァー・ヒットとなり、ロング・ランを続けたあげく、『サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド』という映画のテーマにもなった“Tainted Love”は、タイトにリズムを刻むグロリア・ジョーンズの原曲よりもルーズな曲進行で、語尾を伸ばすように歌うことで歌詞の内容を強調し、シャカタクのヴォーカル、ジル・サワードがラス・スワン名義でカヴァーしたヴァージョンを参考にして彼らのヴァージョンを練り上げたという。ギネス・ブックに載るほどのメガ・ヒット曲となった“Tainted Love”はそして、12インチ・ヴァージョンでは途中からシュープリームス“Where Did Our Love Go”に変わり、再び“Tainted Love”に回帰してくるという不思議な構成となっていて、カップリングには完全に遊びでつくられた“Tainted Dub”を収録するなど12インチ・シングルという新たなメディアのポテンシャルをこの時点でここまで引き出したグループはほかにいなかった。ソフト・セルの12インチ・ヴァージョンはその後も原曲の2~3倍の長さになるのは当たり前で、10分を超える“Numbers”や12分近い“Soul Inside”など、デイヴ・ボールがいかにミックスで遊ぶのが好きだったかということを印象づける(このことだけでもデイヴ・ボールがDJカルチャーに移行することは初めから決まっていた気がしてしまう)。

 デイヴ・ボールのサウンド・プロダクションが唯一無二のものになるのはセカンド・アルバム『The Art of Falling Apart』からで、場末のキャバレーを音で表したようなファーストから一転、それはヴェルサイユ宮殿かトプカプのような荘厳さを感じさせた。シンセポップにこんなことができるのかと当時の僕はかなりショックを受け、シンセポップ=「チープ」という形容詞はもう使えないと思った。基本的には“Sex Dwarf”のゴージャスなアレンジを全体に敷衍させ、オーヴァー・プロデュースを恐れなかった結果が『The Art of Falling Apart』になったのだと思う。どの曲も本当に素晴らしく、すべてにああだこうだと言いたいところだけど、当時は台所がテーマなんて珍しいと思い、“Kitchen Sink Drama”の歌詞を訳してみると母親が現実逃避ばかりしているという内容で、マーク・アーモンドが離婚した自分の母親をディスりまくっているのかと思っていたのだけれど、今回、調べ直してみたら“Kitchen Sink Drama”とは社会的リアリズムに基づくイギリスの文化運動を指す名称で、「怒れる若者」の源流だということを初めて知った。マーク・アーモンドにしてみれば自分の書く歌詞はアラン・シリトーに連なるものであり、マイク・リーやケン・ローチといった映画監督の表現と地続きなんだという表明だったのかもしれない。デイヴ・ボールのサウンドはピアノを導入に使い、歌詞に合わせて幻想的なフレーズを多用し、流れるように白昼夢を描いていく。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“Sunday Morning”が念頭にあったのだろう。

『The Art of Falling Apart』と同じ年にデイヴ・ボールは初のソロ・アルバム『In Strict Tempo』も完成させている。ソフト・セルはシンセポップの代表格ではあるけれど、デペッシュ・モードやユーリズミックスと同じ文化圏にいたわけではなく、それは彼らのマネージメントが〈Some Bizzare〉だということと深く関係している。〈Some Bizzare〉とサインしたことがあるミュージシャンにはサイキックTV、ノイバウテン、スワンズ、コイル、ザ・ザ、ジム・フィータス……とオルタナティヴのフロントラインが揃い踏みで、それこそ「普通の生活様式からは逸脱」した音楽家しかいなかった。『In Strict Tempo』はニュー・オーダーが“Blue Monday”で新たなモードに歩を進めたようにデイヴ・ボールがダンス・カルチャーに模索の手を延ばした痕跡が残る一方、ヴォーカルにヴァージン・プルーンズからギャビン・フライデイを迎え入れるなど〈Some Bizzare〉という環境から得られるアンダーグラウンドな価値観がひしめき合ってもいる。実は、最初に取り上げたジョン・サヴェージとのジョイント・アルバム『Photosynthesis』は、こうした〈Some Bizzare〉の文脈でデイヴ・ボールを捉えればもっと鷹揚に楽しめたのかもしれない。デイヴ・ボールにとってそうした環境がどれぐらい吉と出たのかはわからないけれど、それこそ後には『Live in Heaven』にも参加するなどサイキックTVのメンバーにもなったことで、ジェネシス・P・オーリッジやジャーナリストのリチャード・ノリスとともにアシッド・ハウスにのめり込んでいく機会を得たことは間違いない。サイキックTVの変名アルバムとして認識されているアシッド・ハウスのコンピレーション『Jack the Tab/Tekno Acid Beat』はジェネシス・P・オーリッジに加えてデイヴ・ボールとリチャード・ノリスが全曲で関わっていて、すでにザ・グリッドの前段階と言えるものになっていた。同じ年にデイヴ・ボールはキャバレー・ヴォルテールの2人とラヴ・ストリートを結成し(両者は『The Crackdown』ですでに結びついていた)、バリアリック・ビートの“Galaxy”でもファンキー・ビートを聞かせている。『Jack the Tab/Tekno Acid Beat』と“Galaxy”を続けて聴くと、ある種の迷いのなさは伝わってくる。この時期のブリティッシュ・アシッド・ハウスはオリジナリティを否定し、他人と同じものをつくるのがいいとされていたので、デイヴ・ボールのそれもとくに彼の個性が反映されたものではない。ジャケット・デザインがデザイナーズ・リパブリックだというのがデイヴ・ボールの美意識からかけ離れ、いまとなっては同時代性だけを強く主張している。

 84年に第1期ソフト・セルのラスト・アルバム『This Last Night in Sodom』をリリースした後、デイヴ・ボールの足跡はあまりに細切れになる。最初は当時の妻、ジニ・ボールとアザー・ピープル名義でサンプリングを散りばめたディスコ・ナンバー、“Have a Nice Day!”をリリースし、続いて3人組のイングリッシュ・ボーイ・オン・ザ・ラヴランチ名義では“Blue Monday”のバッタもんにしか聞こえない“The Man in Your Life”やハイエナジー調の“Sex Vigilante”を連打と、ソフト・セルからマーク・アーモンドによるメロディ・センスを取り除いたディスコ・ビートへの執着をとにかく強く感じさせる。ストローベリー・スウィッチブレイドのローズ・マクドウェルやシュガーキューブスのアイナール・オルン・ベネディクソンらと組んだオーナメンタルでも多幸感あふれる“No Pain”にどこまでもさわやかな“Crystal Nights”とシンセポップの延命をこれでもかと追求するも、これらがどれも長続きしなかったことがアシッド・ハウスへと舵を切るきっかけになったのだろう。デイヴ・ボールの作業でいえばソフト・セルの12インチでやっていたことをメインとすればいいだけのことだからロック・カルチャーからダンス・カルチャーに乗り換えられないと苦悩するほどのこともなく様変わりはできたはずである。サイキックTVやラヴ・ストリートとの習作を経て正式にリチャード・ノリスとスタートさせたザ・グリッド(マネージメントはアラン・マッギー)はデビュー・アルバム『Electric Head』ではまだイングリッシュ・ボーイ・オン・ザ・ラヴランチやオーナメンタルに近い音楽性を多分に残していて、これが最初にシングル・カットした“Floatation”のリミックスにアンディ・ウェザオールを起用したことで完全にダンス・カルチャーの領域へと歩を進められただけでなく、プレスの注目を最初から集めることにも成功する。ザ・グリッドによるソフト・セルのリミックス集『Memorabilia - The Singles』と並行して続くセカンド・アルバム『456』から“Crystal Clear”をヒットさせたのはもはや時間の問題だった。1993年にグラストンベリー・フェスに行った際、昼間のプログラムが終わるや否や、暗くなった途端に会場内で小規模なレイヴ・パーティがあちこちで始まり、ほどなくして“Crystal Clear”が僕たちの頭上にも鳴り渡った。クラウドはあっという間に恍惚としたムードに包まれ、多幸感の波を全身に浴びていた。ザ・グリッドは、さらにサード・アルバム『Evolver』からバンジョーをフィーチャーした“Swamp Thing”をヒットさせ、その頃には「国民的人気」と書き立てられるまでになっている(その勢いでカイリー・ミノーグ“Breathe”までプロデュースする)。

 リチャード・ノリスの指向だったのではないかと思うのだけれど、ザ・グリッドは『456』から“Heartbeat”をシングル・カットする際、ブライアン・イーノにアンビエント・リミックスをオファーしている。ダンス・アクトとしてのザ・グリッドは4作目の『Music for Dancing』で一旦休止し、10年以上空けて復活するも、ラスト・アルバムとなった『Leviathan』ではロバート・フリップをゲストに迎えてアンビエント・アルバムも製作している。荒涼として寒々しいアンビエント・アルバムである。これがデイヴ・ボールの過去の作品とどう繋がっているのか、僕にはさっぱりわからなかった。アンビエント・ミュージックには個人の資質を出しづらいということもあるのかもしれないけれど、『Leviathan』や唯一のソロ作となった『In Strict Tempo』を聴いていると、もしかするとデイヴ・ボールには生涯を通じて本当にやりたかったことはなかったのかもしれないとも思えてくる。それこそ本当に意志の強い人と共に作業をすることで作品の完成度や相乗効果を高めることが彼にとっては才能を活かす道であり、デイヴ・ボールでなければソフト・セルやザ・グリッドは仮りに生まれていたとしてもまったくの別物になっていただろう。ソフト・セルやザ・グリッドが現在、残されているかたちになったこと、そして、“Torch”を聴いてトランペットという楽器が好きになった僕は、それだけでも彼が存在したことに感謝したい。……Say Hello, Wave Goodbye。

Rezzett - ele-king

 これまで〈The Trilogy Tapes〉からシングルやアルバムを発表してきたUKのエレクトロニック・デュオ、リゼット。ジャクスン・ベイリーとルーク・ブレアからなるこのコンビがニュー・アルバムを送りだす。題して『沸騰する闇のなかへ(Into The Boiling Darks)』。フォーマットはカセットテープのみ、ファッション・ブランド〈C.E〉からのリリースで、南青山の同店舗にて購入可能。なくなる前に急ごう。

アーティスト:REZZETT
アルバム・タイトル:INTO THE BOILING DARKS
価格:1650円(税込)
発売日:10月25日土曜日
販売店:C.E
〒107-0062
東京都港区南青山5-3-10 FROM-1st 201

Call And Response Records - ele-king

 先日もformer_airlineの良作が送りだされたばかり、イアン・F・マーティンが主宰する高円寺のインディペンデント・レーベル、〈Call And Response Records〉が設立20周年を迎えている。それを祝し、アニヴァーサリー・イヴェントが開催される運びとなった。11月2日@東高円寺UFO Club、12月13日@東高円寺二万電圧、12月27日@高円寺SUBstoreの3段構えで、同レーベルになじみのあるアクトが集合。最終日には創設者イアン・F・マーティンやele-kingでもおなじみのジェイムズ・ハッドフィールドらDJをするようです。詳しくは下記を。

CALL AND RESPONSE RECORDS: 20 YEARS OF POP!

DIY精神で歩んだインディーレーベル・Call And Response Records、20周年を記念し高円寺でイベント

Call And Response Recordsは、2005年12月に初のリリースを発表した。カタログナンバーCAR-99でリリースされたコンピレーション『1-2-3-Go!』は、“ゼロまでのカウントダウン”というユニークなコンセプトのもと、100作品のリリースを目標に掲げてスタートした。
これは創設者イアン・F・マーティンの故郷である英国ブリストルの伝説的インディーレーベル、Sarah Recordsからインスピレーションを受けたもである。

2025年末の現在、レーベルはそのゴールに少しずつ近づきながらも歩みを続けている。

この20年間でレーベルが届けてきたのは、日本を中心に、時に海外の“日本とつながりを持つ”アーティストたちも交えた、刺激的でユニーク、そして徹底的にインディペンデントな音楽の数々だ。ジャンルの枠には収まらず、その核にあるのは“3つのポスト”――ポストパンク、ポストハードコア、ポストロック――とDIYポップの交差点。そして、オリコンチャートやRockin’ On Japanが定義する「ポップ」に抗い、自分たちで「ポップ」の意味を決めていく姿勢である。

「Call And Response」という名前が象徴するのは、双方向の関係性だ。音楽がリスナーに届くと同時に、リスナーもまた一歩踏み出し、能動的にその世界に関わってほしい。そんな思いが20年の歴史の中で確かに根付いてきた。

日本では20周年は成人を迎える節目とされる。もはや「子ども」ではなくなったCall And Response Recordsは、このマイルストーンを祝うべく、ホームである高円寺で記念イベントを開催する。ラインナップには、同レーベルから作品をリリースしたアーティスト、数々のコンピレーションを彩ったアーティスト、そして古くからの仲間による新バンドが集結する。

第一弾イベント:
「Call And Response’s End of Innocence」
11月2日 @ 東高円寺UFO Club

レーベルのルーツとも言えるポストパンクとノイズポップにフォーカス。
LIVE: P-iPLE、デーメーテール、DopeDobutu、Jocko、Slowmarico
DJs: Sumire Taya (Girlside)、Daizo

第二弾イベント:
「Call And Response Is Old Enough To Drink」
12月13日 @ 東高円寺二万電圧

20年の歴史を横断する多彩なアクトがステージを飾る。
LIVE: Melt-Banana、Jebiotto、Saladabar、Grandma’s Garden、Looprider、Praha Depart、worst taste & special
magic、Cyber Cherry

第三弾イベント:
「Call And Response is Sorry for What Happened」
12月27日 @ 高円寺SUBstore

2つのイベントを締めくくる小さな“二日酔いパーティ”として、ゲストライブとDJ陣が登場する。
LIVE: Masami Takasima
DJs: Ian Martin (Call And Response)、DJ Rally (Tropical Death)、James Hadfield、Ayumi (Vamp!/Chicks Riot)

MSC - ele-king

 MSCの登場は衝撃的だった。彼らがそのダークなサウンドとことばで切りとってみせた新宿のストリートは、以降の日本のヒップホップに新たな風景をもたらしたのではないだろうか。KAN(漢 a.k.a. GAMI)、TA-BOO(TABOO1)、PRIMAL、O2、GO a.k.a.G-PRINCEから成る彼らのデビューEP「帝都崩壊」(2002/MS CRU名義)、そしてファースト・アルバム『MATADOR』(2003)が初めてアナログ化される。後者はカセットテープもアリ。伝説を、いまふたたび。

Artist:MS CRU
Title:帝都崩壊(EP)
Label:P-VINE
Release: 2026.1.21
Format:Vinyl(帯付き仕様/完全限定プレス)
Product Number:PLP-8290
Stream / Download / Purchase:https://p-vine.lnk.to/qAsYHEBB

Tracklist:

SIDE A
1 INTRO
2 幻影
3 満月の挽歌

SIDE B
1 快感
2 構造改革 Remix

Artist:MSC
Title:MATADOR
Label:P-VINE
Release: 2026.1.21
Format:Vinyl / Cassette(帯付き2枚組仕様/完全限定プレス)
Product Number:TAPE / PCT-77 LP / PLP-8291/2
Stream / Download / Purchase:https://p-vine.lnk.to/XoBDhVKf

Tracklist:

SIDE A
1. INTRO
2. 無言の蓄積 / PRIMAL, TA-BOO, O2, KAN
3. 新宿 Running dogs / KAN, PRIMAL
4. 新宿 U.G.A remix 03' / MIC SPACE

SIDE B
1. 甲斐性 / O2
2. スペース・ペース / SIDE RIDE and Ah-
3. INTERLUDE
4. ALERGY / KAN, O2 feat 志人

SIDE C
1. MASTA PIECE (TO MILITIA) / TA-BOO feat DJ BAKU
2. 支離滅裂 / PRIMAL
3. For S / MSC feat Red Rice & 若旦那 from 湘南の風
4. FREAKY 風紀委員 / MIC SPACE feat DJ BAKU

SIDE D
1. MATADOR OFFICE feat DJ BAKU
2. 反面教師 / KAN
3. MATADOR / MSC
4. OUTRO

※TAPEは上記のSIDE-AとBがSIDE-A、上記のSIDE-CとDがSIDE-Bになります。

東京・新宿を拠点に活動していたKAN(漢 a.k.a. GAMI)、TA-BOO(TABOO1)、PRIMAL、O2、GO a.k.a.G-PRINCEによる伝説的なグループ、MSCの2003年にリリースされた衝撃の1stアルバム『MATADOR』とその前年の2002年にMS CRU名義でリリースされた1st EP『帝都崩壊』が待望の初アナログ化!
デモCD-R『M.S.C.D.001』やヒップホップ専門雑誌「blast」の連載から生まれたコンピレーション『homebrewer's vol.1』への参加で注目を集める中、2002年に前身のMS CRU名義で1stEP『帝都崩壊』、翌2003年にMSC名義で1stアルバム『MATADOR』をリリース。過激で生々しい描写や日本語を駆使した巧みなライミングなどでシーンに大きなインパクトを与え、どちらも00年代のストリートミュージックを代表する作品として今でも語り継がれている名盤中の名盤であり、そのリリースから20数年の時を経て、ついに帯付き仕様/完全限定プレスでの初アナログ化が実現。『MATADOR』は2枚組仕様でのリリースで同時にカセットテープもリリースになります。

RCサクセション - ele-king

 彼らはそのころ交差点に立っていた。だが、舞台は寂しく、かつていた大勢はどこか別のところに行ってしまったようだった。無理もない。1976年4月23日にはラモーンズのデビュー・アルバムがお目見えとなるのだ。激流はロンドンに伝播し、同年10月にはダムドの「ニュー・ローズ」、そのよく月には「アナーキー・イン・ザ・UK」が世界を襲う。まさに、いまここから歴史的に、まだ誰もが見たことのない場所でその後の音楽に決定的な影響を与える大きなことがはじまろうとしているそのとき、“大きな春子ちゃん”に感情移入する人が少なかったことは容易に想像できる。
 が、しかしそんな逆境のなか、いちどは激流に流されながら蘇った極めて希有な作品がRCサクセションの『シングル・マン』だった。先日、新曲“おじいちゃん”を発表したばかりの坂本慎太郎と話す機会があった。そのときRCの話になったのは、『暮らしの手帖』36号の「わたしの大好きな音楽」コーナーにフィーチャーされた彼の選んだ「歌詞が好きな日本の音楽」10曲のうちの1曲がRCの“わかってもらえるさ”だったからだ。それで、RCでいちばん好きなアルバムは? という話題になったとき、酔っていたので記憶はおぼろげだが、たしか『シングル・マン』で話は落ち着いたと思う。
 まあ、「いちばん好きなアルバム」とは、そのときどきの心情や状況によって変わるものではあるが、RCのなかでこのアルバムがいちばん好きだという人は多いだろう。いまではすっかり名盤として広く認識されているが、しかし、ラモーンズのデビュー・アルバムの2日前にリリースされた『シングル・マン』は、リアルタイムではみごとな三球三振だった(すぐに廃盤になった)がゆえに、『シングル・マン』が1970年代なかばの日本(東京)という文脈のなかで書かれた文章、その社会においていかなる存在だったのかという評価の痕跡をぼくは見たことがない。いまにして振り返ればヒッピー的なるものの痛切な末期症状という解釈もできるかもしれない——、いや、しかし、これは時代から切り離され、リリースから数年後にタイムレスな音楽として広く評価された作品である。音楽もそうだが、このアートワークもタイムレスな魅力がある。だから、その出会いは十人十色で、感じる魅力、好きな度合いというのは人によって異なっていてしかるべきなのだろう。以下に書くのは、ぼくの感想文である。
 ぼくは、ライヴのクライマックスで“スロー・バラード”を歌っていた時代にファンになったひとりなので、最初はそのスタジオ録音が収録されているから聴いてみたいと思って高校生のときに買った。そして、聴いているうちにほかの曲もどんどん好きになっていった。感情がとめどなく噴出する“ヒッピーに捧ぐ”がいちばん好きだったときもある。“やさしさ”や“甲州街道はもう秋なのさ”のようなヘルマン・ヘッセ風の屈折した内面を歌った曲も好きだったし、ここ数年はずっと“うわの空”が好きでいる。
 “スロー・バラード”が入っているからといって、『シングル・マン』はまったく楽天的な作品ではない。アルバムを通して、不信、気まずさ、悲観、辛辣さ、そして愛情と憎悪が独白される。他者との関係に戸惑い、ときに苛立っているのは“ぼくはぼくの為に”や“やさしさ”、同時期に録音された“お墓”(のちに『OK』に収録)からうかがえる。なにしろ“ファンからの贈りもの”という、他者を拒絶する歌からアルバムははじまっているのだ。

 ラモーンズのデビュー・アルバムとほとんど同時期に出てしまった『シングル・マン』は、その前年に出るべきアルバムだった。録音は1974年の秋からはじまって1975年の春には終わってる。しかしながら、所属事務所内のトラブルによってバンドは干され、完成から1年以上経ってからのリリースになってしまった。また、RC史上ではドラムをフィーチャーした最初のアルバムであり、音楽性を高めるべく200%の力を注いだ作品だったのに拘わらず、楽曲のアレンジやミックスに関してバンドは納得していなかったようで(編曲は井上陽水のミリオンセラー作『氷の世界』を手がけた元モップスの星勝)、そもそもこのリリースにいたる経緯自体も幸福とは言えなかった。しかしながら『シングル・マン』は、RC/清志郎の全作品のなかでも——ぼくの主観的な印象だが——5本の指に入る人気作だと思われる。
 廃盤になったアルバムが音楽評論家の吉見佑子による再発運動によって正式に再発されたのは、日本のポスト・パンクが絶頂を迎える1980年のことだった。強烈な個人主義的告白——外面的な事件よりも内面的な心理への没入——を同調圧力の国に叩きつけているこのアルバムを、ぼくは聴き入ったものだった。そこには、集団の価値観や社会規範に打ち解けることのできない個人が世界とどう折り合いをつけるか、という葛藤が描かれている。そしてここが、ポスト・パンクに夢中だった高校生も入り込める、作ったほうでも予期しなかった共鳴点のようなものだったのだろう。“甲州街道はもう秋なのさ”におけるむき出しの疎外感は言うに及ばず、“ヒッピーに捧ぐ”における「豚どものを乗せて」というフレーズは、じつはパンクがヒッピーの改良版という説を裏付けてもいる。アルバム全体からは──初期のRCからバンドが解散するまで通底した反抗心とともに──どうにもならないやり切れなさが滲み出ているし、その救済として最後に“スロー・バラード”がある。それは美しい、無垢な恋愛感情かもしれないけれど、駐車場に停まった車のなかという閉ざされた空間における個人的なできごとに過ぎない。パンクやヒッピーにあった連帯(ソリダリティー)は『シングル・マン』においては排除されている。そしてそれを排除し、閉じていることが、この音楽作品に力を与えてもいるのだろう。

 音楽的には、高校生のぼくにはひと世代前の「大人の音楽」に思えた。 “冷たくした訳は” や“ファンからの贈りもの”、“スロー・バラード”といった曲の背後にある清志郎にとっての重要な影響源=メンフィス・ソウルをぼくが本格的に聴くようになるのは、もっとずっと後のことだった。換言すれば、ぼくは清志郎から南部のソウル・ミュージックを教えられたことになる。もちろん自分の人生で最初に買ったソウルのアルバムは『Otis Blue』だった。(*)
 高橋康治の『忌野清志郎さん』の巻末対談で言っていることだけれど、清志郎は、喩えるならシカゴ時代のフランキー・ナックルズのように、ひと時代前の音楽も、音楽に力があればどんな流行のなかでも通用することを身をもって教えてくれた人でもあった。これはリヴァイヴァル現象のことではない。リヴァイヴァル現象とは流行のことであって、そこに当てはまらない音楽、流行に敏感な人なら鼻にもかけないような音楽であっても光り輝くことができる……フランキー・ナックルズが1980年代の欧州ニューウェイヴに夢中な黒人の子どもたちに過去のものとされていたフィラデルフィア・ソウルの輝きを教えたように、ニューウェイヴに夢中な日本人の子どもたちに1960年代のメンフィス・ソウルのすばらしい光沢を伝えたのだった。(**)

 サザン・ソウルとは「ゴスペルに根ざし、感情をむき出しにした音楽のことである」、「それは完全にヴォーカルの芸術である。ソウルは共通の経験、つまり聴き手との関係を前提としている。これはブルースにも見られることであり、歌い手が聴衆の感情を確認し、それを展開してゆく」、こう説明するのは高名な黒人音楽評論家のピーター・ギュラルニックが引用したイギリスの作家クライヴ・アンダーソンだ。
 アンダーソンが定義する「ヴォーカルの芸術」という観点でいえば、忌野清志郎はまごうことなきソウル・ミュージシャンだったと言える。「世俗化されたゴスペルがブルースの“冒涜”を取り込み、ただひとつのもっとも重要な主題——愛の気まぐれ(the vagaries of love)——だけを扱った」音楽、しかしそれはリズム・アンド・ブルースの発展型で、すなわち魂の告白であると同時に、世俗的で作為的なものでもある。「ホーンが鳴り響き、二重の意味を含む歌詞があり、絶叫する歌手がいて、打ち鳴らされるリズムがある、そういう音楽」——オリジナルのソウル・ミュージックは「黒人の連帯を明確に表現していた」が、ただ先にも書いたように『シングル・マン』のそれは連帯を拒絶するものだった(「」内はすべてPeter Guralnick『Sweet Soul Music』からの引用)。
 とはいえ、ぼくが高校時代に観た二回のライヴ公演は、政治的には無色で、曖昧な叫びだったかもしれないけれど、それゆえ大多数に対して連帯を呼びかけるものだった(19世紀のフランスの詩人にして蓄音機の発明者、シャルル・クロス風に言えば「大人たちを怒らせるため、子どもたちを喜ばせるため」である)。『シングル・マン』の内的葛藤が、外の世界に向けての力強いエネルギーへと転換されていった話は、先述の『忌野清志郎さん』に詳しい。人と違っていることは良きことだとされるその世界のなかで、ぼくたちは熱狂し、舞い上がった。ステージで熱唱している人が、その数年前に『シングル・マン』をつくっていたことは、ぼくにとっては切り札のカードのようなものだった。あんな寒々しさと熱い情熱を孕んだアルバムをつくった人がど派手なロックンロールをやっているのだから、ここにはその表面上の派手さ以上のなにかがあるに違いないと思わせたのだ。

 『シングル・マン』で残念なのは、 “レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)” があまりにも短いことだ。RC史上もっとも実験的な曲、ビートルズにおける “レヴォリューションNo9” 、ファンカデリックにおける “Wars of Armageddon” になりえた曲だったが、1分ちょっとしかないからインタールードのようになってしまった。
 それはそうだが、この時代のバンドの音楽的な野心の高さの証跡でもある。ほかにも “夜の散歩をしないかね” という基本はブルース・ロックだが、RCには珍しくジャズ風にテンションコードを加味した曲もあって(ピアノを弾いているのは加入前のGee2wo)、これがまたじつにムードのある良い曲なのだ。“大きな春子ちゃん” は “ぼくの好きな先生” 路線のRC流フォーク・ソングのユーモアと牧歌性のある曲で、“うわの空” は“ぼくの自転車のうしろに乗りなよ” 路線のRC流サイケデリック・ソングだ。自分の好みという点で言えば、この4曲はほんとうに好きな4曲である。メロディが好きだし、後者2曲の日常的な非日常チルアウト・フォーク・ソングに関しては、そこはかとない寂しさがぼくには心地よく感じられる。“うわの空” の後半の展開はややピンク・フロイドっぽいとは思うのだが、この曲の歌い出しの「君は〜空を飛んでぇえ〜」という歌詞とメロディのコンビネーションはすばらしいとしか言いようがない。

 今回発売された「デラックス・エディション」、2枚組のうち1枚はオリジナル盤で、ZAKによるリマスター。もう1枚には、“スロー・バラード”と“やさしさ”のシングル・ヴァージョンをはじめ、“わかってもらえるさ”(そして“よごれた顔でこんにちわ”)のZAKによるリマスターほか、“恐るべきジェネレーションの違い (Oh,Ya)”と“甲州街道はもう秋なのさ~ANOTHER MIX~”の未発表ヴァージョンに加え、テレビ神奈川の番組「ヤングインパルス」における1976年4月25日のスタジオ・ライヴ(三田格編集の『生卵』には、この番組のことをチャボ宛てに綴った清志郎の手紙が掲載されているのだが、そうか、このことだったのか!)から6曲がZAKによるミキシングのもと収録されている。そのなかには“ぼくの眠るところ”という未発表曲がある。このライヴ演奏が思いのほか良かった。冬の時代のRCに思い入れがある人には興味深い内容かもしれない。ぼくは『シングル・マン』の録音がはじまる前——たいした活動もなかった頃——に清志郎が書いた日記、『十年ゴム消し』を愛読したひとりだ。あんな風に生きられたらいいなぁと憧憬したものだった。

(*)永遠の青年、ニック・ヘイワードが在籍したことで知られるヘアカット100なるUKニューウェイヴ・バンドのファースト・アルバムのジャケットに、メンバーのなかでひとりだけアフリカ系がいるが、彼こそは、1967年12月10日のオーティス・レディングら7名を死亡させた飛行機墜落事故における犠牲者のひとり、オーティスのバックバンド、バー・ケイズのドラマー、カール・カニンガムの実弟、ブレア・カニンガムである。ちなみにバー・ケイズのメンバーはこのとき全員まだ10代だった。ブレア・カニンガムも一流のドラマーとなって、渡英し、ヘアカット100での活動を経ると、一時期プリテンダーズでも叩き、なんと再結成したギャング・オブ・フォーでも演奏した。その後は、ポール・マッカートニーのバックバンドに加入し、数年にわたって活動をともにしている。

(**)メンフィス・ソウルの奥深さに触れることができたのは清志郎を聴いていたからだ。いつか鈴木啓志さんにあらためて書いてもらいたいところだが、ここは若い読者のために少しだけ註釈を。1955年2月にメンフィスのメシック高校で10代のエルヴィス・プレスリーが演奏したときを、グリール・マーカスは、その後のティーンエイジャーの世界の風景を完璧に変えた「ビッグバン」と呼んでいる。そして、その何年後かあとにメシック高校の舞台に立っていたのが、スティーヴ・クロッパーやウェイン・ジャクソン、ドナルド・ダンたちだった。また、人種差別/分離が根強かったメンフィスにおいては、黒人用のブッカー・T・ワシトン高校があった。ここの卒業生に、〈スタックス〉が誇る天才オルガン奏者、ブッカー・T・ジョーンズがいた(ほかにもアイザック・ヘイズ、デイヴィッド・ポーター、ウィリアム・ベル等々)。やがて彼らが交わって、人種差別を公然と批判するバンド、ブッカー・T・アンド・ザ・MGズが生まれる。政治的ユートピアとしてのレーベルとバンドがいるなか、デイヴ・マーシュが「卓越したバラード歌手であり、リトル・リチャードの精神を受け継ぐ真のロッカー」と最大限の賛辞を送ったオーティス・レディングが、1956年から頂点にいたエルヴィスを引きずり下ろすかのように登場する。ちなみに、「ガッタ、ガッタ、ガッタ」というリフレインはオーティスの真似だと言われているが、そもそもこれはオーティスのジェイムズ・ブラウンの模倣にはじまっている。

Wang One - ele-king

 インターネットはインディ・アーティストと彼ら/彼女らをサポートする人々に大きな恩恵を与えてきた。ネットがなければ〈Maltine Records〉や〈TREKKIE TRAX〉の台頭はあり得ず、『Pitchfork』が「日本の重要なインターネット・レーベル10選」という特集を組むこともなかったかもしれない。我々リスナーも、ほとんど週替わりで出現するスターたちに心を躍らせた。

 中国でもそれは同じらしく、南京出身のLola Oneと上海出身のCase Wangによるインディ・エレクトロニック・ユニット “Wang One” も、それに類する経験を経てきた。音楽コンシェルジュ・ふくりゅう氏によるインタヴューの中で、ふたりは「ほとんどの曲をNetEaseから学んだ」と認めている。そこではダフト・パンクやYMOの楽曲が次々とサジェストされ、自身がサイトにアップロードした自作曲がコミュニティ内で高い評価を獲得した。

 陰謀論が跳梁跋扈し、今日も元気にヘイトが駆け回っている電脳空間。けれども、そこにはまだ見ぬ音楽を求めてさまよう者とそれに応えようとするコミュニティの蜜月の関係があった。この大海から誕生したスターも枚挙に暇がない。

 日本ではハチP(米津玄師)をはじめ多くのプロデューサーがニコニコ動画から羽ばたいていったが、それぞれシグネチャーなサウンドは確認できるものの、音楽ジャンルとして「これ」と特定できるケースは少なかった。1曲の中にロック的な要素があり、パンクっぽいニュアンスがあり、エレクトロの手触りがある。

 Wang Oneはユニットとしてこれまで4曲発表してきたが、いずれも異なる世界観とテクスチャーで構成されている。デビュー・シングル “Walk On Shame” はファンキーなディスコ・チューンで、2曲目の “Oh Young Boy” はチャーチズとラナ・デル・レイが共にスタジオ入りを果たしたような内容だ。そして最新シングル “IDK - idontknowwhatyoutalkingabout-” では、アシッド・ハウスの上でLolaのパンク・ヴォーカルが響いている。ダンスフロアに根差しながら、射程はもっと長い。鳴らされてるのが真夜中のクラブだけでなく、そこは夕方のライヴ・ハウスかもしれないし、野外フェスのステージかもしれない。手探りの部分もあるだろうが、ふたりのサウンドはさまざまなポテンシャルを秘めている。

 そういった紆余曲折をレーベルとして続けたのが、まさしく〈TREKKIE TRAX〉だ。彼らが “IDK - idontknowwhatyoutalkingabout-” のリミックスを手掛けたのは、なかば必然めいたものを感じられる。その上、彼らはULTRA JAPAN 2025のメインステージでこの曲をプレイした。レーベル・クルーであるFellsiusの “Boss House” や、彼らがここぞというときにかけるOutlanderの “The Vamp (TTC Kick Rebuild)” など、〈TREKKIE TRAX〉総集編のようなDJセットの中で燦然と輝く “IDK (TREKKIE TRAX CREW Remix)”。“Strings of Life” が香るピアノのリフに、脱構築されたビートがお台場の空に舞った。

 同じく “IDK” のリミキサーとして、ベルリンを拠点に音楽シーンで暗躍するマーク・リーダーもクレジットに名を連ねている。マンチェスター育ちの彼は、ニュー・オーダーの “Blue Monday” の誕生に立ち会い、石野卓球をベルリンへ送り込んだ。また彼は、Wang Oneと同郷のインディ・バンド “STOLEN” の世界デビュー・アルバム『Fragment』のプロデューサーを務め、自身のレーベル〈MFS〉からリリースさせた。大陸間を横断しながら活動する様はまさに “密輸人”。なお、彼は『Fragment』に収録された “Chaos” のリミックスVer.も提供しており、そちらも大変クールだった。

 今回の “IDK -idontknowwhatyoutalkingabout-(Mark Reeder's Got You Remix)”では原曲にみられるTB-303のニュアンスを尊重しつつ、妖しげなシンセのサウンドをまぶした。ちなみにSTOLENが2024年1月30日と2月1日に大阪と東京でライブを行った際、Wang Oneはスペシャル・アクトとして抜擢されている。このとき披露したのは5曲程度だったが、インパクトは十分だった。

 そしてもうひとり、“IDK” のリミキサーがいる。それが10代なかばのDJ/作曲家・heykazma。“音に溶ける” パーティ〈yuu.ten〉のオーガナイザーでもあるheykazmaは、バイレファンキやジューク/フットワークのようなアブストラクなビートで老獪な音のジャーニーを紡ぎ出す。個人的な体感ではheykazmaのリミックスが最もフロアライクで、構成も明確だったように感じる。

 先のインタヴューによれば、Caseのルーツのひとつにゲーム音楽があるという。作中で流れるサウンドトラックによって、ダンス・ミュージックをはじめとする海外の音楽に開眼していった。昨今の中国ではオーセンティックなテクノやハウスがゲーム音楽として実装されるケースもあり、多くの才能あるトラックメイカーがビッグ・タイトルに関わっている。たとえばTSARなどはYellow Clawのレーベル〈Barong Family〉からのリリースで知られるChaceと共に中国の音楽ファンの間で並べて語られることもあったが、いまや『崩壊:スターレイル』をけん引する存在だ。

 インターネットを介して未知の音楽を発見し、自作曲を発表する。そしてゲームへと回帰。つまりいま、ダンス・ミュージックと接触するのに生身の空間でパーティを開く必要もないのだが、我々はフロアへと誘われてゆく。10代のパーティ・オーガナイザーが率先してイベントをうつのだから、やはりそこには特別な磁場があるのだ。マーク・リーダー、〈TREKKIE TRAX〉、heykazma。3世代にわたって証明されたのは、ネットの有象無象から生まれた情熱の行方なのかもしれない。

 そして中国の大海にも、我々が獲得してきた熱量や憧れと同じ類のものがただよっていた。それらがひとつ形として結実したのが、今回のリミックス盤だ。混沌とする昨今、音楽に世界や社会を背負わせるのは重すぎるかもしれない。だが、本作にはかつて我々がみたユートピアの片鱗がある。

Sleaford Mods - ele-king

 前作『UK Grim』からおよそ3年。スリーフォード・モッズのニュー・アルバム『The Demise of Planet X』が1月16日にリリースされる。先日発表された戦争孤児を支援するための曲 “Megaton” が話題となった彼らだけれど、新作はこの困難な現代で生きることがテーマとなっているようで、ゲストにはオルダス・ハーディングやグライム・ラッパーのスノーウィーの名も見える。
 ちなみにジェイソン・ウィリアムソンは先月、映画『GAME』で主演を務めることがアナウンスされたばかり(UKでは11月21日公開)。この夏日本でも上映された『バード ここから羽ばたく』にもちょい訳で出演していた彼だが、いよいよ本格的に銀幕デビュー、と。
 なおその『GAME』はなかなか興味深い経緯から生まれている。ポーティスヘッドのジェフ・バロウが自身の〈Invada Records〉内に新たに立ち上げた部門、〈Invada Films〉の第一作で、監督のジョン・ミントンはこれまでベス・ギボンズやスリーフォード・モッズ、ガゼル・ツインのMVを手がけてきた人物だ(『GAME』が長編第一作。バロウも共同脚本とプロデュースで参加)。ブリストルで撮影された同作は、1993年の英レイヴ・シーンを背景としたスリラー(!)とのことで、いやこれはかなり観たいでしょ。合わせてチェックしておきたい。

Sleaford Mods
ウィットに富みながらも辛辣に彼らはこの社会を批判する
現代UKパンクの真骨頂にして、労働者階級の代弁者であるスリーフォード・モッズ。
ニュー・アルバム『The Demise of Planet X』を1月16日にリリースすることを発表!
グウェンドリン・クリスティー、オルダス・ハーディング、スー・トンプキンズが参加!
アルバムのオープニング・トラック「The Good Life」をMVと共に公開。

『The Demise of Planet X』は、未来を予測することが非常に困難な状態の中で生きる人生、そして集団的トラウマによって形づくられた人生を表している。前作を書いたときは、停滞――まるで死体のように息をしていない国――についての作品だった。あれから3年、その死体は戦争とジェノサイド、そしてコロナ禍の長引く心理的影響によって切り裂かれ、SNSはグロテスクで歪んだデジタル操作の場へと変貌した。まるで廃墟の中で生きているような感覚。それは俺たちの集団的な精神に刻み込まれた、多層的でおぞましい異形のようなものだ。世界がクソみたいな状況に落ちていく中で自分を褒めるのもどうかと思うけど、『The Demise of Planet X』には本当に満足している。ただ突きつけるだけの作品じゃなくて、ちゃんとメガネをかけて中身を覗き込むように、じっくり味わう必要があるんだ。 - ジェイソン・ウィリアムソン(Sleaford Mods)

社会に対する不満や怒りを、DIYなパンク・サウンドとメッセージ性の強い歌詞と共に表現するスリーフォード・モッズが、ニュー・アルバム『The Demise of Planet X』を2026年1月16日(金)に〈Rough Trade Records〉よりリリースすることを発表した。アンドリュー・フェーンとジェイソン・ウィリアムソンによるこれまでで最もスケールが大きく野心的な作品である本作には、俳優グウェンドリン・クリスティー(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『ゲーム・オブ・スローンズ』)が初となる音楽作品への参加及び出演を果たし、さらにはライフ・ウィズアウト・ビルディングスの元フロント・ウーマン、スー・トンプキンスという稀少なゲスト参加に加え、〈4AD〉に所属するオルダス・ハーディング、ソウル・シンガーのリアム・ベイリー、そしてグライムMCのスノーウィーとのコラボレーションを収録。後者2人はどちらもバンドの地元ノッティンガム出身である。そして本日のアルバムの発表に合わせて、アルバムのオープニング・トラックである「The Good Life」がMVと共に公開された。ミュージック・ビデオは、ベン・ウィートリー(『イン・ジ・アース』『MEG ザ・モンスターズ2』)が監督を務め、先述したグウェンドリン・クリスティーとミッドランズ出身のバンド、ビッグ・スペシャルが出演している。

「The Good Life」は、社会的な崩壊と個人的な崩壊が入り混じった感覚を描いている。アンドリュー・フェーンよる切迫感のあるビートと魅惑的なメロディに乗せて、ウィリアムソンがマシンガンのような語り口で、音楽シーンに波紋を呼んだ自身の発言の影響を描き出している。ビッグ・スペシャルとグウェンドリン・クリスティーは、その発言によって生まれた混乱の中で揺れる、彼の内なる葛藤と苦悩の声を代弁している。「“The Good Life”は、他のバンドをけなすこと、そしてそれが自分にもたらす喜びと苦しみについて歌っている。自分自身に問いかけているんだ――なぜ自分はバンドをけなすのか?なぜそんなことをずっと続けているのか?グウェンドリンとビッグ・スペシャルは、俺の心の声を具現化してくれていて、“良い人生(=Good Life)”を楽しむべきなのか、それとも混沌に身を委ねるのかという、内なる葛藤をめぐって議論しているんだ」とウィリアムソンは語る。

Sleaford Mods Ft. Gwendoline Christie & Big Special - The Good Life (Official Video)
配信リンク >>> https://sleafordmods.ffm.to/goodlife

アルバムには、ありきたりな表現を打ち破る先日リリースされたシングル「Megaton」、オルダス・ハーディングによる雲のように軽やかなゲスト・ボーカルをフィーチャーした「Elitest G.O.A.T.」、有害な男らしさを鋭く突く内省的な「Bad Santa」、そしてBBCで60-70年代に放送されていた子ども向け番組『The Magic Roundabout』に着想を得た軽快なラップ・チューンであるタイトル曲などが収録されている。ノッティンガム出身のSSW、リアム・ベイリーは疲れきった世界を嘆くようなソウルフルな歌声で「Flood the Zone」に参加。トランプ主義への痛烈な批判を歌い上げている。グライム・ラッパーのスノーウィーは、「Kill List」で鋭いラップを披露。この曲はベン・ウィートリー監督の同名映画から着想を得たホラー・ヒップホップとなっている。さらに「No Touch」では、スリーフォード・モッズが、惜しまれつつ解散したライフ・ウィズアウト・ビルディングスのスー・トンプキンスをスタジオに招き、ウィリアムソンとのデュエットを実現。ふたりの人間味あふれる声がしなやかなベースラインとオルゴールのようなキーボードのモチーフの上で美しく絡み合っている。

『The Demise of Planet X』は、これまでで最も幅広く、表現力に富んだ音楽的アプローチを見せる作品だ。現代社会を描き出し、批判し、風刺しながら、広がりゆく社会の閉塞感に抗うように、普遍的な怒りとエネルギーの解放を叫んでいる。世界の終焉を大爆発ではなくじわじわと押し寄せる退屈で苛立たしい日常の波として見つめている今作は、鮮烈なサウンド、辛辣な言葉、包み込むような空気感、そして心を惹きつけるウィットによって反撃を繰り広げる。全13曲を通して、聴く者の心と頭、そして足をも揺り動かす作品となっている。

スリーフォード・モッズのニュー・アルバム『The Demise of Planet X』は、CD、LP、デジタル/ストリーミングで2026年1月16日(金)に世界同時リリース。国内盤CDには歌詞対訳・解説書が封入され、ボーナストラックとして先日発売された「Megaton」 7インチのB面に収録された曲「Give ‘Em What They Want」が収録される。輸入盤はCDとLPが発売され、LPは数量限定盤LP(ネオングリーン・マーブル・ヴァイナル)も発売される。また、数量限定のカセットも発売される。

label: Rough Trade Records / Beat Records
artist: Sleaford Mods
title: The Demise of Planet X
release date: 2026.01.16
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15448

・国内盤CD
(解説書/歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録)
・輸入盤CD
・限定盤LP
(数量限定/ネオングリーン・マーブル・ヴァイナル)
・輸入盤LP
・輸入盤カセット

Tracklist
01. The Good Life feat. Gwendoline Christie & Big Special
02. Double Diamond
03. Elitest G.O.A.T. feat. Aldous Harding
04. Megaton
05. No Touch feat. Sue Tompkins
06. Bad Santa
07. The Demise of Planet X
08. Don Draper
09. Gina Was
10. Shoving the Images
11. Flood the Zone feat. Liam Bailey
12. Kill List feat. Snowy
13. The Unwrap
14. Give ‘Em What They Want (bonus track for Japan)

CD

輸入盤LP

限定盤LP

カセット

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