「IR」と一致するもの

STUMM433 - ele-king

 こ、これはすごい。昨年より続いている〈MUTE〉のレーベル設立40周年企画、ついにそのメインとなるプロジェクト「STUMM433」が発表されることとなった。ジョン・ケイジの“4分33秒”を〈MUTE〉ゆかりの50組以上のアーティストがそれぞれの解釈で演奏するという内容なのだけれど(ケイジが何をやった人なのかについては、まもなく刊行される松村正人『前衛音楽入門』を参照のこと)、とにかく参加面子がすごいったらない。詳細は下記よりご確認いただきたいが、ア・サートゥン・レイシオ、キャバレー・ヴォルテール、ノイバウテン、去年ともに佳作を発表したクリス・カーターイルミン・シュミット、まもなく 1st がリイシューされるマーク・ステュワート、さらにはデペッシュ・モードやニュー・オーダーまで! 昨年レインコーツのアナ・ダ・シルヴァとの共作を送り出した Phew も参加しています。同プロジェクトの第一弾として現在、ライバッハのムーヴィーが公開中。それらの映像作品を集めたボックス・セットは5月にリリース予定です。

〈MUTE〉レーベル設立40周年企画のメイン・プロジェクト発表!
ジョン・ケージの歴史的作品「4分33秒」を、独自解釈で演奏した映像作品を集めたボックス・セットを今年5月に発売!
ニュー・オーダー、デペッシュ・モードなど、50組以上のレーベル関連アーティストが参加!
第一弾としてライバッハによる映像作品を公開!

「僕らがどこにいようとも、聞こえてくるのはほとんどがノイズなんだ」 ──ジョン・ケージ

〈MUTE〉は、レーベル設立40周年企画「MUTE 4.0 (1978 > TOMORROW) シリーズ」のメイン・プロジェクト「STUMM433」を発表した。
50組以上のレーベル関連アーティストによる新たな作品を集めたボックス・セット「STUMM433」を今年5月に発売することとなった。

レーベル創始者ダニエル・ミラーのプロジェクトでありレーベル第一弾アーティストのザ・ノーマルから、ニュー・オーダー、デペッシュ・モード、そして最新アーティスト K Á R Y Y N (カーリーン)に至るまで、まさに過去・現在・未来の50組以上のアーティストがこのプロジェクトに作品を提供する。また、ポスト・パンク時代の歴史的作品を今月25日に再発するマーク・スチュワートや、〈MUTE〉からアルバム『Our Likeness』(1992年)を発売したPhewも参加する。

内容は、全てのアーティストがそれぞれひとつの楽曲を独自の解釈を持って披露するというもの。その1曲とはジョン・ケージの歴史的な1曲、「4分33秒」である。「4分33秒」はあらゆる現代音楽の中でも最も重要な作品のひとつとされている。発表されたのは1952年で、この曲はあらゆる楽器、もしくはあらゆる楽器構成で披露することができる作品である。というのもこの曲の譜面は、一人の奏者、もしくは奏者たちが演奏時間内(4分33秒)に一切自分の楽器を演奏しないことを記している。初披露されたときはもとより、いまでも挑戦的で前代未聞とされるこの作品は、静寂、サウンド、作曲、そして聞くという一般概念を完璧なまでに変えてしまったのだ。

ダニエル・ミラー(レーベル創始者)はこのプロジェクトに関して次のように語っている。「ジョン・ケージの“4分33秒”は自分の音楽人生の中で長い間、重要で刺激を受けた楽曲としてずっと存在していたんだ。〈MUTE〉のアーティストたちがこの曲を独自の解釈でそれぞれやったらどうなんだろう? というアイデアは、実はサイモン・フィッシャー・ターナーと話してるときに浮かんだんだよ。私は即座に、これを〈MUTE〉のレーベル40周年を記念する《MUTE 4.0 (1978 > TOMORROW) 》シリーズでやったら完璧じゃないか、と思ったんだよ」。

このプロジェクトの第一弾としてライバッハが作品を披露した。ザグレブにある HDLU's バット・ギャラリー・スペースでおこなわれたインスタレーション「Chess Game For For」開催中に撮影・録音され、クロアチアのパフォーマンス・アーティストのヴラスタ・デリマーとスロヴェニア製の特製空宙ターンテーブルをフィーチャーした作品だ。

ライバッハ「4分33秒」映像リンク
https://youtu.be/mM90X-9m_Zc

この作品から発生する純利益は英国耳鳴協会とミュージック・マインド・マターへ寄付される。この団体が選ばれた理由として、インスパイラル・カーペッツの創設メンバーでもあるクレイグ・ギルが、自身の耳鳴りの影響による心身の不安から不慮の死を遂げたことが挙げられている。このボックス・セットは2019年5月にリリース予定、詳細はここ数ヶ月後にアップデートされていく。

「STUMM433」参加アーティスト一覧

A Certain Ratio, A.C. Marias, ADULT., The Afghan Whigs, Alexander Balanescu, Barry Adamson, Ben Frost, Bruce Gilbert, Cabaret Voltaire, Carter Tutti Void, Chris Carter, Chris Liebing, Cold Specks, Daniel Blumberg, Depeche Mode, Duet Emmo, Echoboy, Einstürzende Neubauten, Erasure, Fad Gadget (tribute), Goldfrapp, He Said, Irmin Schmidt, Josh T. Pearson, K Á R Y Y N, Komputer, Laibach, Land Observations, Lee Ranaldo, Liars, Looper, Lost Under Heaven, Maps, Mark Stewart, Michael Gira, Mick Harvey, Miranda Sex Garden, Moby, Modey Lemon, Mountaineers, New Order, Nitzer Ebb, NON, Nonpareils, The Normal, onDeadWaves, Phew, Pink Grease, Pole, Polly Scattergood, Renegade Soundwave, Richard Hawley, ShadowParty, Silicon Teens, Simon Fisher Turner, The Warlocks, Wire, Yann Tiersen

MUTE 4.0 (1978 > TOMORROW) シリーズ
https://trafficjpn.com/news/mute40/

MUTE関連情報
1) マーク・スチュワート(ex. ザ・ポップ・グループ)の歴史的デビュー作が、 新たに発掘された10曲の未発表曲を加えた決定版として1/25に再発!
https://trafficjpn.com/news/ms/

長袖Tシャツ付き限定盤も予約受付開始!
https://bit.ly/2TKcCLO

2) ウィンター・セール開催中! 〈MUTE〉作品(ニュー・オーダー、CAN、スワンズ、キャバレー・ヴォルテール、アルカ等)のウィンター・セール開催中!
国内盤CD:1,500円、輸入盤LP:1,300円、輸入盤CD:1,000円など(税別)。お見逃しなく!
https://bit.ly/2TKcCLO

mute.com


BOOMBOX&TAPES - ele-king

 時代の速度は速い。20年前は可能性のかたまりみたいに賞揚されてきたデジタル・メディア、いまみなさんが見ているインターネットも、いまではフェイクだ宣伝だバイトニュース(アクセス数稼ぎの扇情的な見出し)だ、とか、眼精疲労にもなるし精神的にも中毒性が高いなどなど、むしろバッドな側面のほうが露呈している始末。そんななかでアナログに脚光が当たるのも無理もないというか。カセットテープ愛好家のための同人誌が刊行されました。同人誌といっても、『BOOMBOX&TAPES』(へのへのもへじPRESS刊)。はA4判型/40ページフルカラーのゴージャスな作り。カセット・テープおよびカセットデッキの紹介があり素敵な写真があり、愛好家たちのインタヴュー記事があります。文字も詰まっているし、ヴィジュアルも豊富で、読ませて見せますよ! 限定500部で、すでにけっこう売れているそうなので、うかうかしていると売り切れてしまうかも。
 ele-kingがカセットに着目したのはちょうどいまから10年ほどまえのUSのインディ・シーンがきっかでした。〈Not Not Fun〉のようなレーベルががしがしカセット作品を出してたし、で、しばらくするとヴェイパーウェイヴが出てきてカセット作品&フリー配信というリリース形態を確立しましたよね。まだまだカセットが衝撃だった時代だけど、いまじゃすっかり普及したというか、アナログ盤ほどじゃないにせよ、少なくともVHSビデオカセットや2HDフロッピーよりは(笑)、ほぼ選択肢のひとつとして定着している感はある。じつはあの当時、カセット作品を聴くためにTAEACのカセットデッキを中古で買ったんですけど、数年まえに壊れてしまったしまったんですよね。買い換えようと思っているうちに、中古のカセットデッキも値上がってしまったみたいで、ぼくはもう1台小さいのを持っているからいいんですけど、カセットの良さってやっぱ音質ですよね。あの音質は、ギガバイトの世界にはないので、音好きのひとはカセット聴いて下さい。新しい世界が広がりますよ~。

へのへのもへじ同人誌
猟奇偏愛同人誌(FUNZINE ABOUT SUPER STRANGE LOVE)
創刊号:BOOMBOX&TAPES
価格 : ¥1,500YEN+TAX(500部限定)


【Featuring】松崎 順一(Design Underground代表)/MAMMOTH(日本シンセサイザーノイズHOPグループ)/Geoff Johnson(ラジカセDr.)/五十嵐 慎太郎(MASTERED HISSNOISE代表)/角田 太郎(waltzオーナー)/赤石 悠(toosmell records代表)/糸矢 禅(LIBRARY RECORDS代表)/草野 象(ON SUNDAYSマネージャー)
【2018年11月12日発売/500部限定/日英バイリンガル原稿】
【体裁】A4オールカラー44ページ(オフセット印刷、無線綴じ)

西暦2018年XXX日本。
マーケティングビジネス、ファストファッション、コンビニ、巨大モールが疫病のように蔓延。かっての拘りのある個性ある店や、その良し悪しを教えてくれたちょっと怖い憧れの店員さんは絶滅し、当たり障りの無いお決まりの接客の顔なしのような店員が大量増殖。その結果、我々の審美眼、美意識、パッションは失われ、優秀な人材は海外に流出する始末...。
その一方で。
入手困難、高額、かさばる、不便、手間がかる無用の長物に価値を見出し、その魅力に憑かれてしまった偏愛家と呼ばれる方々がいる。
我々へのへのもへじPRESSは、
憂いを持って、
現状の日本に対するアンチテーゼとして、
御意見無用!の偏愛家たちのパッションとアティチュード、その物の価値体系を記録する同人誌を創刊する事にした。
記念すべき創刊号はカセットテープとラジカセの偏愛について。
カセットデッキにお気に入りのミックステープを突っ込んで、のんびりとご覧下さい。
その心意気はスペインの諺よろしく
「優雅な生活が最高の復讐である」
でどうぞ夜露死苦。

2018 A.D. XXX JAPAN.
Manual marketing business, fast fashion, convenience stores and giant shopping malls plague the landscape.
Shops with originality have all disappeared with knowledgeable enthusiastic sales staff. They are all replaced by faceless robots who just repeat their routine work.
With them, sense of beauty and passion for good taste are all lost. Gone are the talents who can tell what is good and beautiful.
On the other hand…we know there are ‘’maniacs’’ who cannot help seeing charm and beauty in useless, hard to find, rare and pricey, bulky and inconvenient stuff.
We are launching a fanzine titled HENOHENOMOHEJI-PRESS for those maniacs who don’t give a damn to the mainstream rubbish culture. It is an antithesis to the dominant depressing cultural landscape. Our zine is aimed to record the passion, attitudes and values of the fringe maniacs, just like you.
Our first issue features quirky love for cassette tapes and boom box. Play your favorite compilation tape on your boom box to get the max out of the zine!
As they say in Spain, our motto is ‘’an elegant life is the best revenge’’.
Enjoy your elegant life.


■現在の全国販売協力店 14店舗
@museumshop_onsundays (東京/外苑前)
@hmvrecordshop_shibuya (東京/渋谷)
@giftlabgarage (東京/清澄白河)
@toosmellrecords (東京/吉祥寺)
@eadrecord (東京/高円寺)
@newport054 (静岡)
@theapartmentstore.jp(名古屋)
@storeinfactory (名古屋)
@liverary_extra (名古屋)
@c7cgalleryandshop (名古屋)
@library_records (富山)
@eyejackdesignstudio (広島)
@ongakushokudo_ondo (広島)
@shimacoya (香川県直島)

山口美央子 - ele-king

 山口美央子が80年代初頭にリリースした3作品(『夢飛行』、『NIRVANA』、『月姫』)がようやく復刻再発されたということは、昨年2018年のリイシュー・シーンの中でも特に大きな出来事だった。デンシノオト氏によるレヴューでも言及されているように、これらのリイシューは、単に「懐かしの和モノ盤」の発掘というわけではなく、昨今の音楽シーンの動向と密接に連動するものだった。
 井上鑑がアレンジを担当し、《4人目のYMO》松武秀樹がプログラミングを担当した1st 『夢飛行』と 2nd 『NIRVANA』は、シティ・ポップとテクノ・ポップの小粋なマリアージュとして、いかにもテン年代末的リスニング・センスに合致するものだ。そして、一風堂の土屋昌巳がアレンジャーとして参加し、前2作と同じく松武がプログラミングを担当した 3rd 『月姫』は、収録曲“白昼夢”に象徴的なように、昨今のジャパニーズ・アンビエント再評価以降のムードにドンピシャなこともあって、3作中でも最もリイシューが望まれていた作品だ。ニューエイジ~アンビエント的なるものが様々なジャンルへ波及していった2010年代後半に再評価されるにあまりにもふさわしい、決定的名盤として、『月姫』への再評価はとどまることを知らない。

 そんな中、昨年驚くべきニュースが飛び込んできた。その山口美央子が、35年ぶりに新作アルバムをリリースするというのだ。前述のオリジナル作をリリースした後の彼女は作曲家に転身し、プロフェッショナルとしてもっぱら様々な歌手へ楽曲を提供してきた(一般的な歌謡曲~和モノ・ポップスのファンにはそうした側面の方が馴染み深いかも知れない)。その輝かしい作曲キャリアでこれまで曲提供をおこなってきた歌手は、今井美樹、稲垣潤一、奥菜恵、CoCo、郷ひろみ、ともさかりえ、原田知世、光GENJI、渡辺満里奈、鈴木雅之、John-Hoon、田村ゆかりなど、錚々たる面々だ(個人的には、斉藤由貴との仕事は、いまこそじっくりと聴き返すべき素晴らしいものばかりだと思っている。『月姫』の世界がさらに発展していたら、という妄想を抱かせたりもする)。
 そのように、いわゆる《歌謡曲~J-POP》の王道で仕事を続けていた彼女だったが、上述の通り昨年過去作3作が松武秀樹が主宰するレーベル〈pinewaves〉からリイシューされたことをきっかけに国内外から再度大きな注目を集めることになり、トントン拍子で新作制作の話が持ち上がったのだという。

 昨年の5月から制作が始められたという本作は、松武からの提案もあってアレンジは山口美央子自身が担当することとなった。元来作曲家・歌手と並行してサウンド・クリエイター的志向を強く持っていた彼女だけあって、今作のアレンジではその類稀且つ精緻なセンスが縦横に花開いている。先日 Real Sound にて公開された山口と松武の対談記事によれば、山口は DAW に Cubase を使用し、そこで作成したデータを松武とやりとりしながら仕上げていくという形を取っているようだ。山口自身によるソフト・シンセや松武によるアナログ・シンセサイザーなどが縦横に絡み合う様は、シンセ・ポップ~テクノ・ポップを時代の先端で切り拓いてきたふたりが、先駆者ならではのやり方で現代の機材と伸び伸びと戯れる様を彷彿とさせる。ベテランならではの靭やかさと余裕に溢れた、風通しの良い音が耳に飛び込んでくる。
 もちろん、収録曲全体から、80年代の3作へのセルフ・オマージュとでもいうべき要素も垣間見られるのだが、やはり注目すべきは『月姫』との連続性だろう。あえてFM音源的なシンセサイザー・サウンドを駆使し、2019年とあの時代を太くつなぎながら、この作品がいま生まれるべくして生まれたのだということを強く喚起する。特にM5 “エルフの輪”はせせらぐ水の音とクリスタルなシンセサイザーが空間を浸し、小品ながら再注目を集めるニューエイジ~アンビエントの美点を強く訴えかける。そういった視点では、ここから続くアルバム後半の流れこそが白眉といえるかもしれない。特にM7 “幸せの粒”の、円熟の極みと言えそうなソングライティング。さらに深みを増したその歌声がメロディーをゆっくりと慈しみ、シンセサイザーのみずうみに漂っていく。

 また、『夢飛行』の“お祭り”、そして『月姫』に収録されていた“さても天晴 夢桜”に続く「和風三部作」の完結編と位置付けられているM3 “恋はからげし夏の宵 / Ton Ten-Syan”も、今作のもう一つの側面を象徴する楽曲だろう。かねてより彼女が志向していた《ジャパネスク》路線の完成形とも呼べそうな本トラックは、メロディーの叙情や三味線とシンセの交差が特徴的で、そこからいま反射的に思い出すのは、ボーカロイドなどが定着してからこちらの、ドメスティックなJ-POP~アニソン的な DTM 風景かもしれない。しかしながら、むしろそれらは、彼女や松武秀樹といった先駆者が耕した音楽的大地で育った後の世代によって芽吹いた《日本的な》音楽文化でもあるわけで、ここではオリジネーターとして現在のそういった J-POP サウンドに逆オマージュを捧げているようにも思われる。また、続くM4 “異国蝶々”でも同じくオリエンタル(=俯瞰してみた異国としての日本)なテイストが横溢し、爽快なシンセ・スカ・ポップに仕上げられている。

 上述の Real Sound でのインタヴューでも述べられているように、彼女の興味は、内外の古典やゲーム、オリエンタリズム、デカダン、ファンタジー、SF、海外ドラマ、音楽の形而上学、スピリチュアリティなど、非常に多岐に渡っている。それらひとつひとつを、80年代から現在に続く時間軸の中、過去と未来に様々な音楽要素として反射し続けてきたことで、アーティストとして、作曲家として、彼女はこの国のポピュラー音楽界に大きな輝きを与え続けてきたのだろう。実際、彼女が関心を寄せる上記のトピックは、音楽以外も含めてこの国のポップ・カルチャーで常に重要な要素として参照されてきたものだし、また大変興味深いことに、現在のポスト・インターネット状況下の思想の前衛において、色々な文脈で関心が向けられている事柄にもシームレスに連結されるものでもある。
 そういった意味でもまさしく、このアルバムは、いま2010年代末に作られるべくして作られたものだと言えるだろう。ドメスティックとグローバルの表裏関係がメビウスの帯のようにねじれ、過去が新しく、未来が懐かしくなる、いまという時代において。


Mira Calix - ele-king

 ミラ・カリックス――紙エレ23号でも少しだけ触れたけれど、彼女はとてもおもしろいアーティストだ。90年代半ばにエレクトロニカの文脈から浮上してきた彼女は、2000年に『One On One』という良作を残し、その後ゼロ年代には現代音楽をおもなレパートリーとするロンドン・シンフォニエッタや、昨年アルバムをリリースしたオリヴァー・コーツ、そしてなんと虫たち(文字どおり虫です)と共演。以降も映画や演劇のスコア、インスタレイションなどをつうじて精力的に活動を続けてきた。
 そんな彼女が久しぶりにフィジカル作品を発表する。〈Warp〉からのリリースは2008年の『The Elephant In The Room』以来じつに10年ぶりだが、公開された新曲“rightclick”は予想以上に低音が効いていて、初期ともゼロ年代とも異なる趣を携えている。これは早くほかの曲も聴きたいですね。ミラ・カリックスの新作EP「utopia」は1月25日、10インチ・ヴァイナルとデジタルにて発売。

mira calix

〈WARP〉初期より活躍する才女、ミラ・カリックスが〈WARP〉からは10年ぶりとなるEPのリリースが決定! 新曲“rightclick”のMVが解禁!

レディオヘッドのサポートアクトへの抜擢やボーズ・オブ・カナダのリミックスなどで話題を呼び、初期より〈WARP〉の屋台骨的な活躍をしてきたミラ・カリックス。〈WARP〉からは10年ぶりとなるEP、「utopia」が1月25日に発売されることが決定し、同時にEPに収録される楽曲“rightclick”のMVが公開された。

mira calix - rightclick
https://www.youtube.com/watch?v=w1mZWs1Neis

このEP制作のように、自分にタイム・リミットや厳しいルール、幅の狭い音の種類を与えること、ライター、プロデューサー、ミュージシャンとして完全に自主的に取り組むことはとても新鮮だった。それはある意味で自分のルーツ、〈WARP〉から初めて10インチのヴァイナルをリリースした時に戻ってくるような感じだけれど、全く新しいもののような遊び心があるようにも感じたわ。 - Mira Calix

彼女の最近のプロジェクトは、野心的な合唱音楽作品やパフォーマンス・アーティスト、独特なスピーカー拡散システムなどを取り入れたサウンド・インスタレーションといった活動が中心になっており、10年ぶりとなる〈WARP〉からのリリースに関しては自身が「全く新しいもののような遊び心があるようにも感じた」と語るように、フレッシュさを感じさせる内容となっている。

待望の10年ぶりとなるEPは1月25日にアナログとデジタル配信でのリリースを予定しており、iTunes Store でアルバムを予約すると公開中の“rightclick”がいち早くダウンロードできる。

label: Warp Records
artist: mira calix
title: utopia
release date: 2019/01/25 FRI ON SALE

[tracklist]
1. rightclick
2. just go along
3. upper ups
4. bite me

more info:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10043

Mike - ele-king

 クラインに対するブルックリンからのアンサー……といってしまおうか。19歳でニューヨークの新たな前衛とされているDJブラックパワーことマイケル・ジョーダン・ボニーマは昨年5月に『Black Soap』がリリースされた時はどうしてこんなに騒がれるのかと不思議だったのだけれど、基本的にはリリックに対する評価が大きかったようで音楽だけで判断できるものではなかった。マイクはクラウド・ラップとは「別種のインターネット・スター」とまで持て囃されていたものの、僕は1〜2回聴いて、それきりだった。しかし、その後に〈レックス〉からリリースされた『Renaissance Man』と年末に放たれた『War in My Pen』というミックステープで、今度は音楽的に耳が止まり、しばらくして、ああ、『Black Soap』の人かと気づいた次第である。改めて『Black Soap』のレビューを探してみると、彼の親はナイジェリア移民で、彼自身はニュージャージーで生まれ育ち、母親に連れられて5歳でロンドンに渡り、それまで聴いていたラップにはなんの興味もなかったものがロンドンでグライムと出会ったことから始めてラップに興味を持ったのだという。その時の「自分探し」の過程をそのままアルバムのテーマとしたものが『Black Soap』で、これがどうやら大きな共感を得たということらしい。ニール・ゲイマンの『アメリカン・ゴッズ』にアメリカ人は自分探しをせず、「わかったフリをしているだけ」というセリフがあったけれど、彼はむしろそれを大々的にやったということになる。そして彼の思いはナイジェリアヘと飛び、歌詞も一部はヨルバ語で歌われ、西アフリカで普通に見かける石鹸=ブラック・ソープのパッケージをジャケット・デザインに流用したことも「自分探し」のヴィジュアル展開だと。『Black Soap』に続く『Renaissance Man』ではあからさまに「Why I’m Here」「Rebirth」と言った曲名が並び、そして、後半で畳み掛けるように続くのがクラインを思わせるドローンじみたトラックの連打。これはどう考えてもロンドン滞在中に同じナイジェリア系のクラインと接触があったか、少なくとも音源に感化される機会があったとしか思えない。NHK「たぶんそうだったんじゃないか劇場」なら、そう結論づけるだろう。

 そして『Renaissance Man』ではまだ借り物という感じでしかなかったサウンド・プロダクションが『War in My Pen』では確実に自分のものとなっているプロセスを確認することができる。あからさまにクラインの影響がそのまま出ているトラックは姿を消し、冒頭の「Choco」や「Nothin’ to Me」ではドローンがループされ、シンプルに仕上げられているにもかかわらず、どこにも隙間のない濃密な音の洪水が耳に注ぎ込まれる。「なんでトリップしてるんだい 自分の楽しみを見つけなよ 賢いニガーはガキの言うことなんか聞かない」と歌い出しながら、「grabba」、「October Baby」とサイプレス・ヒルよりもむせ返えるスモーカーズ・トラックで攻め立て、「オレは肺がつぶれるほど吸ってる」とか「害を及ぼすことと吸うことは別なこと」などと続けていく。ずばり「smoke」と題された曲では「Listening to smoke」と感覚的な歌詞を繰り返し、ラップにありがちな虚勢よりも自分がどこにいるかと言うことを繰り返し言葉にしているのだろう。規模は小さいけれどノーネームに近い心象風景を題材にしているのかなと思ったり(そこまで英語やスラングのニュアンスは僕にはわからない。「We was」とかどう訳すねん?)。「NeverKnocked」や「Rottweiler」で使われている強烈なグリッチ・サウンドはおそらく2年前にグリッチ・シャンソンのネヴェー・ゲット・ユースド・トゥ・ピープルの影響で流行ったティック・トックのグリッチ・チャレンジをヒップホップ的に展開したものなのだろう。これらはあまりにもサイケデリック。そして、クラインよりもどこか陽気な感じがとてもいい。

 ロンドンでグライムに感化されたマイクは、アメリカに戻ってからスラム(sLUms)というポッシを結成している。ゼロ年代のヒップホップはグループが成り立たず、50セントやエミネムと行ったソロMCの時代だと言われていたけれど、この10年はそういったソロMCがゆるくつながっていたという印象があり、ロサンゼルスのオッド・フューチャー、ニューヨークのエイサップ・モブ、そして、エイサップ・モブとは抗争の相手と化してしまうフロリダのレイダー・クラン(スペースゴーストパープ)が個性的な若手を続々と送り出してきた。ヒップホップに興味を持ったマイクも10歳を過ぎた頃にはオッド・フューチャー(のとくにアール・スウェットシャツ)に強く影響を受けたと語っており、シックスプレスやキング・カーター、メイソン、ジャズ・ジョーディといった6人の迷子が一緒にいることで死が身近にある環境でも音楽によって自由をつくりだすことができるのだという。彼らは政治的な見解が一致し、初期には社会的な不安を、最近では希望をラップし始めている。そう、「Like My Mama」はドン、ドンというドラムの音だけで別世界に連れて行かれる。これに変調された声が蚊のようにクルクルと宙を舞い、「PRAYERS」ではスクリュードされたゴスペルのコーラス、「UCR」はまさにクラインへのアンサーとしか思えないドレムレスの展開に突入し、「Red Sox;babylon」に橋渡しされる流れは鳥肌もの。リル・Bとはかなり仲がいいという噂もなるほどという感じでしょうか。リー・ペリーやマッド・プロフェッサーのファンもこれは唸るんじゃないかな。峠を越えて後半4曲は少し落ち着いた展開に戻り、歌詞も真実だとか歴史といった社会派のニュアンスを醸し出すものに。最後にそして、人生に対して妙に弱気な「For You」ですべては閉じられていく。嫌な終わり方というほどではないけれど、それこそ煙がどこかにかき消えてしまうような感触が残り、夢でも見ていたような気分に。

ZULI - ele-king

 エジプト・カイロを拠点に置くアーティスト、Zuli のデビュー・アルバム『Terminal』が、Lee Gamble が主宰するレーベル〈UIQ〉よりリリースされた。これまで3枚のEPを〈UIQ〉と〈Haunter Records〉からリリースしてきた。その内容はインストゥルメンタルで、グリッチやノイズ、グライムっぽいうねるようなベース音も顔を見せる変則的なダンス・ミュージック。2017年にはベルリンのCTMフェスティヴァルでは地元であるカイロをテーマとした360度ヴィデオのインスタレーションを発表。活躍の舞台を着実に広げ、特に〈UIQ〉からのリリースはレコード店で売り切れるほどの人気ぶりだ。

 Zuli、本名は Ahmed El Ghazoly という。10歳まではイギリスで暮らし、グランジやブリット・ポップ、ケミカル・ブラザーズやプロディジーを聞き、両親の都合でエジプトに戻ってきたという*。所謂エジプトの伝統音楽やポップスに関心が向かず、UKの音楽に影響を受けて制作をしてきたという。また、同志のアーティストと Kairo Is Koming というコレクティヴを作り、ふたつの拠点でラッパーやアーティストとコラボレーションしながら活動をしているという。

 そうした集団での制作も方向性に反映されているのだろうか。今作『Terminal』は、これまでのインストゥルメンタル、変則テクノ的な音楽性から、トラップ、ジューク、ラップとの混交、またラッパー、シンガーとのコラボレーションが際立つ。1曲目から 6. “Stacks & Arrays”までは808ベース、残響音のようなベースとノイズが不規則に鳴らされ、不穏なサウンドスケープが展開される。7曲目の“Kollu I - Joloud feat. MSYLMA”で歌唱が、8. “Akhtuboot feat. Abyusif”でラップが初めて耳に入る。しかしどちらも3~4分の商業的なレコードのフォーマットではなく、断片的に流れていく。9. “Mazen”でも Abyusif のラップが使われているが、切り刻まれ、引き伸ばされ、あるいはピッチを変えられて、声そのものが変態していく。ラップは、11. “Ana Ghayeb feat. Mado $am, Abanob, Abyusif”でようやく聞き取れるレヴェルのラップが一瞬姿を見せる。フリースタイルする(ような)彼らのラップは素晴らしく、ソロ作品を聴きたくなる。

 『Terminal』というアルバム・タイトルから思い起こされるのは空港である。〈NON〉の Chino Amobi が一見無国籍でクリーンな空港という空間に、人種・政治的な関係を見出したのと同じように、このアルバムの不穏さもローカルな状況につなげて考えることができる。Zuli の活動の中心であるエジプトは「アラブの春」に端を発する政治・経済的な混乱が続いていて、混乱の前後でカイロの貧困率は2倍近くに増加したというデータもある。

 切り刻まれ、グリッチされた歌詞の内容は理解不能であるが、音が生み出す不規則・不穏な空気感とカイロの社会的・政治的な状況が重なる。グリッチやノイズは予期せぬ第三者からの干渉の結果に聞こえる。なにかを告発するはずだった通信・録音が遮断され、干渉され、散り散りになったデータとなって再生されているような、または、デジタル情報の残骸のような質感。12. “In Your Head”のビートレスのアンビエント、冷たいピアノの一音がさらにアルバムの緊張感を持続させる。その曲での後ろで響くのは、男の会話ともヒソヒソ声とも取れる音。密告のようにも、心の中の「勘ぐり」にも聴こえてくる。緊張や不安はアルバムの全編を通じて漂い続けている。

 このアルバムを聴くことは、生成されたデジタル情報が捻じ曲げられたり、隠されたりする痕跡を辿っていく行為かもしれない。しかしもう一方では、そうしたデジタル情報が不完全に捻じ曲げられたり、隠されきれなかったりする。そうした人間味を感じさせるサウンドでもある。音が不規則でありながら緊張感が持続する、エレクトロニックながらどこか「生っぽく」感じられる。そういった多面性を持ったアルバムだ。

 * TIGHT Magazine のインタヴューより。

Drone, Bengal Sound, Rocks FOE - ele-king

 ロンドンに「Keep Hush」という YouTube のライヴ配信チャンネルがある。UKガラージやグライムからハウス、テクノ、ディスコまで幅広いDJ、トラックメイカーがプレイする不定期番組で、Boiler Room や Dommune といった番組を思い浮かべてもらえればいいと思う。そういったライヴ配信チャンネルと異なるのは、彼らが「ロンドンの若手アーティスト」に焦点を当てている点と、毎回開催場所を変えて、秘密のロケーションでおこなわれる点だ。場所は開催直前に登録制のメールマガジンに配信される仕組みで、小さめの会場でおこなわれることもあいまってアットホームな空気が伝わってくる。また、配信時のザラついた質感は90年代のレイヴを意識しているのでは、と邪推したりした。

 そんな Keep Hush にて、〈Coyote Records〉が主催する夜には新鮮さと勢いを感じた。下の動画でプレイしているのは気鋭の若手アーティスト Drone だ。

Drone DJ Set | Keep Hush London: Coyote Records Presents

 Drone は自主作品のUSBに続き、2018年は〈Sector 7 Records〉から「Sapphire」をリリース、続いて〈Coyote Records〉から「Light Speed」をリリースした。

Drone - Light Speed
https://bit.ly/2P6ZlKx

 Keep Hush のプレイでもリワインドされた Drone の“East Coast”はサンプリングの声ネタ・金物が印象的で、組み合わせられるUKドリルを感じさせる、うねるようなキック・ベースにハイブリッドなセンスを感じる。

 さらに紹介したいのは、上にあげた Drone が何曲かプレイしている Bengal Sound。2018年にコンセプト作品『Culture Clash』をカセットでリリースしている。

Bengal Sound - Culture Clash

 全ての曲でボリウッド映画のサウンドトラックからサンプリングしており、ハイエナジーなベースラインにサンプリングされたローファイなホーンやパーカッションがとても自然にマッチしている。手法に関して言えば、Mala が『Mala in Cuba』でキューバ音楽を用いたのと比べることもできるが、こちらはよりローファイなカットアップ、ループ感はインストのヒップホップを思わせる。

 サンプリングという観点で最後に紹介したいのは、ラッパーでありトラックメイカーである Rocks FOE。ラッパーとしてもアルバムをリリースする傍ら、日本でも人気を集めるレーベル〈Black Acre〉から 140 bpm のインストゥルメンタル作品もリリースする。多くの作品でサンプリングを用いており(寡聞にしてそれぞれのサンプリング・ネタがわからないのだが……)、ホーンやディストーションされたシンバル、そして低く震えるラップは独自の怪しげな世界観を築いている。

2018年6月にリリースされた Rocks FOE のアルバム『Legion Lacuna』
https://rocksfoe.bandcamp.com/album/legion-lacuna

 こうしたザラザラとしたサンプリングをおこなったダブステップについては、2016年の Kahn, Gantz, Commodo による名盤『Vol.1』が思い起こされるが、その後のシーンについてはどうだろうか。〈Sector 7 Records〉を主催する Boofy はインタヴューでこのように述べている。「ダブステップには、(シーンを語る上で)欠かせない歴史もあるけど、いまお気に入りのアーティストはもうそういう「レイヴ・バンガーの公式」の教科書は気にしないでやりたいようにやっているよ」(Mixmag, Jan, 2019)

 近年のダブステップはサンプリングのセンス、音の組み合わせ方が新鮮さに満ちていて、常にインスピレーションを与えてくれる。

Mansur Brown - ele-king

 ひとりの亡霊が音楽シーンを徘徊している――アンビエントという亡霊が。いや、べつにいまにはじまった話ではないけれど、とりわけ近年はさまざまなジャンルにアンビエント的な発想が浸透していることを改めて実感させられる機会が多い。もちろん一口にアンビエントと言っても、イーノ的なそれだったりレイヴ・カルチャー以降のチルアウトだったり、あるいはグライムのウェイトレスだったりヴェイパーウェイヴだったりといろんな展開のしかたがあるわけで、その亡霊はヒップホップやロックの分野にも、そして当然のようにジャズの領域にも忍び込んでいる。フローティング・ポインツの『Elaenia』(2015年)なんかはその好例だし、そしてこのマンスール・ブラウンのアルバムにもまた同じ亡霊がとり憑いている。

 現在のUKジャズ・ムーヴメントを加速させる契機のひとつとなったユセフ・カマールのアルバム『Black Focus』に参加したことで注目を集めたマンスール・ブラウンは、もともとはトライフォース(Triforce)という当時大学生だった面々が組んだバンドの一員で、そのときの超絶的なギター・プレイが話題となりシーンに浮上してきたギタリストである(トライフォースのアルバム『5ive』もユセフ・カマールとほぼ同時期にリリース)。その後アルファ・ミストやリトル・シムズの作品に客演した彼は、2018年のジャズの流れを決定づけたコンピ『We Out Here』にもトライフォースとして参加、松浦俊夫のアルバムにもフィーチャーされるなど着実に知名度をあげていき、最近ではハーヴィー・サザーランドの新曲に参加したり、まもなくリリースされるスウィンドルの新作にも名を連ねたりと、ますます活躍の場を広げていっている。その勢いに乗って放たれたファースト・ソロ・アルバムがこの『Shiroi』だ。

 ギタリストとしての彼についてはジミ・ヘンドリックスの名がよく引き合いに出されているけれど、本作における彼はそのようなスタイルを抑圧し、静穏な演奏に徹している――とまで言ってしまうと語弊があって、たしかに“Godwilling”や“Flip Up”のようにエレクトリック・ギターの唸りが大いに華を添えている曲もないわけではない。ただ、それ以上にリスナーの耳に突き刺さるのは、アルバム全体を覆うどこまでも幽遠なディレイのほうだろう。それによって生成されるアンビエント的なムードは、たとえば先行シングルとなった“Mashita”によく表れ出ていて、雨音のような具体音とギターの残響とが密やかに重ね合わせられていく様には息を呑まざるをえない。遠くの谷からこだましているかのようであり、逆に窓のすぐ外で奏でられているかのようでもある不思議なエコー、それらが織り成すなんとも幻妖な音色の数々は、どうしたってドゥルッティ・コラムを想起させる。
 冒頭“The Beginning”ではそのディレイが、左右に振り分けられたテープの逆再生音と絡み合うことでサイケデリックな趣を醸し出しているが、他方でベースの動きもおもしろく、独特の拍の強弱が肉体的な躍動感をもたらしてもいる。続く表題曲でも淡いギター・エフェクトとグルーヴィなベースとの対比が強調されていて、低音パートもまたこのアルバムのたいせつな要素であることがわかる。“Back South”や“Simese”などのファンキーなベースはその何よりの証左だし、“Me Up”や“Flip Up”で鳴らされるブロークンビーツ由来のビートも非常に良い効果を生んでいる。ようするに、霧のごとく宙を漂うギター・ディレイとグルーヴィな低音パートとの幸福な出会いこそがこのアルバムの肝であり、「地に足の着いた浮遊感」とでも表現すればいいのか、彼岸へと連れ去られそうになる意識をご機嫌なベースラインがしっかりと此岸に引き止めてくれている。

 2018年はUKジャズの画期として記憶されることになるだろうけれど、そのUKジャズの熱気とアンビエント的なものの浸透とを一手に引き受けたこの『Shiroi』は、どちらの観点から眺めてみても異色の魅力を放っている。こういう作品がぽっと生み落とされるからこそムーヴメントはおもしろいのだ。マンスール・ブラウン、しばらくは彼の動向から目が離せそうにない。

Sho Madjozi - ele-king

 南アフリカから2グループ。ゴム・ミニマルやゴム・ゴスペルなど南アのダンス・アンダーグラウンドはこの1年でどんどん細分化し、ゴムとトラップを掛け合わせたマヤ・ウェジェリフ(Maya Wegerif)も昨年デビューしたばかりだというのに早くもアルバムを完成、時にシャンガーン・エレクトロを交えつつ、不敵で闊達なフローがあげみざわ(と、思わず女子高生言葉)。アフリカのヒップ・ホップというとアメリカのそれに同化してしまう例がほとんどなので、アメリカのプロダクション・スタイルも消化した上で、こうしたフュージョンに挑むのはそれだけでも心が躍る。昨年、ゴム直球の”Huku”が注目されるまでは主にファッション・デザイナーとして活動してきたらしく、なるほど奇抜な衣装でパフォーマンスする姿がユーチューブなどで散見できる。アルバム・タイトルは南アの北端に位置するリンポポ州をレペゼンしたもので、ツォンガの文化をメインストリームに流し込むのが彼女の目的だという。ラップはツォンガ語とスワヒリ語、そして英語を交えたもので、「フク、フク、ナンビア、ナンビア、フク、ナンビア」とか、基本的には何を歌っているのかぜんぜんわからない。きっと「指図するな」とか「本気だよ」とか、断片的に聞こえる歌詞から察するに、若い女性ならではのプライドに満ちた歌詞をぶちまけているのだろう。楽しい雰囲気の中にも負けん気のようなものが伝わってくるし、いにしえのマルカム・マクラーレンを思わせる柔らかなシャンガーンの響きがとてもいいアクセントになっている。

 南アでも広がりを見せるヘイト・クライムは殺人事件に発展する例も少なからずだそうで、なぜか白人やアジア人は襲われず、南ア周辺から流れ込む他の国の黒人たちが暴力の対象になっているという。リンポポ州は南アの最北端に位置し、ジンバブエと国境を接している。先ごろ、軍事クーデターが起きるまでハイパーインフレで苦しむジンバブエの国民たちはかなりの数がリンポポ州に流れ込んでいた。ムガベ独裁が倒れたとはいえ、ジンバブエの状況がすぐに好転したとは思えず、人種的な緊張状態がまだ残っている可能性があるなか、アルバムのエンディングで「ワカンダ・フォーエヴァー」とラップするマヤ・ウェジェリフの気持ちにはそれこそ切実なものが感じられる。「ワカンダ」とは映画『ブラック・パンサー』で描かれた架空の国で、白人たちには知られなかった黒人たちによる文明国家のこと。あの映画のメッセージがアフリカの黒人たちを勇気づけている好例といえるだろう。全体にゴムの要素が強く出ている曲が僕は好きだけれど、とりわけ”ワカンダ・フォーエヴァー”は気に入っている。ちなみにムガベを国賓として迎えていたのは安倍晋三、軍事クーデターを裏で動かしたのは中国政府である。詳細は省くけれど、現在、ドナルド・トランプのヘイト・ツイートが南アの政治を再び混乱させたりもしている。

 モザンビークやナミビアといったヘイトの対象となっている黒人たちをサポート・メンバーに加えたバトゥックもセカンド・アルバムをリリース。ゴム以前のクワイトをダブステップと結びつけたスポエク・マサンボがプロデュースするヨハネスブルグのハウス・ユニットで、2年前のデビュー・アルバム『Música Da Terra』がアフリカ全体の音楽性を視野に入れていたのに対し、2作目は南アフリカのタウンシップ・サウンドに絞ったことで、起伏を抑えたUKガラージのような響きを帯びるものとなった(アルバム・タイトルの「カジ」はタウンシップの意で、音楽的な豊かさを意味する)。そして、哀愁と控えめな歓びが導き出され、おそらくはゴムを支持する層よりも中産階級にアピールするものとなっているのだろう。それこそ荒々しさを残したマヤ・ウェジェリフのような音楽的冒険には乏しいものの、このところ疲れているせいか、レイドバックした優しい音楽性が僕の心を優しく宥めてくれる。“Love at First Sight”は明らかに”Sueno Latino”を意識していて、コーラスが「お前の母ちゃん、お前の母ちゃん」に聞こえてしょうがない“Niks Maphal”だけがヒップホップというかエレクトロ調。ちなみにスポエク・マサンボが昨年リリースしたソロ・アルバム『Mzansi Beat Code』はもっとアグレッシヴな内容で、彼が今年の初めに参加したマリのワッスルーと呼ばれる民族音楽の歌手、ウム・サンガレ(Oumou Sangare)の『Mogoya Remixed』というリミックス・アルバムもとてもいい。サン・ジェルマンやアウンティ・フローなどアフロハウスの手練れが集結し、モダンなアフロ解釈を様々に聞かせてくれる。

 あんまり関係ないけど、南アでW杯が行われた際に流行ったブブゼラは中国製だったそうで、あっという間に人気がなくなってしまい、いまや南アでは在庫の山と化しているらしい。

The 10 Best Singles/EPs of 2018 - ele-king

 このサウンド・パトロールというコーナーは僕にとって非常に思い入れが深いコーナーである。よく読んでいたのは、かれこれ7年ほど前のこと。レコ屋へ行っても「何聴いていいかわかんねーよ」と大量のシングル盤を前にして怯えていた当時、野田努が主に書いていたこのコーナーは、いま人生を傾けるべき音を教えてくれるマイル・ストーンだった(その形式を踏襲し、持っている盤の写真は自分で撮った。ジャケではなくラベルを優先している)。
 2018年。データやサブスク形式が主流になってもエレクトロニック/ダンス・ミュージックはシングルやEP(1ー3曲入りの音のカタマリ)をいまだに必要としている。産業構造を俯瞰してみてれば、いまさらいうまでもなく、技術革新などによって、制作、それに付随する労働パターン、さらには「消費」スタイルが現在確実に変わりつつある。けれどもシングルやEPはヴァイナル以外の購入/再生の選択肢が増えただけで、「12インチに収録できるくらい少ない収録曲」というコンセプトは30年前とさほど変わってはいない。なぜか。シングルは最初から「高速」で動いてきたからである。シングルやEPはプロデューサーに浮かんだアイディアを比較的ハイスピードで形にすることを可能にさせる。ゆえにシングルは時代のモードを即座に反映することができる。ゆえに発売されたばかりのシングルは新しい。ゆえに、シングルはいつまでも素晴らしくてカッコいい。ゆえに、シングルには耳を傾けなければならない。
 今回のサウンド・パトロールでは、今年リリースされたシングル/EP(リイシュー含む)を10枚ピックアップしてみた。民主的なプロセスを経て選んだわけではないが、行く先々のクラブで吸収した人々の躍動(ヴァイブス)は、それ相応に反映されているだろう。住んでいるロンドン、訪れる場所になった東京、マンチェスター、ユトレヒト、モスクワ、浜松のクラブでインスピレーションを与えてくれた人々に感謝する。
 可能な限り盤で聴いたものを選んだが、データで聴いたものもある。並びは順不同である。それぞれが別の方向を向いているので、ランキング付けは不可能だった。そのどれもが見逃すことができなかった秀作たちだ。感覚を大いに奮い起たせる10枚といってもいい。レアなものを選んだつもりはない。このすべては、あらゆるひとびとに開かれている音楽だ。

Object Blue - Do you plan to end a siege? - Tobago Tracks

 ロンドンの物質世界でオブジェクト・ブルーの存在が確認されるようになったのは3年ほど前のことで、2018年はその大きな飛躍の年となった。2017年にブリストルで行われたこの「青い物体」によるライヴの1時間のオーディファイルは、その特異性を捉えるモーション・キャプチャーとして機能している。そこでは無光状態で合生するオウテカのライヴでサウンドが全感覚器官をハックしていくのと同種の凶暴性や、UKベース・ミュージックの低域60ヘルツ付近に設置された身体を捕獲するマジックが確認された。今年ロンドンの〈Tobago Tracks〉からは、そのデビュー作が到着。EPの各所で女性の音声マテリアルが分裂と融合を繰り返し、それがグラニュラー・シンセで視覚的にコンピュータライズされた周波数テクスチュアと絡まり、ダイナミックな律動性を形成する。この美学は他者を大きく圧倒している。オブジェクト・ブルーは自身をテクノフェミニストと呼ぶ。哲学者ダナ・ハラウェイは機械と人間の混合が進む現代を考察しサイボーグフェミニズムを起動させた。それをサウンド面から更新するように、このデータ・リリースの三曲は、テクノ化された、つまり技術によりラディカルな空気振動へとトランスコーディングされた無形の「身体」を経由して、フロアの女性たちに変革をもたらさんとする。あるいは、彼女たちこそがその変革の主体であり、サウンドはその周囲のすべてを取り込んでいく。ウジェヌ・グリーンの映画『ポルトガルの尼僧』から引用されたというタイトル「包囲戦を終わらせるつもり?(Do you plan to end a siege?)とは、ジャンヌ・ダルクが突破したオルレアンの包囲を指している。

Pavel Milyakov aka Buttechno - Eastern Strike - RASSVET records

 2018年、ロンドンのカルヴァータ22というアートスペースで『Post Soviet Vision』というソ連解体以降の旧ソ連圏の若者文化を追った美術展に、『オレフォヴォ』と題された作品が展示されていた。ブリューゲルの絵画『雪中の狩人』にロシアのモスクワ郊外のオレフォヴォ地区に立ち並ぶブロック(集合マンション)をコラージュしたそのビュジュアル作品を作ったのは、デザイナーのパベル・ミリヤコフ。彼の音楽プロデューサーとしての名をバッテクノと呼ぶ。「郊外」はソ連解体以降の都市文化においても重要なタームであることを端的に示した作品だ。ミリヤコフはファッション・デザイナーのゴーシャ・ラブチンスキーのショー音楽を手がけていることでも知られており、今作はその2018年AWコレクションのために制作された。A面はトランシーなノンビートのシンセループあるいはインプロ集。ロシアのレイヴの遺産の探求がテーマにあるというが、その手法はダンス・ミュージックのブレイク部分をつなぎ合わせたロレンツォ・セニの影響か。 B面はダブステップ以降のUKベース若手世代が思わず唸るビートである。ミリヤコフはとても研究熱心な作り手だ。テレンス・ディクソンやエイフェックス・ツインを丁寧に聴き、クラウトロックにも関心を向け、2017年に〈TTT〉から出たEP「Super Sizy King」にはその成果が溢れている。普段からハード機材をよく使っているようだが、本人に問い合わせたところ、今作はラップトップでピュアデータをメインにすえて制作されたとのこと。スタイルを横断する。ここに重要な学びの精神がある。A面冒頭曲が『i-D』が制作したゴーシャのドキュメンタリーで流れた時の、新しい時代の幕開け感が凄まじかった。「Rassvet」とはロシア語で「夜明け」の意味である。彼をよく知るモスクワの友人は「それは言い過ぎ」というけれど、東の郊外からはじまるサウンド革命に、ついついブリアルを重ね合わせてしまう。

Nkisi - The Dark Orchestra - Arcola

 チーノ・アモービによれば、〈NON Worldwide〉の当初のコンセプトはンキシによるものだという。アフロフューチャリズムの文脈で分析されることもある同レーベルだが、彼女の関心は未来というよりも、そのアフロの起源、あるいはアフリカの民族に伝わるコスモロジー(宇宙論)に向いている。今年リリースされた〈Non〉のコンピレーションに収録の“Afro Primitive”は、過去としての起源に向かうというよりも、その起源で生まれた原始的なレンズを通して、現代を覗き見るようなトライバルテクノ・トラックだった。 今年の3月に〈Warp〉のサブレーベルである〈Arcola〉からリリースされたこのEP「The Dark Orchestra」の表題曲は、プリミティヴなミニマル・ループであるというよりも、ダイナミックなヘヴィ・トラックである。ブラックではなく、光が差し込まないダークという概念をンキシはチョイスする。冒頭の数分のシンセの重層から突如場面が切り替わり、宇宙の暗黒面から大量の隕石が落下するかの如く連打されるリズムは圧巻である。曲名からサン・ラーを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。ダンス・トラックのルールを度外視した暴力的速度の祭典“Violent Tendencies”、強力なサイケデリアが襲撃する“G.E.O”、ハーフステップ的ガバの突然変異“Dark Noise”。安易に聴かれることを拒否する、新たなテクノの地平である。2018年の1月には、リー・ギャンブル主宰の〈UIQ〉から彼女はデビュー・アルバム『7 Directions』をリリースする。このアルバムが参照し、彼女が本人名義メリカ・ンゴンベ・コロンゴのインスタレーション活動で調査をしたバントゥ-コンゴのコスモロジーによれば「聞くことは見ること、見ることとは反応すること/感じること」である。ここにはX-102にもドレクシアにもなかったアフロへの、あるいは音へのアプローチがある。ンキシが切り開くダーク・テクノは、明日のシーンの方向をどう変えるのだろうか。

Raime - We Can’t Be That Far from The Beginning -RR

 ダンス・ミュージックにおけるサウンドの共進化である。レイムがついに始動させた自身のレーベル〈RR〉からの一発目。タイトルを少し意訳せば「俺たちがハナっからそんな行き過ぎるわけがない」となる。数年前、ワイリーによるドラムをトラックから抜き去る手法、通称デビルズ・ミックスの発展系とされるスタイル、無重力グライムが脚光を浴びた。レイムのこの12インチもその延長線上で捉えることができるかもしれないが、これは重力の塊のように聴こえる。“In Medias Res”は冒頭でリズム的展開を見せるかと思えば、「とても怖い」、「私は疲れた」とピッチを変調されたループとともに、ビートは引き裂かれる。そこに放たれるサウンドは何か引っ張られるように視界から消えてゆく。ベースと言葉が落下を続ける。低音とエフェクトを通された金属音、「ちょっと度が過ぎたかも」というセリフの抜粋ではじまる“Do I Stutter?”では、裁断された声が遠近法やリヴァーブといったエフェクトを通される。静寂と進行性キックで何かを語ろうとするも、聞き手にそれがなめらかに届くことはない。このアプローチを継承した形で“See Through Me, I Dare You”では、空間そのものが鋭利な刃物に思えるほど際立つ。前半は緊張を煽り、中間でメタリックな旋律が一瞬の希望を見せ、アブストラクトな形状のビートが追従し、最後はそれがストリングスの濃霧に消える。『RA』の今作のレビューでも触れられているが、マーク・フィッシャーは生前、レイムにインタヴューを行っている。パーソナル、カルチュラル、ポリティカルさの不可分性を踏まえた上で、そのすべてに働く無意識を描き出そうとするレイムの姿勢がそこでは語られている。重力、あるいは現実に無意識が引き寄せられていく段階、つまり言葉が言葉になる容態を覗き込むことができたら、きっとこんな音が鳴っている。

Docile - Docile - The Trilogy Tapes

 ダークにも、B級にも、ロウにも、ドレクシア学派にも自由に変形する今日のテクノ・アンダーグラウンドにおいて、ひときわ神秘的かつソリッドなビートを生み出しているプロデューサーがジョン・T・ガストである。個人的な2017年のベスト・シングルは、彼が〈Blackest Ever Black〉から出した「wygdn」で、アンビエントとダンスホール的メランコリアで構成された10インチは、一瞬にしてレコード店から姿を消しクラブへ投下されていったのを記憶している。ガストは今年、ンキシとのプロジェクトであるコールド・ウォーを始動させているが、ここで取り上げるのはトライブ・オブ・コリンとのユニット、ドーサイルである。ライダー・シャフィークのスポークン・ワードのようにリズムは魔術的にとぐろを巻く。デジタリティを醸し出すドラムキックは、おそらくはトライブ・オブ・コリンが操るMC505で生成されたものだろう(彼のライヴ機材群はMC505を主軸に組み立てられ、テクノでMCが飛び入りでラップをする! 同機はMIAのファーストに使われたことでも有名)。ノンビートで静かに奈落へと降下し、突如キックが重力を発生させ、スネア、タム、クラップがシンプルにグルーヴを生み、シンセが耳元で息を吹きかけるA面の“Docile 7”。裏面で行き場を失った怒りが、躍動するベースライン、金属の鳴き声、メランコリックなメロディとともに押し寄せる“Empty Fury”。最後の“Jonah Reprise”は間延びしたサイレンがベースとともに響く漆黒のアンビエントだ。ラベル上で彼らの顔はカットされている。見えないこと、ダークであること、パワフルであること。彼らはじつに素直(docile)に、それらを並列させクラブに黒い炎を生み出してしまった。

Mars89 - End of the Dearth - Bokeh Versions

 マーズ89の存在を僕は5年ほど前から知っている。コード9×ブリアル・ミックスがネオ・トーキョー感を放っているという文章を読んだが、そっちよりも僕は彼のプレイにそれを感じる。マーズ89は会った時からすでにまだ到来していないネオ・トーキョーの住人だった。トラップがかかるメインフロア上空のサブルームで、アンダーグラウンドなR&Bや初期シンゴツーをプレイする姿は、荒廃するキャピタル・シティを自由に走り去るライダーのように見えたものである。近年、ザ・チョップスティック・キラーズ(現:グッド・プロフェッツ)などでの活動を通し、そのモード感覚はトライバルやUKベースを軽やかに吸収。加えて、ユーモラスで危険な遊び方を練磨し、その成果がNOODSラジオにおける縦横無尽な選曲のトランスミッションから聴こえてくる。2018年にブリストルの〈Bokeh Versions〉からリリースされた3枚目が本作EP「End of the Death」である。アートワークのカプセルは快楽用ではなく、この異世界ソニック・フィクション的音像へアクセスするための装置だろう。BPM110のネオ・ダブビーツが思考の速度を奪う表題曲は、ミイラ化したリズムマシンを召喚し、続く “Run To Mall”ではそのドラム・ロールが銃声に倒れるまでループされる。その渇きを潤すかのように、“Visitor from the Ocean”では水面化のマイクが拾っているかのようなシンセとベースがあなたに休息を許す。“Random Coherence”においては不可視的サブベースがDJピンチのいう「ブラック・スポット」を刺激。終曲“Throbbing Pain”は和太鼓と幽霊の声が共生し、左右に揺れるハットが火花を散らす。このサイファイホラー・ダブは誰にも似ていない。死の終わりの向こうに浮かぶ火星から届いた傑作である。

Loidis - A Parade, In The Place I Sit, The Floating World (& All Its Pleasures) - anno

 頭から視聴して驚き、すぐに購入した。調べてみたら、ホエコ・Sの別名義だということでさらに驚いた。フォー・テットはあまりの良さに二枚買ったといっている。最初のマジックはまず一曲目 “A Parade”の冒頭部分だろう。スローにループされるサウンド・マテリアルから、このレコードが33回転なのか45回転なのか判別できる人間はまずいないだろう。そこにキックが入り、一定のタイム・モードが世界の進行を決定づけ、最小限かるインプロバイズされたシンセが複合かつ単発的に動く。全員で一点を目指して各マテリアルが鳴るというよりも、そのそれぞれがバラバラにかつグルーヴィに同時進行(パレード)していく絶妙な統一感のなさが自由を感じさせる。裏面の“The Place I Sit”においては、この盤におけるヒプノティックなムードの強度が最高潮に達する。低音域で穏やかになるパーカッションと、意思を持っているかのようにうねる高音域のループが、艶やかにファンクする。同面終曲の“The Floating World (&All Its Pleasure)”では、アンビエントで展開されるベースとハイハットの会話にキックが合流し、FMシンセ的な金属音のにわか雨が降る。この12インチのヘイジーなアンビエンスは、アクトレスのそれとは異なり視界を遮ることがなくクリアであり、クラブのサウンドシステムの開放的美学とベッドルームの閉所的快楽の間に浮世を創出している。

Joy O - 81b EP - Hinge Finger

 ジョイ・オービソンが自身のレーベル〈Hinge Finger〉から出した2018年唯一の12インチである。今年はマルチ楽器奏者にベン・ビンスとの共作「Transition 2」が〈Hessle Audio〉から出ているが、サウンド・デザインの面では僕はこちらの「81b EP」 に惹きつけられた。一曲目の“Seed”はジョン・T・ガストの墓場のメランコリアや、ンキシのダーク・テクノにも通じる。上部でこだまする粒子的ブリップ音は次曲の“Coyp”にも引き継がれ、ダンスホール的ベース・キックの悦楽が足元を揺らしている。ギターのミュート・プレイのようなシンセが特徴のアンビエント“Tennov6teen”は、以前のオービソンのスタイルにはなかった砂漠に置き去りにされたような焦燥感を生む。“Belly”はリチャード・D・ジェイムスのアンビエント・テクノを想起させるような、透明度の高いグルーヴを創出。“Sin Palta”はジョイ・オーが得意とするヴォイス・サンプルのループが、全曲のアンビエンスをストレートなリズム・ストリームで流れる。最後の“81b”はスローなテンポでベースが上下に跳ね回り、上記の曲の渇いた透明なアンビエンスそれを支え、ブレイクで崩壊するシンセが耳を奪い続ける。オービソンは無法レイヴと都市世界者のテクノをつなげる重要プレイヤーであり、ロンドンのトップDJである。だがこの12インチには、かつての姿ははっきりとは出現しておらず、異なるモードへ向かっていることが示唆されている。ここで彼はさらなる進化を遂げようとしている。その姿勢はエスタブリッシュすることなく、暗闇のコウモリのようにテクノのワイルド・サイドを飛んでいるようだ。

Terre Thaemlitz, DJ Sprinkles - Deproduction EP 2 - comatonse recordings

  米国出身川崎在住のミュージシャン/ジェンダー理論家のテーリ・テムリッツがアルバム『Deproduction』を自身の〈comatonse recordings〉からリリースしたのは2017年の12月である。43分の2曲と、そこから抜粋されたピアノ・ソロ、そして彼自身のDJスプリンクルズ名義による3曲のリミックスが収録された一枚のSDHCカードと、10枚のインサートで発表された。
 まず同作のコンセプトを説明する。フェミニストとクイアによる核家族の批判的拒絶の現状に今作は焦点を当てている。現在、欧米を中心に核家族という西洋の伝統的価値観がLGBTの家族観に積極的に取り込まれはじめている。元来、クイア側は、その核家族観に抵抗する形で、意図的に親になること、あるいは家族を持つことの放棄を行っていた。「Deproduction」、不産主義。それは多様性をラディカルに捉え直す実践でもある。だが現在のLGBTにおける核家族化の普及の流れにおいて、不産主義はただのエゴセントリックなものとしてみなされてしまう。テムリッツはそこに注目し、音源、ビデオ、それからテキストによって、西洋的ヒューマニスト観の闇を不産主義の側から描いている。(レーベルのHPに詳しい説明がある: https://www.comatonse.com/releases/c027.html)。
 2018年、このアルバムから二枚のEPがカットされた。リリースはヴァイナル・オンリー。ここで取り上げるEP2には各約14分の“Admit It’s Killing You (And Leave)”のピアノ・ソロとスプリンクルズによるハウス・バージョンが収録されている。ハウス・バージョンに針を落とすと、湖面に落ちる雨粒のように澄み渡るハイハットの幻覚と、そこに反射するピアノが流れてくる。それに加え、静寂のなかで跳ねるベースを基調に、異なるシンバル、パーカッション、ストリングがリズムを彩る。ときとして落ちる、優しく深いリバーブに覆われたリムショット。完璧なトラックである。裏面のソロピアノも非常に美しい。(俗な例だと言われるかもしれないが)キース・ジャレットの『ケルン・コーサート』の陽気な部分をそぎ落とした、かといって隠が増幅されているわけでもない旋律。どこにも着地しようとしない、不安定なグライダー飛行のアンビエンス。これほど議論と癒しを聴き手にもたらした12インチを僕は知らない。このシングルを手にしたとき、炎上していたのは杉田水脈衆議院議員の「LGBTには生産性がない」発言である。勘違い野郎はことの本質を常に取り逃がすことしかできない。テムリッツの批判的美学はその現状において輝きを増しているのは間違いない。ここでは長くなってしまうのであまり踏み込まないが(実は僕もまだアルバムを聴けていないとうこともあり)、リリースから一年経ってしまっているものの、この作品は木津毅を切り込み隊長に据え、しっかりと論じられなければならない。
 最後に、リミックスでループされるコメディ風の英語のスポークン・ワードに触れる:「彼らは従来的な家族で、ただその周囲にいるだけのゲイのひとびとから非難を浴びていた。というのも、彼らの考えが家族観を腐敗させると思っていたからだ。その家族は「他に別の考え方があるって?」という感じだ。それで、彼らはバラバラになった」。前後の文脈がなければなかなか理解するのが難しいセンテンスだが、ラベルの和訳タイトルが参考になる。伝統的な家族は、その「苦しみ」、つまり自分たちが直面する問題点がその家族の構造にあるかもしれない現実を認めようとしない。彼らが恐れる不産主義的なバラバラになる生き方(立ち去ること)が、その解決になることだってありえる。ここでは、そんな風にして、伝統的な家族が絶対的であるとする西洋の核家族観が揺さぶりをかけられているのだろう

Womack&Womack - MPB (Missin’ Persons Bureau) - Melodies International

 2018年ベスト・リイシューはコレ。僕が初めて聞いたのは5月のこと。この頃、ベンUFOがオールド・ストリートにあるクラブのXOYOで13週連続のレジデンシーDJを務めていた。あの日はブラワンとパライアからなるユニット、カレンが出演した回だった。つまり、ハードなテクノの激流が午前2時を破壊した日である。その後3時くらいにデックに戻ってきたベンがもう2時間ほど回して、その夜最後のシメにこれをかけた。開始数秒のディレイがかかったギター・ストロークが鳴った時点で時間の流れが直線から凹凸になる。もう数秒経過、甲高い声と囁き、ファンキーなギターが入る。ダブ、空間がねじれる。ビートはない。残像とともに美しいコーラスが始まり、明らかに他のパートとは異なる強度のベースが重力を変える。そして、爽快なドラムが4月中旬の風のようにすっと入ってくる。あとはこの繰り返し。数分後には夜が終わって欲しくないと強く思っていた。フランキー・ナックルズ(1955-2014 RIP)がウーマック&ウーマックの88年作 “MPB(Missin’ Persons Bureau)”のリミックス盤を〈Island〉から出したのは1989年、 “Your Love”の2年後、 “The Whistle Song”の2年前のことである。オリジナル盤が高騰しまくる約30年後の5月にこの名作をリイシューしたのはフローティング・ポインツ主宰の〈Melodies International〉で、オリジナル盤のマスター・テープから二曲ピックアップし「A Side: Paradise Ballroom Mix/ B Side: Folk Version」として12インチ45回転にまとめられた。ベンUFOが流したのはB面のフォーク・ヴァージョンだ。シルキーで、低音がぶっ飛んでいて、ダブ・サイエンティストから全盛期のカンまでもが想起される音響マジックは時間/空間の非現実性をフロアで増大させる。そして何よりも大事なことは、これは偉大なる失恋歌であり、ハウスのゴッド・ファザーはそこだけは非現実化しなかったということだ。ヴォーカルは今日も朝飛び起きると行方不明者捜索局に電話をかけ、愛する人がいなくなっちゃいました、と問い合わせ続けている。

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