ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  2. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  3. Bonna Pot ──アンダーグラウンドでもっとも信頼の厚いレイヴ、今年は西伊豆で
  4. K-PUNK アシッド・コミュニズム──思索・未来への路線図
  5. Neek ──ブリストルから、ヤング・エコーのニークが9年ぶりに来日
  6. アフタートーク 『Groove-Diggers presents - "Rare Groove" Goes Around : Lesson 1』
  7. interview with Tycho 健康のためのインディ・ダンス | ──ティコ、4年ぶりの新作を語る
  8. Gastr del Sol - We Have Dozens of Titles | ガスター・デル・ソル
  9. Wunderhorse - Midas | ワンダーホース
  10. Loren Connors & David Grubbs - Evening Air | ローレン・コナーズ、デイヴィッド・グラブス
  11. ゲーム音楽はどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造
  12. Columns ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(前編) Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024
  13. Overmono ──オーヴァーモノによる単独来日公演、東京と大阪で開催
  14. KMRU - Natur
  15. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  16. Columns ノエル・ギャラガー問題 (そして彼が優れている理由)
  17. interview with Conner Youngblood 心地いいスペースがあることは間違いなく重要です | コナー・ヤングブラッドが語る新作の背景
  18. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  19. ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング
  20. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る

Home >  Reviews >  Album Reviews > ZULI- Terminal

 エジプト・カイロを拠点に置くアーティスト、Zuli のデビュー・アルバム『Terminal』が、Lee Gamble が主宰するレーベル〈UIQ〉よりリリースされた。これまで3枚のEPを〈UIQ〉と〈Haunter Records〉からリリースしてきた。その内容はインストゥルメンタルで、グリッチやノイズ、グライムっぽいうねるようなベース音も顔を見せる変則的なダンス・ミュージック。2017年にはベルリンのCTMフェスティヴァルでは地元であるカイロをテーマとした360度ヴィデオのインスタレーションを発表。活躍の舞台を着実に広げ、特に〈UIQ〉からのリリースはレコード店で売り切れるほどの人気ぶりだ。

 Zuli、本名は Ahmed El Ghazoly という。10歳まではイギリスで暮らし、グランジやブリット・ポップ、ケミカル・ブラザーズやプロディジーを聞き、両親の都合でエジプトに戻ってきたという*。所謂エジプトの伝統音楽やポップスに関心が向かず、UKの音楽に影響を受けて制作をしてきたという。また、同志のアーティストと Kairo Is Koming というコレクティヴを作り、ふたつの拠点でラッパーやアーティストとコラボレーションしながら活動をしているという。

 そうした集団での制作も方向性に反映されているのだろうか。今作『Terminal』は、これまでのインストゥルメンタル、変則テクノ的な音楽性から、トラップ、ジューク、ラップとの混交、またラッパー、シンガーとのコラボレーションが際立つ。1曲目から 6. “Stacks & Arrays”までは808ベース、残響音のようなベースとノイズが不規則に鳴らされ、不穏なサウンドスケープが展開される。7曲目の“Kollu I - Joloud feat. MSYLMA”で歌唱が、8. “Akhtuboot feat. Abyusif”でラップが初めて耳に入る。しかしどちらも3~4分の商業的なレコードのフォーマットではなく、断片的に流れていく。9. “Mazen”でも Abyusif のラップが使われているが、切り刻まれ、引き伸ばされ、あるいはピッチを変えられて、声そのものが変態していく。ラップは、11. “Ana Ghayeb feat. Mado $am, Abanob, Abyusif”でようやく聞き取れるレヴェルのラップが一瞬姿を見せる。フリースタイルする(ような)彼らのラップは素晴らしく、ソロ作品を聴きたくなる。

 『Terminal』というアルバム・タイトルから思い起こされるのは空港である。〈NON〉の Chino Amobi が一見無国籍でクリーンな空港という空間に、人種・政治的な関係を見出したのと同じように、このアルバムの不穏さもローカルな状況につなげて考えることができる。Zuli の活動の中心であるエジプトは「アラブの春」に端を発する政治・経済的な混乱が続いていて、混乱の前後でカイロの貧困率は2倍近くに増加したというデータもある。

 切り刻まれ、グリッチされた歌詞の内容は理解不能であるが、音が生み出す不規則・不穏な空気感とカイロの社会的・政治的な状況が重なる。グリッチやノイズは予期せぬ第三者からの干渉の結果に聞こえる。なにかを告発するはずだった通信・録音が遮断され、干渉され、散り散りになったデータとなって再生されているような、または、デジタル情報の残骸のような質感。12. “In Your Head”のビートレスのアンビエント、冷たいピアノの一音がさらにアルバムの緊張感を持続させる。その曲での後ろで響くのは、男の会話ともヒソヒソ声とも取れる音。密告のようにも、心の中の「勘ぐり」にも聴こえてくる。緊張や不安はアルバムの全編を通じて漂い続けている。

 このアルバムを聴くことは、生成されたデジタル情報が捻じ曲げられたり、隠されたりする痕跡を辿っていく行為かもしれない。しかしもう一方では、そうしたデジタル情報が不完全に捻じ曲げられたり、隠されきれなかったりする。そうした人間味を感じさせるサウンドでもある。音が不規則でありながら緊張感が持続する、エレクトロニックながらどこか「生っぽく」感じられる。そういった多面性を持ったアルバムだ。

 * TIGHT Magazine のインタヴューより。

米澤慎太朗