「Low」と一致するもの

Sahara - ele-king

 こだま和文との共作『2 Years / 2 Years in Silence』でより広い層へとその名を知らしめたダブ・ユニット、Undefined。その片割れであるサハラによるソロEP「Whole Earth Dub / In The Wall」がリリースされている。リリース元は、本人主宰の〈Newdubhall〉(デジタルで出すのはレーベル初の試みだそうだ)。
 なおSaharaは、8月28日に発売される河村祐介監修のディスクガイド『DUB入門』に掲載された座談会にも参加している。ぜひそちらもチェックを。

国内外の先鋭的なダブ・アーティストをリリースしてきたNewdubhall初のデジタル・リリースはUndefined サハラによるソロ・プロジェクト!

これまで国内外の先鋭的なダブ・アーティストをリリースしてきたNewdubhall。2024年の2作目は、Newdubhall主宰、Undefinedのキーボード、エレクトロニクス、Saharaによるソロ・プロジェクト、2曲のEP“Whole Earth Dub / In The Wall”となる。レーベル発足以来アナログ・リリースが続いたが、ここで初のデジタル・リリース。

そこに存在しないベースラインをクラックル・ノイズとエコーの余韻だけで導き出す静寂なダブ“Whole Earth Dub”。
そしてテープ・エコーのノイズからイメージを膨らませたという、ゆっくりとした鼓動のようなビートと差し色のシンセがホワイトノイズのレイヤーとともにミニマル・ダブの亡霊を呼び出す“In The Wall”の2曲だ。

どちらの曲もこだま和文& Undefined『2 Years / 2 Years in Silence』における「in Silence」サイドの「次」を感じさせるサウンド。マスタリングはレーベル作品にはおなじみのe-mura(Bim One Production)が手がけている。またNewdubhallでは、Undefinedのジ・アザー、ドラマーのOhkumaのソロを9月にリリースする模様だ。

河村 祐介

発売日:8月8日 各種配信、データ販売開始
Sahara
1. Whole Earth Dub
2. In The Wall
released from newdubhall - ndh-d-001
特設サイト:https://solo.newdubhall.com

interview with Louis Cole - ele-king

 USCソーントン音楽学校でジャズを専攻したルイス・コールは、超絶的なテクニックを有するドラマーにしてシンセやキーボード、ベースやギターなどを操るマルチ・ミュージシャン。歌も歌うシンガー・ソングライターで、ミュージック・ヴィデオも自分で作るヴィデオ・アーティスト。シンガー・ソングライターのジェヌヴィエーヴ・アルタディとのエレクトロ・ポップ・デュオであるノウワーで活動する一方、サックス奏者のサム・ゲンデルとのアヴァンギャルドな即興ユニットのクラウン・コアを結成。故オースティン・ペラルタサンダーキャットとのトリオや、クロウ・ナッツというジャズ・グループでの活動。そして、自身のソロ・アルバムから、盟友のサンダーキャット、ジェヌヴィエーヴ・アルタディ、サム・ゲンデル、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マンといったアーティストたちの作品への参加と、実に多彩で濃密な活動を続けている。2022年の『Quality Over Opinion』からは “Let It Happen” が第65グラミー賞にノミネート、翌年にはアルバムも第66回グラミー賞でノミネートを果たすなど、世界的にも著名なアーティストへと昇りつめ、ここ数年は自身のビッグ・バンドやノウワーで来日しただけでなく、サンダーキャットのバンドでの来日、フジロック’23のホワイトステージで2日目のトリ、NHK Eテレ「天才てれびくん」へのまさかの出演など、話題を振りまき続けるルイス・コール。

 そんな彼がこれまでとはまたひとつ違う新たなプロジェクトを開始した。それは、オランダのメトロポール・オーケストラとのコラボだ。メトロポール・オーケストラは、ジャズのビッグ・バンドとクラシックの交響楽団が融合した、オランダの超有名オーケストラで、参加作がグラミー賞に24回ノミネートされ、そのうち4回受賞している。1945年に創設され、エラ・フィッツジェラルド、ディジー・ガレスピー、パット・メセニー、ハービー・ハンコック、エルヴィス・コステロ、イヴァン・リンスなどのレジェンドたちと共演した。近年は首席指揮者のジュールズ・バックリーの指揮で、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアーとの共演作がグラミー賞を受賞。さらにロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーター、コーリー・ウォンなどの新世代のスターとも積極的に共演してきた。ノウアーや自身のソロ作ではジャズやエレクトロ・ファンクをベースにポップなスタイルを志向するルイス・コールだが、メトロポール・オーケストラとの『nothing』ではそれとは180度異なる壮大でクラシカルな世界を見せる。結果として、ルイス・コールというアーティストのジャズやポップス、クラシックという枠に収まらないスケールの大きさ、あらゆる方向へ広がる多彩な才能とその奥深さを見せつけるものとなっている。じつはこのプロジェクトはすでに2021年からはじまっていたそうで、そのはじまりからルイス・コールに話を訊いた。

モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。

ニュー・アルバムの『nothing』はこれまでとは性格の異なる作品で、オランダのメトロポール・オーケストラとの共演となります。2021年からこの共演はスタートして、これまでに数々の公演をおこなってきたのですが、最初はどのようなきっかけで共演が始まったのですか?

ルイス・コール(以下LC):ある日、指揮者のジュールズ・バックリーから連絡が来て、メトロポール・オーケストラのために音楽を書いてみないかと言われたんだ。僕は以前からずっとオーケストラのための音楽を書きたいと思っていたから、その話にすごく興奮した。基本的にはそれがきっかけだね。もちろん「イエス!」と即答したよ。

いろいろなオーケストラがあるなかで、どうしてメトロポール・オーケストラと共演したのでしょう? 基本的にはジャズとポップスの楽団ですが、これまでにロックやブラジル音楽など幅広いジャンルのアーティストとの共演を成功させ、またベースメント・ジャックスやヘンリック・シュワルツのようなエレクトロニック・ミュージック・アーティストとの共演もあります。そうした幅広い音楽に対応できるという点がポイントだったのですか?

LC:それはあまり関係ないかな。僕はただ、彼らが素晴らしいオーケストラであることを知っていて、そして自分はオーケストラの音楽を書きたかったわけだから、正直言ってもし彼らが誰とも共演したことがなかったとしても喜んでやったと思う。でもたしかに、彼らの対応力、たとえばリズム・セクションが速いファンクのグルーヴを演奏してもそれに対応できるということは、曲作りに影響したと思う。それで恐れることなく、遠慮なく書けるぞってなったから。

メトロポール・オーケストラと近年のジャズ系を見ると、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアー、ロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーターなどとの共演が話題を呼び、特にスナーキー・パピーとジェイコブ・コリアーについてはグラミー賞も受賞したのですが、あなたの共演に影響を及ぼしたものはありますか?

LC:いや、ないかな。別に彼らのことが好きじゃないとかそういうわけではなく(笑)。でもまったく今回のインスピレーション源ではなかったね。もっと他のもの……クラシック音楽をかなり聴き込んだ。彼らがあまりクラシックをやらないのは知ってるんだけど、僕にとってオーケストラの響きは本当に素晴らしいもので、クラシックの側面があるものを書きたいという気持ちが昂っていたんだ。というのも、偉大なクラシック音楽にはほかのどんな音楽にも敵わないある種の強度があって、少しでもそこに届きたいっていう思いがあったんだ。

ちなみに今回クラシックを聴き込んだということでしたが、どの辺りの作曲家でしょうか?

LC:モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。

共演するにあたり、ジュールズ・バックリーとはどのようなミーティングをおこないましたか? また、楽団員とのリハーサルや準備はどのように進めましたか?

LC:最初は僕が作った音楽をちょこちょこ彼に送っていて、話し合いのほとんどは最初のリハーサル後にはじまった。リハーサル後にミーティングをして、演奏を振り返りつつ、変えたいところだったり、改善したい部分なんかを話して。彼との仕事は本当にやりやすくて、というのも僕がアイデアを思いついても、どうやってオーケストラにそれを伝えたらいいのかわかからないから、ジュールズに「もうちょっとこうしたい」とか言うと、彼がオーケストラに正確に伝わるように話してくれるという。彼とオーケストラはお互いにリスペクトし合っていて、とにかく本当に素晴らしかったね。

オーケストラ用に多くの新曲をつくっていますが、これまでの個人プロジェクトやノウアーなどとは曲づくりのプロセスも大きく変わるのではないかと思います。イメージするものもソロ・アルバムと今回では異なると思うのですが、具体的に今回はどのように曲づくりを行いましたか?

LC:自分のパソコンで、たとえばトランペットを模倣した音だったり、ヴァイオリン風の音だったりを鳴らして、とにかくそうやってオーケストラのサウンドを可能な限り忠実に再現するという形でやっていたんだ。たぶんアイデアがずっと前から頭のなかにあったおかげですぐに思いつくところもあったし、もちろん試行錯誤が必要なところもあったけど、基本的にはそうやって何ヶ月もパソコンを前に曲を書いていたね。僕はオーケストラをちゃんとフィーチャーしたかったから、普段とはたしかに違ってたね。上に乗せるだけの重要度が低いレイヤーとして扱いたくなかったんだよ。というのもオーケストラとアーティストのコラボレーションというと、たまに書き方が雑なことがあると思うんだ。やっぱり僕は、オーケストラの演奏をしっかり念頭に置いて思慮深く質の高い書き方をしているものが好きだし、だから自分もちゃんとオーケストラをフィーチャーしたものを真剣に書こうとしたんだ。

これまでのあなたのアルバムは3分程度のポップなナンバーが中心だったと思うのですが、今回は11分を超す “Doesn’t Matter” が象徴的ですが、長い曲や組曲になってるものもあります。そうした点でこれまでとは曲づくりの段階でかなり意識が違うのでしょうか?

LC:うん、違ったね。まず改めて思ったのは、あれだけの数の楽器があるということ。たとえば “Doesn’t Matter” のストリングスの音は本当に好きなんだけど、あの曲が11分になったのは、やっぱりああやってゆっくりと徐々に高まっていく弦楽器の演奏、あれだけ深い演奏というのは、それが十分な効果を発揮するためにはそれ相応の時間を費やす必要があるということで。あの曲にはそういう、少し時間旅行のような感じがあるんだよね。ほかに短い曲もあるけれど、とにかくフィーチャーすべき楽器がたくさんあったし、誰かの演奏を削るようなことはしたくなかった。そしてこの機会を活かして本当に特別なものを書きたかったし、いくつかのアイデアを形にするのに、今回いつもより少し時間がかかったよ。

完全にオーケストラ用の曲がある一方、“Life” や “High Five” などはノウアーのときのような楽曲でもあり、あなたの世界とオーケストラ・サウンドが見事に融合しています。こうした融合において、もっとも意識したのはどんなところですか?

LC:たぶん僕は、とにかくいままで存在しなかったものを作りたかったんだと思う。バンド、オーケストラ、そしてシンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。そこにいる全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。そう考えるとワクワクしたんだよね。

バンド、オーケストラ、シンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。

先ほど曲作りの準備にあたってクラシックを聴きこんだという話が出ましたが、あなた自身は父親がクラシック音楽のファンで、幼少期よりそうしたものに接してきたと聞いています。そうした経験や知識が今回の曲づくりに生かされていますか?

LC:ああ、それはもう、それがすべてだと言っても過言ではないかもしれない。まだ物心がついていないうちから素晴らしい音楽に触れて、つねにそういったものを聴いて育ったということが、僕の人生でいちばん大きかったかもしれない。父と一緒に音楽を演奏したり、ジャムったりして、全部そこから教わったんだ。

新曲の一方で、“Shallow Laughter” “Bitches” “Let It Happen” は2022年のソロ・アルバム『Quality Over Opinion』の収録曲です。録音時期もさほど離れていないかと思うのですが、ソロ・アルバムと『nothing』においてはどのように違いを意識して録音しましたか? また、アレンジなども大きく変わってくるかと思いますが。

LC:いま挙がった曲を書いているとき、じつはすでにこのプロジェクトのことが念頭にあって、書きながら「これはオーケストラのプロジェクトにいいな」と思っていたんだよ。でも自分のデモ版がすごく気に入っちゃって、『Quality Over Opinion』にレコーディング版を入れて、さらに結局はあのアルバムが先にリリースされることになったというわけなんだ。

ドラムをはじめ楽器演奏については、普段のステージでのプレイと変わってくる部分はありましたか?

LC:歌いながら演奏している曲が多かったから、そこはちょっと難しくて、かなり練習が必要だった。

『nothing』には2021年のスタジオ・セッションから、2022年のノース・シー・ジャズ・フェスティヴァル、2023年のドイツとアムステルダムでのライヴ録音と、さまざまな音源が集められています。『nothing』の位置づけとしては、単発の録音物ではなく、過去3年間の活動の集大成と言えるものなのでしょうか?

LC:そうだと思う。録音の過程は3年に渡っているから、考えてみるととんでもないことだけど。2023年に書いた曲もある。だからいくつもの音源を集めたものではあるけど、面白いことに、頭から最後まで通して聴いたときに、もっともこのアルバムの本領が発揮されるというか。そこに特別な力があると思う。最初は自分でも気づいていなくて、完成して改めて頭から通しで聴いたときに、「ワオ、こんなにうまくいっていたんだ」となって。そこを意識していたわけではないから、そうなるとは思っていなかったんだけどね。

『nothing』は選曲やミキシングについても念入りにおこない、完成までに多くの時間を費やしたそうですね。そうした点もこれまでの作品とは異なるものかと思うのですが、特に苦労したのはどういったことでしょう?

LC:最初にミックスした曲は本当に大変で、「これどうすんだ?」って感じだった。あまりにやることがたくさんあって、あまりに多くのサウンド、70人分の演奏があって。最初にやったのは “Things Will Fall Apart” という曲で、まだ自分の心の準備ができていなかったというか、とにかく大変すぎて、要領を得るまでに数日かかったけど、それ以降はコツを掴んで、徐々に楽になって。それ以前からミキシングは僕にとっては簡単なものではなかったのに、今作の作業の終盤には、正直言ってすごくスムーズにできるようになっていたんだ(笑)。本当に楽しくて最高だったし、最終的には制作過程のなかでもすごく好きな作業になった。それで選曲は最後の最後にやったんだけど、正しい曲順を見つけるまでは、さっきも言ったように、これがちゃんとしたステートメントを持ったひとつの作品だとは自分でも気づいていなくて、曲順を決めて通しで聴いて初めてそのことに気づいたんだよ。決め方としては、まず最後の3曲はこれがいいっていうのは自分のなかで決まっていて、最初の2曲も決まっていたから、あとはその間を埋めていくという作業だったね。

古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。

録音にはノウワーのジェネヴィーヴ・アルターディはじめ、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マン、ライ・シスルスウェイティー、ペドロ・マーティン、フェンサンタなど、日頃からあなたのバンドやプロジェクトで一緒にやっているメンバーも参加しています。こうした面々とメトロポール・オーケストラがジョイントした公演やセッションの風景は、あなたにどう映りましたか?

LC:ものすごく感動的だった。ステージ上でもグッときたけど、リハーサルの段階から結構きてて、これは本当にスペシャルなことだなって思ったね。

ライヴではあなたに倣ってメンバー全員がガイコツ・スーツを着るのが定番となっているそうですね。そうしたライヴならではのアイデアとか、遊びはほかにもあったりするのでしょうか?

LC:ガイコツ・スーツ以外にはこれといってないけど……ガイコツ・スーツにしても最初はリズム・セクションとシンガーたちの分だけ用意していたんだ。というのも最初にオーケストラのディレクターに「オーケストラも着ます?」って聞いたときは、笑いながら「ノー」と言われて(笑)。「いやいや、ないでしょ」っていう。それでじゃあ自分たちだけで着ようとなったんだけど、2021年の最初の公演後に、オーケストラの人たちが着たいって言い出して、それでオーケストラ側が大量購入して全員で着るようになったんだ。

もし、日本でこの公演が実現したら、ぜひ観てみたいです。

LC:そうなったら最高だよね。僕も実現することを願ってる。もちろん簡単なことではないと思うけど、もし実現したら本当に嬉しい。

ERA - ele-king

 ラッパーの ERA による新たな企画、「TIME 2 SHINE」が9月1日、恵比寿 LIQUIDROOM の2階、TIME OUT CAFE & DINER にて開催される。ライヴには ERA に加え CAMPANELLA も登場、DJには SLOWCURV と SULLEN を迎える(フライヤーを手がけたのは wackwack)。強力な出演者たちによって繰り広げられる新しい試みに注目だ。

TIME 2 SHINE
2024年9月1日

LIVE:
ERA
CAMPANELLA

DJ:
SULLEN
SLOWCURV

TIME OUT CAFE & DINER
17:30 OPEN & START
¥3000 + 1DRINK
チケッットの予約は下記より
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSd8FQ4SIJWbM8S7Gw9-aJhz2ZsVedV-04_qczS2QOj00ChSGg/viewform?vc=0&c=0&w=1&flr=0

STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK - ele-king

 写真家・音楽ライターの石田昌隆氏の新刊は、『STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK』。主にUKを舞台としたレゲエとパンクの出会いを中心に編集したもので、1982年から2023年までの作品が掲載されている。ザ・クラッシュのNYでのライヴにはじまり、レゲエの偉人たち、80年代UKのインディ・ロッカーたち、1884年のCNDとの共催によるグランストンベリー・フェスティヴァル、同年のノッティングヒル・カーニヴァル、レゲエ・スプラッシュ、それからクラブ・シーンも少々……と、時代のポップ・アイコンたちの合間に街の風景や無名の人たちの写真が入ってくるのが嬉しい。また、そのときどきの渡英についてのエッセイがそれぞれの年ごとに掲載されている。いくらの経費でどんな風に撮影したのかがわかるのも面白い。
 パンク以降のUKミュージックのファンはぜひ見て欲しいし、パンクとレゲエが好きな人にはキラーな内容だと言っておこう。なお、刊行を記念して、8月4日(日)15:00からタワーレコード渋谷店6Fにて、DJ HOLIDAY名義ではレゲエをかけまくる今里をゲストに迎え、トークがあります。こちらもヨロシク。


石田昌隆
STRUGGLE: Reggae meets Punk in the UK

Type Slowly
‎352ページ(発売は8/3)
※表紙デザインは、サイレント・ポエツの下田法晴

R.I.P. Tadashi Yabe - ele-king

 去る7月25日夜明け前、DJ・プロデューサーの矢部直氏が心筋梗塞のためこの世を去った。周知のように彼は日本のクラブ・ジャズ・シーンを切り拓いたひとりで、その功績はとてつもなく大きい。また、彼は日本で暮らしながらも、その窮屈な制度や慣習に囚われないラディカルな自由人というか、まあとにかく、破天荒な男だった。世界の人間を、なんだかんだと社会のなかで労働しながら生きていける人と、アーティストとしてでなければ生きられない人とに大別するとしたら、彼は明白に後者に属する人だった。青山の〈Blue〉で、あるいは〈Gold〉や〈Yellow〉で、最初期の新宿リキッドルームで、めかし込んだ大勢の若者たちがジャズで踊っていた時代の立役者のひとり、90年代という狂おしいディケイドにおける主要人物のひとりだった。
 ともに時代を生きてきたDJがいなくなるのは、とても悲しい。以下、矢部直氏とは違う立場で、日本のクラブ・ジャズ・シーンをサポートしてきた小川充氏、そしてこの10年、もっとも親しい関係を築いてパーティを続けていたbar bonoboの成浩一氏に追悼文を書いてもらった。あの時代を知っている人も知らない世代も、どうか読んで欲しい。(野田努)


DJが考える自由なジャズを体現した

小川充

 7月25日、矢部直氏の突然の訃報が届いた。死因は心筋梗塞とのことで、享年59歳という早過ぎる死だった。矢部さんと初めて話をするようになったのは1990年代半ばのこと、当時はユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション(U.F.O.)の全盛時代で、その頃の私は渋谷でレコード・ショップの店員をしていたこともあり、来店してレコードを選んだりする手伝いをする中で会話をしたりしていた。そうした中からU.F.O.のパーティの〈Jazzin’〉(芝浦ゴールド~西麻布イエロー)やジャズ・ブラザーズとオーガナイズしていた南青山のクラブのブルーに遊びに行ったりし、ブルーではDJをする機会も得たのだった。また、海外からDJを招聘した際にもブルーに世話になり、矢部さんと地方のクラブに行ったりとか、自分がオーガナイズするイベントに出演したもらったりと、DJ関連でもいろいろお世話になった。

 1990年代のクラブ・ジャズ界のトップ・スターだった矢部さんは、傍から見るととても尖っていて、体も大きくて喧嘩が強いというイメージがまかり通っていた。高校や大学では野球部だったが、怪我のためにその道を断念し、DJや夜の世界に入ってきたそうだ。そうした体育会系気質の矢部さんだったが、当時のクラブにはディスコや水商売の名残があった。酒や喧嘩といった荒っぽいところもあり、DJにも徒弟制度的なところがあって、下積みを経てようやく一人前になれるという時代だった。そういった時代にDJとして名を上げるには、喧嘩も強くてハッタリが効かないとという部分もあり、そうした武勇伝がまかり通っていたのだと思う。矢部さんの上の世代からは生意気な奴、というように映っていたようだ。ただ、実際に会って話をしてみると、矢部さんは確かに突っ張っていて、ぶっきらぼうなところはあるものの、とても優しい人だったし、自分たちの後に続くDJやアーティストたちを手助けしたり、守ってくれるような存在だった。

 矢部直はDJをやりつつ、桑原茂一氏が運営する企画会社のクラブキングで働いていて、そうした中でラファエル・セバーグや松浦俊夫と出会い、DJ集団のU.F.O.を結成した。編集や企画の仕事をしていただけあり、DJをするにもアートやファッション、デザインの感覚を持ち込み、それがU.F.O.の個性や強みとなった。DJユニットとしてのU.F.O.が誕生したのは1990年のことだが、当時の東京のクラブ・シーンではヒップホップ、ハウス、テクノなどのシーンは出始めていたものの、ジャズはなかった。レアグルーヴやレゲエ、ロックやニュー・ウェイヴなどをかけるDJはいたものの、当時のロンドンで流行っていたようなアシッド・ジャズをプレイするDJはほとんどいなくて、U.F.O.がその先駆になった。スーツでDJをするというスタイルも、ロンドンのジャズ・シーンから来たものだ。ただ、U.F.O.はイギリスのDJスタイルを単に真似るのではなく、自分たちにしかない味をいかに出していくかに腐心していた。よく混同されがちだが、U.F.O.の音楽性はアシッド・ジャズとイコールではないし、レアグルーヴとも違う。また、1990年代半ばによくひと括りにされていた「渋谷系」でもない。それぞれ通じたり、繋がったりするところはあるのかもしれないが、あくまで唯一独尊の無頼派がU.F.O.であった。

 DJやイベントをやりつつ、U.F.O.は楽曲制作にも取り掛かる。彼ら自身は楽器を弾いたりプログラミングができたりするわけではないので、おもにサンプリングするネタを出してマニピュレーターに伝え、楽曲全体のイメージや方向性をプロデュースするというやり方だ。編集者的なセンスや時代を先読みする能力が問われるわけで、それ以前の音楽は技術を持つミュージシャンや作曲家、シンガーによって作られてきたものだったが、U.F.O.はそうした音楽の在り方を変えたと言える。現在はこうしたDJプロデューサーは一般的だが、U.F.O.はそのパイオニアであった。また、楽曲制作だけではなくアルバム・ジャケットのアートワークや写真、ファッションなどを含めた演出を施し、イベントと連動させていくやり方など、音楽にあらゆるものを巻き込んだトータル・プロデュースは、日本においてはY.M.O.がその先駆だと思うが、U.F.O.もそうした資質を受け継いでいた。Y.M.O.とスネークマンショーで関わった桑原茂一氏主宰のクラブキング出身である、矢部直や松浦俊夫ならではのセンスと言えよう。また、コスモポリタンでボヘミアンな感覚はモロッコ系フランス人のラファエル・セバーグならではで、そうした個性派を束ねていたのが矢部直でもあった。

 U.F.O.のデビュー曲は1991年の“I Love My Baby – My Baby Loves Jazz”で、ジャズやラテンのさまざまなサンプリングの中に、タイトル通りジャズへの愛情を忍ばせたものだった。そして、ヴァン・モリソンのカヴァーの“Moondance”とオリジナル曲の“Loud Minority”のカップリング・シングルを1992年にリリース。“Loud Minority”はU.F.O.の名前を日本はもちろん、世界へ広げる大ヒットとなった。クラブ・シーンではまだマイノリティだったジャズを高らかに宣言する声明文的な記念碑で、この曲を聴いて曲作りを始めたジャズDJも多かった。サンプリングのジャズ・ネタの膨大さと、それをスムーズに繋げてひとつの曲に再構築する鮮やかさ、そしてメッセージ性や散文的な感覚を持ち合わせる方法論と、サンプリング・ミュージックのひとつの到達点であり、いまだ色褪せてはいない。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンなどのジャズとはもちろん同列のものではないが、テクノロジーが発達した1990年代において楽器をサンプラーに持ち替え、DJが考える自由なジャズというのがこの“Loud Minority”であったのだ。

 1993年にはファースト・アルバムの『United Future Organization』をリリース。世界的にコネクションを広げていた彼らは、ガリアーノやマンディ満ちるに加えてヴェテラン・ジャズ・シンガーのジョン・ヘンドリックスを迎え、彼の“I’ll Bet You Thought I’d Never Find You”をリメイクするなど、企画力はズバ抜けていた。当時のジャズ・シーンにおける最先端だったブラジル音楽も取り入れ、エドゥ・ロボの“Upa Neguinho”をカヴァーするなど、時代の空気を読むセンスも抜群だった。そして、U.F.O.らしいクールなジャズ・センスが光る“The Sixth Sense”は、クラブ・ジャズのスタイリッシュなカッコよさが詰まっていた。ワールド・ツアーも行うなど日本だけでなく世界中で影響力を高めていったU.F.O.は、セカンド・アルバムの『No Sound Is Too Taboo』(1994年)では世界旅行を標榜し、よりワールドワイドでコスモポリタンな色合いを強める。DJクラッシュ、スノーボーイ、クリーヴランド・ワトキスら多彩なゲストに、ケリー・パターソンやマーク・マーフィーのカヴァー。レジェンドであるマーフィーとはこのときの“Stolen Moments”のリメイクが縁で、後に共演が実現した。派手なトピックに目を奪われがちだが、エルメート・パスコアルを再解釈した“Mistress Of Dance”には繊細でリリカルな美しさがあり、こうした詩的な世界観もまたU.F.O.の魅力のひとつだった。音楽以外に詩、文学、映画などさまざまな芸術の影響も有するのがU.F.O.で、そうしたものがもっともよく表れたのが架空のスパイ映画のサントラ仕立てとなった1996年の『3rd Perspective』。映画『Mission Impossible』の公開に合わせて作られたこのアルバムは、ロンドンでオーケストラを交えて録音された。“The Planet Plan”はカール・クレイグがリミックスするなど、そうしたリミキサーの人選も秀逸だった。ジャザノヴァがリミックスした“Friends”はハープシコードを用いた変拍子のジャズ・ヴォーカルもので、こうしたワルツものを取り入れるところもほかのジャズ系アーティストにはなかなかないU.F.O.ならではのアイデアだった。

 その後、『Bon Voyage』(1999年)、『V』(2001年)と合計5枚のアルバムを残して、松浦俊夫はU.F.O.を脱退し、以降は矢部直とラファエル・セバーグのふたりとなるが、U.F.O.としての楽曲制作はストップしてしまい、DJも個人活動がメインとなっていった。U.F.O.としての活動は主に1990年代に集約されるが、彼らは自身のレーベルである〈ブラウンズウッド〉を設立し(ジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉とは別)、自分たちのアルバム以外に『Multidirection』というコンピレーションをリリースする。キョウト・ジャズ・マッシヴ、竹村延和、ジャズ・ブラザーズ、クール・スプーン、ソウル・ボッサ・トリオなどの作品を収録し、日本のジャズ・シーンを盛り上げるべくいろいろなアーティストをプッシュしていた(ちなみに、ジャズ以外にDJムロも収録していた)。『Multidirection』の2作以外に、スモール・サークル・オブ・フレンズのEPをリリースするなど自分たち以外のアーティストもプロモートし、クラブ・ジャズ・シーン全体を牽引し、発展させていこうというのが〈ブラウンズウッド〉であった。矢部直はこのように全体を見る目やリーダー性、カリスマ性の備わった稀有なDJであり、こうした視点を持つ人は今後もなかなか出てこないだろう。


彼はハードコア・ビートニクだった

成浩一(bar bonobo)

 私は80年代後半から2000年までNYに住んでいたので、remix誌などでU.F.O.の活躍をチラ見ていたくらいで、全くといっていいほど彼らの全盛期を知らない。しかし、私たちはここ10年ほどは、近所ということもあり……月一で水曜日にweneed@bonoboというパーティを彼が亡くなるまで続けた、同世代の親しき友人だった。ここでは極私的に矢部直さんについて書こうと思う。
 あの当時、いくつかのクラブ誌からチラ見した矢部さんたちを、まあ随分と格好つけた方々もいたもんだなあ……といったちょいと斜めからの視線で見ていた。 私がそう思ってしまったのも、その当時の私が、彼らの音を男女でパンパンのフロアで浴びるチャンスもなく、〈Jazzin'〉という名の熱狂的パーティが夜な夜な東京で行われていたことも知らなかったからだ。まさかあんな格好つけが日本人にできるはずがない、似合うはずがない、そう信じ切っていた。そんな同時代の日本人を見たことがなかったし、そこに思想があるなんて思ってもいなかった。矢部さん、大変失礼しました(笑)。
  ところが近年は、それが必然だったことのように彼と仲良くなり、本当によく遊んだ。そしてよく語り合った。純粋に音について、DJ談義、現象や物に対する認識、What is cool、女、男、偉大な先人達について……などなど。 そして、たまに聞かせてくれるU.F.O.時代の話。 初めてのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルの出演、それは、演奏家以外では史上初になるDJとしての出演だった。最初はヨーロッパのジャズ・オーディエンスたちの「おいおい何がはじまるんだよ」と、冷やかし(?)の視線があったが、最後には熱狂の渦になったという。
 ほかにも、 メジャーな会社との交渉時の話もしくれた。「貴方たちにはオレたちのカッコよさは本当にわかってんのかな、と終始攻めの姿勢で交渉し、好条件をまんまと引き出したよ」、なんてニヤニヤしながら話してくれたものだった。「どうやって、ディー・ディー・ブリッジウォーターに歌ってもらうことができたのさ?」なんていう問いにも、「いや〜、あのときは意外なことに、けっこうスムーズに進んだんだよ。ホント嬉しかったなー」、なんてニコニコしていた。あるいは、最近では、「U.F.O.が僕のピークと捉えていないんだ、捉えたくないんだ、また何かやるのさ」とも語っていた。そして、ついに先日は、「政治家になるってどう思う?」って聞かれたんだよ(笑)。「政治家といっても都議会くらいだけど」って真面目に言うからびっくりしたけれど、すぐに「だったら僕が広報部長になるよ」って言いたくなる話だった。
 「僕は90年代にU.F.O.で、世間に良い方向の影響を与えることができたと思っている。でもいまの時代状況、ダンスフロアの熱度、ではそのような影響を与えることの難しさを感じていて。で、ちょいと考えてみたら、こりゃ政治活動で良い影響を与えるもありじゃない?  例えば、代々木公園で夏のあいだステージを作って、1ヶ月毎日、いろいろな優れたミュージシャンたちのライヴをフリーで見せる、とか。夕方からは皆が芝生に横になりながらビールを片手にクラシックな名作映画みるとかさ」
  私はそれを聞いて、「まるで、セントラルパークのサマーステージのようで凄く良いな」って思った。「留置所に音楽室を作ってMPCを置く」っていう私のアイデアにも大賛成してくれた。「そんなことができたら当選しちゃうねー」、なんて笑い合いましたよ。
 彼には自身の日常への美学が常にあった。それは音楽に留まらず、コラージュ、スクラップ、文学、写真、人へのちょっとした手作りのギフトなど、他のDJとは違った芸術一般への深い興味、そしてやはりビート族への強い共感。DJってただの音楽馬鹿なんじゃない、といいう感じとは根本が違っていた。
 高校時代には真剣に甲子園を目指していた野球少年、上京後すぐに動き出し、ヤベイズムのはじまりとなる鮮やかなスタートダッシュ。 当初、そこにどのような飛躍があったのかわからなかったのだけれど………いまはこう想像できる。 野球にどっぷりな日常を過ごしつつも日々さまざまな本に触れ、前衛詩に陶酔し、ビバップ、モダン・ジャズに惹かれた早熟な青年。それはハイプではなかった。 そういうスタートがあって、それからクラブキングのボスに見出され、世界にまであっという間に飛躍した! 
 見事なのは、それまでのように資本、メジャー・レコード会社などに頼るのでなく、自分たちで繋がっていったこと。 それはなかなか新しい。しかしそここそが(まだまだ初々しい初動期であった)クラブ・ミュージックの本質であり、まさに時代がぴったりと彼と一緒にいたということだと思う。 彼ほど1990年代に愛され、それを作れた人はいないのではないの?  なんて幸せな人生なんだ?  
 いま思ったんだが、彼は先人達からの知恵を頂いて新しいArtを作った。しかしそれは決して付け足していくようなものではなく、そいつをひん剥いてひん剥いてそれを剥き出しにするベクトル。そのサンプルを剥き出して精神性を露わにしたいタイプのハードコア・ビートニク。 みんな彼のことをエキセントリックだと語ったりもするが、まあ例えれば、ビル・エヴァンス、ルー・リードのような生き方をしていた、というだけですよ。 そしてそのスタイルのブレのなさはずっと前からだったんだろうし、い、わ、ゆ、るACID JAZZを超えた、その強度に世界がびっくりしたんだと思う。
 そしていま。 私が神宮前で運営しているclubには、彼への感謝で一杯の若者たちが毎夜、「矢部さん! いろいろ教えていただきありがとうございました!」と本当に寂しそうにしているのを見る。みんなに伝えたいことは………矢部さんがいなくなったらヤベイズムも終わるんじゃないよってこと。 矢部スタイルを追うのでなく——まあそんなこともできるわけないが(笑)——、矢部さんと共有できた時間をひん剥いてみて、残ったヤベイズムをまた下の世代に伝えるべく生きてほしい。 矢部さんがずっとずっと先人達とそうやってきたように。

Seefeel - ele-king

 90年代の音源をまとめたアンソロジー『Rupt+Flex 94-96』から早くも3年。彼らの最後のオリジナル・アルバムは2011年の『Seefeel』だから、じつに13年ぶりということになる。シーフィールひさびさの新作『Everything Squared』が8月30日にリリースされる。
 6曲入りのミニ・アルバムで、中核メンバーのマーク・クリフォードとサラ・ピーコックが作曲&演奏、『Seefeel』期にバンド・メンバーだったシゲル・イシハラ(DJスコッチ・エッグ)もベースで2曲に参加しているそうだ。マスタリングはミニマル・ダブのヴェテランでもあるポールことステファン・ベトケ、デザインはデザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが手がけている。現在、同作より新曲 “Sky Hooks” が公開中です。

artist: Seefeel
title: Everything Squared
label: Warp
release: 30 Aug 2024

tracklist:
01. Sky Hooks
02. Multifolds
03. Lose The Minus
04. Antiskeptic
05. Hooked Paw
06. End Of Here

Midori Aoyama - ele-king

 DJのMidori Aoyamaが全国ツアーを開始している。すでに別府・熊本・福岡公演は終了しているが、8/10の大阪から9/21の名古屋まで、計11か所をめぐる予定。今回のツアーでは「euphonia」という話題のミキサーを使用、会場や状況によってはワークショップも実施されるそうだ。詳しくは下記より。

Midori Aoyama、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る夏の全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタート!

国内外で活躍するDJ/プロデューサーのMidori Aoyamaが、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタートする。
初日7月26日の別府・CREOLE CAFEを皮切りに、7月〜9月末まで熊本・福岡・大阪・京都・富山・加賀・白馬・新潟・広島・岡山・藤沢・名古屋と全国のクラブやミュージックバーなど計14か所を周り、イベントを開催。
今回ツアーで使用するのは、AlphaThetaの新ロータリーミキサー "euphonia"。会場の状況やイベントの内容によってチュートリアルやワークショップも実施予定。

是非この機会に新ロータリーミキサー "euphonia" の魅力とハウスを軸に、新旧問わずあらゆるジャンルを独特のセンスとスキルでクロスオーバーさせていくMidori Aoyamaのパフォーマンスを体感して欲しい。

TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD

7/26(金) 別府 CREOLE CAFE
7/27(土) 熊本 Mellow Mellow
7/28(日) 福岡 Kieth Flack
8/10(土) 大阪 BAR Inc
8/11(日) 京都 Metro
8/12(月) 京都 NOHGA HOTEL KIYOMIZU KYOTO
8/16(金) 富山 NEWPORT
8/17(土) 黑崎海水浴場 (Kurosaki Beach)
8/23(金) 白馬 Concrete
8/24(土) 新潟 meme studio
8/30(金) 広島 音楽食堂 ONDO
8/31(土) 岡山 PINE&SONS
9/6(金) 藤沢 chillout酒場 常夏
9/21(土) 名古屋 Normal

interview with Fat Dog - ele-king

 サウス・ロンドンのカオスを生み出すバンド、ファット・ドッグのエネルギーは本当に凄まじいものがある。暗く激しく、それでいてユーモラスなエネルギーがぐるぐるぐるぐると渦を巻くようにして迫ってくる。その熱に触れてみたいと手を伸ばしたくなるような、彼らの音楽を聞いているとふつふつとそんな思いが湧き上がってくる。ファット・ホワイト・ファミリーの邪悪なユーモア、HMLTDの大仰なロマン、ヴァイアグラ・ボーイズの人を食ったようなふてぶてしさ、PVAのネオンの明かり、それら全てを彷彿させながらそれらのどれとも似ないカオスを生み出すバンド、ヤバいという言葉がこんなにも似合うバンドはなかなかないだろう。
 ファット・ドッグは2020年のロックダウンのさなか、中心メンバー、ジョー・ラヴの部屋で生まれた。彼は抑圧された心、そうして身体を解放するかのようにひとりエレクトリックでハードな曲を作り続けた。それは彼が以前所属していたポスト・パンク・サウンドのバンドDREXXELS(Peeping Drexels)とはかけ離れたもので、しかし同じように、あるいはそれ以上に、ライヴの熱を求めたのだ。
 制限が解除され、サウス・ロンドンのライヴ・ハウス、ウィンドミルで他のバンドをやっていたメンバーが出会い、そうして部屋の中のアイデアが具現化され身体を持った。エネルギーに名前が与えられ、サウンドは夜を重ねるごとに熱を帯び、飢えた獣の身体は肥大化していく。「サックスをバンドに入れないこと」。ジョー・ラヴが最初に立てた誓いはあっという間に破られて、やがてサックス奏者のモーガン・ウォレスが加入した。そしてその音がファット・ドッグにさらなる熱をもたらしたのだ。サックスをプレイしている意識ではなく音のレイヤーのひとつを加えるという感覚だとそう彼女は言うが、そのレイヤーはバンドの中でなくてはならないものなった。
 長らく正式な音源が1曲もなかったという状況の中、彼らはライヴを重ねファンベースを拡大していく。そうしてそれが騒ぎになって、曲をリリースしていないにもかかわらずスポーツ・チーム、ヴァイアグラ・ボーイズ、ヤードアクトのサポートに抜擢された。そこで目撃した観客が彼らを知って、それを広めて……そうやってまた口から口に評判が広がっていく。それは古き良きバンドの成功物語を思い起こさせ、同時にSNSを通し熱が伝わる現代の渦を感じさせもする。

 そんな彼らが〈Domino〉と契約を果たし曲をリリースしたのが去年、23年のこと。それから1年、2024年9月6日についに1stアルバム『WOOF.』がリリースされる。さらにはなんと12月に大阪、名古屋、東京で来日公演がおこなわれるというのだ(インタヴュー後に正式にツアーの発表がなされた)。アルバムにそしてライヴ、ここに来てさらにギアを上げるファット・ドッグ。デビュー・アルバムのリリースを前にサックスのモーガンと鍵盤奏者のクリス・ヒューズにこのカオスを生むバンドについて話を聞いた。あるいはふたりの目を通し完璧主義者だという創始者ジョー・ラヴの感性が見えてくるようなそんなインタヴューにもなっているかもしれない。それにしても何かがはじまりそうな、ヤバい匂いがプンプンだ。

人間がどんなに壊れていても、アイデアそのものは生き残ることができる、って彼は言いたかったんだと思う。(M)

日本のインタヴューは初めてなので、まず最初にメンバーの紹介をお願いします。

モーガン・ウォレス(Morgan Wallace、以下MW):私はサックスとキーボード担当で、クリスがキーボードとシンセサイザー担当、ジョー・ラヴがヴォーカルとギター、ジャッキー・ウィーラーがベース、ジョニー・ハッチンソンがドラムス担当ね。

ファット・ドッグはどんな経緯で結成されたのでしょうか? メンバーはそれ以前からバンド活動などしていたのでしょうか? ジョー・ラヴはPeeping Drexelsにいましたよね?

MW:そうそう。ジョーはPeeping Drexelsにいて、他のメンバーも全員ロンドンでなんらかのバンドをやっていて。みんなそれぞれ違うバンドでプレイしてたんだけど、ウィンドミルでギグをやることが多かったから、それで知り合ったという感じ。このバンドは、ジョーがロックダウン中の2020年に結成した。他の多くのミュージシャンと同じように彼も外の世界でやることが何もなくなってしまったから、曲作りに没頭するようになったんじゃないかな。ロックダウンの間、自分のベッドルームで楽曲の核となるエレクトロニックなパートを作曲するようになって、それで規制が少し緩和されるようになってから、ミュージシャンを集めてバンド活動をはじめて。エレクトロ・ミュージックをベースに、そこに私たちの音が乗っていったという感じかな。そこから彼がさらに楽器を増やして、で、ライヴをやるようになったみたいな流れ。何年もの間、生の音楽に触れてこなかったから、みんなが求めているものはライヴなんだって思ったっていうのもあって。ライヴ限定のバンドという感じではじまったのはすごく良かったと思う。少しずつバンド活動に対する意識も変わってきてはいるけどね。

ファット・ドッグというバンド名はどのように決めたのでしょうか? アルバムの最後に名前とひっかけたような「人間を殺すことはできても犬を殺すことはできない」という言葉が出てきますが、活動をしていくうちに「Dog」という言葉になにか特別なニュアンスが出てきたということはありますか?

MW:ジョーが考えたバンド名だからな。でもウィンドミルでのギグが決まったときに、ブッカーのティム・ペリーが彼に「ポスターにバンド名を書きたいんだけど、なんて書けばいい?」って訊いて、それで急いでキャッチーな名前を考えなくちゃならなくなったって話があって。だからたぶん名前に深い意味はないと思う。バンド名について、少し前にジョーと話し合ったことがあるんだけど、ふたりとも2音節の名前がキャッチーでバンド名としてはすごく良いよね、って言ってて。でも、私たちの評価を通して、バンド名にも少し意味が出てきたような気がする。あのフレーズはシンセ・プレーヤーのクリスが書いたんだけど、クリスはサヴァイヴァル能力に長けているから、人間がどんなに壊れていても、アイデアそのものは生き残ることができる、って彼は言いたかったんだと思う。ツアー中はどんなに寝不足でも、どれだけたくさんの飛行機に乗らなきゃいけないとしても、ステージで生きるための術を私たちは学ぶことができるから。そういう意味が込められているんじゃないかな。

いまはもちろん重要なアクセントになっているかと思いますが、結成当初作ったルールに「音楽にサックスを持ち込まないこと」というのがあったという話があります。これは21年当時大流行していたウィンドミル・シーンのポスト・パンク・バンドへのカウンターを意識したものだったのでしょうか?

MW:そういう意味もあったかもね。ジョーが前にやっていた Peeping Drexels はポスト・パンク・バンドだったから。彼がファット・ドッグの音楽を作りはじめたときはひとりでコンピュータで作っていたんだけど、以前のバンドとは対極にあるようなサウンドで。いわゆるダンス・ミュージック。ダンサブルなサウンドで、とにかくみんなを踊らせたいっていう欲望があった。もちろん私はサックス・プレイヤーだから、彼の意見には同意しかねるけど、サックスを取り入れたポスト・パンク・バンドがたくさん存在していたのはそうだったと思う。たしかにサックスを入れることで、目新しさを感じるからね。それに対し私のファット・ドッグでの役割について言うと、いわゆる普通のサックスを吹いていないということ。私はジャズ・ミュージシャンで、ときどきジャズも演奏しているけど、そういうものとファット・ドッグとでは全く異なるプレイの仕方をしているから。私だけじゃなくて全員が自分の楽器が目立つような演奏をなるべく避けるようにしている。私たちが目指すのは全体としてまとまりのあるサウンドだから。それぞれの楽器はひとつのレイヤーに過ぎないというか。そんな感じだから、私はサックスをプレイしているという意識はしてない。自分が出す音はあくまでもレイヤーのひとつであってとてもリズミックなサウンドだから。アルバムにしても、サックスというよりもエフェクトやレイヤーのひとつという感覚でプレイしているし。それが効果的に使われているみたいな。いわゆる目新しくて目立つようなサックスではなくて、ものすごい大音量で爆発する音だったり、抑えめのトーンで淡々と演奏したり。いわゆるステレオタイプなサックスではないと思うけど、それでもジョーが言ったことは承服しかねるかな(笑)。

以前はジャズ・バンドにいたんですか?

MW:大学でジャズを勉強して、いくつかのジャズ・バンドに参加していたけど、その他にもいろいろやってた。ファット・ドッグ以前にもジャズではないバンドもやってたし。ただサックス・ソロを吹きたくてこのバンドに参加したというわけではなくて。

(ここでクリスが入ってくる)

いまちょうどファット・ドッグ以前にも音楽をやっていたのかどうか訊いていたところだったのですが、クリスはどうですか?

クリス・ヒューズ(Chris Hughes、以下CH):モーガンほどの器じゃないけど、僕もクラシックとジャズが好きで育ったんだ。それに、ダブル・ベースもプレイしていたね。高校を卒業して昔からの友人たちとバンドを組んだりしたけど、本当にゴミみたいなバンドだったよ。みんなが好き勝手にソロを弾きたがるようなバンドで、クソみたいなサウンドだった(笑)。ファット・ドッグに加入するまでは音楽業界みたいなものには全然縁がなくて。まぁいまでもこういう環境には全然慣れないけどね。すごく変な気分だよ。ずっと大規模なオーケストラやビッグ・バンドで演奏していたから、6人組の、言ってみればポップ・バンドでプレイするのは本当にそれとは全く違う経験なんだ。ギグをやることにしろ、他のバンドとの奇妙な競争みたいなものにしろ、ビッグ・バンドにいるときとはまるで違う。すごく変な気分だよ。

私のファット・ドッグでの役割について言うと、いわゆる普通のサックスを吹いていないということ。私はジャズ・ミュージシャンで、ときどきジャズも演奏しているけど、そういうものとファット・ドッグとでは全く異なるプレイの仕方をしている。(M)

そんなサウス・ロンドン、ウィンドミル・シーンは、あなたたちの眼から見てどんなふうに映っていましたか?

MW:ウィンドミル・シーンにいたのは何年か前から去年くらいまでだから何とも言えないけど、私もクリスと同じで、音楽業界という世界でバンド活動をするのが初めてだから、パブ・ヴェニューでプレイすることについてよりもそっち方が大きいかも。たくさんツアーに出て、海外で演奏するって本当に信じられないような体験だから。それ以前には旅行にもほとんど行ったことがなかったし。少し前にオランダでインタヴューを受けたんだけど、そのときに「ファット・ドッグを一言で表すと?」って訊かれて。ジョーは “トラベル” って答えていたんだけど、私も同じことを声を大にして言いたい。私たちの視点から見ると、このバンドは “旅” そのもの。ウィンドミル・シーンを飛び出して、もっといろいろなところでたくさんのギグをやるようになった。ずっと旅をしている気分で、これまで触れることのなかったより多くの文化や世界に触れているから。

ファット・ドッグの音楽はシンセサイザーのネオンのきらめきが印象的で、ある種のいかがわしさがあり、モノクロ・サウンドのポスト・パンク・バンドとまったく違っていて新鮮に聞こえました。活動をする上で影響を受けたバンドは何かあったのでしょうか?

MW:クリスは誰を挙げる?

CH:曲によるかなぁ。それに、いろいろな曲の影響や要素をひとつの曲にたくさん詰め込んでいたりもするしね。大きなインスピレーションのひとつに、ScootaとThe Intergalactic Republic of Kongoを挙げられると思うけど。そのふたつは、ジョーが曲作りの上で大きな影響を受けていることは間違いないね。それに、映画や映画音楽にも多大な影響を受けているよ。

MW:レコードのヴァージョンは、つねにライヴ・ヴァージョンとは違っているからね。だから最初にレコーディングに入ったときはなんだか変な気分だった。ライヴとは全然違うものになるなと思ったから。でも、実際にアルバムを作ってみたらライヴとはまた違った良さがあることに気付いて。ストリングスとかレイヤーをたくさん重ねることの良さというか。そういうものはライヴのステージでは再現できないから。フルのストリング・オーケストラを入れる余裕はステージのサイズ的にも予算的にも不可能でしょ(笑)。

現行のバンドで共感しているようなバンドはいますか?

MW:Pink Eye Clubかな。すごく良いよ。男性のソロなんだけど、clubを名乗ってる(笑)。

CH:彼はすごく良いね。僕はGetdown Servicesっていうバンドがすごく好きなんだ。ブリストル出身の2人組で、とてもファンキーな音楽をやっているんだけど、歌詞がかなり攻めてて面白いよ。めちゃくちゃ良い人たちだし。彼らはとてもクールだね。自分たちにしかできない音楽をやっていて、まるで海みたいに毎回同サウンドが変化していく感じ。

[[SplitPage]]

曲をリリースすることなく、死ぬほどたくさんギグをやってきたことで強固なファンベースを築くことができたんだと思うし、自分たちのコミュニティを築き上げることができたんだと思う。(C)

ファット・ドッグは曲を出す前から凄いバンドがいると評判になっていて、日本にいてもSNS上でのざわつき具合を感じられましたが、長らくの間正式な音源が1曲もありませんでした。それでYouTubeにあがっているライヴ動画を何度も見たりして。そういう状況はワクワクを感じるものでもあったのですが、長い間曲をリリースしなかったのはバンドの戦略的な部分もあったのでしょうか?

CH:まあ、ある程度は意識したところもあったと思うけど、完全に意図的なものだったとは思わないな。

MW:もちろんレコードのリリースに関してはつねに考えていたけど、最初の曲をリリースすることはかなりハードルが高かったかもね。特にジョーはかなりの完璧主義者だから。とにかく素晴らしいサウンドに仕上がるまで、焦るのはやめようというムードが漂っていて。それでしばらくレコーディングを試みていたんだけど、わずかなセクションのエディットにこだわりはじめたら止まらないというループに入ってしまって。とにかく完璧に仕上がるまでリリースするのは得策じゃないということになった。その一方でそういう考え方に深入りしない方がいいんじゃないかという思いもあったけどね。

そうだったんですね。端から見ているとこうした動きはバンドとして成功するために、まずサブスクリプション・サービスに曲をアップすること、プレイリストに載ることが大事だというようないまの風潮に一石を投じていたようにも感じられて。ライヴ活動でバンドが大きくなっていくという、ある種先祖返りしたような姿とSNSを通して噂が広がっていく現代的な要素のハイブリットみたいにも思えて。

MW:そういうもの(いまの風潮)からちょっと距離を置くことはいいんじゃないかという思いはあったかな。もちろん音楽業界に身を置いている限り完全に避けて通れるわけではないけど。でも売上とかそういう数字的なものは自分にとってはすごく不自然で、なんだか自分には関係ないものだと感じていて。自分たちのペースで曲をリリースしたいってね。だからアルバムをリリースするのはいまが最適と自分たちで感じたからじゃないかな。そういうものから少し距離を取っていられたのは良かったよね。

CH:そうだね。売上競争とか、本当に馬鹿らしいしそういうものに巻き込まれるのは変な気分だよ。でも、そんなふうに曲をリリースすることなく、死ぬほどたくさんギグをやってきたことで強固なファンベースを築くことができたんだと思うし、自分たちのコミュニティを築き上げることができたんだと思う。それって素晴らしいことだし、正しい戦略だったと僕は思うな。曲がリリースされていなければみんなが話題を作ってくれるし、ライヴに足を運んでくれているファンたちという基盤がないばっかりに、曲が埋もれてしまうということもないしね。リリースまでに300回でも400回でもギグをやっていれば、かなりの規模のファンベースを築けるし、ギグに足を運んでくれる人たちはきっとアルバムにしろ曲にしろきちんと聴いてくれると思うんだ。そうすることでまた注目を集めることもできるしね。

MW:それにそういう人たちは曲をより大切にしてくれると思う。多くの人たちが歌詞をすでに知っていたりするけど、ギグに来るにあたってもっとちゃんと歌詞を覚えてこなきゃって気にしてくれるでしょ。

CH:そうなんだよね。めちゃくちゃすごいことだよ。

そうした時期を経て〈Domino〉と契約したわけですが、〈Domino〉と契約した経緯について教えていただけないでしょうか?

CH:他には誰も僕たちと契約したいって言うレーベルがなかったから(笑)。他にも少し話をしたレーベルはあったんだけど、なんか70年代っぽい音楽をやりたいみたいな変なレーベルでさ。〈Domino〉は全然違っていて、もっと何か特別なものがあると感じたんだ。けっして大きなレーベルではないけど。もちろん、売れっ子のバンドもいくつか輩出しているけど、レコード会社としてはけっして大きくはないよね。それと〈Domino〉の社長のローレンスの存在も大きかったね。基本的に彼個人が好きなバンドと契約しているという。何度か僕たちのギグで彼を見かけたことがあるけど、ヘッドバンギングしてノリノリだったんだ。そういう個性があるし、〈Domino〉は他のレーベルに較べてすごく近しい感じがしたんだよ。一方で〈Island〉は偉大な伯父さんて感じで、〈Domino〉はお母さんって感じかな(笑)。

ロンドンのバンドでいうとソーリーやファット・ホワイト・ファミリーが〈Domino〉のバンドですか、レーベルについてどんな印象を持っていましたか?

CH:僕はもともと〈Domino〉所属のShirley Collingsとリチャード・ドーソンが大好きだったんだ。それにファット・ホワイト・ファミリーもね。たしか『Serfs Up!』が彼らが最初に〈Domino〉からリリースしたアルバムじゃなかったかな? この3組のショーは本当に素晴らしいよ。僕はクラシックなトライアド・フォークが大好きだから。Shirley Collinsにしろリチャード・ドーソンにしろ、トライアド・フォークをリヴァイヴァルさせるようなアプローチをしているんだ。それでいてかなりひねりが利いていて、すごく幅広いことをやっている。だから、その2組の印象がとても強いよ。

MW:私はソーリーがすごく好き。最新アルバムの大ファンで。一緒のレーベルに所属しているというのはとても嬉しい。それにベス・ギボンズもね。じつは彼女が〈Domino〉所属だって知らなかったんだけど、〈Domino〉の人と話しているときにその話題になって、「マジで! ゲストリストに入れて!」ってお願いしたの(笑)。それで〈Domino〉の人たちとバービカンでやったショーを観に行って。その2組と同じレーベルというのは嬉しかった。

聴く人がつねに憂鬱になるようなものはやりたくない。そういうものから抜け出せるようなものがやりたいんだ。(C)

曲についての質問もさせてください。あなたたちの音楽は、大仰でダークなエネルギーがあるのと同時に人を食ったようなユーモアがあって、それが新鮮でとてもワクワクさせられます。こうしたバランスは意識しているのでしょうか?

CH:いちばん大事なことは、この曲を100回演奏しても、それ以上演っても、そこに楽しみを見出せるような曲にするということかな。そこを一番に考えてる。でも良い曲にしたいのと同時にそうであって欲しくないとも思ってて。言葉で説明するのは難しいんだけど、耳当たりが良いだけじゃなくて、聴く人がクスッと笑えるようなところがある方が良いと思うんだよね。聴く人がつねに憂鬱になるようなものはやりたくない。そういうものから抜け出せるようなものがやりたいんだ。

MW:どの曲もすごく激しく畳みかける部分があるから、それを鎮めるような部分もないとね。いくつかの曲の歌詞は奇妙で抽象的なものを核に持っているけど、バンドとしてひとつにまとまっているということがいちばん大切なんじゃないかな。でも、そうね……私たちからしても面白いと思う言葉もいくつかあるし、ジョーがずっと同じ言葉を繰り返して全然終わらないこともあるし、いつも言うことが違うところもあるし。それが私たちにとっては本当におかしくて。そういうのを聴きながら演奏を続けるのは面白い。だから400回演奏してもいつも楽しいのかもね。

実際の曲作りは、スタジオでセッションしながら作っていく感じでしょうか? 何度かステージで演奏していくうちに完成していった曲などもありますか?

MW:ジョーが全ての曲のバッキング・トラックとエレクトロニックな部分を作っていて、各楽器のパートについてもいろいろとアイデアを持っているから、それを彼がリハーサルでコンピュータでプレイして、そこにそれぞれが肉付けしていく感じかな。初期のリハーサルはなかなかみんなで集まることができなかったんだけどね。自分たちの楽器についてはある程度のアイデアがあるから、みんなでいろいろと違ったものを持ち寄る感じ。ただジョーは横暴なところがあるから、彼がそれがふさわしくないと思えば、クソみたいなサウンドだな、ってはっきり言うけどね(笑)。みんなに完璧を求めるというか。

CH:唯一無二の視点を持っていつつ、全員の賛同は必要だけどね。

ジェームス・フォードとのレコーディングはどんな感じだったんですか?

MW:彼は〈Domino〉が薦めてくれたんじゃなかったかな。

CH:彼はアークティック・モンキーズとかとすでに一緒にやっていたからね。〈Domino〉からの信頼があった。それで、いくつかの曲のプロダクションをお願いしたんだよ。彼にやってもらって良かったよ。特にジョーの完璧主義が行き過ぎて、このままじゃアルバムを期日通りにリリースすることは不可能だ、下手したら何ヶ月も遅れるだろうってなったとき、軌道修正してくれる存在だったのが大きいね。ジョーに対して客観的な意見を述べることのできる存在だったというか。ジョーがスタジオに籠もってもう何週間も同じところにこだわりはじめておかしくなっていたときに「もうそろそろ次のパートに移ろうか」って言ってくれたり。ジョーの扱いに長けていたのはきっと彼の経験がものを言ったんだろうね。

MW:ジョーが言ってたんだけど、YouTubeで「In the Studio」とかっていうシリーズを観たらしいの。詳しくは覚えてないんだけど、それのジェームス・フォードの回を観て。それまで彼のことは知らなかったんだけど彼がプロデューサーを務めたものを観たんだって。それで実際に彼と一緒にプロダクションの仕事をしてみて、セカンド・アルバムを自分でプロデュースするための全ての技術を学んだって言ってた。だから自分たちでプロデュースすることのある一定の楽しさみたいなものが身についたのかもしれない。

改めてライヴについての話を聞かせて欲しいのですが、ファット・ドッグのライヴは画面を通してでもわかるくらいの凄まじいエネルギーを感じます。見ている人が口々に「ヤバい」と言うような狂乱やカオスがあって。バンドにとってライヴとはどのようなものなのでしょうか?

MW:私たちはいつも、110パーセントの力を出そうって言ってる。もちろん、何週間もツアーに出ていると、それを毎晩こなすというのはときどきとても大変だと感じるけどね。面白いのは、それぞれのメンバーがライヴについて独自の主観を持っているところ。何度もステージに立っていると、あるメンバーは今日のパフォーマンスは全然良くなかったと感じている一方で、他のメンバーは今日の出来は最高だった、って感じていたりすることがあって。けどそれも結局はどれだけのエネルギーを込められるかってことだと思う。パフォーマンスに関して自分でどうしても厳しくジャッジしてしまうから。私個人に関してはジョーがヴォーカルでガンガン攻めてくるようなときには、ステージ上でただ隣に立っているように見えてもじつは彼以上にガンガン攻めているってことが多いかもしれない。もし音楽が大音量で、胸に響くような鼓動を感じられたら、そんな状態になっているかも。私たちはみんな、いまでもそういうものを気持ち的にも、肉体的にも求めているんだと思う。私はサックス・プレイヤーだからそんな姿勢なのかもしれないけど、音楽を全身で感じていて。大音量でベースが胸に鳴り響いていく感じがして、それに自分も呼応していくみたいな。全身を使って演奏している。全身と、全脳の体験という感じかな。こんなサウンドにしようなんて、頭では全然考えていない。

いままでで印象に残っているライヴはどのようなものがありますか?

CH:Wide Awake(Festival, London)はかなりクレイジーだったね・

MW:Electric(Brixton, London)のショーもね。

もうライヴを見たくてたまらないという状態なのですが、先日、東京で「JAPAN TOUR」と書かれたあなたたちのポスターをちらっと見かける機会があって……日本でのライヴを期待してしまってもいいでしょうか?

CH:期待してくれても良いと思うよ。まだ決定かどうかはわからないんだけど、ある程度は決まっているんじゃないかな。

MW:私も早速予定表に入れたけど、どうなるのかな。

CH:僕も予定表に入れたよ。でも、実現するかどうかはまだわからないにしても、日本に行ける可能性があるなんてすごくクレイジーだよ。信じられなくてまだ頬をつねってるくらい。ものすごく楽しみにしてるんだ。

FAT DOG JAPAN TOUR
SUPPORT ACT: bed

OSAKA - 12.02 (MON) Yogibo META VALLEY
NAGOYA - 12.03 (TUE) CLUB QUATTRO
TOKYO - 12.04 (WED) LIQUIDROOM

OPEN 18:00 / START 19:00
前売: 7,200円(税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可
INFO: WWW.BEATINK.COM

チケット詳細

先行発売:
BEATINK主催者WEB先行: 7/24(wed)10:00
イープラス・プレイガイド最速先行受付: 7/30(tue)10:00~8/5(mon)23:59

[東京]
イープラス・プレオーダー: 8/6(tue)10:00~8/14(wed)23:59
LAWSONプレリクエスト: 8/6(tue)~8/12(mon)23:59
[大阪]
イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ 、LAWSONプレリクエスト:
[名古屋]
QUATTRO WEB先行、イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ、LAWSONプレリクエスト: 8/6(tue)12:00~8/12(mon)23:59

一般発売:8月23日(金)10:00~
[東京]
イープラス
LAWSON TICKET (L:72320)
BEATINK
INFO: BEATINK 03-5768-1277

[大阪]
イープラス
チケットぴあ
LAWSON TICKET
BEATINK
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569

[名古屋]
イープラス
チケットぴあ ※電子チケット(MOALA)、
LAWSON TICKET
BEATINK

INFO: 名古屋クラブクアトロ 052-264-8211

7月のジャズ - ele-king

 先月は南アフリカ共和国から生み出されたジャズ・アルバムを2枚紹介したが、リンダ・シカカネも南アフリカのダーバン近郊のウムラジ・タウンシップ出身のサックス奏者。


Linda Sikhakhane
iLadi

Blue Note / Universal Music South Africa

 10歳の頃から音楽スクールに通い、大学入学後は音楽理論や作曲などについても習得してきた。南アフリカのミュージシャンや訪れたミュージシャンたちとの共演を経て、2016年には海外留学の奨学金を獲得。2017年にニューヨークのニュースクール大学に入学し、ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッター、レジー・ワークマン、チャールズ・トリヴァーに師事している。ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッターは1970年代を代表する名サックス奏者で、特にハーパーはジョン・コルトレーンの後継者的な奏者として注目を浴びた。彼のファースト・アルバムはチャールズ・トリヴァーとスタンリー・カウエルが創設した〈ストラタ・イースト〉からリリースされ、そのときのベースはレジー・ワークマンだった。そうした面々の教えを受けたリンダ・シカカネもコルトレーンの系譜に繋がるサックス奏者と言える。
 同年にはファースト・アルバムの『Two Sides, One Mirror』を自主制作で発表するが、このプロデューサーは先月紹介したンドゥドゥゾ・マカティーニである。そして、ニュースクールの卒業リサイタルの模様を収録したライヴ録音の『An Open Dialogue』(2020年)にも、マカティーニはヴォーカルで参加。マカティーニ以外にもニューヨークで活動する南アフリカ出身のミュージシャンがサポートしていた。

 プロとなってからの第1作『Isambulo』(2022年)もマカティーニによる共同プロデュースで、リンダ・シカカネにとって彼は欠かせないミュージシャンというか、一種のメンター的な存在なのだろう。呪術師や祈祷師でもあるマカティーニから、音楽以外にも宗教や哲学などの影響を多大に受けているようだ。南アフリカのズールー族によるズールー語で啓示という意味の『Isambulo』について、シカカネ自身も「スピリチュアルな体験」と述べている。
 それから2年後の新作『Iladi』もマカティーニがプロデュースとピアノを担当する。シカカネは『Iladi』について、ズールー族の伝統や彼の生い立ちから導かれた儀式であり、アフリカのさまざまな文化的知識に裏付けされたものであると述べる。このアルバムはその儀式を音で表現したもので、彼が人生の旅において得てきたもの、学んできたことに対する感謝の意を表したものであると。マカティーニの端正なピアノをバックに、シカカネのテナー・サックスが魂の奥底からブロウするスピリチュアル・ジャズの “Influential Moments”、ダークなトーンで深く潜行していくようなミステリアスなモーダル・ジャズの “iGosa”、アラビックな旋律のポスト・コルトレーン的なナンバーの “Ukukhushulwa” と、マカティーニの『Unomkhubulwane』と対で聴きたいアルバムだ。


Forest Law
Zero

Les Disques Bongo Joe / Total Refreshment Centre

 フォレスト・ロウことアレックス・バークは、エセックス出身でロンドンを拠点に活動するマルチ・アーティスト。DJ/プロデューサーのエサ・ウィリアムズ率いるアフロ・シンセ・バンドというブラジリアン・ブギー・バンドや、ハハ・サウンズ・コレクティヴというポップ・ロック・バンドでも活動している。最初はジャイルス・ピーターソンのコンピ・シリーズ『Future Bublers』に収録されたことで注目され、〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からデビューEPの「Forest Law」を2020年にリリース。このEPにはエサ・ウィリアムズも参加していて、アフリカ、ブラジル、ラテン系のプリミティヴなサウンドと、ニューウェイヴやポスト・パンクを通過したディスコ・ダブをミックスしたユニークな作品となっていた。
 それから数年を経て、突如登場したのがデビュー・アルバムの『Zero』である。この数年、フォレスト・ロウはロンドンのトータル・リフレシュメント・センターでライヴやセッションなどをやってきたようで、この『Zero』のリリース元にも絡んでいる。YouTubeではトータル・リフレシュメント・センターでのライヴ・セッションの様子を見ることができるのだが、バンド・メンバーはギターとヴォーカルのフォレスト・ロウ以下、アーサー・サハス(フルート、パーカッション、シンセ、エレクトロニクス)、アンジー・プラサンティ(ベース)、イーノ・インワン(パーカッション、エレクトロニクス)、モモコ・ジル(ドラムス)というラインナップで、ほぼこのメンバーで『Zero』も録音しているようだ。

 先行シングルとなった “Ooo, I” はEPでもやっていたアフロ・ブラジリアン系のディスコ・ダブで、エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドにも共通するテイスト(エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドやハハ・サウンズ・コレクティヴもメンバー的には被る部分もある)。オランダのニック・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドあたりに通じるところもあるが、全体的にはフォレスト・ロウの方がよりバレアリックな雰囲気が強い。ボヘミアのジプシー音楽的なダンス・グルーヴの “Niceties”、フルートとコーラスがミステリアスな雰囲気を誘うアフロ・ブラジリアンの “Difficulties”、土着的なアフロ・ブラジリアンとブロークンビーツをミックスしたような “Parece” など、世界各地の民俗音楽や伝承音楽をポップ・ミュージックと巧みに融合した世界を展開している。


Bryony Jarman-Pinto
Below Dawn

Tru Thoughts

 シンガー・ソングライターのブライオニー・ジャーマン・ピントは、ロンドン生まれで幼少期は英国北西部のカンブリア州で育った。ケルティック・バンドのバカ・ビヨンドなどで活動したベーシストのマーカス・ピントを父に持ち、ケルト音楽や英国トラッドから派生したブリティッシュ・フォークと、ソウルやジャズがミックスした音楽性を持つ。ソロ・デビュー前はマシュー・ハルソールとゴンドワナ・オーケストラや、トム・リアのヴェルカなど、マンチェスター方面でも客演してきた。トム・リアとはカンブリア州のペンリスにあるブルージャム・アーツという音楽スクールで共に学んできた仲間だ。ファースト・アルバムは2019年の『Cage And Aviary』で、これまで数々のコラボをしてきたトム・リアが共同プロデュースを担当。ムーンチャイルドのようなジャジーなネオ・ソウルのマナーを取り入れつつも、UK独自のソウルやクラブ・サウンドのエッセンスも取り入れ、何よりもそのアコースティックな肌触りはリアン・ラ・ハヴァスあたりに共通するものだった。

 その後、ジャイルス・ピーターソン主催の「ウィ・アウト・ヒア・フェスティヴァル」への出演があり、待望のセカンド・アルバム『Below Dawn』がリリースされた。パンデミック初期に制作がスタートしたというアルバムで、そうした社会の変化の中で自身も妊娠・出産を体験し、母となった。夜明け前を意味するタイトル『Below Dawn』についてブライオニーは、「このアルバムは、私が出産し、新しい世界に踏み出す直前の自分自身について語っている」と述べている。そして、プロデュースがノスタルジア77のベン・ラムディンが手掛けることもあり、サウンド的には前作以上にジャズの要素が増している。演奏メンバーもそのノスタルジア77のロス・スタンレー(キーボード)ほか、現代のロンドン・ジャズのキーパーソンのひとりであるトム・ハーバート(ベース)、アフロ・ジャズ・バンドのワージュのメンバーであるタル・ジョーンズ(ギター)などが参加。かつてのリチャード・エヴァンスを思わせるベン・ラムディンのストリングス・アレンジが冴える “Moving Forward” がその代表で、中間部のトランペット・ソロも含めて、ブライオニーの歌と共にバックの演奏も聴きどころが多い。“Deep” でのロス・スタンレーのエレピ演奏もそのひとつ。ルタ・シポラによるミステリアスなフルートがフィーチャーされた “Willow” は、ジャズ・スタンダードである “Willow Weep For Me” を下敷きとしている。ジャズ・シンガーとしてのブライオニーの艶やかさ、気品が伝わってくるナンバーだ。 そして、“Leap” でのジャジーなスキャット、“O” でのフルートと結びついた情感に満ちた歌、フォーキーなムードの “Feel Those Things” でのアーシーな力強さをまとった歌と、さまざまな表情を見せてくれるアルバムだ。


Ahmed Malek
Musique Originale De Films: Deuxième Tome

Habibi Funk

 最後に復刻物を紹介したい。アルジェリア出身の作曲家/ミュージシャンで、1970年代から1980年代にかけて数々のサントラを残したアーメド・マレック。アルジェリア放送局でテレビやラジオの音楽を制作し、映画やドキュメンタリーなどにも彼の音楽は用いられた。伝統的なアルジェリアの音楽と、西洋のジャズやファンクを融合し、またシンセをはじめとした新しい楽器やテクノロジーを取り込むことにも貪欲だったマレックは、アルジェリアのエンニオ・モリコーネとも呼ばれた。キューバやフランスでおこなわれた音楽祭にも参加するなど国際交流にも積極的で、2008年の没後以降は再評価が進み、2019年と2021年はアルジェ国立現代美術館で回顧展が開催された。彼のサントラやレコードはアルジェリア国内のみの流通で、また非英語圏の音楽であるためにこれまでほとんど聴く機会はなかったが、2016年頃よりドイツの〈ハビビ・ファンク〉が彼の作品のアーカイヴ化を進めている。『Musique Originale De Films: Deuxième Tome』もそうした1枚だ。

 “La La La” はブラックスプロイテーション風のジャズ・ファンクで、年代的には1970年代中盤頃の作品だろう。スリリングなリズム・セクションとワウ・ギターはブラックスプロイテーションの定番だが、どこかアラビックなムードがアルジェリア音楽ならではである。そして、フルートのような音色のモーグ・シンセが用いられ、当時の先端技術を駆使した作品であることも読み取れる。

水谷:そろそろVGA(VINYL GOES AROUND)でコンピレーションでも作ろうという話になったのって去年(2023年)の秋くらいでしたね。

山崎:VGAはレアグルーヴのイメージが強いという事もあって、いろいろ案を出しあった結果、「アンビエント・ブームへのレアグルーヴからの回答」というコンセプトができて取りかからせて頂きました。

水谷:一概には言えないのですが直球の70年代ソウルが今の時代にフィットしないような感覚があり、また思った以上にスピリチュアル・ジャズが盛り上がっている背景もあったので、その辺にカテゴライズされているものを中心に静かな楽曲をアンビエント的な解釈でコンパイルするのは面白いかもねというのが当初の話でした。そもそもアンビエントの定義とは何なのでしょうか?

山崎:ブライアン・イーノが提唱した「環境に溶け込む、興味深くかつ無視できる音楽」というのが定説ですが、境界線は曖昧ですね。90年代に流行したヒップホップやR&B、アシッドジャズのルーツにはレアグルーヴ的なサウンドがあったのに対し、テクノやハウスのルーツにはアンビエントやニュー・ウェイヴ、プログレッシヴ・ロックがあって、当時のレコード店にはテクノと同じ棚にアンビエント系も並んだりしていました。僕はそのあたりからアンビエントに興味を持ち始めました。

水谷:近年のアンビエント・ブームはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

山崎: 今の世界的なアンビエント・ブームは80年代の日本の環境音楽やニューエイジが中心となっています。日本ではハウス系の文脈からバレアリックやイタロ/コズミック系に流れた人たちが2010年以降に開拓していったように思いますが、しかし90年代は、クラブミュージック界隈では誰もこの辺に興味を持っていなかったように思います。時代とともに価値観が逆転した感じですね。

水谷:今回のコンピレーションはその流れとも少し外れているように思いましたが、具体的にはどのような意図で選曲をしていったのですか?

山崎:まずコンピレーションの意義みたいなものを考えてイメージを膨らませました。僕が20代の頃(80〜90年代)によく聴いていたのは主に70年代のソウルやファンク、ジャズのいわゆるレアグルーヴ系のコンピレーションで、当時は知らなかった曲の発見に加えて、収録曲の完成度が高くてリスニング体験がとても豊かでした。でも2000年代を過ぎたあたりから発掘ネタも出尽くしてきて、様々なコンピレーションが重箱の隅を突くようになりどんどんクオリティーも下がっていきました。

水谷:レアグルーヴの視点でいうと欧米の主要な楽曲の発掘は2000年代で枯渇したように思われます。2000年代中盤に差し掛かると収録ネタのターゲットは辺境系にいきました。購買層もどんどんマニアックな人たちになっていき、それはコア層にとっては新鮮でしたが、いま、2024年に振り返ってみても一般的なスタンダードにならなかった曲が多かった気がします。

山崎:一方、同時期にレアグルーヴ系以外でよく聴いていたコンピレーションは、1994年にリリースされた『Café Del Mar』や1996年にリリースされた『Ocean Of Sound』で、前者は当時、イビザ島のカフェをテーマにしていてそこでレギュラーDJをしていたホセ・パディーヤが選曲をしているもの。後者はブライアン・イーノが設立したレーベル、Obscureからもアルバムをリリースするアンビエント/エクスペリメンタル・シーンのパイオニア、 デヴィッド・トゥープによるものなのですが、どちらもジャンルの深掘りというよりは、ジャンルも年代も広い範囲で捉えられていて、テーマにそって演出された選曲が斬新でした。

 それで散々アンビエント系のコンピレーションが出ている今、若いアナログ購入者層に向けるべきなのは、レアな曲を中心にセレクトするのではなく、定番もおさえた上でサブスクのプレイリストでは感じることのできないアナログの体験ができるようなコンピレーションではないか思いまして、また80年代アンビエント発掘系のMUSIC FROM MEMORYや、LITAの『環境音楽』とも違った方向性にしたかったので、『Café Del Mar』や『Ocean Of Sound』を意識し、テーマを決めて様々なカテゴリーから選曲する方向へとシフトしました。テーマは夜の部屋から望む月です。

水谷:どうして月なのでしょうか?

山崎:単純な理由なのですが去年、たまたまストロベリー・ムーン(毎年6月に見られる赤い満月のこと)に遭遇したんですね。海の水平線上に、これまで見たことのないくらい赤くて異様な感じで妖艶な光を放っていました。その時に撮った写真をジャケットにしたいという思いがありまして、実際に使わせていただきました。

水谷:このジャケットは秀逸ですね。なんとも言えない存在感を感じます。それとこの三角の帯、『ORIGAMI』もいい感じになりましたね。

山崎:この帯は水谷さんと一緒に考案させていただきましたが、通常の縦の帯はジャケットのアートワークの大事な部分を隠してしまうこともある。この帯はそんな時にいいですね。

水谷:ただ日本盤の帯って良くできていて、縦にドーンっとカタカナが入っている感じは外国人も好きですし、あの存在感が購買意欲に直結する感じもあります。なので『ORIGAMI』は今後もケースバイケースで使っていきたいなと考えています。

山崎:では曲を追っていきたいと思います。

水谷:1曲目はP-VINEのアーティスト、yanacoですね。最近はマイアミのシンガーソングライター、カミラ・カベロにサンプリングされたり、配信サービスのチャート常連になっている新進気鋭の日本人アーティストです。

山崎:この「Arriving」は最初に聴いたとき、ピアノのフレーズが綺麗で心に染みる感じがアルバムの導入にふさわしいと思い、すぐに1曲目にさせてもらおうと決めました。

水谷:yanacoはデモテープをP-VINEに送ってきてくれたアーティストの一人なのですが、アンビエント作品のデモテープって今、とても多いんですよ。語弊を恐れずに言うとアンビエントっぽい曲って簡単に作れてしまう。そういう事情もあってなのか、たくさんアンビエントのデモが送られてくるのですが、yanacoには他のアーティストとは明らかな違いを感じたんです。その違い何だったのか明確にはわからないのですが、アンビエントって冷たい曲が多い中、yanacoには不思議な温かみを感じたのも理由の一つで、彼が唯一リリースに繋がったアーティストです。

山崎:直感に触れてくるような親しみのある感じはとても良いですね。適度な緊張感を保っているので自然体で聴けます。今回、ジャンル特有の難解さはあえて避けましたのでフィットしました。
続いて2曲目にはフランスの黒人ピアニスト、Chassolの「Wersailles (Planeur)」です。

水谷:ピアノの流れが続きますが、遠い景観をイメージするようなゆったりしたyanacoの曲から疾走感のあるこの曲への繋がりがまるで映画のシーンが変わるようですね。

山崎:実際、この曲は『わたしは最悪。』という2021年のフランス映画で使われていて、主人公の女性が明け方に街を彷徨するシーンにマッチしていました。この映画では他にもArmad JamalやCymandeが使用されていて監督に同世代感を感じました。調べたらそのヨアキム・トリアー監督は1974年生まれでした。

水谷:ピアノがエモくていいですね。情景が浮かびます。Chassolはどういうアーティストなのでしょうか?

山崎:2015年に恵比寿のリキッドルームでモントルー・ジャズ・フェスティバルが開催されてそこでLIVEを初めて観ました。映像を使ったライブをする人なのですが、鳥のさえずりや人の会話の映像に演奏をかぶせていき、ピアノやドラムと映像がどんどんシンクロしいていってそれが少しずつ音楽に変わっていく。今まで観たことがない貴重な体験でした。その後、すっかりChassolのファンになってレコードを買うようになりました。良い曲が多いので今回、候補曲を絞るのが難しかったです。
次の3曲目はBrian Bennett & Alan Hawkshaw の「Alto Glide」です。

水谷:これはUK老舗のKPMというライブラリー音源ですね。やっぱりヨーロッパな感じがします。いつもUSの真っ黒な曲ばっかり聴いていても疲れちゃいますから、たまにはこういう洒落た曲を聴きたくなるので、僕も昔はフランスのEditions Montparnasse 2000とかをよく集めました。この「Alto Glide」は跳ねた感じのビートと浮遊感のあるシンセサイザーが気持ち良いですね。片割れのBrian Bennett の『Voyage』というライブラリー・アルバムを知っていますが、そこに収録の「Solstice」も、 ドープでゆったりとしたシンセ・ファンクでいい曲です。

山崎:KPMのライブラリー音源はイタリア系よりも70年代臭すぎず洗練された曲が多いです。John Cameronの「Half Forgotten Daydreams」とかKeith Mansfield「Morning Broadway」などは有名なレア・グルーヴ・クラシックでもあります。

水谷:今回、100%アンビエントにこだわっていないとは思いますが、これはビートが強いのでアンビエントとは言えない感じですね。

山崎:すでに3曲目でアンビエント色から外れてしまうというのもどうかとは思いましたが、緩急をつけることで曲それぞれが生きてくる感じを前半から作りたかったです。そして次につなげる橋渡し的な役割でもありました。

水谷:で、次がSven WunderのLP未収録の7インチ・オンリーの曲「Harmonica and....」ですね。

山崎:Sven Wunderは近年、人気が急上昇しています。この曲は彼の楽曲の中でも人気の高い曲で、7インチは最近では2万円くらいまで上がっています。また先日も、タイラー・ザ・クリエイターのアパレル・ブランドle FLEURのPV挿入曲としても使われていました。今回のコンピレーションの中ではある意味いちばん華やかな曲ですね。

水谷:しっかりとした音ですよね。こういうビートに豪華なストリングスが入るとDavid Axelrodを思い出しますが、その現代版と言ってもいいかもしれません。

山崎:David Axelrodは当時の最高峰のレコーディング環境とスタジオ・ミュージシャンを使っていますからね。で、あのサウンドをあの時代にやっていた。僕らにとってはもう神のような存在ですが、Sven Wunderもそこに追走していてかなり頑張っていると思います。

水谷:次はテキサスのアンビエント作家、Dittoです。ここで初めて80年代ニューエイジ・サウンド的なシンセサイザーの音色がでてきました。

山崎:なぜテキサスでこういう音楽をやっていたのかが謎な人です。これはビートがしっかり入っているので選曲しました。僕はWally Badarouが昔から好きで、この人はアンビエント的な曲を手がける黒人キーボーディストなのですが、アフリカンなビートにDX-7などの80年代シンセサイザーが特徴で、クラブ・クラシックな曲が多くあります。このDittoの「Pop」はシンセの音色と変拍子のリズムがWally Badarouにも通じる感じがしました。でも本人は白人でイーノやクラスターに影響を受けているらしいです。

水谷:次の曲は日本人ですね。

山崎:新津章夫さんはまさに80年代の日本のニューエイジ音楽家です。最近、ギター中心の一人多重録音で作られたアルバム『I/O(イ・オ)』(1978)がアナログで再発されました。自宅の物置をスタジオに改造して音楽制作をされていたらしいですが、工夫を凝らした作風で評価が高いです。この曲は1981年に発表された曲ですが、ゆっくり弾いたギターの再生スピードを上げてメロディーを奏でているところが特徴的で、この手法はホルガー・シュウカイもペルシアン・ラヴで使っています。

水谷:確かにペルシアン・ラヴに通じる曲ですね。

山崎:このような職人気質なニューエイジ/環境音楽家が80年代の日本にはたくさんいて今、それが世界で再評価されています。この辺の作家はYMOの影響下にある人も少なくないと思います。YMOが海外での評価が高かったことから日本の環境音楽シーンも海外を視野に入れて制作をされていたのではないでしょうか。今、ここにきてそれが実を結んだというのはいいですね。

水谷:次はLemon Quartetの「Hyper for Love」ですね。ここでアンビエント系からジャズに戻りました。どういうグループなのですか?

山崎:オハイオの現行ジャズ・グループですね。アルバムを2020年代に2枚リリースしています。全体的にECMにも通じるような作風で、最近のアンビエント系のファンから人気が高いです。今、ECMの中古レコードって以前に比べて高くなっているんですよ。

水谷:そうなんですね。昔は1000円以内で買えるイメージでしたが。

山崎:ECMはアンビエントとは呼ばれないですが、設立当初(アンビエントという定義ができる前)から「The Most Beautiful Sound Next To Silence (沈黙の次に美しい音)」というサウンド・コンセプトを示してきたレーベルなので、今また評価が上がっているのはアンビエント人気の延長にあると思います。

水谷:これを聴いて思うのはやはりスピリチュアル・ジャズとは違ってピアノが軽いですよね。スピリチュアル・ジャズのピアノは美しさと同時に重みがある。これはジャズなのにアンビエントとしても聴けるのはこの軽さが理由だと思います。このサウンドは今の時代を表しているように感じますね。

山崎:今回のコンピレーションで示したかったのはアンビエントをテーマにしながらもアンビエントではないジャンルの横断なので、この曲の良い意味で軽めな表現はコンセプトに合いました。

水谷:続いてはGigi Masin の「Clouds」です。よくできた曲ですね。古くからサンプリング・ネタとしても多くの人から使われています。

山崎:この曲は2016年に我が社で12インチをカットしていますがその時の世の中の反響はどうだったのですか?

水谷:日本ではちょっとしたGigi Masinブームが起こっていましたね。レコードも売れましたし、舐達麻の「FLOATIN’」でもその後サンプリングもされました。

山崎:この曲は美しいピアノが印象的ですが、バックのシンセサイザーのループが秀逸ですね。

水谷:このループ感がサンプリングネタになりやすい所以だと思いますが、アンビエントでも僕らのようなジャンルの人が聴ける重要な部分はこのループ感という気がします。ここにグルーヴを見出すことができる。

山崎:おっしゃる通りですね。ビートが無くても感じられるグルーヴの一つに、同じフレーズの反復があると思います。今回の選曲はこのグルーヴ感を重視しています。これがレアグルーヴからの回答なのかなと。

水谷:次はJohanna Billingの「This Is How We Walk On The Moon」ですね。アーサー・ラッセルのカバー曲です。アーサー・ラッセルって僕が最初にアンビエントを意識した人ですね。アンビエントからディスコ/ガラージ系、ニュー・ウェーブなど多方面で活動されていましたが、いろいろな層から高い評価をされるクロスオーバーな人の象徴のようなイメージです。

山崎:90年代はアーサー・ラッセルからのサンプリングって、ハウスでは結構ありますが、調べるとヒップホップでもカニエ・ウエストが2016年にサンプリングしているのである意味レアグルーヴな人だと思います。

水谷:このJohanna Billingという方はどのようなアーティストなのでしょうか?

山崎:スウェーデンで活動する女性のメディア・アーティストで、映像で多くの作品を発表しています。この「This Is How We Walk On The Moon」も彼女が2007年に発表した同名のショート・ムーヴィー(邦題『私たちの月面の歩き方』)のサウンドトラックで、当時は恵比寿映像際というアート・フェスでも出展されていたみたいですね。この作品は観ていないですが、彼女は主に即興とドキュメンタリーを掛け合わせたような作風らしいです。

水谷:チェロの感じはアーサー・ラッセルっぽいですが、パーカッシヴなトラックとしばらく歌が出てこないアレンジがいいですね。

山崎:原曲がいい曲っていうのもあるかもしれませんが、アート系の作家による音楽にしてはすごく良くできているアレンジだと思います。あとこの曲は歌詞がいいんですよ。翻訳を見たらとてもポジティブな内容で感銘を受けました。それもあって本作のタイトルはここから引用させていただきました。

水谷:続いてはWeldon Irvineの「Morning Sunrise」です。今、めちゃくちゃ人気のある曲ですが、僕たちがこんなことを言ってはいけないですが、「え?なんで?」って感じもありますよね。

山崎:1998年リリースの未発表アルバムに収録されていました。このアルバムは僕もリアルタイムで買いましたが、どちらかというと失敗したなと思った買い物でしたね。当時の周囲の評判もすごく悪かった。それが後にこの曲が跳ねるとは思いもしなかったです。

水谷:これもサンプリングされて人気が上がった曲ですね。Weldon Irvineの歌モノの代表曲といえば僕らの時代は「I Love You」っていう印象が強いのですが、今はどちらかといえばこの「Morning Sunrise」の方が代表的になっている気がします。

山崎:コンピレーションの終盤に夜明けをテーマにした曲を持って来れたのはちょうど良かったですし、他にソウルフルな楽曲が無かったのでうまくバランスが取れました。またあらためて聴くとやっぱりいい曲だなとも思いました。

水谷:そしてLPの最後はセキトオ・シゲオさんの「The Word II」。これもマック・デマルコによる引用で今や大人気の楽曲ですね。

山崎:そうですね。さすがに有名曲すぎるとも思いましたが、僕たちの界隈を外れたところでは意外と知らない人も多いので収録させていただきました。このオリジナルのレコードはエレクトーンの教則的なシリーズですね。日本人でもなかなかディグしないであろう曲をカナダ人のマック・デマルコが引用するなんて最初はびっくりしましたが、ネットの力はすごいというか、YouTubeの出現によって日本の古い音楽が世界に広まった代表的な事例の一つではないでしょうか。

水谷:LP収録曲をひと通り説明いたしましたがCDには井上鑑さんの「湖のピアノ」が追加収録されています。

山崎:この曲が収録されていたアルバム、『カルサヴィーナ』はもともとカセット・ブックのシリーズでリリースされています。井上鑑さんは多作すぎてすべてを聴いているわけではないですが、アンビエントを手掛けている作品は珍しいと思います。

水谷:日本で高い人気を誇る作編曲家だけあって音が鋭く響きわたりますね。

山崎:背景に鳴っているフィールド・レコーディングのような音とピアノにかかっているエコーやリヴァーブも効果的で美しいです。

水谷:吉村弘さんを筆頭に今、流行っているアンビエントって先ほどのDittoのようなサウンドなのかなって思うのですが、井上鑑さんのこの曲はそれとは全く別の音楽に感じます。アンビエントの中でもカテゴリーの枝分かれってあるのですか?

山崎:Dittoはシンセサイザー・ミュージックだと思います。井上鑑さんのこの曲は現代音楽よりでしょうか。この辺をひっくるめてニューエイジ・ミュージックと言うのだと思いますが、ニューエイジって瞑想のための音楽や音楽療法に使われるものだったりする宗教的イメージが強いので、先にも書きましたが昔は一般的には人気のある音楽ではなかったです。ただ現代からあらためて振り返ると、80年代のこの辺のサウンドって90年代以降に生まれたIDM系やダウンテンポに近いサウンドをそれよりも先に具体化していたように思います。ここに因果関係があるのかどうかは全くわからないですが、再評価されているのはそういうことではないかと勝手に思っています。

水谷:あとは80年代ディグの延長ですよね。このムーブメントは80年代ディグの最終地点かもしれません。

山崎:たしかに巷ではそろそろ90年代ディグに入ってきてますからね。

水谷:さて、今回、あらためてこの『How We Walk On The Moon』を通して聴きましたが、バランスよく上手くまとまっているんじゃないでしょうか。

山崎:そう言って頂けて安心しました。最後に伝えたいのですが、今回のLPはとても音がいいです。プレスは我が社の『VINYL GOES AROUND PRESSING』(VGAP)なので、非常に手前味噌で恐縮ですが、選曲を考えている間ずっとデジタル音源でこれらの曲を聴いていたんですよ。それでテスト・プレスが上がってきて初めてレコードに針を落とした時に、久しぶりにアナログというものの素晴らしさを感じました。あの感動は忘れられないですね。暖かみがあって奥行きがあって、解像度はデジタルの方が良いはずなのですが、すぐそこで楽器を鳴らしているようなリアルさも感じまして。で、やっぱりレコードって良い音なんだなぁとあらためて思いました。

水谷:うちの宣伝になってしまうようで申し訳ないですが、実際にVGAPのプレスの音は外からの評判もとてもいいんですよ。非常にありがたいお話ですが。

山崎:一般受注も開始しましたし、国内のレコード生産が今まで以上に活発になるといいですね。

VINYL GOES AROUND Presents
V.A. / ハウ・ウィー・ウォーク・オン・ザ・ムーン
V.A. – How We Walk on the Moon

CD:発売中
LP : PLP-7443 / Release: 2024年8月7日

LP収録曲
SIDE A
1. yanaco - Arriving
2. Chassol - Wersailles (Planeur)
3. Brian Bennett & Alan Hawkshaw - Alto Glide
4. Sven Wunder - Harmonica and…
5. Ditto – Pop
6. 新津章夫 – リヨン

SIDE B
1. Lemon Quartet - Hyper for Love
2. Gigi Masin – Clouds
3. Johanna Billing - This Is How We Walk On The Moon (It's Clearing Up Again, Radio Edit)
4. Weldon Irvine - Morning Sunrise
5. Shigeo Sekito – The Word Ⅱ

https://vgap.jp

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294