「W K」と一致するもの

Cafe OTO - ele-king

 ロンドンにおけるエクスペリメンタル・ミュージックの最重要拠点として、海外でも多くのファンを持つ〈Cafe OTO〉。最近のele-kingでは、高橋勇人によるムーア・マザーのライヴ・レポートでも触れられているが、〈Cafe OTO〉は、フリージャズ世代のアンソニー・ブラクストン、気鋭のテクノ・アーティストのNKISI、ディス・ヒートのチャールズ・ヘイワード……(枚挙にいとまがない)など、最高に尖った連中が出演するヴェニューで、ほかにも灰野敬二、大友良英、三上寛、中村としまる、池田謙、中島理恵、食品まつり、Phew……などなどコスモポリタンかつ妥協無しの作品を出している日本人アーティストが多数出演している。

 さて、コロナによって以前のようなライヴができなくなったいま現在において、〈Cafe OTO〉は新レーベル〈TakuRoku〉をスタートさせている。(とくに即興をするアーティストにとって)ライヴの現場という発表の場を無くしたことは大きく、もちろん会場側も存続しなければならない。〈TakuRoku〉は、余儀なくステイ・ホームされたアーティストによる“宅録”作品でアーティストとCafe OTOに利益が半分ずつは入るという仕組みになっている。アーティストからの共感も呼んだのだろう、早くも36作目がリリースされている。

 以下、OTOのホームページに掲載されているラインナップです。試聴できるので、気になる作品はチェックしてみよう。
https://www.cafeoto.co.uk/shop/category/takuroku/

 このように、ヴェニューがレーベルとして出演アーティストの音源を出すことで互いの利益を生んでいくことは、アリですよね。

interview with Julianna Barwick - ele-king

 イレジスティブル・フォース『It's Tomorrow Already』(98)以来、アンビエント・ミュージックには消極的だった〈ニンジャ・チューン〉が15年のリー・バノン『Pattern Of Excel』、19年のア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サレン『The Undivided Five(19)に続いてジュリアナ・バーウィックの新作を獲得した。強引にカウントするとキング・マイダス・タッチとフェネスのコラボレイション『Edition 1』(15)もアンビエントといえるので、どちらかというと〈ニンジャ・チューン〉が構想するアンビエント・ミュージックは知的なラインナップといえる。バーウィックはなかでは理論家というより感覚肌の作家に属するものの、それでもニュー・エイジには迎合しない節度を見せるタイプ。何も考えていないように思える作家なのに、どうしてテンションの低い感覚的な作品になってしまわないのか。これははなかなか不思議なことだけれど、それこそ生まれつきの感性としかいえないのかもしれない。童謡をドローン化したようなアンビエント・ポップス。ジュリアナ・バーウィックの音楽を頭でっかちに定義すると矛盾だらけの表現になってしまう。それがいい。重苦しくないブルガリアン・ヴォイス。アカデミックではないメレディス・モンク。時代に掠ってるんだか掠ってないんだかよくわからないところもいい──それだけ約束事の外に出られた気になれるから。無邪気に子ども時代を回想した『The Magic Place』(11)や宗教的なムードを抽象化した『Will』(16)など、これまではある程度まとまったテーマを設定してきた彼女が可能性の範囲を広げようといろんな方向に手を伸ばした新作が『Healing Is A Miracle』である(アニオタ訳=自然と治っちゃうなんて不・思・議)。ときにプリンスが愛したエリザベス・フレイザーの声を思わせ、シガー・ロスとも波長が重なってきたLAのジュリアナ・バーウィックに話を訊いた。

新型コロナウィルスに加えて抗議デモや暴動もあるから、延期すべきかどうすべきかというのはレーベルとも話した。でも私は、少しでも人びとが平和を感じられるようなことに、自分が何かしらの形で貢献ができるのであれば、ぜひ貢献したいと思った。

前作に比べてヴァラエティ豊かというのか、いろんなことを試した作品になったのかなと。リラックスもしたいし、緊張感も欲しいし、次はディスコもやりかねないポテンシャルを感じます。やらないと思いますけど。

ジュリアナ・バーウィック(以下、JB):ははは、可能性は無限。たしかに、ある意味、折衷的だと思う。10年とか15年くらい前に自分がつくったものに遡ったような曲もあるし、よりエレクトロニック・サウンドで、ちょっと前作『Will』の曲を彷彿させるような曲もあるし、新たな発見もあって。あとやっぱりコラボレーションによっていつもの自分の作品より多様なサウンドが生まれたというのも当然あったと思う。

なかでは“Flowers”がもっとも意外でした。具体的にどんな花をイメージしているのでしょう? 日本ではサクラという花が人気で、サクラというネーミングはツボミが「裂ける」に由来します(注・諸説あります)。“Flowers”が描写しているのは、そのような花の生命力なのでしょうか?

JB:そういうわけじゃなかったけど、でもすごく興味深い視点。教えてくれてありがとう。サクラの花の名前がツボミが裂ける様子に由来するなんてとても美しいと思う。私が音楽をつくる時は、いきなりレコーディングし始めることが多くて、頭に思い浮かんだことをそのまま歌い出す。この曲のときもそうで、♪ラーララーララー、フラーワーズ〜みたいな感じで(笑)。「Flowers」って言葉が聞こえたから、それをキープしておいて。大体そういう感じでつくってて、半分英語、半分はただの音みたいなのを思いつくままに歌うというね。

桑田佳祐方式なんですね。その人にも『アベー・ロード』(https://www.youtube.com/watch?v=R0bYVE3c1oM)(https://www.youtube.com/watch?v=8aQmql5XeqA)という政治を批判したビートルズ・パロディがあるんですけど、ちょっと前にあなたが参加したフレーミング・リップスのビートルズ・トリビュート『With A Little Help From My Fwends』(14)は企画自体に賛否両論があったなか、あなたには何をもたらしましたか?

JB:あれは、私が自分でiPhoneで録ったボイスメモを彼らに送ったもの。スマホに“She’s Leaving Home”のあのパートを吹き込んで、それをウェインにメールで送って、それを彼が曲に入れたという。そんなことは自分ではそれまで一度もやったことがなかったし、以後も一度もやってない。あのアルバムに入ってる私の声は、iPhoneのボイスメモ。それってすごくない? 正真正銘のボイスメモ、テイクは1回、以上。めちゃくちゃ面白かった。

今回のアルバムは自己回復能力をテーマにしているそうですが、それは人間の意志とは無関係に働くものですよね? 「意志(Will)」をテーマにした前作のコンセプトとは正反対になったということ?

JB:その発想、素晴らしい、思わずメモしちゃった。人間の意志とは無関係に働く自己回復能力……ってめちゃくちゃかっこいいな。しかも確かに、最初にアルバムの名前をこれにしようと思ったのも、そういうことを考えてたからで、文字通り、私たちの体が自動的にやってくれる身体的な回復って、ある意味奇跡的だと思うし、マーベル映画に出てくるような超人的な能力なんだけど、実際、私たちの体ってそういうふうに機能してて。それってすごいことじゃない? それで『Healing Is A Miracle』というタイトルを思いついて、自分でも気に入って、これに決めようとなって。でも前作への応答みたいな意図はなかったけどね。前作を『Will』というタイトルにしたのは、かなりいろんな解釈ができる言葉だったから。意志もそうだし、人の名前でもあるし。でも前作との対比をちゃんと考えたらすごく興味深いかもしれない。それ、自分で思い付きたかった(笑)。

「意志(Will)」を神の意志と取ると、同じことかもしれませんけどね。新型コロナウイルスは免疫系を破壊することが知られています。それこそ「Healing」が不可になるので、あなたの作品に対する自然界からの挑戦ですね?

JB:かもしれない。いまは奇妙な時期だし、それに怖いよね。とくにアメリカではちょっと手に負えなくなってるし、こういう時期、公演ができる保証がどこにもないなかで、新作をリリースするというのはある意味興味深いことではあると思う。新型コロナウィルスに加えて抗議デモや暴動もあるから、延期すべきかどうすべきかというのはレーベルとも話した。でも私は、少しでも人びとが平和を感じられるようなことに、自分が何かしらの形で貢献ができるのであれば、ぜひ貢献したいと思った。アルバム発売を延期して売上の可能性を最大化するとかそういうことよりもね。いま世界に必要なものを考えたら、予定通りリリースする方がいいんじゃないかと思ったのよ。

そうですね。いい判断だったと思います。ビルボードの調べでは音楽の消費量は伸びて、好きなミュージシャンの新曲を聴きたいという人が最も多かったそうですから。ちなみに〈ニンジャ・チューン〉に移籍したのはなぜですか? このところ〈ニンジャ・チューン〉はアンビエント作家を増やしているので、以前ほど不自然ではありませんが、やはり最初は違和感を感じました。

JB:3年半ほど前にレーベルからEメールが届いて「あなたのやっていることがすごく好きです。一緒にやりませんか?」と書いてあって。それで何度か実際に会って、あらゆる面ですごくいい感じだったから、契約することにしたという訳。

メリー・ラティモアはあなたよりヘヴィなところがある作風だと思います。彼女と共同作業をすることで“Oh,Memory”には少し内省的なニュアンスが加わったのでしょうか、それともこういう曲だから彼女に参加を求めたのでしょうか?

JB:とにかく彼女の声が欲しかったというのがあった。メアリーのサウンドって瞬時に彼女だと認識できるものだと思ってて。それに彼女とは親友だしね。ツアーを一緒にやったりもしてるし、何度も共演してて。ちょっと前には私が彼女の曲をリミックスしたこともあったし。とにかく自分のアルバムに参加してもらいたいとずっと思ってたから、今回、ようやく夢が叶ったという。それと今回のコラボレーターはみんなLA在住の友だちで、それも少し理由としてあった。今作のコラボレーションは、私がいるLAのコミュニティを表したものでもあるの。

シガー・ロスとの付き合いを考えると自然なのかもしれませんが、前作の“Same”や、今回、ヨンシー(Jónsi)が参加した“In Light”はあまりにシガー・ロスに引きずられてませんか? シガー・ロスもこのところアンビエント・アルバムを連発しているので、波長が合っている感じはしますけど。

JB:“Same”は別の友だちとコラボした曲だけど、でも言ってる意味はわかる(笑)。ちなみにあの曲はトムという友だちが参加してるよ(注・シンセポップのMas Ysaのこと)。ヨンシーとの曲は、間違いなく彼がつくった部分が多くて、だからすごく「ヨンシー感」があるし、当然、彼っぽいサウンドになってる。それこそ私が求めていたものだし、彼とコラボするなんて夢だったわけで。メアリーが参加した“Oh,Memory”も同じように、すごくメアリーっぽくなってるしね。単純にヨンシーと作った曲はヨンシーっぽいってことだと思う。

ノサッジ・シングの役割だけがちょっとわかりませんでした。彼が“Nod”で果たしている役割は?

JB:まず私が彼にヴォーカルを入れたものを送って、それから彼のスタジオで作業して、ノサッジことジェイソンがベースやドラムを加えていったという感じだったんだけど、出来上がったサウンドが私にはすごくノサッジ・シングっぽいと思えた。ヨンシーやメアリーの時と同じようにね。

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だいたい即興で歌いはじめることが多いから、そのときに感じていることをそのまま歌ってるし、つまりそれは純粋な感情であって、声にはそのときの感情が反映されると思う。

音楽を作りはじめる以前に自分の声を録音して聞いたことがありますか? あるとしたら、そのときはどんな感じがしましたか?

JB:子どもの頃にカセットテープ・プレーヤーを持ってたから、当時から自分の声は録音してた。歌ったり、ラジオのDJの真似をして喋ったり……3、4歳の頃だったと思うから、どう感じたかは覚えてないけど、でも、いつもそんな感じで遊んでた。

声が持っている様々なポテンシャルのなかから優しさだけを増幅させている印象があります。それは意識的ですか?

JB:それはないかな。だいたい即興で歌いはじめることが多いから、そのときに感じていることをそのまま歌ってるし、つまりそれは純粋な感情であって、声にはそのときの感情が反映されると思う。たとえば誰かの声を聞いて、さっきまで泣いていたなってことがわかったり、興奮してたら声も興奮した感じになるでしょ? 歌ってるときも同じだと思う。

声をメインにして音楽をつくるミュージシャンはオノ・ヨーコやダイアマンダ・ギャラスなどたくさんいると思うのですが、僕の知っている限り、ほとんどが女性です。なぜだと思うか、考えを聞かせてください。

JB:うーん……考えたことなかったけど、でも言ってることはわかる。ヨーコの「アイイイイー」みたいなやつでしょ。きっと男性でもやってる人はいるんだろうけどね。確かに印象としては声を楽器のように使ってるのは女性の方が多い気がするけど、でも確信はないし、私が間違ってるかもしれないし、単純に知らないだけかもしれない。

男性では最近だとアン=ジェイムス・シャトンなどは声というより「言葉」に比重を置いているという印象が強いです。あなたの音楽は「言葉」から「声」を自由にしていると思いますか?

JB:それは間違いなくそうだと思う。やろうとする前に、音楽を作りはじめたときからすでにやっていたというか。シンガーソングライター的なものが自分にとっては自然ではなくて、サウンドをつくってるなかでたまに言葉が出てくることがある程度で……さっきの“Flowers”みたいな感じでね。だから歌詞を書くというよりも、サウンドと感情で曲ができ上がる。私の作品は基本的に全部そういうものかもしれない。もちろん例外はあるけど、ほとんどの場合は言葉がない。

男性があなたの『The Magic Place』を丸々1枚カヴァーしたら聴いてみたいですか?

JB:もちろん!

女性でもメデリン・マーキースティン・ジャーヴァンのように声だということがわからなくなるほど変形させてしまうスタイルは抵抗がありますか?

JB:何でも一度はトライしてみようと思ってるけどね。というか、よくペダルの設定をいじって遊んでるし。(実際に声を変えながら)こんな低くしたり、たかーくしたり。声を変えてハモったり。でもエフェクター以外でやることは考えたことがなかったなあ。ただ、私はかなり声域が広い方で、ものすごく高い声で歌うこともできるし、結構な低いところまで出せるから、そういうところで少し実験してはいる。

Vocaloidに興味はありますか?

JB:ペダル(※エフェクター)で十分。

ああ、佐々木渉さんには内緒にしておきます。世界で一番好きな声は誰の声ですか? 歌手でなくてもいいし。自分の声でもかまいません。

JB:ヨンシーかな。あと私の母の声もすごく好き。彼女の歌声はとても美しいの。

聞きたくない声はありますか? 

JB:怒りのラップ、怒りのメタル。“グォォォーッ”みたいなやつ。ああいうのは大嫌いで、ちょっと無理。

たとえばドナルド・トランプは言葉の内容が伝わらないとしたらハスキーで面白い声なのかなとも思うので、あくまで音として聞きたくない声ということですが。

JB:ああ、なるほどね……ゲーーーッ。

ははは。1日のうちで『Healing Is A Miracle』を聴く時間を指定しなければならないとしたら何時にしますか?

JB:自分のことを言うと、朝はまずコーヒーを入れてインターネットとEメールを開きながら音楽を聴いてるから、朝がいいかもしれない。でも夜に聴いてもいいと思う。

最後に〈リヴェンジ・インターナショナル〉からカセットでリリース予定の『Circumstance Synthesis』も同傾向の作品になるんでしょうか? それともまったく傾向の異なる作品ですか?

JB:まったく違う感じの作品で、というのもこれはマイクロソフトと共同でシスターシティ・ホテルのロビー用につくったものだから。マイクロソフトのAIを使って、カメラをホテルの屋上にセットして、レンズを空に向けてAIが空の変化を読み取って、その情報がプログラムに送られて、それをきっかけに私がつくったサウンドが流れるという。

へー。

JB:かなり複雑なんだけど、私は朝、昼、午後、夕方、夜と1日を5つの時間帯に区切ってそれぞれの時間帯のセットを作って、5つはどれも全然違うサウンドで、それを短くまとめたのがこの作品。自分がホテルのロビーにいるところを想像しながら、興味深くて美しくて、あまり静かすぎたり退屈にならないように、かと言ってホテルにチェックインするときにあまりにうるさい耳障りな音楽は聞きたくないし、でもやっぱりプロジェクト自体がとても興味深いものだったから、それにふさわしく興味深いものにしたいと思った。というのが作品の由来。

なるほど。「Music for Hotel Lobbies」という感じなんですね。わかりました。どうもありがとうございました。

INFORMATION

オフノオト
〈オンライン〉が増え、コロナ禍がその追い風となった今。人や物、電波などから距離を置いた〈オフ〉の環境で音を楽しむという価値を改めて考えるBeatinkの企画〈オフノオト〉がスタート。
写真家・津田直の写真や音楽ライター、識者による案内を交え、アンビエント、ニューエイジ、ポスト・クラシカル、ホーム・リスニング向けの新譜や旧譜をご紹介。
フリー冊子は全国のCD/レコード・ショップなどにて配布中。
原 摩利彦、agraph(牛尾憲輔)による選曲プレイリストも公開。
特設サイト:https://www.beatink.com/user_data/offnooto.php

すずえり - ele-king

 5月25日に緊急事態宣言が全国で解除され、6月に入ると都内のイベント・スペースで少しずつライヴやコンサートが再開されるようになってきた。もちろん以前とまったく同じ状態に戻ったわけではない。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために政府や業界団体によって策定されたガイドラインを考慮してもいるのだろう、ほぼすべての会場で、マスクの着用を義務づけたり来場人数に制限を設けたりするなど何らかの措置が取られている。4月以降イベントが軒並み中止となっていた水道橋 Ftarri でも、事前予約必須・人数制限あり・手指の消毒・マスクの着用などを条件にコンサートの日程が組まれるようになった。そして営業再開後最初のイベントが、6月13日と14日の二日間にわたって開催された、サウンド・アーティストのすずえりによる初のソロ・アルバム『Fata Morgana』のリリース記念ライヴだった。アップライトピアノの上下の前板を外すことで内部構造を剥き出しにし、ユニークなからくり仕掛けを駆使してトイピアノや自作装置と接続していく彼女のパフォーマンスは、ピアノの内部奏法を拡張した演奏行為をおこなっているとも、物体としてのピアノの構造を利用した展示作品をリアルタイムに制作しているとも、あるいは打弦楽器としてのピアノから特異な音響現象を紡ぎ出す試みとも受け取ることができる。そして本盤にはそうした彼女の実践が、即興的なノイズ/アンビエント・ミュージックとなって収められている。

 いわゆる音楽家とは異なる経歴を歩んできたすずえりは、もともと武蔵野美術大学の造形学部で銅版画を学び、1993年に環境音楽家の吉村弘がプロデュースした『サウンド・ガーデン』展に音響彫刻を出品。90年代半ばごろより歌とピアノを用いた音楽活動を開始している。1999年には音響系テクノ・アーティスト tagomago と結成したユニット「ときめきサイエンス」で〈Childisc〉からアルバム『新しく、美しい音楽』をリリース。その後、数多くのメディア・アーティストを輩出してきた教育研究機関 IAMAS の DSP コースをゼロ年代半ばに卒業し、徐々に自作装置を用いたピアノの解体/再構築をおこなう独自のインスタレーションおよびパフォーマンスを確立していった。2010年に当時恵比寿に居を構えていたギャラリー「gift_lab」で『Prepared』と題した個展を、さらに2013年には渋谷のギャラリー「20202」で『ピアノでピアノを弾く recursion piano』と題した個展を開催。また、リアルタイムにインスタレーション作品を構築するかのようなパフォーマンスを試み、とりわけテン年代以降は数多くのミュージシャンやサウンド・アーティストと即興的なセッションをおこなってきている。自作装置を駆使したインスタレーションのようなライヴ・パフォーマンスは、ゼロ年代以降に台頭してきたサウンド・アーティストの梅田哲也や堀尾寛太らとも通ずるものの、あくまでもピアノが創作の出発点となっていることが彼女ならではの特徴だと言えるだろう。これまでセッションやスプリット・アルバムでリリースされてきたそうしたパフォーマンスが、このたびスタジオ録音による初のソロ・アルバムとして日の目を見ることとなったのである。

 イタリア語で「蜃気楼」を意味する言葉がタイトルに掲げられた本盤は、鍵盤に括りつけられた装置によって無機質に叩かれるピアノのG音から幕を開け、小型扇風機のプロペラがピアノの弦を直接かき鳴らし他の弦と共振することで生じるドローンが全体の基層をなしていく。時間に節目を設けるようにG音が一定の間隔を空けて叩かれ続けるなか、プロペラの回転音やモーターの駆動音、ラジオから流れる放送音声や電磁ノイズなどが何層にも重なり、次第に厚みのあるダイナミクスを形成していく。ときおりすずえり自身がピアノ演奏に加わり、あるいは小型扇風機やモーターの位置をわずかに移動させることによって、積層状のドローンに変化を与えている。工事現場のように騒々しいノイズが延々と鳴り響くなか、音と音が干渉することで発生するうなりは、まるで地平線の彼方にゆらゆらと揺らめく蜃気楼のようだ──それはきわめて幻想的な音の風景であると同時に、あくまでも即物的な音響現象でもある。耳を劈く轟音とともに繊細に変化する音響を見事に捉えた奥行きを感じさせる音像は、録音からマスタリングまでを手がけたサウンド・アーティストの大城真によるところも大きいだろう。同時にリリースされた『Fata Morgana out-take』および『Piano sounds just before Pandemic』がライヴ録音で、メトロノームやトイピアノなど多種多様な音具を使用したパフォーマンスのプロセスが具体的に刻まれていることと比べるならば、本盤は録音作品として音響が聴覚にもたらす体験に重心が置かれている。だがいずれの作品においても、メカニカルなシステムを備えたピアノという楽器を拡張し、パフォーマンスのなかであらたな音楽へと組み換えていく実験性は変わらない。そしてそれは取りも直さずわたしたちを、既存のピアノ音楽の概念を拡張することへと導いてくれるはずだ。

あのときは君は何を聴いていたのか

パンデミックの最中、音楽からトレンドは消え、部屋のなかで音楽作品は深く聴かれた
Deep 音楽リスナー15人の記録と200枚のアルバム

小山田圭吾/五木田智央/EYヨ
ジム・オルーク/デリック・メイ

松山晋也/水上はるこ/星野智幸
高橋智子/増村和彦/大塚広子
Chee Shimizu/Mars89
長屋美保/大前至/高橋勇人
三田格/後藤護/杉田元一
松村正人/野田努

目次

野田努 / 序文にかえて──世界からトレンドが消えたときに音楽を体験すること
EYヨ インタヴュー (松村正人)
小山田圭吾 インタヴュー (野田努)
松山晋也 / 人生のサウダージ
水上はるこ / 真夜中にニール・ヤングを聴く
星野智幸 / ベランダで口笛ライブを
三田格 / 今夜も飛沫ぶし
増村和彦 / ホームリスニングのサイケデリアを求めて
大塚広子 / 空腹に効く
Chee Shimizu / 徒然ならぬ世界と音楽と私の関係
Mars89 / サウンドトラックの旅
長屋美保 / 閉ざされたモンスター・シティに沁みる音
大前至 / 記憶を辿りながら現在を見る
高橋勇人 / ロックダウン・ダイアリー
高橋智子 / 耳を塞ぐための音楽
デリック・メイ インタヴュー (野田努)
五木田智央 インタヴュー (松村正人)
後藤護 / そもそも〈ホーム〉って何?
杉田元一 / 2020年120時間の旅 
松村正人 / 符牒と顕現
ジム・オルークの10枚

Cover photo: fuji kayo

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169 - ele-king

 シンガー・ラッパー、そしてプロデューサーとしても知られるUKのアーティスト「169」(ワン・シックス・ナイン)が、キャリア2枚目となるミックステープ「SYNC」をリリースした。UKの有名プロデューサー「169」の力強いメロディセンスに唸らされる一枚だ。

 昨年は 169 にとって、プロデューサーとして大躍進の1年だった。マーキュリー賞を受賞したアルバム Dave 『Psychodrama』の楽曲プロデュース、Headie One のキャリアを大きく変えた大ヒット曲 “18 HUNNA feat. Dave” の制作、Netflix で公開されている「TOP BOY」のサウンドトラックを担当するなど、UKラップのメインストリームな楽曲を多く制作している。彼の過去作を紐解いていくと、アトモスフェリックなシンセ、隙間の多いミニマルなトラック構成、芯のあるピアノのメロディといった個性に気づく。グライム・UKラップがメインストリーム化する中で、彼の作家性はシーンのトレンドに大きな影響を与えているということ改めて感じる。

169のプロデュースワーク
Headie One - 18 HUNNA feat. Dave

 ソフトなタッチのピアノから始まる 1. “Slide for Me” は、Dave の “Screwface Capital” を彷彿とさせるビターな雰囲気を醸しながら、169の甘く優しい歌声が映える。2. “No Fears” では、グライム初期からラッパー兼プロデューサーとして活躍する Wretch 32 をフィーチャーし、アフロビーツを昇華したミニマムなビートとピアノに乗せる。

 3. “Cocoabutter” ではサックスや女性ヴォーカルのサンプルを織り交ぜたトラックが素晴らしく、169 との歌声との重ね方に聞き入ってしまう。アルバムの中盤の、UKソウルのシンガー「ジャズ・カリス」を迎えた 4. “Crazy” や、ラッパー「Jaiah」を迎えた 5. “Millies” といったコラボレーションでは、むしろ 169 は一歩下がって客演の存在感が一層映える楽曲になっている。

 アルバムの後半では、6. “Respect” は暖かなトラックの上で女性に対するジェントルな一面を見せると、その後2回転調し不穏なビートに変わっていく。アトモスフェリックなシーケンスは、The Weeknd や Drake 周辺のR&Bを彷彿とさせる。ラッパー「KNGWD」を迎えた 7. “Over Me”、ベースラインの重ね方が美しい 8. “The Way” で、24分のミックステープは幕を閉じる。

 作品全体ではラヴソングがほとんどで、トラックの作り込みのうまさに耳を惹かれる曲が多い。曲自体は短いものの展開はきちんと作り込まれており、聞き応えがある曲が多かった。また、客演している若手アーティストの個性も存分に映えている。今後は 169 のプロデュース・スキルを存分に発揮したフルスケールのアルバムにも期待したいところだ。

Kenmochi Hidefumi - ele-king

 今年はまだ半分なのでこの先どうなるかはわからないけれど……とりあえず2010年代で音楽的に最もエキサイティングな年は2013年だった。ベース・ミュージックが急拡大した年であり、個人的にはFKAトゥイッグス、DJニガ・フォックス、スリーフォード・モッズとの出会いが決定的だった。2016年も充実した作品は多かったけれど、2013年は全体の動きにどこか関連性があり、うねりのようなものが楽しめた。これには理由があるだろう。ひとつはシカゴ発のジューク/フットワークが他のジャンルに浸透するだけの時間が経ったこと、そして、2012年にメジャーで斬新なダンス・ミュージックが3曲もメガ・ヒットとなり、アンダーグラウンドに妙な刺激を与えたから。アジーリア・バンクス“212”、サイ(Psy ) ‎“ Gangnam Style(カンナム・スタイル)”、バウアー“Harlem Shake”がそれぞれ痒いところを残してくれたために、反動や継承が入り乱れて独特なカオスに発展していったのではないかと。ロンドン・パンクの主要キャラクターはそのほとんどがベイ・シティ・ローラーズについて何かしら発言していたのと同じくで、「あんなものが!」とか「あのように……」と、どっちを向いていいのかわからない感情が渦巻き、破壊と創造が一気に加速したようなものである。2013年はまた、M.I.A.やスリーフォード・モッズ、ロードやチャンス・ザ・ラッパーなど政治的なメッセージや皮肉だったりが急に吹き出したような年だったことも強く印象に残っている。「#BlackLivesMatter」というハッシュタグが世界を駆け巡った年だったのだから、それは当たり前かもしれないけれど。

 水曜日のカンパネラが「桃太郎」で時代の寵児となったのが2014年。2年遅れではあるけれど、“212”や ‎“Gangnam Style”と同じく「桃太郎」はヒップ・ハウスであり、“Harlem Shake”のバカバカしさを踏襲している点で、この曲は「2013年」ではなく「2012年」と同じ性格を持ったヒット曲だと僕は考えている。少なくとも「メジャーで斬新なダンス・ミュージック」として受け入れられ、翌年にはKOHHが注目を集めるという流れになったことは間違いない。アジーリア・バンクスはご存知のように精神を病み、RZAのプロデュースが決定していたのにラッセル・クロウのホーム・パーティで騒ぎを起こしてご破算となり、サイが一発屋で終わりかけていることも周知の事実。あるいは“212”は新曲ではなく、レイジー・ジェイ“Float My Boat”(09)にラップをのせたもので、よほど儲かったのか、レイジー・ジェイの2人はその後はほとんど仕事をしていないという意欲のなさも際立っている。メジャーでヒットを飛ばすというのはかくも恐ろしいというか、「ネクスト」の壁は高い……高すぎるのである。なかでは“Harlem Shake”がEDMのプロトタイプとなり、現在もほとんどその枠組みは守られたままだという呪縛にかけられているバウアーが懸命にそこから遠ざかろうとしている姿は様々なことを考えさせる。彼の最新作『PLANET'S MAD』はなかなかいいし、レーベルが〈ラッキー・ミー〉というのはめっちゃ渋い。直前にはヒップ・ハウスの注目株、チャンネル・トレスと“Ready To Go”をリリースするという意欲も見せている。しかし、僕はメジャーにはメジャーの役割りがあり、アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドの意義があると思っているので、メジャーで踏ん張れない人がマイナーに活路を見出すのは少し違うと思っている。覚悟の種類が違うだけであって、アンダーグラウンドはメジャーの予備軍ではないし、坂本龍一が『B-2 Unit』をリリースした時、メジャーで堂々と売られたことを覚えているということもある(大事なのは態度であって結果ではないと『ローロ」でベルルスコーニも孫に話していたではないか)。ケンモチ・ヒデフミに僕が求めてしまうのも、だから、そこである。彼が主宰する〈kujaku club〉はシャンユイ(Xiangyu)のようなアジアのポップ・モデルも出しているのだから、レーベル・マスターに対する期待はなおさらである。

 『たぶん沸く〜TOWN WORK〜』というタイトルは……スルーしよう。エゴイスティックなギャグをさらっとかますケンモチ・ヒデフミのことだから深い意味があるのかもしれないけれど……。オープニングはひょうきんなセンスとスカしたムードを密着させた“Bring Me Joy”。目の前にクラブの照明がパッと点灯した感じ。続いて音の変形を楽しむように“Lolipop”が陽気さと背中合わせの切なさを同時に呼び込み、ダンスフロアにいたら予期せぬ孤独感を突きつけられただろう。“Neptune”も同じく、騒がしさや忙しさがどこにもたどり着かず、水曜日のカンパネラと同じく無国籍サウンドでありながら、ここが日本であることを強く意識させる。『PM2.5』や『Folding Knives』をリリースしてきた上海のスウィムフル(Swimful)に似てるような気もするけれど、ケンモチには個人が感じている寂しさを突き抜けて周囲にそれが共有されていくといった浸透圧はない。むしろダンスフロアで孤立しているような感覚が増幅し、それどころか「触ってはいけない孤独」という感覚は“Bombay Sapphire”にもまったく衰えずに受け継がれ、陽キャと隠キャに引き裂かれたような二重性はどんどん深刻さを増していく。ベリアルがベースメント・ジャックスに作風を乗り換えたような錯覚にも陥り、ある種の病的な感受性がポップに昇華されているようで個人的にはこの曲がベスト。偶然なのか、スウィムフルにも“Sapphire”と題された曲があり、やはりアジアの孤独が強く滲み出した曲となっている(スイムフルの“Fishaerman’s Horizon”はどことなく“上を向いて歩こう”を思わせる)。続いてインタールード風の“TukTuk Yeah”(トゥクトゥクはタイの3輪タクシー?)と“Whistle”。そして、後半のハイライトとなる“Midnight Television”へ。アフロをモチーフとしたジューク/フットワークで、神経症的に反復されるヴォイス・ループがむしろゲットーから遠く離れたジューク/フットワークであることを印象づける。太平洋を越えてついに日本に着地したな、というか。

 水曜日のカンパネラから雑味、すなわちコムアイを取り除くと、こんなにもシャープな響きになるのかとは思うけれど、『たぶん沸く〜TOWN WORK〜』はケンモチ・ヒデフミの世界観が水カンのそれと拮抗するにはちょっとサイズが短すぎる(EPだからしょうがないけど)。エンディングはきちんとした歌詞が歌われていれば新たなポップ・フォーマットを確立できそうな“Masara Town”。“Bombay Sapphire”とはまた違った意味でメロウネスを表現した佳作である。ケンモチ・ヒデフミはなにか、どこかの扉の前に立っていることは確か。もしかするとケンモチの醸し出す孤独感は嫌われることを恐れていて、そのことと表裏の関係にあるのかもしれない。そこが食品まつりのような劇的な存在感とは異なっている理由ではないだろうか(食品まつりの『ODOODO』もよかったですね)。同じアジアでもジューク/フットワークをアブストラクに処理した上海の33EMYBWなどは、もっと強迫的なアプローチが印象に残り、同じように収録時間の短いアルバムでも確実に方向性とそのインパクトを印象づける。せっかく中国や東アジア全体に広がるベース・ミュージックとは異なった緻密さやソフィスティケーションを有しているのだから、ケンモチ・ヒデフミには狂ったようにそれを突きつめてほしい。もう一度言う。ケンモチ・ヒデフミはなにか、どこかの扉の前に立っていることは確か。もっと強く、その扉を押してくれ。

vol.128:迷惑な花火ブーム? - ele-king

 7月4日はアメリカの独立記念日。本来なら野外でBBQし、ビーチではライヴショー、元気いっぱいのパレード、ネイサンズのホットドッグの早食いコンテスト(104回目)、恒例メーシーズの花火を楽しむところだが、今年はショーはなし、早食いコンテストは未公開の場所でオーディエンスなし、メーシーズの花火は6日前の6月29日からはじまっていた。今年は大きな花火を一回にドカンと上げるのではなく、毎日夜9時から10時の間の5分間、場所を変え数日かけて上げるという、コロナ・パンデミックを意識して行われたものだった。グランドフィナーレの7月4日は、この美しい花火を見て(例えオンラインでも)、心が救われた人は多かったはず。

https://gothamist.com/arts-entertainment/macys-july-4th-fireworks-light-empire-state-building-illegal-fireworks-explode-citywide

 なのだが、私がいたブッシュウィックのルーフトップではメーシーズの花火がどれだったかわからないくらい、違法花火が上がりまくっていた。夜の8時頃から深夜3時過ぎまで、花火がずっと上がり続けるのだ。一度に50箇所ぐらいたくさんの場所で上がるので、どこを見たら良いのか。
 ニューヨークでは花火は違法なのだが、6月あたりから毎日のように花火が上がり続けている。ペットたちは怯えるし、人は夜、騒音で眠れないと苦情も絶えない。花火は好きだが、こんなに毎日見ているとありがたみも無くなってしまう。アパートの前のプレイグラウンドで花火を上げている人もいたし、隣のルーフから花火を上げている人もいたし、間違ってこっちに飛んでこないかとビクビクしていた。なぜこんなに花火がNYにあるのだろう。こんなに間隔もなく上げれるのは、かなりの量の花火を持っているということだが、今年はエンターテイメントもないのでその反動なのか。
 リッジウッドの住人は、彼女のアパートから外を見ていたとき、ひとりの男性が交差点で花火に火をつけ、そのまま車で走り去ったというし、知り合いは抗議活動のときにランダムな人から花火をあげると言われたらしい。この日すべての花火を使い尽くし、次の日から花火のないNYになればと切実に思う。

https://gothamist.com/news/nearly-two-dozen-arrested-nyc-illegal-fireworks-guns-alligator-carcasses

 NYでは7月6日から第3段階:レストラン、飲食サービス、ホテルがオープンする。レストランの中での飲食は延期されたが、引き続きアウトドアでの飲食は大丈夫ということで、レストランやバーの前はテーブルと椅子、パラソルなどが置かれ、歩行者天国状態になっている。マンハッタンはまだまだゴーストタウン状態だし、アメリカでの感染率は増えている。
 ショーもまだまだだが、レストランで食事ができるのが切実に嬉しいし、NYは再オープンに向けて着実に進んでいる。まだ、家にいる時間が長いが、花火でストレスを解消するのではなく、違うことに目を向けてほしいものである。この夏、ライヴストリーミングからアウトドアショーに移行できることを期待して。

【編注】トランプ大統領も、独立記念日の演説でど派手に花火の打ち上げを強行しました。

interview with Mhysa - ele-king


Mhysa
Nevaeh

Hyperdub / ビート

PopExperimental

Tower

 どこまでも素朴なまま、さりげなく尖っている。けっして頭でっかちなわけではない。自然体でちょっと実験的──近年エレクトロニックなブラック・ミュージックの文脈で、そういうアーティストが増えてきている。道を用意したのはおそらくクラインだろう。フィラデルフィア(からブルックリンへ引っ越したばかり)のミサも、そのタイプの音楽家だ。
 2017年にラビットの〈Halcyon Veil〉からリリースされたファースト・アルバム『Fantasii』は、浮遊的な声とシンセの残響がすばらしい宝石のようなアルバムだった。3年ぶりのセカンド・アルバム『Nevaeh』は、ポップさを携えつつも、よりエッジィさを増している。“sad slutty baby wants more for the world” における声の反復や “w_me” の打撃音、“Sanaa Lathan” のキャッチーなコードや “brand nu” の天上的なハープなど、聴きどころはたくさんあるが、とりわけ注目すべきは “ropeburn”、“breaker of chains”、“no weapon formed against you shall prosper” の3曲だろう。ぎりぎりまで音数を減らした余白あふれる空間のなかで、ドローンや鈴、電子音がつつましげにヴォーカルと並走していくさまは、まるで沈黙それ自体が歌を歌っているかのようで、息を呑むほど美しい。しかも、それらがジャネット・ジャクソンやナズ&ローリン・ヒル、シャーデーのカヴァーだったりするから驚きだ(元ネタはそれぞれ “Rope Burn”、“If I Ruled The World”、“It's Only Love That Gets You Through”)。
 もっとも耳に残るのは、そして、二度にわたって挿入される “聖者の行進” のメロディである。「天国」の逆読みを題に冠した本作、その鍵を握るのはこの黒人霊歌~ルイ・アームストロングのカヴァーであるにちがいない。聖者が街にやってきたら、わたしもその列に加わりたい──そう彼女は語っているが、はたしてその真意とは? 〈Hyperdub〉が満を持して送り出すミサ、本邦初のインタヴューを公開。

セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っている。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(笑)。一緒にいま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。

まずは「Mhysa」の発音を教えてください。

ミサ(Mhysa、以下M):「ミサ」って読むのよ。

音楽活動をはじめることになったきっかけはなんでしたか?

M:活動をはじめたのは25歳くらい。まわりにミュージシャンの友だちが多くて、彼らがすごくサポートしてくれた。彼らと一緒に演奏するとき用に名前もつけてくれたり。スーパーヒーローのキャラクターみたいな名前にしたかったのよね(笑)。なにかと戦えるような名前を考えたの(笑)(註:「Mhysa」は『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャラクターの愛称に由来)。子どものころは、教会の聖歌隊に入ってた。学校でも聖歌隊で歌っていたし、母親も歌っていたし、祖父も楽器を演奏して歌っていた。歌は、聖歌隊と母親から学んだの。

以前あなたは〈NON〉のいちばん最初のコンピ『NON Worldwide Compilation Volume 1』(2015)にチーノ・アモービとの共作で参加していました。その後〈NON〉からはEP「Hivemind」を出してもいますね。

M:エンジェル・ホがわたしをレーベルに紹介してくれて、あのコンピに参加する機会をつくってくれた。チーノと出会ったきっかけもエンジェル・ホよ。エンジェル・ホとはオンラインで知り合ったんだけど、そのときはチーノのことはぜんぜん知らなかった。わたしがフェイスブックにクレイジーなスピーカーの写真をポストしたんだけど、それをエンジェルが見て、「何それ!?」って反応してきて(笑)。そこから話しはじめて、その流れで「曲をつくるのか?」って聞かれたから、わたしのサウンドクラウドを教えたの。そこからコラボするようになった。チーノとは1曲だけだけど、エンジェルとはチーノとよりも作業しているわ。

今回〈Hyperdub〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

M:前のレーベルが「じぶんたちは小さいレーベルだから、次のレコードのために、もう少し大きいレーベルに移ったほうがいい」って勧めてくれたんだけど、2018年の秋にヨーロッパをツアーしているとき、〈Hyperdub〉からアプローチがあって、彼らの「ゼロ(Ø)」パーティでプレイしないかというオファーがきたの。そこから彼らと話すようになって、わたしの新しいプロジェクトの音楽を聴いてみたいと彼らが言ってくれて、アルバムのリリースが決まったのよ。みんなほんとうにいいひとたちで、あのレーベルは大好き。ディーン・ブラントとか、ファティマ・アル・カディリとか、長年尊敬してきたアーティストがたくさん所属してるのも魅力。だから、コード9がわたしの音源を気に入ってくれて信頼してくれたのはほんとうに嬉しかったわ。彼ってほんとうにすばらしいひとだし、アーティストが活動しやすいよう居心地をよくしてくれるの。彼はわたしのメンターみたいな存在。

もっとも影響を受けたアーティストを3組あげるとしたら?

M:「もっとも!」って難しすぎる(笑)! いま出てくる名前は、R&Bシンガーのブランディとジャネット・ジャクソンね。あとは……思いつかない(笑)。

前作はジャネットの『Velvet Rope』にインスパイアされたそうですが、今回も “ropeburn” で彼女を引用していますね。

M:あの作品は、音ももちろんすばらしいんだけど、彼女がディープなテーマに触れている作品でもある。そこに魅力を感じるの。あのアルバムでは、同性愛だったり、エイズだったり、人間や人間関係の複雑さが表現されている。あの作品はすごく興味深くてパワフルだと思う。あのアルバムは、確実にわたしのお気に入りのジャネット作品のひとつだから、その作品の収録曲 “ropeburn” はカヴァーしてみたかったのよね。とうてい彼女みたいにはなれないけど、ちょっとジャネット感をもたらしたかったの(笑)。

ほかにナズ&ローリン・ヒルやシャーデーのリリックも引かれていますが、彼らのことばのどういうところに惹かれたのでしょう?

M:あの歌詞がツアー中にすごく響いてきたのよね。なんでかわからないけど涙が出てくる。だからライヴでも歌ってたんだけど、それをレコーディングすることにしたの。デーモンと戦っている様子をあんなに美しく表現しているところに惹かれたんだと思う。

本作では二度にわたってルイ・アームストロングの “when the saints” のカヴァーが登場しますね。この曲のどういうところにインスパイアされたのですか?

M:あの曲は、子どもヴァージョンみたいなものもあって、小さいときからずっとわたしの頭のなかにあって、あの曲について考え続けていたの。母親とピアノであの曲を弾いたりもしてた。あの曲は、変化が起こるって歌でもあるでしょ? セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っているの。セインツたちを待ってる。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(I want to be in that number)(笑)。一緒に、ブレグジットとか、いま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。だからカヴァーしたのよ。

制作はどのように進められるのでしょう? lawd knows との共同プロデュースとなっていますが、役割分担のようなものはあるのでしょうか?

M:曲によるわね。インストをつくるときは、いろんなサウンドをつなげていってかたちにしていくんだけど、コードパッドとか、MIDIキーボード・コントーローラーなんかを使っていろいろ試していくの。その過程でいいなと思うものができたらそこを深めていくわ。ヴォーカルにかんしては、まず歌詞から先に書く。ホントはビートから書くべきなんだけどね(笑)。でもわたしの場合は先に詩みたいなのを書いて、それがメロディックになっていくのよね。Lawd は、良い意味でルールを決めてわたしをジャンルのなかに留めてくれる。わたし、ときどきルールを忘れてじぶんがつくりたいものをただつくってしまうことがあるんだけど、彼が、「それもいいけど、こういうのをつくろうとしてるんじゃなかった?」って思い出させてくれるの。今回のアルバム制作では、ボードの前に隣り合わせに座って、わたしがまず何かやって、それを彼が正してくれるって感じだったわ。あと、作曲でも彼が役に立ってくれることもあった。作業中に彼がピアノでコードを弾いていて、彼はただ遊びで弾いていたんだけど、それがすごくよかったからわたしが使いたいと言って曲に使わせてもらったり。彼はドラム・プログラミングでもたくさん作業してくれているんだけど、リズムのセンスがすごく良くて、知識になる。彼のドラムってホントにクールなのよ。

本作をつくるにあたり、「こういう方向にしたい」など、事前に指針のようなものはありましたか?

M:あったほうがいいんでしょうけど、ぜんぜんなかった(笑)。頭にあったのは、じぶんの境界線を広げたいということだけ。フィーリングに従ってまず数曲つくって、そこからかたちを整えていったの。

もっともポップなのは先行シングル曲 “Sanaa Lathan” です。なぜ俳優のサナ・レイサンをタイトルに? 前作には宝石泥棒のドリス・ペインに捧げた曲がありましたけど、おなじくトリビュートでしょうか?

M:彼女が美しいから(笑)。スタイルもいいし(笑)。一般的に美しいといえばハル・ベリーもそうだと思うんだけど、サナ・レイサンのほうが彼女独特の美しさを持っていると思ったの。彼女が出ているバスケットの映画があるでしょ? あれに出てくる彼女が、この曲の美しい黒人女性のイメージなの(笑)。

わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

プレスリリースによれば、『Nevaeh』は「黒人女性であることの経験の反映」であり、「黒人女性たちが終末的状況から抜け出し、より良い新しい世界を見つけるための祈り」だそうですね。“BELIEVE Interlude” でも「世界をより良く」ということばが繰り返されます。黒人でありかつ女性であることは、合衆国においてどのような経験なのでしょう?

M:それはアメリカに住んでいてもよくわからない。数年前にセラピーに通ってて、セラピストから「あなたはどう思う? どう感じる?」って聞かれたけど、わからなかったの。そんな質問初めてだったし。曲を書くということが、その答えをみつけるのに役立つの。わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

冒頭のスキットでは、詩人ルシール・クリフトンの詩「won’t you celebrate with me」が朗読されています。現物は未確認なのですが、日本では彼女の児童書『三つのお願い(Three Wishes)』が小学校の教科書に載っているそうです。彼女はどのような詩人なのですか?

M:あの詩は、ここ数年インスタグラムにたくさん載っていたの。最初に読んだとき、ちょうどサンドラ・ブランドとかエリック・ガーナーの事件(註:前者は2015年、警官により暴力を受けた後、独房で死体となって発見された黒人女性。後者は2014年に警官の絞め技により殺された黒人男性)なんかについて考えさせられていたときで、どうやって黒人たちがこの状況を生き延びて、世界をより良くできるのか考えていた。そんなとき、あの詩を読んですごく美しいと思ったのよね。読んでいて涙が出てきたくらい、つながりを感じた。あの詩を使ったのは、わたしがこのアルバムで表現しようとしている空間の枠をつくり出す良い方法だと思ったからよ。

原詩の「バビロンに生まれた/非白人であり女性(born in babylon / both nonwhite and woman)」の「nonwhite」の部分を「black」に言い換えていますよね。それは非白人全般ではなく、あくまで黒人であることを強調したかったから?

M:そう。彼女が詩を書いたのは90年代だったから、「black」ということばをダイレクトに書けなくて、「nonwhite」にすることで意味をより開けたものにしたんだと思う。でもいまは2020年だから、黒人として生まれ育ったなら、そのひとの主張は黒人の主張だとハッキリ言えるし、「nonwhite」だと白人が中心っぽくなってしまう。わたしはその詩を白人だけが中心に聞こえるようにしたくなかったから、少し変えたの。

おなじくフィラデルフィアを拠点に活動しているムーア・マザーについてはどう思っていますか?

M:わたし、じつは去年の11月にブルックリンに引っ越したところなの。ムーア・マザーの音楽は好きよ。いいと思うわ。

※本インタヴューは、ジョージ・フロイド事件以前の2月におこなわれたものです。

第11回 町外れの幽霊たち - ele-king

※この記事にはゲーム「Night in the woods」のネタバレが含まれます。

 トンネルを抜けたら、そこは雪国だった……というようなことはなく、ただ「藤田孝太郎死ね」と書かれている。一応仮名にしてある。グラフィティを阻むためにトンネルいっぱいにペイントされたクソつまらん動物と子どもの絵、その端っこに、黒く細い線で書かれた七文字がぎりぎりと張り詰めていた。こんなに剥き出しの殺意であるのに、なぜかクソつまらん絵の邪魔にならない場所に配置されているのがなんともおかしい。これが誰の名前なのかは知らないし、誰が書いたものなのかもわからない。いたずらなのか切実な呪詛なのかもわからない。ただその殺意はここ1ヶ月、パンデミック騒ぎの渦中に出現して、あっという間にこの町に馴染んだのであった。どうにもならなくなっちゃったんだろうな、多分。

 わが「地元」──この名称を使うことにはそれなりのためらいがあるが、ひとまずそう呼んでみる──首都の郊外だ。治安もそれなりに悪く、洗練された場所では決してないが、ここを田舎と呼んだらただちに数千万の列島住人を敵に回すだろうというぐらいには、都市である。数分に一度来る電車がひっきりなしに大量の人間を運んできて、また運び去っていく。駅前には虫の巣みたいにビルがびっしり立ち並んでいて、夜中でも量販店の看板が光る。アジア圏からの観光客がドラッグストアで化粧品を品定めしている。遠くの花火はビルが邪魔で見えない……これは別にどうでもいい。早朝の駅前、信号待ちの交差点で、ドン小西によく似たやくざがわかりやすく舎弟を引き連れてでかい声で話している。「おい、パンツ売ってっとこ空いてねえのか? お前らお揃いで買ってやろうか?」「へへへ、マジすか、へへへ」……早く青に変わってくれないか、意識して無視しながら、真横が気になってしょうがない。
 自分は生まれてから今までの四半世紀、ずっとこの町を離れずに暮らしてきた。この町のことは「普通に好き」だ。嫌な思い出は何もない。いつも明るくて、家がつらいときには一人でふらふらと逃げこめて、だいたいのものはここで手に入る。それは多分、この町に友人と呼べる人がほとんど誰もいないことも関係しているのだろう。たとえ歩いている最中にこの町の人間が全員別人に入れ替わったとしても、自分は絶対に気がつかない。こんなに長い時間を過ごした空間であるけれど、私のコミュニティはない。私はこの町に「いる」はずだというのに、同時に「いない」のだ。
 パンデミックの渦中、私はこの自分がいる/自分がいない町を、何度も何度も無目的に徘徊した。閉鎖された家にいるのがつらいから、何も書けない抑鬱状態の中で新しいヒントを得るための施策は散歩ぐらいしか採択できなかったから……そういう理由から始まった徘徊だったが、歩き回るうちに、町の閉塞感のようなものを、生まれて初めて感じとるようになった。町を歩きながら「ここから出してくれ」と思ったのは、これが初めてだった。
 町の風景がぎくしゃくして見えた。休業中のシャッターや閉店のお知らせにまみれた通りに、臨時で出現した飲食店の屋台から漂う肉を焼く匂いが広がっている。人はいつもより少なく、誰かが咳をするとみながそっちを見る。
 おかしいのは町の方だけではなかった。歩いても歩いてもどこにもたどり着かず、何も新しいことを思いつかないことがこの上なく苦しい。あれだけ便利で豊かだと思っていた「地元」がのっぺりとした虚無に見えてきたことに、自分でもいまいち納得がいかない思いがした。そして同時に、歩いているうちに気がついた……自分は特定の道しか歩いていないのではないかと。だってさっきから同じ風景ばかり見ている。都市は家みたいに閉じていた。徘徊するための徘徊なのだから、どこへ足を伸ばそうとよいはずなのに、私は奇妙なぐらい、特定の位置まで来ると自ら引き返していたのだった。遠回しにお前はここから出られないよ、そうなってるんだよ、と言われているような気がしてぞっとしたが、ぞっとしているくせに私はまた同じ場所で引き返してしまう。
 家も町もクソ閉じている苦しさを吐露していたら、何人かの友人が「ホテルを取らないか」「うちに来ないか」と声をかけてくれた。私はその全てに死ぬほど感謝しながら、同時にその誘いに乗る想像が全くできず、全てを断ってしまった。断ってからぼろぼろ泣いた。こんなに自分が「ここ」に閉じ込められているなんて、これまで知らなかった。
 そういうとき、町外れにちまちまと書かれた「藤田孝太郎死ね」の落書きが私の視界に現れたことは、それなりに象徴的に見えた。どうしようもなくなっちゃったのだ。全部。

 この〈囚人の気持ち〉に浸りながらゲーム「Night in the woods」をプレイしたのも、何だか妙な縁だった。同作はアメリカの「ラストベルト」──かつて工業で栄えたが、今やそれも潰えてしまった地域──に属する田舎町「ポッサム・スプリング」を舞台にしたアドベンチャーである。プレイヤーは主人公であるメイ(同作のキャラクターはみな動物の姿で示される。メイはネコだ)を操作し、住人たちと語らいながら、町で起きている奇妙な事件に首を突っ込んでいくことになる。
 物語はメイが大学を退学し、2年ぶりにポッサム・スプリングへ戻ってくるシーンから始まる。ポッサム・スプリングは炭鉱の町だった。もちろん過去形だ。20世紀初頭に栄えた炭鉱は数十年前に閉鎖され、その後に作られた工場も今やほとんど残っていない。メイの祖父も父も炭鉱労働者だったが、父親は炭鉱閉鎖後にガラス職人などの職を転々とし、今は大資本スーパーの精肉コーナーで働いている。ゲームの中では住人たちの会話を幾度となく聞くことになるが、みな失業するか、不本意な非正規労働に苦労してしがみついている。いかに長く働ける仕事を見つけるか苦心する人たちがたむろする街角に、若者を海軍に勧誘する軍人がにこにこと立っている。
 街のあちこちに設置された炭鉱を開発した資本家たちの銅像や炭鉱労働者を描いた壁画は、今や全く顧みられていない。町議会はどうにか街に人を呼び戻すべく、街の「歴史遺産」的なものを探し求めたり、収穫祭をどうにか盛り上げようとしたりと試行錯誤しているが、それも振るわない。一方で町議会は、街の教会にホームレスの男性を寄宿させる計画について「イメージが悪くなる」と言って拒絶していたりもする。明らかに「おしまい」に近い状況を打開しようとする人たちが、架空の観光客や移住者のために、目の前にいる弱者を排除しているわけである。何度も見た光景だ。いつもどうすることもできない。
「終わった町」なのだ。ポッサム・スプリングは。そして同時に、メイにとっては無二の「居場所」であるはずだった。少なくともそれを期待して、メイは帰ってきたのである。

 「Night in the woods」のすさまじさは、その「終わった町」に暮らす人々の行き場のなさがぎちぎちとひしめき合っている点であり、同時にそれらの苦痛がメイの目から語られる点にある。
 メイはポッサム・スプリングでかつてのバンド仲間に再会する。軽薄で情緒不安定な大親友のグレッグ、グレッグと同棲する恋人の青年・アンガス、ぶっきらぼうでいつもタバコをふかしているビー。みんなこの2年で変わっていた。いい変化、と言うことは難しい。大人になって、この町がどういう状況にあるのか、自分がどう生きていくのかを考えるほかなくなってきたのだ。
 アンガスとグレッグはどうにか最低賃金で働きながら、別の町へ引っ越す計画を立てている。引っ越しを決めた背景はいくつもあるが、この町が決してゲイカップルに優しい場所ではないというのも理由の一つだ。「成長させてくれよ、メイ」……グレッグはメイにそう告げる。大人になるためには、この町を出なくてはいけない。ここにいたら望む変化を迎えられないことを、グレッグもアンガスも、そしてメイも、本当は痛いほどよく知っている。
 ビーは最近母親を失い、アルコール中毒で働けなくなった父親の所有する店を一人で切り盛りしている。かつてメイとずっと一緒にいてくれたビーも、メイに対しては複雑な気持ちでいるようだった。この店から、この町から、今も動けずにいるビーは、この町ではごくめずらしい大学進学者であったメイを憎まずにはいられなかったのだ。
 これらのダイアローグがメイの前に現れ、メイがそれに痛みを感じるのも、メイ自身の体があたたかくあいまいな「地元」の包摂から剥離し始めているからだ。中学の頃から漠然と抱えていた不安──もしかして全部が、最初から何もかもが、「終わっちゃってる」としたら? 自分が愛着を感じてきた風景の全てが無意味だったとしたら?──に耐え難い痛みを覚えてきたメイは、地元を出て進学した大学でその痛みを背負いきれなくなり、決壊し、最後の力を振り絞って「地元」に戻ってきたのである。ここなら痛みから逃げられるんじゃないかと信じた。でももうだめだった。昔と同じ目でこの町を見ることは、もうできない。目の前に広がる町は、すでに安住の地ではない。不安でいっぱいの現実だ。

 この閉じた町に充満した不安から、いかに逃げ切れるのだろう。プレイしながら川端浩平『ジモトを歩く』(御茶の水書房)を思い出した。
 同書の著者である川端浩平氏は岡山出身で、長い間アメリカやオーストラリアで日本を対象とした地域研究を行ってきた研究者である。川端氏は長い海外生活ののちに岡山へ戻り、友人の親が経営する会社で働き、週末には在日コリアンの人々に話を聞きながら、10年かけて「ジモト」のエスノグラフィを書き上げた。
 タイトルの「ジモト」とは、異化して見つめ直した地元のことだ。腐るほど見てきた地元を丹念に歩き、人に出会い、話を聞くなかで、今まで目に入ってこなかったものの存在が立ち上がってくる。このプロセスを経て、「地元」は「ジモト」へ再構築される。
 これは一面には苦しい作業だ。これまで自分と癒着していた人や風景を引き剥がし、他者化し、対象を批判していく行為は、当然ながら大きな痛みを伴うだろう。例えば川端氏が務めた会社では、北朝鮮バッシングを含んだジョークが「労働の潤滑剤」として機能し、職場という集団への貢献として受け止められていた。川端氏はそのような現実逃避的な営みを、他者から、そして自分の内側からも他者性を奪い去っていく行為であると批判している。この批判は「地元」の生暖かいサークルから一歩出ていく行いに他ならない。容易にできることではない。
 しかしながら川端氏は、「むしろ今までよりも自分が育ったまちが面白い場所へと変わっていく注1」希望の可能性をはっきりと示している。それは「町おこし」や「地域ブランド」のような資本主義/市場原理におもねった「価値の再発見」などでは決してない。「「このまちには何もない」と思って後にしたジモトや自分が生活している場所に、実は存在している何かを発見すること注2」であり、それは「夢をみることのできる地域社会(注3)」を探求するための重要な手がかりなのだ。
 夢をみること。それは叶わない想像に身を委ねて目の前の虚無を無視しようと試みることではなく、そこそこ遠い将来に関する明るい想像を、「現実的に」巡らせられるだけの余裕を持つことである。そしてこれは、個人の問題ではなく、常に社会環境の問題だ。

 メイにとってのポッサム・スプリングも、すでに「ジモト」へと剥離し始めていた。メイは地元/ジモトを歩き回り、自らの心を苛む存在〈幽霊〉の影を追ううちに、奇妙な敵と対峙することになる。敵とは「町の繁栄」というすでに失われた虚像の実現に固執する保守的な「おじさん」たちだ。そのような人々が町の裏でカルト教団を形成し、廃炭鉱の陥没穴に棲まうという神「黒いヤギ」の生贄として、町に貢献しないと判断した無職の若者やホームレスたちを殺害していたのである。黒いヤギの飢えさえ満たせばこの町は再生するのだと、やつらは信じ込んでいた。
 メイとこのカルト教団との対立は、極めて象徴的なものである。まずこのカルト教団について重要なのは、やつらの根城がポッサム・スプリングの郷土史を研究する「史学会」であることだ。カルト教団が拾い上げようとしている歴史とは、各地に残された炭鉱経営者の銅像に象徴されるような、炭鉱と工業で栄えた輝かしい過去である。いかにも権力者が好きそうな話だ(「明治日本の産業革命遺産」とやらを思い出してしまうではないか!)。実際には管理の不備による大規模な爆発事故や、ストライキを起こした炭鉱労働者たちの虐殺など、ポッサム・スプリングの歴史には凄惨な事件がいくつも起こっているというのに、それらが拾われることはない。地域を愛していると本気で誓えるやつらだからこそ、すでにそこにあるものに盲目である。
 一方でメイと旧友たちが追う〈幽霊〉は、この町で悲劇的な死を遂げた一人の人間に関する伝承である。メイが〈幽霊〉の正体として目星をつけるのは、不可解な死を遂げたとされ、たびたび幽霊話のタネになってきた炭鉱労働者「リトル・ジョー」だった。
 〈幽霊〉は確かに生者を脅かす。しかし、秩序を撹乱する〈幽霊〉話というもの自体、虐げられた人の声が強者を脅かす一つの抵抗運動であり、誰からも耳を傾けられない声を可視化する仕組みであり、最も弱い人たちの歴史そのものではなかったか。つまりメイたちの〈幽霊〉の追跡は、まさにカルト教団が積極的に掲げようとする「栄光の歴史」に捨象された人の声を拾う行為なのである。メイの祖父が炭鉱におけるストライキの主導者であったことが発覚する流れが挿入されるのも、この「栄光の歴史」/〈幽霊〉の声、という対抗軸を強調する。
 メイは別に真面目な過去の探索者ではない。リトル・ジョーの墓だって勝手に暴いてしまったし、そもそもメイにとって〈幽霊〉は頭の中に入り込んで自らを脅かす者として想定されていた。それでも結果的にメイが〈幽霊〉の声に連なる人たちの擁護──すなわち町の中でも立場の弱い人たちの側に立ったのは、メイがこの町を徘徊し、飛び回り、そこにいる人と話を続けたからではないか。それはメイを操ってあちこちを歩いたプレイヤー自身がよく知っていることだ。メイの不安の源はこの町をめぐる暗い歴史としての〈幽霊〉であったが、同時にメイをこの世につなぎとめる重りとなったのも、この町で途方に暮れる〈幽霊〉予備軍たち──つまり現在進行形で資本家や権力に追い詰められている友人たちなのだ。〈幽霊〉とは強い不安であり、「そこにいる」ことで不思議とわれらを温めてくれる希望であり、これらがないまぜになった「現実」そのものであった。
 最後、メイたちはカルト教団から「逃げ切る」ことに成功する。「打ち破る」と言うほど積極的な攻勢ではなく、ただ追ってくるカルト教団を撒いて、炭鉱の外へ出ていくのである。弱いものを切り捨てて立ち上がる「栄光の歴史」から、〈幽霊〉予備軍たちが抜け出していく。これは間違いなく、ひとつの希望だ。
 メイがこれからどうするのかは描かれない。ただ、両親にこれまで自分に起きた奇妙な経験──全てが虚無のかたまりにしか見えないような強烈な恐怖と痛み──について語ることを初めて約束し、自らの状況を語りによって他者に開いていく可能性を示唆して、物語は幕を閉じる。物事はすぐには好転せず、不安は続く。それでもメイは〈幽霊〉とともに立った。だからこれはハッピーエンドなのだ。メイはもう、この痛みが虚無ではないことを知っている。

 本、どうやって持ってけばいいんだろうな。一箱にあんまりたくさん詰めると引っ越し屋さんが腰を痛めそうだから、何箱にも分けないといけないだろう。机はどうしよう。出ていくなら処分して行けと言われているが、この大きさの家具を処分したことがないからやり方がわからない。そもそもうちエレベーターないしどうしよう。のこぎりで解体するとか? ちょっと現実的じゃない。ていうか誰かルームシェアできる相手を探さなきゃいけないんじゃない?
 最近引っ越しのことばかり想像している。金も行くあてもなく、出ていく覚悟もまだ決まっていないのに、何をどう詰めてどこへ持っていくか考え、安そうな物件を検索している。

あたしは、超でかい巨人になって、
みんなを抱えて、
どっか安全なとこへ連れてっていきたい。

でもあたしは信じたい。
逃げられるってことを。

 メイは旧友たちにそう語る。巨人というなれやしない存在に仮託した、「逃げる」ことの不安定な非現実的イメージと対比されているのは、あいまいではあるが現実的に必要とされている逃走である。メイは後者を「信じる」と言った。信じる。それしかできないことはすごく多いけれど、それはものすごく大事なことだ。
 「マジ100億欲しい……100億あったら誰でも救えるじゃん……」と言いながら、私は今日も物件を調べる。不安と希望で構築されたひとつの現実たる私も、〈幽霊〉の側に立っている。

注1 川端浩平『ジモトを歩く』(御茶の水書房、2013年)245頁。
注2 前掲注(1)。
注3 前掲注(1)。


Karl Forest - ele-king

 かつて Miyabi 名義で〈TREKKIE TRAX〉からもリリースのある Karl Forest が、新名義で初となるシングル「Moon & Back」を本日7月3日、リリースしている。ナイジェリア出⾝のシンガーをフィーチャーした、いまの季節にぴったりのラヴァーズ × アフロビーツな2曲を収録。今後の活躍にも注目だ。

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