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 圧倒的だ。「個性」ということばは彼女の才能を言いあらわすためにこそ存在しているのではないかとさえ思ってしまう。混沌をそのまま秩序にしてしまったとでもいえばいいだろうか。計画性や構成力の類は2018年のEP「cc」でもある程度発揮されていたわけだけれど、ミュージカル『Care』のスコアを手がけた経験が反映されているのか、新たにみずからレーベルまで起ち上げてリリースすることになったこのアルバムで、クラインはかつてない洗練の域に達している。なんでも18ヶ月かけて制作されたそうなので、「いま作っているアルバムで、ほんとうの意味で“音楽”を作っている」という昨年の彼女の発言は、もしかしたら「cc」ではなく『Lifetime』のことを指していたのかもしれない。

 全体的にヴォーカルやピアノ、ドローンの使い方が格段に向上している。リスナーはまず、不穏なノイズが歌ならぬ歌を多層的に引き連れてくる冒頭“Lifetime”で息を呑むことになるだろう。これはある種の降霊術である。比較的ストレートなビートとミニマルなパーカッションが、やはり謎めいたヴォーカルを引きずりまわす先行シングル曲“Claim It”も、具体音のすばらしい活用を聴かせるノイズ・アンビエント調の“Listen And See As They Take”も、曲名とは裏腹にロウファイなパーカッションの乱打にはじまり、突如ピアノを挟みながら、まるで焚き火のごとき(あるいはクラックル・ノイズのような)具体音でおわる“Silent”も、はっきり言って非のうちどころがない。どこでどう知り合ったのか、ニューヨークの前衛派ジャズ・サキソフォニスト、マタナ・ロバーツを招いた“For What Worth”も、反復する声とピアノとサックスをじつに有機的に結びつけており、サウンド面で必然性のあるコラボに仕上がっている。ハーモニカでシンセを再現しているかのような“Enough Is Enough”も新鮮だし、“We Are Almost There”における揺りかごのような声の波は、夢のなかで過去の人びとと遭遇しているかのような不思議な感覚をもたらしてくれる。これはやはり、降霊術だろう。コラージュのしかたにわざとらしさがないのもポイントで、このアルバムでは実験がそのままポップ・ミュージックとして成立している。
 彼女がもともとクラシック音楽やゴスペルを聴いて育ってきたことは知っている。USのメジャーなR&Bを好んでいることも知っている。ムーア・マザーチーノ・アモービといった地下の友人たちから刺戟を受けていることも知っている。けれどもクラインの音楽は、たんなるそれらのミックスと解釈するにはあまりにも独創的にすぎ、しかもそれがこれほどの洗練を獲得してしまったのだから、もはや向かうところ敵なしというか、つくづく「個性」ということばは彼女の才能を言いあらわすためにこそ存在しているのではないかと、そう唸らずにはいられない。最終曲“Protect My Blood”で波打つオルガンの、なんとまあ美しいこと!

 この『Lifetime』は「日記を誰かにあげる」ような、きわめてパーソナルな作品だという。他方で本作はゴスペル歌手のジェイムズ・クリーヴランドや、かつてブラックの観客向けに制作されていた「人種映画(race film)」の先駆たるスペンサー・ウィリアムズに触発されてもおり(同名の作曲家もいるが、たぶんこっち)、「ブラックのディアスポリックな経験」がテーマになっている。彼女固有のものでありながら、彼女だけのものではない何かの召喚──やはり、降霊術である。ムーア・マザーの影響だろうか? 私的なことと社会的・歴史的なことが表裏一体になっている点においてはヤッタとも共振しているわけだけど、クラインの鳴らす音はもっと快楽の成分を多く含んでいて、いうなれば大衆への扉が開かれている。だからこそわたしたちは、それがなんなのかよくわからないまま、しかしどうしようもなく彼女の音楽に惹きつけられてしまうのだろう。

 おまけ。音楽のスタイルはまったく異なるけれど、パーソナルであるはずの本作に唯一参加を許されたゲスト、マタナ・ロバーツの新作『Coin Coin Chapter Four: Memphis』もすばらしいアルバムなので、ぜひそちらも聴いていただきたい(余力があればレヴューします)。

小林拓音

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