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Klein

AmbientExperimental

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Harmattan

PentaTone

野田努   Dec 06,2021 UP
E王

 その音楽のリスナーが、作り手の好む音楽を共有している確率は高い。いや、もちろんロレイン・ジェイムズのリスナーがマスロックを聴いている率は低いのかもしれない。が、しかしスクエアプッシャーやエイフェックス・ツインを聴いている率は高いだろうし、ボーズ・オブ・カナダのリスナーがMBVを聴くことになんの違和感はない。かつてはレディオヘッドのリスナーもがんばってオウテカを理解しようとしたものだった。しかしながら、クラインを熱狂的に支持した実験的な電子音楽を好むオタクたち(まあ、ぼくもそのひとりであろう)がジェイ・Zやブランディ、マライヤやブリトニーを聴く可能性は極めて低いのではないかと推測される。彼女が好きなオペラ歌手のルチアーノ・パヴァロッティなどもってのほかだ。クラインほど、自分が好きな音楽と自分が作っている音楽のリスナーとが乖離しているアーティストも珍しい。いったい、ラジオから流れるポップR&Bばかりを聴いている人が、どこをどうしたら『Only』や『Lifetime』のような作品を作れてしまうのだろうか。いや、まだその2枚ならわかる気がする。まだその2枚なら……彼女はその後、活動場所をクラブやライヴ会場のほか、ICAやテートブリテン、MOMAのような美術館にまで広げ、英国の社会福祉制度をテーマにしたミュージカル(本人いわくディズニー風であり、『ナルニア国物語』風だという)にも出演した。アーティストとしての道を順当に歩んでいると言えるのだが、先々月の『Wire』のインタヴューでは、「ジェイ・Zのレーベルとサインするためのラップのレコードを作る準備もできている」と語っている。「それを冗談で言うこともできるけど」と付け加えて、「でも、私はマジだ」と。

 本作は2021年に自主リリースされた『Frozen』に続くアルバムで、オランダのクラシック音楽専門のレーベルからの、クラシック音楽を習ったことのないアーティストによる、決してクラシカルとは言えないが多少そんな響きをもった作風になっている。作品のテーマは、南ロンドン育ちの彼女が7歳から5年のあいだナイジェリアのラゴスで祖母といっしょ暮らした日々にあるという話で、タイトルの『ハルマッタン』とは西アフリカで吹く貿易風のことだ。
 でまあ、ナイジェリアといって日本の音楽ファンが頭に浮かべるのは、とにもかくにもアフロビートだろう。アフリカ大陸のなかでも大国のもっとも栄えた都市として知られるラゴスにはポップスもあれば消費文化もある。ところが、『ハルマッタン』はこうしたナイジェリアの音楽のどれとも似ていないと察する。ぼくなりに喩えるなら、R&Bと出会ったクラスター(クラウトロックにおける電子音楽のリジェンド)とでもいったところだろうか。
 アルバムは、クラインによるピアノにはじまる。自由奔放な独奏で、フリーキーかつ機敏、ジャジーかつ溌剌としている。本人の説明によれば「20年代からR&Bスタイルまでのピアノ史」ということだが、ピアノ一本でここまで表現してしまうのかと感嘆する。2曲目はその続きのごとくピアノから入ってすぐさま一転、熱気をはらんだカオスの世界──ホルン、サックス、ノイズ・エレクトロニカ、サウンド・コラージュ──に突入する。それから“ハ長調のトラッピング(Trapping In C Major)”における壮大なシンフォニー。コズミックなシンセサイザーと管楽器が交錯する“未知のオプス(Unknown Opps )”、ハーモニカ(?)による重厚なドローンを響かせる“優雅さの憑依(The Haunting Of Grace )”……、ヴォーカル無しの、彼女のシュールな音響世界が次から次へと繰り広げられる。“イバダンのために作られた(Made For Ibadan)”は歪んだエンリオ・モリコーネか、さもなければ蒸留されたエリック・サティというかなんというか。クラインはこのアルバムで、ピアノ、サックス、ハーモニカ、エレクトロニクス、ドラム、ギターを演奏しているというが、もちろんすべてが独学だ
 歌モノは1曲だけ。グライムMCのJawninoを擁した“スカイフォール”だが、これは過去作で見せたダブで水浸しのR&Bではない。たとえばPhewがゴスペルをやったらこうなるのかもしれないと。蜃気楼のような曲“ギャングスタではないが、それでも終わりから(Not A Gangster But Still From Endz)”を挟んではじまる“希望のディーラー(Hope Dealer)” はシンセサイザーとピアノが曲を盛り立てる美しいアンビエントで、この曲は後半のハイライトと言っていいだろう。

 かように『ハルマッタン』は強烈なアルバムであるが、もうおわかりのように、お決まりの“ブラック”ではない。彼女はひょっとしたら、ファンや音楽メディアがもとめる“ブラック”に反発しているのかもしれない。が、これはアフリカの乾いた貿易風の名を冠した彼女のアフリカ体験から生まれた作品なのだ。クラインはいつものように想像力を全開にし、魔法のようなサウンドスケープを創出した。おそらく感覚的に。彼女は、1週間に100曲作ることもあれば公園に行って遊んだりしてばかりの月もあるといい、1週間前には弾けなかった楽器を演奏して録音するともいう。次はまったく違うことをやるかもしれないというし、ドリルのレコードだって準備中だとうそぶく。ま、なんにせよ、彼女が本当にロック・ネイションから作品をリリースすることがあったら、ぼくもジェイ・Zを……(略)。

野田努

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