「R」と一致するもの

Andrew Ashong and Kaidi Tatham - ele-king

 1990年代後半から2000年代前半のウェスト・ロンドンで巻き起こったブロークンビーツ・ムーヴメント。それを牽引したプロデューサー集団のバグズ・イン・ジ・アティックの一員で、ネオン・フュージョン、DKD、シルエット・ブラウンなど数多くのプロジェクトに関わってきたカイディ・テイサン(日本ではテイタムと表記されることが多いが、正確な発音ではテイサンとなる)。DJやプロデューサーが多い西ロンドン勢の中にあって、カイディはまずキーボードやドラムを操るマルチ・ミュージシャンであり、そこから発展してプログラミングやビートメイキングをマスターしていった口である。その後、ブロークンビーツが下火になってからも地道に活動を続け、西ロンドンのサークルで現在も精力的に作品リリースを行なっているのは、IGカルチャーディーゴ、そしてカイディあたりだろう。カイディ自身はミュージシャンということもあり、サウス・ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちからも一目置かれ、ときにセッションを行なっている。〈ジャズ・リフレッシュド〉から作品もリリースしており、バンドにシャバカ・ハッチングスが参加していたこともある。

 ソロ名義での最新作は『イッツ・ア・ワールド・ビフォア・ユー』(2018年)となるが、それ以外にここ数年来はディーゴと組んで仕事をすることが多く、彼とのユニットであるディーゴ&カイディ(別名2000ブラック)はじめ、4人組ユニットとなるテイサン、メンサー、ロード&ランクスでアルバムをリリースしている。そのディーゴ&カイディによる『アズ・ソー・ウィ・ゴーウォン』(2017年)はセオ・パリッシュの〈サウンド・シグネチャ〉からのリリースで、セオとカイディやディーゴとの交流が垣間見えるものだった。そして、〈サウンド・シグネチャ〉から2012年に「フラワーズ」というEPでセオ・パリッシュとのコラボによってデビューしたのがアンドリュー・アションである。
 アンドリュー・アションはガーナ系イギリス人で、サウス・ロンドンのフォレスト・ヒルを拠点に活動する。DJやプロデュースも行なうが、主軸はシンガー・ソングライターで、「フラワーズ」で印象に残ったのもその繊細な歌声とギターだった。当時のメディアは、彼のことをシュギー・オーティスやビル・ウィザース、またはルイス・テイラーなどと比較していた。「フラワーズ」は〈サウンド・シグネチャ〉にしてみれば異質の作品だったが、それでも自分のレーベルからリリースしたのは、セオがいかにアンドリューの才能を買っていたかを示している。

 アンドリュー・アションは非常に寡作なアーティストで、その後は2014年に「アンドリュー・アションEP」をリリースしたほかは、セオ・パリッシュとトニー・アレンの共作の “デイズ・ライク・ディス” “フィール・ラヴ” にフィーチャーされたり、ナイトメアズ・オン・ワックスの『シェイプ・ザ・フューチャー』(2018年)に参加した程度のレコーディング状況である。そんなアンドリューが2014年のEPから実に久々の新作をリリースしたのだが、そのコラボ相手がカイディ・テイサンである。ふたりの間にどのような交流があったのかはわからないが、恐らくはセオ・パリッシュも橋渡しに一役買っているのではないだろうか。現在カイディは北アイルランドのベルファストに住んでいて、レコーディングはロンドンとベルファストを結んで(恐らくはリモートで)行なわれた。リリース元の〈キット〉は本作が第1作目となり、ベルファストとロンドンを繋ぐレーベルとのことなので、カイディとアンドリューが共同で設立したのだろう。

 収録曲は全6曲とEPかミニ・アルバムくらいのヴォリュームで、アンドリューとカイディ以外の参加アーティストのクレジットはなし。完全にふたりだけで作った作品集である。演奏楽器などのクレジットもないが、アンドリューが歌とギター(及びベース)、カイディがキーボードとドラムス(及びパーカッション)、フルートなどといった役割分担になっているのだろう。リズム・トラックは基本カイディが作っていて、生ドラムとプログラミングを組み合わせたものとなっている。全体的な雰囲気としてはジャズ/フュージョン調のトラックを軸に、ソウルやファンク、ディスコなどのテイストを織り交ぜたもの。クールなブギー・トラックの “ロウ・セリングズ” のように、カイディのソロ・アルバムの延長線上にあるものだ。
 ストリングスを交えたメロウな空間が広がる “ウォッシュド・イン・ユー” は、AORタッチのアンドリューのヴォーカルにカイディのエレピ・ソロも聴きどころで、リオン・ウェアとマルコス・ヴァーリがコラボしていた1980年頃の空気感を彷彿とさせる。“Eye Mo K(アイム・オー・ケー)” も同系の曲で、ジャズとソウルの最良のエッセンスが見事に融合した上で、さらにディスコやラテンなどいろいろな要素が結びついている。いまの時代ならサンダーキャットの諸作に近い雰囲気だろう。アンドリューのギターが活躍する “サンコファ・ソング” もサンダーキャットが思い浮かぶような曲で、さらに言えばサンダーキャットが影響を受けたジョージ・デュークやハービー・ハンコックが1970年代後半に見せていたような世界だ。このあたりはずばりカイディの音楽性の土台になっている部分でもある。ヴォコーダー風のコーラスが入る “ラーニング・レッセンズ” はアジムスのようなブラジリアン・フュージョン調の曲で、やはりカイディが得意とするところの音楽性が表われている。“トゥ・ユア・ハート” はエレクトロな度合いの高い曲で、ダビーでアンビエントな空間が広がる。
 全体を通して聴くと、カイディのソロ作に比べて総じてソウルフルな度合いが増していて、そこはアンドリューが加わっているからだろう。トム・ミッシュとユセフ・デイズのコラボ・アルバムのように、アンドリューとカイディのこの組み合わせは大成功と言える。

R.I.P. MF DOOM - ele-king

 30年以上にわたってヒップホップ・アーティストとして活動し、アンダーグラウンド・シーンのスーパースターとしてカリスマ的な人気を誇ってきたラッパー、MF DOOM (本名:Daniel Dumile)が2020年10月31日に亡くなった。彼の死が明らかになったのは死後から2ヶ月経った12月31日のことで、MF DOOM の公式インスタグラム・アカウントにて妻の Jasmine 名義での声明が発表され、偉大なラッパーの訃報は瞬く間にインターネット上で拡散された。享年49歳で、死因は明らかになっていない。

 MF DOOM が初めてヒップホップ・シーンでその存在を知られるようになったのは、彼がまだ Zev Love X と名乗っていた1989年のことで、当時、シーンのトップ・レーベルであった〈Def Jam〉からリリースされた 3rd Bass 「The Gas Face」への客演によって、彼自身のグループである KMD にも注目が集まることなった。客演をきっかけに〈Elektra〉との契約を果たした KMD は1991年にデビュー・アルバム『Mr. Hood』をリリースし、この作品はヒップホップ・ファンの間で大きな話題を呼ぶ。しかし、KMD のメンバーであり実弟でもある DJ Subroc の交通事故死や、レーベル側からの一方的な契約破棄によって 2nd アルバム『Black Bastards』がリリース中止になるなど不運な出来事が続いたことで、彼は一時的にヒップホップ・シーンから離れ、ホームレスに近い生活を送っていたという。しかし、マーベル・コミックの悪役キャラクターであるドクター・ドゥームからインスピレーションを受けた「MF DOOM」というアーティスト名を提げてシーンに復活し、ドクター・ドゥームと同様の金属製のマスクが彼自身のトレードマークに、1997年からソロでの作品のリリースを開始。そして、1999年にリリースされた 1st ソロ・アルバム『Operation: Doomsday』は高い評価を受け、1990年代半ばからはじまったアンダーグラウンド・ヒップホップのブームを象徴する作品にもなった。

 その後、Viktor Vaughn、King Geedorah、Metal Fingers など様々な名義でも次々と作品をリリースし、さらに様々なアーティストとのコラボレーションも行なってきた MF DOOM であるが、彼の黄金期とも言える2000年代にリリースした作品の中で最も大きな注目を浴びたのが、LAのレーベル、〈Stones Throw〉の看板アーティストであった Madlib とのコラボレーション・プロジェクト= Madvillain 名義で2004年にリリースしたアルバム『Madvillainy』だ。プロデューサーとして絶頂期であった Madlib のビートに独特な世界観と空気感を伴った MF DOOM のラップが乗ったこの作品は、コアなヒップホップ・ファンだけでなく幅広い層の音楽ファンの心を掴み、当時の〈Stones Throw〉のレーベル史上最高のセールス数を記録し、MF DOOM 自身にとっても初の商業的な成功を収めた作品にもなった。

 筆者は『Madvillainy』リリース後にLAにて行なわれたアルバムのリリース・イベントに取材を兼ねて行ったのだが、LAでは滅多に観ることのできない MF DOOM のライヴに対する観客の興奮度の高さは本当に凄まじく、彼のカリスマ的な人気を改めて実感した。そして、ライヴ後にステージ袖でマスクを取って、汗だくになっていた彼の素顔がいまでも忘れられない。

 2010年代に入ってからは、生まれ故郷であるロンドンを拠点に活動していたという MF DOOM だが、ヨーロッパを中心としたライヴ活動に加えて、コラボレーションや客演といった形で実に数多くの作品を発表し続けてきた。最も新しい作品としては、人気ゲーム『Grand Theft Auto V』のために作られた Flying Lotus のプロデュースによる “Lunch Break” が昨年12月に発表され、さらに Flying Lotus は MF DOOM とのコラボレーションEPを制作中であったことも明らかにしている。また、『Madvillainy』の続編に関しても、2011年の時点で MF DOOM 自身の口から制作中であることが発表され、一時は完成間近とも言われていたが、残念ながらいまだにリリースはされていない。しかし、実は水面下でアルバムの制作は継続していたとのことで、いずれ何らかの形で日の目を見ることを願いたい。

Thundercat & Squarepusher - ele-king

 重要なお知らせです。今月下旬に予定されていたサンダーキャットの来日公演、および、2月に予定されていたスクエアプッシャーの来日公演が、ともに再延期となりました。
 海外で猛威をふるう変異種ウイルス、日本国内での入国制限強化、緊急事態宣言再発令の予定など、現在の厳しい状況を受けての判断です。楽しみにしていた方も多いと思いますが、状況が状況ですのでここはぐっとこらえましょう。
 振替や払戻しについては近日あらためて発表されます。チケットをお持ちの方は大切に保管を。

THUNDERCAT、SQUAREPUSHER
来日公演に関するお知らせ

海外での変種ウイルスの感染拡大を受け、12月24日以降の当分の間において、英国からの新規入国拒否および米国からの入国制限を始め、海外から水際対策強化に係る措置が実施されることとなりました。さらに現在では、外国人の新規入国の全面停止も検討されています。またPCR検査の陽性者の拡大を受け、緊急事態宣言の発令も予定されており、そして未だイベントに対する規制緩和も延期されている状況です。

弊社並びにアーティストサイドは互いに協力し、ビザ取得に加えレジデンストラックでの入国、また公演前に15日間の隔離期間を設ける等々、様々な対策を講じることで、予定通り公演を開催すべく準備を進めてまいりましたが、今回の政府による規制強化及び、開催会場のキャパシティ制限などの規制を受けて、公演を再延期せざるを得ない状況となりました。

THUNDERCAT、SQUAREPUSHERともに来日に対する意欲は強く、新たな日程で開催を実現できるよう再調整中です。ご来場を心待ちにしていらしたお客様には、大変ご心配とご迷惑をお掛けいたしますが、振替公演、払戻し等の詳細についても、現在関係各所と調整中ですので、近日改めて発表いたします。

2021.01.27-29 THUNDERCAT JAPAN TOUR 2021 << 公演延期
2021.02.16-18 SQUAREPUSHER JAPAN TOUR 2021 << 公演延期

・現在、振替公演を開催すべく調整中です。既にチケットをお持ちのお客様は、お手持ちのチケットで振替公演にご来場いただけますので、大切に保管していただくようお願いいたします。

・振替公演に都合がつかないお客様には、払戻しの対応をさせていただきます。払戻しの詳細につきましても、現在調整中ですので、お手持ちのチケットを大切に保管していただくようお願いいたします。

外務省:新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の強化に係る措置について

お客様には、ご迷惑をおかけすることになりますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

お問い合わせ:ビートインク info@beatink.com

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ENGLISH

INFORMATION REGARDING
THUNDERCAT AND SQUAREPUSHER TOURS IN JAPAN

Due to the spread of a new variant of the novel coronavirus overseas, on December 24 the Japanese government decided to enforce new restrictions on travel from all foreign countries, including refusal of new entry from the United Kingdom and the United States. In addition, due to an increase in the number of local positive PCR tests, the deregulation of events has once again been postponed.

BEATINK along with both artists were fully prepared to comply with all government regulations including undergoing quarantine in order to make these performances happen. However due to the further tightening of regulations by the government and restrictions imposed on venue capacity, we are now left with no choice other than to again postpone both tours.

Both THUNDERCAT and SQUAREPUSHER are highly motivated to perform for fans in Japan and fully intend to announce new tour dates at the earliest possible moment. We sincerely apologise for any inconvenience caused to customers who have purchased tickets, and we are currently coordinating with all parties regarding new performance dates and refunds, which will be announced very soon.

2021.01.27-29 THUNDERCAT JAPAN TOUR
2021.02.16-18 SQUAREPUSHER JAPAN TOUR 2021

- As the above performances cannot take place as scheduled, we are now in the process or arranging new dates for each performance. If you already have a ticket, please hold on to it and use the ticket to attend the rescheduled performance;

- We will gladly provide a refund to customers who are unable to attend the rescheduled performance date. Details of the refund are currently being arranged, so keep your ticket in a safe place until further notice.

Ministry of Foreign Affairs announcements may be read here.

We sincerely apologise for any inconvenience these new arrangements cause and trust that all understand that these are circumstances completely beyond the artists' or Beatink’s control.

Once again we thank you for your support and understanding.

BEATINK: info@beatink.com

Nothing - ele-king

 シューゲイザーの現在形とは何か。私はその回答としてナッシングの新作『The Great Dismal』を挙げてみたい。なぜか。ここには「陶酔のシューゲイザー」から「覚醒のシューゲイザー」という変化がうごめいているからである。

 サイケデリック・ロック/ノイズ・ロックの極限とでもいうべきシューゲイザーという音楽形式は、伝説的な存在マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、そしてスロウダイヴ、ライドなどのシューゲイズ御三家の圧倒的な影響力のもと、2020年に至るまで世界各地で有名無名問わず幾多のインディ・ロック・バンド(さらにはるシーフィールのテクノ系譜の電子音楽、フェネスなどの電子音響、M83 などエレクトロニカと融合したニューゲイザーなども)によってサウンドの生成と変化を繰り返してきた。
 くわえてブラックゲイズやハードコアなどのへヴィー・ロックからの参入によって、さらなる変化を遂げつつある。つまり陶酔のサイケデリアであったシューゲイザー・サウンドが、覚醒のノイズ・ロックに変貌していったわけだ。例えば米国のデフヘヴン、フランスのアルセストなどはその代表的な存在といえよう。
 その中にあってアメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアのノイズ・ロック・バンド、ナッシングはハードコアやブラックゲイズ由来のシューゲイザー・バンドという意味で非常に特異な存在である。2020年にリリースされた新作『The Great Dismal』もまた一聴するとシューゲイザーの正当な後継に聴こえるが、そのサウンドにははっきりと「陶酔」から「覚醒」という変化を聴きとることができるのだ。

 結論へと先を急ぐ前にナッシングの変遷について簡単にメモをしておきたい。ナッシングは、ホラー・ショウのメンバーであったドメニク・パレルモを中心とするバンドである。2014年にファースト・アルバム『Guilty Of Everything』をエクストリーム・ミュージックの老舗〈Relapse〉からリリースした。2016年にはセカンド・アルバム『Tired Of Tomorrow』、2018年にはサード・アルバム『Dance On The Blacktop』も同レーベルから送り出した。『Tired Of Tomorrow』はピッチフォークで8.0という高得点を獲得し、インディ音楽ファンにも認知が広がった。
 いっぽうメンバーは、いくつかの変遷を経てきたバンドでもある。バンドの影の首謀者ともいえる人物はデフヘヴンの元ベーシスト、ニック・バセットだが、しかし彼はサード・アルバム『Dance On The Blacktop』で脱退し、変わってベーシストとしてフィラデルフィアのハードコア・バンドであるジーザス・ピースのフロントマン、アーロン・ハード(Aaron Heard)が加入した。
 ギタリストのブランドン・セッタもまた『Dance On The Blacktop』を最後に脱退し、USインディアナのポストロック/シューゲイズ・バンドのクロークルームのドイル・マーティンがギタリストとなった。つまりポストロック、へヴィー・ロック系譜のUSハードコア・インディの混沌としたメンバー変遷・構成となっているのだ。
 ここで注目したいのが、本作『The Great Dismal』に、フィラデルフィア出身のハープ奏者メアリー・ラティモアが参加している点である。メアリーはアンビエント的な穏やかな作風で知られる音楽家である。意外な人選に感じられる。フィラデルフィアつながりであろうか。ともあれ彼女の参加はナッシングの音楽性の広さを象徴している。
 バンド発足当時はレーベルのカラー、さらにデフヘヴンの元ベーシストであるニック・バセットがバンドの発足において重要人物であったため、そのシューゲイズ/ドリーム・ポップ的なサウンドながらもいわゆるブラックゲイズに分類されていた。しかしじっさいはパレルモの波乱に満ちた人生(乱闘の末に彼が人を刺してしまい2000年初頭に刑務所で二年間の服役をする。パレルモは正当防衛を主張)に対する音楽療法が主な目的でもあった。つまりシューゲイザー的なノイズ・ギターは、自己/他者への暴力と治癒を表現しているとすべきだろうか。
 他罰と自傷。そのネガティヴな状況の認識と表現をするために、彼らは90年代のインディ/オルタナティヴ・ロックの形式を起用し、00年代以降のドリーム・ポップ的なサウンドも援用したのだろう。まるで現実から夢うつつで浮遊し、いまここの自己を見つめるために。その意味でナッシングは、ハードコア・へヴィ・ミュージックを出発点としつつもジャンルにとらわれない折衷的な音楽表現の場であった。
 ちなみに2019年にリリースされたレア・トラック集『Spirit Of The Stairs - B-Sides & Rarities』にはロウのカヴァー曲 “In Metal”、ライドのカヴァー曲 “Vapour Trail”、グルーパーのカヴァー曲 “Heavy Water / I'd Rather Be Sleeping”、ニュー・オーダーのカヴァー曲 “Leave Me Alone” なども収録されており、彼らがインディ音楽全般を参照にしていることもわかってくる。

 とはいえその音楽の基本的な形式は90年代のシューゲイザーやオルタナティヴ・ロックであることに間違いはない。『The Great Dismal』もまたサウンド面では、モダンな録音によるシューゲイズ・サウンドの追求にこそあるように思える。楽器とサウンドの分離は明晰で、曲によっては弦楽器のオーケストレーションも取り入れた豪華なプロダクションとなっている。90年代以降のインディ・ロックとヘヴィー・ロックが交錯し、モダンなノイズ・ロック/ドリーム・ポップへと至ったとでもすべきだろうか。
 もちろん根底に流れるのはパレルモの無慈悲な暴力への恐怖なのだ。“Famine Asylum” のMVでバットを振り下ろす血まみれの男は、その象徴だろう。ドリーミーな音に、このような映像の組み合わせはショッキングだが、そのようなショックを積極的に表現することがナッシングにおける自己治癒のミッションでないか。このバンドの根底にあるオブセッションは自己/他者に巣食う暴力への恐怖だ。

 『The Great Dismal』の各曲をざっくりと述べていきたい。まず1曲目 “A Fabricated Life” は意外にもアコースティック・ギターとヴォーカルによるフォーキーな楽曲。次第に霧のようなオーケストレーションが折り重なっていく。メアリー・ラティモアのハープも不穏で美しい。
 2曲目 “Say Less” では古い女性の歌声のサンプルが曲のカウントのようにしてドラムが炸裂する。剃刀のようなギター・ノイズの向こうに、ゆらめくヴォーカル、ダンサンブルなビート。90年代のマイブラからの影響が濃厚な曲だが、インディ・ロック系譜のシューゲイザー・バンドが陶酔的なサイケデリックな音を目指していることに対して、ナッシングはハードコア経由の覚醒的なサウンドに仕上げている。
 アレックス・G(!)が参加した3曲目 “April Ha Ha” も出だしのスネアの連打からしてマイブラ『Loveless』の “Only Shallow” を思わせもする曲だが、やはりサウンド全体にキリキリとした切迫感が強く流れている。
90年代のインディ・ロックのようなはじまりの4曲目 “Catch a Fade” も途中から硬めのノイズ・ギターが投入される。5曲目 “Famine Asylum” では、メタリックな響きのノイズ・ギターと硬質なビートのアンサンブルにより、覚醒へと導くような硬質なシューゲイザー・サウンドを展開する。
 以降、6曲目 “Bernie Sanders”、7曲目 “In Blueberry Memories”、8曲目 “Blue Mecca”、9曲目 “Just a Story”、10曲目 “Ask The Rust” まで、ハードコア経由のピリピリとした緊張感に満ちたシューゲイザー・サウンドを展開し、まさに至福とでもいうべき時間が流れていく。中でも10曲め “Ask The Rust” はアルバム屈指の名曲。硬質なシューゲイザー・サウンドのむこうから悪夢から立ち直るようなヴォーカルのコントラストが絶妙だ。
 全10曲(日本盤CDはボーナストラック1曲を追加収録)、本アルバム『The Great Dismal』もまたパレルモの実存的な不安を表象しているアルバムだ。この無慈悲な世界への恐怖と生きることの恐怖を巡る実存的な問いかけと、その恐怖と絶望の記述とでもいうべきか。それは先行きの見えない状況を生きるわれわれにとっても切実な問題でもあるはず。

 『The Great Dismal』は「実存的」不安によって、90年代以降のシューゲイザー・サウンドを深化させた。陶酔から覚醒へ。不安から実存へ。まさに「いまここ」に満ちる不安を強く表現してみせた稀有なアルバムである。

 いまなお語り継がれるサックス奏者、阿部薫。29歳という若さで生涯を終えながら、彼の限界の限界まで荒れ狂う演奏の記録は、その死から40年以上経とうがあらたなリスナーを惹きつけて止まない。昨年も未発表音源を加えたライヴ・アルバム『完全版 東北セッションズ 1971』がリリースされている。
 そして、この度は阿部薫へのトリビュート本というべき『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』も刊行された。これまでにも『阿部薫覚書―1949-1978』(1989)、『阿部薫1949〜1978』(1994)などが出版されているが、大友良英の言葉からはじまる本書もまた、ミュージシャンや文筆家たちが思い思いの阿部薫を語っている。阿部薫や鈴木いずみの原稿もありつつも、アンビエントの伊達伯欣や畠山地平のような人たちも文章を寄せていたりで、あらためて阿部薫の影響力の大きさを思い知る次第だ。このような伝説を語ると必要以上に力んだり、我こそは理解者とでも言わんばかりの文章が集まりがちだが、ほとんどの人が自由に自分の言葉で書いていて、杉本拓の「私は阿部薫やデレク・ベイリーが苦手だった」のようにいろんな視点を楽しむこともできる。
 阿部薫とは、音楽ファンであれば人生の何処かで(しかも10代〜20代の若い頃に)出会うべく音楽であることはおそらく間違いない。そして出会った人たちには、本書をぜひ手に取って欲しいです。


阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった
文遊社
https://www.bunyu-sha.jp/books/detail_abe2020.html

The KLF──ストリーミング開始 - ele-king

 1992年の活動休止宣言以来、すべての音源を廃盤としていたザ・KLF(ザ・JAMs、ザ・タイムローズ、ジャスティファイド・エンシェンツ・オブ・ムー・ムー)が、ついにストリーミング・サーヴィスを開始すると、これが2021年元旦のニュースとして世界に流れたことは、すでにご存じの方も多いことと思います。遅ればせながら、ele-kingでも取り上げておきます。

 ちなみにこのニュースは、最初はロンドンの鉄道橋下に貼られたポスターや落書きによってアナウンスされたようです。まあ、俺たちは俺たちのやり方をいまでもやっているんだぜってことでしょう。大晦日にはジミー・コーティのガールフレンドがその落書き現場の写真をインスタにアップしたことも話題になっているし。……しかし、いい歳なのにすごいなぁ。。。

 ストリーミングのシリーズ名は、「 Solid State Logik」。まずは「1」なので、この後、いろいろ続くのでしょうな。
 なお、懐かしのヴィデオはこちらまで(https://www.youtube.com/channel/UCbsEHtpoQxyWVibIPerXhug)。


Time Cow - ele-king

 ダンスホールに新時代を切り開いたイキノックスからタイム・カウことジョーダン・チャンによるソロ1作目。これがまたダンスホールをさらに未来へと、それもかなり遠く未来へ突き進めるものになっている。アルバム・タイトルの「Live Prog」はリアルタイムでプログラミングを行なったという方法論と「生成発展し続けている」という意味を掛け合わせたものなのだろう。「From Home」はもちろんジャマイカのこと。この変化はイギリスではなく、ジャマイカで起きたことだとタイム・カウは告げ知らせている。レゲエ文化はそのすべてをイギリスに奪われてしまったわけではないと彼は言いたいのだろう。ラヴァーズ・ロックもドラムン・ベースもイギリスで生まれた。しかし、ダンスホールはあくまでもジャマイカで「生成発展」しているレゲエの本流なのだと。

 このアルバムには前日譚がある。イキノックスの2人がバーミンガムのMC、RTカル(RTKal)にジャマイカの首都キングストンで人気のエアーBnBに招かれた時のこと。カルが街の騒音をシャット・アウトしようとしていたのを見て、改装中で使えなかったスタジオの代わりにバーに機材を設置させてもらおうと2人は考えた。3人は2018年にフォックスらを加えて総勢6人で“Jump To The Bar”というオールド・スタイルのダンスホールをリリースしていたこともあり(これはブルージーなフォックスのデビュー・アルバム『Juice Flow』として結実)、夜になるとバーでダンスホールの話で盛り上がり、とりわけ2000年代初めに活躍したエレファント・マンの話になると勢いは増した。3人はエレファント・マンがパロディ文化を広めたことに最も意義があるという点で考えが一致し、言ってみれば彼はグレース・ジョーンズとリー・ペリーがバスタ・ライムスと出会ったジギー(イケてる)なミクスチャーだと。その時に勢いで録音したのが、以下の“Elephant Man”。

 最初はたしかにバーで行われたディスカッションの延長上にある曲に思える。しかし、早々にエレファント・マンがどうしたというMCが途切れ、簡素なビートとひらひらとしたメロディだけになってからは僕はむしろホーリーな気分に満たされ、どちらかというとプランク&メビウス『Rastakraut Pasta』を思い出していた。彼ら自身が「ゴースト」と表現するシンセサイザーの雰囲気も桃源郷を思わせる恍惚としたそれであり、クラウトロックに特有の鉱物的なムードが強い。正直なところ、エレファント・マン云々というエピソードはこの曲のリスナーを限定してしまう気がしてもったいないと思うほどである。『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』も明らかに“Elephant Man”のそうした側面を拡大してできたアルバムで、もしかすると、勢いでできてしまった“Elephant Man”をもう一度再現しようとしてつくり始めた側面があるのかもしれない。いずれにしろ同作はアルバム・タイトルに「Dancehall」と入っていなければミニマル・ミュージックとして認識するリスナーの方が多いかもしれず、ダンスホールとの連続性は作家性の内面に大きく依存するものではある。ダンスホールとは思えないほど抽象化したビートに「ひらひらとしたメロディ」は同じフレーズの繰り返しに置き換えられ、全体的にはアカデミックな印象もなくはない。聴けば聴くほどタイム・カウというプロデューサーのバックボーンが謎めいていく。

 『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』に収められているのは“Part1”と”Part2”の2パターン。淀みなく伸び伸びとした“Part1”に対して”Part2”は少しダークな変奏が加えられ、イキノックスの作品では大きな比重を占めるダブ・テクノとの境界も取り払われていく。“Elephant Man”が醸し出していたホーリーなムードが抑制されているのはちょっと残念だけれど、ダンスホールの可能性をここまで押し広げたものに文句を言うのはさすがにおこがましい。名義もタイム・カウだし、丑年というだけですべてを受け入れてしまおう。

- ele-king

 あけましておめでとうございます。今月からコラムを書かせていただくことになりました、小山田米呂です。普段は学生の身分を利用して得た時間で音楽を作ったり、たまに頼まれたら文章を書いたりしています。
 ここ3年くらい海外の学校に行ってたのですが、なぜかはわからないのですが、オンライン授業に移行したこともあり、久しぶりに東京で生活しております。僕は自己紹介が苦手なので僕のことは追々、少しずつ書いてみたいと思います。
 僕が最近聴いた音楽、買ったレコードのなかからにとくによかったもの、皆さんとシェアしたいものを紹介します(予定)。
 せっかくの機会なので、ele-king読者の聴かなそうなものもを紹介していければと思います。

1. Shitkid - 20/20 Shitkid

 スウェーデンはストックホルム、PNKSLM Recordingsから、ガレージ・ポップ?バンド、Shitkidのアルバムです。Shitkidは Åsa Söderqvistという女性のプロジェクト。僕が彼女を知ったのは2019年の『DENENTION』というアルバムからですが、2016年から活動していて’17年にファースト・アルバムを出していてコンスタントにリリースしています。'17年リリースのデビュー・アルバム『Fish』は割れたボーカル、歪んだギターとディケイのかかった乾いたドラムとシンプルでDIYなサウンド。

ShitKid - "Sugar Town" (Official Video)

みんな大好き長い黒髪と赤リップ
ShitKid - "RoMaNcE" (OFFICIAL VIDEO)

 ミュージック・ヴィデオの手作り感がフロントマンの Åsaをものすごく映えさせている。お金かけてヴィジュアル作ったり外注しても、ここまで彼女を強く、セクシーに写せない、それを自覚しているであろう眼力。ミュージック・ヴィデオはRoMaNcEにも出演したりライヴではベースやシンセを担当したり、かつてはÅsaのルームメイトでもあった相方的存在、Linda Hedströmが作っているそう。 何より星条旗のビキニとライフルがよく似合ってる!!
 過去のインタヴューで彼女はエレクトロニック・ミュージックに対してあまり興味がないようなことを言っていたが、今作は割とエレクトロニカ・テイストを凝らしていて、格段に音質が良くなり、いままでの荒削りな雰囲気より安定感のある印象の曲が多く、Shitkid第二章とでもいうような洗練を感じる。でもローテンションで割れたヴォーカルは相変わらず。自分のいいとこわかってる。
 こういう音楽が好きだと、時を経るごと上手になってきたり、露出が増えて注目されはじめると“普通”になっていっちゃって曲は良いんだけどなんだか寂しいな〜……なんて思いを何度もしているのですが、今作『20/20 Shitkid』はまだまだ僕のなかに巣食うShitkid(クソガキ)を唸らせる。
 パンクでもロックでも、才能でたまたま生まれちゃう名盤よりも、自分の才能に自覚的だったり、もしくは自分に才能がないのがわかっていながらもストラテジックに、少し無理して作られた物のほうが僕はグッとくるのかも。


 2020年、僕もほとんどの人と同じくいつもと変わった1年を過ごしたわけですが、多くの人と違ったのは僕が今年20歳になったということ。いままで何度行きたいイヴェントの会場の前でセキュリティにごねたことか。このご時世、未成年は深夜イヴェントやクラブに出ているアーティストの一番のファンであったとしてもヴェニューは入れられないのです。
 そしてようやっと20歳になったと思ったら誰も来ないし何もやってないじゃないか! 話が違う!
 とはいえ悪いのはヴェニューでもなく、インターネットの余計なお世話でも相互監視社会でもなくコロナウイルスなのです。多くの人から奪われた掛け替えのない時間の代わりに僕らに与えられたのは美しい孤独。

2. Skullcrusher - Skullcrusher

 アメリカインディレーベル〈Secretly Canadian〉からHelen Ballentineのソロプロジェクト、Skullcrusherのデビュー・シングル。アメリカの田舎の湖畔の情景が浮かびます。ニューヨーク北部出身でロサンゼルス在住でこの曲は長い失業中の孤独の中で書いたそう。だいぶノスタルジーとホームシックにやられてるな。しかし僕らも今年家にいる孤独のなかで少年少女時代の豊かな記憶に思いを馳せ現状を憂いたのは一度や二度ではないはず。ただ目まぐるしく世界が動く慌ただしいこの世のなかに飽き飽きしていた人にとってコロナが与えた孤独はなんと優雅で慈悲深く美しい時間であったことでしょうか。このEPはおそらく去年作られたのでしょうが、きっと彼女はその孤独のなかでこの儚いEPを作り上げたのでしょう。目新しく独創的なでは無いけど、繊細で柔らかな声と胸の痛くなるような問いかけをする歌詞は涙ものです。

Skullcrusher - Places/Plans

3. caroline - Dark blue

〈Rough Trade Records〉からロンドンの8人組バンドcaroline。全くやる気の感じられない名前。ほぼインストのバンドで曲もだらだらと長いのですが8人もいるから手数豊富で飽きない。いまの段階ではギター、パーカッション、ヴァイオリンにベースとドラムという編成ですが、元々3人で出入りを繰り返して8人で落ち着いたらしい。派手ではないけどセンス抜群で気持ちの良いタイミングで聞きたい音が入ってくる。さすが天下の〈RoughTrade〉、Black MidiやSOAKなど話題性のあるアーティストも輩出しつつこういうバンドももれなく拾う懐の深さ。

caroline | Pool #1 - Dark blue

4. Daniel Lopatin - Uncut Gems-Original Motion Picture Soundtrack

〈Warp Records〉から言わずと知れた巨人、OPNことダニエル・ロパティン。OPNのニュー・アルバムはすでにele-kingでもその他多くのメディアでも取り上げられていますがこちらも聴いて欲しい……。映画『Good Time』でもダニエルとタッグを組んでいたJoshua and Benjamin Safdie兄弟監督の映画『Uncut Gems』(邦題:アンカット・ダイヤモンド)のサントラです。アダム・サンドラー演じる主人公、宝石商のハワードはギャンブルにより多額の借金を背負っており、ある日手に入れた超デカイオパールを使って一攫千金を狙い、家族に愛人、借金取り果てにはNBA選手も巻き込みどんどんドツボに嵌っていくという映画だが、アダム・サンドラーがいつもの調子のマシンガントークで借金取りをケムに巻こうと幕しているので状況は切迫し、悪化する一方なのにどこか笑っちゃう。だが音楽はどんどんテンポが上がり不安を掻き立て、ハワードの借金は増えて後がなくなっていく。
 なんだか映画のレヴューみたいになっちゃったけど、サフディー兄弟の写す宝石とダニエルのシンセは双方壮大でギラッギラで最高なので映画もサントラもぜひ。

『アンカット・ダイヤモンド』予告編 - Netflix

Behind the Soundtrack: 'Uncut Gems' with Daniel Lopatin (DOCUMENTARY)

5. 坂本慎太郎 - 好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ

〈zelone recordsから坂本慎太郎のシングル。僕は日本のアーティストってあまり聴かないのですが、その理由のひとつは歌詞が直接入ってきすぎて嫌なんです。僕は音楽は歌詞よりも音色が心地よかったりよくなかったり、リズムが気持ち良かったり悪かったりが優先されるべきで、音自体がより本質的だと思っているのですが、坂本慎太郎の歌詞は言葉や詩というよりも楽器的で言葉遊びの延長に感じてファニーだしとにかく気持がいい。

The Feeling Of Love / Shintaro Sakamoto (Official Audio)


 ele-king読者の知らなそうなと冒頭に書いておきながら割とみんなすでに聴いていそうな曲ばっか紹介しております。レヴューという形をとっているので仕方ないですが僕がとやかく言っているのを読む前に一度聴いて欲しい……聴いてから読んで欲しい……
 年末に書き出したのにダラダラしてたら年が明けちゃった。今年から、今年も、よろしくお願いします。
 音楽も作っているのでで自己紹介代わりに僕の曲も是非聴いてください。

filifjonkan by milo - Listen to music

Shades Of Blue by milo - Listen to music

編集後記(2020年12月31日/野田努/小林拓音) - ele-king

 「いや、あのさ、書くことがないんだよね」、昨晩、つまり12月30日の夜である、ぼくは小林に弱音を吐いた。「だってさ、コロナや日本のボンクラ総理のことを書いたって気が滅入るだけだし、かといって、自分から取材をしたいと言いながら(テープ起こしを編集でやったにも関わらず)原稿を落とした某ライターのことをここで愚痴っても自分の気持ちが荒むだけだし、なんかこう、年末だしさ、ちっとは希望が見えるようなことを書きたいんだけど、そのひとつは、アレかな、アンダーグラウンドで思い切りディープな音楽を作っている人たちは、いま、配信によって毎月そこそこ稼げるようになっているってことかな。これは90年代にはなかったことだよ。国内でCDを売ってもせいぜい三桁しかいかなかったような作品が、いまではその音楽に独創性と魅力があれば、フィジカルに頼らなくても、ある程度は金になる。ことエレクトロニック・ミュージックを作っている人たちには夢がある時代だよな」
 それからぼくは小林に、90年代の日本のテクノ(とくにダンス系)の音楽的な拙さがどれほど重要だったかを説明した。何故かと言えば、ちょうど紙エレ年末号でその手の特集があり、ぼくは92〜93年ぐらいのUKのテクノと同時に日本の90年代も聴いていたのだけれど、いや、「俺たち何もわかっちゃいなかったんだな」ということをあらためて認識していたというか、そしてその「何もわかっちゃいなかった」がゆえのパワーというものもあらためて確認したばかりでもあったのだ。技巧的によくできただけの音楽になんてどれほどの価値があろうか。少なくとも10代のガキどもを踊らせるほどの、有無を言わせぬ求心力というものは、ただ上手い/洗煉されている/独創性に富むだけの音楽では不充分だった。再評価や再発見というアプローチはもちろん重要だし、敬意を払うべく過去があることも知っている。当時はさほど騒がれなかったが、自分の意志を貫いたがゆえあとから評価されることは僥倖などではない、しかるべきときが来たということにほかならないだろう。だが、と同時に、歳月のなかで色褪せようとも、その瞬間において強烈なパワーを放っていた音楽のことも忘れてはならいということだ。それは若さの特権である。
 だがな、小林、スリーフォード・モッズは若くない、40過ぎのオヤジがやっているからこそ意味があるんだぞ。ジェイソンが若くて昔のポール・ウェラーみたいな二枚目だったりしたら、スリーフォード・モッズの意味は変わってくる。わかるか、スリーフォード・モッズは緊縮財政にも資本主義にも人種差別にも階級社会にもエリートにも怒っているが、アンチエイジングやルッキズムにもむかついているんだよ。
 小林に唯一無二の点があるとしたら、スリーフォード・モッズがいかに素晴らしいのかを日本でもっとも聞かされているということが挙げられるだろう。あのな小林、スリーフォード・モッズが『オーステリティ・ドッグス』を出したとき、UKのあるメディアは「政治家たちの虐殺ショー」とまで評したんだぞ。俺に言わせればな、いまスリーフォード・モッズを聴かないのは、90年前後にザ・KLFを聴かなかったに等しいんだ。UKの知性派/論客たちがどれほどシリアスに彼らを論じてきたか、ぜんぶ訳して紹介したいくらいだ。あれは、いわば進化したタイマーズのようなものだ。こうした言葉を小林は、この半年だけでも最低10回は聞いているはずである。不憫な男よのぉ。

 「今年大変な世の中になり、皆さんの生活のなかでサッカーが本当に必要なのか、エスパルスは本当に必要なのかという状況になったと思います」、これは清水エスパルスの最終戦における、チームキャプテンである竹内涼選手の試合後の挨拶の冒頭の言葉である。同じことが音楽にも言えるだろう。経済的な窮地にある企業の後ろ盾のない個人経営のライヴハウスやクラブ、リハーサル・スタジオの現場スタッフの心中は、察するにあまりある。だが、巨視的に見れば、このパンデミックは「生活のなかで音楽が本当に必要なのか」という問いも突きつけている。とくに新しい音楽はそうだ。それはいまこの瞬間において強烈なパワーを放っていなければならない。Saultやスピーカー・ミュージックがそうだったように、オウテカの新譜がそうだったように。もちろん同様の問いは我ら音楽メディアにも向けられている。「生活のなかで音楽メディアが本当に必要なのか」

 がんばらないとな、続けられているうちは。これは小林ではなく、自分に言い聞かせている。2021年もよろしくお願い申し上げます。

野田努

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 冷徹なループが頭のなかをかけめぐっている。スリーフォード・モッズがいかにすばらしいか、この半年だけでも最低10回は聞かされている。犯人たる工場長同様、コロナをめぐるあれこれについては書かない。うんざりするだけだろうし、みなさんもいまさらそんなこと読みたくないでしょう。

 2020年は、かつてないくらいの勢いで音楽のレジェンドたちが旅立っていった。この追悼ページをざっと眺めるだけでも、ペースがものすごいことになっているのがわかる。個人的にいちばんショックだったのはアンディ・ウェザオールだが、彼については年末号で追悼特集を組んでいるので、ぜひご一読いただければ幸いです。
 そしてもうひとり、音楽家ではなく人類学者だけれど、デヴィッド・グレーバーとの別れ。ぼくの力量不足のせいで彼の追悼文を掲載できなかったことは、2020年最大の心残りだ。精進するしかない。
 ところで彼はよく「ケア」ということばを用いていた。それは「想像」のことだと、ぼくは解釈している。他人へのケアがないこと、想像が及ばないこと、それはこの未曾有の一年を振り返るとき、ひとつ貫徹するものとして抽出できる要素ではないだろうか。
 日本政府だけではない。音楽だってそうだ。たとえば海外の動向、SNS主導(?)の日本とは異なる観点からの批評、それらを見向きもしないこと、それもケア=想像の欠如だと思う。冷徹なループが頭のなかをかけめぐっている。スリーフォード・モッズがなぜすばらしいのか、しっかり日本で語っているひとがどれほどいるというのか? メディアとして ele-king は、ちゃんとそういう「内輪」の外からの視点も提供できるようにしていきたい。

 2020年、ele-king books は27冊の本を刊行した。昨年とおなじ話になってしまうが、どの本も時流を見すえつつ、独自の視点やアティテュードを呈示できるようつくっているつもりだ。来る2021年もいろんな企画が控えている。なので、楽しみに待っていてください。

 それでは、良いお年を。

小林拓音

音楽が聴けなくなる日 - ele-king

 ぎょっとするタイトルだ。音楽が聴けなくなる日。それはストリーミングなる形態がはらんでいる大きな問題のひとつで、グローバル企業なりレコード会社なりがひとたび「これは消す」と判断してしまえば、あるいはその運営主体が消滅してしまえば、ぼくたちは音楽を聴くことができなくなる。2019年3月13日のあの日、フィジカル盤を持っておくことの重要性に気づいたひとは少なくなかったのではないだろうか。
 社会学者の宮台真司、永田夏希、音楽研究家のかがりはるきによる共著『音楽が聴けなくなる日』は、ピエール瀧の逮捕後に起こったソニーによる電気グルーヴ作品の出荷停止や在庫回収、配信停止に触発されて書かれた本で、その背景や経緯を知るのみならず、「自粛」の奇妙さ・不気味さに気づくためのヒントに満ちあふれている。

 いちばん読みやすいのはかがりによる第二章「歴史と証言から振り返る「自粛」」だ。アーティストがパクられたときにその作品などを「自粛」する慣習がいつからはじまったのか、時系列で確認できるようになっている。興味深いのは、起点のひとつが89年の BUCK-TICK に設定され、もうひとつの起点が99年のマッキーに置かれているところ。ご存じのように、89年は昭和天皇が「崩御」した年であり、99年は平成天皇の即位10周年を祝う式典が催された年だ。電グル騒動が発生した2019年もまさに代替わりの年にあたるわけで、「自粛」運動が天皇制とリンクしている可能性をあぶりだしたことは、本書の慧眼のひとつと言える。
 その電グル騒動を具体的に追ったのが永田による第一章「音楽が聴けなくなった日」だ。「自粛」運動がとくにポリシーにもとづいて為されたものではないこと、たんに機械的に前例を踏襲しただけのものであること、すなわち思考停止の結果であること、たちの悪い「ことなかれ主義」であることが、社会学の知見を用いつつ丁寧に解き明かされていく。暴力的にまとめてしまえば、ようするにみんな他者の目線を気にしすぎでしょうよ、という話だ。そしてそれこそがいまの日本社会ないしは「(液状化した)近代」(バウマン)の性格でもあるだろう、と。
 この章でひとつだけ気になったのが、何度かエクスキューズ的に挿入される「法令を守るのは当たり前のこと」という記述だ。そう書いてしまうと、法令で決まっていることはなんでもかんでも正しいとみなす、現代日本社会のそれこそ「ことなかれ主義」を追認してしまうことになりかねないのではないかしら、とちょっと心配になったのだけれど、その伏線は第三章でしっかり回収されることになる。

 先日 Zoomgals のMVへの出演で話題をさらった宮台真司、彼による第三章「アートこそが社会の基本だ」こそ本書の核を為している。法なんてものは統治の必要から制定されているにすぎず、したがって「仕方なく」しぶしぶ従うものであり、間違っても道徳などではない。それに、人間や人間が生み出す芸術や表現はもっと大きなもので、法なんかにはとうていおさまりきらない──ゆえに、悪影響があるとか犯罪者だからといった理由で作品を封印する措置に、合理性は1ミリもない、という話。
 と、これまた強引にまとめてしまったが、やはり宮台節──論理展開とそのスピード感──それじたいも、この章の醍醐味だろう。たとえば、作者と作品の関係性について。「作者と作品は別物」というのはよく言われることだけれど、その根拠を彼は、人間が必ずしも主体ではない点にもとめている。表現とは「降りかかってくる」ものであって主体がつくったものではない、ゆえにその主体に貼られたラベルは作品と関係がない──というロジックで、まさしくこれはシュルレアリスムの「オートマティスム」からロラン・バルトの「プンクトゥム」まで、数々の文学的思考によって実践されてきたことだ。
 浩瀚な知識と卓越した整理──なんて書くと凡庸なコピーみたくなっちゃうけど、じっさい電グルを出発点に、1万年以上まえの人間の営みまで参照されるからおそろしい。『負債論』にせよ『サピエンス全史』にせよ、ここ10年ほど巨視的な観点から現在の状況をとらえ返す書物が目立つが、宮台もまたその流れに乗っているとも言える。ミクロに考えることに慣れすぎてしまうと見えてこないものは、たしかにある。

 正直、彼の天皇主義者的な部分や安倍支持・トランプ支持にはまったく賛同できない。でも、彼が「このクソみたいな社会を変えたい」と本気で思っていることは間違いない。端的に、情熱がある。彼のことをなんとなくのイメージで毛嫌いしているひとはかなり多いと思われるが、しかし宮台はシニカルでもなければニヒルでもない。ストレートに、かなりアツい人間なのだ。地に足がついているというか、研究室で仮説を組み上げるのではなく(いやそれもやってるんだろうけど)、「そんなことまで?」と驚くほど多くの地道な作業を積み重ね、クソに抗おうと奮闘している(電グル騒動にいちはやく反応したのもそうだし、Zoomgals のMVへの出演だってその一例かもしれない)。そしてなにより彼は、その思考を一般に向けて開こうとしている。頭がいいだけの連中ならいくらでもいる。だが閉じないひとはそう多くない。そういう意味で彼は、かつて主流ではなかったテクノを一般の人びとへと開いた電気グルーヴと、共振しているとも言えるだろう。
 音楽が聴けなくなる日──彼のような存在がいるかぎり、あるいはあなたがそのような知的営みに手を伸ばすかぎり、けっしてそんな日は訪れないのかもしれない。

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