「!K7」と一致するもの

MIKE - ele-king

 僕がマイクをはっきり意識し出したのはつい数年前のことだ。NYを拠点に活動するこのラッパーが、あのシスター・ナンシーを“Stop Worry!”というレゲエ調の曲で大々的にフィーチャーしたときだった。『Beware of the Monkey』(2022)というミックステープに入っているこの曲の、80年代のダンスホールのデジタルなビートのパンチ力をいまの感覚で強調したような洒落た音響、マイクのねっとりとしたフロウ、それと好対照をなすシスター・ナンシーの「WAKE UP!」という力強い煽りとMCの組み合わせが素晴らしかった。ビートは、マイクがDJブラックパワーという名義で作っている。

 シスター・ナンシーとはジャマイカの女性ディージェーの先駆者で、言わずと知れた代表曲“BAM BAM”が数多くのヒップホップの楽曲にもサンプリングされてきた偉大な人物だが、残念ながらご多分に漏れずというか、男性支配の強いヒップホップ/レゲエのシーンでその存在が正当に評価されてきたとは言い難い。マイクとの共作が、2023年にジャネール・モネイが“The French 75”(『The Age of Pleasure』収録)にシスター・ナンシーを招くきっかけになったかもしれない、というのは深読みだとしても、ともあれ僕は最初、そういうわけでマイクに興味を持った。

 それともうひとつ、プロデューサーのトニー・セルツァーとの2024年の共作『Pinball』に収録された“R&B”も大きかった。曲名からして遊んでいるし、事実、90年代のスロウジャムをスクリューしたり、早回ししたりしている。MVの字体やアートワークは00年前後のUKのクラブ・ジャズ系のデザインへのオマージュのよう。こうした、雑多で洒落たサウンドやセンス、いかつさよりもしなやかさを感じさせるラップが、僕の彼への関心を高めた。いまどき風変わりなラッパーがいるんだなと。

 とはいえ、マイクは2015年からbandcampで作品を発表しはじめ、2017年のアルバム『May God Bless Your Hustle』でその名を広く知られるようになったから、本格的なキャリアは10年ほどになる。同じくNY拠点のラッパー、ウィキと、先日エリカ・バドゥとの新作を準備中であるとの情報が流れ、われわれをまたもや驚かせてくれたビートメイカー、アルケミストとの『Faith Is a Rock』(2023年)という共作もある。2024年には来日も果たし、国内でも近年、より注目が集まっている。そのときのライヴの熱気を、『ele-king presents HIP HOP 2024-25』掲載の対談で、PoLoGod. と$hirutaroが報告してくれている。マイクの声量はすさまじく、KRS・ワンの“Return of the Boom Bap”を彷彿とさせるヴァイブスだったという。それは意外な証言で、嬉しい驚きだった。

 そんな1998年生まれのマイクが最初にラップしたのがマッドヴィラン(マッドリブ×MFドゥーム)の“ALL CAPS”のビートだったというのは、彼の音楽性を象徴するエピソードだ。13、4歳のころだ。その曲には、MFドゥームをすべて大文字のアルファベットで書くのを忘れるな、というようなリリックがあるのだが、マイクが、「MIKE」とすべて大文字で表記するのはその影響でもある。ちなみに“ALL CAPS”が収録された名盤『Madvillainy』のデモ・ヴァージョンが最近リリースされて話題を呼んでいる。

 マイクの最新アルバム『Showbiz!』から、その『Madvillainy』や、J・ディラ『DONUTS』、アール・スウェットシャート『Some Rap Songs』を連想するのは難しくない。じっさい“Burning House”という曲では『DONUTS』の“Workinonit”と同様のサイレン音が用いられている。『ピッチフォーク』のレヴュワーが指摘するように、1分半から3分以内の全24曲は、たしかに『DONUTS』のサイケデリアの系譜にあると言えるだろう。シャカタクのような流麗なフュージョンからソウルフルなダンス・クラシックまで、さまざまな楽曲のツボを押さえたサンプリングと、その絶え間ないループが本作の大きな魅力のひとつだ。

 そんなアルバムのなかで、僕は、20曲めのビートレスの“Showbiz! (Intro)”から最後の“Diamond Dancing (Broke)”までの展開を特に興味深く聴いている。ニューエイジ・リヴァイヴァルやアンビエントと共鳴していると説明すればよいだろうか。そのクライマックスは、ギャングスタ・ラップの始祖のひとりであるジャスト・アイスの一節をアイロニー込みで引用し、愛にあふれた父親の留守電を挿入する冒頭曲“Bear Trap”につながっていく。

 最後にひとつ。ビリー・ウッズ(政治的にラディカルなNYのラッパー)が、アメリカの左派メディア「Jacobin」から最近受けたインタヴューで、「もっと知られるべき政治意識の高いヒップホップ・アーティスト」の推薦を求められ、エルーシッドやノーネームとともに、「個人的ななかに政治的な側面を見出す、質が高く、興味深いアンダーグラウンド・ミュージック」としてマイクを称賛していた。僕はそれを知って膝を打った。マイクは2024年のシカゴにおけるライヴの最後にパレスチナの国旗を体に巻き付けてパフォーマンスしたという。

caroline - ele-king

 carolineのデビュー・アルバム(2022年)を年間ベスト・アルバムの3位にしたエレキングとしては嬉しい限りです。キャロラインが帰ってきた(どこかに行っていたわけじゃないけれど)。そう言いたくもなるでしょう。3年ぶりの新曲“Total euphoria”です。これを聴いてアルバムを待ちましょう。

caroline - Total euphoria (Official Video)

以下、BEAT INKから送られてきたメールより。

この曲の最初のヴァージョンは、2020年に(マイク、キャスパー、ジャスパーの)3人で演奏したもので、僕たちがファースト・アルバムを制作していた時に書かれたものなんだ。「Natural death」の後半部分のギターと似たスタイルで、不規則だったり、シンコペーションが混ざっていたりするんだけど、もっとワイルドで雑な演奏で、所々でロックのブロークン・ビートが炸裂するような感じだった。この曲は、当時僕たちが書いていた曲やレコーディングしていた曲とはどうも合わなかった。でもこの曲には、後で掘り下げてみたいと感じる何かが潜んでいた。最終的には20分間続けて演奏するのに気持ちのいい曲となった。この曲は当時の僕たちとしては異例とも言えるほど一貫して”うるさく”、全力で演奏している感じが特に気持ちよかった。また、全員が同時に3つの異なるリズムを演奏することで、どこまでも循環しているような感じがあった。ジャスパーがメインのコードを担当し、歌うのにぴったりの素晴らしいトップラインをたくさん書いてくれた。そして、残りのバンド・メンバーと他のパートをすべて合わせ、曲の構成を固めていった。ジャスパーとマグダがユニゾンで歌うスタイルも、とてもいい響きになることに気づき、彼らはさらにヴォーカルとハーモニーを書き加えた。
- caroline

キャロラインの創設メンバーであるキャスパー・ヒューズ、ジャスパー・ヒェウェリン、マイク・オマリーの3人は、2017年に一緒に楽器を演奏するようになった。ヒェウェリンとヒューズはマンチェスターの大学で出会い、ロンドンに移住した際に、ヒェウェリンの旧友マイク・オマリーを誘ってグループを結成し、サウス・ロンドンにあるパブの2階でリハーサルを始めた。バンドのサウンドが拡大するにつれてメンバーも増え、最終的にはトランペッターのフレディ・ワーズワース、ヴァイオリニストのマグダレナ・マクレーンとオリヴァー・ハミルトン、パーカッショニストのヒュー・アインスリー、フルートやクラリネット、サックス奏者のアレックス・マッケンジーを加えた8人編成となった。2019年末にバンド編成が落ち着く頃には、楽曲も広がりのある感情的な作品となり、その豊かなパレットには、コーラス、アメリカ中西部のエモ、オマリーとヒェウェリンのルーツであるアパラチアン・フォークが混在している。2022年2月にリリースされたセルフ・タイトルのデビュー・アルバム『caroline』は、ジョン・スパッド・マーフィー(ブラック・ミディ、ランカム)がミックスを担当し、The QuietusやLoud & Quiet誌の「2022年の年間トップ5アルバム」に選出された。また、Rolling Stone誌の「トップ10新人アーティスト」にも選出された。

label: Rough Trade Records
artist: caroline
title: Total euphoria
release date: Out now
https://caroline.rtrecs.co/total

Damo Suzuki +1-A Düsseldorf - ele-king

 トーマス・ディンガー(ノイ!のクラウス・ディンガーの実弟)を中心としたバンド、1-Aデュッセルドルフにダモ鈴木が全面参加したセッション時の秘蔵音源が発売される。1986から1994年にかけてレコーディングされたものだそうだが、カンのポストパンク版というか、なかなか興味深い一物である。
 ダモ鈴木といえば、いつか、ブラック・ミディとのセッションも発売して欲しいなぁ。
 
 *なお、このリリースに併せて、2016年にリリースされた1-A Düsseldorf の『Uraan』もリイシューされます。また、Suezan Studioメーカー直販で上記の『錆』をお求めの方には、先着順で アルバムのディスク3(非売品)をプレゼント。詳しくはホームページをどうぞ

Damo Suzuki + 1-A Düsseldorf
錆 (Rost)

SUEZAN STUDIO

以下、〈SUEZAN STUDIO〉のホームページから。

ダモ鈴木が全面参加した1-Aデュッセルドルフの最初期音源がついに公開!

クラウトロック史をゆるがす幻の音源がついにヴェールを脱いだ! トマス・ディンガー(ex. ノイ!、ラ・デュッセルドルフ)、ニルス・クリスチャンセンらによって結成された〈1-Aデュッセルドルフ〉が、ダモ鈴木(ex. カン)をヴォーカルに迎えた秘蔵セッション。本作は1-Aデュッセルドルフのファースト・アルバム『Fettleber』(1999)以前、1986~94年のバンド黎明期にレコーディングされたものだが、いちども公開されることもなく長いあいだ封印されていた、いわくつきの音源である。
トマス・ディンガーが〈ラ・デュッセルドルフ〉を脱退し、ダモ鈴木は〈ドゥンケルツィッファー〉の次なるステップとして〈ダモ鈴木バンド〉に活動の場を移しだした時期に録音された音源であり、彼らが次なるサウンドを模索し、試行錯誤の場として新たなプロジェクト〈1-Aデュッセルドルフ〉を始動させた歴史的ドキュメンタリーだ。最新デジタル技術で旧メディア音源を復刻。限定プレス・日本独占リリース!
※古い録音のため一部にお聞き苦しい箇所がございます。

プロフィール

ダモ鈴木+1-Aデュッセルドルフ (Damo Suzuki +1-A Düsseldorf)
ノイ!、ラ・デュッセルドルフのメンバーだった故トマス・ディンガーを中心に、デュッセルドルフ界隈のミュージシャンたちで1986年に結成された。バンド名の考案者はクラウトロック界のゴッドファーザー、コニー・プランク。メンバーは比較的流動的で、初期にはダモ鈴木(カン)も参加していたが、1999年にトマスとニルス・クリスチャンセンを中心に制作されたファースト・アルバム『Fettleber』でアルバム・デビュー。以降はふたりを主軸に4枚のアルバムが発表された。ノイ!が持つダウナーでヒプノティックなエレメントだけを抽出し、独自解釈に拡大させたようなサウンドは各方面から注目を集めた。2002年にトマス・ディンガーが他界してからは、ニルス・クリスチャンセンとステファン・ドムニッシュ、ディアク・フラーダー(ラ!ノイ?)によって活動は継承され、現在も意欲的に新作に取り組んでいるという。

interview with Roomies - ele-king

 名は体をあらわす。ルームメイト=ルーミーズを名乗る彼らはまさにそんなバンドだ。キャッチーなネオ・ソウル・サウンドを基調とするその音楽は、互いへの確固たる信頼、親密な関係性が構築されているからこそ響かせることができるにちがいない、ハッピーなフィーリングに満ち満ちている。その仲睦まじさは今回の取材中、撮影中にも垣間見ることができたけれど、じっさい彼らは「Roomies House」と名づけられた一軒家で寝食をともにしながら、セッションやレコーディングをおこなっているようだ。
 もともとはハードコア・バンドをやっていたという及川創介(シンセサイザー)。マイケル・ジャクソンに憧れて歌いはじめたKevin(ヴォーカル)。アイルランドのパブで演奏していた高橋柚一郎(ギター)。ディズニーシーでキーボードを弾いていた斎藤渉(ピアノ)。それぞれ異なるルーツをもつ彼らは2019年、及川を中心に、ベースとドラムスを加えた6人でルーミーズを結成。2021年には配信でファースト・アルバム『The Roomies』を発表するも、その後バンドの屋台骨たるベース&ドラムスの脱退という危機的状況に見舞われる。関係性を重視する彼らは無理に新メンバーを迎えることなく、4人組として再起をはかったわけだが、今年1月にリリースされた最新作『ECHO』は、そんな彼らが4人編成となって初めて送り出す、二度目のデビュー作とも呼ぶべきアルバムだ。
 仲のよさというものは、しかし他方で、容易に「内向き」の表現へと転ずる危険性を有してもいる。いわゆる内輪ノリ、身内ネタというやつだ。だからだろう、今回彼らは「外向き」であることを意識したという。はたしてその成果やいかに──なにはともあれまずは2曲目の “Like This Before” を聴いてみてほしい。デジタル・シングルとして昨年末先行リリースされたこの曲は、たとえばとくに音楽ファンではない人びとの心をも鷲づかみにするだろう、キラーなポップ・チューンに仕上がっている。目的はみごと果たされた、と。
 そもそもKevinの「グラミーを獲りたい」という話からスタートしたルーミーズ。会心の1曲を含むセカンド・アルバムを完成させた彼らはいま、どんな心境にあるのか。及川とKevinのふたりが取材に応じてくれた。

夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。(Kevin)

Roomiesは及川さんを中心に2019年に結成されたそうですが、及川さんはその前にCICADA(シケイダ)というバンドをされていたんですよね。

及川創介(以下、及川):最初はトリップホップをやりたいというところから集まったバンドで、次第にR&Bになっていきましたね。リーダーが、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドに日本のACOさんのような音楽性を混ぜたようなことをやろうとしていて、ぼくは最後に入ったメンバーでした。もともと自分ではDTMをやっていたんですが、そのバンドでレコーディングしたりミックスしたりアレンジしたりする機会が増えて、その経験がいまのRoomiesにも活かされていますね。

Roomies自体はどうはじまったのでしょう。

及川:まず、前身にあたるLotus Landというバンドがありました。もともとはリーダーでベースのエイちゃん(吉川衛)に、ドラムスとキーボードの3人組だったんですが、ドラムスとキーボードが抜けて一度止まって。その再始動の際に誘われたんです。新しいドラムスと、キーボードのぼくにギターの(高橋)柚一郎が加わって4人組になりました。エイちゃんはファンカデリックやスライを永遠に聴いているようなソウル~ファンクのひとだったんですが、バンドではそれとはちょっとちがう新しいことをやりたいということで、ダフト・パンクを参照したりしながらハウスっぽい、4つ打ちのクラブっぽいサウンドをバンドとしてやっていましたね。
 その4人のときはインスト・バンドだったんですが、ぼくはやっぱり歌モノがやりたくて。あと、ぼくはシンセサイザーが好きなので自分はシンセを弾きたかった。そこでピアノのわっくん(斎藤渉)に入ってもらって、ぼくはシンセ担当になって。それでじゃあ歌はだれにしようってなったときに、昔わっくんのソロ音源のヴォーカル・レコーディングのときに一度だけ会っていたKevinの声を覚えていたので、連絡してみたんです。そしたらちょうどKevinもバンドをやりたいタイミングだったから、じゃあ6人でやろうということでRoomiesがはじまりました。
 ただその後、ベースのエイちゃんとドラムスが抜けてしまって、現在はぼくとKevin、(高橋)柚一郎、わっくん(斎藤渉)の4人組ですね。

なるほど、メンバー構成はけっこう紆余曲折を経てきたんですね。KevinさんはRoomiesに加入する前はどんな活動をされていたんですか?

Kevin:ぼくは23、24歳くらいのころに石川から上京してきて、最初の1年くらいはずっとソロで活動していました。渋谷のBar Rhodesとか、わりと小さいところで歌っていたんですけど、東京の目まぐるしさだったりいろんなストレスが重なって、一度精神的に参っちゃったんです。それで1年くらい音楽活動から離れていた時期があって。「このまま終わっちゃうのかな」と思う一方で、でもどこかでまた歌いたいっていう気持ちもあって。そしたら1年後くらいにピアノの斎藤渉くんから連絡が来て、ひさびさに一緒にライヴしないかって誘われたんです。もうふたつ返事で「やります」って答えて。その日のライヴが終わったあとに、「じつはもうひとつ話があって、バンドやらない?」と話されて。即答で「やります!」と。それがRoomiesのはじまりでしたね。

及川:運命的なことがあったんだよね。

Kevin:ほんとうに運命的でしたね。ちょっと信じられないくらい。盛らずに言いますけど、ずっと休んでいた時期のある日に、夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。でも、バンドの誘いではなかったから、さすがに完全に夢どおりにはならないかって思ってたんですけど、ライヴが終わってわっくんの車に向かってるときに「もう一個話があって」って言われたときに、完全にピンと来て。「もしかしてバンド?」って、俺が先に言ったんです。そしたら「そうそう、バンド、バンド! 一緒にやんない?」って。

そんなことあるんですね。完全に予知夢ですね。

及川:マンガの『BECK』のような(笑)。

Kevin:夢自体はよく見るんですけど、それまでそんなことはなかったですね。でもこの話、ぜんぜん信じてもらえなくて(笑)。

まあ冷静に考えたら、「バンドに誘ってもらいたい」みたいな願望があったから、そういう夢を見たってことかもしれないですね。でもタイミングはすごいですよね。

Kevin:そうなんだと思います、たぶん。

Roomiesをはじめる時点で、いまのようなポップなネオ・ソウル・サウンドで行くというのは決まっていたんでしょうか?

及川:最初はちがったよね。

Kevin:ぜんぜん決まってなくて。それぞれやりたいことがちがっていました。ベースはファンクの歌モノ希望で、どんな曲も硬めのワン・ループで。ドラムスはとにかく音数を少なくしてミニマルに、という感じで。あとロウファイにする方向でどんどん音がこもっていったり。ピアノのわっくんはもともとディズニーで働いていて、『アラジン』のピアノ演奏とかもやっていたので、きらきらした音色にしていったり。

及川:ギターの柚一郎はできるだけギターを引っこめたがっていたし、ぼくはそれらをとにかくまとめなきゃいけないという感じで。Kevinはまだなにをやりたいかわからない、みたいな感じだった。

ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。(及川)

いまのサウンドが確立されるに至った転機のようなものはあったんですか?

及川:最初にできた “I just fell in love with you” からかな? まだ方向性がちゃんとは固まっていないときに、イケイケな曲ができちゃったんです。エイちゃんがこういうベース弾きたいって言って、だれかがリファレンスをもってきてジャムって。小平の宿泊施設付きの安いスタジオみたいなところで2泊くらいしていたときでした。すごいウイスキーを飲んでたよね(笑)。

Kevin:お酒の力を借りて、みんな仲よくなって、ジャムって(笑)。でもあのとき、めちゃくちゃスキャットマン・ジョンを聴いてたでしょ。ほんとうにずっと。朝方のめちゃくちゃ眠い時間に爆音で流すんですよ! こいつらなんなんだろうって思って(笑)。

及川:(爆笑)。Kevinは人見知りだから、最初は馴染んでなくて。でもKevin以外はけっこう長かったから、そういうことを。

Kevin:そうそう、そういうもともと仲よかったひとたちがスキャットマンをひたすら流してて、「これ、やっていけんのかな?」って思ってた(笑)。

たしかに、すでに関係性ができている輪に入っていくのは大変ですよね。

及川:当時はKevinがいちばんアウェイだったというか。

Kevin:最初は創ちゃんが「こっち来なよ!」って声をかけてくれなきゃ近くにいけないくらいで。

Roomiesっていうバンド名にはすごく仲のいい感じが出ていますよね。このバンド名にしたのは?

及川:みんな仲がいいから。ずっとわいわい笑いながら音楽をやっていて。だからルームメイトのスラングであるルーミーズっていう単語はしっくりきました。もうこれにしようってバッと決めましたね。そうすると、ルームメイトにふさわしい家が欲しいよねという話になり、いろいろ経つつ、一軒家を借りることができて。

その一軒家はウイスキーのところではないんですよね。

及川:三度目のウイスキーですね(笑)。1回目のウイスキーはギターの柚一郎の実家が那須でペンションをやっていたので、そこで。2回目が、さっきの小平の「絶望スタジオ」(笑)。

なんで「絶望」なんですか?

及川:ハウりまくってて(笑)。

Kevin:あれはやばかったね(笑)。

及川:立地とか広さはすごくよかったんですけど、機材がかなり悪くて。ハウるし、ヴォーカルもぜんぜん聞こえない。ちゃんとした設備じゃなかったんです。いちばん安かったからそこにしたんです。時間を気にしたくなかったっていうのが大きくて。たとえばスタジオに入って4時間ひとり3,000円ずつ払って機材ももっていって、2時間半くらい練習したら片づけをはじめて……みたいなやり方じゃいい曲はできないな、ってみんな直感で思ってて。終わりを気にせずやれないとダメだっていう理由から、毎度泊まりでスタジオに入るようになって。「それならもう住もう!」ってことになって、いまの一軒家に行き着きました。

ファースト・アルバムの『The Roomies』もそこで生まれて。

及川:そうですね。Kevinはあのときどんな感じでアルバムができていったか覚えてる?

Kevin:もう必死でしたね。やっぱりみんな音楽性がバラバラだったから、なにが正解かもわからず、迷いながらやっていて。ドラムスは落ち着いたローファイ志向だし、創ちゃんは歌がきらきら輝く曲にしたくて。

及川:ぼくはメンバーのなかではいちばん売れたい欲が強くて。売れる曲をつくりたいっていう感じで(笑)。

Kevin:どうなりたいかみたいなことについてはあまり話し合ってなくて、とりあえずセッションして、奇跡的にみんなが「これいいじゃん」って思える曲をブラッシュアップしていく感じでしたね。ファーストはそういう曲ばっかりでした。

及川:そう。テーマとかコンセプトは決めずに、できたものからいいと思ったのだけを選んでつくりました。

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10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。(及川)

それぞれの音楽的背景をお伺いしていきたいんですが、最初に音楽に興味をもったのはいつごろですか?

Kevin:ぼくは、母が歌手をやっていたので、物心ついたときから音楽はずっと身近にありました。母がよく歌っていたので、一緒に歌いたいなと。カーペンターズとか、ポップス系を歌っていましたね。スティーヴィー・ワンダーとか。演歌も歌っていましたけど基本的にはポップスで、ああいうわかりやすいメロディのあるものがずっと好きでした。転機になったのは、マイケル・ジャクソンを知ったときですね。小学生のとき、父の会社に遊びに行ったときに、しばらく待たなきゃいけない時間があって。「ヴィデオでも見とけ」ってテレビの前に座らされて。そこで見たのが、マイケル・ジャクソンが “Billie Jean” でムーンウォークを初めて披露した映像で。「かっけー」って思って、そこから音楽にのめりこみましたね。

Kevinさんのヴォーカルはよくマイケル・ジャクソンと比較されると思いますが、まさにマイケル・ジャクソンがきっかけだったんですね。

Kevin:そうですね。マイケルの影響は大きいです。あの日本の曲にはないグルーヴ感と、あの独特の歌い方に惹かれて。ムーンウォークもマンションの外で練習したりしました。「なにやってんだ」ってバカにされましたけど、逆に「マイケル知らねーの?」って言い返して(笑)。高校になると、歌はつづけてはいたんですけど、レ・トゥインズっていうフランスの兄弟ユニットを見てからダンスにハマって、そこからヒップホップとかも聴くようになって、ディアンジェロを好きになって。それで「自分はダンスで食っていくのかな」って漠然と思ってたんですけど、でもステージではメインで輝きたいっていう思いもあった。それでダンスを諦めて、22、23のころに音楽で食っていこうって決意して上京しました。やっぱり歌うことがいちばん得意で、好きなことだったんです。ぼくは好きなことじゃないとつづかないタイプで、歌が唯一ストレスなくのめりこめるものだったから、「これを仕事にしよう」と。2010年代の頭ごろでしたね。

及川さんのお話も聞かせてください。

及川:ぼくはまず、小学校のころにX JAPANが好きになってピアノをはじめました。YOSHIKIが好きだったのでドラムもはじめて。その後中二のときにレディオヘッドの “Planet Telex” を好きになって、その曲はいまだに自分のなかで不動の1位ですね。高校卒業するまで毎日聴いていました。

なるほど! 2月にJ-WAVEで毎週カヴァーをやる企画をされていましたよね。最後の週がレディオヘッドだったので、Roomiesの音楽性からすると意外だなと思っていたんですが、納得できました。でも曲は “Planet Telex” ではなく “High And Dry” でしたね。

及川:“High And Dry” はピアノのわっくんが好きなんです。あと “Planet Telex” は好きすぎてカヴァーするのに時間がかかっちゃうという理由もあったし、“High And Dry” はKevinのヴォーカルに合いそうだなっていうのもありました。

ピアノとドラムスはその後もずっとつづけていた感じですか?

及川:ピアノはほとんど練習してなかったんですど、中学も高校もドラムはつづけていましたね。中学の同じクラスにSiMのギターがいて、18歳のときにSiMのヴォーカルのMAHくんと最初のベースのKAHくん、ギターのSHOW-HATEとぼくでジェーン・ドゥーっていうハードコアのバンドをやっていました。
 そのバンドをつづけていた19歳のときに、ワーキング・ホリデイでオーストラリアに行ったことがあったんですけど、貯めたお金をカジノでぜんぶなくして、ホームレスになっちゃってバス停のベンチの下とかで寝ていました(笑)。でも家がないと強制送還されちゃうので、バックパッカーズ・ホテルっていう使い捨てのような汚いホテルの3人部屋だと1週間3~4千円で住めたのでそこにいました。毎晩フランス人のゲイとかイタリア人のレズビアンのセックスを見ながら寝るような生活だったんですが、ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。つづけているとジャンベとかディジェリドゥとかを弾けるひとが集まってきて、バーでライヴもできるようになって。

そんな経験をしたら、帰ってきたとき世界観が変わっていたのではないでしょうか。

及川:変わっちゃいましたね。なにも怖くなくなったというか。日本に帰ってからはハードコア・バンドもすぐ終わっちゃって、その後はサイケデリシャスっていうダフト・パンクみたいなバンドをやったり、音楽自体やめてコールセンターで契約社員をやったり。CICADAに誘われたのもそのころでしたね。

ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。(Kevin)

リスナーとしてはおもにロックをメインで聴いていた感じでしょうか。

及川:10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。IDMが好きでしたね。打ち込みをやってた時期もあって、友だちのラップにトラックをつくったりもしていたので、サンプリングやビートメイクをちょっとずつ覚えていきました。古い曲、ビートルズとかスティーヴィーとかアース・ウィンド&ファイアとかマイケルとかはむしろRoomiesに入ってから聴くようになりましたね。有名な曲しか知らなかったのでKevinに教えてもらって。ファンクもソウルも全然知らなかった。

Roomiesのシンセの感じはスティーヴィーなのかなと思っていました。

及川:教えてもらったんです(笑)。エレクトロニカとビョークがずっと好きだったんですよね。

ビョークだとどれがいちばん好きですか?

及川:『Vespertine』(2001年)ですね。

まさにハーバートやマトモスが参加しているやつですね。ぼくと完全に同世代ですよ。

及川:オペラハウスの映像(『Live at Royal Opera House』、2002年)をずっと観ていましたね。“It's In Our Hands” や “Hidden Place” をひたすら聴いていました。

自分たちでも音楽をやるようになってから、リアルタイムの音楽、たとえば2010年代はおふたりはどんな音楽に惹かれていましたか?

Kevin:ぼくはもっと歌を強化したいなと思っていたので、リアルタイムではないんですけど、ソウルを聴くようになりました。ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。

及川:ぼくはもうマーズ・ヴォルタとかバトルスとか、ニュー・レイヴ系とか。

Kevin:ぜんぜんちがうね(笑)。

及川さんの背景はRoomiesからはぜんぜん想像できない(笑)。

及川:マーズ・ヴォルタ大好きで。ライヴにも行ったんですけど、開演前にトイレに行きたくなって。でももうはじまるから我慢してたんですけど、5分くらいずっとノイズが鳴ってて、限界が来たのでトイレに行って、戻ってきたらまだノイズだけで(笑)。「なんなんだ!」って思ったのを覚えています。あとハマってたのはMGMTとか。

そろそろ新作についてもお伺いしていきましょう。セカンド・アルバムにあたる『ECHO』ですが、最初の時点でコンセプトや青写真のようなものはあったんですか?

及川:明確なものはなかったです。今回が4人編成になってから最初の作品になるんですけど、この4人でもう4~5年やってきていたから、ヴィジョンが近いというかやりたいことにも共通している部分が多いこともわかってきていたので、歌がしっかり抜けててサウンドも外向きのものになっているかなと思います。

Kevin:そう思う。

及川:Kevinの歌って外向きだから、内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。4人になったから打ち込みでもいいやとか、サウンド面での許容範囲も広がりました。「こうじゃなきゃいけない」みたいなものが減ったアルバムだと思います。前のアルバムは前のアルバムで好きではあるんですけどね。

Kevin:ファーストのときはけっこう大変で。6人分の正解を合致させなきゃいけなかったので。

及川:人数が多い分、食い違いも多かったから、なかなか完成に持っていけなかった。

なるほど。しかしベースとドラムスが抜けるって、バンドとしてはけっこう致命的な気もするのですが。

及川:ほんとうそうですよ(笑)。正直、最初は「終わった」と思いました。

その後、新しくベースとドラムスを迎える話にはならなかったんでしょうか?

及川:最初は探さなきゃって思ってました。やっぱりベースとドラムは必要だと思っていたので。でも、わっくんが「4人でも行けるっしょ」って、けっこうポジティヴで。それを信じてみようかなと思ったんです。中途半端に増やさないで、自然にいい感じで新しく出会ったら入ってもらおう、って。

Kevin:なかなかいないですよね。演奏がよくて、音楽性も合って、かつヒマなひとって。

及川:みんなヒマじゃないからね(笑)。

今回は曲づくりからレコーディングまで、そういうプロセスでやっていったんですか?

Kevin:そもそもあんまり4人で集まれなかったんですよね。それぞれ忙しくて。

及川:ぼくとギターとKevinだけとか、ピアノとKevinだけとか。全員で集まってワイワイやりながら……という感じではなかった。曲によって打ち込みだったり、友だちに生ドラムやベースを入れてもらったり、歌詞もKevinの弟のコリンが書いているものもあるし。曲によってつくり方がちがって。けっこう不安はありました。たとえばアイディアが浮かんで「これ、どう?」みたいなことを聞くとき、やっぱり顔を見て直接反応を見ないと、ほんとうにいいって言ってくれてるのかなって、疑心暗鬼になるので(笑)。でもなぜか自信はありましたね。

内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。(及川)

なかなか全員が集まれないなかで、「これだけはやらないようにしよう」とか、逆に「これだけは絶対やろう」みたいなルールはありましたか?

Kevin:先ほど話したような、内向きにならないように、っていうのはありましたね。外向きの意識で、って。ぼくの場合は、歌はやっぱりポップでわかりやすくっていうのを意識してメロディ・ラインをつくってました。

及川:ぼくの場合は、Kevinがもともとダンスをやっていたことを意識しましたね。Kevinはたぶんミュージシャンとはちがうダンサーのグルーヴ感をもってるはずだと。たとえば4つ打ちの「乗れる/乗れない」って、8ビートのキックの位置とかベースの位置とかでわかるじゃないですか。それで歌い心地がいいか悪いかってKevinにしかわからないから、Kevinがいいってなるまでは、あんまりこっちの意見を押し出さないようにはしていましたね。ダンサー目線のヴォーカルの歌い心地のよさを意識して。

Kevin:グルーヴや歌い心地はすごい細かく相談してましたね。

内向きにならない、外向きに、という意識があって、先ほど及川さんには売れたい欲もあるというお話も出ましたけど、今回2曲目の “Like This Before” なんかは、まさにそれが達成されたキラー・チューンというか。

及川:まさしく。わっくんがつくった曲ですけど、デモが来た時点で「きたー!」ってなりましたね。会心の1曲というか。

Kevin:シンディ・ローパーみたいな(笑)。mabanuaさんも褒めてくださって。

及川:こういう感じは日本のポップスではあんまりないですよね。とくにバンドの曲では。

アルバムのタイトルが、最後の曲とおなじ『ECHO』になったのはどういう経緯ですか?

及川:曲のほうの “ECHO” はぼくが歌詞を書いたんですけど、そのときはなんとなく「ECHO」っていう曲名がいいなと思って。その曲を書いたあとにアルバムの話になって、ジャケットをどうしようかってなったときに、ギターの柚一郎が以前にアイルランドに住んでいたんですけど、現地の新聞に「エコー」っていうのがある話を思い出して。その新聞はデザインがすごくかわいいんです。曲自体は世界の平和をイメージした曲なんですが、「エコー」っていうことばもそれに合うと思って。Roomies自体ハッピー主義者たちの集まりだし、そういうのが広まればいいなと思って、その流れでアルバムのタイトルも『ECHO』がしっくりきたという感じですね。

アルバムには日本語の曲もありますが、基本的には英語の曲が多いですよね。英語で歌うのはなぜですか? 海外のリスナーに届けたいという動機でしょうか?

Kevin:「この曲は英語っぽいよね」「この曲は日本語っぽいよね」みたいな感じですね。歌詞が先の曲はないので。海外のリスナーに届けたいというのももちろんあります。やっぱり自分たちが海外の音楽から影響を受けてきたので。

及川:でもまあ日本語でも曲がよければ海外でも聴かれると思う。だから、絶対にこうっていう決め方はしなかった。

3月24日にはライヴが控えています。それに向けての意気込みを、お願いします。

及川:ひさしぶりにバンド・セットをやるので、気合いが入っています。すごく楽しみです。

Kevin:ひさびさに一緒にできるっていうのがやっぱりすごく楽しみですし、自分たちが楽しんでる姿をお客さんに見せられるのはすごく幸せなことだと。見せたいですね、ぼくらのヴァイブスを。

今後はどういうバンドになっていきたいですか?

及川:「こういう音楽をやっていきたいです」っていうのはないんですけど、音楽的には作品ごとに絶対変わっていくと思います。あとは世界じゅうでライヴをしたいですね。

Kevin:世界に通用するバンドになりたいな。

及川:結成のときも、Kevinの「グラミー獲りたい」って話からはじまってるので(笑)。

Kevin:だからグラミーにつながる道筋をたどっていけたらいいなと思います。

[ライヴ情報]
2025.03.24 Mon
Roomies
@BLUE NOTE PLACE, Tokyo

Open/Start
18:00/1st stage 19:00, 2nd stage 20:15
※ 2stages with intermission (cafe time)

Performance
Roomies

Kevin (vo)
Yuichiro Takahashi (g)
Wataru Saito (p)
Sosuke Oikawa (synthesizer)
Taihei (ds) *support member
Takayasu Nagai (b) *support member

Further Information
https://www.bluenoteplace.jp/live/roomies-250324/

Whatever the Weather - ele-king

 そうきたかぁ、というのが最初の感想である。そうきたのかぁ、ロレイン。
 ロレイン・ジェイムス、彼女のアンビエント作品を発表するさいの、ホワットエヴァー・ザ・ウェザー名義の2作目。未発表曲のなかからアンビエント風の曲を集めて作ったアルバムだった前作に対して、今作はすべて最初からこのアルバムのために作った。だいぶ意味が違っている。前作がコンピレーションで、今回こそが最初のアルバムと言えるのだからね。
 で、ロレインがどうきたのかと言えば、むちゃくちゃトンがってきたのである。彼女のこれまでのカタログのなかでもっとも実験的な音響がここにはある。心地よい、慣れ親しんだアンビエントではなく、おや、これはなんだろう? という発見のあるアンビエント、いや、もうこれはアンビエントと言いたくはないな。 “エレクトロニック・ミュージック ” と言ってしまっては広くてイメージがつかめないので、強いて言えばIDM+グリッチ。IDMというタグに関しては、90年代からその「知的」という冠に賛否があり、いまもあるが、ロレイン・ジェイムスは恐れなくこのジャンル用語を使う。

 彼女は今回のアルバムにインスピレーションを与えたアルバムを公開している。 蓮沼執太『Hooray』、Marow『+-O』、スケッチ・ショウ『Loophole』、そして同じく日本人アーティストのSora『Re:Sort』の4枚である。クリック&カット作品をよく聴いていたそうで、ツジコ・ノリコと青木孝允の『28』についても「過小評価されている」とコメントしている。先日、AFXが「Supreme」と組んでのまさかのストリート・ファッション展開をしたとき発表したプレイリスト100曲には、横田進と細野晴臣の曲が選ばれていたが、日本のエレクトロニック・ミュージックを深掘りしているのはあきらかにロレインのほうである。

 そういえば先日、遅ればせながら「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」に行った。スケールの大きな、みごとな展覧会だったが、ぼくはなぜかその帰り道にポール・モーリーという英国人の書いたエッセイを思い出していた。アルヴィン・ルシエとカイリー・ミノーグを並列に、同じように(ハイブローに)語るという、アクロバティックな、ちょっと奇をてらった内容だが、それを通じて音楽とは何かをあぶり出そうという試論でもあった。アルヴィン・ルシエを愛する人間がカイリー・ミノーグを愛さないとは限らない。北原ミレイとアーサー・ラッセルはまったく異なるものだが繋がっていないとは限らない。この小さな地球という惑星における同じ音楽だ。それは地下道で通じているかもしれないし、環状八号線を真っ直ぐ北上したところで出会うかもしれない。カンが言うように、すべての門は開いているのだ。
 ロレイン・ジェイムスはそのことをよくわかっていた。アメリカのデス・キャブ・フォー・キューティーが『フィード・ミー・ウィアード・シングス』と繋がっていることをわかっていた。マウス・オン・ザ・キーがテレフォン・テル・アヴィルと、セントラル・シーがジュリアス・イーストマンと繋がっていることを。その道順も、行き方も、高速道路の入口も、わかっていた。いざ、アクアバーンを北上せよ。3月もなかばの雪が降った日、「坂本龍一」展に行ったぼくは、その日の深夜、このアルバムをもういちど聴いた。「音を視る 時を聴く」以外のもうひとつのアプローチ、「音の温度を測る」。どうやって?

 ホワットエヴァー・ザ・ウェザーは曲名がすべて温度の数値になっている。このアイデアが、ただのこじつけではないことが今回のアルバムではたしかめられよう。いや、こじつけかもしれない。が、ノイズ混じりの声──「ちょっと肌寒いね。夏になるのが待ち遠しい……寒い、寒い」──からはじまる1曲目の “1℃”が絶品で(1°Cではそりゃあ、たしかに寒い)、最初の出音からしてグっとくる次曲 “3°C” 、まずはこの展開でもっていかれる。ロレイン・ジェイムスは、たとえばayaのようなエキセントリックで新しいモードをどん欲に取り入れるタイプではないようだが、彼女は、クリック&カッツのようにダンスの枠組みに収まらないかつてのスタイルは、いまでも充分に応用できるし、それを現代的に更新できると考えているのだろう。
 また、実験的だと思われるエレクトロニック・ミュージックは、ときにその刹那的な刺激を重視するあまり、2年後にはまったく聴かれなくなることがままある。家でじっくり聴いてみたいという欲求には答えられない、その場限りのサウンドのことで、そこへいくと本作『Whatever the Weather II』の嬉しい点は、この実験的な音楽が何度でも聴きたくなる魅力を兼ね備えていることにある。これはロレイン・ジェイムスがAFXの領域にもっとも近い場所にいることを暗示している。もっとも長尺の……といっても6分ほどの “20°C” は、トラップ/ドリル以降の世界における『Ambient Works Vol.2』である。
 ぼくがはっとした曲のひとつは、 “5°C” だ。なんという曲だろうか、これは夢見る彼女の資質が、幼き頃からの夢見癖がもたらした一篇に違いない。音はエメラルド色の光となって、軽やかに跳ねている。
 本作中でもっとも高温の “26°C” は、ブライアン・イーノのアンビエントにもっとも近い曲だが、ずいぶんこもった響きで、地下の蒸気から上がってくるかのような、ロレイン独特のタッチが楽しめる。フリーケンシーと化した公園で遊ぶ子どもたちの声とグリッチおよびシンセサイザーで構成される “9°C”もぼくは好きだな。これはロレイン・ジェイムスがアルヴァ・ノトの領域にも接近していることを告げている。
 クローザーの “12°C” もみごとな曲で、ハイパーポップがアンビエントに流し込まれ、電子の河は合流し、曲の後半ではアコギの演奏へと転換するという、なんともシュールな展開が待っている。そういえば、ロレイン・ジェイムスは昨年のフェイヴァリット・アルバムにスティル・ハウス・プランツを挙げていたが同時にチャーリーXCXも挙げていた(むむむむ……)。まあ、カンが言うように、すべての門は開いているのである。

 なにはともあれ、夏が来るには、太陽はあと何度も何度も何度も何度も沈まなくてはならない。それまでは『Whatever the Weather II』をたくさん聴ける。もちろん夏が来てからも。将来、20年後か30年後、ロレイン・ジェイムスの作品のなかではこれがベスト、という人がいてもおかしくはない。

new book - ele-king

 石野卓球との出会いを機に音楽活動を開始、agraph名義での活躍をはじめ、最近は劇伴作曲家としても地位を確立している牛尾憲輔だが、その劇伴作曲家としての活動10周年を祝し、初めての公式本『定本』が太田出版より2月に刊行されている。石野卓球や湯浅政明、山田尚子、佐藤大らとの対談、ナカコーや砂原良徳らが牛尾について語るインタヴューなどによって構成されたその本は、写真も多く掲載されていて大いに楽しめる。企画は宮昌太朗。公式ページはこちらです。

牛尾憲輔
定本

太田出版
A5判並製/312頁

https://www.ohtabooks.com/publish/2025/02/25195510.html

Aphex Twin - ele-king

 去る3月上旬、ブランド「Supreme」とのコラボが話題をよんだエイフェックス・ツイン。「Windowlicker」のTシャツはなかなかインパクトがありましたね。なんでも、トラヴィス・スコットなどのラッパーがエイフェックスのTシャツを身に着けたことで、ファッションの分野でもAFXへの注目が高まったのだとか。
 そのコラボを記念してか、エイフェックス・ツインが特別なプレイリストを公開している。ピエール・アンリにはじまるその191曲のリストには、ジョン・ケージやBBCレディオフォニック・ワークショップ、デリア・ダービシャー、ブライアン・イーノやホルガー・シューカイ、ノイ!といった先達たち、デリック・メイやカール・クレイグらデトロイト勢、リロードやルーク・ヴァイバートといった同世代たち、シャット・アップ&ダンスにラガ・ツインズ、あるいはベリアルやアクトレスといった後進たち、さらにはハービー・ハンコックやアジムス、ビーチ・ボーイズからミーターズまで、たくさんの興味深い名前が並んでいる。なかでも日本からは細野晴臣と並んで横田進がピックアップされている点には注目しておきたい。

https://open.spotify.com/playlist/3jfnlosjVZhBSZBqS2cJg7

Oklou - ele-king

 それは、どこか奇妙な光景でした。不思議なことに、オーケールーのファースト・アルバムとなる『Choke Enough』を何日も無我夢中で聴いてふと周りを見ると、思いもよらぬところへ彼女の作品が広がっていることに気がついたのです。

 普段からどんなアーティストがどういった人たちに聴かれているのかは注意深く観察するようにしていますが、ミクロ・コミュニティ化やハイパー・ニッチ化と言われるような状況で決まった情報が決まった人にしか届かないなか、オーケールーだけはぽつぽつと、あらゆるところでその名前を見聞きします。YouTuber/モデルのhannahがおすすめしていたと思ったら次の瞬間にはストーリーズでとあるスタイリストがフェイヴァリットに挙げていて、その夜のマガジンのシューティングでずっと流れていたBGMが『Choke Enough』だったりと、明らかに「音楽」の枠を超えて様々な層に受容されているのが、このアルバムではないでしょうか。

 そもそも、私がオーケールーを初めて意識したのは、〈LOW HIGH WHO?〉所属の異才・rowbaiと話していた際、彼女の口から強い影響源として名前が挙がったときでした。そこから関心を持った私は、フランスのポワティエ出身で、もともと女性DJによるコレクティヴ〈TGAF〉を結成していたというオーケールーの活動を2010年代半ばまでさかのぼり振り返っていったわけですが、同時に、あらゆる音楽家からミックステープ『Galore』への賛辞を耳にするようにもなりました。そういった、いわゆる業界のプロフェッショナルの人たちからの支持が異様に高く、どちらかというとファッション寄りのシーンからも熱い視線を浴びているのが彼女の興味深いところでしょう。そこには明らかに既存の情報流通とは異なる回路が発生しており、この数年間でじわじわと熱量が高まり続けた結果、ようやく発表されたファースト・アルバム『Choke Enough』によって、受け手の高揚感はいよいよ高まりきったかのように見えます。

 それは恐らく、彼女の音楽──と限定せずにあえて「表現」と呼びましょうか──が、特定のジャンルに立脚するものではなく、明らかな「美学」にもとづいたトータルな世界観として構築されていることによると思います。もちろん、A・G・クックやダニー・L・ハールらとのつながりからもわかる通りハイパーなエレクトロニック・ミュージックの要素は見つけられるでしょうし、ドリーム・ポップとも、あるいはアンビエントR&Bとも言えるようなサウンドであることは間違いありません。ただ、そういった形容が全くもって意味をなさないほどに、『Choke Enough』は既存のジャンル固定から逃げていきます。聖楽隊に入りピアノとチェロを学んでいたが、ゴリラズやマッシヴ・アタックに出会ってポップ・ミュージックにのめり込んでいったという彼女の背景がそうさせているのかはわかりませんが、ここには、瞬間瞬間で相反するように流動する表現が展開されています。Y2Kっぽいメロディラインがあるけれど、次の瞬間にはダーク・アカデミアな中世のイメージに回収されていく。クラブ・ミュージック的なメソッドもあるけれど、ダンス・ミュージックとして機能することを目的とせずエーテルな空気へと溶けていく。エレクトロ・ポップの要素もあるけれど、『BRAT』のような「ポップの限界突破」路線ではなく、もっと内省的で「崩れた/壊れた美しさ」にフォーカスしている。つまるところ、近年のさまざまな潮流を咀嚼しながらも、それを既存の文脈に回収させず、新しい「美的な体験」として構築しているのが本作ではないでしょうか。

 2018年にはEP「The Rite of May」がレーベル〈NUXXE〉からリリースされたというのも、いまとなっては「できすぎ」な話かもしれません。セガ・ボデガ、シャイガール、クク・クロエといったキーパーソンが設立に携わった〈NUXXE〉ですが、そのなかにおいてもオーケールーの表現は最も情感豊かであり、トータルなエクスペリエンスとして豊かな包括性を持っています。音楽とヴィジュアル、ファッション、映像、アートがシナジーを与え合っているその才覚は、『Choke Enough』にも如実に反映されているでしょう。恐らくそれは、長年の共同プロデューサーであるケイシーMQの力もかなり大きいように思いますが、やはりオーケールーの視野の広いセルフ・プロデュース力も冴えているに違いありません。たとえば、映画『マトリックス』や『パラノーマル・アクティビティ』を連想するアートワークは、ヴァーチャルと現実が交錯するような不穏な視覚表現になっており、粗削りなCGはY2K後期~2010年代初期のTumblr美学も想起させます。不完全の美をアングルや手ブレから示唆する “family and friends” や “obvious” のMVも含めて、ミニマルなのに装飾的、デジタルなのにオーガニックという矛盾する要素が、本作の美意識を決定づけているのです。アイススケート・リンクでショーを披露したNTS Sessionはじつにオーケールーらしい美意識を反映した機会でしたが、あのライヴで目一杯表現されている通り、フェアリー・コア/バレエ・コア/エンジェル・コア的な幻想イメージも『Choke Enough』の随所から感じることができます。なかでも、彼女が信頼を寄せているスタイリスト・Pierre Demonesは、ライヴからMVに至るまで彼女の美学を見事に具現化している重要なパートナーのひとりでしょう。

 そういった領域横断的でトータルな美学表現は、近年のキャロライン・ポラチェックやユール、はたまたドレイン・ギャングといった面々も同様に試行錯誤してきたかもしれませんが、オーケールーはそれをもう一歩深化させたように感じます。つまり、より一層オーガニックでナチュラル、なのではないでしょうか。彼女はインタヴューで「私たちは、カメラに映っているものが起きていることの一部であるように感じさせたい」と語っていますが、それは「ムード」を表現したいという意味にもとれるでしょう。ケイシーMQとともにあらゆるシンセの音色を探求し、めくるめくビザールな彫刻世界を「空気」によって感じさせる『Choke Enough』は、リラクシングながらとてつもない没入感を生むのです。

 この奇妙な作品は、まだまだ予想もしない回路から人々の感性を震わせ、今後さらに広く聴かれていくでしょう。そしてそれは、単なる「音楽」の次元を超え、ひとつの美学として静かに浸透し、気がつけば私たちの感覚のどこかにそっと根づいていくのかもしれません。

♯12:ロバータ・フラックの歌 - ele-king

 書かなければならないと思い、彼女が亡くなってもう3週間が過ぎようとしている。ロバータ・フラックのすべてを聴いているわけではないし、彼女について書く以上は“歌”について、 “愛” について書くことになる。果たして自分にそれができるのだろうか……。できなくても書くべきだろう、と自己問答。フラックは去る2月24日に他界した。ぼくには、彼女のカタログのなかに特別な感情を抱いている曲がある。素晴らしい曲で、歌人を気取って言えば、その歌、こよなるべし、だ。シンプルだが重厚で、エレガントだが突き刺さるものがあり、激しさを秘めた静的な緊張感において並外れている。まさに歌の勝利、ラヴ・ソングというものの奥深さだと思う。
 その歌“The First Time Ever I Saw Your Face”の、“愛は面影の中に”という歌謡曲めいた邦題は適切とは思えない。フラックのデビュー・アルバム『ファースト・テイク』(1969年)に収録され、3年後に大ヒットとなったこの曲(クリント・イーストウッドの最初の監督作品に使われた)は、ユアン・マッコールという、1960年代の英国の第二次フォーク・リヴァイヴァルの土台が形成される過程において重要な働きをした人物が1957年にアメリカのフォーク歌手、ペギー・シーガーのために書いた曲である。
 聴きくらべればわかるように、マンチェスター出身の筋金入りのマルクス主義者、その政治活動ゆえに当局から監視までされたイギリス人が書いて若いアメリカの白人女性が歌った曲を、フラックは彼女のなりの解釈において、ほとんど哲学的解釈も可能なタイムレスなポップ・ソングにしている。
 テンポが落とされたフラックの“The First Time Ever I Saw Your Face”では、最初に耳にこびりつくのは「The first time〜(初めて/最初に)」という伸ばされた音符で歌われるこの言葉だ。フラックはこの曲のなかの「初めてあなたの顔を見た」「初めてあなたの口にキスをした」「初めてあなたと横になった」と、いくつもの「初めて」をさりげなく印象づけながら歌を進行させている。あるミュージシャンはこの曲を聴いて「愛が爆発するのを感じた」と語っているが(*)、それでは不充分だ。この美しい曲から「愛の爆発」を感じるのはわかる。が、しかし「初めて」が強調されている点において、同時にこの曲には「死のはじまり」も暗示されている。なぜなら、「初めて」の世界が太陽が昇るほど強烈であるのなら、その後に連なる「初めて」ではない二回目以降の世界は色あせてしまうことになるからだ。“The First Time Ever I Saw Your Face”から広がる崇高なロマンティシズムにおける避けがたい悲しみは、そのパラドックスにあるのではないだろうか。
 それが愛の本質かどうかは、ぼくにはわからない。ただ少なくともこの曲においては、「暗闇と果てしない空に、月と星はあなたがくれた贈りもの」と歌うときのフラックが、「暗闇に(to the drak)」という箇所を印象づけているように、はじまりの太陽はいつか暗闇に戻されてしまうのだ。

 はじまりの強度が特別であるということは、ゆえにその後の強度は落ちていくと、それを前提に話を続けてみよう。人生をロマンティックに生きるには、そのリスクも引き受けようとするか、さもなければ、なるべく失敗のないと思われる人生を選ぶか、人はどちらを選択するのだろう。失敗の確率が少ない、予測可能な人生を楽しむために必要なものは消費文化である。
 フラックは、最初はアメリカの黒人ゴスペル・フォーク・デュオ、ジョー&エディによる1963年のカヴァー( 曲名は“The First Time” )で同曲を知り、1962年に初めてレコード化されたペギー・シーガーのヴァージョンはあとから知った。この曲は、ほかにも多くのカヴァー──ロマン主義文学で自らの人生を締めたマリアンヌ・フェイスフルからジャマイカのマーシャ・グリフィス、ピーター・ポール&マリー、はてや王様エルヴィスまで──があるのだから、やはり歌いたくなるメロディであり歌詞なのだろう。曲を作ったマッコールは写真で見るとなかなか洒脱な男だが、彼が自分の人生を消費文化とは無縁な、いや、消費文化を全否定しながら、しかし酒をかっくらっては人びとと一緒に歌を歌い、政治と音楽と恋に生きた人物である。そのことを思えば、“The First Time Ever I Saw Your Face”という歌にも、言葉は簡素だがマッコールにとっての生きることの意味が込められていたのではないかと、そんな見立ても許されよう。

 ユアン・マッコールには本名があり、ジェイムズ・ミラーという。なぜ改名したのかと言えば、第二次大戦中、彼はイギリス軍から脱走し、身を隠したからである。スコットランド人で社会主義者の両親をもつマッコールの、育ちはマンチェスターのサルフォード。ジョイ・ディヴィジョンやハッピー・マンデーズのメンバーの出身地としても知られるかの地は、労働者階級の町でもある。1915年に生まれ、14歳で学校を中退したマッコールの教養は、そのほとんどすべてがマンチュスター中央図書館に通って独学で得たものだった。若くして左翼活動に奔走し、最初は演劇によって表現活動をはじめた彼は、それから民衆の音楽=フォーク・ミュージックにも熱意を抱くようになる。
 周知のように、20世紀の初頭、セシル・シャープがイギリスの田舎に口承されてきたフォーク・ソング(民謡)を収集し、研究し、発表したことが、フォーク・ミュージック復興運動リヴァイヴァルをうながした最大の要因である。権威や制度のなかで保存されてきた音楽ではない、民衆のなかで歌い、踊り、伝承されてきた民謡に価値を見出すことは、資本主義や産業革命に疑念を抱き、田舎の文化を賞揚することでもあり、政治的には左派だった。じっさいシャープは、19世紀末のウィリアム・モリスのケンブリッジ大学での講義を受けたひとりである。
 しかしながら、シャープにはじまるフォーク復興運動にはじっさいの民衆とは離れたエリート主義的な側面があった。また、1930年代になると、民俗や農村に英国のアイデンティティを求める動きは保守的な右派との繋がりを見せはじめていく。したがって、「これじゃあまずい」と文化闘争に発展するのも当たり前で、フォーク・ミュージックとは文化エリートの許可なしに歌い踊る、文字通りの「people’s music」であるべきだと主張する新しい解釈が第二次大戦前に顕在化するのだった。当時の若いマルクス主義たちがフォーク・ミュージックと合流するのはこの機運においてであって、ユアン・マッコールはその代表的なひとりだった。
 マッコールにとってフォーク・ソング(民謡)とは、「人びとの音楽(people’s music)」である以上、農村だけのものではない。工場や鉱山、鉄道などでも歌われる歌=インダストリアル・ソングもフォーク・ソングである。マッコールはそれらにも耳を傾け、収集し、自らも “左翼のための” 歌を作った。ちなみに、ある鉱山労働者から教えられ、マッコールが記録し、本にまとめ、そして有名になった歌のひとつに“スカボロー・フェア”がある。また、マッコールが作った“ダーティ・オールド・タウン”はポーグスを通じて、日本でもお馴染みだ。英国では、“マンチェスター・ランブラー”という歌もよく知られているマッコール作のひとつで、これは平日身を削る思いで働く労働者たちが、日曜日には(ブルジュワジーが暮らす)田園地帯にピクニックに行って楽しむという、階級闘争めいた内容をウィットに描いた歌だ。ほんと、イギリスって国の大衆文化の良き部分は、マッコールがこの曲を書いた1930年代から、いや、それ以前から基本的なところは変わっていない。

 ユアン・マッコールは、活動家としてはハードな人生を歩んだかもしれないが、演劇もやって放送作家もやって、多くのインダストリアル・フォークを収集し、自らも多くの曲を書いたディレッタントで、そして恋多きロマンティストでもあった。20歳年下のペギー・シーガーとは、彼女が1956年に渡英した際に出会っている。アメリカに帰国後、ペギーから彼女が出演するラジオ番組のために至急曲を作って欲しいと言われたマッコールは、共産党員だった過去からアメリカに入国できないため、電話を通じて作ったばかりの“The First Time Ever I Saw Your Face”を彼女に伝授したのだった。
 話は少し逸れるが、ピート・シーガーという、アメリカにおけるフォーク・リヴァイヴァルの起爆剤にして抗議運動とフォークを結びつけたプロテスト・ソングの先駆者を異母兄弟に持つペギー・シーガーとマッコールとの繋がりは、英国内において、社会的抗議音楽としてのフォークに再配置しようとする風潮と無関係ではない。
 アメリカに、アラン・ローマックスという民謡収集家/民俗学者がいた。広く言えば、かつてセシル・シャープが渡米してアパラチア山脈を調査し、フォーク・ソング(民謡)を収集したことの継承者のひとりになるのだろうが、ローマックスは、これまた筋金入りの共産主義者で、デルタ・ブルースをはじめ、都会の「生きた伝承」=ナイトライフ・ブルースから刑務所で歌われている歌、貧しい黒人家庭や酒場に積まれたアセテート盤にも着目した。そんな人物が、1940年代にはすでに影響力のあったピート・シーガーと合流したことで、フォークないしはブルースに抗議行動や急進的な政治との接点が誘発される(***)
 赤狩りのリストに名前が記載されたアラン・ローマックスが渡英したのは、マッカーシズムが台頭した1950年だった。それから8年にも及んだ滞在期間中、ローマックスはおとなしく過ごしていたわけではない。「イギリスのフォーク・リヴァイヴァルを燃え上がらせたエネルギーの雷のような人物」(***)と形容されるほど、アンダーグラウンド・シーンに深く関わり、マッコールとも交流を深めている。ペギー・シーガーを英国に呼んだのは、言うまでもなくこのアラン・ローマックスだった。

 ロバータ・フラックのもっとも有名な曲に“ Killing Me Softly with His Song”がある。おそらくは片思いの歌であり、また、歌というものの感情的な威力を歌った、言うなれば歌についての歌でもある。この壮大なバラードは、1996年にフージーズが取り上げし、ローリン・ヒルが歌い、大ヒットしたことが引き金となって、よくよくネオソウルの基礎を築いたと言われているが、そもそもこれはフラックのハイブリッド志向が導いたものだろう。彼女は、ブラック・パワーの時代に黒人の土着性だけに囚われず、クラシックからブロードウェイ・ミュージカルの要素まで取り入れている。そもそもオペラ歌手になりたくてハワード大学を卒業したフラックだった。夢は挫折し、教職につきながら副業としてナイトクラブで演奏するようになった彼女は、大学時代に学んだクラシックの技法を自分の演奏に活かした。
 またフラックは、“The First Time Ever I Saw Your Face”に限らずほかにも白人のロック/ポップスをカヴァーしている。ボブ・ディランの“Just Like a Woman”は女性アーティストとしては初のカヴァーだったし、ジミー・ウェッブの“What You Gotta Do”、サイモン&ガーファンクルの“明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)”、キャロル・キング作曲の“Will You Love Me Tomorrow”……、それからビージーズの“To Love Somebody”まで歌っている。そのすべてが原曲にはないニュアンスを込めた、彼女の解釈による歌となっているのだけれど、ぼくとしてはレナード・コーエンの“Suzanne”をライヴ・アルバムの締めとして歌ったことが興味深い。コージー・ファニ・トゥッティをも魅了し、ニーナ・シモンのカヴァーでも知られるこの曲は、なかば幻想的かつ宗教的な歌詞で、ひとを愛することのトランスグレッシヴな状態を表現していると言えるような不思議な曲である。
 フラックはニーナ・シモンと違って、ラングストン・ヒューズやジェイムズ・ボールドウィン、ストークリー・カーマイケル、そしてロレイン・ハンスベリー(ブロードウェイのヒット作を手がけた初の黒人女性作家)のような公民権運動/ブラック・アート/ブラック・パワーの渦中にいたような傑出した人物との出会いはなかったかもしれないが、ユージン・マクダニエルズのような公民権運動に影響を受けた気骨ある黒人作曲家のレパートリー──“Reverend Lee”や“Feel Like Makin' Love”、そして完璧なプロテスト・ソング“Compared To What”など──を歌っている。名作『クワイエット・ファイア』においては、あのスリーヴのアフロヘアの写真そのものが政治的表明になっている。フラックは、ゴスペルから来たアレサ・フランクリンの超強力な歌唱力や、のちにニック・ケイヴから「神のよう存在」とまで言われたニーナ・シモンの憤怒を内包したヴォーカリゼーションのまえでは、ある向きからは「ムード音楽」なるレッテルを貼られてしまうほどソフトに思われたかもしれないが、黒人といえばジャズ・シンガーかR&Bシンガーと思われた時代のフラックの雑食性は、フュージョン的なるもののヴォーカル版というか、分類を拒むという意味では未来的だった。フラックとのデュオでも有名な、彼女と同じくハワード大学でクラシックを学んだダニー・ハサウェイもブラック・アート/ブラック・パワーの精神に共鳴しながら西欧音楽も研究し、自作にその要素を取り入れたミュージシャンだった。同時代のデトロイトではファンカデリックがブラック・サイケデリック・ロックを更新し、アフロ・フューチャーへと向かっている。ローリン・ヒルばかりか、エリカ・バドゥや最近ではソランジュのなかにもフラックからの影響を見ることができるとしたら、やはり彼女は進んでいたのだろう。2020年にはジェイムズ・ブレイクも“The First Time Ever I Saw Your Face”をカヴァーしているが、手本としたのはフラックのヴァージョンだと思われる。

 だが、重要なのはそこではないのだ。カニエ・ウェストだってフラックの曲をサンプリングしているのだからフラックはいまでも有効である、などという軽口を叩きたくはない。「ソウル・ミュージックとは、人間として、自分の人生は他人の手に委ねられているという紛れもない事実に対する、アメリカが生み出した最高の脚本に他ならない」と言った人がいる(**)。咀嚼すれば、生きるための脆弱性を前向き変換する力。共生の感覚。なるほど、その意味はぼくにも理解できるし、ある時代までのブラック・ミュージックにおけるラヴ・ソングの意味を理解するうえでは、納得のいく説明だ。その文脈において、フラックはマッコールの曲をソウル化している。いや、マッコールの原曲がそもそもソウル化されていたのかもしれない。
 数年前、『クワイエット・ファイア』と『チャプター・トゥー』の50周年版が配信でリリースされて、前者にはボーナストラックとしてビートルズの“Here, There, And Everywhere”のジャズ解釈と言えるような当時のカヴァーが収録されていた(ビートルズのカヴァー集『Let It Be Roberta』には同曲の1972年のライヴ演奏がアルバムの最後に収録されている)。ドラマティックな歌唱を特徴とする彼女がこの曲においてもっとも強烈に歌うのは、原曲ではポールがたんたんと歌っている「love never dies」というフレーズである。それを歌うときのフラックは激しく、一瞬ではあるが、反逆的である。
 ロバータ・フラックは「愛は歌だ」と語っている(*)。歌が愛ではなく、愛が歌……か。わかるようでいてわからない。が、わかるような気がする、ロバータ・フラックを聴いている限りは。

(*)
Remembering Roberta Flack: The Virtuoso
https://www.npr.org/2020/02/10/804370981/roberta-flack-the-virtuoso

(**)
Emily J. Lordi, Donny Hathaway Live, Bloomsbury, 2016, p39

(***)
Rob Young, Electric Eden Unearthing Britain’s Visionary Music, Faber and Faber, 2010, p113~p146

※ちなみにペギー・シーガーのヴァージョンも素晴らしい。このYouTubeの画像に出てくるヒゲの男がユアン・マッコールである。ペギーとマッコールは、初めて知り合った1956年から80年代にかけて、40枚ほどの共作アルバムを発表している(そのなかにはもっとも初期の、1960年に作られた反核ソングも含まれている。また、ペギーの方は60年代にフェミニズム運動のアンセムをいくつも書いている)。なお、ペギー・シーガーは、87歳になった2023年にも“The First Time Ever I Saw Your Face”を「愛と喪失の曲」として歌っている。これもまた素晴らしいヴァージョンだ。しかもこのヴァージョンは、それこそ「初めて(The first time)」と歌って終わっているのである。

Lawrence English - ele-king

 3月に入ると雪が降った。3月の雪はなぜかアンビエントが合う。季節の「はざま」の感覚とでもいうべきか。そのムードはアンビエント的な雰囲気を放っている(ように思える)。思えば坂本龍一の『out of noise』も3月にリリースされたが、リリース日に雪が降ったことを覚えている。「out of noise」という言葉、アルバムのアンビエントなムードと雪の冷たい感触(「北極三部作」!)がどこかに似ているように思えたものだ。このレヴューを書いている3月初頭も、ほんの少し雪が降り、すぐに雨に変わった。春がくる直前の冬の終わり……。そんな季節のはざまの空気感と、このアルバムの透明な空気感はとてもよく似ていた。「はざま」のなかで耳の感覚は冴える。ローレンス・イングリッシュの新作『Even The Horizon Knows Its Bounds』もまた、そんな「3月の雪」のように冷たさと暖かさが共存するアルバムであった。境界線上のアンビエント。

 『Even The Horizon Knows Its Bounds』はニューサウス・ウェールズ州のアートギャラリー「ナアラバドゥビル」のために制作された音響作品だという。イングリッシュは「ナアラバドゥビル」と仕事をしたことのあるアーティストに参加を希望した。その結果、『Even The Horizon Knows Its Bounds』には、ジム・オルーク、スティーヴン・ヴィティエロ、ザ・ネックスのクリス・エイブラハムズ、スワンズのノーマン・ウェスターバーグ、デイヴィッド・リンチのサウンド・エンジニアであるディーン・ハーリー、クレア・ルーゼイ、アンビエント・ペダル・スチール・ギタリストのチャック・ジョンソン、アンビー・ダウンズ、JW・ペイトン、マデレーヌ・ココラス、ヴァネッサ・トムリソンなど、数多くの音楽家が参加することになった。彼らはイングリッシュが用意したふたつの長いサウンドに合わせて音素材を提供したという。
 
 アルバム『Even The Horizon Knows Its Bounds』は、クリス・エイブラハムズの透明な響きのピアノとアンビエントな持続音の交錯が麗しい “Even The Horizon Knows Its Bounds I” から幕を開ける。霧のようなアンビエント/アンビエンス。その鋭くも美麗なピアノの響きは、耳を心地よく刺激し、アルバム全体の雪のような質感を印象づけてくれるだろう。しかし、そのピアノはしばらくすると消え去り、自然音と電子音がミックスされたようなアンビエント/ドローンへと変化する。

 先に書いたように、多くの音楽家が参加しているが、その「個性」はローレンス・イングリッシュの生成するアンビエントなドローンの響きの中に溶け合っている。もはや誰の音かはほとんど判別できない。このアルバムで「個性」と「音」の境界線は非常に曖昧だ。だからこそ、耳の感覚が冴えるもかもしれない。アルバム全体はコラボレーション・ワークといってもよいはずだが、そのサウンドはまるでローレンス・イングリッシュによってひとつのサウンドスケープへと生まれ変わっている。全曲がシームレスに繋がり、ピアノとアンビエントなドローンが波のように出ては消え、消えては生成する。音の構造は抽象的になり、質感とムードが全面化する。しかし、完全に個の音が消失したわけではない。クリス・エイブラハムズはそのことを知らせるかのように、時折その透明なピアノを響かせる。

 個人的に「ミスト系アンビエント」と呼んでいる系譜があるのだが(例えばシュテファン・マシューとデヴィッド・シルヴィアンの共作とか)、本作はその傾向の中でもかなり良い出来のアルバムに思えた。中でもクレア・ラウジーらが参加している5曲目 “Even The Horizon Knows Its Bounds V” が素晴らしい出来栄えに思えた。霧のように溶け合っていく持続音が冬の朝の澄み切った空気のように耳に染み込んでいく。明るめの響きの音が次第に翳りを帯びていくトーンの変化が繊細で絶妙だ。アルバムには全8曲が収録されているが、どの曲も参加アーティストの「個」はアンビエントの空気の中に溶け合っていくように感じられる。とにかく美しいアンビエント音響空間なのだ。

 だからこそ、「個」を主張するクリス・アブラハムのピアノが本作において重要なアクセントに思えた。その意味で本作『Even The Horizon Knows Its Bounds』で最もクリティカルな曲は、アルバムのラストに収録された8曲目 “Even The Horizon Knows Its Bounds VIII (feat. Chris Abrahams & Jim O'Rourke)” であろう。ザ・ネックスのクリス・アブラハムとジム・オルークが参加している曲である。ふたりはそれぞれ別の曲にも参加しており、先に書いたように、クリス・アブラハムのピアノは本作の基調となる音だ。

 ではなぜこの曲が重要なのかと言えば、『Even The Horizon Knows Its Bounds』において、全曲で「個性」が響きの中に溶け合っていくサウンドが展開される中、この曲だけは不思議とその個性が融解に拮抗しているように思えたからだ。この曲におけるイングリッシュの音とオルークの音は明らかに異質に思える。そう、「個」を主張している。アブラハムのピアノは言うまでもない。アンビエントという匿名性を纏いやすい音の中で、この楽曲は、署名と匿名の間で揺れ動くように音が生成しているのだ。ここにもまさに「はざま」の感覚がある。この「はざま」の感覚は、『Even The Horizon Knows Its Bounds』を象徴するようなサウンドの質感といえよう。融解と共存と無関係と理解の「はざま」で鳴っているアンビエント。

 すべてを「割り切る」ことが善となりがちな現在だからこそ、本作『Even The Horizon Knows Its Bounds』の音のように中間地帯、「はざま」の感覚で鳴り響いている音は、とても貴重に思えてならない。窮屈になったり、息苦しくなったりしたとき、この「3月の雪」のように冷たく、微かな暖かさの予兆を放つ「はざま」の音響空間に浸ってみるのはどうだろうか。心の抑圧を解かす音の雪のような美しさに満たされていく感覚を覚えるはずだ。

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