「S」と一致するもの

Boards of Canada - ele-king

テクスチュアとタイムレスなメロディ──『Inferno』のサウンド

前編からの続き……

小林:新作『Inferno』について話していきましょう。いちばん最初に聴いたときは、タイトルとあの怖いヴィジュアルに引っ張られて、全体的にかなりダークだと思ったんですが、旧譜を復習してから聴くと、ちゃんとこれまでのボーズ・オブ・カナダの延長にある。ただ民族音楽的な要素のある7曲目 “Naraka” は、たぶんこれまでになかった路線じゃないかなと。

till:東洋的な女性のヴォーカルが入っている曲ですね。あれが聴こえてきたときは少し驚きました。ある程度意味合いや役割をぼやかしたサウンドを混ぜ合わせることで、存在しない風景を描いていくような、そこまでのアプローチとは明らかにやり方も狙いも大きく違っている気がして。彼らのサウンドの場合、ああいうはっきりとした目的のあるサウンドをぶち込むっていうのはともすれば作品自体の説得力が失われる可能性があるんですよね。例えば、「こういうムード」という一点の狙いがある状態でその周辺に接続可能な要素を添えて空間を埋めていくのが従来のやり方だとしたら、この曲ではどうしても主役になってしまうような、すでに大胆な手触りを持ったものをそこにグイッと押し込んでいる。思いついたからにはやらずにはいられなかったのか、とにかく意外とこれは結構なチャレンジだな、という印象を受けました。

野田:5曲目 “Father And Son” のラップのように聞こえるサンプリング、これはすでに「Hi Scores」でやってるんだよね。自分たちでエディットして。

小林: “The Word Becomes Flesh” もおなじ路線、ラップを偽装した声ネタの曲ですね。

till:「Peel Session」の “Aquarius (Version 3)” に近かったりもするんですよ。そこがさらにいっぱい喋っているような。だからやってることはずっとおなじではあるんですけど、なんというか、おなじボールで投球フォームを変えている感じはしますね。

小林:やっぱり『Inferno』は、先入観をもってしまうタイトルですよね。先ほど話に出た自然への強烈な憧れが変わってしまったんでしょうか。

野田:表裏じゃないかな。反転すればダークサイドにも行くかという。

小林:あの女の子のヴィジュアルがとにかく怖くて。白目むいてるのが。

till:今作はたぶんこれまででいちばん宗教的ですよね。キリスト教という意味でもなければどこかの特定の新興宗教のイメージを丸々敷衍するようなことはしていなくて、あくまで彼らの興味の対象を混ぜ合わせたものという意味での「宗教的」ですけど。

小林:『Geogaddi』にもその気はあったよね。

till:ありましたね。「In A Beautiful Place~」もブランチ・ダヴィディアンという新興宗教団体をテーマにしていました。今回『Inferno』には “The Process” という曲がありますが、これはもしかしたらプロセス教会のことかもなと。もちろんぼくの推測ですが、プロセス教会はあのチャールズ・マンソンと結びつけられたりもするイギリスの宗教団体で、そこが出していた機関紙の名前も『ザ・プロセス』です。ダイレクトに1960年代の新興宗教がリファレンスになっている。

野田:サイケデリック・カルチャーの裏側だね。ホドロフスキーの映画みたいとは言わないまでも、でも、“Aquarius” のなかにも「不気味さ」はあるわけで、彼らのそういう部分が前面に出されているよね、今回のヴィジュアルなんかはとくに。ちょっとやり過ぎだなと思ったけど。マッシヴ・アタックもそうだけど、ボーズ・オブ・カナダみたいに “型” を作ってしまうと、その “型” を水で薄めたフォロアーたちが多数出てくるものじゃん。そういうフォロアーたちの音楽とは完璧に一線を画していたいっていうのはあるんだろうな。

till:先行シングルの2曲目 “Prophecy at 1420 MHz” はMVが出た翌日に早速サンプリング元が特定されていましたが、ある神学者のスピーチだったんですよね。キリスト教の。それをカット&チョップしていて。5曲目 “Father And Son” なんかはストレートに「神と子」ですし、10曲目 “The Word Becomes Flesh” はことばの受肉だから、やはりキリストのことだと思います。

小林:かなりきな臭いですね……

till:でも直接的に「ゴッド」とか「クライスト」とは曲名では言わない。これ、ダンテの『神曲』の「地獄篇」(=インフェルノ)とおなじなんですよね。あれは地獄のなかを巡る話ですが、地獄のなかでその言葉を口にするのはよろしくない、ということで一度も「神」とは言われないんです。

小林:なるほど。ぼくはストレートに現代社会を描いたのかなって思ったんですけど。もちろん制作時期がいつかはわからないけど。

till:すごく時間をかけてつくるのが自分たちのやり方だと言っていましたね。ぼくは全体が3パートに分かれているような印象を受けました。5曲目 “Father And Son” までと、真ん中の部分と、『The Campfire Headphase』っぽい13曲目 “Deep Time” 以降のパートです。それに加えて、1曲目 “Introit” と2曲目 “Prophecy at 1420 MHz”、8曲目 “Acts Of Magic” と9曲目 “Memory Death” のように、楽曲のパーツがすごく似ていて、2曲で1セットになっているものもあります。だから、それぞれタイミングのいいときに制作して、あとでアルバムとしての形につなげたのかなという気がしました。パートごとに明らかに要素がちがうのが聴いていて面白かったですね。で、それにひとつなぎの作品としての強度を持たせられちゃうのがボーズ・オブ・カナダの作品性の特別さなんだな、と。だからこそ、このアルバムはある種すごくメタに、ボーズ・オブ・カナダの音楽、というフォーマットをこれまで以上に彼ら自身が認識して使いこなしているような気もしますね。

小林:終盤はたしかに『The Campfire Headphase』っぽい。

野田:ダンテの『神曲』っていう解釈は面白いね。それは本当にあるかもしれない。ただ、ボーズ・オブ・カナダらしくないアルバム名の直球さがずっと気になってるんだよね。ストレートすぎるじゃん。そういえば、『Music Has~』のとき、彼らは先住民の思想から影響を受けていたんだよね。カナダは先住民が多いじゃない。

小林:なるほど。となると、今回15曲目が “Arena Americanada” という曲で、そこに本来のアメリカ(北米)という概念、先住民の含意を読みこむこともできる。7曲目のように、音としてそうした民族的要素があるわけではないけれど。

野田:そうしたネイティヴとのつながりも、ある意味では神秘思想といえる。

till:“Arena Americanada” は細かくパーカションが鳴ってる曲ですね。リズムがくっきりしていて、メロディもはっきりあって聴きやすい曲です。別名義のヘル・インターフェイスみたいな、少し80年代趣味というか、どこかうっすらとディスコ趣味みたいなところを覗かせているような気もしましたね。個人的にはすごく好きな曲です。

小林:ディスコではないけど、音響がたしかに80年代っぽい。でもこれはたとえばヴェイパーウェイヴ以降のフェイクな80年代の音のイメージだと思う。そういう意味では、これもメタだし、さっき話に出た「ない」ものへの強烈な衝動というか。

野田:サウンドでいえば、ボーズ・オブ・カナダはケヴィン・シールズから影響を受けているって言われるじゃん。ケヴィン・シールズのギター・サウンドって、いわゆるギタリストの演奏というよりも、いろんな音の重ね方というか、その幻惑的なサウンドの塊というか、何かをペイントする感覚に近いでしょう。音を塗っていく感じ。ボーズ・オブ・カナダの音づくりもそれに近い。キャンバスに向かってテクスチュアを重ねていく、絵画的な方向。オウテカの音響彫刻とはまったく異なる。

小林:なるほど。

野田:マイブラほど官能的ではないけど、マイブラ以上に幻覚性は高い。

till:“Arena Americanada” は、当然ですがボーズ・オブ・カナダはアメリカ人でもカナダ人でもないから、外側から見ての「アメリカナダ」ですよね。「インフェルノ」というモチーフがすごくヨーロッパ的なのに、そこにある種強引にも「アメリカナダ」と入れてくるのは何かありますよね。それと、「ない」ものへの衝動という話でいえば「ボーズ・オブ・カナダ」という名称自体がそもそもその最たるところですしね。彼らにとってのカナダは幼少期を過ごした、ある種幻想化されている時間や場所を含めたもののことであって、それはおそらく現実のそれとはかなり違っているでしょう。彼らが見た「アメリカナダ」はそもそもそうした大きく歪んだレンズを通したものである、ということは重要なんじゃないかと思います。

野田:なるほどなるほど。

小林:アメリカ絡みで言うと、『The Campfire Headphase』に “Dayvan Cowboy” という曲があって。

till:ロック寄りの曲ですよね。前半と後半に分かれていて。

小林:そう、ギター主体の曲。「ダイヴァン」って何かというと、背もたれのないソファとか長椅子のことらしいんです。つまり「ダイヴァン・カウボーイ」って、「安楽椅子探偵」のイメージに近くて、自分自身は動かないでいるカウボーイのこと。それでMVも、成層圏からダイヴしてサーフィンするという現実には不可能な、むちゃくちゃなものだった。2005年という当時のタイミングで解釈すると、これはもうブッシュ・ジュニアのことだとしか考えられなかったんです。ホワイトハウスで「大量破壊兵器があるから爆撃してこい」ってむちゃぶりするカウボーイ。

till:ヴィンス・ステイプルズの新作『Cry Baby』のジャケットが、泣きわめいている赤ちゃんにアメリカの国旗を着せていて。トランプですよね。それとも少し似ていますね。

小林:そういう仄めかしで言えば、やっぱり今回の「インフェルノ」は現代の比喩だとしか思えないんですよね。あまりにむちゃくちゃな時代だから。[追記:くしくもこの座談会の前編を公開した前日の5月28日、ホワイトハウスが15秒の自身のプロモーション動画をXで公開、そこで今回のボース・オブ・カナダ新作の楽曲が使用され、ファンのひんしゅくを買っている]

野田:それでもアルバムの後半には、温かみのある展開があるし、決して、その「地獄」という言葉からイメージに支配されている内容ではないと思う。

小林:ところで、ボーズ・オブ・カナダのアルバムはいつもCDの尺が前提で、長いです。今回も18曲で70分ある。毎度この長さはなんなんだろう。

till:たぶん「70」に意味があるんだと思います。彼らのレーベルは〈Music 70〉ですし。

小林:なるほど。一見60年代の10年間を指しているように見える『Music Has~』の “Sixtyten” も、じつはフランス語の数え方を英語に置きかえていて、「70」の意味らしい。

till:おそらく数秘術ですね。

小林:『Geogaddi』には “Music Is Math” という曲もありました。

till:数字に意味をこめるところは、90年代の一部のヒップホップを想起させます。ネイション・オブ・イスラームから影響を受けた5パーセンターズとも通じるような。

野田:長いのは、彼らの音楽はエレクトロニック・ミュージックに多い、いわゆるヴァーティカル志向のものじゃない、物語性があるからじゃないの。つまり、最初から最後まで聴かないとわからんよ、みたいな。

till:なるほど。ボーズ・オブ・カナダの音楽は映画的でもありますよね。ただ漂う雰囲気だけを提供しているというより、しっかりと注目させるようなフレーズや要素があって、そこにフレームを合わせ、じっくりとストーリーテリングを行っていく感じ。

野田:映像的な感覚は、エイフェックスやオウテカにはないもんね。

till:彼らのメロディ主義みたいな部分の根底もそこにあると思います。ヴァンゲリスというか。

野田:ヴァンゲリスからは彼らは影響受けているよ。

till:やっぱりそうですよね。最近『ブレードランナー』をすごく聴いてるんですが、ボーズ・オブ・カナダにはそれと通じる感覚があります。とくに “Memories of Green”。

野田:あと、冨田勲も彼らは好きだそうで。やっぱロマン主義だよね、そしてテクスチュアとメロディ重視。ボーズ・オブ・カナダのビートの話だけど、リズムは時代がわかっちゃうでしょ。これはディスコ(70年代)、これはハウス(80年代~90年代)、これはテクノ(90年代)、これはダブステップ(00年代)とか。だからリズムはシンプルにしているらしいよ、時代的な属性から解放するために。

till:新作も、最初は素朴なアルペジオからはじまりますよね。メロディにおいてタイムレスさを追求しているのは面白いですね。

野田:そういえば、ホース・ローズの新作が、今回のボーズ・オブ・カナダとはまた対極のコンセプトで面白かったね。現世という地獄を天国にせよっていうのがホース・ローズのアルバム名なんだけど、おそらくその制作の起点にある現状認識は共通しているんだと思う。ただ、作品の構築の仕方も、その表現の仕方も真逆なんだよね。

小林:スリーフォード・モッズの新作も現状認識は共通しているかも。

野田:俺なんか、ボーズ・オブ・カナダには徹底的な逃避主義を期待していたんだけどね。

小林:でも、その役目もある意味では果たしているのでは?

野田:ある意味、そうだね。ただ、今回の話題をきっかけに、初めて聴く人には、まずは『Music Has~』から聴いて欲しいし、愉快な気持ちになりたかったら、“Aquarius” を何回も聴けばいい。俺はまだ、新作を1回しか聴いてないけど、何回も聴いたらもっと好きになるかもれないし、あとさ、tillくんみたいなDJがアルバムのどれかを選んでフロアでかけて、そして「なにこれ?」ってヒットさせてほしい。彼らのルーツはクラブ・ミュージックではないけど、少なくとも日本で彼らの音楽を最初に広めたのは、メディアでもライターでもなく、DJとそれを聴いた人たちだったわけだからね。

小林:たしかに、フロアで聴いたらまた印象が変わりそう。

The Leaf Library - ele-king

 ロンドンのザ・リーフ・ライブラリーは、いつもどこか「お天気が優れない」ような佇まいを見せている。とは言っても、病気だとか体調が悪いという意味ではない。彼らは、イギリスの優れたミュージシャンの多くが抱えるメランコリーという名の持病を共有してはいるが、そのメランコリーは、空の機嫌(気候)が彼らの気質に表れたものに過ぎない。バンドの音楽のうえに垂れ込め、そのなかを渦巻いている天気そのものなのだ。
 ザ・リーフ・ライブラリーのこれまでのキャリア(4枚の公式アルバムに加え、ルーズな楽曲、実験音楽、ドローン、アンビエント、コラボレーション作品など、少なくともさらに12枚分ほどのアルバムに匹敵する音源がある)を通じて、彼らは1990年代に登場したイギリスの二大最高峰バンド、ステレオラブとブロードキャストからの影響を隠そうとしたことは一度もない。メランコリックな空気感はブロードキャストと共通するものであり、一方で「Still & Moving」のような楽曲を推進するリズムのエンジンは、ケイト・ギブソンの飾り気のない、自然体のヴォーカルと相まって、“Super-Electric”といった初期ステレオラブのモーターリックなポップ・ソングを思い起こさせる。
 しかし、こうした表面的な類似点はあるものの、ザ・リーフ・ライブラリーは完全に彼ら独自の生き物である。彼らの音楽に流れる憂鬱さは、ブロードキャストが描くような後期資本主義的な疎外感というよりも、もっと有機的で、もしかしたら満足感さえ伴うような、人生の喧騒から一歩退いて文字通り「草に触れる(自然に親しむ)」感覚に近い。オープニング曲“Colour Chant”は、ステレオラブのアルバム『Emperor Tomato Ketchup』の幕開けを飾る“Metronomic Underground”のような、マントラ的なヴォーカルの抑揚を共有しているかもしれないが、それは自然界や人間界の感覚的な言葉によって届けられる。

 『After the Rain, Strange Seeds』の空気感には、自然のイメージや感覚が縦横に織り込まれている。海、波、川、水。木々、畑、庭。不安定な空と雷の予感。それはブライアン・イーノの『Ambient 4: On Land』と同じ空の下で作られた音楽であり、あるいは、灰色の雲の下で霧雨に愛撫される「イギリス版ヨ・ラ・テンゴ」のようでもある ── 夏の太陽というよりは、終わりのない秋の気配だ。

 また、1990年代のブリストル・サイケデリック・シーンとの類似性も見られ、フライング・ソーサー・アタックが持っていた「すぐ近くにある都市の存在に怯える田舎の空間」という感覚を共有している。そういった意味で、8分に及ぶ“Some Circling”はアルバムのテーマ的な中心作のように感じられる。曲がゆっくりと高まり、恍惚のクレッシェンドへと向かうなか、自然の猛威によって前後に引き裂かれるトビ(鳥)のイメージが描かれ、推進力のある反復的なリズムがビルドアップしていく。それは、遥か彼方にあるロンドンの街へと繋がる環状道路や高速道路を想起させる。

 フライング・ソーサー・アタックの田舎風景が、ウェストカントリーの古墳群に広がる新石器時代の記念碑という神話的な存在を呼び起こすのに対し、ザ・リーフ・ライブラリーが暮らす風景はもっと小さく、ありふれており、その神秘は風景の内部に閉じ込められている。それは、子供時代の個人的な神話や、さもなければなかば忘れ去られた記憶であり、流れる車の列は遠くへと溶け込んで下流へと滴る水になり、そよ風に捉えられた葉のあいだから太陽が揺らめきながら差し込む。この点において、彼らは小さな瞬間やかすかな感情から感覚的な世界を紡ぎ出す手法において、もうひとつのブリストルのバンド、モヴィートーン(Movietone)を彷彿とさせる。あるいは、イギリスのインディ・ミュージックのフォークな記憶のなかにいまも脈々と流れるニック・ドレイクの残り香を捉えている ── それがもっとも顕著に現れているのが、“Carry a River in Your Mouth”におけるマット・アシュトンのさざ波のようなアコースティック・ギターと、胸が締め付けられるほど美しいヴォーカルのメロディだ。

 『After the Rain, Strange Seeds』は、ともすれば「曖昧さ」に陥ってしまいかねないアルバムである。本作は、不確実性や不決断を楽しんでいる。見知らぬ人びと、場所、出来事。循環する、あるいは終わりのないプロセス。存在するものと失われたもの、そこに在るものと在らぬもの。前作である2019年の『The World Is a Bell』は、バンドのこうした側面に傾倒し、アンビエントやドローンへの深い傾倒を包括した80分・2枚組にわたって、霧や霞に煙る風景を広大に探求していた。
 その移ろいゆく境界(リミナル)的な風景に深く沈み込む快感もある一方で、今回のバンドは、この「不確定性」というテーマ的な特質を、サウンドにおける鋭く具体的な何かによって相殺しようと決意したようだ。彼らが愛するアンビエントな音響風景は、反復するリズムや時折挿入されるキーボードのドローンのなかにいまも健在だが、それはきちんとしたポップ・ソングの1枚のディスクに収まるよう十分に抑制されている。バンド自身によるプロデュースと、トータスやザ・シー・アンド・ケイクのジョン・マッケンタイアによるミックス(彼がヨ・ラ・テンゴの『Fade』で残した仕事は、ステレオラブとの数々のコラボレーションと同様に、本作にとって確実に重要である)によって、楽曲はパンチが効いてクリアに仕上がっている。1曲目のはじまりから、ルイス・ヤングのドラムは鮮烈で力強い存在感を放ち、ギャレス・ジョーンズのベースの生々しく、ざらついた質感のサウンドと相まって、楽曲に満足感のある執拗な土台を与えている。それが音楽を紛れもなく、そこに、あなたと同じ部屋のなかに引き戻すのだ。
 このアプローチは、ソングライターとしてのグループの個性や、演奏者としての彼らのフィールに焦点を当てているが、断片的な感覚やイメージから作られ、スナップショットの記憶という写真集的な文法で繋がれた、歌詞のコラージュのような抽象性を損なうことはない。曲を聴き進めるうちに、地面と空は今も果てしなく移り変わり、丘や雷のようにうねり、悲しみを帯びながらも美しさと繋がっている。一筋の太陽の光が降り注ぐ雨粒を照らし、そのすべての内側には、毅然とした、そして静かに風変わりな楽観主義が息づいている。

(訳:編集部)


written by Ian F. Martin

London’s The Leaf Library always seem a little under the weather. Not in the sense of being sick or unwell, although they share with many of the best English musicians an affliction of the melancholy. But that melancholy is just an expression in the humours of the temperament of the skies, the weather that both hangs over and swirls through the band’s music.

Throughout The leaf Library’s career (comprising four official albums and at least another dozen or so albums’ worth of loose songs, experimental, drone, ambient and collaborative work), the influence of the two best British bands to emerge from the 1990s, Stereolab and Broadcast, is one they’ve not been shy about. The atmosphere of melancholy is one they share with Broadcast, while the rhythmical engine that propels songs like “Still & Moving”, combined with Kate Gibson’s unadorned, unaffected vocals, recalls the motorik pop of early Stereolab songs like “Super-Electric”.

But for all these superficial similarities, The Leaf Library are a very much their own sort of creature. The sense of melancholy running through their music feels less like the late capitalist alienation of Broadcast than a more organic, maybe even contented sense of stepping away from the noise of life and literally touching grass. First track “Colour Chant” may share a mantric vocal cadence with Stereolab’s “Emperor Tomato Ketchup” opener “Metronomic Underground”, but it’s delivered in the sensory language of the natural and human world.

The atmosphere of “After The Rain, Strange Seeds” is threaded through with the images and sensations of nature. Seas, waves, rivers, water. Trees, fields, gardens. Unsteady skies and the threat of thunder. It’s music made under the same skies as Brian Eno’s “Ambient 4: On Land” or like a British Yo La Tengo under grey clouds, caressed by drizzle — less summer sun than endless autumn.

There are parallels, too, in the 1990s Bristol psychedelic scene, sharing with Flying Saucer Attack the feeling of rural spaces haunted by the presence of the city nearby. In this way, the eight-minute long “Some Circling” feels like a thematic centrepiece to the album with its images of red kites torn back and forth by the elements as the song rises slowly to a roaring, ecstatic crescendo, with driving, repetitive rhythms building, evoking the circular roads and motorways that feed the city of London in the distance.

While the countryside of Flying Saucer Attack summons the mythic presence of neolithic monuments across Westcountry barrow downs, the landscape The Leaf Library inhabit is smaller, more mundane, its mysteries locked within it, the private myth of childhood or otherwise half-forgotten memory, the flow of traffic melting into the distance and becoming water trickling downstream, sun shimmering through leaves caught by a breeze. In this, the band recall another Bristol band, Movietone, in their way of spinning sensory worlds out of small moments and slight emotions. Or they catch onto the lingering threads of Nick Drake that still wind their way through the folk memory of British indie music — most strikingly in Matt Ashton’s rippling acoustic guitar and the achingly beautiful vocal melody on “Carry A River In Your Mouth”.

“After The Rain, Strange Seeds” is an album that could suffer from vagueness. It revels in uncertainty and indecision: people, places and events unknown, processes cyclical or neverending, present and lost, there and not there. Its predecessor, 2019’s “The World Is A Bell”, leaned into this side of the band, expansively exploring mist- and haze-blurred landscapes across 80 minutes and two discs that encompassed deep excursions into their love of ambient and drone motifs.

For all the pleasure to be found sinking into that ever-shifting, liminal landscape, the band this time round seem determined that this thematic quality of indeterminacy be offset by something sharp and tangible in the sound. Their love of ambient soundscapes is still present in the repetitive rhythms and the occasional keyboard drone but it’s reined in enough to make a single disc of proper pop songs. In the production (by the band themselves) and the mix by John McEntire of Tortoise and The Sea And Cake (whose work on Yo La Tengo’s “Fade” is surely as important for this album as his many collaborations with Stereolab), the songs come out punchy and clear. From the opening of the first track, Lewis Young’s drums are a vivid, forceful presence, which together with the raw, coarsely textured sound of Gareth Jones’ bass gives the songs a satisfying, insistent foundation that places the music inescapably there, in the room with you.

This approach brings into focus the group’s character as songwriters and their feel as performers but doesn’t compromise the collage-like abstraction of their lyrics, made from fragmented sensations and images, connected by a photobook grammar of snapshot memories. As you travel through the songs, the ground and skies still shift endlessly, rolling like hills or thunder, touched with sadness but in touch with beauty, a shaft of sun illuminating drops of falling rain, and within it all a resolute and quietly eccentric optimism.

Vol.7:皐月 ☆.。.:* 最近の気づき‧+.˚ˎ- - ele-king

 どうもみなさんhello! hello! hey! hey!
 heykazmaでございます。

 なんか最近寒暖差エグすぎだし、地球がメンヘラで疲れちゃうって感じで生きておりますが、皆さんどんな感じなんすかね?
heykazmaことheyは相変わらずDJしたり撮影したりで日々過ぎていっておりますっっ。


w/清水文太。相変わらず最近もよく遊んでる^^ photo by 北村蕗

 ちゅーわけでさ、今回も最近思ってることを相変わらず書こうと思っテル。
まあファミレスで友だちがなんか真面目に話してんな~ぐらいな気持ちで読んでもらえたら幸で~す~

 なんかね、最近マヴダチ☆とrecスタジオ入って音楽制作してたんですけど(このプロジェクトは曲の完成見えてきたら話すわ)、そのときマヴダチ☆が言ってたことにハッとさせられたんだよね。

「クラブで遊ぶのもDJするのも、疲れたとか言ってる場合じゃない。もっと本気で遊びまくるしかない」「俺ってやっぱ本気で遊んでいるからさ」って言っててさ。
 それ聞いた瞬間、私なんか色々と大事な感覚忘れかけてたな~ってふと思ったのよ。

 上京して、この連載スタートしたあたりから、制作やGIGだったりで忙し過ぎて、いつの間にか全部を “やらねばならない仕事” として全ての物事を扱ってしまっていた。

 もちろん、それで収入を得て今後も生活していきたいから、これは立派な “仕事” であることに変わりはない。実際、責任も増えるし、考えなきゃいけないこともどんどん増えている。

 でも、もともと私のなかではずっと音楽って “遊び” としてスタートしたものだよな~って。

 最近のこの勢いって、「遊びの延長線上で波にノリはじめた」って感覚だからさ。
 気づいたらいろんな場所によんでもらえるようになって、いろんな人と出会って、なんかその流れのなかを泳いでる感じというか。

 だから、その加減はめっちゃ難しいんだけど、クリエイターがその遊びの感覚を失ったら、一気につまらなくなっちゃう気がするんだよね。

 歳近い子で表に立つ活動してた子がいて、最初はすごく仲良かったんだけど、話していくうちにその子は “お金第一” で活動してるってことを知って、なんか呆れて絶交しちゃったんよ(まじこれ爆笑すぎる)

 いや別に、お金を稼ぐこと自体は大前提全然悪いことじゃないの。
 むしろこの活動ってまじでお金かかりすぎるし、お金って今の世の中を生きていく上では絶対必要だし、超大事。

 でも、なんていうか
 “好き” より先に “損得” が来ちゃったり、「一番大切なのはお金!」って宣言されちゃうと一緒にいると、あたしゃ普通にメンタル削られちゃうのよな。

 多分、自分がかなり純粋な音楽lover気質だからなんだと思う。
 だからそのときは、「これは自分の身のためだな~」って思って距離を置いたってこと。

 ていうか、そもそも私は最初から超DIYでスタートさせたからさ。
 自分でネットでいろいろ調べて試行錯誤しながらはじめてたし、最初はほんと “好きなこと突き詰めたい!” って気持ちただそれだけだった。

 家族がDJ機材をプレゼントしてくれたときとか、まじで超嬉しかったもん。
 あのときの、「うわ、自分も今日からスタートできるんだ!」って感覚、絶対忘れちゃいけないなってすごい思う。

 私はやっぱり「なんか超おもしれ〜❗️ポウポウポウ❗️」っていうパーティーピーポーな気持ちで動いていたい。

 もっと本気で遊び倒して、その先でまた面白い景色を仲間たちやリスナーのみんなとたくさん見れたらいいな~と思ってますっ☆.。.:*・

 だからいま、自分の “好き” をちゃんと形にしたパーティをやりたいなって思ってます。そんな好きなことができるのは、平和な世の中だからこそだよねーん。平和であって欲しい! とつねに望むこと、その感覚をこれからもだいじにしたい

 ただいまこれだけだと夢語りまくってるheyちゃんって感じになっちゃってるけど、俺は生きてるうちにこれを絶対に実現させます!!!
 生きれるとこまで生きて、しっかりみんなに愛を届ける。

 私がやりたいことってこれだなって、気づけた。
 ほんとマヴダチ☆の存在ありがたすぎた。これからもよろしゅーって感じでーウェイウェイサンバちゃん☀️

 て!こ!と!で!
 そんなheykazmaからお知らせがあります!

2026.06.26 (金) 19:00〜
heykazmaちゃんの1st EP “15” のレコ発を下北沢SPREADで開催します!!


https://www.ele-king.net/news/012263/

heykazma 1st EP "15" Release Party
at SPREAD

2026.06.26 Fri
OPEN 18:45 / START 19:00

DJ:
heykazma
machakaru (kuyurimi & heykazma)

LIVE:
北村蕗

ADV ¥3,000 / U-25 ¥2,500 / DOOR ¥4,000 (ALL +1D)
https://livepocket.jp/e/r-t9x

 2月に1st EP “15” をリリースしてから、本当にたくさんの方に聴いてもらえて嬉しい……!

 そんな感じでさ、ゲストに超らゔちな親友・北村蕗(a.k.a kuyurimi)を呼んで、ツーマンという形でのパーティーに企画しました。
 ツーマンをやるのは2024年7月に仙台Förstaで開催した “yuu.ten” のvol.1ぶりです。

 大事な日に親友とできるというのは、本当に嬉しいことですね!
 ブッキングも一緒になる機会が少ないので、このタイミングで共演できるのもとても嬉しい。

 さ! ら! に! heykazma初のグッズもつくっちゃいました。

 15のジャケにいるManami Masudaちゃまによるねこちゃんイラストをあしらったリリース記念heykazmaキャンバストート! レコードが何枚も入る(はず)のサイズです! これは超いいアイテムすぎるのでは?! みんなマストでゲットして欲しい!
(((((((((((マジで可愛すぎる。

 そんなわけで私はこの日いつも以上に気合が入りまくりな80min DJ setお届けします!!
 この日にしかできないことに、チャレンジしまくる!!

 6/26はぜひ、SPREADに全員集合で!!!!!まじで頼む!!!!!

 てことでみなさん、誇りを持って遊びましょう。
(私の師匠が言い続けてる言葉を拝借)

 heykazmaでございました!またどっかでね〜☆°.+

Brian Jackson - ele-king

  足元にあるこの大地は
  俺のために作られたもの
  俺が縛られるべき場所なんてどこにもない
  俺の魂は自由であるようにできている
  もうすぐ誰もが目にするだろう
  人生とは、俺たちがなりたい自分になるために
  与えられたものなのだと

  これはきみの世界だ
  きみの、きみの、きみたちのための世界だ
  きみが見つめているものは
  俺のために用意されたものじゃない
  きみの世界だ

ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“It's Your World”


 音楽の底力を感じる。驚くほどストレートな実存主義的力強さ、1976年のこの曲が50年後のいま蘇っている。ラヒーム・デヴォーンが歌い、詩人、J・アイビーが詩を読む。バックコーラスには、伝説的なリサ・フィッシャーとシンディ・ミゼル。フェンダーローズを弾くのはもちろんブライアン・ジャクソン。そして、あらたにこの曲をプロデュースしているのは近年その活動が活発化しているマスターズ・アット・ワーク(MAW)、ルイ・ヴェガとケニー・ドープのふたりである。
 権威が呈する価値観、社会のシステムにただ盲従して生きることが叶わない人たちがいる。「お前はこういう人間だ」という押し付けられた枠組みを受け入れられない人たちがいる。ギル・スコット=ヘロンは、たったひと言で、そういう人たちにエネルギーを送り込むことができる詩人だった。そしてそのエネルギーは、ブライアン・ジャクソンという、ギルが大学時代に出会った神童的なジャズ・ピアニストといっしょに作り出されたものだった。ほとんど10代後半か20歳かそこらで出会ったこのふたりは、1970年代にかけて、少なく見積もっても7枚の決定的なアルバムを制作している。その偉大な功績をあらたに録音し直すということは、ギル・スコット=ヘロンのことを少しでも知っている人間であれば、生半可な気持ちでできることではない。
 『Winter in America』(1974)をもっとも愛している人間のひとりとして言わせてもらうけれど、MAWが、ブライアン・ジャクソンといっしょに、ギルとブライアンの過去の名曲をあらたに録音するカヴァー作をリリースするというニュースは、必ずしも喜ばしいものではなかった。いくらMAWであっても、いまどきありがちな、名作の水増し盤のような……といったら失礼だが、それならオリジナル盤を聴けばいいのではないかと思ってしまうのである。しかしながら、先行リリースされた“It's Your World”の圧倒的な迫力が改心の契機となって、アルバム全体を聴けた段階では、ただただ、この音楽の力に魅せられている。これはすばらしいアルバムである。

  これ以上の重荷には耐えかねているこの国は
  海岸線に沿ってよろめきながら立ち並ぶ都市みたいだ
  それは、ハイウェイの下に埋もれてしまった森のように
  成長する機会さえ与えられなかった
  育つチャンスなど、いち度もなかったのだ

  そしていま、冬が来た
  アメリカに冬が到来した
  指導者たちは皆殺されるか
  遠くへ追いやられてしまった
  人びとは知っている、人びとは気づいている
  いまが冬であることを
  アメリカの冬だ
  闘っている者は誰もいない
  何を救えばいいのか誰にもわからないからだ
  お前の魂を救ってくれ、神よ
  このアメリカの冬から

ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“Winter in America”

 誤解を恐れずに思い切って言ってしまえば、『Now More Than Ever』はほとんどMAWの作品である。そう、これはほとんどニューヨリカン・ソウル(Nuyorican Soul)の第二弾だ。その第一弾たる1997年のあれは、ロイ・エアーズ、ジョージ・ベンソン、エディ・パルミエリ、ティト・プエンテといったジャズ/ラテンのレジェンドたちが参加したアルバムで、プエルトリコ系移民カルチャーを背景にした90年代後半のニューヨークのハウス・シーン、そこから生まれた混血音楽の金字塔だった。『Now More Than Ever』では、ニューヨリカンほど“NYラテン”が強調されているわけではないが、ダンス・ミュージックに生演奏のダイナミズムをミックスすることで、ジャンルや世代も越えた、音楽における“エロス=生命力”をおそろしく増幅させるという快挙を同じように成し遂げている。そして同じように、『Now More Than Ever』においてもMAWは、ハウス/ヒップホップのリズムを基盤としながら、何人ものゲスト陣を招いて、生演奏をフィーチャーしたスケールの大きなダンス・ミュージック・アルバムを完成させたのである。
 もちろん、これは30年前の傑作の焼き直しではない。本作にはジャクソンの鍵盤が全面的に活かされていて、また、そもそもその素材がギル&ブライアンによる政治的で、ときには寒々しく、そして厳しくも心に訴える曲であるという点において、2026年という時代と共鳴しあっているのだから、ニューヨリカンのまばゆさとはいろんな意味で異なってもいる。本作でカヴァーされているギル&ブライアンの超名曲/人気曲たちは、“Winter in America”のほか以下のような曲がある。“The Revolution Will Not Be Televised”、“The Bottle”、“Lady Day and John Coltrane”、“Peace Go With You, Brother”、“We Almost Lost Detroit”、そして“Home Is Where the Hatred Is”。
 “The Revolution Will〜”ではザ・ルーツのラッパー、ブラック・ソートが登場する。そして“We Almost Lost Detroit”ではわれらがムーディーマンだ。前者がヒップホップの迫力あるビートで再現されるのはわかりやすいが、企業社会(原子力発電所と資本主義)を責め立てる政治的な後者(“We Almost Lost Detroit”)がディスコ・ソウル調に変換されているところにぼくは感服した。あの、もっとも荒涼とした“Winter in America”にはファンクのリズムとラテン風味が注がれているが、このあたりがMAWの卓越したセンスと思い切ったプロデュース力であって、原曲の重さにまったく振り回されていない。誰も、あの1970年代のスピリチュアル・ジャズの再現をしようとはしていないし、2026年の現在における “ニューヨリカン” 的論法で、しかしあの頃とは違った力強さをもってこのアルバムはまとめられているのである。
 そして、ギルの歌詞のなかでももっとも痛々しい“Home Is Where the Hatred Is”は、本作の聴きどころのひとつだ。ラテン・ソウルにアレンジされた演奏とリサ・フィッシャーの気迫のこもったヴォーカルは、ニューヨリカンにおける“I Am the Black Gold of the Sun”(ロータリー・コネクションのカヴァー)や“Runaway”(サルソウル・オーケストラの古典のカヴァー)のようなアルバムの核(2曲ともオリジナルが最高で人気曲であるが、カヴァーして伝えること)となる位置づけなのかもしれないけれど、本作にはあんな祝祭性がない。だが、究極的なまでにネガティヴな曲をある意味ひっくり返すという、フィッシャーの傑出した歌唱は、このアルバムからみなぎるエネルギーを象徴しているようだ。

  薄明かりのなかを歩くジャンキー
  俺(私)は家に帰る途中
  家を出たのは3日前だが
  俺(私)がいなくなったことなんて誰も気づいていない
  家とは、憎しみがある場所
  家は、痛みで満ちている
  いっそのこと、もう二度と
  二度と家に帰らないほうが、悪くない選択かもしれない

ギル・スコット=ヘロン
“Home Is Where the Hatred Is”

 1997年、たまたま取材でニューヨークに滞在したときに、クラブで“Runaway”がかかるとフロアが大合唱になるというすさまじい事態に直面し、言葉を失ったことがある。とくにあのコーラス部分──「逃げ出しなさい、ためらっている暇なんてない、急いで、いますぐ逃げ出すこと」、あれこそまさにアンセムで、そんな曲はほかになかった。当時のニューヨリカン・ソウルはあの街で暮らしている人たちにとっての誇れる輝きだったのだろう(言っておくが、純粋なNY生まれの音楽はディスコとヒップホップである。フォークもロックも、基本、地方出身たちが作ったものだ)。今回のアルバムにおいては、おそらくは“It's Your World”がその役目を果たすのだろう。2026年のニューヨークのクラブでその曲がかかって大合唱が起きたら、それはもう、すばらしい政治マニフェストに違いないのだ。
 タイトルの『Now More Than Ever』は、「いまは、かつてないほど」という意味で、このフレーズは“Peace Go With You, Brother”という同胞への愛憎と連帯を込めた曲として知られる。『Winter in America』の幕開け(および幕引き)を飾る曲の最初のフレーズである。この曲の歌詞は、いちどはギルに裏切られ、決裂し、長いあいだ顔を合わせることもなく、35年間、市役所で働きながら音楽を続けてきたブライアンにとっては、あらたな意味を持つ言葉であろう。そして本作においてブライアンとMAWが伝えたい前向きな瞬間も、このなかにあることは言うまでもない。

  いまこそ、かつてないほどに
  すべてのファミリーがひとつにならなければならない
  あらゆる場所にいるすべての同胞たちが
  その時代の空気を肌で感じている
  
  いまの俺にはかつてあったプライドもない
  俺たちも、お互いを認め合うこともなくなった
  きみは俺の弁護士で、医者だったが
  俺のことを忘れた
  だからいま、こうしてきみと顔を合わせるとき
  俺にどうにか言えるのは
  あなたに平和あれ、兄弟よ

  いまさら俺たちが言い争うなんて、何の意味もない
  時はもう俺たちのすぐ目の前に迫っているんだ
  いまさら俺たちが言い争うなんて、何の意味もない
  きみの子供たちも、俺の子供たちもみんな
  いつか俺たちの過ちの代償を払わされることになるだろう
  せめて平和があなたの行く道を導いてくれますように
  あなたに平和あれ、兄弟よ
  あなたがどこへ行こうとも、平和あれ

ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“Peace Go with You, Brother”


【2026年5月22日 金曜日@青山ブルーノート東京】

 ブライアン・ジャクソンとヤシーン・ベイ(モス・デフ)によるギル・スコット=ヘロン・トリビュート・ライヴは、MAWがプロデュースした作品とはまた別の、じつにヒリヒリとした、緊張感のある演奏だった。
 1曲目、キャップを深く被ったヤシーン・ベイは、詩集を片手に“The Revolution Will Not Be Televised”を朗読し、ブライアン・ジャクソンがピアノとフルートを演奏する。ベイの詩をフィーチャーした“Winter in America”も、ちょっと身震いするようなパフォーマンスだった。もちろん“It's Your World”と“The Bottle”は場内を熱くし、温度は急上昇したが、ぼくは3曲目の“We Almost Lost Detroit”で泣いた。20年以上昔のことだが、ムーディーマンは、このレコードをまわしながら、マイクを持ってコーラスの部分を一緒に歌った。MAWの『Now More Than Ever』では、彼はヴァースの歌詞を朗読している。いずれにせよ、ライヴにもレコードにも、古い曲のなかに新たな生命力を感じることができた。
 ライヴの前日は、ぼくはブライアン・ジャクソンに取材した。現在73歳の彼は、その年齢をまったく感じさせない溌剌とした人物だったが、演奏もエネルギッシュで、まったく見事なものだった。ギルの歌詞がいまでも通用してしまうことは決して幸せな話ではないと、かつて活動を共にし、そして裏切られもしたジャクソンは言ったが、しかしだからこそ再訪する価値もあろう。かつて、ひとりでアメリカに牙をむいて、あらゆる言葉で自国を批判し、自らも傷つき、滅んでいった詩人の話は、語り継がれて当然である。

Boards of Canada - ele-king

 謎めいたプロモーションが世界各地で注目を集めてから1か月半ほど。いよいよ本日、ボーズ・オブ・カナダによる13年ぶりのオリジナル・アルバムの全貌が明らかになった。
 そもそもボーズ・オブ・カナダとはどういう文脈からあらわれてきたのか? 彼らの音楽を特徴づけるサイケデリアとは何なのか? そして新作『Inferno』はこれまでの彼らとどう違い、あるいはどう変わっていないのか? カクバリズムからアルバムをリリースしている若手プロデューサー/DJのtillを編集部に招いて、3人で話しました。

ボーズ・オブ・カナダが登場してきた背景

小林:まずはボーズ・オブ・カナダとは何者かというところから話をはじめていければと思います。

野田:人はなぜ夢見ることを夢見るのかってことだよね。

小林:なるほど。

野田:よく勘違いされているけど、ボーズ・オブ・カナダって最初はたいして騒がれなかったんだよ。いちばん最初にそのレコードを目にしたのは、テクノ・リスナーだったんだけど、なぜならテクノ系のレコ店にしか置いてなかったから。でも、スクエアプッシャーやμ‐Ziqが出てきたときのように、大勢がいっきに「おお~!」みたいな反応じゃなかった。最初は、少数の枚数しか輸入されなかったと思うし。
 大手メディアもたいして騒がなかったけど、『ジョッキー・スラット』のような熱心な小メディアだけは賞賛していたかも。とにかく、当時の状況を最初に説明しておくと、〈Warp〉というレーベルは、1992年くらいから90年代後半にかけて、テクノ・ファンのためのテクノ・レーベルとしての絶対的な信頼と人気があって、いまとは比較にならないぐらいに求心力があったのね。〈Warp〉から新しい12インチがレコ屋に入れば、それだけで、「今日、入ってたよ」って口コミで伝わるみたいな。

小林:良い時代ですね。

野田:でも、1998年ぐらいになると、シーンもずいぶん細分化していて、エレクトロニック・ミュージックのファンもいろいろ分かれていたよね。

小林:その頃、中学生でした。

野田:あの頃は、気になっている音楽は買うしかないし、ファンもそうだし、俺みたいなテクノ好きの音楽ライターもね。それでも、当時の〈Warp〉は圧倒的な人気レーベルだったから、〈Skam〉との合同リリースだったとはいえ、そこから出たという理由だけで『Music Has the Right to Children』を買った。日本盤も出なかったし、でも、その感想が徐々に口コミで広がっていって……。

小林:レコ店に入ってきたのは『Music Has the Right to Children』からですよね? あたかも「Twoism」(1995年)から評価されていたような書き方をしているオンライン記事を目にしましたが、2002年時点で800ポンド(当時15万円)で取引されていたそうですから、本国でさえ入手困難だったはずですし、「Hi Scores」(1996年)も入ってきていませんよね。

野田:毎週、2回以上は輸入盤店に通っていたけど、「Twoism」も「Hi Scores」もリアルタイムで見たことがなかったなー。三田(格)さんみたいな人は知っていたかもしれないけど、そもそも〈Skam〉というレーベル自体が当時はマニアックで、いまもそうか。俺は小林くんにあげたコンピ(1997年の『0161』)を買ったぐらいで、レゴ・フィートなんて誰も知らなかったから(笑)。小林くんにあげたあのコンピ、あれはね、当時はファンのあいだで騒がれたものでね、監視カメラの映像がジャケットで、参加アーティストにゲスコム(オウテカの別名義)に混じって、V/VMとザ・フォールがいるって、すごいでしょ。あげるんじゃなかったな。どうせ聴いてないだろうから、返してくれよ!

小林:そんな貴重だったんですね。

野田:あのコンピが店頭に並んだときのほうがバズがあったんだよ。〈Skam〉っオウテカが関わっているレーベルだから、やっぱ作品を出したら気になるじゃん。「Twoism」も「Hi Scores」も、入ってきたのは『Music~』の人気が出てきてから数年後のことだよ。俺が『remix』に入ってからだね。「入ったよ」ってレコ店の店長さんから言われて、当時の『remix』編集部のスタッフと一緒に買いに行ったのを覚えている。
 だから、日本では、2002年にビートインクがセカンドをプロモートするまでは、最初はテクノ・ファンと、クラバーと、一部のDJだけだったね、ボーズ・オブ・カナダを好んでいた人たちは。でも、作品が良いから、けっこうアンダーグラウンドでは人気が上昇していって、2000年くらいには地方のクラブでも人気あったんだよね。

小林:『SNOOZER』も取り上げてましたね。

野田:『Geogaddi』のときにね。あれがロック・メディアからの最初の反応だったね。

小林:あのときインタヴューが載ったのは、『remix』と『SNOOZER』だけでした。あの記事には衝撃を受けましたが。

野田:はははは、貴重だよね(笑)。

小林:いま思えば、よく取材に応じたましたよね。

野田:では、なぜボーズ・オブ・カナダは、テクノ・ファンのためのテクノ・レーベルとしての絶対的な信頼をもっていた当時の〈Warp〉から出たのにもかかわらず、すぐに火が点かなかったか、当時、なぜ〈Warp〉をライセンスしていたソニーは日本盤を見送ったのかという話がここでは重要なんだよ。ケミカル・ブラザースみたいなデジロック(ロック調のエレクトロニック・ミュージック)全盛で、そんな時期に〈Warp〉はブロードキャストみたいなインディ・ロックに手を出して、テクノ・ピュアリストたちのヒンシュクを買いはじめていた矢先でもあったんだけど、ボーズ・オブ・カナダは完璧にエレクトロニック・ミュージックでありながら、当時のエレクトロニック・ミュージックのどの潮流にも属さなかったからなんだよ。
 当時の〈Warp〉系は——エイフェックス・ツインとオウテカがその典型だけど、複雑な構造の複雑なリズムのほうに腐心していたじゃん。スクエアプッシャーもそうだけど、あの頃は、フロア寄りの単純な4つ打ちから離れることが「良し」と思われて、〈Warp〉系はそっちに走った。マイケル・パラディナスにしても、ルーク・ヴァイバートにしてもそう。とくに重要だったのは、エイフェックス・ツインの “Come to Daddy” と “Girl/Boy Song”、そしてあれですよ、オウテカの『LP5』と「EP7」ね。あのワケわからない実験的なサウンドが、初めてシーンのなかでファンたちから評価されていった時期でもあったのね。

小林:かたやデトロイトはカール・クレイグのジャズや……

野田:ドレクシアのエレクトロも同時代の日本では理解されていなかったけど、ムーディーマンとセオ・パリッシュはアンダーグラウンドで火が付いていった頃だね。URの『Interstellar Fugitives』も1998年だったね。

小林:そんなときに『Music~』が……

野田:オウテカをメイン・アクトとして最初に日本に呼んだのは田中フミヤだったけど、彼は当時、日本のテクノDJのなかでもっともそのときのUKのアンダーグラウンドで起きていることを知っているDJでもあったのね。レディオヘッドがその名を影響源として挙げる数年前から、UKのアンダーグラウンドでいちばん評価が高かったのはオウテカだったの。

小林:へー。

野田:ようやくオウテカの時代が来たっていうときで。で、そういうなかでさ、『Music~』が店頭に並ぶ。ぜんぜん違うじゃない? 『Music~』におけるリズムの構造はものすごくシンプルで、メロディがあって、当時のテクノ・キッズが「すごい」って思いはじめていたオウテカやエイフェックスたちとは真逆のアプローチだったんだよ。あの時代は、それこそエイフェックス・ツインがあまりにも突出していたし、オウテカもいよいよその真価を発揮しはじめてきてて。『LP5』を聴いて、『Music~』を聴いてもらえれば、その違いにびっくりとする思うよ。
 bpmにしてもさ、ハウスやテクノのそれではなかったじゃん。むしろ、DJプレミア、DJ KRUSH以降のミニマルなヒップホップ・ビートにハマるダウンテンポだったわけで、そのサウンドも、〈Warp〉系たちが構造的な複雑さに部分に注視するのとは真逆で、構造よりも質感、すなわちテクスチュアの創造に注力していた[*クラシックにおける構造的なテクスチュアとは別に、エレクトロニック・ミュージックでは、その音の質感をそのように呼んでいる]。もちろんボーズ・オブ・カナダがその先駆者というわけではない。エイフェックスの『Ambient Works Vol.ll』なんかテクスチュアの作品だったし、シーフィールの諸作にもベーシック・チャンネルにもテクスチュアはあった。ボーズ・オブ・カナダの場合は、そのテクスチュアに個性があって、とくにかくあの、色褪せた、霞んだような音像だよね。いまでこそ、それは珍しくないけれど、当時としては独特だったんだよ。だから、当時のエレクトロニック・ミュージックのほかのどれかと同じように括れなかったのよ。後からそれは、エイフェックスよりもコクトー・ツインズやケヴィン・シールズがやってきたことに近かったと言えなくもないけど、決定的に違ってもいるよね、ビートが。だから、そのときは、これがなんなのか、わかってなかったよね。

小林:なるほど。

野田:オウテカみたいなのを聴いているなかでボーズに出会ったときは、あまりにもシンプル過ぎて。だってあの時代は、グリッチがあって、ブレイクコアみたいなのがすでに控えていたんだよ。そんなときにね、あの素朴なビートなわけで。でも、それこそが新たな起点になるわけだからね。結局、あれが2000年代に向けてのひとつの回路をつくったんだよ。

小林:感動的ですね!

野田:いや、そうでもなかったんだけど、でも、シーンに新たなキーワードを投げたことはたしかだよ。なぜなら彼らの本質は、「サイケデリック」ということなんだから。俺個人のリスニング史でいえば、エレクトロニック・ミュージックからアニマル・コレクティヴに早く関心を向けられたのも、ボーズ・オブ・カナダを聴いていたからだったと思うよ。もっといえばヴァシュティ・バニヤンのリヴァイヴァルもね、初期のフォー・テットはもちろん、ティコとかさ、ボーズ・オブ・カナダがいなかったら生まれたなかった作品は多いと思うよ。たとえば、具体的に影響を受けているかどうか知らないけど、音の質感の粒子の粗さを面白がるのって、フライローのファーストなんかのヒスノイズっぽい質感とか、それはBurialにもあるし、ヴェイパーウェイヴにもそれはあるし。劣化しているからこそ美しいみたいな倒錯の美学がさ。

小林:サイケデリックといえば、彼らの曲には “1969” など60年代を指示しているようにとれる曲がちょこちょこあります。

野田:彼らには “Nothing Is Real(リアルなものは何もない)” という曲があって(『Tomorrow's Harvest』収録)、これはザ・ビートルズ “Strawberry Fields Forever” の有名な一節で、サイケデリックを象徴することばだよね。『Music~』の人気曲 “Aquarius” で繰り返される「オレンジ」という言葉も、オレンジ・サンシャインっていうサイケデリック革命時の最強のLSDがあって、明らかにそれを仄めかしている。

小林:曲名の「アクエリアス」自体が水瓶座ですから、「水瓶座の時代」ですよね。

野田:「アクエリアス」とは、サマー・オブ・ラヴを象徴する大ヒットしたロック・ミュージカル『ヘアー』の主題歌で、その歌詞は、ヒッピー精神のマニフェストと言えるものだったんだよね。「水瓶座」は、ものすごく重要な、60年代的なキーワードだよ。『ヘアー』のなかで歌われる60年代の “Aquarius” は、資本主義/物質主義の否定から自然回帰的な思想が説かれているんだけど、『Music~』の頃のボーズ・オブ・カナダにも、そういう無垢なものに対する強烈な飢餓、自然に対する大いなるシンパシーが露骨ではないけど、出ていたよね。

小林:そこもほかの当時のエレクトロニカとは一線を画しますね。

野田:いや、まったく。それは、ボーズ・オブ・カナダというユニット名からも読み取れる。ボーズ・オブ・カナダという奇妙な名前は、そもそも、彼らが子どもの頃に見ていたカナダ国立映画制作庁(National Film Board of Canada)の教育映画やドキュメンタリー番組に由来している。ふたりはスコットランド出身だけど、幼少期の一時期、父親の仕事の関係でカナダのアルバータ州の自然のなかで暮らしているんだよね。

小林:その自然への憧れは『The Campfire Headphase』(2005年)にもつながっていきます。

野田:『Music Has the Right to Children』という題名もそうだよね。直訳すると「音楽は子どもたちに権利を持つ」だけど、意訳すれば、「音楽とは、そもそも子どものような無垢な魂に向けられたもの」ということになるか、もしくは、「ハーメルンの笛吹き男」的な、音楽が子どもたちを誘惑できるというニュアンスにも読めなくもない。それから、ロッキー山脈をバックに撮影した家族写真には、表情がない。だから、牧歌的な心地よさともまた違うんだよね。tillくんはどう思った?

till:ぼくはまったくもってリアルタイムではないので……生まれたのが2001年です。ダフト・パンクの『Discovery』が出た年。

野田:『Discovery』のとき、俺はもう30後半だったよ。

小林:ちょうど今日の3人は20ずつくらい歳が離れていて、きれいに3世代に分かれています。

野田:いいね、儒教的じゃなくて。ところでtillくんがボーズ・オブ・カナダを知ったきっかけは?

till:ぼくは先にマウント・キンビーにハマって。すごいかっこいいなと思って。

野田:たしかに、似てるね。初期のマウント・キンビーは。

till:そこから〈Warp〉の人たちを聴くようになって。レーベル設立30周年のとき、「Peel Session」(2019年盤)を聴いてボーズ・オブ・カナダを知りました。

小林:未発表だった “XYZ” が追加されたヴァージョンだよね。

till:そう、それがすごくよくて、何回も聴いて。それが最初の出会いでしたね。2019年。そこから「Hi Scores」を聴いたりして、かっこいいと思って……という流れでしたね。

小林:野田さんが言った、彼らが新しいサイケデリックの道をつくって、その流れのさらに先のところで出会った感じですね。

till:ほんとうに逆の順番で。それこそフォー・テットがいたバンドのフリッジも先に聴いていて。すごく好きでした。そのうえでのボーズ・オブ・カナダだったので。

野田:さっきも言ったけど、『Music~』が日本に最初に入ってきて、しばらく経ってから反応したのがヒップホップ系で、DJ KRUSHの影響を受けたDK KENSEIやDJ KLOCKあたりがボーズ・オブ・カナダをよくかけたんだよ。だって俺、“Aquarius” を完璧に覚えたのは、クラブのフロアだったもん。

小林:たしかにボーズ・オブ・カナダはビートがヒップホップですよね。

野田:トリップホップとも近いところがあるよね。でも、それを言ったら、その数年前にはマッシヴ・アタックとトリッキーみたいな超強力なのがあったりして。だから、ボーズ・オブ・カナダは時期的にも、トリップホップ系がもうひと段落してしばらくしてからの登場だった。でも、ヒップホップとの相性は良かったことはたしかだよ。cLOUDDEADとか、ずっとあとになってWhy?とかOdd Nosdam とか、アンチコン系のリミックスをやっていたから、やっぱアメリカでもそっちの流れで受けていたんだろうね。

小林:あの頃の、アメリカのオルタナティヴなヒップホップとの交流は面白いですね。ボーズ・オブ・カナダ=マイブラと言ってしまいたいところからも逸れていたことの証左なわけだし。

野田:それもそうだし、いまもそうかもだけど、そもそもヒップホップのDJが〈Warp〉の音源までチェックするなんてことは、まずないわけですよ。〈Warp〉ってテクノだし、ある意味、ヒップホップのDJがいちばんアプローチしづらいジャンルなんだよね。そこを横断して、まずはボーズ・オブ・カナダを見つけて、それがヒップホップのミックスのなかでも通用すると思えた彼らのセンスがすばらしかったよね。リキッドルームであれがかかると「うぉー!」って歓声が沸いたんだから。

小林:良いですね。

野田:ああ、すごく良かったよ。

小林:『Music~』は98年当時は日本盤が出なかったという話ですが、ぼくがリアルタイムで聴いた最初のアルバムが『Geogaddi』(2002年)で、「In a Beautiful Place Out in the Country」(2000年)は長崎のタワレコに入っていたのでその前に聴いたおぼえがありますけど、そもそもエレクトロニック・ミュージック自体を聴きはじめたのが2001年だったのでリアルタイムではなかったです。『Geogaddi』と同時発売でようやく『Music~』も日本盤が出て、そのときはもうわりと大物感があったような気がします。

野田:まだ大物感はぜんぜんなかったけどね。〈Warp〉といえば、エイフェックスで、オウテカで、トゥー・ローン・ソーズメンで、やや玄人好みでナイトメアズ・オン・ワックスやプラッドって時代だったし。さっきから同じこと言ってるけど、ボーズ・オブ・カナダは草の根的に、好きになったファンが口コミで評価を高めていった人たちの代表みたいな感じだよね。

小林:2002年に〈Skam〉が「Hi Scores」をリプレスして、〈Warp〉も「Twoism」をライセンスして、ようやく初期作が手軽に聴けるようになりました。ボーズ・オブ・カナダの音楽の核は、この2枚と『Music~』でもう確立されていますね。

野田:稲垣足穂の『一千一秒物語』じゃないけれど、『Music~』以降の作品はその解説というか。

小林:ヴァリエーションのような感じはありますよね。更新はされていますが。

野田:あと “Happy Cycling” (『Peel Session』1999年盤収録)も東京では人気だった。あれもクラブで聴くと圧倒的なんだよなー。

till:いまもファンのウィキみたいなところで自然と評価が上がっていく音楽ってありますけど、それをそうとう早い段階で体現していたんですね。

野田:そうね、リアルな現場でね。

ボーズ・オブ・カナダのサイケデリア

野田:90年代初頭からクラブ・ミュージックに入った人たちは、1990年代後半になると、そろそろサイケデリックに疲れはじめてきてて。もう何年間もサイケデリックな音楽ばかりを聴いていたから、もうサイケはいいや! って。

小林:レイヴやテクノですよね。

野田:俺なんか一時期は、サイケデリックではない音楽は全部切り捨てていたくらいで。だってさ、ロックが面白くなったのは、サイケデリックを通過したからでしょ。ジミヘンがいないロックなんて……。

小林:サウンドを拡張したわけですからね。

野田:サイケデリックとは何かを考えるに、サイケデリックではないものは何かを考えるとわかりやすいんだけど、サイケデリックでない音楽とは、歌謡曲やJポップだったりするわけじゃん。サイケデリックって、感情移入でも癒しでもない。夢見るための音楽であり、言うなれば、正気だと思っている認識を否定する音楽。ひどい話だね(笑)。

till:面白いですね。ぼくが「Peel Session」の2019年盤を聴いてびっくりした理由も、そこにある気がします。もうポスト・ダブステップも終わっていた時代ですが、つくり手でもある側としては、聴いているとDAWのボックス上でどうなっているかが透けてみえるようなものも、ポスト・ダブステップの曲にはありました。サンプルがどう並べられているかとか。でも音楽はそうしたPCのインターフェイス上の面白さではないというか、いま話されたような正気じゃいられなくなる、いられなくするものを求めていたから、それが “XYZ” にびっくりした要因だったのかもしれないと思いました。

小林:2019年といえば、UKジャズに勢いがあって、ロンドンからは新しいインディ・バンドがたくさん出てきて、Spotifyがハイパーポップをつくった時期です。

till:EDM的なものが鳴りを潜めていた時期だった気がします。ディスクロージャーも少し活動休止していたようなタイミングで、みんなが次の何かを探しているじゃないですけど、どうなるのかなって思ってる時期だった気がします。ぼくの体感としてはですけど。ハイパーポップがガーッとなるのはその直後というか。

野田:2000年代初頭のエレクトロニック・ミュージックの状況をいえば、グリッチ(エレクトロニカ)があった一方で、エレクトロクラッシュがあった。だからちょっといまの状況と似ているかもしれないよね。エレクトロクラッシュをハイパーポップだとすると。

till:その後コロナ・パンデミックでぜんぶ変わっちゃうんですけど。

野田:ボーズ・オブ・カナダが出てきた90年代後半って、そろそろサイケに疲れて、レイヴ・カルチャーにも飽きてきた時期でもあったんだよね。だから、90年代後半の思い出を言えば、友だちの家に行ってお互いが好きな音楽をいっしょに聴くとか、そんな感じだったの。言うなれば、コーネリアスの『ファンタズマ』の世界だね。しかし、そこもボーズ・オブ・カナダが変えたよね。ボーズ・オブ・カナダのもうひとつの隠された功績は、かつて外に出かけていた人たちに、でもまた外に出てみようかなって気持ちにさせたこと。それがサイケデリアってことじゃない。

小林:なるほど。

野田:彼らは幼い頃カナダの自然の近くに住んでいたんだよね。ボーズ・オブ・カナダには明らかにそうした無垢な何かをとり戻したい欲望がある。

till:メディアとの距離の置き方にもそれが出ているかもしれませんね。すごくアーティスティックなところがある。

小林:そうした憧れがとりわけ大きく出たのが『The Campfire Headphase』かなと、聴きかえして思いました。あからさまな鳥の鳴き声とか、アコースティック・ギターの感じが。

野田:そこはいかにも英国的なロマン主義を感じるよ。ボーズ・オブ・カナダが台頭してから数年後に、ジ・インクレディブル・ストリング・バンドみたいな英国フォーク・リヴァイヴァルがクラブ世代のなかでリヴァイヴァルしたのは明らかにつながりがあったよね。

till:ロマンティックですよね。それはすごく思います。『The Campfire Headphase』から明確にバンド・サウンドになっていきますよね。ギターがわりと前に出てきて。

野田:もともとバンドをやっていたんだよね。でもさ、影響を受けたのがディーヴォって言ってるのが、音楽的にも見た目にも信じられないんだけど(笑)。でも、ボーズ・オブ・カナダがディーヴォなんだよ! ディーヴォって、アメリカのアクロンっていう、タイヤで有名な都市から出てきた、文明に対するクリティックでもあって、そこがボーズ・オブ・カナダとつながってると言えなくもないのか。

till:そうしたロマンティックな部分は新作の『Inferno』っていうタイトルにもつながってきます。

野田:ディーヴォはまったくロマンティックじゃないけどね。アンチ・ロマンだな。

小林:彼らはほのめかすようなタイトルが多いですよね。

野田:さっきも言ったけど、『Music Has the Right to Children』もちょっと変なことばだよね。主語が逆転している感じがあって。「子どもたちこそ音楽を聴く権利がある」くらいだと通りはいいのに、「音楽は子どもたちに権利をもつ」って。

till:なんかアンデルセンっぽくないですか。ヨーロッパ的というか。

野田:サイモン・レイノルズは『Music~』を「時間のエキゾティシズム」って言っているんだよね。ようは、失われた子ども時代、終わってしまった子ども時代、かつてあっていまはなきもの。

小林:ボーズ・オブ・カナダのサウンドには、心地いい意味での懐かしい感じと、他方でそこにずっと浸りつづけていたいわけではない、ホラーっぽい部分もありますよね。すごく不思議な感覚。

till:ボーズ・オブ・カナダはよくノスタルジーと絡めて語られることが多いですけど、ノスタルジアということばには注意が必要だなと思っていて。彼らのノスタルジアの対象って、存在しないんですよね。そんな時代も、そんなモノもない、その「ない」ものに対するノスタルジアなんです。そもそもノスタルジアということばが地理的な意味ではなく時間的な意味をもちはじめたのが、たしか第一次世界大戦の頃からなんですよ。

小林:その頃「郷愁」ではなく「懐古」のニュアンスが出てきた、と。

till:そう。だから時間のノスタルジアは比較的新しいんです。1950年代や60年代の頃、ノスタルジアは、「ない」ところに向かって何かを思い描いて、「いまではないほうがよかった」というような思いを馳せるもので、それはボーズ・オブ・カナダがやってることと近い。それぐらい心地よさ、エクスタシーを求めているということなんでしょうけど。ただその気持ちよさの追求には危険なところもあって。「Make America Great Again」だってノスタルジーで、快感を与えるものだから。

小林:なるほど。その「ない」は、さっき野田さんが言ったジャケット写真の顔の欠如とつながりますね。

till:顔ハメ看板みたいなものですからね。任意のものを当てはめられる。

野田:だから、ノスタルジーではなく、ホーントロジーという言葉が重要になってくるよね。「いまは亡きものたちが現在を侵食する」みたいな感覚。「過去の亡霊が現在に生きる」、これはBurialの、「いまは再開発などで変わり果ててしまった、しかしかつてそこではレイヴがあった場所」なんかに感じる感覚とも似ている。Burialほどの悲しみはないけどね。いずれにしても、「いま亡きものたちの存在」「失われた未来」をテーマにした音楽が2000年代なかばから2010年代にかけて台頭する。ザ・ケアテイカーみたいなやつね。その先陣を切ったのが、ボーズ・オブ・カナダだった。この記事の俺の発言もホーントロジーということで(笑)。

後編につづく

Ana Roxanne - ele-king

 アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)の新譜『Poem 1』は、天国と現世が交信するような、とても美しい音楽だ。声。アンビエント。クラシカル。その絹のように柔らかな音。その折り重なり------。
 アナ・ロクサーヌは、フィリピン系アメリカ人で、現在はロサンゼルスを拠点に活動するアーティストである。2019年に〈Leaving Records〉から発表した『~~~』、2020年に〈Kranky〉からリリースした『Because of a Flower』によって現代アンビエント/ドローン音楽を語る上で重要な存在となった。
 その音楽は、ひとつのジャンルへ還元されることを拒む。ニューエイジ、ミニマリズム、教会音楽、クラシック、ジャズ、エレクトロアコースティック。それらが音楽的要素が淡く溶け合い、かすかな芳香のように空間へ広がっていく。幾重もの音楽的要素を繊細に編み上げるアナの作品は、「自己」という輪郭がゆっくりと解けて、世界と溶け合っていく瞬間を音楽として結晶化したもののようである。

 本作『Poem 1』のリリースは、『Because of a Flower』と同じく米国の老舗実験音楽レーベル〈Kranky〉だ。1990年代以降、スターズ・オブ・ザ・リッド(Stars of the Lid)、グローパー(Grouper)、ティム・ヘッカー(Tim Hecker)、ラブラドフォード(Labradford)、パン・アメリカン(Pan American)、ウィンディ&カール(Windy & Carl)らを送り出してきた〈Kranky〉は、ドローンやアンビエント、スロウコア以降の実験音楽の深い森を育て続けてきた名門である。
 この『Poem 1』もまた、その豊かな系譜の先に咲いた作品といえよう。同時に、本作はグローパー以降のシンガーソングライター作品にも通じる親密さと温度を帯びている。
 これまでのアナ・ロクサーヌの音楽においても、声は常に重要な存在だった。それは霧のなかへ溶け込み、電子音やドローンと見分けがつかなくなるほど曖昧な輪郭を持っていた。しかし本作『Poem 1』で初めてその声は音楽の前景へと歩み出る。削ぎ落とされた音の中心で、脆さと儚さをまといながらも確かな存在感を放つのだ。
 アルバムの幕を開ける1曲目“The Age of Innocence”から、その変化ははっきりと感じられる。持続するドローンの上を漂う歌声は、かつての超越的な浮遊感というよりも、むしろ身体に宿る呼吸そのものに近い。わずかなヴィブラート、息継ぎの気配、声の震え。その細部が露わになることで、本作はアンビエント作品でありながら、きわめて親密なシンガーソングライター作品としても響き始める。
 続く2曲目“Berceuse in A-flat Minor, Op. 45”では、抑制されたピアノとベースが静かな骨格を形づくり、その上に彼女の声がそっと置かれる。ここで印象的なのは、音楽がどこかへ向かって加速しないことだ。アナ・ロクサーヌは劇的なカタルシスを求めない。静止寸前のテンポ、持続する和音、ほとんど動かない旋律。その内部でのみ揺れる感情を、彼女は丁寧にすくい上げていく。
 3曲目“Keepsake”は本作の核のひとつと言えるだろう。まるで古びたバーの片隅で、ひとり静かにピアノを弾いているような音の質感。乾いた残響のなかで響く声は、記憶そのものが歌っているかのようだ。ここでのアナ・ロクサーヌは、ニューエイジ的な透明性から少し距離を取り、ジュリー・クルーズ(Julee Cruise)のドリームポップや、グローパーのアンビエントポップにも通じる親密な陰影へと近づいている。4曲目“X”では静かなドローンが持続し、その上に霞んだ音が降り重ねられていく。ボーカルなしのインスト曲だが、静謐ながら本作の「響き」のもっとも純粋な状態のように思えた。
 アルバム中盤の5曲目“Untitled II”では、夢幻的なアンビエンスが姿を現す。ゆっくりと引き延ばされたリズム、葬送曲のようなピアノ、霞のように漂うシンセサイザー。その音像はどこかデヴィッド・リンチの映像世界を思わせ、現実と夢の境界線が薄れていく感覚をもたらす。この楽曲において彼女は、過去の作風と現在のソングライティングを自然に結び合わせることに成功した。
 さらに特筆すべきは、6曲目“One Shall Sleep”で試みられたロベルト・シューマンの歌曲「ユスティヌス・ケルナーによる12の詩(12 Gedichte von Justinus Kerner)』Op. 35」の第10曲目の再解釈である。19世紀ドイツ歌曲の旋律を、ドローンとアンビエントの時間感覚で静かに包み込みながら再構築する手法はとにかく見事のひとこと。そして19世紀の詩人ユスティヌス・ケルナーの詩を朗読するアナの声の存在感。この曲では「古典」と「現代」は対立することなく溶け合い、あたかも遠い時代の幽霊が現在の空気のなかへ静かに漂い込んできたかのような感覚を生み出している。7曲目“Wishful (draft)”ではクラシカルなドローン/アンビエントに重なる鐘のような乾いたリズム。この“X”と同様にインスト曲だが、音の深遠さ、幽玄さはアルバム随一だ。
 アルバム終盤の8曲目“Cover Me”から9曲目“Atonement”へ至る流れは筆舌に尽くしがたい。コーラスの柔らかな響きに抱かれたあと、彼女の声はわずかに前方へと歩み出る。アルバム全体を覆っていた静かな悲哀は最後まで消え去らない。しかし残されるのは絶望ではなく、長い道のりをなお歩み続けようとする微かな意志の灯である。

 以上、全9曲、本作が扱うのは喪失であり、傷であり、癒えない記憶だ。だが『Poem 1』はそれらを感情の爆発として描こうとはしない。むしろ沈黙と余白を守り続ける。声も音も旋律も、静謐な空気のなかをゆっくりと漂う。感情は霧のように蒸発する。しかしその消えゆく過程そのものが、本作に透明な悲しみを与えていると思う。
 このアルバムは感情で空間を埋め尽くすための音楽ではない。聴き手を立ち止まらせ、心の深い場所へ静かに沈めていくための音楽なのである。アナ・ロクサーヌは本作で、アンビエントの奥底に眠っていた「歌」をそっと掬い上げた。その歌は決して声高ではない。だが、水面に落ちた一滴の波紋のように、静かに、そして長く響き続けるだろう。

 『Poem 1』は、これまでアナ・ロクサーヌが探求してきた「身体から遊離する音楽」を、もう一度「身体」へと呼び戻していく旅路=過程の記録である。声、呼吸、沈黙、残響。そのすべてを極限まで削ぎ落とした先に、本作は静かな密度を獲得した。そこには音楽というより、一篇の祈りにも似た時間が流れている。

heykazma - ele-king

 エレキングでの連載「融解日記」でもおなじみの若手DJ、この2月にめでたくデビューEP「15」を送り出したheykazmaですが、そのリリース記念パーティが開催されることになりました。6月26日(金)@下北沢SPREADに駆けつけましょう~。

注目のα世代DJ heykazma、デビューEP『15』
配信リリース記念パーティーを下北沢SPREADにて開催
ゲスト北村蕗によるライブ演奏も

2026年6月26日、アルファ世代の新星DJ heykazma(ヘイカズマ)のデビューEP『15』のリリースパーティーを下北沢SPREADにて開催します。

当日はheykazmaによる80分のDJセットの他、親交の深い北村蕗のライブや、heykazmaと北村蕗による2人組DJ/音楽ユニットmachakaruのB2Bセットにより、会場をハッピーに盛り上げます。
またアートディレクターManami Masudaのイラストをあしらったリリース記念heykazmaキャンバストートも販売します。

<heykazma 1st EP "15" Release Party開催概要>
【日時】2026.06.26 Fri OPEN 18:45 / START 19:00
【会場】下北沢SPREAD
【出演者】[DJ] heykazma、machakaru (kuyurimi & heykazma) /
     [LIVE] 北村蕗
【企画協力】U/M/A/A Inc.
【チケット】https://livepocket.jp/e/r-t9x
前売券:¥3,000  U-25:¥2,500 当日券:¥4,000
※前売・U-25合わせて先着80名限定となります。
※いずれも+1ドリンクのオーダーをお願いします。

<キャンバストート イメージ>

■コメント動画
heykazma & 北村蕗からのコメント動画はこちら
https://www.youtube.com/shorts/IJQ-k-l3hSU

■リリース情報
heykazma 1st EP 『15』【リリース情報】

タイトル:『15』(フィフティーン)
アーティスト:heykazma
配信日:2026年2月2日

収録曲:
15
Pre Pariiiiiiiiiiiiiiin
Pariiiiiiiiiiiiiiin
Cat Power
Acid Noise

発売元:U/M/A/A Inc.
ダウンロード価格(税込)
単曲|通常:¥255 ハイレゾ:¥510
バンドル|通常:¥1,069 ハイレゾ:¥2,138
サブスクリプション/ダウンロードはこちらから
https://lnk.to/heykazma_15

アルファ世代の新星DJ heykazmaのデビューEP『15』
ノイズからジュークまでアンダーグラウンドな音楽を自発的に聞き始めた3歳の頃から、2026年現在までの豊富な音楽体験によって育まれた自由奔放な感性の今を詰めこんだ作品。2010年に仙台で生まれ、東日本大震災や風営法やコロナなど音楽業界に於いて波乱の時代にありながらも、圧倒的な好奇心で軽やかに音楽やエンターティメントに触れ慣れ親しみ、やがて自ら創造する側へと。希望に胸を膨らませた15歳の才能の船出と決意、育ってゆく中で手にしたメモリーズを集約させたピュアな記念碑的EP。

<Credit>
Maiya Toyama(illiomote) - Bass(Track 1)
Case Wang - Mix&Mastering
ALi(anttkc)- MV Director
Yuki Kawamura - Produce
写真:飯田エリカ
デザイン:Manami Masuda
hair&make:hitomi andoh
Costume cooperation:miku moritake, Chiiika., chichiiiiichichi, ALIGHT
from 「Eternal Girl Meets Mermaid」

◾️出演者プロフィール
heykazma

2010年生まれのアルファ世代(16歳)DJ、作曲家、モデル、オーガナイザーなど多方面で活躍中のアーティスト。幼少期から音楽に親しみ、9歳からDJ活動を開始、エレクトロニック・サウンドを軸とした多彩なプレイスタイルを展開中。学業の傍ら、VOGUEの「Best Dressed 2025」選出や「ele-king」でのコラム連載、自主企画「yuu.ten」をオーガナイズするなど精力的に活動。また、kuyurimi(北村蕗)とのユニット・machakaruや、カメラマン東京神父、音楽家北村蕗と共にフォトコレクティブ・HEAVENLY KILLERSのメンバーとしても活動中。2026年2月にはデビューEP「15」をリリース、7月には新曲のリリースを控えている。

公式サイト:https://sites.google.com/umaa.net/heykazma-official/home
Instagram:https://www.instagram.com/heykazma/
lit.link:https://lit.link/heykazma

北村蕗

2023年3月に初の配信シングル「amaranthus feat. 梅井美咲」をリリースし、7月にFUJI ROCK FES’23 のROKIE A GO-GOに出演。ダンスミュージック、ジャズ、フォーク、エレクトロニカなど、様々なジャンルを横断するサウンドで注目を集める。2024年7月には、2年連続となる FUJI ROCK FESTIVAL ’24 への出演を果たす。2025年3月にはSXSW2025に出演し、11月26日に1stアルバム『Spira1oop』をリリース。2026年5月には恵比寿LIQUIDROOMでワンマンライブ「Don't MIDI me」を開催。冨田ラボのメンバーとしての活動に加え、Tomgggとのコラボレーション、梅井美咲とのユニット「°pbdb」、kuyurimi名義でDJ活動するなど、多面的なプロジェクトを並行して展開している。

X: https://x.com/FukiKitamura
Instagram:https://www.instagram.com/kitamurafuki

machakaru

Photo by Utae

kuyurimi(a.k.a 北村蕗)とheykazmaによるB2Bユニット。
決まったスタイルはなく、そのとき気になる音を、なんかいい感じに繋いでいく。
真面目すぎず、ちゃんとふざけつつ、でもちょっとズレててクセになる。じんわり場を温める仲の良いふたり組。

Masabumi Kikuchi - ele-king

 この春リイシューされ、話題を呼んだ菊地雅章の幻の作品群『六大』。その魅力や聴きどころなどについてはこちらのレヴューをご参照いただくとして、ついに同作のデジタル配信が本日5月27日より解禁となった。各サーヴィスの一覧は下記URLより。

https://lit.link/ringstokyo

5月のジャズ - ele-king

Wendell Harrison with the Tribe Jazz Ensemble
Love Is Everywhere~Pharoah Sanders Tribute Live

Pヴァイン

 今月はトリビュート・アルバムやカヴァー作品に良いものが多かった。1970年代にデトロイトの伝説のレーベルである〈トライブ〉をフィル・ラネリンと共同で設立し、その後1980年代も〈リバース.〉や〈ウェンハ.〉という自主レーベルを立ち上げ、デトロイト・シーンを牽引してきたマルチ・リード奏者のウェンデル・ハリソン。スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的な存在の彼は、2009年にはフィル・ラネリン、マーカス・ベルグレイヴ、ダグ・ハモンドといった〈トライブ〉の同志と、カール・クレイグ、アンプ・フィドラー、ジョン・アーノルド、カリーム・リギンズといった下の世代のアーティスト、異種のジャンルのミュージシャンとコラボし、『Rebirth』というアルバムをリリースした。近年もフィル・ラネリンと共にエイドリアン・ヤング、アリ・シャヒード・ムハマッドのプロジェクト『Jazz Is Dead』に参加するなど、老いを感じさせない活躍を見せている。そして、2025年7月20日のデトロイト芸術大で開催されたコンサート・オブ・カラーズ・フェスティヴァルで、2022年に他界したファラオ・サンダースのトリビュート・ライヴをおこない、その模様を収めたものが本作となる。ウェンデル・ハリソンにとってファラオ・サンダースはほぼ同時代を生きたアーティストで、お互いに共鳴したり影響を与えたところもあったと想像されるが、生涯を通して共演することはなかった。ファラオの死から3年ほど経過し、改めて彼の功績をたたえると共に、世界中で紛争が拡大する現在、ファラオが音楽を通じて放った愛と平和のメッセージを世に問うコンサートだったと言える。

 演奏メンバーはハリソン夫人でもあるピアニスト/シンガーのパメラ・ワイズ、マーカス・ベルグレイヴの息子であるサックス/フルート奏者のカサン・ベルグレイヴ、ブラック・ライト・コレクティヴというデトロイトのジャズ/ファンク/ヒップホップ集団に参加する新進トランペット奏者のアレン・デナード、ニッキー・オー名義でハウス方面でも活動するシンガーのスカイ・コヴィントンなどが参加。ウェンデル・ハリソンとパメラ・ワイズを除き、比較的若いメンバーによる演奏となる。演奏曲目は “Love Is Everywhere”、“The Creator Has A Master Plan”、“Thembi”、“Sun Song” などファラオ・サンダース及びその盟友のレオン・トーマスの楽曲ほか、〈トライブ〉時代にフィル・ラネリンが録音した “He The One We All Knew” や、ソニー・クラークの “Softly As The Morning Sunrise”、ホレス・シルヴァーの “Song For My Father” といったスタンダード曲もやっている。そうしたなか、やはりハイライトは “Love Is Everywhere” だろう。スカイ・コヴィントンが歌う女性ヴォーカル・ヴァージョンとなっているが、オリジナルのピースフルで愛に満ちた雰囲気を引き継いだ演奏だ。

ウェンデル・ハリソン:Love is Everywhere (Live)

ファラオ・サンダース:Love Is Everywhere - YouTube


Heliocentrics, Marshall Allen, Knoel Scott, Bilal
Nuclear War

Strut

 サン・ラーの『Nuclear War』が発表されたのは1982年。1979年に起きたスリーマイル島原発事故を受けて作られた楽曲だが、これをリリースしたのがポップ・グループなどで知られるポスト・パンク/ニュー・ウェイヴの〈Yレコーズ〉というのも面白い。それから33年を経た2015年、サン・ラー・アーケストラのメンバーであるマーシャル・アレンとノエル・スコットに、マルコム・キャトー、ジェイク・ファーガソンらによるジャズ・ファンク・バンドのヒーリオセントリックスがジョイントし、“Nuclear War” が再録された。録音されたまま日の目を見ることなく未発表状態が続いていたのだが、今年になってようやく発表された。2015年当時を振り返ると、ヒーリオセントリックスはムラトゥ・アスタトゥケ、ロイド・ミラー、メルヴィン・ヴァン・ピープルズ、オーランド・ジュリアスといったカルトなアーティストたちとのコラボを続けてきた途上にあり、マーシャル・アレンはノエル・スコットらサン・ラー・アーケストラのメンバーを率い、サン・ラーの遺志を引き継ぐようなライヴ活動をおこなっていた。2015年は『Live At Babylon』というライヴ・アルバムを発表していて、ちょうどその頃に近い録音だ。サン・ラー・アーケストラは新録としては1999年に『A Song Of The Sun』を発表してから、2020年の『Swirling』まで期間が空いており、その空白を埋めるようなレコーディングだったと言える。

 “Nuclear War” 以外では サン・ラー・アーケストラの代表曲のひとつである “Angels And Demons At Play” や、レア・グルーヴ方面でも人気の高い『Lanquidity』(1978年)収録の “Where Pathways Meet” もやっている。原曲はサン・ラーのなかでも極めてファンキーな1曲として知られるが、今回はそのレア・グルーヴ感を増幅させたジャズ・ファンクで、いかにもヒーリオセントリックスらしい演奏と言える。また、“Astro Black” にはビラルがヴォーカルで参加。意外な組み合わせのように見えるが、そもそも彼はロバート・グラスパーなどとの関りからジャズの造詣も深く、この当時はエイドリアン・ヤングやケンドリック・ラマーたちと仕事をしていた時期に当たる。サン・ラーが拠点としていたフィラデルフィアの出身でもあり、彼なりに意味のあるレコーディングだったようだ。

ヒーリオセントリックス、M・アレン、N・スコット:Where Pathways Meet

サン・ラー:Where Pathways Meet (Remastered)


Warren Wolf
Smoove Vibes

Outside In Music

 ウォーレン・ウルフはボルティモア出身のヴィブラフォン奏者で、クリスチャン・マクブライドのグループや、SFジャズ・コレクティヴなどの参加で名を上げた。ソロ・アルバムは2005年の『Incredible Jazz Vibes』以来、数々リリースしてきており、2024年には彼が影響を受けたヴィブラフォン奏者のテリー・ギブス、ライオネル・ハンプトン、ミルト・ジャクソン、ボビー・ハッチャーソン、カル・ジェイダー、ゲイリー・バートン、ロイ・エアーズ、デイヴ・サミュエルズ、ジョー・ロックの楽曲を演奏した『History Of The Vibraphone』をリリースしている。テリー・ギブス、カル・ジェイダー、デイヴ・サミュエルズなどのようにヴィブラフォンとパーカッションやドラムを兼ねる演奏家でもあり、ときにピアノ演奏やヴォーカルを見せることもある。ラテン系の楽曲も得意で、キューバ出身でディジー・ガレスピーの楽団でも演奏したアフロ・キューバン・ジャズの始祖であるチャノ・ポゾのトリビュート作品集をリリースしたこともある。

 最新作の『Smoove Vibes』はオリジナル曲もあるが、様々な作品のカヴァーで多く構成されていて、デイヴ・ブルーベックのジャズ古典の “Take Five” から、ラムゼイ・ルイスがモーリス・ホワイトのプロデュースでアース・ウィンド&ファイアをバックに吹き込んだ “Sun Goddess”、ブレッカー・ブラザーズのジャズ・ファンク “Some Skunk Funk” など、多彩なスタイルの楽曲をやっている。なかでも目を引くのは “Fábrica” だろう。オリジナルはブラジルのピアニストのセザール・マリアーノがCIAというバンドを率いた『São Paulo • Brasil』(1977年)に収録されており、アジムスのファースト・アルバムと並ぶブラジリアン・フュージョンの傑作アルバムである。“Fábrica” は1980年にハリス・サイモン・グループによって “Factory” の英題でも演奏されていて、こちらも昔からジャズDJの間では知られるところだ。ウォーレン・ウルフのカヴァーは比較的原曲のセザール・マリアーノのヴァージョンに近いもので、エレピのメロウな響きにヴィブラフォンを重ねている。中間のヴィヴラフォン・ソロは彼独自のもので、カル・ジェイダーの演奏を彷彿とさせるものだ。

ウォーレン・ウルフ:Fábrica

セザール・マリアーノ&CIA:Cesar Mariano & CIA - Fabrica - YouTube

ハリス・サイモン・グループ:Harris Simon Group ‎– Factory


Seu Jorge
The Other Side

Amor In Sound

 2000年代以降のブラジル音楽界を代表するシンガー・ソングライターのセウ・ジョルジ。ジョルジ・ベンジョールに影響を受け、サンバ・ファンクやサンバ・ロックのサウンドに乗せて、ギル・スコット・ヘロンに似た低音ヴォイスでメッセージ性に溢れる歌を歌う。また、『City Of God』(2002年)をはじめ映画出演も多く、俳優としての顔も持つ。ブラジル音楽にとどまらずいろいろな音楽を吸収していて、2005年にはデイヴィッド・ボウイのカヴァー集である『The Life Studio Sessions』というアルバムをリリースし、ボウイ自身が絶賛した。2010年の『Seu Jorge And Almaz』ではマイケル・ジャクソンの “Rock With You”、ロイ・エアーズの “Everybody Loves The Sunshine”、ケイン&アベルの “Girl You Move Me” などをカヴァーし、これまたセンス溢れる選曲となっていた。ブラジル国内にとどまらない国際的な人気を有するアーティストで、2012年のロンドン・オリンピックの閉会式、2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でのパフォーマンスも知られるところだ。

 彼の最新作『The Other Side』はブラジル内外の様々な楽曲をカヴァーしている。ミルトン・ナシメントの1969年のデビュー・アルバムに収録された “Crença”、エリス・レジーナ、ナラ・レオ、ロー・ボルジェスなどで知られる “Vento de Maio” (テオとマリシオのボルジェス兄弟の作詞作曲)などブラジルの作品から、前述のケイン&アベルの “Girl You Move Me” の再演、アメリカのベックも交えてのニック・ドレイクのカヴァー “River Man” など。なかでも素晴らしいのはアルトゥール・ヴェロカイの “Caboclo” のカヴァーだろう。ヴェロカイの1972年のデビュー・アルバムの冒頭を飾るナンバーだが、ここではミゲル・アットウッド・ファーガソンによるストリングスの助けを受け、原曲のコズミックでサイケデリックな雰囲気をうまく再現している。

セウ・ジョルジ:Caboclo

アルトゥール・ヴェロカイ:Arthur Verocai – Caboclo

Cornelius - ele-king

 すでに“夢寝見”で、そのドリーミーなポップを楽しんでいるところにいよいよです。コーネリアスの3年ぶりのニュー・アルバム『Refractions』が8月19日(水)に発売されるのであった。ジャケットは、サイケデリックです。
 ショーン・オノ・レノンがヴォーカルで参加した収録曲の“Aeons”も配信されたばかり。こちらもサイケデリックです。

 なお、『Refractions』は通常盤と、ワーナーミュージック・ストアのみで販売される限定盤『Refractions (Deluxe Edition)』という、ふたつの形態が発売される。『Deluxe Edition』には、コーネリアス本人によるスプレー・ワークがそれぞれの盤に施されているほか、『Refractions』の通常盤CDと、 2024年7月に活動30周年を祝して行われた「Cornelius 30th Anniversary Set」を収録したBlu-rayディスクや、さらに、ミラーやアクリル板なども封入される。
 また、9月からの全国ツアーも発表された。フライヤーまでサイケです。

CORNELIUS REFRACTIONS TOUR 2026

 9/10(木) 神奈川・KT Zepp Yokohama
 9/12(土) 広島・広島クラブクアトロ
 9/13(日) 福岡・Zepp Fukuoka
 9/19(土) 北海道・Zepp Sapporo
 9/22(火/祝) 愛知・Zepp Nagoya
 9/23(水/祝) 大阪・Zepp Namba (OSAKA)
 9/26(土) 宮城・仙台PIT
 10/2(金) 東京・Zepp Haneda (TOKYO)
 10/3(土) 東京・Zepp Haneda (TOKYO)
 10/6(火) 東京・Zepp Shinjuku (TOKYO)

■チケット先行受付
受付期間:2026/5/27(水)12:00~2026/6/7(日)23:59  
受付URL:https://l-tike.com/cornelius/

【商品情報】
『Refractions』(CD/WPCL-13774/¥3,300+税)
「Mind Train」「Bad Advice」「夢寝見」「Aeons」ほか、全10曲収録予定。
Linkfire : https://cornelius.lnk.to/refractions

※CDショップ特典:以下の対象店舗でご予約・ご購入で先着で特典をプレゼント。
Amazon.co.jp メガジャケ
楽天ブックス:缶バッジ
セブンネットショッピング:レコードモチーフコースター
その他CDショップ:ステッカー

『Refractions(Deluxe Edition)』(CD+Blu-ray/WPZL-32302~3/¥18,000+税)
本日27日(水)18時から予約開始〈完全生産限定商品〉
『Refractions (CD)』+『Cornelius 30th Anniversary Set(Blu-ray)』2枚組仕様。
Warner Music Store : https://store.wmg.jp/collections/cornelius/products/6683
※数量に限りがございます。無くなり次第、終了とさせていただきます。

・「Aeons」Digital Single」
5月27日(水)配信開始
配信URL:https://Cornelius.lnk.to/aeons
配信元:ワーナーミュージック・ジャパン
Music Video : https://youtu.be/14-VSYqIRWw

[物販情報]
「Aeons Tシャツ」
「Aeons」の発売を記念したTシャツをWarner Music Storeにて販売開始。
サイズ:S・M・L・XLの4サイズ展開

【販売開始】2026年5月27日(水)18:00~
【配送スケジュール】2026年5月28日(木)より随時お届け予定

Warner Music Store:https://store.wmg.jp/collections/cornelius/products/6661

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