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MOODYMANN
PRIVATE COLLECTION 2
UNKNOWN / US / 2011/1/22
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MARTYN & MIKE SLOTT
COLLABS 1
ALL CITY DUBLIN / UK / 2011/1/29
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COATI MUNDI
DANCING FOR THE CABANA CODE IN THE LAND OF BOO-HOO
RONG MUSIC / US / 2011/1/30
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WHISKEY BARONS
BSTRD BOOTS VOL.13
BASTARD BOOTS / US / 2011/1/28
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SOFT ROCKS
DISCO POWER PLAY ALBUM HIGHLIGHTS (PLUS ONE MORE)
SOFT ROCKS / UK / 2011/1/30
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みんな大好きダックテイルズ。唄心のあるリヴァーブ・ポップとゆるゆるしたギター・アンビエントでUSシーン最大のローファイ・コロニー〈ウッディスト〉を代表するバンドとなったリアル・エステイトのギタリスト、マシュー・モンダニルのソロ・プロジェクトがダックテイルズだ。リアル・エステイトは先日ウッズとともに来日公演も果たし、両者の日本での人気ぶりから推しはかるにこんな説明は不要かもしれない。だが、なぜリアル・エステイトやダックテイルズが支持されるのかということについてはもう少し注意を払う必要があると感じる。リアル・エステイトやダックテイルズを聴くということは、モンダニルのあのとろみのあるギターを聴くということだ。いや、「聴く」というよりはそれに「浸かる」「浴する」と表現したい。初めて耳にしたときから、筆者はあの音と「温浴」のイメージとを切り離すことができない。「ヒプナゴジック・ポップ(入眠ポップ)」という、なかば揶揄を含んだ形容もわからなくはない。しかしただ眠りに就くというよりは、温浴のように、治癒とかデトックスといったフィジカルな効能を想像してしまう。岩盤浴で身体の芯から温まってさらさらの汗が大量に出る、とか、ゲルマニウム温浴で体内の老廃物を排泄する、といったイメージがあの穏やかな熱と光源を持った音から湧いてこないだろうか?
曲の骨だけを取り出せば変哲のないゆかしきアメリカーナである。これを当世風に仕立てているのが彼のサウンドのとろみに他ならない。リヴァーブでもフィードバック・ノイズでも、昨今のインディ音楽はクリアさを嫌う傾向が基調となっている。ドリーミーだったりシットだったり、音の濁り方はアーティストによってさまざまだが、ダックテイルズの場合は養分がたっぷりと溶かし込まれているようなとろみがついている。色でいえばはちみつ色のギター・サウンド。そして少ない展開のなかに、短く印象的な旋律が押し込まれる。わずかなフレーズの繰り返しやアルペジオによって、ゆるくスウィングするようにリズムが形成される。心地よいことこの上ない。USのインディ・ポップの伝統を高度に消化しているにも関わらず、なんとなく、これは音楽ではないんじゃないか、音楽ではなくて効果なのじゃないかと思えてくる。
本作は、2009年〈オールド・イングリッシュ・スペリング・ビー〉からリリースされ、バンドの評価をいっきに高めた『ランドスケープス』に続くアルバムで、〈ウッディスト〉からは最初となる通算3枚目。非常に肌細かいリズム感覚を備えている。ペイヴメントからディアハンターまで、優れたローファイ・バンドがタイトなリズム感を有しているというのは筆者の持論であるが、ここでも大別すれば3種類のトラックがバランスよく乗り入れてアルバム全体に大きなうねりを与えている。アンダンテ、モデラート、ブロークン、と名付けよう。アンダンテはその名の通り、歩く速さのトラックだ。"ハミルトン・ロード"や"ドント・メイク・プランズ"、"キリン・ザ・ヴァイブ"など、CSNYやバッファロー・スプリングフィールドをフィルム栽培したような、ひょろついた足取りながらしみじみと唄を聴かせる数曲。モデラートはそれよりやや速く、切ないエモーションを垣間見せるトラック。"スプリンター"や"サンセット・ライナー"、"リトル・ウィンドウ"などがこれにあたり、作品に動きを与えている。今作でくっきりとしてきた方向性ではないだろうか。そしてブロークンは、それらの曲のつなぎ目に破れやほころびを生じさせるアンビエント寄りのトラック。リズムはあるが跳ねたり躍動したりはしない。ところどころに口を開けた穴のように配置されていて、"ザ・レイザーズ・エッジ"の定まらないピッチや"ポーチ・プロジェクター"のフィールド・レコーディングに重ねられた即興を聴くともなく聴いていると、足裏デトックスのように身体からどろどろとした毒素が流れ出してくるかに感じられる。
インディ・シーンにおいて大きな信頼と支持を得ているアーティストのうち、少なからぬものが音楽の意味性にではなく機能性にフォーカスしているように見えるのは興味深いことである。〈ウッディスト〉周辺は、おおむねそうだ。チルウェイヴ/グローファイ批判なども、じつはその逃避的傾向以上に、音楽が気持ちよさや心地よさに支配されてしまってよいのだろうかという年長世代からの危惧が反映されているのではないか。個人的にはそれもよく理解できる。早晩このグローファイ・バブルも弾けるだろう。しかし、その後に意味性への揺り戻しが来るのかといえばそれも安直な想像である。〈ウッディスト〉たちが未来に何を残すのかしかと見届けたい。
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Twilight Circus ft. Gregory Isaacs - Touch Not - M Records |
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Twilight Circus ft. Sugar Minott - Take It Slow - M Records |
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Creation Steppers - King Nebuchadnezzar - Jah Tubbys |
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Shanti-Ites with Emanuel Joseph - Psalms From The Heart - Falasha UK |
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The Disciples - Return To Addis Ababa ft. Dixie Peach - Disciples Vintage |
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Iration Steppas - Dub Arena - Dub (Soon Come) |
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King Alpha feat Turbulence - For Life - King Alpha |
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Zion Train - Rainbow Children - Dub (Soon Come) |
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Masamatix ft. icchie - Vitamine P - Dub |
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Vibronics feat. Cha Cha - Dub (Soon Come) |
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Benga - Ghetto Story - Dub |
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Don Carlos - Favourite Cup (Juju & DJG Remix)- Narco.Hz |
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Tes La Roc - We Nah Run - Dub |
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RSD - Dance Hall Rock - Zettai-Mu (Mar. 2011 On Store !! ) |
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Andreya Tariana - A Town Called Obsolete (Mala Remix) - Ninja Tune |
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DJ Trax - Opening Shot feat KJ Sawka (Fanu Remix) - Dub |
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Uncle Sam - Thoughts (Japan Remix) - Dub |
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DJG - Spacecakes - Wheel & Deal |
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Donaeo - Riot Music - Digital Sound Boy |
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Last Jungle - Sub Focus - Pilse Recording |
LAのインディ・ロック・シーンのもっともクールな連中、ノー・エイジがやってくるんだけど、これ、見逃さない手はないね。知っていると思うけど、LAにおける現代版CBGBとも言えるユース・アート・スペース、〈THE SMELL〉の運営に関わるオピニオン・リーダー的バンドがノー・エイジである。徹底したDIY精神を貫きながら、音楽のみならずヴィジュアル~パフォーマンス・アートの領域にまで影響を及ぼしてている連中だ。
英〈ファット・キャット〉からリリースされたコンピレーション『WEIRDO RIPPERS』に収録されたのがはじまりだった。で、2008年に強力なデビュー・アルバム『NOUNS』を〈サブ・ポップ〉から発表、これが"ロックの新しい音"を代表する1枚となって、また、ネオシューゲイザー/シットゲイズ・ブームともリンク、さらにレディオヘッドやコーネリアスがNO AGEのTシャツを着用するなどいちやく時代の寵児となった。
2010年は素晴らしいアルバム『Evetything in Between』をリリースしているし、今回は待望の再来日ですよ!
【公演詳細】
2.15 tue @ 大阪 SUNSUI
NO AGE
Special Guest : A-ron the Downtown Don
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance) 1 drink charged @ door
Info: 06-6535-5569 (SMASH WEST),
06-6243-3641 (SUNSUI)
TICKETS: ぴあ (P: 122-581) 0570-02-9999
ローソン (L: 51998) 0570-084-005
e+ (epuls.jp)
2.16 wed @ 東京 CLUB QUATTRO
NO AGE
Special Guest : A-ron the Downtown Don
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance) 1 drink charged @ door
Info: 03-3444-6751 (SMASH)
03-3477-8750 (CLUB QUATTRO)
TICKETS: ぴあ (P: 122-721) 0570-02-9999
ローソン (L: 71941) 0570-084-003
e+ (epuls.jp)
岩盤 (03-3477-5701)
エレクトロクラッシュにノれなかった......と松村正人はいう。そのような極度のマイナー体質のせいで、結局は『スタジオボイス』が休刊になったという言葉を僕が呑み込んだり、呑み込まなかったりしていると、何かを説明し終えたような表情で松村正人は実験音楽の話をはじめる。あいつは実験音楽の話をしていれば機嫌がいいのである。そして、メルツバウを意識してベースを弾きはじめる。僕にはなぜかそれがヒルビリー・バップスに聴こえてしまう。あはは。
かくゆう、僕がフロア・ミュージックから離れたのはプログレッシヴ・ハウス・リヴァイヴァルが原因だった。エレクトロクラッシュはまだしもレイヴ・カルチャーを通過した80年代のリモデルだったところがあるのに対し、ボーダー・コミュニティだとかなんだかはまったく同じことの繰り返しにしか思えなかった。あれをもう一度、頭からリピートするのかなと考えただけで、面倒くさくなってしまったのである。ゴールド・パンダが昨2010年のベスト・アルバムにルーク・アボットを挙げていたりすると、別に無駄な動きだったわけではなく、次につながるものだったのかなとは思ったりもするけれど、まー、大して好きな曲がかからないダンス・フロアにわざわざ足を向けようという意欲が低下しはじめていたことも少なからずではあった。
そのうち気がつくと僕はヒップホップとドローンばかり聴くようになっていた。前者はともかく、イエロー・スワンズやマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンが描き出すイメージは明確なビートを伴わないだけで、テクノやハウスが発揮していた機能とそれほど違うことをやっているとは思えなかった。DJにそれらを混ぜても反応する人もいなかったわけではないし、一時期まではDJカルチャーの範囲でそれらを扱うことは可能だとも考えていた。いまとなってはそのように考えていた自分を甘かったと反省するしかないけれど。
ドローン系のミュージシャンに話を聴いてみると、彼らが一応にクラブ・カルチャーを否定しているという事実に行き当たる。マイ・キャット・イズ・アン・エイリアンがジャッキー・オー・マザーファカーのトム・グリーンウッドと組んでブラック・マジック・ディスコを名乗ったのはクラブでしか演奏させてもらえないことに対する皮肉だったというし、バーニング・スター・コアが出版名にドローンディスコと付けているのも単なる悪い冗談に違いない。その当時はほとんど聴かなくなっていたとはいえ、レイヴ・カルチャーと過ごした日々がそうあっさりと記憶から消え去るわけでもないので、ダブル・スタンダードというのか、多重人格的というのか、とにかく気持ち的にはややこしいことになっていく。KTLのライヴにある種のグルーヴを感じたりすることで、そのややこしさはさらに複雑なものになっていく。
ドローンが変化しはじめたのはやはりグローイングからだろう。06年にリリースされた『カラーウィール』で、彼らはリズムへの興味を示しはじめる。いわゆるドゥーム・メタルを原型としていた彼らが試行錯誤の鬼と化した結果、フィールド・レコーディングをカット・アップ的に差し挟んだりして「ドゥーム・メタルのファンに嫌われるようなことがやりたかった」という感覚が全体の意志を反映し、それを先取りしたのかどうかはわからないけれど、ダブル・レオパーズやローブドアーが同じことをやり続けるのはいささか難しい状況を召喚し、マウサスやイエロー・スワンズが解散するという符号まで呼び寄せている。あのときから5年。ドローンの普及に一役買ったといえる〈ノット・ノット・ファン〉が今年に入って、傘下にダンス・レーベルをスタートさせた。〈100%シルク〉と名付けられた12インチ・シリーズは、イタロ-ディスコを意識したようなイケてないデザインで、それこそドローンディスコを体現しようとするような奇妙なグルーヴを弾き出す。セックス・ワーカーの変名であるアイタルはいささか既存のダンス・レコードに擦り寄り過ぎた印象もあるけれど、トロントのダブ・バンド、ザ・ディープによる「マディ・トラックス」は明らかにサン・アローやLAヴァンパイアーズの次に来るものを予感させる。この動きは〈100%シルク〉にとどまらず、もっと大きなものになっていくだろう。すでにハニー・オーウェンズが華麗なる転身を果たしているように。
......と、こんなことを書いていたらたまにはプロパーによるダンス・アルバムを聴いてみたくなり、今年の初めに来日していたらしいダニエル・スタインバーグのソロ1作目に手が伸びた。スウィング・ミニマルと称されるエレクトロ・ハウスの洒脱な才能が躍る『シャラップ』は能天気になりまくったジェフ・ミルズのようで、ヴィラロボスやリッチー・ホーティンが回しまくっているという情報にも頷ける仕上がり。その昔、ハリー・AXTの名義で珍作を連発していたプロデューサーです。なるほど、これは腰が軽い。
ユーロ貨幣がなかった時代のオランダ旅行のとき、ギルダー紙幣の鮮やかなデザインに感心した。20ギルダーで何が買えたか思い出せないが......とにかくギルダーのお札は綺麗だと思った。とくにヒマワリがデザインされた黄色い紙幣が好きだった。やけにサイケデリックに見えた。
日本では、サイケデリック・ロックはあらかじめアンダーグラウンドであることを強いられている。いま思えば90年代が特別だったのかもしれない。ボアダムス、コーネリアス、あるいはスーパーカーなど、彼らはポップフィールドでそれをやったものだった。が、基本的にサイケデリック・ロックは表舞台には出てこない。例えばの話、ドラッグ・カルチャーに関しては語ることさえ気兼ねされ、そうならざる得ない空気がこの国にはたしかにある......が、しかし、そんな抑圧のなかでもサイケデリック・ロックへの情熱がこの国からなくなったことはない。
これは田畑満とスズキジュンゾによる20ギルダーズによる正式なファースト・アルバムだ。そのアートワークが60年代の、ローリング・ストーンズやスモール・フェイセイズで有名なUKのレーベル〈デッカ〉のパロディになっていて、CDの盤面にもモノラルが一般的だったあの時代の「STEREOPHONIC SOUND」という表記がデザインされている。実際アルバムの音はザ・バーズ(というか、ストーン・ローゼズといったほうが若い人には通じるか......)を思わせる"片翼の影"や"エマニュエルは別"、西岡由美子(Americo)のコーラスをフィーチャーした、60年代のローリング・ストーンズを彷彿させる"ストロベリー・キッス"など......キャッチーな曲が並んでいる。ふたりのギタリストは打ちひしがれながらおかしみのある言葉で60年代後半のサウンドを21世紀の日本の風景に落とし込むが、それはこのアルバムの前菜である。
メインディッシュは、それぞれが演奏するギターが黄昏時の雲のように柔らかく重なる"デアー・パピ"、あるいは息を呑むほど美しいアコースティック・ギターの掛け合いによる"震える声、沈む部屋"あたりだろう。これらは......喩えるなら、大衆居酒屋をコーヒーショップに変換するかのような、素晴らしい陶酔を運んでくれる。とくに"震える声、沈む部屋"は最高のアシッド・フォークで、この曲が収録されているだけでもアルバムには価値があると言えるだろう。そして真のクライマックスは"風が"という曲だ。ラッパーが描写する都市生活者の孤独な叙情を彼らはサイケデリック・ロックによって表現していると思われるこの曲は、本物のボヘミアンとして生きる彼らのコズミック・ブルースのようだ。エモーションを全開にしたギターが、街を吹き抜ける風のように舞っている。最後の"母の日のアダム"はアルバムの締めくくり相応しい、チルアウトなフィーリングのフォーク・ソングである。ちなみにCDのインナーには居酒屋でポーズを取るメンバーの写真があるが、これは......間違ってもパブ・ロックの類ではない!
アシッド・マザーズ・テンプルSWR&梅津和時による『サックス&ザ・シティ』も、この国のサイケデリック・アンダーグラウンドの底力を見せつける1枚だ。AMT&SWRは、ボアダムスと並んでアニマル・コレクティヴやブラック・ダイスなどブルックリンのシーンに影響を与えたルインズの吉田達也、想い出波止場のベーシストであり、赤天やZoffyなど多数のユニットに参加している(夏の間は山小屋の管理人をしてるという)津山篤、そして(ATMの中心人物として知られる)河端一という強力な3人によるプロジェクトで、サックス奏者の梅津和時を加えたここでの演奏は、リスナーをフリー・ジャズとサイケデリックのカオスの海へ放り投げる。
その恐るべき『サックス&ザ・シティ』は2009年のライヴ演奏を吉田達也が編集/カットアップした作品で、全8曲にはその緊張感が巧妙に刻まれているようだ。いわばコズミック・ミュージックのハードコア・ヴァージョンのような趣があり、アルバムのアートワークには20ギルダーズ同様にユーモアがあるものの(2ndアルバム『Stones, Women & Records』のエロティックなジャケの続編)、それって猫を被っているんじゃないのかと疑いたくなるほど音からはすさまじい熱量を感じる。あるいはそれは、ストラッグル・フォー・プライドのエネルギーとも交わるような激しさを持っているけれど、とにかく僕がこのアルバムを聴いて鼓膜に焼き付けられるのはビートだ。それはバンド全体が醸し出すうねるようなリズムで、若い人がこれを聴いたらバトルズでさえも可愛らしく思えてしまうかもしれない。音が怪物のように暴れているのである。
情報筋によれば、現在はサイケ奉行というバンドが注目株のひとつだそうだ。ギター&ヴォーカルに津山篤、ベースが20ギルダーズをリリースした〈Gyuune Cassette〉レーベルの須原敬三、鍵盤がPARAの西竜太、ドラムがボガルタ(元ZUINOSIN)のNANIというメンツで、サイケデリックと時代劇との華麗なる融合が聴けるという。そのコンセプト自体がサイケデリックとも言えるのだが、僕は昔、ロックの醍醐味とはサイケデリックにあると信じ、そしていまでもそう思っているところがあって、まあ、なにはともあれ、この殺伐とした国でもサイケデリック・サウンドがこうして動いていることを素晴らしく嬉しい事実であると感じます。裸のラリーズの膨大なコレクションを自慢する松村正人を差し置いてこんなことを言うのもおこがましいのですが......。
ギル・スコット・ヘロンでもっとも好きなアルバムは、僕の場合は『ウインター・イン・アメリカ』(1974年)だ。コモンをはじめ多くのアーティストに引用されたアップリフティングな『イッツ・ユア・ワールド』(1976年)や名曲"ウィ・オールモスト・ロスト・デトロイト"を収録した『ブリッジ』(1977年)も大切なレコードだし、初期の3枚は言うまでもなく捨てがたいけれど、1枚だけ選べと言われたらブライアン・ジャクソンといっしょにやった"冬"を選ぶ。理由は、9.11直後に初来日を果たしたムーディーマンがライヴにおいてこのアルバムを引用したからで、そのときの強烈な印象がある。世界は本当に冬を迎えている。お先は真っ暗である。シスターズ&ブラザース、この世界は最悪である。ギル・スコット・ヘロンとムーディーマンは執拗にそう語りかける。しかもタチの悪いことにそのダウナーな音楽は、おそろしくユーフォリックである。
『ウィ・アー・ニュー・ヒア』は、1年前にリリースされた16年振りのアルバム『アイム・ニュー・ヒア』のリミックス盤だ。リミックスを担当したのはザ・XXのDJ/トラックメイカー、ジェイミー・XX。『アイム・ニュー・ヒア』が、『イッツ・ユア・ワールド』のようなジャズ・ファンクのスコット・ヘロンなどではなく『ウインター・イン・アメリカ』的な低空飛行だったから、そのアルバムとザ・XXの音楽を知っている者からすれば決して突拍子のない人選ではない。"私は新しくここにいる"という言葉を思えば、20歳を越えたばかりの才能あるロンドンのDJにリミックスを託すというのは、未来があるという意味において良い企画だと思う。スコット・ヘロンは好きだがザ・XXなど知らないというオジサンたちには刺激が強過ぎるかもしれないけれど、ザ・XXは好きだがスコット・ヘロンを知らない若いリスナーにとっては興味深いアルバムとなっている。実際のところ昨年末、このサイトで"ニューヨーク・イズ・キリング・ミー"の(リミックス・ヴァージョンの)PVを流したらずいぶんと反響があった。「ニューヨークは私を蝕んだ/私は生きながら死んでいた」と回想するその孤独な曲のバックは、ポスト・ダブステップ的な展開のビートに差し替えられ、カウンター・カルチャーの時代を生きた詩人による『アイム・ニュー・ヒア』はブリアル以降の最新の"冬"の音楽と接続した。
結論から言えば、『ウィ・アー・ニュー・ヒア』は素晴らしい......本当に格好いいアルバムだ。情熱的で、ファッショナブルでもある。ジェームス・ブレイクのデビュー・アルバムにとって最強のライヴァルがいるとしたらこのリミックス盤かもしれない。アルバム冒頭の"アイム・ニュー・ヒア"はポスト・レイヴ・カルチャーの廃墟のなかでずしんと重たいベースを響かせる。"ホーム"の暗いダブ、"ラニング"の重量級のダブステップ、スコット・ヘロンがかすれた声で歌う"マイ・クラウド"ではゲットー・テックめいたビートを試み、"ザ・チャーチ"はブレイクビーツ、"ユア・ソウル・アンド・マイン"ではミニマル・テクノの高揚感を取り入れている。つまりアルバムは、昨年のドミューンでみせた見事なDJプレイそのもので、タイトルが主張するようにすべてが"新しくここにいる"。
2009年5月の『ガーディアン』に「私たちが忘れた反抗と政治の歌」という記事があった。そのなかの1曲に、スコット・ヘロンのもっとも有名な"ザ・レヴォリューション・ウィル・ノット・ビー・テレヴァイジット"が紹介されている。当時の北米の街中で勃興したブラック・パワーと深く共振したその曲は、本当に切実な民衆蜂起はテレビでは放映されないと告げた。つい先日のエジプト市民による民衆蜂起がリアルタイムで伝えられなかったように......ある意味、いまでもテレビほどアテにならないものはない。およそ40歳も年下の青年の手によって再構築された『ウィ・アー・ニュー・ヒア』を聴いていると、スコット・ヘロンの言葉は21世紀になっても必要とされているのだと痛感する。
いつも走りたくなる
逃げてるんじゃない
逃げ場なんてない
あるのならとっくに見つけていた
なぜ走るのか、走ることのほうが容易いからだ
"ラニング"
チルウェイヴと呼ばれる動きに自分はやや微妙な距離を置いているのだが、やはり気になることには変わりない。本来ならばどんな好きな音を鳴らしても許されるであろう現在のアメリカのシーンに、これだけシンセ・ポップが溢れかえっているのはちょっと異様なことであるように感じつつ、しかしひょっとしたらこのなかから飛び抜けた存在が現れるかもしれない......という予感も覚えるからだ。
ツイン・シャドウを名乗るドミニカ共和国生まれでフロリダ育ちのジョージ・ルイス・ジュニアも、そんな期待を抱かせるひとりである。そのファッションとか作っているヴィデオ(とくに"スロー")とかを見て、これはゲイ的なセンスではないだろうか......と勝手に思っていたのだが、ガールフレンドがいたとかいるとかでどうもそうでもないらしい。意識的に参照しているということかもしれない。ゲイ的な感性の持ち主のノンケというのはときどきいるが、とにかく乱暴に言えば、ツイン・シャドウはそのキャラの濃さにおいても目立っている。実際のところ、チルウェイヴには音の厳密な定義がないわけで、このような個性を何となくそこに埋もれさせてしまう危険性があるとも言える。
宅録による80s風シンセ・ポップという観点から言えばまさしくチルウェイヴそのものなのだが、グリズリー・ベアのクリス・テイラーがプロデュースをしていることもあり、もちろんハイファイではないがロウファイであるようにもさほど感じない。リズムの音の質感や音の強弱がしっかりと際立たせられており、ポップ・ソングとしての体裁がきちんと整えられているのだ。洗練されてもいる。そしてシンセ・ディスコ・ビートが刻まれるなか、ジョージ・ルイス・ジュニアがアクの強い歌声でエモーショナルに歌い上げる......それはよく言われるようにたしかにモリッシーを連想させるものだが、音域によってはデーモン・アルバーンのように聞こえる箇所もある。いずれにせよ、フロリダの明るい空ではなく、英国の曇天を思わせる歌である。モリッシーがザ・スミスと同時代のシンセ・ポップで朗々と歌っているようなものだ。それがブルックリンから出てくるというのが、実に2010年らしい話である。
物憂げにシンセの和音が漂うオープニング"タイタンド・デストロイド"では恋人との別離を嘆き、うっとりするように心地良い"ホエン・ウィ・アー・ダンシング"では「お願いだから私たちが踊っているあいだは放っておいて」とコミュニケーションを拒絶し、ニューウェイヴ色がかなり強い"スロー"では「僕は愛なんて信じたくない、恋もしたくない」と歌い上げる。ファンキーな"シューティング・ホールズ"も同様にアンニュイで......かなりの部分でアルバムはメランコリーやセンチメントに支配されている。それは伝統的な〈4AD〉の音とも繋がっているものだ。それを雰囲気に流されることなく、当たり前にポップ・ソングとしてエモーショナルに響かせることに徹していることこそが本作の魅力だろう。そう、失恋や別離の悲しみに耽溺するための、昔ながらのポップ・ソング......。少なくとも僕にとって、これはチルアウトのための音楽ではない。気持ち良くまどろむのでもなく、もちろん現実に向かっていくのでもなく、それとはまた別のところで、自分のか弱さや後ろ向きな感情を許すためにこういう音楽を欲するときがたしかにある。
なかには"イエロー・バルーン"のように比較的明るさを感じるナンバーもあるが、それにしても「さあみんな 思い切りハメを外すんだ/太陽の光に顔をさらさないようにして」という、夜の月の光のもとでの明るさなのだ。あるいは、"フォー・ナウ"における「君が去っていった日よりも晴れていた日なんてあっただろうか?」という呟きのように、晴天はむしろ悲しみを助長するものとして呼び覚まされる。それらの感傷は、このツイン・シャドウに辿り着くまでに彼が失った様々なものを反芻したことの表れだろう。ベストはラストのタイトル・トラック"フォーゲット"。穏やかな温かさに包まれたこのバラッドで、彼は「これがそのすべて/これが僕の忘れたいと思っているすべてだ」と、過ぎ去ったものをゆっくりと葬送することを願望しながらアルバムを終わらせる。このデビュー作は、ジョージ・ルイス・ジュニア個人のベッドルームでの感傷に決着をつけるものとして本人に機能するのではないだろうか。そしてそれは、聴き手にも作用するかもしれない。
とすると、ツイン・シャドウはチルウェイヴに片足を突っ込みながらも、完全にそこにいるとはやはり断定しにくい。ヴァリエーションのひとつだと言われてしまえば現時点ではそれに反論しきれない音ではあるが、今後は80s風のシンセ・ポップを離れる可能性も十分に考えられるし、別のところに向かうべき人だと思う。他の音を手に入れることで、もっと複雑なエモーションを歌う術を身につけていくことだろう。それまでは、僕たちはこの『フォーゲット』を聴きながら己のセンチメントに浸ることを許されている。新しい場所に進む前の、最後のモラトリアムのようなアルバムだ。
2011年、音楽における"プロテスト"は何処にいった? 何処にもいかない。ここにある。シミ・ラボに引き続き、ele-kingが注目する若手ラッパー、ハイイロ・デ・ロッシの新曲。昨年末話題となったポリティカル・ラップ「WE'RE THE SAME ASIAN」以来の新曲で、彼は今日の日本のドラッグ・カルチャーのネガティヴな側面を容赦なく浮き彫りにしている。
今週末に、二木信による彼のインタヴュー記事がupされます。乞うご期待!