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RIP

R.I.P  Jaki Liebezeit

R.I.P Jaki Liebezeit

野田努 Jan 23,2017 UP

 1938年生まれのヤッキ・リーヴェツァイトの幼少期はいまだに詳述されていない。東ドイツのドレスデン近くの村で生まれ、物心ついたときには彼には父親がいなかった。彼は母親と一緒に敗戦後のドイツを転々とし(それは極めて辛い経験であったはずだという)、一説によれば、カッセルにある祖母のもとを訪ねた頃にロックンロールと出会っている。
 しばらくするとリーヴェツァイトは、ケルンでマンフレート・ショーフと出会い、ジャズを受け入れた。アート・ブレイキーとマックス・ローチが最初のヒーローだった。彼の記憶によれば20歳のとき、ミュンヘンのクラブで、実際にその場にいたアート・ブレイキーを前に演奏したこともある。やがて、リーヴェツァイトはスペインのバルセロナで7ヶ月に渡って演奏する機会を得た。1日に2公演というハードな仕事だったそうだが、彼はそこでフラメントを知り、また、ビートルズがブレイク前の時代において、インド、トルコ、イラン、あるいは、モロッコ音楽、つまりラジオから聴こえる北フリカの音楽を知った。
 そんな経験を経てケルンへと戻ったリーヴェツァイトを待っていたのは、フリー・ジャズだった。よくよく彼は、カン以前にはフリー・ジャズを演奏していたドラマーだと説明される。それは間違いではないが、重要なことは、リーヴェツァイトが当時のフリー・ジャズに「自由」を感じなかったことだ。もしそう感じていたら、カンのファースト・アルバムは違ったものになっていだろう。
 リーヴェツァイトは、「自由」であろうとするジャズが「自由」から遠ざかっていると感じ、むしろこうした音楽(フリー・ジャズやアヴァンギャルド)とは真逆の、リズミックに循環することの「自由」を選択した。シェーンベルクの12音階の理詰めの平等ではなく、アフリカ音楽に見られるような、単純さ、ミニマリズム、その解放感。この方向性が、ショトックハウゼンの門下生だったホルガー・シューカイと出会ったときに、まあつまり、歴史は動いたというわけだ。
 それまでの西欧音楽では下に見られていた、「1本調子に演奏すること」を敢えてやってみること。こうしてリーヴェツァイトが常識を覆さなかったら、いずれはほかの誰かがそれをやったかもしれないが、しかしクラフトワークやジェフ・ミルズの登場も遅くなったことはたしかだろう。(Phewさんのファースト・アルバムにも参加されている)
 大衆音楽に決定的な影響を与えたドラマーは、70を越えても精力的に世界を旅して、作品を作り、演奏を続けた。78歳、2017年1月22日永眠。ご冥福を祈ります。

野田努

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