ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. The Sleeves - The Sleeves | ザ・スリーヴス
  2. DJ KRUSH ──LIQUIDROOM(KATA)の74分DJ公演シリーズ、第3回の出演者が決定
  3. interview with Weirdcore 謎のヴィジュアル・アーティスト、ウィアードコアへの質問
  4. FUTURE FREQUENCIES FESTIVAL 2026 ──新たなフェスティヴァルが始動、ジョイ・オービソンやザ・セイバーズ・オブ・パラダイス、ノウワーらが出演
  5. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  6. Manual - True Bypass
  7. Galliano ──復活したガリアーノ、日本限定の新作がリリース
  8. Tomoaki Hara and Toru Hashimoto ──橋本徹(SUBURBIA)の人生をたどる1冊が刊行、人類学者の原知章による30時間を超えるインタヴュー
  9. Hoyo Moriya ──〈Virgin Babylon〉より森谷抱擁のファースト・アルバムがリリース
  10. オールド・オーク - THE OLD OAK
  11. Yuki Nakagawa ──チェロ奏者、中川裕貴による初のソロ・アルバムが登場
  12. Irmin Schmidt - Requiem | イルミン・シュミット
  13. interview with The Lemon Twigs ロック/ポップスの素晴らしき忘れ物 | ザ・レモン・ツイッグス、インタヴュー
  14. Xylitol - Blumenfantasie | キシリトール
  15. インディ・シーンに広がるヴァイラル・マーケティング
  16. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  17. interview with Dolphin Hyperspace ジャズの時代、イルカの実験 | 話題のドルフィン・ハイパースペース、本邦初インタヴュー
  18. P-VINE 50th Anniversary RARE GROOVE CAMPAIGN VOL.1 ──〈Nodlew Music〉、〈Tribe〉、〈Interim〉などのTシャツ・コレクションが登場
  19. interview with Cameron Picton (My New Band Believe) 元ブラック・ミディのキャメロン・ピクトン、新バンドにかける想い | ──初のアルバムを送り出したマイ・ニュー・バンド・ビリーヴ
  20. Bill Callahan - My Days of 58 | ビル・キャラハン
/home/users/2/ele-king/web/ele-king.net/

Home >  News >  RIP > R.I.P Jaki Liebezeit

RIP

R.I.P  Jaki Liebezeit

R.I.P Jaki Liebezeit

野田努 Jan 23,2017 UP

 1938年生まれのヤッキ・リーヴェツァイトの幼少期はいまだに詳述されていない。東ドイツのドレスデン近くの村で生まれ、物心ついたときには彼には父親がいなかった。彼は母親と一緒に敗戦後のドイツを転々とし(それは極めて辛い経験であったはずだという)、一説によれば、カッセルにある祖母のもとを訪ねた頃にロックンロールと出会っている。
 しばらくするとリーヴェツァイトは、ケルンでマンフレート・ショーフと出会い、ジャズを受け入れた。アート・ブレイキーとマックス・ローチが最初のヒーローだった。彼の記憶によれば20歳のとき、ミュンヘンのクラブで、実際にその場にいたアート・ブレイキーを前に演奏したこともある。やがて、リーヴェツァイトはスペインのバルセロナで7ヶ月に渡って演奏する機会を得た。1日に2公演というハードな仕事だったそうだが、彼はそこでフラメントを知り、また、ビートルズがブレイク前の時代において、インド、トルコ、イラン、あるいは、モロッコ音楽、つまりラジオから聴こえる北フリカの音楽を知った。
 そんな経験を経てケルンへと戻ったリーヴェツァイトを待っていたのは、フリー・ジャズだった。よくよく彼は、カン以前にはフリー・ジャズを演奏していたドラマーだと説明される。それは間違いではないが、重要なことは、リーヴェツァイトが当時のフリー・ジャズに「自由」を感じなかったことだ。もしそう感じていたら、カンのファースト・アルバムは違ったものになっていだろう。
 リーヴェツァイトは、「自由」であろうとするジャズが「自由」から遠ざかっていると感じ、むしろこうした音楽(フリー・ジャズやアヴァンギャルド)とは真逆の、リズミックに循環することの「自由」を選択した。シェーンベルクの12音階の理詰めの平等ではなく、アフリカ音楽に見られるような、単純さ、ミニマリズム、その解放感。この方向性が、ショトックハウゼンの門下生だったホルガー・シューカイと出会ったときに、まあつまり、歴史は動いたというわけだ。
 それまでの西欧音楽では下に見られていた、「1本調子に演奏すること」を敢えてやってみること。こうしてリーヴェツァイトが常識を覆さなかったら、いずれはほかの誰かがそれをやったかもしれないが、しかしクラフトワークやジェフ・ミルズの登場も遅くなったことはたしかだろう。(Phewさんのファースト・アルバムにも参加されている)
 大衆音楽に決定的な影響を与えたドラマーは、70を越えても精力的に世界を旅して、作品を作り、演奏を続けた。78歳、2017年1月22日永眠。ご冥福を祈ります。

野田努

NEWS