ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns 大友良英「MUSICS あるいは複数の音楽たち」を振り返って
  2. 別冊ele-king 音楽が世界を変える──プロテスト・ミュージック・スペシャル
  3. KMRU - Kin | カマル
  4. 大友良英スペシャルビッグバンド - そらとみらいと
  5. Milledenials - Youth, Romance, Shame | ミレディナイアルズ
  6. DADDY G(MASSIVE ATTACK) & DON LETTS ——パンキー・レゲエ・パーティのレジェンド、ドン・レッツとマッシヴ・アタックのダディ・Gが揃って来日ツアー
  7. 坂本慎太郎 - ヤッホー
  8. interview with Autechre 来日したオウテカ──カラオケと日本、ハイパーポップとリイシュー作品、AI等々について話す
  9. Loraine James ──ロレイン・ジェイムズがニュー・アルバムをリリース
  10. Dolphin Hyperspace ──凄腕エレクトリック・ジャズの新星、ドルフィン・ハイパースペース
  11. ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング
  12. Deadletter - Existence is Bliss | デッドレター
  13. Dual Experience in Ambient/Jazz ──『アンビエント/ジャズ』から広がるリスニング会@野口晴哉記念音楽室、第2回のゲストは岡田拓郎
  14. ロバート・ジョンスン――その音楽と生涯
  15. Squarepusher ──スクエアプッシャーのニュー・アルバムがリリース
  16. Cardinals - Masquerade | カーディナルズ
  17. Jill Scott - To Whom This May Concern | ジル・スコット
  18. Columns 2月のジャズ Jazz in February 2026
  19. HELP(2) ──戦地の子どもたちを支援するチャリティ・アルバムにそうそうたる音楽家たちが集結
  20. 別冊ele-king 坂本慎太郎の世界

Home >  Reviews >  Album Reviews > Matthew Herbert- One Club

Matthew Herbert

Matthew Herbert

One Club

Accidental /Hostess

Amazon iTunes

野田 努   Dec 09,2010 UP

 マシュー・ハーバートの作品は、リスナーが何も考えずに催眠状態になることを許さない。彼はあの手この手を使って頭を使わせようとする。「one」3部作の2作目として『ワン・ワン』に続いて去る9月にリリースされたのが『ワン・クラブ』で、前作がエレクトロニックなポップ・アルバムだったのに対して、こちらはおおよそテクノ・アルバムであると言える。フランクフルトのクラブ〈ロバート・ジョンソン〉のひと晩のパーティのあらゆる音(歓声からトイレの水、クロークルームからクラブの壁などなど)のフィールド・レコーディングを素材としたもので、ハーバートにとっての久しぶりのトラック集とも言えるし、そうじゃないとも言える。クラブを素材にしているとはいえ、ドクター・ロキットや『アラウンド・ザ・ハウス』のようなダンス・ミュージックではないし、主題に沿ったサンプリングで曲を作るという方法論の観点から見れば『ボディリー・ファンクション』(身体)や『プラ・デュ・ジュール』(食事)と同じ系列だが、そのどれとも違っているのは、今回のコンセプトがクラブ・カルチャーに定められているからだ。

 2010年のUKは20年振りにクラブ・ミュージックの年だった。ふだんクラブ・カルチャーに属していないアーティスト、フォー・テットやカリブーのようなIDMスタイルの連中がロンドンの〈プラスティック・ピープル〉に影響されてクラブ・サウンドを作っているし、またアントールドやサブトラクト、ラマダンマンはテクノの要素を大胆に導入してダブステップをより親しみやすいダンスにしている。ローンのようなボーズ・オブ・カナダのフォロワーまで4つ打ちのダンス・アルバムを発表している。"クラップトラップ"や"CMYK"といった思い切りの良い野心作がアンセムとなって、他方ではスクリームやマグネティック・マンがメインストリームのポップに侵入すれば、そしてその対極では踊れないマウント・キンビーやアクトレスがいる。ハーバートが今回のアルバムでクラブ・カルチャーをコンセプトにしたのも、間違いなくこうした背景があるはずだ。

 とはいえ、ひとりレディオヘッドなる異名を持つ、反骨精神を持ったこのアーティストによる『ワン・クラブ』は、それをクラブ系と呼ぶには複雑な、とてもユニークな内容となっている。曲名はすべて人物名となっていて、それはこの文化が人の集まりで成立していることを暗に示しているようだ......が、アルバムの前半はクラブの快楽主義とは相反するような無機質で激しいトラックが続いている。音のペイントで描かれたレイヴの抽象画は、冷たいコンクリート、インダストリアルなヴィジョンを想起させる。オーディエンスの歓声からはじまる"Jenny Neuroth"にしても、前作のように親しみやすいサウンドだとは思えない。
 反グローバリゼーションで知られるこの音楽家は、政治性をはらんでいた初期のレイヴ・カルチャーが現在では企業に支配されたクラブ・カルチャーになっていると指摘する。「それでもオーディエンスにマイクを向けることで、その小さなコミュニティから何かを発見できないものかとこのアイデアに挑戦した」と話している。アルバムは中盤ぐらいから人の声の割合が増えていく。アルバムが終りに近づくにつれて音が丸みを帯びてくる。
 クライマックスは9曲目の"Marlies Hoeniges"で、この曲において人びとの合唱がエレクトロニック・グルーヴと結びくと、アルバムは眩しいほどの民衆的なパワーを見せつける。ファンキーなリズムのなか、拍手が鳴って、声が響く、クラブ・カルチャーの最良の瞬間をハーバートはこうやって音で表現する。最後の曲"Kerstin Basler"は、レイヴにおける民衆蜂起のようだ。

 冷たくはじまったこのアルバムは、実に美しい終わり方をする。そして、もういちどアルバムを最初から聴けば、前半の無機質なトラックもどこかユーモラスに思えるようになる。するとこの想像上のクラブは、より親しみをもって展開することになる。マシュー・ハーバートらしい、しっかりとしたアイデアを持ったアルバムだ。
 3部作の最後となる「豚の一生」が楽しみでならない。

野田 努