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Nicolas Jaar

AmbientExperimentalPost-Punk

Nicolas Jaar

Sirens

Other People/ビート

Tower Amazon

デンシノオト、小川充、木津 毅   Nov 11,2016 UP
E王
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 2015年、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したジャック・オディアール『ディーパンの闘い』は授賞式前の上映ではけっして本命とは言われていなかった。だが、それでも同作がその年のヨーロッパの象徴として選ばれたのは、それが移民と国境――すなわち、越境を描いた映画だったからだろう。主人公はスリランカ移民であり、そのことから自分に連想されたのは(これも2015年にリリースされた)M.I.A.の“ボーダーズ”のミュージック・ヴィデオ(https://youtu.be/r-Nw7HbaeWY)だったが、主人公ディーパンを演じていたアントニーターサン・ジェスターサンもまた本物の移民であり、そしてまた、そのオリジナル・スコアを担当したニコラス・ジャーも本物の移民の子どもであった。誰もが越境の可能性と不可能性に想いを巡らせたその年、エレクトロニック・ミュージックの未来を嘱望された若きプロデューサーは、越境の物語の音楽を鳴らしていたわけだ。(ちなみに、今年のカンヌのパルムは労働者の怒りと移民たちの現実をまっすぐに見つめたケン・ローチの『I, DANIEL BLAKE』だ。ヨーロッパ映画の政治闘争はいまもはっきり続いている。)

 ジャーは昨年また、いくつかの目が覚めるような12インチをリリースし、そして今度は越境そのものを鳴らすセカンド・アルバムをリリースした。それが本作『サイレンズ』(警告)だ。このアルバムが2016年を象徴する1枚となっているのは、前作『スペース・イズ・オンリー・ノイズ』を遥かに凌ぐ折衷性と不穏さによる。そして、チリ出身のジャーは自らのルーツをここで振り返っている。クロージング・トラック、ほとんど冗談のようにスウィートなまがい物のスタンダード・ナンバー“ヒストリー・レッスン”(歴史の授業)を聴いてみよう……それはこんな具合にはじまる。「ダーリン、歴史の授業に遅れたんだね/心配しなくていいよ、メモをあげるから/第1章:僕たちはメチャクチャをした/第2章:僕たちはそれを繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返した/第3章:僕たちは謝らなかった」……。あるいは、反復するドラムがざらついた響きを残すポスト・パンク/ニューウェイヴ・ナンバー“スリー・サイズ・オブ・ナザレス”では大量の死の描写、虐殺の記憶が艶めかしく呟かれる。
 ジャーの両親は1973年のアウグスト・ピノチェトのクーデターの際にチリからニューヨークへと移住したという。父親のアルフレッド・ジャーはインスタレーションや映像を手がけるアーティストであり政治的な作品も多く手がけているというが、息子ニコラスは明らかにここで父の意思を引き継いでいる。ピノチェト政権は冷戦時代のアメリカが関わった大いなる負の遺産のひとつだが、かつてチリのサインディエゴに住み現在アメリカのニューヨークに住むニコラス・ジャーはそして、2016年の視座から北米と南米の記憶を音に蘇らせんとする。英語とスペイン語が聞こえる。ノーウェイヴとクンビアが聞こえる。スピリチュアル・ジャズとラテンのフォークロアが聞こえる。ふたつの国の悲劇的な歴史に引き裂かれた移民の息子として、音を越境させる。少なくない政治家が国境を厳格にしようと民衆を誘惑するこの2016年において……。「すべての血は知事のトランクに隠されている(“ザ・ガヴァナー”)」、そこでは凶暴なベースと狂おしいサックスの悲鳴が聞こえ、しかしエレガントなピアノの響きが被せられる。ファーストや12インチで顕著だったミニマルはかなり後退し、その代わりに揺れるリズムの生々しさがアルバムのムードを支配している。これはたんなる奇を衒ったコラージュではない。残虐な歴史の隙間に消えていった、あるいは、いままさに政治の暴力によって殲滅させられようとする人間たちの叫び声としてのエクレクティシズムだ。
 ブラッド・オレンジの今年のアルバムがそうだったように、あるいはケンドリック・ラマーの昨年のアルバムがそうだったように、いま、移民の子孫たちが国境を越えた人間たちの音楽の記憶を手繰り寄せようとしている。それは植民地主義の暴力のあとの時代における閉鎖性を生きるわたしたちの抵抗となりうるだろうか? 人間の越境が禁じられても、それでも音楽を越境させようとするその意志は――。

 ところで、詳しくは書かないが、『ディーパンの闘い』のラストはブレクジット後の現在から観ると大いなる皮肉になってしまっている。映画の予測が甘かったのではない……アートが示唆した未来をも、現実が容赦なく叩き潰しているのだ。しかしジャーは屈することなく、その先をさらに切り拓かんとする音楽にここで挑んでいる。

木津毅