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ブロック・パーティの歓喜と高揚
二木信
金を燃やし、暴れ、踊り、酒を飲み、その場は人びとの笑顔と喜びに満ちている。上空ではヘリが飛び、ストリートは人で埋め尽くされている。アトランタ市長との会見で、いまは自分たちのホームを燃やすときではないと涙ながらにピープルに自制を求めるスピーチを行なった活動家のキラー・マイクもここでは楽しそうに巨体をゆっさゆっさと揺らしながらラッパーとして歌い、ダンスしている。サングラス越しながらも、でっかい酒瓶をラッパ飲みするエル・Pのニヒルで、不敵な笑みも窺える。いろんな人種が集まりとにかく楽しそうだ。これは、そう、言うまでもなく、ラン・ザ・ジュエルズ(以下、RTJ)の “Ooh LA LA” のMVである。そして当然のことながら私たちは、コロナ・パンデミックが発生する数週間前に撮影されたこのMVからBLMのデモや蜂起を連想するわけだ。が、実はその読みは間違いではないが、ちょっと外れている。というのも、これは長い階級闘争の終結した日の祝祭を描いているからだ。それでみんなして財布やクレジット・カードやドル札を路上にまき散らし、炎のなかに投げ入れている。階級闘争が終わった日を描くとは、なんてロマンチックな発想だろうか。「まず第一に、法律なんてクソくらえだ。俺たちは生身の人間だ」、キラー・マイクはそうかましている。
今回4枚目となるアルバムを発表したRTJは決して流行のモードのヒップホップをやっているわけではない。4枚ともその点で一貫している。共に1975年生まれのエル・P(ブルックリン出身)とキラー・マイク(アトランタ出身。ちなみに彼はキング牧師が通ったモアハウス・カレッジに入学している)はキャリアの分岐点に差し掛かっていた10年代初頭ころ、アダルト・スイムのディレクターを介して知り合った。そして、キラー・マイクの『R.A.P. Music』(2012年)をエル・Pが全面的にプロデュースするところから関係がスタートする。出発地点でRTJの青写真は明確だった。それは、アイス・キューブがボム・スクワッド(パブリック・エネミーのサウンド・プロダクションで知られる)と組んで完成させたソロ・デビュー作にして、ヒップホップ・クラシックである『アメリカズ・モスト・ウォンテッド』の現代版だ。いわば騒々しくも緻密にアレンジされたノイズの美学――それがRTJである。
“Ooh LA LA” のサウンドは言ってしまえばキックとスネアがドカドカしたNYの硬派なブーム・バップの伝統に忠実である。が、リズムはすこしもたついているだろう。さて、そこで、RTJはアイス・キューブとボム・スクワッドのコンビと何が違ったのか。それは、エル・Pのインダストリアルとキラー・マイクのサザン・スタイルを融合させたことだ。つまり、NYと南部のヒップホップの結合を実現させた。“JU$T” なんていい例だ。もちろん、キラー・マイクのラップがサザン・スタイルというのもあるが、エル・Pと共同プロデューサーが作り上げたビートからニューオリンズ・バウンスやマイアミ・ベースといった南部ヒップホップの享楽を感じ取ることができないか。
エル・Pとキラー・マイクのふたりは厳密な政治/社会意識に基づき表現活動をしている。故に、RTJは考えることを促す音楽でもある。実際、“JU$T” でもキラー・マイクは黒人の抑圧された状況と資本主義について切りこみ、客演で参加したファレル・ウィリアムスは、エイヴァ・デュヴァーネイ監督が 「現代の奴隷制」としての監獄制度の実態を克明に描き出したドキュメンタリー『13th -憲法修正第13条-』(13th)と同様の問題意識に立って修正第13条に言及している。
だから、すべてのリリックを理解できるに越したことはないし、それによって作品や表現への理解は深まる。彼らもそれを望んでいるだろう。が、一方でバカ騒ぎを肯定するヒップホップでもあるし、ステイプル・シンガーズの一員としても活躍した、リズム&ブルース/ゴスペルのベテラン歌手、メイヴィス・ステイプルズが深い憂いを帯びた歌声を披露する “pulling the pin” からプログレッシヴな展開をみせる “a few words for the firing squad (radiation)” へ向かうクライマックスもユニークだ。『ジーニアス』を読み込むのもいいが、まずは音に向き合うことをおすすめする。
“Ooh LA LA” のラップもビートもMVも、その反骨精神もヒップホップのブロック・パーティの歓喜と高揚とダンスと結びついている。歓喜と高揚そのものが支配者を恐れさせる。それは、ブロック・パーティの時代までさかのぼる、ヒップホップのポジティヴなパワーだ。だから、まずはRTJを聴いて、踊れ。考えるのはちょっとあとでも大丈夫。そして、金を燃やせ。