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Maxine Funke

Folk

Maxine Funke

Pieces Of Driftwood

Disciples/ビート

野田努 Dec 20,2022 UP
E王

 まるで何事もなかったかのように思えてくる。朝が来て、昼になり、そして黄昏時を向けていると夜のとばりがおりる。この場合、季節はいつだっていいが、いまは冬だから冬にしよう。単調で、なんの取り柄のない、静かな1日。マキシン・フンケの歌が聞こえる。彼女の音楽は、そんな慎ましい1日にも豊かな詩情があることをわからせる。慌ただしく、やかましいこの日常においてはつねに掻き消されていくそれを、ニュージーランドのフォーク歌手は大切にしまっている。
 ぼくが彼女を知ったのは〈Disciples〉が本作をリリースしたからで、このレーベルのA&Rのセンスをあらためて評価したいわけだが、Phewやスージー・アナログを出しながらこれかよと、決して意表を突かれたわけではない。やはりいま、時代はフォーク的なるものを欲しているのだ。ヴァシュティ・バニヤンを持ち出されながら紹介されている彼女の過去作品もこれを期に聴ける分だけ聴いてみたらほとんど良かった。
 フンケの音楽は、しかしレトロではない。ギターに関しても実験的アプローチがあって、また、グリッチや打ち込みドラムといったエレクトロニクスもほどよく使われ、これらを何もない1日の夢のような時間を表現するのに役立てている。おそらくはDIY録音で、彼女はこの10年コンスタントに作品を出しているが、BandcampやDiscogsを見ていると、既発作のアートワークも手作り感があって、もともと「インディ」と呼ばれた音楽作品ってこうだったよなと思い出した。(〈Disciples〉の、本をデザインしたレーベルのマークもぼくは好みで、70年代末や80年代前半の「インディ」には本好き(bookish)というニュアンスが包含されていたことは、当時のバンド名や曲名をみれば察していただけるだろう)

 本作『流木の欠片の数々(Pieces Of Driftwood)』は彼女の新作ではなく、これまでリリースしてきたアルバム未収録の楽曲を〈Disciples〉がまとめたものだが、入門編として充分に機能している。漫画でも思いつかないような狂気の沙汰の決勝戦、23歳の無敵の怪物への驚嘆、そして13歳で故郷アルゼンチンを離れた35歳のチャンピオンへの祝福をもって、およそ1か月におよぶスポーツの祭典、W杯は終わった。カタール開催は問題が多く、それが解決したわけではないのだが、皮肉にもけっこう面白かった。我々は熱狂のスタジアムをあとにして、4年後のために日常に戻らなければならない。人生のほとんどを占めるなんてことのない日々のなかに、マキシン・フンケの音楽はそっと入り込んでくるだろう。


野田努