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野田努

 ぼくはこのアルバムを詩的な作品として受け取っている。これら12曲のなかには、恍惚とした瞬間もあれば喜びや哀歌めいたところもあり、甘美だが無常観すら感じるところもある。ほとんどピアノとシンセサイザーだけで作られて、日記のごとく記録(録音)された12曲は、即興めいているが、それぞれ異なる主旨/アプローチ/展開を見せている。
 『12』がすごいのは、死と向き合った音楽家の、肉体的にも精神的にもギリギリの状態を経験したうえで奏でる音楽がどんなものになるのかという、時折息づかいも聞こえるほど、それ自体がexperience(実験/体験)でありながらも、そうした壮絶な遍歴から切り離して聴くこともできる点にある。それほどこの音楽からは、慈しみのようなものが滲み出ている。それはある意味謙虚な佇まいで、誰もが入っていける寛容な音楽として記録されているのだ。
 とはいえ、やはりここからは強いものを感じないわけにもいかない。坂本龍一は、かつて自分のことを「アウターナショナル」という造語で形容した。ここ数年の日本のエレクトロニック・ミュージックにおいて、あるいはロックにおいても、日本的なエスニシティを強調することで西欧に受ける音楽が散見されるようになった。それはそれでひとつのやり方だろう。しかし、日本のどの音楽家よりも国際舞台において評価され、活動してきている坂本龍一は、自らの属性を日本の外側だと表現したことは忘れたくない。流浪の民のごとき存在であることを主張し、「国は存在しない、理想郷」、そのような言葉で自らの属性を語っているが、この『12』においてもその意思は貫かれている。

 音楽には受容力があり、言葉にすることのできない感覚さえ表現することができる。これは清浄で、超越的な音楽なのだろうか。繰り返すようだが、『12』は、たとえば歴史的なアンビエント作品、『ミュージック・フォー・エアポーツ』や『アンビエント・ワークスvol.ll』なんかと同列に聴くことだって可能なアルバムでもある。 “世界はぼくが思っているよりも速く動いている” 、この年末年始ずっと聴いていた、ディラン・へナーという(坂本龍一を尊敬している)いま注目のUKの若いアンビエント作家の新曲のひとつだが、『12』は、ぼくのなかでは、彼のやはり同じように詩的かつ哲学的な作品ともリンクしている。世俗的なものと切り離されているとは思えないが、世俗的な暗い底流からは解き放たれた音楽であることはたしかだろう。ここまでのところぼくがとくに好きなのは 3曲目“20211201” と 7曲目“20220214” 。どちらも残響音がたまらない。

 いずれにせよ、これはなんて美しい音楽であることか。そしてこれは誰も傷つけたりしない。いまはただただ聴いている。オリエンタリズムを否定しグレン・グールドを愛したエドワード・W・サイードなら「ユートピア的」と形容したかもしれないが、ユートピックでもディストピックでもない、より根源的なものに向かっているようにも感じる。最後の曲では、じつに暗示的に、ツリーチャイム(?)のような音だけが鳴っている。それはぼくには自然の音との回路のように聞こえるし、仮に『12』が個人的な作品だとしても、そこは確実に開かれているのだ。(1月10日記)

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