Home > Reviews > Album Reviews > yanaco- Leaving / Arriving
先日、打楽器奏者の高田みどりさんにインタヴューする機会があった。筆者のような若輩者にとってはレジェンドと言える存在である。いや、筆者ならずとも、昨今、日本の環境音楽の大家として世界的に注目され、東京藝術大学音楽学部器楽科で教鞭をとってきた現在73歳の彼女から音楽ファンが学ぶことは多いに違いない。なんせ、今をときめく打楽器奏者の角銅真実や石若駿も藝大で彼女のレッスンを受けているのだ。特に角銅は、彼女の講義がいかに印象深かったかを筆者に熱っぽく語ってくれたことがある。
当然、含蓄に富む彼女の語りには、筆者自身、背筋を伸ばして聴き入らざるを得なかった。それ以来、83年にRCAからリリースされ、彼女の再評価のきっかけとなったアルバム『鏡の向こう側』を繰り返し聴いていた。アンビエントや環境音楽やミニマル・ミュージックなどと形容されることの多い同作だが、本人はそうしたカテゴライズをした覚えはなく、そのような形容にくすぐったさと違和感を同時に覚えているようだった。
yanacoという東京の電子音楽家のアルバム『アローン・トゥゲザー』を初めて聴いたのは、ちょうどそんな折だった。アンビエントや環境音楽、ミニマル・ミュージックなどをひとつのスープに溶かし込んだスタティックなサウンドは、そんな筆者の気分に絶妙にフィットした。彼の音楽を構成している要素が、たまたま高田みどりのそれと相通じるところがあったからかもしれない。あるいは、『鏡の向こう側』の虜になっていた筆者のリスナーとしてのモードが、yanacoの感受性とシンクロしたからかもしれない。いずれにせよ、両者は無意識にせよ(というかおそらく無意識だろうが)、同じ海から塩を採っているようにしか思えないのだ。
カテゴライズを拒む、というのも両者が似ている点だろう。笹久保伸が参加しているんじゃないか?と思った(していなかった)“Raw Circle”。北欧ジャズの雄ジョン・ハッセルがラッパを吹いているのかと思った(吹いていなかった)ら、石若駿のAnswer To Rememberの一員である佐瀬悠輔の演奏だった“Lone Star”。坂本龍一の未発表曲と言われても信じてしまいそうな“Beauty in Imperfection”。アフリカン・パーカッションとダブの融合のような“Boundary”。名は体を表わすじゃないが、曲名が内容を雄弁に物語る“Nagi/凪”など。聴けば聴くほどひとつのジャンルに収斂せず、むしろ拡散してゆくようである。終盤に向かうにつれ、ますますその傾向は強くなってゆく。
ひとつのジャンルに括れない、というのは、その言い方自体が既に手垢にまみれたクリシェであり、あまり使いたくはない。ないのだが、ポスト・クラシカルもジャズもダブもミニマル・ミュージックもアンビエントも環境音楽も同一線上に捉えたようなモザイク状のサウンドは、最後まで手の内を明かしてくれない。といっても、もちろんそれが不快というわけではなく、心地よい裏切りを途切れることなく与え続けてくれるのだ。まだこんな引き出しもあったのか、今度はこれか?と1曲ごとに驚きと発見がある。だから繰り返し聴いてしまうのだ。
すでにベルギーのレーベルURBAN WAVESから着目され、EPとアルバム2枚をリリースしているyanacoは、セカンド・アルバム『Leaving/Arriving』収録曲の“Leaving”が、グラミー賞候補になったこともあるカミラ・カベロにサンプリングされたという実績もあるそうだ。だが、そうした前情報はなくてもいい。yanacoは『鏡の向こう側』を聴いたことがあるかもしれないし、ないかもしれない。耽溺していたかもしれないし、高田みどりの名前すら知らないかもしれない。それは問い合わせればすぐわかることであるが、まあ、そんなことはこの際どうでもいいだろう。この静謐でフラジャイルで内省的な音楽を前にしてはどうでも、どちらでも、いい、と思えてきてしまうのだから──。
土佐有明