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寺尾紗穂

寺尾紗穂

@渋谷クアトロ

Jun 26, 2013

野田 努   Jul 02,2013 UP

 寺尾紗穂からは、どこからしら不機嫌さを感じる。僕には、そこが良い。彼女の気高い音楽の背後には、この社会に対するやり切れない思い、憤りが隠れているのだろう。音楽的に言えばピアノ弾き語りの、目新しさのない、オーソドックスな、真っ当なSSWだ。この人の内面にある言葉は、荒れ狂う波のように思えるときがある。わかりやすい音楽スタイルによってある種の制約でも与えない限り、放っておいたら何を言い出すかわからない、だからなんじゃないだろうか。理性的でいるためにも。
 この夜、東京はどしゃぶりの雨だった。靴下が濡れているのもよくわかる。クアトロに到着すると、テニス・コーツがライヴをやっていた。ライヴの最後に寺尾紗穂も加わって、セッションがあった。
 寺尾紗穂のライヴは、新曲が中心だった。吉田美奈子のカヴァーをテニス・コーツと一緒にやった。ステージの上の彼女は堂々としたもので、何かもう風格すら感じられた。曲間の喋りで、ケプラーの楕円宇宙について話した。そして、楕円を美しいと言った、花田清輝についても触れた。ライヴ中の、自己言及的なMCは、たいていは、息抜きかかけ声か、ファンの気持ちを満足させるためのリップ・サーヴィスみたいなものだが、彼女は、大きな謎かけをする。それにしてもこんなところで花田の名前が......と嬉しい驚きだ。
 そればかりではなかった。ライヴの最後には、彼女は、ホームレス支援の『ビッグイシュー』を応援している「りんりんふぇす」なるイヴェントをやっているそうで、『ビッグイシュー』を通じて知り合った4人のおじさんによるダンサー・チーム、ソケリッサを紹介した。80年代のエルヴィス・コステロのように、生活保護のおじさんについて歌い、生活保護のおじさんたちはステージや客席で踊った。フェリーニの映画のようだった。甘く優しい歌声のコンサートの夜は唐突に、大転換される。テニス・コーツのふたりも出てきて、サーカス団のようになった。ホワット・ザ・ファック・イズ・ゴーイング・オオオオオオーン? 
 昨年、クアトロでのライヴを見たときも、寺尾紗穂は井の頭公園で歌っているおじさんを舞台に上げていたが、彼女が何を訴えたいのかは言わずもがなだろう。人はそこにいるのだ、あなたと同じように。日中の渋谷の大通りの交差点でバイクが横転した。人が倒れて動けないでいる。が、信号が変われば何台もの車はその人を通過する。道路のど真ん中だが、目に入ってこない。

 数日後、写真家の小原泰広と会った。「そういえば、寺尾さんのライヴに行ったんですけど......」「え、小原君、いたの!?」「いや、素晴らしかったですね」「いや、ホントにね」、本当に素晴らしかった。寺尾紗穂は次作でどんな楕円を見せるのだろうね。しかし僕はただ、彼女がいままでのように作品を作り、不機嫌さを秘めながら、孤独なピアノの、甘く切ない歌を歌ってくれれば良いのだ。

「ギリシア人は単純な調和を愛したから、円をうつくしいと感じたでもあろうが、矛盾しているにも拘わらず調和している、楕円の複雑な調和のほうが、我々にとっては、いっそう、うつくしい筈ではなかろうか」花田清輝

野田 努