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TADZIO × NRQ × 空間現代

TADZIO × NRQ × 空間現代

@桜台pool

文:綾門優季   Apr 04,2014 UP


TADZIO

 〈桜台pool〉。だれかここにトイレを設置することに疑問を呈さなかったのか、といいたくなる、ドアと床の位置が大変愉快なことになっているところにできた長い列に並びながら、どうも愉快なことになっているのはそこだけではないことに気がつく。諸事情でその日、体力の99パーセントをすでに使い果たし、完全に疲れ切っていたわたしは、何も考えずに一組めのTADZIOを深々とソファに体を横たえながら観たのだが、TADZIOとソファの相性がすこぶる悪いことを発見したのだ。TADZIOの細胞を煮えくり返らせるような衝動的な歌詞は、ソファの上ではうまく消化されずに跳ね回っていた。というかどうしてあたりまえのようにソファがここにあるのか。愉快である。途中からその上に立ってライヴを観ていたのだけれど、それはそれで奇妙な格好だった。
 TADZIOは“Beast Master”の切れ味ある歌詞がとくに印象的で、「ブス!」と罵られるたびにオモチャのように跳びあがっているおじさんが最前列にいたのが微笑ましかった。最近たまたまCharisma.comやあふりらんぽを聴く機会が多かったのだけれど、TADZIOも含めて、女性二人組のライヴ時のパフォーマンスには、どれだけジャンルが異なっていようと共通点があるように思える。ある種の共犯関係から立ち上がってくる熱暴走のような感覚というか……。

 TADZIOにつづいてNRQがはじまった。NRQの音楽には、郷愁がつねに漂っていた。それもネガティヴな過去ではなく、つねに前を向いているような、じんわりと広がるような明るさがある。古臭いわけでは決してなく、それにも関わらず演奏中は次々と故郷の記憶が蘇ってきた、芋づる式に。半強制的に追憶を要請するように感じられる。



NRQ

 そして空間現代によって、息もたえだえだったわたしはついに息の根を止められた。ファースト・アルバム『空間現代』とセカンド・アルバム『空間現代2』をぐっちゃんぐっちゃんに混ぜ、解体し、木に竹を接ぎ、とてつもなく長い、いま、ここにしか存在しない、幻惑の一曲がつくりあげられていた。そのような試みは先日出たニューアルバム『LIVE』でも行われていたが、そして『LIVE』が収録されたときの〈O-nest〉にもわたしはいたけれども、ここで重要なのは、シェフの気まぐれサラダよろしく、具と具のあわせかたが毎回びっくりするほど異なるということである。いや、それは決して気まぐれではない。気まぐれを巧妙に装った、普通だったら思いついても実際にやってみようとはしないさまざまな遊びが度を越えて詰め込まれた結果であることは、『ele-king』最新号のgoat×空間現代対談を読めば一目瞭然だろう。どのような方向にでも自由自在に飛び火するような演奏は、むしろまったく自由ではなく、何層にもわたって厳重なルールが絡まり合って成り立っているのだ。


空間現代

 わたしは3か月前のことを急速に思い出していた。音楽実験室〈新世界〉で行われた『官能教育 三浦直之(ロロ)×堀辰雄「鼠」』という、三浦直之の母親への愛が全開となり、もはやマザコンという領域を軽々と超越して、母親と一体化しようと試みる少年の歪んだ妄想が物議を醸した公演では、空間現代の野口順哉が音楽を担当していたのだが、いいかんじでオシャレな音楽が後ろで鳴ってるね、という範疇には無論まったく留まっておらず、ラスト・シーンに至ってはセリフとセリフのあいだに強引に割り込むようにして断片的なメロディーが挟まってきたのである。まるで吃音のようにして、一語一語丁寧に確認するようにして、紡がれていく愛の言葉に、鋭利な断片が不意に飛び出して突き刺さっていく。そこには可憐な花の茎に地道に棘を置いていって薔薇に仕立てあげるような途方もないカタルシスがあった。順調に滑っていた物語は、不規則なギター・ソロによって徐々にもつれ、綻び、解体してゆく。どうしてだろう、ぶっきらぼうな断片に近づけば近づくほどに、潤滑から遠く離れるほどに、ふたりのいびつな愛の形は、原型を取り戻していくようだったのだ。

 ライヴが終わる間際、「少し違う」の、「痛い」の、「誰か」の断片を、全身の力を振り絞って見出すうちに、わたしの意識は急速に混濁へと向かっていった。断片に冒され、「スコシチガウ イタイ ダレカ イタイダレカ チガウ スコシイタイ」とぶつぶつ呟きながらうずくまるわたしを、隣にいた仕事帰りのOLは不審そうに見下ろしていた。

文:綾門優季