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消費税廃止は本当に可能なのか? (2)

文:Cargo Oct 11,2019 UP

私たちが日々疑問なく支払っている消費税は本当に必要なのだろうか?

 とうとう10月1日から消費税が10%に上がった。今回の消費増税に関しては、社会保障を支える為に必要だという賛成意見もあり賛否両論となっているが、ちょうどこの日にタレントのロンブー敦氏がツイッターで面白いアンケートを実施していたので紹介させてもらいたい。「さぁ今日から消費税増税 8%~10%へ どうか消費が冷え込みませんように… 僕もガシガシ消費しまくります!」と添えたアンケートでは以下のような結果になっていた。

 消費税0%に戻して欲しい! 45%
 消費税5%に戻して欲しい! 26%
 消費税8%に戻して欲しい! 5%
 消費税10%は仕方ない!   25%

 全属性がツイッター民であるというバイアスがあるものの、ロンブー敦氏のフォロワーは主にノンポリ層のはずで、その彼らが65,636票も投じているのだから、大変興味深いサンプルと言えるだろう。実に45%もの人たちが消費税廃止を望み、全体で76%が減税ないし廃止を望んでいるのである。マスコミの世論調査とは随分と違う結果になったことに驚くばかりだ。

 さて、前回コラムでは経済における「合成の誤謬」についてお伝えした。良かれと思って貯蓄や無駄の削減に励むことは、経済全体にとって富の喪失につながるという理論だ。

 この「合成の誤謬」のままに、レッセフェール的な資本主義体制を進めると、富の偏りが生まれてしまうため、政府がその財政的権力をもって是正すべく介入しなければならない。富の偏在、つまり経済的格差の拡大が経済停滞を招くことは、過去にもIMFやOECDをはじめとする国際的機関や数多くの経済学者に指摘されていて、すでに常識とされるところだが、この資本主義の負の側面の拡張を放任するばかりか、後押しし続けたのが我らが日本政府であった。

 日本政府は、公務員数や公共投資などを削り、無駄という無駄を削減し続け、財政と経済を緊縮化させた。経済が緊縮状態になると、その収縮効果に伴いデフレスパイラルが形成される。それによって所得税や法人税などの税収も減少することは火を見るより明らかだろう。しかし政府は、そのデフレにより足りなくなった税収の穴埋めを、あろうことか人々の消費行動への罰金である消費税に求め、さらなる経済のシュリンクを加速させた。

 本来ならこのことは、「合成の誤謬」だとか「レッセフェール」だとかという専門用語を使って説明する必要すらない。政府は「飢饉で米が取れないから、さらに年貢を増やす」とやっているのだから、説明不要の愚策と言える。しかもこの年貢は、飢饉で苦しむ庶民の中でも最弱者である病人や子供からも等しく徴収する人頭税に等しい。よしんばこの人頭税を課すにしても取り方というものがあるのではないか。

 庶民の消費行動に、足かせである消費税を課し、消費活動を減退させるということは、そのまま誰かの所得の減少に繋がる。誰かの所得が減るということは、その彼の消費も減り、また他の誰かの所得も減少させることになるため、ここに経済の悪循環が完成してしまう。「誰かの消費は誰かの所得」であるので、当然の帰結だ。

 実際にこの20年間(96年~16年)の日本のGDP成長は1.00倍で、まったく増えておらず、戦争や紛争が起こっている国を除けば断トツで世界最下位の成績だ。中国は13倍、米国は2.3倍、先進国で日本の次に悪いドイツでさえ1.4倍に増えている中でだ。加えて国民の年収の中央値も100万円以上も下がっている。こんな衰退国家は日本をおいて他に存在しない。日本政府や大本営マスコミは「いざなぎ越えの好景気」と喧伝するが方便でしかない。

 政府は税率を上げて庶民から召し上げ、大企業は野放図な資本主義体制のもと、庶民や中小企業からお金を取り上げる。需要の足りないデフレ下で、決してやってはならない経済運営を進めてきた。はっきり言って、わが国の「衰退途上国」化は、大企業経営者たちや無能な日本政府が推し進めてきたと言っても過言ではない。

 では、この悪循環をどう断ち切ればよいのだろうか。反緊縮派の多くは、一つに「消費税の廃止」、そして二つ目に「政府による財政出動」が有効策であると考えている。

 まず、消費税、ひいては租税の意義について考えてみたい。そもそも徴税の役割とは財源を得るためにあるのではなく、景気の調整のみにあるという考えがある。「景気自動調節機能=ビルト・イン・スタビライザー」と呼ばれる政策がそれだ。これは累進課税制度により、儲かっていない分野はそのままに、そして儲かっている分野、景気が過熱し過ぎた分野からは相応の額の徴税を通じて、景気の安定化を図ろうという仕組みだが、中学・高校の公民や政経の教科書にも載っている、いたって一般的な概念となる。

 17世紀のオランダでチューリップ・バブルが起こったことはよく知られている話だろう。人々が価格高騰するチューリップの球根への投資に熱狂し、僅か数年で球根ひとつに平均年収の10年分もの価格がつくほどになったが、突如バブルが崩壊し、価格が100分の1にまで暴落、投資家たちが債務不履行に陥り、景気が悪化したというものだ。ビルト・イン・スタビライザーはこういった過熱する分野(主に金融や不動産)に所得税や法人税などで累進課税制をしき、自動的に増税を行う形で需要を減少させ、行き過ぎた景気過熱やバブルを防ごうという考え方だ。

 立命館大学の松尾匡教授は「なぜ、わざわざ税金を取るのか。政府がお金を作り続けると、世の中にお金が出過ぎて、購買能力がその国の供給能力を超え、インフレが激化していく。これを防ぐために税金を取って購買力を抑える。目的はインフレの管理なのだ。財源が必要だから税金を取るという考えは家計の場合であって、家計と一緒にしてはいけない」と語っているが、税の役割は財源の確保のためではなく、インフレ管理などの景気調整にあるということだ。

 翻って消費税を見た場合、その景気自動調節機能がない。よく考えればわかるはずだが、消費税を課せられている病人や子供を含む庶民全般に、儲かって儲かって仕方がないという景気過熱の状況が生まれることなどあるだろうか? 答えは否である。

 もうひとつ一般的に税の役割として考えられているものが、所得や資源の再分配機能となる。しかしこれも消費税にはほとんどないと言える。そりゃそうである。病人や貧困層から税金を集めて、これを再び病人や貧困層に戻すという仕組みなのだから、二度手間だし、こんなバカげた話もない。下図のように、消費税は富裕層には優しく、貧困層には地獄のような、逆進性の高い税なのだ。これが再分配のための税といえるだろうか。


画像:山本太郎氏・街頭演説より

 因みに、諸外国の消費税・付加価値税のほとんどにはしっかりと軽減税率が設定されており、累進課税の機能も担保されているため、日本の消費税のような性格──日本の軽減税率は、主に食料品と新聞にかかる2%分のみが対象で、その他の生活必需品の購入にはそのまま10%が課税されるが、ほとんどの諸外国では日用品も軽減税率の対象となっている──にはない。そのため、日本の全国税の税収に占める消費税収の割合は、福祉国家といわれる北欧と比べても遜色ない状況になっている。

 実際に、日本の消費税収は、25%の消費税を設けるデンマークより多い状態にあるが、日本人は、北欧のような充実した福祉サービスを受けられているだろうか。このことから、北欧並みの消費税を課すべきだという議論がいかにナンセンスであるかがわかるだろう。すでに北欧並みに課税されているわけだから。

 消費税には景気自動調節機能がなく、また所得や資源の再分配機能も乏しいことがわかった。それ以外にも、日本の消費税の不公平性は多岐にわたる。すべて社会保障に使われると約束されていたはずの消費税収分の8割ほどが、実際は国債償還等に充てられ、多くが再分配されていないばかりか、通貨をこの世から消滅させているという事実まであるうえに、──前述した経済団体のロビイング活動の賜物としてだが──消費税が、大企業を優遇するための法人税減税で目減りした財源の穴埋めにも使われてきた側面もあるのだ。もしどうしても、消費税廃止の穴埋めを税だけで賄いたいと言うのなら、この30年間かけて減税してきた法人税や所得税の累進性を復活させ、租税特別措置などを元に戻せばよいだけのはずだ。


画像:山本太郎氏・街頭演説より

 今まで消費税は社会保障費を賄うために必要だと信じられてきた。「いろいろ問題があるからと言って消費税を廃止にすることまではないんじゃないか」といった意見もあるだろう。でも財源を逆進性の高い消費税に求めては、国民経済が停滞することに繋がり本末転倒だ。自らの首を絞めることに繋がってしまうのだから、再考する必要があるだろう。

 そこで、消費税収に替わる財源を得るため、そして国民経済を後押しするための政策が、反緊縮派が二つ目に挙げる「財政出動」ということになる。

 「財政出動すると財源が減ってしまうのではないか」と思われる方もいるかもしれないが、それは誤りである。財政出動すると、実体市場に通貨が創造されるので、支出することそれすなわち財源となることを意味する。

 おそらく、ケインズ派(ニューケインジアン左派、ポストケインジアン、MMTer)の議論を知らない人にとって、この「財政支出すること自体が財源となる」という概念は意味不明だろうと思う。次回はこの概念「スペンディング・ファースト(Spending First)」の説明を中心に続けたい。

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cargocargo
House/EDMプロデューサー。90年代からHIP HOPシーンで活躍したGOKUが'04年にcargoを始動。i-tunesチャートで7週連続1位を記録するなど、シーンを代表する存在となる。映画NANAや東京ガールズコレクション、上海万博・日本館、東京ミュージック花火の音楽も手がけた。

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