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interview with Mark McGuire

interview with Mark McGuire

終点には着きたくない

――マーク・マグワイヤ、インタヴュー

橋元優歩    通訳:Corey Fuller   Jun 21,2013 UP

 マーク・マグワイヤはここからだ。彼の名がクレジットされた楽曲は膨大に存在するが、それらはいま、この『アロング・ザ・ウェイ』から、新しく光を当てられることになるだろう。エメラルズを脱退してのソロだから、ではない。彼が、彼のやるべきことを見つけたからだ。長い人生が何のためにあるのかを知る機会は少ないが、とくに意味がないようにも思われるその連続が、ある一点から一気につながっていくということが起こらないともかぎらない。マグワイヤにはきっと、そのときがめぐってきている。......そう熱と感動を込めて言い切ってしまう理由は、以下のインタヴューのなかに示されている。


Mark McGuire
Along The Way

Yacca

Review Amazon iTunes

 『ダズ・イット・ルック・ライク・アイム・ヒア?』(2010年)のリリースによって、アメリカ中西部のアンダーグラウンドなノイズ・シーンから世界へと飛び出し、クラウトロックをモードにしてしまった時代の寵児、エメラルズ。そのエメラルズ解散後初のリリースとなる今作『アロング・ザ・ウェイ』は、愛と生命をめぐる彼の哲学が4章にわたって開陳・展開された大作だ。自身による長文の解説(原文はさらに長いという)も付されており、明確にコンセプトと目的を持った作品であることがわかる。まさか彼がこれほど言葉で思考し、語る人間だとは思わなかった。聴かれるかたは必ず読んでみていただきたい。オマケのライナーなどというものではなく、むしろこのメッセージのために本作が編まれているということがありありと理解されるだろうから。

 「スピってる」......とはたしかに言った。言ったし、いまもそう思う。本作のテーマについて筆者が100パーセントの理解と賛同を示すことはないだろう。アラン・ワッツの名にもちょっと戸惑ってしまう。けれどまったく笑おうとも否定しようとも思えない。ひとはひと、ということでもあるが、やはりこのアルバムに力があるからだ。

 音楽をやる人間が言葉で説明してしまっていいのか、という批判もあるかもしれないが、彼にとっては今回、音も言葉も同じものだったのだろう。マグワイヤの目的は彼のメッセージを伝えることにある。ダメなのは言葉で目的の欠落を補足しようとすることだ。何をするべきかということそのものの軸がしっかりとあるかぎり、音が弱まることはない。自分の持てる能力をすべて使って彼は彼の思う「愛」のなかだちになろうとしている。

 そして、彼がこれまでテーマにしてきた家族のモチーフについても興味深い話が聞けた。以前のインタヴューでも同様のことを訊いているのだけれども、まったく回答の角度が違う。というか、まさにいまそれらが明瞭にひとつの線としてつながったという印象だ。"ザ・ヒューマン・コンディション(ソング・フォー・マイ・ファーザー)"は彼のすべての音楽を――パッケージされた彼のソロ作ばかりではなく、友人に手渡ししたテープやCD-R、PCにストックされた没音源などもふくめたすべてを――光の線にする。

 マニュエル・ゲッチングがどうとか、エフェクターがどうとか、そういうことは突如としてどうでもよくなってしまった。シンセを用い、音色を増し、ビートを入れ、ストレートに歌う今作の直接性を、筆者は称えずにはいられない。
(ちなみにそのあたりもいろいろと訊いていたのだけれど、ほとんど答えらしい答えが返ってこなかった。)

人間はただそれにタッチするだけでいいはずなんです。現実と愛といまの瞬間とは、同じようなものだと思います。いまの瞬間だけがリアルなもので、愛も同じです。それしか存在しません。

バンドを離れたことと関係あるかもしれませんが、今作『アロング・ザ・ウェイ』には音楽的にも吹っ切れているというか、思い切って新しいことができているようなところがあるんじゃないかと思いました。

マグワイヤ:去年から、ギターだけで表現していくことの壁にぶつかったような気がしていて、もう少し他のテクスチャーを新しく加えていきたいなという気持ちになりました。そこからシンセを購入して、いろいろと実験をスタートさせたり、他の要素をどんどん取り入れていったりしましたね。今回のアルバム制作に関しては、とくに自分にリミットを設けたりせずに、フリーな感じで、どんな音でもアリにしたいっていう気持ちだったんです。LAのスタジオに住み込んでいたんですが、そこにはたくさんの楽器もあったので、環境としては恵まれていたと思います。でも、いまアルバムを聴き返すと、いままで自分がやってきたことの延長ではあるけど、少し自由で実験的な気持ちがあったんだなということがわかりました。

シンセを購入して本格的に触るようになったのは今回が初なんですね。

マグワイヤ:エメラルズのときももちろん触ることはあったけど、やっぱり役割としてギターだったので、1年半くらいですかね、今回初めて自分のシンセを買っていろいろ勉強することができました。いままではギターの音を加工することからスタートしていたのが、スタートがギターじゃなくなったことで、ちょっと解放されたようにも感じます。去年の夏、映画のサントラを作っていたときに、シンセやドラムマシンのプログラミングとかを本格的に学ぶようになっていたので、それが自然と自分のアルバムにも反映されるようになりました。もう少しレンジのあるサウンドが欲しかったんですよね。そういうシンセの作品は、最初はネットでフリーでリリースしたんですが、今回のアルバムはいま挙げていったようないろいろな実験や要素を合成して作った作品ですね。EPはほんとに実験で、手探りな感じがありました。今回はそれをもっときちんとした形にしたものです。

なるほど。いろんな要素が入りつつ、でもこれまでやってこられたことの集大成という感じもしたんです。この作品のご自身の注釈に「愛というのは生命の認識である」という言葉がでてくるんですが、ある意味でそれは、これまでもずっとあなたの作品に感じてきたことでもあります。それを今回はわざわざこれだけの長文に書き起こし、4つに章立てて明示されたわけですよね。このコンセプトの立て方についておうかがいしたいです。

マグワイヤ:アルバム制作がはじまったのはちょうどそのサントラを作っていたときで、そのとき考えていたのは『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』のときにあったコンセプトをもうちょっと広げたいということだったんです。『リヴィング~』はナラティヴな作品というか、ちょっとしたストーリーのある作品でしたから。これを次の段階に持っていきたい、もっと奥行のあるものにしたいという思いがありました。ここ数年は、心理学と哲学をまた勉強しはじめていて、本で得たアイディアなどを成熟させたコンセプトがこのアルバムの中心になっているんですね。それは僕自身の宇宙や生命への考えでもあるんですが、同時にある程度普遍的なものでもあると思っていて、音楽もそんなふうに壮大に表現できていたらいいなと思います。
 この作品では、人生を通してあるひとりが遂げていく成長を旅のように描いているんですが、それは彼自身の成長であるとともに人類全体の旅でもあるということなんです。パーソナルかつユニヴァーサルというのが今回のコンセプトでもある。
 それから、このテキストのなかには愛についても記してあるんですが、愛とはどういうことか、というような問いに対しては、みんなそれぞれにあらかじめ持っている観念があるはずだから、誤解されることもあると思います。ですが人々は互いにつねに人生のなかで誤解しあっている部分もあって、それもひとつの人類のストーリーですね。みんな同じことを目指して、同じ夢や欲望を抱いている――同じ旅をしているにもかかわらず、お互いが通じないでミスっている部分とか、同じ言葉を話しているのに違う言葉を話しているというようなことがあります。
 愛というのは、単純なロマンスという意味ではなくて、もっと深みのあるものです。人間がいないくても存在しているようなものですね。ちょっとヒッピーっぽいというか、フリー・ラヴの思想に聞こえてしまうかもしれませんが......、でも、人間はただそれにタッチするだけでいいはずなんです。現実と愛といまの瞬間とは、同じようなものだと思います。いまの瞬間だけがリアルなもので、愛も同じです。それしか存在しません。そういうことをこの作品では言っています。

解説部分でもそのように書いておられましたね。「パーソナルかつユニヴァース」というお話がありましたが、たとえば、育った環境や前提がぜんぜん違う者同士が、いかに隣り合っていっしょに生きていくことができるのか、これは長らくアメリカという国に突きつけられてきた問題でもあると思います。こうした少し生々しい問いや例に対して『アロング・ザ・ウェイ』はあなたなりの回答を示そうとしたのかなと思ったのですが、あなたの書かれている壮大な例と、こうした生々しい問題とはどう関係しますか?

マグワイヤ:アメリカだけではなく、世界全体で人々は打ちつけられていると思っています。人類と自然、宇宙は、本当は同じひとつの生命なのに、それをむやみに切り分けようとしていて、そこでいろいろな問題が発生しているように見えるんです。人間が自然の一部なのではなく、自然外のものとして生きているような感じ。僕には助けを求める悲鳴が聞こえるような気がします。このアルバムは、けっして政治的なコンセプト・アルバムではないんですが、やっぱりそういうことを考えながら作品を作ってはいました。
 人々は真の生き方から遠く離れたところにいます。人生の意味を僕なんかが理解していると思っているわけではありませんが、社会とか政治とか階級分けとかによって本来ひとつであるべき自然と宇宙と人間を分離させると、どんどん共存から遠ざかって、ひとりひとりが引きこもったような生き方をすることになり、どんどん孤独になっていくように思います。アメリカだけではない問題ですけど、アメリカは巨大なメディアを通じていろいろな情報を世界に発信しているわけなので、責任が大きいと思っています。"ザ・ウォー・オン・コンシャスネス"という曲ではまさにそういうことを歌ってるんです。「ウォー・オン・テロリズム」とテレビやメディアではよく言われていますが、僕はむしろ人々の思考との戦争だと思います。いかに麻痺させるか、いかに衝撃的な映像などで思考停止させるか、その恐怖やトラウマによって人の心をバラバラにするか......。ほんとはみんなつながっているのに。
 このアルバムでは、そういう生き方じゃなくていいんだよということをメッセージとして持っているつもりなんです。愛を持った生き方としていいんだという、それが僕の思いです。

なるほど。その......、音にも驚くところは多かったんですが、それよりも、あなたがこんなに言葉で表現する方だったのかということになお驚いたんです。

担当者S氏:(小声で)もっと長いんですよ!

えっ、なるほど(笑)。何というか、ギターに人格が備わっているんじゃないかというくらい、とても雄弁なスタイルをお持ちなので、ほとんど「ギターの精」みたいに思っていたんです。人の言葉ではなくギター語で話す、というような方なのかなと......。一方的ですみません! でも演奏に長けた方が、言葉で語ることをよしとしなかったりすることもあるなかで、あえてここまで長い文章できっちりとコンセプトを示すというやり方を選択されたのは、それだけ思いが強かった、伝えたいことだった、ということなんでしょうか?

マグワイヤ:そうです。今回はヴォーカルや歌詞もひとつの要素として必要性があったと思います。今回伝えたかったアイディアやコンセプトは、とても具体的なものなので、インストゥルメンタルな音楽だと誤解されやすい......これはハッピーな曲だと思って作ったものを、誰かが聴いて全然違ったふうに考えるかもしれない、そういう曖昧な余地が多く残されていますよね。ダイレクトに伝えたいことを伝えてみるという挑戦でもあったので、歌詞とヴォーカルとテキストを採り入れることにしました。
 前もって決めたことだというわけでもなくて、曲を書きながら出てきたものでもあります。言いたい言葉は無限に出てくるので、それをコンパクトにまとめるのが難しいですね。

取材:橋元優歩(2013年6月21日)

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