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interview with DJ Rashad

interview with DJ Rashad

ジューク! 勢い止まらず

──DJラシャド、インタヴュー

野田 努    通訳:青木絵美   Nov 05,2013 UP

デトロイトは俺にとって第二の故郷みたいなもんだ。デトロイトの踊りは、シカゴのとは少し違うけど、動きはほとんど一緒なんだ。だからデトロイトでのシーンとシカゴのシーンはとても似ているのがわかった。クールだったよ。バトルのパーティも良い感じだったらしい。

E王
DJ Rashad
Double Cup

Hyperdub/ビート

Tower iTunes

■シカゴで、こうしたアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックが途絶えることなく継続され、発展しているのは何故でしょう?

DJラシャド:俺がシカゴのミュージック・シーンを見てきて思うことは、シカゴはハウス・ミュージック発祥の地だ。俺はそう聞かされている。そして、俺たちの耳に入ってくるアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックというのはシカゴ・ハウスしかない。だから、そういうシーンが根強くあるんだと思う。アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックの基礎にシカゴ・ハウスがあるから、自然とその文化が発展しているのだと思う。

■どのような経緯で〈Juke Trax〉からリリースすることになったのでしょう?

DJラシャド:2003年か2004年に、DJ ClentがDJ Godfatherに呼ばれてパーティを一緒にやった。その際、Godfatherは俺たちの活動に興味を持ってくれた。ちょうどその時、〈Dance Mania〉が下火になってきていたからジュークにとって新たなアウトレットが必要な状況だった。だからGodfatherは、Juke専用のレーベルを立ち上げた。Godfatherは当時、もう一つデトロイトのレーベルで〈Databass〉というのを持っていたんだけど、そのレーベルは主にゲットー・テックを扱っていた。ゲットー・テックとは別ものとして、ジュークをリリースできるようにレーベルを立ち上げた。それが始まりだ。

■すでに多くの作品を出していますが、どんな感じで曲を作っているのでしょう? 自宅にスタジオがあって、集中して、がーっと作る感じですか? それとも、ぱっとひらめいて、ぱっと作る感じでしょうか?

DJラシャド:自宅にスタジオがあってそこでも作るし、Earlみたいな友達のところで作るときもある。インスピレーションを受けるのは、ツアーしている時と、仲間とスタジオにいる時の両方。俺にとってのモチベーションは今のところそのふたつと、新しい音楽を聴いているときだけだ。ツアーしている最中、新しいアーティストの音楽を聴く。それから仲間といる時もアイデアが湧く。

通訳:すごいですね。あなたは、ものすごくたくさんのトラックを短期間でリリースすることで知られていますが。

DJラシャド:ああ、昔はそのことで知られていたけど、最近はツアーなどで忙しくなったから、少しペースダウンしたよ。時間が余るほどあった時は、音楽をたくさん作っていたけど、最近はペースを少し落として、修正を加えることをしはじめたりして、いままで作ってきたものよりも、さらに質の良いものを作るようにしている。いままで学んできたものを活かしてよりプロフェッショナルなものを作るようにしている。

■ジューク/フットワークの歴史について教えてください。あなたから見て、それはどのようにはじまったものなのでしょか? ダンスを競い合うバトルの音楽なわけですよね?

DJラシャド:もちろんダンスバトルの音楽なんだけど、ジュークはパーティ・ミュージックでもあった。ゲットー・ハウス・ミュージックがジュークという言葉に変わったのはおそらく1999年だと思う。DJ Gant ManとDJ Ponchoが「Juke It」というトラックをリリースした。それがフットワーク/ゲットー・ハウスがジュークという名前になったはじまり。フットワークは当時トラックスと呼ばれていた。ジュークが進展していたと同時にフットワークも存在していたが、その時はフットワークと呼ばれていなかった。フットワークという呼び名は2009年に〈Planet Mu〉が「Bangs & Works」をリリースしたときからだと思う。

通訳:フットワークというのも音楽の種類なのでしょうか?それとも、ダンスのことなんでしょうか?

■いまではフットワークは音楽の種類であり、ダンスでもある。昔はジュークとフットワークは少し違う種類の音楽を指していて──どちらもBPM160には変わりないんだが──ジュークのほうがコマーシャル、つまりラジオ・フレンドリー、DJフレンドリーで、トラックス(フットワーク)はヘヴィーでクレイジーなベースが入っている曲のことを言った。

■基本、アフリカ系のコミュニティで盛んなんですよね?

DJラシャド:まさにその通りだ。

■デトロイトのキッズたちともダンスと音で競い合っていたという話も聞いたことがあります。どうなんですか?

DJラシャド:ああ、数年前、シカゴ対デトロイトのパーティが何度かあったと聞いた。デトロイトは結局、シカゴに来なかったが、シカゴからはバスを出してデトロイトのキッズとバトルしに行ったんだ。デトロイトでも、シカゴに似たダンスがあってジット(Jit)と呼ばれていた。だからジュークVSジットという感じでパーティが行われていた。俺は一度も行ったことがなかったけど、俺の仲間たちは行っていて、クールだったと教えてくれた。
 俺はデトロイトにDJしに行ったことがあるけど、デトロイトは俺にとって第二の故郷みたいなもんだ。デトロイトの踊りは、シカゴのとは少し違うけど、動きはほとんど一緒なんだ。だからデトロイトでのシーンとシカゴのシーンはとても似ているのがわかった。クールだったよ。バトルのパーティも良い感じだったらしい。どっちが勝ったのかは知らない。シカゴが勝ったのかわからない。勝っていたらいいんだけど。

■あなたがシーンに関わるようになった経緯も教えてください。

DJラシャド:〈Dance Mania〉のキャリアが閉ざされたときに、シーンに関わりはじめたのだと思う。俺とSpinnは〈Dance Mania〉からスプリットシングルを出した。Spinnのは「Motherfucker」という曲で、俺のは「Child Abuse」という曲だった(笑)。だが、その後〈Dance Mania〉は営業を停止してしまった。だから俺たちはTraxman、JAMMAN GERALD、DJ Funkといった人たちの周りで活動していた。当時ジュークをやっていて残ったのは俺とSpinn、RP、DJ Clent、Deeonくらいだった。

■あなた自身も踊ってましたか?

DJラシャド:DJになってから踊りはやめたよ。周りの奴らは、ダンサー兼DJというのを真面目に取ってくれなかった。ただ、パーティにタダで入って踊って遊びたいんだろうと思われた。だからダンスのほうはあきらめたよ。俺はDJできないと思われていた。だからダンスバトルやフットワークでやれるべきことをやって、ある程度目標を達成できたと感じた時点で、音楽により集中しようと決めた。

通訳:では初めはダンサーだったんですね。

DJラシャド:ダンサーだったけど、DJもしていたよ。

■BPMが160~170であることは、あなたにとってやはり重要なのでしょうか?

DJラシャド:いまはそうでもない。昔は、ダンサーとしては、たしかに重要だった。そういう人たちの為に音楽をチョイスするDJとしては重要だった。ジュークは160~170であるべきだと思う。170までいくとドラムンベースになるけどBPMが160~170であることはジュークの基礎だからとても重要だと思う。

通訳:でも最近、あなた個人においてはBPMの幅は広がってきているということでしょうか?

DJラシャド:ああ、個人的にはもちろんそう。俺たちはTeklifeとして、自分達の可能性に挑んで、新しいことをやって、他にどんなことができるか、色々な挑戦をしている。それは俺たちがいつもやってきたことだ。そして何よりも楽しむこと。同じことを毎回やるより、少し違ったことをやってみる。

質問:野田努(2013年11月05日)

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