Home > Interviews > interview with Koshiro Hino - 無垢な変奏
昨年のセカンド『Rhythm & Sound』で、goatはオルタナティヴなロック界隈はもとより、クラブ・ミュージック、とくにエクスペリメンタルな志向性のダンス・カルチャー周辺にもその存在感を浸透させつつあるのは、暮れにDJ NOBUの話を訊いたときにも思ったのだった――と、だしぬけの宣伝で恐縮だが、そのインタヴューを収録した『クラブ / インディ・レーベル・ガイドブック』がもうしばらくしたら店頭に並びます。古今東西のクラブ、インディ系のレーベルを国別に総括した類例のないガイドブックで、刺激的な音に目のない親愛なる弊媒体読者にはうってつけであるとともに、この世にはかくも音楽レーベルがなるものがあるかや、と感嘆必至の一冊になったと自負するが、goatの日野浩志郎が運営するレーベル〈birdFriend〉も本書はとりあげている。〈birdFriend〉はフィジカル・リリースにおいてカセットが復権したころあいをみはからった感があるが、レーベルを手がけながらgoatと並行してハードコア・ユニット、ボナンザスを率い、YPY名義でソロ活動にいそしむ日野浩志郎があらたに大編成のプロジェクトを始動すると聞いたのは、本書の入稿を終えたころだった。新プロジェクトはヴァージナル・ヴァリエーションズなる名称で、昨年12月大阪で一度ライヴを行い、今週末の東京で公演は2度めだが、ロック・コンボの可能性をきりつめ、機能性へ反転させた日野浩志郎が、大阪公演よりさらに人数を増やした編成――そのなかにはさきごろ新作をリリースした服部峻らも含む――でなにを志向し、どうおとしこむのか、大阪の日野浩志郎に質問状を送った。これは宣伝ではないどころか、ジャンルを問わず、2016年のもっとも刺激的な音を耳にするまたとないチャンスである、マジで。
■日野浩志郎 / ひの・こうしろう
大阪を拠点として活動するミュージシャン。バンドとしてはgoat、bonanzasのリーダーとして、ソロではYPY名義で名を馳せ、カセットレーベル〈birdFriend〉も主宰する。goatでは2013年にファースト・アルバム『NEW GAMES』、2015年にはセカンド・アルバム『Rhythm & Sound』を、bonanzasでは2枚のライヴ・アルバムにつづいて2013年にファースト・アルバム『BONANZAS』を発表。
クラシック楽器を含めた大編成ユニットの構想は3~4年前くらいからありました。
■新プロジェクト「ヴァージナル・ヴァリエーションズ(Virginal Variations)」はどのような経緯で生まれたのでしょう? またヴァージナル・ヴァリエーションズ(以下VV)というグループ名の由来について教えてください。
日野浩志郎(以下日野):アイデアが生まれた具体的なきっかけは憶えていないんですが、クラシック楽器を含めた大編成ユニットの構想は3~4年前くらいからありました。わかりづらい表記にしてしまったんですが、ヴァージナル・ヴァリエーションズというのは作品のタイトル名兼ユニット名であり、次の作品ができた際は「Hino Koshiro plays」の後ろが次の作品名に入れ替わる予定です。
正直なところ、このプロジェクトをはじめようと踏み切ったときにはっきりとしたコンセプトは定まっていませんでしたが、このユニットで試したいと思っていた漠然としたアイデアはいくつもありました。しかしこれといって統一性はなく、さらにそのアイデアは実際に音を出してみないと使えるかがわかりませんでした。とにかくやっていくうちにまとめていこうと思い、最初につくった曲群の作品ということでヴァージナル(処女らしい、無垢の)ヴァリエーションズと名づけました。
■日野さんはgoatやbonanzasでも活動されていますが、これらはいわゆるロック・バンドの編成です。より大部の編成で音楽をつくりにあたり、これまでとちがったところはありましたか。
日野:初ライヴは昨年の12月に行ったんですが、結成のタイミングにかんして特別ななにかを狙ったわけではありません。前にロンドンに行ったとき世話になったグリム・グリムの大阪公演を僕が企画することになったんですが、ソロもバンドも合わないかもしれないと思いこのユニットを試してみることにしました。
公演の約一カ月前にメンバーを集めて練習を開始したんですが、じつはそのときかなり苦戦しました。バンドの制作をする際は、goatやbonanzasは弦楽器があるものの各楽器をほぼ打楽器として捉えてダンス・トラックを作るようにPC上でデモをつくっていくんですが、VVはハーモニーも重要となります。DTMはそこまで得意ではないのでPCではデモをつくらず、ギターと鍵盤を使いながら脳内で想像しノートとペンで作曲をしていく必要がありました。それも慣れない編成なので事前に考えていたアイデアは使えるものは少なく、練習でアイデアを出していちからつくるはめになりました。それはそれで楽しかったんですが、人数も多いのでなかなか全員で音を出すことができず時間もないので初ライヴ前は本当に気が気でない状態でした……。
DTMはそこまで得意ではないのでPCではデモをつくらず、ギターと鍵盤を使いながら脳内で想像しノートとペンで作曲をしていく必要がありました。
■始動にあたり参考にされた作品やグループなどありましたか? 音楽でなくともかまわないですが。
日野:参考にした作品は多くあります。3月13日に原宿VACANTで行うライヴは全部で5つのフェーズに分かれているんですが、それぞれのフェーズで少なくともひとつ以上のモチーフがあります。それを解体していき自分なりに表現していこうとしているんですが、それひとつひとついうのもヤボなのでここでは控えておこうと思います。
ただ、作品を組み立てていく上で少しずつコンセプトのようなものが見えてきました。ヒントのひとつはエリオット・カーターの弦楽四重奏曲です。正直なところその曲自体はとっつきにくいんですが、作曲の方法がとても興味深いものでした。たとえばある人は巨匠のように、また別のある人はおどおどした感じで弾くなどそれぞれの演奏者にキャラクターを割り当てたり、グループを分けて同時にまったくちがうことを演奏するなどしているところに大きくインスパイアされました。
■VVにはさきごろ〈noble〉から新譜を出した服部峻さんやゑでぃまぁこんの元山ツトムさんなども参加されていますが、メンバー編成はどのように決まったのでしょう? また13日のライヴでは〈関西メンバー〉にさらに多数の管と弦が〈東京メンバー〉として加わるようですが、これは(ユニゾンによる)音量の獲得を意図しているのか、それとも(アンサンブルの)複雑さを目的としているのでしょうか?
日野:服部くんにかんしては元々VVとは別に二人で新しいユニットをはじめようとしていました。お互いに忙しくてなかなか進んでいなかったんですが、今後一緒にやるユニットの潤滑剤になればと思い誘いました。このVVが土台となり服部くんとなにか新しいことをする可能性もあります。
モツさん(元山ツトム)や元ウリチパン郡のカメイナホコさん、チェリストの中川くんなど、参加してもらっているメンバーには本当に感謝しかないです! ゼロからはじめたユニットだったのでかたちにするまでにかなりの労力が強いられるだろうと思い、twitterでメンバーを公募して学生などと実験をしながらつくっていきたいと思っていたんですが、なんと連絡は一人も来ず! 結局身近な人たちにお願いすることになりました。
初ライヴでは合計8人で当初考えていたハーモニーのアイデアをうまく生かすことができなかったため、東京メンバーを足して表現の幅を増やそうと思いました。あと単純に音量獲得も目的のひとつです。なるべく生楽器はマイキングせず、スピーカーから出る音は電子音だけにして生楽器と電子楽器を完全に分けてしまいたいというのが理想です。しかし実際は楽器の配置を考えたとしても弦はドラムや管に負けてしまうので恐らく弦楽器はラインかマイクで拾ってスピーカーから出さないといけなくなりそうです。理想をかなえるには弦楽器があと2~3倍程度必要かもしれないですね。
譜面はありますが、ほとんどメモ書きのようです。実際に会って説明しなければ、その譜面を見ても理解することは難しかったと思います。
■音楽の話が後手にまわってしまいましたが、お送りいただいた練習音源を一聴したところ、VVにはハードコア、ドローンの点描的、という形容はそもそもドローンと矛盾していますが、そのまさに拡大版の趣きだと感じました。厳密に譜面とはいえなくとも、おそらくなにがしかのスコアはあると思いますが、それはどのようなものでしょうか? それにスコアがあるとしたら、それぞれの演奏者はどれくらい裁量を任せられているのでしょう。
日野:聴いてもらったのは初ライヴ前の荒削りな音源なんですね。実はこれでもほとんど演奏者には自由はなくて、決められているものを演奏してもらっているんです。もちろん譜面はありますが、ほとんどメモ書きのようです。東京のメンバーとは先日はじめて練習をしたんですが、実際に会って説明しなければ、その譜面を見ても理解することは難しかったと思います。
Yoshi Wadaの『The Appointed Cloud』という作品があるんですね。この作品にはグラフィック・スコアのような譜面があるんですが、実際はもっと細かく決められていて特にドラムにかんしては詳細なドラム譜が存在します。
「ヴァージナル・ヴァリエーションズ」は、フェーズのある部分によってはルールを設けたり、また即興のパートもありますが、このユニットで表現したいのは個人個人の能力を発揮させていくようなものではありません。もちろん作品の範疇で自分らしさを表現するのは大歓迎ですが、海外公演も視野に入れていて現地の人を入れての演奏も考えているので「その人にしか演奏できない」というようなものを譜面に入れるのは避けています。
■日野さんはgoatなどで、最近はDJ NOBUさんら、クラブ・ミュージックにも接近しています。YPY名義での活動はもちろんありましたが、『Rhythm & Sound』移行の環境の変化(?)とVVの音楽とはなにか関係がありますか
日野:クラブ界隈と密接につながりはじめたのは最近ですが、goatをはじめる前から好んでクラブ・ミュージックをよく聴いていたのでVVの音楽への影響というのはあまりないと思います。しかしながらドネイト・ドジーやRrose、クラブ以外ではスティーヴン・オマリーやオーレン・アンバーチなどジャンルを軽く超えて表現をしていくひとには深い共感を持っていますし少なからず影響を受けています。『Rhythm & Sound』後の変化といえばEUのブッキングエージェントを獲得したということがいちばん大きいですね。さらに昨年末のFUTURE TERRORで、ある方からすごく光栄なお話もいただき、こういったことの積み重ねがVVをはじめる自信のひとつとなりました。
VVでやろうとしている音楽というのははっきりいって広い層に対してアピールできるものではないかもしれません。だからといって難しそうなものの表面だけをさらってポップに表現し、あたかもそれらしい説明をつけ加えてアート初心者にもどうぞ……というのは正直毛嫌いしているものが多いです。最終的によかったらなんでもいいんですが。
誰でもできそうな単純なパターンの快楽は避けていて、聴いたひとが簡単に説明できないナゾをつくり出したいと思ってます。
自分なりにVVの音楽はわかりやすくパッケージングしたつもりですが、全体を通して聴くと少し複雑に聴こえるかもしれません。これだけの人数を揃えてドローンをして快楽に向かうというのは比較的簡単に思いつきます。なので誰でもできそうな単純なパターンの快楽は避けていて、聴いたひとが簡単に説明できないナゾをつくり出したいと思ってます。しかし説明がないと聴いても面白くないというのも避けていて、よくわからないけどとにかくすごい! と思えるものをつくることが目標ですが、実際にそういった音を実験するためには責任と経費が重くのしかかってきます……。3月13日のVACANTの公演はソールド・アウトになっても赤字になる可能性があります。これがもしgoatやYPYなどの活動をしていなかった場合は興味をもってもらうのも大変なことで、もし数年前にVVをやっていたらいまよりもっと厳しい状況だったでしょう。
■日野さんには楽器のクレジットがありませんが、VVではコンダクターということなのでしょうか、それとも演奏パートを担当されるのでしょうか。
日野:宣伝を開始した時点で全体があまり見えていなかったので、自分が何を担当するかは決めていませんでした。今回の公演では9割コンダクターに徹し、残りはドラムマシンを操作する予定です。ちなみに初公演の際はギターとピアノも担当していました。理想はコンダクトのみですね。
■VVでは服部峻さんは「アレンジャー」とのことですが、おふたりはどのようにして曲をかためていったんですか。
日野:服部くんはアイデアに富んでいて本当に刺激を受けます! 初公演では服部くんは未参加でしたが、最初の公演に向けて作曲しているときに服部くんの新作『MOON』を聴いてとてもインスパイアされました。今回の公演ではアレンジをする時間があまりとれず、服部くんにかぎらずモツさんやカメイさんの意見を取り入れて少しずつアレンジを加えていきましたが、今後服部くんの存在は大きくなっていくだろうと思っています。
お金もかけひとを巻き込んで実験をしていて、以後同じ内容の公演はないのでぜひ公演に足を運んでください。
■VVの音源のリリースは予定されていますか(フィジカルでなくても)? 予定があるとすれば、気の早い話で恐縮ですが、いつになりそうですか?
日野:リリースの話をしているレーベルはあります。それも僕にとってそのレーベルはVVを出す上でいちばんの理想といえるレーベルです。本当にリリースできるか現段階ではわかりませんがとても興奮しています! 時期は分かりませんが今年中に録音できればと考えています。録音のアイデアもいくつか浮かんでいるので録音が楽しみです!
■3月13日のライヴにかける意気込みをお聞かせください。あと公演告知のヴァージナル・ヴァリエーションズの後に(プロトタイプ)とつけたのはなぜですか。
日野:VVはいずれヴァリエーション群を固めていき、ひとつの大きな作品に落とし込もうと考えています。いまはそのヴァリエーションを増やしたりひとつひとつビルドアップさせている段階なのでプロトタイプとつけましたが、先にもいったように海外公演なども視野に入れメンバーは流動的に考えています。メンバーのスキルや人数によってつくったヴァリエーションも変化していくかと思うので、演奏が固定することはなく永遠にプトロタイプなのかもしれませんがそれはそれで面白いかと思っています。
僕にとってこのVVは大きなリスクを持ちつつ時間、精神力、体力をすべて注ぎ込んで臨んでいるプロジェクトです。お金もかけひとを巻き込んで実験をしていて、以後同じ内容の公演はないのでぜひ公演に足を運んでください。あとこの場を借りて恐縮ですが、関西もしくは関東在住で実験に付き合っていただける志高い弦楽器、管楽器の方のご連絡をお待ちしています!!
■Hino Koshiro plays prototype Virginal Variations
日野浩志郎 ヴァージナル・ヴァリエーションズ(プロトタイプ)
2016年3月13日(日)18時
原宿VACANT
開場17:30 / 開演18:00
出演:
Hino Koshiro plays prototype Virginal Variations
〈関西メンバー〉
日野浩志郎
石原只寛(サックス)
呉山夕子(シンセサイザー)
服部峻(シンセサイザー)
島田孝之(ドラムス)
西河徹志(ドラムス)
中川裕貴(チェロ)
元山ツトム(スチールギター)
カメイナホコ(クラリネット、他)
〈東京メンバー〉
安藤暁彦(サックス)
安藤達哉(サックス)
戸畑春彦(サックス)
出川美樹子(チェロ)
池田陽子(ヴァイオリン)
本田琢也(コントラバス)
448(コントラバス)
Kevin McHugh(アコーディオン)
石原雄治(ティンパニー)
水谷貴次(クラリネット)
松村拓海(フルート)
オープニングアクト:福留麻里
DJ:Shhhhh
料金:予約2,500円 当日3,000円(+1ドリンクオーダー)
予約:info@snac.in
件名「3/13 VV予約」とし、本文に「名前・電話番号・枚数」をご記入の上、ご送信ください。
こちらからの返信を持ってご予約完了となります。定員になり次第受付を締め切らせていただきます。
問い合わせ:SNAC
メール info@snac.in 電話 03-3770-5721(HEADZ内)
電話でのお問い合わせは13:00以降にお願いいたします。不在の場合はご了承ください。
照明:渡辺敬之、佐藤円
PA:馬場友美
主催:吾妻橋ダンスクロッシング実行委員会
助成:公益財団法人セゾン文化財団
協力:HEADZ、VACANT
取材・文:松村正人(2016年3月09日)