「Nothing」と一致するもの

作:上杉清文/演出:有馬則純
音楽:杉田一夫・不破大輔/音楽・演奏:グラシャス坂井・関島種彦
出演:あべゆうこ 有馬則純・飯塚勝之 柿澤あゆみ 笠原真志 金子清文 河井克夫 小林麻子ゴーレム佐藤 輿石悦子 後藤恭徳 ししくら暁子 反町鬼郎 秦京極 塚田次実 外波山流太 飯田孝男 堀井政宏 山内一生 山崎春美 吉田佳世 吉成淳一 リアルマッスル泉
日替わりゲスト:伊郷俊行 清水麻八子 末井昭 外波山文明 坂東冨起子 ひろ新子 夢村四郎
美術・宣伝美術:深川信也/美術・衣装協力:上木文代 河内哲二郎 後藤淳一 長谷川愛美 井上のぞみ 南波瑞稀/照明:辻井太郎((有)劇光社)/音響:相川晶((有)サウンドウィーズ)/舞台監督:三津久/舞台監督助手:嶋崎陽/大道具:和田康/写真撮影:朝倉コロ/振付:坂東冨起子

 「気難しい左翼かぶれ」であったとしても、なんとか細々とでも還暦までやって来られたのは、何年かに一度上京して観る発見の会の芝居があったからなんじゃないかと思うのだ。ナニガナンダカワカラナイけれど「すげえ!」という感嘆を抱いたまま新幹線に乗って静岡まで帰ってきてまた次の何年かを過ごしてきた。この12月に4日間「復興期の精神」という公演があったばかりだ。

 『復興期の精神』とは第二次大戦末期、日本の敗色が濃くなるなかで、花田清輝が戦争賛美をすることなくどのように自分の表現を作っていくのか、考え抜かれ書かれた作品群だ。ルネサンス期の芸術家・科学者たちを題材にとり、中世から近代へと変転する時代のなかでどんなふうに彼らが表現したのかがエッセイ風につづられている。「賛美しない」ということがどれほどに困難なことなのか、まったくこれからのこととして身につまされる。近代という時代、また日本人を対象に書けばどうしても国体批判であるとか現状批判につながってしまう。戦争が泥沼に進んでいくなかで、書く場所を一つずつ失い、文字通り焼け野原の一歩手前で「書きたいことを書く」、今・ここのことを書いていないようでいながら「今・ここを書く」という検閲に対する抵抗としてのレトリックが胸に迫る。

 とは言いながら、今まで何度か「読もう」と本書を手に取るのだけれど、そのたびに挫折してきた。だってもうそのレトリックがなかなか厳しいのだ。また昨今の風潮である「短い言葉でよさげなことを言う」というような文章の真逆で、これでもかという博覧強記、さんざんに回り道をして果たして「よさげ」なものとはかけ離れた遠くまでたどり着いてしまうような思考に歯が立たない。読み終わったのはいいけれど、「何が書いてあったんだ?」ということしきり。しかし今回芝居をきっかけに読み始めたら少しだけ読むことができた。

 結成61年最長のアングラ劇団、発見の会の芝居はシリアスなものではない。ダジャレとそれに合わせてズルッとすべる行為の繰り返し、そして下ネタと過剰なバカバカしさが横溢している。そして観客の渇いた笑いがパラパラと劇場の空間のなかに消えていく。今公演では劇中劇としてワイルドの『サロメ』が演じられ若い俳優たちの艶やかで格調高い演技に魅了されたが、戯作者・上杉清文が選んだ『サロメ』の翻訳は官能小説家・宇野鴻一郎訳であり、劇的なサロメの最期の科白の後にはロマンポルノ風の温泉マークがついてしまっていた。

 1970年代から時代は逆にさかのぼり、大正・明治へと芝居の舞台は進んでゆく。天皇制の矛盾とアメリカによる日本統治が明らかにされてゆく。過激派になるか自衛隊に入るのかを逡巡する青年が出てくるが、登場人物も三島由紀夫や北一輝など右翼、難波大介や和田久太郎など極左テロリストが入り乱れどっちつかずのてんやわんやである。まじめな問題系の周りはダジャレと二点の中心を持つ楕円の論理で覆いつくされ、まるで観客をいい気持に得心、着地させることを拒んでいるようにさえ思えてくる。この癖になるつれない感じ、それはやっぱり平岡正明的、そして花田的であるだろう。そのバカバカしさの裏側には、徹底的な書物、歴史へのリスペクトがあり、やはり徹底的に史実を研究した上で荒唐無稽の物語を量産した山田風太郎もそこにいるのかもしれない。

 くどいことも、それこそが気難しいことの所以だが、「気難しい左翼かぶれ」と見えてしまうのは人間の味が足りないからなのだと芝居を見終わったあと鏡を見ながら強く思う。発見の会の役者たちの持つハイセンスでスタイリッシュな人間味が足りない。驚くときには大仰に「ええ!」っと目をむいて驚き、疲れ果てながらも混沌を前にすると躊躇なく突っ込んでゆくようなかっこよさがぜんぜん足りない。絶望を前にして歌い踊ることの彼らのなんと美しさよ。

 新劇から脱出する形でアングラ劇団へと1964年(68年を起点とする転形期)に発足した発見の会は、花田清輝や安部公房といった文学者はもとより、テレビ・映画・政治運動といったハイカルチャーの影響、そしてロック・漫画・エロ本文化などさまざまなサブカルチャーをも包含した稀有な集団である。音楽に限っても、渋さ知らズが発見の会の劇伴をきっかけに出現したということは知られているかもしれないが、田口トモロウさんなどパンクともつながっているし。それ以前のフォーク・ミュージックやブルースなどとも色濃くつながっている。その各々のジャンルのなかに「発見の会」のエッセンスを持つ人たちが必ずいるのだと言ったほうがいいのかもしれない。

 前回の『大正てんやわんや』から今公演にも山崎春美が一役者として出演した。自刃する場面で、ああこれは転げまわりライブのときのような痙攣がはじまるのだろうかと期待もしたが、果たしてゆっくりと斃れ静かに身体を揺らしながらこと絶え、「苦きシリア人」の諦観をたたえた科白まわしも合わせて芝居の空気が一瞬変わったように思えた。

 紙版のエレキングVol.9号(2013年4月号)に音楽誌としては破格の花田清輝特集があり、そのなかで拙い聞き手ではあるものの、上杉清文さんにお話をうかがったことがあるので、ご興味の方は是非読んでみて、機会があれば一度少数精鋭のアングラの芝居を観にいってほしい。

Masabumi Kikuchi - ele-king

 代表作『Susto』(1981)で知られるジャズ・ピアニストの菊地雅章。マイルス・デイヴィスやエルヴィン・ジョーンズといったレジェンドたちとセッションをおこなってきた彼は、じつは他方で──原雅明(著)『アンビエント/ジャズ』でも明かされていたように──クラフトワークブライアン・イーノに熱中、とくにイーノのレコードはぜんぶ集めていたそうで、自身でも深くシンセサイザーと向き合っている。その成果が『六大(ろくだい)』と呼ばれる、1988年に送り出された6枚のアルバム(『地』『水』『火』『風』『空』『識』)なのだけれど、残念ながらそれらはいつの間にか忘れられた作品となってしまっていた。これが2026年3月、ついにリイシューされるというのだから、事件といっていいだろう。マスタリングはテイラー・デュプリー。フィジカル盤はSACDと、そして今回ヴァイナルでも初めてリリースされる。2026年の見過ごせないリイシュー案件、ぜひともチェックしておきたい。

2026.03.25発売
菊地雅章 / 六大 (地・水・火・風・空・識)

日本を代表するジャズ・ピアニスト、菊地雅章が遺した唯一無二のエレクトロニック・ミュージック『六大=地水火風空識』が遂に再発!

名盤『Susto』リリース後に制作された幻の音源『六大=地水火風空識』が、坂本龍一からの信頼も厚かったテイラー・デュプリーによるリマスタリングで、各6タイトルSACD(ハイブリッド盤)と2枚組レコードとして蘇る。

「15時間の映像のために制作された音楽『六大=地水火風空識』は、菊地雅章が遺した唯一無二のエレクトロニック・ミュージックである。『Susto』と『One-Way Traveller』のエレクトリック・ジャズ/ファンクを経て、80年代の大半がこの音楽の制作に費やされた。ピュアな電子音と向き合った記録であり、ジャズとエレクトロニック・ミュージックのミッシング・リンクを埋める、世界的にも稀有な作品だ。
テイラー・デュプリーのリマスタリングによって、これを再び世に紹介できることは喜び以外の何ものでもない。」 (原 雅明 ringsプロデューサー)

【リリース情報】
アーティスト名:菊地雅章(キクチ・マサブミ)
アルバム名:六大(ロクダイ)
発売日:2026.3.25
フォーマット:CD(SACD HYBRID仕様), 2LP
価格:CD ¥4,400 (税込) / 2LP ¥7,500(税込)
レーベル:rings
オフィシャルURL:https://www.ringstokyo.com/masabumikikuchirokudai/

※収録秒数が、多少変更になる可能性がございます。再発となるジャケットは、新規デザインを予定しております。

All Selections Composed by MASABUMI KIKUCHI
Real-Time Synthesizer Performance: MASABUMI KIKUCHI
Recorded OCTOBER ‘84-MAY ’86 at CRACKER-JAP STUDIO, Brooklyn, NY
Re-Mastering: Taylor Deupree
Re-design: Kohei Nakazawa

地・EARTH

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC134
JAN: 4988044135918

CD Tracklist:
1. Reggae Triste(9'45″)
2. Andes(11'28″)
3. Earth 61(13'06")
4. Cockroach's Dilemma(10'07")
5. SAYOKO(8'05″)

<2LP>
品番: RINR19
JAN: 4988044135970

LP Tracklist:
A1. Reggae Triste(9'45″)
A2. Andes(11'28″)
B1. Earth 61(13'06")
C1. Cockroach's Dilemma(10'07")
C2. SAYOKO(8'05″)

水・WATER

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC135
JAN: 4988044135925

CD Tracklist:
1. Moon Splash(12'33")
2. Spectrum(15'16")
3. Aurola(15’11”)
4. Blue Spring(11’58”)
5. Water Song(8'18")

<2LP>
品番: RINR20
JAN: 4988044135987

LP Tracklist:
A1. Moon Splash(12'33")
B1. Spectrum(15'16")
C1. Aurola(15’11”)
D1. Blue Spring(11’58”)
D2. Water Song(8'18")

火・FIRE

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC136
JAN: 4988044135932

CD Tracklist:
1. Fire Dance I (12'21")
2. Fire Dance II (7'35")
3. Fire Dance III (8'23")
4. Fire Dance IV (20'49")
5. Fire Dance V (7'35")

<2LP>
品番: RINR21
JAN: 4988044135994

LP Tracklist:
A1. Fire Dance I (12'21")
B1. Fire Dance II (7'35")
B2. Fire Dance III (8'23")
C1. Fire Dance IV (20'49")
D1. Fire Dance V (7'35")

風・WIND

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC137
JAN: 4988044135949

CD Tracklist:
1. WIND I,II(23’15")
2. WIND III(12'19")
3. WIND IV,V(21'54")

<2LP>
品番: RINR22
JAN: 4988044136007

LP Tracklist:
A1. WIND I,II(23’15")
B1. WIND III(12'19")
C1. WIND IV,V(21'54")

空・AIR

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC138
JAN: 4988044135956

CD Tracklist:
1. AIR I(6'46")
2. AIR II(23'25")
3. AIR III(14'12")
4. AIR IV,V(13'18")

<2LP>
品番: RINR23
JAN: 4988044136014

LP Tracklist:
A1. AIR I(6'46")
B1. AIR II(23'25")
C1. AIR III(14'12")
D1. AIR IV,V(13'18")

識・MIND

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC139
JAN: 4988044135963

CD Tracklist:
1. MIND(49'58”)

<2LP>
品番: RINR23
JAN: 4988044136014

LP Tracklist:
A1. MIND I
B1. MIND II
C1. MIND III
D1. MIND IV


photo by Abby Kikuchi

菊地雅章 Masabumi Kikuchi
ジャズ・ピアニスト。1939年10月19日東京生まれ。東京芸術大学付属高校作曲科を卒業後、1958年に18歳でプロとして活動開始。66年に渡辺貞夫カルテットに参加し、67年に日野晧正と日野=菊地クインテットを結成する。68年にバークリー音楽大学に留学し、帰国後の69年に菊地雅章セクステットを結成する。73年からニューヨークに移住し、77年からはギル・エヴァンス・オーケストラに在籍する。マイルス・デイヴィスのリハーサルへの参加を経て、81年にシンセサイザーを導入した『Susto』と『One Way Traveller』を発表。その後、80年代の大半を「六大」のエレクトロニック・ミュージックの制作に費やす。88年にオールナイト・オールライト・オフホワイト・ブギ・バンド(AAOBB)を、90年にはゲイリー・ピーコック、ポール・モチアンとの自身のトリオ、テザード・ムーンを結成する。96年には吉田達也、菊地雅晃とスラッシュ・トリオも結成し、同時に後藤俊之らハウスDJとの制作にも取り組んだ。また、ソロ・ピアノのライヴ活動も行った。2012年、ポール・モチアン、トーマス ・モーガンとのトリオ作『Sunrise』をECMから発表。2015年7月6日、ニューヨークの病院にて死去。

 ものすごくざっくりと言えば、ロックンロールが生まれたとき、はたまたブラック・ミュージックと出会ったとき、革命の主体は若者にあるんじゃないのか、いや、白人社会につれてこられた黒人にあるんじゃないか、などと真面目に考え、概念化したアカデミシャンが英国にはいて、それがいまも面々と続いている。それがカルチュラル・スタディーズなどと呼ばれたり、あるいはマーク・フィッシャーのような人の著作になったりしているだけである。その思想と音楽は、いまも昔も、お互いある種の緊張状態を保ちながら、更新されている。
 ジョン・サヴェージはこう言ったことがある。パンクは本を読んだ。
 そんな英国で生まれた思想(批評)のなかでも、文化研究者たちの夢、そしてその最前線のラディカルな部分を切り取って一冊にまとめました。日本では初めての試みです。だから敢えてこう記しています。「英国現代思想入門」、濃い内容になりました。どうぞよろしくお願いします。

目次

【インタヴュー】
國分功一郎 今こそ階級闘争を仕掛けるとき──イギリス滞在時に感じたこと
 ▶イギリスと日本の違い│社会の幼年期に注目する必要がある│こちらから階級闘争を仕掛けなければならない│自然と満足できるように│新しい病としての「うつ病」│今こそフィヒテを読みなおすとき
毛利嘉孝 自分たちの知をつくること──大衆文化にラディカルな思想が流れこむ
 ▶イギリスだからこそカルチュラル・スタディーズは生まれた│知をアカデミズムに閉じこめない風土│スチュアート・ホールの功績│ストリート出身のポール・ギルロイが変えたこと│ヨーロッパの理論はイギリスでどう受けいれられたのか│マーク・フィッシャーが残したもの
田崎英明 ジェンダーも人種も、階級とセットで考えよう──アイデンティティ・ポリティクスが批判される背景
 ▶加速主義を切り捨ててはいけない│なぜ労働はなくならないのか│イギリスとフランスは交流が盛ん│イギリスにはアルチュセール派の影響が大きい│マルクス主義とフェミニズム/クィア理論は共闘できるか│シニシズムに陥らないために
宮﨑裕助 私たちの世界には根本的に幽霊がいる──デリダ研究者から見たマーク・フィッシャー
 ▶デリダ研究を牽引していたのは英語圏だった│ロンドンは世界各地から知が集まる場所│亡命知識人たちがつなぐ世界│ポップ・カルチャーに思想が侵入する│もともとの憑在論の意味について│イギリス現代思想の未来

【マーク・フィッシャー著作案内】
『資本主義リアリズム』(仲山ひふみ)/『わが人生の幽霊たち』(平山悠)/『奇妙なものとぞっとするもの』(大岩雄典)/『K-PUNK』(宮田勇生)/『ポスト資本主義の欲望』(安藤歴)/その他のテクスト(仲山ひふみ)/ゼロ・ブックスとリピーター・ブックス(仲山ひふみ)

【ポール・ギルロイの功績】
黒い大西洋(鈴木慎一郎)/ポストコロニアル・メランコリア(有元健)

【コラム】
道は一本ではない、とマーク・フィッシャーの音楽批評は示している(イアン・F・マーティン/青木絵美訳)
ポピュラー文化との共鳴にこそ興奮するイギリスの論客たち──レイモンド・ウィリアムズからバーミンガム学派へ、そしてフィッシャーへ(野田努)
成人教育はポストフォーディズムの侍従か──マーク・フィッシャーのカルチュラル・スタディーズ的出自(河野真太郎)
レイ・ブラシエと哲学の未来(仲山ひふみ)
加速主義以後の加速主義と加速主義的なもの(幸村燕)
憑在論的メランコリアを超えて──マーク・フィッシャーとサイバーフェミニズムの行方(清水知子)
月曜の朝のかすかな光──マーク・フィッシャーと加速主義(水嶋一憲)
鬱病リアリズムという提案──生き延びることの肯定に向けて(杉田俊介)
『ポスト資本主義の欲望』講義の続き──欲望の向きをいかに定めようか(大橋完太郎)
旅をして夢をみる──《消滅していく土地について》とふたつの「イーリーなもの」(原塁)
亡霊の足跡(あるいはDo It With Style)(飯田麻結)
イギリス現代アートにおけるマーク・フィッシャーの影響──オトリス・グループとスペキュラティブ・テートを中心に(山本浩貴)
オーウェン・ハサリー──闘争するモダニスト(星野真志)
馬鈴薯と袋と資本とその主義(ファシズム)(長原豊)
ぎょっとするホブゴブリンがブリテンのあちこちではびこっている──イギリスにおけるマルクス主義の大雑把な見取図(小林拓音)

[商品情報]
書名:ポピュラー文化がラディカルな思想と出会うとき──マーク・フィッシャーとイギリス現代思想入門
監修:仲山ひふみ+ele-king編集部
発行:株式会社Pヴァイン
発売:日販アイ・ピー・エス株式会社
発売日:2025/12/26
判型:菊判
ページ数:256頁
定価:本体2,500円+税
ISBN:978-4-910511-98-6
公式HP:https://www.ele-king.net/books/012055/

Koichi Makigami - ele-king

 巻上公一ほど、とらえどころのない表現者はいない。「ミュージシャン」という枠を超え(ヴォイス・パフォーマー、アヴァンギャルドの巨匠、詩人、演劇家……)、活動の領域さえも超えて(NYの前衛シーン、欧州の即興音楽、そして中央アジアの伝統音楽界)、そのすべての場所で絶大なリスペクトを集めている。
 ヒカシュー(いまだテクノポップと括られているが、そのルーツはロキシー・ミュージックとデレク・ベイリー、寺山修司などにある)としての50年近い活動、ジョン・ゾーンとの1995年から続く交流(〈Tzadik〉から4枚のソロ作をリリース)、トゥバ共和国やシベリアでのホーメイ伝承……。70歳を超えてなお、その勢いは衰えるどころか、近年さらに多角的な広がりを見せている。2024年、ジョン・ケージやジャスパー・ジョーンズによって設立されたニューヨークの〈Foundation for Contemporary Arts〉(通称FCA)から「Grants to Artists」(アーティスト章)を授与された話も、彼のおそろしく広範囲な活動における結果の、ほんの一部に過ぎない。

 直近の活動も驚異的だ。11月30日には左右社より第3詩集『眼差から帰還する』を上梓。12月3日には、40年以上を経てなお「今の音」を更新し続けるヒカシューの27枚目のオリジナル・アルバム『ニテヒナルトキ 念力の領域』をリリース。さらに12月24日には、初の口琴によるソロ・アルバム『こゆるぎの酩酊』をリリースしたばかりだ。  いったいこの驚異的なアーティストのどこから入り込めばいいのか、思わず逡巡してしまう人も少なくないだろう。だが、結論から言えば「どこからでも良い」のである。  能、文楽、歌舞伎などの発声をフェイクとして取り入れつつ、即興と前衛の文脈でユーモラスに再構築するそのパフォーマンスは圧倒的で、世界を探しても、こんなアーティストは彼ひとりしかいないのだ。
 (編集部は、12月に開催された詩人・白川かずこのイベントにて朗読する/口琴を演奏する巻上さんを観に行きました。ただ、そのイベントでは、その日上映された、AACMのダグラス・ユワート(sax)+豊住芳三郎(dr)をバックに詩を朗読する70年代の白石かずこの映像にぶっ飛ばされたのでした

 12月30日(火)には、ヒカシューのライヴが吉祥寺スターパインズカフェにて開催される。また、年明け早々には「巻上公一古希記念ライヴ」が同会場にて4日間にわたり行われる。以下の豪華な顔ぶれとともに繰り広げられるステージは、まさに必見。ぜひ、この機会に体感してほしい。

【巻上公一 古希記念ライヴ 4Days】
1月22日(木) 巻上公一 / カフカ鼾(Jim O’Rourke、石橋英子、山本達久) / 坂田明
1月23日(金) 巻上公一 / 蜂と瓜 / マヌルネコ / 倍音s / 内橋和久
1月24日(土) 中西レモン&すずめのティアーズ / ヒカシュー / 四家卯大 / 吉森信(key)
1月25日(日) ヒカシュー / イノヤマランド / ドメスティックミタバンド / 吉森信(key)


第3詩集『眼差から帰還する』
27枚目のオリジナル・アルバム『ニテヒナルトキ 念力の領域』
口琴によるソロ・アルバム『こゆるぎの酩酊』

Eris Drew - ele-king

 プレイリストは便利だ。こんな気分で、この雰囲気で、このジャンルで、この時代で。いまや、そのセレクトすらも個人の聴取履歴をみてAIが瞬時にやってのけるのだから。ためしにサブスクで「アンビエント・ディープ・ハウス」なる単語を適当に叩いてみたところ、早速プレイリストを見繕ってくれたし、それが意外なほどに綺麗にまとまっているのだ。サブスクの時代、プレイリストの時代、AIの時代……。なんて便利な時代。では、こんな時代にDJのミックスCDを聴く理由は?

 ベルリンの〈!K7〉によるシリーズ『DJ-Kicks』から、活気のほとばしるミックスが届けられた。同シリーズは圧倒的なデトロイト・パワーを見せつけた2023年のセオ・パリッシュが記憶に新しいが、デトロイト勢のみならず間違いのないDJをカタログに揃えるこの長寿シリーズに、シカゴのヴァイナルDJ、エリス・ドリューが仲間入りした。
 トランスジェンダーのレズビアンを自認する彼女は、90年代にシカゴ第2世代のリル・ルイスが地下でおこなったウェアハウス・パーティでハウスに遭遇すると、ほどなくして自身のような孤独を抱えた「はみ出し物」が受け入れられる場所は、レイヴ・カルチャーのなかにあると気づく。DJとしての特徴は何と言っても、“こんな時代” に逆行するかのごとく、便利とは言いがたいヴァイナルに対する偏愛を持っていることだろう。それは、昨今のレコード・ブームなる生半可なものではない。8000枚に及ぶコレクションを携え世界中を飛び回る彼女は、針圧はおろかプレイする際の機材スペックにも並々ならぬこだわりをもつ。2023年〈RDC〉でのDJ NOBUとのB2Bで初めて彼女のセットを体験したが、ミキシングを基本とする四つ打ちが出自にありながら、時折大胆なスクラッチやジャグリングをも駆使するアグレッシヴなスタイルは、いまでもはっきりと目に焼き付いている。今回のミックスもそのスタイルに違わない、79分に及ぶオールヴァイナル・ミックスだ。録音/制作は、『ele-king vol.35』でも取り上げた彼女の鮮烈なデビュー作『Quivering in Time』と同じく、自然豊かなニューハンプシャーの小屋にて。

 序盤、ゼン・エクスペリエンスによるブレイクス曲が投入されるが、Discogsのアーティスト・ページには12インチがひとつのみ。あるいは、トーカ・プロジェクト “Toka Love Project” は、ハウサーなら外せない90年代ディープ・ハウスのレーベル〈Guidance〉からの知る人ぞ知る一品。かなりディープなところまで連れて行く。しかしエリスは好事家向けのディガー的ゲームは展開しない。ここにはモービーのような大御所の名前もあれば、DJガースの魅惑的なアシッド、さらにジョシュ・ウィンクの愛したレイヴ・クラシック、カリスト “Get House” までスピンされる。あるいは、エリスのパートナーであり〈T4T LUV NRG〉を共同運営するオクト・オクタとの共作を含む自身の曲もいくつかあるのだが、極め付けは “Momentary Phase Transition” で、ニューヨークの伝説的カッティング技師に頼み込み、この完全な新曲を『DJ-Kicks』にミックスするためにアセテート盤を作ったというこだわりぶりをみせる。アセテート盤のような著しく耐久性の低い素材において、彼女のプレイ・スタイルでミックスなど可能なのか。しかし脆い溝に針を落とし、彼女はやってのけた。
 フロアに居場所を見出し、90年代を駆け抜けた彼女のブレイクビーツ/レイヴ/ハウス・サウンドが詰まっており、それが自身の曲、クラシックあるいはオブスキュアにかかわらずひとつの物語としてミックスされる。レコードでは、非の打ちどころのない繋ぎは不可能だろう。針と溝が擦れる微かなノイズ、あるいは微妙なビートのズレも時々生じるかもしれない。完全とは言い難い生々しさは、彼女の肉体が刻んだリズムのドキュメンタリーをヴァイナルという物質を通じて観ているようだ。綺麗にまとまったプレイリストが溢れる “こんな時代” だからこそ、エリスの身体を通じた不完全さがこのDJミックスを、単なる選曲集ではなく生々しい物語たらしめている。それこそが、ヴァイナルへの偏執をみせるこの作品が輝いている理由なのだ。

12月のジャズ - ele-king

СОЮЗ (SOYUZ)
Krok

Mr. Bongo

 ウクライナとロシアの紛争問題が長期化する中、その両国に隣接するベラルーシは政治的にロシアへの加担が見られ、そのため国内では体制派と反体制派の対立が深まっている。そうした政情不安な状況下のベラルーシのミンクスから、2022年にポーランドのワルシャワへ移住して活動するバンドがソユーズである。ソユーズは2018年にマルチ・プレイヤーのアレックス・チュマクを中心に、共同設立者であるミキタ・アルー(ベース)、アントン・ネマハイ(ドラムス)が集まって結成された。彼らの音楽性の基軸にはブラジル音楽があり、特にミルトン・ナシメントやロー・ボルジェス(先日11月2日に死去)などのミナス派や、ブルニエール&カルチエールなどのMPB、そしてアルトゥール・ヴェロカイの影響が見られる。

 2021年に録音されて2022年にリリースされた通算3作目の『Force Of The Wind』がミンクス時代の最後のアルバムだが、それ以来となる新作『Krok』はワルシャワ移住後の初めての録音となる。アレックスとミキタのほか、バンドのドラマーはポーランド人のアルベルト・カルチへ代わり、ギタリストのイゴール・ヴィシネフスキが新加入して4人組となっているが、今回はアレックスとアルベルトがブラジルに赴いて録音を行っている。主な録音はサン・パウロのセッサのスタジオで行われ、ロック・バンドのオ・テルノのビエル・バジーリとティム・ベルナルデスのほか、パッソ・トルトやマージナルズといったバンドで活動するマルセロ・カブラルというブラジルのミュージシャンとセッションしている。その後、ポーランドに戻ってバンドでの録音を加え、最終的にスウェーデンのスヴェン・ワンダーのスタジオでミックスして『Krok』は完成した。『Krok』とはベラルーシの言語でステップを意味し、ベラルーシからポーランドへ渡った彼らの新たな道筋を示すものなっている。それに伴い、これまで歌詞にはロシア語を用いていたのだが、今回は全てベラルーシ語(ブラジル音楽ということで、一部にポルトガル語の歌詞もある)を使っており、彼らの政治的な立ち位置やベラルーシ人としてのアイデンティティを示している。また、日本の打楽器奏者でヴォイス・パフォーマーでもある角銅真実が参加する曲も収められた。

 フェンダー・ローズが奏でる陰影の深いメロディにスキャット・ヴォイスが絡む“P7 Blues”は、1970年代にミルトン・ナシメントのバック・バンドとして活動し、アルトゥール・ヴェロカイのプロデュースでアルバムもリリースしたソン・イマジナリオを連想させる演奏だ。“Voo Libre(自由の飛行)”は女性のワードレス・コーラスをフィーチャーした幻想的な楽曲で、ソフト・サイケやアシッド・フォークのような風合いを持つ。ブラジルの幻のシンガー・ソングライターであるピリや、イタリアのアルベルト・バルダン・ベンボによるボサノヴァを取り入れたサントラを彷彿とさせる。“VCB”におけるオーケストレーションや木管楽器のアレンジは、まさにアルトゥール・ヴェロカイによるそれで、メランコリックなワルツ曲“Smak žyćcia”では角銅真実による日本語のポエトリー・リーディングが神秘の世界を作り出す。竹村延和のスピリチュアル・ヴァイブスを思い出すような楽曲だ。


Black Jesus Experience
Time Telling

Agogo

 ブラック・ジーザス・エクスペリエンス(BJX)はオーストラリアのメルボルンを拠点に活動する9人組バンドで、アフリカ音楽やアフロビートの影響を受け、ジャズ・ファンク、ファンク、ソウル、ヒップホップなども融合したミクスチャーな音楽を展開する。グループの中心人物はエチオピア難民のシンガーであるエヌシュ・タイエで、彼女の存在から特にエチオピアン・ジャズから多大な影響を受けている。そして、エチオピアン・ジャズの始祖であるムラートゥ・アスタトゥケとのコラボも果たし、彼との共同アルバムである『Cradle Of Humanity』(2016年)や『To Know Without Knowing』(2019年)をリリースしている。ほかにもトニー・アレンのサポートでツアーを回ったり、世界中のフェスに参加するなどの活動を行ってきたが、2008年のデビュー作からこれまでに7枚のアルバムをリリースし、2022年の『Good Evening Black Buddah』以来の3年ぶりのニュー・アルバムとなるのが『Time Telling』だ。

 アルバム・ジャケットにはエチオピア系アメリカ人の現代美術のアーティスト、ジュリー・メレトゥの2001年の作品『eye of (Thoth)』の一部を使用している。古代エジプトの知恵の神であるトートの目(ホルスの目とも呼ばれ、月、知識、真理、癒し、修復の力を象徴する)をモチーフとする作品で、BJXはジュリー・メレトゥの創造性に対するシンパシーや思想の共有をアルバムのテーマとしている。“Lullaby For A Homeless Child”はエヌシュ・タイエの実体験から生まれた作品で、ジャズ・ファンクとヒップホップが融合したトラックに乗せて、彼女のボヘミアンな歌声と哀愁に満ちたトランペットが印象を残す。“Stipa”はエチオピアン・ジャズ特有のエキゾティックなメロディを持ち、エチオピアの弦楽器であるマセンコを中心に野趣に富む演奏を展開する。“Your Heart Is My Refuge”はゆったりとしたグルーヴのネオ・ソウル調の楽曲で、エチオピアン・ジャズ版のディアンジェロといった趣だ。“Alemtsahaye”は深みのあるジャズ・ファンクで、ソウルフルな演奏とラップ、エヌシュのアラビア語のヴォーカルによってほかのバンドにはない独特の世界を作っていく。


Joe Kaptein
Pool Sharks

Jandal

 今年7月のコラムで紹介したニュージーランドのバンドのサークリング・サンだが、そのメンバーであるジョー・カプテインがソロ・アルバム『Pool Sharks』をリリースした。彼はキーボード、シンセ、オルガン、ギター、グロッケンシュピール(鉄琴)などを扱うマルチ・プレイヤーで、2024年に『Eternal Afternoon』というアルバムをリリースし、そこにはネイサン・ヘインズなども参加していたのだが、今回はその『Eternal Afternoon』に参加していたウィル・グッディンソン(ベース)やベン・フレイター(パーカッション)のほか、サークリング・サンのフィン・ショールズ(トランペット)などが加わり、アルバム・タイトルであるプール・シャークスというバンドを形成している。

 幻想的なフレーズを奏でるキーボードを中心に、サックスやバス・クラリネット、グロッケンシュピールなどが浮遊感のある演奏を展開し、随所にスペイシーなSEが散りばめられていく構成。全体的にアンビエントを感じさせるアルバムだが、中でも“Five Stone Sourdough”が秀逸。1970年代半ばのアジムスやロニー・リストン・スミスなどを彷彿とさせる深く美しいコズミック・ジャズだ。


MOb
II

Veego

 ジャズの世界ではあまりギリシャ出身のミュージシャンの話は聞かないが、近年はトランペット奏者のアンドレス・ポリツォゴプロスのトリオ、ピアニストのフリストス・イェロラツィティスのトリオなどが日本でも紹介されている。エレクトロニクスを用いた瞑想的な演奏の前者、抒情的なピアノ・トリオの後者と、それぞれ持ち味が異なるが、MObはその二つとはまた異なる個性を持つアテネのトリオである。サックス、シンセ、プログラミング担当のマリオス・ヴァリナキス、ベーシストのアレクサンドロス・デリス、ドラマーのパナギオティス・コストプロスにより、2023年にファースト・アルバムをリリース。アヴァンギャルドなジャズ・パンク・バンドを標榜し、シンセ、エフェクト、ループ、ドローン・サウンドを用いて型にとらわれない演奏を展開する。ジャズだけでなくエレクトロニカやポスト・ロックなどの要素もあり、英国のジ・インヴィジブル(レオ・テイラー、デイヴ・オクム、トム・ハーバート)に近いイメージのトリオだ。

 ファースト・アルバムに収録された“5055”という曲は、翌年にジェイムズ・ラヴェルのアンクルがリミックスを手掛けていた。その関係によるものかわからないが、この度リリースされたセカンド・アルバムはマッシヴ・アタック、アンクル、ニュー・オーダーなどを手掛けたミキシング・エンジニアのブルーノ・エリンガムと、ヒーリオセントリックスのマルコム・カトゥーがミックスを手掛ける。“Fall”はジャズ・ファンクとヒップホップが融合したような楽曲で、覚醒したようなビートとアブストラクトな空間の構築がブルーノ・エリンガムとマルコム・カトゥーのミックスの技によって冴えわたる。2013年に他界した伝説のマルチ・リード奏者のユセフ・ラティーフがフィーチャーされた“The Listener”という楽曲も収められるが、これは生前の彼のサックスやヴォイスの素材をサンプリングしたものだ。

interview with Chip Wickham - ele-king

 2024年のフジロック・フェスティヴァルでオーディエンスをおおいに湧かせたサックス/フルート奏者のチップ・ウィッカムが3度目の来日を果たした。筆者は渋谷クアトロでのライヴを観たが、ファラオ・サンダースなどのスピリチュアル・ジャズをクラブ・ミュージック以降の感覚でアップデートしたような演奏は、ジャズとしてはもちろん、ダンス・ミュージックとしても秀でたものがあった。実際、オーディエンスのなかには踊っている者も多く、チップらの紡ぐグルーヴが身体に直に訴えかけてくるものだと証明する形となった。スタンディングのハコでライヴをおこなったのは大正解だったというべきだろう。特に目を惹いたのが、シネマティック・オーケストラにも参加しているルーク・フラワーズのドラムである。アンサンブルを立体的に見せるの長けた彼のプレイは、視覚的にもみどころたっぷりで、ドラム・ソロに目が釘付けになってしまったのは、筆者だけではあるまい。

 そんなチップ・ウィッカムのニュー・アルバム『The Eternal Now』は、現在のUKジャズ隆盛の一翼を担っている〈ゴンドワナ・レコーズ〉からのリリース。〈ゴンドワナ〉はマンチェスターに拠点を置き、ゴーゴー・ペンギン、ママル・ハンズ、ポルティコ・カルテットらの名作を発売しているレーベルである。新作では同レーベルの責任者であり、チップの親友のマシュー・ハルソールが共同プロデューサーを担当。ベテランとは思えない鮮度の高いアルバムに仕上げている。特に注目すべきは、ヴォーカリストが参加していることと、ストリングスが導入されていることだろう。チップがこれまでとは違う試みに挑戦したかったと言うように、風雪に耐えうる強度を備えた、普遍的な作風が特徴だ。おそらくチップは今回、ライヴと音源は別ものとして考えて制作に打ち込んだのではないだろうか。ライヴで再現不可能なことも音源に封じ込めることで、表現の幅が広がり、音源ならではのトライアルが多数可能になっている。そう言えるのではないだろうか。クアトロのライヴでの翌々日、チップに話を訊いた。

最近はストリーミングで次々に音楽を配信していかなきゃいけないというプレッシャーが音楽家にもあると思うけれど、それとは真逆の考え方で、自分たちで好きなだけ時間を取って創作に集中したんです。

一昨日(11月16日)の渋谷クアトロでのライヴ、とても良かったです。若いお客さんが多くて、皆、身体を揺らしたり踊りながら聴いている光景が印象的でした。ジャズ・ミュージシャンが来日すると、BLUE NOTE TOKYOやCOTTON CLUBなど、座って食事を楽しみながらライヴを観るクラブで演奏することが多いですが、あなたたちのライヴにはスタンディングが合っていたと思います。クアトロを選んだのはあなたの選択ですか?

チップ・ウィッカム(以下、チップ):そう、私がスタンディングのハコでやろうと決めました。若い人はライヴ・ハウスで踊りながら聴くのが好きですよね。イギリスでも若いジャズ・ファンが比較的多いので、クアトロみたいなハコでやることが多いです。ただ、ヨーロッパだと、もう少し大きくてフォーマルなコンサート会場でやることもありますし、そこは柔軟に対応してますけどね。BLUE NOTEのようなクラブでも、クアトロのようなライヴ・ハウスでも、分け隔てなく演奏できるとは思っています。

今年の9月5日に新作『ジ・エターナル・ナウ』がリリースされました。このアルバムのコンセプトやテーマについて教えてもらえますか?

チップ:冒険してみたかったというか、サウンド的にこれまでの作品からより拡張したものをつくりたいと思いました。なかでも大きかったのは、長年の友だちで〈ゴンドワナ〉のヘッドでもあるマシュー・ハルソールに共同プロデューサーで入ってもらったこと。今回は、彼と一緒にちょっと新しいことをやってみようという話になったんです。前作の『Cloud 10』も反響が良くて成功した実感があったんですけれども、そこからさらに可能性を拡げて、新たな領域、新たなサウンドを求めたいなと思いながら、マシューと親密に作業しました。

マシューとの付き合いは長いんですよね?

チップ:はい。彼が〈ゴンドワナ・レコーズ〉に入るずっと前からの知り合いなんです。〈ゴンドワナ〉の人気が上昇している頃、私はUKのシーンから離れてスペインにいたんですけれども、彼がスペインに遊びに来たら一緒に演奏したり、密な付き合いを続けてきました。だから、ずっと交流はあったんです。 私が〈Lovemonk〉というレーベルにいたときも、マシューがゴンドワナ・オーケストラという自身のプロジェクトを始めて、私もそこで演奏するようになりました。元々お互いの音楽に対するセンスとか、好きなものが同じなので、ずっと仲がいい。私が〈ゴンドワナ〉に入ることになったときも、「レーベルの一員になることで、君との友情関係を壊したくない」って言われたほどで。要するに、「ビジネス・パートナーという関係になってしまうのはどうなの? 友だちと仕事をするのって難しいじゃない?」っていうことだったんです。

そうなると、〈ゴンドワナ〉からリリースすることでのプレッシャーはなかったですか?

チップ:正直、結構ありましたね。それで、2022年に入門編じゃないけど、「Astral Travelling」っていうロニー・リストン・スミスの曲をカヴァーしたEPを出して、それに対する反応が良くて安心したんです。「これならイケるんじゃない?」って思ったというか。ちなみに驚くべきことに、ロニー本人から私に電話がかかってきたことがあったんです。共通の友だちがいるからなんですけど、すごくびっくりして緊張しました。ロニーが低い声で「最高だったよ、君のヴァージョン。でもコードがひとつ間違っているよ」みたいな指摘を受けて。ロニーが電話越しでピアノを弾きながら指摘してくれたんです。それ以降も2~3度、電話をする機会があって、音楽や人生の話をたくさんしましたね。本当に素晴らしい人であり、尊敬すべきミュージシャンだと思います。

〈ゴンドワナ〉からはゴーゴー・ペンギンもリリースしていますね。彼らはあなたにとってどんな存在ですか。音楽的なスタイルは違うけれど、同じレーベルに所属している。逆に言えば、それだけ〈ゴンドワナ〉というレーベルには、同じジャズ系アクトでも振れ幅があると言えるのでは?

チップ:その通りだと思いますね。ゴーゴー・ペンギンはクラシック的な要素や、エレクトロニック・ベースな部分がある。私はもう少しスピリチュアル・ジャズの領域にいるので、違うといえば違うと思います。でも、同じレーベルにいるのがおもしろい。〈ゴンドワナ〉に入ってからは、レーベルの中で自分たちの居場所とか位置づけを探していくのが大事だな、ということを意識するようになりました。

たしかに、スピリチュアル・ジャズの要素は感じますね。ジョン・コルトレーンアリス・コレトレーンファラオ・サンダースなどもフェイヴァリットでしょうか?

チップ:もちろんです。私にとって重要なルーツのひとつだと思います。

今回、ミックスをこれまでと違う人に託していますよね? 

チップ:グレッグ・フリーマンという〈ゴンドワナ〉の他のアーティストのミックスも手がけている人なんです。今回、アートワークもレーベルのヴィジュアル面を担当しているダニエル・ハールサブという人が担当してくれましたし。その意味で、今回のアルバムはレーベル・カラーに合わせてプロデュースされたアルバムになったと思いますね。ヴィジュアルもサウンドも一貫性のあるものになっているというか。自分がどう〈ゴンドワナ〉にフィットできるかを考えるようになったし、その結果、レーベル・カラーに沿いつつ、自分たちらしさも出せるような改良の仕方ができたと思っています。

根無し草だからこそ、どんなジャンルや地域の音楽にも気軽にアクセスできるんだと思います。

さきほど、これまでと違うことをやってみたかったとおっしゃいましたが、具体的にはヴォーカルやストリングスの導入が目立ちますね。

チップ:たしかにヴォーカルとストリングスは今回新しい要素として取り入れたものです。“Nana Black” っていう曲には Peach さんという素敵な女性ヴォーカリストを迎えているんですけど、7曲目の “Falling Deep” っていう曲にもラララ~というヴォーカルが入っていて、これは自分の娘が歌っている。彼女自身がアーティストであり、シンガー・ソングライターでもあるので。私が制作中の音源を「聴いてみる? 」と聴かせたら、その2日後にこの曲に合ったヴォーカル・テイクを何個も作ってくれて。アドリブも入っていたんですよ(笑)。親として誇りに思います。

ストリングスの導入に際してはどのような配慮をされましたか?

チップ:ストリングスのアレンジメントで気を付けたのは、レトロな感じではなく、フレッシュでモダンで洗練された響きにしようということ。私は弦楽器の音が大好きで、デヴィッド・アクセルロッドとかジョン・ハリソンなんかもよく聴くんですけど、今回は弦楽器の音が過剰にならないようにしました。余計な音を削ぎ落として本当にいいものだけを吟味して入れていったんです。

これまでと制作の仕方で変わったところはありますか?

チップ:今回、あまり時間に左右されずに制作に臨むことを心がけたんです。アルバムの制作においてクリエイティヴィティを優先するという観点から、どれだけ時間をかけても構わないからいいアルバムを作ろうと。もちろん予算はかなりかかったけれど、ビジネスとしての音楽よりもいいものを作ることを重視したんです。最近はストリーミングで次々に音楽を配信していかなきゃいけないというプレッシャーが音楽家にもあると思うけれど、それとは真逆の考え方で、自分たちで好きなだけ時間を取って創作に集中したんです。リズム隊は実力あるふたりだけれど、ベースもドラムもたくさんテイクを重ねて、そのなかから最良だと思えるものを選び抜きました。皆センスが良く、スキルのあるミュージシャンばかりだから、最高のクオリティの作品になったと自負しています。あとは永遠に残る作品をつくりたかったですね。

ああ、もしかしてそれがアルバム・タイトルの『The Eternal Now』と関係しているんでしょうか?

チップ:まさにそういうことです。たとえ未来に聴かれたとしても、「now」と感じられるようなもの。『The Eternal Now』というのは直訳すると「永遠のいま」という意味で、永遠に聴き続けてもらえるもの、というのが念頭にありました。

ドラマーがシネマティック・オーケストラにも参加しているルーク・フラワーズですね。彼はじつに巧みなプレイで、ライヴでもアンサンブルの軸となっているのが印象的でした。

チップ:そう、ライヴで観ると「手が何本あるんだ? タコなんじゃないの?」と思いますよね(笑)。彼の参加もマシューのおかげで実現したんです。マシュー自身もシネマティック・オーケストラのファンであるので。ライヴでは激しい演奏する方なんですけれども、レコーディング・スタジオではすごく集中をして、熟考の上でああいう演奏をするんです。スタジオとライヴの雰囲気がかなり違うというか。

今回のアルバム、スピリチュアル・ジャズもそうなんですが、モード・ジャズの伝統を継いでいるとも思いました。

チップ:その通りです。というのも、もともとジャズが好きじゃないけれどダンス・ミュージックとかエレクトロニック・ミュージックを愛聴するリスナーも、モーダルなジャズは入りやすいし、魅力的に感じる部分があると思うんですよね。僕自身、マイルス・デイヴィスやジョン・ヘンダーソンなどのモーダルなプレイが特徴のアルバムが大好きなので、自然とそういうものを採り入れることになったと思います。

チップさんはUKやスペインや中東など複数の拠点を持っていて、音楽的にも多ジャンルを股にかけていますよね。いまはジャズをやっているけれど、ザ・ファーサイドやザ・ニュー・マスター・サウンズ、ナイトメアズ・オン・ワックスなど、ヒップホップからファンク、トリップ・ホップまでに関わっている。根無し草(=rootless)みたいな感覚があるのかなと思ったんですけど。

チップ:そうだと思います。というか、根無し草だからこそ、どんなジャンルや地域の音楽にも気軽にアクセスできるんだと思います。最近の若い人の音楽の聴き方もそうですよね。ストリーミングの発達も手伝って、いろいろなジャンルにアクセスする回路があって、実際にいろいろなタイプの音楽を聴いている。それと同じことを私もミュージシャンとしてやっているんだと思います。もちろん、なんでもかんでも採り入れればいいとは思わない。腕のいいシェフのように、いい素材だけを集めておいしい料理をつくるのが理想だし、大事だと思いますね。

なるほど。それに加えて、あなたの音楽はUKのアシッド・ジャズの系譜にもあるようにも聴こえるんですよね。

チップ:アシッド・ジャズね、すごく聴いてましたよ。United Future Organizationとか、Kyoto Jazz Massiveも大好きだったし。若く多感な頃に聴いたので、とても素敵だなと思いました。日本とUKのミュージシャンのファンクとかソウルへのアプローチやそのセンスってけっこう近いと思うんですよね。ジャズを中心にいろいろな音楽の要素がブレンドされているところとか、DJ的なセンスが根柢にあるところとか。そうそう、アシッド・ジャズといえば、その黎明期からシーンの中心で活躍してきたラテン・ジャズの重鎮であるスノウボーイが、今作にはコンガとパーカッションで参加しています。

彼はある意味、時代の生き証人ですよね。その他に、ジャイルス・ピーターソンのようなDJが昨今のUKジャズの立役者のひとりでもありますね。彼は昨今また存在感が増してきているように感じます。

チップ:そうそう。彼は素晴らしいDJですし、プレイのなかでいろいろな音楽の要素を採り入れて、自分のものとしてDJで表現している。音楽に対する愛情や造詣も深さも含め、自分と共通性があるんじゃないかなと思いますね。

よくわかりますね、それは。ルートレスであるがゆえの自由さや奔放さが、あなたにもありますものね。

チップ:私もそれなりに人生経験が豊富といいますか、世界中でいろいろな演奏をしてきたので、それも役に立っているのかなと思います。あと、セッション・ミュージシャンですごく腕のいい人を見てきたので、そういう人たちに影響されてきたというのもありますし。サルサもファンクもブラジル音楽も、シンガー・ソングライターもアコースティック・ジャズもUKのポップスも全部好きなので、今回のアルバムにもそうした要素は入っていると思いますね。

Fumiya Tanaka - ele-king

 30年以上にわたるキャリアを持つ日本を代表するDJのひとり、田中フミヤによるパーティ・シリーズ〈CHAOS〉が12月27日(土)に渋谷・WWW Xにて開催。日本でのオープン・トゥ・ラストは8月に続き2度目となる。

 〈CHAOS〉開催に際して、ハウス・コレクティヴ〈CYK〉に所属するDJ・DNGによるテキストの寄稿も。年の瀬の締めくくりに最適な一夜のチケットはLivePocket、RAにて販売中。以下詳細。

2025.12.27 saturday midnight
CHAOS
Fumiya Tanaka (Sundance) - all night long -

at Shibuya WWW X
open/start 23:59

Early Bird* ¥2,000
Adv.* ¥3,000
Under23 ¥2,500
Door ¥3,500
* LivePocket
* RA

※You must be 20 and over with photo ID.
info:WWW X 03-5458-7688

============

 曰く、氏のオープンtoラスト・セットは約30年の"CHAOS"正史においては今年まで日本(東京&大阪)のみでしか開催されていなかったのだが、去る9月のマンチェスターを皮切りに、今後は世界中の実施可能な場所で敢行されていくとのこと。WWW Xでの"CHAOS"も、研究を重ね時勢に揉まれ拡大と純化を繰り返しているように思うが、とにかく大なり小なりの変化を伴いながらFumiya Tanakaの実践は続く。

 さて、2023年に同パーティーがWWW Xに移って以来、会場のブッキング担当者にこのパーティーの煽り文章を任命されてから幾度目かになる。実際のところ、未だに空を掴むような気持ちで取り組んでいる感が否めない。ジャンルという枠組みやキャリア/沿革から説明するにしても、このパーティーと噛み合う何かに成るのだろうか。手掛かりはあくまで手掛かりであるし、本来的には情報から逃れるべくあのダンスフロアに向かっている、という自覚も薄らある。言葉で語るのであれば、Fumiya Tanaka自身の(あの示唆とウィットに富む)主観的な文章以外なし得ないかもしれない。夜な夜な繰り広げられるレコードとレコード/DJとフロアの混触反応は、白熱や感嘆、爆笑、朦朧etcを生んでいる。"CHAOS"に赴いたことがある方には思い当たるであろうあの生々しい状態異常を、渦中の傍観者としてどう描写して良いものか。正直困惑している。

 ──詰まるところ「行ったらわかる、行かなければわからない」ということではあるのですが、錆びついた通り文句に頼ると拙文の意味もいよいよ無くなってしまうので、この足掻きをそのまま前段の文章としてお届けすることにいたしました。この困惑の原因たるエネルギーこそが"CHAOS"に人が集ってきた理由だと思えばあながち的外れではない、と手前勝手に思いたいです。年の瀬のパーティーに添えるにはなんとも緩い末筆となってしまいましたが、きっと"CHAOS"のフロアでこの1年がバチッと締まることでしょう。2025年がハッピーだった人も散々だった人も、このパーティーの一部になる事を願っています。

Text by DNG (CYK / Lighthouse Records)

ele-king vol. 36 - ele-king

 まず、この場を借りてTocagoにお詫び申し上げます。紙エレキング年末号には、ワタクシ野田がバンドに取材して書いたインタヴュー原稿が掲載されているのですが、記事のなかで、P155の上段後ろから8行目なのですが、バンド側から発言者が違っているという修正指示が修正されないまま残ってしまっておりました。修正指示がそのまま残っているので、最低限、発言者が違っていることはわかります。とはいえ、読者の皆様にも混乱を与えるでしょうし、ここに重ね重ねお詫び申し上げます。

 では、以下、最新号の案内です。

 2025年は、よしもとよしともの名作『青い車』のリイシュー版が太田出版から刊行されました。「紙の本として世に出るのは、おそらくこれが最後です」と、そのオビには記されています。象徴的な言葉だと思いましたが、果たして「これが最後」でしょうか。というのも、この夏、『青い車』を読みながら複雑な思いが湧き上がり、それ以来、ずっとその思いについて思考を巡らせているのです。

 昔、ポップ・ミュージック(ロック、R&B、ソウル、ヒップホップ、ハウス、テクノ、メタル、カントリーなどを含むすべて)には、その主要フォーマットとしてのレコードには“場所”がありました。『青い車』は音楽に溢れた作品ですが、CDは描かれていません。もちろん、CDというフォーマットが生まれなかったとしても、音楽がデジタル化されることは、そのレコーディング機材の発展を鑑みても避けられなかったことはたしかです。だからといってIT企業の介入による現在のリスニング文化が必然的な結果だったとは、どうにも納得できなかったりもします。ストリーミング・プラットフォームが提供する、ほぼなんでも聴けてしまう、過去も現在もない、時間感覚もない、すべてがフラットな文化、この状況にありがたみを感じながら、より深く音楽の世界に没入している人が30年前より多いとはぼくには思えないからです。
 『青い車』で何気に描かれている、うだつのあがらない若者たちには、しかし音楽という拠り所があります。レコード店やクラブがあり、音楽友だちがいます。レコード店が、音楽を売って儲けるためだけの資本主義に従属した場ではなかったことが、『青い車』を読んでいると思い出されます。そこは出会いの場でもあって、たとえ気が合わなくても人同士が繋がる場、そして、音楽の居場所が用意されている場所でもありました。
 ayaのレコードなら、店の端っこにある「experimental」系のコーナーに入れる店と面出しにする店とに分かれたでしょう。ビリー・ウッズのアルバムは、ヒップホップ専門店よりも、Sunn O))) をプッシュしている店のほうが多く仕入れたかもしれません。いまから10年以上前の話になりますが、初期のOPNやBurialは、扱う店とスルーした店とに分かれました。これは、「わかってる/わかってない」という話ではありません。音楽とリスナーとの緊張関係の話です。輸入盤を売るのは返品不可というリスクがあるので、売るほうも自分たちの耳を頼りに、真剣に吟味し、選盤しているわけです。
 音楽とリスナーとの緊張関係、思い込みの強さと言ってもいいでしょう。思い込みとはすなわち想像力のことで、それは文化の強度のことです。音楽の居場所があった時代、それと出会う困難さ、素性もよくわからぬその音楽を自らの想像力で補いながら聴いたときの没入感、こうしたリスニング体験は、ネットで調べれば大抵のことはわかってしまい、ほとんどが無料でなんでも聴けてしまう現在における音楽の接し方とは著しく異なっています。

 で、こうした「昔は良かった」話は、数年前までは老人の郷愁として片付けられていたことは周知の通りです。が、しかしですねぇ、一概にそうとは言えないような状況を最近はよく目にするようになりました。そのやるせないことのひとつが2025年のオアシス・ブームだったりするのですが、その話とは別に、レコードやCDを好む若者が増えてきているという変化があります。これはぼくの思い上がった妄想かもしれませんが、欲に目のくらんだ音楽産業が数年前に棄てたモノを、いまになってぼくよりずっと若い人たちが拾っているように思えるのです。
 これは、あながち誇張ではないかもしれません。SNSやスマホから離れ、ゆっくり本を読む時間を欲している人たちがじょじょに増えつつあるんじゃないかという話を、学生が立ち寄る古本屋を営んでいる知人から最近聞かされました。じっさいのところ書店は減りましたが、個人書店は増えています。同じように、個人レコード店も少しずつ増えています。はじめているのは、定年退職後の高齢者たちではありません。ぼくよりも若い人たちです。また、冥丁や井上園子や沖縄のハラヘルズ、こだま和文の近年の諸作なんかを見たり聴いたりしていると、古き良きものというか、20世紀の若者文化が破壊の対象としてきたものを彼ら・彼女らが修復しようとしているように思えることもあります。よしもとよしともの『青い車』の紙の本が、この先出ないとは限らない時点にまで針は進んでいるとしたらどうでしょう。多少、時間の感覚が混乱することがあったとしても、失われたものを取り戻す作業だと思えば、逆にこれが2025年という現在なのではないでしょうか。

 インターネットでできることはまだあるのかもしれませんが、その弊害はあからさまに噴出しています。SNSは、炎上好きが興奮するデジタル・コロシアムで、もうヘタなことは書けない、人気者には盲従するしかない——最近ある記事を読んでいたら、ボビー・ギレスピーが消費者ガイドと化した近年の音楽メディアにずいぶんとご立腹しておりました。テオドール・アドルノによれば、ファシズムは「批評」という言葉を追放し、その代わりに「芸術考察」という概念を使わせたといいます。なぜなら文化は最終的にファシズムを追放するからです。アドルノいわく「文化は “潜在的に批判的なもの” としてのみ、真である」

 時代がどうなるかわかりません。Instagramがなくなるとは思いませんが、惑星の植民地化やAIの進化に誰もが興奮しているわけではないのです。1990年代、マライアやブランディではなく、オウテカやビョークなんかをなぜ選んだのかと言えば、そっちのほうに変革の匂いがあったからです。しかし、“いま”という時代のややこしいところは、90年代にキャット・パワーやソニック・ユースを支持していたような連中が近年のチャーリーなんかに感化されてか、当時眼中になかったブリトニーなんかを「イイネ〜」と言ったりするその他方では、目をひんむいて「変えてやるー」とやる気満々のイーロン・マスクやピーター・ディールみたいな人たちがいることです。「破壊せよ、とアイラーは言った」の時代ではなく、「破壊せよ、とイーロンは言った」の時代に生きているという、ああ、面倒な時代です。音楽が、そのすべてではないにしても、あるいはそれが過去への回帰だとしても、テクノ・ファシズムからの避難所として機能していることは、ひとまず、すばらしい事実でしょう。長々と書きました。紙エレキング、今回もどうぞドネーションだと思ってよろしくお願い申し上げます。レコ店/アマゾンは、本日(18日)発売、書店では、25日発売になります。
 最後にひと言、『青い車』には90年代のエレキングに短期連載していた「NO MORE WORDS」が収録されております。減速主義者、ワタクシ野田と、そして近い将来掲載予定の、『青い車』の書評を担当した杉田元一が出てくるのは、P120です。

【目次】
キャロライン、インタヴュー(ジェイムズ・ハッドフィールド/野田祐一郎/江口理恵)
二階堂和美、インタヴュー(水越真紀)
Tocago、インタヴュー(野田努/野田祐一郎)

特集:日本のシンガーソングライター、その新しい気配

「シンガーソングライター」とは何か?(野田努)
オルタナティヴとしてのフォーク主義(松永良平)
小さき者たちの矜持(岡村詩野)
中野ミホ、インタヴュー(風間一慶/川島悠輝)
井上園子の登場は衝撃だった(大石始)
井上園子が選ぶ2025年もっともよく聴いた5枚
ヘイムラコルトが漂わせるノスタルジー(峯大貴)
ヘイムラコルトが選ぶ2025年もっともよく聴いた5枚
新潮流ディスクガイド30
(天野龍太郎、峯大貴、松島広人、小林拓音、田中亮太、風間一慶、野田努、三田格)
ポップスにクィアの想いを溶けこませる(木津毅)
シンガーソングライターに惹かれない理由(三田格)
エクスペリメンタル系SSW(野田努)

2025年ベスト・アルバム30枚
リイシュー&アーカイヴ23選

■ジャンル別チャート
テクノ(猪股恭哉)│インディ・ロック(天野龍太郎)│ジャズ(小川充)│ヒップホップ(高橋芳朗)│ハウス(猪股恭哉)│エクスペリメンタル(ジェイムズ・ハッドフィールド/青木絵美)│ポスト・ハイパーポップ(松島広人)│レゲエ/ダブ(河村祐介)│アンビエント(三田格)
■コントリビューター・チャート
青木絵美、天野龍太郎、小川充、小山田米呂、Casanova.S、河村祐介、木津毅、緊那羅:Desi La、篠田ミル、柴崎祐二、柴田碧(パソコン音楽クラブ)、高橋智子、TUDA、つやちゃん、DJ Emerald、デンシノオト、橋本徹、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、Mars89、イアン・F・マーティン、松島広人、三田格

コラム:2025年のオアシス現象、その拭いがたき違和感(野田努)

Naive Melodies - ele-king

 良質な発掘で知られるUKの〈BBE〉から、またも興味深い企画の登場だ。いわく、ソウルやゴスペル、スピリチュアル・ジャズ、ラテン音楽などからトーキング・ヘッズをとらえなおしたコンピレーションとのことで、アレンジャーとしてひっぱりだこのミゲル・アトウッド=ファーガソン、〈Stones Throw〉や〈Brainfeeder〉などLAシーンで活躍してきたシンガーのジョージア・アン・マルドロウ、新世代アフロ・パンクのウールー、NYハウスの巨匠、マスターズ・アット・ワークのケニー・ドープとUKインディ・ダンスのヴェテラン、ロイシン・マーフィーからなるコンビ、詩人にして活動家でもあるアジャ・モーネイ、ソウルクエリアンズから浮上してきたNYのシンガー、ビラル、21世紀ジャズにおける有力なトランペット奏者のひとり、シオ・クローカーなどなど、なんとも豪華な面々が集結している。
 年明け後、CDは1月23日に、LPは2月6日に発売。トーキング・ヘッズの数々の代表曲がどのように生まれ変わっているのか……これはチェックしておくべき1枚です。

アーティスト名:various artists 
アルバム名:『ナイヴ・メロディーズ』
『Naive Melodies』
フォーマット:2x12”、CDとデジタル配信
CDと配信の発売日: 2026年1月23日/ アナログ盤の発売日:2026年2月6日
カタログ番号: CD: BBE424CCD/ LP: BBE424CLP

『ナイーヴ・メロディーズ』は、トーキング・ヘッズの音楽への大胆かつ先見的なオマージュであり、「ブラック・ミュージックの革新」というレンズを通して再解釈された作品である。『モダン・ラブ』(デヴィッド・ボウイのトリビュート・アルバム)を手掛けたクリエイティブ・マインド、ドリュー・マクファデンが監修したこの新作は、トーキング・ヘッズの紛れもないニュー・ウェーヴ・サウンドを形作る一助となった、アフリカ系ディアスポラのリズムと実験的なソウル・ルーツの深淵 へと潜り込む。フェラ・クティ、パーラメント、アル・グリーンといったアーティスト(彼らの影響はこのバンドのリズム的な遺伝子に大きく刻まれている)に触発された、トーキング・ヘッズの芸術性を支えたブラック・ミュージックの伝統に光を当て、従来のトリビュートとは一線を画し、ジャンルを超越する新世代のアーティストたちの声とビジョンを通じて、このバンドの楽曲群を再構築している。

アナログ盤のトラックリスト

DISC 1
SIDE A
1. Heaven - Miguel Atwood-Ferguson
2. Sugar On My Tounge (Dub) - Pachyman
3. Once In A Lifetime - W.I.T.C.H.
4. Girlfriend Is Better - Georgia Anne Muldrow
5. Mind - Wu-Lu

SIDE B
1. Psycho Killer - Astrønne
2. Born Under Punches (The Heat Goes On) - Kenny Dope feat. Róisín Murphy
3. I Zimbra - Liv.e
4. The Book I Read - Aja Monet
5. Burning Down The House - Rosie Lowe

DISC 2
SIDE C
1. Uh-Oh Love Comes To Town - EBBA
2. Road To Nowhere - Rogê
3. And She Was - Vicky Farewell
4. Crosseyed and Painless - Florence Adooni

SIDE D
1. Seen And Not Seen - Bilal
2. Born Under (More) Punches (The Heat Goes On) - Theo Croker feat. Theophilus London
3. Take Me To The River - Dominique Johnson
4. This Must Be The Place (Naive Melody) - Leon Jean-Marie

CD のトラックリスト

01. Heaven - Miguel Atwood-Ferguson
02. Sugar On My Tounge (Dub) - Pachyman
03. Once In A Lifetime - W.I.T.C.H.
04. Girlfriend Is Better - Georgia Anne Muldrow
05. Mind - Wu-Lu
06. Psycho Killer - Astrønne
07. Born Under Punches (The Heat Goes On) - Kenny Dope feat. Róisín Murphy
08. I Zimbra - Liv.e
09. The Book I Read - Aja Monet
10. Burning Down The House - Rosie Lowe
11. Road To Nowhere - Rogê
12. And She Was - Vicky Farewell
13. Crosseyed and Painless - Florence Adooni
14. Seen And Not Seen - Bilal
15. Born Under (More) Punches (The Heat Goes On) - Theo Croker feat.
Theophilus London                            
16. Take Me To The River - Dominique Johnson
17. This Must Be The Place (Naive Melody) - Leon Jean-Marie

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