「S」と一致するもの

ISSUGI - ele-king

 ISSUGIが2022年にリリースした9枚目『366247』。そのデラックス盤が完全限定プレスのアナログ盤でリリースされることになった。デラックス盤には、デジタルのみで配信されていた“366247 Remix ft JJJ”が追加収録される。
 また、これに合わせ、ISSUGI & GRADIS NICEによる『Day’N’Nite 2』のアナログ盤も数量限定でリプレスが決定している。合わせてチェックしておきたい。

ISSUGIの2022年リリース作『366247』へ"366247 Remix" ft JJJを新たに収録したデラックス・エディションが完全限定プレスのアナログ盤でリリース! また、即完売していたISSUGI & GRADIS NICE『Day’N’Nite 2』のリプレスも決定!

東京Dogear RecordsをRepresentするラッパー、ISSUGIが2022年にリリースした9thアルバム『366247』。完全限定プレスでリリースされたアナログ盤は早々完売して入手困難な状況が続いていたが、デジタル限定でリリースされた"366247 Remix" ft JJJを新たに収録した『366247 (Deluxe Edition)』として完全限定プレスのアナログ盤が待望のリリース。
また、同時に2024年にDogear RecordsよりリリースされたISSUGI & GRADIS NICEのジョイントアルバム第二弾『Day’N’Nite 2』のアナログ盤も数量限定でリプレス決定。こちらも昨年リリースされ、早々完売して入手困難になっておりリプレスが待たれてたタイトルなだけに待望のリリースと言えるはず。

「366247 (Deluxe Edition)」概要
アーティスト:ISSUGI
タイトル:366247 (Deluxe Edition)
レーベル:P-VINE, Inc. / Dogear Records
仕様:LP (完全限定プレス)
発売日:2026年6月24日(水)
品番:PLP-8351
定価:4,950円(税抜4,500円)
*「366247」Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/hBxqgO
*P-VINE SHOPにて予約受付中!
https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8351

*ISSUGI - 366247 Remix ft JJJ / prod DJ SCRATCH NICE (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=l-gi2XmuzbU

*ISSUGI - from Scratch / prod DJ SCRATCH NICE (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=FP-HIFVLieA

トラックリスト
SIDE A
1. Dime
 prod DJ SCRATCH NICE 
 Scratch by DJ SCRATCH NICE
2. G.U.R.U. ft Mr.PUG
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SHOE
3. April ft Eujin KAWI, KID FRESINO, BES
 prod DJ SCRATCH NICE
4. from Scratch
 prod DJ SCRATCH NICE
5. Game Changer
 prod DJ SCRATCH NICE
SIDE B
1. Rare ft VANY
 prod DJ SCRATCH NICE 
 Scratch by DJ SCRATCH NICE, DJ K-FLASH
2. Real ft SPARTA
 prod DJ SCRATCH NICE
3. Perfect blunts
 prod 16FLIP
4. Ethology ft stz, 仙人掌
 prod DJ SCRATCH NICE
5. 366247 Remix ft JJJ
 prod DJ SCRATCH NICE
6. End roll
 prod Daworld

『Day'N'Nite 2』情報
アーティスト:ISSUGI & GRADIS NICE
タイトル:Day'N'Nite 2
レーベル:Dogear Records
仕様:LP(完全限定プレス)
発売日:2026年6月24日(水)
品番:DERLP-077
定価:4,620円(税抜4,200円)
*Stream/Download:
https://linkco.re/qcG8uVT6
*P-VINE SHOPにて予約受付中!
https://anywherestore.p-vine.jp/products/derlp-077

トラックリスト
SIDE A
1. BK Suede 
2. YingYang ft. Epic,Eujin 
3. Step My Game Up ft. Sadajyo
4. I Am… 
5. Me & My Musik ft. JJJ 
6. XL  
SIDE B
1. Ichi ft. Sparta 
2. Janomichi ft. 5lack 
3. Da Two ft. 仙人掌 
4. Chef Banga ft. BES 
5. Wizards ft. 5lack 
6. Day’N’Nite 2  

TechnoByobu - ele-king

 一部で評判を呼んでいるテクノ屏風。第2弾が『攻殻機動隊』をモティーフとしていることは先日お伝えしているが、その「TechnoByobu」の「TB-02」の購入者特典として、士郎正宗による書き下ろしの特製ステッカーが付属することが発表された。屏風画の洋金箔仕立てのステッカーで、イラストにはフチコマたちがお花見する様子が描かれている。
 またこれと合わせ、日本美術史家の安村敏信、評論家の藤田直哉による下記コメントも公開されている。下記よりチェックしよう。

https://technobyobu.jp/

士郎正宗氏書き下ろし屏風画が洋金箔ステッカーに
「TechnoByobu: TB-02 攻殻機動隊」購入特典が初公開

日本美術史家・安村敏信氏、評論家・藤田直哉氏によるコメントも

ユーマ株式会社は、「攻殻機動隊展」にて展示・販売中の「TechnoByobu(テクノ屏風)」の購入者への特典として、士郎正宗氏による書き下ろし屏風画の洋金箔仕立てのステッカーが付属すると発表しました。
士郎氏の書き下ろしイラストは、フチコマたちがお花見をする姿を描いた、今の時節にマッチしたシーンとなっています。
また、「TechnoByobu(テクノ屏風)」および「HAC module」に関する、日本美術史家/静嘉堂文庫美術館館長の安村敏信氏および『攻殻機動隊論』著者で評論家の藤田直哉氏からのコメントも公開致します。

「攻殻機動隊展(東京)」は2026年4月5日まで、TOKYO NODEにて開催中です。TechnoByobuの光と素材、アートとテクノロジーが交錯する世界を、ぜひ会場でご体感ください。

■ TB-02 購入特典内容
士郎正宗先生にイラストを屏風する話をご相談したところ、先生より書き下ろしの詩を載せたオリジナルイラストをご提供いただきました。その貴重なイラストを、屏風と同じ洋金箔にあしらったステッカーを特典としてお渡しいたします。

【TB-02購入者特典】
・士郎正宗氏 書き下ろし洋金箔ステッカー
・ご購入商品(洋金箔または錫箔)をデザインしたミニチュア版ステッカー

【HAC module購入者特典】
・ご購入商品をデザインしたステッカー

■日本美術史家・安村敏信氏、評論家・藤田直哉氏コメント

俵屋宗達の「風神雷神図屏風」に通ずる余白 —
金箔の地の中から、浮かび上がってくるフチコマ —
テクノ屏風の二曲一隻はその琳派の伝統を引き継いでいる
安村敏信 (日本美術史家/静嘉堂文庫美術館館長)

テクノ屏風は、『攻殻』の精神を継ぐかのように、テクノロジーと伝統を融合させた新しいアイデンティティを創造している。伝統の精髄を受け継ぎ、凛とした佇まいをしながらも、同時にテクノロジーや新しい文化とも混淆し先に進んでいくその姿は、私たちの新しいアイデンティティのモデルとなるだろう。
藤田直哉(評論家/日本映画大学准教授)

安村敏信 プロフィール
1953年 富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。1979年より板橋区立美術館学芸員として、江戸文化シリーズと銘打ち、江戸時代美術史のユニークな展覧会を開催し、注目を集める。
2005年より2013年まで同館館長を務め、以後、萬美術屋として日本美術の普及活動をフリーの立場で展開。現在、北斎館館長、静嘉堂文庫美術館館長、国際浮世絵学会常任理事。
編書・著書に『美術館商売』(勉誠出版)『もっと知りたい狩野派 探幽と江戸狩野派』(東京美術)『日本の幽霊名画集』(人類文化社)『江戸の絵師「暮らしと稼ぎ」』(小学館)『狩野一信五百羅漢』(小学館)『江戸絵画の非常識』(敬文舎)『日本美術全集・第13巻「宗達・光琳と桂離宮」』(小学館)『線で読み解く日本の名画』(幻戯書房)『若冲BOX・FIVEーCOLORS』(講談社)『ゆるかわ妖怪絵』(講談社)など多数。

藤田直哉 プロフィール
1983年、札幌生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に「虚構内存在 筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉」「シン・ゴジラ論」「攻殻機動隊論」「新海誠論」「現代ネット政治=文化論」(作品社)、「新世紀ゾンビ論」(筑摩書房)、「娯楽としての炎上 ポストトゥルース時代のミステリ」(南雲堂)、「シン・エヴァンゲリオン論」(河出書房新社)、「ゲームが教える世界の論点」(集英社)、共編著に「3・11の未来――日本・SF・創造力」(作品社)、「地域アート――美学/制度/日本」(堀之内出版)などがある。

butaji - ele-king

 日に日に不安が増していく。ここで暮らしていくということは、いつからこんなにも恐ろしいことだっただろう。それはずいぶん前から始まっていたことだったと言われたら、たしかにそうかもしれない……が、最近は生活のより近いところにまで不安がやって来ているという感覚が膨らんでいる。ニュースを見れば終わらないどころか新たな戦争の報せや、何の安心も用意しない政治、どんどん排他的になる大衆の声……同性の外国人と生活をしている自分は朝ごはんを食べながらふと、こんな生活は簡単に吹き飛んでしまうのだという考えで頭のなかがいっぱいになってしまう。

あなたが眠るまで 近くにいるよ
どんな辛い時間も どんな遠い未来も
いまだけ この瞬間は 忘れていられるように
(“In Silence”)

 butajiの4作めとなる『Thoughts of You』には、さまざまな暮らしの風景がさまざまな音で描かれている。本作についてまず言えるのは、前作『RIGHT TIME』と同様に多くのミュージシャンを招き入れることで、さらに音楽的な広がりが生まれていることだろう。もともと同時代のオルタナティヴR&Bとの共振を日本のインディ・ポップとして示していたbutajiだが、ここに来て明らかに多様なプロダクションに自身の歌を委ねようとしている。キーパーソンとしては“In Silence”と“Lost Souls”のプロデュースに参加した岡田拓郎、“so far”のアレンジの篠田ミル、“Isolated blues”のMETなどがいるが、それぞれbutajiの歌を芯とした上でベース・ミュージックやダブ、R&Bといった要素を織りこんでみせる。butajiは自分の楽曲をつねに「ポップス」であると表明してきたが、そこでは当然のように多様なサウンドが行き交うのだ。
 そのような楽曲のレンジで示されるのは、現代の街で生きる人びとの暮らしの多様さだ。butajiは強い声と言葉を持ったシンガーソングライターだが、その歌においては不思議と、本人の考えやエモーションをそのままダイレクトに反映しているというのとは少し違うように感じられる。たとえば本作の中でももっともドラマティックなメロディが聴けるバラード“Birthday”は同性婚についての歌であるという。それはもちろん、みずからクィアであることをオープンにしているbutaji個人の想いを乗せたものであることは間違いない。が、それが「特別じゃない/当たり前のおめでとう/繰り返そう」と歌われるとき、文字通り「特別じゃない」愛の歌として立ち上がる。そうしたものが折り重なって『Thoughts of You』が……「あなたへの想い」が多層的なものとして響いているのだ。ダブの要素がある本作でももっとも冒険的な一曲“Lost Souls”では、孤独な魂たちの出会いがbutajiの官能的な歌で讃えられ、それが香田悠真が手がけた濃密なストリングス・アレンジに受け止められる。魂はつねに複数形だ。

 butajiの歌の多くはラヴ・ソングだが、それは「あなたとわたし」「きみとぼく」に閉じたものではない。それどころか、象徴的な言葉としてそこには「社会」という言葉がしばしば現れる。代表曲“中央線”では「急げ 急げ/社会が変わる 世界が変わる」と高らかに宣言していたし、本作の場合は“Birhthday”で「私たちを取り巻く社会から/離れて暮らしたつもりでいた」と告げられるが、これは愛の歌が社会と無関係でいられないことを示すものだろう。クィアにとってはなおさらだ。「LGBTブーム」と言われた時期から10年が過ぎるが、肝心の「社会」は何が変わったのだろう? 僕は答えに詰まってしまう。
 だから『Thoughts of You』は、「社会」が良いほうに変わっているとは思えない日本のなかで、それでも遍在するささやかな愛をかき集めるようなアルバムであるように僕には思える。ともに暮らすひとの抑うつを見守る“In Silence”にはじまり、おそらく凄惨な事件を回想しているのだろうと思われる“so far”と、本作には平凡な暮らしがいつ壊れてしまうかわからない不安や恐怖が底にあり、しかし、だからこそ他者と生活を続けていく覚悟のようなものが宿っている。それは社会のなかに生きるということでもある。
 アルバムは“remission”であっけらかんと明るいトーンで終わっていく。「完全に無くならなくても/段々と良くなっていくから」――これは本作の制作の時期に発声障害を経験したbutaji個人の実感がこもったものだそうだが、それはもちろん、さまよう魂ひとつひとつに届けられる言葉でもあるだろう。いや、それは歌だ。それがポップスであるからこそ、不安と愛の両方を抱えながら暮らしを続けていくことを、butajiの音楽は懸命に支えるようなのだ。

Interview with Tomoro Taguchi - ele-king

『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』 

監督:田口トモロヲ
原作:地引雄一『ストリート・キングダム』
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
出演:峯田和伸 若葉⻯也
吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ
大森南朋 中村獅童

公開日: 3月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
クレジット:©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/streetkingdom
公式XInstagram:@streetkingdomjp

 忘れられた歴史に光を当てることは、疑いようもなく素晴らしい。しかしそこには、不可避的に「フェアになれない」という代償がともなう。とりわけ熱狂的なシーンを扱う場合はなおさらだ。およそ2時間という映画の枠組みで、過ぎ去った日々のすべてを網羅することなど、論理的に考えて不可能だからである。
 シーンは一枚岩ではなく、10人いれば10人の解釈があり、当事者の思いも千差万別だ。映画として歴史を編む以上、どこかに焦点を絞らざるを得ず、必然的にこぼれ落ちる場面や、当事者から見て違和感のある解釈も生まれるだろう。そうしたリスクを引き受けてなお、作品を世に問うこと自体に大きな覚悟と意義がある。
 ついでながら、もうひとつ書いておきたいことは、小さいものほど大きいという逆説。そのレトリックはオリジナル・パンクの武器でもあったわけだが(未来はないという未来、面白くないという面白さ、etc)、まあ、それをここでは深追いしない。ただ、言わねばならないのは、演奏技術の高さ、洗練の度合いが音楽作品の強度また魅力を決定するとは限らないということ、近年の日本におけるシティポップおよびYMOのブーム、これら人気の大衆文化と時を同じにする日本のアンダーグラウンドで起きていた、パンク以降の小さなこのシーンが無価値ではなかったんだと、いま、あらためて問うことに意義がないとは思えない、ということなのだ。
 ワイアーという英国のパンク・バンドの1977年の曲にはこんな歌詞がある。「ただ見てるだけじゃダメだ、時間は過ぎていく。飛び込んで、その手で掴み取れ」。そして実のところ、みんなが飛び込んでしまった。レコードの売れた枚数は当時のメジャーと比べたら微々たるものだったろう。だとしても、リスナーを単なる消費者から「未熟であっても自ら表現する参加者」へと変貌させた影響力において、このシーンは圧倒的だった。日本のパンクには英国のような政治性がないと評されることもあるけれど、権威からは望まれていない行動を逆流的に展開すること自体、政治的アクションと言えやしないかと。
 ヴァルター・ベンヤミンは、歴史が常に「勝者の視点」で語られ、敗者の記憶が消し去られることを批判した。商業的な勝敗が、文化的な価値を決めるわけではない。つまり言いたいのは、人生の本質は勝ち負けではない、ということではない。これは勝ち負けで計ろうとする価値観を強制する権威への抵抗であって、すなわち歴史に埋もれた者たちの記憶を救い出すこと。その試みこそが、芸術が少数のエリートから大衆の手へと渡り、切実なメッセージを運ぶ手段へと変容した証左なのである。

 それにしても、本当によくやってくれました。1970年代末から80年代初頭、英米のパンクに触発された日本のシーン。その代表的な断片のひとつである「東京ロッカーズ」を題材にした『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』において、田口トモロヲ監督はこのシーンの魅力をあぶり出すことに成功している。映画に描かれたひとコマひとコマには意味があるし、そこにはメッセージを伝えるナラティヴが宿っている。そしてそれは、いまの音楽文化が失いつつあるものかもしれない。ひとりでも多くの人がこの映画を観て、日本にもこんなシーンがあったのだと知ってほしい。そう願うのは、決してぼくの個人的な時代愛(パトリオティズム)だけが理由ではないのである(と思います)。
 国際舞台では、ことにエレキング周辺のアーティストたちからは、『鉄男』(塚本晋也監督)における驚異的な演技で多くのファンを持つ才人、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の監督を務めた田口トモロヲに話を聞いた。

自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんですね。『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。

いま(2月25日)、松山晋也さんといっしょに、まさにその時代の日本のパンク/ニューウェイヴの特集号を作っている真っ直中なんです。それは、今回の映画のことを考えずに、数年前からふたりで企画していたものなんですが、嬉しいことに、映画『ストリート・キングダム』の内容とも重なりました。映画に関係しているところで言うと、地引(雄一)さんと小嶋さちほ(チホ)さんにインタヴューしていまして、〈フジヤマ〉の渡辺(正)さんにも取材しました。

田口:渡辺さんたち、よくインタヴューを。

映画のなかで、唯一、唐突に現代になるのが、三茶の〈フジヤマ〉の場面でしたね(笑)。あのシーンも良かったです。ぼくは映画自体、とても楽しく観させていただいたのですが、まずは、今回の企画をやられた契機というか、モチベーションといいますか、お気持ちの部分を聞かせてください。

田口:原作になった地引(雄一)さんの『ストリート・キングダム』を読んだときに、とてもワクワクしたんです。ぼくにとって、あれはジャストなドキュメントだったんです。読み物としてもほんとうに楽しく読めて、「ああもう、この人たちのこと大好きだった」という思いを掘り起こされまして。
それでふと考えると、日本のロック・フェスが盛んになって、いまでは何万人とか集まる状況になっているのに、この人たち(東京ロッカーズの時代のシーン)のことがまったく語られていないと。まさに、若い人たちは知らないんじゃないかと思いまして。フェスであったりとか、ライヴハウスの使い方であったりとか、そういう(現在に通じる)システムの開拓者たちなのに、その人たちの名前がネットを見ても出てくることがないんです。
ちょうど2015年だったと思うんですけれども、前の監督作品(『ピース オブ ケイク』)が終わったあとに、次は、自分にしか撮れない、自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんです。『ストリート・キングダム』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。それで、地引さんは知り合いだったので直で電話しました。ですから、今年公開で11年目になっちゃうんですけれども、もう10年前ですね。

『ストリート・キングダム』の初版は1986年にミュージック・マガジン社から出たじゃないですか。で、2008年にDVD付きで増補版が出ました。どちらを読まれたんですか?

田口:DVD付きの増補版ですね。

ぼくもそうです。あの時代のあのシーンは、いろんな人たちが関わっていて、東京だけではないし、たとえば関西は関西で素晴らしいシーンがありましたよね。地引さんの『ストリート・キングダム』は、あくまでも地引雄一さんといういち個人のレンズを通してみたシーンなわけで、まあ、地引さんはたいへんフェアな方なので、本のなかではたくさんのバンド、たくさんのアーティスト、レーベルを紹介されているんですけど、やはり、どうしても全体を見せることはできないし、フェアになりきれない部分もあると思います。そのリスクの部分はどういうふうにお考えになりましたか?

田口:最初の構想では、出てくるバンドとか、出演する人物とかももっと多かったんですよ。でもそれだと収集がつかない。だから、作者である地引さん、映画のなかではユーイチという主人公になりますから、ユーイチ目線に絞ることによって見えてくる風景も絞られていく、そういう形にしました。まあ、映画化するにあたっては、絞らざるを得ないっていうのが現実です。
当初の予定では、人物にしてもバンドにしてももっと多かったんですよ。でも、それをテスト的に読んでもらったりしたら、全然わからないっていう意見が多かったんです。登場人物が多すぎるし、どこに焦点を当てて読んだらいいかわからないっていうふうに言われましてね、そこから試行錯誤しながら、泣く泣く、絞っていったっていう経緯がありました。

いや、そこは仕方ないです。ドキュメンタリーではないので、そうせざるを得ないですよね。しかも、こうした熱狂的なシーンを題材にした場合、当事者だった人のなかには、「いや、それは違うんじゃないか」と言う人だっているだろうと、そういうリスクも想定されていたと思うんですよね。だから、勇気も要したプロジェクトだったんじゃないのかなって思うんですけど、いかがでしょうか?

田口:たしかに、ぼくはもう、その人たちの背中を見てバンドをはじめた世代ですから、いわばみんなレジェンドなので、(間違ったことをやってはいけないという)そういう緊張はありました。けれども、このシーンを忘れている人たちに伝える、その媒体としてやっぱり自分ができるのは映画だなと思っていたんです。自分もその人たちのファンだったわけだから、熱烈なファンとして、自分のやり方で発表することに関して迷いはなかったですね。

なるほど。ちなみに、田口さんが日本のなかのこうしたパンク/ニューウェイヴのシーンを最初に知ったのは、だいたいいつぐらいのことで、きっかけは誰だったんですか?

田口:最初は、東京ロッカーズのアルバム(1979年の『東京ROCKERS』)でしょうか。あれが出たとき真っ先に買いました。それ以前にも、『NO NEW YORK』というアルバムが出ていたので、世界同時多発的にそういったパンク/ニューウェーブのオムニバス・アルバムがいろんなところで出るんだ、っていう面白さと衝撃、そこからです。

そのときはおいくつだったんですか? 

田口:まだ学生でした。20歳ぐらい。

ぼくは静岡という地方都市の高校生でした。日本にパンクのシーンがあるということが嬉しくかったし、絶対に聴いてやろうと、で、『東京ROCKERS』の1曲目、フリクションの“せなかのコード”を聴いた瞬間、なんてかっこいいんだろう!って。田口さんは、ライヴハウスには行かれてましたか?

田口:はい、行ってましたね。でも東京ロッカーズは間に合わなかったんですよ。その後の、個別にいろんなバンドのライヴは観ていました。

とくに好きだったバンドはなんでしょう?

田口:いやー、どうでしたかね。いろんなことを好きになっていく過程の時期だったし、シーンひっくるめて好きだったので。古い既成概念を壊して、新しいシーンを作ろうとしているバンド自体が。この映画のなかでいうと、江戸アケミさんですかね。じゃがたらのアケミさんからは圧倒的に影響を受けました。アケミさんの詞が刺さったし、行動も。

ガガーリンやばちかぶりの印象で言わせていただくと、やっぱり、じゃがたらとスターリンっていうのが大きかったんじゃないのかっていうふうに、勝手に想像するんですけど。

田口:スターリンはすでに、ある意味、スターダムに乗ったレジェンドだったので。ただ、じゃがたらの初期であったりとか、あと同世代で言ったら、マスターベーションとか、あぶらだこ、ハナタラシですか。そういう同世代の人たちと、ちょっと大げさに言うと競い合いながら、では自分たちにはどういう表現ができるのかっていうことは意識していました。ただ、(スターリンのような)上の世代には、もう、かなわないっていう風には思ってました。

とはいえ、田口さんには、ステージ上での数々の過激なパフォーマンス、伝説があるじゃないですか。スターリンや江戸アケミさんみたいな方々の、ある一線を越えていいのか悪いのかみたいな、ギリギリのところでやられた表現っていう、ああいったものを真面目に継承していらっしゃったというか、そんな風に思っていたのですが。

田口:そういう大げさな感じではないですけれども、なにか前衛的なことをやってもいいんだっていうのはありました。ただ、彼らの世代はそういうことがシリアスなんですよね。学生運動も通過しているし、政治の季節も経験している。自分は、あそこまでシリアスになれないっていうことで、じゃあ、自分たちにはどういう独自性があるのかって考えたときに、ユーモアという武器をまとって表現しようと、っていうことですかね。
同時期にジョン・ウォーターズの映画『ピンク・フラミンゴ』を字幕抜きで観ているんです。その強烈なブラック・ユーモアとでたらめさ、それにも衝撃を受けました。そういった自分が影響を受けたいろいろなものが渾然一体になって、バンド活動であったりとか、アングラ演劇活動といったものに出していった感じでしたね。

田口トモロヲさんは、上杉清文さんの発見の会みたいな、日本の70年代から連綿と続いているアンダーグラウンド文化も継承されている。ヒカシューの巻上公一さんも寺山修司/東京キッドブラザースから来ていますが、そういう風に、まぶしい文化が見えなくしてしまっている、日本の面白い文化を受け継がれながら、21世紀の現代で、ちゃんとそれをこういう大きな舞台でも表現活動していることが、ほんとうに尊敬するというか、素晴らしいと思います。

田口:ありがとうございます。

田口トモロヲさんという文化のハブからいろんなところに行けますよね。で、なんどもしつこくて申し訳ないのですが、田口さんのなかでスターリン(劇中名、解剖室)とじゃがたら(劇中名、ごくつぶし)をどう捉えているのでしょうか? いや、映画のなかで、リザード(劇中名、TOKAGE)、フリクション(劇中名、軋轢)、ゼルダ(劇中名、ロボットメイア)以外のバンドで、大きな意味を持つのが、このふたつのバンドだったので……。

田口:スターリンのミチロウさんは『宝島』とかでバンバン特集とか組まれていて、当時はもう大スターだったんです。でも、学生時代、北千住にあった甚六屋というライヴハウスに友部正人さんを観に行ったときに、前座でミチロウさんが出ていたんですよ。ひとりで、フォークで、“電動こけし”っていう曲を歌っていたんです。まだパンクになる前です。

それは貴重ですね! 自閉体?

田口:自閉体の前です。フォーク・シンガーだったころの、だから、パンクをやる前です。「電動こけし」っていうワードも強烈でした。友部さんにではなく、どちらかというと三上寛さんに近い、そういうワード・センスがすごく印象に残っていますね。
それから何年か経って、ぼくが官能劇画を生業として描くようになったとき、ある劇画誌にミチロウさんがエッセイを書いていたんです。そこで「いまはパンクだ。自閉体っていうバンドを作った」と言ってるんです。それを読んで、「これってあのときの人じゃない?」と思っていました。パンクという引き金を見つけて、フォークじゃなくバンド、パンクという表現方法に変わっていったんだっていうのを読んで、それはわかるなあって思いました。パンクって……何をやったらいいかわからない人、若い人たちにいろんなヒントと引き金を与えてくれた音楽であり、各自のリアルを考えさせる音でした。

あのシーンを、ありものの映像を編集したドキュメンタリー作品ではなく、俳優たちが演じるひとつの物語(フィクション)として制作されました。たとえばイギリスでは、そういう映画、『シド・アンド・ナンシー』とか『24アワー・パーティ・ピープル』とか、アメリカでも、俳優が演じるボブ・ディランの映画とかドアーズの映画とか、いろいろあるんですけど、なぜか日本にはなかったんですよ。この点でも、『ストリート・キングダム』は風穴をあけるであろう作品になったと思いますけど。

田口:まあ、たいへんでした。そういうの(海外のように実名を使った映画)ができたらいいなっていう希望は持っていましたけれども、ここまでたいへんだとは思わなかった。友人たちが観てくれて、純粋に質問として「なんで実名でできないの?」っていうふうに聞かれますけど、できなかったんだよと(笑)。

なぜ、モモヨではなくモモなのか? と。

田口:海外のそういう音楽映画と制作状況が違う。たとえば『ボヘミアン・ラプソディ』みたいに、映画の内容に対しても、実人物が意見も言えるという契約もあるらしいじゃないですか。(映画を)観てここはダメだとか、脚本にも口を出せるとか、今回は、作っているときに、頭のなかで思い描いていたことが、どんどん変化して。現実問題として、ここはどうすれば成立するのか、というふうに学んでいくプロセスでもありました。

設定が現実とは違うところもあるじゃないですか。例をひとつ挙げれば、小嶋さちほ(チホ)さんのご実家は印刷屋ではない、でも、映画では印刷屋さんになっています。そのあたりは、宮藤官九郎さんの意見もあったりとか、あえて現実に即さなくてもいいのではないか、みたいな感じだったんですか?

田口:できる限りのことは真実の物語として再生はさせましたけれども、物語として、ドラマとして立ち上げないと映画化には難しいところもあって、最終的にああいう形になりました。そこは、地引さんとも話して、いろいろ意見をいただきました。

でも、あの映画で伝えたいことっていうのは、そういうディテールではないわけですから。重要なディテールっていうのは、もちろんあるんですけれども、おっしゃることわかります。

田口:映画作りは、実現するまで制作状況や現実との戦いなんですよね。海外の映画ではできているのに、どうして? みたいに言われたりもしますけれども。これが限界とは言わないまでも、自分がいまできる範囲でのベストな形の作品にはできたと思っています。
いまはクラウドファンディングとかもありますからね。お金を出してくれる人たちが多大にいて作っていくっていうことも、これから先は可能になっていくでしょうね。それはたぶん、どんな仕事をやっていても、日本の環境っていうか、音楽雑誌をやられていても、その大変さを感じると思うんですけど、それが映画制作においてのリアルなんです。

映画はもっと規模が大きいですからね。ここでは言えないような困難もたくさんあったと思います。本当によくあそこまでちゃんとしっかりと完成させていただいて、ぼくが言うのもなんですけど、ありがとうございます!

田口:いやいや、とんでもないです。

もう、何年も前ですが、この企画の話は地引さんから直接聞かされていたんです。で、じゃがたらの関係者だった大平ソーリさん。

田口:はい。

ソーリさんからもこの企画のことを聞かされていて、「アケミが重要なところで出るらしいんだけど、どうなんだろうね?」って。ぼくも「どうなんでしょうね?」って。

田口:不安しかないですよね(笑)。

売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。

で(笑)、試写に行ったんですけど、とても感動しましてね、地引さんに「良かったです」とメールして、大平さんにも、「ぜひ観てください」ってメールしたんです。その感動的な場面のひとつに、じゃがたらの“もうがまんできない”をみんなで歌うシーンがありますよね。あのミュージカル仕立ての場面には、どんな意図があったんですか?

田口:あれは、もう、ぼくのわがままですね。制作が終わりのほうにいくにしたがって、もうひとつ、映画的な表現ができないかなと考えていたんです。そこで、自分が大好きな曲を。“もうがまんできない”は、アケミさん、じゃがたらの曲のなかでも変わった曲なんです。

はい、最高の曲のひとつですよね。

田口:「もうがまんできない」という歌詞はいっさい出てこない、「心の持ちよう」で厳しい世のなかにコミットしていくっていう曲で、これはいまにも通じるなと思いました。だから、後半に主人公たちがあれを歌うことによって、映画全体のメッセージを印象的にして、映画自体を強度にできると思ったんです。

あの場面も良かったんですけど、ぼくがこの映画でいちばん感動したのは、主人公のモモが悩むじゃないですか。売れる音楽を周りからは要求される。でも、売れる音楽を作ることが正しいのかと、彼はつねに反発する。あれは売れる音楽への反発ではなく、売れるか売れないかでしか作品を計ろうとしない考え方に対する反発ですよね。だとしたらモモはまったく正しい。あれは現代への大きなメッセージになっていると思いました。モモが悩み、反発するシーン、あの映画のなかではすごく重要な場面ですよね?

田口:そうですね。目撃者であるユーイチとモモとの対話。ユーイチが気軽に言った言葉すらも、モモにとっては、すごく真剣に、お前までそんなこと言うんだっていう。そこには、それぞれの事情と感情があるわけです。友情で同じ方向を向いているはずなんだけれども、些細なことの価値観が違う。しかも、そのことに関してはお互い譲れないっていう部分を描きたかったんです。そういう人たちだったと思うんですよ。妥協なく理想を追うあの世代の人たちは。

あの場面からもうひとつ引き出せるのは、損得勘定ではない価値観っていうのがあるとうことだと思います。東京ロッカーズの人たちにしても、当時のあのシーンのど真ん中にいたどんなバンドも、10万枚とか20万枚とか、ヒットを飛ばした人なんてほとんどいないわけですよ。だから商業的には失敗だった。でも、まさに、田口さんが言われたような、あそこからはじまったライヴハウスの文化があって、こんなにも状況を変革するような、価値ある革命を起こした。あるいは、楽器を弾けない素人が、好きなように好きな音楽をやっていいんだっていう、生き方の可能性だって切り開いていったわけで、やっぱりすごく大きなことをしたんですよ。だから、最後にリザードの“宣戦布告”のカヴァーが流れたとき、思わず涙腺が緩んでしまって……。

田口:曲名が “宣戦布告” ですから。

峯田和伸のあの清々しい歌い方がまた良いんですよ。もっていかれてしまいましたね、あのエンディングには。

田口:売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。

ぼくが行った試写会は、二回目か三回目でしたが、満席で、その後もずっと試写会が満席だったと聞いています。人気俳優が揃っているというのもあるんでしょうけど、やっぱ、この時代に、多くの人が求めているものあの映画にはあるんじゃないかと思います。すでに多くのリアクションをもらっていると思いますが、いまのところ、いかがですか?

田口:思っていたよりすごく良い反応で、ほっとしています。今回は、地引さんという尊敬する原作者がいますし、ぼくにとってはすごい人たちを、好きな俳優さんたちにやってもらった。そこは全部ぼくが責任を取るからねと、現場でも俳優さんに言いました。まあ、公開されるのはこれからですから。お金を払って観てくださるお客さんがどう感じるかっていうのは楽しみであり、もうドキドキです(笑)。

※映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は、3月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。地引雄一『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』は3月27日、SLOGANから刊行。松山晋也・監修『別冊エレキング:J-PUNK / NEW WAVE——革命の記憶』は3月31日、ele-king booksから刊行。


 以下、蛇足(思い出とおさらい)。
 リザードが静岡にやって来たのは、ぼくが高校二年生のときだった。人生で初めて体験したパンク・バンドのライヴである。会場は「サーカス・タウン」という、山下達郎の作品名から取られたステージもない小さなライヴハウス。(そこは、その3年後、16歳だった石野卓球の「人生」がデビューを飾る場所でもある)
 さて、客はわずか10人ちょっと。その全員が15歳から17歳といったところ。いっしょにその場にいた市原健太(現在は静岡の古書店「水曜文庫」を営んでいる)の記憶によれば、出番前のモモヨは脇に雑誌『ユリイカ』を挟んでいたという。ジョン・サヴェージがとある講演で「ギャラガーよ、パンクは本を読んだのだよ」と語った通りだ。
 50人も入れば満員の空間で繰り広げられた演奏は、荒々しいガレージ・パンクそのものだったと記憶している。作品化されたどの音源よりも、ぼくのなかではあの夜の演奏がベストだ。入場料はたしかドリンク代込みの1200円ほど、いま振り返れば、コーラを飲んで暴れ回る高校生たちを相手に、あんなにも真剣な演奏を届けてくれたことへの感謝しかない。採算など度外視だったに違いないあのステージを、バンドは一切の手抜きなしでやり遂げてくれた。小さなライヴハウスから大きな世界が広がって見えるほどに。
 パティ・スミスが“マイ・ジェネレーション”のカヴァーにおいて、熱狂的に繰り返したフレーズがある。「私たちは若い、とっても若い、若い、若い、若い……とっても若い、若いんだ」。あの場所はまさに、そういう現場だった。パンクにとっての「若さ」とは、大人になるための準備期間を意味しなかった。たとえその帰着が「怪物」であったとしても、「何か別のモノ」になろうとする激しい欲望そのものだった。ディック・ヘブディッジが分析したように、パンクとは「あらゆる異なるユース・カルチャーのスタイルを集め、安全ピンで繋ぎ合わせた生けるコラージュ」だった。(その雑食性こそが、ポスト・パンクへと展開するポテンシャルだった)
 あれは出発の合図だった。セックス・ピストルズはあっという間に終わっていたが、世界は確実に変わりはじめていた。毎月の新譜が楽しみでならず、同級生の家には新しいレコードが増えていった。あいつの家に行けばプラスティックスが聴けたし、あいつの家にはP-MODELがあって、近所の友人宅にはリザードがあった。ぼくはといえば深くのめり込んでしまい、そりゃまあ、いろいろと……
 では、最後に歴史のおさらいを。

「去年のいまごろ、俺は音楽について書くのを完全にやめようと考えていた。すると突然、あらゆる業界誌のジャーナリストから電話がかかってくるようになった。“パンク・ロック”というこの新しい現象について知りたいというんだ。最初、俺は少し混乱した。俺にとってパンク・ロックとは、1966年あたりの薄汚い鼻先を突き出したザ・シーズやカウント・ファイヴのようなグループで、ストゥージズが解散し、ディクテイターズの1stアルバムが惨敗したときに、死んで葬られたものだったからだ。
だったら、いまからわずか1年前の、そこにはたったひとつのものしかなかったことを忘れないでくれよ。ラモーンズのファースト・アルバムのことだ。 あのレコードがこれほどの影響を与えるとは誰が予想できただろうか。それと、セックス・ピストルズの“アナーキー・イン・ザ・ UK”、その獰猛的な鋭さ。それだけで十分だった。突然、水門が解き放たれたかのように、世界中で一千万もの小さなグループが突っ込んできた。彼らはギターで人びとを叩きのめし、すべてに退屈し、うんざりしているという支離滅裂な不満をわめき散らした。
俺もうんざりしていたし、君たちもうんざりしていた。リンダ・ロンシュタットのニヤケた弱々しい泣き言を聴くくらいなら、どれほど惨めな対価を払ってでもスローター・アンド・ザ・ドッグスを聴く方がマシだった。レコードを買うのが再び楽しくなった。その理由のひとつは、これらのグループがすべて、偉大なロックンロールの“知ったことか、ぶちかませ”という精神を体現していたからだ」 ——レスター・バングス(1977)

Ego Ella May - ele-king

 ここ数年来で気になるUKの女性シンガー・ソングライターの名前を挙げると、ジョルジャ・スミス、ヤスミン・レイシー、クレオ・ソルなどの名前が挙げられる。ネオ・ソウルをベースに、ジャズやフォーク、レゲエなど幅広い流儀も持ち合わせ、ときにエレクトリックなアプローチを見せたり、R&Bやヒップホップなど現代的なサウンドとの相性も良いという人たちだ。エゴ・エラ・メイもそうしたうちのひとりである。UKの女性シンガー・ソングライターの源流にはリンダ・ルイスがいて、彼女はカリブをルーツに持つ黒人だった。UK、なかでもロンドンの音楽にはアフリカやカリブからの移民が深く関わっていて、それはシンガー・ソングライターの世界においても同様である。リンダ・ルイスの後継的な存在のコリーヌ・ベイリー・レイもカリビアン・ルーツであるし、2010年代に台頭してきたローラ・マヴーラやリアン・ラ・ハヴァスもそうである。エゴ・エラ・メイのルーツはアフリカのナイジェリアで、ラッパーのリトル・シムズと同じだ。父親がジャズのファンで、エラという名前は往年のジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルドからとられたそうだが、そうして幼少期からジャズやゴスペルなどを聴いて育つなかで、アフリカというルーツも彼女の音楽性のDNAに刻みこまれていったことは想像に難くない。

 19歳の頃から独学でギターをマスターし、そしてビートメイクも習得して自身で音楽を作るようになった彼女は、ロンドンのICPM(The Institute of Contemporary Music Performance)に進学し、本格的に音楽を学ぶと同時に音楽仲間のコネクションを広げていった。そして、2013年に自主制作となるEPの「The Tree」を発表してデビューし、その後も2014年に「Breathing Underwater」、2015年に「Zero」をリリースしてキャリアを積んでいく。この頃のサウンドは、オーガニックなネオ・ソウルとジャズの折衷的なスタイルにエレクトリックな要素もブレンドしたもので、それが彼女の基本的なスタイルと言える。USのネオ・ソウルの源流であるエリカ・バドゥの影響が見られるのは当然ながら、アコースティックなジャズやソウルとエレクトリックなサウンドとのバランスでは、UKのファティマやヤスミン・レイシーなどのスタンスが近いのかなとも思う。

 そうしたエゴ・エラ・メイの本領発揮となるファースト・アルバム『So Far』(2019年)では、いろいろなプロデューサーたちとコラボするなか、ウー・ルー(Wu-Lu)との共演が目に留まった。彼は南ロンドン・シーンに深く関わるプロデューサーであり、エゴ・エラ・メイも当然その影響を受ける。そして、次作『Honey For Wounds』(2020年)ではジャズ・ミュージシャンとのコラボが目につき、アルファ・ミストジョー・アーモン・ジョーンズオスカー・ジェローム、エディ・ヒック、アシュリー・ヘンリー、シオ・クローカーらと共演しするわけだが、シオ・クローカーを除いて南ロンドンのジャズ・シーンで活躍する面々だ。また、『Honey For Wounds』においてはアフロ・ジャズ・バンドのヌビヤン・ツイストのリーダーであるトム・エクセルがプロデューサーとして参加していて、逆に彼女がヌビヤン・ツイストのアルバム『Freedom Fables』(2021年)で客演するなど、関係性を深めていく。ヌビヤン・ツイストはアフロビートを軸とする音楽性なので、エゴ・エラ・メイの音楽的ルーツとも好相性だったのだろう。

 エゴ・エラ・メイの新作『Good Intensions』は、彼女がこれまで組んできたプロデューサー/ミュージシャンと再びタッグを組む。ウー・ルー、アルファ・ミスト、ヤスミン・レイシーのプロデューサーとして知られるメロー・ゼッドなどがそうで、なかでもトム・エクセルがメイン・プロデューサーとして多くの作品に関わる。彼が関わる “What You Waiting For” はアフロとブロークンビーツが融合したようなリズムで、ヌビヤン・ツイストにも通じるような楽曲だ。同様にトム・エクセルのプロデュースによる “Footwork” はタイトルどおりフットワークのビートの作品で、これまでのエゴ・エラ・メイの作品中でも極めてエレクトリックなアプローチが強いものだ。この2曲からわかるように、『Good Intensions』はこれまでになくチャレンジングな作品ということがわかる。ウー・ルーが手掛ける “What We Do” はちょうど1990年代初頭のアシッド・ジャズを思わせるグルーヴィーな楽曲で、全体的にダンサブルなアプローチの楽曲が増えている印象だ。

 一方、“We’re Not Free” や “Tarot” はエゴ・エラ・メイ本来のオーガニックなテイストが出たアコースティック・ソウルで、“Hold On” はジャズとソウルのちょうど中間的な楽曲。“Back To Sea” や “Good Intentions” はギターの弾き語りによるフォーキーな楽曲で、“Love is a Heavy Thing” は往年のジャズ・シンガーのペギー・リーのようなコケティッシュな魅力の歌が印象的。“Pot Luck Baby” はチャールズ・ステップニーがプロデュースしたロータリー・コネクションを思わせる楽曲で、エゴ・エラ・メイの歌もミニー・リパートンを彷彿とさせるところがあって、そこにエリカ・バドゥのようなフレージングもミックスしているようだ。これらの楽曲ではエゴ・エラ・メイのシンガーとしての魅力が一段と深みを増している。

Mitski - ele-king

 小説のようだと感じる音楽を作る人たちがいる。開かれた場所で叫ばれるようなものではない、すぐ隣から聞こえてくるかのような音楽を通しての1対1のコミュニケーション。自分にとってのそれはニュージーランド出身の表現者オルダス・ハーディングやサンフランシスコ出身のシンガー・ソングライター、ジェシカ・プラット(僕は彼女の音楽からなぜだか図書館の本棚の前に立っている姿を連想する)だったりするのだが、ミツキのこのアルバム『Nothing's About to Happen to Me』を聴いているとやはりそんな言葉が頭に浮かんでくる。それは物語的、哲学的な歌詞だけではなく、音楽のあり方がそう思わせるのかもしれない。様々な人間の姿が映し出され多くの観客とともに見ることが想定された映画と違い、本が読まれるときはいつだってひとりだ。多くの読者を抱える作家だとしてもそれは変わらない。ひとりで書き上げ、ひとりで受け取る、1対1の間接的なコミュニケーションのその先に集められたみながいるのだ。
 このアルバムのミツキはまさにそれを体現しているのかもしれない。強い刺激を与え、華美な装飾で耳目を集めたりはしない、問いを投げかけ思索を促すような解釈の音楽。ビルボードのチャートに入り、フェスティヴァルのラインナップを知らせる文字がどれだけ大きくなろうとも彼女の音楽は遠くに行かない。それどころかこの8作目のアルバムはこれまで以上に内面に向かって潜っていく。アメリカーナ的なフォーク、カントリー、そしてオルタナの歪んだギターを合わせた連作短編のようなこのアルバムは、さまざまな楽器を駆使し、聞く者の手を取るようにして音楽の中で思索する人間の内面の世界へと誘うのだ。

 オープニング・トラックの “In a Lake” ではアコースティック・ギターとバンジョー、アコーディオン、ストリングスによって牧歌的な風景が描き出される。しかしミツキはその風景を単純に美しいものだとは描かない。どれかひとつの楽器を目立たせることなく淡々と描写を積み重ね「小さな町には住めない」と唄われる故郷への複雑な感情を滲ませる。それは平熱の諦めであり平熱の愛着なのだ。終盤のオーケストラが展開する瞬間すらも極端にカタルシスを爆発させるようなものにはしない。アクセントという範疇に留め、それが曲の中心になる前にフェードアウトする。強い主張をするのではなくひとつひとつ描写を積み重ねゆっくりと深いところまで潜っていくというのがこのアルバムのミツキのスタイルなのだ。今日のトピックとしての刺激ではなく、ある出来事と他の出来事の間から立ち上ってくるような情感の表現、その美学がこのアルバムを通して貫かれている。
 ノイジーなオルタナロック・サウンドを響かせる “Where's My Phone?” においてのそれは絵の具が飛び散った跡のようなストリングスのアクセントと電子ピアノであり、禁止ワードを規制するピー音すらもユーモラスに使用して楽曲を彩っている。しかしそれらの音も楽曲の中心に居座り続けることはなく芳醇な甘み、あるいは苦味を残して消えていく。終盤のギターのようにも加工された人の叫び声にも聞こえるフレーズ(歌詞のテーマからするとそれはおぞましく歪んだ人の声なのかもしれない)にしてもその音はくぐもっていて決して突き抜けることはない。そう、ここにあるのはもどかしく味わい深い不完全な快感なのだ。

 突き抜けない不完全な快感、これはこのアルバム通してそうだ。たとえばペダル・スティール・ギターとストリングスが添えられた “Dead Women” のドゥルドゥドゥドゥッというコーラスにしても一緒に口ずさみたくなるようなラインにはわずかに足りなく、旋律の美しさが意思を持ち心を強く動かすようになるその手前で、どんな名前もしっくりとこない名のない感情を残して終わる。ボサノヴァ風の “I'll Change for You” のその恋もドラマッチックに展開することなく静かに深く自問を重ねていく。オーケストラのサウンドをもっと際立たせ心の動きを大きく表現することもできたはずなのに、そうはせずにグラスのなかの世界に留まるのだ(そうしてそのグラスに環境音を映し出し時間のレイヤーを生み出す)。そこにたまらない心をくすぐる情感がある。押し付けもせず過度に主張もしない深みのある楽器の連なりは聞き手のための余白を残す。そこを身の置き場にして曲のなかで問いかけと答えのコミュニケーションを繰り返す。その不完全な快感、全てを描ききらない余白の美学が情感をかきたてるのだ。

 生きること、充分に満ちてはいてもままならないもどかしさ、それはそのまま死の匂いに引き寄せられるような歌詞の世界にも現れている。固有名詞は使わない、直接的にも描かない、使うのは曲ごとのモチーフと目の前に広がる風景で、それが自らの居場所を探し求める女性の姿を浮かび上がらせる。
 “Where's My Phone?” の携帯電話のモチーフは情報が氾濫するスマートフォンの世界のなかでアイデンティティ・クライシスにおちいっている姿を思わせる。その世界では日々誰かの価値観が疑われ、いともたやすくレッテルが貼られていく。透明なスマホのガラスはとめどなく異なる意見を映し出し自らの価値観をそのままにしておいてはくれない。誰かの意見がずっと頭にはびこり、その意見に影響され行動までもが左右されていく。だけども知らないでいる状態も怖さを生み出す。そうやって自分の場所がわからなくなる。
 “Dead Women” では死によって神格化される芸術家、あるいは人間性というものに対する思索が漂う。その響きは理解されない諦めと好きなように利用されることへの哀しみが穏やかに入り交じる。ヴァージニア・ウルフのように石を抱き湖に沈んだなら? 27歳で天に向かったロック・スターのようになったら誰かが私を美しいものとして永遠にするのだろうか? そうであって欲しいという他者の欲求により作られたイメージ、誰かの世界の神になること、果たしてそれは幸せなのか?

 それらは直接的には描かれない。だからこそ音楽とともに思索の世界に潜っていけるのだ。この音楽は解釈することを許してくれる。まるで対話するようにその余白のなかに受け手が入り込めるだけの隙間を残し答えの出ない問いを投げかける。豊かで芳醇なプロダクションに彩られ丁寧に編み込まれたこのアルバムは痛みを描く。音楽の流れる時間のなかでその痛みを解き明かしていくのはなんとも言えない喜びがある。頭のなかにぼんやりとイメージが浮かびあがり、問いと答えを繰り返す、この音楽はやはり美しい小説のように聞こえてくる。

Caterina Barbieri & Bendik Giske - ele-king

 カテリーナ・バルビエリベンディク・ギスケによるアルバム『At Source』は、シンセサイザーの電子音と人間の呼吸、コンピューターと肉体が触れ合う瞬間を記録した音楽である。そこでは機械と人間の身体のわずかな揺らぎが、まるで互いを試すように寄り添いながら、ひとつの音響的風景を立ち上げていくのだ。
 本作『At Source』は、バルビエリとギスケが長年にわたる共演と対話のなかで育ててきた音楽的関係の結晶である。アナログ・シンセサイザーが描く反復の上を、サックスが横切っていく。その運動はふたつの異なる時間感覚が同じ空間のなかで重なり合い、ときに擦れ、ときに共鳴しながら、音楽という現象の深層を掘り下げていく過程そのものだ。アルバムは4曲、約33分。その内部では持続と変化、静止と生成が絶えず交錯し、聴き手の知覚をゆっくりと変形させていく。

 カテリーナ・バルビエリは、モジュラー・シンセサイザーによる反復構造を通して、時間そのものを彫刻する電子音楽家である。バルビエリの作品は、アルペジオの連鎖がつくり出す微細な変化によって、聴く者の感覚を静かに攪乱する。2019年のアルバム『Ecstatic Computation』によって、そのトランス的な時間感覚は広く知られるようになった。バルビエリの音楽の核心は、その内部に潜む微細な揺らぎにある。規則的なパターンのなかで、わずかにずれる音の粒子によって生まれる知覚の裂け目。『At Source』でもまた、バルビエリのシンセサイザーは幾何学的な秩序を保ちながら、どこか生き物のように呼吸している。
 本作をリリースする〈light-years〉はバルビエリ自身が設立したレーベルであり、音楽が生成される場そのものを設計するためのプラットフォームである。ライヴ、レジデンシー、コラボレーションなどを横断しながら、音楽がどのように生まれ、どのように変化していくのかを探る実験場でもある。『At Source』は、そのような長いプロセスのなかから、ひとつの静かな結晶として現れた作品だ。
 一方、ベンディク・ギスケは、サックスという古典的な楽器を身体そのものの拡張装置として扱う演奏家である。彼の演奏には、旋律以上に呼吸の震えやキーの打撃、身体の緊張が刻まれている。複数のマイクを身体や楽器に配置する録音方法によって、彼のサックスは単なる音色ではなく、演奏者の身体の運動そのものを記録する装置となる。そこで聴こえてくるのは音楽というより、むしろ身体が音へと変換される瞬間の記録である。
 ふたりの出会いは2019年、スイスの美術館 Kunsthaus Glarus での公演に遡る。互いの音楽が発する奇妙な共鳴を感じ取ったとき、彼らは「移行」という概念を音楽の中心に据える可能性について語り合った。音と音のあいだ、構造と即興のあいだ、電子回路と身体、その境界を越えていく微細な変化。そこにこそ、彼らの共同制作の核となる発想が見いだされていく。
 2021年には、ギスケがバルビエリの楽曲 “Fantas” を再解釈したプロジェクト『Fantas Variaciones』に参加し、両者の協働はより具体的な形を取り始める。ふたりはミラノの現代美術機関 ICA Milano(Institute of Contemporary Arts  Milano)でのレジデンシーを通じて制作とパフォーマンスを重ね、電子音響と身体的演奏の関係を探究していった。そうした制作過程とライヴでの実践のなかで培われた音楽的対話が、やがて作品として結実する。それが本作『At Source』である。

 アルバムを構成するのは “Intuition, Nimbus”、“Alignment, Orbits”、“Impatience, Magma”、“Persistence, Buds” の4曲。カンマで結ばれたふたつの言葉は、ふたりの視点が同時に存在することを示唆している。ひとつは身体の衝動、もうひとつは構造の視点。音楽はそのふたつのあいだを揺れながら、ゆっくりと形を変えていく。
 “Intuition, Nimbus” は、サックスの孤独な震えからはじまる。そこにシンセサイザーの持続音がゆっくりと広がり、まるで雲が空間を満たしていくように音響が膨張していく。“Alignment, Orbits” では、反復するアルペジオとサックスのキー音が互いの軌道をなぞるように循環し、音は重力を持った天体のようにゆっくりと回転する。アルバムの中心に位置する “Impatience, Magma” は、内部で静かに燃え続ける火山のような作品である。断片的なサックスのフレーズとシンセサイザーのオスティナートが徐々に絡み合い、時間をかけて大きなクレッシェンドを形成していく。そして終曲 “Persistence, Buds” では、すべての音が再び静寂へと帰っていく。残るのは呼吸と残響だけだ。

 このアルバムが示しているのは、電子音楽とアコースティック演奏の「融合」ではない。両者は決して完全には溶け合わないまま、互いの異質さを保ち続けている。電子音とサックス。そのふたつが交差するとき。もうひとつの音が生まれる。機械の時間と身体の時間が同時に流れる、二重の時間の音だ。
 その瞬間、音楽は単なる旋律や和声の集合ではなくなる。そこに露呈するのは、音が生まれる過程そのものだ。呼吸・摩擦・振動・電流。サックスのキーが触れられる瞬間、シンセサイザーの回路が共振する瞬間、音楽は身体の内部と電子回路の内部を同時に照らし出すだろう。

 『At Source』というタイトルは、いくつもの「問い」を投げかけている。音楽の源泉とは何なのか。身体なのか。機械なのか。それとも意識か。自然現象なのか。それとも、それらが触れ合う瞬間なのか。このアルバムは答えを与えない。ただ、音が生まれる場所へと、聴き手をゆっくりと導いていく。そこではすべての「音」がまだ形になる前の、かすかな震えがアルバム。まるで世界が最初に呼吸を始めたときのように。

RPR Soundsystem with Dreamrec - ele-king

 きっと桜が満開のころでしょう。来たる3月28日(土)、ミニマル・アンダーグラウンド・シーンの雄、ルーマニアのRPRサウンドシステムが2年ぶりにリキッドルームにやってきます。前回同様、オフィシャルVJのドリームレックも出演。独特のサウンドとヴィジュアルがおりなす異空間をふたたび体験できる、これは絶好のチャンスです。至福の一夜をぜひ、あなたも。

RPR SOUNDSYSTEM with Dreamrec VJ @LIQUIDROOM

2026年3月28日 (土) 23:30 OPEN/START

LIQUIDROOM 03-5464-0800
http://www.liquidroom.net

■出演者
― 1F LIQUIDROOM ―
RPR SOUNDSYSTEM (Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh / [a:rpia:r])
Dreamrec VJ

― 2F LIQUID LOFT ―
Satoshi Otsuki (Time Hole)
PI-GE (TRESVIBES)
P-YAN (A.S.F.RECS)

Total Information:
https://linktr.ee/rpr2026tokyo

Produced by Beat In Me


■料金
▼早割 - Early Bird (SOLD OUT)
5,500yen (50 Limited)

▼前売 - Standard Advance / STAGE 1 (SOLD OUT)
6,500yen

▼前売 - Standard Advance / STAGE 2
7,500yen
1/21(水) 00:00~3/27(金) 23:59

▼グループ割 - GROUP TICKET(4p)
28,000yen (Limited)
1/21(水) 00:00~3/27(金) 23:59

▼U-23
5,000yen (50 Limited)

▼当日 - Door
8,500yen

■TICKET
ZAIKO (Early Bird・STAGE 1・STAGE 2・GROUP TICKET・U-23)
RA (STAGE 2)
e-plus (STAGE 2)

■注意事項
※チケットは全て電子チケットとします。入場の際はQRコードを読み取りいたします。
※23歳以下割/U23チケットの購入の間違いにお気をつけください。当日に身分証明書をご提示いただき、23歳以下であることを確認させていただきます。24歳以上の方は、U23チケットをご購入いただいても当日のエントランスにて差額分をお支払いいただきますのでご了承ください。
※本公演は深夜公演につき20歳未満の方のご入場はお断り致します。
本人及び年齢確認のため、ご入場時に顔写真付きの身分証明書(免許書/パスポート/住民基本台帳カード/マイナンバーカード/在留カード/特別永住者証明書/社員証/学生証)をご提示いただきます。ご提示いただけない場合はいかなる理由でもご入場いただけませんのであらかじめご了承ください。
(You must be 20 and over with photo ID.)

■BIOGRAPHY

ー RPR SOUNDSYSTEM (Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh) ー
世界のアンダーグラウンドミュージックを席巻するルーマニアン・シーンのトップ、Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh。
現行のワールドシーンにおけるキングの一人として全世界に君臨し、ルーマニアシーンの事実上のボスであるRhadoo、卓越したプレイはもとよりその生み出される作品群が世界最高レベルのクオリティーの評価を獲得している唯一無二のアーティストPetre Inspirescu、3人の中でも特にメジャーシーンにおいても抜群の名声を確立しているRareshの3人による、最重要レーベル・そしてアーティスト集団がこの [a:rpia:r] (アーピアー)である。
そして、その3人による別名義のスペシャルユニット『RPR SOUNDSYSTEM』の名で出演するイベントは、バルセロナ『OFF SONAR Festival』やロンドンの名門クラブ『Fabric』などと言った、世界でも彼らにより選ばれたトップイベント・フェスのみとされ、年にごく数回しか実現する事はない。東京LIQUIDROOMのパーティーは、その選ばれた数少ない中の一つである。

ー Dreamrec VJ ー
新しい未知の世界を創造し、常に自然に回帰することが、Silviu Vișan (通称:Dreamrec) の芸術的アプローチを形成する大いなる源である。遊園地向けにオーバーサイズのおもちゃを製作していた父親のもとで育ったことは、没入型環境の感情的な経験と、様々な場所を何かエキサイティングなものへと変える秘密を学ぶのに最適な文脈となった。

Dreamrecはビデオフィードバックと最新のソフトウェアのレイヤーをツールとして使用し、コンピュータが予測不可能な状態になり出力がパレイドリア(錯覚)の流動的なストリームになる異常な時間と空間を探求している。これらの手法を用いて、彼は国際的なフェスティバル、クラブ、アートスペースで独自の視覚的美学を表現している:没入型で、うっとりさせるような、まるで訪れた者が物理的に別の次元に足を踏み入れたかのような。

ビデオパフォーマンス・大規模なマッピング :
V&A Museum (ロンドン)、Biennial of Young artists (ブカレスト)、Decenter Armory at Abrons Arts Center (ニューヨーク) など

アート&ミュージックフェスティバル・クラブ :
Rokolectiv Festival (ブカレスト)、TodaysArt Festival Hague (オランダ)、ICAS Suite by Club Transmediale (ベルリン)、Periferias Festival (スペイン)、Simultan Festival (ルーマニア)、EasternDaze Night (スロバキア)、Crack Festival (ローマ)、Insomnia Festival (ノルウェー)、Arma17 (モスクワ)、Liquidroom (東京)、Fabric (ロンドン) など

また、RPR Soundsystem ([a:rpia:r]) やRochite、Sillyconductor (実験音楽家)との長期にわたるコラボレーションが挙げられる。

Yoshinori Sunahara - ele-king

 ミックスCDからインスパイアされた74分という時間でなされる表現、LIQUIDROOMのKATAが新たにはじめたライヴDJセット・シリーズ〈I’m Not Just a DJ〉、第二回開催のお知らせです。4月24日(金)、今回のDJは砂原良徳。近年はTESTSETの一員として、そしてマスタリング・エンジニアとしても活躍する彼が、74分という時間のなかでどのようなセットを披露してくれるのか。楽しみにしていよう。

liquidroom presents
I’m Not Just a DJ featuring Yoshinori Sunahara(TESTSET)

2026年4月24日(金)
OPEN19:00 / START20:00 (Warm up 20:00 Set Time 20:30-21:44)

一般(100 limited tickets):¥4,000(+1D)
U-25(100 limited tickets):¥2,500(+1D)

2026年3月14日10 :00 〜2026年4月23日23 :59
https://liquidroom.zaiko.io/e/notjustdj20260424

KATA:03-5464-0800 / https://kata-gallery.net

interview with Flying Lotus - ele-king

 布石はあった。前回のEP「Spirit Box」(2024)の1曲目はハウスだった。さらに同作でフライング・ロータスはみずからのヴォーカルを披露してもいた。これはきっと近年、なにかしら意識の変容があったにちがいない──。先週リリースされたばかりの新作EPは、そんな変わりゆく彼の現在形をみごと映しだしている。「Big Mama」はヒップホップの文脈でもジャズのそれでもなく、一気にエレクトロニック・ミュージックの文脈に振りきれた内容に仕上がっているのだ。

 2枚目『Los Angeles』(2008)で時代の寵児となって以降、エレクトロニカ、ヒップホップ、ジャズ、そのいずれの枠にも収まらないことにより因習を打破してきた彼は、5枚目『You’re Dead!』(2014)まではコンスタントに、2年おきにアルバムを発表してきた。そんな彼が5年もの歳月をかけて送り出したのが6枚目にして現時点での最新オリジナル・アルバム『Flamagra』(2019)だったわけだけれど、フライング・ロータスというプロジェクトの集大成のごとき同作からも、すでに7年近い月日が過ぎ去っている。
 むろん『Flamagra』以後、音楽活動を控えていたわけではない。映画の分野に活路を見いだしたスティーヴン・エリスンは、それと連動するかのように『Yasuke』(2021)、『Ozzy's Dungeon』(2022)、『Ash』(2025)と、いくつものサウンドトラックを手がけている。とはいえやはり、正直に告白するなら、勘ぐらずにはいられなかった。超大御所のハービー・ハンコックや当時すでに「時の人」だったケンドリック・ラマーらを招き、唯一無二のジャズを発明してみせた『You’re Dead!』のあと、なにかしら転機のようなものが訪れていたのではないか、と。たとえば「もうやれることはやりきった」というような──
 そんなこちらの勝手な憶測を覆しにきたのが「Spirit Box」であり、今回の新作EPだ。つぎつぎとめまぐるしく展開していく「Big Mama」は、ジャングルを崩したようなビートの曲でもって幕を開ける。ヒップホップの要素は薄い。ジャズの因子は、消失しているとまではいえない。たとえば “Captain Kernel” の旋律はまるでサンダーキャットが演奏しているかのようで、このフュージョン感は “Brobobasher” や “Pink Dream” でも味わうことができる。
 もっとも注目すべきはチップチューンの導入だろう。“Antelope Onigiri” を筆頭に、 “In The Forest - Day” や “Horse Nuke”、最後の “Pink Dream” まで、ヴィデオ・ゲーム・ミュージックからの影響こそが「Big Mama」に大いなる個性を与えている。もちろん、これまでの作品でもそうした断片が散りばめられることはあった。ただ今回は、あのなつかしい響きがとびきり耳に残るのだ。かくしてレトロの切れはしをまったくレトロではないスタイルでもって有効活用することにより、フライング・ロータスはいま、ひとりのエレクトロニック・ミュージシャンとして自身の殻を破ろうと奮闘している。

いまはあらゆるものがアルゴリズムで動いているような世界だよね。すべてが理屈どおりに整っていて、意味が通るようにつくられている。だからこそ俺は、もっと生き生きとして、カオスで、本物だと感じられるものをつくりたかったんだ。

まずは最近のあなたの動向をおさらいしておきたいです。近年で大きかったのはやはり、2025年に公開された映画『アッシュ ~孤独の惑星~(原題:Ash)』の、監督と音楽を担当したことでしょうか。それはあなたのキャリアにおいて、どのような未知の体験をもたらしましたか?

FL:ほんとうにたくさんのことをもたらしてくれたよ。キャリアという意味だけでなく、人生そのものに、たくさんの未知のことや予想もしなかった出来事をもたらしてくれたんだ。あの映画は、ある意味では自分の存在の進む方向を変えてしまったとも言えるような作品だった。この経験からほんとうに多くのことを学んだし、とても豊かなものを得ることができたんだ。あの映画をつくれたということ自体が夢の実現だったからね。正直なところ、あのレヴェルで作品づくりができるというのは、ほんとうに特別な体験だったよ。あんな経験はほかにはないね。だから、関わってくれたみんなと一緒に仕事ができるということを、心から楽しんだ感じだった。それにそういう経験こそ、ずっと望んできたことだったんだ。子どものころに『ジュラシック・パーク』を観て以来、ずっと映画をつくりたい、SF作品をつくりたいと思っていたから。だから、ほんとうに多くのことを学んだし、自分の能力に対する自信も大きくなった。音楽で培ってきたスキルにも頼らなければならなかったし、映画制作のスキルにも頼る必要があったからね。これまで人生のなかで学んできたすべてを映画制作に応用しなければならなかったんだ。それは、創造的な意味でも本当に大きな報酬をもたらしてくれる、非常に充実した経験だったね。

サウンドトラックといえば、あなたは以前『Yasuke -ヤスケ-』(2021)の音楽を手がけてもいます。『Yasuke』にはヒップホップも含まれていましたが、それと聴き比べると『Ash』のほうは宇宙の無重力状態を想起させるような曲、アンビエント寄りの曲など、これまであまり見せてこなかったスタイルの曲が多いです。そのちがいは、映画の内容のちがいだけに起因していますか?

FL:映画音楽について言えば、映画に対して「音楽はこうあるべきだ」と押しつけてしまうのは間違いだと思うんだ。むしろ大事なのは、その映画がなにを見せようとしているのか、どんな作品なのかをよく「聴く」ことだと思う。それに応えるかたちで音楽をつくる。多くの場合はそうだと思うよ。もちろん、もっと優れた監督なら、物事をよりうまく導くことができるのかもしれない。でも俺の場合、プロセスを信じるようにしているんだ。編集作業がはじまると、いろいろなものが少しずつ姿を現してくる。テンポやリズムも見えてくるし、合うと思っていた音がじつはちがったとか、この音こそがこの映画の音だとか、そういうことがわかってくるんだ。つまりその映画がもっている感覚に対して反応していく、という感じだね。

通訳:『アッシュ ~孤独の惑星~』にかんしては、映画の撮影に入るまえに音楽は書きあげていたんですか?

FL:いい質問だね。じつは撮影をはじめるまえにかなり多くの音楽を録音していたんだ。でも、そのほとんどはうまく機能しなかった。おそらく1曲か、せいぜい2曲くらいは使えたかもしれないけれど、俺がその映画のためにつくった曲の多くは、結局使えなかったんだよね。というのも、最終的に自分がつくった映画は、音の方向性がまったくちがうものになっていたから。だから、ほとんど一からやりなおすような感じになってしまった。でも、それもすごくいい経験だったしとても楽しかった。ああしたことを学べたという意味でも、ほんとうにすばらしい経験だったね。

ひとつ前のEP「Spirit Box」(2025)では “Ajhussi” で大胆にハウスに挑戦しており、驚かされました。同EPではヴォーカルにも挑戦していましたね。当時、なにか心境なり環境なりに変化があったのでしょうか?

FL:パンデミックのあいだに、ハウスっぽい曲やダンス寄りの曲をたくさん書くようになったんだよね。踊りたかったから(笑)。どこにも出かけられなかったし、外に遊びに行くこともできなかった。だから、自分が踊りたいと思える音楽を自分でつくるしかなかったんだ。それが、そういう方向で曲を録音していく流れにつながったんだろうね。とはいえ、じつは昔からそういうサウンドはやっていたし、ハウスっぽい曲やファンクっぽい曲はずっとつくっていて、ストックのなかにしまっていた感じなんだ。それを前面に出すことはあまりしてこなかったけれど。でもあのプロジェクトでは、もっとグルーヴがあって、楽しくて、踊れるものをやりたいと思ってたんだよね。

今回、新作の「BIG MAMA」を〈Warp〉からではなく自身の〈Brainfeeder〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

FL:その決断の理由はほんとうにシンプルで、〈Warp〉との契約期間がちょうど終わったことが大きかったんだ。契約を更新して新しい形でつづけることもできたし、あるいは自分の道を進むこともできた。そういうタイミングだったんだ。それに、〈Brainfeeder〉ではとてもいい環境を築いてきていると感じていたから、ここで試してみたいと思った。いまのところはすごく順調だね。もともと、ここにいるみんなとはすでに一緒に仕事をしてきたけれど、いまはより密接に関わりながら進めているよ。これからの時間を最大限に活かそうとしているところだし、将来的にはまた〈Warp〉と一緒に作品をつくれたらいいな、とも思っているんだ。彼らのことはほんとうに大好きだし、一緒に仕事をした経験もすばらしかった。これまでにもいい作品をたくさんつくってきたからね。だから、またいつかなにかいっしょにできたらいいな、と思っているよ。でも、いまはまず〈Brainfeeder〉でやっていきたいという感じだね。

通訳:なぜ〈Warp〉との契約更新ではなく、〈Brainfeeder〉での活動を選んだのでしょう? これまで長いあいだ〈Brainfeeder〉を運営してきたのに、なぜいま〈Brainfeeder〉から作品を出そうと決めたんでしょうか。

FL:そうなんだよね。これは、〈Warp〉との契約上の問題が大きくて。〈Warp〉との契約では、他のレーベルでちがうことをやることができなかったし、再契約することで〈Warp〉では、いままで自分がやってきたようなことができなくなってしまう可能性があったから。

通訳:では、ある意味作品の性質上〈Brainfeeder〉を選んだ、というより、もっとプラクティカルな都合上という感じだったんでしょうか。

FL:そのとおりだよ。音楽性の問題というよりも、契約上の問題にすぎないという感じだよ。

通訳:将来的には〈Brainfeeder〉と〈Warp〉から、ちがったタイプの音楽やプロジェクトをリリースする可能性もありそうですかね?

FL:そうなったらいいと思うけどね。まあ、なりゆき次第かな。

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俺の強みは、一瞬のビートだけではなくて、作品全体の絵をつくることなんだ。

今回、ヒップホップにもわかりやすいジャズにも頼らなかったのはなぜですか?

FL:俺は、この作品にもジャズの要素はあると思っているけれどね。いわゆるトラディショナルなジャズというわけではないけれど、演奏やソロの部分にジャズ的な要素がたくさん入っていると思う。俺にとっては、むしろほかのなによりもジャズに近い感覚だね。というのも、多くのパートがインプロヴィゼイションの精神でつくられていて、あまり考えすぎず、音楽が生き生きとしているように感じられるものにしようと考えていたからなんだ。そういう意味では、これまで以上にジャズ的だと思っているよ。ヒップホップの要素は、たしかに少し控えめかもしれないね。でもそれは単純に、自分にしかつくれないものをつくりたいと思ったからなんだ。このプロジェクトで俺がやったことは、ほかのだれにも真似できないんじゃないかという感覚もあるし、それをとても誇りに思っているよ。すごく独自性の強い作品になったと思う。よくも悪くも、という感じだけれどね(笑)。

今回、全体的にチップチューン的なサウンドが耳に残りました。ひさびさにあなたのヴィデオ・ゲーム・ミュージック愛が濃く出た作品なのではないかと感じましたが、ご自身ではどう思いますか?

FL:ほんとうに? それは嬉しいなぁ。俺の好きなサウンドだから。

通訳:そういうサウンドはあえて入れたのですか?

FL:そうだね。意図的に入れたんだ。俺はヴィデオ・ゲームとゲーム音楽が大好きだから。人生のなかでも大きなインスピレイションになってきたんだ。だから、この作品のなかにもそうした要素は確実に織り込まれているよ。それに加えて、聴いたときにノスタルジーを感じられるようなものにもしたかった。遊んでいたころのことを思いだしたり、子どものころの感覚を思いだしたりするような。そういう気持ちにさせてくれるものにしたかったんだ。だからこの作品は、どこか子どもっぽさがあって、純粋に楽しいと感じられるような音楽にしたいと思っていたんだよ。

あなたは以前、ハービー・ハンコックというレジェンドとコラボレイトしています。また、LAのシーンないし〈Brainfeeder〉周辺では、サンダーキャットやルイス・コールなど一流の技術をもった楽器演奏者が活躍しています。今回、打ち込みにこだわったのは、そうしたプレイヤーたちの活躍を意識して、あえて逆を狙ったのでしょうか?

FL:このEPにも、すばらしいキーボード演奏がたくさん入っているよ。もしかするとわかりにくいかもしれないけれど、ほんとうにすごい演奏がいろいろと使われているんだ。つまり、この作品にもかなりしっかりした楽器演奏が入っているんだよね。ただ、この作品はそれ自体で独自のものをもっている。とてもテクニカルな感触もあるし、同時にすごくジャズ的でもある。演奏のニュアンスというか、音をきちんと聴けば「うわ、すごいな」と感じるようなものなんだ。演奏がわかるひとなら聴いたときに、「なるほど、これはすごい」と思うはずだよ。俺にとっては、この作品はまさに自分が夢中になって楽しめるタイプのものなんだよね。今回のプロジェクト全体が、そういう意味あいをもっていた。自分にとって技術的な挑戦と言えるようなものをつくりたかったし、電子音楽でありながら、生きている感じや即興性を持ったものにしたかったんだ。いまはあらゆるものがアルゴリズムで動いているような世界だよね。すべてが理屈どおりに整っていて、意味が通るようにつくられている。だからこそ俺は、もっと生き生きとして、カオスで、本物だと感じられるものをつくりたかったんだ。

通訳:インプロヴィゼーション・プログラミング・ミュージックとも言える新境地を開拓したという感じですね。

FL:まさにそのとおりだよ。それと、どちらかというと意識の自然な流れをキャプチャしたような感覚だね。

4月には〈Brainfeeder〉からサンダーキャットのひさしぶりのアルバム『Distracted』が出ますね。あなたも参加しています。あなたは長いこと彼を間近で見てきたわけですが、彼の最新アルバムはあなたからするとどのような作品に仕上がっていますか?

FL:いい質問だね。そうだね、なかなか興味深い作品だと思うよ。彼はいま、すごく面白い地点にいると思うんだ。新しいアルバムが出るまでにかなり時間が経っているし、この数年で彼自身もひととして大きく変わってきたから。そうした変化は、きっと音楽にも反映されていると思う。だから、みんながこの作品をどう受けとめるのか、とても楽しみだよ。すごく興味深いアルバムなんだ。きっと、もう少し具体的な話……いわゆるネタバレみたいなことを期待しているのかもしれないけれど、それは言わないでおくよ(笑)。ただ、とても面白い作品だし、これまでの彼の音楽に慣れ親しんでいるひとにとっては、少しちがったものに感じられる、とだけ言っておこうかな(笑)。

『ガーディアン』のインタヴューで「 “ロウファイ・ビーツ” はスターバックスの音楽のようになっている」「以前やっていないことにトライしなければならない」と語っていました。新作の「BIG MAMA」を自分で採点するとしたら、満足度はどれくらいですか?

FL:どう評価するか、ってこと? そうだな……かなりすばらしい作品だと思うな。じつは、今日も聴いてみたんだけど、面白いことに2年前につくった作品なのにまったく飽きないタイプのプロジェクトなんだよね。自分がこの作品でやったことにはとても満足しているし、いま聴いてもまだまだ挑戦的に感じられるんだ。聴きながら、自分はこれをどうやってつくったんだろう? って思ってしまうくらい。どうしてこんなことができたんだ? ってね。そういうふうに感じられることは、とてもいいことだと思うよ。

文章力を高めたいね。もっといい歌詞を書けるようになりたいし、本やいろいろな文章も書けるようになりたいから。そういう部分をもっと伸ばしていきたいね。いずれは回想録を書きたいとも思っているよ。

今回の制作方法は、これまでとどうちがっていたのでしょうか。

FL:だいたい2か月くらいを費やしたね。かなり集中してとりくんだんだ。最初の1か月は、とにかく音を録音することに費やした。すべてのサウンドについて意識的に選びながら、自分で録音した特定の音だけを使うようにしていたね。それから残りの1か月で、そういうものをまとめてかたちにしていった。つまり曲そのものよりも「音」に焦点を当てるプロセスだったんだ。パターンや構成よりも、まずはサウンドに集中するという感じだね。俺にとっては、これまでとは少しちがう制作のやり方だった。特別に大袈裟なことをしたわけではないけれど、アプローチとしてはこれまでとちがっていた、という感じだよ。

「BIG MAMA」は一見、反復するダンス・ビート集のようにも聞こえますが、じつはどの曲もすぐにどんどん展開していきますよね。7曲すべてがつながってもいます。

FL:うーん、その評価はちょっと不公平な気がするね。この作品にはループは使っていないし、おなじことを繰り返している部分もないから。そう聞こえるかもしれないけれど、じっさいには繰り返している部分はないんだ。すべての小節ごとになにか新しい要素が入っていたり、なにかしら変化が起きたりしているんだよね。

通訳:じつはどんどん展開していく、というふうにきちんと理解できていると思います。質問の仕方がよくなかったですね。このEPは7つのトラックに分けて収録されていますが、最後に全体を繋げた1曲にミックスされたものも収録されていて、7曲すべてがつながってもいますよね。

FL:もともとは、すべてをひとつの作品としてつくりたいと思っていたんだ。ひと続きのひとつの曲として成立するようなかたちにしたくてね。でも、いま自分たちが生きている音楽の環境も理解していて。15分もある曲を聴きたいと思うひとは、あまり多くないよね。だから、ストリーミング・サーヴィスのことなんかも考えて、いくつかのトラックに分けるかたちにしたんだ。

通訳:商業的な理由もあったんですね。

FL:そうだね。それに、よく考えてみると両方のいいとこどりをできるかたちでもあるんだよね。トラックごとに分かれているかたちでも聴けるし、ひとつの長い流れとして楽しむこともできる。だから結果的にはみんなにとっていいかたちになっていると思うよ。

通訳:リスナーに選択肢の幅を持たせるのは面白いですね。

もし本EPのリミックス12インチを出すとしたら、だれに頼みたいですか?

FL:いい質問だね。でも、そうだな……ちょっと考えて、あとで答えてもいい?

通訳:OKです。あとでまたお訊きしますね。では、次の質問に進みます。

ふだん日常で聴いている音楽のなかで、仕事とはべつに、いま個人的に夢中になっている音楽はなんですか?

FL:最近はドラムンベースやジャングルをよく聴いているね。シング(Thing)っていう若いアーティストも聴いているし、ブラック・オディシー(BLK Odyssey)もよく聴いているよ。ロッチェル・ジョーダン(Rochelle Jordan)の新しいアルバムも聴いている。それからマシンドラム(Machinedrum)の新しい曲もよく聴いているし、ほんとうにいろいろ聴いている感じだね。あと、長谷川白紙も最近よく聴いているよ。ちょうど〈Brainfeeder〉に新しいアルバムを提供してくれたところだから、それもみんなで聴いているところなんだ。

今年はあなたのファースト・アルバム『1983』の20周年です。この20年で、あなたにとってもっとも大きな転機となった出来事はなんでしたか?

FL:どこが転機だったのかは、自分ではわからないな。というか、いまでもまだ転回しつづけている感じだしね(笑)。うまく言えないけれど……どう答えていいのか正直わからないけど、特定の転機があったという感覚はあまりなくて、ずっと変化しつづけているし、つねに成長しているという感じなんだ。だから、この質問をしたジャーナリストからみて、「ここが転機だったんじゃないか」と思うところをむしろ教えて欲しいかな(笑)。

2023年にはラッパーのスモーク・デザ(Smoke DZA)とEP「Flying Objects」を送りだしていますよね。1枚丸ごとラッパーと組むのは珍しいと思いますが、同作の経験はあなたになにを与えましたか?

FL:じつは、ああいうかたちのプロジェクトをもっとやりたいと思っているんだよね。正直なところ、最終的にはラッパー次第だったりするんだけど。俺はここにいるし、いつでもやる準備はできている。彼がそれを望んだから、今回はそういうかたちになった、という感じだよ。もちろん、そういう仕事は喜んでやるけれど、できればひとつのプロジェクトについて、自分が唯一のプロデューサーとして関わるかたちがいいね。そこが自分の強みだと思っているから。俺の強みは、一瞬のビートだけではなくて、作品全体の絵をつくることなんだ。だから、いつかだれかとそういうかたちでしっかり組んで作品をつくれたらいいな、と思っているよ。きっとすばらしいものになると思う。

好きなハウスのプロデューサーがいたら教えてください。

FL:そうだな……特定の好きなハウス・プロデューサーがいるかと訊かれると、ちょっと難しいな。レオン・ヴァインホール(Leon Vynehall)は好きだね。純粋なハウス・プロデューサーというわけではないけれど、彼の作品はすごく評価しているよ。ただ、いろんなひとがときどきいい曲を出していて、そういうひとたちを聴くことは多いね。でも、「いまいちばん好きなプロデューサーはだれ?」と問われると、あまりはっきりした答えはないかもしれないなぁ……あ、ひとりいた! セヴン・デイヴィス・ジュニア(Seven Davis Jr.)だ。彼はすごくいいね。

通訳:彼に「BIG MAMA」のリミックスをお願いしたかったりしますか?

FL:それだ! 完璧だね(笑)。

かつて〈Brainfeeder〉がフックアップしたイグルーゴースト(Iglooghost)は、いまや新世代のエレクトロニック・ミュージックの代表格ともいえる存在になっています。彼の活躍をどう受けとめていますか?

FL:すごく嬉しいよ。最初から彼がすばらしいアーティストだということはわかっていたからね。これからも彼が自分のやりたいことをつづけていってくれたらいいなと思っているよ。とてもすばらしいことだと思う。

通訳:新世代のエレクトロニック・ミュージックについてはどんな感想を持っていますか?

FL:いいと思うよ。すばらしいことだと思う。みんなにとっていいことだと思うから。正直、あまり難しく考えることはないけれど……ほかになんと言えばいいかな。とにかくすばらしいことだし、このままつづけていってほしいね。みんなが成長しつづけて、挑戦しつづけていければいいと思う。

音楽家としてはもちろん、あなたはすでに映画作家としても道を歩みはじめています。あなたはいろんなことに関心があるのだと思いますが、これまでまだ手をつけていない分野で、将来あなたがやってみたいことはなんですか?

FL:とくに新しい分野に挑戦したいというよりは、まずは「書くこと」をもっと上達させたいと思っているんだ。文学的な意味での文章力を高めたいね。というのも、もっといい歌詞を書けるようになりたいし、本やいろいろな文章も書けるようになりたいから。そういう部分をもっと伸ばしていきたいね。それから、いずれは回想録を書きたいとも思っているよ。自分ひとりでというより、だれかといっしょにとりくめたらいいね。これまでの人生はかなり特別なものだったと思うし、できればなにも忘れることなく残しておきたいんだ。それに加えて、ちょっとしたフィクションの物語もいくつか書いたりしているから、そういうものにもとりくんでいきたいね。

通訳:ご自身が書いたフィクションの作品をベースにした映画の制作なども今後やっていく可能性はありますか?

FL:ぜひやりたいね。じつは、書く力を伸ばしたいと思っている理由のひとつでもあるんだよ。もっといい脚本家になりたいんだ。長編映画や短編映画の脚本を書けるようになりたいと思っているよ。

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