「Noton」と一致するもの

Dean Blunt - ele-king

 年末年始は、妻子が実家へとさっさと帰るので、ひとりでいる時間が多く持てることが嬉しい。本当は、ひとりでいる時間を幸せに感じるなんてこと自体が幸せで贅沢なことなのだろう。そんなことを思ってはいけないのかもしれないが、年末年始、僕は刹那的なその幸せを満喫したいと思って、実際にそうした。
 たいしたことをするわけではない。ひたすら、自分が好きなレコードやCDを聴いているだけ。聴き忘れていた音楽を聴いたり、妻子がいたら聴かないような音楽を楽しんだり、しばらく聴いていなかった音楽を久しぶりに聴くと自分がどう感じるのかを試したり。もちろん片手にはビール。お腹がすいたら料理したり。たまにベランダに出たり。たまに読書をしたり。たまにネットを見たり。寝る時間も惜しんでひとりの時間を満喫した。
 そんな風に、ひたすら音楽を聴いているなかで、僕はディーン・ブランドの新作を気に入ってしまった。
 最初に聴いたときは、このところの彼のソロ作品の「歌モノ」路線だなぁぐらいにしか思わなかったのだけれど、家の再生装置のスピーカーでしっかり聴いていると、正直な話、この作品を年間ベストに入れなかったことを悔やむほど良いと思った。僕には、ハイプ・ウィリアムス時代の衝撃が邪魔したとしか言いようがない。

 たしかに、『ブラック・メタル』という(北欧のカルト的ジャンルとは無関係。むしろ人種的ジョークさえ含むかのような、深読みのできる)作品タイトルも、真っ黒なスリーヴケースも、そして、意味ありげで意味がない曲名も、ディーン・ブランドの調子外れの歌も、まあ面白いのだが、ハイプ・ウィリアムス時代から聴いているリスナーにとっては相変わらずといえば相変わらずで、「ああー、いつものディーン・ブランドだなー」で済んでしまう話だ。実際、僕もそう済ませていたきらいがある。

 ところが、年末年始のひとりの時間のなかで『ブラック・メタル』をじっくり聴いたときには、何か特別な作品に思えた。家にある、いろいろなジャンルの音楽を聴いているなかで再生したのが良かったのだろう。松山晋也さんが『ミュージック・マガジン』でこの作品を個人のベスト・ワンにしていた理由も、僕なりに納得できた。これは……言うなれば、セルジュ・ゲンズブールなのだ。もしくは、(他から盗用した)おおよそ全体にわたるギター・サウンドの暗い透明感からしてドゥルッティ・コラム的とも言える。


 
 これだけ世の中でEDMが流行れば、その対岸にある文化も顕在化するはずだ。ヒューマン・リーグがヒットした反対側ではネオアコが生まれ、ユーロビートが売れた時代にマンチェスター・ブームがあったように。
 ディーン・ブランドがこのアルバムの前半で、ギター・サウンドにこだわり、パステルズをサンプリングしていることも、そうした時代の風向きとあながち無関係ではないだろう。夕焼けを見ながら『ブラック・メタル』を聴いていると、えも言われぬ哀愁を感じる。ディーン・ブランドのくたびれた歌声と女声ヴォーカルとの掛け合いは、僕のブルーな気持ちをずいぶん和らげてくれる。ハイプ・ウィリアムスという先入観なしで聴くべきだった。
 とはいえ、ムーディーなまま終わるわけではない。『ブラック・メタル』は後半からじょじょに姿を変えていく。ダブがあり、ノイジーなビートがあり、最後のほうには最高のテクノ・ダンストラックも収録されている。


Various Artists - ele-king

 古事記や日本書紀の神話に猿田彦という神様が出てくる。ニニギの命が天から地上に降り立ったとき登場する鼻の長い神様で、道案内役をつとめたことから、道開きの神様と呼ばれている。天狗や道祖神のルーツとされることもある。
 キューバにもこの猿田彦に似ていなくもないアフリカ伝来の道の神様がいて、エレグアという。この神様は十字路に出没して進路や運命を司り、神々と人間を仲介するメッセンジャーの役を果たす。ブルースマンのロバート・ジョンソンが十字路で悪魔と取引してギターの才能を手に入れたという伝説も、そのヴァリエイションと言えなくはない。キューバのアフリカ系民間信仰サンテリアの儀式では、神様たちに音楽を奉納するが、儀式の最初と最後はエレグアに捧げる打楽器の演奏と歌だ。
 このアルバムが“エレグア”からはじまるのは、キューバ音楽のルーツのひとつとしてサンテリアなどのアフリカ伝来のリズムがあることをふまえているからだろう。 オランダのDJによるこの曲のリズム・トラックはアンビエント的なサウンドに打楽器が加わるもので、細部まではわからないが、打楽器の部分は、サンテリアの儀式の演奏を引用、あるいは参照しているのだろう。
 一方、歌で参加しているセスト・センティドはキューバでは中堅の都会派女性ポップ・コーラス・グループで、この曲でもサンテリアの歌をうたっているわけではない。前半と後半の2種類のコーラスも途中のブリッジの部分も、キューバン・ポップ的。曲全体としてはハイブリッドな組み合わせだ。
 サンテリア関係では、5曲目の“イェマヤ”も海の神様の名前。ラップとも語りともつかない男声とメロディアスな女声の歌が入るが、どちらもスペイン語ではないから、これはサンテリアの儀式の言葉が流用されているのだろう。しかしハンガリーのDJによるトラックは、ラテン・ソウルからサルサに変わっていくような曲調で、途中ではブラスがジェイムス・ブラウン/フェラ・クティ系のリズムを刻む。“エレグア”と歌・演奏の立場が逆だが、曲の構造がハイブリッドであることに変わりはない。
 他の曲も、ラップの入る曲、サルサぽい曲、バラードなど、曲調はいろいろだが、多かれ少なかれこうしたハイブリッド感覚で作られている。クラブ系の音楽が好きな人には、アンビエント的なダンス・ミュージックにキューバの歌やリズムを上モノとしてのせたアルバムに聞こえるだろう。キューバ人が聞けば、猿田彦+ハウスのような、突飛に思えるイメージの組み合わせがあるかもしれないが。
 ラム酒のハバナ・クラブに依頼されてジャイルス・ピーターソンがキューバのシリーズをはじめたときは、彼の趣味を反映してラテン・ジャズ色が強かったが、比較的無名のDJたちを起用した今回はもっともクラブ・ミュージック寄りで、しかもキューバ 音楽の知識が増えたことを感じさせる。どの曲もストリート系のワイルドなサウンドでなく、音楽的になめらかな仕上りなのは、やはりジャイルスの趣味なのだろう。

Melodía - ele-king

 この季節、なんだかんだと飲み続けてしまい、けっこうそれもがっつりと飲んでしまい、50歳を越えた身体にはさすがにこたえる。今日は休もう今日は休もうと思いながら……もはや自分との戦いだ。
 さて、ele-kingは、こうして2014年も人と共有したい盤を何枚も発見し、平日のほぼ毎日1枚以上のアルバムを紹介し続けてきたわけだが、今年最後のレヴューを飾るのに相応しい作品が本作である(Mr.Mitchのアルバムについて書きたい誘惑を抑えながら)。のんびりと過ごしたいときこの音楽は本当に重宝する。

 これは伊達伯欣とアルゼンチンのフェデリコ・デュランドとのコラボレーション作品で、アルバムのタイトルは、スペイン語で『旅日記』。
 クラシックギターを演奏しているというよりも、ただ弦を爪弾いているだけの音が、演奏しているというよりも、ただ鍵盤を叩いているだけのピアノ音と絶妙に重なっていく。そして、フィールド・レコーディングの音が重なる。音はとことん隙間だらけで、年の瀬を迎えるこの国の静けさと親和性が高い。
 伊達伯欣は、コーリー・フラーとのイルハでの作品畠山地平とのオピトープでの作品と、2014年の密かなる楽しみを提供……いや、それどころか、最近はele-kingの読者の健康を気遣うあまり、医学の連載コラムまではじめてくれている(本業は医者である)。
 
 繰り返そう。本作は、この季節にはぴったりの、静謐なアンビエント作品だ。
 ジャケに写っている洒落た部屋は、かつて彼らがライヴで呼ばれたベルギーの田舎のヒッピー夫婦の家だという話で、つまり、一般家庭の部屋のなかで人びとが集まって開かれたライヴ写真だそうだ。なんとも羨ましいくらいにのんびりした話だが、曲のレコーディングはツアー中のホテルの部屋であるとか、道中でおこなわれている。旅を続けているときには日々のルーティンから切り離された独特の解放感があって、信じられないほどに、すべてが愛おしく思えるものだ。電車に乗っているだけでもウキウキするし、歩いているだけでも幸せな気持ちになる。
 本作において伊達伯欣とフェデリコ・デュランドのアンビエントは、楽天的で、牧歌性をとことん極めている感がある。よく晴れた暖かい午後、窓を開けっ放しにしながら、うたた寝をする。浅い眠りのなか、遠くで、楽器の音が聞こえる。そんな安らぎに満ちた、とても美しいアルバムだ。
 

 リリース元である〈home normal〉は、埼玉在住の英国人が運営しているレーベル。他にもさまざまな国のクオリティの高いアンビエント作品をたくさん出しているので、レーベルのサイトをぜひチェックしてみましょう。新しい発見があるかもしれません。読者のみなさま、ライターのみなさま、ミュージシャンやレーベルやヴェニューやオーガナイザー、レコード店や書店のみなさま、チャートを送ってくれたDJのみなさま、1年間ありがとうございました。2015年もよろしくお願いします。よきお正月をお過ごし下さい。

interview with D/P/I - ele-king

 紙エレキング年末年始号のためにインタヴューを行ったD/P/Iことアレックス・グレイから、取材下後も、まだ話したいことがあると、校了後だというのに答えが届く、届く。サン・アロー、ダッピー・ガン、D/P/I、ジェネシス・フル……と、いま、何をやっても波に乗っているアレックス・グレイがインタヴューでもノリノリです。来年早々にはD/P/Iの新作も控えているそうです。というわけで、本誌をお読みになった方にP99からの「続編」をお届けいたしましょう。

いま、D/P/Iが共感するLAのミュージシャンは誰?

アレックス・グレイ(以下、AG):僕はつねに仲間や友人に押されている感じなんだ。最近、近所ではアーンヌー(Ahnnu)にとてもインスパイアされる。同様に長年の友人たちもね、ショーン・マッカンやマシュー・サリヴァン、キャメロン・スタローンズにジェフ・ウィッチャー。

最近は精力的にパフォーマンスをおこなっているようだけど、アレックスがD/P/Iのショウに求めるオーディエンスのリアクションは何?

AG:サン・アローとしてのツアーは定期的に同行していて、先日の南アメリカ・ツアーではD/P/Iのセットも披露したよ。だけどもD/P/Iだけのショウはそれほど多くおこなってはいない。リクエストに応じて、なおかつ意味があったものはね。
 D/P /Iのプロジェクトとしてのアイデアは既存のいわゆるDJとオーディエンスの関係性を破壊することなんだ。複雑なテクノロジーを用いた音 声信号処理によっ てサンプリングを削ったり、解体したり、アレンジを加えることで、そのサンプリングがもたらす心象映像が投影されるある種の“割れた鏡" のイメージを作ろうとしているんだ。バラバラになった欠片がひとつも欠けることなく、異なる順序や空間的前後関係によって再構築するんだ。その過程でダンス・ミュージックに 染み付いたありふれた拍もとりいれる。ライヴのセッティングにおいてこの挑戦はオーディエンスの心にDJやエンタータイナーとは何なのか疑問と再考慮を投げかけるんだ。社会や人生における“ありふれた"ものの根本に疑問を持ってくれれば幸いだけどね。それに対する君の肉体的な反応がどうなのかは知らないけどさ。

アレックスは過去のリリースや手掛けたレーベルのほとんどのヴィジュアル・ワークもおこなっているね。ヴィジュアル・アート ワークに対するこだわりがあれば教えて欲しいな。

AG:白地、アルバムの裏に潜んだアイデアの直接性と反射するイメージ。

表記においてDJパープル・イメージとD/P/Iの違いってあるの? または何で表記を変えたの?

AG:ないよ。単にその文字がもたらす感覚が、よりこのプロジェクトに合うと思ったんだよ。過去13年間も印刷物のデザインに携わってきたからd.p.iって言葉は僕の人生においてありふれたものだしね。

過去にもたくさんの名義で音楽活動をおこなってきたわけで、そのすべてをアレックス・グレーが手掛けてきたってことを知る人は少ないと思うんだ。それってある種のミステリアスなイメージ、もしくは自分自身を無個性な存在に仕立て上げる魂胆があったから?

AG:僕は自分自身をなにかの箱の中に収めたいと思ったことはない。そうすべきだとも感じていない。
 ジャズにおける異なるグループの美意識、異なる名義での多くのプロジェクトはいつだって僕をインスパイアしてきた。同様にアートは人びとが掘り下げる価値がある ものだと思うんだ。だから僕もみんなが収集したり、探検したり、発見できるような投げかけを試みているのかもしれないし、異なるプロジェクトに対して個人 的な繋がりを得たいのかもしれないね。


interview with Daniel Miller - ele-king

 年末年始のお年玉企画の第一弾は、UKの老舗のインディ・レーベル〈ミュート〉の創始者、ダニエル・ミラーのインタヴュー。2014年は、プラスティックマンアルカスワンズなどの話題作をリリースしている。ニュー・オーダーと契約を交わしたこともニュースになったが、2015年の春には待望の新作が控えているらしい。  〈ミュート〉は、80年代のUKポストパンク時代を代表するレーベルのひとつであり、いまだアクチュアルなポップ・センスを失わない数少ないベテラン・レーベルである。相変わらずノイズ/インダストリアルをわんさと出しながら、他方ではポップスにも力を入れて、しっかりビジネスをしているところもすごい。2014年の春、筆者はいかにも仕事ができそうな同レーベルの経営者のひとりにお会いしたのだが、そのときに真顔で、「いまは名前が言えないが、我がレーベルはついにとんでもない大物と契約した。楽しみに」と言われたので、それは誰だ? 誰のことだ? と思っていたら、スワンズだった。たしかにスワンズは「とんでもない大物」である。我々が見習うべきは、このぶれない愛情だろう。

クロックDVAと契約できたらいいね。実はアモン・デュールやノイ!のカタログもリリスしたかったんだけどできなかったんだ。いろいろとややこしくてね。とても出したかったんだけど。

初めてお会いできて本当に光栄です。

ダニエル・ミラー(以下、DM):ありがとう。こちらこそ光栄だよ。

先日あなたがニュー・オーダーと契約したニュースにもすごく驚きました。

DM:どうして彼らとの契約に驚いたの?

当時のポスト・パンクの時代、〈ミュート〉と〈ファクトリー〉はライバル・レーベルという印象を持っていました。〈ミュート〉にはデペッシュ・モードがいて、〈ファクトリー〉にはニュー・オーダーがいましたからね。

DM:いや、むしろ友だちであり同士みたいなものだよ。

初期の頃、〈ミュート〉はユーモアを大切にしていましたが、それに対して〈ファクトリー〉はもう少しシリアスなレーベルだったので。

DM:〈ファクトリー〉創設者のトニー・ウィルソン自身はかなりユーモアに溢れていた。僕の経験では、ユーモアのあるひとほどダークな音楽をやっている。当時、僕はジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーと交流があったわけではないから、彼らにユーモアがあったかどうかはわからないけど、〈ミュート〉もダークな音楽は出していたよ。

現在の〈ミュート〉にはニュー・オーダーやキャバレー・ヴォルテールもいるし、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンやスロッピング・グリッスルのカタログも持っています。80年代に重要だと思われていたエレクトロニック・ミュージックのほとんどのカタログが〈ミュート〉にはあるのではないでしょうか?

DM:ノイバウテンやスロッピング・グリッスルにしても当時は自主レーベルから出していた。だから〈ミュート〉から出せたことが嬉しいよ。バンドが解散したあとメンバーがもめていたんだけど、そういう困難を乗り越えて〈ミュート〉からのリリースが決まったから自分としても喜ばしかったね。

80年代に活躍したバンドで、〈ミュート〉が契約したいバンドはいますか? カタログを入手したいバンドでも結構です。

DM:クロックDVAができたらいいね。実は、これらはクラウトロックだけど、アモン・デュールやノイ!のカタログもリリスしたかったんだけどできなかった。いろいろとややこしくてね。とても出したかったんだけど。

あなたは、クオリティがが高いけど売れそうもない作品を出してしっかりビジネスにするところが、すごいなと思います。ご自身のビジネス・センスを客観的にどう思いますか?

DM:お金にならないものもあるよ(笑)。けれども売れるものあって、そのバランスが大事だと思う。様々なレーベルが世のなかにあるなかで〈ミュート〉が大事にしているのは独自の声と色がある音楽。他でやっていることをやっても意味がないと考えている。その指針となっているのは、ポップから実験的なものまで幅広い僕自身の音楽のテイストで、さっきも言ったバランスがやっぱり大事だよ。異なった音楽の共存が大事であって、それらの相乗効果が〈ミュート〉の生態系を作っている。

クロックDVAが売れると思いますか?

DM:それなりには売れると思うよ。ちゃんとリマスターをしてパッケージにもこだわってやれば、世界で1,000枚は売れるんじゃないかな。それだけ数字が出せればビジネスは成立する。カタログだとどのくらいの結果が出るのか先が読みやすいけど、難しいのは新人だよ。マーケティングで売り出すためにお金がかかるし、どういうひとが買うのかも考慮しなきゃいけないからね。

そういう意味ではもうすぐ発売されるアルカは〈ミュート〉らしいアーティストで、しかも、ポップにもアプローチできるアーティストだと思うんです。

DM:いま僕が言った意味でアルカはかなり〈ミュート〉らしい。ずば抜けてユニークだ。まだ非常に若く才能に溢れていて、ヴィジュアル面にもこだわっているしね。ライヴやアートワークにも力を入れているから、こちらとしてもやりがいを持っている。実は彼と契約するのに時間がかかったんだけど、リリースが決まって嬉しいし、ひととしても仕事がしやすいアーティストだよ。

アルカの音楽は新しい世代のエレクトロニック・ミュージックですが、彼のどこにあなたの世代にはない新しさや若さを感じますか?

DM:言葉で説明するは難しいね。音楽の構築が非常に独自で、いろんなジャンルの要素のミックスが見事だ。各楽曲から出ているムードや雰囲気がこれまでにないものになっている。サウンドそのもの組み立て方もユニークで、そういったものを総合的にみても、いままでにないオリジナリティに溢れた作品になんじゃないかな。

あなたは音楽シーンに30年以上携わっているわけですが、その間にエレクトロ・ミュージックはとても普及しました。ですが広く普及した反面、クオリティが下がったかもしれません。あなた個人はどうお考えですか?

DM:多くの点で評価しているよ。まず僕のなかで電子機材を自分の音楽で使うミュージシャンと、エレクトニック・ミュージックを作るミュージシャンは大きく違う。僕のエレクトロ・ミュージックの定義は電子機材を使って世界観を作り上げることだけど、いまとなってはコンピュータのなかにソフトがあって、そこからプリセットの音源を使って自分の音楽を作ることが一般化している。
 例えば、80年代にデペッシュ・モードとデュラン・デュランはライバル関係にあったけど、前者はエレクトロニック・ミュージックをやっていて、後者は電子音を自分の音楽に取り込んでいたバンドだった。これは音楽を作る上での哲学の違いでもあると思う。
 今日の制作現場では多くのひとたちがエレクトロニクスを使っている。なぜなら、それが安くて簡単だからだけど、僕はそれはそれでいいと思う。もちろんクオリティが低いものもあるけど、それはどのジャンルでも同じことだよね?
 数多く作り手の一握りから素晴らしい音楽が生まれてくる。エレクトロ・ミュージックの作り方が簡単になって、作り手が増えたことは肯定的に捉えているよ。その何万人のなかからポっと天才が現れるわけなんだけど、それがアルカだと思う。

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絶対的な自信があったのに、しかし売れなかたのは、レネゲイド・サウンドウェイヴだった。彼らはしょっちゅうケンカしていて、最終的にはメンバーの仲の悪さが原因で空中分解してしまった。バンドのポテンシャルはものすごかったんだよ。

あなたが昔やっていたザ・ノーマル名義の作品はリリースしないんですか?

DM:シンプルに答えよう。ノーだね(笑)。

(笑)でも当時はヒットしたし、グレイス・ジョーンズがカヴァーもしました。だから、あなたが音楽を続けなかった理由がいまひとつわからないんです。

DM:自分のことをミュージシャンやソングライターだとは思っていないんだ。自分はアイディアを出してそれを形にしただけであの作品はできた。曲を作るよりも、アーティストと仕事をしているほうが楽しかった。

シリコン・ティーンズも自分のなかで満足しているんですか

DM:シリコン・ティーンズはそれとはまた違って、たまたまの流れでできたもの。シンセを手に入れて曲を作っていたんだけど、それがすごく楽しかった。いろんな既存の曲のカヴァーを遊びでやっていて、そのうちのひとつが“メンフィス・テネシー”だったんだよ。それとは別に、当時の〈ラフ・トレード〉の店員と話していたときに、そのカヴァーの話になって聴かせてみたら、みんなが気に入ってくれてリリースしようという流れになった。だからザ・ノーマルとは違ったプロジェクトにしなきゃいけなかったから、コンセプトを考えてみた。それは近い将来に音楽をはじめるきっかけがギターとかドラムみたいにバンドなんじゃなくて、シンセサイザーになるんじゃないかってことだったんだけど、それがいま現実になってきているよね。そういった未来を思い描いていて、「10代のための音楽アルバム」というサブタイトルをつけた。リリースためのアルバムのジャケも将来のエレクトロ・ミュージックを想像しながら完成させたんだ。

いままで多くのリリースがありましたが、あなたの自信作でありながら思っていたほど売れなかったものはありますか?

DM:それはいっぱいあるけど、ひとつ挙げよう。絶対的な自信があったのに、しかし売れなかたのは、レネゲイド・サウンドウェイヴだった。彼らはしょっちゅうケンカしていて、最終的にはメンバーの仲の悪さが原因で空中分解してしまった。バンドのポテンシャルはものすごかったんだよ。音楽的にも素晴らしかったし、歌詞もとても知性を感じるものだった。ルックスも、カリスマ性も充分にあった。私はものすごく期待していたんだが、うまくいかなかった。

レネゲイド・サウンドウェイヴのメンバーは現在何をされているんですか?

DM:ひとりはどうなったか全然わからない。ダニー(・ブリオテット)はまだ音楽を作っているけれど、大学で国際関係の学位をとって国連で働いているんだ。専門はバルカン半島だったな。カール(・ボニー)はフランスに住んでいて、ホテルか宿をやっているらしい。

いまもUKにはインディ・レーベルがたくさんありますが、あなたが〈ミュート〉をはじめた頃、〈ファクトリー〉、〈チェリー・レッド〉や〈4AD〉、〈サム・ビザール〉など、多くの個性的なレーベルがありましたね。現在のインディ・レーベルのシーンはどう見ていますか?

DM:個性あるレーベルもあると思う。1978年の初めに、僕は最初のシングルを出して、同じ年に〈4AD〉もスタートした。僕たちはみんなラフ・トレードにシングルを置かせてもらって、毎週のようにお店に集まっていたね。当時はどこかのインディ・レーベルがそこでシングルを出すと、ガーっと一気に話題になって、気付けばみんなが自主レーベルをはじめていた。でもインディ・レーベルで溢れていたけれど、すべてが個性を持っているわけではなかったよ。簡単にレコードが出せたから、みんな飛びついたんだ。現在はネットによってそれがもっと簡単な時代になっただけで、状況は昔とあまり変わっていないじゃないかな。

現在のUKシーンは元気だということですか?

DM:以前と変わらず元気だよ。いまはもっと多様になってきたと思う。もちろん、ずっと好調なわけではないし、波はあるよ。ただ、私はブリット・ポップのときはそんなに興奮しなかったんだ。私はシーンごとに音楽をみたりしない。国を意識することは好きじゃないからね。そういう意味で一般的に見ても、現在のUKは健全なんじゃないかな。ゴミもたくさん混じっているけどね。

1991年かな、僕はロンドンの〈リズム・キング〉のオフィスを訪ねたことがあって……。

DM:そこが〈ミュート〉だよ(笑)。

ええ、ですから、〈ミュート〉へ行ったことがあるんです。現在の〈ミュート〉もああいったサブ・レーベルを作って、よりカッティング・エッジなアーティストをリリースしていくという噂を耳にしたのですが本当でしょうか?

DM:実はもうやっているよ。それが〈リバレーション・テクノロジーズ〉だね。12インチとダウンロードのリリースを展開している。是非聴いてみてほしいね。

どんなアーティストがいるんですか?

DM:キング・フェリックスのデビュー・シングルが最初のリリースだね。Sndのマーク・フェルも出している。

日本人のアーティストのリリース予定はありますか?

DM:ノー・プランだね。でもドミューンのフェスに出ていたアーティストで面白いミュージシャンを見つけたんだよね。ギャルシッドっていう女性ユニットだよ。

DJはよくやるんですか?

DM:いいかい、人生においては、いつかDJをする段階が訪れるんだ。〈ミュート〉をはじめる前は何年かDJをしていた。リゾート地でヒット曲をかけていたよ(笑)。私の好きな曲はかけられなかったけど、楽しい仕事だったね。15年くらい前には〈ノヴァミュート〉をやっているセスと一緒にやっていたよ。数年前には友人のテクノDJのリージェスがベルリンのベルクハインにDJとして呼んでくれた。すごく楽しい夜だったね。いまは年間10本くらいセットはやる。私にはエージェントがついているんだよ(笑)。そのお陰で今年は東京にも来れたから嬉しいね。またDJとして戻ってくるよ!

はははは。あなた自身は踊るんですか(笑)?

DM:DJは踊らずに音楽を流すからDJなんだよ(笑)。すごく酔っ払ったときは別だけど。

90年前後のダンスが空前のブームだったときにあなたはDJをしていたわけではないですよね?

DM:当時のダンス・ミュージックは面白いと思ったけど、やっていなかった。私にとって、レコードでDJするのは難しかったしね(笑)。いまは曲に専念できるようにソフトを使っているよ。

人生でいろんなことを達成してきたと思うんですが、いまも持っている夢や目標があれば教えてください。

DM:〈ミュート〉は僕が〈EMI〉に売ってからそのままだったんだけど、4年前に買い戻してからインディに戻った。〈EMI〉との最後の時期はとてもフラストレーションが溜まっていたから、いまはレーベルの再建にとてもやりがいを感じているよ。ニュー・オーダー、アルカ、ゾラ・ジーザスなど面白いアーティストと契約して、日本では〈トラフィック〉から出ているしね。

音楽以外では何かありますか?

DM:カメラが趣味なんだけど、写真家になりたい(笑)。カメラがよくても腕がないと意味がないから磨いていきたいな。写真には情熱をもって取り組める。この歳で世界をDJとして回るのも不思議な話だけどね(笑)。

いまのUKの政治には関心がありますか? 先日は、スコットランドの独立の投票もあったし、UKのEU脱退問題とか、国が揺れ動いていますほね?

DM:もちろん政治は関心がある。スコットランドの独立は間違いだよ。もし自分がスコットランド人だったら独立がもたらす結果に疑問を抱くと思う。通貨はどうなるとか、EUとの関係とかね。スコットランドでは投票という民主的な形で独立しないという結果が出たわけだけど、独立の影響がでるUKの他の地域に投票権がなかったことは非民主的だったと思う。
 EUに関しては、コンセプトは評価している。ヨーロッパでは歴史的にずっと戦争があって、それをもう終わりにする理念がEU(欧州連合)にあるわけだからね。だけどその方針に100パーセント賛成できるわけではない。非常に官僚的な国がEUの中心で動いていたりするからね。でもイギリスとしては連合に居続けて、中から制度を変えていってもらいたい。ヨーロッパでこれだけ平和が続いているのはEUの存在が大きいし、旧ソ連から独立した国々とも連合を組もうとする姿勢も肯定的に思っている。

Neil Young - ele-king

 年末チャートと選挙結果は似ている。同じものを求める大勢の人たちと細かい趣味に分かれた小数の人たち。ファレル・ウイリアムスやイギー・アゼリアのような大多数を作り出すのも資本主義なら細かい趣味に分かれた人たちを作り出すのも資本主義。毎年、野党の分散状況を眺めているような気がしていたので、紙版『ele-king』でも個人チャートはやめました。自分は他人とはちがう光線を出したい人たちが個人発信でやればいいかなと。ちなみに「他人とはちがう光線を出す」ことはいいことだと思います。読んでもらう相手を間違わなければ。

 年末チャートにも選挙にも関心がない人をアナキストとは呼ばないと思うし(アナキストというのは選挙制度の無効を訴えるために、選挙になると必死になって「NO VOTE」を呼びかける運動家であって、選挙になると無関心をアピールする人ではないと思うし)、じつのところ資本主義と無縁のポップ・ミュージックもあまりおもしろいものではないと思う。「15本限定のカセット・テープ」がおもしろいような気がするのは、それが資本主義の世界だからで、「流されていない」とか、少しでも抵抗しているようなことを言いたいがための稚拙なアイディアを共有できるような気がするからで、逆に言えば資本主義だからこそ成立する会話のようなものでしかないと思う。そういうものを何本も聴いたり、なんだかよくわからないネット音源を聴いたり。それでいいんじゃないかな。「♪レリゴー」を歌っている子どもの横で「♪とりむしけもの~」と歌っている子がいれば、「この子は将来大物だ」とか思って笑っている感じ。本気でそう思っているわけがない(関係ないけど、「アナ雪」の作曲陣は3人で、そのひとりはチリー・ゴンザレスの弟なのね)。

 ニール・ヤングの新作は「♪レリゴー」でも「♪とりむしけもの~」でもなかった。「売れてる」をアピールしている音楽にも「売れてない」をアピールしている音楽にも聴こえなかったということである(本人は歌詞でフラッキングに反対=つまり資本主義には眉を顰めているけれど)。弾き語りヴァージョンをCD1、同じ曲をオーケストラやビッグ・バンドによってアレンジしたものがCD2で、通常盤は後者のみ。それはバカラック・マナーの優雅なオーケストレイションで幕を開け、チルウェイヴでもヴェイパーウェイヴでもないのに現代的な叙情性を兼ね備え、過去に連れ去ろうとするようなものではなかった。いや、バート・バカラックが夢見心地な曲を量産した時代ではなく、僕はほんの少しだけど、1982年に引き戻された。ペイル・ファウンテインズがバカラックをリヴァイヴァルさせた“サンキュー”を思い出したからである。

 「ネオアコ・ディフィニティヴ」でも書いた通り、演奏はけっして上手くないけれど、デビュー当初のペイル・ファウンテインズやアズテク・キャメラは透き通るような瑞々しさにあふれ、グラムやパンクで汚れきった世界観を清浄化するような作用があった。一瞬でもそのような時代があるとないとでは、その後の世界の受け止め方も変わるものである。80年代も中期になると、メジャーではヒップホップ、マイナーではポスト・インダストリアルがあっという間にダーティな空気を運んでくることになり、ペイル・ファウンテインズもファースト・アルバム『パシフィック・ストリート』がリリースされる頃にはもっと苦渋に満ちた感触を強めてしまう。時代からズレまくっていたとしても“サンキュー”のようなバカラック調で占められたアルバムが聴きたかったというのが本音ではあるけれど、彼ら自身が“サンキュー”の路線を信じられなかったのだから仕方がない。

 その時の気持ちの半分でも満たしてくれたのが、このタイミングで、しかも、ニール・ヤングになるとは思わなかった。“サンキュー”ほど朗らかではないし、もっと地味で落ち着いているし、ファレル・ウイリアムスだって「ハッピー」でミラクルズを思い出させてくれたじゃないかとは思うんだけど、どうしてもあれはスモーキー・ロビンスンのパクリに聴こえてしまう。ニール・ヤングにはなぜかそれがない。


neil young / tumbleweed

Robert Wyatt - ele-king

野田努 / Dec 26 2015

 僕がUKの左翼ミュージシャンとして真っ先に名前を思い浮かべるのはロバート・ワイヤットだ。初めて聴いたアルバムが、彼がストレートに政治的だった時代のリリースの『ナッシング・キャン・ストップ・アス』(1982年)だったから、その印象が焼き付いているのだろう。ジャケットには労働者の姿が描かれ、作中ではジョージ・オーウェルの名前が出てきたり、“レッド・フラッグ(赤旗)”なる労働歌など、オールドスクールな左翼観が歌われているが、ワイアットをあたかも音楽界のトニー・ベンのように喩えられた記事を読んだこともある。70年代なかばのフリー・ジャズ時代にも、ゲバラやキューバの歌をやっていて、実際ワイアットは、政権を変えるためには革命活動に参加すべきだと共産党員となったこともあった。党には幻滅して数年で離れるものの……、が、しかし、近年の作品(たとえばイラク戦争への怒りが込められた『コミックオペラ』)を聴いてもわかるように、ワイアットはずっと同じ方向を見続けているように思う、愚直なほどに。ロック・シーンにいながら嫌味なくらい黒人ジャズを愛したワイアットだが、彼が尊敬したポップ・ミュージシャンはジョン・レノンだった。

 『ディファレント・エヴリ・タイム』は、英国における彼の初の評伝の出版に併せてリリースされた2枚組の最新のベスト盤で、いま何故ロバート・ワイヤットなのかと言えば、こんなご時世だからということなのだろう。“シップビルディング”はいまこそ聴けと、〈ドミノ〉という比較的若いレーベルからの若いリスナーに向けたメッセージかもしれない。



 僕がエルヴィス・コステロとの共作“シップビルディング”をアンチ・サッチャリズムの曲だと知ったのは、ずっと後のことだった。歌詞を理解しないことが、ワイアットの音楽の魅力を損なうことにはならないのだろう。60年代後半、ロックにジャズを持ち込んだソフト・マシーンのドラマー/ヴォーカリストだった彼は、その後も音楽的探求を怠ることはなかった。アヴァンギャルド、現代音楽、アンビエント、ラテン、エレクトロニックなど、さまざまな要素を自分の作品のなかに取り入れている。コラボレーションも多い人で、そのリストも60年代のデヴィッド・アレンとケヴィン・エアーズをはじめ、イーノ、ジョン・ケージ、フィル・マンザネラ、エイドリアン・シャーウッド、ピーター・ゲイブリル、ベン・ワット、坂本龍一、ポール・ウェラー、ビリー・ブラッグ、ウルトラマリン、ビョークからホット・チップス……ジャンルも世代も広範囲におよんでいる。
 かように、音楽家として豊かなキャリアを築いてきたワイアットだが、それでも彼の音楽を特徴付けるのは、声であり、言葉だ。ひどく悲しげで、ときには実験的で、技巧派ではないけれど忘れがたい美しさの力強い歌声、そして、ときに社会的公正を訴える言葉だろう。彼は裕福な階級出身で、思春期においては地中海のマヨルカ島に遊学、60年代にはUKのヘイトアシュベリーとまで言われた「カンタベリー」系と括られる、サイケデリック・ロックかつ気取ったアート・ロックの、言わば音楽エリートなのだが、いまあらためて聴いても一貫した強い思いを感じるし、とにかくワイアットの歌声がミックスされると、それは世界で唯一無二のワイアットにしか出来ない音楽になってしまう。

 『ディファレント・エヴリ・タイム』は2枚組で、1枚目には彼のソフト・マシーン時代からマッチング・モウル時代、そしてソロへと展開する40年以上のキャリアからの13曲が収録されている。1曲目の20分にもおよぶ“ムーン・イン・ジューン(6月の月)”は、ソフト・マシーンの『サード』(1970年)に収録されたジャズ・ロックの名曲だが、フライング・ロータスの最新作を絶賛する人にも親しみやすいはずだ。
 マッチング・モウルの“オー・キャロライン”や1974年の人気作『ロック・ボトム』からの曲がないのは寂しいかもしれないけれど、この13曲は、ディスク2に収められた国際色豊かでヴァラエティーに富んだ17曲のコラボーション作品とともに、彼の魅力をバランス良く伝えている。
 ロバート・ワイアットをこれから聴いてみたいという若い世代にはオススメのディスク1だが、コラボレーション曲を編集したディスク2のほうは、昔ながらのワイアット・ファンにとっても新鮮な内容となっている。ワイアットが好きだからといって、クラブ・ジャズの先駆者ワーキング・ウィーク、ホット・チップやビョークのような最近のポップ・アーティスト、あるいは北欧系アーティストとの共演におけるワイアットなど、すべてをチェックしている人はそうそう多くはいないだろうし。ちなみに最後に収録されているのはジョン・ケージとのコラボレーション曲。

 僕が人生で二番目に買ったコンピレーションは、〈ラフ・トレード〉の1980年の、アメリカ向けオムニバスだった。アイルランドのパンク・バンド、スティッフ・リトル・フィンガーズにはじまって、デルタ5、ザ・スリッツ、ザ・ポップ・グループ、ザ・レインコーツ、ヤング・マーブル・ジャイアンツの“ファイナル・デイ”、スクリッティ・ポリッティの“スカンク・ブロック・ボローニャ”……という、当時のアメリカへの嫌味としか言いようのない左向きの選曲の最後がロバート・ワイヤットの“アト・ラスト・アイアム・フリー”だった。高校生だった僕には、「ついに私は自由」というフレーズが、怒りを内包した凄まじい皮肉であるなんて、知るよしもなかったけれど。

※『ディファレント・エヴリ・タイム』のリリースと同時に、1974年の名盤『ロック・ボトム』から、前衛ジャズに接近した1975年の『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャー』、ポストパンク時代の名作1982年の『ナッシング・キャン・ストップ・アス』と1985年の『オールド・ロットンハット、〈ラフ・トレード〉時代最後のアルバム『ドンデスタン』、2003年の『クックー・ランド』ほか、計8枚が歌詞対訳付きでリイシューされている。

野田努

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松山晋也 / Dec 24, 2015

 曲目リストをざっと眺めて、いの一番に聴いたのが、ディスク2のエピック・サウンドトラックス「ジェリー・ベイビーズ」。この曲は、94年にリリースされたワイアットのレア曲中心のベスト盤『Flotsam Jetsam』で、当初収録される予定だったのに結局見送られた曲である。僕は昔から大好きだっただけに、残念なことだった。97年に亡くなったエピック・サウンドトラックス(ケヴィン・ゴドフリー)がスウェル・マップス解散直後の81年に〈ラフ・トレード〉から出したソロ・シングルで、ワイアットがもう一つの姓である(ロバート・)エリッジ名義でヴォーカルをとっている。ケヴィンは元々がドラマーだが、ピアノの弾き語りもする。そしてその歌は、いくばくかのメランコリーを孕みつつもどこか楽天的で飄々としており、独特な味わいがある。つまり、ワイアットにかなり近いのだ。きっとワイアット自身もケヴィンに対し、小さからぬ親近性を感じていたんだと思う。
 この作品が出たのは、ワイアットと〈ラフ・トレード〉の付き合いがはじまり、立て続けにシングル盤(それらは82年にアルバム『ナッシング・キャン・ストップ・アス』に収録された)をリリースするようになった頃だった。3枚目のソロ・アルバム『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード』を発表した75年以降は、政治問題に熱心になり、音楽活動といえば、請われて時々他人の作品にゲスト参加する程度になっていただけに、やっと本格的にやる気になったんだなと、当時うれしく思ったことを憶えている。
 今回の2枚組ベスト盤のディスク2は、ワイアットが他の音楽家の作品にシンガーやプレイヤーとして参加したコラボ曲(ライナーにある本人の言葉を借りると「緩やかな支配者」として参加した曲)の中から厳選されたものだが、当然ながら、積極的に若い音楽家たちとコラボするようになっていった〈ラフ・トレード〉時代以降の作品が大半を占めている。特に90年代以降の作品の豊かな国際色を眺めると、彼がいかに地球規模で敬愛され、影響力を放ってきたかをあらためて実感させられる。
 ディスク2では、他にも、イーノのオブスキュア・シリーズ第六番として76年に出たジャン・スティール/ジョン・ケイジ『Voices And Instruments』の収録曲“エクスペリエンシズ第2番(Experiences No.2)”とか、英国のコミュニズム系ブラス・バンドであるハッピー・エンドの『Turn Things Upside Down』のタイトル曲、あるいはスティーヴ・ナイーヴ(彼がキーボードで参加した屈指の名曲“シップビルディング”」も勿論ディスク2に収録)が私的パートナーである作家/精神分析医ムリエル・テオドーリと共作したオペラ的作品『Welcome To The Voice』の収録曲など、かなりレアなトラックも入っている。もっと有名な曲、人気のある曲は他にいくらでもあるのに……と感じるファンが少なくはずだ。だが、曲目リストの人名を眺め、通して聴いてみて思うのは、これらはすべて、ワイアット自身の人生に豊かな彩りと喜びをもたらしてくれた人びとなのだな、ということだ。なにしろマイク・マントラーが2曲も入ってるし、ニック・メイスンやフィル・マンザネラといった本当の恩人(音楽上でも生活上でも)、そして、本作と同時に出た同名の伝記本の著者であり、本作のオリジナル・ライナー執筆や最終的な曲順決定なども担当したマーカス・オデアーのバンド、グラスカットの曲もしっかり入っている。
 つまり、みんなありがとう、おかげで俺の音楽家人生はこんなにも楽しかったよ……という内なる謝辞がここからは聞こえてくる気がするのだ。となると、彼が数か月前に英国の雑誌アンカットで「音楽制作はもうやめた」と引退宣言したことも合点がゆく。正直、僕も、彼の創作意欲は近年衰えていると感じていた。今作のジャケットに、本人の顔を真正面からアップでとらえたリアルな写真が使われていることにも、本人の確かな意思が感じられる。たとえていえば、本作はロバート・ワイアット・エリッジの、ちょっと気の早い音楽的墓碑銘のようなものなのかもしれない。過去、ワイアットのベスト盤的作品は何枚もリリースされてきたが、その点が他とは決定的に違うと僕は思う。
 ディスク1は、ソフト・マシーン時代から近年に至る本人名義の作品から時代順に選ばれた、極めてノーマルな構成。とくに驚くような点はないが、意外だったのは、彼の人生最高の名曲、名演と多くのファンが思っているであろう“オー・キャロライン”(マッチング・モール1st収録)がなく、それに続く“ サインド・カーテン”が選ばれていることだ。“オー・キャロライン”は、デイヴ・シンクレアの書いたメロディの力が絶大なので、今回は遠慮した、という見方もできるけど、それ以上に、「今でも愛しているよ、キャロライン」としつこくリフレインされる歌詞(キャロラインは当時の恋人)のことを気にしたのではないかと僕は思う。下半身不随の人生をずっと支えてくれた愛妻にして同志アルフィのことを思えば、いかにもこれは墓碑銘にはふさわしくない歌だろう。

松山晋也

 超オススメのイベントです。なんと、2015年1月、ジュリアナ・バーウィックが初来日します。
 彼女がどんな人なのかは、過去の記事を参照してください。

Julianna Barwick- The Magic Place
Julianna Barwick & Ikue Mori- FRKWYS Vol. 6
Julianna Barwick- Sanguine
Julianna Barwick- Nepenthe
Julianna Barwick- Rosabi

 とにかくライヴが楽しみでなりません。詳しくは、https://foundland.us/archives/956をチェックしましょう。





1/23(金)東京・品川教会(品川区北品川4-7-40)
adv./door 4,000/4,500yen
open 18:00/start 19:00

1/24(土)新潟・新潟県政記念館(新潟市中央区一番堀通町3-3)
adv./door 3,500/4,000yen(県外3,000yen/18歳以下無料)
open: 16:30 / start 17:00
w.福島諭+濱田潤一、青葉市子

1/25(日)神戸・旧グッゲンハイム邸(神戸市垂水区塩屋町3-5-17)
adv./door 3,500/4,000yen
open 17:30/start 18:00

1/26(月)大阪・島之内教会(大阪市中央区東心斎橋1-6-7)
adv./door 3,500/4,000yen
open 18:30/start 19:00

企画・招聘:flau, HUTU


vol. 68:変わりゆくウィリアムスバーグ - ele-king

 年の終わりは、何かとバタバタする。たくさんのホリディ・パーティが催され、大量のギフトを交換し、飲んで食べて、この1年はどうだった? などと1年を振り返る。ランダムなパーティに行くと、最近会っていない知り合いに会ったり、ホリディだからとNYに遊びに来ている友だちがいたり、たくさんのサプライズがあるのも、NYと感じる。

 著者は、バンド活動他、アーティストの取材やアテンド、NYのガイドブックを作ったり、地道な執筆作業を続けた1年だった。そして、毎週欠かさず行っていたのがブルックリン•ナイト•バザー。今年から年中オープンしていたので、ショーもたくさん見た。ハイライトは、マック•デマルコ、メン、ザ•メン、ハニー、サイキックTV辺りだろうか。毎週行っているので、ヴェンダーにも知り合いがたくさんできた。先週見に行ったRatkingでは久しぶりに列に並んだ! Run The Jewels(El-P & Killer Mike)とツアーをした、いまブルックリンで大人気のヒップホップ集団である。
 著者は、ヒップホップには詳しくないので、大きなことは言えないが、Todd Pがサマー・スクリーンでブックしていたのを見たとき、これぞ新世代バンド! と目をつけていた。
 この日はヴェンダーもぎゅうぎゅうで、ホリディギフトショッピングが飛び交うなか、誘惑を潜り抜け、ステージ横へ。すごい人である。メンバー3人だったのが、サックスプレイヤーが入ったり、トータル5人ぐらいがステージをウロウロしていた。相変わらずカジュアルで、客からのサーフィンが起こっていた。面白かったのが客層。2/3は褐色男20代前半。外で並んでいるとき、隣にいた人たちと喋っていたら、ニュージャージーから来たやら、ブロンクスから来たなど、「ブルックリンに来たの初めて!」という感じの人たちばかり。「ウィリアムスバーグに15年住んでる」と言ったら、途端に尊敬の眼差しで見られ「ブルックリンはどんなところ?」とガンガン質問されてしまった。

 そうなのである。著者が遊んでいた層や世代は、いまはウィリアムスバーグにはほとんど残っていないのである。いるのは、最近コンドに引っ越してきたリッチキッズやヤッピー。まわりのレストランもハイエンドで、最近行った日本食レストランSalt + Charcoalやゼブロンの跡地に出来たThe Heywardはいまのウィリアムスバーグを象徴している。今年は1月から285 Kentがクローズする〜と大騒ぎし、デス・バイ・オーディオ、グラスランズ、スパイク・ヒルのクローズで閉められた、ウィリアムスバーガーにとっては辛い1年だった。

 著者のまわりは、すでに西海岸やクイーンズに引っ越し、新たなコミュニティと共存しはじめている。とは言っても、NY、ブルックリンは広い。人も多いし、若い世代が、いまも違う形で新しい物を作り出しているのだ。

 実は、住んでいる場所について考えることがある。こんなに劇的に変わってしまった近所だが、いまでも大好きである。マンハッタンに行くことを考えたら、ウィリアムスバーグというアクセスの良さに勝るものはない。が、地価の高騰ぶりは半端ないのが現実である。

 さて、ホリディは、ウィリアムスバーグに、一体どんな層が出歩いているのか。新しい発見があることを願って。

 最後に、2014年もお世話になりました。


Edvard Graham Lewis - ele-king

 いつかどこかで。なんて思いながらもずるずると師走を迎えてしまい、すっかり紹介する機会を逃していたこの作品。よく聴いたな。世の中の殺伐さをこれでもかと凝縮させた通勤電車の中で。窓の外を流れるハリボテのような都会の景色を眺めながら。湾岸の荒涼とした倉庫群を横目に。ふと、窓に映りこんだ墓石のように凝り固まった表情のおっさんのくたびれた顔にシンパシーを感じつつ……でも、よく見たらそれは自分の顔だったりして。ああ、たまげたな。

 編集部さまより「2014年書き忘れレヴュー企画」の話をいただいて、すぐに思い浮かんだのがこれ。言わずと知れたワイヤーのベーシストであり、同じくバンドのギタリスト、ブルース・ギルバート(2004年にワイヤーを脱退)とのウルトラ・ミニマル実験音響ユニット=ドームや、そのドームにダニエル・ミラーを加えたトリオ=デュエット・エモ、そして、ソロ・ユニット=ヒー・セッドなどの活動でも知られるグレアム・ルイスによる本名名義でのアルバムだ。なんでも本作は、2003〜2013年の間に10年もの歳月をかけて制作されたということで、現在、家族とともにスウェーデンで暮らす彼の地元の音楽仲間もたくさん参加した作品となっているが、しかし……どこから聴いてもまったりムードがまるでなく、それがいかにもグレアムらしくて思わずにやけてしまう。そして、リリースは〈エディションズ・メゴ〉からということで、これはブルース・ギルバートの新作をリリースするほか、旧作をリイシューしたり、ドームの豪華5LPボックス『1-4+5』(好きものは何としても手にいれよう!)を手掛けたりするなど「ドーム愛」にあふれる同レーベル・オーナー=ピーター・レーバーグ(ピタ)の熱情が実を結んだ、じつに粋でパンクな計らいとしか言いようがない。

 さて、今回グレアム・ルイスのアルバムが2枚同時にリリースされたわけだけど、タイトルに『オール・オーヴァー(All Over)』『オール・アンダー(All Under)』とあるように、互いがうまい具合に干渉し合いながらも背中合わせに璧をなす作品となっている。
 『オール・オーヴァー』のほうはグレアムの魅惑の低音ヴォイスはもちろん、ゲスト・ヴォーカルも迎えて「歌」を基調とした内容だ。といっても、ひんやりとした音のセメント鉱物感はかなりのもので、ぐしゃっと潰れながらもどこか整然とした様子はドームそのものだったりするから興奮する。エレクトロニカ以降とも解釈できるきめ細くミニマルなエレクトロニクスを採り入れつつも、安易な耳触りのよさには結びつかない、吹きさらしのコンクリートを思わせる鉄筋むき出しハードコアな音の塊に身もだえる。耳ももだえる。簡素で無機質なリズムに夢うつつなシンセのメロディとグレアムのいぶし銀な歌声がのる(一瞬、コリン・ニューマンに聞こえてきたりも!)“ストレート・イントゥ・ザ・コーナーズ”なんてスーサイドの名曲“ドリーム・ベイビー・ドリーム”なんかを彷彿とさせてうっとりと昇天しそうになる。そして、ワイヤーの実験サイドが振り切れた『154』(1979)以降のアルバムに収録されていそうなダークでポップでストレンジな曲“ブルーバード”“イッツ・ハード”“ツインズ・ゴット・ゴット”。昨今のインダストリアル・テクノとも激しく共振するトライヴァルな“ザ・スタート・オブ・ネクスト・ウィーク”“パスポート・トゥ・インターナショナル・トラヴェル”。さらに、“クイック・スキン”“ウィヴ・ロスト・ユア・マインド”のように、不穏極まりないドームの作品のなかに時おり現れる、妙に美しい歌指向な楽曲を感じさせるものなど、「ロックでなければなんでもいい」(ワイヤーのメンバーによるこの有名すぎる発言。実際には誰も言ってないらしいが……)と噓ぶくところからスタートしたグレアムの、35年以上にも及ぶ活動の目玉の部分を十二分に味わい舐めつくせる内容となっている。

 そして、もう1枚の『オール・アンダー』は『オール・オーヴァー』よりも音そのものにフォーカスした、抽象的で冒険的な4曲から構成された内容となっている。同名映画のサウンド・トラックである“オール・アンダー(フィルム・スコア)”は、動き回る粒状の電子音の背後を、冷たく甲高いエレクトロニクスがゆらゆらとフィードバックし、頭を突き抜けて、ピー、キーンという耳鳴りを覚えるような超・視聴感覚を与えてくれる。つづく“オール・アンダー(インスタレーション・ループ)”は、同映像のインスタレーション用に作られた楽曲で、水中深くを黙々と潜行するような持続低音を軸に、インプロヴァイズされたラジカルな電子音が自由に泳ぎ回り静かにうなりをあげる。グレアム自身がつづるストーリーと、野太い声のリーディングが腹の底に響く“イール・ホイールド”は、妖しいノイズ、靴音、どこかの映画のセリフのサンプリング音源などが奇妙に出入りしては乱れ、グレアムのリアルな息遣いや舌音ともねっとりからみあい、じつに官能的だ。そして、ラスト18分の長尺曲“ノー・ショウ・ゴドット”。曲半ばから挿入される重く鋭く厚みのあるリズムが脈打ち、乾いたジオメトリック・ノイズをバックにグレアムの高らかな歌声がじわじわと熱を上げていき、一触即発のテンションを残したままアルバムは幕を閉じる。

 グレアム・ルイスの音楽を語るとき、すべては音の質感につきる(これはブルース・ギルバートの音楽にも当てはまる)。テクノロジーの進化とはまったく関係なしに、その本質は1980年にドームがどくどくと胎動しはじめた時点となんら変わらない。原色を失った灰色の世界。磨き抜かれて加工されたとりどりの音。それはダイアモンドの輝きではなく、鋼鉄の白刃を思わせる金属の輝きだ。そして、この音楽は無骨にしてどこか女々しくもある。まるで冷凍保存された花のごとく、キンキンに張りつめた厳しさを持ちつつ、触れたとたんに手の中で崩れて粉々にほどけ落ちてしまうようなザラついたロマンティシズムをじんわりとにじませる。
 耳というよりも皮膚にこすりつけてくるこの感覚。この感触を何がなんでも生で体験したい……なので、宇川直宏さん! もしくは大竹伸朗さん! お願いですからグレアム・ルイスとブルース・ギルバートを日本に呼んでください!!

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