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Edvard Graham Lewis

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久保正樹   Dec 24,2014 UP

 いつかどこかで。なんて思いながらもずるずると師走を迎えてしまい、すっかり紹介する機会を逃していたこの作品。よく聴いたな。世の中の殺伐さをこれでもかと凝縮させた通勤電車の中で。窓の外を流れるハリボテのような都会の景色を眺めながら。湾岸の荒涼とした倉庫群を横目に。ふと、窓に映りこんだ墓石のように凝り固まった表情のおっさんのくたびれた顔にシンパシーを感じつつ……でも、よく見たらそれは自分の顔だったりして。ああ、たまげたな。

 編集部さまより「2014年書き忘れレヴュー企画」の話をいただいて、すぐに思い浮かんだのがこれ。言わずと知れたワイヤーのベーシストであり、同じくバンドのギタリスト、ブルース・ギルバート(2004年にワイヤーを脱退)とのウルトラ・ミニマル実験音響ユニット=ドームや、そのドームにダニエル・ミラーを加えたトリオ=デュエット・エモ、そして、ソロ・ユニット=ヒー・セッドなどの活動でも知られるグレアム・ルイスによる本名名義でのアルバムだ。なんでも本作は、2003〜2013年の間に10年もの歳月をかけて制作されたということで、現在、家族とともにスウェーデンで暮らす彼の地元の音楽仲間もたくさん参加した作品となっているが、しかし……どこから聴いてもまったりムードがまるでなく、それがいかにもグレアムらしくて思わずにやけてしまう。そして、リリースは〈エディションズ・メゴ〉からということで、これはブルース・ギルバートの新作をリリースするほか、旧作をリイシューしたり、ドームの豪華5LPボックス『1-4+5』(好きものは何としても手にいれよう!)を手掛けたりするなど「ドーム愛」にあふれる同レーベル・オーナー=ピーター・レーバーグ(ピタ)の熱情が実を結んだ、じつに粋でパンクな計らいとしか言いようがない。

 さて、今回グレアム・ルイスのアルバムが2枚同時にリリースされたわけだけど、タイトルに『オール・オーヴァー(All Over)』『オール・アンダー(All Under)』とあるように、互いがうまい具合に干渉し合いながらも背中合わせに璧をなす作品となっている。
 『オール・オーヴァー』のほうはグレアムの魅惑の低音ヴォイスはもちろん、ゲスト・ヴォーカルも迎えて「歌」を基調とした内容だ。といっても、ひんやりとした音のセメント鉱物感はかなりのもので、ぐしゃっと潰れながらもどこか整然とした様子はドームそのものだったりするから興奮する。エレクトロニカ以降とも解釈できるきめ細くミニマルなエレクトロニクスを採り入れつつも、安易な耳触りのよさには結びつかない、吹きさらしのコンクリートを思わせる鉄筋むき出しハードコアな音の塊に身もだえる。耳ももだえる。簡素で無機質なリズムに夢うつつなシンセのメロディとグレアムのいぶし銀な歌声がのる(一瞬、コリン・ニューマンに聞こえてきたりも!)“ストレート・イントゥ・ザ・コーナーズ”なんてスーサイドの名曲“ドリーム・ベイビー・ドリーム”なんかを彷彿とさせてうっとりと昇天しそうになる。そして、ワイヤーの実験サイドが振り切れた『154』(1979)以降のアルバムに収録されていそうなダークでポップでストレンジな曲“ブルーバード”“イッツ・ハード”“ツインズ・ゴット・ゴット”。昨今のインダストリアル・テクノとも激しく共振するトライヴァルな“ザ・スタート・オブ・ネクスト・ウィーク”“パスポート・トゥ・インターナショナル・トラヴェル”。さらに、“クイック・スキン”“ウィヴ・ロスト・ユア・マインド”のように、不穏極まりないドームの作品のなかに時おり現れる、妙に美しい歌指向な楽曲を感じさせるものなど、「ロックでなければなんでもいい」(ワイヤーのメンバーによるこの有名すぎる発言。実際には誰も言ってないらしいが……)と噓ぶくところからスタートしたグレアムの、35年以上にも及ぶ活動の目玉の部分を十二分に味わい舐めつくせる内容となっている。

 そして、もう1枚の『オール・アンダー』は『オール・オーヴァー』よりも音そのものにフォーカスした、抽象的で冒険的な4曲から構成された内容となっている。同名映画のサウンド・トラックである“オール・アンダー(フィルム・スコア)”は、動き回る粒状の電子音の背後を、冷たく甲高いエレクトロニクスがゆらゆらとフィードバックし、頭を突き抜けて、ピー、キーンという耳鳴りを覚えるような超・視聴感覚を与えてくれる。つづく“オール・アンダー(インスタレーション・ループ)”は、同映像のインスタレーション用に作られた楽曲で、水中深くを黙々と潜行するような持続低音を軸に、インプロヴァイズされたラジカルな電子音が自由に泳ぎ回り静かにうなりをあげる。グレアム自身がつづるストーリーと、野太い声のリーディングが腹の底に響く“イール・ホイールド”は、妖しいノイズ、靴音、どこかの映画のセリフのサンプリング音源などが奇妙に出入りしては乱れ、グレアムのリアルな息遣いや舌音ともねっとりからみあい、じつに官能的だ。そして、ラスト18分の長尺曲“ノー・ショウ・ゴドット”。曲半ばから挿入される重く鋭く厚みのあるリズムが脈打ち、乾いたジオメトリック・ノイズをバックにグレアムの高らかな歌声がじわじわと熱を上げていき、一触即発のテンションを残したままアルバムは幕を閉じる。

 グレアム・ルイスの音楽を語るとき、すべては音の質感につきる(これはブルース・ギルバートの音楽にも当てはまる)。テクノロジーの進化とはまったく関係なしに、その本質は1980年にドームがどくどくと胎動しはじめた時点となんら変わらない。原色を失った灰色の世界。磨き抜かれて加工されたとりどりの音。それはダイアモンドの輝きではなく、鋼鉄の白刃を思わせる金属の輝きだ。そして、この音楽は無骨にしてどこか女々しくもある。まるで冷凍保存された花のごとく、キンキンに張りつめた厳しさを持ちつつ、触れたとたんに手の中で崩れて粉々にほどけ落ちてしまうようなザラついたロマンティシズムをじんわりとにじませる。
 耳というよりも皮膚にこすりつけてくるこの感覚。この感触を何がなんでも生で体験したい……なので、宇川直宏さん! もしくは大竹伸朗さん! お願いですからグレアム・ルイスとブルース・ギルバートを日本に呼んでください!!

久保正樹