「UR」と一致するもの

Arthur Russell - ele-king

 アーサー・ラッセルのもっとも有名な作品のひとつ、『World of Echo』(1986)の元になったアイデアが表現されているという、1980年代なかばのふたつの演奏が音盤化されることになった。タイトルは『Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo』。CD/LP2枚組。発売は4月18日です。これは聴きたい!

Arthur Russell
Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo

Rough Trade/ビート

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 ミニマリズム・ドローン音楽の先駆者としても知られる、NY実験音楽の巨匠フィル・ニブロックが、アーサー・ラッセルと共に企画・プロデュースし、Experimental Intermedia(フィルがディレクションを務める、NY拠点の前衛音楽財団)にて録音が行われた本作は、アーサーが1984年に行った『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、1985年の『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』と題された、2つのソロ・パフォーマンスが収録されている。この2つのパフォーマンス音源が基盤となり、Battery Soundで録音されたスタジオ音源やヴォーカルと統合されて完成したのが、彼にとって生涯初となるフルレングスのソロ作品として1986年に発表され、現代音楽家としての評価を決定づけた『World of Echo』である。

「とても純粋で澄んだ音色に聴こえ、彼が機材に囲まれてうずくまるように演奏している様子が目に浮かぶ... まさに魔法のようでした。私の記憶では、彼は観客のために演奏していたのではなく、むしろ彼自身の内側で、様々な音の組み合わせを確立しようとしていました。そして、たまたま私たち数人がその場に居合わせたのです。」  トム・リー (アーサーの盟友にして生前最後のパートナー)

 本作に収録される2つのパフォーマンス音源は未編集のまま、2枚組CDと2枚組LPにて、それぞれ内容・タイトル・アートワークが異なる形で2025年4月18日(金)に発売。2枚組CDでは、2020年にカセットとデジタルのみでリリースされ、今回が初のCD化となる『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、未発表タイトル曲の「That’s The Very Reason」と「Too Early To Tell」を含む、初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』の全パフォーマンスを収録。2枚組LPでは、CDと同じく初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』全パフォーマンスが、Side1からSide3までに収録され、Side4では、『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』のパフォーマンスから「Changing Forest」と「Sunlit Water」を収録。
 CD、LP共にフルカラーのインサートと、アーサー・ラッセルのアーカイブを数多く手掛ける〈Audika Records〉の創設者、スティーブ・クヌーソンによるライナーノーツが封入され、さらに国内仕様盤CDと帯付仕様LPには、別途日本語解説書が封入される。

The Murder Capital - ele-king

 ザ・マーダー・キャピタルの音楽はとにかく不仕合せだ。
 資本主義の終わりより世界の終わりを想像する方がたやすいこの世界で、「殺人資本」もしくは「殺人の都」(注)と直訳できる不穏なアーティスト名のバンドが作る音楽は、何かもの悲しかったり、どこか敗北の雰囲気が漂っている。幸福にはなれないとわかっている。しかし、これはけっして絶望や虚無といった類の音楽ではない。喪失と再生の間で、血を流すように歌い、美しく闘うザ・マーダー・キャピタルの傷だらけで誠実な音楽が私は好きで堪らない。

 ザ・マーダー・キャピタルの概略を説明すると、彼らは2018年にアイルランド・ダブリンで結成された5人組のバンドで、1stアルバム『When I Have Fears』を2019年にリリースし、2ndアルバム『Gigi’s Recovery』を2023年にリリースした。やはり例のごとくポスト・パンク・バンドだとカテゴライズされることが多いが、2ndアルバム『Gigi’s Recovery』リリース時には「ポスト・パンクというレッテルには飽きてきた」と語り、同時代のバンド郡の一派として語られることを避け、メンバー5人が作るオリジナルで唯一無二なバンドであることを強調している。たしかに2ndアルバム『Gigi’s Recovery』で見せた新境地は、1stアルバム『When I Have Fears』で特徴的だった硬質な音の応酬は後退したものの、レディオヘッドを彷彿とさせるような複雑で洗練としたビート、甘美性と神秘性を引き立てるフィードバック・ノイズ、出口の見えない世界で一掴みの希望の砂を掬い取るようなメロディアスなラインetc……それは間違いなく彼らのオリジナリティとして孤高な異彩を放つ傑作となった。

 そして、3rdアルバム『Blindness』が2025年2月にリリースされた。『Gigi’s Recovery』の制作時は、徹底的にデモを録り長い時間をかけて制作を進めた一方で、今作では、意図的に事前のデモを一切作らずに臨んだという。その話を聞き、本作には関係ないが、2010年代後半以降のUKロックの復権に大きく影響を与えた〈Speedy Wunderground〉のダン・キャリーが『So Young』のインタヴュー(『So Young Magazine Issue 22』)で「誰かと一緒にレコードを作ると決めたら、最初の段階はとても自由で創造的に進むけれど、行ったり来たりのやりとりがそれを台なしにしてしまう」と述べていたことを思い出した。
 つまり、『Blindness』は湧き起こる本能をベースに制作したレコードだ。今作のオープニング・ナンバーであり、大胆な挑戦を意味する言葉でもある “Moonshoot” の痙攣するほど破壊衝動に満ちたサウンドによる幕開けはそのモードの一面を象徴しているが、もちろんこれは単なる原点回帰というわけではない。バンドのこれまでの進化の過程で、過度な装飾の代わりに、新たな初期衝動を掴んだようなフレッシュさと表現の豊かさがこの作品にはある。冒険心をくすぐるように軽妙に奏でられる “A Distant Life”、マス・ロック調で躍動感が魅力な “Death Of A Giant” はこれまでの彼らのトラックリストにはなかった曲調で、作品に新鮮な空気を送り込み、ジェイムズ・マクガヴァン(ヴォーカル)が「バンドの中で最も誇りに思う楽曲かもしれない」と語る6分を超える “Love of Country” では、安らかな音色のなかで、愛国心が右翼的なレトリックとして使用され、人間同士の憎しみを呼ぶものになっていることの警告を示唆しては作品全体の緊張感を引き上げている(なお、“Love of Country” はシングル曲としてもBandcampで7インチ・レコード/デジタル・ダウンロードでリリースされ、その収益の全てをMedical Aid for Palestineに寄付すると発表しているのもこのバンドの姿勢を示したものである)。
 そして、ザ・マーダー・キャピタルのストロング・ポイントが「強い音」であることを信じて疑わないが、それを最大限に引き立てている静寂さや厳粛さの使い方も一層と巧みさを増した。例えば、先行曲としてもエントリーされた “The Fall” を聴けば、静謐な歌い出しの後に、叫びにも聴こえるギター・サウンドに圧倒される。曲のピークをサビではなく、インスト部分のギター・サウンドに託したとも言えるスリリングな音は、斧のように重く、稲妻のように鋭い。キャリアを重ねてさらに凄みを増した「強い音」を充分に感じ取ることができるであろう。

 キャリア全般でのこのバンドのもうひとつの特徴はジェイムズ・マクガヴァンの詩的で生々しいヴォーカル・ワーク。緊張感に満ちた彼の告白は、デカダンスな世界観でアグレッシヴに状況打破を試みることもあれば、メランコリックに寄り添って安らぎを見出そうとすることもあるが、痛みをつねに伴うがゆえに聴き手の耳や心のかすり傷を強く惹きつける。

 とにかく、ザ・マーダー・キャピタルを聴こう。同じくダブリン出身のフォンテインズ・D.C.がみんなのヒーローであるならば、ザ・マーダー・キャピタルはあなたにとっての救世主になる。崖の淵から、這い上がるためのカタルシスへと導いてくれる。

注) 実際のアーティスト名は、ジェイムズ・マクガヴァンの友人であり詩人のポール・カラン(Paul Curran)の死に対して、世間的には自殺とされてしまう一方で、アイルランドでの精神疾患に対するサポート不足が彼を死に追いやったと感じたことが由来している。

第二回 ボブ・ディランは苦悩しない - ele-king

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

監督:ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2024年12月25日
原題:A COMPLETE UNKNOWN
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
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 小学生の頃、親に連れられて、ガロの解散コンサートを観に行った。 “一枚の楽譜” という曲が好きでそれを楽しみにしていたのだけれど、当日はそれよりも “学生街の喫茶店” という曲が一番受けていた。客席の雰囲気というものを初めて経験し、大人たちにとってはガロといえば “学生街の喫茶店” なんだと理解できたものの、シャープでスピーディーな “一枚の楽譜” と違って “学生街の喫茶店” は童謡みたいで小学生の僕にはあまりぴんとこなかった。ところが「片隅で聴いていた ボブ・ディラン」という歌詞が頭に残り、「ボブ・ディランというのは誰なんだろう」という疑問がその後もついて回るようになった。ボブだから人の名前だよなと思い、文脈からして音楽家だろうとは思ったけれど、クラシックなのかポップスなのか、それ以上は見当もつかなかった。ボブ・ディランの曲を初めて耳にしたのは高校に入ってからで、ラジオから不意に流れてきた “Hurricane” のダミ声が心に残り、少し考えてから( “Hurricane” を収録した)『Desire』を買ってみた。モザンビークの独立だとか神話上の人物と結婚するとか、自分にとっては目新しい題材の歌詞が多く興味深くはあったけれど、音楽的にはあまり惹かれず、それ以上の興味は持てなかった。スペシャルズが “Maggie's Farm” を、XTCが “All Along the Watchtower” をカヴァーしていたり、デヴィッド・アレンが “Death of Rock” でロックの歴史を振り返りながらボブ・ディランだけ3回も名前を連呼するほど特別扱いしていなければ本当にそれ以上の興味は持たなかったかもしれない(RCサクセションの “いい事ばかりはありゃしない” が “Oh, Sister” を参考にしているとは、その頃はまるで気がつかなかった)。パンクやニューウェイヴがデザインのセンスを一新してしまったことも大きく、『Desire』に続いてリリースされた『Street Legal』のデザインがダサ過ぎて、それもまた興味が膨らまなかった一因だった。

 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランのデビューからニューポート・フォーク・フェスティバルで大ブーイングを浴びるまでを扱った作品。監督は『フォードvsフェラーリ』や『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でがジョニー・キャッシュとジューン・カーターの激しいラヴ・ストーリーを主軸に置いたのと同様、ここでもマンゴールドはボブ・ディランとスージー・ロトロによるラヴ・ストーリーに大きな比重を置いている(中絶というエピソードを避けたかったのか、スージー・ロトロはシルヴィ・ルッソという名前に変えられている)。ボブ・ディランを演じたティモシー・シャラメはまるでボブ・ディランそのもの……と絶賛したいところだけれど、どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちが伝わって来ないため、中盤をすぎても挫折のないサクセス・ストーリーにはなかなか引き込まれず、シャラメの顔がマーク・アーモンドに似ていることもあって、個人的には「ポール・アトレイデに続いてボブ・ディランを演じているティモシー・シャラメ」という認知バイアスから最後まで脱却できなかった。ボブ・ディランの熱心なファンであればおそらく……ボブ・ディランそっくりに見えたのだろう。シャラメの歌は完成度が高くて説得力もあり、トム・ヒドルトンのハンク・ウィリアムズは超えたかも。

 ウィノナ・ライダーの人気が凋落するきっかけとなった『17歳のカルテ』や、前述した諸作でもマンゴールド作品のオープニングはたいてい主人公が自動車に乗っているシーンから始まる。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』もディランがバスに乗ってニューヨークに向かうところから始まる(『3時10分、決断のとき』や『ナイト&デイ』などもちろんそうではない作品もある)。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」はバスがすでに刑務所の前に止められていてジョニー・キャッシュの演奏は始まっているものの、誰かが自動車でどこかへ向かうと物語が動き出すという構造は共通していて、バスを降りたボブ・ディランが「目的地を通り過ぎているよ」と言われるのはその後の彼の人生をうまく言い表した言葉にもなっている。ニュージャージーまで引き返したところでディランは病室のウッディ・ガスリーと見舞いに来ていたピート・シーガーと出会い、デビューへの足がかりが開けていく。ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートンは柔和な老け顔が実に板についていて、キャリア初期に多重人格や密売人や奇術師などエキセントリックな悪役ばかりやっていたことがウソのよう。

 一方、エル・ファニング演じるシルヴィ・ルッソは活動家ではなく画家という設定に変えられ、存在感がやや薄められている。セカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』のジャケットでディランと身を寄せ合っているスージー・ロトロはディランにランボーやブレヒトのことを教えるなどディランの作詞に大きな影響を与えたとされているにもかかわらず、その辺りはほとんど触れられていない。ルッソはなんとも飾り気がなく、60年代から70年代にかけて珍しくなかった女性のライフ・スタイルを上手く再現していて(いま同じ格好をするとノーメイク、ノーブラの「干物女」と呼ばれてしまう)、ディランとの同棲生活も甘ったるいムードが欠如しているところはなんともそれらしい。ルッソはフォーク復興運動の拠点となっていた教会で初めてボブ・ディランと出会う。運命的な出会いに意味を持たせるシーンにもかかわらず、このシークエンスだけが黒人たちを音楽文化の主体として描いたシーンでもあり、ギリギリのところでホワイト・ウォッシュになることが回避されている。リトル・リチャードについてボブ・ディランが言及したり、ラジオでブルース・マンと即興でセッションするなどディランの音楽には黒人文化の影響があったという描写もなかったわけではないけれど、それ以上にニューポート・フォーク・フェスティバルの会場は白人たちで埋め尽くされ、グルーピーもマネージャーもプロデューサーもすべて白人で、音楽業界は白人だらけ、悪くいえば教会でテープに録った黒人たちの伝統音楽を白人が奪って白人の文化につくり直しているプロセスが「フォーク復興運動」に見えてしまう作品なのである。それこそポール・グリフィンがいなければディランのバック・バンドも白人だらけで目も当てられなかったかもしれない(これも途中から入ってきたアル・クーパーにいいところは持って行かれてしまう)。そういえばピート・シーガーの妻が日本人だったことは僕は知らなかった。そういう意味ではアジア系のプレゼンスは示されていた。

 どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちがまったくわからないのとは対照的にルッソの戸惑いや悲しみはダイレクトに伝わってくる。ルッソと名前を変えている時点で彼女の存在はフィクションであり、ボブ・ディランが苦悩したり、喜怒哀楽を一度も示すことがないのは故意に演出されたことで、他人から影響を受ける場面は意図的に消し去られているのだろう。ルッソにディランが依存している場面がぜんぜんない上に、どの場面でもディランが天才的に振る舞い、なにひとつ失敗がないので、ルッソの問いに答えてディランが自分を神様だと思っていると話す場面では思わず「カニエ・ウエストか!」とつっこんでしまった(監督のカットがかかってからエル・ファニングとティモシー・シャラメが爆笑したと思いたい)。スージ・ロトロとボブ・ディランの関係はちなみにフィリップ・K・ディックとクレオ・アポストロリデエス(『アルべマス」のレイチェルなど)が「共産主義の影響下で行動する女性とそれを受けて思索する男性」という組み合わせだったことを思い出させる(公民権運動にコミットしたディランに対してディックは執筆活動を中止してベトナム反戦にのめり込む)。

 ボブ・ディランの描き方はどこかで見た覚えがあると思ったら日本のTVドラマによく出てくる男性たちの振る舞いだと思った。多くを語らず、独りよがりで、自分を周囲に合わせる気がまるでない。ディランだからそれが許されるというレイアウトに従って、ルッソ同様、中盤以降はジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)もピート・シーガーも気持ちいいほどディランに振り回され、周囲が傷心を余儀なくされる場面の連続となっていく。ディランにとって恩人であるはずのピート・シーガーがここまで雑巾のように扱われるとは思わなかったけれど、エドワード・ノートンの表情があまりに情けなく、それはブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンにノートン演じる「僕」が翻弄される『ファイト・クラブ』の役柄と重なってしまうほどであった。そう、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を観て『ファイト・クラブ』を思い出すとは思わなかったけれど、『ファイト・クラブ』というのは70年代に爆破活動を繰り返したテロ組織、ウェザーマンが90年代の「僕」に強迫観念として取りつく作品で、「ウェザーマン(天気予報士)」という組織名はボブ・ディランの “Subterranean Homesick Blues” から「どっちに風が吹くか、それを知るのに天気予報士は必要ない(You don't need a weather man to know which way the wind blows)に由来すると思えば、それもまた妙な符号に思えてくる。

 ディランにとっては人よりも作品が優先なのである。表現がすべてに優先される。(以下、ネタバレというか解釈)ディランが何を考えているのかわからない。ディランの気持ちがまったく理解できないからこそ、ニューポート・フォーク・フェスティバルでディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたことがどれだけのショックだったかということがこの作品を通じて追体験できる。少なくとも僕はそうだった。ディランの考えや気持ちが手に取るようにわかっていたら、きっとそうはいかなかっただろう。あるいはその後の歴史を知っているということがその場で起きることをストレートには直観させてくれなかったのではないだろうか。そういう意味ではディランについてなにがしかのことがわかっている人の方がこの映画は楽しめなかったはずで、自分がフェスの会場にいたらどう感じたのか、ボブ・ディランがポップ・ミュージックの歴史を書き換えたという認識は存在していなかった空間でディランの側に立つことはそれだけでもう失敗であり、ディランの行動を不可解なものとして感じさせるように冒頭から仕掛けてきた意味がなくなってしまったことだろう。僕はディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたシーンが最初はとても暴力的に感じられ、「なんで!」と不快な気分になりかけた。監督が意図したほど「客や主催者を怒らせることで爽快な気分になる」ことはなく、しかし、曲が進むに連れて「わからないけど面白い!」という感情が湧き上がってきた。出演者でディランの暴挙を止めるどころか、背中を押したのがジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)で、彼がディランをどう思っていたのか、そこはもっと描かれていてもよかったと思う。キャッシュを無法者として描く場面はあっても、彼がフォーク・フェスティバルでエレクトリックをよしとする根拠は説明不足だし、後にはデペッシュ・モードまでカヴァーする彼のモダンさがディランに影響したのか、しなかったのか、エレクトリックへの持ち替えをクライマックスとするなら、そこはもう少し描くべきではなかったかと(ちなみにジョニー・キャッシュがカヴァーした “Personal Jesus” はニナ・ハーゲンもカントリー・ソウル風にカヴァー)。

 『名もなき者』の原題は「A COMPLETE UNKNOWN」で、これを「まったくの無名」という意味で『名もなき者』という邦題にしたのだろう。しかし、作品を通して観ると「無名時代」と呼べるのは冒頭の数分だけで、ディランはすぐにもスターダムを駆け上がり、物語の大半は無名どころかディラン本人さえ知名度に振り回され、辟易とするシーンの方が長い。なので、「A COMPLETE UNKNOWN」は知名度を表すのではなく、まったく意味がわからないもの、それこそ「UNKNOWN」を教科書通りに「未知」と訳した方がいいのではないだろうか。「まるで意味不明」あるいは「お手上げ」とか、ディランを理解不能なものとして表現しているタイトルだと考えた方がしっくりくるのではないだろうか。境界性人格障害を扱った『17歳のカルテ』でリサ・ロウ(アンジェリーナ・ジョリー)がどうして暴力的に振舞うのか、あるいはアメ車がイタ車に戦いを挑む『フォードvsフェラーリ』でキャロル・シェルビー(マット・デイモン)やケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)がなぜそうまでスピードを出すことにこだわるのかさっぱりわからなかったように、意味不明な行動をする人間にマンゴールドは魅力を感じ、その磁場に観客も引きずり込んでいく。それこそ「THE」ではなく「A」なので、ディラン個人のことでさえないのかもしれないし、こういった人たちはわけがわからないからこそ語る価値があるというような。無茶な人たちがこの世界を前に進めていく。多様性を突き詰めたサーカスを始める『グレイテスト・ショーマン』しかり、考えようによっては『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、あからさまに「MAKE AMERICA GREAT」な『フォードvsフェラーリ』の流れを受けてトランプ時代を情緒的に肯定する作品だともいえる(両作は同じ60年代前半が舞台)。*3月5日付記--ショーン・ベイカー監督『レッド・ロケット』はトランプ時代の再来を批評的に予見した作品で、トランプが焦点化しない低所得層に光を当て続けたベイカーの新作『アノーラ』が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を抑えてアカデミー作品賞をとったのはなかなかに示唆的。

 僕がこれまでに観た数少ない音楽映画のなかで最も感心したのはグレン・グールドのドキュメンタリー映画『天才ピアニストの愛と孤独』だった。この作品だけがグールドは何者かという結論を出していない作品で、エピソードを並べれば並べるほどグールドという人が何者なのかわからなくなり、時に赤塚不二夫に見えたり、それもまた一面でしかなく、つくり手がもはや「わかりません!」と降参しているつくり方なのである。でも、そうなんだろうと思う。グレン・グールドとかボブ・ディランが何者であるかなんてそう簡単にわかるわけがなく、いくらでもわかった風な結論を与えて音楽映画というものはつくられがちである。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』という作品はそういうつくり方はしていない。この作品は60年代前半のディランを語り尽くされたドラマとして再現しなかったことが快挙であり、ディランが頭を抱えて苦悩するシーンが1秒もないことを楽しむべきなのである。(2024年2月22日記)

R.I.P. Roy Ayers - ele-king

 クラブ・ミュージックを聴く者にとってジャズ・ミュージシャンと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ロイ・エアーズだろう。それほどロイ・エアーズはクラブ・ミュージックと切っても切れないほど縁が深く、愛されてきたミュージシャンである。そんなロイ・エアーズが去る3月4日に亡くなった。長い闘病生活の末にニューヨークで家族に看取られて亡くなったそうで、享年84歳。2019年にブルーノートでライヴをおこなったのが最後の来日公演となったが、そのときは78歳ながら元気な姿を見せてくれていた。また、2020年にはエイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマドの『Jazz Is Dead』に参加し、その後も長く続くプロジェクトのきっかけにもなっていた。こうして現役の第一線で活躍していた彼がいつ頃から闘病生活を送っていたのかはよくわからないが、80歳くらいまでヴァイタリティに満ちた音楽生活を送れたのは彼にとって幸せなことだったろう。長く、そして濃密な音楽人生だった。

 ロイ・エアーズは1940年9月10日にロサンゼルスで生まれた。5歳のときにジャズ・ヴィブラフォンの祖であるライオネル・ハンプトンからマレットをプレゼントされ、ジャズ・ヴァイブ奏者の道を志す。1963年にピアニストのジャック・ウィルソンのグループでレコーディングをスタートし、そこでヴィブラフォン演奏の土台を築く。当時の西海岸はウェスト・コースト・ジャズの全盛期で、そうした中で自身のデビュー・アルバムとなる『West Coast Vibes』も同年にリリース。ジャック・ウィルソンが全面協力したこのアルバムは、“Out Of Sight” や “Ricardo’s Dilemma” という素晴らしいモーダル・ジャズを収録する。後年のユビキティ時代とは異なるロイのクールな魅力が詰まったアルバムだ。
 その後ニューヨークに移住し、フルート奏者のハービー・マンのバンドに加入。そして、マンが契約する〈アトランティック〉から1967年にリーダー・アルバムの『Virgo Vibes』を発表。チャールズ・トリヴァー、ジョー・ヘンダーソン、レジー・ワークマンらが参加したこのアルバムは、モードや新主流派といった1960年代のメインストリーム・ジャズの流れを汲むもので、こうした路線でハービー・ハンコック、ロン・カーターらと共演した『Stoned Soul Picnic』(1968年)、『Daddy Bug』(1969年)をリリースしていく。また、マンのグループで初来日した折、マン監修のもとカルテット編成で日本録音となるアルバムも発表している(ロイは日本のレコード会社と縁が深く、ユビキティ時代にも日本盤オンリーの『Live At The Montreux Jazz Festival』をリリースしている)。

 こうして正統的なジャズの道を進んできたロイだが、〈ポリドール〉へ移籍した1970年にジャズ・ファンクへ方向転換した『Ubiquity』をリリース。以後、このアルバムからグループ名をとったユビキティを率い、『He’s Coming』(1972年)、『Virgo Red』(1973年)、『Red Black & Green』(1973年)、『Change Up The Groove』(1974年)などをリリースしていく。ユビキティの屋台骨を担ったのは鍵盤奏者でアレンジャーのハリー・ウィテカーで、後にブラック・ルネッサンスのプロジェクトを興したことでも知られる人物だ。ほかにもフィリップ・ウー、エドウィン・バードソング、フスト・アルマリオ、ジェイムズ・メイソンなど多くのミュージシャンが参加し、またアルバムによってディー・ディー・ブリッジウォーター、シルヴィア・ストリップリンらのシンガーも擁していて、ロイは彼らをまとめるトータル・プロデューサー的な立ち位置であった。ユビキティではヴィブラフォン以外に鍵盤も演奏し、歌も歌うロイだが、自分が前面に出るよりもこうした仲間のミュージシャンたちをサポートし、バンド全体で音を聴かせる方向性を持っていた。

 モス・デフやケンドリック・ラマーらのサンプリング・ソースとして有名な『He’s Coming』の“We Live In Brooklyn Baby”に代表されるように、ユビキティ初期は硬質でアブストラクトなムードの漂う作品が印象的だったが、1975年の『A Tear To Smile』あたりからはグルーヴ感に富むダンサブルな楽曲が増えていく。ちなみにこのアルバムに収録された “2000 Black” は4ヒーローのディーゴがレーベル名にしたほどで、後世のアーティストにロイがいかに多大な影響を与えていたかを示している。
 一方、『Mystic Voyage』(1975年)や『Everybody Loves The Sunshine』(1976年)にはメロディアスでゆったりとしたミドル~スロー・テンポの曲があり、後にメロウ・グルーヴと称される。時代的にはディスコが始まった頃で、ロイはいちはやくそうした要素を取り入れるなど、時代を読む嗅覚にも長けていた。ユビキティ最終作となった『Lifeline』(1977年)の “Running Away” はガラージ・クラシックでハウス系DJのバイブルでもあるし(同時にア・トライブ・コールド・クエストやコモンらのサンプリング・ソースとしても有名)、ソロ名義の『You Send Me』(1978年)の “Can’t You See Me” や “Get On Up, Get On Down”、『Fever』(1979年)の “Love Will Bring Us Back Together” はブギー・クラシックとして、後年になっても長く聴かれ繋がれる。
 『Let’s Do It』(1978年)の“Sweet Tears”(『He’s Coming』収録曲の再演)は後にニューヨリカン・ソウルで自身も参加してカヴァーする。マスターズ・アット・ワークとは縁が深く、『Feeling Good』(1982年)の “Our Time Is Coming” も後年に彼らとコラボしてセルフ・カヴァーしている。ヒップホップ、ハウス、クラブ・ジャズ、レア・グルーヴなど、あらゆる方向のDJやクラブ・ミュージック・ラヴァーからリスペクトされたロイ・エアーズである。

1960年代、1970年代、1980年代と時代によって音楽性を変化させたロイだが、それは好奇心や探求心が旺盛だったことの表れでもある。1979年にアフリカ・ツアーをした際に前座を務めたフェラ・クティと意気投合し、『Music Of Many Colors』を制作する。1981年に『Africa, Center Of The World』をリリースするが、これはフェラ・クティとボブ・マーリーに捧げたもの。1983年の『Lots Of Love』収録の “Black Family” もフェラ・クティとの共演からインスパイアされたもので、アフロビートにラップ調のヴォーカルを乗せたスタイルという具合に、アフロビートやレゲエを柔軟に取り入れた時代もあった。

 ロイの功績としては、自身のレーベルある〈ウノ・メロディック〉を運営し、自分の作品以外にも様々なアーティストを世に送り出したことも挙げられる。シルヴィア・ストリップリン、エイティーズ・レディーズ、フスト・アルマリオ、エセル・ビティらが〈ウノ・メロディック〉出身で、“Daylight” やロイの “Everybody Loves The Sunshine” のカヴァーで知られるランプも彼のプロデュースによるものだ。後輩や後進に対して広く道筋を付けてくれたアーティストであり、前述のニューヨリカン・ソウル(マスターズ・アット・ワーク)やエイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハマドとのコラボなどはその表れと言える。日本においてもクロマニョンが “Midnight Magic” という曲で共演するなど、ロイをリスペクトして共演やコラボする例は世界中に広がった。ロイはそうした申し出を快く引き受けてくれる懐の深い人物であり、多くの人から愛されたミュージシャンだった。

つねに思い出そうとする
ただ楽しい時間を過ごすことを
パンダ・ベア “Comfy in Nautica”

 海に向かって彼女が手を振っている。逆光で陰になっているが、その表情は微笑んでいるに違いない。ザ・ビーチ・ボーイズの“グッド・ヴァイブレーション”は、58年後のいま聴いても、驚くべきほど革命的なポップ・ソングであることがわかるのだから、当時としてはそうとうな衝撃だったことだろう。プロダクションにおける実験性もさることながら、ポップ界のチャーリー・ブラウンことブライアン・ウィルソンのユートピア的な思いが、もはや海、夏、サーフィン、車、女の子たち……といった10代の男子が思い描くその範疇にはおさまらない、より高次な、宇宙規模での愛らしきものとしても脈打っていると、そんなたわごとも言いたくなる。ザ・ビートルズからクラフトワーク、山下達郎からジーザス&メリー・チェイン、多くの音楽家を打ちのめしてきたのもむべなるかなである。

 ノア・レノックス、パンダ・ベアの名で知られるアメリカはバルチモア出身で、ポルトガルはリスボン在住のミュージシャンも、子供で純粋、という意味ではインディ界のチャーリー・ブラウンだったのかもしれないが、ネヴァーランドの住人ではなかった。大人になることを受け入れて、それを宣言したような曲も発表している(“My Girl”という曲である)。彼はまたウィルソンと同様、サイケデリアの扉を開けたひとりではあって、しかしウィルソンと違ってその部屋から出ていったようには思えない。レノックスはいまでもそこにいて音楽を作っている。大人になったいまも、そして離婚を経験したいまも。

 アニマル・コレクティヴとの出会い方にはふた通りの回路があった。ひとつの回路は、90年代からずっと、グランジのハイプに惑わされずに、オルタナ・カントリーをはじめ、USアンダーグラウンドで活況を見せていたインディ・ロックをしつこく追いかけていた連中である。
 もうひとつは、このバンドを世に広めた〈ファット・キャット〉経由だ。もともとは、90年代前半はコヴェント・ガーデンの外れの地下に店を構えるレコード店で、当初はロンドンにおけるデトロイト・テクノの拠点のような品揃えだった。〈Warp〉がまだレイヴに片足を突っ込んでいたころ、無名時代のAFXやB12のような音源は、この小さな店が中心となってプロモートした(そしてこの時代、ぼくは幸運にも「おまえここに住んでいると思っていたよ」と間違われたくらいに通った)。
 90年代後半、その目利きを活かしてレーベル事業をはじめた〈ファット・キャット〉は、ポスト・レイヴ時代における先導者のひとつとなって、ブレイクコア、ポスト・ロック、IDM、グリッチ……といった細分化されたアンダーグラウンドにおける起点となるような作品をいくつもリリースしている。そして、やがてはポスト・クラシカルでひと山当てるこのレーベルが先鞭を付けたのが、アニマル・コレクティヴであり、ヴァシュティ・バニヤンといった、当時としては新鮮に思えた「フォーキー」なサウンドだった。ぼくはこの流れでアニマル・コレクティヴを知り、聴いて、好きになったひとりである。
 好きになった最大の理由はその音響的な新鮮さにあったが、そこからくみ取れるポスト・レイヴのサイケデリアにおける喜びと、そして悲しみに心動かされもした。『キャンプファイア・ソングス』(2003)——あの酔っぱらった、いかれたフォーク・ソングが大好きだった。商業化されたレイヴよりも友人とキャンプに行ってたき火をしながら歌う方がたしかに楽しい。だが、しかし、その先に何があるというのか……それでもぼくは、ニュー・レイヴではなくこちらを選んだことにまったく迷いはなかった。

 そう、それでブライアン・ウィルソンが1966年に制作しながら幻となった『スマイル』の2004年版を、発売から数年後に聴いて「お、なんかアニマル・コレクティヴみたいじゃん」と思ったのだが、いやいや、周知のようにレノックスがザ・ビーチ・ボーイズに影響されているのである。とはいえ、レノックスが取り入れたウィルソン風のメロディラインとハーモニーには、ウィルソンが影響を受けたザ・フォー・フレッシュメン(50年代に人気を博した男性ヴォーカル・カルテット)のような透明感はない。初期はローファイで、賛美歌めいてもいたし、なんか違うのだ。チャック・ベリーからの影響を波乗りの感覚へと変換したグルーヴもない。が、その代わりと言ってはなんだが、キング・タビーやハリー・ムンディ(メロウなダブの達人)をはじめとする70年代ジャマイカの音響職人たちからの影響をレノックスなりの水中遊泳へと変換したかのような奇妙なウィアードダブ・サウンドがあった。
 〈ドミノ〉に移籍してからのアニマル・コレクティヴ/パンダ・ベアを特徴づけるのは、ソフト・トリップなサイケデリアの工作室とそのポップな展開だが、それは果たして手段としてのサイケデリアか目的としてのそれか、どちらなのだろうかと。ウィルソンにとってのそれが手段であったことは、“ゴッド・オンリー・ノウズ”のような曲で聴ける我が身を引き裂くほどの愛を聴けばわかるが、レノックスにとってのそれも、ユートピストとしての彼のヴィジョンを描くための手段である、とぼくは思っている。
 レノックスは、ザ・ビーチ・ボーイズの1965年の有名な歌詞のラインをそのまま音楽制作において実行しているかのようだ——つまり、“She Knows Me Too Well” で歌われる「ときには愛を伝えるのに、ぼくは奇妙ウィアードな方法をとってしまう」と。その奇妙さウィアードが彼のサイケデリアであって、だが、しかしその本質はレノックスが『パーソン・ピッチ』(2007)で歌っていることなのだろう、すなわち「つねに思い出そうとするんだ/ただ、楽しい時間を過ごすことを」と。

 もっとも彼は言葉のひとではない。じっさい昔のインタヴューで、歌詞やメロディよりもまずは土台となるサウンドを優先して作っていると話している。ソニック・ブームとの共作もそうだが、『パーソン・ピッチ』(2007)における水中めいた音響──サーフ音楽とダブ&テクノの融合、忘れてもらっては困るがここにはウラディスラヴ・ディレイら北欧ダブ・ミニマリズムからの影響も含まれている。『メリウェザー・ポスト・パビリオン』(2008)の冒頭における轟音とエーテル状のゆらめき、もちろん『トムボーイ』(2011)や『ブーイ』(2019)においてもそうだ。彼の奇妙なウィアード音響アイデアの具現化は、音響工作によるサイケデリアと説明できるだろう。
 『トムボーイ』の歌詞においてサーフボードを人生に喩えたように、レノックスの作品ごとのサイケデリアはその描き方であって、結果として描かれたものは、総じて温かく愛らしいものに溢れている。愛がなければ生きる価値はないと言わんばかりの1966年のウィルソンとパラレルな関係にあると言えるかもしれないが、そこには男子が夢見る夏も車も女の子もいない。そして、アッパーにはならず、かといってダウナーにもならない。 “My Girl” によれば、「欲しいものはあまりない。ゆるぎない魂と血と、小さな娘と伴侶と、生活できる住処が欲しいだけ」なのだ。

 「サイケデリック治療で奇跡的な結果が得られる人は多いのだから、探求する価値のある行為であることは間違いないね」と、レノックスはあるインタヴューで答えている。人生の暗い側面を追求した(我が愛しき)80年代のUKインディーズ——「ぼくが欲しいものはぼくが決して得られないもの。それは信頼できる恋人とベッド」——とは対照的に、パンダ・ベアの音楽はたとえ「幸せについての悲しい歌」であったとしても、人生を前進させようとする温さから離れない。その微笑みにイラつくことがないかと言えば、ぶっちゃけたところあるにはあるのだが、レノックスの柔らかさがいまもまだ欠如しているとしたら、この音楽は反時代的で、46歳になっても初心を忘れずにあらたな音響アイデアをひねり出していることにはあらためて敬意を表したいと思う次第である。
 新作『シニスター・グリフト』、「不吉な詐欺」なるタイトルのニュー・アルバムは、既述したように彼が「伴侶」と別れてからの作品で、人生の悲しみのなかで制作されているはずだが、またしてもここでブライアン・ウィルソン流の歌メロを引っ張り出している……そればかりか、アルバムを音響アイデア満載のポップス集としてまとめあげている。早い話、これまでのキャリアにおいて、もっともグルーヴィーなポップ・ソングと呼びうるもののレパートリーを披露しているのだ。人生の悲しみをポップスで乗り越える、うん、それはそれでひとつの哲学じゃないか。
 「ぼくの心は壊れる前に折れる」——アルバム冒頭の曲のこの痛々しい言葉は、60年代風の軽快なビートとメロディで中和され、その浮ついた曲調に少々面を食らうが、「小さな娘」をフィーチャーしたトロピカルな2曲目“Anywhere but Here”の陽光とダブの音響工作による心地良きゆるさにはまったく逆らえない自分がいる(『フロウ・モーション』期のカンのようだ)。同じことがペダル・スティールを効果的に使った“50mg”、ザ・ビートルズめいたキャッチーなサイケデリア“Ends Meet”にも言えるだろう。ぼくが思うに、前半の4曲はほとんど完璧な展開だ。
 後半のはじまり、レゲエのリズムを応用した“Just as Well”も悪くはないが、続く“Ferry Lady”におけるダブのアイデアが秀逸で、未練がましい歌詞とは裏腹のリー・ペリーめいた遊び心は、これまでもレノックスのソロ作ではたびたび顔を出しているとはいえ、その突出した成果だと言える。
 徒労感を露呈する歌詞とサウンドの“Venom's In”以降の2曲──“Left in the Cold”と“Elegy for Noah Lou”は、前半の明るさとは対極の冷たい洞窟で、しかし2003年あたりからレノックスの音楽を聴いているファンにしたら、俺たちのパンダ・ベアが帰ってきたと思うかもしれない魅惑的な曲でもある。ことにアルバムでもっとも長尺の後者は、あの素晴らしき『サング・トングス』における冬の冷たさのアンビエンスにリンクしているのではないかと。シンディ・リーが参加したクローザーの“Defense”は、『ピッチフォーク』の読者のためにあるわけではないだろうが(両者とも同メディアがフックアップした)、キラキラしたギターと力強いリズムをもったこの曲を聴いてからふたたび冒頭の“Praise”を聴いてみると、世界は違って見えるから不思議だ。

 ぼくがいちばん最初に好きになったアニマル・コレクティヴの曲は、“The Softest Voice(もっともソフトな声)”である。昔、たまにDJをやっていた頃、クラブでこの曲をかけたらいっきにフロアからひとがいなくなったことがある。「もう家に帰って、パジャマを着てベッドに入ろう」、クラバーたちはそう言われた気分になったのかもしれない。ノア・レノックスが20年以上ものあいだサイケデリック・ポップなるものを追求し、拡張させ、そこに新しいアイデアを放り込んでは忘れがたい作品を複数枚作ってきたことはじゅうぶん称賛に値する。ハードであることをぼくは決して嫌悪しているわけではないけれど、ハード・ロックの時代にソフト・ロックが軽んじられたように、ソフトなものはつねにハードなものに押しつぶされそうになる。サーフ・ポップをダブと接続することで切り開かれたサイケデリアは、じつはソフトなものにこそまだやれることがあるんだと言わんばかりに、我々の耳を楽しませ、心をざわめかせる。ノア・レノックスが暮らすリスボンは、ベルリンでは生活費が高くて住めないというボヘミアンたちが集まっている街である。美しい海もある。さあ、みんなで手を振ろう。

【蛇足】
パンダ・ベアのキャリアにおいて例外的な作品はふたつある。911直後に制作された『ダンス・マナテー』(2001)、そしてレノックスの父親の死が大きな影響をおよぼしている『ヤング・プレイヤー』(2004)だ。後者はファンのあいだでは人気作だが、ぼくは彼の作品で唯一ダークな前者もまったく嫌いではない。

Marta de Pascalis - ele-king

 マルタ・デ・パスカリスはベルリン在住のイタリア人コンポーザー/サウンド・デザイナー/シンセサイザー奏者だ。これまで《Berlin Atonal》や《Mutek》といったフェス、カフェ・オトなどでパフォーマンスをおこなってきた彼女は、『Quitratue』(2014)、『Anzar』(2016)、『Her Core』(2018)、『Sonus Ruinae』(2020)とコンスタントに作品も発表、なかでもカテリーナ・バルビエリ主宰の〈Light Years〉から送り出された最新作『Sky Flesh』(2023)は評判となり、日本でも多くのレコード店でソールドアウトになっているという。そんな彼女による来日公演ツアーが開催中です(巡業先は新潟、名古屋、加西、京都、大阪、東京)。お近くの方は足を運んでみよう。

【ツアースケジュール】
3月2日(日) 東京 落合 Soup
 イベント名//Electronication in Japan

 共演//SNH + Ayami Suzuki + Kyosuke Terada(VJ),Kurando, natsuehitsuji, Geoff Matters dj: Inqapool
3月8日(土) 新潟 ビュー福島潟
 イベント名//experimental rooms #47
 共演//福島麗秋山 + 福島諭 DJ: Jacob D. Fabregas
3月13日(木) 名古屋 Duct
 イベント名// Ante-nnA
 共演//KAMAGEN, Ek dui tin char, CazU-23 DJ: Ohasyyy VJ Yum
3月15日(土) 加西 Tobira Records
イベント名// in store show case vol.62
 共演//Perila, Computer Station, Daniel Majer, Kochou no Yume dj: Kaoru, nishihiroshi, RAlooE
3月17日(月) 京都 UrBANGUILD
 共演//立石雷、Krikor Kouchian dj: KJ Trypta
3月20日(木) 大阪 Environment 0g
 イベント名//Aural Execution for Argument
 共演//Ryo Murakami, 黒岩あすか + foreign.f + Dagdrøm, Vesparium Role dj: Zodiak, Junya Hirano
3月21日(金) 京都 外
 イベント名//Marina di Jodoji
 共演//Kazumichi Komatsu, Vís, 1729
3月26日(水) 東京 Forestlimit
 イベント名/ /K/A/T/O Massacre
 共演//TBA

interview with Acidclank (Yota Mori) - ele-king

 一心不乱にモジュラー・シンセを操作しながら身体を揺らすひとりの若者の姿──それが最初に観たAcidclankの動画だった。随所にグリッチやドリルンベースっぽい要素が挿入されるそのインプロヴィゼイションを耳にし、これはロレイン・ジェイムズやイグルーゴーストといった今日におけるエレクトロニック・ミュージックの牽引者たちと並べて語るべき新世代かもしれない──そんな話が編集部では浮上した。
 たしかに、間違ってはいない。けれどもAcidclankのバックグラウンドはその先入見を超えたところに存在していた。旧作を遡って聴いていくと、随所でギターが小さくはない役割を果たしている。そもそも音楽に目覚めたきっかけは、父親のギターを触ったことだったという。Acidclank自体、もともとはバンドだった。なるほど、シューゲイズやマッドチェスターの恍惚を頼りにエレクトロニック・ミュージックの深き森を分け入っていった結果、モジュラー・シンセと出会うことになった、と。

 2月にCDでリリースされ、3月5日にLPが発売される通算6枚目のアルバムは『In Dissolve』と題されている。溶解中。あるいは、溶解して。ブックレットにはAcidclankことYota Mori当人がつづった英文が記されている。「境界が曖昧になり、どこからどこまでが “自分” なのかわからなくなる/天井から滴が落ちる。それは雨なのか、それとも自分が溶けていく音なのか/確かめる術はない」
 コンセプトはずばり、トランスだ。むろんそれは音楽スタイルのことではなくて、ある種の体験、意識の変容を指している。面白いのは、そんなトランス状態に達するための道筋はけしてひとつではないということを、このアルバムが身をもって実践している点だろう。新作にはガムランもあればぶりぶりのアシッド・サウンドもあるし、ドラムンベースもジョニー・マー風ギターもダブステップも含まれている。個人的に唸らされたのは “Mantra” で、かそけきダブ・テクノをバックに親しみやすいアコースティック・ギターとスーパーカーからの影響が色濃くにじんだヴォーカルが浮遊していくさまには舌を巻かざるをえなかった。こんな組み合わせがありえたのか、と。
 屋号からしてサイケデリックなこのトラックメイカー/シンガー・ソングライターはいったいどんな音楽遍歴をたどってきたのか? きたる3月7日にはCIRCUS Tokyoでリリース・パーティを控えるYota Mori。その背景を探ってみようではないか。

世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

新作は「トランス」がコンセプトだそうですね。

MORI:「アシッドクランク」という名前のとおり、サイケデリックな音楽表現をやりたいという想いが最初からありました。これまでのアルバムでも「サイケデリック」や「トランス」的なものをテーマにしていて。ただ今回はそれをより前面に押し出して、よりコンセプチュアルにつくったという感じですね。

アシッドクランクはバンドだった時期もあるんですよね。

MORI:アシッドクランクをはじめたのが大学2年か3年のころで、当初はサウンドクラウドに曲を上げて反応を見るみたいなところからスタートしました。そうしたことをしばらくやっているうちに自分の曲をバンド・セットでもやってみたくなって、メンバーを集めたんです。いまでこそモジュラー・シンセサイザーを使っていますけど、そのときは僕を含めて4人編成のギター・ロック・バンドで、UKのロックやオルタナティヴ・ロックから影響を受けたサウンドでした。その後〈3P3B〉というレーベルに声をかけてもらってセカンド・アルバム『Addiction』を出すことになって。

それが何年ですか?

MORI:2018年ですね。このときはCDとLPだったんですが、全国流通盤としてアルバムをリリースしたのはそれが最初でした。それ以前はバンドキャンプで宅録のアルバムを出していて、なのでバンドとして初めて出したアルバムが『Addiction』ですね。その後あらためて宅録のソロ・プロジェクトに戻って、いまのアシッドクランクになります。

ソロ・プロジェクトに戻そうと思ったのはなぜです?

MORI:やっぱりバンドの枠組みのなかでは自分のやれることが制限されてきたなっていう思いがあって。それで一度解散しました。といってもメンバー間で衝突したというわけではなく。レーベルのリリースがバンド主体だったこともあって、バンド・サウンド的なものをもとめられていたんですね。でもそれ以外にもやりたいことがあった。なので、初心に立ち返って自由にやりたいということで、名前はそのままにソロ・プロジェクトに戻したんです。それが現在までつづいている感じですね。

なるほど、ではバンドとして出したのは『Addiction』だけなんですね。

MORI:そうです。その後〈Ano(t)raks〉というネット・レーベルからサード・アルバム『Apache Sound』を出したり、セルフ・リリースでフォース・アルバム『Vivid』をバンドキャンプ経由で出したりと、ソロに戻ってからはけっこう自由にやっていましたね。

最初に音楽に目覚めたのはいつごろですか?

MORI:本格的に音楽を聴きはじめたのは高校からです。といっても当時リアルタイムで流行していた音楽より、昔の音楽を聴き漁っていた感じで。家に置いてあった父親のアコースティック・ギターを触ったのがきっかけでした。最初は父親が好きなフォーク・ソングの弾き語りをしたり、エリック・クラプトンのMTVアンプラグドのライヴ映像を観たりしていて、フィンガーでブルースを弾いたりとか、アコギばっかり弾いてましたね。その延長でオアシスとかを聴きはじめて、という流れです。

やはりギターの存在は大きかったんでしょうか。サード以降のソロ作でもけっこうギターの存在感がありますよね。

MORI:原体験というか。やっぱり音楽をはじめたきっかけだったので。いまでも音源にはよく入れますね。

プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。

音楽を自分でやるようになって、同時代でピンときた作品やアーティストはいましたか?

MORI:あまりリアルタイムの音楽を聴くということをしていないんです。当時はオアシスから遡るというか……日本のバンドでいうと、その世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

やはりそうですよね。節々からSUPERCARの影響が感じられるなと思って、お尋ねしようと思っていました。聴きはじめたときはすでに解散していたと思うんですが、どんなふうに出会ったんでしょう?

MORI:高校生のとき、ぜんぜん友だちがいなくて(笑)。ずっと家で音楽を聴いてるか、ギター弾いてるかだったんです。その時点でもうユーチューブはあったので、それで聴きはじめましたね。

シューゲイズのバンドより先に、SUPERCARと出会って。

MORI:そうですね。SUPERCARが先ですね。シューゲイズだと、やっぱりマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは好きですが、ティーンエイジ・フィルムスターというバンドがとくに好きで。そういうマッドチェスター的な要素が入ったバンドが好きですね。ライドとか。大きな音でフィードバック・ノイズを聴いていると、やっぱりちょっとトランシーな感覚になるというか、そういう部分はアシッドクランクでも表現したいと思っています。それでライヴでもかなりシューゲイズ寄りの曲をやってますね。

ロックだとほかにはどういうものが好きだったんでしょうか?

MORI:プログレをめちゃくちゃ聴いていましたね。大学生のころ、カケハシ・レコードっていうレコード屋でいっぱい買ってました。最初はピンク・フロイドやキング・クリムゾンから入って、ソフト・マシーンだったりジェントル・ジャイアントだったり、本当にいろいろ聴き漁りましたね。プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。前半はA面として聴いてほしいし、後半はB面として聴いてほしくて。けっこうプログレっぽいアルバムにしようとは今回考えましたね。

もともとは大阪で活動されていたんですよね。上京したのが2023年で。

MORI:はい。引っ越してきたタイミングがちょうどフジロックのレッドマーキーに出演したあとで。そのとき年齢的にも30手前だったということもあって、大阪でやってた仕事を辞めて、音楽だけでやってみようっていうモチベーションで東京に来ました。

上京前は大阪のなにかしらのシーンと接点があったんでしょうか?

MORI:大阪はけっこう洋楽志向っぽいインディというか、アシッドクランクに似た系統のバンドもわりといましたね。ただそっちはいわゆるオルタナな感じというか、アシッドクランクはダンス・ミュージックの要素もあるので、シーンに溶けこめていたかというと、あまりそうではなかったような気がします。

最初に観たアシッドクランクの動画がモジュラー・シンセのものだったので、完全にその先入見でとらえてしまっていたんですが、過去作を遡っていくと、けっこうギター・サウンドだなと新鮮な体験でした。

MORI:原体験がオアシスなので。

メロディがキャッチーなのにも、そうした原体験が影響しているんでしょうか。

MORI:そうですね。メロディは作曲の過程でも大事にしていて、どれほどアヴァンギャルドなトラックだろうともメロディはきれいにしようと心がけています。それは、エイフェックス・ツインの影響もありますね。彼も激しいドラムンベースにきれいなメロディを載せたり、すごくきれいなピアノの曲をつくったりしますよね。エイフェックス・ツインでいちばん好きなのは『Drukqs』なんですが、そうした影響は大きいと思います。

モジュラー・シンセに関心が向かったのはいつで、なぜそうなったのですか?

MORI:はじめたのはコロナ禍の最中でしたね。時間とお金に余裕ができて。ただ興味をもったのはそれ以前で、フォー・テットがDJセットの脇にモジュラーを置いているのを見たときでした。それで自分の制作のとき横に置いておきたいなと思って買ったんです。そこから集めはじめて現在に至る感じです。やっぱりダンス・ミュージックの表現をやっていくうえで、ギターだと表現できないこともあって。でもだからといってMacbookを置いてライヴするのもちがうなと感じていたので、いいツールに出会えたと思っています。それでライヴでも使うようになりましたね。

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エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。

過去作をたどると、『Vivid』から音響が変わって、エレクトロニックがメインになった感じなのかなと思ったのですが。

MORI:まさに『Vivid』からですね。積極的にアナログ・シンセをとりいれはじめて。ギター・ロックはもうけっこうやってきたので、いま関心が高いのはダンス・ミュージックですね。新作にもバンド・サウンドは入ってるんですけど、関心はダンスのほうが高いかな。

ダンス・ミュージックだとどういうものがお好きなんですか?

MORI:エイフェックス・ツインとかスクエアプッシャーとか〈Warp〉系がいちばん好きですね。ボーズ・オブ・カナダもめちゃくちゃ好きですし。あとは、フォークトロニカの音響も好きですね。エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。そういうところにじぶんは惹かれるんだろうなと思います。

新作の最後の曲は、途中からレコードのパチパチ音が入ってきて、ダブステップのビートになっていきます。これは、ベリアルですよね?

MORI:ですね(笑)。ベリアルと、あとマウント・キンビーからも影響を受けているんですが、そのあたりの耳にいい音響の感じは意識していますね。そういうところでリスナーに気持ちよくなってほしいという思いでつくりました。

音響はアルバムを出すごとに洗練されていっている印象を受けました。濁らせるというよりはきれいな方向に向かっているというか。

MORI:どちらも好きなんですけど、今回はハイファイな方向に振り切った感じですね。ごりごりのノイズはライヴで表現したいので、音源は音源できれいなほうに振り切ろうと思ってミックスもやりました。

新作は1曲1曲タイプがちがっていて、いろんなスタイルを1枚に詰めこんだ雑食的なアルバムになっています。

MORI:これまでもいろんなジャンルを入れてはきたんですが、今作はよりコンセプチュアルにまとめています。ひとつのおなじテーマでアルバムをつくったのは今回が初めてなんです。そういう点ではまとまりはできているかなと。

1曲目はガムランで。

MORI:ですね。ただあれは、サンプルも入ってはいるんですが、基本的にはモジュラー・シンセでつくった音なんです。物理モデリングっていう。モジュラーを使いだしてからアナログ・シンセでそういう音を出せるということを知って、いつかやってみたいと思っていたので、今回ようやくという感じです。

インドネシアの音楽を研究したというわけではなく。

MORI:そっち方面の音楽もけっこう好きではあります。じつは幼いころ、マレーシアに住んでいたんですよ。父親の仕事の関係で、幼稚園〜小学生のころ、4年くらい暮らしていました。そのとき東南アジアのいろんなところに連れていってもらったりもして、そういう音楽も知らず知らずのうちに聴いていたし、いまでも好きなので、今回自然にとりいれられたのかもしれないです。

新作は「トランス状態の追体験」がテーマですが、サイケデリックな音楽でいちばんやばいと思った音楽はなんでしたか?

MORI:マニュエル・ゲッチングの『Inventions For Electric Guitar』(1975)ですね。ずっとミュート・ギターが左右で鳴っていて、あれはすごかったです。

トランスへの欲望には、現実がいやだというような思いもあったりするんでしょうか?

MORI:とくにそういうわけではないんですけど、せっかくアルバムを聴いてもらえるんだったらやっぱり非日常的な体験をしてもらいたいなと。

新作でいちばん苦労した曲はどれでしたか?

MORI:曲単体というよりは、流れを考えるのがすごく大変でしたね。A面は全部BPM120で揃えてシームレスにつなげてるんですけど、LPを出すことが決まっていたので、最初からそういう構想はしていました。だから流れをどうしようか、シームレスに聴けるかどうかっていうところに最後まで悩みましたね。

最近のエレクトロニック系の音楽で気にいっているミュージシャンはいますか?

MORI:バーカー(Barker)ですかね。リズム・パートが鳴っていなくてミニマルなコードが鳴っているような。ロレンツォ・センニとか、あまりビートが入っていない、ウワモノだけでつくっているようなのが好きですね。

新作にはダブ・テクノも入っていますよね。

MORI:そこらへんもすごく好きですね。

“Mantra” はトラックはミニマル・ダブなのに、ギターも鳴っていて、メロディラインはSUPERCAR風で、おもしろい組みあわせだなと思いました。

MORI:そういえばあの曲はけっこう大変だったかもしれない。「どんな曲になるんやろ?」って、最後まであまりイメージが固まらずつくっていたおぼえがあります。後ろでぽこぽこなっているのはぜんぶリゾネーターのシンセなんですが、そこにギターを重ねてつくりましたね。

しかもそれにつづくのがドラムンベースで。ほんとうにタイプのちがう曲が1枚に詰めこまれていますよね。

MORI:ライヴのソロ・セットはけっこうそっち寄りなんですよ。3月7日のリリース・パーティではバンド・セットとソロ・セット、どちらも披露します。

サポートの中尾憲太郎さんとはどういう経緯で?

MORI:中尾さんは、モジュラー・シンセ友だちみたいな感じで。中尾さんもソロで4つ打ちのダンス・ミュージックをやっているんですけど、そういうイベントで知りあって、その流れでサポートもやってもらうことになりました。モジュラー・シンセって、自分のやりたいことが見えてないとどんどん深みにハマっていくんですけど、自分のソロ・セットはここ1年くらいでどういう音楽をやりたいのかっていうのが見えてきましたね。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

MORI:アルバムを一度通しで聴いてほしい、それだけに集中して聴いてみてほしい、というのはありますね。たとえば部屋を真っ暗にして、スピーカーに向かって通しで聴いてみてほしいというか。そういう思いはありますね。そのうえで、ぜひ一度ライヴにも来てほしいなと思っています。アシッドクランクで表現したいことって、ライヴを体験してもらって初めてわかってもらえるのかなとも思っていて。大きな音で、ウーファーの揺れとか含めてトランス体験ができるはずです。

[リリース情報]
Acidclank
ALBUM
『In Dissolve』
2025.02.05 [CD] / 03.05 [VINYL]
PCD-25459 / PLP-7534
定価:¥2,750(税抜¥2,500) / ¥4,500(税抜¥4,091)
Label:P-VINE
※linkfire:https://p-vine.lnk.to/32QIyc

Tracklist:
1. Enigma
2. Hide Your Navel
3. Hallucination
4. Radiance
5. Mantra
6. Remember Me
7. Out Of View
8. Grounding

[リリースイベント情報]
Acidclank 「In Dissolve」 Release Party
『acidplex (dissolution)』

日時:2025年3月7日(金)
OPEN / START:18:00 / 18:30
会場:東京・渋谷 CIRCUS Tokyo
LIVE:Acidclank
GUEST:Big Animal Theory
Ticket:
pia https://w.pia.jp/t/acidclank-t/

Acidclank:
@ACIDCLANK
@y0ta1993
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interview with DARKSIDE (Nicolás Jaar) - ele-king

 最初のEPから早14年。その後『Psychic』(2013)、『Spiral』(2021)と冒険を繰り広げ、サイド・プロジェクトと呼ぶのがはばかられるクオリティを見せつけてきたダークサイド。その最新作『Nothing』もまた大胆不敵な即興演奏とエディットが美しく実を結んでいる。
 2010年代以降におけるエレクトロニック・ミュージックの重要人物のひとり、近年はダンスにフォーカスしたアゲンスト・オール・ロジック名義での活躍も忘れがたいニコラス・ジャーと、ジャズ~即興演奏にルーツをもつデイヴ・ハリントン。ふたりがそれぞれソロではできないことを追求するアヴァンギャルド・バンドがダークサイドである、と言ってしまうと今日ではフェイク・ニュースになってしまう。彼らは新たなメンバー──かつてハリントンが属していたバンド、アームズのドラマーでもあるトラカエル・エスパルザ──を迎え、現在では3人組になっている。
 さまざまな音楽を貪欲に参照し独自に昇華していくそのあり方はいまでも変わらない。4年ぶりの新作はダークサイド流のダブが炸裂する “Slau” にはじまるが、ファンクのグルーヴが昂揚をもたらす “S.N.C.” にパンキッシュなダンス・チューンの “Graucha Max”、ラテンの風を呼びこむ “American References” などなど、アルバムはこれまで以上にヴァラエティに富んでいる。途中でがらりと風景を変える “Are You Tired” なんかは、彼らの編集術のひとつの到達点かもしれない。
 随所でノイズがふんだんに用いられているところにも注目すべきだろう。前作『Spiral』にパンデミックを先どりしたような曲が収められていたことを踏まえるなら、新作もまたこの激動の時代にたいするアンサーのような要素を含んでいるのではないか?
 奇しくも、今回の新作の情報はLA大火災のタイミングでアナウンスされることになったわけだが、メンバーのうち当地にいたハリントンとエスパルザはまさにその被害を受けてしまったそうだ。そんな大変な状況のなか、ロンドンにいたニコラス・ジャーが取材に応じてくれた。通訳の青木さんによれば、思慮深く、慎重にことばを選んでいたという。

自分がつねに目指しているのは、スロウでありながら推進力があり、動きのあるエレクトロニック・ミュージックをつくる方法を見つけることなんだ。

大火災で大変ななか取材をお受けくださり、ありがとうございます。1月末にようやく鎮火したそうですが、あなたたち自身にも被害は及びましたか? この1か月どのように過ごされていたのでしょう。

ニコラス・ジャー(Nicolás Jaar、以下NJ):質問をありがとう。バンド・メンバーのほかのふたり、トラカエル・エスパルザとデイヴ・ハリントンは当時ロスにいたから、避難せざるをえなかった。ふたりとも無事で、家に戻ることができた。自分はずっとロンドンにいたので、火災の直接的な影響はそれほど受けなかったよ。

ダークサイドは、メンバーそれぞれのソロ活動とはべつに気軽にとりくめるプロジェクトという位置づけだったと思いますが、それは今回も変わりませんか?

NJ:面白い質問だね(笑)。トラカエル・エスパルザが加入した2022年以降、ダークサイドはバンドの新たなフェーズに入りつつあり、バンドとしての活動がより活発になった。少なくとも年に1回はツアーをおこなうようになり、アルバム『Live at Spiral House』のようなジャムの形や、『Nothing』のようなスタジオ・アルバムという形をとおして、一緒に音楽をつくることが以前よりも多くなった。自分にとって『Nothing』は、これまでの音楽人生でもっともエキサイティングなプロジェクトのひとつ。今後がすごく楽しみだし、このアルバムが自分たちをどこに連れていくのか見てみたい。自分たちはこのプロジェクトが大好きで、お互い一緒に仕事をすることに喜びを感じている。トラカエル・エスパルザと仕事をするようになったことで、バンドは根本的に変わり、以前は表現できなかった新しいサウンドが表現できるようになった。

3人編成になった経緯を教えてください。

NJ:ロサンゼルスでトラカエルと毎日演奏するようになったのは、2022年の7月か6月頃だった。テナントを2、3か月間借りて、そこで毎日演奏して、ジャムをして、ドアを開けっ放しにして、ひとが出入りできるようにしていた。そうやってバンド活動を再開したんだ。それ以来、バンドは大きく変わったと思う。

3人になったことで音楽制作の方法に変化はありましたか? 3人一緒にスタジオに入ったのでしょうか?

NJ:そうだよ。3人で一緒に音楽をつくっているし、トラカエルが新たなアイディアやサウンド、そしてハーモニーやパーカッションのアイディアをいろいろと出してくれるから、スタジオの雰囲気も変わった。だからバンドとして大きく成長できたと思う。

役割分担のようなものはありましたか?

NJ:役割分担がはっきりしているとは言えないね。スタジオでは、ひとりひとりがちがう役割を担うことができるから。とはいえ、デイヴはマルチ・インストゥルメンタリストで、たくさんの楽器を演奏する。彼はオルガン、ピアノ、ギター、ベースを弾くし、コンガやパーカッションも演奏できる。トラカエルはおもにドラム・セットとパーカッションを演奏して、自分はおもにシンセサイザーや自分の声、そしてコンピュータ関連のエフェクトとシーケンスを扱っていた。でも、トラカエルがシーケンサーのアイディアを出してコンピュータを扱うこともあった。ときにはデイヴが……あるいはトラカエルが歌うこともある。トラカエルと自分が一緒に歌う曲もあるんだ。だから、すべてがとても流動的なんだ。

カンは若いころからずっと、自分のインスピレイションとしてDNAのように組み込まれている。20年以上前から。それに自分はずっとカンの大ファンだった。

ニュー・アルバム『Nothing』の1曲目はダークサイド流の独自のダブで驚きました。本作制作中にダブを聴きこむことはあったのでしょうか?

NJ:最近はダブをよく聴いているよ。音楽制作の過程では当然、多くのインスピレイションが無意識にあらわれてくる。自分がつねに目指しているのは、スロウでありながら推進力があり、動きのあるエレクトロニック・ミュージックをつくる方法を見つけることなんだ。最初の曲はその両方を兼ね備えていると思う。

あなたにとって最高のダブ・マスターはだれですか?

NJ:キング・タビーやスライ&ロビーなど、すべてをはじめた正真正銘のオリジネーターたち。究極のダブはいつの時代においてもジャマイカにあると思う。ダブはジャマイカに宿っている。ダブはジャマイカのものなんだ。もし自分たちやほかのだれかが、ダブからインスピレイションを受けているのであれば、それはジャマイカという島の驚くべき音の達人たちや天才たちからインスピレイションを受けているということなんだ。たとえばベーシック・チャンネルなど。そういうひとたちも自分にとってのインスピレイションではある。でも、おもなインスピレイションは「源」にあるんだ。そして、ダブの源とは、当然、キング・タビーやリー・ペリー、スライ&ロビーなど……ほかにもたくさんいる。

途中でがらりと雰囲気が変わる “Are You Tired? (Keep on Singing)” のように、新作はこれまで以上にコラージュの感覚が増しているように感じました。ダークサイドの音楽は数々の即興演奏と録音後の編集から成り立っていると想像しますが、やはり編集に費やす時間が大きいですか?

NJ:そうだね。質問制作者の意見に同意するよ。そういう成り立ちだ。ジャムをして、ジャムが終わったら編集をはじめる。でもジャムにかんしては、起きるべきことはすべてジャムで発生させるようにしているんだ。

即興演奏とテープ編集の先駆者であるケルンのバンド、カン(CAN)について思うところを教えてください。

NJ:自分が10代の頃、1999年にチリからニューヨークに来て、初めてカンのレコードを聴いたときのことをいまでも覚えている。ニューヨークで育った自分にとって、カンを聴くことは自分の音楽人生を大きく変えた体験だった。だからカンは若いころからずっと、自分のインスピレイションとしてDNAのように組み込まれている。20年以上前から。それに自分はずっとカンの大ファンだった。だから彼らを自分のなかから取り除くことは不可能だと思う。

他方で今回の新作は、“Graucha Max” や “Sin El Sol No Hay Nada” 中盤からの展開のように、前作よりも歪んだノイズが目立つ印象を受けました。これにはメンバーのどのような意識の変化が関係していますか?

NJ:自分はいつもノイズ・ミュージックをつくっているよ、とくにライヴで。自分の以前の作品を聴いてきたひとからするとノイズは予想外だから、驚かれることもある。でも、デイヴだって昔からノイズ・ミュージックに取り組んできたし、トラカエルもそうだから、自分たちにとっては驚きではない。でも、たしかにいままではアルバムであまりノイズを使ったことがなかった。今回、アルバムで初めてノイズを起用したけれど、ライヴでは──デイヴとライヴをやりはじめた初期のころから──ずっとノイズを使ってきたんだよ。

今回の新作でもっとも難産だった曲はどれでしょう? またなぜそうだったのでしょうか。

NJ:“Are You Tired? (Keep on Singing)” がもっとも難しい曲だった。なぜなら、この曲には非常にバラバラな部分があり、「よし、この曲はこうしよう」と、勇敢で大胆不敵な態度で臨み、それでメイクセンスするものだと自分たちで確信していなければならなかったから。この曲はいまとなってはお気に入りのひとつになったけれど、制作は冒険であり、ジェットコースターのようだった。

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われわれはいつだって「未来の残響」のなかで生きている。音楽はそうした「未来の残響」を「物質」に変える手段のひとつなんだ。

新作『Nothing』の「Nothing=なにもない」には、ハリントンさんが娘さんと一緒に試みた、「なにもしない」というマインドフルネスの体験もこめられているそうですが、他方で、気候変動にたいする無策や偽善的な政治も含まれているようですね。歴史的な大火災の直後にこの新作がリリースされることの意味について、なにか考えたりしましたか?

NJ:(しばらく、1分近く、考えている)大災害というものは、悲しいことに毎年起きている。自分たちが暮らす世界では、イスラエルによるパレスチナ人にたいする大量虐殺のような人災が起こっている一方で、自分たちの消極的な態度や、消費主義的な生活様式を変えることができないことが原因で、地球の気候が急速に変化し、自然災害が頻発するようになっている……。この地球上で危機のない瞬間はないと思う。いつだって、どこかで危機が起きている。スタジオでこの音楽をつくっていたとき、自分たちは世界の残酷な現実から目を背けず、現実を遮断しないようにしていた。できる限り現実を直視しようとしていたんだ。アルバムが発表されたのは、火災がロサンゼルスの大部分を破壊し、地域の広範囲が瓦礫と無に帰したのと同じ日だったと記憶している。自分たちはそのようなことが起こるとは予想もしていなかったし、それは明らかにたんなる偶然の一致ではある。だが、破壊という行為が24時間365日、自分たちの目の前で繰り広げられているという事実は、偶然ではなく、自分たちが自らとった行動、あるいは行動しなかったことの結果なんだ。

2018年に録音され2021年にリリースされた前作『Spiral』には、パンデミックの状況を歌っているかのような “Lawmaker” という曲が収められていました。今回のリリースのタイミングもそうですが、ダークサイドには予言者めいたところがあると感じたことはありませんか?

NJ:あなたの話を聞いて鳥肌が立ったよ。なぜなら大半のひとは、音楽が過去につくられたものであっても、不思議な形で現在を語っていることがあるという事実を見逃しているから。それは予言とかそういうことではないし、デイヴや自分がなにかをしたからでもない。われわれはいつだって「未来の残響(echoes of the future)」のなかで生きているという事実に起因しているんだ。そしてわれわれはつねに「未来の残響」と「過去の残響」とともに歩んでいる。そして、音楽はそうした「未来の残響」を「物質」に変える手段のひとつなんだ。

ふたつのパートに分かれている “Hell Suite” は、おどろおどろしい曲名とは裏腹に、むしろ天国のような雰囲気をもった落ちついた曲です。この曲ではどのようなことが歌われているのですか?

NJ:“Hell Suite (Part I)” について……。ときどき歌詞を忘れてしまうのでデータを確認する、ちょっと待ってて。“Hell Suite (Part I)” は、自分たちがいる場所が地獄であることから、服などを持って、遠い旅に出なければならないひとたちのことを歌っている。彼らは故郷から遠く離れすぎて、いまでは故郷がどんなところかわからなくなってしまったと言う。この曲はじつは7年ほど前に書かれたんだ。この曲のデモは7年ほど前に書かれたもので、当時自分は「やめるのはまだ遅くない(It's not too late to stop)」と歌った。今日、ライヴでこの曲を演奏するときは歌詞を変えていて、「どうやって彼らをやめさせるか?(How will we make them stop?)」と歌っているんだ。この世に地獄をつくりだした人びとに責任を負わせるという意味で。それは多くの場合、ナルシシストで強欲でエゴイスティックな政治家たちだ。“Hell Suite (Part II)” は、ある意味、最初の曲の続きであり、主人公と彼が話している相手が湖で出会うという内容。湖とは、「たったいま」つまり 「いましかない瞬間」。そしてそのふたりが出会うと、互いにあることに気づく──双方とも壊れてしまっているということに。だが、その壊れた姿こそが、二者を分断するのではなく、互いを理解する方法となるかもしれない。

あなたは積極的にガザの状況についてリポストしています。音楽にはつらい現実からわれわれを守ってくれるシェルターの役割がある一方で、逆に音楽は現実へ意識を向ける契機にもなりえます。現代のような大変な世界のなかで音楽活動をやっていくことについて、あなたはどのように考えていますか?

NJ:つねに矛盾を抱えている。そのことについては毎朝、自分と向き合って納得させなければならないものだと思っている。簡単な答えはないけれど、自分がいまでも音楽をつくっているのは、感情的、精神的な理由からであり、心が音楽を必要としているから。自分がこの世界で生き続けるためにはそうするしかないんだ。

最後の曲 “Sin El Sol No Hay Nada” は、太陽がなければなにもない(Without the Sun there is nothing)という意味のようですね。逆にいえば太陽は希望ともとれそうですが、あなたにとっての太陽とはなんでしょう?

NJ:この小さな惑星に生きる人間として、太陽を見上げ、太陽がなければ自分たちは存在しないということを理解できるという事実。これは非常に強力な感覚だと思う。自分たちは生命の源の片鱗を見ることができる。地球上の生命を可能にしているのは太陽からの近さだけでなく、太陽からの適度な距離でもあり、そのバランスには、深く謙虚な気持ちにさせられると同時に、なにか美しいものを感じる。

これまでアルバムを出すごとにライヴ音源もリリースしてきましたが、今回もその予定でしょうか? いつか日本でもあなたたちのライヴが見られる日を待ち望んでいます。

NJ:日本にはぜひ行きたいね。いいアイディアだと思う。『Nothing』のライヴ・アルバムをつくれたらいいなと思うんだけど、その現実からはとても遠い。なぜなら、ほとんどの曲をライヴでどう演奏したらいいのか、まだわかっていないんだよ!

Satomimagae - ele-king

 彼女の紡ぐ静謐さは特別な空気に包まれている。東京のシンガー・ソングライター、サトミマガエの新作がおなじみの〈RVNG Intl.〉からリリースされる。2021年の『Hanazono』以来となるアルバムで、『Taba』と題されたそれは4月25日に発売、日本独自でCD盤も出るとのこと。プレスによれば、「個人と集団、構築的なものと宇宙的なもの、明瞭なものと感じられるものの間を鮮やかにつない」だ作品に仕上がっているようだ。現在、収録曲 “Many” のMVが公開中です。

Rainbow Disco Club 2025 - ele-king

 エレクトロニック・ミュージック/ダンス・ミュージックのリスナーから絶大な信頼を得ている〈Rainbow Disco Club〉、16周年を迎える今年は、4月18日(金)、19日(土)、20日(日)の3日間、いつもの静岡県東伊豆クロスカントリーコースで開催される。今年は、UKクラブ・ジャズの立役者ジャイルス・ピーターソン、シカゴ・ハウスのレジェンドのロン・トレント、〈ハイパーダブ〉のコード9新世代ディープ・ハウスを代表するChaos In The CBDほか、全18組の豪華メンツ。また、DJ Nobuがキュレートする「Red Bull Stage」の2日間の注目。
 以下、オーガナイザーの土谷正洋氏に訊いてみました。

あらためてRDCのコンセプトを話してください。

RDC:Beyond Space And Timeをコンセプトにしています

企画していくうえで、今回、とくに意識したことは何でしょうか?

RDC:15周年を終えて、会場は同じながらも出演者の部分は新しくもあり、かつRDCらしさを考えてブッキングしました。

今回、RDCとしてあらたな挑戦があったら教えてください。

RDC:こちらもブッキングについてですが、ずっと2日目のRDC StageのトリをDJ NobuのB2B企画を2016年から行ってきましたが、今年はDJ Nobu Curatesとして深夜のRed Bull Stageで行うところは新たな挑戦と言えると思います。

 とにかく、最高のロケーションと最高の音楽が最高のヴァイブを創出することでしょう。行かれる方はぜひ、地元の金目鯛を食べてください。

Rainbow Disco Club 2025
日時: 2025年4月18日(金)9:00開場∕12:00開演〜4月20日(日)19:00終演
会場: 東伊豆クロスカントリーコース特設ステージ(静岡県)

出演(AtoZ):
〈RDC STAGE〉
Antal
Chaos In The CBD
Dita & Gero
Eris Drew & Octo Octa
Gilles Peterson (5-hour set)
Kikiorix
Kuniyuki & Xiaolin (live)
Ouissam
Palms Trax
Ron Trent
Sisi
Sound Metaphors DJs

〈RED BULL STAGE〉
DJ Nobu b2b Batu
Fullhouse
Kode9、Logic1000、Verraco、Woody92

〈VISUAL〉
REALROCKDESIGN C.O.L.O
KOZEE
VJ MANAMI

〈LASER & LIGHTING〉
YAMACHANG

オフィシャルサイト:
http://www.rainbowdiscoclub.com

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