「MAN ON MAN」と一致するもの

Loraine James - ele-king

 ロレイン・ジェイムスの新作だが、これはちょっと特別なプロジェクトだ。ジュリアス・イーストマン(Julius Eastman)という、犯罪的なまでに知られていなかったアーティストの音源を素材として作った彼女のアルバムで、それならまあ、昔からよくあるリミックスみたいなものだと早合点されてしまうのだが、本作における骨子は、ジュリアス・イーストマンの人生から授かったインスピレーションにある。ぼく自身も、ジュリアス・イーストマンについて犯罪的なまでに知らなかったひとりなので、彼のことを調べて、彼の音楽を聴いて、ただただ驚嘆するしかなかった。
 
 ジュリアス・イーストマンは、不遇な音楽家だった。いまから32年前、ホームレスとして亡くなったクィアの黒人前衛音楽家は、1940年、ニューヨークに生まれている。14歳からピアノを習ったという彼が、大学で理論を教えながら音楽家として活動をはじめたのは、1963年にフィラデルフィアのカーティス音楽院を卒業してから数年後の、60年代後半ことだった。ピアニストでありヴォーカリストでもあった彼は、最初はピアニストとしてデビューし、1970年代前半にかけては自作も発表する。1973年の“Stay On It”や1974年の“Femenine”といった初期作品を聴けば、イーストマンがミニマル・ミュージックの影響下で創作していたことがわかるが、彼独自のポップな解釈もすでにある。喩えるなら、スティーヴ・ライヒのゴスペル・ヴァージョンだ。のちにアーサー・ラッセルと出会って、ぼくの大好きな“Tower of Meaning”(1983)において指揮を任されるのがイーストマンだったこともぼくはこの機会に認識したわけだが(ティム・ローレンスの評伝では、ただその名前のみが記されている)、イーストマンの作品はクラシック音楽の前衛(ミニマル・ミュージック)にまだ片足を突っ込んでいた初期のラッセル作品ともリンクしている。
 イーストマンの人生において重要な出来事のひとつは、1975年にジョン・ケージの“Song Books”なる作品をイーストマンが所属していたS.E.M.アンサンブルの一員として演奏したことだった。そのときイーストマンは男女をステージに上げ、演劇的にエロチックなパフォーマンスを挿入したというが、こうした彼の同性愛者のアイデンティティの発露に対して実験音楽の大家は激怒し、名指しで批判した。当時禅宗に傾倒していたケージにとって作中に私事を出すことは許しがたかったようで、その出来事のみにフォーカスするなら、60年代的な精神に2010年代的な行為が否定されてしまったといまなら言えるかもしれない。まあ、とにもかくにもその時代、もっとも影響力のあった人物からの公での批判は駆け出しのアーティストにはそうとう堪えたろうし、ましてや勇気を持って臨んだ自己アイデンティティの主張が間違っていると言われた日にはたまったものではない。この出来事はイーストマンがアカデミーの世界から離れるひとつのきっかけになったんじゃないだろうか。
 大学を離れNYに戻った70年代後半からは、イーストマンはさらに精力的に創作活動に勤しんでいる。1979年には、“前衛音楽”シーンにおいては刺激的過ぎた作品名の3つの代表作(“Crazy Nigger”、“Evil Nigger”、“Gay Guerrilla”)を発表、それからアーサー・ラッセルと出会って、ラッセルのディスコ・プロジェクト、Dinosaur Lに参加もしている。
 しかしながら、ラッセルと違って彼個人の作品が商業リリースされたことはなく、生活を支える仕事もなかった。イーストマンは家賃も払えず、80年代初頭にはアパートを追い出され、それから死ぬまでのあいだはほとんどホームレス状態だったという。しかも彼の死は、あたかも彼が存在しなかったかのように、それから8ヶ月後に『ヴィレッジ・ヴォイス』が小さく報じたのみに留まった。イーストマンの楽譜が再発見されてあらたに演奏されたり、イーストマンの作品の数々が商業パッケージとしてリリースされるのは、彼の死から15年も過ぎた、2000年代半ば以降の話である。

 本作『私のために美しきものをつくる(Building Something Beautiful For Me)』は、その題名が主張しているようにロレイン・ジェイムスの作品とみていい。作品への感銘もさることながら、クィア・ブラックとしての深い感情移入もあったことと察する。彼女の音楽の特徴がストリート(グライム/ドリル)とオタク(エレクトロニカ/IDM)との融合にあったとすれば、本作においてはそうした二分法を超越している。時空を超え、さらにいろんなもの(ライヒ的なミニマル・ミュージックを含む)が彼女のなかに吸収され、彼女のいう“美しきもの”となって吐き出されている。強いてジャンル名のタグを付けるとしたらエレクトロニカ(ないしはエレクトロ・アコースティック)となるのだろうけれど、90年代のそれとは別次元の、ほとんどこれは詩学の領域に到達していると言っていい。
 非凡な人には、確実に乗っている時期というものがある。今年は、彼女のアンビエント作品集『Whatever The Weather』も良かったし、本作もまた感動的で、ロレイン・ジェイムスがいまアーティストとして最高の状態にいることがわかる。来日が楽しみでならない。

*タイミングが合えば、年末号の紙エレキングにロレイン・ジェイムスの細心インタヴューを掲載予定です。
 
 

Wendell Harrison & Phil Ranelin - ele-king

 これはすごい復刻だ。70年代スピリチュアル・ジャズ三大レーベルのひとつ、デトロイトの〈Tribe〉の代表作が豪華ボックスセット仕様となって蘇る。
 〈Tribe〉のもっとも名の知られた作品であろう、ウェンデル・ハリスンとフィル・ラネリンによる『A Message From The Tribe』は、じつは3ヴァージョン存在している。72年発表のジャケが「崖」のヴァージョン、73年発表の「地球」ヴァージョン、74年発表の「顔」ヴァージョンだ。それぞれの詳細は下記をお読みいただきたいが、今回のリイシューではその全ヴァージョンが網羅されている。とくに「崖」ヴァージョンは、世界初のアナログでの復刻となる。
 そして忘れてはならないのが、〈Tribe〉はたんにレコードを発売するだけの組織ではなかったということだ。「ア・メッセージ・フロム・ザ・トライブ」というタイトルが示しているように、〈Tribe〉はメディアやイベントなどを通して、黒人たちが置かれている状況を発信する、ある種のコミュニティでもあった。その活動の一例が、雑誌『TRIBE MAGAZINE』の発行。今回のボックスセットがすごいのは、その『TRIBE MAGAZINE』全15巻が同梱されているところだろう。入手困難だった同誌の復刻はきっと、文化史的にも大きな意味を持つにちがいない。
 全6枚組+15冊のボックスセット、ご予約はこちらhttps://vga.p-vine.jp/tribe)から。

 なお、来週発売の『別冊ele-king VINYL GOES AROUND presents RARE GROOVE』でも、〈Tribe〉は特別な存在としてコラムを設けています。ぜひ手にとってみてください。

WENDELL HARRISON & PHIL RANELIN
A MESSAGE FROM THE TRIBE BOX SET (6 Vinyls + 15 Magazines)

70年代デトロイトの伝説、〈TRIBE〉の代表的なアルバム、PHIL RANELIN / WENDELL HARRISON『A Message From The Tribe』3ヴァージョンを全てコンプリート。加えて70年代のアメリカのジャズ誌では重要なメディア『TRIBE MAGAZINE』全15巻を復刻しBOXセットにして発売致します。

1972年、デトロイトにて初声を上げたジャズ・レーベル〈TRIBE〉。1997年にP-VINEは世界に先駆けて〈TRIBE〉のコンピレーションをリリースし、それを皮切りに一連のカタログのリイシューを手掛けました。〈TRIBE〉の活動はクラブ・ミュージック周辺で再評価され、以来その活動全体が音楽シーンの伝説となっています。
今回リリースするのは〈TRIBE〉の代表的なアルバムでもあり、3種類のタイプがあることでも有名なPHIL RANELIN / WENDELL HARRISONによる『A Message From The Tribe』。これらを全てコンプリートし、加えて70年代のアメリカのジャズ誌では重要なメディアに位置する『TRIBE MAGAZINE』全15巻をBOXセットにして発売致します。

●『A Message From The Tribe』について

1972年発表の「崖」の写真をあしらった1stヴァージョン、1973年発表の「地球」のイラストを使用した2ndヴァージョン、そしてレーベルの主宰者でもあるWENDELL HARRISONとPHIL RANELINの「顔」のイラストが使われた1974年発表の3rdヴァージョン。わずか3年間で3種類リリースされた本作。これらはそれぞれ内容が異なります。

□1stヴァージョン『崖』:他のヴァージョンとは全く内容の異なる幻の初回録音盤が初のLPリイシュー! ボーナス7インチ付き
記念すべきレーベルの第一弾アルバムが世界で初めてアナログ復刻します。Tribeのコミュニティは、発足当初はライブを主な活動としていましたが、その延長で音楽と寸劇と詩で構成されたミュージカルをデトロイト美術館にて公演。その録音を一枚のLPに収めたのがこのアルバム。激しいフリージャズから徐々にブリージンなジャズ/フュージョン・サウンドへと変化していくWENDELL HARRISONの代表曲 “Where Am I” や、自由と自立のためにいま何が必要かを問いかけたメッセージが妖艶に紡がれていくグルーヴィーなヴォーカル・ジャズファンク “What We Need” の最初のテイクがここで聴くことができます。また本作はボーナス7インチを付属。こちらは “Where Am I” と “How Do We End All Of This Madness” を収録。どちらもここでしか聴くことのできないヴァージョンです。

□2ndヴァージョン『地球』:未発表のインスト・ヴァージョンがボーナス10インチとして初のレコード化
このアルバムで一番有名なジャケットと言っても良い「地球」をあしらった2ndヴァージョンは、あらたに再録音された全くの新しいテイク。1stヴァージョンとは収録曲の内容も異なり、より洗練された内容。A面にはPHIL RANELINの楽曲が収録され、1stヴァージョンよりも曲の精度を上げて作られておりファンキーな仕上がりに。B面のWENDELL HARRISONの楽曲は全曲差し替えられ、こちらもグルーヴィーな楽曲が並んでいます。全体的にも1stよりもコマーシャリズムが優先されており、それによって時流に合わせたモダンなサウンドに生まれ変わっています。そして本作には初のアナログ盤でリリースされるインストゥルメンタルを収録した10インチが付属。当時のミュージシャンの演奏力や楽曲自体の素晴らしさがあらわになり、折り重なるようなホーンセクションがクールなジャズファンクとして新しい側面を感じます。これらはジャズの音楽史でも貴重なテイクです。

□3rdヴァージョン『顔』:3つの中でもっとも良い録音に仕上げられたヴァージョンをTRIBE初の45RPM / 2枚組LPに
そして3rdヴァージョンは本作品群における最終形態。2ndヴァージョンから大きくミックスを変え、マスタリングやカッティングまでこだわりリリースされたのが本作。2ndヴァージョンと聴き比べても別物と思えるほど音の違いがはっきりとわかります。特に “What We Need” のファンキーさは、キックやベースの音圧やボーカルの輪郭などが格段にアップし、現在であればダンスミュージックとしても十分に使える音像に変化。そのほか反復するウッドベースのフレーズやローズの音色などがグルーヴィーな “How Do We End All Of This Madness” や、刻んだハットと乱れ打つスネアが印象的なウェンデル・ハリソンらしい疾走感あるジャズファンク “Beneficent” などもファットなビートに進化しています。今回は元の音源を忠実に再現しつつ、アナログは2枚組の重量盤LPでより高音質な仕様にしています。

●復刻版『TRIBE MAGAZINE』について

□全15巻を完全復刻
TRIBEがレコードのリリースと並行して出版していたマガジンがこの『TRIBE MAGAZINE』。70年代当時、アフロ・アメリカンたちのコミュニティで起こっている凄惨な出来事を明確に伝えるメディアが全く無かった中、WENDELL HARRISONが中心となって立ち上げられた黒人のための音楽情報誌兼、ニュース・メディアです。当時のデトロイト周辺のジャズや著名な音楽家などの記事に加え、黒人の歴史家/人類学者のコラムや日常の知られざる出来事をレポートしたニュースを発信。"何も知らなければ何もできない" 〜 "We can't do anything about it, if we don't know about it." を主張しアフロ・アメリカンの自立を目指して発行されていました。また誌面のデザインや写真などもローカル誌とは思えない斬新なビジュアルで、眺めているだけでも楽しめる内容です。
今回、スピリチュアル・ジャズ史上最も重要な紙媒体でもあるこのマガジン全15冊を完全復刻します。『TRIBE MAGAZINE』は現在、非常に入手困難なメディアであり、これは世界中で待たれていた待望の復刊になります。

https://vga.p-vine.jp/tribe

[商品情報]

■早期購入者特典としてオリジナルTシャツ付き!(2023年1月5日まで)

■箱のデザインは2タイプから選べます

ボックス・タイプA


ボックス・タイプB


■伝説のJAZZマガジン TRIBE MAGAZINE 全15冊を完全復刻!
■限定シリアルナンバー入り
■レーベル代表作が3バージョン、デラックスエディションで復刻!(全て見開きジャケット)
■(LP+7”)+(LP+10”)+(45RPM 2LP)
■世界初インスト・ヴァージョン・アナログ化!
■LPは180g 重量盤!
■ジャケット/TRIBEマガジンをモチーフにしたポスター(515×728mm)封入!
(The back side is TRIBE x Pharoah Sanders or Herbie Hancock from Tribe Magazine.)

価格:434.5 USD(税抜き 395 USD)

[収録内容]

□Message From The Tribe 1st Version [LP+7"]

Side A
1. Mary Had An Abortion
2. Where Am I
3. Angry Young Man

Side B
1. What We Need
2. Angela's Dilemma
3. How Do We End All Of This Madness

Side C
1. Where Am I (7" Short version)

Side D
2. How Do We End All Of This Madness (7" Short version)

□A Message From The Tribe 2nd Version [LP+10"]

Side A
1. What We Need
2. Angela's Dilemma (Instrumental)
3. Angela's Dilemma (Vocal)
4. How Do We End All Of This Madness (Instrumental)
5. How Do We End All Of This Madness (Vocal)

Side B
1. Wife
2. Merciful
3. Beneficent

Side C
1. What We Need (Full Instrumental Version)
2. Angela's Dilemma (Full Instrumental Version)

Side D
1. How Do We End All Of This Madness (Full Instrumental Version)

□A Message From The Tribe 3rd Version [2LP / 45rpm]

Side A
1. What We Need
2. Angela's Dilemma (Instrumental)
3. Angela's Dilemma (Vocal)

Side B
1. How Do We End All Of This Madness (Instrumental)
2. How Do We End All Of This Madness (Vocal)

Side C
1. Wife
2. Merciful

Side D
1. Beneficent


□TRIBE MAGAZINE(完全復刻版)全15冊

□TRIBE MAGAZINE B2サイズ・ポスター

https://vga.p-vine.jp/tribe

●〈TRIBE〉について
モータウンの発祥の地として知られるデトロイトで発足し、70年代ブラック・ミュージック/スピリチュアル・ジャズを語る上では超重要なレーベル、〈TRIBE〉。
1972年にモータウンがロサンゼルスに移転、そこでレギュラーで仕事を得ていた地元の多くのミュージシャンが突然失業していくさなか、デトロイト音楽シーンの新たなコミュニティ/クリエイティブ集団として、ウェンデル・ハリソンとフィル・ラネリンが中心となり設立。当時、アフリカ系アメリカ人達が直面していた貧困や人種差別などの困難な状況の中で、生活や社会がより良くなるよう、音楽やメディア、イベントなどを通してメッセージを発信した。その活動は90年代以降のHIP HOPやテクノなど、クラブ・ミュージック文脈で大きく評価され、2009年にはカール・クレイグによって主要メンバーが集められて作られた『Rebirth』がヒット。近年では『A Message From The Tribe』のオリジナル・レコードがオークションで1500ドルを超えるなど現在でもその影響力は衰えていない。

Various - ele-king

 16年前にミニマル・テクノでキャリアをスタートさせたアレックス・シリディス(Alex Tsiridis)がここ3年ほど、つまり、ロックダウンを機にユニークな音楽性の変化を遂げ始めた。複数のユニットを駆使しつつジェフ・ミルズやマイク・インクを踏襲するアシッド・ミニマルから大きく逸れることはなく、手法的な変化はほとんど見られなかったシリディスがRhyw名義で19年リリースの“Biggest Bully”でブレイクビートを導入し、往年のスミスン・ハックのようなサウンドに接近したかと思うと、時間をかけたビルド・アップによってシカゴ・アシッドの醍醐味を保ちつつ“Loom High”や“Just In Case”ではロン・トレント風のワイルド・ピッチ、“Geomest”や“Skend”ではUKガラージとの接点を探り始めた。“It Was All Happening”ではさらに7拍目と8拍目を抜いたジュークというのか、後の“Itso”にしてもいわく言いがたいポリリズムにもトライし、主に自らが主催する〈Fever AM〉からのリリースでは実験色豊かなアプローチを多発する。スリックバックやドン・ジィラといったアフリカン・テクノに慣れてしまった耳にはリズム感に少し難は残るものの、旧態としたフォームに音色の楽しみしか見出せなくなっているジャーマン・テクノにあってシリディスが明らかに突出した存在になってきたことは確か。20年に入ると他のレーベルからのリリースでもその傾向は増大し、ハーフタイムに影響を受けたらしき曲が続く。“Salt Split Tongue”、““Sing Sin”、“Bee Stings”、“Slow Stings”と、シンコペーションの利かせ方もどんどん派手になり、単純にどんどん曲が良くなっていくし、”Termite Tavern”などジャンル不明の曲が出て来る一方、“Spoiler”や”Honey Badger”などアシッド・ミニマルへのフィードバックにも余念がないところはとにかく恐れ入る。これだけダイナミックに変化し続けていたら、その流れでアルバムが出ることに期待するのが普通だろう。〈Fever AM〉からこの4年間にリリースされた4枚のEPを合わせるだけで12曲になるし、ソロではまだ1枚もアルバム・リリースがないというのはどう考えてもおかしい。シングルはどれもよく出来ているのにアルバムとなるとからっきしダメというプロデューサーがテクノ系には津波のようにあふれているので、必ずしもアルバムをつくることがいいとは限らないかもしれないけれど、アルバムしか聴かないというリスナーになにひとつ届かないというのはどうしてももったいない。そして、シリディスがこのタイミングで放ったのはソロではなく、〈Fever AM〉の5周年を記念したコンピレーション・アルバムだった。

『エラーじゃないよ。わざとだよ』というアルバム・タイトルはプログラマーのデイヴィッド・ルバルが90年代に書いた本のタイトルで、明らかに彼らがジャーマン・テクノとは異質な領域に進んだことをがっつりとアピっている。ここではあちこちで埋もれていた12の才能をひとつにすることで見え方も変わっていくというニュアンスも含んでいるかに思われる。正直、一度も名前を見たことがないプロデューサーもゴロゴロいるし、最も知名度があるのはペダー・マナーフェルト(Peder Mannerfelt)か、あるいはパライア(Pariah)か。人によってはホルガー・シューカイのバイソンをバックアップしたポール・マーフィー&スティーヴ・コーティとともにディスコ・ダブのアクワアバとして活動していたガチャ・バクラゼ(Gacha Bakradze)なら知ってるという人もいるかもしれない。そう、国籍もバラバラで、シリディスとともに〈Fever AM〉を運営するモル・エリアン(Mor Elian)はテル・アヴィヴ出身。05年からはLAに移動し、ダブラブでラジオホストも勤めている。彼女を含め〈Fever AM〉からのエントリーは5組で、エリアンの“Swerving Mantis”はマティアス・アグアーヨをあたりを思わせる南米寄りのジャーマン・タイプ、マサチューセッツ州を拠点に活動するゼン・クローン(Xen Chron)“1L4U”はスローなベース・ミュージックで、7年前に〈Apollo〉からアルバム・デビューを飾ったバクラゼ“Scum ”はマシナリーなデトロイト・エレクトロを提供。レーベルの新顔らしきアイシャ(Ayesha)“Swim”はエスニックなブレイクビートで、Rhyw“Caramel Core”がやはり出色といえ、ここでもスピード感あふれるハーフタイム・テクノを聞かせる。謎のルース(Ruse)“Kimura(キムラ?)”もマシナリーなエレクトロで、同じく謎のグランシーズ(Glances)“Sleuth”はマスターズ・アット・ワークや初期の〈Boy’s Own〉を思わせる軽快なブリープ・ハウス。さらに謎のサン・オブ・フィリップ(Son Of Philip)“Raleigh Banana”は4つ打ちながらブレイクビートをループさせてベース・ミュージックに近づけたヒネり技。このところ4年に一度しかリリースしない寡作なパライア“Squishy Windows”はオーガニックなエレクトロときてストックホルムからペダー・マナーフェルト“No Sheep”もシリディス同様のソリッドなハーフタイム・テクノを試行する。これらをまとめてジャーマン・ベースと呼びたいところだけれど、そうもいかないので、そのような理念で成り立っているコンピレーションということで。ブレイクビート・テクノのミス・ジェイ(MSJY)“Crab Walk”やエンディングはユニティ・ヴェガ(Unity Vega)“Anamnesis”によるブリーピーなハーフタイム・テクノが緩やかな余韻を残して全12曲を閉じていく。

 もともとシンセサイザーやメカニカルな音楽が好きだったからエレクトロやテクノにのめり込んだわけで、それがレイヴ・カルチャーを機にブラック・ミュージックの踊りやすさに理解が及び、両方を兼ね備えていたデトロイト・テクノにガッツポーズという流れだったりするのだけれど、イギリスに渡ったテクノは泥臭くなり過ぎる面もあって、それはそれでいいんだけれど、ドラムンベースやダブステップといったベース・ミュージックの成果をことさらにメカニカルなテクスチャーに移植しようとするアレックス・シリディスの試みにはがんばれという気持ちしかない。僕は若い時にはブラック・ミュージックに関心がなかったせいか、初めからグルーヴがあって当たり前という感じよりもグルーヴを生み出そうと努力している人たちにシンパシーを覚えるということもある。テクノにダンスホールを取り入れたロウ・ジャック(Low Jack)やブロークン・ビートをレイヴ・サウンドでフォーマットしたプロイ(Ploy)と同じく、このまま誰もついこない道を突き進んで欲しい~。

Nouns - ele-king

一枚の写真をヒントに

 Nouns『While Of Unsound Mind』のアートワークは、メンバーの祖父母の結婚式におけるワンシーンを切り取った写真が使われている。アンティーク品のごとく、朽ちた色合い。人びとが祝福し合い、生きていた証。かつて地球上にこのような瞬間があった──その事実を遺す貴重な一枚のヴィジュアルは、多くの示唆を含み私たちを彼方へと連れていく。

 Nouns は元々2013年に、ヴォーカル/ギターの Hunter Clifton Mann を中心に四人組エモ・バンドとしてアーカンソー州からデビューした。当時から個性的なメンバーが集まっており、各々がパンク/ハードコア・バンド Radradriot やスラッシュ・メタル・バンド Cavort Usurp といった場で活動していたようだ。ノー・エイジやコンヴァージへのリスペクトを公言しながら、そのカオティックでルーズな志向性によって鳴らされるローファイな音楽は、エモ・シーンにおいて一定の注目を集めた。しかし2014年以降は長いブランクに突入、昨年7年ぶりに突如として新たなEPをドロップしたのち、今回ついにアルバムが届けられたのである。彼らの音源が途切れたこの数年の間、シーンは大きく変わった。いや、「エモ」という概念それ自体が多大な変容を遂げることになったと言える。Nounsの『While Of Unsound Mind』は、そういった状況に対するひとつの明確な回答を提示しているように思う。

エモの数奇な運命

 エモが辿ることになった数奇な運命について、時間を巻き戻して整理してみる。1980年代のフガジらハードコア・バンドにルーツを持ち、1994年にサニー・デイ・リアル・エステイト『Diary』によってその歴史を開始することになったエモは、3rd wave emo と呼ばれる2000年代のエモ・ブームで一度完成に向かった。アット・ザ・ドライヴ・イン『Relationship Of Command』(2000年)が見せた激情の発散、マイ・ケミカル・ロマンス『The Black Parade』(2006年)が構築した感情の一大絵巻きを象徴とし、次第にエモはロックの手を離れることになる。エモのリアリティはむしろ2010年代に入りヒップホップに援用され、ポップ・ミュージック全般に影響を与えるようになり、2018年にBBCは「Emo never dies: How the genre influenced an entire new generation」と報じた。そしていまや、“All That’s Emo” の時代へ──ロックを超え、ポップ・ミュージックをも超え、あらゆる文化がエモの影響下に置かれている。

 ゆえに、コミュニティを超えてその定義を肥大化させていったエモを横目に、本来のロックにおけるエモが1990年代の作品を参照しコアを見つめ直すことで、2010年代に 4th wave emo として原点回帰していったのは当然の成り行きだったように思う。けれども、同時にそれは何かとてつもない変化のようにも見える。本来エモとは、瞬間的に立ち上がる喜怒哀楽が混在した、得も言われぬ感情を抽象的なまま具現化するものだった。それは、シニフィアンとシニフィエが手をつなぐ以前の状態で、ある種の曖昧さを持った音楽だったはずだ。けれども、歴史化されエモのあらゆる音がリファレンスになることで、音のひとつひとつは意味性と結託してしまう。自己の記憶ではなく、共同体のデータへ。あるいは、共同体のデータに紐づけられた感情へ。だからこそ、4th wave emo の原点回帰は、危ういものに聴こえた。ザ・ワールド・イズ・ア・ビューティフル・プレイス&アイ・アム・ノー・ロンガー・アフレイド・トゥ・ダイの純化されたような普遍性や、モダン・ベースボールの水しぶきをあげるようなフレッシュさが、どれだけの強度でリスナーに響いたのだろう?──エモ・ラップが、哀しいギターリフと泣きだしそうなラップで、陰影のグラデーションを奏でていた時代に。

 感情消費についての研究でユートピアを紐解いていく社会学者のエヴァ・イルーズは、著書『Consuming the Romantic Utopia: Love and the Cultural Contradictions of Capitalism』(University of California Press、1997年、未邦訳)で、そういった状況に通じる話として次のようなことを述べている。「Emotions are activated by a general and undifferentiated state of arousal, which becomes an emotion only when appropriately labeled.(=一般的で未分化な覚醒状態によって感情は活性化され、それが適切にラベル付けされた場合にのみ感情になる)」「Cultural frames name and define the emotion, set the limits of its intensity, specify the norms and values attached to it, and provide symbols and cultural scenarios that make it socially communicative.(=文化的な枠組みは、感情に名前を付けて定義し、強さの限界を設定し、それに付随する規範と価値を特定し、社会的に伝達するシンボルと文化的シナリオを提供する)」(ともに筆者訳)。

 感情に名前がつくこと。喜怒哀楽に分類できない曖昧な感情を、ラベリングしてしまうこと。

感情が数量化される時代に

 その後2010年代の終盤、エモ・シーンにおいて 5th wave emo と呼ばれる潮流が生まれはじめた頃──感情資本主義が加速し私たちの社会を包囲することによって、エモーションは数量化されるようになった。公的領域における感情は全て可視化され、コントロールすることを求められる。私的領域における感情は効率化/合理化されあらゆるリソースと交換される。一方で、SNS空間では皆が感情を爆発させる。いまこの瞬間も感情は膨張し、タイムライン上でシェア数はスロットのようにくるくると回転し続ける。3,000リツイート、5,000リツイート、1万リツイート……やめて。もう、やめてくれ! 感情はパチンコ玉なのだろうか? ひとつひとつは小さく軽いけれど、1万個集まったパチンコ玉は兵器で……誰かを殺傷する。

 サウンドの特長で言うと、『While Of Unsound Mind』は、5th wave emo に位置づけられるだろう。ノイズ・ロック、マス・ロック、シューゲイザー等のアプローチによりそれぞれの楽曲はより一層エクスペリメンタルに傾き、4th wave をベースにしながらも「いかに多彩な手法を散りばめられるか」という戦いに出ている。けれども、それら音色は多彩と言えどカラフルではない。ひとつひとつの音は錆び、軽くて簡素で、ぶっきらぼうですらある。アニメや漫画からの引用は 5th wave のエモ・バンドに多く見られる傾向だが、本作ではその手法も、無邪気さではない、どこか斜めの視点によって冷静になされている。いくつかサンプリングされるアニメから取り出した台詞、静電気のように小さく弾ける音、コンピュータが制御されず故障した音。荒廃した反理想郷社会のような、無限なるものへの感情の暴走が加速し有限の壁を越えてしまったかのような世界。人間の感情を際立たせ人間らしさを追求していった果てに、人間が消え失せてしまう社会の到来。Nouns の音楽は、そういった廃墟を捉えつつ鳴り響いている。ということは──『While Of Unsound Mind』は感情に突き動かされ朽ち果ててしまった世界を描いた作品なのだろうか? それとも、その世界を受け入れたうえで次の道筋までをも描いた作品なのだろうか?

リミナリティとしての『While Of Unsound Mind』

 ひとつ、ヒントになり得るアングルを提案したい。近年ファッションブランドの HATRA が作品のコンセプトに取り入れている事例があるように、パンデミック以降「リミナリティ」の概念が改めて注目を集めている。文化人類学者のヴィクター・ターナーによって論じられたそれは、社会生活の中での過渡にあたるプロセスを「リミナリティ=境界状態」と呼ぶことで、身分の逆転や無差別な解放などが喚起され、日常の社会構造の対極にある反構造が現出するとした。例えば「祭り」などは、「祭り前の日常」と「祭り後の日常」の過渡に位置づけられるまさに境界状態であり、解放されることによっての日常の秩序からの逸脱を成し得るものだろう。その視点に立った際、『While Of Unsound Mind』のアートワークを、結婚式というリミナリティとして捉えることも可能に違いない。なぜなら、眼を凝らして見てみてほしい──祝福とともに騒ぐ人びと、落書きされた乗用車のボンネット……人びとは、秩序に反旗を翻し反構造を実現するような熱気に満ちているではないか。恐らくその熱気によって、革命は成し遂げられていく。式という、境界状態の乱痴気騒ぎによって。

5th wave emo ではなく、ポスト・エモとして

 5th wave emo は「ポスト・エモ」とも呼ばれており、Nouns が現れた以降のいまのエモ・シーンを形容する際、私はその呼称の方が合っているように思う。なぜなら、数量化された感情が社会を支配したいま、5th wave などという順当な波はやってくるはずはないからだ。この波は「感情によって支配された世界」と「その後の世界」の境界に位置するものであり、その点において秩序を乱し革命を起こすものでなくてはならず、ゆえにポスト・エモとして、あらゆる手段を尽くし瞬間瞬間の美しきノイズを鳴らす。1万リツイートのパチンコ玉の重量に打ち勝つために、スロットの雑音に立ち向かうために、『While Of Unsound Mind』のサウンドはボロボロに錆びたスカスカの軽い音によって、感情の連打をひらりと交わしながら世界を打ちのめしていくものでなくてはならない。私たちを、作為なき剥き出しの状態、物理的なものが意味を失ったリミナリティな状況に連れていくこと──本作は、その力を秘めている。

 ポスト・エモの力を、私は信じる。


※参考文献:ヴィクター・W. ターナー(2020)『儀礼の過程』(冨倉光雄訳)ちくま学芸文庫

DJ Stingray 313 - ele-king

 こいつはめでたい。デトロイト・エレクトロの雄、現在はベルリン在住のDJスティングレイ313は、ドレクシアの意志を継承する者である。2007年から2008年にかけベルギーの〈WéMè Records〉よりリリースされた彼の12インチ2作品「Aqua Team」「Aqua Team 2」──前者はスティングレイ名義のデビュー作にあたる──がリマスターされ、3枚組LPとしてリイシューされることになった。今回のリリース元は本人の主宰する〈Micron Audio〉で、11月28日に発売。なお同レーベルからは、それに先立つ11月14日にコンピレーション『MCR00007』のリリースも予定されている。あわせてチェックしておこう。

artist: DJ Stingray 313
title: Aqua Team
label: Micron Audio
release: November 28th, 2022
format: 3×12″ / Digital

tracklist:
A1. Serotonin
A2. Straight Up Cyborg
B1. Star Chart
B2. Silicon Romance
C1. Potential
C2. Wire Act
D1. Binarycoven
D2. NWO
E1. Mindless
E2. Counter Surveillance
F1. LR001
F2. It's All Connected

artist: Various
title: MCR00007
label: Micron Audio
release: November 14th, 2022
format: 12″ / Digital

tracklist:
A1. Galaxian - Overshoot
A2. LOKA - ENERGY WORK (ANYANWU)
B1. Ctrls - Transfer
B2. 6SISS - React

interview with Sorry - ele-king

 シェイムゴート・ガール、HMLTD、それらに続くブラック・ミディブラック・カントリー・ニューロード、振り返ってみるとサウス・ロンドンのインディ・シーンはライヴ・バンドのシーンだったように思える。そのなかにあってソーリーは少し異彩を放っていた。このノース・ロンドン出身のバンドはシーンのなかで一目置かれ中心的な役割を果たしながらもそれと同時にベッドルームのSSWの側面も持ち合わせていた。ギターとヴォーカルを担当するアーシャ・ローレンス、ルイス・オブライエン、ふたりのソングライターの創作のルーツは SoundCloud にあってそこからソーリーははじまったのだ。

 2020年にリリースされ高い評価を得た前作『925』に続きリリースされた 2nd アルバム『Anywhere But Here』はポーティスヘッドのエイドリアン・アトリーをプロデューサーに迎え、ブリストルのアリ・チャントのスタジオで録音されたそうだが、このアルバムを聞いて頭に思い浮かべるのはソーリーの持つそのもうひとつの側面だ。孤独と虚無感、陰鬱なムードが漂うこのアルバムはしかし絶妙な重さをもって心のなかにえも言えぬ余韻を残していく。このバランス感覚こそがソーリーの持つセンスで、それが深みと奥行きをもたらし、たまらないバンドの魅力を生み出しているのだ。

 あるいはそれはロンドンのコミュニティのなかで育ったソーリーの内側からにじみ出てきたものなのかもしれない。ともにクリエイティヴな活動をしてきた仲間たち、アーシャは彼女の学生時代からの友人フロー・ウェブと一緒に FLASHA を名乗りソーリーのすべてのビデオを作り上げ、音楽の世界にもうひとつのレイヤーを付け加える。1st アルバム後に正式にメンバーとなったエレクトロニクス奏者のマルコ・ピニ(マルコも同じく学生時代からの友人だ)は〈Slow Dance〉のコミュニティを築き、ベース奏者のキャンベル・バウムもロックダウン中にトラディショナル・フォークのプロジェクト〈Broadside Hacks〉を立ち上げた。そこからどんどん矢印が伸びていき、いまのUKのアンダーグラウンド・シーンを盛り上げるインディペンデントなバンドや人物と重なり合う。積極的に前に出るタイプではないのだろうけれど、ソーリーは現在のインディ・シーンのなかで一目置かれ、重なり合うその円のなかで重要な役割を果たしているというのは間違いない(それが刺激になってお互いにどんどんクリエイティヴになっていく。たとえばアーシャの声は今年の夏に出ウー・ルーのアルバムでもスポーツ・チームのアルバムでも聞くことができるし、〈Broadside Hacks〉の活動のなかにキャロラインのメンバーの姿を見つけることもできる)。

 そんなソーリーのルイス・オブライエンに 2nd アルバム、DIYのスタイル、敬愛するSSWアレックス・Gの影響、ロンドンのインディ・コミュニティ、SoundCloud の世界についての話を聞いた。遊び心に好奇心、飄々と皮肉とユーモアをそこに交えるソーリーのクリエイティヴなスタイルはなんと魅力的なことだろう。

「シンガーソングライター」という表現は、ここ最近本来の意味が少し失われてきているようにも感じているんだけど、僕たちはシンガーソングライターの本質を意識していたと思うよ。カーリー・サイモンやランディ・ニューマンをよく聴いていたし、エリオット・スミスは僕もアーシャも大好きだから。

2nd アルバムのリリースおめでとうございます。前作『925』から2年半の間が空いてのリリースで、その間ライヴができない状況が続くなどありましたが、2nd アルバムを作るにあたってその影響はありましたか?

ルイス・オブライエン(Louis O’Bryen、以下LO):『925』をリリースした後、全くライヴやツアーができなかったから、(アルバムをリリースしたという)実感があまり湧かなかったんだよね。だから 2nd アルバムの制作に入るときも特に何も期待せずにはじめることができた。おかげで 1st アルバムの重みを感じずに頭でっかちにならないで制作に取り掛かることができたよ。リリースされていたけど、この世には出ていないみたいな気がしてたから 1st アルバムをもう一回作るみたいな感じだったんだ。それでストレスが軽減されたから僕たちにとって良かったと思う。

今作はクラシックなサウンドにモダンなプロダクションを加えることを目指したそうですが、ポーティスヘッドのエイドリアン・アトリーとアリ・チャントとのレコーディングはいつ頃、どのような形ではじまったのですか?

LO:アルバムの作曲が終わった時点で、アーシャは「今回のアルバムの曲はすべて、昔ふうのソングライティングのスタイルからできたものだったね」と言っていたな。そういう意味でクラシックと言ったんだろうね。今回のアルバムは僕たちがいままでやってきたソングライティングのスタイルに忠実でありつつも、モダンでみんなが共感できるような音楽にしたかった。ポーティスヘッドは僕たちが参考にしていたアーティストのひとつで、エイドリアン・アトリーと連絡を取ったら、意気投合して、彼と一緒にアルバムを仕上げようということになり、エイドリアンがアリ・チャントを紹介してくれた。あのふたりはよく一緒に仕事をしていて、良い作品をいくつも手がけているからね。アルバムの曲には個別じゃなくて、全体でひとつのものとして一体感を持たせたかった。エイドリアンとアリはアルバムのサウンドに一貫性をもたらしてくれたんだ。それぞれの曲が同じソース(源流)からきているような感じにしてくれたよ。

アリ・チャントは今年リリースされたヤード・アクトやケイティ・J・ピアソンのアルバムも手がけていますが、ブリストルのアリ・チャントのスタジオはどのような場所でしたか?

LO:アリ・チャントのスタジオはとてもクールだったよ。彼は父親的存在なプロデューサーで、とても感じの良い人だった。スタジオによっては、コントロール/ルームがひとつ、ドラムの部屋が別にひとつ、さらにバンドがまた別の部屋で演奏するという構造でバラバラな感じがすることもある。でもアリのスタジオはすべてがひとつの部屋に収まっているんだ。だからみんながひとつの場所に一緒にいるという状態。それが素敵だと思った。僕とアーシャは以前ベッドルームをスタジオにしていたからね。いまは僕も自分のスタジオを持っているんだけど、それでも小さな部屋がひとつだ。そういうセッティングに慣れていたからアリのスタジオでもみんなが同じ部屋にいてレコーディングできるというのが良かった。自然な感じがしたんだ。アリのスタジオはその点が素敵だと思った。

先日、アレックス・Gの新しいアルバム『God Save the Animals』のリリースを祝うツイートをしていましたよね?

LO:ははっ(笑って頷く)

〈Domino〉と契約したのはアレックス・ Gのいるレーベルだからとジョーク飛ばしていたこともあったりと、様々な方面から敬愛ぶりがうかがえますが、アレックス・Gのどのようなところに魅力を感じていますか?

LO:僕たちが16、17歳の頃、周りの友だちはみんなアレックス・Gの音楽を聞いていたんだ。それが僕らの共通点だった。アレックスがUKに来たとき、彼は僕たちの友人の家に泊まっていて、それでアレックスと少し仲良くなることができたんだ。彼は本当に多作な人で、〈Domino〉と契約する以前から6枚くらいアルバムをリリースしていた。それが僕たちに大きなインスピレーションを与えてくれたんだ。彼のソングライティングにはつねに一貫性があってメロディや歌詞がもの凄く面白くて、本当にうまく作られているんだ。アーティストである僕にとって彼のそういう点にインスパイアされる。あんなふうに一貫性を保っていられるのは凄いことだと思うよ。

ちなみにアレックス・Gの新しいアルバムはどうでしたか?

LO:良かったよ。最高だった!

Photo by Peter Eason Daniels

子どもの頃MTVばかり観ていたんだけど、その当時のミュージック・ビデオはめちゃくちゃ格好良かった。あのアートは失われてしまいいまでは YouTube の動画などに変わってしまった。YouTube 動画とミュージック・ビデオは全くの別物だよ!

アルバムのなかの1曲 “There’s So Many People That Want To Be Loved” はアレックス・Gの他にもエリオット・スミスの特に『Figure 8』の空気を感じさせるような曲で、孤独感と疎外感、それと虚無感が混ざりあったようなフィーリングがとても印象的でした。2nd アルバムはこうしたシンガーソングライターの影響を強く感じますが、意識していた部分はありますか?

LO:もちろん。「シンガーソングライター」という表現は、ここ最近本来の意味が少し失われてきているようにも感じているんだけど、僕たちはシンガーソングライターの本質を意識していたと思うよ。カーリー・サイモンやランディ・ニューマンをよく聴いていたし、エリオット・スミスは僕もアーシャも大好きだから。それにアルバムのレコーディングに入る前に、作曲が完成している状態で曲をすべて人前で披露できる状態にしておきたいと考えていたんだ。70年代のシンガーソングライターたちは、90年代もそうだったかもしれないけど、みんなそういう状態でスタジオに入っていた。彼らはスタジオに入ってから曲を完成させるという有利な状況にはいない人たちだった。つまりレコーディングに入る時点で曲をすべて完成させていなければならかったんだ。僕たちも今回、サンプルの音なんかでも、スタジオに入ってレコーディングする前に完成させて演奏できるようにした。そういう意味では作曲や構成、メロディが完成されたシンガーソングライターと呼ばれているアーティストたちのアプローチにインスパイアされていると言えるね。

“There’s So Many People That Want To Be Loved” のビデオはロンドンの街の人びとが抱える孤独が、街の風景のなかに投影されているように感じました。このビデオも含めアーシャとフロー・ウェブの作るビデオについてお聞きしたいです。今回ルイスは宇宙飛行士役を演じていましたが、いつもどのような形でビデオの制作ははじまるのですか? アーシャは曲を聞くと色やヴィジュアルが見えるという話をしていましたが、曲作りの段階でそのイメージは共有されているのでしょうか?

LO:色やヴィジュアルが見えるというのは、何て言うんだっけ……「シナスタジア(共感覚)」って言葉があるんだよね! 僕は、嘘くさいと思うけど(笑)。適当に言ってるだけなんじゃないかな(笑)。

(笑)。アーシャは色が見えると話してくれましたけど。

LO:はは、そうだよね。僕たちの曲はイメージがベースになっているものが多いのは確かだよ、曲にヴィジュアルがついている感じというか。ビデオはすべてアーシャが作っているから僕じゃなくて彼女の言葉を信用するべきだけど。でも僕たちが曲を書いているときにはもうすでに曲のヴィジュアルがイメージできているんだよ。アーシャはそのアイデアを展開して歌詞として浮かび上がらせるのが得意なんだと思う。“There’s So Many People That Want To Be Loved” のビデオに出てくるイメージはすべて曲の歌詞が表現されたものなんだ。僕たちにとってミュージック・ビデオはとても重要なものだから。子どもの頃MTVばかり観ていたんだけど、その当時のミュージック・ビデオはめちゃくちゃ格好良かった。くだらないと思っていた人たちもいるかもしれないけど、僕たちにとっては最高だったんだ。あのアートは失われてしまいいまでは YouTube の動画などに変わってしまった。YouTube 動画とミュージック・ビデオは全くの別物だよ! だから僕たちはミュージック・ビデオに忠実でありたいと思っている。

“Screaming In The Rain” はルイスの物悲しげな歌声がとても魅力的で、理解することができないコミュニケーションの不全を唄っているようで印象に残っています。この曲の背景にあるものはどのようなものなのでしょうか?

LO:この曲は、愛する人と一緒にいる状況で、自分がどうすれば良いのかわからない感覚や、友人が助けを必要としているときに、自分がどう対応すれば良いかわからない感覚を歌っている曲なんだ。そういう絶望感がモチーフになっているけれど、同時に助けになりたいという思いもある。この曲は僕たちのお気に入りで、たくさんのヴァージョンを経てこの形になった。別のヴァージョンとして今後、発表していきたいと思ってるよ。僕とアーシャのヴォーカルが物悲しげなのが特徴的だよね。

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イラストはアーシャが描いているんだけど、僕たちはそれを「曲のロゴ」と呼んでいて。曲それぞれにキャラクターというかロゴがあるようにしているんだ。

この2ndアルバムには収録されていませんが、タイトルとして名前が残った “Anywhere But Here” という曲があって、その曲がアルバムの出発点になったとお聞きしました。その曲はどのような曲なのでしょうか? 今後リリースされることはありますか?

LO:どこから聞いたんだい!?

アーシャが話してくれたんですよ。

LO:そうだったんだ(笑)。けどこれはまだ秘密にしておきたいから、どこまで話せるのかわからないな。でもアーシャが話していたなら、まぁいいか。うん “Anywhere But Here” という曲を書いたんだけど、それがアルバムの焦点となったんだ。それでアルバムをレコーディングしているときに、アルバム名を『Anywhere But Here』にしようと決めたんだ。最終的にこの曲はアルバムにフィットしなかったから収録しなかったんだけど。でも名前だけは残ったんだ。他のアルバム名も考えたけどしっくりこなかったからこの名前のままにした。今後この曲をリリースしたいとは思っているけど、「アルバムのリード・トラック(タイトル・トラック)がアルバムに収録されていない」というのが結構気に入っているんだ。面白いんじゃないかって思って(笑)。

1st アルバムにしてもミックステープにしてもソーリーは作品全体に一貫した雰囲気を持たせるということにこだわっているように思います。それは今回も同様だと感じたのですが音作りに関して、あるいは曲順など 2nd アルバムの制作で意識した点を教えてください。

LO:いままでは自然にそうなっていたんだと思う。でもさっき言ったみたいに今回のアルバムに関しては、ひとつの完全なものとして作り上げたかったんだ。アルバムの曲をレコーディングするとき、僕たちはバンドとして一緒にレコーディングしたんだ。曲の大部分を2週間という期間でレコーディングしたことで、すべての曲が同じソースからきているようなサウンドにすることができたんだと思う。エイドリアンとアリも、サウンドに一貫性を持たせるようにしてくれた。アルバムのソングライティングが完成した時点で一貫した雰囲気が感じられるっていうのは僕たちにとって大切なことなんだ。今作の全体的なサウンドについては、意識した部分もあるけれど、ギターの音だったり、僕たちのソングライティングのやり方もあって自然にそうなっているところもある。あまり考え過ぎると本質が失われてしまうと思うんだ。

前作、『925』もそうでしたがソーリーはアルバムそれぞれの曲についてモチーフ的なイラストをつけていますよね? “Key To The City” の鹿だったり、“Willow Tree” の切られた木に寄りかかる人だったり、それがとても魅力的で。これは音楽だけではなく、ビデオやアートワークを含めヴィジュアルを通した表現としてアルバムをとらえているからなのでしょうか?

LO:アートが音楽と絡んでいるというのが好きなんだと思う。イラストはアーシャが描いているんだけど、僕たちはそれを「曲のロゴ」と呼んでいて。曲それぞれにキャラクターというかロゴがあるようにしているんだ。子どもの絵本とか、いろんなキャラクターがいるアニメみたいだろ? 曲を展開させるひとつの方法というのかな。こういうものがあると曲に独自の世界観を持たせることができると思うんだ。

僕たちは何らかの忘備録的存在になるということが好きなんだと思う。それがインターネット上の YouTube にミックステープをアップすることであれ、ヴァイナルをリリースすることであれ、僕たちの作ったモノが世に出ているということだから。

アルバムのリリースの前に7インチを2枚リリースしましたよね? サブスク全盛時代のいまはアルバムの前にこの様な形でフィジカルのシングルをリリースするバンドも少なくなってきたように思うのですが、リリースのスタイルにこだわっているところはあるのでしょうか?

LO:僕たちは何らかの忘備録的存在になるということが好きなんだと思う。それがインターネット上の YouTube にミックステープをアップすることであれ、ヴァイナルをリリースすることであれ、僕たちの作ったモノが世に出ているということだから。みんなが集めることのできるいろいろなモノのなかに僕たちが作ったモノが加わった感じ。ヴァイナルについてはスタンプを集めるスタンプ帳みたいな感じがあるしね。イギリスでは子どもの頃みんなが夢中になるサッカー選手のカードを集めるゲームがあるんだ。カードを集めてカード帳に入れていく。いちばんの困難は母親にカードを買ってもらうことだったけどね(笑)。カード帳が1ページ埋まったときはすごく嬉しかったよ。ヴァイナルもそれに似たようなものだと思っていて、ヴァイナルを全部集めることができたら見栄え的にもクールだと思うんだよね。それに僕たちはアートワークを重要視しているから、ヴァイナルやヴィジュアル・ミックステープをコレクトするということは、僕たちの芸術性とマッチしていると思うんだ。だからいろいろなモノをリリースするということに関しては今後もどんどんやっていきたいって思ってる。

フィジカルを手に入れなければ見られないイラストに YouTube で公開されるビデオと、このような部分はクラシックなサウンドにモダンなプロダクションを目指した 2nd アルバムのコンセプトと共通しているような感じがします。

LO:そうかもしれないね。曲のロゴを YouTube のビデオや他の箇所に登場させたら、面白いと思ったんだ。聞く側にとってはある種のゲームみたいな感じで「あ、曲のロゴ見つけた!」って思ってもらえたら楽しいと思って。

アーシャもコンピレーション・アルバムに参加していましたが、メンバーのキャンベル・バウムが立ち上げた〈Broadside Hacks〉というトラディショナル・フォークのプロジェクトがありますよね? あるいはマルコの〈Slow Dance〉があったりと、ロンドンにはこうしたインディ・コミュニティが根付いているように思いますが、その点についてどのように感じていますか? クリエイティヴな活動が分野を超えて重なりあっているという点で特に〈Slow Dance〉とソーリーは近い部分があるのではないかと感じているのですが。

LO:(ロンドンのインディ・コミュニティは)とてもクリエイティヴなところだと思うよ。一緒に育った仲間の多くがクリエイティヴな活動をする人だったり、あるいはクリエイティヴな人だったっていうのはラッキーだったと思う。それが環境によるものなのかはわからないけれど、クールで面白いことをやっている人たちが周りにいるっていうのは恵まれていることだと思うんだ。僕たちは彼らからつねに刺激を受けているから。それは僕たちのためにもなっているし、僕たちも彼らにも刺激を与えているはずだって思っているし、互いに刺激しあっているんだと思う。ロンドンのような大都市で青春時代を過ごすのはキツいこともあるから、似たような考えや価値観を持つ人たちを求めるようになるんだと思うんだ。だからいまでは周りに才能を持つ仲間がたくさんいるということはとても恵まれていることだと感じているよ。

ルイスにしてもアーシャにしてもソーリーとは別に現在も SoundCloud に個人名義の曲をアップし続けていますよね? ふたりにとって SoundCloud というのはどのような意味を持つプラットホームなのでしょうか?

LO:SoundCloud は僕たちにとってとても重要なプラットホームだよ。SoundCloud をはじめたとき、僕はギターを弾いていたんだけど、ギターに飽きていたというか、ギターに限界を感じはじめていた。その頃から僕とアーシャは、個別にだけど、パソコンを使って音楽を作るようになった。FL Studio というプログラムを僕がダウンロードしたんだ。FL Studio は音楽制作のプログラムだったんだけどビデオゲームみたいな感覚でやっていて。14歳くらいのときだったかな。凄く楽しくてふたりでいろんな音楽を作って SoundCloud にアップして、どっちが友だちからの「いいね!」をたくさん得られるか競い合っていた(笑)。それがはじまりだったね。さっきの話と同じで、インターネット上の隅っこに僕たちのスペース(=音楽)が存在している感じで、みんながそれを見つけることができるみたいなイメージだよ。アレックス・Gもそれと同じ感じで作品を公開している人で、YouTube をチェックすれば YouTube の「アルゴリズム・ホール」(*ブラック・ホールにかけている表現)に入り込んで、アレックス・Gの音楽を無限に発見することができる。ファンである僕にとっては、アレックスの奇妙で面白い世界に足を踏み入れる楽しさがあるし、SoundCloud もそれに似たような架空の世界を拡張できるもののように捉えているんだ。

SoundCloud にアップされているルイスの曲は悲しげなメロディの曲が多く、しみじみと感じ入るようなその感覚が好きなのですが、ルイス個人としてはどのような音楽に影響を受けてきたのでしょうか? あるいはインスピレーションを受けた映像作品やカルチャーなどがありましたら教えてください。

LO:最近はレナード・コーエンをよく聴いているよ。ニーナ・シモンも大好き。あとはエリオット・スミスやソングス・オハイアなど。好きな映画もたくさんあるよ。かなり変わってるかもしれないけど、『地獄の黙示録(Apocalypse Now)』がすごく好きなんだ。僕はどういうわけか昔の映画が好きでね、強いカタルシスを感じるんだ。特にベトナム戦争を題材にした映画はすごく強烈だし、皮肉だけどクールだと思ってしまう。

今後も以前リリースしたミックステープのような形で曲をリリースすることはありますか?

LO:じつは秘密のミックステープというものがあるんだよ。でも詳しくは教えられない。聞きたい人はそれをどうにかして見つけないといけないんだ。面白いだろう? 今後もミックステープはリリースすると思うけど、前回のは僕たちが昔に作った曲があってそれらをリリースしたかっただけのことなんだ。ヒップホップのミックステープという感じではなくて。昔はよく自分の好きな曲を何曲も入れたCDを作って友だちや好きな人にあげたりしていたよね? 僕たちのはそういう感じのミックステープに近いんだ。好きな曲を集めて好きな人たちにあげる。そういう形のミックステープは今後ももちろん作っていきたいよ!

1st アルバムのリリース時はパンデミックでUSツアーが途中で中止になるなど満足にライヴができなかった状況でしたが、最近のライヴ活動はどのような感じでしょうか? 2nd アルバムの曲はもうライヴで演奏していますか?

LO:今年の夏は少し休みを取っていたからあまりライヴをやっていなかったけど、3月と4月にUSとUKをツアーしたんだ。2nd アルバムからの新曲もたくさん演奏して楽しかったんだけど、まだライヴで披露していない曲がたくさんあるから、今後アルバムの曲を多くの人に演奏して世に広めていくのが楽しみだよ。

ありがとうございます。いつか日本でライヴが見られることを願っています。

LO:こちらこそありがとう! 僕たちも日本でライヴができる日を楽しみにしてるよ!

ディガー待望の一冊、2022年だからこそレアグルーヴを特集する!

2020年代になり世界各地でじわじわと盛り上がっている「レアグルーヴ」。ヴァイナル・ブームとあいまって、まさにいまや「レアグルーヴ」の時代。ディガー待望の「レアグルーヴ」特集です!

DJや著名ディガーのインタヴューにディスクガイド、様々な切り口の記事を通し、「レアグルーヴ」の背景や歴史、その現在に光を当てます。

インタヴュー:MURO/Jazzman Gerald/橋本徹
レアグルーヴ・クラシック・ディスクガイド130選/ランダム・ラップやモダン・ソウルの代表盤紹介/〈Tribe〉レーベルやウェルドン・アーヴィンの基礎知識/ヒップホップとサンプリング文化/70年代音楽が90年代以降のクラブ・ミュージックに与えた影響/コンピレーションの果たした役割/レコード・カッティング・レポートなど、盛りだくさん!

目次

[インタヴュー]
MURO (原田和典)
ジャズマン・ジェラルド (原田和典)
橋本徹 (原田和典)
イハラカンタロウ (VINYL GOES AROUND+編集部)

[ディスクガイド]
レアグルーヴ必聴盤130選
(橋本真志、B.V.J.、DJ Pigeon、TOMITA、CHINTAM、秋葉裕介、DJ Yama、長澤吉洋、マサキオンザマイク、水谷聡男、山崎真央)

[ビッグ・レガシー]
ウェルドン・アーヴィン (若杉 実)
トライブ (若杉 実)

[レア盤探勝]
ランダム・ラップの10枚 (DJ BUNTA)
モダン・ソウルの20枚 (Mr. Disco Kid)

[コラム]
ヒップホップとレアグルーヴ (小渕 晃)
クラブ・ミュージックとレアグルーヴ (小川 充)
レアグルーヴとシティ・ソウル (小渕 晃)
レアグルーヴ・コンピレーション10選 (小川 充)
最近のサンプリング事情 (金澤寿和)

書籍『ヴァイナルの時代』を紹介する
Tax Scamレコードとは (葛原大二郎)
日本コロムビアの技師に聞くカッティングの神髄

[エッセイ]
力をくれた2枚のレコード (大塚広子)
米国の若きDJが綴る、レコード・ディギングの思い出 (グレッグ・ナイス)

[アフタートーク]
そもそもVINYL GOES AROUNDって何?

執筆者紹介

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interview with Makaya McCraven - ele-king

アーティストというのは、ほかの職業と違って階層や階級のアップダウンが激しい職業だ、ということを話した。なぜなら、ある現場では主賓のように扱われるけれど、別の現場ではただの使用人みたいに扱われるときもあるから。

 2010年代以降に台頭してきた、俗に言われる新世代ジャズにおいて、特にドラマーの活躍がクローズ・アップされることが多いのだが、そうしたなかでも生演奏とプログラミングやサンプラーを駆使・融合したドラマー兼ビートメイカーの存在は、ジャズ界のみならず多方面から注目を集めている。アメリカにおいてはクリス・デイヴ、カリーム・リギンス、ネイト・スミスあたりが代表的なところで、彼らよりひとまわり下の世代(1983年生まれ)にあたるマカヤ・マクレイヴンも近年の注目株だ。

 両親ともにミュージシャンという家庭でパリに生まれ、3歳のときにアメリカのマサチューセッツ州に移住し、音楽をはじめたマカヤ・マクレイヴン。ティーン時代はジャズ・ヒップホップのバンドを組んでいて、マサチューセッツ州立大学卒業後はそのコールド・ダック・コンプレックスでレコード・デビューも果たしている。その後、2006年にシカゴへ移住してからは、ヒップホップだけでなくジャズ、フリー・インプロヴィゼイションなどさまざまな分野でドラマーとして研鑽を積み、2012年にソロ・デビュー・アルバム『スプリット・デシジョン』を発表。それ以降はジャズ・ドラマーとしての活動が中心となり、2015年にリリースした『イン・ザ・モーメント』で一躍注目を集める。トータスのジェフ・パーカー、タウン&カントリーのジョシュア・エイブラムスといったシカゴ音響派やポスト・ロック系の面々とコラボしたこのアルバムは、前述したとおりドラムの生演奏とサンプラーでループした自身のライヴ・セッション素材をオーヴァーダビングし、ハード・ディスク上で再構築していったものである。

 こうしてドラマーとビートメイカーの二刀流スタイルを世に知らしめることになったマカヤだが、続いて2017年リリースの『ハイリー・レア』ではライヴ録音をDJミックスのように編集し、まるでセオ・パリッシュとかムーディーマンがジャズをやったかのような世界を構築。2018年リリースの『ホエア・ウィ・カム・フロム』では、シカゴを飛び出してサウス・ロンドンのミュージシャンたちとセッションを敢行する。そうした活動の集大成的な『ユニヴァーサル・ビーイングス』(2018年)は、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、ロサンゼルスと4か所でのセッションをまとめたもので、ジェフ・パーカー、カルロス・ニーニョ、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ブランディ・ヤンガーシャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシア、アシュリー・ヘンリーなど、幅広い面々との共演を果たしている。

 一方、ビートメイカーとしても注目されるマカヤは、2020年に故ギル・スコット・ヘロンのアルバムをリミックス/リコンストラクトした『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』を発表。DJ/プロデューサーとはまた異なるジャズ・ミュージシャン/ドラマーとしての視点で、見事にギル・スコットの世界観を再構築してみせた。2021年には〈ブルーノート〉の音源を用いた『ディサイファリング・ザ・メッセージ』を発表し、伝統的なハード・バップや1960年代頃のモダン・ジャズ黄金期を現在のジャズへと変換させていった。

 そんなマカヤ・マクレイヴンの新作となるのが『イン・ディーズ・タイムズ』である。新作ではあるが、実は構想自体は『イン・ザ・モーメント』の前からあり、制作も2015年にはじまっている。そして、『イン・ザ・モーメント』や『ハイリー・レア』などに見られたビートメイカー的なスタイルとは異なり、ジャズ古来の伝統的な作曲技法に基づく作品集となっている。そうして録音された複数のスタジオ・セッション、ライヴ・セッションの音源を、最終的にマカヤがポスト・プロダクションを通じてまとめたもので、セッションにはジェフ・パーカー、ブランディ・ヤンガーはじめ、マカヤの作品ではお馴染みの面々が参加。さらに大掛かりなストリングス・アンサンブルも加わり、いままでにないスケールの広がりも見せる作品集だ。

 この『イン・ディーズ・タイムズ』のはじまりに関しては、マカヤが地元シカゴの月刊誌で受けたインタヴューがきっかけになっており、そこからマカヤに話を伺った。

伝えたいのは、私たちはそれぞれがユニークな人生経験をしていて、私たちひとりひとりが、その時代、その瞬間(In These Times, In The Moment)を生きているということ。

オリジナル・アルバムとしては2018年リリースの『ユニヴァーサル・ビーイングス』以来4年ぶりとなる『イン・ディーズ・タイムズ』ですが、制作開始は7年前の2015年まで遡り、あなたの名前を広めた『イン・ザ・モーメント』がリリースされた直後だそうですね。それほど長い期間をかけて熟成されたプロジェクトであるかと思うのですが、最初にアルバム・タイトルにもなったシカゴの月刊誌である「イン・ディーズ・タイムズ」誌でのあなたへのインタヴューがきっかけのひとつになったと伺います。ざっとどのようなインタヴューで、それがどうアルバム制作へと結びついていったのかお話しください。

マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven、以下MM):あの当時の私は『イン・ザ・モーメント』の収録作品をメインに演奏やライヴ活動をしていたんだけど、『イン・ザ・モーメント』は実験的なことをやったことがきっかけでできた作品だった。自分が仕事としてやっていた演奏活動とは別に、トラックを切り刻んだり、即興音源を編集してビートを作ったりしていたんだ。もともと自分が作曲した音楽をベースにしたアルバムを作ろうとは、それ以前からずっと考えていたんだけどね。でも『イン・ザ・モーメント』が評価されて、その後の『ホエア・ウィ・カム・フロム』や『ハイリー・レア』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』へとつながっていった。だから、当初私が目指していた『イン・ディーズ・タイムズ』のような自分で作曲をおこなった音楽をベースにしたアルバムを作るという方向から逸れてしまったんだよ。
 「イン・ディーズ・タイムズ」誌のインタヴューを受けたのは2012年か2013年だったけど、その時点でこのアルバムを作りたいという野心はあった。インタヴューで私は「ワーキング・ミュージシャン(=ミュージシャンとして働いている人)」として紹介され、その内容はミュージシャンとして生計を立てていくというのはどのようなものなのかという記事だった。当時の私はとても忙しくて、いろいろなバンドに参加して、いろいろな人たちと音楽を演奏していた。生活費を稼ぐために結婚式や企業の会食・会合など、色々な単発のギグにも出ていた。その一方でクリエイティヴな音楽の演奏もしていたし、シンガーやラッパー、レゲエをはじめとする世界各地の伝統音楽や民族音楽を演奏するミュージシャンたちまで、さまざまな人たちと演奏していたんだ。ミュージシャンとしての仕事を忙しくこなしていた。浮き沈みが激しい世界だよ。インタヴューで私は「作家でもヴィジュアル・アーティストでもダンサーでも、アーティストというのは、ほかの職業と違って階層や階級のアップダウンが激しい職業だ」ということを話した。なぜなら、ある現場では主賓のように扱われるけれど、別の現場ではただの使用人みたいに扱われるときもあるから。その記事が多くの人の目に留まり、多くのミュージシャンが私に連絡してきた。私が記事のなかで、アーティストの仕事は浮き沈みが激しいと、偏見のない意見を述べたことについて、多くのミュージシャンが感謝してくれた。
 同じ頃に私はこのアルバム、当時はまだ名前はついていなかったけど『イン・ディーズ・タイムズ』を作ろうと考えていて、リズムを概念とした作品を作りたいと思っていた。変拍子や複雑なリズムを扱いつつ、より幅広い観客に受け入れてもらえるような表現としてアウトプットしたいと考えていたんだ。高度なリズムを取り扱う一方で、共感できるようなグルーヴも感じられるような音楽を作ろうとしていた。それから「Difficult Times」や「Hard Times」(「苦難の時間」や「難解なテンポ」といった二重の意味)など、「Time(時間・テンポ・拍子)」を使った言葉遊びもやっていた。私がこういう音楽を作りたいと思っていた野心と、「イン・ディーズ・タイムズ」誌とのインタヴュー、そしてその新聞名でもある「イン・ディーズ・タイムズ(この時代を生きること)」にアーティストとして存在する自分についての考察などが相まって、今回のアルバムへとつながっていったんだと思う。

『イン・ディーズ・タイムズ』のプレスシートによると、「マクレイヴンは労働者階級や社会から疎外された人々が直面する集団的な問題を浮き彫りにし、これらの問題に対して、彼自身の物語や体験を用いることで、個人的に共鳴することに意欲を感じるようになった」と紹介されているのですが、『イン・ディーズ・タイムズ』の主軸となるコンセプトは現代社会における問題点、特にミュージシャンとしてのあなたが直面する問題点と深く関わっているのでしょうか?

MM:そうだね。その問題点とは、すべての人たちが普遍的に直面しているものでもあるんだ。私たちひとりひとりが、その瞬間、瞬間を生き抜いているときに直面する苦悩や問題。その瞬間がマクロな視点でも、ミクロな視点でも、私が解釈できるのは浮き沈みがある自分自身のキャリアを経験してきた上での、アーティストとしてのレンズを通してという方法でしかない。でも私の解釈はほかのミュージシャンが共感できるものだと思うし、ミュージシャンでないほかの多くの人にとっても共感できるものだと思う。私は「イン・ディーズ・タイムズ」誌の記事で「アーティストというのは、ほかの職業や業界と違って階級のアップダウンが激しい」と言ったけれど、そのおかげで私たちはトップクラスのミュージシャンから、金欠のミュージシャンまで幅広く交流することができる。私はミュージシャンとして世界中を旅して、さまざまな人と出会い、自分のレンズを通して世界を見ている。そして伝えたいのは、私たちはそれぞれがユニークな人生経験をしていて、私たちひとりひとりが、その時代、その瞬間(In These Times, In The Moment)を生きているということ。


photo by Nate Schuls

このアルバムは、私が長年作りたいと夢見ていた作品であり、自身のこれまでの進化の過程や、キャリアがすべて包括された作品ということになる。

『イン・ディーズ・タイムズ』は複数のスタジオ・セッション、ライヴ・セッションで構成され、最終的にそれらをあなたのポスト・プロダクションを通じてまとめたものとなっています。幾つものセッションが収められているのは、最初にあなたに描いたコンセプトを多角的に描き、また年月を経ることによってより綿密に検証するといった作業が含まれていたからですか?

MM:いい質問だね。私は大量の素材を扱うのが好きで、時間とともにその素材を削っていき、素材から何かを彫刻していきたいタイプなんだ。率直に言うと、当初はスタジオ・アルバムを作ろうと考えていた。実際のところこのアルバムの構想は『イン・ザ・モーメント』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』より前に生まれたものなんだけど、『イン・ザ・モーメント』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』は即興的なライヴ・セッションにポスト・プロダクションが加えられて作曲された作品だった。このアルバムの構想が自分の頭の中にある一方で、私のキャリアは順調に進み、このアルバム制作が実現できるような土台も作られていった。ストリングスや大人数のアンサンブルを起用した壮大なプロダクションができるようになったんだ。私のキャリアや活動からの勢いに乗って、長年の夢だった今回のアルバムにすべてをつぎ込むことができた。そしてライヴ録音など、いままでの過程で学んできたことを活かすことができた。
 私はライヴの雰囲気や空間を捉えるのが大好きなんだ。それはミュージシャンだけでなく、その場にいるすべての人びとや空間のことであり、そのエネルギーは自分にも伝わってくる。その感覚が好きなんだよ。今回のアルバムにはそのような空間や雰囲気も入れたかった。自分がここのところやってきた手法の一部だし、自分の作品を通して自分自身を定義する上での要素でもあるから。また、今回は大人数のアンサンブルを起用したいと思っていた。いままでの作品はトリオかカルテットでの演奏が多く、オーバーダブを少しおこなっていた程度だった。だが『ユニヴァーサル・ビーイングス』以降は、一緒に演奏していたいくつかのバンドを組み合わせて、大人数のアンサンブルとして演奏してもらうことができるようになった。そのときにハープやストリングスを入れるようになった。だからこのアルバムは、私が長年作りたいと夢見ていた作品であり、自身のこれまでの進化の過程や、キャリアがすべて包括された作品ということになる。

あなたはビートメイカーでもあるドラマーで、ドラムなどの生演奏とサンプラーやマシンを含めたポスト・プロダクションを融合する手法の第一人者として知られます。『イン・ザ・モーメント』や『ハイリー・レア』などはそうした手法による代表作と言えますが、一方で『イン・ディーズ・タイムズ』はこれまでとは異なる伝統的な作曲技法に基づくそうですね。その表れとして、これまでの作品はドラムやビート・パターンを軸に構成された楽曲が多かったのに対し、本作はメロディやハーモニーを軸に組み立てていった楽曲が目につきます。そうした違いは何か意識した点と言えるのでしょうか?

MM:ドラマーである自分がバンド・リーダーとして目指しているのは、ピアノやベースの演奏スキルや、作曲のスキル、ハーモニーやメロディに対する理解力などあらゆる能力を向上させていくことなんだ。ドラマーとして、ほかのメンバーと音楽に関する意思疎通を上手くするためには、他の楽器の演奏も上手くできないといけない。このアルバムの音楽は自分が作曲した音楽がベースになっている。その一方で過去の作品は、ドラムがベースになっているというよりも、むしろ自分のプロダクションや、自分が一緒にやっていた即興演奏の音源を切り刻んだりする手法がメインだった。今回は自分が作曲する音楽に焦点を当てたかった。だからメロディやハーモニーや従来の作曲方法を意識して作られたと言えるね。
 ただ、今回のアルバムの主なコンセプトとして伝えておきたいのは、メロディやハーモニーのある作曲が前面にある一方で、全ての機動力になっているのはその根底にあるリズムだということ。全ての曲には、4分の7拍子や4分の5拍子、8分の5拍子、8分の11拍子、8分の9拍子など変拍子が使われている。4分の4拍子の曲でも、早い動きのシンコペーションや変則的なリズムが使われているんだ。だから現時点の自分に備わっている手法や能力が組み合わされた作品だと言えるね。

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子どもの頃、日頃から両親の友だちのミュージシャンたちが自分のまわりにいて、それは私にとっての家族のような感じがした。自分の本当の叔父や叔母のように、自分の面倒を見てくれているような存在だった。私はそういう環境や感覚とともに育ったから、自分のバンドにもそういう環境を作りたいと思っている。

共演するのはこれまであなたと多くセッションしてきたミュージシャンたちで、信頼できる仲間たちと作ったアルバムと言えると思いますが、特にジェフ・パーカーのギターやブランディ・ヤンガーのハープなどがアルバムに重要な彩りを与えていると思います。彼らとの共演はあなたにとってどんな化学反応をもたらしていますか?

MM:あらゆる化学反応がもたらされるよ。私たちは長年一緒に共演してきて、世界中を旅して、世界各地でともに時間を過ごし、心のうちを語り合い、お互いの家族と仲良くなり、お互いの家族が成長していくのを見ている。さまざまな環境や空間で、音楽を介して強烈な体験を一緒にする。それが何度も繰り返される。そのような経験から関係性が強まるし、若い頃から築き上げてきた絆はいまではある意味で家族のような関係性だと言えると思う。そういう関係性や絆を構築していくことは私にとって大切なことなんだ。自分も両親が音楽をやっていたことで、音楽に囲まれた家庭に育ったからね。自分が子どもの頃、日頃から両親の友だちのミュージシャンたちが自分のまわりにいて、それは私にとっての家族のような感じがした。自分の本当の叔父や叔母のように、自分の面倒を見てくれているような存在だった。私はそういう環境や感覚とともに育ったから、自分のバンドにもそういう環境を作りたいと思っている。自分たちをオープンにさらけ出して、一緒に音楽を作るという魔法のような特別な瞬間を作っていきたいと思っているんだ。

『イン・ディーズ・タイムズ』の少し前のリリースとなりますが、グレッグ・スピーロ、マーキス・ヒル、ジョエル・ロス、アーヴィン・ピアース、ジェフ・パーカーらと『ザ・シカゴ・エクスペリメント』というアルバムを録音していますね。演奏メンバーも『イン・ディーズ・タイムズ』とほぼ重なっていて、シカゴをテーマにしたプロジェクトとなっているわけですが、『イン・ディーズ・タイムズ』と何か関連する部分はあるのでしょうか?

MM:演奏メンバーは重なっている部分もあるし、私がよく一緒に演奏しているメンバーではあるけれど、『イン・ディーズ・タイムズ』はシカゴが拠点のプロジェクトではないんだ。ブランディはシカゴ出身ではないし、私もシカゴ出身ではない。私はパリで生まれて、マサチューセッツ州西部で育ったからね。私はシカゴで経験を積んだし、シカゴの街には大変世話になっているけれど、今回のアルバムを作っていたときにこの作品はシカゴが中心の作品だとは考えていなかった。むしろ自分の仲間や自分のまわりにいる人たちと一緒に作る作品として考えていた。ジェフ・パーカーもいまはロサンゼルスに住んでいるからね。『ザ・シカゴ・エクスペリメント』はグレッグ・スピーロによるブロジェクトで、シカゴにいるメンバーを起用しているから私のアルバムとメンバーが重なる部分はあったけれど、彼のアルバムのほうがシカゴを主なテーマにしている作品だね。

『イン・ディーズ・タイムズ』の特徴として、これまでになくストリングスが重要なポイントを占めているのではと思います。それはあなたの作曲にも深く関わるもので、メロディやハーモニーを具体的に表現するものでもあるわけですが、本作におけるストリングスの役割を教えてください。

MM:私が今回のアルバムで大人数のアンサブルへと拡大して、ストリングスを起用してオーケストラ調の作曲をしたのは、『ユニヴァーサル・ビーイングス』が背景にあるんだ。『ユニヴァーサル・ビーイングス』のリリース後にアルバムのコンサートをやったんだけど、自分のキャリアのなかでもエポックといえるコンサートがそのなかにいくつかあった。アルバムの録音はトリオやカルテットの演奏によるものだったが、コンサートではアルバムで演奏してくれたメンバーを全員集めて一斉に演奏したいと思った。そこでシャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシア、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ブランディ・ヤンガーなど、すべてのミュージシャンを呼んでコンサートをやったんだ。大成功だったよ。その成功体験があったから、より大人数の構成でオーケストラ調の演奏ができるという可能性が生まれたんだ。『イン・ディーズ・タイムズ』の作曲を最初にはじめた頃は、オーケストラ向けやストリングスのための音楽を書くことは意図していなかった。自分がいつもツアーをしているバンド・メンバーと一緒に演奏するために書いていたんだ。3人から5人くらい、多くても6人くらいのメンバーだよ。だが『ユニヴァーサル・ビーイングス』以来、私は大人数でのコンサートをやる土台ができたんだ。そこから可能性が広がっていった。
 そして、私が『イン・ディーズ・タイムズ』の制作途中だという情報をミネアポリスのウォーカー・アート・センターが聞きつけ、その会場で『イン・ディーズ・タイムズ』のマルチメディア・プレゼンテーションをやらないかというオファーが来た。スタッズ・ターケルのラジオ番組のアーカイヴの音源クリップや、さまざまなビデオ映像を使い、ストリングスやハープの演奏家など大人数のアンサブルを起用したプレゼンテーションをおこなった。そのときの音源が『イン・ディーズ・タイムズ』の最初のライヴ録音のひとつになったんだ。その後、シカゴのシンフォニー・オーケストラ・ホールでもライヴ録音をおこない、それもアルバムの音源の一部になった。その後はスタジオで録音された音源にもストリングスを加えたりした。だがストリングスを起用することになったのは、私自身の進化というか、私のプロジェクトや表現の仕方が進化していったということだと思う。先ほども話したように、このプロジェクトでは構想の時点から完成の時点まで、私がその間のキャリアにおいて経験したことや学んだことなど、なるべく多くの要素を包括したいと考えていた。いまの時点で私は自分の音楽をシンフォニー・オーケストラ・ホールで披露できるまでに至った。『イン・ディーズ・タイムズ』はストリングス・セクションを入れたり、大人数のアンサンブルを構成して、さまざまな要素をまとめ上げ、自分の旅路における現時点の自分を取りこぼしなく表現しようとした作品なんだ。


photo by Sulyiman Stokes

民謡のアプローチと同じなんだ。ジャズもヒップホップもそうだと思う。音楽を演奏して聴かせていくことによって、その伝統を次の人に伝えていく。民謡の本質はそこにあると私は思っているし、私は両親にそのアプローチを教わって育てられた。

シタール、カリンバなどの民族楽器の使用も本作における特徴のひとつかと思います。それによって通常のジャズの枠には収まらない曲想が表れ、世界中の民謡やフォークロアがベースとなる作品が生まれています。代表的なのが “ララバイ” で、これはあなたのお母さんであるシンガーのアグネス・ジグモンディの作品が基になっています。アグネスはハンガリー生まれで、“ララバイ” はハンガリー民謡がベースとなったメロディを持つのですが、『イン・ディーズ・タイムズ』は全体的にこうした民謡やフォークロアをモチーフとする作品が散見され、それはあなた自身のルーツの掘り下げにも関わっているのではと推測できるのですが、いかがでしょうか?

MM:私が民謡に対して情熱や繋がりを感じるのは、母親からきているものだし、父親からもきている。ふたりの音楽に対するアプローチは、音楽を聴覚的なものとして捉えるということであり、私もそのアプローチを両親から教わった。民謡のアプローチと同じなんだ。ジャズもヒップホップもそうだと思う。音楽を演奏して聴かせていくことによって、その伝統を次の人に伝えていく。民謡の本質はそこにあると私は思っているし、私は両親にそのアプローチを教わって育てられた。母はコリンダというグループで音楽の活動していたんだけど、“ララバイ” に含まれている部分がコリンダの曲にあったんだ。後に父と母が一緒に演奏するバンドでアルバムを作るときに、彼らはその曲のハーモニーをアレンジしてジャズ風にしたんだ。民謡の一部分を使って、それを多角的な視点で見つめ直し、新たな音楽として再構築していくというアプローチは、私の家庭において音楽に対する伝統的なアプローチになっているんだよ。

ギル・スコット・ヘロンの恐れを知れない姿勢は強力なものだと思うし、そういう姿勢が世界を変えていくのだと思う。

自身のルーツを掘り下げる一方、あなたはこれまでにギル・スコット・ヘロンのリコンストラクト・アルバムとなる『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』や、〈ブルーノート〉の音源を題材とした『ディサイファリング・ザ・メッセージ』で、ジャズの歴史や偉人たちと向き合う作品もリリースしてきました。『イン・ディーズ・タイムズ』にはそうした作品から何かフィードバックされている部分はありますか?

MM:広い意味で影響はあったと思うけれど、具体的にはそこまでなかったと思う。あの2作品の企画オファーがあったときには『イン・ディーズ・タイムズ』の構想はすでにあって、制作もはじめていたから。だがアルバムの完成に近づくにつれて、さまざまな出来事やプロジェクトが実現していった。そういういままでの自分の経験をすべて作品に織り込むようにして、自分の作品を進化させたり、影響させるようにしている。だから新しいアイデアを得たり、新しいプロダクションのスキルを習得した経験をアルバムに取り入れたりするという影響は多少あったと思う。でもアルバムやアルバムの方向性に直接的な影響を与えるというものではなかった。

ちなみに、あなたにとってギル・スコット・ヘロンはどういう存在ですか?

MM:権力に屈することなく、自分の意見を高らかに主張し、真実を広めた怖いもの知らずの先駆者。ジャンルを超越して、真の個性を声にして表現した人だと思う。ギル・スコット・ヘロンの恐れを知れない姿勢は強力なものだと思うし、そういう姿勢が世界を変えていくのだと思う。

『ユニヴァーサル・ビーイングス』はシカゴおよびアメリカだけでなく、イギリスのなかでも特に面白いジャズが生まれるロンドンのミュージシャンたちとセッションしています。シャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアなど、お互いに影響を及ぼしあうミュージシャンたちかと思いますが、彼らとの共演を経て『イン・ディーズ・タイムズ』へと繋がっていった部分はありますか?

MM:もちろんだよ。そういう共演によってクリエイティヴな可能性や音楽面での可能性が広がったし、キャリアの可能性も広がった。あの共演以降、みんなそれぞれ成長したと思うし、キャリアも順調に進んでいると思う。彼らと共演できたのは素晴らしい縁だったし、彼らの貢献にはとても感謝している。その頃からの交友関係は続いているから、いまでもシカゴやニューヨークなどのコンサートで共演しているんだ。今後も彼らと共演するのが楽しみだよ。私個人としても刺激的な交流だったし、広い視点から見てもこのように各国の音楽シーンが交差したことが、多くの人たちにとってエキサイティングな瞬間だったと思う。

『イン・ディーズ・タイムズ』はそうしたあなたのルーツ、生まれ育った環境、シカゴという街、世界中へ広がったユニバーサルな感覚、歴史や過去、伝統といったものが総合的に結びついたものではないかと思いますが、いかがでしょう? また、それを通してあなたはジャズの未来も『イン・ディーズ・タイムズ』に託しているのではないかと思いますが、改めてこれからのジャズはどんなものになっていくと思いますか?

MM:ジャズという言葉自体が全体像における複雑なピースなんだと思う。ジャンルを語るとき、私たちは境界線や枠組みを想定してしまいがちだ。ジャズはつねに進化し、変化し続けてきたんだ。だからジャズとはこのようなものだと、どこかに位置付けて固定しようとしても、その位置付けはつねに動き続けているから捉えられない。だからジャズをめぐる議論が数々ある。ジャズとはクリエイティヴなインストゥルメンタル音楽であり、その境界線を広げようとジャズを演奏する人たちがつねに存在する。過去の例を振り返り、そのやり方やルーツを学ぶことはするけれど、その先にどこに向かっていくかというのは自由で定まっていないと思う。それは誰も先に規定することができない。そこがジャズの刺激的なところだ。
 私のメッセージとしては、未来に対して耳をオープンにして、何の期待や欲求も持たないこと。いまの私はジャズをそういうものとして関わっている。ジャズという特定の枠に収まらずにね。今後どうなっていくのか? どんなことが可能なのか? 誰がやってくれるのか? 最近は若くて腕の良いミュージシャンがたくさんいて、彼らは学ぶことに貪欲で、すべてを吸収したいと思っているし、自分自身の音楽をやりたいと思っている。彼らにとって、私のジャズに対する見識はあまり重要でないんだよ。私はもう年配の域に入ってるから。だから若い世代が今後の音楽を牽引していくだろう。それを上の世代がサポートしたり、指導したりしていけばいいと思う。だが、この世界にはつねにせめぎ合いがあるし、ジャズをどう定義するかという議論は今後も続くだろう。今後の展開が楽しみだし、私は自分の視点から伝えられることを伝えたり、自分の状況からできることをやるだけだ。

今年気に入っているミニ・アルバム - ele-king

 人類全体が正しい方向に行く気がしない今日この頃ですが、皆さんはどうお過ごしでしょうか。僕はワクチンの副反応で左腕が痛みます。4回もワクチンを打つと政府によってチップを埋め込まれたりするのも抵抗がなくなりそうで怖いです。さて、今年はいいなと思うミニ・アルバムが多く、しかし、ミニであるがゆえにレヴューなどで取り上げにくかったので、まとめて紹介してみました。ははは。それにしても藤田ニコルは吉野家には似合わない。


Ben Lukas Boysen - Clarion Erased Tapes Records

 ベルリンからヘック(Hecq)名義で知られるiDMのプロデューサーによる7thアルバム『Mirage』から“Clarion”をカット。優しくゆったりとビルドアップされていく原曲がとてもいい。ミニマル・テクノとモダン・クラシカルを柔軟に結びつけることでシルクのようなテクスチャーを生み出したアイスランドのキアスモス(Kiasmos)によるリミックスはベースを足したトランス風。食品まつりによる“Medela”のリミックスはヨーロッパの黄昏をドタバタしたジュークに改変し、モグワイもタンジェリン・ドリーム調の“Love”を強迫的にリミックス。新曲2曲はポリリズムやリヴァーブを効かせた幸せモード。


Andy Stott - The Slow Ribbon Modern Love

 ウクライナ支援を目的として3月18日から24日まで一週間だけ限定配信された7thアルバム。支援を優先したからか、全体的には未完成の印象もあり、通して聴くのは少しかったるいものの、最後まで仕上げたらすごいアルバムになるのではないかという予感をはらんだ作品。ほとんどすべての曲で逆回転が多用され、極端に遅いテンポ、あるいはベーシック・チャンネルそのものをスロウで再生しているような“Ⅲ”かと思えば無機質さが際立つ“Ⅴ”など、中心となるアイディアは「ベーシック・チャンネルをJ・ディラがミックスしたらどうなるか」というものではないかと。これらにリバーヴのループがしつこく繰り返される。


Mass Amore - Hopeless Romantic Not On Label

 デンマークから謎のドローン・フォーク。いきなり回転数を遅くしたヴォーカルで歌う「私はあなたを愛しているけれど、見返りはなにもいらない~」。そして、そのまま恍惚としたような世界観がずるずると持続していく。今年、最も気持ち悪いのはレヤ(LEYA)の2作目『Flood Dream』だと思っていたけれど、マス・アモーレもかなりなもので、アースイーターが全開にした扉は〈4AD〉リヴァイヴァルを通り越してもはや退廃の極みへと達している。エーテル・ミュージックやドリーム・ポップという範疇はもはや飛び越えてシガー・ロスさえ堅苦しく思えてくる。


33EMYBW & Gooooose - Trans-Aeon Express SVBKVLT

 エイフェックス・ツインとのコラボレートで知られるウィアードコアがロックダウン中に幻想的な新幹線や時空の旅を題材に北京で開いた初エキジビジョン「オリエント・フラックス」で、そのサウンド面を担当したハン・ハンとウー・シャンミン(共に上海の元ダック・ファイト・グース。詳しくは『テクノ・ディフィニティヴ改造版』P245)がその延長線上に作成した7曲入り。2人の曲を交互に並べたもので、いつものブレイクビーツ・スタイルから離れてリスニング・タイプを志向し、とくにグースことハン・ハンが新たな側面を見せている。


Coco Em - Kilumi Infiné

 パリはアゴリアのレーベルからケニヤのエマ・ンジオカによるデビュー作。パンデミックで映像の仕事に行き詰まり、ロックダウン中にショ・マジョジがフリーで提供していたビートを使って行われた「セナ・アラ(Sena Ala)チャレンジ」に手応えを得て音楽制作を本格化。ラテンからアフリカに逆輸入されたリンガラ(ルンバ)に強く影響を受け、60年代にケニヤ東部のカンバで流行っていた音源をサンプリングし、トラップやアマピアノなどとミックスしたハイブリッド・タイプ。不穏な始まりからヒプノティックなドラミングが冴え、伝統とモダンの壁を飛び越えたタイトル曲や“Winyo Nungo”など粒ぞろいの曲が並ぶ。


Bernice - Bonjourno my friends Telephone Explosion

 トロントからロビン・ダンを中心とする5人組ポップ・バンドが21年にリリースした4thアルバム『Eau De Bonjourno』のリミックス盤。プチ・ダンサブルに仕上げたイヴ・ジャーヴィスを皮切りにヤング・マーブル・ジャイアンツを思わせる“Personal Bubble”をサム・ゲンデルがジューク風にリミックスするなど、インディ・ポップを小さな引き出しからはみ出させず、徹底的にスケールの小さな空間に押し込んだセンスがたまらない。カルベルズによる“Big Mato”はJ・ディラを悪用し尽くし、オリジナルも実にいい”It's Me, Robin”はニュー・チャンス・レトログレードがふわふわのドリーム・ポップにリミックス。


Tentenko - The Soft Cave Couldn't Care More

 元BiSによるレジデンツ・タイプの4曲入り。Aサイドは80年代テクノ・ポップ風。無国籍サウンドを追い求めていた日本人の想像力を完全に再現した感じ。打って変わってBサイドはマーチを複雑にしたような変わったビートの“Stalactite”と控えめなインダストリアル・パーカッションがじわじわと効く“The Fish Stone”は部分的にキャバレー・ヴォルテールを思わせる。実にオリジナルで、まったく踊れないけどなかなか面白い。ハンブルグのレーベルから。


Tsvi & Loraine James - 053 AD 93

 〈Nervous Horizon〉主宰とウエイトレスのルーキーによるコラボレーション。昨年の白眉だったベン・ボンディとスペシャル・ゲストDJによるワン・オフ・ユニット、Xフレッシュ(Xphresh)と同傾向で、刺すようなビートと柔和なアンビエントを明確に対比させ、美と残酷のイメージに拍車をかける。エイフェックス・ツインが切り開いたスタイルにモダン・クラシカルの要素を加えて荘厳さを増幅させている。耳で聴くパク・チャヌク。レーベルは改名した旧〈Whities〉。


Luis - 057 AD 93

 上記レーベルからさらにDJパイソンの別名義2作目。レゲトン色を薄めてアブストラクト係数を高めている。アルバムやシングルに必ず1曲は入れていたウエイトレスを様々に発展させ、ファティマ・アル・ケイデリやロレイン・ジェイムスの領域に接近、無機質でクールな空間の創出に努めている。6年前の1作目「Dreamt Takes」ではパイソン名義とそんなに変わらなかったので『Mas Amable』以降の大きな変化が窺える。


Sa Pa - Borders of The Sun Lamassu

 上記のアンディ・ストットほど大胆ではないにしてもミュジーク・コンクレートを取り入れてダブ・テクノを大きく変形させた例にモノレイクとサ・パがいる。モノレイクは具体音を駆使し、即物的なサウンドに仕上げるセンスで群を抜き、〈Mana〉から『In A Landscape』(19)をリリースして頭角を現したサ・パことジャイムズ・マニングはデッドビートとのジョイント・アルバムから間をおかずにブリストルの新たなレーベル〈Lamassu(=アッシリアの守護神)〉から新作を。ここではミシェル・レドルフィばりにベーシック・チャンネルを水の表現と交錯させ、日本の語りとスラブの昔話に影響を受けたという桃源郷モードに昇華。収益の半分はブリストルのホームレス支援団体(caringinbristol.co.uk)へ。


Daev Martian - Digital Feedback Alpha Pup

 南アからエレガントなビート・ダウン・ハウス。スポエク・マサンボジョン・ケイシーと活動を共にしていたようで、ビートの組み立てに影響が窺えるも、独自のメロウネスはむしろDJシャドウやフライング・ロータスといった西海岸の流れを思わせる(だからレーベルも〈Alpha Pup〉なのか)。LAビート直系といえる“Gratitude”からフィッシュマンズとフィル・アッシャーが混ざったような”Never Changes”まで。陽気なマサンボも昨年は抑制された『Hikikomori Blue(アフリカ人引きこもり低音)』をリリースし、ブリ(Buli)『Blue』など南アのボーズ・オブ・カナダ化が進んでいる?


Daniele Luppi, Greg Gonzalez - Charm Of Pleasure Verve Records

https://ototoy.jp/_/default/p/1358819

 シガレット・アフター・セックスのヴォーカルをフィーチャーしたイタリアの作曲家による5曲入り。ドリーム・ポップのレッテルを貼られてしまったけれど、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド“Sunday Morning”を思わせるオープニングから全体的にはアコギに分厚いストリングス・アレンジなどミシェル・ルグランやバート・バカラックといった60Sポップを正面から受け継ごうとする。キーワードは慈しみ。最近のザ・ナショナルからカントリー色を差し引いた感じかな。ダニエル・ルッピはデンジャー・マウスやレッド・チリ・ホット・ペパーズとの共作などでも知られる映画音楽家。

Kendrick Lamar - ele-king

 Kendrick Lamarの新譜、『Mr. Morale & The Big Steppers』を巡って様々な衝撃があった。 発売前に公開したシングル「The Heart Part 5」のディープフェイク演出、収録曲“We Cry Together”の凄まじい隠喩的演技で表現したフェミニズム・メッセージ(*1)、ロー対ウェイド(Roe v. Wade)判例が覆されてまもなく“Savior”の舞台の締めで女性人権伸長を叫んだ事件など。そのなかで、トランスジェンダーの親戚を物語に呼んで彼らの人権を擁護するに当たってこれまでの宗教的スタンスを全面覆す“Auntie Diaries”はニュースボードの一欄を埋めるに値する。

 ただ、実際に話題になったのは曲中のクィア嫌悪的俗語(以下 ‘f-slur’)を繰り返す表現と登場人物に対するミスジェンダーリング、デッドネーミングなどによるものだった。実のところ、曲は意図的に問題領域に入る。例えば、伯母(伯父)について語る際に「伯母はゲイじゃない、女を食ったさ /she wasn’t gay, she ate pussy, and that was the difference」と口ずさむ俗語の爆撃を含め、幼い頃の話者がなんと「誇らしげに」f-slurを言わせたというマッチョイズムは価値判断に混乱を呼ぶ。曲の最後、「Faggot, faggot, faggot みんな言えるさ、その白人の子にniggaと言わせれるなら Faggot, faggot, faggot. We can say together. But only if you let a white girl say “nigga”」の句もまた聴者に判断を任せる場面で、まるでキリスト教聖書の「あなたたちのなかで罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネによる福音書 8:7 新共 同訳)という節の変容を見せるようだ。前に彼がn-wordの意味を覆そうとしたように、f-slurに 関しても同様に試みる。

 しかし、“i”(2015)にて黒人軽蔑的俗語のn-wordのプライド化を望めたのはその言葉がすでに一種の結束軸として作動するからである。その一方、f-slurはどうだ?  Eli Clareは卑猥な単語には感情的で社会的な歴史を荷に持っており、その悲しみと鬱憤の記憶からどのような欠片がプライドを見出せるか問い詰めることの重要性を強調する(*2)。 そのような限界を考慮した上でも、曲の価値を却下したくはない。まずこれは曲に対して「トラン スジェンダーについて話せるか」(*3)を尋ねるいくつかの意見に同意しがたいし、曲はそれでも有効な転覆と旋回を示している。その結果、倫理と正体化のグレーゾーンに暖かな風を押し寄せる感動を、私は大事にしたい。

 曲のフォーカスはやがて話者と家族の準拠集団、すなわち教会から排除されたもう一人に当てられる。 Kendrickとその家族がクリスチャンであることはアメリカでそんなに特殊な情報ではないはずだ。それでもKendrickにおいて神は「Real」(『good kid, m.A.A.d city』、2012)、 「How Much a Dollar Cost?」(『To Pimp a Butterfly』、2015)、「GOD.」 (『DAMN.』、2017)などのように彼の主なアルバムの結論部にいつも存在していた。つまり、 彼の音楽世界において宗教という要素は無視しがたいのだ。いや、 Kendrickだけではない。近現 代の大衆音楽史の根幹にあるスピリチュアル、ゴスペル、ブルースなどは奴隷制の時期、教会を媒 介にして登場した。教会は聖書の記録・読解権力を用いて奴隷制を内在化する戦略を建てたが、究極的な解放を説破したメシアのメッセージは平等と解放の火種となった。これは教会という空間の特殊性を表すとともに、大衆宗教においてヘゲモニーがどちらに向かうか知れる重要な指標とも考え得る。

 Mary-Annを排除する教会コミュニティと歓待する家族コミュニティの対比からもその構図はよく現れる。「牧師先生、あなたの隣人を愛すべきでしょ?  Mr. Preacher Man, should we love thy neighbor?」この節を境にクァイヤーの声は背景から曲の前景に現れて教壇の権威を覆 し、「宗教の代わりに人類愛を選んだその日、家族は和解し全ては許された /The day I chose humanity over religion, the family got closer. It was all forgiven」と、キリスト教で「許し」 を担う神の権威すらも簒奪する。イエス・キリストが同じ理由で当時の宗教指導者たちから迫害された話を思い浮かべると、Kendrickがカヴァーアートと舞台で荊棘の冠を被っている理由もまた推測できる。

 教会はクィア嫌悪などを通じて脱近代社会へのアンチテーゼ戦略をとって彼らの前近代的想像力を固執するなか、「神が死んだ」時代は教会という空間の存在理由を問い続けている。ただ記憶すべき なのは、教会は本来、権力の圧政に苦しむ弱者のための空間であったことだ。聖書の記録はすなわち長きディアスポラたちの歴史であり、そんななかで「集い」のもたらす価値は想像を超えるものだっ たであろうし、その過程での試行錯誤はそのまま新たな聖書に加わった(*4) 。個人と集団、言語の裏 面にて交差する複雑な脈絡を論じるに、この場は非常に狭いはずだが、足らない議論にもかかわら ずこのように記録を残したい。その脈絡の林をくぐり抜けたのち、個人が歓待されてこそコミュニ ティgが健康に回復することを曲が強弁するように、我らが各現場で書き綴る日記は、歴史になるはずだから。

(*1)  coloringCYAN, “Kendrick Lamar, 「Auntie Diaries」 (부제: 힙합의 노랫말과 여성혐오의 관계에 대한 단상)”, 온음(Tonplein), 2022.08.27, https://www.tonplein.com/?ckattempt=1

(*2)  Eli Clare, Exile and Pride: Disability, Queerness, and Liberation, Duke University Press, 1999.

(*3) Stephen Kearse, “Kendrick Lamar: Mr. Morale & The Big Steppers Album Review”, Pitchfork, 2022.05.16, https://pitchfork.com/reviews/albums/kendrick-lamar-mr-morale-and-the-big-steppers/

(*4)  拙稿, “사탄의 음악을 연주하고 말았습니다만?! : CCM에서 나타나는 대중음악과 예배음악의 경계 혹은 조건
サタンの音楽を奏でちゃったのですが?!:CCMに現る大衆音楽と礼拝音楽の境界もしくは条件”, Various Critics Vol. 3, 2022.01.25, https://posty.pe/l8f69k.

原本(韓国語):https://www.tonplein.com/?p=1875101.

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