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Jon Casey

ExperimentalGqomHybrid BassTrap

Jon Casey

Flora & Fauna

Dome of Doom Records

Bandcamp

三田格   Nov 25,2019 UP

 これは〈トランスマット〉が出さなければいけないアルバムだったのではないだろうか。南アの実質的な首都プレトリアからジョン・ケイシーによるデビュー・アルバム。ブリティッシュ・テイストのダブステップ「Geneva / Trigger Happy」で2年前にデビューし、ごく短期間に「Rockefeller EP」「6 Caliber EP」「Wave013」「On The Storm EP」と立て続けにリリースを重ね、ゴムやトラップをミックスしていく過程で独自のアマルガメイションを起こしたハイブリッド・ベース。これまでのリリースからは完全にひと皮向けてしまい、この夏にリリースされた「Catharsis EP」からも完全にかけ離れた内容となっている。オープニングは意表をついてメカニカルなタンゴ。”Militant(過激派)”というタイトルとは裏腹にファニーなムードでゲートウェイは開かれる。初期から音づくりは基本的に派手な方ではあったけれど、“Birdbrain”(18)あたりがターニング・ポイントとなったのか、それまでまったくといっていいほどアフリカ的な軽やかさには欠け、むしろブリストル産を思わせるウォッブリーな振動を運んでくることが多かったのに、続く“TV Room”と“Jaded”ではデリック・メイもかくやと思うようなカラフルで空間的に広がりのあるドラム・パターンを連打。デトロイト・テクノとUKファンキーを足して2019年に着地させたら、こうなっただろうか。この開放感は予想外だった。これに"Jaded(=疲れ切った、うんざりした)”というタイトルをつけるセンスは100%理解不能。ピアノのループがとてもいいです。先行シングルとなった“Banga(波)”はゴムやバングラにジュークも混ぜて、もはやどこまで行ったかよくわからないリズムに。スクリュードさせたヴォーカルからコロコロとリズム・パターンが変わる複数の「波」に翻弄される3分6秒。同曲を共作しているダバウ(Dabow)はアルゼンチンでケイシーと似たようなことをやっている新鋭で、この人もユニークな存在だけれど、面倒なので省略。続いて“Ransack(略奪)”。ジュークをスクリュードさせたような短い曲で、またしても穏やかではないタイトルだけれど、アルバム・タイトルとなっている『Flora & Fauna』が「(特定の地域に住む)動物と植物」のことを指し、ジャケット・デザインに象牙らしきものがあしらわれているのを見ると、やはり密漁によってアフリカの動物が乱獲されていることに心を痛めているという意味なのかなと。そう思うと少し悲しい曲に聴こえてくる。

 後半は初期にやっていたダブステップに立ち返りつつ同じことはやらないぞという気概を見せてトラップを意識したような曲が続き、まずはスローモーションでどんちゃん騒ぎをしているような“2 Slice”、タイトルを裏切らずにカチャカチャとにぎやかな“Pac Man”、のったりとした“Playlust”はPlaylistとlust(欲望)を掛け合わせた現代の鎮魂歌のようで、これはデリック・メイというよりはカール・クレイグかな。最後がトラップとダブステップを不可分なく融合させてしまった“Plymouth”で、レーベルのアナウンスも含めて『Flora & Fauna』が過度にトラップであると強調して紹介されるのはこの曲のせいではないかと思われる。重苦しく優雅で、南アフリカが複雑で込み入った生活環境に覆われていることがざっくりと伝わってくる。同曲に参加している清水ではないチー(Chee)もまた南アのプレトリアでドラムンベースを軸に音楽制作を行い、2017年にセカンド・アルバム『Fear Monger』が注目を集めた新鋭。「南アにはまだ数え切れないほどのアーティストが眠っているよ」とは、2年前にチーが語っていた言葉で、そのなかにはすでにジョン・ケイシーもいたということなのだろう。チーにはEDMの残像がちらついている。年齢的に見て、そこが音楽への入り口だった可能性は十分にありうる。しかし、彼はそこから類まれなる克己心を持って自らの音楽性を掘り下げ、アンダーグラウンドへと突き抜けてしまった。クワイトやアヨバネスから数えて彼が南アのクラブ・ミュージックにおいて何世代目に当たるかはもはやよくわからないけれど、チーの背中を追ったジョン・ケイシーにはEDMのメソッドを振り払う苦労はなく、あっさりと次に歩を進められる条件が整っていたのだろう。「6 Caliber EP」あたりは『Fear Monger』とそれほど大きな差があるとは思えないものの、『Flora & Fauna』ははるかに遠くまでリーチを延ばし、カリフォルニアのレーベルからこうして手が伸びてきたと。


三田格